ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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ズベズダー荒野より宙へ‐

ズベズダー荒野より宙へ‐

劇団青年座

シアタートラム(東京都)

2021/09/10 (金) ~ 2021/09/20 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「ズベズダ」とは、ロシア語で”星“を意味する。
第二次世界大戦後、アメリカとソ連の世界を二分する直接的ではない”戦争“はどちらの文化が、より未来への希望に応えられるかを競うイメージの“戦争”でもあった。
主人公、セルゲイ・コロリョフ(横堀悦夫氏)はソ連のロケット開発のトップ。軍事兵器(ミサイル)としてのロケットの技術向上の向こうに人類の夢、有人宇宙飛行を展望している。V2ロケットを開発したナチス・ドイツの天才工学者、ヴェルナー・フォン・ブラウンは戦後アメリカに亡命し、宇宙開発の陣頭指揮に立つ。コロリョフはこの会った事もない天才科学者に憧れ妬み対抗心を燃やし、同時に例えようもない程のシンパシーを抱いていた。

円形のステージ、同心円上にそれぞれ傾斜した円周の通路が三筋。役者陣は台詞を捲し立てながらその円周上の通路をぐるぐるぐるぐる廻る廻る。とにかくひたすら動きながら怒鳴り合うように会話し続けることで、スピード感とテンポ、一刻を争う緊迫感に煽られ続ける。専門的な科学用語の応酬とその中に隠語のように散りばめられた“夢”と“ライバル”。

第一幕は年表台詞演劇みたいでイマイチ楽しめなかった。何か素材の良さに対して勿体無い調理法だなあとの感じ。だが休憩開けての第二幕、方法論は同じながら怒涛のエンターテインメントに化ける。成程これを演る為に第一幕の静けさが必要だったのだなあ、と理解。まさに「序破急」。

ネタバレBOX

激しい口論が延々と続く。コロリョフの口癖は「お前ならどうする?」。問題の指摘ではなく、出すべき回答を常に要求。天才達の極限まで脳細胞を振り絞った争闘が目眩く展開。客席はその熱気と興奮に灼かれてまるで当事者になったような心持ちで米ソの戦場に引き摺り込まれてゆく。
横堀悦夫氏の声が少し声優の池田秀一氏に似ていると感じてから、氏の代表的キャラクターであるシャア・アズナブルと重なって見えてくる。この言語でのイメージによる戦乱絵巻はまさに富野由悠季。宇宙空間で巨大ロボットに乗り込んでチャンバラをしながら、人類の行く末についてひたすら論議するようなロマンチシズム。
この方法論で『ガンダム』を舞台化出来るのではないか?モビルスーツが一切登場しないディベート系『ガンダム』を青年座で演ってほしいもの。富野節の近代戦史なんかも、需要が有るのでは?
田中角栄を彷彿とさせるフルシチョフ(平尾仁氏)も良かった。今となっては社会主義なんかに誰も幻想を抱かないだろうし。

人類史上初めて月面着陸に成功したニール・アームストロングの映画『ファースト・マン』、ドラマ性を捨て事実の淡々とした列挙と実験性の高い訓練シーンを黙々と積み重ね描く。退屈だが今作と味わいが似ている。
アメリカのマーキュリー計画(有人宇宙飛行計画)を描いた映画『ライトスタッフ』は、音速の壁を破ったパイロットが大気圏を越えるまでの年月を丹念に描写。宇宙に行くとはどういうことなのかを理解するには最適。
キューバ危機なら、『13デイズ』が面白い。
朧な処で、徐に。

朧な処で、徐に。

TOKYOハンバーグ

サンモールスタジオ(東京都)

2021/09/10 (金) ~ 2021/09/20 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。今作を観ようと思った自分を褒めてあげたい。タイトルがタイトルなので、『群像』とかの中身のないだらだらした純文学を連想しがちだが、非常に秀逸なメタフィクション。筒井康隆の「朝のガスパール」やウディ・アレンの「地球は女で回ってる」が大好物な方にお勧め。
スランプ気味の劇作家が、締切を迫られてああでもないこうでもないと創作に苦しむ。作中の登場人物達がコロコロ変わる作者の態度に怒り心頭、「私の作品をきちんと書け!」と次元を越えてクレームをつける。同時進行で主人公は女優時代の恩師だった厳しい俳優が数ヶ月前に孤独死していたことを知る。今、日本で日常的に多発する孤独死、それを我が事として真摯に向き合おうとする人々の群像劇でもある。

主演の劇作家役、宮越麻里杏さんが素晴らしい。眼鏡を外した途端に若返り、ギラギラした女優時代の顔に様変わり。小道具なし、一瞬のその凄みは圧倒的。
孤独死したかつての先輩俳優役、堂下勝気(どのしたかつき)氏は即座に場を締めてみせる。ピリピリした空気感で劇場を張り詰めさせ、「まったく役者なんかになるもんじゃねえな」と観客に染み染み思わせてくれる。
喫茶店のマスターの娘役、中村ひよりさんも目を惹く。人物像がリアルで遣り取りも台詞も嘘臭くない。何かそれっぽいキャラの人情物語に辟易しているので好感。
劇中劇の登場人物の四人も最高だった。橘麦さん、槌谷絵図芽さんの、大手スーパーが配送を始めたせいで潰れそうになる姉妹二人だけの地方の運送会社の話。
北澤小枝子さん、岡田篤弥氏の、飛び降り自殺に来たら偶然出くわしてしまった見知らぬ二人の話。
本当に驚く程面白いので、予定が空いている方は是非観てみて欲しい。

ネタバレBOX

昔、沢木耕太郎のルポルタージュ集『人の砂漠』の「おばあさんが死んだ」を読んで衝撃を憶えた筈だが、今そんなニュースを耳にしても何とも思わなくなった。矢張り、他人の不幸なんかはどうでもいいのだ。
だが、宇鉄菊三氏演ずる喫茶店のマスターはそうではなかった。孤独な人々の交流の場を立ち上げようと画策。孤独死の本質的な問題と何とかして向き合おうと一人奮闘する。答のない問い掛けは、敢えて答を求めないことで、運動体であるそのこと自体に意味が生まれる。ひたすらに考え続ける事、その行為が答えになり得るのだ。

劇作家は本当に書きたいことを書く為に、孤独死について実地取材に入る。孤独死した先輩俳優に生前会えたとして、自分は一体何が言えただろうか?
本当はラスト、時空を越えて二人が対峙するシーンが観たかった。ゴミ部屋で死にゆく老人の枕元に正座し、何も語るべき言葉が見つからない絵が欲しかった。
特殊清掃員のシーンはもっとリアルに目を背ける位にやってもよかったのでは?
タージマハルの衛兵

タージマハルの衛兵

東京演劇アンサンブル

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2021/09/08 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

