ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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ピーチボーイズ

ピーチボーイズ

Peachboys

シアター711(東京都)

2024/04/23 (火) ~ 2024/04/29 (月)上演中

予約受付中

実演鑑賞

満足度★★★★

面白いとか面白くないとかではなく、凄く心地良い時間を過ごせた。今更ながらに思うのはもっと前からこのシリーズを観ておくべきだったということ。
80年代を席巻した『グローイング・アップ』という馬鹿映画シリーズがあった。ただ女の子とSEXしたいだけの馬鹿ガキの奮闘コメディ。まさかのイスラエル映画だったが、世界中、人類の性欲は国境を越えた共通言語。馬鹿受けした上、似たような作品が無数に大量生産された。ちょいエロが絶大な支持を受け、日本でも延々テレビで放映される。勿論今作もこれを踏襲した作り。

主人公は永遠に童貞であり続けなければならない呪いとともにある三人組。だがそれが故に観客も共感し支持し続ける。恋が成就する寅さんなんて観たくはないんだ。しかし今回は最終作、12年のシリーズを完結させる為にはこの無限ループを終わらせないといけない。登場人物も観客も覚悟の上、さあその終わりをきっちり見届けさせてくれ。

エヴァンゲリオンだとかビーチボーイズ、ドラゴンボールにドラクエ。観てなくても何となく知ってるネタで攻めてくるので安心。

主演の菊池豪氏の水を得た魚のように生き生きとした演技。生涯二つとない役者冥利に尽きる当たり役を手にした誉れに満ち溢れている。
川本喬介氏はアンタッチャブルの柴田っぽい切れのある芝居。
山川恭平氏はつぶやきシローっぽくもある。

三宅法仁(のりひと)氏は前説からヒムロックからキムタクから凄かった。観客のハードルを下げさせる弁舌が冴え渡る。
島田雅之氏は脂ぎった反町隆史、錦野旦っぽくもある。
熊野善啓氏は岸田総理からつよポンから強キャラで笑わす。
福永理未さんは可愛かった。
東京AZARASHI団以来の根本こずえさん、流石に魅了する。

ある種の連中は絶対に見逃してはならない。ここは君の為に用意された世界。思い当たる方は是非観に行って頂きたい。特典満載の祭前かぶりつきチケットがお薦め。

夢の泪

夢の泪

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2024/04/06 (土) ~ 2024/04/29 (月)上演中

実演鑑賞

満足度★★★★

2回目。
席が良かったので更に面白く感じた。
瀬戸さおりさんは尊い。在りし日の久我美子に見えた。
秋山菜津子さんの低い唸り声と眉間に皺を寄せたしかめっ面。それでひたすら通す流儀。流石。
ラサール石井氏の上手下手の柱で嘆くシーンも最高。
前田旺志郎氏は大物になるかもな。
久保酎吉氏が出ているだけで作品の格が一つ上がる。

もう一回位観たい程、良い芝居。
こまつ座は売り方次第でもっとブレイクすると思う。観劇初心者に一度観る機会を与えるべき。黒澤明や手塚治虫、筒井康隆と同じく知って然るべき存在が井上ひさし。知らずに済ますには勿体無い。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

ブルーハーツを聴いて、「本当に世界は変わるかもな」と真剣に思った夜。これを聴いた連中によって世界は変わるかも知れないと。そんなことを思い出した。

『ブルーハーツより愛をこめて』 THE BLUE HEARTS

見捨てられた裏通りから
世界中に向けて
大切なメッセージが
届くのを君達は見るだろう
夢の泪

夢の泪

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2024/04/06 (土) ~ 2024/04/29 (月)上演中

実演鑑賞

満足度★★★★

井上ひさしの「東京裁判三部作」の二作目、2003年初演。音楽は宇野誠一郎(&クルト・ヴァイル=ドイツの『三文オペラ』の作曲家)だが、かなり狙ったマニアックな曲調。歌い辛そう。あえてそれをやっている感覚がある。今作では朴勝哲(パク・スンチョル)氏が独り軽快にピアノを奏でてくれる。

瀬戸さおりさんはここ数年、井上ひさし作品のヒロインを背負って立つ貫禄。彼女が象徴する気高き精神性が井上ひさし作品を別格とする拠り所となる。今作も最高だった。
MVPは秋山菜津子さんだろう。何でも出来るんだなあ。歌もずば抜けていた。本物。
藤谷理子さん(28歳)と張り合う、板垣桃子さん(50歳)、いや全く気付かなかった。この配役がズバリ。才能のある連中を集めた上で更に捻りを入れている。贅沢に面白いことやってんな。

戦後すぐの昭和21年(1946年)、新橋駅近くに法律事務所を持つラサール石井氏と秋山菜津子さん弁護士夫妻。秋山菜津子さんの連れ子で8歳の時に義理の娘となった瀬戸さおりさん。だがラサール石井氏の女癖が悪く夫婦は崩壊寸前に。
GHQの将校クラブで歌う歌手、藤谷理子さんと板垣桃子さんはそれぞれの夫が自分の為に作ってくれたオリジナル曲を巡って大喧嘩。音楽出版権を争う事に。
秋山菜津子さんには東京裁判にて、A級戦犯・松岡洋右元外務大臣の補佐弁護人の依頼が。占領国であるアメリカが裁く日本という国の罪、一体敗戦国にどんな弁護が可能なのか?

テーマは『戦争(歴史)を誰がどう裁くべきか?』。
演出家の栗山民也氏が稽古中、「今、こんな戯曲は何処にもないよ。」とポツリ。確かにもう誰も書かないし、書けもしない。
けれど本当の日本の歴史を誰かが紡いでいかないと。嘘ではなく、“本当”の歴史を。
かなり面白い、是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

劇団チョコレートケーキの『帰還不能点』を観ていると、非常に判り易い。それは日本が何処で道を間違えたのか、そのギリギリのポイントを探る話だった。
1931年の満州事変(どさくさに紛れて満州を占領)を国際連盟に非難されたことを受け、1933年国際連盟を脱退。1940年日独伊三国軍事同盟、1941年日ソ中立条約を締結。(欧州へのアメリカの介入を阻止する為)。その中心人物となったのが松岡洋右。1929年に批准したパリ不戦条約(国際紛争解決の為の戦争放棄)が一つの論点に。

秋山菜津子さんは日本を弁護する為に、世界に通用する論理を模索する。それには交わされた法律(契約書)だけが頼り。今後の国際秩序の礎として、「平和に対する罪」「人道に対する罪」が戦争の抑止力と成り得るのか?

GHQの日系二世、土屋佑壱氏が自身の半生を語る。移民としてカリフォルニアで必死に暮らしてきた日本人、日系人は太平洋戦争開戦により敵性外国人として強制収容所に送られた。腕一本で築き上げた財産を全て没収された父親は夜毎うなされて泪を流す。青年だった土屋佑壱氏達は合衆国憲法を楯に取り、所長に抗議を繰り返し続ける。ならばと、文句を言った日系人達は軍隊に入隊させられて一番危険な戦場に送り込まれた。

在日朝鮮人の前田旺志郎氏はこの世界の仕組みについて気付いてしまう。「単純なことだった。世界に見捨てられただけなんだ。」見捨てられた者達にも人生は続く。さあ、見捨てられた自分はこれからどう生きてやるものか。

瀬戸さおりさんは土屋佑壱氏の話を聞いてショックを受ける。何も持たない弱者が国家の横暴と渡り合う最後の命綱が法律であることを知る。この契約書だけが生きていく為の頼り。法律を学び、世界と向き合う覚悟を決める。

作品はまあいつも通り何か中途半端な構成にも感じるが、このアイディアは凄い。これを語ろうとしただけで評価する。普通はそもそも語ろうとはしない。

「丘の桜(丘の上の桜の木)」の歌、この歌詞が物語に密接に絡まっていれば最高だった。
かぞくのわ

かぞくのわ

道楽息子

アルネ543(東京都)

2024/03/27 (水) ~ 2024/03/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

いや観に来て正解、才能あるわ。『マグノリア』だよね、全くハッピーではないけれど。
開幕早々、寺園七海さんがぶちかます。成程、役者の調理法をよく判っている。寺園七海さんは武器を手に入れた。

