ザ・ドクター
パルコ・プロデュース
PARCO劇場(東京都)
2021/11/04 (木) ~ 2021/11/28 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
カトリックと国教会、白人と黒人、ユダヤ教とキリスト教、男性と女性、性的マジョリティとマイノリティなど3時間余りの戯曲にありとあらゆる立場の対立が描かれており、イギリス社会の複雑さがあらわれていました。
「日本の極端とも思える同質性」と比較して語る向きあったけど、討論番組のパートでのパネリストたちの会話見ていると、各自が各自のアイデンティティを背負って話しているのにちっとも前向きじゃなくって、
コミュニティが多様なのも一長一短だなと当たり前のところに落ち着いた気がする。
ネタバレBOX
国立最高の医療機関の所長を務めるユダヤ人白人女性のルースは、自身が受け持つ中絶失敗で死の瀬戸際にいる「形だけ」カトリックのティーンエイジャーが特に秘跡を望まなかったことから、
その両親が送り込んだ黒人牧師・ジェイコブを押し問答の末、病室から排除。
しかし、カトリックコミュニティの中でこの一件が大きく知れ渡った結果、世間の一部は沸騰し、
ユダヤ人が医療機関内部を支配してキリスト教徒を追いやっているのではないかという陰謀論じみた話まで飛び出す中、ルースは機関内のキリスト教徒メンバーの策謀もあって所長の職を追われることになる…。
イギリス社会の難しさは、各人の持つアイデンティティがそのまま「政治」「陣取り競争」につながっていることで、日本で考えられているように「相互理解」「配慮」で済む話ではなく、ある陣営の失点がそのまま別の陣営にとっては勢力拡大と発言権強化になるので、みんな必死だなと。
コメントで触れた、ルースを囲んで各市民団体の代表(中絶反対の右派からカトリック側、果てには黒人やユダヤ教のマイノリティなど)が問い詰めに走る場面、「こんなことして1人を論難して何になるんだろう?」と思ったけど、
これテレビ放送されてるから、ルースに頭を下げさせることが自分たちの陣営の「勝利」「布教」になるんだなと気づいた時、正直なんか冷めたのは否めないかな…。
同性愛者のルースがトランスジェンダーのサミを指して、「ある時は女の子で、今では男の子です」「新しい世代の生き方ってこんなに縛られず、自由なんですよ」みたいな文脈で話したら、討論から帰宅した先で激怒したサミに「私はそんな洋服を替えるみたいな感じで自分の性自認をやってるわけじゃねぇ! 知った口利いてんじゃねぇ!」と絶好状態になるの、この作品では一番刺さった。
マジョリティはマイノリティのことを理解できない、とは昨今よく言われるけど、「マイノリティもマイノリティのことを理解できない」という一歩踏み込んだものを提示しているな、という意味で。
ルースが「私は医師です」とかたくなに言い張るの、自分のアイデンティティをそこに一つ置いているというだけでなく、その言葉を外部からの「強固な鎧」にしているんだなと感じました。
登場人物の1人から言われたように、「医師」も広い意味では幅広くあるアイデンティティの一つに過ぎないんだけど、ルースにとっては「誰かのための利益を代表しない」「純白清廉な」唯一の証何だろうなと思うとグッときますね。。。
外の道
イキウメ
シアタートラム(東京都)
2021/05/28 (金) ~ 2021/06/20 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★
本来なら2020年上演予定だったが、コロナ禍で中止となった本作。
WIPなどを挟んで、満を持してのリベンジとなりました。
コロナの影響で考える時間が増えたせいか、以前にも増して哲学的、
スピリチュアル的になっており、主に安井順平さんが繰り出すギャグ的
せりふ回しや動きがないと突拍子もなさすぎる話になってきてる気がする。
「少し不思議」の中で繰り広げられる、人間のどうしようもなさの描き方が
好きなんだけどな。
ネタバレBOX
都心から遠く離れた町で、20年以上ぶりの再会を果たした寺泊満(安井)と山鳥芽衣(池谷のぶえ)。
与党政治家の変死を追ううちに、常人離れした「手品」の使い手であるマスターに頭をいじられた
ことから、人とは違う世界が見えるようになってしまった寺泊、
「無」と書かれた宅配物を開けたことから、部屋を真っ暗な“無”に侵食され始め、やがて闇の空間から
得体のしれない少年を見つけ出した山鳥。その少年はいるはずもない「山鳥の息子」と捉えられ始め
あろうことか存在するはずのない証明写真や戸籍などの記録が出てくるようになる。
入り口は違えど、「世にも奇妙な世界」にいつの間にか入り込んでしまった2人。お互いだけがよき
理解者で、周囲は完全に気の狂った「病人」としかみなさない世界の中で、2人がいつの間にか
落ち着いた空間にまでも真っ黒な「無」が迫りくるようになる…。
最近のイキウメの作品に顕著だけど、回収されないというか、本筋から外れたエピソード多すぎる
感じがする。与党政治家の死の真相とか、山鳥母の話とか、本筋にガッチリ入り込んでいたわりに
結局何だったのか、よく分からなかったし。話を進めるためのマテリアルだったのかな?
「無」に侵食されて真っ暗な世界に飲み込まれて、自分を失ってしまう恐怖というのは分かるけど、
三太が出てきた時点で「あ、新しく、というか、どこか別の空間に出てくる可能性あるんだな」と
感じちゃって、いまいち深刻に考えられなかった。「有」のことは触れない方がよかった気がする。
総じて、興味深い話とか見方とかあったけど、本筋が弱くなっちゃってて「いい話」「うまい演出」の
話どまりになっちゃった感。魂とか、ここではない世界とか、昔はもっとテーマに絡めて現実的に
扱えてた覚えがあるんだけど…。
『迷子の時間』-「語る室」2020-
パルコ・プロデュース
PARCO劇場(東京都)
2020/11/07 (土) ~ 2020/11/29 (日)公演終了
満足度★★★
鑑賞日2020/11/15 (日) 14:00
座席S列19番
佐々木蔵之介さんたちが出演して以来の、パルコ×前川のコラボ作品。
前回と同じく、SFやサスペンスめいた部分はほぼなく、「ちょっと不思議」で
「ちょっとしんみり」する感じの作品でした。
亀梨和也さんはじめ、みんなとにかく芸達者だなぁとほとほと感心しました。
ネタバレBOX
メインとなる舞台を「2005年の地方都市の片隅にある交番」に据えた上で、「1978年」「2000年」「2022年」と
合計4つの時間軸を縦横無尽に登場人物たちが行き交うという物語。
2000年、白い霧に飲み込まれて忽然と消えた男性と近所に住む子供は、1978年に時間移動して現地で新しい生活を開始。
男性は戸籍のないまま死去し、子どもは結婚相手と養子縁組することで何とか事なきを得る。
消えた男性のフィリピン人妻は、近所の白眼視に耐え切れずに男性一族の戸籍から離脱。その幼い息子は成人そこそこの
2022年に故郷へ戻ったことをきっかけに、これまた2000年に時間移動してしまい、児童消失事件の参考人として逃げ惑う
はめに。
養子縁組を果たした男とその義理の妹、自動消失事件に携わった警官、消えた男の弟、消えた児童の母で警官の姉、逃亡を
続けている青年とひょんなことで知り合った占い師の7人が、本当に偶然かつ一瞬の間、「2005年の地方都市のはずれにある
山間の交番」ですれ違う、という
今あらすじ書いてるだけでも複雑だなぁと思うような話です。最近の前川作品っぽく、戸籍ネタとか、社会問題っぽいのを
