白鳥の湖<新制作>
新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2021/10/23 (土) ~ 2021/11/03 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
古典バレエを初めて生で見た。チャイコフスキーの音楽はもちろん、ダンサー、衣装、美術などあいまって見事なダンスパフォーマンスであった。ワルツ、ソロ、デュエットetc、なんといってもバレエの多彩なダンス表現を堪能。言葉を使わない、セリフを遠くまで聞かせる必要がないので、マイクのない時代の大劇場でも、これなら楽しめたとわかる。
物語は別にすじを教えてもらわないと、舞台を見ただけではわからない。それは仕方のないところ。大きな枠組みがわかった上で、場面場面のダンスを楽しむのが良いのだろう。
前に男だけによるマシュー・ボーン版「白鳥の湖」を見たが、物語は大分違っていた。あちらは魔法使いの娘がオデット姫に姿を変えて現れるなどなく、舞台も現代。拝金主義や通俗的享楽への批判があった。
いのち知らず
森崎事務所M&Oplays
本多劇場(東京都)
2021/10/22 (金) ~ 2021/11/14 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
いわく言い難い芝居で、見ながら終始スッキリしないもやもや感がつのった。中学からの親友で一緒にガソリンスタンドを経営する夢を持つロク(勝地涼)とシド(仲野太賀)。ある施設の門番をしているが、先輩門番モウリ(光石研)から、「この施設では死者を生き返らせる研究をしている」といわれ、戸惑う。モウリの話だけで、観客もそんなことは信じられない。当然、アリもしない話をもとに、ああだこうだともめる舞台をうさんくさい思いで見ることになる。
すると見えてくるのは男たちのマウンティング合戦。モウリとロク、ロクとシド、シドとモウリ、という二人組の会話を軸に(「二度目の夏」と同じ)腹のさぐりあい、非難のぶつけ合い、優位の競い合いになる。ここらへんは話の不条理性といいピンターのよう。不条理といえば、来るかどうかわからない何かを待っている「ゴドー」のようでもある。
「しょせん言葉じゃないか」が口癖の高校時代の共通の友人は、言葉の裏など探らない、ストレートな言葉の使い手だった話。学ランを木に引っ掛けて、これからの夢を、過去にあったことのように語り合い、みんな死んでしまったあとのフリをする「学ランごっこ」の思い出。ロクとシドがそれぞれに相手には隠している問題。施設で療養していた双子の兄を探しに来たトンビはどうなったのか。などなど、互いに関係ないようなこれらが、最後にパッと結びつく。
Home, I'm Darling
東宝
シアタークリエ(東京都)
2021/10/20 (水) ~ 2021/11/07 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
外に出たくない女性の、現実逃避から、どうやって抜け出るか、の芝居である。ジュディ(鈴木京香)の花柄ワンピースのかわいい奥様ぶりにおどろく。甲斐甲斐しい主婦ぶりとあわせて、倍賞千恵子に似ていると思った。時間が立って思い返すと、前半はかなり図式的な気がする。後半、夫ジョニー(高橋克実)が「君は夢の世界に住んでいる。僕にはこんな生活はいらないんだ」と本音を言い始めるところからが見どころ。もう一つは、母シルヴィア(銀粉蝶)が娘の勘違いに腹を立てて、50年代の混乱と家父長制と女性のいきにくさを語る圧巻の長台詞。びっくりした。
シルヴィア「あんたのやっている(専業主婦)ことは男が望むことよ」
ジュディ「どうして家事は評価されないの」
シルヴィア「男がやらないからよ」
ジュディ「働け、働けって、それって、資本主義的すぎない?」
男の保護家から抜け出ようとすれば、資本主義の賃金奴隷になってしまう。自営業は別だが。その矛盾をサラリと示したセリフで、注意を惹かれた。
フタマツヅキ
iaku
シアタートラム(東京都)
2021/10/28 (木) ~ 2021/11/07 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