二人芝居はつまらなかった時の気の紛らわし方に難儀するので、出来れば避けたいところ。今作は戯曲が余りに評判が良かった為、足を運んでみた。インド系アメリカ人、ラジヴ・ジョセフの作。舞台には可動式の巨大な仕切り用ガラス板が五つ。

1648年ムガル帝国(現インド)の首都アグラ、タージマハル完成前夜が舞台。タージマハルは完成までに16年(実際は22年?)掛けた総大理石の霊廟。「建設期間中は誰もタージマハルを見てはならない」と皇帝は命じた。いよいよ明朝お披露目をすることとなる前夜、その門の前に立つ幼馴染の二人の衛兵。フマーユーン役小田勇輔氏の厳つい風貌は「あばれはっちゃく」の父親役で有名な東野英心を思わせる。バーブル役篠原祐哉氏は山本KIDっぽいやんちゃな愛嬌で無邪気に空想を語り続ける。
世界で最も美への造詣が深い天才建築家、ウスタッド・イサが二万人の職工を指揮して造り上げた究極の建造物。しかしそのイサは皇帝への些細な進言により、その両手を叩き斬られることに。
皇帝曰く「タージマハルに並ぶ美しい建造物を今後決して生み出してはならない」。

見てはいけない、とされるタージマハルを我慢が出来ず到頭振り向いて見てしまう二人。そこで舞台は暗転し物語は第二場へ。二匹の鬼が世界を鮮血で塗り潰し邪悪な悪夢へと染め上げる。ペイントを施した雨宮大夢(あめみやひろむ)氏と和田響き氏の狂騒。雨宮氏のノリノリのハイ・テンション振りが心地良い。
一体、何が起きたというのか?

ネタバレBOX

二場はグラインドコアなスプラッター。無数の斬り落とされた血塗れの手が籠に溢れ返り、ラックの中にはその籠が満載に積まれる。一人で四万本の手を刀で斬り落とすなんてのはファンタジーの世界で、どれだけ時間が掛かるか分かりゃしない。過剰な悪夢の表現。
皇帝の命で建設に関わった全ての職工の両手を斬り落とす二人。バーブルはひたすら両手を斬り落とし、フマーユーンは焼きごてで傷口を焼いて止血する。血糊の洪水、ガラス板に残された無数の血の手形、むせ返る臭いが辺りに立ち籠める。フマーユーンは目が見えなくなり、バーブルは握った刀が手から放れない。バーブルは「俺は世界から”美“を殺してしまった」と嘆く。温かなお湯で彼の全身を拭いてやり、新しいシャツに着替えさせるフマーユーン。第一幕はここで終わり。

休憩時、6、7人のスタッフ総出で舞台上の血糊をひたすら拭き取る。余りに大変な手作業、毎回これをやるのは思うだにきつい。だが、延々と見せられたその光景は理由もなく美しかった。

第二幕は三場ある。
バーブルが皇帝暗殺の計画を口にした為、“兄弟”(バーイー)と呼び合う程の親友を売り、その両手を自ら叩き斬ってしまうフマーユーン。焼きごてでの止血はせず、バーブルはそのまま死んだのだろう。エピローグの第五場では、十年後一人衛兵として門の前に立つフマーユーンの姿で終わる。
つまらなくはないのだが、第二幕に余り内容がない。
想像力を刺激する言語センスは素晴らしい。
湖の水面一杯をピンク紫緑の鳥が埋め尽くしている光景、芳しき匂い香る白檀で作ったツリーハウス、日の出に照らし出されるタージマハルを「まるで月が川に落ちてきたようだ」との譬え。エアロプラット、持ち運び式抜け穴などの空想対決。

時系列を入れ替えて第一場と第五場を逆にしたい。
空虚な日常を送る衛兵が何度も過去を追憶し、居る筈の無い友の名を呼ぶ。ここから始まり、何が起きたのかを過去に遡って語る。ラストは無邪気な二人の在りし日の遣り取り(第一場)。ラジヴ・ジョセフには余計なお世話だろうが。
カムカムバイバイ

カムカムバイバイ

U-33project

アトリエファンファーレ東池袋(東京都)

2021/09/08 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

面白かった。音楽のせいか、終演後やたら悲しくやるせない気持ちにさせられる。この世の誰一人幸せになれないシステムを観せられているような感覚。
奇妙な話が連続して語られていく。一つ一つは愉快な気楽なエピソード。一見何の関係性もないような話が続くのだが、その場にはいつもニコニコ微笑む謎めいた女性(白野まゆ佳さん)の姿が観客にだけ見える。

ほぼ主演の月海舞由(つきみまゆ)さんが大熱演。小泉愛美香(あみか)さんが可愛かった。岡村俊佑(しゅんすけ)氏のリアクション芸はド迫力。

ネタバレBOX

①上司に連れられて立ち寄ったゲイバーでの出会い
②綺麗になるスプレー
③脱獄を指南する女
④不安に陥る女アナウンサー
⑤金持ちになりたい女性とシャンプー

テーマはSNS(TwitterやYouTubeも含んでいる)。キラキラと輝くコンフェッティ(紙吹雪)が”いいね“を表象。孤独な人類はSNSに縋り、愚痴りいきり相談し胸の内を吐露する。無意味な独り言に相槌を打ってくれる存在。すでに現実世界の人間を超えた存在になっている不特定多数の架空の誰か。受け手としての自分は時にはその一人にもなる。それはすでにシステムとしての“神”じゃないのか?と云う物語。

脱獄のエピソードは違法指南の比喩だったり、何となく意図は理解出来るのだが、語り口が下手で混乱を招く。月海さんを多用し過ぎ。小泉さんのアイドルになるエピソードなど物語の統一性に欠ける。もっと上手くエピソードを繋げられたらラスト、幻の城の瓦解が生きた。

帰り道、ブルーハーツの『遠くまで』と云う曲が脳裏に流れる。
「言葉はいつでもあやふやなもので僕を包んだり投げ捨てたりする。僕をほどいてくれないか?」
カノン【8月19日~31日公演中止】

カノン【8月19日~31日公演中止】

東京芸術劇場

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2021/08/19 (木) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

演出、出演の野上絹代さん、連想するのは野上照代(黒澤映画の名物スクリプター)。名前が出る度気になっていた。
開演前SEからザッピングされたTV番組の音声が流れ続ける。多重世界のザッピングの中の一コマが今回の物語のようだ。額縁による美術を徹底し、小道具は全て額縁の中の絵。額縁がありとあらゆる形を表現し、時には弓となって矢を射る。ひたすら疾走するスピード感で物語は駆け抜けていく。
中盤、ヨハン・パッヘルベル作曲の名曲「カノン」がハイテンポで流れ、舞台は更に盛り上がる。が、それも束の間、捻れた音階、不協和音のノイズ、不安を煽るインダストリアル・ミュージックへとぐずぐずに崩れ世界の様相は変貌を遂げて行く。カノンとは特殊な輪唱の意味。

