草葉の陰でネタを書く。
気晴らしBOYZ
ウッディシアター中目黒(東京都)
2014/05/27 (火) ~ 2014/06/02 (月)公演終了
満足度★★★★
隠れ☆5つ
Aキャストを拝見。 川名役の石井 マサトと中島役の石井 康太が、前説で出てくるのだが、漫才形式の前説で、関西系芸人の雰囲気だ。然し、気晴らしBOYS自体は、放送作家や芸人や役者やらが、曲がり角的年齢になって焦りを覚えて始めた劇団とかで、基本的にはコメディーを作る。
ネタバレBOX
大学時代からの付き合いでコンビを組んだ天才肌の川名と気配りのきく中島。川名は天才肌ではあるが、世間常識からは外れた行動を起こして暴走する傾向があり、これが、数々のスキャンダルを起こすので、いつも尻ぬぐいをさせられる中島は好い加減腹に据えかねるものを溜めこんでいた。然し、川名の書くネタは破天荒で他の追随を許さない。紛れも無く川名には才能があるので、離れるに離れられずに居たのだが、幾つかのラジオ番組を持ち、TVにも進出するようになった8年目、TVの生放送の最中、市長の前で川名は、局所を露出した。それが原因で川名は謹慎。その後、二人で出ることに決まっていた出演番組も断らざるを得なくなる。中島は関係者に頭を下げまくって、兎に角、一人でコンビの名を汚さぬよう頑張ろうと努めて、コンビは解散。無論、川名にも、意見はあった。彼が露出したのは、市長が出席する生放送でインパクトが最大になることを見越したからである。つまり、行儀は悪いがあくまで強力なジョークなのである。唯、世間が、その過激さについてこなかっただけなのだ。インパクトが強ければ、コンビは伝説になれる。これに対して中島は、川名の周りの事を考えないで突っ走る芸は、周りを置き去りにしてしまう、と応える。
上演中でもあり細かい内容は控える。然し、会場が狭く客席前後の間隔がキツキツだったこともあるが、後ろに座った観客が鈍感な男で、合図を何回も送っているのに気付くこともなく、荷物をこちらの背中にあたるような位置に置いたままにして年中ぶつかるので著しく集中力を削がれたにも拘わらず、頗る面白く拝見できたのは、シナリオ、演出の良さと役者陣の芸質の高さにあることは言う迄もない。実力派集団である。(観客席の詰め込み過ぎで★は4つだが、実力は★5つ)役作りではマネージャー役、山本を演じたKいちの演技が特に気に入った。
舞台美術も下手、上手出捌け口の照明燈の位置が、ちょうど、各々の反対側になるように付けられているなどセンスの良さが伺える。窓枠の配置、壁のツートーンカラーなども同様。照明、音響もセンスよし。
鬼火-とこしえのうた
劇団演奏舞台
演奏舞台アトリエ・九段下GEKIBA(東京都)
2014/05/16 (金) ~ 2014/05/18 (日)公演終了
満足度★★★★
即発へのなし崩しに武器は表現
時代を映すのに「満州国」建国の黎明期と思しき時期を採り、史的経過の既に知られていることを以って、現在を照らし返す構造になっている点で、この劇団が今作に掛ける念いが伝わってくるようだ。
ネタバレBOX
“国が人を殺す”という事実が、秘密保護法と命名され定着しかけているように見える。然し、誰の秘密を誰から守る、と言うのだろうか? 為政者の嘘と瞞着と怠慢を、主権者の目から守る、という彼らの本音こそ、この法の命名に現れているように思えてならぬ。実体は、情報隠蔽法なのだし、共謀罪も提出されようとしているのだから、この解釈が正しかろう。為政者は、言葉でも誤魔化す。誤魔化された側は自由を失い、やがて自らの命も失い、終には狂気の尖兵となって自らを狂騒の内に葬るのだ。これは、戦前、我らの父祖が経験してきた事実である。
「国」の民衆蔑視、下司な為政者共の無責任と倫理欠如、これらの嘘を暴く者への見せしめとしての拘束・拷問による恐怖支配の貫徹、民衆の革命権無視及び武器収奪と権力による一元管理、情報隠蔽、偽情報配布、国民監視等々の犯罪行為と、偽。嘘情報によるプロパガンダ及び洗脳によって作り出した、嘘八百が露見しないように張り巡らされた監視ネットワーク及び罠に対し。武器を持たぬ民衆は何をどのようにすれば、抵抗を有効なものと為し得るか? 教育の主導権も下司共に握られ、真理は、心理を操作されることによって最早機能しない。それどころか、鬼の思想、悪の思想と同値され排除の憂き目を見る。大手を振って陽の下を練り歩くのは、虚偽の群れ、欺瞞の群れであるが、多数である。
寺山修司・作 疫病流行記
