うさぎライターの観てきた!クチコミ一覧

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これでおわりではない

これでおわりではない

アンティークス

OFF OFFシアター(東京都)

2013/05/29 (水) ~ 2013/06/03 (月)公演終了

満足度★★★★

昭和な家族
まったく人生は思い通りにならないものだ。
大事なものほど、ある日突然根こそぎ奪われてしまう。
場面転換の工夫によるスピーディーな展開と時間軸の移動で、
主人公の悲痛な心情が(ありきたりな叫び声や号泣でなく)浮き彫りになる。
彼女の兄が実に魅力的。

ネタバレBOX

横浜の小学校3年生の岬(つのだときこ)は、家族旅行の帰りの事故で
父母と兄、妹をいっぺんに失い祖母に育てられる。
高校卒業後は東京で働き、32歳にして念願の大学へ入学、学生生活を楽しんでいる。
そんなある日、街で死んだ兄そっくりな男に出会い、驚愕する。
男は岬をなつかしい横浜の家に連れて帰る…。

どうしても山田太一の「異人たちとの夏」を思い出してしまう。
設定はもちろん、父(家田三成)や母(高森愛花)のキャラに共通点があるからだが、
人物像の彫りが深く役者陣の実力が感じられる。
家田さんの台詞にリアルな昭和の香りがあって、いいお父さんだなと思わせる。

印象的なのは兄。
演じる誉田靖敬さんの視線が常に“演技”している。
自分たちがすでに死んでいることを意識しながら、生き残った妹を思いやる
“境界線上の複雑な”立場と思いが伝わってくる。
不器用だがケンカにも強い、頼もしいお兄ちゃんが素晴らしい。

お兄ちゃんと昔デートした同級生(本城明子)と観覧車に乗るシーン、
本城さんのカタさが上手く作用して口下手な初デートの雰囲気が初々しい。

“見たいものしか見たくない”岬の心が生んだ実在しない世界。
しかしそれが、この先岬を支える何よりのよすがとなるだろうということが
明確に伝わって来て、泣かせる別れのシーンの後は清々しい。

ちょっとラスト引っ張り過ぎかなとも感じたが
花札のシーンで終わるのは良かったと思う。
岬の幼い妹澪の声が飛びぬけてボリュームが大きく、少し違和感を覚えた。
演出の指示かもしれないけれどほかの声が落ち着いて聴きやすいので
バランスが崩れるような気がした。

現実世界と仮想世界、大学生活と小学生時代、
それらが重なって何度も行き来する構造ながら
スピーディーな場面転換もあって一気に魅せる。
「これでおわりではない」ということが、孤独な人の心を支える。
それをしみじみと感じさせる舞台だった。
けつあごのゴメス【全公演終演しました!!たくさんのご来場ありがとうございました!!!!】

けつあごのゴメス【全公演終演しました!!たくさんのご来場ありがとうございました!!!!】

劇団鋼鉄村松

ザ・ポケット(東京都)

2013/05/22 (水) ~ 2013/05/26 (日)公演終了

満足度★★★★

ちょいフラメンコおやじの圧倒的パワー
客入れのBGMも素敵なフラメンコギターの音色、
泥臭い現地の音ではなく、洗練されたアレンジのオサレな印象。
そしてのっけから様々な年齢・体型の役者による熱いパフォーマンスに圧倒された。
何だか久々に隙間なく滑舌の良い台詞を聴いた気がする。
初・鋼鉄村松は、意外なボスのカッコ良さにびっくりしたし、
“ベタ”と“洗練”のミックス加減が絶妙で振り切れた芝居がめちゃめちゃ楽しい。

ネタバレBOX

闘牛場を思わせる円形の舞台奥に左右対称の階段というシンプルな舞台。
愛情を注ぎ自分を育ててくれた兄(安藤理樹)が
ある日牛になってしまったというだけで(十分だと思うが)
肉屋に売り飛ばした妹(小山まりあ)は、無敵の闘牛となった兄の復讐を怖れている。
一方、彼女をめぐって貴族フリオ・カラス(ボス村松)と
伝説の闘牛士ゴメスをしのぐとも言われるロドリゲス・ノノムラ(ムラマツベス)は
ついに決闘する羽目に…。
勝負はロドリゲス・ノノムラの勝利に終わり、彼は無敵の闘牛と対峙することになる。
最高のマタドールと最強の牛の闘いは果たしてどちらが勝つのか…。

紅一点の妹・中井ちゃん役の小山まりあさんが大健闘。
パワーがあって振り切れた演技が、シュールな展開にもかかわらずさわやか。
兄役の安藤理樹さんは、最近カムヰヤッセンやぬいぐるみハンターでも観たが
今回もキレの良い動きと表現力豊かな台詞で魅力的なキャラを作っていて
愛情深く思い込みの強い兄が牛になってしまった怒りと悲しみが感じられる。
弁護士役の加藤ひろたかさん、狂言回しとしての役割も含め
安藤さんとともに“若手細身イケメン”パートを担って軽やかだが
声に力と華があって存在感大。

肉屋の橋口克哉さん、あちこちで何度か見かけるが
すごい存在感で、本当にブッチャーって感じ。
牛役の多田無情さん、目が牛になっていてすごい。
反芻するところなんか妙にリアルで哀しみさえ覚えた。

演出の山本タカさんは20代前半だそうだが
この(良い意味で)おじさん臭漂う作品をすごく洗練された舞台にしている。
音楽の選択や、シルエットの表現、闘牛のシーン、
思いっきり暑苦しいスパニッシュテイストの群舞などがとても素敵だ。
「声を出すと気持ちいいの会」を観なくてはならぬ。

私はオリジナルの鋼鉄村松を知らないが
ベタなギャグやキャラクターで若干ノスタルジックなテイストを
劇団のカラーを薄めることなくスタイリッシュに仕上げたという印象。
ボス村松、ムラマツベスに、オリジナルのテイストを強く感じた。
結成19年の劇団が演出を外部の若い人に委ねる勇気はすごいと思う。
しかも大成功でしょ、比較出来ないくせに言っちゃうけど。

いやー、村松一族すごいわ。
おじさんの踏み鳴らす足音と「もぅ~」という雄叫びで
今晩眠れないかもしれない。
て

ハイバイ

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2013/05/21 (火) ~ 2013/06/02 (日)公演終了

満足度★★★★★

まったく何という芝居なんだろう
おとうさん指とおかあさん指、おにいさん指、おねえさん指、そしてボク。
アフタートークで岩井さんが語ったように
5本の指が例えどれほど「こいつの隣はいやだ」と思っても
どうしようもなくつながって、離れ難い「て」のような存在、それが家族だ。
「て」を観るのはユースケ・サンタマリア出演のプロデュース公演を含めて3回目だが
いつも笑いながら泣き、泣きながら笑ってしまう。

ネタバレBOX

舞台を挟んで向かい合うように客席が設けられており、
中央には棺が置かれている。
喪服のお母さん(岩井秀人)が出て来て前説。
そしていつものように「では始めます」のひとことで
おばあちゃん(永井若葉)の葬儀の場面から始まる。

父(猪俣俊明)と母(岩井秀人)がおばあちゃんと暮らす家に
久しぶりに子どもたちが集合するが
父親からの壮絶な暴力を浴びて育った4人の子どもたちは
顔を合わせれば早くも軋み始める。
何を言っても無駄だと距離を置いて眺めるだけの長男(平原テツ)、
父親も許せないが、そんな兄の態度も許せない次男(富川一人)、
仲の良い家族として少しでも変化が起こればと今回企画した長女(佐久間麻由)、
ひとり暴力を受けずに育った次女(上田遥)。