家族、若しくは家族という概念に苦しんでいる人間の群像劇。産んだ子供を愛せない人妻デリヘル嬢。幼年期に受けた虐待の経験から恐怖のトラウマが常にフラッシュ・バック、それを克服しようと過剰に自分を偽り残酷に振る舞うもう一つの人格。

優しいお母さん、青海(おうみ)アキさんがMVP。母であり妻であり女である。
その夫、村山新(あらた)氏も好演。笑顔で「しゃぶって」。ゼットンとキングジョー(?)のフィギュアを握ってブチ切れる演出は最高だった。
長女、斎藤茜理さんは平均的な女子。
次女、蟹江煎さんは漫画家の才能があるトランスジェンダー。

売れっ子漫画家の羽田敬之氏は妻に先立たれ、娘の育児を含む家事を学生時代からの友人、久間健裕氏に任せている。久間健裕氏は本業がお笑いで、相方は寺尾みなみさん。まだペエペエのコンビ。
漫画雑誌の編集者、小林桜子さんの感情のこもらないボイロ風会話が面白い。

明知広樹氏は半グレのような生活で弟・古賀紘汰氏の大学の学費を賄っている。この明知広樹氏がガチの犯罪者の臭いをプンプンさせている為、兼ねているABEMAのお笑い番組の司会役の時に心底ホッとした。古賀紘汰氏は蛍原徹の髪型ですぐにパニックを起こすボーダーを好演。

陽キャ女子高生、清水未来さん。
眼帯をするシーンもある五月女(そうとめ)泉さん。
金髪のららしえら!さん。
青木理歩さんは義父の性的虐待に怯えている。

お茶を挽く人妻デリヘル嬢、冬野泉さん。
巨乳の雪月彩瑛さん。
今作の光である、福谷まるさん。

こういう鬱話の連打なのだが、退屈させない技量が凄い。キャラが皆立っている。人妻デリヘル店の待機している風俗嬢なんか、今作で一番解放されて見える。

鬱話でげんなりさせてオシマイの、その手の作品かと思い、当初観ようとは思わなかった。不幸の共有なんてもう腹一杯食い尽くした。だがいざ観てみると、驚く程希望に溢れている。痛みと優しさの共存。

『今度はオレらの番さ』The ピーズ

絶望なんか気のせいさ、全くよ
死んだ方がマシなんて、勘違いよ
Hey,Baby 冴えないまんまでも笑えるよ
相棒がいれば勘違いもしねえ

ネタバレBOX

子供を愛せず虐待を繰り返してしまう寺園七海さんの吐露に、福谷まるさんはその痛みを全部抱きしめてあげる。「それが普通だよ。」

一番の名シーンは狂った母親に殺されかかる程の虐待を受けてきた明知広樹氏が、ボロボロ涙を流し洟を垂らし同じ境遇の寺園七海さんの息子に語り掛けるところ。「お前がいるせいで母ちゃんはああなっちゃったんだぞ。」時空を超えて久間健裕氏も同じ場所にいる。二人がまるで会話をしているように心の痛みを決壊させていく。

浮気を繰り返す妻を奴隷契約で縛り付け、虐待し続けてきた村山新氏。そんなに歪ませてまで自尊心を保ち、家族ごっこを演じてきた自分自身の悲鳴に気付く。「離婚しよう。」どんなに嘘を重ねても心の傷は癒せない。諦めよう。

ドラマ的な悲痛な告白をタフな登場人物達は軽くいなす。「いや、家族なんてそんなもんだよ。」泣いたり喚いたりそんな特別なもんでもないよ。小説漫画TVドラマ映画、虚構に毒され過ぎなんだ。人間なんてそんな高尚なもんでもない。ちょっと知恵のついた猿。ほんのちょっとだけ。

『スーパーソニックジェットボーイ』THE HIGH-LOWS

俺には不安なんかない TVの馬鹿が煽ってる
トラウマの大安売りだ そんなに大したものかよ

どうでもいいじゃないか そんなことはどうでも
どうでもいいじゃないか そんなことはどうでも
雲煙

雲煙

劇団青桜

中板橋 新生館スタジオ(東京都)

2024/03/28 (木) ~ 2024/03/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

冒頭、駅のホームのベンチ、環幸乃さんと友達になれたことに狂喜する女子高生。木内みどりっぽくて「この人好きだな」と思って観ていた。終演後確認したら杏奈さんだった。いや結構観てきた筈なのに、初めての感覚で観ていたことに驚き。彼女の感情表現は深く伝わる。

女子高生のしょげさんはメンコン(メンズコンカフェ=ソフトなホストクラブ)のキャスト・篠原諒氏にハマって案件(パパ活=売春)で稼いで貢いでいる。環幸乃さんは何故か輝いて見えるクラスメイトの彼女に憧れている。トー横界隈で巡廻と補導をしている女性刑事(渡邉真央さん)。彼女の上司の刑事(小崎隼大〈こさきよしひろ〉氏)の裏の顔は少女買春が生き甲斐。篠原諒氏には本命の彼女(五条おとさん)がいて、金を貯めて結婚を考えている。酒(ドラッグ)と金とSEXしかない世の中で、皆ここから逃げ出す“希望”を何処かに求めている。それは他愛もない嘘でもよかった。

ネタバレBOX

役者が仲間集めてやると大体こんな感じになる。構成を弄って時系列をシャッフルした方がいい。屋上でキスして飛び降りるシーンから始めるとか、話と人間関係に興味をもたせる工夫が必要。“謎”という餌を撒いて。今作だとラスト15分まで話が動かないので退屈。もっとエピソードを捻り、要らない登場人物を削って短くするべき。つまらないものを美味しくする魔法のことを“才能”と呼んでいる。HIVキャリアと同性愛でドラマを作るのは流行りか?

昔、渦中のオウム真理教の幹部に作家・藤原新也が世俗に還ることについて訊ねた。幹部は笑って「こんな世の中、金とSEXと食い物しかないじゃないですか。こんなもんのどこがいいんですか?」と答えた。

皆、誰かに必要とされたがっている。汚い臭いおっさんでも、自分に価値を見出して金を払ってくれることで安心する。きっと自分には価値があるのだと。他人に保証して貰わないと安心できない。皆自分の存在に自信がない。だからいつも何かにすがっている。まるでこれは宗教の構図だ。
見よ、飛行機の高く飛べるを

見よ、飛行機の高く飛べるを

ことのはbox

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2024/03/28 (木) ~ 2024/03/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

終盤が強烈すぎて一気に感情を持っていかれた。ああ、これは名作だわ。宮崎駿の『風立ちぬ』の強さを想い起こす。

ロビーに飾られた祝い花、主演女優・石森咲妃さんが目立つ。やっぱり見てる人は見てるんだな。彼女の実力がきっちり評価されている。
そしてW主演女優の元AKB、清水麻璃亜さんがまた凄い。彼女とは知らずに岩田華怜か?なんて観ていたが、休憩で知って驚いた。TEAM-ODACや五反田タイガーでよく観てはいたがここまできっちりとした女優になっているとは。彼女を推して来たファン達は誇っていいと思う。文句の付けようがない主演女優だった。人一倍努力を重ねてきたんだろう。
この石森&清水ペアのバランスが美しい。学年は違えど歳は同じ。貧農出の劣等感丸出し文学少女と由緒正しき士族のエリートお嬢様。二人の関係性が物語の軸、ラストの畳み掛けには誰もが泣かされる。

1911年(明治44年)、平塚らいてうが婦人月刊誌『青鞜』を創刊。1890年に公布された集会及政社法によって女性は政治参加を禁じられていた時代。そこに女性の権利獲得運動を呼び掛けたらいてうの言葉は世の女性に大変な衝撃を与えた。
愛知県の教員養成学校女子部の寄宿舎にもその衝撃は伝わっていた。勉強運動ルックス、全てに秀でた由緒ある家柄の清水麻璃亜さんは学校中の人気者。誰しも憧れる存在。慕われる教師、篠田美沙子さんは授業に『青鞜』を用いるなど進歩的な思想の持主で校長に目を付けられていた。二学年下の飛行機にやたら興奮する石森咲妃さんは清水麻璃亜さんと親しくなるチャンスを伺っている。その清水麻璃亜さんは新任教師の久下恭平氏のことが気になってしょうがない。禁止されている田山花袋の『蒲団』や『青鞜』を極秘に借り受け、皆で隠れ読む。そのうち、自分達も秘密裏に回覧雑誌「バード・ウィメン」を作ることを計画。表立っては言えない本当のことをありのままに表現することへの渇望。

