すごい雨の夜。
新宿区のとある公共施設への道中、すでにズボンの裾はびしょ濡れだ。そんな足もとの不快感とは裏腹に、私は遠足に向かう小学生のようにワクワクしていた。
安藤安按、長井健一、波世側まるの三人によって2024年に結成されたユニット「すごい生命力」、通称すご力。Paperback Studio主催の演劇フェス『Paperback Pick→Play→Party』VOL.02に初参加するとのことで、その稽古見学に向かっているのだ。

当団体の出演は10月1日(木)~10月3日(土)。滑川喬樹(エトエ)が作・演出を手がけた過去の既存ネタとすごい生命力による新作が併せて上演される。そして今回特に注目すべきは、メンバー三人それぞれがコントを書き下ろし、演出も手がけるということだ。それに加え、波世側が作曲した楽曲を「フィメールラッパーグループ」として披露するという、なんとも見どころ尽くしの公演となっている。
そんな今作、その名も『すごい深まり』。過去公演である『すごい始まり』『すごいシーズン』に続き、なんとも捉えどころのない壮大なタイトルだ。つい覗きたくなってしまうその得体の知れなさは、彼らのキャッチーなメインビジュアルと相まって、結成後間もないながらもしばしばSNSや各メディアをざわつかせている。

笑いを巧みに操る創作者・表現者は、もはや「職人」と呼ぶに相応しい。職人たちは、そのストイックさゆえ普段は意外とクールなのではないかというイメージを勝手に抱いていた私は、ワクワクと同時にほんの少し緊張もしながら指定された部屋の戸を叩いた。
そこは、襖で仕切られた広い和室だった。長井が開口一番、「こんな『大奥』みたいな部屋でごめんね」とユーモアを交えつつ迎え入れてくれる。安藤、波世側、当日の照明操作として携わっている佐伯ウイも、揃ってにこやかに歓迎してくれた。
ふと足元に視線を落とすと、色とりどりのパッケージのお菓子が無造作に並べられている。「よかったらどうぞ」と波世側が開いたビニール袋には、たくさんの甘い飲み物が入っていた。
当初の緊張はどこへやら、ただただ愉快な作品を作っている愉快な人たちのようだ。すご力ならではの甘くポップな時間が始まる予感に、私は胸を高鳴らせる。

レポートを始める前に、ひとつ言い添えておきたいことがある。
今回のように笑いが主軸となる作品において、「今のボケはこういう意味でして…」などと説明する行為は無粋だとされている。本来の面白みや爆発力が失われる可能性があるからだ。それを踏まえると、今作をレポートすること自体も野暮になりかねない。この記事を書きながら、私は何度も我に返った。
けれど結果として、コントの設定や流れを把握しても、試行錯誤の末に練磨されていく過程を目の当たりにしても、今作のエンターテインメント性が損なわれることはなかった。それはおそらく、彼らが筋書きや構造のみに頼ることなく、あくまで俳優として揺るぎない質を追求しているからだろう。
かといって、あまりにもストーリーを文字で起こしてしまうと興醒めしてしまうのもまた事実だ。作品の全貌はほどほどに、稽古全体を通しての雰囲気や構築過程を軸としたレポートとなることをご容赦いただきたい。

安藤は小さく丸まるように膝を抱えながら、波世側はあぐらをかきながら、長井はうつ伏せで寝転びながら。和室という空間の妙もあってか、各々リラックスした体勢のまま稽古が始まる。
長井がつと、「書いてきたやつ読む?」と口を開く。今回初めてコントを書き下ろすという彼らだが、今日はどうやら長井の演目を稽古するようだ。それを受けた波世側が、「『音』持ってきたからさ、ちょっと聞いてほしい」と言い、自身のスマホで何やら再生し始める。
人々の喧騒、忙しなく行き交う足音、搭乗アナウンス。偶発的なざわめきによって、秋夜の和室が途端に空港へと様変わりする。
「この『ピンポンパンポーン』の音をきっかけにしよっか。声を揃えて言う台詞は、文字の色を変えてるからさ」「お、助かる~」「サンキュー」小気味よいテンポで会話しながら、読み合わせがスタートする。

「たかし待って!」
並々ならぬ熱量で登場するはるみ(安藤)。呼び止められたたかし(長井)はひどく驚いている。随分とクライマックスな開幕だ。
「わたし、ずっと素直になれなかった。でもやっと自分の気持ちに気づいたの。こんなこと突然言われたら困るかもしれないけど…私、待ってる。たかしがアメリカに行っても、ずっとずっとここで待ってるから!」
たかしはこれから、アメリカへと旅立つようだ。そんな彼に自分の気持ちを伝えようと、はるみはわざわざ空港まで見送りに来た様子である。
あまりにも擦られたシチュエーションに、しばらくポカンと口を開けたまま眺めてしまった。しかし彼らがこのまま無難に終わらせるはずもない。ベタであればあるほどその後に待ち構えている「裏切り」を期待し、みるみる引き込まれていく。

