Takashi Kitamuraの観てきた!クチコミ一覧

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戒厳令

戒厳令

劇団俳優座

俳優座スタジオ(東京都)

2021/09/03 (金) ~ 2021/09/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ペストとコロナとナチスとデスノートを合わせたような舞台である。最初はメタファーが多くて、何を指しているのか錯綜した。しかしペスト(ナチス)と青年(レジスタンス)の対決のクライマックスはすごい緊迫感で圧倒された。

ペストを名乗る新支配者と、その女性秘書が住民登録する場面は、市民の「私生活」に介入し思想と素行で選別をする怖さがある。青年が助けを求めた婚約者の父は「犯罪も法律になれば、もう犯罪ではない」と「悪法も法だ」と、権力者の作る秩序に従順に従う、普通の人々の生態を写す。そして、青年とペストの対決。見応え充分の芝居だった。

ペスト役の野々山貴之がすばらしかった。白塗りで終始民衆を小馬鹿にし、バットマンのジョーカーのような、ちょっと別世界の存在感。女性秘書の清水直子が支配の虚しさを示し、青年医師の志村史人が正義の苦しさで迫力があった。志村は「インク」の編集長役に続く主演、ぜんぜん違う役柄を好演していた。保守的民衆の代表の加藤佳男は自然体に宿る貫禄があった。

工事現場の足場のような2台の可動階段と2階廊下のセット。液晶画面を4台おいただけで、映像で場面を示すストイックな美術。上下の位置関係と、狭いアトリエを走り回る動きで、熱気と緊張感のある舞台を作った演出が素晴らしかった。志村はシャツが汗でびっしょりになるほどの熱演だった。

ネタバレBOX

青年が怒りにかられて恐怖を忘れたとき、ペストは治る。女性秘書から「恐怖を克服して、反抗するものが一人でも現れたら、彼らは打つ手がない」と教えられ、人々を導いて革命へ。立ち上がる民衆、権力との戦いを描くカミュはさすが左翼作家だ。

ペストの示した取引の場面は、いかにも「アンガージュマン」のサルトルと並ぶ実存主義作家らしい。その試練を乗り越え、青年は我が身を犠牲に、人々の自由を勝ち取る。

しかし、ペストは去り際に語る、「時がたって、すべての犠牲は無駄だったと思うとき、私の支配は完成するのだ」と。これはカミュの恐ろしい予言だ。若い日に理想に燃えた人々が、年を取って「あれは若気の至りさ」と、現状に満足するとき、体制は延命する。それが今の日本だ。酔っ払いのナダが「無駄死にさ」というのに、反論する人が数人いたとしても。
4

4

ティーファクトリー

あうるすぽっと(東京都)

2021/08/18 (水) ~ 2021/08/24 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

犯罪と死刑制度をめぐる4人によるモノローグ劇。裁判員と、拘置所の看守と、犯人と、死刑執行命令にサインする法務大臣とが、それぞれの立場で、悪夢を、苦しさを、責任を語る。途中、一度、俳優たちが話して役を交代する「メタ演劇」的部分あるが、割とすぐ元に戻る。重いテーマを、真正面から語り続ける、真摯な舞台だった。

ネタバレBOX

最初と途中で、モノ運びしかしていない男が5人目の男で小林隆が演じている。最後、もう一度最初からと言って、役をくじ引きで引き直すと、小林がトップバッターになる。息子を失った悲しみを語りだすが、なんと、これは犯人だった。加害者の父という立場が加わり、芝居の陰影が一層ました。
Le Fils 息子

Le Fils 息子

東京芸術劇場

東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)

2021/08/30 (月) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

一度こじれると簡単に直せない、思春期の子供を持つ困難を、抑制的に、リアルに、しかし切実に描いて、目の離せない2時間だった。高校生の息子が、学校に行くふりをして何ヶ月もサボっていた。元妻から驚きの話を聞かされた、父(元夫)は息子に「なぜだ」と聞くが、息子は「わからない」としかいわない。ここから意思疎通がうまくいかなくなる。

息子は「ぼくは生きることがうまくできない」と訴えるのだが、父も母もまともに受け取れない。一方、父・母が必死に息子のために準備する家や、転校先を、息子は受け入れるように見えるのだが、本心はわからない。息子が母とはダメだというから、父は若い再婚相手と、乳飲み子のいる家に息子を引き取る。父のもとで素直そうに見えるが、しかし…。息子に「どうして母さんと僕を捨てたんだ」「ぼくを傷つけたのは父さんだ」と言われたら、父親はどうすればいいのか

父は成功した弁護士である。パリにも仕事人間はいる。でも日本の父親より、よほど家庭を大事にしているというべきだろう。母親も働いていた気がするが、職業が出てきたか、忘れた。
岡本健一、伊勢佳代、若村麻由美、そして新人で岡本の息子の岡本圭人。4人の俳優もみな素晴らしい。実に生々しい切ない舞台だった。

