
「16世紀末に書かれた、この愛の物語は」
「およそ430年もの間、世界中で、あらゆる形で語られてきた」
「運命が、あなたを待っている!」「俺は歩くことが好きだ!」「見せつけろ!華麗なダンス」「ビビってんの?」「僕らは、愛し合っているんだ」「なぜ生きてるのか」「目の前のすべてのことは意味のないものだから」
「この物語は何度も何度も繰り返される。この先も、ずっと」

稽古場の廊下、部屋の向こうから俳優たちのセリフや歌声が断片的に聞こえてくる。それぞれの声色と温度を宿した言葉たち、そこで発生している若き俳優たちの熱量は、こうして扉を一枚介してもたしかに伝わってくる。この日までに一人ひとりによって積み上げられた時間の数々と、その力と技の集積。文字通り溢れんばかりのエネルギーに耳をそばたて、しばし身を任せる。稽古場からはみ出るもの。それを受け取ることもまた稽古場でしか得られない、創作の贅沢な一端である。通し稽古開始5分前。劇団ヅッカ#3『ROMEO : JULIET :』開幕4日前。もうじき、演劇が始まる。
シェイクスピア作品の中でも最も有名と言っても過言ではない、ラブストーリーの金字塔。そんな世界的古典作品の、「ラブ」や「ストーリー」をも再考した本作、 “新風”が吹きすさぶ稽古場の様子をレポートする。

稽古場のレポートに入る前に、まずは劇団ヅッカの歩みについて言及したい。
2022年9月に発足した劇団ヅッカ。現在のメンバーは、早稲田大学文化構想学部出身のマツモトタクロウ、渋木耀太、重村真輝、目黒ほのか、tomo takashimaの5名。学生時代は早稲田大学大隈講堂裏に位置する「劇団木霊アトリエ」にて活動を重ね、早稲田小劇場どらま館にて開催された『祭典:RAKUDA』をはじめ、演劇の音声を音楽として再構築したアルバム『登録された鉄の隙間、風の子たちのステップ』のリリース、オリジナルZINE『DDD』や映画『ペキ・ペキ・ペキ』(第26回TAMA NEW WAVEある視点部門選出)の制作など、形態を限定しない、ジャンルレスな作品を多数発表してきた。2024年10月に上演された前作『陽光』では佐藤佐吉賞2024にて最優秀作品賞を受賞。

枠にとらわれない独自の創作スタイルを以て、着々と注目を集めるヅッカ。そんなカンパニーにとって新たな挑戦となるのが1年半ぶりの新作『ROMEO : JULIET :』である。カンパニー初の既存戯曲への挑戦の背景には、作・演出を手がけるマツモトタクロウのこんな思いがある。
「『ロミオとジュリエット』は、1960年代、若者文化の高まりとともに、「若者の物語」として読み直されるようになった。ある論文でそんな旨が書かれており、この解釈を今回の創作の方針にしようと決めました。『ロミオとジュリエット』は敵対する二つの家に生まれた男女の物語としてデフォルメされて描かれていますが、「どうしようもない世界に生まれ落ちてしまった」という感触は、2026年を生きている自分とも、アクチュアルにつながっている。そんな世界の中で、「若さ」や「青さ」が、必死に運命に抗おうとする。通常は未熟さとして揶揄されがちな「青さ」ですが、この世界で戦う「青さ」の熱を、心の底から肯定したいです。また、この作品はロミオとジュリエットだけの物語ではありません。他の登場人物たちもまた、それぞれの立場でこの世界と向き合い、運命と対峙しながら生きています。そういった多角性も忘れないようにしたい、と思い、作品を立ち上げていきました。前回公演以降、劇作や演出における自分の手癖やパターンに課題を感じていましたが、野口君、SHOMA君という同世代の他ジャンルのアーティストや、心から魅力的だと思う俳優陣と日々多くの言葉を交わしながら共に創作する中で、一皮も二皮も剥けてきている感覚があります。これまでも、そしてこれからも世界中で上演され続けるこの物語に、2026年の東京で生きる「若い僕ら」が挑む。そんな感覚です」

『ROMEO : JULIET :』という表記やヴィヴィッドなキービジュアルもさることながら、アートワークの段階からすでに感じる“新風”の予感。キャスト名だけでなく、それぞれの役名までが書かれていること。全衣裳が公開されていること。チラシリリースの段階で、ここまでの情報がオープンにされていることは非常に珍しく、本作への意気込み、そして「どんな作品にしたいのか」の綿密なビジョンとプランが伝わってくる。アートディレクションを手がける渋木耀太はそのデザインにこんな思いを込めたと言う。
「あまりに有名な既存戯曲にどんな姿勢で立ち向かい、臨むのか。カンパニー内で何度もディスカッションを重ねました。人物全員を記憶に残る、愛されるキャラクターにしたい。俳優たちが主体的に舞台に立っている状態を作りたい。マツモトのそんな思いを踏まえ、個人の存在感や圧が伝わるようなアートワークを心がけました。そうした意図から、チラシのメイン写真は撮った時間の異なる120枚強の分割写真で構成されているんです。単なる集合写真ではなく、ディテールの集合写真でもある。そこには、人によって視点が無数にあること、それをスキャンすることで個々の等しい眼差しを扱うという意味が込められています。裏面はオートクチュールコレクションのようにして、衣裳も含めたその人の全体像が見られるようにデザインしました」
メンバーの想いに触れ、改めて思う。やはり、劇団ヅッカは大胆で新しい。そして、その実現に不可欠な、頼もしいキャストとスタッフが集ったのだ。

