Takashi Kitamuraの観てきた!クチコミ一覧

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ウエスト・サイド・ストーリー

ウエスト・サイド・ストーリー

TBS / Bunkamura / VIS A VISION / ローソンチケット / ぴあ / TBS SERVICE

東急シアターオーブ(東京都)

2023/07/05 (水) ~ 2023/07/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

映画や日本語キャストでは前にみたが、ブロードウェイの引っ越し公演は初めて見た。前半はもちろん名曲ぞろいなのだが、その分、既視感も大きい。二派の喧嘩で二人が死んでしまう。そのあとの後半が、今回は良かった。I feel pretty のマリアの幸福感が切ない。
遠い幸福にあこがれるsomewhereは、リアルなセットがすべてなくなって、どことも知れない緑の光の中で、シンプルな白い衣装の若者たちが手に手を取って歌う、美しい場面だった。
そして、マリアと兄の恋人アニタが歌いながら、アニタがマリアの恋の非難から応援するように変わっていく感情の変化の表現が見事。難しいところだが、すんなり見られた。

ジェット団たちがうたう「クラプキ警部こんにちは」は「非行は社会の病気」と歌って、社会風刺もこめられている。ここにも初めて気づいた。

前半の名曲の一つ「アメリカ」も、一見アメリカ讃歌のようでそうではない。実は金がない移民には碌な仕事も、選択肢もないことを痛切に皮肉っていて、奥が深い。

ある馬の物語

ある馬の物語

世田谷パブリックシアター

世田谷パブリックシアター(東京都)

2023/06/21 (水) ~ 2023/07/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

よかった。成河の馬らしいしぐさ、寝転がって足をばたつかせる、馬のような体の動きがまず絶品。冒頭から宙づりになって処分される派手な演出で、回想に入っていく。ブチ馬として冷遇され、こき使われただけの話だとどんよりするが、そうではない。馬の持ち主が公爵にかわり、思う存分駆け回った幸せな日々が訪れ、明と暗の落差が引き立つ。(とはいえ、馬として働かされただけなのだが、労働者にも自分をだめにする職場と、自分を生かせる職場があるということか)
パイプで組んだ大きなシーソーで疾走場面を演じる、ダイナミックな動きは良かった。

ネタバレBOX

トルストイの原作なのだが、トルストイはいかなる教訓をこの作品で語ろうとしたのか。案外、性欲批判、禁欲主義を説こうとしたのかもしれない。主人公ホルストメールが、間観察に目覚め思索を深めるのは、去勢されてからだ。性欲に翻弄され、雌馬を追っかけている間はおろかな若馬に過ぎなかった。また公爵が落ちぶれるのも(同時にホルストメールが体を壊すのも)、一人の女に執着したがため。結婚と性欲を批判したトルストイの考えがそこにひそめられているかもしれない。少なくとも、女性不信の傾向は見て取れる。
黄色い封筒

黄色い封筒

劇団青年座

吉祥寺シアター(東京都)

2023/07/05 (水) ~ 2023/07/10 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

今の日本ではなかなか見られない、労働運動を扱った硬派で骨太の舞台。会社のやくざを使ったスト破り、賠償請求、切り崩しに追い詰められた労働組合の、組合員それぞれの苦衷に満ちた選択を描く。久々にたたかいの血が騒ぎ、挫折と屈辱に目頭が熱くなるのを感じた。

組合の部屋が、沈みかけた船の甲板のように、大きく床の傾いたステージになっている。それが大きな穴の中に浮いており、出入りは穴の底から昇る階段デッキを使う。一つの隅にはロープの垂れさがった柱(マスト)。床には机代わりのいくつかの箱と、自動車の部品ベローズがたくさん入ったかご。セウォル号と、難局にある組合の両方を具象化した美術だった。
ギターも2本おかれていたが、時々弾くためだけでなく、この安山市が世界のギターの3割を生産する街であることも示すのだろう。

ネタバレBOX

最後に、高空籠城に向かう二人が、広告塔の梯子を上っていく。「これから僕たちは、電子公告塔、いや未来を照らす灯台に上ります」。そのセットが、舞台奥のカーテンの向こうにあり、この最後の一瞬のためだけに使われたのは、大変贅沢な演出だった。
夏の夜の夢

夏の夜の夢

文学座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2023/06/29 (木) ~ 2023/07/07 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

私の見た回は、学生のグループらしき人が多く、客席が若い。あちこちの大学や高校でまとまっててきたのだろうか。その若い客が笑うこと笑うこと。後ろの女子学生4,5人連れも口々に「面白いねえ」と言っていた。400年前の荒唐無稽なドタバタ劇が、これほど今の日本の若い観客にうけるなど沙翁も墓の下で驚いているのではないか。

惚れ薬のせいで二人の男に迫られたのを、馬鹿にされたと思うヘレナ(渡邊真砂珠)のぶち切れぷりや、逆にコケにされたハーミア(平体まひろ)の癇癪ぶりが絶品。恋人のライサンダー(池田倫太朗)にぐるぐる振り回されて、小柄なハーミアが宙に浮くスタンドなど、体を目いっぱい使って弾けていた。