ネタバレBOX

精神病院で、両親が医師から選択を迫られた時、僕は最初、あれ、退院させないの?と思った。息子にあそこまで言われれば、退院させるでしょうと。病院の医師と息子とどちらを信用するのかと。でも、実は芝居の中の父も息子を退院させたのだ。そこまできてで、僕は気づいた。これは悲劇で終わるのか!と。見事に感情を持って行かれた、巧みな展開だった。しかも、最後に、一瞬希望を見せて、それは幻だったとわかる。何度も儚いのぞみを持たされた。
アナと雪の女王

アナと雪の女王

劇団四季

JR東日本四季劇場[春](東京都)

2021/06/26 (土) ~ 2024/10/31 (木)上演中

実演鑑賞

満足度★★★★★

アニメーションなら氷も吹雪も自由自在だが、舞台でここまでやるとは。映像と美術、証明、音響とあいまって、氷の世界を目の前に作り出す。もちろん音楽もいい。「ありのままで」は一幕の最後にたっぷり聞かせて、拍手喝采だし、フィナーレも「ありのままに」のリプライズに近く、さらに深く、自分らしさと愛の両立を歌う。俳優の演技、ダンス、パフォーマンスもいい。衣装もいい。エルザの衣装が「雪の女王になってからも、ライトブルーのドレスから、パンツスタイルに変わる。とにかく飽きるところがない。アナとクリストフが吊り橋を渡りながら歌う「愛の何がわかる」は、歌いながら、心が近づく瞬間が見事。

ユーモラスな雪だるまのオラフが出て売ると、寒さも和む(実際、オラフの歌は「夏が好き」)、サウナに入った村人たちの裸(!)ダンス、トナカイノズベンは人間が入っているとは思えない、本物そっくり。

とにかく、おとなからこどもまでたのしめて、生きることを励ます熱いメッセージが伝わる傑作ミュージカル。現実を忘れて別世界に連れて行ってくれる2時間半。そして現実に帰ってきた時、前より心が明るく前向きになっている。エンターテインメントの大道をいく芝居である。

ネタバレBOX

最初の方で、姉エルザが力をコントロールできるかは、「恐怖」にとらわれないかどうかにかかっていると、魔法族の長老が言う。その意味がラストになって、胸に落ちた。妹を傷つけないかと、怯えることが「恐怖」。重体に陥った妹アナの回復を心から願ったとき、エルザの中で「恐怖」に「愛」がうちかち、力の制御力を手に入れたのだ。その心理的変化は、映画を見た時には気づかなかった。
『砂の女』

『砂の女』

キューブ

シアタートラム(東京都)

2021/08/22 (日) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

現代の古典とも言える原作だが、「古典とは有名だがあまり読まれないもの」と言われるように、私は未読(すいません)。勅使河原宏の映画化も見たことない。その目で見て、大変新鮮で、時代を超えた舞台だった。「砂の女」とは実存的(抽象的)で閉鎖的な話と思っていたが、違った。非常に合理的で社会的な話であった。

蟻地獄のような砂の底に、男を閉じ込めるのは、女ではなく、村=部落の男衆。女は同居人。この設定がまず目からウロコであった。しかも、穴の底で男と女が掻き出す砂を、運び出すモッコが上から降りてくるし、水や配給品も上から届けられる。
一緒に見た友人は「非条理じゃないね」といっていたが、そのとおり。非常に合理的な話である(そんな砂に埋れそうな土地になんで住み続けるのか、ということを除けば。実は人は生まれついた土地を、簡単には動かないものなのである。そのこともおしえられる)

友人は「人間の醜い面をクローズアップして、さんざん見せつける。自分本位や、みだらな欲望や。。人間の美しいところがどこにもない。ジェンダー的にも問題。エグい芝居だ。演出は素晴らしいが、好きな芝居ではない」と。これは好き嫌いの問題なので、それだけの嫌悪感を起こさせたのは芝居の訴求力の高さを示している。
(途中、穴の上の村人たちが、二人に交わっているところを見せたら、縄梯子をおろしてやる、と本気で言い出すのは確かにエグい。緒川たまきは、裸で寝ているシーンや、半裸の後ろ姿など、かなり際どいシーンもあった)

男(仲村トオル)がなんとか逃げ出そうと策を繰り出す。女を縛り付けたり、あきらめたふりをして手製のロープを作って実際に逃げ出すしたり(途中で捕まる)。「ミザリー」よりずっと社会的に広い話。江戸(東京)から来た男が、いなかでちやほやされて、村人たちの罠に落ちるというのは、井上ひさし「雨」ににている。まあ、影響関係はないだろうが。

男は、女に「生きるために砂をかくのか、砂をかくために生きるのか、わからないような暮らしが、人間的と言えるか。」「豚と同じだ」と責める。まっとうで合理的だが、労働者・農民をバカにした、上から目線のセリフではないか。多分、そんなふうに考える私が、庶民の味方ヅラをしているだけなのだろうが。
なぜこんなところ出ていかないと聞かれて、女は「ここは私のうちだもの!」と叫ぶ。その気持はわかる気がした。福島の原発事故で故郷を追われた人も、同じ気持ちだろう。