月蝕歌劇団
ひつじ座(東京都)
2014/05/15 (木) ~ 2014/05/18 (日)公演終了
満足度★★★
お勧めにしたのは、戯曲が寺山で演出はアングラの雰囲気を出していたからだ
寺山 修司のオリジナルでは、キャバレーパコパコでのやり取りより、カーテンで仕切りを作り、観客からは舞台が見えないようにして演じる、閉じ込められた劇空間を実験的にやってみるというのが主眼だったとのことで、余り導入部を作り込んではいなかったということだが、月蝕版では、舞台を隠すということはしていないので、釘打ちのシーンを丁寧に演じる等の補強策を取った、と言う。
ネタバレBOX
この釘打ちシーンを如何様に解釈するかも観客に投げ出された問いであるが、オープニング・エンディングで用いられているシルヴィー・バルタンの「アイドルを探せ」と同様、このシーンも最終部分で繰り返される。寺山が閉じ込める、閉じ込められるに拘った、という証言がその通りなら、狙いは他にはない。閉塞そのものである。
このように考えた時、疫病、大方、ペスト・コレラと考えて良かろうが、病原菌は何であれ、パンデミックな状態を作り出すものであれば、それで良い。疫病対策が進んでいなかった時代、発症が確認された地域は封じ込められるのが、他への感染を防ぐ最も有効な手段であったということは誰にでもわかる話だから多言を要しない。然し、封じ込められた側から見た世界はどうか? 寺山の基本的な問いは其処に在る。三沢基地の米兵の慰み者になる日本の女性を見て育った寺山にとって、これは、日本という植民地が、アメリカの玩具になって屈辱だけを貯め込む地獄の話であたハズだ。731部隊らしき医療関係者の登場といい、彼らが、自らの命を救い、他の日本人を含む多くの犠牲者を贄として戦勝国、アメリカに差し出す畜生根性といい、寺山は、キチンとそのグロテスクな日本の支配層の姿を描いている。と同時に、それに反旗を翻し、尉官を畜人として生かし続けることによる復讐も仕組まれている。シナリオ自体の持つ毒は、今も健在だ。寺山の才能を語っていると見て良かろう。
アングラムードの演出は、それなりに面白いが、役者は演技のレベルに達していない者が余りに多い。それが原因で、明度を落としているのでは、と勘繰りたくなるほどである。良い役者を揃えて欲しい。何と言っても、幕が開いてしまえば、観客と向き合うのは役者なのだから。
クジラの歌
office HOMME
Geki地下Liberty(東京都)
2014/05/26 (月) ~ 2014/06/01 (日)公演終了
満足度★★★★
舞台美術も必見
作・演出の“えのもと ぐりむ”が、若者を起用したのは大正解であった。何故ならシナリオの内容と彼らが追い詰められている命の、閉塞感、遣る瀬無さが、マッチしているからである。言い換えれば、若者が生きている時代と生活している場所は、今作に描かれた時と場所なのであり、其処から脱出する為の若者らしい武器といえば、未だ傷つきやすいナイーブさと汚れ切ってはいない純粋性、そして夢を夢見るあどけなさだけであるのだから。リストカットでしか、存在していることを確かめられない空虚感、自らのアイデンティティー崩壊の音を聞くことさえなく崩壊していた存在の原点、棹差そうにも、棹だけあって川が無く、川だけあって手段の無い夢幻地獄。夢幻であることは理性で知るが、感覚で納得することは、このオーダーからは永久にできない、という数学的確かさ等々をミルフィーユのように重ねて、唯虚しく日が暮れる。これを地獄と呼ばずして何と呼ぼう。
だが、これら絶望の無限の連鎖の果てに、若者は尚、出発する。この出発の何と言う無謀、そして哀しい美しさ! 鯨の歌が、流れる。埋め立てられる危機を背負った辺野古や沖縄の海に。
大道具さん、スタッフの方々、見事な舞台美術、お見事。ドアの開閉音が、船材の軋みに聞こえるのもグッド。
ほとばしる感情論~顔と心とお金の話~
かわいいコンビニ店員 飯田さん
高田馬場ラビネスト(東京都)
2014/05/22 (木) ~ 2014/05/25 (日)公演終了
満足度★★★★
この屈折感が何とも言えない
顔・心・金に対して迸る感情を描いた短編4本で構成されたオムニバス形式の作品。
ネタバレBOX
第一話は、演劇関係者には、身につまされるであろうオーディションを舞台化した作品。登場人物はオーディション審査員の演出家、オーディションを週1回は受けているという男性役者と初めてという少女。彼女は待ち時間の間にも、早口言葉を繰り返し乍ら練習に励んでいる。