売れない芸人と、それを支え続ける妻(清水直子)、父親が嫌いな息子。何を言われても決して怒鳴らないでユーモアある話芸風に返す父親(モロ師岡)の飄々とした生き方に感心する。息子のカラク(杉田雷麟)もいい。小学校で父親の高座を体育館で開いたとき、舞台で父が息子をいじったためにクラスで笑われて以来の積もり積もった父への嫌悪を、20歳の、思春期ではないが大人でもない、少ない言葉とあからさまな態度で表していた。
なかなかシリアスな舞台だが、息子にモーレツアタックするバイト仲間の女性(幼馴染らしい=鈴木こころ)の天真爛漫な明るさが救い。この二人も支え、支えられる関係になりそうで、父母の関係とだぶるのは心憎いつくりである。
装置は、舞台中央の4畳半の畳の部屋とテーブルを置いた板の間の、ふすまで接した「二間続き」のセットだけ。くるくる回転して、この二間の家以外の場所もあらわす。
藤田嗣治〜白い暗闇〜
劇団印象-indian elephant-
小劇場B1(東京都)
2021/10/27 (水) ~ 2021/11/02 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
藤田嗣治(間瀬英正)の、世に出たい野心と自己宣伝、画力、茶目っ気と憎めない可愛げがいい。フランス語もできない不遇の渡仏当初から、パリ画壇で認められ、帰国して戦争画で国民の喝采を浴びるまで。「北斎のような大波に飲み込まれる」様を現前する興味深い2時間10分だった。トレードマークのおかっぱ頭が、50代になると白髪交じりに、日米開戦後は刈り上げの73分けに、と髪型の変化で年齢と時代を描いていた。
パリ時代は娼婦でモデルで恋人のナタリア(廣田明代)との出会いと別れを軸に、「乳白色の肌」誕生秘話(多分フィクション)も描く。
パリの後輩日本人画家村中青次(泉正太郎)が、ニセ藤田を語っていい思いをするという展開は面白い。
朝日新聞の記者住喜代志(二条正士)が「大衆は戦争を見たいんだ」と、藤田が「裸婦と猫の画家の自分には合わない」としぶるのに「ノモンハン事件」の絵を聖戦美術展に出品させる。藤田は時々現れる村中との対話で、戦争画で得る名声への期待と、自分が自分でなくなるような不安を示す。
脇役たちも的確に選ばれた人物配置で、物語を膨らませていた。短期のパリ滞在で、控えめな和服女性からわがままな女優のように変わってしまう4度目の妻君代(山村芙梨乃)、絵が下手で下男のようにこき使われる「一番弟子」の山田秋平(片山仁彦)、戦争体制に批判的な、敗戦後は藤田の戦争協力の責任も「あったことをなかったコトにはできない」と指摘する多聞土郎=つちろう(小柄で活発な女優の杉林志保)。藤田の父嗣章(井上一馬)が軍医で、軍医総監にまでなったと走らなかった。
人物相関図はこちら
https://twitter.com/inzou/status/1452959920727355393/photo/2
ジュリアス・シーザー
パルコ・プロデュース
PARCO劇場(東京都)
2021/10/10 (日) ~ 2021/10/31 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
シェイクスピア歴史劇らしい堂々とした朗誦セリフが耳に心地よい。吉田羊のブルータスの融通の効かない正義漢ぶりと、松本紀保のキャシアスの弱さと可愛さを醸す人情家ぶりが対照的である。特に二人が戦場のテントで諍う場面。
そうは言っても1番の見どころはやはりアントーニオ(松井玲奈)の「ブルータスは公明正大の人である」とクリア返して、次第に人身を反ブルータスに導く演説場面。最後の決め手として、シーザーが遺産分配を遺言していたと話が、民衆の歓心を買うためのばらまき政治はここにもあったかと感心した。
女性だけでどうなるかといと、男のようにギラギラしたり派手に激高したりということがない。けんかしても比較的落ち着いている。まあそういう演出のせいもあるだろうが、美しい、整然とした舞台という印象。
シェークスピアには珍しく、寄り道や副筋がほとんどなく、シーザー暗殺からブルータスの死まで一直線。もともとそういう戯曲である。テキストレジーでブルータス邸の謀議を縮めたり、フィリッポの戦いで敗れる最後の5幕を大胆に圧縮したので、それがいっそうきわだった。そのなかで、ブルータスの小姓ルーシアス(高丸えみり)が笛をふき居眠りする場面は、ホッと息が付いた。すぐシーザーの亡霊が出てくるのではあるが。
ブルータスの最初のセリフにヒントを得た、くすんだ鏡をいくつも組み合わせた背景装置が示唆的。2時間15分のコンパクトに収めた演出も良かった。
オリバー!
