ファクトチェック
秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場
紀伊國屋ホール(東京都)
2021/09/17 (金) ~ 2021/09/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
政権とメディア、政治家と新聞記者の関係は、古くて新しい永遠の課題だろう。そこにまた新たな光を当てる骨太の舞台ができた。今回は、正義派だった記者が政治家に屈する過程と葛藤が見どころ。新聞記者の家庭も描いて、生活者としての本音と仕事上の正義の葛藤を描いたところが新しい。
色々ツッコミどころはあるが、大きなテーマを力技で舞台の形にして、見応えがあった。
花見の会、人事で支配、感染症、五輪等々、安倍菅政権の去年今年がいろいろ取り入れられて、笑いを誘っていた。現政権への風刺劇でもあるところがよい。そういう点には自然に客席は笑いが起きて、いい雰囲気だった。
ズベズダー荒野より宙へ‐
劇団青年座
シアタートラム(東京都)
2021/09/10 (金) ~ 2021/09/20 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
題はロシア語で「星」のこと。冷戦期のソ連宇宙開発ドキュメンタリー劇というところか。敗戦のドイツ科学者を連行してきた1945年から、1965年、ソ連ロケット開発のリーダーのコロリョフが亡くなるまで。スターリンの恐怖政治の重圧から、フルシチョフの人間戦車ぶりの執政と失脚も併せて3時間で描く。
ロケットの失敗、成功、路線変更、大成功、その悪影響等々と事件が次々おき、3時間を長く感じない。細かい史実はかなりコンパクト、スピーディーにこなしている。とはいえ、それでもかなりの手間を取られるなか、頑張って、人間の葛藤や衝突も描いている。
コロリョフ(横堀悦夫)が、粛清され、6年間収容所で苦しんだこと、彼を売った男が、同僚科学者として戦後も一緒に働いたこと。ドイツ人とソ連人の科学者同士の対立。権力と科学、軍事研究と宇宙開発等々、面白いテーマが盛りだくさんだった。素朴で大らか、怒りも喜びも大げさに表現するフルシチョフ(平尾仁)の好演が光った。
スプートニクの地球周回成功、ガガーリンの初の有人宇宙飛行成功など、舞台全員が歓喜の声を上げる大きな達成には、見てるこちらもうれし涙が出た。
見終わって思うのは、50-60年代は米ソ超大国の時代だったなということ。大型プロジェクトも核戦争瀬戸際のキューバ危機、ベルリン危機も超大国の行動だった。米ソの指導者フルシチョフやケネディの存在感が圧倒的だったし、指導者の選択が、歴史を動かした。いまはGAFAの時代。民間が強くなったというより、相対的に超大国の地盤沈下は否めない。
気骨の判決
オフィスワンダーランド・(一社)演劇集団ワンダーランド
ラゾーナ川崎プラザソル(神奈川県)
2021/09/08 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
翼賛選挙で非翼賛議員への選挙妨害の訴えを認めて、1945年3月に選挙無効、やり直しの大審院判決を出した吉田久の物語。裁判所と、吉田の家と、鹿児島の出張尋問の場面で構成。東條英機が音頭を取る翼賛選挙に、異議を挟もうという吉田に、さまざまな嫌がらせがくる。息子には赤紙、本人には尾行監視、家は「非国民」と攻撃され、家族は配給でも差別を受ける。
5人の裁判官の合議内容など不明な点が多い史実を、ドラマチックに脚色して、大変感動的な心に響く舞台だった。
保身のため選挙有効を主張した陪審判事が、妻に「今の姿を息子に見せられますか」私たちができるのは、病気と戦う息子に「希望を教えること。私は息子には希望を教わったんです。今度は私たちの番です」と言われて、自らを振り返る。
(竹内一郎の盟友平石耕一の「センポ・スギハアラ」にも、子どもに親の生き方を示すという場面があった)
「青臭い理想」にいつまでしがみつくんだ、というセリフがあるが、吉田の青臭さを恐れずに、堂々と貫く姿が胸に染みる。希望と、理想が、巨大な力の理不尽に屈しない。
雑用係から苦学して判事になった吉田の、「法律とは、弱いものに希望を与えるものだ」という言葉が胸を打った。