演出家が来るまで、男は、少女にオーディションの心構えなどを講釈している。演出家がやって来て、先ずは型通りの質問が始まるが、質問の答えと演出家の好みや共通項が見付かると、演出家は、少女を明らかに依怙贔屓し始める。終に、男は切れて、喰ってかかるが、実は、理性を越えて怒りに身を任せることが出来るか否かが、このオーディションの合否を分ける設問だった。而も、男の怒りが爆発したことで、実は不倫関係にある少女と演出家は、本音でぶつかり合うことが可能となり、演出家の離婚が成立しそうになる、というオチがつく。
といった具合に可也、捻りを効かせ、屈折も織り込んだ4つの作品群。楽しめる。
第5回西谷国登ヴァイオリンリサイタル
西谷国登リサイタル
浜離宮朝日ホール(東京都)
2014/05/25 (日) ~ 2014/05/25 (日)公演終了
満足度★★★★
演奏家には音作りを楽しんで欲しい
アメリカで活躍していたヴァイオリニスト、西谷 国登のリサイタル。初めて拝聴したが、率の無い手堅い音作りながら、大胆、奔放、自由な解釈には弱さを感じた。秀才型の奏者である。自分が芸術に求める根本的な価値は“自由”なので、好みの問題は無論ある。また、ヴァイオリニストではなくピアニストであるが、自分の大好きな辻井 伸行氏のように、音楽が好きで好きでたまらない、演奏することが楽しくてたまらないという音楽との距離の近さもない。その意味では、ちょっと残念だった。ピアノ演奏は、これまたアメリカで活躍して来たEmy Todoroki-Schwartz。
演奏は、ベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調Op.30-3から開始された。この曲は、作曲家が難聴を患い、ハイリゲンシュタットの遺書を書いた年に作曲されたと言われるが、曲想は短調の瞑い調子では無い点に注目したい。まあ、捧げられた相手は、露西亜皇帝アレクサンドル1世であるから、余り瞑い調子には仕上げにくかったかも知れないが。
2曲目はE.グリーグのヴァイオリン・ソナタ第3番ハ短調 Op.45
グリーグが作曲した3つのヴァイオリンソナタの内、最も演奏回数の多い作品だ。彼の故郷、ノルウェーの民族的旋律やリズムが多用される情熱的な第一楽章。幻想的でロマネスクな旋律と和音で始まった後は軽快な旋律に移り、流麗な旋律で終わる第二楽章。第三楽章では複雑なシンコペーションを多用し、華やかさのうちに曲を終える。
ここで休憩が入り、宮城 道雄の孫弟子に当たる岡部 梢の筝との合奏を経て、G.フォーレのヴァイオリン・ソナタ第1番イ短調 Op.13に移るが、筝との合奏でヴァイオリンが担うのは、本来尺八で演奏されるパートである。「春の海」でのヴァイオリン代替による演奏が最も有名だろう。
さて、フォーレである。この曲の後、フォーレは次作のヴァイオリン・ソナタを40年以上書かなかった。時代は、ロマン派から印象派への移行期であり、この作品が、その双方に跨る曲想を呈示してしまった以上、書く必要が無かったのかも知れないが、何れにせよ、極めてテクニカルに作られていながら、流麗で劇的な曲想は、ヴァイオリン・ソナタの傑作と評されるに相応しい。更に言えば、この構成の妙が、単にソナタというより交響曲的であると言われる所以であろう。
予定の全曲、演奏後、短い曲2曲でアンコールに応えてくれた。サービス精神満点のステージであった。
ヘナレイデー
AnK
インディペンデントシアターOji(東京都)
2014/05/15 (木) ~ 2014/05/19 (月)公演終了
満足度★★★★
賞 納言ちゃん
枕草子が現代で言うとブログだというのは、納得のゆく発想で自然な感じで拝見することができた。
ネタバレBOX
普通のOLのたゆたいを劇化した今作。矢張り女性の感覚でしか描けない表現、センスが息づいていて素敵な時空間を味わった。大体、枕草紙がブログだ、と言っておきながら、取るに足りない話ができる相手を失った者がするのが、ブログだ、と言い出す。色々、コンセプトをいじりまわしてから発言する男の発想とは根本が違うのだが、それが新鮮である。