久下恭平氏、篠田美沙子さん、期待通りの名演。篠田美沙子さんは痛切な役柄。夢と現実、そのどちらをも知るリアルな言説。理想だけで生きていける甘い世界じゃないんだ。
ヒール教師の青山雅士氏が入江慎也みたいで不快な憎まれ役を好演。
上之薗理奈さんも印象的なシーンを残した。
寄宿舎の舎監教師、華岡なほみさんも流石に巧い。
独り、一年生で踏ん張る才媛、凪子さんも良かった。

明治時代の『ぼくらの七日間戦争』、是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

第一幕は何かぱっとしない。ひそひそ話が後ろの方の客席にまで届いているのか不安になる。大体こういう話なんだろうな、と枠組を理解した。ヤバイのはクライマックスの二人。追い詰められて疑心暗鬼の石森咲妃さんだったが、自分の本心は清水麻璃亜さんさえ傍にいてくれれば後のことは実はどうでもよかったんだと気付く。到頭気付いてしまう。そこが最高の名シーン。これはこの二人のプラトニックなラブ・ストーリーだった。

作者の永井愛さんの祖母、永井志津さんの実話がモデル。彼女は愛知県立第二師範女子部で「国宝」という仇名の優等生だった。一学年下にいたのが市川房枝さん。男女平等、女性解放運動に生涯を捧げた婦人運動家であり後に政治家になった婦人参政権運動の中心人物。1912年(明治45年)、新校長による「良妻賢母」教育に反発、同級生28名と日本の女学生初のストライキを敢行。永井志津さんは市川房枝さんと親友だったことを終生の自慢に。

タイトルは石川啄木の1911年(明治44年)の詩、『飛行機』よりの引用。1911年1月に死刑が執行された大逆事件。死の前年、病床に伏せっていた石川啄木は日記に社会主義への傾倒を綴っている。

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。

そして、『風立ちぬ』の主題歌、荒井由実の『ひこうき雲』。

誰も気づかず ただひとり
あの子は昇ってゆく
何もおそれない そして舞い上がる

空に憧れて 空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲

宮崎駿の映画のような鮮烈なラスト。
(実際には小林未郁さんの楽曲が流れる。これも良かった)。
行ったり来たり

行ったり来たり

東京演劇アンサンブル

すみだパークシアター倉(東京都)

2024/03/28 (木) ~ 2024/03/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

作者のエデン(オドン)・フォン・ホルヴァートは1901年オーストリア=ハンガリー帝国(現クロアチア)生まれ。1933年ナチス台頭によりオーストリアのウィーンに移住。今作は1934年、スイスのチューリヒにて初演。1938年、ドイツがオーストリアを併合するとフランスのパリに移住、その年に落雷による倒木の下敷きとなり死去。国を喪失した亡命者の彷徨えるアイデンティティから見えた、国家と個人を分断していく不条理をコミカルに抉る。

舞台は対立した2つの国、間に流れる川が国境。それを繋ぐ橋の左岸と右岸にそれぞれの入国管理局が置かれている。
左岸の国の入国審査官(洪美玉〈ほんみお〉さん)は夜勤中、娘(福井奏美〈かなみ〉さん)がコーヒーを届けに来る。実は娘は右岸の国の入国審査官(雨宮大夢氏)と恋仲、橋を渡って逢い引きを重ねている。
そこに警察官(浅井純彦氏)が国外追放処分となった男(永野愛理さん)を連行してくる。右岸の国に生まれ、生後二週間で左岸の国に一家でやって来た。薬局を経営して真面目に50過ぎまで暮らしてきたが店が倒産、税金滞納、天涯孤独。国籍が右岸の国に在ることが今更判明し、国外退去処分。独り橋をトボトボ渡り、右岸の入国管理局へ。
だが数年前に右岸の国の法律が変わり、領事館に申請しなかった海外在留者の国籍は抹消されたとのこと。入国を拒否される。右岸と左岸を行ったり来たり、真っ暗闇になるまで橋をうろうろと彷徨う哀れな男。
その夜は偶然にも両国首脳の極秘会談、国際的麻薬密輸団の陰謀などが重なり悲惨な男は散々な目に遭うことに。

唐突に入る歌が凄く良い。
藝大出身音楽ユニットmonje(モンジュ)の提供曲。

右岸の国の旅館の女将、西井裕美さんが良かった。歌のハモりが絶妙。
釣り好きの個人教育者(チューター)、二宮聡氏も面白い。「アブラカタブラ···」。
ミミズを運ぶ、その奥さん、鈴木貴絵さんも印象的。
麻薬密輸団の夫人、町田聡子さんもやり過ぎくらいな強烈な役作り。
雨宮大夢氏は元たけし軍団の〆さばヒカルを思わせる眼鏡姿。

驚いたのが主演の永野愛理さん。チャップリンのようなバスター・キートンのような無声映画のピエロの趣き、パントマイム多用で困り果てたおっさんを好演。凄く器用な女優。劇団を背負って立つだけはある。もっといろんな役柄を観てみたい。歌も巧い。終演後、女性客達で彼女のキャラの可愛さと声に萌えたと話していた。

古典的な喜劇なのだが間口が広い。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

凄く面白い作品なのに少し勿体無い感じ。リズム感、スピード感、緩急をもっと付けた方がいい。何か一々まどろっこしくて話下手。麻薬密輸団の大物ボスが右往左往しているのもおかしい。橋の模型でも吊り下げて位置感覚を観客に共有させるべき。ナレーションは判り易いのだが、物語に入り込めない距離感の一因かも知れない。誰かが誰かにこの話をしている額縁を作った方がいいのかも。とにかく笑わせるところは圧倒的スピード感で畳み掛けて欲しい。

ラストの取って付けたような歌、「境界線は必要だ」の内容はまさにこの劇団らしい。
三途の川のクチコミ

三途の川のクチコミ

万能グローブ ガラパゴスダイナモス

駅前劇場(東京都)

2024/03/27 (水) ~ 2024/03/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

死後の世界、賽の河原に集まった亡者達を三途の川の渡し船に乗せる鬼の職員、青野大輔氏。亡者達は口々に不満を述べる。「行き先についての情報が欲しい。いろんな利用客のクチコミをチェックしないと、安心して向かえない。」と。それが天界で議題となり、よりユーザーが快適に利用出来る施設とする為に情報を開示し運営の透明性を高め、信頼のおける行政機関を目指すことに。そこに謎の男(澤栁省吾氏)が現れ、鬼にスマホを配り出す。

富永真由さんがやたら綺麗だった。
西山明宏氏は輩感満載。
壺地獄のつじむらかほさんのシニカルな笑いが効いている。
ネタはSNSによって歪む人間関係をブラックに炙るもの。
工夫された美術や衣装、小道具もカラフルで楽しい。
福岡の人気劇団、年に一度の東京ツアー。期待感に満ちた観客の熱気。どっと沸く笑い声。
開演前に流れるandymoriの楽曲がよく似合う。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

流石にアイディアが冴えている。「もし地獄にSNSが普及したら?」みたいなドリフの一点突破コントを思わせる。「こんなもんいらなかったのに···」という痛みと「いや、誠実であれ」という祈り。誠実でありさえすれば、何てことはない。こんなものはただのゲームだ。
かもめ

かもめ

Ito・M・Studio

Ito・M・Studio(東京都)

2024/03/26 (火) ~ 2024/03/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

凄く面白かった。何かチェーホフが初めてしっくり来た。鈴木清順の後期、『夢二』みたいな質感。演出の画角がバストショットで日本人風に繰り広げられる為、非常に解り易い。演出家の解釈が映画的でキャラクターをきっちり説明してくれている。思うに戦後の日本映画はかなりチェーホフに影響を受けているのだろう。起こる大事件は全て噂話、観客にはその隙間を垣間見せるだけ。ほんの少ししか見せず、観客の想像力を刺激して作品を補わせる手法。

