これまでCoRichでは公演情報のシェアをはじめ、全国の小劇場団体を対象に開催するCoRich舞台芸術まつり!などを通じ、地域を拠点とする団体とさまざまな交流を持ってきました。そんな豊かな出会いや関わりを活かして、keicobaでは、全国各地で活躍する表現者へのオリジナル連載【出張インタビュー】シリーズを始動。日本の演劇シーンをたしかに彩る団体や劇作家、俳優などアーティストのみなさんにこれまでとこれから、そして現在地についてお伺いしていきます。
記念すべきVol.1は、奈良県を拠点に活動する餓鬼の断食より、主宰で劇作家の川村智基さんが登場。高校演劇との出会いから今年の岸田國士戯曲賞ノミネート、そして現在取り組んでいる創作についてたっぷりお話を聞きました。

はじまりは高校演劇 動機は…恋愛?!
―まずは、川村さんが演劇活動を始めたきっかけから教えて下さい。
僕は、奈良の郡山高校に通っていたのですが、そのとき好きだった子が演劇部だったので誘われるままに入ったんですよ(笑)。きっかけは恋愛だったんですけど、高校が進学校だったこともあり、成績の良さと、人間的な良さが同質として見なされるムードが合わず、息苦しさやもどかしさを抱いていた時期でもありました。そんな自分の状態に演劇がちょうどフィットしたんですよね。高校演劇をやっていた時に印象に残ったのは、奈良のろう学校が上演した演劇でした。高橋いさをさんの『ある日、僕らは夢の中で出会う』を全編手話で上演していたのですが、手話がわからなくても、字幕を見ずとも、物語の熱が伝わってきてすごく感銘を受けました。僕は多分、そういう超越したエネルギーみたいなものを求めて演劇と向き合っている気がします。脚本を初めて書いたのも高2の頃。そのくらいからいろんな演劇を観に行くようにもなりました。
―当時はどんな演劇を観ていたのでしょう?
初めて劇場に行ったのは、ABCホールで上演されていたMONO の『隣の芝生も。』。「演劇ってこんな感じなんや!」と新鮮に感動したことを覚えています。その後に観たのが突撃金魚の『少年はニワトリと夢を見る』。岸田國士戯曲賞にもノミネートされた作品なのですが、すごく面白かったです。あと、演劇とのある種の運命を感じたのは、悪い芝居の『ラスト・ナイト・エンド・ファースト・モーニング』を観に行ったとき。あまりの面白さに劇場の売店で興奮しながら感想を喋り続けていたら、高校生がほとんどいなかったこともあり、楽屋から出てきた山崎彬さんが声をかけて下さって、キャストの永島敬三さんや植田順平さんも交えて挨拶をさせてもらったんです。何の接点もないのに…! 高校演劇をやっていることを伝えたら、「いつかどっかで一緒にできたらいいね」って言って下さって…。その数年後に学生演劇祭の実行委員をやっていた時に審査員で来ていただいて、「あの時の鶴です…」みたいな感じで再会を果たさせてもらいました(笑)。
―いい話! 学生ながら、しっかりとアンテナを張り、インプットにもアウトプットにも奔走し続けた川村さんの姿が思い浮かぶエピソードです。
当時はいろんなことをものすごく積極的に吸収しようとしていました。国内だけじゃなく、ロームシアター京都で上演している海外招聘作品を観たり、あと、美術館のラインナップを見て、公立美術館の高校生無料の美術展を回ったり…。親に連れられて美術館に行った時にギュスターヴ・アドルフ・モッサの一枚の絵画にすごく面食らったんです。どうすれば演劇で、この衝撃や感動に対抗できるのだろうか、とは未だに考えています。
コロナ禍に餓鬼の断食を設立 そのスタイルの追求とは?