盗賊団の御頭、沙金(しゃきん)役さとうほなみさんがヴァンプ(妖婦)として完璧な存在。胸の谷間を見せ付ける演出で盗賊団も観客も骨抜きのメロメロ。「ゲスの極み乙女。」のドラマーと云うことに驚く。多分グラビアアイドルだと思っていた。何となく情報は知ってはいたのだが···。矢庭に白い脚をゆっくりと伸ばし、男に委ねる。誰も彼もが理性を失い、本能的にむしゃぶりつく。それを勝ち誇った顔で眺め、にんまりと口元を歪める淫婦の貫禄。
主演の太郎役中島広稀(ひろき)氏はた組の『貴方なら生き残れるわ』に続き舞台はニ回目。遠く、彩の国さいたま芸術劇場まで観に行ったものだ。バスケ部の一人だったような。運動神経、反射神経が物を言う舞台向きの俳優。
猫役、名児耶(なごや)ゆりさんも印象的。モノローグを兼ねつつ、作品の核に触れている存在。余りにも謎が多過ぎる。

平安時代、自由を謳歌していた山の民は都の民に侵略され滅ぼされる。生き延びた残党共は盗賊団となって京の都を荒らし回っている。都の最高権力者である天麩羅判官(渡辺いっけい氏)の屋敷で牢番をしている太郎は、美しき囚人沙金に惑わされ逃がしてしまう。太郎を赦免した判官はスパイとなって盗賊団に潜入し、反体制組織「猫の瞳」について調査するよう命ずる。
判官屋敷に隠された、フランス7月革命を描いたドラクロワの名画「民衆を導く自由の女神」が物語のキーになる。

ネタバレBOX

猫の存在が謎で、劇中太郎が唐突に言う台詞、「彼女は猫と呼ばれているだけで本当は人間なのだから」にハッとする。ただ、その後はまた猫として存在し続ける。あれは一体何だったのか?そこが一番興奮するシーンだった。

クライマックス、鉄球と銃で連合赤軍のあさま山荘を連想させるが、この物語との関連性が全く見えない。野田秀樹作品お馴染みの「実はこんな意図がありました」を喜ぶのは批評家だけではないか?虚構に耽溺していた観客からすれば、「そんなことはいいからこの話をきちんと語れ!」との思い。
素晴らしい虚構作品に「実はこういう意図があった」なら興奮もするが、毎回話の途中で誤魔化しているような気にもなる。(好みの問題だろうが)。
廃墟に乞う

廃墟に乞う

Audio Photo Cinema「廃墟に乞う」製作委員会

シアターX(東京都)

2021/09/03 (金) ~ 2021/09/04 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

加藤雅也氏本人が撮影監督として撮影したモノクロ写真がスクリーンに流れる。今作のプロデューサーも兼ねる寿大聡( じゅだいさとし)氏は出所した殺人者役。未成年の頃と成年後の二度、ホテルに呼んだ風俗嬢を顔が潰れる程、鈍器で殴り殺した。声だけの出演だが木下ほうか氏が記者として寿大氏を質問攻めにして追う。長い長い駅の地下通路での追尾、加藤氏の画角は映画的でフレームには光と影と俳優しか写らない。録音技術が低く、台詞が聴き取れないのが残念。
佐々木譲氏の直木賞受賞作である連作短編集『廃墟に乞う』。 その表題作をAudio Photo Cinema(朗読劇+写真映画)化。(佐々木氏は寿大氏を当て書きして小説を書く程、親密な関係。)
舞台上では加藤氏と寿大氏による台本片手の朗読劇が行われる。
加藤氏はPTSDによる休職中の北海道警の敏腕刑事役。過去に担当した犯罪者から一本の電話が掛かってくる。出所した男はまた似た事件を起こしてしまったようだ。
財政破綻して巨大なゴーストタウンと化した北海道夕張市にある、廃墟と化した炭鉱町。そこで育った幼年時代に目撃した光景。刑事と犯人は廃ダムに二人だけで待ち合わせる。

ネタバレBOX

永山則夫をイメージさせる犯人の生い立ち。永山の『捨て子ごっこ』を思い出す。母が無理心中を図り、幼い妹をダム湖に投げ捨てた光景。その記憶を改竄して無理矢理封印し続けた葛藤。自分達を捨てた母への憎悪が同じ年格好の娼婦殺しに繋がっていく。

原作を読んでいないので情報量が圧倒的に足りない。病んだ刑事の心境と、死ぬ前にその刑事に全てを告白したいと願った犯人の思いが表現されていない。こんな特殊な方法論を使用するのだから、もっと手はある筈。二人の魂の交錯を存分に味わいたかった。
加藤雅也氏は台本片手ながら、読み間違え何度も言葉に突っ掛かってしまう。体調が悪いのか?
チーチコフ

チーチコフ

劇団俳小

萬劇場(東京都)

2021/08/27 (金) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ゴーゴリの未完の長編、『死せる魂』。完成していた第二部を作者自ら焼き捨て書き直したせいで不統一な作品に。更にその後、文学を棄てる事を決意し書き直した第二部を再び暖炉で焼き捨てる。そして十日後、自ら断食にて没す。後に残された原稿の断片から遺作として不完全な第二部が刊行された。全三部の作品だった為、ゴーゴリがどんな作品を構想していたのかは今や誰にも判らない。

舞台は十九世紀ロシア、当時の地主は次の国勢調査まで死亡した農奴(その土地の領主に保有された農民)の人頭税をも支払わなければならなかった。元小役人チーチコフは死んだ農奴の所有権をただ同然に譲り受け、名義上は大勢の農奴を抱えた地主に成り済ますことを企む。登記したその農奴を担保に銀行から大金を借り入れ、国外逃亡することが目的。面識を得たロシアの方方の地主に交渉に出向くのだが···。

チーチコフ役大川原直太氏が実にいい味。高橋幸宏と泉谷しげるを足したような風貌で知性と茶目っ気が同居している。現実感のある、地に足の付いた悪党が演れる逸材。人が変わったように老婆を非道い剣幕で脅しつけるシーンが印象的。
その敵役となるノズドリョフ役手塚耕一氏も負けてはいない。佐藤二朗とケンドーコバヤシを足したような雰囲気で破天荒型の嫌な毒舌キャラ。それなのにどこかしらユーモラスな存在に創出。出て来ると場が盛り上がる。