織り交ぜてるけど、複雑な作品により一層要素(ただあまり深掘りはされないので、「かわいそう」「ひどい」レベルの
感想で終わってしまう)が入っちゃって、どこを見ればいいか分からないきらいはあった。感動した方がいいのか、ほろっと
した方がいいのか、部分部分で出てくる理不尽にムッとすればいいのか、情報量が多すぎて見終わった後何かが残る感じでは
なかった気がする。
イキウメでの公演で出てきた「中絶少女」の話もそうだけど、何か物申そうとして、でもうまく動かせず、「パーツ」で
終わってしまっているケースが多い。何かを持ってこなくても深刻さが伝わってくるのが前川作品(図書館での吸血鬼の
話とか)なので、そこはホント再考願いたい。
脚本が凝っているにも関わらず、凡庸に終わってしまった一方、役者陣の健闘がすごい。
亀梨さんの「面倒ごとはなるべく避けて、でも情にはそれなりに厚い田舎の警察官」(警官って人に物を説いて聞かせる
とき、あの間延びしたような話し方するよね)感うますぎて、思いっきりなでつけた髪型もあいまって最初全然
気づきませんでした。テレビはもちろんのこと舞台映えしそうなのでもっと挑戦してほしいですよね。
あとは、いかにも胡散臭いけど、いろいろ見通せてる占い師を演じた古谷隆太さんや、自分の状況をすんなり飲み込んで
「ま、しゃーねーや、これからどうしようか」みたいな感じでいろいろやり過ごしてる青年役を演じた松岡広大さんも
印象に残りました。松岡さん、身のこなしすごすぎでしょ…。
語る室、どっちかというとアイデア一発過ぎるところあるので、奇想天外かつそこそこ重厚なテーマを次回期待したいな。
inseparable 変半身(かわりみ)
有限会社quinada
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2019/11/29 (金) ~ 2019/12/11 (水)公演終了
満足度★★★★★
「サンプル」の松井周さんが、『コンビニ人間』などで知られる村田
沙耶香さんとタッグを組んで制作した作品。台湾などで一緒にフィールド
ワークなどを実施した上での成果だそうです。
後半はサンプルらしさがにじみつつ、世界や日本を今取り巻いている問題を
さりげなくぶち込んでいたり、かなりアクチュアルなだなと思いました。
誰が良い悪いとか、誰が正しい正しくないと言い切れない、余白の多い作品。
ネタバレBOX
舞台は日本のどこか架空の島。「海の人」と「陸の人」、いがみ合う2つの
人たちが住む島は、高品質のゲノムが採取できるということで、ゲノム販売
業者の下請けやもずくの販売で何とかやっているよう。
そんな島の伝統的な祭が近づいたある日、2年前に死んだはずの「陸の人」の
主人公の弟が、なんとゾンビ状態でひょっこり姿をみせる。それをきっかけに、
島に潜む諸問題が徐々に浮き彫りにされていく…。
最初、「クニウミ」神話を解説していることから、架空の島=現代日本という
ことはほぼ明白で、
扱われる問題も「海の人」と「陸の人」の間の差別、ゲノムを採取するために
働かされている技能実習生、ゲノム盗掘を防ぐ監視隊に属しているシングルマザーの
困窮、経済的に衰退し一発逆転的な町おこしを狙う地方、都市の巨大資本に資源を
まんまと搾取される弱者、LGBT、ゲノムの登場で揺らぐ生命倫理、新旧移民の対立、
時代や歴史の変化に乗る人と取り残される人の軋轢
と多岐にわたります。「よくこれ、2時間ちょっとでうまく交通整理できたな」と、
松井さんの作劇力にビビりました。
この作品、観客の多くが生き返った弟や、主人公の妻の掲げる「闘い」「解放」に
共感しそうな気がしたけど、いろいろ背負った主人公の「差し出された選択の
どっちにもいけなさ」もかなり分かるんだよな…。
背負うものが多くなってくると、美しく語られる理想も「本当にそんなうまく
いくのかよ?」とかどうしても感じちゃう。
最後、生き残る、進化を遂げるためにイルカのゲノムを投与して言語も姿もどんどん
イルカ化していく人間を見てると、「釣りして」「山菜取って」「普通に生きてる」
主人公の「何が悪い」という言葉がすごく刺さるんですね。
最初、「ノーモアゲノム!」とか言ってたのに、イルカのゲノムなんか入れて
おかしいと思わないか、と難詰する主人公の思いは正しいし、「いや、これで
よかったんだよ」とか答える弟もそんなんでいいのかよ、と。
イルカ人間になったとしても、その先の未来が必ずしも明るいわけではないのにそこに
しがみつく人たちが単純過ぎて、主人公の変わらなさが逆にこの場合正しいのかな、
と感じてしまいますね。弟を食べ始めるのに、何の躊躇も感じてなさそうだった
ところに、「人間以外の何か」になってしまったことをまざまざと知ってしまい、
でもそれってイルカとか他の動物と何が違うんだろう…って首をかしげちゃう。
イルカ人間たちが主人公に向かって、「未来で待ってるから」って言ってたけど、あの
ラストも含めて、両者の未来は絶対交錯しないんだろうなぁ。
終わりのない
世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター(東京都)
2019/10/29 (火) ~ 2019/11/17 (日)公演終了
満足度★★
2020年から、1000年以上経った未来へ、宇宙や空間をまたいで旅をしていく
ハードSF、という紹介でいいのかな? 後述の理由でなんかちょっと無理
だった…。メッセージが前に出過ぎて、もっと足元の大事な問題を流して
しまっているように思えて、気になって仕方なかった。
ネタバレBOX
舞台は2020年8月の湖のほとりにあるキャンプ場。18歳の悠理は幼なじみ2人と、高名なダイバーと
物理学者の父母とともに避暑に来ている。
悠理には高校受験前、親密だった杏を妊娠させ、流産という結果に至らせた過去があり、その体験を
きっかけに進学に失敗。フリースクールに通うも、自分がどうしたいのか、どうすべきなのか
分からないまま、学校にも通わないニート状態になっている。
もちろん、キャンプ場には杏の姿は、ない。私立の進学校に合格後、先述の一件もあって
完全に交流が途切れているからだ。
そんな悠理に突然両親の離婚の話が。なんでも父親は現在危機的状況にある地球温暖化を解決すべく
政治家を志す一方、母親も政府系機関の量子コンピューター研究者の筆頭となり、互いに立場を
考えた上での決断だという。「地球環境を真に解決しようとしている国はどこにもない」「自分たちの
利潤のためなら未来なんてどうなってもいいと考えている」「資本主義を修正しないといけない」、
演説じみたコメントを続ける父親を尻目に進むキャンプの準備。
その最中、悠理は湖で泳いで溺れてしまう。そして、目が覚めたのは宇宙船の上、1000年以上経った
3585年。地球は21世紀後半に起きた、地球温暖化に端を発する環境の激変による紛争で人類は3000年頃
ほぼ滅亡し、ほんの少し残った金持ちたちの子孫が人類の住める星を探して宇宙探査を続けているという…。
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なんだろう、上手くハマれなかった…。ちょっと前からのイキウメ/前川作品から漂っていた
メッセージ性強めかつ自然中心的な傾向がここに来てグッと出たことにも違和感を覚えは
したんだけど、それ以上に、杏の扱いはアレでいいのかな、って。
杏って当時は女子中学生だったから、妊娠流産ってこちらが考えているより、ずっと心の傷に
なったと思うんですよね。それをなんか「これでよかったんだよ」みたいな言葉しかかけて
やれず、あげくに「俺はクズだ」って自己憐憫的に言う悠理が正直好きじゃなかった。