―10代の頃から精力的に演劇活動に取り組んできた川村さんですが、餓鬼の断食を立ち上げたのはいつ頃なのでしょうか?
厳密に言うと、高3の最後の春休みに劇団を立ち上げて旗揚げ公演をしようと思い、メンバーも集めたんですけど、コロナの第一波が重なっちゃって…。そこから大学に入学したものの、しばらくはひたすらこもって本を読む日々が続きました。大阪芸大の図書館には演劇専用の本棚もあったので、とりあえず片っ端から読みましたね。波と波の間にちょこちょこ外部に出演しながらそういう年月を過ごし、21歳のタイミングでようやく団体として動き出せたという感じでした。
―ちなみに、餓鬼の断食の名前の由来は?
命名自体は19歳の頃で、移動中の電車内で決めました(笑)。というのも、近鉄奈良駅から最寄り駅に着く15分ぐらいの間に、企画を出すにあたって団体名を決めないと公演ができないことに気づいて…。「大人になりたくないな」と思っていたので、「ガキ」という言葉を入れたくて、ことわざを調べたら「餓鬼の断食」がヒットしたんです。意味を調べたら、「当たり前のことを特別のように見せること」という意味で、「めっちゃ演劇やん!」と思って…。略称にしたときに、音が「劇団」と一文字違いなのもいいなと思ったし、僕のおとんがお坊さんやからルーツっぽくもあるし、色々ハマった感じでしたね。それでロゴとかも急ピッチで作ったんですけど、後に、「餓鬼に角はない」ってことを知り、ちょっと落ち込んだりもあったんですけど…(笑)。
―身体表現を駆使した実験的なラインと洗練された会話劇。作風を固定しないチャレンジングな在り方も餓鬼の断食作品の魅力ですが、こうした活動のスタンスや方向性はどうやって決めていったのですか?
地域を問わず、国内の劇作家の活躍を4、50年ぐらい遡って調べたことがあって…。そんな中で、海外に作品を持っていきたいと思った時に、やはり身体性を追求した作品は必要になってくると感じましたし、演劇は言語と肉体の芸術なので、双方の車輪が必要だと思ったんです。当時は、少し上の世代の安住の地や小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクなどが話題になり始めたタイミングでもあり、そうした特色の異なる作家や団体の活躍を見て、エンタメ軸と実験軸の両方をやれる作家になれたらいいなと思ったんです。

先輩との出会いや影響 関西演劇シーンを盛り上げる一員に
―川村さんの活動されている関西では、団体を横断した西陽〈ニシビ〉という共同体を発足するなど若手演劇シーンがとても盛り上がってきている印象があります。そうした団体間の出会いや交流で印象的だったエピソードはありますか?
ドラマトゥルクや企画者として広く活躍されているキャメロン瀬藤謙友さんが、餓鬼の断食の旗揚げ公演を観に来て下さった時に「第2回公演でWINGCUP(大阪の老舗小劇場ウイングフィールドが主催する関西小劇場若手劇団の登竜門と言われる演劇祭)に出したらどう?」と提案して下さったのが、周囲と関わる最初のきっかけでした。西陽〈ニシビ〉の呼びかけ人でもある劇団不労社の西田悠哉さんはじめ、自分にとって2、3歩先やと思っていたステップを提示してくれる先輩が周りに沢山いたので、恵まれていたと感じます。キャメロンさんはその後も僕といろんな人を繋げてくれて、とてもフラットに、気がつけば西陽〈ニシビ〉のメンバーに入っていたような感じでした。

―関西で演劇活動をしているからこそ感じることはありますか?
東京だと母数があまりに多いから西陽〈ニシビ〉のような共同体を作ったり、徒労を組むみたいなことが難しいかもしれないのですが、関西は総数が少ない分、門戸を広げようと精力的に活動している作家や団体間が互いに出会えるのが早いなと感じます。母数は少ないですが、実力的には何も変わらないと思いますし、国内規模で見ても面白いことが起きていると思います。僕たちより前の世代の先輩たちがそうした土壌を作ってくれていたことも大きいですね。土田英生さん、松田正隆さん、鈴江敏郎さんが協働して戯曲創作雑誌『LEAF』を刊行したりと、モデルケースを提示してくれていたんですよね。西陽〈ニシビ〉の活動もそうした先人たちが育んだ土壌が根幹にある気がしています。
24歳で岸田國士戯曲賞、AAF戯曲賞にWノミネート!