彼らそれぞれの父親に対するこわばったような態度と
それを受け止めながら間に入る母。
認知症で孫がわかったりわからなかったりのおばあちゃん。

傍若無人な父が「リバーサイドホテル」をひとりフルコーラスで熱唱する間
子どもたちがわいわい話しながらビールを注ぎ合い
盆か正月のようにごく普通の家族の図が繰り広げられる。
この“父の好きな歌”をバックにした図が
過去の壮絶な歴史を忘れさせるほど自然で、観ていて泣けてしまう。
お母さんは部屋の外で号泣している。
理想と現実の埋めようのない乖離が浮び上って素晴らしい。

ここまでのストーリーは二度繰り返される。
一度目は子どもの視点で、二度目はお母さんの視点で
同じ台詞、同じ動きなのに微妙に違う。
役者さんも180度回転して演じるので
私たちはさっきの場面を反対側からも見ることになる。

この視点を変えて二度見せる演出が、一つの出来事の二面性を鮮やかに見せて秀逸。
「ハイバイドア」による空間の切り替えも上手い。
そして何と言ってもお母さんのキャラが魅力的だ。
岩井さんの実体験が元になっているこの話の中で、
「母親を疑似体験したくてこの役をやってみようと思った」という
もっとも思い入れのある大事なキャラクターである。
男岩井が演じることで、その母性が際立つから不思議だ。
強くて時に弱く、でもいつも温かいお母さんだ。

“渦中の人は必死だが、それを傍から見ると時に滑稽である”という
冷めた視点がベースにあって、その笑いが随所に光る。
“笑えない状況”ほど“笑える”という皮肉が、
葬儀屋やカラオケの場面で効いている。

平原テツさん、最もひどい暴力を受けた長男の
父親に対する距離の置き方が徹底していて素晴らしい。
この長男がブレないので、次男と激しく対立する場面では
観ていて心拍数が上がるほど緊張する。

岩井さんのたぶん永遠のテーマで、繰り返し上演される作品だろうと思うが
何度見てもボロ泣きしてしまう。
子どもたちの視点で泣き、お母さんの視点で泣く。
全く何という芝居なんだろうと思う。




未確認の詩-ウタ-

未確認の詩-ウタ-

ライオン・パーマ

王子小劇場(東京都)

2013/05/16 (木) ~ 2013/05/20 (月)公演終了

満足度★★★★

子どもの駄々ではない
“ショートコントのようなシーンを積み上げて、一つの作品に仕上げる作風”
だとホームページにもあるが、まさにそう。
軽い笑いネタ満載のエピソードがいくつも展開して
最後どこに行きつくのかと思っていると
何だよ、えらく泣いちゃったじゃないの。
じーんとくるようないい台詞言わせるんだもの。

ネタバレBOX

冒頭の野球場のシーンが秀逸。
これでいきなりぐっとつかまれる。
大ファンだった選手の引退試合で、裕幸はその選手のホームランボールをゲットする。
大喜びする裕幸、そのシーンを回想して語るこずえ。

「未確認飛行通販」のオフィスでは今日も
人々の願いを叶えるべきか却下するべきかについて、碇指令が判定を下している。
もし叶えば最高のタイミングで願いは実現されるが、
碇指令が「子どもの駄々に付き合っている暇はない」と言えば、それは却下だ。

そしてこのあと、人々の様々な願いが描かれる。
ダム建設をめぐって狼の存在を証明しなければならない村の人々、
行列を作りたいラーメン屋のけなげな奥さん、
これからカジノ摘発に臨む刑事たちの打ち合わせ風景、
母親の誕生日に一番望む物をあげたいと願う家族等々…。

刑事たちの短パン論争とかエヴァンゲリオンなど
ちょっと懐かし系のネタがえらく楽しい。
早口の台詞が滑って感情が浅くなったのがちょっと残念。
SFものや刑事ものは、単語や説明を聞き逃すとストーリーが途切れてしまうので。

最後に、全てのエピソードは恋人を亡くして精神を病んだ
こずえの小説であることが明かされる。

「今あるものが何も救ってくれないなら、
未確認とされる未知の力を信じたっていいじゃない」

というこずえの叫びが悲痛で、彼女の心の痛みが伝わってくる。
未確認飛行通販を生み出して自分で自分を救うしかなかったこずえに
もう一度あの野球場のシーンを録画したビデオが再生される。
実はホームランボールをゲットしたのは裕幸ではなく
隣のサラリーマンだったのだが、そこには自分のことのように喜んでいる裕幸がいた。

そして裕幸が叫ぶ。
「僕の台詞は僕が喋っているんじゃない
君が僕に言わせたい事を、喋ってるんだ」

これが泣かせるんだなあ。
私たちはみんな、“言って欲しいこと”を胸に会話している。
期待通りの言葉が返ってくれば嬉しいし安心する、幸せな気持ちになる。
だがそうでなければ怒ったり悲しんだり落胆したりする。
喧嘩も誤解も憎しみも、みんなそこから発生するような気がする。
絶望のあまり裕幸を自分の中で理想通りに創り上げてしまったこずえが哀しい。

コントが徹底していることと、役者陣が達者なので成功しているのだと思う。
それを重ねて最後にあの台詞だから、孤独や哀しみが際立って思わず涙がこぼれる。

裕幸役の草野智之さん、短パンの話をしても泣かせる台詞を言っても
台詞に説得力があってとても魅力的。

母の誕生日を祝い、5人の娘たちが西城秀樹の「YMCA」の替え歌で
「♪かあさん、かあさん…♪」と歌うのが素晴らしく、聴き惚れてしまった。

結局こずえは裕幸の真の笑顔に気付いたわけだし
もしかして未確認飛行通販で願いが叶ったんじゃない?
今ある物が救ってくれない時代に、未確認飛行通販ってすごくいい発想。
あの碇指令が判定を下すのはちょっと不安だけど。
メメント・モリ

メメント・モリ

ウンプテンプ・カンパニー

【閉館】SPACE 雑遊(東京都)

2013/05/16 (木) ~ 2013/05/27 (月)公演終了

満足度★★★

人は死んでも髪が伸びる
G・ガルシア・マルケスの「愛その他の悪霊について」から想を得た作品だそうで
“原因不明”と“自由思想”は「悪魔のせい」にする時代を描いた音楽劇。
それにしても、人は死んでも髪が伸びるって本当?
“頭蓋骨から22m11㎝も伸びる赤銅色の髪”ってエピソード、怖すぎ…。

ネタバレBOX

舞台中央に大きな布で包まれたテーブルのようなものが置かれている。
出演者全員による合唱から始まり、侯爵が娘のシエルバ・マリアを連れて
サンタ・クララ修道院を訪れる場面に移る。
狂犬に噛みつかれた者は、やがて悪魔にとり憑かれたと噂され怖れられるのが常、
侯爵は苦渋の選択をして娘をここへ連れて来たのだった。
そしてマリアの悪魔祓いをするためにやって来たのが、青年デラウラ神父であった。
二人は恋に落ち、当然のことながらそれは許されないものであった…。

良く分からない病気や原因不明の現象、なじみの無い文化風習、
そして恋愛さえも、“悪魔の仕業”とされた時代の悲劇を
「今もおんなじじゃ~ん♪」と歌って皮肉る音楽劇。
コントロールしにくい要素は徹底的に排斥しようとするとき
手段を選ばない権力者が選んだ手段は”魔女狩り”だった。