基本的には、女性の感じる連れの無い孤独という状態は、親友に恋人を寝取られて、恋人と親友を同時に失ってしまったり、親、兄弟など、空気のように当たり前に居るハズの者が居なくなってしまって気付く寂謬に落ち込んで、もがくうちに、かつて空気のように当たり前に居た、恋人、親友、親、兄弟などかけがえの無い存在を幻想と狂気と夢の狭間に立ち上げて、自らの心を漂わせる、といったイメージだろうか。そこに便利なツールとして入り込んでくるのが、インターネットだ。ヴァーチャルな世界と幻想・狂気・夢は相性が良い。そこで、ネットを通じて、人間関係の快復のようなものが図られる。上手くゆけば、それは現実の人間関係に発展可能であり、失敗すれば泡が弾けたように跡かたも無く消え去り、後には、前より少しだけ厚みを増した虚しさが残る。今作では、上手くいきそうである。相手は引き籠りの酪農家の娘だが、ちょっとボーイッシュ。
今迄の経緯と新たな出会いが、あった27歳から28歳への丁度1年を、時に音楽を背景に態といっしょくたに演じてみせたりする為、科白が聞き取れなかったり、全部の状況を瞬時に捉えるおとが出来なかったりという作りにした部分もあるのだが、寺山修司の舞台のように、一つ一つのシーンが田を排斥するようにして成立しているわけではなく、そこにあるからある。という形で演じられているのが、矢張り女性的である。
また、恋人を取った嘗ての親友が、仕事が出来る為に過重な労働を押しつけられ、更には、下らないストレス迄背負いこまされて、終に酒で憂さを晴らそうとした時に現れる、狐の神、彼らの舞いの美しいこと、殊に中心になって踊ったダンサーの踊りは見事であった。
27歳から28歳への丁度、1年間を描いているので、ラストシーンは彼女の誕 生日、友人らが集まって祝ってくれるシーンであるが、蝋燭になぞらえられたフィラメント球をそっと吹くと、呼応して一つ、また一つと光が消えて行く演出も美しい。
夜ノ森/チェレンコフノ光ニツイテ
EgofiLter
シアター711(東京都)
2014/05/21 (水) ~ 2014/05/25 (日)公演終了
満足度★★★★★
おいしんぼバッシングこそ
バッシングされるべきは、おいしんぼをバッシングしている連中であろう。自らのついている、ついてきた嘘の発覚を恐れて、事実を隠蔽し歪曲し、そもそも最初から科学的態度を偽装してかかってくる姿勢そのものが、風評被害の元凶であることを詭弁を用いて誤魔化せるほどに、民衆を馬鹿だと思い込んでいる愚か者と、こんな愚か者の嘘を充分見抜いている癖に、キチンとしたことを言わず、自らを誤魔化して恥じない偽善者ばかりのこの腐りきった「国」で、危険を知らせる為に、今作は並々ならぬ工夫を凝らしている。(追記後送)
1812
ロデオ★座★ヘヴン
ワーサルシアター(東京都)
2014/05/21 (水) ~ 2014/05/25 (日)公演終了
満足度★★★★
政治の本質を良く掴んだ作品
世界の紛争を扱った資料をベースに作った、シナリオだということだが、モデルはアルメニアとか。ただ、無論、アルメニアの個的歴史を扱っている訳ではなく、物語はバクラという埼玉県程の面積を持つ架空の小国の話になっている。バクラの先住民は、マーラ族、AD100年頃から900年代まで迄マーラ文明を育み、王国として栄えたが、千年代に入る頃からソタ人の侵攻を受け千三百年代末に王国は滅んだ。以後諸大国の支配をうけたが1960年代、漸く独立。ソタ軍リーダーによる軍事独裁が始まった。これに反旗を翻したのが、父を政治家に持つソタ族のガラン、マーラ王族の血を引くロワーノの二人の英雄であった。(追記後送)
天使は瞳を閉じて-インターナショナル版-
Projectスナフキン
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2014/05/22 (木) ~ 2014/05/25 (日)公演終了
申し訳ないが寝てしまった
しょっぱな、必然性の全く感じられない踊りのパフォーマンスを見せられ、余りに力が無いのを見て、げんなりさせられてしまった。居眠りしてしまったので、評価は控えるが、起きていた間に感じたことだけ述べれば、シナリオと格闘したような役者個々人が感じられなかった。もし、何もないことを表現したいのであれば、そのことと四つに組む表現が欲しかった。端的に、表現のレベルに達していないのと感じた次第だ。
料亭老松物語
劇団芝居屋
ザ・ポケット(東京都)
2014/05/21 (水) ~ 2014/05/25 (日)公演終了
満足度★★★★★
世話物の最高峰