もう一つ、受けるのが最後の「ピラマスとシスビー」の劇中劇。恋人が死んだと思って、男が死に、それを見て女が後を追う筋は「ロミオとジュリエット」ではないか(シェイクスピアの自作パロディ?)。とにかく、ばかばかしいギャグなのに、お笑い的な感じなのだろうか、若い観客に大いに受けていた。

舞台は大中小の四角い白いアーチを設けただけの簡素な舞台。奥でドラムと木琴・ベルを二人が演奏。この音楽はセリフの空白を埋め、テンポを上げるうえで、大変効果的だった。白い枠に、時折薄い白布がかかり、それが舞台を仕切ったり、サイケ調の森や渦の映像が映ったりして、夢の中の雰囲気を醸し出す。

今回の最大の工夫は妖精パックとハーミアの父を同じ俳優(中村彰夫)が演じ、職人たち5人と妖精5人が同じオジサン俳優が演じたこと。アテネの公爵夫妻と妖精の王夫妻を同じキャストで演じるのは、ピーター・ブルックが初めてやっとすだが、今ではほぼ定番。それにさらに凝縮する画期的演出だった。妖精と職人という異質な一人二役が、さらにおかしみを増幅していた。老人のパックというのも初めて見たが、中村彰男は力の抜けた茶目っ気ある演技で、大いに笑わせた。
また、若い4人の恋人の痴話げんかに、オーベロン(石橋徹郎)とパックが(無言で)からみ、ロバになったボトム(横山祥二)を歓迎する妖精たちの踊りに、眠り込んだ恋人たちも夢遊病者のように加わるなど、妖精・職人・貴族の境界を従来にない軽やかさで取り払っていたのもよかった。

2時間半(休憩15分込み)と、2年前の円の2時間版よりは長いが、それでもだいぶんテンポよく感じた。

ネタバレBOX

最後の3組の男女を祝福するエンディングで、それぞれ別の伴侶を得たハーミアとディミ―トリアスが、公爵の背後で手と手を取り合っていた。これはなぜ? お互い恨みのない円満な別れであるということを示したかったのか。あるいは、四角関係を円満に解決した裏には、互いの幸せのため違う相手と生きることを認め合ったこの二人のひそかな約束があったのだろうか。
アンカル「昼下がりの思春期たちは漂う狼のようだ」【7月6日昼公演中止・7月7日~9日まで映像公演実施】

アンカル「昼下がりの思春期たちは漂う狼のようだ」【7月6日昼公演中止・7月7日~9日まで映像公演実施】

モダンスイマーズ

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2023/06/29 (木) ~ 2023/07/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

素晴しいの一言。文句なし。大変豊かな2時間40分を過ごせた。蓬莱竜太の、人物のコンプレックスをグイっとさらけ出す戯曲・演出がベースにありつつ、本作の最大の見どころは、若い俳優たち(中に年配の俳優も2人ほど)の全力投球の演技だろう。たとえ有名俳優でなくても、力のある若手が揃うと、舞台はとんでもない大化けをすることがある。その一つだった。27人、それぞれが役のイメージに合ったキャストで、紙に書かれただけのセリフに本当に血を通わせていた。台本はたたき台に過ぎないと、舞台に上げて俳優の血肉にしてこそ本物と、改めて感じた。

在日を母に持つ双子の妹ゲン(藤松祥子)の、まっすぐな性格の弾ける明るさ、対照的な姉・ソジン(瑞生桜子)のそっけなさ。ゲンに恋したタバチ(田原靖子)の中性的たたずまいも自然だった(放送室に立てこもっての「私は女です。私は女です」の叫びは、脈絡を超えた迫力がある)。

卓球3人組(大西遵。久保田響介、小口隼也)の、意地の張り合いはコミカルなだけでない、若さのぶつかり合いを感じた。バカばっかりやってる三人組(蒲原紳之助、榎本純、江原パジャマ)は、馬鹿っぷりが徹底していて弛緩するところがない。舞台に出た瞬間からはけるところまで、全くスキがなかった(ほかの俳優もそうだが、この三人、テンション高いだけに特に強く感じた)。
ギター(笠原崇志)カメラ(大河原恵)、漫画(名村辰)のオタク三人組の登山のシークエンスは笑えた。名村の目の座ったオタクぶりが堂に入っていた。歌手志望の伊藤ナツキの歌がうまく、恋もかわいらしくて、輝いていた。年配俳優の用務員・吉岡あきこは、引きこもりの息子にかける電話が、せつなくてかわいげがあった。
ませた女子3人組(坂東希、伊藤麗、堺小春)の、いじめ・いじめられの隠微な関係をリアルに演じて、痛々しかった。全員の名前を書ききれないが、オムニバス的な群像劇でそれぞれの出番は少ないのに、その出番の一人一人がとにかく光っていて、リアルで、本当に面白かった。

音楽(「ツアラトウストラかく語りき」や「抱きしめてくれるだけでいいの」も効果的)もよかった。

ネタバレBOX

「私は消える」と言って去っていったソジンが、10年後に大人になって表れた。正直、それは救われた。
ブラウン管より愛をこめて-宇宙人と異邦人-(7/29、30 愛知公演)

ブラウン管より愛をこめて-宇宙人と異邦人-(7/29、30 愛知公演)