合唱は歌詞も良く分かるし、ストーリーとして面白く聴いたが
ソロは相変わらず難し過ぎる歌で、役者泣かせだろうなと思う。
ウンプテンプの舞台は、この不思議なメロディが芝居のカラーを左右する。
これを“雰囲気のある旋律”と聴くか“いたずらに難しくしてる”と聴くかで
舞台の評価が割れるだろうと思う。
私は7:3で“難しくしてる”が勝ってる印象。
もし平易なメロディで歌ったらどんな舞台になるだろう。
芝居そのものがつまらなくなるかしら?
そんなことはない、むしろ台詞が際立つと思うけど。

侯爵の後妻ベルナルダを演じた中川安奈さんが、存在感大。
性格の悪い、それなりの死に方をする女を、意外に太く演じている。
侯爵夫人に納まりたくて彼を誘惑した、美しく自堕落な女が良かった。

修道院長を演じた新井純さん、権威と権力の権化みたいな存在がすごい。
こういう人が社会を動かし、人心を萎縮させたんだろうと想像させる。

衣装に工夫があって楽しい。
修道女の制服もパリッとしていて気持ちが良い。
ベッドを包む布が、場面の切り替えを上手く演出している。

現代社会の閉塞感が、何となく抑圧された時代と重なって
学校や会社、様々な組織におけるいじめや迫害を思い出させる。
人間って常に“魔女狩り”をしたがる危ない生き物なのだ。
死者の髪の毛が伸びるというエピソードにおののき、それが広まるのは
どこかに残る良心の欠片が、ほんの少し疼くからに違いない。
既成事実

既成事実

小西耕一 ひとり芝居

RAFT(東京都)

2013/05/15 (水) ~ 2013/05/19 (日)公演終了

満足度★★★★

性悪女と自滅男
第一回公演「中野坂上の変」では複数の作家の短編をひとりで演じたが
今回は自身が書き下ろした作品をひとりで演じるというもの。
ちょっと行き過ぎた男の転落の様が鮮やかで
相変わらず台詞の力を感じさせる舞台だった。
展開の面白さに加えて、彼を取り巻く全てが凝縮された怒涛の後半が素晴らしい。

ネタバレBOX

みよちゃんの浮気はもう14回目だが、タケシはまたも許してしまう。
ただし「消毒」と称して浮気の一部始終をベッドで再現する。
これをしないと気が済まない。
だが今回は職場の佐々木先輩に愚痴ったことから
先輩と二人浮気相手の男の店へ顔を見に行く羽目になる。
そして泥酔して二人はホテルに行くのだが
タケシは行為の最中、佐々木先輩の首を絞めて死なせてしまう。
そして死体はバラバラにして生ごみの日に出す。

ある日タケシはみよちゃんが自分以外の男の子どもを妊娠したと知って激高、
一度は彼女と別れるが、思い直してその子の父親になろうと決心する。
その時遠くでパトカーのサイレンが鳴り、それは次第に近づいて来た…。

タケシはみよちゃんが大好きで、一緒にいられるなら何でも許す。
殺人を犯したことさえ、彼にとっては失敗でも大問題でもない。
ちょっとびっくりしたけどたぶんバレないし、それより問題はみよちゃんの妊娠だ。

タケシの極端な価値観の傾き方、誇張はあるが良く見かけるタイプだ。
顔に痣のある自分を好きだと言ってくれたみよちゃんを失いたくないあまり
“既成事実”を“消毒”して無かった事にする。
この自己満足なリセットの儀式が効いている。
こういうちょっと“ドン引きキャラ”にもかかわらず
いつのまにか感情移入させてしまう所がすごい。

父親が実の親ではなかったことを思春期に知り、
その後ずっとぎくしゃくしていたという背景も巧みに織り込まれている。
パトカーのサイレン音がマックスになる中、
「お父さん、自分の子でない子どもを育てるってどんな感じ?」(という意味の台詞)
で直後に暗転するが、因果の巡りを感じさせる終わり方だ。

ひとり芝居のポイントは、“見えない登場人物がどこまで視えるか”だと思う。
一見無邪気、実はしたたかなみよちゃんが生き生きと立ち上がって来るのは
小西さんの「リアルな台詞」と「間の巧さ」だ。
日頃彼のブログを読んでいても、興味をそらさない文章の巧さに感心する。
殺人を犯してからの転落は(タケシは転落だと思っていないが)
台詞に変化とメリハリがありまさに怒涛の展開、テンポ良く鮮やかだが、
前半そこへ行くまでがちょっと長く感じられたかな。

このひとり芝居シリーズ、早くも次回9月の公演タイトルが発表になっている。
「既成事実」の次は「破滅志向」だそうで、
わかっていながら「地雷」を踏み続ける小西耕一という役者の
執拗かつあっけらかんとした自虐志向が楽しみだ。
【次回公演は3月!ご来場ありがとうございました!】「かたわこや」

【次回公演は3月!ご来場ありがとうございました!】「かたわこや」

劇団東京ミルクホール

SPACE107(東京都)

2013/05/15 (水) ~ 2013/05/19 (日)公演終了

満足度★★★★

マジで鼻から
「ミルクホールの原点は江戸期の見世物小屋」にあるという視点で書かれた本作は
「差別される人々」の世界を描くと同時に
「無意識のうちに差別している人々」の心理をも突いている。
しかしまさか全員がチラシのように“鼻から垂らす”とは思わなかった!

ネタバレBOX

代議士の父を持つ帝大生が、理想の社会福祉を論じながら
実は底辺にいる見世物小屋の人々に対して
「無意識のうちに差別している自分」に気付く。
そして見世物小屋の娘への叶わぬ恋、親友の死などを乗り越えて成長していく。

というと何だか“青年の主張”みたいだが、のっけからミルクホール色満載。
「どうぞ舞台へ上がって見世物小屋の中をご覧ください!」と言われて
何と5~6人を除いてほとんどの客が舞台へ上がった。
客席に背を向けて妙な芸(?)を披露する人を見て笑ったあと
客席後方に登場した帝大生二人のやりとりを、みんなで舞台から眺める。
私もミルクホールの舞台には何度か上がったが、この図が面白いんだな。

二人の帝大生から恋される見世物小屋の娘マキ(コースケ☆ハラスメント)が
声も仕草もあんまり自然で可愛い(!)ので一瞬「まさか女の子が客演?!」と
当日パンフ(これがまたいたずらに男を下げる顔の写真集だ)を確認してしまった。

恋に破れる帝大生を演じた浜本ゆたかさんが相変わらず良い。
この人はベタな台詞を言っても説得力があるのが魅力。
自分の中にある差別する気持ちに気付いた時や
マキと親友の恋の行方を見守るところなど
台詞や間が丁寧で、しみじみさせる。
ミルクホールは笑いと人情の両極を行き来するのが魅力だが
その人情パートを背負う人だと思う。

そしてやっぱりおバカな展開が素敵だ。
扇風機の芸(芸なのか?)とか、“さんがつ”(なんちゅー芸だ!)とか
見ている私たちもハラハラドキドキ、
だって全員があの“チラシと同じ顔”になるんだから素晴らしい!