吉田役の川口啓史が、ゆっくりとあわてない静かな演技で、信念の人を好演していた
パレードを待ちながら
劇団民藝
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2021/09/04 (土) ~ 2021/09/13 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
まず戯曲を読んで、銃後の女性たちを通して戦争を、時代を描く手法に感心した。映画とは違って、舞台には直接現れないものを、観客の想像力でたちあげる。その想像力を刺激するという点で、実際の舞台はオーソドックスすぎて、少々生真面目すぎたと思う。5人の女優は十分好演していたと思うけど、もう少し、遊んでもいいのではないか。出征した夫、息子たち、戦地に行かない男たちの姿を、映像や黙劇で示してもいい。
音楽が、指定の音楽と違ったように、戯曲の面白さを、逆に戯曲からはみ出すことで示す道があったのではないだろうか。
戒厳令
劇団俳優座
俳優座スタジオ(東京都)
2021/09/03 (金) ~ 2021/09/19 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ペストとコロナとナチスとデスノートを合わせたような舞台である。最初はメタファーが多くて、何を指しているのか錯綜した。しかしペスト(ナチス)と青年(レジスタンス)の対決のクライマックスはすごい緊迫感で圧倒された。
ペストを名乗る新支配者と、その女性秘書が住民登録する場面は、市民の「私生活」に介入し思想と素行で選別をする怖さがある。青年が助けを求めた婚約者の父は「犯罪も法律になれば、もう犯罪ではない」と「悪法も法だ」と、権力者の作る秩序に従順に従う、普通の人々の生態を写す。そして、青年とペストの対決。見応え充分の芝居だった。
ペスト役の野々山貴之がすばらしかった。白塗りで終始民衆を小馬鹿にし、バットマンのジョーカーのような、ちょっと別世界の存在感。女性秘書の清水直子が支配の虚しさを示し、青年医師の志村史人が正義の苦しさで迫力があった。志村は「インク」の編集長役に続く主演、ぜんぜん違う役柄を好演していた。保守的民衆の代表の加藤佳男は自然体に宿る貫禄があった。
工事現場の足場のような2台の可動階段と2階廊下のセット。液晶画面を4台おいただけで、映像で場面を示すストイックな美術。上下の位置関係と、狭いアトリエを走り回る動きで、熱気と緊張感のある舞台を作った演出が素晴らしかった。志村はシャツが汗でびっしょりになるほどの熱演だった。
4
ティーファクトリー
あうるすぽっと(東京都)
2021/08/18 (水) ~ 2021/08/24 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
犯罪と死刑制度をめぐる4人によるモノローグ劇。裁判員と、拘置所の看守と、犯人と、死刑執行命令にサインする法務大臣とが、それぞれの立場で、悪夢を、苦しさを、責任を語る。途中、一度、俳優たちが話して役を交代する「メタ演劇」的部分あるが、割とすぐ元に戻る。重いテーマを、真正面から語り続ける、真摯な舞台だった。
Le Fils 息子
東京芸術劇場
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2021/08/30 (月) ~ 2021/09/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
一度こじれると簡単に直せない、思春期の子供を持つ困難を、抑制的に、リアルに、しかし切実に描いて、目の離せない2時間だった。高校生の息子が、学校に行くふりをして何ヶ月もサボっていた。元妻から驚きの話を聞かされた、父(元夫)は息子に「なぜだ」と聞くが、息子は「わからない」としかいわない。ここから意思疎通がうまくいかなくなる。