ホリプロ / 東宝 / TBS / 博報堂DYメディアパートナーズ WOWOW
東急シアターオーブ(東京都)
2021/10/07 (木) ~ 2021/11/07 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
連載大衆小説の祖ともいうべきディケンズの代表作の舞台化だけに、曲折ある展開に飽きさせない。特に、金持ちの老人とビルサイクス、フェイギンがオリバーを奪い合う後半は、時間を感じないあっという間の65分だった。冒頭の救貧院の歌、フェイギン(市村正親)一家の「ポケットからチョチョイ」の歌など、コーラスのたのしいがっきょくもいっぱい。一方、人生の哀感の歌はフェイギンの曲「こんな年でも人生はやり直せるか」にとどめをさす。ソニンの葉すっぱだが情のある演技も素晴らしく、悪い男ビル・サイクスに「あんたのためならなんだってする」と歌うのも、その後の悲劇も含めて哀切だった。
ドラマというよりショーとしてみれば最高。その中で市村正親のユーモアと哀しみを併せ持った存在感は絶品だった。休憩込み2時間40分
天井が高く舞台袖も空いているシアターオーブの舞台機構を生かして、リアルなロンドンの街の風景や救貧院、フェイギン一味のねぐらなどをササーっと転換する。この美術も良く、とくにセントポール協会が背後にドーンと控えている場面はいい雰囲気だった。
扉座版 二代目はクリスチャン ―ALL YOU NEED IS PASSION―
劇団扉座
すみだパークシアター倉(東京都)
2021/10/21 (木) ~ 2021/10/31 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ヤクザの神竜組を率いる亡き組長の愛妻石田ひかりと、喜寿を迎えた!木村伝兵衛(岡森諦)元部長警部(現運転免許証更新センター相談役!)を軸に、決め台詞に彩られたつか版歌舞伎ともいうべき2時間。まず第一に音の芝居。つか芝居に音楽は決定的だったというように、キメ場面では、カッコいい曲がジャンジャーンとはじまる。次いで効果音。蹴り、殴る音、チャンバラの刀の音がいい。そして七五調に近い、カッコいいセリフの数々。石田ひかりはさすがの人気女優らしく、派手な感情表現はせず、抑えた演技で、そのかっこいいセリフを話すことに集中していた。ジャージ姿、シスター姿、そしてラストの襲名の艶やかな真っ赤な着物姿と、衣装も見事だった。
神竜一家と警視庁の刀を持った斬り合いのクライマックスは忠臣蔵のようだった。その意味でもかぶきを彷彿とさせる舞台である。
物語はあるのだが、筋を追うよりも、その場その場の台詞のぶつけ合いがかっこいい。ヤクザの仁義を切る所作指導の砂田桃子に、伝兵衛に引退を迫る熊田留吉ジュニア(新原武)。法務大臣逮捕という花道の提案に、伝兵衛は「公文書偽造なんて、そんな魂のこもってない犯罪で俺の花道にできるか」と拒む。組員の恋人は、愛の証に自ら指を詰める。組員もそれぞれ見せ場があって、シスター今日子をしたった少年の日思い出や、俺の血を体に入れてくれた組長への恩義、今日子に本当は恋していた秘めた想いの告白も。
皆が、格好よさを競う中、しのぎのために原発廃炉作業で1000ミリシーベルトを浴びて、次第に弱っていくボケのカン太(野田翔太)が地味に笑いと悲しみを醸していた。
紙屋悦子の青春【9月28日~29日公演中止】
(公財)可児市文化芸術振興財団
吉祥寺シアター(東京都)
2021/10/20 (水) ~ 2021/10/28 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