演出の意図なのか、後半から徐々に『マクベス』を連想させる断片が。
チーチコフに付き従う御者セリファン役左京翔也氏の獣じみたキャラは異界の荒れ野を馬車で疾走している気分にさせる。
チーチコフの転落の切っ掛けともなる老婆、コローボチカ役吉田恭子さんは欲深い弱者を好演。
コーラス・ガールの三人組、西本さおりさん、覚田すみれさん(美巨乳!)、小池のぞみさんがエロエロで観客を煽り続ける。時には馬車馬になり、チーチコフを乗せてロシアの湿原を駆け巡る。シルエットのみで演じられるセクシーなオープニングは『11PM』的で素晴らしい。この三人の魔女が「チーチコフ!」「チーチコフ?」と呼び掛け続けるのがリズムとなってずっと耳に残る。
ずっと袖で生ピアノを演奏し続ける音楽担当の上田亨氏。曲がキャッチーで活き活きとこの世界の住民を鼓舞し地獄巡りの寓話に鮮やかな色を着ける。

ネタバレBOX

体調のせいかちょこちょこウトウトしてしまって、作品を充分に味わい尽くせなかったのが残念。全然つまらない訳ではないのだが、もっとチーチコフのピカレスク・ロマンに観客の気持ちを乗っけて欲しかった気も。チーチコフを応援する娼婦三人組の気分で観たかった作品。本編進行を見守る彼女達のいちいち大袈裟なリアクションが痛快。

ひたすら死人を買い集めるチーチコフを地主達は奇異な目で眺める。幾万の死者の登記簿を満足気に眺めるチーチコフ。御者セリファンが訊ねる。「その中にはあっしの名前もあるんでありやしょ?」ニヤリとチーチコフ、「勿論だ!」
幾万もの死者の農奴を引き連れて、地獄巡りの旅は続いていく。
「侠」  君、逃げたもうことなかれ

「侠」 君、逃げたもうことなかれ

サンハロンシアター

「劇」小劇場(東京都)

2021/09/02 (木) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

超面白い。日本映画でこんなものを作れれば客は戻って来る。伊丹十三が大絶賛された頃、「そんなに面白いか?」と思ったものだが、今作を観て色々と腑に落ちた。『シン・ゴジラ』で日本人にしか作れないジャンルの実在をしかと感じたように。
多種多様な役者達、他の劇団ではまずお目にかかれない陣容。ルックスだけで痺れる。誰一人無理して作ったように感じるキャラがいない。

地方都市(松山市?)にある双葉百貨店。主人公はお客様相談室長の九条侠介(内藤トモヤ氏)。退職する事が決まっている。新たにメンバーとして社長がスカウトしてきた倉持侑(和泉輪さん)が加入。次々と襲い掛かってくるクレームの嵐に誠意を持って立ち向かう。プロ・クレーマー達はヤクザや風俗嬢、たかり屋、中学校女教師など多種多彩。“クレーム“と“苦情”の違いを後任達に伝えなければいけないのであった。

内藤トモヤ氏は深みのある存在、作品に重厚感を持たせる。伊丹映画の大地康雄的味わい。宝飾店店長役橋本智恵子さんが美しく、フジテレビの元局アナのような品がある。スナック経営のクレーマー役、大図愛さんもドギツく魅力的。正論で怒り狂う客、田野良樹氏もとにかくリアルな立ち居振る舞い。たかり屋稼業の親子、香戸良二氏と垣内あきら氏は最高に立ったキャラ。女教師役の高山佳子さんも怖かった。謎の苦情女、高岡季里子さんの不可思議な空気感。
脚本の書き方のお手本のような作劇、感心した。暗転や移動中の会話、細かい演出にさりげない工夫。もっと皆に観て欲しい作品。

ネタバレBOX

九条の捉える苦情とは、百貨店をより良くする為のアドバイス。求めるものは店側にも客側にとってもより良い結果をもたらすアウフヘーベン(対立する論争をより高い次元に引き上げて答を導き出すこと)。対する倉持はクレームをノイズと認識して、如何に排除するか撃退するかに専念。
かなり理想論ではあるが、更なる高みに至ろうとする九条の姿勢には人の可能性の余地が感じられる。

笑いが薄いのが物足りないと言えば物足りない。物語の納め方も教科書通り。女教師のキャラが後半、別人化したような気も。誤解を招くので、女教師が黒幕でクレーマー達に報酬を渡しているのは倉持の妄想だとハッキリさせといた方が良い。
音楽劇「あらしのよるに」

音楽劇「あらしのよるに」

日生劇場

日生劇場(東京都)

2021/08/28 (土) ~ 2021/08/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第一幕55分休憩20分第二幕40分。
肉食の狼と草食の山羊による種族を越えた友情物語。昔映画館で劇場アニメを観ているのだが、全くと言っていい程記憶に残っていない。
主演のヤギのメイ役は北浦愛(あゆ)さん。トラウマ映画「誰も知らない」の長女役!(あの映画を観てからアポロチョコのイメージが変わった人も多いのでは。)
W主演のオオカミのガブ役は渡部豪太氏、多才。
強面オオカミでやたら格好良い、ギロ役大森博史氏とバリー役島田惇平氏が目を惹く。
音楽は自ら生演奏する鈴木光介氏、奏でる楽曲が素晴らしい。歌詞はよく聴き取れなかったが自然の精霊役女性三人組の生歌も名曲揃い。メイとガブが眠りに就いた時の美しい歌が印象に残る。
嵐や風や雨、吹雪や季節の移ろいを仮面を着けた者達の舞踏で表現。沢山のヒラヒラした布をフリンジ状にはためかせた衣装で、精霊達が舞台狭しと舞い踊る。雪の表現では、通常だと天井から紙吹雪がしんしんと舞い落ちるものだが、今回は精霊の役者達が走り廻り手掴みで投げ付けていく。猛吹雪のその効果も悪くない。
ただ、一幕は淡々として退屈。メイとガブがどうしてそんなにも互いの絆を特別に思ったのかが伝わらない。

嵐の夜に互いの姿が見えぬまま仲良くなった山羊と狼。翌日待ち合わせ場所で互いが敵対する種族であることを知るも、皆に内緒で特別な友達関係を続ける。だがその関係がどちらの仲間内からもバレてしまい、スパイ活動をするように強要されるのだが···。

ネタバレBOX

互いの社会的立ち位置に追い詰められたメイとガブ。メイは「私を殺す選択肢もあるよ」と言い、ガブは「そんなことができる訳がない」と返す。全てを捨てて谷川に飛び込む二匹。ここで第一幕は終わる。駆け落ちなのか、心中なのか、余りにも純粋で美しい。
このシーンから第二幕ラストまで、素晴らしい出来。これが手塚治虫や白土三平だったらハッピーエンドには成り得ない話。メイが喰われるか、どちらも死んでいるだろう。(原作のラストでは二匹共死ぬらしい。)

