
おいしいディストピアってなんだろう?
フライヤー裏面にあるあらすじを読んでみる。
「並行未来の国家・大日本ではパンが崇められていた!」
「ついでに、AI主導の戦争により国民の血が流れていた」
どうやらパンが崇められている国の話らしい。ついでに戦争ってどういうことだ?? AI??
とりあえずカレーパンを食べながら、私は、通し稽古に向かった。

稽古場には大きな盆があった。高台もある。わ、かっこいい。
演出家の平田純哉はこう言う。
「あらすじを読んでいただいても分かる通り、嘘の多い話なんです。サイエンスフィクションで、パン至上国家という謎のイデオロギーがあって、もう全てが嘘、嘘、嘘。演劇においてなぜ嘘が必要かって、その嘘を通してしか描けない人間の心の機微があるからなんですよね。葛藤したりとか、人を想ったりとか、そういう心が動いたり変わる瞬間こそが“本当”なのだということを作り出せたらと思っています。それを稽古の最初からずっと、俳優の皆さんとも話して進めてきているので、その最後に残る“本当”だけがちゃんとお客さんにも届くように。そこを一番大事にしてきた気がします」

俳優が目指す場所に“本当”の旗を立ててくれる演出家は、座組にとって心強いだろう。
平田さんは演出だけでなく、本作のプロデューサーでもある。
「本作はもっとも挑戦的なことを仕掛けた勝負作です。これまでは割と保守的な興行づくりだった自覚があります。でも、MEMELTのメンバー6人がそれぞれ自分のジャンルで活躍し始めている今、劇団をどう続けるかということを考えた時に、たくさんの方に見ていただくということや、自分たちがどこまでできるかということに対して向き合いたかった。腹に力を入れて、歯を食い縛るタイミングを作るべきだと思ったんです」

MEMELTは、演出家/作家/デザイナー/音楽家/写真家/保育士によるクリエイター劇団だ。平田さんが10代の頃に出会った人々で構成されている。
「高校生とか中学生の時に、これだけ野心的で才能に溢れた人たちと出会えていたことは、本当に恵まれていたなと思っています。それが、今僕が演劇をやれているほぼ唯一の理由と言ってもいいぐらいに」
中学時代に出会ったYosuke Sacai、馬場光太、さとうゆうき。高校で出会った宇城悠人、渋木耀太。宇城さんが作家になったのは、平田さんの影響だと言う。
「高校の頃、平田が友達を引き連れて演劇みたいなのを勝手にやっていたのですが、それがあまりにもかっこよくて完全に打ちのめされちゃって。同い年でこんなことやってるのかって。それで黙って平田の所属していた児童劇団に、バイトしたお金で入って、演劇を始めて…。出る方には興味がなくて脚本を書き始めたっていうのが最初でした」
それぞれが大学を卒業し、しばらく経った2022年、不条理コントユニットMELTとして活動を開始。2025年12月7日、MEMELTに改名。『おいしいディストピアの作り方』は、改名後初の本公演となる。

フライヤーには、「AIのしくみ」を超演劇的に描く切ないSFブラックコメディと書かれている。宇城さんは、テーマについて、こう語った。
「前職で子ども向けの宇宙図鑑を作る編集の仕事をしていました。天文学者の方とかJAXAの技術者の方とお会いするのが本当に楽しくて。宇宙のことをだんだん知っていくうちに、ロケットというものは、元々ミサイルとして開発されていたと。ロケットとミサイルは、乗せているものが宇宙飛行士や人工衛星なのか、爆弾なのかの違いだけなんですよね。そういうことを調べていたら、AIがどんどんブームになってきて、世界ではロシア・ウクライナ戦争が起きて……。ドローンであったり、AIを使った人類初めての戦争が行われているのを見ていて、このテーマには応答しなくてはいけないのではないか、と思ったんです」

「AIって、一般的には『人間の知的な振る舞いを自動的に行うもの』という定義になると思いますが、僕にとっては好奇心の対象であり、人間の鏡です。AIについて語られる時って、すごく批判的な文脈で言われるか、これで世界が変わるという驚きをもって言われるかの両極になっているように感じますが、本作はそのどちらでもありません。AIは技術のひとつで、実は一つひとつを取ってみれば新しいことはそんなに起こっていない。ただ、『人間ともう1つの別の知性が現れた』ということには、知的な興奮を覚えたんですよね。でもそれは、僕が今20代でAIっていう技術に出会ったからなんだろうなって強く思うんです。例えば自分が20代で初めてパソコンに出会った世代だったらパソコンのことを書いただろうなって。今僕が20代であること、そこでAIが現れて世界が変わっていっているということ。それらを思ったときに、今の感性でこのことを書いておかないともったいないと感じました」

通し稽古直前の緊張感の中、平田さんが俳優陣に声をかける。
「安全第一で行きましょう」「緩急を大事に」「楽しんでください」
俳優が盆の上に立つと、稽古場は、並行未来の「大日本」になる。
海の近くで、少年が目を覚ます。近くには一人の大人がいて、パンを食べさせてくれる。互いの言葉が正確に伝わり切らないような不自由さを垣間見せるが、それは、のどかな朝のひとときだ。
しかし、その景色は一変する。Yosuke Sacaiによる音楽がかかり、馬場光太による映像がモニターに映されると、そこは戦場になった。