静かな演劇、というが非常に笑いも多く、その奥からじんわり人生の切なさ、悲しみが立ち上がってくる。枝元萌さんはお節介でお喋りでお茶を出すだけで笑いが起きるし、長谷川敦央は口下手の不器用ぶりで逆に笑いを起こす。人物配置もわかりやすく、それぞれの心情も痛いほど伝わる。いぶし銀の舞台だった。
裸舞台に最初、車椅子の老夫婦が現れ、なんてことない話(寒くないか、毛布がいるか、カーディガンをとってくるか)から、思いやりと頑固さの、長年連れ添った夫婦ならではの関係性が見えてくる。「戦争、多くの奴らが死んだ。どうして俺は生き残ったんだ…」そして、戦争中へ。
昭和20年3月30日、見合い話が持ち上がり、31日に悦子(平体まひろ)は、兄夫婦が熊本工場へ派遣された留守の家で、明石の紹介で永世(ながよ)と見合い。お茶とおはぎと弁当箱の電気回路が笑える。
4月8日、明石が出撃前の別れにおとずれ、12日、永世が明石の遺した手紙を届けにくる。
たった2週間のドラマ。庭の桜が蕾から満開になる間に、一つの愛が死に、新しい愛が育ち始める。
悦子役の平体まひろのピュアで真っ直ぐな純情が切なく健気に輝いていた。休憩なし2時間
夏の夜の夢
演劇集団円
吉祥寺シアター(東京都)
2021/10/02 (土) ~ 2021/10/11 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
この作品は今までは野田秀樹版とブリテン作曲のオペラをみただけ。初めてオーソドックスな舞台を見て、思った以上に面白かった。大公の婚礼という大きな枠組みが強調されているが、恋の糸がもつれた4人の貴族の若者、オーベロン夫妻の痴話喧嘩にふりまわされる森の妖精たち、大公の婚礼の芝居の稽古に励む職人たちという3層構成がクッキリ見えた。
媚薬でかく乱された恋人たちの罵り合い。とくにずっと「なんのことかわからない」と戸惑っていたハーミア(平田舞)が、ついにブチギレるあたりは傑作。職人たちの中の、ボトムのいろんな役をやりたがる、出しゃばったおどけも傑作。客席も始終クスクス笑いがもれ、楽しんでいた。
そもそもこの芝居はお節介の喜劇といえる。ハーミアとライサンダー(近松孝丞)が森に逃げたのを、ヘレナ(藤好捺子)がディミートリアス(平野潤也)にチクるのが始まりで、これがおせっかい。妖精王のオーベロン(石井英明)が、ヘレナにつれないディミートリアスを見て、惚れ薬で改心させようというのが混乱の始まり。これが最大のおせっかい。パック(玉置祐也)がボトム(金田明夫)をロバの首にしちゃうのも、おせっかい。全然そんな必要も必然もないことが今回のテキストレジーでよくわかる、事前になんの脈絡もないから。
金田明夫の堂々たるとぼけぶりがよかった。俳優たちの、シェイクスピアの細々したセリフを、立て板に水でまくし立てていくのは、感心した。特に恋人たちの女優がうまかった。演出では職人たちの芝居も最後にきちんとやるとは意外だった。大いなる蛇足だ。最後までバカバカしくも陽気な気分に満ちた、堂々たる祝祭劇を楽しめた。たまにはこういう頭空っぽになる古典があってもいい。
舞台も二階建てにしてバルコニーを設け、空間に上下の変化をつける。二階の下を奥の通路まで見通せるように奥行を生かして、狭い空間を広く使っていた。森を走り回る場面などに生きていた。上下に移動する階段を舞台の左右と、はしごを組み合わせた逆立ちしたくまでのような中央のオブジェにもうけている。舞台の出入り口も左右、上下、手前奥の8箇所もあり、変化に富んだ出入り。シンプルだがよくできた美術だった。
休憩なし2時間とコンパクトなシェイクスピア
ヒ me 呼
流山児★事務所
ザ・スズナリ(東京都)
2021/09/24 (金) ~ 2021/10/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
