美しきものの伝説
劇団東演
俳優座劇場(東京都)
2022/06/16 (木) ~ 2022/06/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
有名な戯曲だが舞台を初拝見。島村抱月(鍛冶直人)の、日常的でしたたかな存在が印象的だった。文学座かなとおもったら、やはりそうだった。渡辺美佐子は、松井須磨子(=カチューシャ)役で、うぶな少女カチューシャを演じて、ユーモアがあった。89歳で(女囚服の背中「19231023」と、さりげなく渡辺の誕生日が書いてある)この青春群像のなかの松井須磨子をやるとはすごいことだ。
同じ題材を扱った木下順二「冬の時代」があある。木下もあだ名で登場人物を命名していたから似ている。宮本のこの戯曲は演劇青年たちも絡めたところが違っている。
戯曲としては二つの対話が肝になる。「幸せな民衆に芝居はいらない。祭りがあればいい」と語る抱月と久保栄の演劇対話と、権力奪取か権力否定かの堺利彦と大杉栄の革命対話である。特に大杉の語る極端な権力否定論は空論なのだが、空論ゆえのというか、妥協を排したひたむきな議論の美しさがある。初演当時には、既成左翼政党批判という側面も持ったのかもしれない。最後、真っ白な服を着て、陽光の中、パラソルを指して歩く大杉と野枝。まぶしく、まさに「美しきもの」の姿だった。
室温~夜の音楽~
関西テレビ放送
世田谷パブリックシアター(東京都)
2022/06/25 (土) ~ 2022/07/10 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
どんどん話がスライドしていく感じ。軸は、高校生だった双子の娘の一人を不良グループに殺された恨みにあるのだが、それを突っ込んでいくわけではない。戯曲本の解説は「作者はそこに感情移入しすぎないように最大限の注意を払っている」という。通奏低音のようなものか。娘を殺された以外にも、いくつもの悪や犯罪が次第にあぶりだされていく。
ホラー作家(堀部圭亮)と娘のキオリ(平野綾=すばらしい、はかなく魅惑的で底知れない)の住む瀟洒な海辺の家。この家に入り浸る巡査(坪倉由幸)、変なタクシー運転手(浜野謙太=好演、一番笑いをとっていた)、出所してきた犯人の一人、間宮(古川雄輝)、ファンを装ってきた主犯の姉(長井短)。一癖も二癖もある人間たちの、裏の顔が次々明らかになっていく。悲劇はほかにもごろごろ転がっていると言わぬばかり。そのうえ、加害者と被害者が逆転し、善と悪とがあいまいになっていく。この芝居の人間の中で、一番まともな人間が間宮に見えてくる。
音楽は私はあまりはなじめなかった。エネルギッシュな在日ファンクが芝居のトーンとあっていたかどうか。2時間半。残念ながら客席は1階の3分の2か。全体からすれば、5割の入り。ケラ原作というだけでは、アピールしないのか。前に見たパルコ劇場も4割程度の入りで驚いたが、ジャニーズやよほどの人気俳優でないと動員は難しいのだろうか。
沖縄の火種
オフィスワンダーランド・(一社)演劇集団ワンダーランド
紀伊國屋ホール(東京都)
2022/07/01 (金) ~ 2022/07/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
三線・胡弓・笛の琉球音楽バンドも付き、ウチナンチュの誇りとエネルギーが満ち満ちた舞台だった。死者を悼む琉歌や、太鼓をダイナミックに使ったエイサー踊りも織り込み、芝居と歌と踊りが融合した(会場が乗りがよければさらに盛り上がっただろう)。
手塚治虫によく似た漫画家の大学生が沖縄取材に来ている。その目のまで、戦果アギャーたちが米軍から原爆を盗み出す。取り戻そうと血眼になる米軍司令官と、ふてぶてしく開きなおるアギャーの親分。沖縄独立党の党首は、原爆を米軍の交渉の切り札に、米軍撤退を要求する。そこに沖縄戦で死んだ米軍将校を恋人にもつ、米軍女性中佐の復讐が絡む。物語の細部はさておき、沖縄のひとびとに脈打つエネルギーと、アメリカ軍への怒りがはじけていた。
米司令官の「沖縄の連中の誇りを奪え。誇りを失った人間は、打算で動くようになる。上目遣いで我々を見る。誇りを奪い、植民地根性を叩き込め」の科白に強者の本音とおごりを見た。これに、果敢に(無鉄砲に)立ち向かうアギャーたちの運命やいかに…