劇団チョコレートケーキ

シアタートラム(東京都)

2023/06/29 (木) ~ 2023/07/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

子供向け番組を超えた深いテーマも盛り込んだウルトラマンシリーズへのオマージュであり、在日・同和・関東大震災の朝鮮人虐殺・同性愛者差別まで、差別問題に果敢に取り組んだ挑戦作である。小劇場としては間口の広いシアタートラムの舞台を、上手から順に、企画会議室、撮影スタジオ、書斎と使い分ける。

ユーバーマンシリーズの「老人と少年」(帰ってきたウルトラマンの「怪獣使いと少年」がモデル)を下敷きに、脚本家は差別をテーマに、善意の宇宙人が人々から迫害を受ける「空から来た男」を書く。それだけなら「社会的深みのあるエンタメ」に終わるが、当事者でもないのに差別をネタにする欺瞞性にも十分自覚的なところが一味違う。

場面転換や物語進行にもたつきを感じるところも少々あったが、後半、テーマと趣向がぐんぐんかみ合っていく。作り手たちの舞台裏と、カメラの前で(あるいはけいこで)演じるドラマがうまくかみ合って、差別の愚かさと、それを超えていく希望の片りんを見せてくれた。

ネタバレBOX

「差別」という論争的問題を扱うことに、テレビ局から横やりがはいるが、監督は自分の進退を条件に、脚本通り撮影する。「大人になれ」「局が言うなら仕方がない」という常識的な対応から、議論の末、骨を見せる強行突破路線に変わるくだりが見どころ。朝鮮人虐殺を思わせる、川原の襲撃シーン。そして最後の死んだ宇宙人に、優しかったパン屋の娘の幻が寄り添い、満天に星が輝くラスト(これは甘すぎるとして、監督が却下したので、脚本家の脳内映像)まで、見せ場がいくつもある舞台だった。
ラ・ボエーム

ラ・ボエーム

新国立劇場

新国立劇場 オペラ劇場(東京都)

2023/06/28 (水) ~ 2023/07/08 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

雪の中、ロドルフォ(スティーヴン・コステロ)とミミ(アレッサンドラ・マリアネッリ)が「春になったら別れよう」と歌う第3幕がよかった。幕開けの冒頭のスタッカート的メロディーから、幕切れのアリアまで実に緊密で、飽きない。シリアスなミミたち二人だけでなく、ムゼッタとマルチェッロの滑稽味ある痴話げんかとの四重唱になっているのも巧みなつくりだ。ただ、一緒に見た芝居友達とも話したが、この二人がなぜ別れるのか、なぜ春までそれを延ばすのか、という整合性は突っ込みどころ満載。

テノールのコステロがよかった(らしい)。1幕の自己紹介の歌「冷たき手を」からブラボーが飛んでいた。それにたいして、マリアネッリの「私はミミ」は、高温の伸びや迫力が物足りない。ブラボーもなかった。しかし、4幕の最後の二重唱はしっかり決めてきた。
ミミより、第二幕のムゼッタのヴァアレンティーナ・マストランジェロが魅せた。「私が街を歩くと」は素晴らしい歌声で(青いサテンドレスに黒い毛皮のコートの派手な衣装も相まって)圧巻だった。
4幕は「外套のうた」の渋い輝きに開眼させられた。フランチェスコ・レオーネのバリトンに、ブラボーが飛んだ。「ポケットには、思想家や文豪が洞窟に遊びに来た」など歌詞もいい。ミミの臨終という悲しいしめっぽい場面に、滑稽味ある内容でその場の気分を和らげながら、、シリアスな雰囲気をぎりぎり壊さない絶妙なバランスがすばらしい。

ミミが死んだあと、しばらくはロドルフォが気付かない。観客はじりじりし、しばしのためのあと、一気に管弦楽も歌も最後のクライマックスを盛り上げる、この「間」も素晴らしい。

ヴィクトリア

ヴィクトリア

シス・カンパニー

スパイラルホール(東京都)

2023/06/24 (土) ~ 2023/06/30 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

白を基調とした舞台にはベッドといす二つだけ。そこに(やはり白い衣装の)大竹しのぶが、ヴィクトリアという女性の生涯を一筆書きのように描き出す。かわいい女性が運命に翻弄される哀れ。冒頭は43歳からはじまる。43歳に近づこうと頑張ったのか、たしかにいつもにまして大竹が若々しく見える。パーティーでリヒャルト・シュトラウスとあいさつするところから、19世紀末の時代をうかがわせる。もはや結婚生活の破綻した夫との関係、そこに襲い掛かる不幸、…。ヴィクトリアの生涯は「欲望という名の電車」のブランチを思わせるところが多く、大竹の演技の厚みが光る。
1時間10分

ネタバレBOX

最後に出てくる少女、そして大竹にまるで天上からのように響く老婆の声は、大竹自身の物だったのだろうか。少女期と老年とが二重写しになった。
新ハムレット

新ハムレット

パルコ・プロデュース

PARCO劇場(東京都)