冒頭のダンスはちょっとけいこ不足の印象を受けたが
ラスト「津軽じょんから」はとても素晴らしかった。
コースケさん、浜本さんのキレの良さとかたちの美しさが印象的。
やくざの鬼小島を演じた多舞タカシさん、声もいいし
艶のあるやくざがとても良かった。
佐野うさぎさん、”無駄に二枚目”な顔で、当パンの写真がとってもセクシー。

バビ市のおしっこハプニングもあったが、
その不具合をも笑いに変える瞬発力は相変わらず。
改めて生の舞台ならではの楽しさを満喫した。
もうひとつある世界の森に巣喰う深海魚たちの凱歌

もうひとつある世界の森に巣喰う深海魚たちの凱歌

あなピグモ捕獲団

シアター711(東京都)

2013/05/09 (木) ~ 2013/05/12 (日)公演終了

満足度★★★★

熟成肉の旨み
携帯電話を失くした男の不安と混乱、そして見つかった携帯に残る着信履歴は
すべて「麒麟Q」からだった…という冒頭からシュールな展開だが
役者陣の説得力のある演技で飽きさせない。

ネタバレBOX

ひとりの男ハナブサ(大竹謙作)が携帯電話を失くした事に気づきパニックになる。
その日1日の足取りを辿って店に問い合わせてもわからない。
不意にポケットから出て来た携帯には「麒麟Q」からの着信履歴があり
なぜか麒麟Qにしか繋がらない。
「助けが必要だろう?」という麒麟Q。
麒麟Qとは一体誰なのか?

街中から森に迷い込んだハナブサはその後
エレベーターの中にいたり、病院で診察を受けたり、彼女とドライブしたりと
目まぐるしく場所を移動し続ける。

携帯電話を失くしただけで、まるで世界を失ったように寄る辺ないハナブサ。
大事な記憶を辿ってもすぐに途切れ、居場所を探して転々とする。
そもそも携帯に依存し過ぎて私たちは多くを忘れるようになった。
電話番号、スケジュール、漢字、名前…。
そしてネット社会に溺れて自分自身を見失う。
これはハナブサが自己を取り戻すまでのロードムービーか。

ラスト、天井から降りている赤い糸と、舞台いっぱいの赤いウェブが象徴的で美しい。
麒麟Qがもう少し途中からハナブサをガイドしてあげたら
観ている私たちもだんだん状況がわかって、
彼の混乱を客観的に観る面白さが加わったのではないかという気がする。
“わかりやすさ”はうるさいのかもしれないけれど。

“忘れることを怖れて常に反芻する”という作者の、どこか切迫した日常を感じる舞台。
女性陣の衣装や動きなどが洗練されていて、スタイリッシュな不条理劇のようだ。
当日パンフで“福岡で4月に済ませた公演を1カ月熟成させて、
熟成肉のような面持ちで焼き上げた“と作者の言う芝居は、なるほど旨みがある。
修学旅行~TJ REMIX Ver.

修学旅行~TJ REMIX Ver.

渡辺源四郎商店

ザ・スズナリ(東京都)

2013/05/03 (金) ~ 2013/05/06 (月)公演終了

満足度★★★★★

極上の修学旅行
畑澤聖悟作、構成・演出はキラリふじみ芸術監督で「東京デスロック」主宰の
多田淳之介とくれば、その演出に期待せずにはいられない。
沖縄への修学旅行中、女子高校生の内輪もめが次第に拡大していく様を
ケラケラ笑いながら見ているうちに、
その力関係が911以後の世界情勢を映していることに気づくという二重構造が巧み。
二重構造に気づいても気づかなくても楽しめるように作ったという作者の意図を、
これまた多田淳之介さんが解りやすい演出で極上のエンタメに仕上げている。
こんなに笑った舞台は久しぶり。

ネタバレBOX

舞台正面に、セーラー服やブレザー、詰襟など10数着の制服が掛っている。
並んだ椅子に出演者が座ると、やがて厳かな雰囲気で教師が二人登場。
「工藤由佳子 3×歳」となぜか実年齢まで読みあげると
「はい」と立ち上がる。
冒頭のこの卒業式の場面で、これから高校生を演じる役者の年齢が明らかになり
その無理目な設定と神妙な出演者の顔が可笑しくてたまらん。

沖縄への「平和教育」を兼ねた修学旅行の夜。
教師の覚えめでたい生徒会長の本音だの、
修学旅行の夜を盛り上げようと必死な班長だの、
県大会前で部屋でも素振りを欠かさない部員だのが
ひとりの男子をめぐって次第にたまっていた不満をさらけ出していく。
「そのバットが飛んでくるかもしれないっていう不安で気が休まらない」という
生徒会長の発言が正義のアメリカを映していると気づかなくても
全く問題なく楽しめる台詞と展開が秀逸。

枕を投げ合い、布団をブン投げ、挙句の果てに畳までひっくり返しての全面戦争に突入。
やがて廃墟と化した部屋でしばし呆然とするメンバーたち。
再び卒業式の場面に戻って、式歌「翼をください」を斉唱するが
バックの飛行機音が次第に大きくなり爆撃音に変わっていく演出が冴える。
せっかくの二重構造に気付かないのはもったいないとばかりに
911や沖縄戦、さらには311を思い起こさせる多田演出が上手い。

作品は、演出によってこんなにも変わるし変えていいのだということを
このオトナの高校演劇祭で改めて知ったような気がする。
良い作品というのは様々な演出が可能であり、
それは台詞が良いからいじっても崩れないということでもある。
鮮やかな多田演出を観て、その印象を強くした。
工藤由佳子さん、柿崎彩香さん、三上春佳さん、北魚昭次郎さんなど
今回もそのなりきりぶりが見事で素晴らしかった。
畑澤聖悟さんという人がこれから何をするのか、ずっと見て行きたいと思う。
河童~はたらく女の人編

河童~はたらく女の人編

渡辺源四郎商店

ザ・スズナリ(東京都)

2013/05/04 (土) ~ 2013/05/05 (日)公演終了

満足度★★★★

”河童”現象
オトナの高校演劇祭2本目は「河童~はたらく女の人編」。
高校演劇部のために書かれたこの作品は、高校の教室が舞台だったが
今回なべげんのオトナが演じるにあたり、舞台はオフィスになっている。
ある日突然河童に変身してしまった女子社員をめぐって職場は大揺れ。
「いじめ」や「差別」は子どもも大人も同じように、その社会にはびこっている。
そして性質が悪いことも同じなら、有効な解決方法が見当たらないのも同じだ。

ネタバレBOX

なぜか突然河童になってしまった女子社員の扱いについて職場は意見が分かれる。
それまでの勝手な振る舞いもあって、全く同情の余地なしとする社員もいれば
かわいそうだから優しくしてあげてと訴える同期の社員もいる。
部長は一生懸命みんなで受け入れましょうと説得を試みるが、社員の反応は冷たい。
社内恋愛の相手だった課長も今やドン引きの状態だし
あのぬるぬるした緑色の皮膚と水かきの手、そして強烈な匂いに皆辟易している。

河童が課長との甘い思い出に浸るシーンで
突然ピンキラの「恋の季節」を歌い出したりするのが最高に可笑しい。
だがそんな河童の楽観的な思惑を木端微塵に打ち砕くのは
理解し励ましてくれていた部長が、握手を拒んだことだった。
口では何とでも言えるが、結局それか、触るのは嫌か…。