てなもんや三文オペラ【6月8日~11日昼まで公演中止、宮城公演、新潟公演中止】
パルコ・プロデュース
PARCO劇場(東京都)
2022/06/08 (水) ~ 2022/06/30 (木)公演終了
実演鑑賞
大阪アパッチ族のボスのマック(生田斗真)と若い娘の結婚式…新婦として登場したのはウエンツ瑛士! 同性婚という今流の変化球でそうきたか!と。乞食商会のピーチャム夫婦(渡辺いっけい、根岸季衣)はむすこ!を奪い返すため、マックをわなにはめる。マックを裏切る娼婦のジェニーがまたおかまで福井晶一が演じている。すごいぜいたくな配役だった。
乞食行進は皇居前への示威行進など変えているが、基本はブレヒトの原作を下敷きにしており、安心してみていられた。アパッチのアジト、乞食商会、娼婦宿、警察の牢屋等々を、手際よく転換していたセットもよかった
一番有名な「マック・ザ・ナイフ」の聞かせどころが少なかったのは残念。「大砲ソング」「ソロモンソング」などほかの曲も、ほかの舞台で聞いたときよ、メロディーを追いにくい難しい曲に感じた。アレンジのせいだろうか。
JACROW#28『鶏口牛後(けいこうぎゅうご)』
JACROW
座・高円寺1(東京都)
2022/06/23 (木) ~ 2022/06/30 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
単純に大企業の歯車より起業しろ、安定よりリスクをとれという話かと思うと、さにあらず。なかなか複眼的で説得力のある見方を提示していた。今回は、マルチエンディングという手法。前半と後半があり、主人公の決断の違いによる、後半2パターンの両方を舞台で演じる。ゲームにはよくあるが、演劇で見たのは初めて。(先日みたマックス・フリッシュ作「バイオ・グラフィ:プレイ」は芝居による人生のやり直し、という枠組みで、これに類することをしていた)
海洋プラ100%でつくる新ブランドを部長につぶされた主任が、社内に残って臥薪嘗胆する第一のパターンと、起業して単身雄飛する第二のパターン。二つのパターンが微妙に相似形になったり、しゃれた形だった。知的にスマートであるとともに、次女の「安定した生活はなによりのぜいたく。それがなき母の教え」を信奉するかたくなさや、俗物部長のいやらしさといったドロドロした味もある。
会社を退職して競合ブランドを立ち上げた主任(川田希=好演)を、元部長(谷仲恵輔=吉田茂役が懐かしい)が腹いせに露骨につぶしにかかる。銀行マン(芦原健介)が「コンサルタントとマッチングで融資先をういんういんに。これが倍返し、バンカーの信念です!」などと中小企業の強ーい味方だったり。キャラの善悪を固定化して物語をすすめる、漫画的なところがあるけれどご愛敬である。銀行マンにはユーモア、ギャグもあるし楽しめた。
ただ、大きく段差を設けた舞台の、奥の一番高い舞台が客席から少し遠いのは残念だった。2時間10分
田園1968
文学座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2022/06/17 (金) ~ 2022/06/25 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
文学座の持ち味の日常的リアリズムで描く人情喜劇。60年代の田園へのノスタルジーと、ここで生きるしかない人間の意地と、ここにないものへの憧れをともにくっきりと現出させて、しみじみといい芝居であった。
足の不自由な長男(腰塚学)と、都会で挫折して帰ってきた長女(磯田美絵)と、そして語り手である映画好きの浪人生の三男(武田知久)。三人三様の悩みやコンプレックスが次第に明らかになっていく群像劇である。母は死に、父(加納朋之)は農家をやめ土建業に。農業を一人で続け、一家を仕切る頑固婆さんが面白い。誰かと思ったら新橋耐子さん。「頭痛肩こり樋口一葉」の花蛍役ですごい女優と思って以来の再会だった。
長女を追ってきて、農業の手伝いで居候した学生(西村知泰)が家族内の異物であり、道化役であり、笑いを起こす。長男が恋してしまう団地の主婦(郡山冬果)も、田舎とは違うあか抜けた明るさをまとっていてよかった。私が感動した舞台を振り返ると、ホームドラマという共通点に思い当たった。ホームドラマの奥の深さ、人情を盛る器としての扱いやすさに改めて気づいた。