「たかし、がんばって!」
「はるみ…」
「私、たかしのこと…!」
感動的(?)な展開が続くなか、たかしの一言で事態は急変する。
「ここは、アメリカだよ」
どうやらはるみは、たかしと同じ飛行機で渡航、そのままアメリカに到着してからようやくたかしに別れを告げにきたようなのだ。
ハリのある声で溌剌と演じる安藤。その真っ直ぐさが余計、はるみを素っ頓狂なキャラクターに仕立て上げている。そんな彼女の熱意の合間合間で、長井が淡々とした合いの手を添える。その対比に、私は思わず気の抜けた笑いを漏らしてしまう。
「はるみ!あんた、それでいいの?」
そこに突如、はるみの友人であるゆうこ(波世側)が登場する。彼女もどうやら、とある目的でここまでやってきたようで──。
登場人物たちのとんだ思い違いによって、予測不能の展開が続いていく。それに置いていかれまいと、見ているこちらもついつい前のめりになっていく。10分にも満たない演目だったものの、短距離を全力で駆け抜けたような深い満足感と爽快感があった。

一通り読み終えたあと、彼らはそのまま台本の練り直しに移ったのだが、またしてもここで抱腹絶倒な一コマが待ち構えていた。
「グチャグチャの宇多田ヒカル」「急にDuolingo」「浅野温子と浅野ゆう子、どっち?」「ここは急に牧野になるの!」「アメリカの解像度、ガビガビ」。
三人の口から、初期AIがデタラメに生成したような奇天烈なワードが乱立する。しかもそれで意思疎通ができているのだから、そのさまはまるでコントの延長のようだ。すごい生命力ならではの生粋のユーモアセンス、そして深い共通言語があることがうかがえる。

先ほどの読み合わせを下敷きに、今度は台詞の言い回しや演技のスタンスを細かく調整していくターンに入った。
「芝居ってさ、本来想定されるベタはやらないみたいなとこあるじゃん。それを全部、原初の感情のまま演じてほしくて」
そんな長井の言葉を聞いた安藤が、
「『君の芝居は面白くないんだよね』って演出家に言われるような芝居を、あえてやるってことだよね」と噛み砕く。
歌の上手い人がわざと音痴に歌うことが難しいように、安藤も波世側も、俳優としてのスキルが逆に妨げになっているようだ。ステレオタイプな芝居をするには経験を積みすぎている二人に、「(芝居が)上手すぎて、普通に見れちゃう」と長井は指摘する。
「言ってることはわかる。でも、うまく出力できないんだよね。結構むずい!でも頑張る。自分が思ってるより、ベタベタ感があった方がいいんだろうな」と、波世側はぽつりと呟く。
悩みも意気込みも包み隠さず、ありのままでひたむきに追求していく。俳優としての矜持と底力が垣間見え、心を揺さぶられる。
安藤は『一昔前のトレンディ感』という課題を掲げ、外連味たっぷりに演じてみたり、あえて平坦に台詞を発してみたりと、さまざまな角度から役へのアプローチを試みる。彼女の耳当たりのいい声と大げさな表情演技は一気にトレンディ感を演出し、そのダイナミズムに長井と波世側は笑い声をあげる。

稽古全体を通して意外だったのは、彼らがとてもよく笑うということだ。先述の『職人』の話ではないが、読み合わせの段階から「笑ってはいけない」ことを自分に課しているのではないかと想像していたのだ。それはおそらく、舞台上では毅然とした面持ちで観客を楽しませている彼らの印象からだろう。そんな予想に反して、全員がほがらかに笑い合いながら稽古をしている。もしかしたら、本番中は互いに『芝居にらめっこ』をしているのかもしれない。そう考えると余計、彼らのプロフェッショナルとしての一面が浮き彫りになってくる。
今作はコントと銘打っていることもあり、三人の目的はただ『観客を笑わせること』にある。上演中、客席からどんな反応がどの程度返ってくるか。リアクションのタイミングや濃度すら計算に組み込んで、戦略を練っていく。
「この台詞はいわゆる小ボケだから、たぶん(観客は)笑わないと思うんだよね」
「10分持たせるにはもう一展開ほしいなあ」
台詞や構成、ついには登場人物そのものを入れ替えるという案まで出るなど、地道かつ多角的な工夫を凝らしていく。推敲の末、本番当日にはまったく新しいコントが披露される可能性も、大いにありそうだ。

45分間ほど『空港』の稽古を続け、インターバルを挟んで今度は『温泉』という演目に移った。
冒頭のシーンで使用するのか、長井が鞄から手持ちライトのようなものを取り出す。部屋を消灯しライトの電源を入れると、赤、青、緑とカラフルな光彩が辺り一面に散りばめられる。よく見るとそのライトはサンタクロースを模しており、頭部が光る仕様になっているようだ。闇の和室がクリスマス色に照らされるその光景は、謎の愉快さと不穏さを孕み、得も言われぬ心持ちになる。
「(波世側)まるさんが出てきたら、確定で『悪夢』にしたいんだよね」
そんな一言に、なるほどこれは悪夢の始まりなのかと妙に合点がいく。いわゆる出オチを狙っているようだ。それぞれが脳内で策を練る静寂のなか、安藤がおもむろに口を開く。
「…まるさんがブリッジしてさ、そのお腹の上に小さいまるさんの人形とかが乗ってると、間違いなく夢だって思うよね」