ディズニーや手塚のアニミズムの素晴らしさを再確認するような舞台。第二幕、冬の雪山の洞穴でにっちもさっちもいかなくなった二匹。何も食べられるものが無く、飢えて死を待つばかり。メイがガブに「このまま二匹とも死ぬ位なら本能に従って自分を殺して食べてくれ」と頼む。ガブはその要求を呑む振りをして外に出、裏切り者の抹殺にやって来た元仲間の狼共と殺し合う。「カムイ外伝」だ。

「法華経」の昔から、人は自己犠牲の物語に心を震わせる。
原作版「ジャングル大帝」のラストがまさにそれで、猛吹雪の雪山で瀕死のヒゲオヤジを救う為、レオはわざと狂った振りをして殺される。ヒゲオヤジはレオの肉を喰らい、毛皮を被って何とか生き延びるのだった。

「真ん丸い満月を見ていると嫌な事なんか全て忘れてしまえる」とガブがこっそり教え、二匹は並んでお月様を眺める。矛盾と謎に充ちた残酷な自然の理の中で、それは余りにも美しい光景だった。
ローマの休日と東京の仕事

ローマの休日と東京の仕事

リブレセン 劇団離風霊船

日本聖書神学校礼拝堂(東京都)

2021/08/24 (火) ~ 2021/08/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「ローマの休日」に憧れた若手女優。スキャンダルで芸能界を追われた母をマネージャーに持ち、一分の隙も無いように管理された生活に疲れ果てる。朝ドラのヒロイン決定の記者会見をバックレて、憧れのローマへと逃避行。協力するのはでかいスキャンダルを狙う為わざと泳がせようとする芸能記者達と、母のスキャンダルをすっぱ抜いたことをずっと悔やみ続けている今は悔い改めた別の芸能記者達。

やはり日本聖書神学校メーヤー・ライニンガー記念礼拝堂の美しさは群を抜いている。ここで舞台が観れることの素晴らしさ。会場の持つ力。1913年に宣教師メーヤーとライニンガーが来日し伝道を始めた事を記念して建てられた。

母親役の牛水里美さんが良かった。シリアスとユーモラスの見事なバランス。クライマックスではピアノの生演奏も披露。主演の川口果恋さんはずっと自分を押し殺した損な役だが、クライマックスでは歌い(巧い!)踊り側転まで披露。もっとこのキャラで物語を縦横無尽に駆け抜けて欲しかった。替玉役松本彩楓(さやか)さんは非常に魅力的。他の作品も観てみたい。

ネタバレBOX

かなり創作に苦しんだようなホン。公演の決まっている教会を舞台にする為、七転八倒したような。もっと単純明快な喜劇に振り切った方が良かった。ミュージカル部分がとても華やかだっただけに。ロマンス要素のない「ローマの休日」じゃあ退屈。キャラの立っている松本彩楓さんをもっと筋に絡めるべき。芸能記者達の役回りがちょっと酷い。
つみ

つみ

アブラクサス

すみだパークシアター倉(東京都)

2021/08/22 (日) ~ 2021/08/28 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ガラガラの客席、20数人程度か。逆に期待は高まる。こういう状況でこそ、凄え舞台を観せてくれ。
シャーリーズ・セロンがアカデミー主演女優賞を獲ったことで有名な女シリアル・キラー実録映画『モンスター』。それをモチーフに『羊たちの沈黙』や『ヘンリー』、『ラストダンス』や『デッドマン・ウォーキング』の風味も。
子供の頃のトラウマが人の後半生を決定付け、徹底的に苦しめ続けることは最早自明の理。それに対してどんな回答を導き出せるのか、救済に至るのかがこの手の作品の最重要テーマ。

主演の女性牧師役は頼経明子さん、相対するシリアル・キラー役は作・演出アサノ倭雅(しずか)=羽杏(うあ)さん。育ての親役の山森信太郎氏が幾つもの見せ場を作り、相対する被害者の母親役、坂東七笑さんも負けじと見せてくれる。被疑者のレズビアンの恋人役、古藤(ことう)ロレナさんが美しい。初見サヘル・ローズさんかと思った。

頼経明子さんの醸し出す雰囲気が良い。常にハンドバッグにチョコを入れてつまみ食いしている。彼女をシリアル・キラー役にして観てみたい気も。
Stingの「Englishman In New York」が効果的。

ネタバレBOX

やろうとしていることは支持できるのだが、全てにおいて力不足な印象。構成を変えて現実味のある視点で語り直すか、別の人間が述懐する物語を後年他の誰かが聴いているように話を幾重か被せた方が良いのでは。直接的にやると粗が目立ち過ぎ、些細な点のチープさばかりに引っ掛かってしまう。設定に既視感があり過ぎて登場人物に感情移入できない為、ちっとも胸に来ないのだ。
プロローグの教会での捨て猫のエピソードが秀逸。猫を中心に据えて病んだ痛んだ魂の交錯に出来なかっただろうか?三人殺しているのに一人目のエピソードしか語られないのも不思議。古藤ロレナさんを庇っているように見せかけたミスリードも解せない。

「加害者(幼い自分を性的に弄んだ牧師)を許したい、許せる道を模索する」と言う女性牧師の言葉は凄味がある。そこで遠藤周作のように、本当の意味でのキリストが出現しなくては駄目な話だ。
不用意な稚拙な台詞、安っぽく雑な演出が気になる。80年代のレンタル・ビデオでよく観たB級アメリカ映画のシーンの寄せ集めのような。音楽は83年っぽい。
ただ高い志は本当に素晴らしい。何故こんなにも子供への性的虐待が多いのか?キリスト教の説く“愛”と“性欲”の関係性を掘り下げてみるべきだろう。
牧阿佐美バレヱ団 バレエ「白鳥の湖」~日生劇場版~

牧阿佐美バレヱ団 バレエ「白鳥の湖」~日生劇場版~

牧阿佐美バレヱ団

日生劇場(東京都)

2021/08/20 (金) ~ 2021/08/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第一幕割愛。
第二幕35分休憩15分第三幕30分休憩15分第四幕25分。
①ドイツの王子ジークフリードの成人の宴。王妃から明日の舞踏会で妃を選ぶように言い付けられたジークフリード、気が進まない。(割愛)
②気晴らしに友人達と狩りに出掛けるがその湖は悪魔ロットバルトに支配された地。呪いをかけられ白鳥にされた娘達、夜の間だけ人間に戻ることが出来る。ジークフリードは月の光に照らされ、人の姿に戻ったオデット姫に一目惚れ。この呪いを解くには誰も愛したことのない者が永遠の愛を誓い捧げること。ジークフリードはオデットに永遠の愛を誓い、舞踏会に来るよう告げる。
③城での舞踏会、各国からの姫君がそれぞれの舞踏で王子にアプローチ。男爵に化けた悪魔がオデットそっくりに化けさせた娘のオディールを紹介する。騙されたジークフリードはオディールとの結婚を約束する。
④誓いが破られたオデットは絶望するも、騙された事を知ったジークフリードが駆け付ける。王子を許すオデット。二人は永遠の愛を誓い、湖に身を投げる。二人の死をも越えた愛の力が奇跡を起こし、ロットバルトは滅んでいく。魔法の解けた白鳥達は女性の姿を取り戻す。