理解者ぶっても最終的には拒否する。
僕はみんなと違う、僕も河童になると言って近づいて来る男は、
完全防備で直接触れないようにしている。

そしてある朝、唯一河童と手をつないだ同期の女子社員が出社してきた時
彼女の手は緑色で水かきがついていた…。

アフタートークで畑澤氏が語ったように
カフカの「変身」がベースにあって
ある日突然いじめの対象になる、理由も原因もわからない不条理さが出発点だ。
高校生にも理解できるよう、「変身」のあらすじを語らせるなど
親切な試みにあふれていてとてもわかりやすくなっている。
「1回では聞き逃すから2回言う」のがポイントだそうだが
高校生から70代、80代までの幅広い年代層が理解し楽しめるようにするのが
高校演劇の特長だというのが印象的だった。
確かに、若い劇団が同年代の仲間ウケだけに満足しがちなのとは一線を画している。
地方では尚更、そんなターゲットを絞った演劇ではやって行けないということだ。

ストーリーは何の解決策も提示されず、
所詮同じようにいじめられ差別される者同士しか分かり合えないのだ…
みたいな暗澹とした終わり方をするのだが
もしかしたら、“河童”が伝染して社員全員が河童になってしまえば
いじめも差別も無くなるのか、という気もする。

想像力を働かせれば何とかなるとか
「みんな仲良く」みたいな説教で何ら変わるものではないという
辛口のメッセージが、現役の教師から発せられるという所に説得力がある。

自分の過去の職場で見聞きした“河童”現象をいくつか思い出して
今さらながらひどく納得したのだったが
たぶんこういう見る側の経験値も、オトナの演劇祭をさらに面白くするのだろう。
ひろさきのあゆみ~一人芝居版

ひろさきのあゆみ~一人芝居版

渡辺源四郎商店

ザ・スズナリ(東京都)

2013/05/03 (金) ~ 2013/05/05 (日)公演終了

満足度★★★★

「最後の一歩!」
パンフレットにあるように
「オトナだからと言って高校生より面白いモノが作れるとは限りません。
高校生に高校生の情熱と可能性があるように、オトナにはオトナの意地と知恵があります」
そのために、「オトナの俳優が演じるだけでなくオトナの演出を加えた」としている。

柴幸男さん作の「あゆみ」はひとりの女性の一生を10人で描く演出で、
畑澤聖悟さんはそれを高校生向けに潤色、8人で演じた。
今回工藤千夏さんはそれを大人の一人芝居に仕立てている。
若い世代から見た“女の一生”を、成熟した女性が演じるとどうなるのか。

ネタバレBOX

舞台中央には、開演前から女性が座っていて足に赤いペディキュアを施している。
様々な物が彼女をぐるりと取り囲むように円を描いて並んでいる。
靴、傘、ランドセル、サンダル、どれも鮮やかな赤い色である。
小さな椅子や犬のぬいぐるみ、一足だけ白い靴。
これらの小物を使って、幼児から老婆までのあゆみを淡々と描いていく。

「最初の一歩!」で始まったあゆみという女性の人生は
「最後の一歩!」という台詞で舞台は暗転、人生を終える。

人生は終わりへと向かう“あゆみ”だというこの舞台は
高校生の告白とか、社内恋愛、出産、親の死など
オトナが見れば淡々として平凡な出来事の連続かもしれない。
10代の若者が必死に想像して演じていたこのストーリーを
工藤由佳子さんは“経験者”として演じる。
私は元の「あゆみ」を観ていないので比較が出来ないけれど
舞台には、この経験値の差が出ていたのではないか。

幼児期や小学生のころを演じたのには若干無理が感じられたが
社会に出て社内恋愛、交際、結婚と進むあたりから
俄然生き生きとして、台詞と動きがなめらかになった。
日頃、屈折した色気のある役を繊細に演じる素晴らしい役者さんなので
あまりにストレートな類型的キャラクターでは物足りなく感じてしまう。
それでも、親の死を告げられた時とか、晩年の車いすのシーンなど
じっとしているだけの芝居に思わず涙がこぼれた。
演出の斬新さを排した分、深みが増していると感じた。

青森公演では音喜多咲子さんのバージョンもあったという一人芝居、
こちらも観てみたかったなあと思う。
“未経験なのに知ったような顔をする女の子”をやらせたら天下一品の音喜多さんは
どんなあゆみを演じたのだろうか。

力のある脚本は、いろいろな演出が可能になると知った舞台だった。
「最後の一歩!」という台詞に、作家のピュアで強いスピリッツを感じる。
経験こそなくても、はじけるような若さが跳ねる舞台もまた素晴らしいだろうなあと思った。
天使は瞳を閉じて

天使は瞳を閉じて

ソラトビヨリst.

Geki地下Liberty(東京都)

2013/04/25 (木) ~ 2013/04/28 (日)公演終了

満足度★★★★

人間って哀しいね
第三舞台・鴻上尚史の脚本を中山英樹さんが演出・編集というソラトビヨリ版。
ちなみに私は第三舞台版を観ていない。
繰り返される天使の報告書の文章が
舞台正面のスクリーンに映し出される演出が良かった。
人間の愚かさと天使の優しさが視覚にも訴えて来て効果的。
ダンスシーンも大健闘。
マスターのたたずまいが魅力的だ。

ネタバレBOX

舞台正面に3枚の布のスクリーン、真ん中は四角い大きな布、
左右は細長い長方形で、そこに字幕が流れる。
天使が神様に(神様はもう大分前にいなくなってしまったが)報告書を書く
その文章が映し出される。

天使の仕事は人間達を見守ること、決して手を出して助けたりしてはならない。
だが今や天使の担当区域に人間はおらず、タヌキの観察などを報告する日々だった。
ある日、女天使が生き残った人間がいる区域を発見、男天使を無理やり誘って
そこへ舞いおりると、町は膜(壁?)に覆われて放射能や宇宙線から守られていた。
しかしそれを知らない人間たちは、膜の向こうの世界へ出たいと思っている。
女天使は幸福そうな人間たちの姿を見て「人間になりたい!」と宣言し、
たまたま降り立ったその店でバイトを始める。

そしていつか、手を出さないはずの天使は、
人々の肩にそっと手を置き、手と手を重ねさせて
思うようにならない人の心をつないでみたりする。
それでも、幸福そうだった人間たちの心と暮らしは、少しずつ壊れて行く…。

「町は幸福に満ちている
 僕は書くことがなくて困っている
 明日にでもあの懐かしい受け持ち区域に戻ろうと思う…」
どんな哀しい情けない人間達を見ても、このフレーズで報告書を終える
男天使の心情が切ない。
演じる二川剛久さんの、話し方も仕草も優しく繊細で
他の登場人物がテンション高い中で切なさが際立つ。

もう一人、マスター役の中山英樹さんのたたずまいに味わいがあった。
「マスター、ビール!」と言われた時の返事に、思いやりがあふれている。

「コーマ・エンジェル」という謎のドラッグや、背中に羽が生える奇病など
滅び行く人間たちに原点や立ち止まるきっかけを示唆するアイテムが効いている。
メディアによって方向性を定められ、踊らされる世界の危険性は現代も同じだ。
人間の成長と同時に、メディアや社会の成熟についても考えさせる。
鴻上流の笑いやダンスシーンも多くエンタメ色が強いが
”進化にまつわる会話”など深いところを突いて来るので
その行ったり来たりがストーリーの道幅を広げて魅力的な作品。

舞台は全体にハイテンションだが、”エンタメとシリアス”の振れ幅に合わせて
テンションも台詞ももっと細かく変化したら、さらに彫りが深くなったように思う。

死んでしまった”羽根の生えた人間”とは、進化なのか退化なのか?
”退化して天使になった”と思いたいけど…。
エレノア

エレノア

サスペンデッズ

駅前劇場(東京都)