世話物の最高峰は、泣き笑い表現にある。今作で芝居屋は、その域に達した。同時に我々観客の鑑識眼をも高めてくれている。(追記2014.5.24)
老松のお上、時江役、永井 利枝の壺を得た演技、小料理屋のお上役で時江の娘同然の美千代役の増田 恵美のこれまた入念な演技、前にも書いたことだが、この劇団の役者は若手も含め極めてレベルが高い。演劇通が安心して観ていられると評価するのは、この為だ。他、舞台美術の粋、借景のコンセプトを用いた舞台美術と老松の建築様式を述べた下りとの照応など、相変わらず隙の無い見事な作りだ。
ネタバレBOX
少し具体例を挙げておこう。舞台は、最も奥に美千代の仕切る小料理屋が設えてあり、その手前は、老松のお上の部屋。暗転の間に港のコンクリート壁が据えられるシーンも入ってくる。
小料理屋は、上手に出入り口があって、店に入ると直ぐ右手に貸し鉢の木が置いてあるが、植木鉢を隠すのはよしずだろう。観客席正面の上手には丸窓が切ってある。これは、角型の窓と異なり、作るのに大変高い技術を要する。この点だけを見ても、小料理屋の通な好みが推し量れる。無論、背景には三味線の音がし、美千代はどどいつなども心得る。下手奥のカウンターの壁には、桜の老樹が満開の姿で描かれ、華やいだ空気が感じられるのだが、その回りは、総て木目調で統一されている為、千利休が、高位の者をもてなす為に、一輪を除いて総ての花を取り去って、茶を供したという話等も想起させる。同時に、木目を象徴として見るならば、深い森にすら想像力は及ぶであろう。この小料理屋の作りが、老松の建築様式、鴬張りの長い渡り廊下を通って大広間へ出た時、その庭の彼方に広がる広大な太平洋と道東の街並みに対応し、当然のことながら海と山と空を借景とする見事なパノラマを形成するのである。
北海道の雄大な自然をこのようなセットで想像的に再現する中で、物語は展開してゆくのだが、芝居屋の役者の優れている所は、役者個々人が、常に演出の言いなりになるのではなく、役者一人一人が、新たな表現を追求している点にある。役を本当に生きようとしているから役に血が通い、活きているのである。座長の増田さんご自身がおっしゃっていたことで言えば、間という言葉一つにしても、それが意味する所は、「内なる言葉」ということではないだろうか? 自分は、この言葉を伺って、納得してしまった。
今回、劇場入り口には出演者の顔写真が貼られている。自分達が責任をもって努めます、という挨拶であると同時に、役中、どの人物が誰を演じているか、確認して頂くも良し、お披露目ととって頂くもよろしかろう。兎に角、通って頂きたい舞台である。
「エッちゃん愛してる」 公演終了。ありがとうございました!
Sky Theater PROJECT
劇場MOMO(東京都)
2014/05/20 (火) ~ 2014/05/25 (日)公演終了
満足度★★★
シナリオ、演出に徹底性が欲しい
フライヤーに惹かれて観に行った。エッちゃん役の女優さんが、普通の女の子の恋を好演している。
ネタバレBOX
シナリオにそんなに新味があるわけでもない。内容的に時代に切り込むような問題意識があるわけでも無い。そういう作品を演じて、尚且つ残って行く為には、余程、しっかり作り込むか、良い演技で観客に食い込むか以外には難しかろう。キャスティングに関しては、良く探したな、との思いを持ったが、2日目で、オープニングの演技はちょっと気になった。10分程で持ち直したものの、芝居を見慣れていて超のつく程忙しい人間なら、ファーストシーンで帰る。エッちゃん役の主演女優の出て来た辺りから俄然、良くなったものの、それ迄は、死神も何であんなファッションをする必要があるのか、余り必然性を感じないのは、喜劇というコンセプトに徹底しているわけでもなく、コテコテのメロドラマに徹しているでもなく、シリアスに徹しているでもないことへの意識化が足りないせいだと思う。それは、脚本を書いた作家にも、また、それを指摘してはいないであろう演出家にも言える甘さである。出鼻のつまずきを除けば、役者の力不足ではないと思う。
どんなに遅くてもゲネで、出だしの、余りに不自然な演技は是正しておくべきであろう。また、鍬次郎の作り方であるが、老人役で出て来た時のあの鬘はないだろう。春子が妊娠している状態で酒を飲ませない判断を的確にする彼は、中々鋭い判断力を持つ。従って、老いても不良をやっている彼は、世間を馬鹿にする程度の知性と知恵を兼ね備えていると見るべきだろう。そんな男が、あんな馬鹿げたヘアスタイルをするとは信じがたい。更に、隈取りのような化粧も余りにあざとく白けさせるだけである。リーフレットには日常のドラマを丁寧に描きたいと記されているが、丁寧に描くとは、このようなことではあるまい。羽生 えつこを演じた白鈴 ももかが、全般的に普通のちょっと可愛い女の子を演じて自然であった。えくぼが出るのも、可愛らしさ、親しみやすさ、愛らしさを示してグー。