2023/06/06 (火) ~ 2023/06/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

深刻劇や英雄譚のようにとられるハムレットを、ただの世慣れない反抗的若者に変えて見せた。それは自負と自己嫌悪がない混ざった太宰治その人の分身なのである。だからハムレットは「自殺 苦しみから逃れる方法はそれだけなのだ」「よってたかって僕を機違いにしようとしている(バビナール中毒事件!)」とごちる。それを、クローディアスは「国のため)君の実感を欺いてください」といさめ、「先王が生きてていれば先王に反抗している。先王を軽蔑し、てこずらせているでしょう」と見抜いている。一場の二人のやり取りだけでも、太宰治の才能は明らかであり、五戸真理枝のカット・演出はよくできていた。

レアチーズ(駒井健介)は屈託のない陽気な青年、ポローニアスはただの子煩悩の好々爺である。これはハムレットの家族と対照的。ただポローニアスは次第に舞台回しへと役割を上げていき、王を試す芝居もポローニアスの発案で行われる。太宰版ハムレットはそんな人物ではないからの選手交代である。

男優陣が好演。とくにポローニアスの池田成志は、この芝居の中軸を担って力演だった。ハムレットの木村達成もこんなにうまい俳優とは知らなかった。立ち姿もセリフも、感情のニュアンスもいい感じだった。平田満も、出番はこの二人に比べて少ないが、渋い苦労人ぶりがよく出ていた。唯一、家族外・宮廷外の人間であるホレーシオの加藤諒は、舞台をかき回すトリックスターで、ユーモアとデフォルメがよかった。

太宰自身が「上演するための戯曲ではない」と前口上しているように、原作はそれぞれのセリフがとんでもなく長い。小説は人間の内面を語るためのものだということがよくわかる。特に一人称小説はそうだ。五戸真理枝さんは舞台用にうまく刈り込んでメリハリをつけた。編集はさすがだった。

ネタバレBOX

先王殺しはうわさに過ぎないようだが、ポローニアスの「私は見たのです。見たのです」(何を見たかは不明)の執拗な攻めに、さしものクローヂヤスもキレて刺し殺してしまう。太宰の改変悲劇である。ただ、クローヂヤスがシロなら、騒いでいるだけでポローニアスを殺すのは行き過ぎでは? 殺すということは「クロ」なのかという疑いも起きる。実はクローヂヤスの容疑はグレーのままと言えるだろう。(本人は「一度頭で考えただけ」というが、それも当人の弁でしかない)

ガーツルードが(オフィーリヤのかわりに)池に身を投げるのも、少々苦しいつじつま合わせでしかない。(「ハムレット」なのだから、もう少し人が死なないと、という)

しかし家庭の悲劇が高まったちょうどその時、大音響とともに「戦争」が始まる。なんと! 原作の出版は1941年7月。すでに日米開戦は必至と思っていたのだろうか。舞台でも中央の赤丸を大きく右にずらした日章旗もどきが掲げられ、クローヂヤスのカーキ色の服の胸にも同じ日の丸もどき。小さな悲劇(王家だけど)を、国家の暴力が飲み込んでいく様は、シェイクスピアのノルウエーの進軍をもとにしながら、それを超えた。
ノートルダムの鐘【1月6日~8日公演中止】

ノートルダムの鐘【1月6日~8日公演中止】

劇団四季

京都劇場(京都府)

2022/12/18 (日) ~ 2023/04/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

大司教フロロー(野中万寿夫)の若き日の弟との別れから、カジモド(寺元健一郎)が怒りと悲しみからフロローと対決するまでをテンポよく見せていく。ただ一つ一つの情景がアッサリ気味。たとえばカジモドがジプシーのエスメラルダ(松山育恵)と出会う、祭りの日も、カジモドがタブーを破って人前に我が身をさらすためらいが少なくて、十分な葛藤なしに流れてしまう。フロローがエスメラルダに横恋慕するのも、なぜそれほどに恋焦がれるのかわからない。そう決まっているから恋するというように見える。

カジモドの心のうちを示すため、聖堂の聖人像やガーゴイルたちがコロスになるのも、説明的な感じ。シリアスな悲劇のつくりなのだが、物語の大きなうねりにのれなかった。

東京の四季劇場で23年5月27日(土曜)夜に見たのだが、サイトにその情報がないので、ここに書いておく

音楽劇「ブンとフン」

音楽劇「ブンとフン」

NHKエンタープライズ

よみうり大手町ホール(東京都)

2023/06/15 (木) ~ 2023/06/23 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

井上ひさしの、お偉いさんを揶揄し(「権威がなければ皆ただの人間」)、戦争にあきれ(「魂がないと人間は」)る歌の数々がおもしろい。フン先生(橋本良亮=イケメン)のパソコンから飛び出した=50年前の原作の設定がアップデートされている=ブン(浅川梨奈=かわいい)の奇想天外の大泥棒の話である。「ブン、どこにでもいるブン、誰にでもなるブン、ふしぎなブン、ゆかいなブン」のブンの歌を聴いて、「ブン=文=ことば」なのだと初めて気づいた。井上ひさしは芝居に演劇論をおりこむように、小説に文学論を入れていたのだ。言葉こそ、何でもできる不思議で愉快な存在なのだと。しかも原作の小説よりも、この歌が長く、内容を膨らませている。この脚色のおかげで、一層井上ひさしの隠し味がくっきりした。(権威を盗め」の歌も、拡充している)