でもまあ、それはまだいいんですよね。悠理も当時中学生だったって思えば、まだ飲み込める。
だけど、いろいろと時を超えた体験をしてきて、人類一人ひとりが何とかすれば確定しない
未来から最高のものを選べる、そして自分もその一人であり、「自分の面倒は自分で
みられる」「ひとりでもう歩いていける」と宣言した成長後の悠理が、
「杏に連絡してみたら?」って言われて、「ううん」って答えるのはなんか違うよ。
そこをちゃんとケリつけてほしかった。だって、悠理は杏とのこと何も清算して
ないから。思春期の多感な時期に自分が追い込んだ大事な子の関係を何も意味付け
してないんだよね。
なんかな、と感じた。こちらの目には、勝手に逃げて、勝手に成長して、勝手に
清算した気になっているとしか映らなかった。杏が悠理の成長の踏み台の役割
みたいになっててあんまりいい気はしなかったな。
杏の妊娠流産設定ってこの内容だったら要らないよね。後半全然話に絡ま
なかったし(というか、現実の杏自体、後半全然出てこなかったけど)、
これだったらすれ違いで別れたでよくないか? って。
なんかその後に地球環境のこと持ってこられちゃったから、大きいことを
理由に、自分の向き合うべき問題からきれいに目をそらしたみたいな人に
なっちゃったのが残念…。
来年のイキウメもこの路線なのかな? 個人的には、過去の、人間そのものの
どうしようもなさを描いた感じにしてほしいんだけど。
SWEAT
劇団青年座
駅前劇場(東京都)
2019/03/06 (水) ~ 2019/03/12 (火)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞後に知りましたが、本作の舞台となったペンシルバニア州・レディングって
「州内でみても貧困率は高い水準にあり、治安はさほど良くない」場所として
有名で、「人口の37.31%はヒスパニック系またはラテン系」なんですね。
参考リンク :
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0_(%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%8B%E3%82%A2%E5%B7%9E)
ジョージ・W・ブッシュが大統領に就任した2000年と、ブッシュが大統領を退任し、リーマン・ブラザーズが倒産した「リーマン・ショック」発生の2008年を行き来し、グローバル資本の荒波に飲まれていくラストベルトの人々を描く骨太な作品です。
ネタバレBOX
2000年:
勤続20年以上となる黒人のシンシア、ドイツ系白人のトレーシー、イタリア系白人のジェシーは、ドイツ系白人男性のスタンが支配人を務める「ハワード・バー」に集ってはバカ騒ぎをする仲良し3人組。
シンシアの息子・クリスとトレーシーの息子・ジェイソンも仲がいいが、クリスは肉体労働で貯めた金で州の大学に進学する計画を抱いており、ジェイソンにはそれがほんの少し気にかかる。
そんなバーを中心とした人間関係は、シンシアが管理職に昇進したことから亀裂を生じ始める。シンシアがたった一人の現場上がりの管理職として戦う一方、取り残された形のトレーシーとジェシーは彼女が「取り込まれた」のではないかと疑い、露骨に疑いをぶつけるようになる。
疑心暗鬼が続く中、工場が人件費削減のため、メキシコ移転するに伴い、労働者の締め出しを実施。差別などに耐え、やっとの思いで管理職に就いたシンシアがその地位を捨てられないことを見越し、工場側はなんと締め出しの中心人物に彼女を指名。これにより、シンシアと残り2人の間の絆は完全に崩壊。
締め出された労働者がストライキに入る中、工場側は代わりの労働者としてそれまで低賃金の仕事に就いていたヒスパニックを続々雇用。スタンの店に勤めるオスカーもその例に漏れず、よりよい賃金と待遇を求めて、街の人の憎しみもなんのその、工場の仕事にコミットしようとするが、ジェイソンがその前に立ちはだかって…。
2008年:
黒人警官ア―ヴィンを中心として、8年の服役を終えたクリスとジェイソンが告白を始める場面からスタート。
クリスは結局大学進学を諦め、身元引受人となった牧師の下で求職中。すっかり信仰心篤い青年となり、事件を強く悔いる。ジェイソンは顔に入れ墨を入れたり、仲間と森の中でテントを張って暮らすなど、すっかり悪い関係に取り込まれた模様。
工場は結局封鎖され、シンシアもトレーシーも失業したらしく、前者は清掃と福祉に就きながら、ジェイソン親子を憎み、後者はすっかりヤク中になり、出所した息子に5ドルしか貸せないと言い張るほど零落。2人とも狭くて、薄汚れたアパート暮らしになってるのが切ない…。
アーヴィンの説諭で、2人は過去にけりをつけるべく、バーに向かう…。
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これ、恐ろしいな、と思うのが、「労働者」と言っても、
トレーシーとジェシー:長年街に住み、工場などの手仕事で稼いできた親世代を尊敬しつつも、排除されつつある。
シンシア:長年街に住んでいる点は2人と同じだが、黒人であるが故に差別を受け続け、この状況から抜け出したいと管理職を希求する。
オスカー:3人とは異なり、アメリカの永住権は持っているものの、完全な新参者。街の住民が代々就いてきた工場勤務からは排除され、清掃などの過酷な仕事しか就けず軽んじられてきたため、ストライキを好機とみて工場側に接近する。
…といった具合で、幾つもの見えない「階級」があり、グローバル資本はこうした彼らの事情につけ込むようにして対立を作り、自らは稼ぐだけ稼いでいくという、いわば「支配と搾取」の構造がクッキリ浮き彫りにされていること。
皮肉なのは、スタンが頭に一撃をもらって障がい者になった後、店を盛り立ててスタンの面倒を見てきたのが、「長年街に住んでいる住民」じゃなくて、新参者と見下されてきたオスカーだったことですよね。グローバル資本の接近も完全に悪いわけではなく、旧いものが消えた後、新しいものも生まれてきている、ということを感じました。
贋作 桜の森の満開の下
NODA・MAP
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2018/11/03 (土) ~ 2018/11/25 (日)公演終了
満足度★★★★
悲恋物語と日本国家成立までの残酷物語という、2つの物語が同時並行で
絡み合うさまが巧みだなと。手塚治虫『火の鳥 太陽編』を思い出しました。
ラスト、妻夫木さんの悲しみように、こちらまで涙が止まらず。
ネタバレBOX
物語は、耳男、マナコ、オオアマの3人の若者がヒダの国の王の
娘・夜長姫に捧げる像を作るべく、ヒダの国を訪れるところから
始まります。
夜長姫に翻弄されつつ、耳男は像を彫り始めますが、その最中、
オオアマの正体が帝に弓を引いた大海人皇子だということも
判明。姫に像を献上した後、耳男は姫と一緒に登った鬼門の
てっぺんで大海人皇子に率いられた軍勢が謀反の戦を起こすところを
目撃します。
このシーン笑ってしまうのが、大海人皇子の軍勢も、相手と交戦する
軍勢も必死でやり合ってるのに、門の上の2人は何だか入り混じって
よく分からない人たちが門の周りをぐるぐるぐるぐる回ってるだけに
しか見えてないところです。
「あらゆる戦争なんて、端から見てたらそんなもんだよ」と冷めた
調子で言われてるみたいでしたよ。
その後、大海人皇子が勝利し、天武天皇として即位した後の治世で
耳男は言いがかりのような罪を着せられ、ヒダまで追われることに。