役者のレヴェルが本物。こういう奴が観たかった。
ピアノを弾き、壁に何かを書き連ねるトレープレフ(喜多貴幸氏)。作家志望の青年は田舎の叔父ソーリン(竹内修氏)の屋敷に滞在している。その湖畔にある屋敷の一つに住む地主の娘、若き美しきニーナ(藤沢玲花さん)を主演に自作の舞台を発表するのだ。彼の母親アルカージナ(中込佐知子さん)は有名な大女優で著名な作家トリゴーリン(田中飄氏)を愛人として引き連れている。叔父の屋敷の支配人(執事)シャムラーエフ(中川香果〈かぐみ〉氏)と妻ポリーナ(須川弥香〈みか〉さん)、その娘マーシャ(安田明由さん)。マーシャに求婚している教師メドヴェージェンコ(佐藤幾優〈いくま〉氏)。やたらモテる医師ドールン(早船聡氏)。
屋敷の中庭の特設ステージでトレープレフは舞台を開幕。古き悪しき閉鎖的保守的な現代演劇界への宣戦布告、未だ誰も見ぬ全く新しき革命的作品のつもりだったが、ろくに観て貰えず嘲笑され全く相手にされやしない。傷付いて途中で打ち切り立ち去る。ニーナは有名な作家、トリゴーリンを紹介されて夢中になる。

大都会モスクワで女優になることを夢見るニーナ、藤沢玲花さんが美しい。有名になることへの幼稚な憧れがリアル。
トリゴーリン、田中飄氏はウィレム・デフォーと佐藤浩市を足した感じ。
ドクトルを誘惑し追い回すポリーナ、須川弥香さんの怪演に客席がどっと湧いた。
トレープレフを恋するマーシャ、安田明由さんは喪服姿のゴスロリ腐女子。二階堂ふみとかがやりそうな役。この過剰な現代風アレンジは正解。
嫌味な大女優アルカージナ、中込佐知子さんは桃井かおり調。こういう役に日本人は皆、桃井かおりを連想する。それだけイメージが強烈なのだろう。

この遣り口で『桜の園』や『三人姉妹』はどうなるのか?観てみたい。
かなり面白いので是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

第四幕が余り好きじゃない。ここの解釈が違う。(何が正解なのかは分からないが)。ここはふざけたチェーホフの内的自己達の一人がじゃれ合いの宴からふと酔いが醒め、突然自死する流れ。茫然としているのは書いたチェーホフ自身。何も死ぬことはなかったじゃないか、と。自分の中に残った誠実、イノセンス(無垢)、かもめが死んでしまった。そこが唐突すぎて終わりの為の終わりみたいになってしまっている。トレープレフとニーナの対話の描き方をもっと深く潜らないと、冴えないマザコン文学青年が失恋して自殺にしか見えない。多分、そうじゃない筈。

客層がキツい。俳優が呼んだ知り合い、自称業界人なんだろうけれど酒飲んでスマホでLINEして寝て、時間潰しにパンフをパリパリ音立てて。つまらなかったんだろうが、せめて前の方には座らないでくれ。役者がどんなに良い芝居をしても台無しだ。後ろの方で時間を潰していて欲しい。
イノセント・ピープル

イノセント・ピープル

CoRich舞台芸術!プロデュース

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2024/03/16 (土) ~ 2024/03/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

2回目。
観方を全く変えて観ると作家の意図が判り、かなり違って見えた。演出演技、細かい部分もかなりアレンジされていてラストの音も違う。話を知っているので人物の細かい目配せや表情の変化の意味が理解出来たことも大きい。
これは原爆ではなく、夫婦の物語なのだろう。

海軍の准将まで出世した内田健介氏の役が効いている。彼の叫びがあってこそ、こういう話は成立する。
山口馬木也氏は老いの演技が素晴らしい。家族への涙が美しい。
全員メイクをせずにそのままで老け演技をするのが効果的。

ネタバレBOX

主人公ブライアン(山口馬木也氏)は一目惚れのように初対面からジェシカ(川田希さん)に夢中だ。彼女以外目に入らない。どうせ死ぬなら独り寂しく消えるより、君といたいと願う。孤独で不条理な死と毎日向き合って作業している男にとって、一筋の光のような女。トリニティ実験は成功し、窒素原子核同士の核融合反応の熱核暴走は起きなかった。地球は無事だった。そして広島に投下が成功。これで戦争は終わる。皆の苦労は報われた。戦争が終わったら結婚しよう。

この夫婦の物語として観ると、時間軸のシャッフルにも納得いった。男にとっては妻が全てだった。彼女こそ生きる意味。妻の死後、彼女が出た番組のビデオを一人観る。このシーンが堪らなく良い。照明が秀逸。

ラスト、被爆者に謝罪を求められても何も言えない。何も言う言葉がない。だが娘の遺した孫娘が身籠っていることを知るとよろよろと立ち上がる。自分と妻の物語がまだ続いていることを知る。

仮面を外した小日向春平氏により、原民喜の詩が朗読される。

コレガ人間ナノデス
原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ
肉体ガ恐ロシク膨脹シ
男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル
オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ
爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ
「助ケテ下サイ」
ト カ細イ 静カナ言葉
コレガ コレガ人間ナノデス
人間ノ顔ナノデス
the sun

the sun

カンパニーデラシネラ

シアタートラム(東京都)

2024/03/22 (金) ~ 2024/03/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

音曲師・桂小すみ(こすみ)さんが上手に座り、三味線を叩き長唄を唸る。各種の効果音を作り、鉦や太鼓を打ち笛やケーナを吹き、時にはグリーンスリーヴスを奏でる。
今作はアルベール・カミュの母親の物語。
「私は正義を信ずる。しかし正義より前に私の母を守るであろう。」とはカミュがノーベル文学賞を受賞した後の討論会で述べた有名な言葉。
母、カトリーヌ・サンテスは文盲で難聴の為、耳が殆ど聴こえなかった。この役を演ずる數見陽子(かずみあきこ)さんはろう者(聴覚障害者)の為、観客にもろう者が大勢いた。ほぼ台詞のないマイムの無言劇。(手話で会話するシーンが一つだけあり、そこだけ音声が流れる)。
自分が観ていてハッと思ったのが、これは音楽の視覚化をやろうとしているのではないか。動きや表情、リズムや各種多彩な遊び。これはメロディーを見せているのではないか。
北アフリカのアルジェリアのノートルダムダフリックをイメージしたような背景。
「一人の母親の素晴らしい沈黙と、この沈黙に釣合う愛や正義を見出すための一人の男の努力」。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

1960年にアルベール・カミュは自動車事故で亡くなる。現場近くに落ちていた鞄の中に『最初の人間』の草稿が入っていた。ちょうどフランスからの独立戦争でアルジェリアは緊迫した状況だった為、遺族はそれを出版させなかった。フランス移民の父とスペイン移民の母から当時フランス領だったアルジェリアで生まれたカミュ。独立ではなく共存することを願っていた。1994年、娘が出版を許可。カミュの自伝的小説で、現在のカミュがアルジェリアに帰郷し少年時代を回想する物語。

疾走する馬車、父(鈴鹿通儀氏)と母(大西彩瑛〈さえ〉さん)が出逢う。そして子供を授かる。父が戦死した為、母方の実家に移る。厳しい祖母(藤田桃子さん)と母(數見陽子さん)、叔父(小野寺修二氏)、若きカミュ(丹野武蔵氏)。

説明もなくカミュの小説のシーンが挿まれる為、非常に判りにくい。役柄が一定しない。とにかく何となくイメージを繋ぎ合わせていかないと。基本的に何かそこにあるもので遊びを思いつき、皆でやってみる感じ。丹野武蔵氏の激しい動き、大西彩瑛さんの柔らかな動きが映えた。寝た振りをして遊びに出かけようとするカミュと、それを許さない祖母。鏡を見るシーンが多用される。

もう少し各シーンのヒントがあればもっと面白く観れたと思う。ろう者の方がこれをどう観たのか非常に気になる。音楽は見えたのか?
島口説(しまくどぅち)