古代、人々は恋を知らなかった。はやり病(胸が苦しい、味がしない等コロナっぽい)で卑弥呼が死ぬ。地下の墓所で、ヒ(火)族、ミ(水)族、コ(木)族が通夜の宴会。すると、部族を超えてよく似た別のはやり病(=恋)がみるみる広がり、男と女、男と男、あるいは女と女が「胸を痛め、食事の味も感じない」ほどの恋に落ちる。と思うと、墓所の出口が大石でふさがれて出られなくなり、恋患者は伝染性があるとして隔離される。救護班が結成され、未来に発明されるスクリーンで、離れていても会話ができるようになり…。
奇想天外、荒唐無稽な物語で、よくもこんなバカバカしい話をと思う。見どころは5元多発同時ループの宴会場面や、インチキ言語の伝言ゲーム、短いコントの連続のようなギャグ、ダジャレ、愉快なマッピング映像等々を舞台で目撃・経験することにある。様々な仕掛けを、おもちゃ箱をひっくり返したように盛り込んで、唯一無二の天野天外ワールドを作り上げる。3年ほど前に新国立劇場で初めて見てびっくりしたが、二度目の今回は少しなれたのと、舞台の条件が新国立ほどよくないので、少しアナログ的でおとなしい。
換気のためと称して、流山児祥氏が3度乱入。最後はヒ族の長と師弟対談を始める。「青山の全共闘副議長がいまや演出家協会会長。トップになって、あんたも変わったね」というやり取りは楽屋ネタだが面白かった。2時間10分休憩なし
灯に佇む
名取事務所
小劇場B1(東京都)
2021/09/24 (金) ~ 2021/10/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
いい芝居だった。内容紹介にあるように丸山ワクチンのこともあった。が、それだけではない。がんとどう付き合うか、治療方針を巡って家族と対立したらどうするか、何が患者本人のためなのか。それを考えさせる芝居であり、納得の行く結末だった。
小さな舞台に小さな診療所の待合室と診察室。先代院長(田代隆秀)は患者との時間を大事にしすぎて、経営は苦しかったが、息子の今の院長(加藤頼)は経営優先で効率的。そこに、先代の古い友人(山口真司)ががんと分かってやってくる。ベテラン看護師(鬼頭典子)が丸山ワクチンをこっそり勧めたことから、患者の息子(岩崎正寛)が怒鳴り込んでくる。「治療の邪魔をするな」と。先代と現院長は、医療への姿勢の違いが、丸山ワクチンへも容認派は否定派と態度が分かれ、議論が起きる。
MR(製薬会社の営業マン=歌川貴賀志)が、舞台回しとして面白い潤滑剤になっていた。丸山ワクチンについても怒涛のトークをする。専門用語を立て板に水にまくし立て、まさに寅さんの啖呵売。先代とがん患者の抗癌剤治療の現状を話し合うシーンも、せりふをよく間違えないものだと思うくらい、知らない薬や専門用語のオンパレードで、とにかくその滑らかさに感心した。話芸である。こういうところは生の舞台の面白いところ。MRの話し相手となる現院長の妹の医療事務(谷扶柚)は、良い緩衝材だった。
小さい医院の一杯舞台のオーソドックスなリアリズム演劇。小劇場でじっくり見るのに丁度良いサイズで、小劇場の味わいを堪能した。
Traumatic Girl
関西演劇集団 Z system
駅前劇場(東京都)
2021/09/25 (土) ~ 2021/09/28 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
最初は顔を半分ペイントした女子高生集団の空騒ぎ。ギャグも滑りまくる。次第に本編に入っていき、何でも手に入る店のこども店長が現れ、3人の若い女性の過去の心の傷が明らかになっていく。ダンス、身体表現が巧みでダイナミック。若い女優人の勢いはすごい。ウルトラホストクラブで楽しませる趣向も面白い。他人に傷つけられるのが怖い、いい子を演じる自分が嫌いという内面の切なさが、心に残った。