まるであやかしの物のようについてきた夜長姫が死を宣告するとともに、
耳男を追跡してきた兵士たちがヒダの人々を次々に討っていく。その
様子を見ながら、大海人皇子が「これで○○の方角の境が定まった」と
冷ややかな顔で宣言する一連の流れ。
さっき触れた『火の鳥』の「黎明編」、「ヤマト編」に書かれている
ことなのですが、まつろわぬ者たちの殲滅が、同時に国家のグランド
デザインの成立につながる話、恐ろしいな…。ヒダって、明らかに
東北のクマソやエビスを下敷きにしていて、ヤマト政権のそうした
人々に対する侵略を匂わせているんだろうな。
最後、耳男が人々の死を願う夜長姫を殺害し、死体の前で「姫さま…」と
呟きながら、嘆き悲しむ様に涙がこぼれた…。そのそばを、天武天皇の
行幸の列が通り過ぎていくことに、こうしたヒダの歴史とその物語が
もはや全然国の「正規の物語」と交差しないことが明らかになる中、
耳男がひとり寂しげにたたずむ中で幕。
美しさと残酷さ、切なさが入り混じる、あっという間の2時間でした。
膨大なセリフと数多くの場面転換を含む作品なので、原作を確認
しておくのがいいかも知れません。
http://ur2.link/NOHB
誰もいない国
新国立劇場
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2018/11/08 (木) ~ 2018/11/25 (日)公演終了
満足度★★★
仰々しくオーバーな表現と論旨展開の応酬が、舞台を見つめている者に「何が
本当に確かなことなのか」、「ここで起きていることで真実は何なのか」を
分からなくさせる。そんな作品です。
ひたすら言葉、言葉、言葉であらすじはほぼ無きに等しいので中盤退屈してしまう
人もいるかも知れません…。隣席の人は始まってすぐにまどろんでました。
ネタバレBOX
主人公は、互いに「詩人」「芸術家」と名乗る初老の男性ハーストとスプーナー。
舞台は富裕ぶりがうかがえるハーストの自宅の一室のみであり、与えられる確かな
情報はこれだけです。
スプーナーの長広舌により、どうやら2人がパブで出くわし、ここに来たらしいと
いうことが分かりますが、ハーストのよそよそしい態度からそれほど親しい関係を
築いたわけでもないことが読み取れます。ハーストはことあるごとにアルコールを
欲し、どうやらアル中の傾向があるっぽい。
その後、ハーストに仕える2人の若い使用人(らしき男性)の登場を挟み、続く2幕では
夜を超えて朝になった模様。そこから雲行きが怪しくなり、赤の他人だったはずの
ハーストとスプーナーが古くからの知人だったばかりか、お互いの親しい女性をめぐって
わだかまりを持つ仲であることがどちらからともなく語られます。
みっともない老人同士の金切り声を上げての痴話喧嘩の末、ハーストが異常性癖だと
告発した後、スプーナーは相手の肩を抱き、類まれなる詩の能力を後進に伝えるよう
切々と説き始めます。
しかし、ハーストはその依頼を拒絶し、いつの間にか照明がほぼ落とされて朝か夜か
分からなくなった室内で酒をいっぱいあおっておしまい、といった感じです。ラスト、
ほぼ真っ暗な室内に立ち尽くす4人がぶつぶつ意味の分からないポエティックな台詞を
こぼし続ける風景は軽くホラーでしたね。
見た通りに出来る限り合理的に判断するなら、2人は友人の間柄で、ハーストは
スプーナーの申し出を断っただけにみえます。が、2人が友人同士か、芸術家または
詩人なのか、若者2人は本当にハーストの使用人なのか、確かなことは分からない。
今挙げたことはすべて本人たちがただ単にそう語るだけで何も証拠がない。
ハーストはアル中で病院の一室に監禁されてて、永遠に閉じ込められる妄想を見て
いるのかも知れない。または、医師や看護人を友人や使用人と混同するほど病んで
いるのかも知れない。
もしくは、ハースト以外の3人は自身の別人格で、自分の殻を破るよう手を差し伸べた
ところ、ハースト本人が救いを拒絶して、永遠の精神の闇に堕ちていく過程を見せられて
いるのかも知れない。
本来、私たちが小説や舞台に触れる際、向こうから与えられる情報を「前提」「作品内
設定」として受け入れているわけですが、ピンターはわざと荒唐無稽な台詞を連発させる
ことによって、その境界をぶち壊し、「どの前提が正しいのか」「そもそも与えられて
いる前提や設定はそのままこっちが疑いなく呑み込める性質のものなのか」と問いかけます。
そこで、作品の解釈可能性がグッと拡大し、思いもよらなかった作品受け取りの世界が
見えてくることを望まれている気がしました。
14歳の国
早稲田小劇場どらま館×遊園地再生事業団
早稲田小劇場どらま館(東京都)
2018/09/14 (金) ~ 2018/10/01 (月)公演終了
満足度★★
1998年初演の本作を再演するにあたり、作・演出の宮沢章夫さん自身があいさつで
「1997年の、神戸のニュータウンで14歳の少年が犯した凄惨な事件や、その翌年、
社会問題になったバタフライナイフを使った殺傷事件の生々しさがこの20年でよく
わからなくなっていることだ」と、不安点を語っていましたが、ドンピシャになった
感じがあります。「らしさ」はあるけど、さすがに古い感じがしました。
ネタバレBOX
舞台は1998年のある中学校。あるクラスが体育の授業中、教師5人が密かに持ち物
検査をすべく、空っぽの教室に侵入。他の先生はどうやら黙認しているものの、
音楽の先生だけ融通の利かない性格を敬遠されてか、ただ独り計画を知らないらしい。
教師たちはダベりながら持ち物検査をするが、会話はかみ合わないまま至るところで
衝突が起こる。あまりにかみ合わないため、「こいつら一体何なんだ?」と思うほど。
もちろん、肝心の持ち物検査は終わらず、1回目は時間切れで立ち去る羽目に。その
1週間後、今度は綿密な計画を立て、役割分担したはずなのに、検査はやっぱりうまく
いかない。
しかし、そんなこんなである生徒のバッグの中からバタフライナイフを見つけるも、
ナイフを預かった一人の教師がなぜか勢いあまって同僚教師を刺し殺してしまい、
皆が呆然とする中、突然の幕切れ…といった感じです。当時の不穏な空気を吸い込んだ
不条理演劇といった趣なのかな。
https://www.amazon.co.jp/14%E6%AD%B3%E3%81%AE%E5%9B%BD-%E5%AE%AE%E6%B2%A2-%E7%AB%A0%E5%A4%AB/dp/4560035237
筋がほとんどないような作品なので、やり取りを知りたかったら↑の単行本が参考に
なるかも。
ひとつ印象的だったのは、教師のモリシマさんが何度も自分に言い聞かせるように
「わたしたち、何もおかしなことはしてないですよ!」と言ってるのに、誰か教室に
来たと錯覚するや、みんなして机の陰に隠れるし、学校の秩序を守ろうとしてやってる
はずのことなのに、自分たちの方がやましい存在に反転しているその構図ですかね。
チルドレン
パルコ・プロデュース
世田谷パブリックシアター(東京都)
2018/09/12 (水) ~ 2018/09/26 (水)公演終了
満足度★★★
2011年3月11日の震災と、原発にまつわる事故を踏まえた3人芝居。
未来の世代に対する責任の物語ですが、あっさりし過ぎかなと感じました。
ネタバレBOX
時代も、場所も特定できない、とある海沿いの人里離れた住居。
ひっそりとそこに住む元物理学者の夫婦のもとを、38年ぶりに
同僚の女性が訪れる。
3人は久々の再会を楽しむも、事故を起こした原発で現在も働く
若い世代を解放するべく、女性がかつて原発で働いていた技術者たちを