グレーの幕で舞台の上から下まで覆い、中央にあばら家がポツン。人形も使って、男の空虚さを示す。シンプルな砂の映像が、砂の谷を作る。あばら家がくるくる書いて飲して変化をつける。すだれに映る影絵と、出てくる人物のズレ(彼の女かと思うと男の同僚だったり)もうまい。警察や、男の中学の同僚たちの日常的なボケも、砂の中の生活と対比的効果で良かった。4人の黒子=村人や警官のステージングもスムーズ。そして音楽がすごい。私は知らない人だが、上野洋子が舞台の情報にずっといて、シンセ、打楽器、アコーディオンなどをつかいわけ、「ヒョー」「ワオー」といった声で、効果音的音楽をつける。面白かった。

ネタバレBOX

さいごは、女に「寝るたびに、起きたらまた一人きりじゃないかと思うと怖いの」といわれ、また女が妊娠し、その中毒症か何かの病気で、男は穴の底にとどまることを選ぶ。これは「情が移った」というべき通俗的結末で、はないか。これでいいのか。

ただ、こうも考えられる。外の自由な生活と言っても、すでに妻との関係は冷えていた。それよりも、穴の底の「愛」のある生活のほうが「幸せ」なのかもしれない。自由という孤独より、不自由の安心のほうがいい…。そうして人々はファシズムを選んだ、そういう側面はあるとしても、抽象的自由より、家族、隣近所との親しい関係のほうが人々の幸福度は上がるというのは、様々な調査でも明らかな人間の本性である。

あるいはただ単純に疲れただけかも。よくあることだ。年とともに「理想離れ」して現状を受け入れていく
ムサシ

ムサシ

ホリプロ

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2021/09/02 (木) ~ 2021/09/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

渋谷の初日観劇。コロナの憂鬱を吹き飛ばすような満員の客席。初演からほとんど変わらない座組で、主演級の俳優が綺羅星のように並ぶ舞台。圧巻の三時間だった。今回、沢庵和尚役が塚本幸男に交代。初演で演じた辻萬長さんは8月になくなり、カーテンコールでは、井上ひさし、蜷川幸雄とともに、辻さんの遺影もキャストがもって現れた。芝居のメッセージそのままに、死者から生者へとバトンタッチしながら公演を重ねる。初演から12年、まさに一種のロングラン公演になりつつある。

この舞台は見るたびに違う側面に気づかされるが、吉田鋼太郎の色気と茶目っ気たっぷりの演技が目を引いた。魅力はセリフだけでない、四場「狸」の、仇討のための剣術稽古とその後の決闘は、身体表現としてダンスのようで面白い。また、白石加代子の見せ場は、初演では二場の「蛸」の能にびっくり仰天したが、もうひとつ、5場の「鏡」はそれ以上の長セリフ(身の上話)と見せ場になっていることも発見した。

そういえば、音楽も尺八と拍子木を使った、冒頭の純和風から、ついで竹やぶに寺が出現するところはアンサンブルのテーマ曲と、いろいろ趣向を凝らす。討ち入りそのほか、ざわざわする場面では、舞台じゅうの竹やぶが揺れるのも効果万点。

ネタバレBOX


「年をとったものはそれだけ、冥土に近いのだから、その話は聞いておくものだ」というせりふは、実は皆冥土の住人として、最後の訴えを聞いて欲しいというラストの伏線になっている。筆屋乙女(鈴木杏)たちが仇討ち前に、「成仏できずに、この世をさまよい続けるのは嫌。平心様は残って、私たちを弔ってください」とみなで必死にすがりつつ念仏を唱えるのも、ラストの「成仏させてください」と見事に重なる伏線。ただ、その場では「葬式はまだ早い」とギャグで終わるので、伏線とは気づかないのもうまい。

ラストは知っていても、見ていて心にグッとくる。「おふたりがお命を大切になさることで、私たちを成仏させてください」と、俳優たちが白装束で必死にすがると、迫力がある。「成仏を、成仏を、成仏を!」という願いの迫力は、文字だけとは、全然違うところだ。

四場の最後、塚本・沢庵和尚が「大事な宝物が…宝物が…」と、セリフが飛んだらしく言いよどんでいると、吉田・柳生宗矩が「よくわからんが、言いたいことはなんとなく分かるぞ」とカバーして、客席、大爆笑だった。機転を利かした絶妙な受けであった。
THE SHOW MUST GO ON

THE SHOW MUST GO ON

加藤健一事務所

本多劇場(東京都)

2021/09/01 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

終わりに近づくにつれ、爆笑度が上がり、最後の場は、笑いっぱなしだった。カトケンはもちろん、ワンツーワークスの奥村洋治、Pカンパニーの林次樹、お馴染みの加藤忍と、とぼけた辻親八と、存在感のある芸達者な役者が揃って、面白かった。秘書役の岡崎加奈も可愛くて、若い作家の恋人役にピッタリ。マネージャー役の新井康弘が、強面で頑固なわからずや役を好演していて、この壁を突破するという芝居に、リアリティを与えていた。

金がなくてホテルを追い出されそうな劇団が、どうやって危機を乗り越えるのか。スポンサーが現れるが、ただそれでうまくいくのではひねりがない。コメディーとしてハッピーエンドはお約束としても、そこに至る予想外の壁また壁が、非常によくできている。戯曲の功績。翻訳も、これ本当に原文どおり? アドリブでない? というギャグ満載で、今このために書かれたよう。役者のうまさもあるだろう。