恭しき娼婦
TBS/サンライズプロモーション東京
紀伊國屋ホール(東京都)
2022/06/04 (土) ~ 2022/06/19 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
怯えた黒人(野坂弘)の恐怖に目をむく表情がまずただならぬ気配をうむ。青年(風間俊介)が家柄も生活ぶりも申し分ないはずなのに、なぜかおどおどしている。そして北部から南部の街にきたばかりの娼婦リジー(奈緒)の心の揺れが巧み。娼婦なのに聖女のような、穢れを知らない無垢な存在。それ故に、母の愛へのあこがれを逆手に取られて、虚偽の証言に陥る。自分のやったことと、信念の間に引き裂かれる葛藤が見事。リジーを篭絡する、権力の代理人・上院議員(金子由之)の有無を言わせない威圧的で無感情な能面のようなすごみが怖かった。
1時間45分
奇人たちの晩餐会
インプレッション
世田谷パブリックシアター(東京都)
2022/06/07 (火) ~ 2022/06/19 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
見てよかった。思いっきり笑えました。愛之助の憎めない引っ掻き回しぶりが最高です。戸次重幸に次々襲い掛かる泣きっ面にハチぶりもおかしい。ぎっくり腰、最愛の妻の家出、愛之助がイランおせっかいで一生懸命やると、すぐドジをふんで事態を一層悪くする。ついには税務調査まで受けそうになってのてんやわんや。
二人芝居ではそろそろネタ切れかというところに、元寝取られ男の原田優一が現れて、突っ込み役として笑いを活気づける。本当に面白いのはここから。さらに、いかれたマルレーヌ役の野口かおるの、底知れぬハチャメチャぶりもよかった。そして最後は、愛之助がジーンと来させる。素晴らしい芝居でした。
成功した編集者のピエールのプチブル、俗物ぶりの風刺が根っこにあるところも、さすがエスプリの国フランスです。
マックス・フリッシュ「バイオ・グラフィ: プレイ(1984)」
shelf
シアタートラム(東京都)
2022/06/09 (木) ~ 2022/06/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
主人公が大学教授になったお祝いのホームパーティーの終わった後、見知らぬ若い女性が残っていた。その女性と恋に落ち、結婚したことで、人生を狂わされた男は、彼女のいない人生をやり直すことを望む。そうして演出家の突っ込み(一種の解説にもなる)をうけながら、一度は過去に戻る。しかし、やはり彼女とともに生きる方を選んでしまう。
女を愛するがゆえに女に縛られ、悲劇に陥るのは「范の犯罪」を思い起こさせられた。2時間、結構トリッキーな芝居だが、飽きずに見られた。脇役の女優の女中訳、イタリア女役などに変わる、コミカルな振る舞いがいいアクセントになった。後半は妻の浮気を巡る夫婦の心理劇。それが結構面白かった。浮気する妻が堂々として、なじる夫がおどおどしている。浮気男と対決するが、間男の方が偉そうで、夫が防戦。この普通とは逆転した夫のふるまい、心理が、ごく自然でよくわかった。
ジョージ・オーウェル〜沈黙の声〜
劇団印象-indian elephant-
駅前劇場(東京都)
2022/06/08 (水) ~ 2022/06/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
いいと思う。植民地支配についてインド人の批判を受けながら、ドイツ・日本に勝つためにインド人の協力を得なければいけないイギリスの苦衷がよく描かれていた。
オーウェル(村岡哲至)を支えた妻アイリーン(滝沢花野)の可憐さに惹かれた。そんな女は男の奴隷にすぎないと言われても、いいと思うのは男のサガでしょう。また、リーダーシップだけでなく、だれかを支えるフォローシップも尊重されるべきと平田オリザは言っている。
アイリーンと対極にある男名前の筆名で書く女性キャサリン・バーデキン(佐乃美千子)の存在が、舞台の思想をぐっと深めていた。彼女の書く、ナチスに占領された30年後のロンドンという架空近未来小説は、オーウェルの「1984」の全体主義国家とも通じて興味深い。虚構の人物と思うけれど、実は実在したのだろうか?