息子は「ぼくは生きることがうまくできない」と訴えるのだが、父も母もまともに受け取れない。一方、父・母が必死に息子のために準備する家や、転校先を、息子は受け入れるように見えるのだが、本心はわからない。息子が母とはダメだというから、父は若い再婚相手と、乳飲み子のいる家に息子を引き取る。父のもとで素直そうに見えるが、しかし…。息子に「どうして母さんと僕を捨てたんだ」「ぼくを傷つけたのは父さんだ」と言われたら、父親はどうすればいいのか
父は成功した弁護士である。パリにも仕事人間はいる。でも日本の父親より、よほど家庭を大事にしているというべきだろう。母親も働いていた気がするが、職業が出てきたか、忘れた。
岡本健一、伊勢佳代、若村麻由美、そして新人で岡本の息子の岡本圭人。4人の俳優もみな素晴らしい。実に生々しい切ない舞台だった。
アナと雪の女王
劇団四季
JR東日本四季劇場[春](東京都)
2021/06/26 (土) ~ 2024/10/31 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
アニメーションなら氷も吹雪も自由自在だが、舞台でここまでやるとは。映像と美術、証明、音響とあいまって、氷の世界を目の前に作り出す。もちろん音楽もいい。「ありのままで」は一幕の最後にたっぷり聞かせて、拍手喝采だし、フィナーレも「ありのままに」のリプライズに近く、さらに深く、自分らしさと愛の両立を歌う。俳優の演技、ダンス、パフォーマンスもいい。衣装もいい。エルザの衣装が「雪の女王になってからも、ライトブルーのドレスから、パンツスタイルに変わる。とにかく飽きるところがない。アナとクリストフが吊り橋を渡りながら歌う「愛の何がわかる」は、歌いながら、心が近づく瞬間が見事。
ユーモラスな雪だるまのオラフが出て売ると、寒さも和む(実際、オラフの歌は「夏が好き」)、サウナに入った村人たちの裸(!)ダンス、トナカイノズベンは人間が入っているとは思えない、本物そっくり。
とにかく、おとなからこどもまでたのしめて、生きることを励ます熱いメッセージが伝わる傑作ミュージカル。現実を忘れて別世界に連れて行ってくれる2時間半。そして現実に帰ってきた時、前より心が明るく前向きになっている。エンターテインメントの大道をいく芝居である。
『砂の女』
キューブ
シアタートラム(東京都)
2021/08/22 (日) ~ 2021/09/05 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
現代の古典とも言える原作だが、「古典とは有名だがあまり読まれないもの」と言われるように、私は未読(すいません)。勅使河原宏の映画化も見たことない。その目で見て、大変新鮮で、時代を超えた舞台だった。「砂の女」とは実存的(抽象的)で閉鎖的な話と思っていたが、違った。非常に合理的で社会的な話であった。
蟻地獄のような砂の底に、男を閉じ込めるのは、女ではなく、村=部落の男衆。女は同居人。この設定がまず目からウロコであった。しかも、穴の底で男と女が掻き出す砂を、運び出すモッコが上から降りてくるし、水や配給品も上から届けられる。
一緒に見た友人は「非条理じゃないね」といっていたが、そのとおり。非常に合理的な話である(そんな砂に埋れそうな土地になんで住み続けるのか、ということを除けば。実は人は生まれついた土地を、簡単には動かないものなのである。そのこともおしえられる)
友人は「人間の醜い面をクローズアップして、さんざん見せつける。自分本位や、みだらな欲望や。。人間の美しいところがどこにもない。ジェンダー的にも問題。エグい芝居だ。演出は素晴らしいが、好きな芝居ではない」と。これは好き嫌いの問題なので、それだけの嫌悪感を起こさせたのは芝居の訴求力の高さを示している。
(途中、穴の上の村人たちが、二人に交わっているところを見せたら、縄梯子をおろしてやる、と本気で言い出すのは確かにエグい。緒川たまきは、裸で寝ているシーンや、半裸の後ろ姿など、かなり際どいシーンもあった)
男(仲村トオル)がなんとか逃げ出そうと策を繰り出す。女を縛り付けたり、あきらめたふりをして手製のロープを作って実際に逃げ出すしたり(途中で捕まる)。「ミザリー」よりずっと社会的に広い話。江戸(東京)から来た男が、いなかでちやほやされて、村人たちの罠に落ちるというのは、井上ひさし「雨」ににている。まあ、影響関係はないだろうが。
