『もしイタ』2013ツアー 公演情報 青森中央高校演劇部「『もしイタ』2013ツアー」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    演劇人の心意気
    ずっと観たいと思っていたこの作品、東京で見ることが出来ると知ったのは
    5月にスズナリで渡辺源四郎商店の公演を観た時だった。
    アフタートークで店主畑澤聖悟氏が語ったことが忘れられない。

    被災地の避難所や集会所での公演を前提に創られた「もしイタ」は無料公演。
    セットや小道具は一切用いず、効果音はすべて肉声、人間が背景を作る。
    演劇部員はマイクロバスで移動し、そのバスは被災地で会場へのピストン輸送を担う。
    その部員達と共に被災地へ入ったとき、全員で海岸やがれきの中を歩いた。
    皆泣きながら歩いた。
    「こういう所で生活している人たちが芝居を観に来るんだ。
    みっともないものを見せるな」と話した。

    「もしイタ」はそういう気持ちで創られ、演じられる作品である。
    次第に震災の記憶が薄れていく東京で、どうしても観ておきたいと思った。

    ネタバレBOX

    312人は入るという大きなホールが8~9割がた埋まっている。
    青森中央高校演劇部は全国高校演劇大会の常連、
    05年、08年、そして12年「もしイタ」で最優秀賞と、3度の日本一に輝く名門だから
    いかにも学生演劇関係者らしい制服の団体も多く見受けられた。

    開演20分前、舞台にはもう出演者全員が集合していて
    「外郎売り」や早口言葉をラップにアレンジしたウォーミングアップが行われている。
    これが34ステージ目だというが、前説から自然な流れで本編に入るあたり、もうプロ並み。

    部員が8人しかいない野球部は、去年の県大会で60対0で負けてからやる気もゼロ。
    ちんたら練習して早めに切り上げるあり様だ。
    そこへ新しいマネージャ―が入って来てカツを入れようと奮闘する。
    被災地から転校して来た元野球部員のケンジをようやく説得して入部させ、
    次はコーチ探しとなったが、もう一人のマネージャーが連れて来たのは
    なんと腰の曲がった老婆、イタコだった。
    このイタコが、ピッチャーのケンジに“あの沢村”の霊を下ろしたところから
    弱小ダメチームは快進撃を続け、とうとう甲子園出場。
    しかし決勝戦の延長戦で、ケンジに憑依して投げ続けた沢村がついに力尽きてしまう。
    ケンジ、どうする?!

    荒唐無稽な話なのに、どんどん惹き込まれて行くのは
    脚本の構成、台詞の上手さ、それに演じる高校生の100%出し切る演技だ。
    野球部のキャプテンや、前からいる女子マネージャー、
    そしてチームメイトや母親を津波で喪ったケンジの心境の変化が繊細で鮮やか。

    伝説の沢村投手が、戦地で手榴弾を投げ過ぎて肩を壊したこと、
    3度目の召集でついに命を落としたことなどのエピソードが挿入されるのも上手い。
    「もう一度ボールを投げたかったんや」という台詞が現実と巧みに重なる。

    甲子園から戻ったあと、野球部員たちはイタコにあることを依頼する。
    自分たちに、ケンジの元のチームメイトと母親の霊を下ろしてもらったのだ。
    懐かしいチームメイト一人ひとりの名前を呼び
    「自分だけ生きて野球なんかやって、楽しくてごめん!」と叫ぶケンジ。
    そして最後に母親と対面するケンジ。
    この場面の、現実と霊の役の切り替えが素晴らしい。
    新入りマネージャーを演じていた少女が、母親のたたずまいになっている。
    力強く、明るいラストシーンで終わるのに、涙が止まらない。

    作・演出の畑澤聖悟氏は、「跳べ 原子力ロボむつ」でも痛烈な現実批判をしつつ
    極上のエンタメとして大いに笑わせ、最後にずしんと考えさせてくれた。
    その精神は“無関心でいること・忘れること”に対する
    厳しい自己批判から生まれるのではないかと思ったが、今回もそれを強く感じた。

    震災後、“禁忌のエリア”“昔壊滅した場所”を何となく想像させる芝居はいくつもあった。
    だが、これほど直接的に震災を描き、ことばにし、当事者に語らせて
    観る者の感情を揺さぶる舞台を、私は畑澤作品以外に知らない。
    私も含めてだれもが表現することに憶病になる中で
    畑澤作品は「誰かを励ますには勇気が要る」事を教えてくれる。

    全国の学校や自治体、企業などがこの芝居を呼んで上演してくれることを切に願う。
    一過性の同情は得意だが持続出来ない私たちに出来ないことを、
    青森の高校生が全力でやっている。

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    2013/08/07 03:56

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