パンドラの鐘
Bunkamura
Bunkamuraシアターコクーン(東京都)
2022/06/06 (月) ~ 2022/06/28 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
23年前の初演の感動が大きすぎたせいだろう。今回は意外とおとなしく感じた。野田秀樹らしいおもちゃ箱のような遊戯性はもちろんあるが、最近の野田演出の舞台よりも群衆の数も少ないし、動きで見せるシーンは少ない。それよりも少人数の会話シーンが多く、意外と理屈っぽく感じた。
筒を遠眼鏡のように除く大正天皇や、2・26事件のクーデターのモチーフがあったことはすっかり忘れてた。今回は、そういう歴史への目配りがよく浮かび上がった舞台だった。
いやらしい俗物のピンカートン夫人を明るく演じた南果歩と、その娘のあっけらかんと態度をくるくる変える前田敦子の憎めない小悪魔ぶりがよかった。
貴婦人の来訪
新国立劇場
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2022/06/01 (水) ~ 2022/06/19 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
リアリズム劇ではなく、寓話である。大金持ちの夫人が町に10兆の金を寄付する条件として、30年前?自分を裏切った恋人の男を殺せと要求する。うち5兆は町民に分配するという。人口1万なら一人5億? この突飛と言えば突飛な、単純と言えば単純な芝居が何度も上演され、何度も(各国で)映画化されるのはなぜか? おそらく様々な解釈を生み出すからだろう。
金の誘惑に負けていく人々の弱さ、金のためではなく正義のためだと自己弁護する卑小さ、家族も父を見捨てる薄情さ、あるいは大金持ちになびく事大主義。そうみると、井上ひさしの「11匹のネコ」の最後に殺されるにゃん太郎の悲劇に通じる。また、富豪の女が、義足と義手の傷だらけの存在であるところに、強者と弱者の、健常者と障害者の、加害者と被害者の両義性を見ることもできる。
わたしがいちばんあざやかに感じたのは、富豪の女性のかつての恋人への愛。それはヨカナーンの首を望んだサロメの愛に通じる。
終始一貫、秋山菜津子のド派手なキャラクターに圧倒された。「殺されたーって死なないわ/殺されたーって、殺されたーって、し、な、な、い、わ」のテーマソングは、秋山さんが作ったというから驚き。富豪の従者たちのシンボルカラー黄色がド派手。芝居が進むにつれ、町民の服装もどんどん黄色に変わっていく演出も分かりやすかった。新劇から若手劇団まで老若取り混ぜたアンサンブルも、なかなか見られないだけに興味深かった。 3時間(1・2幕:90分 休憩:15分 3幕:75分).