ブンが誰にでもなるところを、フン先生以外の俳優が、入れ代わり立ち代わりブンになって見せる演出も面白かった。
ブン逮捕のため呼び出される悪魔(松永玲子)が、弾けた演技でキャラが立っていて面白い。今回トップの怪演である。

ピアノ(かみむら周平、音楽も)、ギター、ヴァイオリン(鹿野真央、出演も)の音楽をバックに、朗読劇としては十分に質の高いものだった。ナレーターは升毅。

ネタバレBOX

ブンとフンは愛し合うようになる展開は、小説だと親子のような愛情だが、舞台では恋人同士に。俳優に合わせた自然な変更だ。おかげで若い人気俳優二人のロマンスで舞台もロマンチックに。ロマンスは芝居の脚色なので「ただ好きなのさ 理屈はいらない」の歌もは脚色かと思ったら、原作にあったのは意外だった。原作の持つの幅の広さ、人生の知恵の豊かさは半端ない。

ラストは小説とは違っていた。裁判で有罪になったブンは、北朝鮮とロシアのブンと衝突し、危なくなる。それを救おうと、フン先生が小説に新たに手を入れよう、というところで幕。原作では、刑務所は嫌なものという常識を覆し、「ブンにならって盗みましょう、みんなで仲良く盗みましょう」「はいりましょうよ 刑務所天国良いところだよ」と、さわがしい大団円?になる。

今ふと思ったが、井上ひさしのこのラスト、ひさしの個人的ナンバーワン映画「ミラノの奇跡」に似ていないか? 「ミラノの奇跡」は、バラックのユートピアを警察に追われた貧民たちが、みんな揃って天国へ登っていく。
この夜は終わらぬ。

この夜は終わらぬ。

劇団俳優座

俳優座スタジオ(東京都)

2023/06/02 (金) ~ 2023/06/16 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

開演前、連れが「あのエレベーター本物?」と言っていた。なわけないだろ!と思ったが、そう錯覚するほどリアルな美術。病院の待合室での一夜の出来事だが、問題抱えたちょっと痛い人たちが、次々とくるわくるわ。夜間中学の外国人生徒(山田貢央、椎名慧都、齋藤隆介、佐藤礼菜)、その教師(千賀攻嗣=唯一の常識人だった)をはじめ、元夫の選挙結果が気になる入院患者(佐藤あかり)、年下の女性が偉そうな警察官コンビ(釜木美緒、渡辺聡)、認知症の女性(松本潤子)…はてはSMクラブの女王様(釜木美緒=二役、気づかなかった)と奴隷(渡辺聡=二役、同じく)、外国人差別丸出しの暴行相手の代理人の弁護士(滝佑里)などなど。(千賀さん以外は、俳優座にこんな役者いたかな?という感じで新鮮だった)

これだけ盛りだくさんで、テンションずっと高くて、1時間55分でおさめていたのは驚き。しかも外国人差別を助長するようなアプリを入管庁が配っている事態まで見せつけられた。日本はどうなっているんだよという気になる。作演出の伊藤毅は「多文化共生」というテーマを劇団からもらったそうだが、「多分に混沌」という感じだった。とにかく、テンション高く、苦笑と活気にとんだ芝居だった。

ネタバレBOX

いくら日本に疎い外国人でも、手術中の手術室に何度も飛び込むとか、ありえないだろう。「ネパール人の血は日本人に輸血できるの?」という生徒を、教師が厳しく叱責するのも、優しい思いやりある教師の設定から言ってチグハグ。女性弁護士も嫌味がストレートすぎて、現実離れしている。弁護士バッヂがないのもいただけない。そのほか、そのほか。

場面の都合で、夜間中学生たちみんなが長い間トイレに行っているときもあった。
このように突っ込みどころや無理筋満載なのだが、舞台の活気と日本社会のゆがみを提示する心意気とパワーは感心した。
R.P.G. ロール・プレーイング・ゲーム

R.P.G. ロール・プレーイング・ゲーム

ワンツーワークス

赤坂RED/THEATER(東京都)

2023/06/09 (金) ~ 2023/06/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

冒頭、一人のサラリーマンが二つの家族の「お父さん」を同時にやっていて、おやッと思った。気持ち悪いほど仲の良い「家族」はネットの疑似家族で、隙間風の吹いているのがリアルの家族(舞台ではそれを同じ空間で別俳優が同時に演じる)と分かってきて、題名の意味も分かってがぜん面白くなる。そして、「お父さん」が殺される。(この場面は一瞬だが、迫力ある)

以下、殺人事件の真相究明となるのだが、取調室と、マジックミラー越しの別室と、過去のネット家族たちと、取り残されたリアルお母さんと、最大4つの出来事を、同時に舞台上で演じさせる。こうした時空間の処理は見事。同じ場面を巻き戻して別角度から見たり、演劇的想像力を喚起される。

高校生16歳の娘役の川畑光瑠が、本当の高校生のようだった。イラついたり、落ち込んだり、不機嫌だったりが、思春期らしい不安定さをよく出していた。リアルお母さんの小林桃子の弱い女の底の強さ、ネット娘の東史子の強気の裏の寂しさ、人恋しさも、それぞれよく出ていた。

