満足度★★★★★
演劇人の心意気
ずっと観たいと思っていたこの作品、東京で見ることが出来ると知ったのは
5月にスズナリで渡辺源四郎商店の公演を観た時だった。
アフタートークで店主畑澤聖悟氏が語ったことが忘れられない。
被災地の避難所や集会所での公演を前提に創られた「もしイタ」は無料公演。
セットや小道具は一切用いず、効果音はすべて肉声、人間が背景を作る。
演劇部員はマイクロバスで移動し、そのバスは被災地で会場へのピストン輸送を担う。
その部員達と共に被災地へ入ったとき、全員で海岸やがれきの中を歩いた。
皆泣きながら歩いた。
「こういう所で生活している人たちが芝居を観に来るんだ。
みっともないものを見せるな」と話した。
「もしイタ」はそういう気持ちで創られ、演じられる作品である。
次第に震災の記憶が薄れていく東京で、どうしても観ておきたいと思った。
増幅するメッセージ力 3.11発
セットすら、照明すら、効果音すら、音響すら なかった。
何故か。
東日本大震災の被災地、つまり小学校で、避難所で、瓦礫が見守るなかすぐさま上演できる演劇を志向するからである。
青森中央高校演劇部員たちの、「被災者の方々に観てもらいたい」という たった一つの想いを形作ったのが、『もしイタ』なのだ。
先に示した「なかった」の例として、照明を挙げたと思う。
広い舞台のなかで、「ここだけを観てほしい」スポットライトの技術も今作はお蔵入りだ。
だから、背景を形作る役者一人ひとりに、観客のスポットライトは自由自在で降り注ぐ。
それは、仲間から遅れた一羽のカラスであり、紙パックのストローを吸う生徒であり、ホテルの壁掛け時計の針である。
甲子園大会青森県予選を巡る、地元の野球部員と岩手県より やってきた高校生の交わりこそ、私たちに訴え掛ける真骨頂だろう。
ただ、その展開の後ろ、あるいは真横で役者によって形作られる 背景が立体感を与え、観客にとっても重層構造だった事実を無視してはならない。
甲子園を目指す球児•マネージャー•イタコの姿が眩しかった。
高校野球をスローモーションで描く あの身体は躍動感そのものではないか。ボールなど必要なかった。
3.11から 年月が経って なお、『もしイタ』のメッセージ力は増幅し続ける。
これは面白い!
昨年度の高校演劇全国大会で最優秀受賞した作品ということで、とても観たかった。
しのぶさんの「お薦め舞台」情報で知って、観ることができた。
しのぶさんには感謝!