男は、女に「生きるために砂をかくのか、砂をかくために生きるのか、わからないような暮らしが、人間的と言えるか。」「豚と同じだ」と責める。まっとうで合理的だが、労働者・農民をバカにした、上から目線のセリフではないか。多分、そんなふうに考える私が、庶民の味方ヅラをしているだけなのだろうが。
なぜこんなところ出ていかないと聞かれて、女は「ここは私のうちだもの!」と叫ぶ。その気持はわかる気がした。福島の原発事故で故郷を追われた人も、同じ気持ちだろう。
グレーの幕で舞台の上から下まで覆い、中央にあばら家がポツン。人形も使って、男の空虚さを示す。シンプルな砂の映像が、砂の谷を作る。あばら家がくるくる書いて飲して変化をつける。すだれに映る影絵と、出てくる人物のズレ(彼の女かと思うと男の同僚だったり)もうまい。警察や、男の中学の同僚たちの日常的なボケも、砂の中の生活と対比的効果で良かった。4人の黒子=村人や警官のステージングもスムーズ。そして音楽がすごい。私は知らない人だが、上野洋子が舞台の情報にずっといて、シンセ、打楽器、アコーディオンなどをつかいわけ、「ヒョー」「ワオー」といった声で、効果音的音楽をつける。面白かった。
ムサシ
ホリプロ
Bunkamuraシアターコクーン(東京都)
2021/09/02 (木) ~ 2021/09/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
渋谷の初日観劇。コロナの憂鬱を吹き飛ばすような満員の客席。初演からほとんど変わらない座組で、主演級の俳優が綺羅星のように並ぶ舞台。圧巻の三時間だった。今回、沢庵和尚役が塚本幸男に交代。初演で演じた辻萬長さんは8月になくなり、カーテンコールでは、井上ひさし、蜷川幸雄とともに、辻さんの遺影もキャストがもって現れた。芝居のメッセージそのままに、死者から生者へとバトンタッチしながら公演を重ねる。初演から12年、まさに一種のロングラン公演になりつつある。
この舞台は見るたびに違う側面に気づかされるが、吉田鋼太郎の色気と茶目っ気たっぷりの演技が目を引いた。魅力はセリフだけでない、四場「狸」の、仇討のための剣術稽古とその後の決闘は、身体表現としてダンスのようで面白い。また、白石加代子の見せ場は、初演では二場の「蛸」の能にびっくり仰天したが、もうひとつ、5場の「鏡」はそれ以上の長セリフ(身の上話)と見せ場になっていることも発見した。
そういえば、音楽も尺八と拍子木を使った、冒頭の純和風から、ついで竹やぶに寺が出現するところはアンサンブルのテーマ曲と、いろいろ趣向を凝らす。討ち入りそのほか、ざわざわする場面では、舞台じゅうの竹やぶが揺れるのも効果万点。
THE SHOW MUST GO ON
加藤健一事務所
本多劇場(東京都)
2021/09/01 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
終わりに近づくにつれ、爆笑度が上がり、最後の場は、笑いっぱなしだった。カトケンはもちろん、ワンツーワークスの奥村洋治、Pカンパニーの林次樹、お馴染みの加藤忍と、とぼけた辻親八と、存在感のある芸達者な役者が揃って、面白かった。秘書役の岡崎加奈も可愛くて、若い作家の恋人役にピッタリ。マネージャー役の新井康弘が、強面で頑固なわからずや役を好演していて、この壁を突破するという芝居に、リアリティを与えていた。
金がなくてホテルを追い出されそうな劇団が、どうやって危機を乗り越えるのか。スポンサーが現れるが、ただそれでうまくいくのではひねりがない。コメディーとしてハッピーエンドはお約束としても、そこに至る予想外の壁また壁が、非常によくできている。戯曲の功績。翻訳も、これ本当に原文どおり? アドリブでない? というギャグ満載で、今このために書かれたよう。役者のうまさもあるだろう。
湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三。
KAAT神奈川芸術劇場
KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)
2021/08/27 (金) ~ 2021/09/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