何となく聴いていたチャイコフスキーの曲の意味がやっと視覚的に理解出来た。第四幕の曲は哀しみの湖をバックに素晴らしい旋律。

ジークフリード役は石田亮一氏。オデット&オディール役は三宅里奈さん。

ネタバレBOX

②脚による美しさの追求。直線的に幾何学的に幾重にも重なって。アクセントとしての曲線、回転が目を奪う。ルルベ(爪先立ちでの背伸び)をした大人数での移動音が白鳥の羽音のようにも聴こえる。

③各国の舞踏が鮮やか。民族衣装を身に着けてのバレエは衣服のはためく曲線的な美しさ。ハンガリー姫役は風間美玖さん。(白鳥の一人もやっている)。POiNT〈バレエヴォーカルユニット〉や女優業で活躍する風間美玖さんのバレエ姿を初めて観た。
「ブラック・スワン」の元ネタにもなった御約束、オデットとオディールは一人二役で演じること。三宅里奈さんはオデットとは全く違う人格の舞踏を精密に演じ分けた。必見。

④白鳥の羽根の羽ばたきを両手で表現する為、脚よりも上半身に重きを置いた舞踊。集団で重なり合う事を計算し尽くしてある美しさ。
「湯もみガールズⅦ」~晩夏もゆったり営業中?!~

「湯もみガールズⅦ」~晩夏もゆったり営業中?!~

劇団たいしゅう小説家

萬劇場(東京都)

2021/08/18 (水) ~ 2021/08/21 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

社長夫妻の旅行中の温泉旅館を任された仲居役、主演は元Berryz工房の清水佐紀さん。東京でダンサーとして成功した元仲居役は元Chubbinessの中崎絵梨奈さん、帰郷して一時的に旅館を手伝っている。同じく仲居役、元SKEの磯原杏華さん(身長168cmと云うが多分もっとある)はそのデカさにビビってたじろぐ。若手の仲居役、元AKBの井上未優さんはやたら華がある。

宿泊客には謎のサークルを率いるカリスマ、その噂を調査しに来た元女優のYouTuber、借金取り(身長185cmの山城康二郎氏)、妻を失くした高齢者···などなど。

コロナ禍で苦境に瀕する旅館業、湯もみガールズはこの難局をどう乗り切るのか?

ネタバレBOX

湯もみの表現にちょっと興味があったのだが、作中コロナ禍でイベントは中止とのお触れが回る。···何もなかった。
清水佐紀さんが11月で引退とのこと。長年のファンが駆け付けていた舞台だったのだ。
交響朗読劇「空のハモニカ ~私がみすゞだった頃のこと」

交響朗読劇「空のハモニカ ~私がみすゞだった頃のこと」

カタリスト

横浜市泉区民文化センター テアトルフォンテ(神奈川県)

2021/08/18 (水) ~ 2021/08/19 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

大小のブイが幾つも天井からぶら下がっている。水晶にも見えるそれは照明であり、観客はまるで海の底から海面を見上げているような情感にいざなわれる。木村威夫の映画美術のよう。

上手に椅子に座りト書きを読む、ナレーション的役割の俳優(何人かで入れ替わる)。三つの長机を並べたような「最後の晩餐」風の長卓が中央に。
物語は昭和20年、金子テルの娘、上山房子(高畑こと美さん)のエピソードから始まる。
大正15年、ぬかるみの家に越してきた夫婦、妊娠中の金子テル(石村みかさん)と槇原浩司(大場泰正氏)。
大正8~12年、詩作を始める金子テル(今泉舞さん)、兄(森啓一朗氏)、キーマンとなる弟の上山正祐〈まさすけ〉(箱田暁史〈あきふみ〉氏)。「万葉集」から“信濃の国”に掛かる枕詞を取って金子みすゞと云う筆名の誕生。

シャッフルされた時系列の中で金子みすゞの詩が降り注ぐ。
台本を片手に持った朗読劇と云う形を取り、阿部海太郎〈うみたろう〉氏のピアノやハーモニカが伴奏される。

金子みすゞのイメージはローマ法王が読んで泣いたとされる『はちと神さま』が大きい。生命の平等性の観点、非常に優しい視点で弱者、駄目な奴をあったかく肯定する。近年では『くじけないで』の柴田トヨさんの詩が近いかも。
だが、その実地獄をのた打ち回るようなニヒリズムが同時に描写されており、幸福と不幸は同じ現象の視え方の違いに過ぎないことを繰り返し綴る。

凄え役者がいるな、と思わせたのは中田春介氏。劇場の下足番から西條八十まで、作品にアクセントを与え続ける。
西條八十が金子みすゞに、詩作の根源に在るものを授けるシーンが素晴らしい。
石村みかさんの山口弁のイントネーションが美しく耳に残る。良質な作品なので観た方が良い。

ネタバレBOX

もっと詩の世界に耽溺させて欲しかった。金子テルの比重が大きすぎて「知ってるつもり?!」っぽい。“詩”を主人公に据えるべき。
「仁義の墓場」を思わせる後半。働かない夫は借金塗れで愛人の家から帰って来ない。詩を禁じられ淋病をうつされ、ぬかるみのボロ屋で寝込み続けるボロボロの金子テル。呪詛を吐き自身の半生を全否定する石村みかさん最大の見せ場。
そこに封印した筈の今泉舞さん演ずる金子みすゞが現れる。
二人の対峙。想像力と言葉で繋ぎ合わせた蜘蛛の糸を伝ってこの地獄の迷宮から抜け出さなくてはならない。

この作品は未完成であり続ける。多分次回観る時は更に進化し変化していることだろう。正解に辿り着く為ではなく、金子みすゞの詩のように、今現在と取っ組み合って生み出さなければいけない類いのものなのだろうから。
愛が世界を救います(ただし屁が出ます)

愛が世界を救います(ただし屁が出ます)

パルコ・プロデュース

PARCO劇場(東京都)

2021/08/09 (月) ~ 2021/08/31 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第一幕90分休憩20分第二幕55分。

筋少の名曲、「パンクでポン」のオマージュからスタート。INU(町田町蔵)の「メシ喰うな!」とアンサーソングであるSTALINの「メシ喰わせろ」ネタから「発狂目覚ましくるくる爆弾」(原爆オナニーズ)まで、好きな奴には堪らない雑学満載。無論そんな事を知っていても実人生で全く何の役にも立ちはしない。
主演のんの存在感は60年代のアンナ・カリーナを彷彿とさせる。令和サブカルのファム・ファタールといったところか。けれどそれだけで消費されるには余りにも勿体無さ過ぎる逸材。「この世界の片隅に」みたいな永遠に語り継がれる作品と出逢って欲しいもの。流石にルックスは抜群で顔だけで金が取れる。ギターも巧い。W主演の村上虹郎氏は素晴らしいの一言。歌も上手いのか?と驚いたら母親がUAだった···。