呼び集め、代わりに働きに行こうとしていたことを知るや、一挙に雲行きが
危うくなってくる…。
元物理学者の男性が途中吐血し、もうどうやらそんなに先が長くないという
事実が明らかになったところで、空気が変わり、3人は原発に向かう流れに。
周囲に人がいないため、長距離タクシーを待つ間、女性たちが習慣になって
いたヨガを踊り続ける中で、静かに幕という話。
確かに原発を生み出した責任、自分たちとは関係ないところで起こった過ちの
埋め合わせで若者が頑張っている現状にモヤモヤしないか、と言われたら確かに
分からなくもないけど。
技術者たちも事故までは明るい未来を夢見ていただろうことは想像に難くないので、
安易に「責任取れ」とも言い難い気がする。外国人作家による、海外初演の作品な
こともあって、原発に関与したお前らが悪い、お前らが特攻しろ、という指弾話に
ならず、広く自分たちの世代の誰かが未来に対する責任を果たさないといけないと
いう落としどころにしたのは納得できるところ大きい。
正直、原発に行く決心した物理学者の女性が「わたし、怖い…」と漏らすのはすごく
分かる。世代代表して特攻しないといけない理不尽さ(ともいえるのかな)に直面
したらそういうセリフも出ちゃうよね。自分が同じ状況だったら、事実上の死刑状態に
恐怖して何も言えない、何もできない状態になるだろうし、みんなそうなる気がする。
図書館的人生Vol.4 襲ってくるもの
イキウメ
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2018/05/15 (火) ~ 2018/06/03 (日)公演終了
満足度★★★
鑑賞日2018/05/22 (火) 19:00
座席K列20番
2036年、2006年、2001年に一個ずつさかのぼって話を
展開する連作短編集。イキウメっぽさが希薄なのは、
それまでのどことなく漂ってた不気味さが消えているのと
3話におけるメッセージ性がかなり高かった点だと思います。
ネタバレBOX
#1 箱詰め男
脳科学者だった山田不二夫はアルツハイマー発症を機に、肉体を捨て、
自身のすべての記憶を寄木細工状の箱に入ったPCに移し替え、精神
だけの存在になることに成功。
5年ぶりにアメリカから帰国した宗夫と対面するも、宗夫はPC特有の
不二夫の機械的な受け答えに物足りなさを抱き、五感の中で意識と関りが
深い”嗅覚”を外部センサー取り付けによって再生させることで、人間味を
持たせようと画策。試みは成功するも、不二夫の態度には異変が…。
2話目に出てくる兄弟の30年後が描かれています。また、3話目と円環を描く
構成になっており、一番「らしかった」と思います。感覚を取り戻すことで、
過去の記憶にさいなまれる不二夫(の意識)の苦悩ぶりは見てて怖い。
#2 ミッション
高齢者相手の死亡交通事故を起こし、2年の禁固刑を受けた山田輝夫。
仮釈放を受け、元の職場にも暖かく迎えられるも、「事故当時、衝動に
襲われ、ブレーキを踏まなかった。理由は分からない」と仲のいい同僚に告白。
輝夫の主張は過激さを増し、自身が事故を起こし、相手を死なせたことで、
その高齢者が未来において起こしたかもしれない災厄を防いだと訴え出す。
自分を襲う衝動は、世界がさらなる不幸を未然に防ぐために下した使命なのだと…。
3話目に出てくる職人志望の女の子の元恋人が同僚役で出てきます。ストーカー
行為を起こして、接触禁止命令を受けたっぽい。
この話は…前後2話とあまりテーマ的なつながりを見出せなかった(言い方変えると
異色な)作品かな。輝夫が語る「使命」が結局何なのか、時間が短いせいもあって
何とかオチ付けただけの不完全燃焼で終わった気がする。
# あやつり人形
就活を始めたばかりの由香里は母・みゆきのがん再発をきっかけに、大学中退を
決意。1年交際していた恋人にも突発的に別れを告げ、就活のペースを落とし
始める。しかし、その決定に対し、みゆきも、仕事の出来そうなサラリーマンの
兄・清武も「由香里が後で辛い思いをする」と、その決断に反対するのだった…。
先日の恋人に加え、みゆきが見た夢という形を取って、1話目の内容がリプライズ
します。
話によると、夢に出てきた科学者は家族の懇願により、永遠の生を生きることと
なった。しかし、科学者は自身の命を長らえるスイッチを切るよう、やがて
訴え出した…というのです。
その話から、人が他人に向ける「優しさ」「善意」とは、相手を追い詰めている
「他ならぬ自分だけに対する優しさ」ではないかという指摘が導かれる。
由香里の「私は後悔したいの!」という叫びを、家族2人も受け入れ幕切れ、と
いう話でした。
メッセージ性が相当強くて普通の劇団だったら良作だな、と思う反面、これ、
もっとふくらませて長編にした方がいいかもな、とも感じました。分かり易い分、
イキウメじゃなくても良かった気がしました。
以上の3作、どれも長編に改作できそうな感じだったので、『獣の柱』みたいに
設定と骨格部分だけ残して、大胆に変えちゃうこと希望です。
『パレスチナ、イヤーゼロ』
フェスティバル/トーキョー実行委員会
あうるすぽっと(東京都)
2017/10/27 (金) ~ 2017/10/29 (日)公演終了
満足度★★★
鑑賞日2017/10/28 (土) 19:30
座席B列6番
1948年に起こったイスラエル建国。その歴史的事業は、その地に住んでいた
パレスチナ人たちを難民化させ、現在にまで続く紛争の端緒ともなっています。
本作は、そうした民たちの生々しい被害の記録です。
『パレスチナ・イヤーゼロ』というタイトルは、おそらくイスラエルとともに
「パレスチナ」が悲劇的な形で誕生し(建国年としての「ゼロ年」)、また
そこから少しも時が動き出さずにいる(静止し、凍り付いたままの時としての
「ゼロ時間」)のふたつを意味しているように感じられました。
ネタバレBOX
この作品の語り部であるジョージ・イブラヒムは「損害鑑定士」として
登場します。いわく、「考古学者になりたかったが、イスラエルでは
パレスチナ人が考古学者になれる可能性はない」と。
しかし、彼は「考古学者と損害鑑定士の仕事は同じである」とも喝破します。
なぜなら、考古学者は「数千年前に起こった建物の破壊原因を診断する」が、
損害鑑定士は「数日前に起こった建物の破壊原因を診断する」、つまり両者は
同じ性格を持っている、というわけです。
その彼が解説する形で、イスラエルが70年にわたってパレスチナに行ってきた
家屋破壊の証言が観客の前にさらされます。
イスラエル兵が隣の家に行くため、その手前にあった家の壁をぶち壊して
突っ切っていく、
古代のユダヤ民族がらみの遺跡発掘を行う最中の振動で、パレスチナ人の
家の壁にひどい亀裂が生じる、
こうした物質的破壊はもちろんのこと、取材に来た「左派知識人」である
ユダヤ人学者の「一見人道的な」、しかし無神経な発言もパレスチナ人の
心を破壊していきます。
こうした証言が終わるたびに、事務所に見立てた舞台セットの背面を大きく
占める書類棚から段ボール箱が運び出され、中のコンクリやガラクタ片が
何度も何度もぶちまけられます。
書類とは「記録」のために用いられるものです。しかし、そのための箱には
がれきの山しか入っていない。まるで、パレスチナ人の70年の記録とは、
そのまま破壊され、粉砕されたコンクリ群である、といわれているようでした。
最後に、「損害鑑定士」だったはずのイブラヒムが役柄を乗り越えて、自らの
皮肉な過去を振り返るのが痛烈でした。
3歳で生地のラムレを追われ、以後、還ることができなかった。しかし、娘が