島口説(しまくどぅち)

株式会社エーシーオー沖縄

R's アートコート(東京都)

2024/03/20 (水) ~ 2024/03/23 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

1979年、沖縄本土復帰から7年、ここは民謡酒場「スミ子−の店」。山城スミ子(城間やよいさん)と元バスガイドの新人(知花小百合さん)が団体客の応対をしている。(今作では山城スミ子本人の役ではない可能性もある)。遅れてやって来る平良大氏が三線を奏でる。
比嘉恒敏の曲、「艦砲ぬ喰ぇー残さー(かんぽーぬくぇーぬくさー)」=艦砲射撃の喰い残し、が印象的に唄われる。「死に損なった猪が我が子を想うが如く、こんな目に遭うのは二度と御免だ、と夜も眠れぬ日もある」
今沖縄で生きている自分達はあの時の死に損ないに過ぎないとの境地。

知花小百合さんは吉村実子っぽい。本職は舞踊家なのにお笑い芸人のように達者。
城間やよいさんは野々村友紀子っぽい。やはりプロのお笑い芸人だった。喋りが素人ではない。
もう開幕から漫才のようだった。客を弄りながら自然に喋っているようで、実は完璧に構築された世界。伝統芸能の域。ここまでACO沖縄はレヴェルが高いのか。凄い作品。『この世界の片隅に』のような語り口と今村昌平作品をガッチリ観た時のような濃密な空間。笑わせて泣かせて一人の女性の人生を丸ごと味わわせる。ここまでやれるのか。

1979年北島角子さんの一人舞台として初演、300回を超える公演に。2018年、沖縄のローカルお笑いコンビ「泉&やよい」主演の二人芝居に脚色してACO沖縄で再演。2019年からは知花小百合さんと城間やよいさんのコンビになった。
かつてはこれを一人でやったのか?そりゃ観てみたい。今回の脚色も素晴らしく、二人の掛け合い、役の交換、先輩と新人の関係性などよく練られている。
「艦砲ぬ喰ぇー残さー」こそ、生きて戦争の証にならなければ!沖縄についてかなり深く感じ取れた。必死に純粋に生きて全ては自然のままに。それは政治運動でも思想でも何でもない。全ては自然に。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

第一幕は知花小百合さん演ずる戦後の山城スミ子物語。ある日、アシバー(遊び人)だった父が青年・朝栄を連れて帰って来る。「これがお前の旦那だ」とその日の内に祝言をあげさせられる。宮城島(?)から朝栄と二人で平安座島(へんざじま)へと歩いて渡る情景が美しい。鯨の解体、舟の模型。

第二幕は城間やよいさん演ずる山城スミ子の父親の物語。戦後は瀬長亀次郎(アメリカ統治下で徹底して反米を貫いた政治家、沖縄の英雄)について回ったり、陸軍中野学校から来て戦時中に息子が死ぬ切っ掛けを作ったアサノ(?)を追い回したり。

1970年12月20日に起きたコザ暴動。5000人以上の島民が暴れ、軍関係の車両82台が焼き払われた。父親とその場に立っていた山城スミ子は群衆の中に学生時代の親友を目撃する。
イノセント・ピープル

イノセント・ピープル

CoRich舞台芸術!プロデュース

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2024/03/16 (土) ~ 2024/03/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

原爆は作ってはいけなかったのか?

助演を競い合うコンテストのような豪華な顔ぶれ。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

主演の山口馬木也氏は庵野秀明みたいでカッコイイ。
日本人を表情のない白いお面(カオナシ)にしたのは巧い。英語を話せる、もしくは意思表示をした事でアメリカ人からお面を外した人間として見える演出。
水野小論(ころん)さん、堤千穂さん、安川摩吏紗(まりさ)さんは助演女優賞を争う名演。役が効いている。
内田健介氏が前半結構台詞をトチったのでこっちも冷や冷やした。
三原一太(いちた)氏は重要な掻き混ぜ役。
花岡すみれさんは綺麗だった。

何かノレなかった。何なのか?ずっと考えている。ホンも演出も悪くはない。だがそんなに良いとも思えない、まあそうなるだろうな、という脚本。時間をシャッフルする意味を余り感じない。原爆実験の成功に最高にハッピーな開発者達と、それが引き起こした結果に生涯苛まれる人々との姿、そのタイミングを合わせるべきだったかも。「皆不幸になってしまったので許して下さい。」か・・・。

演出は恐ろしかった。被爆地を思わせる美術、汚れまくったテーブルクロス、黒い灰に侵されたグラス、瓶の中の灰砂、溶けて歪んだガラス、手榴弾。原爆を落とした奴等がその後ずっと被爆地で生活しているようなニュアンス。邪悪な目線に深い狙いを感じた。(無意識の罪悪感の表現?)時々、回想する主人公の脳裏に映るハッとした顔の少女。真白な服を着ている。この娘が“原爆”の象徴なんだろうな、と勝手に思っていた。だがラストで現れる初めて逢う孫が彼女。妊娠している。その腹に手を伸ばす主人公、暗転、ガチャリと異音。原爆を作った手と産まれてくる自分の末裔を撫でる手は同じもの、といったニュアンス。

この演出と脚本がどうも噛み合っていないのかも知れない。前半は自分達の成し遂げた事に誇りを持って人生を謳歌する連中の明るい話にした方がいい。(多分、彼等はアメリカという国家を象徴、擬人化している)。だが時が経ち、娘は被爆者と結婚、息子はベトナム戦争で下半身不随。どんどん暗い情勢になり、911にイラク戦争、ネイティヴ・アメリカン問題、輝かしい歴史が泥塗られ否定されていく。誇り高き世界の王様だったアメリカが病み老い衰えていく。ラスト、目を背け続けてきた広島で自分達が殺そうとした連中と会う。そこにいたのは自分(アメリカ)と被爆者(日本)の子孫。その先に何があるのか?そっと手を伸ばす。
ジーザス・クライスト=スーパースター

ジーザス・クライスト=スーパースター

劇団四季

自由劇場(東京都)

2024/02/16 (金) ~ 2024/03/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

[エルサレム・バージョン]

楽曲が良いのでやはり観入ってしまう。ジャポネスクよりもこっちの方が好きかも。

ジーザス・クライスト役、加藤迪(すすむ)氏は鈴木健想に見えた。
マグダラのマリア役、江畑晶慧(まさえ)さんも巧い。
この二人の歌はどんな状況でも歌詞を聴き取れるのが凄い。
イスカリオテのユダ役、佐久間仁氏は時々谷村新司を思わせる。
ヘロデ王役、北澤裕輔氏は松平健っぽかった。

ジーザス・クライスト逮捕の理由。当時ユダヤ教は三派に分かれていた。ローマ帝国に従う権力を握る官僚的なサドカイ派。一番大衆に根付いていたパリサイ派は伝統的な律法を守り習慣を重んじた。ジーザス・クライストのいたであろうエッセネ派はゴータマ・シッダッタの教団に近い形で儀礼ではなく精神的なものを重要視した。ラディカルにパリサイ派を批判し、かなりの民衆を扇動出来る人気、反政府運動のカリスマ的な立ち位置。それを敵視したパリサイ派サドカイ派の者達は死刑の権限を持つローマの総督ピラトに処罰を委ねたとされる。

ネタバレBOX

ジーザスは死にたがっているようにしか見えない。体制に抗って惨めに死ぬことで自分の存在は完結する、と。

新約聖書外典の一つ、グノーシス主義者による『ユダの福音書』は「肉体は牢獄であり、本人の指示通りにその牢獄からジーザスを解き放ったのがユダ」という内容。

ユダがジーザスを売った理由を「愛していたからだ!」と叫ぶ。仄かに同性愛的なものを感じた。自殺したユダが女を侍らせて十字架までやって来るシーンが見もの。
蛇ヲ産ム

蛇ヲ産ム

日本のラジオ

新宿眼科画廊(東京都)

2024/03/15 (金) ~ 2024/03/19 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