ネタバレBOX

最後のどんでん返しは素晴らしかった。携帯でやり取りする相手の男が怪しいのかと思っていたが、アッと驚く仕掛けだった。(これは原作の手柄)

アフタートークで、「舞台で相手のセリフを聞くとは?」という客席の質問に、出演俳優がいい答えを返していた。奥村洋治「会話になってないと思う俳優もいる。あいてのことばを聞いて起きるさまざまの感情をきちんと感じて、その感情で自分のセリフを言うのが大事」みょんふぁ「その場での感情の変化を省略しないで、スピードも落とさないで超高速で心を動かすのが俳優の仕事なのだと思う。そこは映像とも違う。舞台上では感情の省エネをしないように心掛けている」

宮部みゆき「R.P.G.」は2001年作。平野啓一郎「決壊」は2008年だが、共通点を感じた。「R.P.G.」ではネットでの家族ごっこが悲劇を生み、「決壊」ではブログでかいた家族の悪口が悲劇のきっかけとなる。どちらもネットでの行為が、リアル家族に修復可能なしっぺ返しをくらわせる。
海の木馬

海の木馬

劇団桟敷童子

すみだパークシアター倉(東京都)

2023/05/30 (火) ~ 2023/06/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

生き残った元特攻兵(小野武彦)の現在から、戦争末期の振洋特攻隊の生活へとワープする。部隊長演じる原口健太郎の厳しい鬼上官でありながら、手綱の緩め方も知っている(本部から特攻兵は大事な武器だから大切にしろと言われているからだが)老練さが、心憎いばかりに見事。

4人の若い特攻兵(小野もこの一人)と二人の上官、二人の整備兵という軍人たち。それに対する勤労奉仕隊の村人たちはいわばコロスである。軍人たちとコロスが一体となった、繰り返される出撃命令と解除の緊張感と愚劣さが見ごたえがあった(こうした誤情報による出撃命令と解除が終戦までに51回も繰り返されたそうだ)。同じく悲劇のクライマックスと事後の混乱ぶりもダイナミックであった。

ネタバレBOX

爆発事故のあと、生き残って一人呆然とする兵(小野武彦)と、そのまわりで、地元の婦人たちが戦争で失った愛する人を思いながら泣き崩れる。そこまでは冷静に見ていたのに、そこにきて急に目頭が熱くなった。ごく平凡なシーンなのに、我ながら驚いた。一種の「ツボにはまった」というものだろう。

今回は桟敷童子得意の屋台崩しの美術はない。その分、舞台が広く使えてよかった。最後の仕掛けとしては、天井からいくつも砂が落ちてきて、何本もの砂の柱が現れる。
楽園

楽園

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2023/06/08 (木) ~ 2023/06/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

作者の山田佳奈はコンプレックスを抱えた痛い女性たちを描くのがうまい。今回は沖縄らしき南の島の祭祀に集まった7人の女性たち。保守派の村長の娘(清水直子)の尊大さと焦り、反対候補として村長選に立った区長の妻(深谷美歩)の肩身の狭さなど、いくつかの対立・衝突が絡みあう。女たちのいがみ合いと厚かましさがヒートアップし、祭祀そっちのけで暴露と開き直りのバトルが繰り広げられる。

旅館の若い嫁(豊原江理佳)のはつらつさとアンニュイさのまじりあった雰囲気が独特。どろどろした閉鎖的人間関係をよく知るからこそ嫌気をさした若者のいら立ちを示して印象的だった。テレビの取材に来た東京の人(土居志央梨)も、新鮮な好奇心と、コンプラさえ破る「面白い絵作り」優先の仕事に時に自省する素直さが好感持てた。出戻りの娘(西尾まり)と、「孫の顔を見られんつらさがわかるか」などと古い頭の母親(中原三千代)の痴話げんかが、「あるある」で舞台を活気づけていた。司さま(増子倭文江)ひとりが、俗人たちの泥仕合に超越して祭祀に責任を持って孤高だった。。

旅館のタジキスタン人の従業員というのが、一度も登場しないのに、笑いをとるうえでも(土居の変な突込みに、あきれぶりといぶかし気をたっぷり示す豊原の表情が見事)、秘密の暴露の上でもカギになる展開も面白かった。

人魂を届けに

人魂を届けに

イキウメ

シアタートラム(東京都)

2023/05/16 (火) ~ 2023/06/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

冒頭が素晴らしい。 暴力を見逃したために1万円をもらって 魂の一部を「押し買い」される。 魂は失う、「これは比喩ではない」という メッセージであり、本編の予告編。男・八雲(安井順平)が森の中の 一軒家にたどり着く。 そこには 不思議な 家族が暮らしている。 お母さん (篠井英介)に 男は 「息子の亡骸 を持ってきた」という。「その亡骸とは魂だ 」「声が聞こえる」という。 男は 拘置所の刑務官で、 息子は死刑執行された、多くの人が死んだ 悲劇だという。ここから少し 奇妙で多面的な話が始まる。