黙阿弥の三人吉三とはぜんぜんちがう。ハマのやくざの親分二人と悪徳警官、その娘息子三人の、親子二代の物語。メインの葛藤は父親たちにあり、子供同士は仲がいい
かつての5億円をめぐる疑惑が、思いもかけない結末へ。全体、リアルというよりTheatricalなのは、そこは歌舞伎がもとのせいかもしれない。かつての任侠映画をコミカルにしたような味わい
はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~
劇団四季
自由劇場(東京都)
2021/08/15 (日) ~ 2021/08/29 (日)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★★
劇団四季の新作オリジナルミュージカル。夢とロマン、勇気と友情を素直に伝えてくれる、大人も子供も楽しめる舞台だった。これから繰り返し上演されて、新たなレパートリーになるといいと思う。
村を守るために。生贄の少女ハシバミ(若奈まりえ)が、人々と力を合わせて立ち上がる展開。ハシバミの決断を最初、周囲が止めに入るところは少々定型的だったが、その後の展開はドキドキして、(配信だったので)画面から目が離せなかった。孤独なホタル狐(斎藤洋一郎)と、本の虫のスキッパー(権頭雄太朗)が心通わせて「これって親友っていうのかな」というくだりでは、思わずグッと来た。
最後まで予想外の事態とどんでん返しで、「予想を裏切り期待に応える」物語の「落差」も大きく、最後までよかった。
絆と希望を衒いなく歌い上げるテーマ曲に、こころ洗われた。堂々たる人間への信頼を直球ど真ん中に投げ込んでくる、なかなかの芝居でした。さすがミュージカル、物語、音楽、ダンス、美術が力合わせての素晴らしい成果だった。
主役若い3人に、ブラボーと大きな拍手を送りたい
化粧二題
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2021/08/17 (火) ~ 2021/08/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
有森也実、内野聖陽のコンビによる再演だが、前回よりも数段感動した。前半は、子どもを捨てた女座長の意地と強がりを押し通す。後半は母に捨てられた過去を持つ座長の話。母に「捨てられた」と思って、自力で頑張ってきたが、その頑張りこそ、母が辛く当たった狙いではなかったかと思い至る。母の愛に気づく物語。
内野聖陽が好演、力演。この男座長の話には、井上ひさし自身の母への思いが色濃く投影されていることに今回、初めて気づいた。「井上ひさし前芝居」の解説を見ると、扇田昭彦は、初演でいち早く気づいたようだが、私は今まで見てきて、とんと気づかなかった。「(母への)希望をすててしまえば、驚くほど元気になるもんなんですよ。から元気ですが」という座長のセリフは、井上ひさしの自伝的小説「あくる朝の蝉」の「孤児院は、他に行くところがないとなれば、あんないいところはないんだ」と重なる。
奇跡を待つ人々
東京夜光
こまばアゴラ劇場(東京都)
2021/07/24 (土) ~ 2021/08/04 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
ビミョーな芝居。タイムトラベルと不老不死と、地球絶滅を織り込んだすごーくスケールの大きい世界を、駒場アゴラの、ベッドしか大道具のない狭〜い空間で物語る異色の舞台だった。現実には戻りたくない、ヴァーチャル世界の住人の笹本志穂さんが、白いふんわりした衣装で、現実と非現実の間の不思議な存在をよく演じていた。
丘の上、ねむのき産婦人科
DULL-COLORED POP
ザ・スズナリ(東京都)
2021/08/11 (水) ~ 2021/08/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
「家族八景」ならぬ「妊娠七景」。フリーターカップルから、中年女医まで7組の夫婦の、それぞれの妊娠の悩みと苦しみ(喜びはあまりない)。30組以上の夫婦を取材したというだけあって、それぞれの話にリアリティーと細部の意外性があって面白かった。