演出、異質な空気感の醸成、話の進め方が秀でている。そして言語感覚。「いい」を必ず「よい」と言わせる拘り。その細かさが観客を敏感にさせる。
沈(しむ)ゆうこさんが語り手。自身の経験談を人名や地名は特定されないよう仮名にして語り出す。
彼女が働いていた地方の肉屋にパートで入ってきた日野あかりさん、結婚を機に夫の田舎に引っ越して来たそうだ。最近腹部に違和感を覚え地元で評判の漢方薬局を勧められる。診療にあたるのは薬剤師の松浦みるさん。少し妙な問診。処方された漢方薬。

実家で暮らす義理の妹(神藤さやかさん)がたまに遊びに来る。ガチガチの金髪、冷蔵庫の肉への執着。
肉屋で毎日弁当を買う常連客は安東信助氏、かなりのメンチカツ中毒。「何か入ってんのかなあ?」
残業後、会社の後輩(加糖熱量氏)と車で帰る。後輩は恋人(こばやしかのんさん)とイタリア料理店で食事をした際のことを話し出す。料理のパプリカを除けていたら咎められ、その訳となった小学生時代のトラウマを告白したことを。

日野あかりさんの役への作り込みが凄い。チック症を多用。前作の弱視役を彷彿とさせる藪睨と神経症的な瞬き、ジスキネジア(自分の意志とは関係なく体の一部が勝手に異様な運動をする不随意運動)のように口をもごもごさせ、表情は神経質な痙攣を伴い続ける。
そして異常に美人、気持ち悪くなる位の美人。こういう話には打って付け。

こばやしかのんさんは脚が長くスタイルが良い。

この感覚は『ファンタズム』っぽい。

ネタバレBOX

冒頭の問診は『CURE』を彷彿とさせる。途中、松浦みるさんが急に訳の判らない言葉を使い出す。不快に思い、聞き返す日野あかりさん。その遣り取りの内、不意にその質問を理解したかのように答える。その話を聞かされた沈ゆうこさんは意味が分からない。「だって、そうじゃない。」とだけ答える日野あかりさん。いつのまにか訳の判らない世界に取り込まれている感覚。

セックスレス、夜毎見る夢、フロイトの『夢判断』だと蛇は男根の象徴。古典的な話を随所に散りばめていく。

プリオン病とは、感染性を持つ異常蛋白質「プリオン」が脳内の神経細胞を壊す病気。共食い等で脳のようにプリオンが多く含まれる組織を食べたことで感染する。潜伏期には個人差があり、人の場合40年以上後の症例があった。発症後1〜2年で確実に亡くなる。羊のスクレイピー、牛の狂牛病、人間のクロイツフェルト・ヤコブ病、クールー、現在は北米の野生の鹿に慢性消耗病が蔓延している。

今作のさんだ薬品の創業者の祖先が、流行り病の特効薬の為に自分の子供を殺して調合したという逸話はプリオン病を連想させる。2011年に発覚した中国吉林省の『人肉カプセル』事件。幾つかの病院が死んだ赤ん坊の遺体をブローカーに売り、それを粉末状にしてカプセルに詰め、高価な漢方薬として密売していた。これは今も現実にある話。

安っぽい都市伝説的なホラーがノイズになっている。自分はカニバリズムにそれ程、禁忌を感じないのでそこはイマイチ興奮しない。人肉を食わされたことではなく、食わそうと思った意図に潜んでいるものの方が恐い。

ずっと町全体に洗脳されていくような静かな恐怖。
こういう話は意味が解らないことよりもその情景が記憶にこびり着くことの方が重要。気が付くと奇妙な薬剤師の問い掛けに普通に答えている自分を想像するように。
田園に死す

田園に死す

流山児★事務所

ザ・スズナリ(東京都)

2024/03/14 (木) ~ 2024/03/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

終盤の劇中、流山児祥氏が叫ぶ。「これのどこが『田園に死す』だ!?」、どっと笑う観客。『田園に死す』を叩き台に使った、天野天街大全みたいな舞台。ループ・ギャグ、駄洒落、時空間の割れ目、消失、入れ替え、デジャヴ、現実と虚構、無限問答、メタフィクション、昭和初期のギャグ、盆踊りのような群舞、飛ぶフィルム、言葉遊び···、天野天街ワールドを堪能するのだ。好きな奴には堪らなく好きな御馳走だろう。
やはり振付は夕沈さん。

中学生の寺山修司(木暮拓矢氏)と母(平野直美さん)、隣家の沖田乱氏と嫁入りした伊藤弘子さん。沖田乱氏は快楽亭ブラック&荒井注っぽい。
寺山修司は母親の支配から逃れて、女と東京へ駆落ちする妄想を抱いている。
村に来た怪しいサーカス団に潜入するのは少年探偵団。それを率いる小林芳雄を演じるのはさとうこうじ氏。せんだみつおのような、レツゴー三匹のじゅんのような、中川剛のような、躁病スタイル。
サーカス団の空気女他は新部聖⼦(にいべみなこ)さん、印象に残るおかっぱ。
竹本優希さんはやたら綺麗。目鼻立ちのハッキリしたJAC顔。簪代わりの五寸釘。
寺山修司は分裂する。眞藤(しんどう)ヒロシ氏、五島三志郎氏。

そして寺十吾氏はここでも当然のようにいた。遺影の父であり、怪人二十面相でもあり。だが彼は本当は実在しないのではないか?昔、押井守が『ルパン三世』の劇場版をやる事になった。その時の押井守のネタが、「ルパンは実在せず、次元五右ェ門不二子が代わる代わる演じ合っている共同幻想であった」というもの。それに怒り狂った上層部は押井守を引き摺り降ろし、突貫工事で『ルパン三世 バビロンの黄金伝説』を全く別のスタッフに作らせることに。何か寺十吾氏も舞台上にだけ漂う如く存在する共同幻想なのかも知れない。

天野天街作品で一番観客にドッカンドッカン笑いが起きていた。是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

現在の寺山修司(大内厚雄氏)は病院で死の床にある。12時5分にこの世を去る。全てはその刹那の夢。

畳に穴が空いて人が落ちていく。凄い出来。
カタブイ、1995

カタブイ、1995

名取事務所

小劇場B1(東京都)

2024/03/15 (金) ~ 2024/03/18 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

中2の少女役の宮城はるのさんが超可愛かった。19歳。歌と三線も一流。沖縄アクターズスクールか?と思ったがこれが初舞台とのこと。凄いな。彼女を見る為だけでも今作に価値はある。キム・テリのデビュー当時みたいな自然な華。ACO(芸術共同体組織)沖縄は何かずっと観たかった劇団で、期待しただけはあった。本物の作品、凄く考えさせられる。

前作『カタブイ、1972』を観ていないので作家の構想を完全に理解しているとは思わないが、今作だけでも凄まじい重量。沖縄問題は素人が簡単に口を出すのは失礼にあたるとの不安感で皆少し距離を置いている議題、下手に口を挟めないジャンル。それは“差別”についての言説に近い。当事者じゃないから関わりたくない、的な。

今作の舞台は1995年、日本にとって激動の年。
55年体制(1955年に成立した自民党と野党との2:1のバランス)が1993年に崩壊。非自民8党の連立政権が誕生、日本新党代表・細川護熙が総理に。その後新生党代表・羽田孜を経て1994年6月に自社さ連立政権として社会党代表・村山富市が総理の座に座った。
1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生。
3月20日、オウム真理教による地下鉄サリン事件が発生。
世紀末的な退廃厭世刹那的な思潮が蔓延し、後に伝説となる『新世紀エヴァンゲリオン』が放送される。

反戦地主=沖縄県内の米軍基地内に土地を持つ地主の中で、1972年の日本復帰の際、「自分の土地は軍事基地としては使わせない」と政府との契約を拒否した地主のこと。

反戦地主の夫が亡くなり、残された妻の新井純さんは娘(馬渡亜樹さん)と孫娘(宮城はるのさん)とサトウキビ畑を耕して暮らしていた。体制側に寝返った花城清長氏や沖縄防衛局の稀乃(きの)さんは軍用地の契約のお願いに再三やって来る。そんな中、23年前に馬渡亜樹さんの恋人であり、沖縄闘争に身を投じた髙井康行氏が故人の弔いとして突然顔を出す。