奇跡の人
ホリプロ
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2022/05/18 (水) ~ 2022/06/05 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
素晴らしいの一言。「ウォーター」で遂に言葉をつかむラストは知っているのに、実際その場面を目の当たりにして涙が止まらなかった。平祐奈さんの、渾身の演技に拍手。
初日のヘレンのカギ隠しのいたずら、食事のマナーをめぐって等等、アニーとヘレンの格闘がどこか可愛げがあるのは、やはりヘレンが子供だから。もっと深刻に救いもなくやることもできるが、子どもの現実からはずれるだろう。
高畑充希も素晴らしかった。かつては大竹しのぶの当たり役だったが、高畑は若い分サリバンに近いメリットがある。一途さと一種の無鉄砲さと一抹の不安と、つらい生い立ちの影と、そして最後はとにかく「あきらめない」強さと、すべてを体現していた。(ちなみに30年前、大竹しのぶと荻野目慶子の日生劇場での舞台を見たが、すっかり忘れてしまった。今日は全く先の分からない、初見のような新鮮さだった。)
村川絵梨も大好きな女優さんである。いつもはおてんば的な役が多いが、今回は上流家庭のマダム。スッとした立ち居振る舞いに自然な気品があってよかった。
と、こう見てくるとこの芝居は女で持っている。では男はというと、実は父と子のドラマがサブストーリーになって幅を広げている。強い父とふがいない息子という「セールスマンの死」からジェームズ・ディーン、「スター・ウォーズ」まで繰り返し描かれるアメリカ的主題だ。
アニー・サリバンがハウ博士の報告という「バイブル」に従って実践しているというのは、知らなかった。実際にハウは盲ろうあの女性に言葉を獲得させた実例が先にあったと、プログラムで知った。ただの一生けん命の成果でなく、先人の残した「バイブル」をよりどころにした科学的「奇跡」。
思うのだが、思想の創設者とその継承・実践者の関係は、論語、キリスト教からマルクス主義まで普遍的なものだ。演劇という「メディア」そのものが、作者の思想を俳優という実践者が演じて、観客に伝える構造を持っている。「奇跡の人」もアニー・サリバンという「メディア(仲介者)」の重要性を実証している。(最近、演劇の「メディア」性を考えていたので、自己流の突飛な感想ですいません)
バケモノの子
劇団四季
JR東日本四季劇場[秋](東京都)
2022/04/30 (土) ~ 2023/03/21 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
素直によかった。熊徹と九太の新たなきずなが生まれるラストには心震わせるものがあった。長老の跡目を決める勝負や、九太の修行だけでなく、嫉妬や疑いといった心の闇、メルヴィル『白鯨』を通した自己と世界の関係への洞察、闇に転落した友人と刃を交える辛さ等々、深みのある物語だった。
熊徹・猪王山の巨大モードや、白鯨の化身のパペットも見事。舞台装置も、渋谷と渋天街の異なる雰囲気をよく醸し出していた。音楽、ダンスもよかったのだが、ブロードウェイやディズニーのヒット作に比べると、もう少しパワーアップが欲しい。ダンスの華やかでゴージャスなシーンや、「メモリー」のような心にしみる音楽があれば、文句なしなのだが。
エレファント・ソング
パルコ・プロデュース
PARCO劇場(東京都)
2022/05/04 (水) ~ 2022/05/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
最初は院長が、癖のある患者から、失踪した医師の手掛かりを引き出そうとする話だが、次第に(というよりも、後半のある時点から)青年の生い立ちのトラウマが明らかになっていく。この後半の井之脇海の語りには引き込まれた。映像をこの重要場面に効果的に使った演出も見ごたえあった。ただ、入口と出口がことなるので、それを「意外な展開」ととるか、「ずれた結末」ととるかである。
ほかの人も書いているように、入りは少なかった。中央通路の前のセンターブロックのみが埋まった状態だった。
絶対に怒ってはいけない!?