ウルトラマンシリーズをパロったホストクラブは、扮装も凝って、ぶっ飛んでてインパクトある。過去切ない話になると、しんみりと見せる。過去の自分をブースカ人形に例えたり、別俳優が出てきたりと、演劇的仕掛けとメリハリで飽きさせない。
3人の過去は、ハリポタの魔法の音楽がバックに流れ、ノスタルジックでメルヘンチックなオブラートに包みつつ、かなりベタにシリアス。見終わって、心に残るものがあった。
魔笛
東京二期会
東京文化会館 大ホール(東京都)
2021/09/08 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
序曲の目撃で、主人公の男が、自宅の子どもたちのやっていたゲームの世界に入ってしまう。魔笛の本編は、そのゲームの中の冒険になる。舞台は、斜めにおかれた大きな四角い箱のような形。背後の壁を手前と奥と二重にして、手前の壁を半開きにしたり全部閉じたりして奥行きに変化が出る。手前と奥にさまざまな映像を映し出して、視覚的にわかりやすく変化に富んだ部隊だっった。
歌手も良かった。夜の女王高橋維もコロラトゥーラが絶品。パミーナ盛田麻央が、愛を得られないと思って嘆くアリアが今回、特に胸にしみた。パパゲーノ役の近藤圭の緩急自在なコミカルさも良かった。
厳粛なザラストロの音楽から、「パパパの二重唱」まで音楽的にも非常に多彩で、聞かせどころがたっぷり。改めて名作だと再認識した
醉いどれ天使【9月3日~9月4日公演中止】
明治座 / 新歌舞伎座
明治座(東京都)
2021/09/03 (金) ~ 2021/09/20 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
桐谷健太の詩情と影のあるヤクザ松永役が光った。冒頭から詩のような、松永の手記が劇中リフレインされる。「夜に隠れ、朝を恐れ、昼を恥じて…」「故郷が思い出される…コンコンと咳をする母、妹の上着の赤…、」。戦場から復員しても居場所を失い、闇屋のヤクザとして勢力を伸ばしながらも、そんな生き方を恥じている純情さと、帰りたくても帰れない望郷の思い。原作の映画には松永の過去は何も描かれなかった。今回の舞台は、飲み屋の女将を松永の幼馴染に変えて、松永の人物像を陰影あるものに膨らました。
それ以外、映画のストーリーはほぼ変えず、黒澤映画へのリスペクトが感じられた。女子高生やヤクザの親父も早くだがきちんと出てきて、いいアクセントになる。泥水を飲む子供を真田が叱るシーンも割愛していなかった。主要キャストは豪華で、それぞれに存在感がある。昔の女ミヨ(田畑智子)を連れ戻しに来た岡田(高嶋政宏)に、ミヨが自ら出ていって拒み、医者の真田(高橋克典)と松永が土下座して、帰ってくれと懇願する場面。映画だと、ミヨは家の奥に隠れたままで、真田だけが対応するのだが、演劇としてはバアや(梅沢昌代)まで出て、迫力あるシーンを作っていた。
回り舞台にセットを作って、真田医院、ダンスホール、闇市、情婦の部屋等々を効果的に転換。このセットも良くできていた。床の傾斜をつけることで、客席から見て、人物の上下の位置で互いの関係がわかりやすくなると、演出の三池崇史がプログラムで喋っていた。中央上部に渡り廊下のような橋があって、回り舞台の上面を俯瞰的に使っているのも感心した。上面の奥の傾斜が、最後に物干し場になる。
オペラ『さよなら、ドン・キホーテ!』
オペラシアターこんにゃく座
吉祥寺シアター(東京都)
2021/09/18 (土) ~ 2021/09/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