欲を言えば、「妊娠あるある」から、さらに常識をどこかひっくり返す飛躍がほしい。つわりに苦しんでいた大人しい妻が、実は激しいパンク野郎だったという「ロンドン・コーリング」と、サルトル「出口なし」へのオマージュを絡めた「スプレッドシート」に、男女を縛る「妊娠出産の常識」を爆砕する萌芽を感じた。
もしも命が描けたら
トライストーン・エンタテイメント
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2021/08/12 (木) ~ 2021/08/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
「人生、不幸せの次には幸せがくるなんてうそだ。幸せと不幸せのバランスはこの世界全体で取れていて、幸せが重なる人がいる一方で、不幸せばかり続く人がいる。誰かが幸せになると、その分の不幸せが、別の人にかぶせられる」。このセリフ(記憶なので細部は違います)に、本作の世界観が集約されている。でもそんな不公平を愛の力で(変えるとまでは行かないが)のりこえる物語だ。
父が去り、母が消え、自分の殻に閉じこもって生きてきた月人(げっと、田中圭)。自分と同じ喪失を抱えた星子(せいこ、小島聖)と出会い、初めて愛を知る。でも、悪戯な運命は星子を奪い、月人は、幼い日、押し入れの中の画集でみたゴッホの「星月夜」の糸杉(キリストの十字架に使われた木)のような、高い杉の木で首をつる。
冒頭、3,5分、テーマ曲が無人の舞台で流れたあと、場面は月人が自殺未遂指摘から落ちて目覚めたところから始まる。(メロウで弾むポップ癖のいい曲。ただ、癖のあるボーカルで歌詞は判別しづらい。パンフにあるテーマ曲の歌詞を見ると、芝居の物語が見事に歌われていた)。三日月の精(黒羽麻璃央)の語りかけに、耳をふさぐように、月人は子供の頃から自殺までの半生を語る。これが1時間50分のこの芝居の前半。多分40分くらい。三人しか出ない芝居だが、前半はとにかく田中が早口で語り続け、セリフ量はハンパない。
そして冒頭の場面に戻る。月の精は「ただ死んじゃだめだ。その生命を人のために使うんだ」と、絵のうまい月人に「命を描くスケッチブック」をくれる。植物でも動物でもこのスケッチブックに描くと、どんなに死にそうでも、もともとの寿命が蘇り、かわりにその分の月人の寿命がなくなる。いま35歳の月人は90まで生きられる運命なので、55年。こうして、月人は死んで星子にもう一度出会うために、死にそうな生き物を探しては描いて、知らない街をさまよい、ふと水族館に入る。
そこで出会ったのが虹子(にじこ、小島聖)。「男が一人で水族館に入るときは2つしかない。思い出に浸りたいときか、魚を食べたいとき」などと、図星を指されて、月人は虹子に惹かれる。彼女が応援する病気のアザラシを救う、25年分の命を与えて。
こうして虹子のスナック「フルムーン」での幸せな生活が始まる。常連客とも打ち解け、死ぬのをやめた月人だった。しかし、そんな日は長く続かず、のっぴきならない選択を迫られる日がやってくる…。
と、ファンタジーも盛り込んだ、喪失と献身の物語。芝居は言葉でできていることを実感させた。それと俳優の存在(声)。「僕がアドバイスしたように、星子は迂回して、車を止めたとき、トラックが突っ込んできて、4トンのトラックの下敷きになって死んだ」と田中圭が語ると、その出来事は起きてしまう。「寺田さんがミオちゃんを殺したの」と小島聖が言えば、それは事実になる。だから、スケッチブックに命を描けば、命は本物になるかもしれない。そんな連想が働く舞台。
美術も良かった。正面に大きな円盤が掲げられ、それが映像によって三日月や、満月や、ミラーボールになったりする。その下の舞台も円形で、上の円盤と同様に様々な絵が投影されて、物語を彩る。映像と言っても現実物ではなく、殆どは抽象的な色面や絵。大道具もバーの椅子と机以外は抽象的で、言葉と俳優にフォーカスした舞台だった。社会批判はないけれど、人間の悲しみと、美しさを感じさせ、大きく人生を肯定する、いい芝居だった。
君子無朋(くんしにともなし)【8月29日公演中止】
Team申