劇団チャリT企画
駅前劇場(東京都)
2022/05/18 (水) ~ 2022/05/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
重いテーマなのに笑いが絶えず、訴えるところはバシッと決める。100分と短めながら、充実した気持ちのいい芝居だった。パワハラとウクライナ侵略が2本柱のテーマ。ウクライナ支援の平和リーディングをやる、小さい劇団プッチンのひと騒動を描く。
劇団名をプーチンと間違えてかけてくる迷惑抗議電話から始まって、稽古場が事故物件の噂、客演の人気女優のワガママや台本へのダメ出し、そこに元劇団員の急死が起きる。自殺らしい。劇団になにか原因があったのかの、疑心暗鬼の探り合いや週刊誌ライターの追及も受ける中から、お互いの本音がこぼれたりする。ドストエフスキーの重量型ではなく、チェーホフ的な微苦笑の芝居。「三人芝居」を公演したプッチンの設定と通じる。ユーモアとペーソスが効いていた。
関数ドミノ
イキウメ
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2022/05/17 (火) ~ 2022/06/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
面白かった。ドミノという無自覚な超能力者がいたらどうなるか。「ドミノに好意を持つというのは、そう思わされているだけ」「本人のためと言いつつ、実は(ドミノが)自分の思いを押し通しているだけ」などの科白には、平野啓一郎が『決壊』で描いたスマートだけど空虚な学歴エリートの姿がダブる。
ドミノが本心から思えば実現する。しかし、自分がドミノだという自覚がないから、望みを持っても実は最初から「そんなのできっこない」とあきらめている。本当は不可能はないのに、という設定には考えさせられた。「信じる力」「本気の力」は無限なのに、あきらめてしまうことで遠ざかる。まるで歴史上のもろもろの改革者たち、革命の未来を信じた共産党員たちのようだ。文学的にはドン・キホーテが思い浮かぶ。
10代、20代の真摯な共産党員たちの、自らの生活をなげうったような献身的な活動は、「信じる力」のなせるものだ。それがマルクス主義が「宗教的」と言われる理由だと思ってきた。しかし、年を重ね、経験(挫折)を重ねるに従い、確信は失われ、活力もなくなっていく。鶴見俊輔は「理想離れ」と語り、自らの問題として考えていた。そんなことを考えさせられた。
ある交通事故から始まる。横断歩道ではねられたはずの陽一(大窪人衛)が、全く無傷で何かがぶつかった感覚もないという。逆に車が大破し、助手席にいた女子高生が意識不明の重体に。いったい何が起こったのか。保険調査員の調査に、やはり事故の目撃者の真壁薫(安井順平=すばらしい好演)が意外な話をする。その場を目撃していた陽一の兄・左門森魚(もりお、浜田信也=内面を見せない謎感を好演)の超能力のせいだと。無意識に作ったバリアーのせいだと。この世には、自覚のないまま自分の思い通りに物事を変えてしまうドミノ」という超能力者がいるのだと。
森魚はドミノなのか、あるいは真壁の妄想なのか。元官僚だった挫折した真壁の、周囲と社会へのねじまがったひがみも明らかになる。社会への屈折とドミノの存在への確信を併せ持った真壁像が、安井順平の抑制したいらだちと熱弁の演技で、ほんとうによかった。
みんな我が子 -All My Sons-【5/17(火)~24(日)公演中止】
Bunkamura
Bunkamuraシアターコクーン(東京都)
2022/05/10 (火) ~ 2022/05/30 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
この作品を見るのは2回目。今回は父親の堤真一がしっかり中心に座って、戯曲本来の構造にのっとっていたと思う。前回(詩森ろば演出)は母役の神野三鈴が素晴らしすぎて、母中心の芝居に見えた。やはり名作である。今回の母親役の伊藤蘭も悪くなかった。
長男役の森田剛は少々おとなしかったが、父親の罪の隠ぺいを剥ぐときはしっかり迫力があった。長男が俗事に染まらない潔癖な性分というのは、弁護士になったジョージ(大東駿介)のせりふで印象づく。長男の芝居のなかでの言動からは示唆されない。戯曲の小さい欠点だが、おやっと思った。