2013/04/26 (金) ~ 2013/05/03 (金)公演終了

満足度★★★★★

死者の言葉
ベタなキャラとエピソードに見えて、実は素晴らしく繊細でリアルな作り。
それは台詞が活き活きと、まるで鍛えた腹筋のように躍動するからだ。
“間違った方を選択”しながら生きる孤独な人々が愛おしく、切ない。
早船さんの“死者の言葉”には、いつも泣いちゃうんだなぁ。

ネタバレBOX

舞台正面の大きな窓から川を見下ろすような、町の不動産屋が舞台。
新婚でうきうきしている社長の克彦(佐野陽一)、
綺麗で行き届いたその妻美幸(ともさと衣)、
おちゃらけ従業員の谷迫(佐藤銀平)、
アルバイトの和泉(山下真琴)。

そこへ加わるのが、同棲を解消して転がりこんできた社長の姉夕子(野々村のん)、
それに美幸の昔の男(伊藤聡)、
そして謎の老人(一色涼太)…。

登場人物がみなくっきりと描かれていて分かりやすいのに
人となりに奥行きがあってとても魅力的。
その人達の説得力ありまくりの台詞に客席から何度も笑いが起こる。

社長の姉夕子を演じた野々村のんさん、
最後の父親からの電話、あれは彼女の幻想だったのかもしれないが
しみじみと温かく、泣けて仕方なかった。
このお姉さんのキャラ、魅力的で本当に素敵だ。

おちゃらけ社員谷迫を演じた佐藤銀平さん、
中途半端でなくこういう人物を演じる、隙のないなりきりぶりが素晴らしい。
いい加減なようで、優しいところもある、でも総合的にはダメ社員(笑)を
誇張しているのにリアルに見せるからめちゃめちゃ可笑しい。

女房に逃げられる不動産屋の社長役、佐野陽一さん
逃げられてからのめそめそしてるところが超うまくて
別にオーバーな芝居でもないのに思わず笑ってしまう。

谷迫にくっついて事務所に居ついた(?)老人が秀逸。
ずーっと無言だったこの男が、ラスト思いがけず明快に語るところが良い。
一色涼太さんの口跡が実に魅力的で、長台詞にもかかわらずぐっとひきこまれる。
作品の根幹をなす重要な台詞を体現して素晴らしい。
たたずまいの雄弁さを見せつけるような、
ただ立っているだけで人生がじわっと染み出してくる芝居。
この人の他の舞台も観てみたいと思った。

妻役のともさと衣さんと、昔の男伊藤総さんが踊る場面
あそこは二人の世界に入り込んで周囲が見えない“困った二人”を
もっと色濃く出して欲しかった。
テレビドラマ「最高の離婚」のエンディングで瑛太ら4人が妖艶なダンスをしたが
ああいうエグさが前面に出たら、もっと効果的で面白いと思う。
ともさとさん美人だし成功すれば効果絶大なはず。

衣装が変わるのも最近では珍しいが、やはり丁寧だし時間の流れが明確になる。
衣装センスもよく、BGMともあいまって演出の細やかさ、上手さを感じた。
ビートルズの「エリナー・リグビー」では、人の孤独な生涯が歌われるが
“間違った方を選んだ人も、きっと誰かの心を支えている”という
早船さんの優しいメッセージを感じる。
今日流れた涙があたたかいのはそのためだと思う。
平田オリザ・演劇展vol.3

平田オリザ・演劇展vol.3

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2013/04/10 (水) ~ 2013/04/21 (日)公演終了

満足度★★★★

「走りながら眠れ」
演劇展3本目はアナキスト大杉栄と伊藤野枝の最期の数カ月を淡々と描いた作品。
静かな会話によってつづられる一見平凡な日常が
この直後に撲殺されるというあまりにも劇的な二人の運命を強烈に照らし出す。

ネタバレBOX

ファーブル昆虫記を翻訳したり、フランスへ行ってきたりと
まるでお洒落なインテリ夫婦のようだが
台詞にもあるように、栄は女に刺され、
野枝は三角どころか四角関係に勝利し、
二人は常に監視されながら生活している。
ウイットに富んだ会話から、それらの現実を
軽々と乗り越えて来たように見えるが
まさに“走りながら眠る”ような人生だったはず。

大杉栄を演じた古屋隆太さんは写真の栄に面影が似ていて
洗練された、尖ったアナキストにぴったりだと思う。
伊藤野枝役の能島瑞穂さん、お腹の大きい野枝の肝の座った感じが良い。
おおらかで、向上心にあふれ、好奇心旺盛。
冒頭、フランスから強制送還されて帰宅した栄を
お腹の大きい野枝が無言で迎えるシーン、
言葉はないが、その視線に“崖っぷちの同志”としての切なさがあった。
普通の暮らしが出来ない二人の、
寄り添わずにいられない絆を感じさせて秀逸。

まもなく起こる関東大震災を予言するかのような栄の台詞があったが
この後二人はそのどさくさの中、凶暴な力によって撲殺され
井戸に放り込まれるのである。

アナキストたちの思想を支える日常生活が意外にポジティブシンキングで、
それだけに壮絶な最期を遂げることが分かって観ている私たちには
非常に痛ましく、時代の失敗を恨めしく思わずにいられない。
今また、似たような匂いが立ち込めたりしなければ良いなと思う。
平田オリザ・演劇展vol.3

平田オリザ・演劇展vol.3

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2013/04/10 (水) ~ 2013/04/21 (日)公演終了

満足度★★★

「銀河鉄道の夜」
平田オリザ演劇展2本目は「銀河鉄道の夜」。
舞台正面いっぱいに映し出された銀河系宇宙の映像が美しい。
宮沢賢治の作品の中でも本当にたくさんの劇団が上演する「銀河」だが
ちょっとコンパクトにし過ぎたような物足りなさを感じた。

ジョバンニとカンパネルラは、駅に停車する度に
様々な乗客たちと乗り合わせ、その出会いから少なからぬ影響を受けていく。
銀河鉄道の旅は、“本当の幸い”を探すと同時に
“死を受け入れるプロセス”でもある。
多くの「銀河鉄道」の舞台が存在する状況にあって
“エピソードの選択”はひとつのポイントになると思う。
どのエピソードを入れ、どれを割愛するか。

この作品は最初から子供向けに書かれ、
今回は被災地でも上演されたというから
死に対してよりリアルな感情を持って迎えられたことだろう。
そういう中で“子どもにどこまで死を語るか”ということは
重要なテーマであり、簡単に答えが出るものではないが
作品としてもうちょっと列車の場面のボリュームが欲しい気がする。
そこがあっさりしていると、カンパネルラの死を聞かされた時があまりに寂しい。
別れの時間が短いのは、大人も子どももしのびないと思うのだ。

平田オリザ・演劇展vol.3

平田オリザ・演劇展vol.3

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2013/04/10 (水) ~ 2013/04/21 (日)公演終了

満足度★★★★

「この生は受け入れがたし」
東京と地方、夫と妻、それぞれの寄生と共生を考えさせるほろ苦い会話が可笑しい。
寄生虫というマニアックな研究対象ではあるが、そこには仕事と家庭のバランスに悩む一般市民の普遍的な生活が見える。
達者な青森弁が混じるのもまたリアル。

ネタバレBOX

例によって開演前から、舞台上のソファにはひとりの女性が座っている。
所在なさげにお茶を飲んだり本を手にしたりしているこの女性に
時折「お待たせしちゃってすいません、あと少しで終わりますから」
みたいなことを言いながら職員らしき人が忙しそうに通り過ぎる。