ドイツ軍占領下の、多様な人々の動きに、LGBTの問題も絡めた、非常に見応えある「ドン・キホーテ」だった。ピアノの伴奏(服部真理子)がずっとつくが、音楽と場面の演技が、歌わないところでもよく噛み合っていた。ドイツ軍占領下のフランスが舞台で、ドンキホーテになりたい不登校の女の子ベルが主人公だと、見ているとわかってくる(一幕1場)。ベルは夜中、ロシナンテとサンチョの2頭の馬を連れて冒険の旅に出ようとしていると、逃げてきたユダヤ人少女サラを匿うことに(2場)。翌朝、呼びに来た女教師オードリーを、牧場の手伝いの青年、びっこのルイの助けで追っ払い、ベルとサラは「冒険の旅」を歌い、みんなを巻き込む(3場)。
二幕、2時間35分(休憩15分こみ)
Wキャストのうち青組を拝見。ベル役の沖まどかが、小さな体でエネルギッシュに動き回り、舞台を引っ張って、存在感抜群だった。サラ役飯野薫は可憐。オードリー役梅村博美はお硬い女教師が、二幕になると、キビキビした色気のあるダンスで魅せた。道化役のサンチョ冨山直人は絶品で、徴用に出されるのをごねるところは大いに笑わせた。相手やくロシナンテ大石哲史も、うらぶれたが誠実で人情ある老馬の風情がよく出ていた。
雨
こまつ座
世田谷パブリックシアター(東京都)
2021/09/18 (土) ~ 2021/09/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
最後のどんでん返しが鮮やかな井上ひさしの代表作の一つ。主役の山西淳が素晴らしい。江戸のコジキから、山形の大旦那になりすまし、時には一人二役も声色でやってのける。笑いから悲劇まで、感情の微妙な振幅も自在に表現。さらに標準語から方言までを使いこなして、言葉の劇でもある本作をしっかり支えていた。
主なキャストで13人、加えて村人・女中などのアンサンブル12人、総勢25人という大きな規模に驚いた。パーカッションの生演奏もあり、大変贅沢な芝居。先ぶとで上部が少し曲がった(五寸釘を模した)柱を軸にした回り舞台が、シンプルだが、傾斜場や、段差ある座敷などを表裏に配して、全11場の多様な場面をよく表していた。紅屋の、紅花を大きく描いた背景は、ほかは全てくすんでいただけに、特に際立っていた。
冒頭の久保酎吉の、人形を使った背負われ役も絶品。最初は二人だとばかり思った。そのほか、名前は書かないが、芸達者揃いで、贅沢といえば、これが最大の贅沢だった。
鉄屑拾いのトクが大旦那にうまく成りすませるかどうか、という一本筋で観客をずっと引っ張っていく。そのスリリングは差し詰め「太陽がいっぱい」のよう。トクがで突っ張りであるように、全く副筋に遊んだりはしない。でも、旦那の女房のおたか(倉科カナ)との寝間の場面が、「えつものように」というおたかの催促ひとつで、右往左往するトクに笑いが起きる。天狗に詳しい儒者(土谷佑壱)の人間離れした演技も面白い。
底辺から這い上がる男の一代記としても、中央と地方の対立としても、欲(権勢)に目がくらんだ人間の愚かさとしても、権力と民衆の双方の非情さとしても、実に多くの問題を孕んでいる芝居だった。
友達
シス・カンパニー
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2021/09/03 (金) ~ 2021/09/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
最初は冗談のように始まり、次第に非日常が当たり前になり、最後はあっけない悲劇でおわる。一人暮らしの男の部屋に、突然「友達」を名乗る9人!家族がやってきて、部屋を占拠して出ていかない。男の悲劇を見ながら、ヨーロッパ人に土地を奪われたアメリカ先住民のことが思い浮かんだ。あるいは満蒙開拓団によって追い出された中国の農民たちとも重なる。