反体制運動に加担し、当局に捕まり、ラムレの拘置所に送られた奇縁で、
今まで還ることのできなかった生地にあっけなく訪問できた、という物語。
自らの歴史を語り終えたイブラヒムは無言のまま、がれきの上に新たな
段ボールを箱を無造作に積み上げて去っていきます。まるで、明日もまた
破壊の記録が新しく綴られることを示すようで、頭が真っ白になりました。
プレイヤー
Bunkamura
Bunkamuraシアターコクーン(東京都)
2017/08/04 (金) ~ 2017/08/27 (日)公演終了
満足度★★★★
黒沢清監督で『散歩する侵略者』が9月に映画化される前川さんの台本を、
阿佐ヶ谷スパイダースの長塚さんが演出したガチのホラー作品。
序盤の伏線がラストの台詞に活きていて、思わずゾワッっとなります。
不気味な雰囲気の作品が気になる人、サイコホラーが好きな人はぜひ
観に行って涼しくなってください。残暑払いにもってこいだと思います。
ネタバレBOX
今作は、結構複雑な物語構成なんですが。
舞台はある地方都市の出来てまもない劇場。新しく就任した劇場監督は、同地出身で旧知の
劇作家が遺した作品をいの一番で手掛けることを試みる。劇作家は本作の初稿だけ書いて
自室の一室で孤独死しており、作品は至る場面が穴だらけ、結末も途中で尻切れトンボで
終わっているという有様。
しかし、監督は、死後一か月ほど経って発見された作家が「無職」と報道されたことに
心を痛め、作品の上演によって作家の記憶をとどめようと計画する。作家は生前、同作
完成の暁には、台本をネットで公開する計画だったそうな。
さて、この作家の遺作『プレイヤー』の物語は、アマノマコトという名の女性が山奥の
小屋で遺体として見つかったことから始まります。友人だったアマノの死の謎を探るうち、
主人公の警察官は「サトリオルグ」という、名前からして怪しいサークルに行き着く。
ある環境団体の代表が主宰する本サークルでは、意識を集中させることによって、肉体から
解脱することに成功した(=死んだ)魂が、自身の記憶を持つ知人や友人を依り代にすることで
永遠の生を手に入れることを目指しており、なんでも魂は全存在の過去現在未来を言い当てる
能力を持ち得るという。最初、半信半疑だった警察官もいつしかサークルに深入りし始め…。
って感じの台本を、上述の監督が集めた役者や演出家勢で苦心しながら完成作品にしていく、
ってのが大きな流れ。1幕目は稽古の情景を描きつつ、物語の概略をまとめていく感じで
さほどおかしなことは起こりません。
しかし、2幕目の中盤あたりからいきなり物語が狂ってきます。それまで活発に役柄や
設定について口をはさんできた役者たちが、まるで人形のように何も話さなくなり、
ただのモブキャラと化します。そして、稽古を外部から見ていたはずの演出家がなぜか
積極的に物語の「いちプレイヤー」として参加し始めます。
演出家はいつのまにか物語に飲み込まれてしまったのか、それとも、あくまでまだ劇の
外部の存在として声を出しているのか。誰もツッコまないので、モヤモヤしたまま、
作品は続行していきます。
全員が物質世界を去って、「向こう側」に行ってしまう場面。スラっとしたビジュアルの
成海瑠子がナチュラルにヤバい台詞を吐いていくとことか、仲村トオルのカリスマ然とした
危うさとかよかったですね。このあたり、青白い照明の中、無言でただ棒立ちする役者たちが
気持ち悪すぎて、ひとつの画として印象に残っています。
そして、修行が足りず、向こうの世界に行けなかったという警察官が、なぜか稽古を外で見て
いたはずの監督に呼びかけた言葉。これは怖すぎですね。お前、一体誰なんだ、と。
「プレイヤー」って、作家の台本にあるように、過去現在未来という運命に動かされる
「演じ手」であり、向こうの世界の霊的存在が憑依する「依り代」なんですが。同時に、
舞台の外部から見たら、もう死んでいるはずの作家の意志に従って、定められた役割を
寸分違わず演じていく「役者」でもあるんですよね。そのメタ構造が面白い。
制作の女の子が、「今、演じているものって、なんか今こうしている現実とおんなじ
ですよね」みたいなこと言ってたけど、まさにその通りでしたよね。
全部が丸々劇だったのか、それとも、いつの間にか劇とは違う現実に飲み込まれてたのか、
セリフもいくらでも深読みできるので、再鑑賞に耐える作品かなと思います。
クワトロリブレット
株式会社Legs&Loins
Geki地下Liberty(東京都)
2017/05/10 (水) ~ 2017/05/21 (日)公演終了
満足度★★★
それぞれ過去に傷跡を残す、4人の男と4人の女性。
春から物語が始まって、また次の春の訪れと共にほんの少し、
でも確かに8人が変化する姿が心地よい鑑賞体験をもたらしてくれました。
ネタバレBOX
「自分の高校の教師に恋してしまい、その記憶を清算しようと
アフリカに旅立つ女性1」「好き勝手やっているミュージシャン
志望の弟に不快感と憧れを抱いていた高校教師の男性1」
「鉄道自殺を遂げ、今は記憶となっているミュージシャン志望の男性2」
「その男性と交際しつつ、今は別の男性3と結婚し、新しく母親になる
不安を独り抱えている女性2」
「交際相手だった男性3の子供を流産したことがきっかけで別離し、今は
花屋の男性4と交際するも、なかなか結婚に踏み切れない女性3」「女性4と
つかのまの結婚生活を味わうも、どこで歯車が狂ったのか、離婚してしまい、
女性3となんとなくな関係を保っている男性4」
「男性4と離婚後、妻のいる男性と不倫するも別れてしまい、宙ぶらりんな
状態でいる、女性1の友人である女性4」
…といった具合で、みんながみんなどこかでつながり合っているという連関
関係の中で、それぞれが互いに突っ込んだ手紙を出し合うことで、過去と
折り合いをつけていくという物語です。
日本から発とうとする女性1を追って、男性1が空港に姿をみせた場面が良かった。
自分に一生消えることはないであろう「恋愛」を刻んだ男性に複雑な感情を
抱きつつ、最後は新しい場所に飛び立っていく女性の後ろ姿に、「行ってこい」と
やっとの思いで激励する教師の心情を思って、涙した。
女性2との間に子供が生まれそうで、近々父となる予定の男性3がうじうじとした
手紙を女性3に宛てるんだけど、一喝されるという場面も良かったね。ああいう
ところに、男性と女性の違いを感じます。いつまでも過去を引きずる男性と、
ガンガン前に突き進んでいく女性と…。
冒頭場面で、語り部の女性2が女生徒の姿をかつての自分と重ね合わせ、過去を
懐かしむのに対し、ラストの場面ではまだ見ぬ子供をお腹の中に抱えた妊婦を
自分と重ね合わせ、未来を予感させるような作りで〆ているのも、よくできた
作品だなと感じさせるに十分でしたね。
The Dark
オフィスコットーネ
吉祥寺シアター(東京都)
2017/03/03 (金) ~ 2017/03/12 (日)公演終了
満足度★★★★
2004年初演の英演劇であり、突然の停電に見舞われた
お隣さん同士の3家庭を描いた作品。題は「停電」と
「心の闇」をかけているようです。
とにかく出てくる人が全員何かに後悔し、追い込まれている上、
どこかで絶望しており、いい意味で苛立ちを感じることが多々
あるでしょう。
ネタバレBOX
典型的なひきこもりの息子ジョシュを持つ老夫婦のジャネットと
ブライアン、
ビデオレンタル店を営み、近所からはもっぱら「幼児性愛者」だと
噂される中年男のジョンとその老母エルジー、
ひどい育児ノイローゼにかかっている、1人目の子供が夭折している