―東京での上演の注目や、豊岡演劇祭への参加もさることながら、『DOGHOUSE』で岸田國士戯曲賞、『Fusion,(フュージョン)』でAAF戯曲賞と、最終候補Wノミネートも話題となりました。
僕が作品を、特に会話劇を作る時に大事にしているのは「土の匂い」なんです。言語学を研究している知り合いにも言われたのですが、日本語の方言は、本来は違う言語だと分類されてもおかしくないくらい異質なものなんですよね。じゃあ関西弁って、もっと言うと、僕は奈良で生まれ育ったので、より奈良弁的なグルーヴってなんだろうと思った時に、高速の関西弁でまくし立てるとか、それをジャズやヒップホップ的に捉えて再構築できないかみたいなことをぼんやりと思ったんです。『DOGHOUSE』もそのアプローチで作った作品で、自分の知っている土の匂いを意識しながら、それを紹介するような会話劇を目指しました。稽古でも口酸っぱく、「ここはもっと土の匂いを劇場で感じたいんです」みたいな話をしていましたね。それは僕にとっては一つの定点であり、自分の知っている土の匂いから離れて作品を作るときにも意識をしています。
―映像で拝見しましたが、たしかに「土の匂い」という言葉がすごくしっくりくる、鋭く力強い作品でした。
あと、僕自身が元々結構な恋愛体質だったんですけど、色々考えると、恋愛体質っていうよりも、多分「他者に揺すぶられること」を大事に思っていて、そういった揺らされていく他者との関係の中で、「今、この軸で書かざるを得なかった」みたいな感覚がすごくあるんですよ。だから、その時の恋愛や恋人との状況が結構作品にも反映されますね。内容というよりは、モチベーションやスタンスとして…。『DOGHOUSE』も恋人との安定した状態があったからこそ、新劇を令和に掘り起こすような感じで、実話とかはあまり入れず、ほぼリサーチのだけで構造的に書くことに挑戦ができました。

―自分にとって密接な人間関係が作品に影響を与えること。これまであまり語られてこなかった背景を赤裸々に語っていただいた心持ちです! ここ数年でますますの飛躍を見せていらっしゃいますが、今度の展望はどんな風に考えていますか?
東京で公演を打つ機会は今後も増やしていこうと思っています。ただ、クリエーションの拠点を関東に移すかどうかは現状考えていなくて…。というのも、もう少し先に東京で2、3年ガッと活動しなあかん時期が20代のうちに来るんやろうな、と思っているんです。その時期が来たら、周りに行くなと言われても行くだろうし、逆に「時期じゃない」と思ったら、行けと言われても行かへんのやろうなと思っていて…。東京の演劇シーンと関西の演劇シーンをは性質が若干違うなと思うこともあり、まずはそこを踏まえて、自己紹介的な作品を作ろうと思って、今取り組んでいます。
盟友とのクリエーション、今後の展望
―本日稽古を見学させてもらった、川村智基×櫻井拓斗『STUDY|私はここに生きています、あなたもそうか(しら)。』は、まさにミニマムながら濃密な自己紹介的な作品です。(※2026年3月にクマ財団の成果発表としてスパイラルホールで上演)
豊岡の芸術文化観光専門職大学の一期生であり、まつもと市民芸術館が展開する育成プロジェクトに参加しているダンサー・たくちゃん(櫻井拓斗)とは、そうした地域に見るアートシーンのギャップや表現者としての問題意識をシェアしてきた仲でもあったし、今回自分が自己紹介的な作品を作るにあたって、真っ先に相談した相手でもありました。「東京」というある種のローカリティにただただ巻き込まれるだけだと、後々痛い目を見るということを、僕自身は作家としてすごく大事に感じていて、そういう思いも共有しながら、ともに自己紹介をし直すように対話を重ねながら作った大切な作品です。