男の最後は、尼崎監禁致死事件や北九州の事件のような、モンスター同居人の家族支配虐待事件と重なる。実際、警察に訴えても家族内のことは関与しないというスタ薄手、救われないことは多々ある。警察も忙しいから。
これだけ広い世界の出来事を想像喚起させる安部公房の戯曲に脱帽。それをスピーディーでコンパクトな現代の芝居にアダプテーションした加藤拓也も恐るべし。
哀れな被害者の鈴木浩介、家族の父山崎一、次女有村架純、長男林遣都、三男大久保一衛がめだった。一方、これだけ人数がいると、いい役者が綺羅星のごとく配役されているのに、各々の見せ場は少ないのがもったいない。
あたらしい憲法のはなし3
東京演劇大学連盟
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2021/09/10 (金) ~ 2021/09/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★
この劇で「あたらしい憲法」とは自民党改憲草案のこと。その制定後の国をイメージしたような島で、あたらしい人物が現れるごとに、話が変わっていく。公益、不断の努力、がキーワードで繰り返され、個人より公優先の自民党的国家観の世界。
途中から、指導者がもう一人現れ、国が二つに割れて国境を引く。その狭い拾いをめぐって、はっか飴を投げ合う戦争に。そして「間違いを繰り返さないように約束しよう」「また間違えたら思い出そう」となる。この展開は現憲法を連想させる。
つまり途中で含意する憲法が入れ替わっていた。前半は憲法批判と思っていると、最後は護憲のようで、何が言いたいのかわからなくなってしまう。(柴幸男の最初の戯曲がネットにあり、読むと、後半の展開はこちらに依拠していた。ズレを感じたのは、現憲法を踏まえた柴の原作と、改憲草案をイメージした前半の改作部分を繋いだせいだと思う)
途中何度もラテン系の外国人学生が現れて「オレは自由でいたい」「仲間になんてならない」と去っていく。外国人に対して閉鎖的な日本を象徴していた。閉鎖的で内向きな日本というイメージが、見終わったあとに残った。
物理学者たち
ワタナベエンターテインメント
本多劇場(東京都)
2021/09/19 (日) ~ 2021/09/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
シリアスな劇かと思って見始めたら、冒頭からリビングに看護師の死体が転がり、警部が登場するという人を食った展開。自分を歴史上の偉大な物理学者だと思い込んでいる精神病患者たちが、なぜか看護師を殺してしまう、ブラックコメディが第一幕。殺しても、病気だからと逮捕されない。
途中、メビウス(入江雅人=好演)という第3の患者に、妻と3人の息子が再婚した夫とミクロネシアへ宣教のため引っ越すからと、永の別れにくる。妻(川上友里)の、押し付けがましくて騒々しい、オーバーな演技がおかしい。ソロモン王が見えるというメビウスは、喚き散らして、せっかくの別れを台無しにして、家族を追っ払ってしまう。
看護師のモニカ(瀬戸さおり)は、「狂ってないって知ってます」と。メビウスも「あれも演技。こんな狂った男にニ度と会いたいと思わないだろう」と。ここから、二人の関係は意外な展開をするのだが、そこもまだ序の口。第二幕になって、どんでん返しが続き、科学と権力、自由と責任、人類の不幸を防ぐための、厳しいがささやかな選択が描かれる。
間違いなく傑作。とくに1962年に書かれたという戯曲がすごい。どんでん返しは井上ひさしも初期に愛用した。ほかに「スルース」という傑作もある。密室内の出来事で広い世界を語る、まさに演劇らしい演劇だった。
21世紀の日本の現代劇でこんな芝居が出てこないものだろうか。