日本のサブカル最高水準のエンタメは「ゴッドタン」であろう。(何年も観ていないので今がどうだか知らないが)。とにかく全身全霊面白いと思うことに全てを捧げ尽くすスタイル。「面白いだけで何もないじゃないか」は全く言葉の通りで、本当に面白いだけで何もない。それを評価するか否定するかは観客の価値観次第。ただこの世の見世物の多くは“面白い”にカスリもしないのも事実。宮藤官九郎を筆頭に、徹底的に面白さと真摯に向き合うアティテュードが支持されているのが現実。

多才なメンバーを揃えている。三宅弘城氏のドラムの上手さ、トンボ返り、三役それぞれの面白さ。
少路勇介氏の運動能力と反射神経。
伊勢志摩(いせしま)さんの「歌うわよ!」としつこいキムラ緑子ネタが笑える。
藤井隆氏の大江千里をパロったキャラ。申し訳なく思ったのか休憩中にひたすら流れる大江千里BEST。
潔い下らなさに逆に心が洗われる。

ネタバレBOX

近未来、日本は異星人から攻撃を受けて壊滅状態。公衆便所に住み着くホームレスの虹郎は、屁をこくと未来が見える予知能力者。寄り目にシャクレの「アイーン」顔で相手の脳に直接語りかける事が出来るのんと出逢う。

メンタリストDaiGoのホームレス&生活保護受給者へのヘイトスピーチが現在進行系で炎上する真っ只中、気持ち悪い位ズバリの内容。(予知能力か?)
よーかいくんのポンコツ・サイボーグの背中には「小山田」の落書きが散見。
客席に用意されたブーブークッションの音がイマイチしょぼいのが残念。
開演SEのラストがピーズの「シニタイヤツハシネ」、ハッピーエンド後のSEがピーズの「好きなコはできた」。宮藤官九郎は本当に純粋に創ってるんだなあとそこが一番感じ入った。大林宣彦の黒澤明評で「気の弱い泣き虫の精一杯の純情」と云うのがあったが、PUNK ROCKなんてそんなものだ。
ウェンディ&ピーターパン

ウェンディ&ピーターパン

Bunkamura

Bunkamuraオーチャードホール(東京都)

2021/08/13 (金) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

物語は四姉弟の末の弟、トムの死から始まる。その夜、ピーターパンが窓から現れてトムを連れて行くのを目撃したウェンディ。その後一年経っても家は夫婦喧嘩が絶えず、暗く落ち込んだままの日々。トムの死が受け入れられないウェンディと弟達は再度やって来たピーターパンに連れられてネバーランドへと飛んで行く。

Hey! Say! JUMPの中島裕翔(ゆうと)氏がピーターパン役。長身で手足が長く華があり格好良い。ダンスも見事、ルックスも癖が無く、いろんな役を演れそうなので今後舞台で活躍すること請け合い。ウェンディ役、黒木華さんは生で芝居が観れるだけで有り難い存在に。タイガー・リリー役はTOHOシネマズの女神、山崎紘菜(ひろな)さん。初舞台(朗読劇は有り)なのに出た瞬間から場の空気が変わるような存在感、絵になる。トム役下川恭平氏はダンス大会で優勝する程の腕前で、ラストに物凄い見せ場がある。会場の心を鷲掴みにする富田望生(みう)さんはティンク(ティンカーベル)役。「私がモテてどうすんだ」の主人公(激ヤセ前)だった。矢鱈ベテランの風格で客を弄る余裕、「ソロモンの偽証」を始め、自分がかなり観ていたことに後から気付いた。父親とフック船長の二役を演じるのは堤真一氏。同一人物と気付かない程に演じ分けていた、流石。母親役石田ひかりさんの出番が殆どないのも吃驚。

ワイヤーの技術が高いのか、出演者が簡単な装着で次々と宙を舞っていくのは圧巻。腰が痛くならないのか?昔はちょっと飛ぶだけで驚いたものだが、今では香港映画並に誰でもホイホイ飛び回る。哀しげなテーマ音楽が凄く良い。

ネタバレBOX

ピーターパンは死んだ子供を連れて行き、夜空の星にしている。星は母親の涙で濡れて光っている。残された家族全員がいつの日か幸せを感じることが出来るようになれば、星はネバーランドに流れ落ち子供はロストボーイズ(迷子達)として再臨する。

フック船長は老い(時間)を怖れ、“永遠の子供”であるピーターパンに憎悪と憧れを抱く。何度も殺そうとするが果たせない。もう一人の自分として(自分の中の葛藤として)表現しているのか。

何か物語のオリジナルとアレンジの部分が中途半端、振り切れていない。演出もテンポが悪くイマイチ。海賊船の造形はカッコイイのだが、小さ過ぎて最終決戦の見せ場には成り得ない。狭いスペースでちょこちょこチャンバラしているだけ。冒頭の部屋での海賊ごっこの方が壮大だった。「るつぼ」の演出は好きだったのだが···。
黒木華さんはちょっとミスキャストか(大ファンだが)。ふっくらとし過ぎでおませな少女ヒロインの感じが出ない。
ぞうれっしゃがやってきた

ぞうれっしゃがやってきた

公益財団法人武蔵野文化事業団 吉祥寺シアター

吉祥寺シアター(東京都)

2021/08/07 (土) ~ 2021/08/11 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ドヴォルザークの「新世界より」第2楽章のメロディに詞を付けた『遠き山に日は落ちて(家路)』を始め、「新世界より」の曲が印象に残る。沢山の唱歌、リズミカルな振り付けや打楽器が愉しげで、口笛やオノマトペが効果的。9名の役者は列車になり、象になり、子供達に兵隊に空襲にと变化(へんげ)していく。このメンバーの強みは普遍的な話が出来ること。子供を対象に物語を伝えようとする場合、かなりの技量が必要とされる。

昭和24年、日本にいる象は名古屋の東山動物園のエルドとマカニー、二頭のみであった。東京の中学生の少女が、妹に本物の象を見せてあげたいと手紙を書いたことから、子供達に象を見せる為の列車、ぞうれっしゃが走ることとなる。
少女は戦前に父親と上野動物園で象を見たことがあった。父と二人きりで出掛けた唯一の想い出。その父は徴兵され出征したまま帰ることはなく。
走るぞうれっしゃの中、妹に知る限りの象の話を聴かせる少女。昭和12年、木下サーカスから東山動物園にやって来た象は四頭いた。

主人公の少女とエルドを演ずる福寿奈央(ふくじゅなお)さんが素晴らしい。全身を使っての表現で視覚的に飽きさせない。汗だくの熱演。役者のレベルが総じて高い為、何時の間にか妙な親近感を覚えていく。
「銀河鉄道の夜」を思わせるぞうれっしゃの旅、上野を出発して名古屋の東山動物園で象に会うまでの短い間に、少女や観客は「ほんとうの幸い」を見つけることが出来るのだろうか?