共演NG
劇団フルタ丸
「劇」小劇場(東京都)
2014/05/16 (金) ~ 2014/05/25 (日)公演終了
満足度★★★★
洗練と深みをどう同時に表現するか
芸能界には、決してコイツとだけは組みたくない、とか一緒に出るなら自分は降板するとかという関係が存在するという。今作は、その手の話だ。無論、誰しもこういう人は自分とは合わないとか苦手だとかいうことはあろう。余程、意識し努力して壁を乗り越えようとし、且つ、自らの利害がそうして乗り越えた時にしか拡大できるのでもなければ、矢張り自分でそのような努力をする気にもならないのは自然かもしれない。芸能界等の場合、自分の個性を売っているわけだから、合わなければ一緒に仕事はしない、というのが当然の流れなのかも知れない。きっかけは色々だろう。同じ人を好きになって仕舞って恋のライバルとは上手くゆかない、とか。
ネタバレBOX
そういった流れを似て非なるものを下手、上手で同時に、とか。奥と手前で同時に、とか演じ分けることで対比と異化を同時に現前化するフルタ丸得意の技が今回も活かされている。
いくつかの独立した話が、演じられている為もあって、アップテンポな中に、笑い、センチ、恐怖や愛憎などの要素を配置する必要から、総合的なインパクトはちょっと弱くなったキライがある。
55Av(Fifty-Fifth Avenue)の戦慄
メガバックスコレクション
ART THEATER かもめ座(東京都)
2014/05/17 (土) ~ 2014/06/01 (日)公演終了
満足度★★★★
臨場感のある良い舞台
舞台美術が、素晴らしい。よくぞ、ここ迄、キチンとリアルを感じさせる作りにした、と感心させられた。ヘリコプターの旋回音のような音から始まって、緊迫感のある音楽に流れて行く導入部の音響も素晴らしい。役者達の演技も観客に迫るだけの迫力と味を持った良い演技をしている役者ばかりで、層の厚さを感じる。
ネタバレBOX
12月27日、男の下へ少女が現れる。彼女は彼を知っているようだが、彼の方では記憶にない。少女の名は、レイシス。彼の夢に入り込んで、何が起こったのか。強制的に見せてゆくのだと言う。それは、本来なら、彼が其処にいたハズだからだと言う。だが、彼女が、彼の車を盗んで走り去った為に、彼は妻の車で送られることになって一命を取り留めた、12月21日午前11時過ぎの崩落事故。救助の手が届いたのは約1週間後。生存者は発見されなかった。だが、男は其処へ連れて行かれ「皆を助けてくれ」と頼まれた。彼女が言うには、彼は夢で其処へ来ているので死ぬことは無いのだった。
不承不承、話を呑んだ彼は、皆に関与することで、実際に起こったことと、少しずつ異なった世界を作り上げてゆく。結果、起こってしまったことは変えようがないが、そのことの意味を変えることには、何とか成功したようだ。
悔やまれるのは、少女、レイシスが彼に何故、事故の解釈の変容を望んだのか? その深い動機がイマイチ納得できるようには思えなかった点と彼が迷い込んだ世界の位置付けに矢張りイマイチしっくりしないものを覚えた点だ。
パンゲア【アンケート即日公開】
劇団バッコスの祭
パフォーミングギャラリー&カフェ『絵空箱』(東京都)
2014/05/15 (木) ~ 2014/05/25 (日)公演終了
満足度★★★★
マクロコスモスとミクロコスモス
現在、我々の宇宙の始原は137億年前に起こったビッグバンにあると考えられている。爆発する前には、場所、時間、空間は存在しなかった。そうも考えられている。爆発した宇宙は、今も未だ広がり続けている。膨張することが時、所、場を作り出し、その中で、核反応でエネルギーを放出する恒星が産まれ、超新星爆発を経験し、矮星やブラックホール、ホワイトホールを生み出す各々の島宇宙が生々流転する永い歴史の先っちょには、核分裂を人工的に起こすことによって我々が作り出したプルトニウムなどの猛毒・核物質を含めた様々な物質を産み出してきた。