ネタバレBOX

どう波乱を起こすか。スポンサーを名乗り出た男が、食わせ者なのかなと思うと、これはまとも。実は、ホテルのマネージャーの横暴な横槍でヘソを曲げてしまう。そっから、次のヤマへ。不渡手形が発覚するまでの5日間の間に、初日を迎えてしまおうと決まる。ここまで2場。3場は初演の30分前のゴタゴタ。そして4場が、マネージャーを食い止めるっための自殺狂言で、爆笑ものの珍騒動。最後は上院議員のお陰でちゃんとハッピーエンドだった。
湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三。

湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三。

KAAT神奈川芸術劇場

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2021/08/27 (金) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

黙阿弥の三人吉三とはぜんぜんちがう。ハマのやくざの親分二人と悪徳警官、その娘息子三人の、親子二代の物語。メインの葛藤は父親たちにあり、子供同士は仲がいい

かつての5億円をめぐる疑惑が、思いもかけない結末へ。全体、リアルというよりTheatricalなのは、そこは歌舞伎がもとのせいかもしれない。かつての任侠映画をコミカルにしたような味わい

ネタバレBOX

弱気の親分のラサール石井が、いつもとは違う雰囲気で、良かった。ちょっと見、ラサールとはわからない化けぶり。
警察ゴロの渡辺哲のすごみ、大親分の山本享のにらみ、大久保鷹の眼鏡越しの超越ぶり、機械仕掛けの人形(ひとがた)役の那須凜のりりしさ、お嬢の岡本玲の色と華。それぞれによかった。
はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~

はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~

劇団四季

自由劇場(東京都)

2021/08/15 (日) ~ 2021/08/29 (日)公演終了

映像鑑賞

満足度★★★★

劇団四季の新作オリジナルミュージカル。夢とロマン、勇気と友情を素直に伝えてくれる、大人も子供も楽しめる舞台だった。これから繰り返し上演されて、新たなレパートリーになるといいと思う。

村を守るために。生贄の少女ハシバミ(若奈まりえ)が、人々と力を合わせて立ち上がる展開。ハシバミの決断を最初、周囲が止めに入るところは少々定型的だったが、その後の展開はドキドキして、(配信だったので)画面から目が離せなかった。孤独なホタル狐(斎藤洋一郎)と、本の虫のスキッパー(権頭雄太朗)が心通わせて「これって親友っていうのかな」というくだりでは、思わずグッと来た。
最後まで予想外の事態とどんでん返しで、「予想を裏切り期待に応える」物語の「落差」も大きく、最後までよかった。

絆と希望を衒いなく歌い上げるテーマ曲に、こころ洗われた。堂々たる人間への信頼を直球ど真ん中に投げ込んでくる、なかなかの芝居でした。さすがミュージカル、物語、音楽、ダンス、美術が力合わせての素晴らしい成果だった。

主役若い3人に、ブラボーと大きな拍手を送りたい

化粧二題

化粧二題

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2021/08/17 (火) ~ 2021/08/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

有森也実、内野聖陽のコンビによる再演だが、前回よりも数段感動した。前半は、子どもを捨てた女座長の意地と強がりを押し通す。後半は母に捨てられた過去を持つ座長の話。母に「捨てられた」と思って、自力で頑張ってきたが、その頑張りこそ、母が辛く当たった狙いではなかったかと思い至る。母の愛に気づく物語。

内野聖陽が好演、力演。この男座長の話には、井上ひさし自身の母への思いが色濃く投影されていることに今回、初めて気づいた。「井上ひさし前芝居」の解説を見ると、扇田昭彦は、初演でいち早く気づいたようだが、私は今まで見てきて、とんと気づかなかった。「(母への)希望をすててしまえば、驚くほど元気になるもんなんですよ。から元気ですが」という座長のセリフは、井上ひさしの自伝的小説「あくる朝の蝉」の「孤児院は、他に行くところがないとなれば、あんないいところはないんだ」と重なる。

奇跡を待つ人々

奇跡を待つ人々

東京夜光

こまばアゴラ劇場(東京都)

2021/07/24 (土) ~ 2021/08/04 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ビミョーな芝居。タイムトラベルと不老不死と、地球絶滅を織り込んだすごーくスケールの大きい世界を、駒場アゴラの、ベッドしか大道具のない狭〜い空間で物語る異色の舞台だった。現実には戻りたくない、ヴァーチャル世界の住人の笹本志穂さんが、白いふんわりした衣装で、現実と非現実の間の不思議な存在をよく演じていた。

ネタバレBOX

自分の体験で感じたことを膨らませて芝居にするという作・演出の川和幸宏氏。この超現実SFをどういう体験から発想したのか、観劇後、ロビーにいたご本人に聞いて、その体験からの膨らみかたを意外に思った。
丘の上、ねむのき産婦人科

丘の上、ねむのき産婦人科

DULL-COLORED POP

ザ・スズナリ(東京都)

2021/08/11 (水) ~ 2021/08/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「家族八景」ならぬ「妊娠七景」。フリーターカップルから、中年女医まで7組の夫婦の、それぞれの妊娠の悩みと苦しみ(喜びはあまりない)。30組以上の夫婦を取材したというだけあって、それぞれの話にリアリティーと細部の意外性があって面白かった。