ネタバレBOX

多分加筆部分なのだろうが、鼠一家の話から虎の兄弟の亡霊の話などに違和感を感じた。語るべきは徴兵された飼育係や父親の行く末、象達や姉妹の淡々とした日常風景の積み重ね。二頭の象と姉妹との邂逅(同一人物が演じている為、物理的には不可能だが)こそがこの物語の目的地なのだ。

本物の象を見ることが子供の夢になれた時代。戦争(強大な暴力)に屈服させられ支配されていく個々の自由。ただただひたすらに無力で時が過ぎるのをじっと堪らえて待つだけ。唯一、ぞうれっしゃに現れた死んだ父が「会いたい時にはいつだって会える」と主人公に伝える場面が仄かに希望と灯る。心で思い描き記憶から紡ぎ出せたのなら、例えそれが妄想だったとしても充分にまた逢うことが出来る。この、ぞうれっしゃのお話も遠い遠い昔の誰かの記憶を想像力のバトンで手渡したものなのだから。
ふしぎの国のアリス

ふしぎの国のアリス

劇団かかし座

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2021/08/06 (金) ~ 2021/08/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

80年代のコマンド選択式のアドベンチャー・ゲームを見せられている感覚。かなり懐かしいセンス。
こんな話だったか?と確認したらほぼ原作通り。夢オチも潔い。精神病院に収容された少女の大冒険みたいにも読める。
この教育的意図ゼロ、見た夢をそのまま書き殴った衝動のような作品。これこそが人々の集合無意識を刺激し続け永遠に愛される所以となった。会場に詰め掛けた子供達も訳の分からないまま楽しんでいた。 

登場する役者は三名。アリス役菊本香代さん、二人の道化師好村龍一氏と松本侑子(ゆうこ)さん。役を演じつつ、同時にスクリーンで影絵も操演、十八番の手影絵も炸裂する。とにかく歌が上手い。好村氏の「チェシャ猫」の歌と踊りはサブリミナル効果がある。マザー・グースの「ロンドン橋落ちた」も秀逸。ぼんやり眺めているだけでも楽しい世界。

ネタバレBOX

明るいPOPな絵物語な雰囲気。影絵表現の凄味(恐怖)なんかも披露出来れば、新しい地下世界が垣間見れたのかも。矢張りアンサンブルの人数が必要なのかも知れない。
後半単調な遣り取りに退屈感も覚え、音楽や緩急の演出で二幕をもっと盛り上げて欲しいところ。

影絵に妙な思い入れがあり藤城清治氏の描くキャラや世界観が気になっていたりする。フロイトの夢判断の通りに、光と影のシンプルさが深層意識に投影され易いのか。
5年前観たミヒャエル・エンデ原作、白石加代子さん主演の『オフェリアと影の一座』。この作品の影絵が余りにも凄すぎてまたこんな奴が観たい。
Who’s it? 〜ニューヨークの日本人〜

Who’s it? 〜ニューヨークの日本人〜

feblaboプロデュース

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2021/08/05 (木) ~ 2021/08/10 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

5042人の新規感染者、35度の猛暑日、只々きついだけの日々。 何も光が見えないまま、辿り着いたのはこの小劇場。

ニューヨーク、日本人留学生や日系三世等が住むシェアハウスに拳銃を持った日本のヤクザが押し入る。ヤクザは英語が解らない為、この部屋は『日本語オンリー』のルールを押し付けるが···。次から次から予期せぬ訪問者が押し掛け、手負いのヤクザは大忙し。
気楽で判り易いコメディ、手ぶらで気軽に立ち寄って観て貰いたい。

主演の長野耕士氏、桜庭にちょっと似ているなあと思って見ていたが、段々新日の永田裕志にも見えてくる。勿論皆さん御存知『白目式腕固め』で一世を風靡した頃のキラー永田さんである。そうなると俄然この話は興味深くなる。かなり味のある役者で、拳銃を持ってこの修羅場を回していく名司会者でありつつキラーツッコミでもある。
もう一人の主人公、寺園七海さん。とにかく彼女の為すべきことが多すぎて何とかかんとか場を成立させていく。その息絶え絶えの全力具合に感服、ファンになった。
スタイル抜群の小松有彩さんは滅茶苦茶見覚えがあるのにそれが何だったのか到頭思い出せなかった。

ネタバレBOX

アフター・タランティーノの系列なのだろうが、もうチョイウディ・アレン系でふざけ倒しても良かったような。マリファナでこの手の話は弱い。ガチガチにヘロインでドン引きさせて欲しかった。(軽い話のように見せてガチガチにするのが笑いの鉄則)。
サイ Sai

サイ Sai

とりふね舞踏舎

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2021/07/31 (土) ~ 2021/08/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

正しき見世物。
地獄の門が開き、亡者共が甦らんとする。舞踏の基本スタンスはスローモーション。癲癇の発作や全身を掻き毟る動作、二人アングラPerfume、狂女の口寄せ···。
それを地獄に追い返さんとする若林淳(じゅん)氏扮する動き出した仁王像。ぎこちない動きながらド迫力で亡者共を追い立てる。
主宰でもある、三上賀代さん(68歳!)の謎めいた舞踏(演歌調)。J・A・シーザー氏の曲の強み。常に悲しみが彩られていて世界から拒絶された者達の詩が響き渡る。どこかしらダリオ・アルジェント作品のサントラを想起。森ようこさんは白塗りでも流石に美人だった。

今村昌平の『神々の深き欲望』とエド・ウッド脚本の『死霊の盆踊り』を同時に観ている感覚。高尚な芸術にも笑いにも落とし込んではいけない絶妙な価値観のバランスが必須。どちらかに偏ると“理解”されてしまって、“消費”されてしまうのだろう。

ネタバレBOX

東北の寒村、見棄てられた貧者、癩病患者、気違い、片輪者、サンカ、女郎、賤民···、ありとあらゆる負のイマジネーションに満ちた見世物小屋。但しそこには圧倒的な悲しみがある。自分自身のカルマを覗き込んでいるような底無しの井戸。フェリーニと石井輝男の共有する宇宙。
J・A・シーザー氏の音楽がそれを成立させている。

二曲目の途中で機材トラブルがあり、公演は一時中断。三人の老人がボールをぽっかり口に咥えているシーン。またそこから再開するのだが、それすらも演出に思える程良い絵だった。

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