が、今作は、基本的には大陸移動説を根底に話が作られている。大陸移動を唱えた者は、早くは16世紀にも既にいた。然し、科学的な知見がまともに論じられるようになったのは、やはりウェーゲナーを待ったほうがよかろう。急速に進歩した他の諸科学も彼の理論を補足、証明する域に達しつつあったからである。何れにせよ、今作のタイトルにもなっているパンゲアは、かつて一つの大陸であり、それが分裂して現在の諸大陸が形成されたと考えた彼が、元の超大陸につけた名である。
(中間追記2014.5.21)
ネタバレBOX
そして、このことは、今作でも触れられているように、大西洋を中心に作られているヨーロッパ地図からは地理的にも南北両アメリカ大陸の間に、すっぱりアフリカ大陸が嵌り込むように見えるので、気付き易い、と言えないことはない。また、飛べない鳥が、大西洋を跨いだ大陸で発見されたり、地磁気のN極、S極の方位、其々が時代によって異なった方向を示したり、最近では、シアル殻、シマ殻など大地を構成する物質は、最も高い山の頂きと最も深い海底の厚みまで考えても僅か30~40Kmに過ぎないのに対して、地球の直径は12700Km以上。大陸の地球中心部側は、マグマなどで構成されていることが分かってくると、寧ろ、大陸が動くことが自然と考えられるに至った。現在世界標準の地震学、プレートテクニクス理論の基本中の基本はこのようなものだ。(日本の地震学者の多くが、この論理を中心にしないので、神戸大学の石橋 克彦さんのように正しい予想が出来なかったのである。プレートテクニクス理論を用いれば、日本に原発など作るのはもっての他との見解が大勢を占めるのは明白だろうから)閑話休題(さらなる追記後送)
ルーシアの妹
ライオン・パーマ
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2014/05/15 (木) ~ 2014/05/18 (日)公演終了
満足度★★★★
理想と闇
考え得る限り、最も相応しい王を選ぶ為、王位継承権第一位の者が身を引き、広く門戸を開いて、新しい理想的な王となるべき者を募った。正式には、全面開放する前に幾人かの候補者に白羽の矢を立てチャレンジさせたのだ。然し、当然のことながら、その関門は厳しく、今迄の全応募者の中で、最後の関門に辿りついた者は2名のみ。(追記後送)
赤い下着、覗くその向こう側、赤の歪み
キ上の空論
新宿眼科画廊(東京都)
2014/05/09 (金) ~ 2014/05/21 (水)公演終了
満足度★★★★
推理するのも面白い
登場人物は全部で10人。だが、最初、板に着いているのは、男1名、女2名の計3名だけだ。無論、これには、いみがある。一種のサスペンスとしても観賞できる作品だ。これが、第一の謎解きである。(追記後送)
蟻の女王
タッタタ探検組合
ザ・ポケット(東京都)
2014/05/14 (水) ~ 2014/05/18 (日)公演終了
満足度★★★★★
我らの狂気を生き延びる術
並々ならぬ努力の結果を、いつも新しさとして見せてくれるタッタタ探検組合。今回は、先ず、JFKの名演説は如何にしてヒトラーの演説にすり変わるか、を示してくれた。(とりあえずの追記2014.5.17)
ネタバレBOX
それが、今、我々の生きるこの地でどのように進行し、その結果はどうなるか。それを覆す、今求められるものには? 等々の知恵と勇気と根本の心構えを呈示してくれた。蟻という卑小な存在を通して。思えば、ナチズム台頭の前、ドイツは当時世界で最も民主的と言われたワイマール憲法を持っていた。それがなぜ、最も残酷な独裁体制に移行したのか? 小学校でおぼろな輪郭を教わった世界史では理由が分からなかった。
ところでタッタタ探検組合は、喜劇の劇団であるから、主張にも様々な仕掛けが施されている。一例を挙げれば、登場する昆虫の名前は、総て、飲食に関わりがあったり、飲食物として有用なものばかりだ。結構、調味料が多いのも理由のないことではない。どのような味付けにするか? 可笑しさ、ケレン味とは何か? 笑いの質をどうするか? 笑いに包んだ実質を何にし、どう提起するか? が喜劇の喜劇たる所以だからである。ナンプラーはベトナム料理の基本中の基本だし(ベトナム料理の調味料として用いられる魚醤。これを知らなければ、ベトナム料理いろは失格と言って過言ではない程代表的且つ栄養価の高い調味料だ)ニゲラなどになるとハーブに詳しくないと馴染みが無いかも知れないが、種子はパンケーキの風味を醸し出す為に使われる。コリアンダー位は男性でも知って居よう。魚、肉など蛋白質とは非常に相性の良いスパイスだ。オレガノもイタリア料理、特にピザには欠くことのできない香辛料だ。バジルと並んでトマトによく合う。