「片降い(カタブイ)」とは、沖縄県特有の不安定性降水のことで、片側(局地)だけ集中豪雨が起きている状況。そこ以外は全く平穏で綺麗な晴天だったりする。今作では日本国の中で、沖縄県だけがカタブイに遭っていると糾弾の声を上げている。本土の人間としては所詮『対岸の火事』で、「あら大変ね」と他人事。災害と同じで自分が被害を被らないと人間は動かない。「同じ日本人としてこんな状況を何故許せるのか?」と沖縄人は叫ぶ。原発と同じで、自分の身の回りになければ大して気にならない大多数の日本人。だって自分の暮らしには関係ないから。不公平で明らかに間違っている国策を何とか正していかなければならない。だが一体どうやって?
デモや座り込みに果たして意味があるのか?参加者達のエネルギーを発散させるお祭り、「何かをしている」という自己満足に過ぎないのではないか?「手段」が「目的」化してしまう、例のいつもの奴じゃないのか?結局何の「目的」も果たせないままじゃないか。反体制運動に付き物の徒労感。虚しさ。

稀乃さんは日本国憲法、日米安全保障条約、日米地位協定をすらすらすらすら暗誦してみせる。怖ろしい。
花城清長氏は重要な役。この柱が一本通っているので皆安心して演れる。
安室奈美恵ネタは秀逸。彼女のお蔭でおおよその年代感覚が掴める。
ナークニー(宮古島由来とされる民謡で同じメロディーに思い思いの歌詞を乗せるもの)が効果的に使われる。

素晴らしい作品、こういうものこそ沢山の人に御薦めしたい。 

ネタバレBOX

小学生が米兵3名にレイプされた事件(1995年9月4日)を新聞で知った祖母と母。この時はまだそれは不幸な他人の事件でしかない。そこで娘が自分もつい先日米兵に車で拐われそうになって怪我をしたことを告白する。ここでこれはもう他人の事件ではなくなる。自分が(運の悪い不幸な)他人事にしてきたせいで到頭娘にまで被害は及んだのだ。これは何十年も見て見ぬ振りをし続けた自分達の責任だと受け止める。娘を守らなければいけない。二度と米兵がこのようなことを起こせないように沖縄県民全体の怒りを示さなければならない。それが自分に関わっている切実な問題であることを認めた時から、人は動き出す。動かざるを得ない。宮崎学は大衆を分析して「人が動く時は自分の生活に関わる問題の時だけだ」と断じた。「ただもう一つ、それを超えたある種の思想、宗教、民族の為に人は利害を度外視して死ぬことが出来る」と。

日米地位協定により、米兵の取り調べが拒否されたことに県民の怒りが爆発。10月21日、県民総決起大会に約8万5千人が参加。両政府により日米地位協定の改善が合意された。3人の米兵には実刑が執行。

その後のこと。
在日米軍の軍用地の使用に関し、代理署名を大田昌秀沖縄県知事が拒否。村山総理は職務執行命令訴訟を起こす。最高裁は沖縄県の敗訴を確定。1997年4月、駐留軍用地特措法改正案を成立させ、今後は国の管轄となった。沖縄県民の意思など何の関係もなくなる。

2025年11月に『カタブイ、2025』が紀伊國屋ホールで公演されることが予告されている。宮城はるのさん演じる石嶺智子は44歳になっている!一体どんな物語を導くのか?興味は尽きない。
沖縄ドキュメンタリー映画を背負って立つ三上智恵さんの6年ぶりの新作、「戦雲(いくさふむ)」も公開される。台湾有事を来年に見据え、今受け止めるべき作品だろう。
あとのさくら

あとのさくら

ここ風

「劇」小劇場(東京都)

2024/03/13 (水) ~ 2024/03/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

よく練られた脚本、感心する。笑いは薄いが桜の花びらが音もなく降り続けるその美しさ、一人のいなくなってしまった女性の面影をずっと追い掛けていく物語だ。台本執筆中に作・演出の霧島ロック氏の母堂が亡くなったという。それを知って腑に落ちた。奏でられるのはレクイエム。胸いっぱいの鎮魂歌。

看板女優の天野弘愛さんの魅力を作家は知り尽くしている。
『泣き顔でsmile 擦り切れてshine 踊るならrain
 ピント外れの我儘Juliet』
(今ではダサい歌詞にしか聞こえないが何周も周るときっと好きになる)。
群馬の暴走族だった氷室京介はミュージシャンで成功しようと上京する。そんな氷室を追って来た女が美容師になって食わせてくれた。ままごとみたいな同棲生活、甘え切った日々。ある日、女は他に男を作って別れを告げる。氷室京介のラブソングはほぼその女への歌ばかりだ。自分のものにとても収まらない女、だけど自分のものだった女。
天野弘愛さんの演じるさくらはまさしくそんな女。どうしようもなく悲しい場面で満面の笑みを見せてくれる。

天野弘愛さんは8月に和歌山県の熊野本宮大社で『おぐりとてるて』のてるて姫をやるという。気になる。

香月健志氏はかなり痩せていた。最新型のオシャレ番長。
吉岡大輔氏のキャラは非常に重要なスパイス。いい味を足してくれる。ひたすらトイレ。
はぎこさんは橋爪未萠里っぽい強キャラ。
星出紗希奈さんは中舘早紀っぽい。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

凄く好きなシーンが二つある。

再婚を懇願されていた男の家には先妻が遺した二人の息子。物心が付いていた兄は決して懐こうとはしなかった。神社の宝物殿に忍び込んで掛軸を盗んで捕まり、「あの女にやれと命令された」と嘘を付く。亡き母親を守る為に新しくその座に座ろうとする女を敵視する子供の純情。義母に家を追い出されて息子と引き離された女は思う。自分の息子がまだ自分にそんな想いを抱いてくれていたならばどれだけ嬉しいことか。だからこそ、その子のことを憎めなかった。全部自分が罪を引っ被って逃げ出すことにした。その子の純情を守る為に。

やっと大学受験も終わり、妹の入院している病院に朝早く着く兄。積もっているのは初雪、その雪を足で掻き桜の花びらを描いてやる。妹の五階の病室からもよく見えるように出来るだけ大きく。「ほらどうだ、桜が満開だぜ」なんて嘯く為に。だが妹は前夜に亡くなっており、息子の受験を案じた両親が知らせていなかっただけだった。冷たくなった妹の顔、その窓から見えるのは泥に汚れた桜のつもりだった絵。その醜さ。それがまるで自分自身に思えた。

彼女はしあわせになった
雪がたくさんつもった夜に
溶けてなくなるその雪を
眺めていたのは誰

SION『信号』
音楽劇 『母さん』

音楽劇 『母さん』

俳優座劇場

俳優座劇場(東京都)

2024/03/08 (金) ~ 2024/03/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

『この世界の片隅に』のオープニングテーマ曲『悲しくてやりきれない』。コトリンゴの囁くような呟くような声が世界の心象風景の彩りとして流れる。涙が出る程悲しくて美しい世界。この曲を作ったのは当時ザ・フォーク・クルセダーズだった加藤和彦。2枚目のシングル、『イムジン河』が朝鮮総連の抗議によって発売日直前に中止、回収となる。ニッポン放送の重役・石田達郎に呼び出された加藤(当時二十歳)はそのまま社長室に監禁されて3時間で新曲を作らされた。3時間後、タクシーで石田とサトウハチローの自宅に向かう。(行ったのは高崎一郎説もある)。特に打ち合わせもなく、簡単な挨拶だけでその場は終わる。一週間後、サトウハチローの歌詞が上がってくる。期待した割には何かパッとしない詞で皆違和感を感じたという。だがレコーディングが始まるとハッとする。ぼんやりとした情景と独り言のような呟きだけで、後は全て曲に語らせている。メロディーが連想させる無限の世界への誘い水に徹しているような言葉の連なり。まさに天才の仕事。

今作はその国民詩人、サトウハチローを次女が追憶する流れ。
サトウハチロー役は阿部裕(ゆたか)氏。どことなく鴈龍太郎を思わせる。口髭と顎髭を輪ゴム付きのメイクで装着。珍しい方法。
次女と母親役を兼ねるのは土居裕子さん。左幸子と高橋真麻を足したような魅力。文学性と大衆的明るさ。
息子役と若きサトウハチロー役を兼ねる町屋圭祐氏も凄腕。42歳とは!?ちょっと出だしは子役かと思った程。