若夫婦ルイーザとバーナビーといった3組が主人公ですが、
どいつもこいつも自己中心的で自分がいかに軽く扱われているか、
どれだけパートナーのせいで不幸なのかを喚き散らすという塩梅です。
隣同士なのに、お互いを全く知らない、また込み入ってるんだろうなと
感じても関わらないというのが、英国のみならず、日本でもみられる
「砂漠」となった現代の姿をよく表してるのかなと。
そもそもの舞台が、子供たちが夜になると路上で騒ぎ立てる、また
警官もさほど取り締まりに熱心ではないようなところなので、あんまり
上等な場所ではないんだろうなと予測できるんですよね。
そんな3家族を突然の停電が襲います。うろたえ、懐中電灯やろうそくを
探しに家の中、そして隣家を訪れる中、
引きこもりのジョシュに対する老父ブライアンのひそやかな殺意だったり、
誰にも頼れず、過度の育児疲れから愛していたはずの我が子の死を一瞬
願ってしまうルイーザの不安といった、ドロドロした思いが顔をのぞかせます。
それは強い光の下、物陰からじわっと染み出してくる闇のようでした。
実はこの作品、一家を動機不明のまま全員惨殺した父親の話を開始早々
ニュースで流すといった展開にしてて。
だから子供が殺されるとか、3家族が狂気に導かれて凄惨な殺し合いを
演じる流れになるのかなと暗い予想をしてたんだけど、一線は守った感じ。
ただ、何度か本当に最悪の展開になりそうな場面はあって、舞台をはらはら
しながら見てました(苦笑
とにかく他人に無関心極まるブライアンをはじめ、胸糞悪くなる人物が
多くって、ジョンとエルジーのまるでかみ合わない、無神経だけど漫才
めいたやり取りが無かったらイライラしっぱなしだったかなと思う。
ただ、終盤あたりから徐々に笑える場面もチラホラ。ブチギレたジャネットが
ジョシュの部屋のPCを木っ端みじんにぶっ壊すとことか。
ラストも、ブライアンが何らかの発作で昏倒して暗転…というショッキングな
オチだったので、最後までどこかに連れ回されたいという人はぜひどうぞ。
ザ・空気
ニ兎社
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2017/01/20 (金) ~ 2017/02/12 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2017/02/08 (水)
座席N列21番
2016年2月に起こった、高市早苗総務大臣(当時)による「放送法違反を
根拠とした電波停止是認」発言を基としたブラックコメディです。
※当時の大臣側の言い分は以下の通り
https://www.sanae.gr.jp/column_details807.html
まさに時代の「空気」をそのまま反映している作品なので、高市大臣に当時
賛成した人も、反対した人も一度観て、自分の考えを整理するといい気が
します。
ネタバレBOX
舞台はあるテレビ局。先の「電波停止」発言に憤激した報道番組クルーが
「戦う民主主義」を掲げるドイツを訪れ、放送法で縛られる日本の報道を
現地のメディア人から批判してもらい、問題点を提示する番組を制作。
しかし、日本のメディアの現況を「クレイジー」と評した部分などをめぐり、
自殺した硬骨漢のジャーナリスト然とした先任者に代わって、数か月前から
新しく就任したアンカーが陰に陽に修正を求めてくる。
このアンカーですが、「政治的中立」を旨とするものの、現役記者時代は、
ある総理候補の議員と昵懇の関係を結び、この議員が総理就任後逮捕されると
悔しみの涙を流したと告白するような人物です。
ところが、政権とも近いこの人物の発言に振り回される形で、実際の番組から
日本のジャーナリストたちが政権に抗議する冒頭の場面、ドイツ人ジャーナリストが
日本のメディアに苦言を呈する場面などの削除を求める声が、局の上層部から次々
下ってきます。
断固として削除に反対する者、削除には反対だが局の空気に飲み込まれかけている
若手ディレクター、上司の顔をうかがう事なかれ主義の編集マンなど、見えない、
そして気色悪い「圧力」を前にして、一枚岩で戦えない現状もそこで浮き彫りに。
様々な人の思惑に苦悩しつつも、番組の編集長は一切の削除をはねのけるために
専務の部屋を訪れるのですが…。
実際のテレビ制作現場の様子を知らないのですが、OA前なのに、「国民の会」
(どんな団体か、推して図るべし)から抗議が来たり、少女の視聴者を装った
国粋勢力が内容の聞き出しに打って出たり、果ては削除に反対するスタッフに
対し、介護中の母親の隠し撮り写真を送り付けて、圧力を加えたり。
テレビ局に攻撃を仕掛ける側の恐ろしさと、そのしたたかさが存分に表現されて
いると思います。これがかなりの程度本当であるなら、「中の人」の抱える
ストレスも相当なものなんだろうなと想像せざるを得ないでしょう。
結局、編集長は圧力に負け、高所からの自殺未遂を起こして、そのまま退社。
3年後に局を訪れるも、編集マンは「国民の会」に加入、ディレクターは
局の空気に耐えかねて退社、アンカーマンはすっかり政権寄りのコメントを
繰り返す御用ジャーナリストになっていたというオチ。
そうした光景の中で、編集長は在野のジャーナリストとして活躍することを
誓うも、頭上から戦闘機を思わせるような音が響き渡り、すっかり戦争の
気配がそう遠くなくなった日本の空気を暗示するように幕引きとなります。
どこからともなく忍び寄る圧力の気配、相手に「イヤ」と言わせない雰囲気、
局内がそんな不穏なもので充満しているという事実が、客席にいてもむんむん
漂ってくるため、スリリングさでいったら下手なサスペンスを超えています。
政権に賛成する者、反対する者、まずはここでのメッセージに虚心のままで
触れ、そこから新たに思うところを育てていけばいいのかなと思う一作です。
yとxの事情
チーム夜営
インディペンデントシアターOji(東京都)
2014/09/13 (土) ~ 2014/09/15 (月)公演終了
満足度★★★
かなり奇妙なラブストーリー
数学でいう、横軸の役割を果たす「x」と、縦軸の役割を果たす
「y」とがお互いを捜し求めて、中学から高校の教科書の世界を
さまようという物語。一種の擬人化譚ともいえるかもしれないです。
個人的には、終盤までの展開は詰め込みすぎて、観客を振り回し
過ぎな気がしたので、さくっと削ってもよかったかもしれないです。
ネタバレBOX
この作品、脇役の「点A」「点B」「点P」がすごくいい味を出して
いますね。問いにしたがって、答えを出すために、何週も何週も
その場を走らされている点Pが、「神様に手紙出すわ。もう走るの
止めさせて下さいって!」と陳情の手紙を書くところとか秀逸。
人間にも苦労があるけど、確かに数式の世界にもこっちが分からない
苦労があるのかもな、って思わされました。この作品、ところどころに
そういった面白い着眼点が活きています。
それだけに、後半に差し掛かるにつれて、メタ的な要素が入り込んで
くるのが、正直なところ、なんだかな、って感じました。
「x」「y」の2人は「二次関数」の世界を探して、果てはメタ数学の
領域にまで足を踏み入れていきます。そこでは、もうすでに、
数学の在り方を根本から見直そう、みたいな感じになっていて、
言語レベルでの問いになっちゃってて。
いわば、解き手である人間の手を離れてしまった段階に至って
誰も教科書を読まなくなった。解き手がいてこそ成立する数学の
世界はその時点で自己矛盾を起こし、数学の時空を自由に行き来
できる「郵便配達員」によって、その世界の公式を成り立たせる
要素(点A・点B・点Pやx・y)の抹殺という形で消去させられる。