前述した通り、この日は稽古場での最後の通し稽古が行われた。野口文による力強い音楽と、SHOMAMITANIによる多彩な衣裳を身にまとい、7名の俳優たちがずらりと並ぶ。舞台上には、DJブースとピアノが置かれ、生の音楽が物語と同じレイヤーに存在し、伴走するという。16世紀に生まれた物語に強烈な今日性を忍ばせた、ワクワクするオープニングだ。最初のセリフはこうである。
「目を開けると、2026年だ」

ロミオとジュリエットと聞いて、まず想起するのは「世界的悲恋」、そう後世に語り継がれることになったロミオとジュリエットの姿ではないだろうか。しかし、前述したようにマツモトはまずそのイメージの解体に手を伸ばした。ジュリエットの乳母やいとこのティボルト、ロミオのいとこのベンヴォーリオに親友のマキューシオ、ジュリエットの求婚者であるパリスやロレンス神父。登場人物たちの眼差しが、「個人」としての存在感が、本作には色濃く映写されているのだ。そうして立ち上がるシーンの端々には「記号的・機能的に存在する人などいないのだ」というマツモトの思いが滲んでいるように感じた。

その鮮やかな存在、チャームに富んだ「独白」の数々を前に、思わず反省をする。私はこれまで彼や彼女たちを「主人公たちを取り巻く人物」としてしか見てこなかった気がする。あまつさえ、ロミオとジュリエットをただただ「世界的悲恋」という壮大なドラマに回収してきてしまった。そういう意味でも新しい演劇体験だった。本記事では、そんな実感を灯してくれた7名の俳優とその役柄も合わせて紹介したい。

ロミオを演じるのは、内田倭史。劇団スポーツのメンバーとして作・演出を手がけるほかヨーロッパ企画やかるがも団地、ムケイチョウコクのイマーシブシアターなど、さまざまなカンパニーの話題作に出演している。たしかな表現力と持ち前の愛嬌で作品を底支えするだけでなく、どこか頼りなさげで、ちょっぴり気の抜けた人間らしいロミオを瑞々しく立ち上げる。つくづく、内田倭史は「愛される俳優」という言葉がとてもよく似合う。そんな内田の、内田ならではの、内田にしか体現できない、2026年の、等身大のロミオをぜひとも目撃してほしい。

ジュリエットを演じるのは、俳優やモデルとして活躍する園凜。金井球とともにパーソナリティを務めるポッドキャスト『知らねえ単語』が『RADAR: Podcasters 2025』に選出されるなど、気鋭のクリエイターとしても活躍を見せている。園のジュリエットを一言で表すなら、静かに、しかしたしかに燃ゆる熱情。セリフを発していない瞬間にもその瞳の奥に滲む慈愛から内側で発光する情念が伝わってくる。嵐のような恋と饒舌な愛の言葉たち。その隙間、凪の時間をも見つめる園の想像力がジュリエットの、ひいては物語の熱を揺るがぬものにしていた。

血気盛んな敵役・ティボルトを、持続性200%のエネルギッシュさを以て彩るのが、あいま采乃である。読み方は「あやの」。2024年に北澤響と立ち上げたユニット・フムの公演をはじめ、モヘ組『にんじゃすらいむ』などに出演。ショーダンサーとしても活躍していると知り、思わず納得。劇中では桁違いのパワフルさで、ある時はデンジャラスに、またある時はユーモラスにその場を席巻する。スタンダップコメディの才能をも感知する、その発火、そのスピード。走り出したら止まらない。そんな爆発力で本作のバトルシーンを堂々と牽引する。やけど注意!

ロミオのいとこであるベンヴォーリオを愛らしさたっぷりに演じるのは、徐永行。自身の所属カンパニーであるザジ・ズーやさるさるさる松井絵里、サンバーチャイチャイでの活躍を筆頭に、ロロやタイダン、三転倒立などへの作品でも一度見たら忘れ得ぬオリジナルの存在感を刻んできた。徐の表現力は、とにかく自由でカラフル。鋭い直感とそれでいて柔軟な受信力に裏打ちされた、新しく、奇想天外な出力に目を見張るのであるが、本作でもそんな魅力を存分に発揮し、魅惑のベンヴォーリオを爆誕させる。バディとなる端栞里との掛け合いも見どころの一つだ。