お母さんは森の中に自殺しに来た人や、野垂れ死にしそうになった男たちを見つけ出したは、この家に連れてきていた。 キャッチャー イン ザ フォレストという 当然 キャッチャー イン ザ ライ を連想させる。 ホールデン少年が 汚れた大人社会から無垢な少女を守る存在だとすれば、 お母さんは 腐敗と侮辱にまみれた社会で 傷つき 落ちこぼれた男たちを守っている、と言えるだろう。 そこにこの 作品のモチーフを見ることができる

連れてこられたのは みんなからバカにされて自殺しようとした男(大窪人衛)など。

刑務官の知り合いの陣(盛隆二)という男をやってくる。陣は実は公安で この家はテロリストの巣窟だという。 お母さんは 書類改ざんで自殺した男の妻で、自分の恨みを 助けた男たちに伝え社会に戻してテロをさせていると。 ここにも 無差別殺傷事件が 目立つ 今の日本のフラストレーション が感じられる。

ネタバレBOX

息子の魂の話は 消え、 いつのまにか 男の身の上話になる。息子の行方不明、妻の家出とそのトラウマの話。そして男は、ライブ会場で銃乱射した歌手の 銃弾に右膝を打ち抜かれびっこになった。 この歌手が お母さんの息子だという。息子は刑死なのか、自殺なのか、そこは「藪の中」のようにわざとずらしてあった。

とにかく最後、 男は 僕も社会に戻ったら拘置所のキャッチャーになるという。落ちてくる 受刑者を受け止めるキャッチャーに。どういう意味だろうか。刑死者の魂を救う受け止める というのか、死刑から救うということ。現代社会の病と闇んいつながる、印象的なフックを多く持ちながら、最後まで謎に満ちた作品というしかない。
老いらくの恋

老いらくの恋

秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場

紀伊國屋ホール(東京都)

2023/05/24 (水) ~ 2023/05/31 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

戯曲の批評性と俳優の人間味がうまく結びついたいい舞台だった。とくに青年劇場の誇るベテラン葛西和雄、藤木久美子、吉村直の自然なユーモアがすばらしい。葛西と吉村の「金色夜叉」ごっこは大いに笑える(お宮役で倒れた吉田が、隅っこで起きようとしてなかなか起きられない何気ない所作に、客席は爆笑した)。葛西が妻役の藤木に長年の感謝を云おうとして、本番では練習とは全く違う展開になってしまうおかしさも極めて上質だった。

山下惣一原作の、農業金言が要所要所で光る。「規模拡大する農家がいれば、狭い農村では土地を失う農家もいるということだ」「競争ではなく共生」「農業は工業とは違う。成長よりも安定、拡大よりも持続が大事」「いくつになっても楽しみが見つけられる。農業やっててよかった」等々。

若手も奮闘していた。特に将来の農業を支えるカップルを演じた藤代梓と安田遼平は初々しくて、応援したくなる。農業とともに、青年劇場の未来の希望を感じた。美術もよかったが、茶の間のセットと、シャインマスカットを植えた畑のセットの転換はどうだろうか。これをセット転換でなく、うまくシームレスに演じる手はなかったかと思う。

ネタバレBOX

最近、芝居というものはどこに着眼してみればいいのかということを考える。今更ではあるが、プロットやセリフに現れる思想、風俗、人間観社会観を見るのはまず初歩的な見方だろう。それは戯曲に書いてあるし、わざわざ舞台で演じなくてもわかるものだ。同じ戯曲でも再演、再再演、あるいは数十年時間をおいて、違う演出・キャストで演じるのは、同じ戯曲でもそのたびに違うものがその舞台にあるからだろう。その違いは何か?

とりあえずだけれども、やはり舞台上の俳優を見ることが第一だろう。その存在、声、所作に、笑ったり、反発したり、身につまされたりが入り口であり、批評の土台である。さらに芝居を「体験」すること、美術、照明、音楽、セリフ、ステージング…の総合。その時間、劇場に身を置いて得られる経験の質の豊かさ。ここで観客もまた、笑ったり、あるいは静まり返ったりして、劇場での互いの体験を一緒に作っていることも見逃せない。ミュージカルや東宝や松竹の商業演劇の観客満足度の高さがそこにはある。

戯曲のもつ思想を核としながら、俳優の存在をまじかに見ての劇場でえられる体験の質の評価、これがすぐれた劇評ということになるのではないだろうか。ただ抽象的にそういっても、始まらないので、結局は個別の芝居の経験を何とか言語化しようと四苦八苦することになるのだけれど。
金閣炎上

金閣炎上

劇団青年座

紀伊國屋ホール(東京都)

2023/05/12 (金) ~ 2023/05/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

1950年の金閣寺放火事件の小説化は三島由紀夫の「金閣寺」が世に有名だが、水上勉の小説「金閣炎上」もなかなかの労作である。この舞台は、小説をもとに水上自身が戯曲を書いた。三島作品は犯人・養賢の「美への嫉妬」という言葉から発想した、美をめぐる観念小説である。