あまりの突飛なアイデアに、稽古場は笑いに包まれる。長井は畳みかけるように、「じゃあさ、あの『イタリアのやつ』歌いながら出てくるのは?」と促す。
「えっいま歌う?全然いいよ」とあっさり承諾した波世側が、『イタリアのやつ』と称された讃美歌のような旋律を披露する。それだけでも十分お金が取れそうな美声は、悪夢感を一気に加速させた。そして安藤と長井は、そのままシームレスに『温泉』の読み合わせを開始する。
「え、これいつまで歌ってたらいいの?」
波世側が呟く。その一言すら台詞なのかと思っていたが、本当にただの確認だったようだ。しかしその声は二人の耳には届かず、渾沌とした状況のままストーリーが進行していく。まさに悪夢のような一幕だったが、そんな偶発的な瞬間すら、ユーモアが彼らの味方をしている証のように感じた。

また、ブラッシュアップを目指すからこそちょっとした緊張感が走る場面もあった。
「このシーンはただただふざけてほしいんだけど、今のだとちょっと難しそうに見えたんだよね。やりにくいなら一旦やめて、別の方法を考えよう」
俳優が本領発揮できないならば原因となる芽を摘み、創作過程で障壁があると感じたならばその違和感を見逃さない。悩んでいること、釈然としないことがあれば、回り道をせず膝を突き合わせる。ユニット結成から今作までの目まぐるしいスピード感は、まさしくこのコミュニケーションが土台となっているからだろう。実直でエネルギッシュな三人の結託は、作品の質をより確かなものにしているのだ。

目の前で起こるすべてに、ただただ笑うことが許されている。そんな心地よさを確約してくれる空間が、はたしてどれだけあるだろうか。
普段の観劇では、自分自身が面白いと感じても「これは笑ってもいいのか…?」といちいち自問自答し、周囲の反応を伺ってしまう瞬間がある。しかし今作においては、そんな厄介な内なる監視の目に惑わされることもない。
ただ生活を営むだけでもそこはかとない不安がつきまとうこんな時代だからこそ、純度の高い楽しさを求めて劇場へ足を運ぶことは、とても贅沢で尊いことだ。
彼らの「すごい生命力」にあてられて、私はそう気付かされたのだった。

今回は長井の演目の稽古日ということもあり、彼は的確な方針と演出によってさすがの牽引力を発揮していた。芝居そのものも飄々とこなしているように見受けられたが、それを裏打ちする熟練した技巧と緻密な言語化を目の当たりにして、すべてが計算づくであることを思い知らされた。こうなると、安藤と波世側の書き下ろしコントを見学できなかったことに口惜しささえおぼえる。
安藤は、器用な演技コントロールと圧倒的な表現力で見ている者の心をしっかりと掴む。稽古中にきゃらきゃらと無邪気な笑顔を見せたかと思えば、ふっと周囲に気を配ってサポートをする。そんな彼女は、作り手に回った時、一体どんな作品を立ち上げるのだろう。
波世側は、その凛とした佇まいに反して、「まさか」と隙をつくような芝居を次々に繰り出す。絶妙なバランスによって成り立つ彼女の軽妙さは、コントとしての完成度を確実に底上げしている。芝居の外では慎ましささえ感じた彼女が、今回はコントに加えてフィメールラップまで制作する。その事実だけで、とてつもない興味をそそられる。
稽古見学が終わる頃には、三者三様の魅力にすっかり虜になっていた。本番当日、舞台に立つ彼らがクレイジーであればあるほど、私はきっと嬉しくなってしまうに違いない。

「エモくないもんね、ウチら」。
三人はそう口にしながら、和室の掛け軸の前に立ち、ギャルポーズで写真を撮っている。これ以上ないほどありのままで、どこまでも対等に向き合う。その姿は、稽古場というよりも部室を覗いているような感覚を抱かせた。屈託なく笑い合いながら時間を共にする、青春時代のような甘酸っぱさ。私から見れば、この三人はこの上なくエモーショナルな輝きを放っているのだった。
秋がいっそう深まる頃、彼らもまた負けじと、創作者として、表現者として、ユニットとして、「すごい深まり」を魅せてくれることだろう。

取材・文/大島萌
稽古場写真/大島萌、丘田ミイ子
<公演情報>

すごい生命力 コント公演『すごい深まり』
(Paperback Pick→Play→Party VOL.02参加作品)
作・演出:滑川喬樹(エトエ)+すごい生命力
出演:安藤安按、長井健一、波世側まる
スタッフ:佐伯ウイ 、香椎響子
<会場>
Paperback Studio
<日時>
10/1(木)17:00-
10/2(金)14:00-
10/3(土)18:00-
※上演時間は60分を予定
<料金>
一律2900円
<予約>
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