また、登場するキャラクターが飲食に因む名をつけられているのは、生命の本質が、この点に在るからだろう。どんなに小さな生き物も己の生命を維持し、次の世代に命を繋げて行く為に捕食する。他の命を喰らって己と己の種を維持しているのである。生きるとはそういうことだ。この捕食の連鎖の中にあって、己の位置を知り、存在することの厳粛を知って生き物は捕食対象に対しても謙虚になる。それを知らずに居る間は、完全な未完成の領域に属する哀れむべき存在だ。知った限りに於いても悲しい存在に違いは無かろうが、確実にステップアップしている。
さて、物語の始まり、始まり~~~~。天井から一筋の光が射している。子供の声と仲間を踏み潰しながら浴びせかける罵声が聞こえる。母親の声に何度も促され、漸く引き上げた子供だが、その場で唯一生き延びた働き蟻は、ホウホウの体で巣に逃げ帰った。多くの仲間が踏み殺された。公園の一角にある蟻の巣。ジャングルジムの傍から逃げ戻った者から「自分が誘わなければ」との後悔の念と、亡くなった仲間の名が挙げられた。現在、この国の蟻数は14.444匹。その頂点に立つのはバスサミコ女王、側近には、宰相のナンプラーが控える。彼ら2匹の巣は十年ほど前、人間の投げ込んだ爆発物で爆破され、その上水攻めに遭って壊滅的な打撃を受けた為、二匹は深手を負って、先代の女王、アンゼリカの領するこの地へ命からがら逃げ込んでいたのだ。アンゼリカは慈悲深い女王であったから、王医に手厚い看護を命じ、その命を救った。ところが、元気になったバルサミコは、手を組んで公園一帯を牛耳ろうと提案。これを拒否されると恩人を殺害して自ら新女王の座に就いた。彼女は、すぐさま先代に関わる者達を粛清。先代王族の末裔も悉く殺した。恐怖による統治が始まった。然し、悪政に圧政、そればかりか配給される食糧は減らされる一方でありながら、徴用は増える一方で、民である働き蟻の負担は増える一方、軍属である兵隊蟻の中にも戦に次ぐ戦での過重な負担増と、多くの不合理な命令に不満を募らせる者の数が増していた。このような憤懣は、何かのきっかけさえあれば、暴発する寸前迄高まっていたのである。
アンゼリカの治世を知る者達は、平和で豊かで、華やいだその時代を懐かしんだ。
朧の森に棲む鬼
劇団@ホーム
大和市生涯学習センターホール(神奈川県)
2014/05/10 (土) ~ 2014/05/11 (日)公演終了
満足度★★★★
質の高さに驚いた
踊り、殺陣の上手さに女子の色気を感じさせる演出等々、楽しめる場面満載。シナリオも欲望、即ち生きる力を中心に展開してブレがなく、舞台美術のセンスも良い。かなりゆったりしたステージを縦横に使いこなす空間感覚にも見るべき所がある。照明、音響のセンスも良いが、音響はカツゼツとのバランスをもう少し気遣って欲しい。役者陣は若いが、素直で延びシロを感じさせる演技に好感を持った。殊に、身体能力の高いキンタ役、マダレ役、ヤスマサ役、イチノオオキミ役が気に入った。キャスティングも良い。キャストが一部Wになっていて、HPをざっと見ても何時、誰が何を演じているのか、自分の短気では調べる気がしなくなる程なので、リーフレットにキチンと明記するなり、顔写真を入れるなりして欲しい。ところで、折角良い舞台を作っているのにプロデュースが全然駄目である。良いプロデューサーが付き、科白と音響のバランスをしっかりさせ、シナリオでライが死に至る部分をもう少し練ったら、新宿紀伊国屋ホール上演位は可能な質である。
以上、主にプロデュースの不備から星は4つにしたが、舞台自体には星5つを差し上げたい。大いに楽しめる。
サバイバーズ・ギルト
ナイスコンプレックス
駅前劇場(東京都)
2014/05/08 (木) ~ 2014/05/11 (日)公演終了
満足度★★★★★
日本人の悪癖
何処に行っても、どんな不正義が行われようとも行動しない日本人の悪癖を丁寧な筆致で描いた秀作。不法滞在の身が危うくなることを承知で、人間的不正義に怒り、行動を起こす中国人の方が、よほど世界スタンダードに近いだろう。革命の評価は兎も角、革命を起こした国の民と、有史以来、真の革命など一度も起こしたことのない鵺共との差が出ている。鵺とは無論、我々自身である。(追記後送)