
爽やかな笑顔と誠実な演技で、映像・舞台の両輪を軽やかに乗りこなす俳優・鈴木裕樹。今や日本中のファンを魅了する彼ですが、そのルーツには故郷・岩手での意外すぎる「挫折」がありました。
本記事は、CoRich舞台芸術!チャンネルでの貴重なインタビュー動画を元に、全3回にわたって彼の軌跡を追いかける特別連載企画。第1回となる今回は、教師を目指していた少年が、友の拳とともに「表現者」へと脱皮した運命の夜を紐解きます。
「太ったのび太くん」が手に入れた、後天的な自信
岩手県北上市。自然豊かな町で、のびのびと育った鈴木氏は、幼少期の自分を「太ったのび太くん」だったと振り返ります。眼鏡をかけ、母にバリカンで刈ってもらった坊主頭。将来の夢は、小学校の校長先生だった祖父の背中を追い、自身も教職に就くことでした。当時の彼にとって、芸能界は遠い世界の出来事であり、自分とは無縁のものだと信じて疑いませんでした。
転機が訪れたのは、中学時代。サッカー部でゴールキーパーを始める際、眼鏡が邪魔になりコンタクトレンズに変えたこと、そして成長期に伴い体が絞られ、身長がぐんぐんと伸びたことです。
「急に女子から『かっこいい』と言われるようになって。あれ、俺いけるんじゃないか?って勘違いし始めたんです(笑)」
その「勘違い」という名の自信は、高校時代に加速します。仲の良い友人5人組でコントや漫才を披露し、文化祭を盛り上げる日々。ついには学校のミスターコンテストでグランプリを受賞します。「かっこよくて、面白い」。学校中の人気を独占した彼は、当時の自分を「相当調子に乗っていた」と自嘲気味に笑います。しかし、この時に味わった「人前に立ち、誰かを笑わせ、注目を浴びる快感」が、彼の人生の舵を大きく切ることになりました。
「カリスマ」に誘われた19歳の夏、ロード9の結成
地元の大学に進学し、当時付き合っていた彼女と同じキャンパスで過ごすなど、地元での安定した未来を描いていた鈴木氏。しかし、大学1年生の夏、高校時代からの友人であり、グループの「カリスマ」的存在だった男から、運命の誘いを受けます。
「お笑いやんないか?」
勉強もでき、圧倒的なリーダーシップとセンスを持つ彼に必要とされたことが、鈴木氏には何よりも嬉しかったといいます。二人はアマチュア漫才コンビ『ロード9(みちのく)』を結成。宮城県仙台市のライブハウスを中心に活動を開始しました。
数百人の観客を前に、カリスマが書いたネタを鈴木氏がツッコミとして捌く。活動は順調に見えましたが、次第に鈴木氏の心には「ある恐怖」が芽生え始めます。
「こいつは天才だけど、俺はそこまで面白くないんじゃないか」「もし売れたとしても、それはこいつの力であって、俺はこいつに依存しているだけじゃないか」
決別の1発。「1人でできること」への渇望
20歳を前にして、鈴木氏はコンビ解消を申し出ます。当然、カリスマは激怒しました。「一発殴らせろ」。ガツンと飛んできた一発の拳。それが、二人の熱い友情の区切りであり、鈴木氏が人生で初めて味わった「大きな挫折」の瞬間でした。
カリスマを裏切り、目指したお笑いも中途半端に終わった。大学に戻っても、「このまま何も頑張らずに一生を終えていいのか」という問いが頭を離れません。誰の力にも頼らず、自分一人の身一つで、どこまで通用するか試してみたい。その自問自答の末に浮かんだのが、「俳優」という未知の選択肢でした。
「勘違いから始まった自信だけを武器に、20歳で上京を決めました。何の準備も知識もなく、ただ『何者かになりたい』という一心でした」
次回予告:第2回「椅子から落ちる観客、そして命懸けの爆発シーンへ」
続く第2回では、10万円を握りしめて上京した鈴木氏がいかにして『テニスの王子様』でデビューを飾り、そして伝説の特撮現場『獣拳戦隊ゲキレンジャー』で死線を越えたのか。波乱の若手時代を振り返ります。
※本記事は動画でお話いただいた内容の一部をピックアップし、コンパクトに集約した形になります。記事の元となった動画はこちらからご覧いただけます。
https://youtu.be/RuPQ9njXh6c

シリーズ:鈴木裕樹 インタビュー全3回
▶ 第1回|「カリスマ」との決別と、一発の拳。俳優・鈴木裕樹を形作った「挫折」の夜 この記事