欲を言えば、「妊娠あるある」から、さらに常識をどこかひっくり返す飛躍がほしい。つわりに苦しんでいた大人しい妻が、実は激しいパンク野郎だったという「ロンドン・コーリング」と、サルトル「出口なし」へのオマージュを絡めた「スプレッドシート」に、男女を縛る「妊娠出産の常識」を爆砕する萌芽を感じた。

ネタバレBOX

男女入れ替えの回を見たが、なんかこそばゆいような、ゾワゾワする感じが最後まであった。そこがいいのだろうが。思った以上に、男優が演じる女役の存在感が目立った。ただでさえ、女性が主役の話なのに、それを体の大きい男優がやるから、一層目立つ。女優が演じることで、一層、男の存在の薄さ、しょうもなさを感じた。
もしも命が描けたら

もしも命が描けたら

トライストーン・エンタテイメント

東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)

2021/08/12 (木) ~ 2021/08/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

「人生、不幸せの次には幸せがくるなんてうそだ。幸せと不幸せのバランスはこの世界全体で取れていて、幸せが重なる人がいる一方で、不幸せばかり続く人がいる。誰かが幸せになると、その分の不幸せが、別の人にかぶせられる」。このセリフ(記憶なので細部は違います)に、本作の世界観が集約されている。でもそんな不公平を愛の力で(変えるとまでは行かないが)のりこえる物語だ。

父が去り、母が消え、自分の殻に閉じこもって生きてきた月人(げっと、田中圭)。自分と同じ喪失を抱えた星子(せいこ、小島聖)と出会い、初めて愛を知る。でも、悪戯な運命は星子を奪い、月人は、幼い日、押し入れの中の画集でみたゴッホの「星月夜」の糸杉(キリストの十字架に使われた木)のような、高い杉の木で首をつる。

冒頭、3,5分、テーマ曲が無人の舞台で流れたあと、場面は月人が自殺未遂指摘から落ちて目覚めたところから始まる。(メロウで弾むポップ癖のいい曲。ただ、癖のあるボーカルで歌詞は判別しづらい。パンフにあるテーマ曲の歌詞を見ると、芝居の物語が見事に歌われていた)。三日月の精(黒羽麻璃央)の語りかけに、耳をふさぐように、月人は子供の頃から自殺までの半生を語る。これが1時間50分のこの芝居の前半。多分40分くらい。三人しか出ない芝居だが、前半はとにかく田中が早口で語り続け、セリフ量はハンパない。

そして冒頭の場面に戻る。月の精は「ただ死んじゃだめだ。その生命を人のために使うんだ」と、絵のうまい月人に「命を描くスケッチブック」をくれる。植物でも動物でもこのスケッチブックに描くと、どんなに死にそうでも、もともとの寿命が蘇り、かわりにその分の月人の寿命がなくなる。いま35歳の月人は90まで生きられる運命なので、55年。こうして、月人は死んで星子にもう一度出会うために、死にそうな生き物を探しては描いて、知らない街をさまよい、ふと水族館に入る。

そこで出会ったのが虹子(にじこ、小島聖)。「男が一人で水族館に入るときは2つしかない。思い出に浸りたいときか、魚を食べたいとき」などと、図星を指されて、月人は虹子に惹かれる。彼女が応援する病気のアザラシを救う、25年分の命を与えて。

こうして虹子のスナック「フルムーン」での幸せな生活が始まる。常連客とも打ち解け、死ぬのをやめた月人だった。しかし、そんな日は長く続かず、のっぴきならない選択を迫られる日がやってくる…。

と、ファンタジーも盛り込んだ、喪失と献身の物語。芝居は言葉でできていることを実感させた。それと俳優の存在(声)。「僕がアドバイスしたように、星子は迂回して、車を止めたとき、トラックが突っ込んできて、4トンのトラックの下敷きになって死んだ」と田中圭が語ると、その出来事は起きてしまう。「寺田さんがミオちゃんを殺したの」と小島聖が言えば、それは事実になる。だから、スケッチブックに命を描けば、命は本物になるかもしれない。そんな連想が働く舞台。

美術も良かった。正面に大きな円盤が掲げられ、それが映像によって三日月や、満月や、ミラーボールになったりする。その下の舞台も円形で、上の円盤と同様に様々な絵が投影されて、物語を彩る。映像と言っても現実物ではなく、殆どは抽象的な色面や絵。大道具もバーの椅子と机以外は抽象的で、言葉と俳優にフォーカスした舞台だった。社会批判はないけれど、人間の悲しみと、美しさを感じさせ、大きく人生を肯定する、いい芝居だった。

ネタバレBOX

最後、月人が「お母さんが出ていったのは、(ぼくがいらなかったんじゃないんだ)ぼくを守るためだったんだ。だから、今度は僕が守ってあげるよ」と虹子に遠くから語りかける。一瞬、「あれ、自殺したあと、タイムスリップして、虹子は若い頃の母親だったの?」と思ったが、コレは錯覚だろう。失った母親への思慕が隠れテーマになっていて、冒頭の幼時の記憶と、ラストがグルっと回って結びつく。
君子無朋(くんしにともなし)【8月29日公演中止】