―今日は稽古場にお邪魔し、ともに創作に挑む櫻井さんも同席して下さっているので、櫻井さんからも一言、川村さんとのクリエーションについてコメントをいただけたらと思います。
櫻井 川村智基という人間のピュアさに面白みを感じています。だからこそ、活躍はとても嬉しいけれど、同時に、注目されることや仕事量が膨大になることで、そういう部分が見失われてしまったら、悲しいなと思っていたんです。だから今回の作品がこういう形になったことはとても意味があると思っていますし、そんな作品を一緒に作れたことがとても嬉しかったです。
川村 最初はもっと違うテキストだったんですけど、ある夜ご飯を食べていた時に、たくちゃんが「もっと端的で素直なテキストがいい気がする」とアドバイスをくれて…。それで、自分の中にあるものを開陳するような気持ちで日記のように書きました。たくちゃんのダンス、身体性にも面白さを担保してもらいながら…。対話に時間を費やせた濃密で豊かなクリエーションでしたし、短尺ながらも、互いの作家性に栄養を与えられるような作品になったと思っています。

―川村さんは今年で25歳。20代前半にして素晴らしいキャリアを重ねていますが、これから劇作家として歩んでいくうえではどんなことを意識していますか?
この2年は、新作5、6本をぶん回すような怒涛の生活だったので、まずは一旦立ち止まって、インプットを改めてし直したいと思っています。僕は「あくまで自分が好きな人と好きな時間を過ごすために演劇を媒介として使っている」という感覚が1番しっくりきているんです。だから、例えば今後海外に作品を持っていけるようなことがあっても、好きな人たちと旅をしているようなスタンスを崩さずに、それで経済を作り、集団を維持し、嫌な思いをしたときは互いにちゃんと文句が言えるぐらいの関係性を築きながら演劇を作っていきたい。「アイデアが尽きてしまった」と感じた時にどう乗り越えるのかも難しいけれど、「ただ素直になること」が一番難しいと思うんです。アイデアが尽きていないふりをしなくてはいけない局面もあるかもしれないけれど、そうなった瞬間に終わっていく作家も多いんじゃないかと感じます。だから、とにかく魂の純度を上げていきたい。好きなものに対して好きと、嫌なことに対しては嫌だと言う。そういう反射神経を重んじながら、「大人になったら腐っていく」、「責任と同時に失われる」とされているものに抗って、これからもよりよい“餓鬼”で居続けたいと思っています。

取材・文/丘田ミイ子
<profile>
川村智基/2001年生まれ。奈良県出身。劇作家、演出家、俳優。劇団『餓鬼の断食』代表。西陽〈ニシビ〉プロジェクトメンバー。関西弁で捲し立てる会話劇や、演技表現の延長線上にあるダンス表現に取り組んでいる。川上さわ監督『春一番的な』で映画初主演。『DOGHOUSE』にて第70回岸田國士戯曲賞ノミネート。『Fusion,(フュージョン)』にて、第23回AAF戯曲賞ノミネート。クマ財団クリエイター奨学金第8.9期採択、無隣館インターナショナルなど。
餓鬼の断食/2021年、川村智基によって、奈良を拠点に旗揚げされたカンパニー。旗揚げ公演は『スイッチ』。2022年5月上演の『対岸は、火事。』でWINGCUP2021最優秀賞受賞。2023年『或る解釈。』で関西演劇祭ベスト演出賞を受賞。2025年、豊岡演劇祭にて餓鬼の断食企みその2『STUDY |修飾を歓迎する環境←→拒否する身体』を上演。2025年に上演された『DOGHOUSE』にて第70回岸田國士戯曲賞最終候補作品ノミネート。
<Information>
・川村智基『Fusion,(フュージョン)』
(第23回AAF戯曲賞最終候補作品ノミネート作品)
愛知県芸術劇場HPにて戯曲公開中
https://www-stage.aac.pref.aichi.jp/event/detail/20260526.html
・餓鬼の断食『Fusion,(フュージョン)』
チケットぴあにて配信中
URL:https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2616545
<川村智基 今後の公演・上映>
・moment of us『STUDY 』
期間:6/19〜6/21
会場:北千住BUoY
(脚本・構成・演出)
・泊まれる演劇『烏丸桃源堂』
期間:5/16-7/27
会場:HOTEL SHE KYOTO
https://www.tomareruengeki.com/karasuma
(演出)
・映画『春一番的な』(MOOSIC LAB 2026参加作品)
期間:5/8-6/12
会場:アップリンク京都ほか4都市
https://kyoto.uplink.co.jp/movie/2026/24915
(出演)