父親である佐藤紅緑(こうろく)役は福沢良一氏。
佐藤紅緑は雑誌『少年倶楽部』を絶頂期に導いた『あゝ玉杯に花うけて』の作者。それは昭和初期の子供達に多大な影響を与えたスポーツ文学の始祖的な作品だった。後に『週刊少年マガジン』の編集長・内田勝は梶原一騎にこう頼む。「梶原さん、『マガジン』の佐藤紅緑になって下さい!」小説家志望で漫画原作者を続けることに気乗りのしなかった梶原一騎の目の色が変わる。「内田さん、分かった。自分が秘かに敬愛していた紅緑にあやかり、漫画を男一生の晴れの舞台と心得て根の続く限りやらせて貰います。」そこで書き始めたのが『巨人の星』。梶原一騎はサトウハチローにライバル心を抱いていたのでは?、と自分は思っている。

佐藤紅緑の弟子である詩人・福士幸次郎役は浅野雅博氏。
1918年、小笠原の父島にある感化院(非行少年を教育する福祉施設)に送られることとなった不良少年サトウハチロー、15歳。それを不憫に思った福士幸次郎が島の一軒家を借りて二人で暮らすこととなる。
サトウハチローの姉役は仲本詩菜(しいな)さん。結核で吐血、若くして亡くなる。その鮮烈な真っ赤な血こそが後の『リンゴの唄』となる。『うれしいひなまつり』も彼女への歌。
弟の節(たかし)役は佐藤礼菜さん。広島の原爆で亡くなった。サトウハチローは被災地で弟の痕跡を探す。探しても探しても遺体どころか遺品一つ見付けることは出来なかった。何一つ見付けることは出来なかった。この体験が『長崎の鐘』となる。
女中のヨネ役は小暮智美さん。「俺の初めての女」とサトウハチローは嘯く。

作曲家新垣雄(あらかきかつし)氏の奏でるピアノの旋律と植村薫さんの震わせるヴァイオリンの音色が美しい。オリジナルでサトウハチローの詩に曲を付けコロスの合唱が始まる。凄く楽曲が良い。新垣雄氏は気になる。歌唱力で選んだのであろう、配役も素晴らしい。『雪女』が凄く好き。

土居裕子さんは凄い。ずっと観ていたい。
スタンディング・オベーションも納得。母親への想いを愛憎アンビヴァレンツに奏でる。それが本当なのだろう。愛と憎しみは編まれた組紐、同じ場所にある。

ネタバレBOX

1921年、サトウハチローは浅草・根岸興業部に雇われ、浅草オペラの隆盛を体感。このシーンが狂っている。
『デルタは踊る−礼儀正しくするなかれ より−』を踊り子の仲本詩菜さん、佐藤礼菜さん、小暮智美さんがエロティックにたっぷり踊る。そして支配人の福沢良一氏も。余りにも力を入れているシーンなので観客も動揺。驚いた。

1924年、母はるは亡くなる。

凄く練られている構成。父の正体が詩人を演じる俗物であることを糾弾する息子。「何が母の愛だ、酔っ払って葬式の場もメチャクチャにしやがったくせに、世間への人気取りで嘘ばかり並べ立てやがって。」
その息子の言葉が本当であると認めるサトウハチロー。「俺は嘘ばかり並べ立てる、上辺だけの商売人だ。人の心のない売文家、恥知らずの似非文化人だ。母のことも禄に愛してはいなかった。」
だが今までこの舞台(サトウハチローの心象風景)を彩った登場人物達が総出で「それは違う」と反論する。自分の心の中の葛藤を見事に表現。断罪する自分と否定する自分。

『山の墓場』はAメロがオフコースの『言葉にできない』っぽい。
諜報員

諜報員

パラドックス定数

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2024/03/07 (木) ~ 2024/03/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

篠田正浩の遺作となった『スパイ・ゾルゲ』。太平洋戦争開戦直前に捕まり、後に死刑となったソ連のスパイをまるで反戦平和活動家のように描こうとした無理のある作品。ラストに流れるのは「イマジン」(使用料が高いのでインストに字幕の歌詞だけ)。いや、無理があるだろ。まさに篠田作品。(ただ彼の『沈黙』だけは傑作だと思う)。

グループで来ている熱狂的野木ファンの女性達が大挙押し寄せたイメージの不思議な客層。「ゾルゲ事件」だぞ、これ。

作品は黒沢清調のサスペンスで流石に面白い。シチュエーションが練られている。突然拉致監禁され雑居房に放り込まれた4人の男、互いの名前も素性も判らない。ここが何処だか奴等の目的が何かも判らない。一人ずつ彼等を呼び出し尋問する2人の男。誰が嘘をついているのか誰が騙そうとしているのか一つ一つ疑い始めれば確かなものなど何もない。観客の想像力を刺激し続ける無言の関係性。役者がゆらゆら揺れるように立つシーンが幾つかあるのだが、その揺らめきこそが今作の象徴。

知っておいた方がいい人物と名称。

リヒャルト・ゾルゲ ドイツ人の父とロシア人の母の間に生まれる。共産主義に心酔し、ソ連のスパイとして中国、日本で諜報活動。ナチス党員のドイツ人ジャーナリストとして信頼を得、ドイツ大使の相談相手となり最高機密にアクセスする権限を入手。独ソ不可侵条約と日ソ中立条約を破って、いつドイツがソ連に戦争を仕掛けるか?日本はそれに参戦するのか?が最大の案件。

尾崎秀実(ほつみ) 朝日新聞の特派員として渡った上海でゾルゲを紹介され、協力を約束する。後に総理大臣となる近衛文麿の政策研究団体に参加、内閣嘱託としてブレーンの一員となる。御前会議(戦争の開始と終了に関して開かれた、天皇・元老・閣僚・軍部首脳の合同会議)の内容まで入手出来た。

宮城与徳 沖縄生まれ、画家を志すも結核に罹患。父に呼び寄せられて渡米、絵の勉強をしつつ共産党に入党。洋画家として個展を開くまでになるが、指令を受けて帰国、ゾルゲ諜報団に参加。ゾルゲと尾崎の連絡役となった。結核が悪化して喀血。

安田徳太郎 京大卒の医師。医療を通して社会運動に参加。東京青山に内科病院を開業。無産政党(合法的社会主義政党)を支援。共産党シンパとして睨まれ検挙されたことも。宮城の治療を受け持つ。

特高(特別高等警察) 日本の秘密警察。思想犯を取り締まる為に作られた組織。

このクラスの作家の新作初日でも満員にはならないとは厳しい世界だ。前説後説、主宰の野木萌葱(もえぎ)さんの言葉に力があった。来年は青年座に書き下ろした作品、『ズベズダー荒野より宙へ‐』のセルフカバーを演ると発表。2021年9月、シアタートラムで公演されたものを3部作に改変すると。「今回、御覧になってイマイチだった、合わなかったと思った方も絶対に観に来て下さい!」自分の作品を信じている。絶対に価値があるものだと信じる力。いや、そりゃ皆観に行かざるを得ないでしょう。行きますよ!

今作も是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

内閣情報局 小野ゆたか氏 国を大事に思う。
安田病院の医師 植村宏司氏 人の生命を大事に思う。
朝日新聞の記者 西原誠吾氏 自由を大事に思う。
教会の神父 井内勇希氏 正しい秩序を大事に思う。

刑事 神農(かみの)直隆氏
警部(警視?) 横道毅氏

唯一、初めに小野ゆたか氏が横道毅氏に取調べを受ける際の会話の意味がよく判らなかった。符丁?冗談?

今作で自分が気に食わない流れは、急にぶち切れてカミングアウトを始める諜報員の井内勇希氏。いやそんなんじゃ6年も潜入出来ないだろ、早過ぎるよ。その辺の雑さが課題。何か話の流れの都合で急にキャラ変。キャラクターを物語(チェス)の駒としてしか見ていないから、観客の意識とズレる。後半戦はそれぞれの記憶の再現。闇に葬り去られる事件を歴史に残したいという願い。

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