夫が、東京からここ東北の大学の研究室へと転勤したのに伴い
妻は仕事を辞めてついてきたのだが、地方の生活になじめずにいる。
夫の職場へ通って、同僚から寄生虫の講義を受けるという
ちょっと不思議な状況である。


まずこの職場のスタッフがみな、世間一般から少し外れるほど
寄生虫に入れ込んでいることが可笑しい。
(よく聞くことだが、自分の腹で寄生虫を飼ったりしている)
たぶん仕事に愛着を持って臨む人はみな多かれ少なかれ
こんな風に“変人”呼ばわりされるものだという気がする。
仕事の専門性とはどこかマニアックなものだ。


夫は嬉々としてこの職場で働いているが
妻は近所の付き合いにも辟易して、団地にいたくないのもここへ通う理由の一つだ。
冒頭の所在なさげな妻の様子が、落ち着かない
居場所を失くした不安な状況を端的に表わしていることに気づく。


夫(山内健司)が寄生虫の習性を説明しながら
不器用に妻への愛情を見せるところがよかった。
思わず、別居しないで妻が歩み寄れたらいいなと思ったりした。


東京と地方の“寄生と共生”を考えさせるという点では
なめらかな青森弁が功を奏していて、時に聞きとれないほど上手い。
机の足元に“青森りんご”と書かれた段ボールが置かれているのもリアル。
寄生虫愛好家の集団という特異な職場が意外と楽しそうで
周囲の理解を得るのは大変だけど、研究職っていいなと思わせる。


資料提供等で協力している目黒寄生虫館は隠れたデートコースとして人気らしいが
受付で寄生虫グッズ(寄生虫クリアファイルとか)を売っていたのには笑ってしまった。
隣人予報

隣人予報

企画集団マッチポイント

ザムザ阿佐谷(東京都)

2013/04/04 (木) ~ 2013/04/07 (日)公演終了

満足度★★★★

時代を映す脚本
独居老人に対してやけに親切な隣りのアパートのカップル。
老人の財産目当てに近づいているのか、それともただの善人なのか…。
昨今の世相を反映しながら、その台詞は普遍的な家族の心情を突いている。
謎は謎のまま…というのがちょっと怖くていいと思った。
バジリコFバジオの佐々木さんの脚本、シリアスとコメディのバランスがとても良い。
最後やっぱり泣いちゃうし。

ネタバレBOX

舞台は貸し切りにしたレストランの店内。
孤独な老人のために隣りのアパートに住むカップルが誕生日パーティーを開催、
カップルから連絡を受けて、母の死後疎遠だった息子・娘たちがやって来る。
それぞれトラブルを抱えた兄弟たちは、“騙されている”父を救うため
この謎のカップルを調べようとあれこれ手を打つが
情報と想像の相互作用で混乱が大きくなって行く…。

事業に失敗し、借金を抱えて不仲な父親を頼りたい長男。
長女は探偵の夫の浮気が原因で別居中。
次女は結婚したい男を連れて来たのだが、言い出すチャンスがなかなかつかめない。
兄弟たちの叔母は、テレビの見過ぎみたいなサスペンスマニアで
飛躍し過ぎる推理と妙な行動力で事態をますます混乱させる。

物語の根底に“親子とは面倒な関係である”という前提があって
それがリアリティを生んでいる。
本来実の親子で築きたい関係が、意地やうっとうしさからうまく築けない。
だから親切な隣人にそれを求め、隣人もそれに応えた。
だがそこには、“代替の人間関係で人は幸せになれるか”という問いかけがある。
とりあえず面倒くさい人間関係は全て切り捨ててきたその結果、
職場の同僚も隣近所もあまり良く知らない人たちばかりという
人間関係の希薄な社会に私たちは生活している。
信じるべき人間関係とは、常に面倒くさくうっとうしいものであり
それを乗り越えるプロセスこそが人間関係なのだということを改めて思い出させる。

謎のカップルを演じた、小野智敬さんと野村佑香さんがとても良かった。
宗教に裏打ちされた行為特有の迷いの無さが潔い。
この“全く空気を読まない”我が道を行く言動が
不気味な感じを漂わせて秀逸。

結局この二人が罪を犯しているのか、ただの過剰な親切なのか
最後まで謎なのも、現代の不安をよく表わしていると思う。

亡くなった母の幽霊が出て来たり、
霊感の強い鵺子がその母の言葉を皆に伝えるイタコ的役回りをするのが面白かった。
鵺子役の前東美菜子さん、イタコ通訳にだんだん自分の感情が加わるあたり
思わず共感して笑ってしまった。

サスペンスおばさんを演じた岡まゆみさん、
「彼らは宇宙人なのよ!」みたいなぶっ飛び台詞を超マジ顔で言って
客席からどっと笑いが起こるのは、素晴らしく振り切れているから。

赤の他人をも頼りたくなる老人の心細さを口にする割には
ちょっと老人の声が力強過ぎ(?)、息子と怒鳴り合う所は迫力満点。
当分ひとりで大丈夫だよ、と思ってしまった(笑)
泣き方を忘れた老人は博物館でミルとフィーユの夢をみる(爆撃の音を聞きながら)

泣き方を忘れた老人は博物館でミルとフィーユの夢をみる(爆撃の音を聞きながら)

おぼんろ

東京芸術劇場アトリエイースト(東京都)

2013/04/06 (土) ~ 2013/04/07 (日)公演終了

満足度★★★★

嵐を呼ぶ異空間
殺風景な長方形のアトリエを未来の博物館に仕立てて、“昔々のおぼんろ”を再現する…。
空間演出の上手さと客を引っ張る巻き込み型は今回も健在。
そして何と繊細な物語だろう。
高橋倫平さんが階段を駆け登るシーンの泣きたくなるような切なさ、これが彼の、おぼんろの表現力だと思う。
いつも衣装のセンスに感心するけど、今度もえらく可愛いのだ。
フィーユの衣装など、どこかの少年合唱団みたいで少年の純な心を映すよう。
末原拓馬さんが「目を閉じて5秒後に目を開けてください」と言ったら
そのとおりにしよう。
おぼんろの演出に100%乗っかること。
そうすれば、アトリエイーストは異空間に変わる…。

ネタバレBOX

会場入り口では過去の公演の映像をビデオで流している。
博物館では、舞台衣装やアクセサリー、役者のプロフィールなどが紹介されている。
「ゴベリンドンの沼」の舞台の熱が蘇るような気がした。

こういう空間で、ゴベリンドンのリーディング公演なんかやったらどうかしら?
確かにアクションや身体表現の魅力満載の舞台だけど
もともとの脚本に力があるのだから、思い切ってコンパクトにして
役者があの衣装でリーディングするだけでも十分物語は伝わるはず。

コアなファンだけでなく、「ゴベリンドンの沼」初演を見損ねた人を
来るべき再演にいざなう呼び水になるような企画があっても良いと思う。
あの魅力的な台詞と声がまだ耳に残っているし、
雰囲気の良い空間だったのでそんなことも想像した。

拓馬さん、終演後客が外へ出てしまってから
「あっ、お金!!!」と叫んであわてて帽子を持ってロビーで投げ銭を集めて回るという
主宰らしからぬうっかりぶり、明日はしっかり集金した方が良いと思います。
老婆の心、老婆心(笑)
シュワロヴィッツの魔法使い

シュワロヴィッツの魔法使い

メガバックスコレクション

阿佐ヶ谷アルシェ(東京都)