君子無朋(くんしにともなし)【8月29日公演中止】

Team申

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2021/07/17 (土) ~ 2021/07/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

雍正帝のことは、1年ほど前に岩波新書の『「中国」の形成』で読んで知った。この舞台で一層その生涯を身近に、生き生きと知ることができた。(もちろん史実そのままではないが、舞台で演じられる地方感との手紙は、多少複数の手紙を一つにしたりと、編集はしているが、ほぼ実物そのままだそうだ。

なんといっても佐々木蔵之介の存在感が圧巻。天子という特別な人物を演じるオーラがある。
高齢で病床にあった康煕帝のあとを、なぜそれまで後継者としてほとんど名前のあがらなかった第4王子の雍正帝が継いだのかは、今も謎だそうだ。康熙帝の遺言状を示したのも、雍正帝とその側近たちなので、何かの策略があったのではないかという憶測がぬぐえない。

雍正帝と、紫禁城にやってきた地方官オルク(中村蒼)の対話を軸に、あとの3人が、王族や側近や、黒子をスピーディーに演じ分けていく。壮大な中国・清王朝の内幕を、シンプルに、わかりやすく面白く見せていた。戯曲はこれが初めてというテレビ・ディレクターの阿部修英の脚本、東憲司の演出も見事であった。

ネタバレBOX

雍正帝の治世を、戦争をやめ、平和を第一としたという評価は初めて知った。その前後の有名な皇帝に比べ、ほとんど戦争しなかったのは事実だが、そこに着目するのはこの芝居のメッセージと言える。
物語なき、この世界。【7月31日(土)13:30、18:30、8月1日(日)13:30の回は公演中止】

物語なき、この世界。【7月31日(土)13:30、18:30、8月1日(日)13:30の回は公演中止】

Bunkamura

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2021/07/11 (日) ~ 2021/08/03 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

なかなか一言では言いにくいほろ苦い面白さがあった。身に覚えのある感情がいくつもある。三浦大輔の芝居は2008年に本多劇場で「顔よ」を見て以来。かつては舞台上で男女の行為を赤裸々に演じるので賛否両論を起こしたが、今作ではそこはおとなしめ。でも岡田将生とヘルス嬢・日高ボブ美の濃厚なシーンはしっかりある。
「おっぱいパブ」で偶然であった高校時代の知り合い(岡田と峯田和伸)。居酒屋に行くが、全く話は弾まない。絡んできた酔っぱらい(星田英利=はまり役)を張り倒したら、頭を打って動かなくなってしまった。「殺したか」とあせるが、自分たち二人がドラマの主役になったような高揚感を覚える。一緒にいた友人、恋人は脇役扱い。この、変な主役気取りが面白い。

岡田の(ダメ男を演じても)美しい立ち姿とと、峯田の見るからにダメ男のうらぶれ感の組み合わせがよかった。奥にゴジラビルも配した歌舞伎町(ゴジラロード)のセットが良くできていた。それぞれの店のセットが回転して、裏側になると、店内になる。それが、ヘルスだったり、スナックだったりと、内装を変えて店を違える。表側も、右から見せるか、左から見せるかで、全く別の店になるところも良くできていた。シンプルな通行人の映像で雑踏を示し、深夜になるといなくなるという時間の示し方もわかりやすかった。

ネタバレBOX

二人が「殺人」の責任をなすりつけ合いそうになると、こんな話はやめようと、すっと収まる。スナックのママの寺田しのぶが急に3Pを誘うのは、いくらなんでも寺島のセックスシーンはないだろうと思ったら、やはりなかった。主役になったつもりだったのに、酔っぱらいは死んでなく、しかも何も覚えてなかった。
スナックに残った柄本時生が内田理央に言い寄る展開もベタだが、これもベタにしくじって終わる。

要所要所、予測を外す物語回避のドラマが面白い。ところが、酔っ払いは早朝、投身自殺してしまう。寺島が死んだ男とのことを語る場面では、二人もその他大勢になってしまう。

恋人(内田理央)は自分は脇役でいいと言うが、相手(岡田将生)には私のことを主役と思って生きてほしいと複雑な思いでいる。これが、人生の機微を最も示していた。リーダーシップばかりでは世の中うまく行かない。リーダーを支える(脇役の)フォロワーシップを目指すことがあってもいい、とは平田オリザの言葉。

男の自殺、寺島の語り、もう帰ろうと岡田と内田の新しい出発、等々、もう終わりかなと思うと、まだ話が続く、そういう意味でもエンドレス感のあるアンチクライマックスな話。でも、最後は岡田が地べたで転がって身悶えながら泣き喚く。そこまで何があってもクールだっただけに、見ごたえあるシーンだった。
カルメン<新制作>

カルメン<新制作>

新国立劇場

新国立劇場 オペラ劇場(東京都)

2021/07/03 (土) ~ 2021/07/19 (月)公演終了

実演鑑賞

言わずと知れた名作にして、超人気作品。カルメン役のメゾソプラノが、奥深く響く声で、素晴らしかった。日本人テノールのドン・ホセ村上敏明もよかった。「ワルキューレ」のジークムントでは苦戦していたが、今回見事にリベンジを果たした。