コクーンの広い舞台に、壁面いっぱいにそそりたつ横板張りの家の壁。マイホームというより、閉じ込められている牢屋のイメージを感じた。またマイクなし(集音マイクは使っているかもしれない)でも声がよく通っていた。発声は大変だと思うが、生の声が芝居をいっそうリアルにした。
杜若艶色紫―お六と願哲―
劇団前進座
国立劇場 大劇場(東京都)
2022/05/14 (土) ~ 2022/05/23 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
藤川矢之輔の愛嬌のある演技が光っていた。極悪人の願哲にもっと大暴れしてほしくなる。河原崎國太郎の悪婆お六はどうだろう。前半の一・二幕はぱっとしなく見えたが、三幕になって精彩が出た。一・二幕はやはり見せ場がなく、三幕でヒモのような夫伝兵衛を愛しながら尻に敷いてるところから、ぐっと悪婆らしくなる。そして最後の日本堤の場での願哲とのたちまわり。願哲を斬った勢いで花道までダーッと駆けてきての見栄には鬼気迫る力がみなぎっていた。
國太郎の二役のもう一つ、花魁八ツ橋は、次郎左衛門(嵐芳三郎)に斬られる場面で長く長く二人で舞うのが歌舞伎らしい見せ場。芳三郎は凛とした二枚目を姿も声もよく演じていた。
筋の合理性や心理の深さよりも見せ場優先という芝居。その見せ場が2時間35分(休憩25分)にてんこもり。早変わり、着替え、八ツ橋殺し、願哲と誤っての乞食殺し(以上前半1時間半)、願哲殺し、次郎左衛門も加わっての大捕り物(後半35分、そのまま幕)と、面白かった。
また三味線、太鼓、お囃子、杵の音が歌舞伎の不可欠の「伴奏音楽、効果音」であることがよくわかった。セリフの隙間を埋め、動きや立ち回りを盛り上げ、「歌」舞伎を作っている。
お勢、断行
世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター(東京都)
2022/05/11 (水) ~ 2022/05/24 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ダークでグロテスクだけど、どこか品のある大正レトロな江戸川乱歩的雰囲気が横溢していた。見ながら「江戸川乱歩みたい」と思っていたら、あとで原案が江戸川乱歩だと知って、なるほどと思った。とくに前作の「お勢、登場」は乱歩の7つの短編からできている。今回はキャラクターは生かしているが、話はオリジナル。
後妻お園(大空ゆうひ)と政治家(梶原善)と医者の密談で、奥座敷の当主を無理やり精神病院に入れる。娘のあきら(福本莉子)と居候の自称作家のお勢(倉科カナ)はその一部始終を見て、表面何事もない風ながら、ひそかに彼らの罪への罰をくだすことをはかる。その量刑は常識的には全く釣り合いが取れないが、父を偏愛するあきらにとっては当然の報いだ。美しい(これ重要)お勢の魔性がそれをあおり、実行する。当主の妹の有閑マダムの池谷のぶえのいやみぶりも、江口のり子のしたたかな女中ぶりもさえていた。
舞台装置が素晴らしく、乱歩的な錯綜した話をみごとに支えていた。(倉持氏とのアフタートークで白井氏も、前振りのコロナでの中止の話題の次に、この装置を話題にした)。スライド式の箱と障子をいくつも入れ子のように組み合わせた二階建てのセット。個々の部分が奥に引っ込んだり、舞台袖から現れたり、上下に障子が動いたり、中央に階段が現れたりと、変幻自在。手前の舞台の奥に、桟をすかした廊下ができるのも、邸宅の奥行きが出た。応接間、子ども部屋、病院、書斎、公園(マッピング映像がうまい)、井戸、電気工夫の部屋等々をスムーズに立ち現せる。
物語も時間を「半年前」「昨日」などとテロップがてて、時間を行き来する。この入り組んだ時空構造がこの作品の肝である。冒頭の後妻たちの注射器を持っての決起シーンと、お勢とあきらの「あなたは何がしたいの?」「したいということは本当にしたいことではない。したいことはすでにしている。だから私のしたいことは、今までしてきたことの中にある」という冒頭の会話も、劇の進行とともに鍵場面として再現され、その意味が解る。
タイトルロールのお勢は、ほとんどの間、傍観者であり、ことを行うお園が主役のようにみえる。他人のうちに入り込んだ居候が、その家のドラマを見つめ介入するのは筒井康隆「家族八景」を想い出した。
歴史・社会とのかかわりは薄いが、女性の「子を産む道具」扱いされる無権利状況、精神病院の虐待ともいうべき患者の処遇、醜悪な金権政治がこの作品の根底にはおかれている。