長い手足、強い眼光、変幻する発声。独特の身体性としなやかな躍動感を以て、ジュリエットの世話に駆け回る乳母を演じるのは、うりのつるだ。2022年より早稲田大学劇団木霊の作品に出演するほか、翠、栖田ひまりとの共同ユニット・び/わを発足。7月には徐と西村ともにさるさるさる松井絵里『YUBI・ゆび・ユビユビ=ゆーまいびー』に出演する。最初の登場シーンを見たその時から、これまでの出演作を見逃してきてしまったことを瞬時に後悔してしまうくらい、うりの演じる乳母から目が離せなかった。作品に流れる静と動を緩急豊かに縁取るその姿はまさに圧巻。

ロミオとジュリエットの婚礼に密かに立ち会うロレンス神父と、ジュリエットに求婚を迫るパリス。西村智翔は、そんな相反する2役を繊細かつ堂々と担う。劇団木霊や馬場会の公演のほか、南極のこんにち博士が監督を務めた映画『チャオ・ヤングの墓』にも出演。その声を聞いた瞬間から、「きっと今日はいい演劇が見られそう!」と前のめりになるような魅力的な声色と佇まい。そして、そんな予感をしっかり現実にしてくれる表現力でキャラクターの持つ光と闇を往来する。目撃できたことに歓喜!西村もまたそんな魅惑の俳優である。

ロミオの親友・マキューシオを演じるのは、端栞里。所属劇団南極の公演で主人公を演じるほか、ロロ、範宙遊泳、劇団スポーツなどの人気劇団の公演にも相次いで出演し、とどまらぬ活躍を見せている。「この人が出ているから」。そんな理由で劇場に足を運ぶ人がいる。23歳という若さにして、今や端はそんな頼もしい存在である。マツモトとは劇団ヅッカ+Paul.U 1st Album『登録された鉄の隙間、風の子たちのステップ』、前回公演『陽光』、自身の一人芝居企画『端栞里と高熱』に次いで4度目のタッグ。端の手によって、足に、瞳に、声によってその役柄はいつだって新たな歩みと眼差しと呼吸を手にする。舞台と客席の距離を縮めながら、マキューシオにまだ見ぬ横顔(と関西弁!)を宿す。

「目を開けると、2026年だ」
今をときめく俳優たちのタフで多様な魅力に包まれながら、私はこのセリフを何度も心の中で反芻した。そして、この物語が繰り返されてきた歴史、そしてその果てにある現在地に思いを馳せた。今、目の前に7人の、それぞれ異なるバックグラウンドと個性を抱えた俳優がいること。時にダイナミックに、時にドラマティックに、シーンだけでなく、人物そのものに宛てられたような音楽が流れていること。物語や言葉がそうであるように、多数のレイヤーと多彩なカラーが重ねられた衣裳が俳優の身体の上で揺れているということ。そして、演劇が自由で懐の深い総合芸術であるということ。
「16世紀末に書かれた、この愛の物語はおよそ430年もの間、世界中で、あらゆる形で語られてきた。この物語は何度も何度も繰り返される。この先も、ずっと」
90分を経て、稽古場の扉の向こうで聞いたこのセリフに実感が宿った。若き表現者たちによって立ち上げられる劇世界。2026年のロミオとジュリエット。そして、ティボルトとヴェンヴォーリオと乳母とロレンス神父とパリスとマキューシオが動き出す。
2026年3月19日、今、劇団ヅッカ『ROMEO : JULIET :』が始まる。&ではなく、:。その理由は劇場でこそ、今を生きる身体でこそ確かめられるものだと思う。

取材・文・稽古場写真/丘田ミイ子
公演情報
日時 2026年3/19(木)〜22(日)
3.19(木) 19:15★
3.20(金) 13:00★ / 19:15
3.21(土) 13:00 / 19:15
3.22(日) 13:00 / 17:00
★前半割:チケット各種料金 ¥300割引/受付・開場は開演の30分前
会場 浅草九劇
チケット
一般 4,000円/U25 2,500円
<前半割>一般 3,700円/U25 2,200円
(当日受付にて現金またはPayPay精算)
※前半割:19日夜回・20日昼回対象/当日券は各料金より+¥500/U25:要身分証
予約サイト
https://ticket.corich.jp/apply/425598/
原作:William Shakespeare『ROMEO & JULIET』
作・演出:マツモトタクロウ
出演 内田倭史(劇団スポーツ)、園凜、あいま采乃(フム)、徐永行(ザジ・ズー/サンバーチャイチャイ/さるさるさる松井絵里)、うりのつる、西村智翔、端栞里(南極)
音楽:野口文/衣裳:SHOMAMITANI/アートディレクション:渋木耀太(DINARYworks)/舞台監督:月館森/照明:中村仁(黒猿)/音響:公©/DJ:tomo takashima/スタイリスト:カワグチコウ/ヘアメイク:Kanna Hidaka/宣伝写真:Yukinao Hirai/演出助手:苗代逢花/当日運営:林紗弥/制作:重村真輝、目黒ほのか
主催:劇団ヅッカ/助成:アーツカウンシル東京[スタートアップ助成]
協力:黒猿、劇団木霊、劇団スポーツ、さるさるさる松井絵里。ザジ・ズー、サンバーチャイチャイ、露と枕、株式会社ディケイド、南極、盤外双六、び/わ、フム