現代日本に置き換えた演出で、冒頭は警視庁の警官姿でずらっと登場する。十分成り立っていたけれど、鉄パイプを組み合わせた無骨なセットは、今ひとつ目が楽しめないのは残念だった。余分な装飾がない分、ドラマと音楽がいっそう浮き立っていたとも言える。

今回の発見を一つ。カルメンはホセを最初は本当に愛していたのか。ホセに脱走を唆す前、仲間に「恋してるの」というが、唆すところはズルく自分勝手なふるまいで、あまり愛にともなう真心を感じない。ホセも脱走するのは、カルメンの説得に従ってではない。上官への嫉妬と、暴力をふるったいきがかりからやむを得ず、となる。この展開は、細かいところだが、リアル説得的である。二人の関係の、そもそものズレを示して、後の悲劇の伏線になる。

ネタバレBOX

数年前に、雑誌にカルメンと樋口一葉のにごりえは人物構図がそっくりとい話を書いた。そもそも奔放な自由な美女と、家庭的な素直な女性との対比は文学の定番。「風と共に去りぬ」でも、漫画「東京ラブストーリー」でも。漱石「虞美人草」「三四郎」にも共通するが、少々通俗的とも言える。(「明暗」も、久々に同じ構図を描こうとしたと言える)

学生時代、一緒にいてドキドキする女性がいいか、落ち着いて自然に接しられる女性がいいかという議論をよくした。恋は心ときめくものだから、後者の女性への感情は恋ではないのではないかとか。今ではドキドキするエネルギーがこちらにないけど、今もう一度若返ったら、どうするだろうか。

女性はどうか、聞いてみたら、そんなこと考えたこともないそうだ。ホセか闘牛士かといえば、マッチョな男は嫌いだから、ホセの方がいいと。
すると、カミーユよりカルメンを選んだホセも、ホセより闘牛士を選んだカルメンも、常人とは逆の選択をしたことになる。憧れが投影された芝居ということか。
いのちの花

いのちの花

劇団銅鑼

練馬文化センター(東京都)

2021/07/13 (火) ~ 2021/07/15 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ペットの殺処分というのは馴染みのない問題でだが、そこを身近に感じさせてくれた。数年前に聞いたが、いま野良犬というものは日本にいないそうだ。これも殺処分が徹底された成果らしい。いま公開中の映画「犬部!」も、殺処分からペットたちを救おうという若者たちのは暗視で、しかも同じ青森県が舞台。青森を舞台に、この話題が芝居にも映画にもなるのは、なにか理由というか関係があるのだろうか。
他の人も書いているが、ペットの骨を肥料に咲いたマリーゴールドの鉢を手にした、人々の笑顔(映像)がよかった。

ネタバレBOX

生徒たちがペットの骨をすりつぶす作業など、音響が臨場感を高めていた。本当に俳優たちがやっているわけではなく、その動きに合わせての効果音。タイミングもピタリ合っていた。見えない裏方の細かいところだが、非常に感心した。
最後に、プロジェクト創設メンバーの5年後、卒業したあとの仕事が描かれているのが、意外であったが、良かった。高校生の時の美しい思い出だけでなく、その後をどう生きたか。獣医からOLまで、様々なわけだが、それが人生だと感じた。
29万の雫-ウイルスと闘う-

29万の雫-ウイルスと闘う-

ワンツーワークス

赤坂RED/THEATER(東京都)

2021/07/15 (木) ~ 2021/07/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

多くの当事者に取材したからこその、生き生きした細部に満ちていた。口蹄疫にかかった牛を殺す消毒薬の注射のとき、注射器の中の血液がさっと黒く変わる。出産間近の牛を殺すとき、子どもを産ませてから、親子を殺処分したほうがいいのではないかという、やるせない迷い。ワクチンは牛豚を活かすためではなく、ワクチン接種が、ウイルス封じ込めのために殺処分してしまう。口蹄疫にかかったのならあきらめも付くが、一生懸命消毒して防いできたのに、結局予防のためにワクチンを打つときが一番苦しかったという農家の声。

舞台は、牛舎のセット。十八番のストップモーションの場面が、防護服を着ての、家畜の検査、殺処分の過程を、視覚的に想像させた。証言の言葉が中心の芝居なので、いいブレイク的変化にもなった。ベテランで、いくつも重要な役を演じた奥村洋治がよかった。若手では松葉杖をついた高校生役の川畑光瑠に華があった。

大学教授の講演のかたちで、口蹄疫はじつは治る病気で、その肉を食べても害はないと示された。なぜ殺して埋めるかというと、「清浄国」として畜産物輸出(?)の自由を得る国益のためだと。これは知らなかった。この芝居で得た情報からすると、輸出しないなら(日本の畜産品がそれほど国際競争力があるとは思えない)、無理して殺処分しなくてもいいのではないか。
なお、ウイキによると、発展途上国はワクチン接種で終わらせて、殺処分まではしないことが多いそうだ。

ネタバレBOX

2010年の宮崎での口蹄疫を題材にしている。この芝居は2012年に宮崎県の劇団が初演した。取材も主にはその時に行っている。その後の追加取材も含めて、今回、古城十忍が構成・脚本したもので、ほぼ新作とも言える。当時は畜産農家だけが強いられた、外出制限、人。家畜との接触制限が、コロナで日本中の経験になったということが強調されていた。新型コロナと、口蹄疫の経験がそっくりと。コロナのワクチンは、殺すためではないけれど。