この辺から妙に難解なストーリーになってきましたね。次の場面で
全員が生き返っているのは、別の数学次元だから、ということなの
かな? どこの時空で起こったことなのか、途中、追いきれなくなって
きたので、あんまりいらなかったかも。yを点A・B・Pの三人でぐいぐい
恋バナで追い込んで勝手に盛り上がっていた場面とか面白かったので
なおさらそうですね。
ラスト、永遠に一瞬しか交わる事のない数学の世界を抜け出して、
人間の世界に行く事にした二人。「無限の代わりにずっと一緒に
いられることがない」場所から「有限の代わりに一緒にはいられる」
世界で再び二人が出会う場面で終わりなんですが、ベタなだけに
素直にいいですね、こういうのは。
ヒネミの商人
遊園地再生事業団
座・高円寺1(東京都)
2014/03/20 (木) ~ 2014/03/30 (日)公演終了
満足度★★
消えた町の日常
「遊園地再生事業団」立ち上げから間もない時期に初演された
作品の再演。初演と比較しようもないのだけど、宮沢氏の近作と
比較すると、かなりの部分で「物語」というフォーマットが残って
おり、不思議な気がしました。ここではうっすらとした形で提示
されていたものが、後年では、明確なストーリーと交代するように
前面に出てているように思います。
ネタバレBOX
「ヒネミ」(日根水)という架空の町に過ごす人たちと、そこに「外からの
人」として赴任してきた銀行員、渡辺のある一日を描いた本作。とはいえ、
特に大事件が起こるわけでもなく、風変わりな日常の様子が
描き出されます。
「ウルトラ」という正体不明の物品、「サルタ石」を捜し求めてさまよい続ける
正体不明の女、贋札製造をにおわせる印刷工場の主人。不可解なもの、
謎を秘めたものはたくさん出てくるのですが、その秘密が明かされることは
なく、淡々と進んでいく作品は、どこか脱臼したような、気の抜けたような
登場人物のやり取りと共に始まり、そして終わりを迎えます。
最近の作品と比べた場合、今と比べて、登場人物同士の会話が大きく
ウェイトを占め、演出もいわゆる従来の演劇に則っています。加えて、
宮沢氏の近年の作品の特色である、「ドキュメンタリー」「メディア」との
親和性はまだ希薄で、会話の端々に差し込まれる「批評性」「テーマ性」も
少なくとも目に見える形ではほとんど現われません。
どこかゆるゆるとしていて、始まりと終わりの境目が曖昧な、「ポスト会話
劇」の作風は『五反田団』に通じるものがあると思いました。時折、とぼけた
冗談が入ってくるところとか特に。そういう作品が好きな人には、いわば
「親」「源流」を知る意味で触れる価値はあると感じます。
シフト
サンプル
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2014/03/14 (金) ~ 2014/03/23 (日)公演終了
満足度★★★★
サンプルの原点にして帰還点
2007年に、「青年団リンク サンプル」として初演された作品の
再演。当劇団にとっては事実上の処女作に当たります。近年の
作品に比べると、物語の組み立てかたがしっかりしており、筋も
見えやすい分、この劇団が一貫して追求しているものがはっきり
分かりやすい内容になっています。正直、近作より面白かった。
ネタバレBOX
結婚してある旧家に住むことになった元教員の男。
妻の家は、「オシラサマ」という神の白い子を誕生させた名家として
かつては有名だったが、先祖伝来の土地にダムができ、立ち退きを
余儀なくされて以来、零落。今では、周囲にも相手にされず、街から
距離があることを幸い、隣家の男を中心に不気味なコミュニティを
つくり上げて生活していた。「相撲」と称して乱交していたりします。
窮余の一策として、妻の母親は、同じ旧家にあたる隣の家の男と
関係を結び、「オシラサマ」を再び誕生させようとするが、過去からの
近親結婚がたたり、不具の子どもしか生まれない。
ということで、次に考えたのが妻の夫と母親がまず関係し、生まれた
子どもと妻とが結ばれることで「オシラサマ」を誕生させようという計画。
まぁ、完全に狂っていますね。
当たり前なのですが、妻の夫は逆上。「自分は種馬なのか」と食って
かかるのですが、妻の姉から返ってきた言葉が「種馬ですらありません。
中和剤ですよ」。きついなぁ…。
最後は、家の外にある大型商業施設「トピカ」に通いつめて、一家から
浮いている姉が、そこの御曹司とくっつくという衝撃の展開を迎え、
開発兼自分たちの住居をつくるために再度の立ち退きを迫るなかで、
一家が現実逃避していく様を見せて終わり。そう遠くない日の破滅を
予感させる物語でした。
相撲の土俵を模した輪で大きく囲まれた舞台の上から吊るされた
ガラクタの数々が舞台美術で、今のサンプルと比べるとかなり
質素。というか、床にゴミが散らばっていない分、整然とした佇まい
すら感じさせられますね(笑 吊り下がったガラクタを時折下ろしたりして
小道具に使ってたりと、「観せる」だけのものに終わっていないのもいい。
この作品には、後のサンプルを貫く全要素の萌芽が見てとれました。
即ち、「狭くて歪な、外界とのつながりを絶って成立したコミュニティ」
「そのコミュニティの中で絶対君主のようにふるまうリーダーと、命令に
したがう構成員」「主に性的な要素を通じてつながり合っている関係」
です。そのモチーフはじょじょに「擬似家庭」「擬似コミュニティ」と、
形を変えて発展していくことになり、『自慢の息子』あたりでピークを
迎えることになります。
よどんだ気配をたたえ、ゆがみきったコミュニティが崩壊していく、
あるいは再生していく過程を、まるで外部から実験レポートの
ように感情を交えず、語っていくサンプル。本作は、その始まりであり、
ある意味、最初の到達点でもあるのでしょう。
π*π pie pie 「マーブル」
ネルケプランニング
小劇場 楽園(東京都)
2014/01/23 (木) ~ 2014/01/27 (月)公演終了
満足度★★
なかなかないテーマ
東京都写真美術館の展示でときおりその作品を観ることが
できる写真家、「渡辺克己」をモデルに、新宿ゴールデン街を
舞台にした演劇。なかなかないテーマを扱っており、その点、
勇気があるなと思いました。それだけに、ラストの展開は、
もう少しなんとかなったのでは、と残念に思えます。
ネタバレBOX
この作品は、渡辺をモデルにした写真家が、学生運動を撮影
している最中、学生たちに追われて行き着いたバーで、ママさんと
出会い、そして恋に落ちる…というストーリーです。
写真家は、自分の「第2の故郷」となった新宿ゴールデン街を舞台に
次々と作品を取り続け、その写真は大きな賞を受賞するほどに、
高く評価されていくことになります。それとともに深まっていく、
写真家とママさんの関係。やがて、写真家はママさんから、彼女が
元々は男性で女性に性転換したという事実を告げられるのです…。
基本的には、写真家が有名になり、告白を受け、それを許容するも
やがてママさんが彼のもとを去る、という話です。気分が重くならない
ようにか、結構重要なテーマを扱っているのに、そこはさらりと流され
結構あっけない最後を迎えてしまったのはもったいないな、と感じました。
せっかく、「楽園」という、密な空間なのだから、もっとそこを突き詰めても
よかったのでは、というのが、正直な感想です。
「楽園」なのですが、換気が悪いのか、ものすごく暑くって、途中何度か
意識が飛んでしまいそうになりました。時期がら厳しいとは思いますが
多少は涼しくしてもよかったのでは。