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2021/07/17 (土) ~ 2021/07/25 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
雍正帝のことは、1年ほど前に岩波新書の『「中国」の形成』で読んで知った。この舞台で一層その生涯を身近に、生き生きと知ることができた。(もちろん史実そのままではないが、舞台で演じられる地方感との手紙は、多少複数の手紙を一つにしたりと、編集はしているが、ほぼ実物そのままだそうだ。
なんといっても佐々木蔵之介の存在感が圧巻。天子という特別な人物を演じるオーラがある。
高齢で病床にあった康煕帝のあとを、なぜそれまで後継者としてほとんど名前のあがらなかった第4王子の雍正帝が継いだのかは、今も謎だそうだ。康熙帝の遺言状を示したのも、雍正帝とその側近たちなので、何かの策略があったのではないかという憶測がぬぐえない。
雍正帝と、紫禁城にやってきた地方官オルク(中村蒼)の対話を軸に、あとの3人が、王族や側近や、黒子をスピーディーに演じ分けていく。壮大な中国・清王朝の内幕を、シンプルに、わかりやすく面白く見せていた。戯曲はこれが初めてというテレビ・ディレクターの阿部修英の脚本、東憲司の演出も見事であった。
物語なき、この世界。【7月31日(土)13:30、18:30、8月1日(日)13:30の回は公演中止】
Bunkamura
Bunkamuraシアターコクーン(東京都)
2021/07/11 (日) ~ 2021/08/03 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
なかなか一言では言いにくいほろ苦い面白さがあった。身に覚えのある感情がいくつもある。三浦大輔の芝居は2008年に本多劇場で「顔よ」を見て以来。かつては舞台上で男女の行為を赤裸々に演じるので賛否両論を起こしたが、今作ではそこはおとなしめ。でも岡田将生とヘルス嬢・日高ボブ美の濃厚なシーンはしっかりある。
「おっぱいパブ」で偶然であった高校時代の知り合い(岡田と峯田和伸)。居酒屋に行くが、全く話は弾まない。絡んできた酔っぱらい(星田英利=はまり役)を張り倒したら、頭を打って動かなくなってしまった。「殺したか」とあせるが、自分たち二人がドラマの主役になったような高揚感を覚える。一緒にいた友人、恋人は脇役扱い。この、変な主役気取りが面白い。
岡田の(ダメ男を演じても)美しい立ち姿とと、峯田の見るからにダメ男のうらぶれ感の組み合わせがよかった。奥にゴジラビルも配した歌舞伎町(ゴジラロード)のセットが良くできていた。それぞれの店のセットが回転して、裏側になると、店内になる。それが、ヘルスだったり、スナックだったりと、内装を変えて店を違える。表側も、右から見せるか、左から見せるかで、全く別の店になるところも良くできていた。シンプルな通行人の映像で雑踏を示し、深夜になるといなくなるという時間の示し方もわかりやすかった。
カルメン<新制作>
新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2021/07/03 (土) ~ 2021/07/19 (月)公演終了
実演鑑賞
言わずと知れた名作にして、超人気作品。カルメン役のメゾソプラノが、奥深く響く声で、素晴らしかった。日本人テノールのドン・ホセ村上敏明もよかった。「ワルキューレ」のジークムントでは苦戦していたが、今回見事にリベンジを果たした。
現代日本に置き換えた演出で、冒頭は警視庁の警官姿でずらっと登場する。十分成り立っていたけれど、鉄パイプを組み合わせた無骨なセットは、今ひとつ目が楽しめないのは残念だった。余分な装飾がない分、ドラマと音楽がいっそう浮き立っていたとも言える。
今回の発見を一つ。カルメンはホセを最初は本当に愛していたのか。ホセに脱走を唆す前、仲間に「恋してるの」というが、唆すところはズルく自分勝手なふるまいで、あまり愛にともなう真心を感じない。ホセも脱走するのは、カルメンの説得に従ってではない。上官への嫉妬と、暴力をふるったいきがかりからやむを得ず、となる。この展開は、細かいところだが、リアル説得的である。二人の関係の、そもそものズレを示して、後の悲劇の伏線になる。