宮崎県の口蹄疫発生は292例だったそうだ。19万9000頭以上を殺処分下にしては、件数は少ない。これくらいで収まったのは、何よりだが、不謹慎ながら件数を聞くと意外とあっけない気もした。
一九一一年

一九一一年

劇団チョコレートケーキ

シアタートラム(東京都)

2021/07/10 (土) ~ 2021/07/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

大逆事件というと、幸徳秋水が思い浮かぶが、本作では管野すが子にしぼり、良心的予審判事との対立を軸に、この歴史的フレームアップの実像を描いていく。複雑であろう史実を2時間15分のドラマに落とし込む古川健の脚本はさすが。机と椅子を積み上げた壁を前後させるだけで、場面転換を行う日澤雄介の演出も冴えていた。勉強になった。

良心的検事(西尾友樹)のせりふ「民衆の上に権力が暴力装置となって立ち上がったとき、いかなる事が起きるか知らなかった」で、逆に考えさせられた。12人を処刑した大逆事件は権力悪としてはまだ小さい。戦争こそ巨悪だと。それはこの芝居の後半でも示唆される。
また、「かれらを殺したのは権力ではない。名前のある人間です」というセリフも考えさせられた。
自由とは「自分の顔を持ち、名前を持ち、他人に依存せず、自分の足でたち、自分の頭で考え、自分の口で話すこと」と管野すが子はいう。聞きながら、自由と言われる現代でも、そんな人は少ない。私も含めて、権威に頼って思考停止したほうが(あるいは周囲にああwせたほうが)楽だから。

管野すが子が16歳で継母の手引で知らない男に犯されたとき、絶望から救ったのは新聞の人生相談の堺利彦の言葉だったそうだ「足を踏まれたようなものです、わすれなさい」(だったと思う)。それがきっかけで、堺利彦が唱えた社会主義に惹かれたというのは、意外なつながりで面白かった。この言葉は全然社会主義らしくもないし、関係もないのに、この言葉で救われて社会主義に惹かれたとは。ただ、一緒に見た女性は「女ならまだしも、男がそんな事を言うとは。堺利彦を見損なった」と怒っていた。
管野スガ子役の堀奈津美、私は初めて見たと思うが、はまり役で素晴らしかった。彼女が検事をからかうところ何箇所かで、この重厚な舞台では貴重な笑いも起きていた。

森 フォレ

森 フォレ

世田谷パブリックシアター

世田谷パブリックシアター(東京都)

2021/07/06 (火) ~ 2021/07/24 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ベルリンの壁崩壊の年に不本意な妊娠をしたエメ(栗田桃子)から始まり、その娘、現代のモントリオールのルー(瀧本美織)が、古生物学者(考古学者ではない)ダグラス(成河)と、独仏国境地帯のストラスブールにおもむき、自分のルーツをさぐっていく。ルーに最初の手がかりを与える、疎遠だった祖母リュスを演じた麻実れいが素晴らしかった。赤ん坊のときフランスからカナダにつれてこられたあと、「約束」通り母親が来るのを待ち続けた苦しさ、結局かなわなかった悲しさ、そして母のことを伝えに来たサラ(前田亜季)との邂逅。ルーとのもあわせて、二人芝居の密度の高い語り、感情の動きがすばらしい

ココまでが1幕。全3幕。1871年に始まるケレール一族の愛憎劇は、近親相姦と父殺しの話で、ドイツ神話に取材したワーグナーの「ニーベルングの指環」のよう。当主の子(双子)を身ごもって、その息子と結婚するオデットの「あなたの子は代々呪われる」という言葉は呪いのようだ。一族を逃げた息子一家が閉鎖的に暮らすアルデンヌの森は、シェークスピアのアーデンの森とは違い、血なまぐさい惨劇の数々でいろどられる。こうした展開は、レバノン生まれの作者のヨーロッパ文明批判があるのかと思われた。欲望と血とエゴイズムの文明。神はいない

「岸 リトラル」の衝撃は忘れられないが、「森」は全く別の鋭角、作りの芝居であった。通常の芝居の2.5作分くらいの物語の錯綜が一つに込められている。

ネタバレBOX

呪われた血を受け継いだのがルーなのか、と思うと、3幕の対ナチス・レジスタンスのグループによって、この血は断たれ、新しい出発があったことがわかる。ヨーロッパ批判の作者も、レジスタンスの精神・自己犠牲の行動にこそヨーロッパ再生の可能性を見ているということか。
ここで不幸な血の連鎖は断たれていたのに、なぜエメのお腹の双子に、怪現象が起きたのか? ダグラスの持っていた骨との関わりは? という物語の発端の謎が、結局は置き去りにされてしまう。それとも私が見逃しただけか? 「悲劇喜劇」に戯曲が載っているので、見直してみよう。
結末でも、サラはなぜ嘘をついたのか? という新しい謎がおきる。なにも全てを説明し尽くさなくてもいいわけだが、ちょっと引っかかった。

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