2013/03/29 (金) ~ 2013/04/07 (日)公演終了

満足度★★★★

キーワードは「希望」
大人のファンタジーだけどそこはメガバックス、
「そうだったのか!」という予想外の展開は今回も健在。
魔法使いのキャラクターが素晴らしく魅力的で
どこか映画のような雰囲気を漂わせる舞台だった。
それにしてもこの魔法使い、泣かせるじゃないの。

ネタバレBOX

横長のアルシェの舞台はいつもよりシンプルな感じ。
上手どんつきに小屋のような建物があって、中からやわらかい灯りがもれている。
小屋の入口前には素朴な木のテーブル、
舞台中央には蔦のはう壁がある。
ちょっと「ハリーポッター」のような雰囲気のBGMがドラマチック。

明転すると中央に立つ黒い服の男が語り始める…。
魔法使いには何でも出来る魔法使いもいれば、
たったひとつしか魔法を使えない者もいる。
ある魔法使いは、たったひとつ、たった1回しか魔法を使うことが出来ない。
そしてそれを260年使えずにいた。
いつどこで誰のために使えば良いのか、魔法使いは長く苦悩していた。
昔から人間と魔法使いは一緒に生活していたのに
ある日、禍をもたらしたのは魔法使いのせいだと言われ、彼は囚われの身となる。
教会の地下室に閉じ込められて9年目の物語が始まる…。

“万能でない魔法使い”という設定が人に近しく、親近感をいだかせる。
船が難破してこの島に流れ着いた3人の男たちと一緒に
観ている私たちも謎めいた島に分け入って行く気分。
島民の不思議な行動、
「俺をここから出してくれたらもっと秘密を教えてやる」と囁く魔法使い、
メガバックスらしく、終盤でそれまでの認識をひっくり返す展開が鮮やかだ。

魔法使いのウィズを演じた星祐樹さん、冒頭から素晴らしい声に魅了された。
声優としての鍛え方なのだろうか、説明的になりがちなところを
その力強く自在な声でファンタジーの世界へ一気に惹き込む。
語り部として、また人心を操るような魔法使いとしてとても魅力的だった。

流れ着いた男ロイ役の新行内啓太さん、思慮深く聡明ながら
船に乗る男らしさも漂わせてちょっと新鮮な印象を受けた。

トト役の下田修平さん、まるで素のような(すみません)
チャラいけれど純粋なところもある男を生き生きと演じて上手い。

気になったのは魔法使いが幽閉されている鉄格子がぐらぐらしてたこと。
なんだかあれではすぐに脱出できそうで、
「俺をここから出せ」と迫る説得力に欠けると思う。

終盤舞台を3つのブロックに分けて、同時進行で悩む人々を描くところ
ちょっとテンポが落ちて緊張が途切れた印象を受けた。
もう少し選択を迫られる切羽詰まった感じがあった方が
その後のどんでん返しになだれ込む勢いがつくような気がする。

衣装や小物(飲み物のカップなど)が素敵でおとぎ話感満載。
メガバックスの“外注無し”の総手作り舞台が心地よい。
当日パンフにも書いてある通り「希望」をテーマにしているというこの作品、
魔法使いの深い悩みと、最後に出したその答えに
ひとすじの希望が差し込むような舞台だった。
『熱狂』『あの記憶の記録』ご来場ありがとうございました!次回は9月!

『熱狂』『あの記憶の記録』ご来場ありがとうございました!次回は9月!

劇団チョコレートケーキ

サンモールスタジオ(東京都)

2013/03/23 (土) ~ 2013/03/31 (日)公演終了

満足度★★★★

【熱狂】男子の好きな制服の果て
初演を見逃していたのでぜひ観たかった。
現代日本とどこか通じる第一次大戦後のドイツ経済の疲弊。
不満と期待の化学反応による爆発的な大衆のエネルギーを味方につけて
ヒトラーは独裁への階段を駆け上った。
あの「熱狂」がなぜどうやって生まれたのかを
単なる時代のせいではなく“人間の仕業”として描き出している。

ネタバレBOX

長方形の劇場の三辺が客席になっている。
残った長辺の壁を背にして少し高いところに
フューラー(党指導者)の座が設けられている。

冒頭ひとりの男が登場して、これからヒトラーの裁判が始まることを告げる。
そして客席の間の通路に被告人席が照らし出され、ヒトラーが浮び上る。
「私が有罪だというならそれは受け容れる。
だが、私を支持すると言った政府が罰せられないのはなぜか。
私が有罪なら、彼らも又有罪のはずである」

1924年、ミュンヘンでナチスが武装蜂起したミュンヘン一揆の裁判である。
被告人が滔々と演説して傍聴席も裁判官も聴き入ってしまうという
ヒトラーの悪魔的なまでに巧みな、人心掌握の手段がここで披露される。
ヒトラーは禁固刑を受けるが10カ月ほどで釈放、すぐにナチスを再結成して
ナチスはここから誰も止められないほどに拡大して行く…。

冒頭登場した男はビルクナーといって、ヒトラーの身の回りの雑用係である。
純朴・正直を買われて採用された、いわば独裁者の近くに置いても安全な男だ。
舞台は、単純にヒトラーを信奉する雑用係としてのビルクナーが
もうひとつの役割である“狂言回し”として、
時代や側近たちの裏を解説しながらすすんでいく。
このビルクナーの解説のおかげで、舞台はとても解りやすくなった。
演じる浅井伸治さんが“鈍と鋭”を鮮やかに切り替えてメリハリがあり
3か所の出ハケでスピーディーに展開する舞台について行くのを助けてくれる。

側近たちのキャラクターが人間味あふれていることも魅力的だ。
総勢9人の男たちのうち、2人か3人が部屋に残ると
たちまち密談が交わされるような危うい結束の一面も描かれる。

シュトラッサーを演じた佐瀬弘幸さん、自分は裏切り者ではないと訴える場面、
聞き入れられなかった口惜しさが全身からほとばしるようで素晴らしかった。

9人の中でヒトラー(西尾友樹)は、あまりひとりにならない。
アフタートークで語られたように、ヒトラーのビデオを観まくって
身ぶり手ぶりを研究したという演説の場面などは素晴らしく迫力がある。
いわば“男子の好きな政治という名の部活”に夢中になる男たちの
集団の勢いやテンションはよく表現されているが
その一方にはヒトラー個人の迷いや弱さがあったはずで
もっとその対比があったら、あのテンションの高さがさらに活かされたように思う。
6~7割を占める、互いに顔を近づけて怒鳴り合う場面と、説得力ある演説のほかに
独裁者にならなければ存在理由を見いだせなくなって行く男の孤独を
覗き見ることができたら、と思う。
せっかくビルクナーという雑用係がいるのだから
”家政婦は見た”的に無防備なヒトラーを見たかったかな。

ひとつ、ソファの位置はあそこがベストだろうか?
もう少し客席と距離を取ることは難しいのかな、と思った。

アフタートークには、脚本の古川氏と演出の日澤氏、
それにやはりヒトラーを扱った作品「わが友ヒットラー」を来週上演する
Ort.ddの演出家倉迫氏が登場したが
“閉塞感から極端な思想に走りたくなる”状況が
今の日本と似ていて怖いという話に思わずうなずくものがあった。
倉迫氏の言う、究極の“ごっこ遊び”の果てに、
歴史は永遠の代償を払うことになった。
今日の幼い日本の民主主義と外交を思うと
今、この世紀の悪人を様々な方向から描くことの意義を改めて痛感する。

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