一方、水上は養賢の「あんなものは禅寺に不要だ。ない方が長老も小僧も苦しまなくてすむ」という言葉から発想した。前半彼の生い立ち、父母との関係をたどったうえで、後半、金閣寺における小僧生活でつもりつもった恨みつらみ、極端に吝嗇な長老の仕打ちと金満寺という実態のギャップへの憎悪をこれdもかと積み重ねていく。実録に近いと言われるほどの小説の舞台化なので、事実に即しているのであろう。養賢が次第に不満と恨みをふくらませていく過程は、長老によるたびたびの叱責に対する歯ぎしりする思いにくわえ、学生の友人の証言や、女郎買い(実際にあった)の場面などで、いわば主観と客観の双方から積み上げられていく。

養賢が金閣寺職員の収入や拝観料収入を尋ねるなど、いつもカネを気にしている性分が、その後の行動の土台として描かれていた。さらに戦後の金閣寺が、戦中の中国の傀儡政権の首席陳公博をかくまったとき、陳たちが池の鯉をとって食べ、麻雀三昧で遊び暮らしたことを、養賢は「殺生を禁じる禅寺でなにごとか」と憤慨する。この「殺生禁止」こそ、少年時代に狩猟したとき、僧侶だった父に激しく叱られ叩き込まれた教えだった。

三島「金閣寺」を読んだときは、美の妄執にとらわれた青年の衝動的行為を理解しがたくおもったが、「金閣炎上」では、考えた末に放火した犯人の心情には理屈が通っている。理解できると思った。実際の養賢はどちらだったかは、別問題のようであるが。

養賢役の君澤徹は新人だが迫力ある熱演だった。減量したのか、こけた頬とくぼんだ眼で、孤独で狷介で、近寄りがたい養賢の雰囲気をよく出していた。長老に叱られるたび、ぶるぶると唇を震わせて恨みをためていく演技も怖いほどだった。

Wの非劇

Wの非劇

劇団チャリT企画

駅前劇場(東京都)

2023/05/17 (水) ~ 2023/05/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

性加害の問題を明るい笑いに変えて批判する。とにかく面白い。冒頭から超スピーディな場面転換で、若手大物監督(みずき)による新人女優(小関千尋)に対する性加害の問題と、それをめぐって泣き寝入りか告発するか、女優の事務所関係者の利害も絡んで右往左往する。人権と正義より利害と打算で動く人間の姿に、笑いながら身につまされる。

若手大物監督の所属する芸能プロが「ジョニー」で、社長はジョニー北澤(市原一平)。ジャニーズJrならぬジョニーブラザーズがステージの練習に流れるのが、性被害を実名で告発したカウアン・オカモトの曲。モデルは明らかで、ちくりとした風刺に客席からもたびたび笑いが起きる。ジョニー北澤が姉の会長(山本陽子)と、監督の性加害疑惑のもみ消しを図りつつ、若いブラザーたちを「合宿所」に呼び出す…。ここらへんから今日ただ今の問題の核心にせまっていく。

ネットの投降者たちも2回ほど出てきて、彼らの心ない言葉が登場人物を苦しめる。現代がネット社会であることもきちんと表現している。
濃い内容を、なりふり構わぬスピード重視でコンパクトな舞台に。95分休憩なし。

ネタバレBOX

ジョニー事務所が被害を訴えた女優の過去を洗ううち、意外な事実がわかって、問題が過去のいじめ加害になっていく。ここでAIが書いた映画脚本がネタとして使われているところ、ジャニー〇〇の性加害同様、今この時の話題を瞬時に拾うセンスはさすがだ。性被害を訴えた女優が、実はかつていじめで同級生を自殺に追い込んでいたという展開は、恐るべき発想。それで女優は逆に追い詰められてしまう。

あれっ、性暴力はどうなるの?と思っていると、芝居ならではの飛躍とドタバタで、問題は再び性暴力に戻り、意外な結末をつける。アッと驚くアクロバットである。「セーラー服と機関銃」の薬師丸ひろ子(神野千愛)も出てきて、笑わせられた。

「非劇」とは劇にあらず。心無い現実である、という意味。うまいタイトルである
リゴレット<新制作>

リゴレット<新制作>

新国立劇場

新国立劇場 オペラ劇場(東京都)

2023/05/18 (木) ~ 2023/06/03 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

主役三人の歌手が素晴らしかった。醜い道化師・リゴレット役のロベルト・フロンターリのバリトンの凄みある絶唱、裏切られてもなお愛に献身するジルダ役の可憐な若手ソプラノ、ハスミック・トロシャン(アルメニア人)の伸びやかな澄んだ高音、多くの女に手を付ける遊び人だけど、それぞれの愛にうそはないマントヴァ侯爵役のテノール、イヴァン・アヨン・リヴァス(南米ペルー出身)の明るい声。

オケも快調なテンポでメリハリがあり、歌を邪魔しない抑制もある。演出・美術・衣装もシンプルだけど、情景を作るところはしっかりと描きこんでいた。要所要所の四重唱もばらんすよい。そうしたしっかりした土台の上に歌手の素晴らしさがきわだった。オペラ通の先輩も「近来にないいい公演だった」と言っていた。

1,2年前にMETのライブビューイングをWOWOWで見たが、現代的な演出が目立って、肝心の作品の方は影か薄くなってしまい、あまり内容を覚えていない。今回見て、どういう話かがよく分かった。

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