少年は大人になり、アルバイト兵として戦場に立っている。ヘッドセットから聞こえる軍事AI「やまと」の指示通りに動き、戦果を上げていく。
次に少女が登場する。彼女は、自らの親に復讐するために海を渡ってきた。
戦争を進める大臣、反政府組織のメンバーなど、多くの登場人物の思惑が絡まっていく――。

「大日本」で暮らす人々を演じる俳優たちをもう少し詳しく紹介したい。
少年・アルバイト兵の鳥船を演じる、大見祥太郎。MEMELTには、前回公演『赤砂』に続いての出演となる。ここ一年の出演作は、やみ・あがりシアター、ブックマークドックス、劇団イン・ノート、システム個人など。多くのクリエイターからラブコールがかかる、今注目の存在だ。純粋で純朴な佇まいが、まぎれもなく主人公。自分を導いてくれるAIに全幅の信頼を寄せて、目の前のことにだけ集中できる強さと愚かさ。戦争アルバイトはポイントがもらえる。鳥船がポイントを貯めて叶えたいことは何なのだろうか。

敵国から潜入している少女・南方を演じる、山戸ユキノ。主演映画『つゆのあとさき』など、主に映像を中心に活躍している山戸さん。彼女もまた、出てきただけで分かる主人公感がある。自分の意志で、自らに課した使命と向き合う強さと、まとわりつく悲壮さ。彼女自身の持つ透明感との調和が素晴らしい。この作品における重要な感覚である「味覚」の表現は彼女が担っているところが大きい。担わせたくなる気持ちがよくわかる。この世界のパンの味は、どんな味なんだろうか。

かつて鳥船の面倒を見ていたAIエンジニア・ノスリ役を演じる、安藤理樹。ハマっている。誰もがこんな安藤理樹を見たかったのではないだろうかと思う。この役の背景には、作家の宇城さんの研究者へのリスペクトがある。ノスリがAIについて説明するシーンは、本公演の見どころの一つだ。学術監修の久木田水生先生と宇城さんの「AIの知性について」の議論が、セリフにそのまま活かされているという。安藤さんの語りもいい。ぜひ楽しみにしていてほしい。
※久木田水生さんと宇城さんの対談動画はMEMELTの公式YouTubeで公開中(https://youtu.be/imPezWH7Jv8?si=tUUE-jhqPv_as87P)

大日本大デジタル庁大臣の探索木を演じる、古屋敷悠。小劇場から2.5次元舞台、ドラマ、映画、などにとどまらず、朗読配信作品やショートアニメなど幅広く活動を続けており、演じることのできる役の幅も本当に広い。安心と信頼という言葉が似合う俳優だ。近年の出演作は、『BANANA FISH』The Stage(前編・後編)、『チェンソーマン』ザ・ステージ、『学芸員 鎌目志万とダ・ヴィンチ・ノート』など。今回は、威厳とユーモアのハイブリッドで、ニヒリストな大臣を作りこむ。ゲーム感覚で社会を見る視線がたまらない。

革命を志す反政府組織のモミを演じる、村上弦。猿博打のメンバーで、自団体での演出・出演だけでなく外部演出や出演なども多数。舞台上に出てきただけで、その役がどんな世界に生きているのかが直感的にわかる。私は、それは、俳優の持つ集中力の質によるものだと思っている。村上さんの周りに流れている空気は明らかに異質で、たった一人で世界を背負える胆力がある稀有な俳優だ。緊迫するような怖いシーンであっても面白い状況を作り出してしまうのも魅力だ。「ずっと真剣に聞いてしまっているけれど、ずっと何言ってるんだろう?」を堪能させてもらえる。

「やまと」を管理する大デジタル庁に勤める官僚・縞角を演じる、江益凛。これまでのすべてのMEMELT作品に出演している。MEMELTがつくる「SFブラックコメディ」の象徴的な存在だ。冷静さ/冷酷さと面白さを同居させることができていて、たった一瞬の表情や、一言の言葉で、観客をゾッとさせることができる。主人公を褒めるシーンがあるのだが、そこも抜群に良い。江益さんに「えらい!」と言われたら、うれしくなって言うことを聞きたくなってしまう。世界の綻びへの不安の表現や、凛々しさが崩れて見せる弱さなど、いろんな江益凛の魅力が詰まっている。

パンアイドルのあまねを演じる、松永ゆうほ。この一年での出演作は、Project Arc舞台『アロイス』、むいとこんとん『柑橘系には色がある』など。本作では、メンバーの不祥事でソロ活動になってしまったアイドルを見事に体現している。キュートさを前面に出しつつも、努力を積み重ねたからこその輝きを混ぜているのが、推せる。歌唱シーンは盛り上がったし、端的に言ってときめいた。裏の顔が出てきてからの暗躍するアイドルっぷりも、とても良い。

売れっ子広告マンの安居を演じる、ムニエル。2024年に解散したトリオ・ゼンモンキーで荻野将太朗として活動し、現在はピン芸人、コント作家として活動している。佇まいの面白さが抜群だ。クセになるような独特のセリフ回し。作りこみすぎない、入りこみすぎないからこその、浮遊感と抜け感。これが舞台上の混沌の中と混ざり合ったときに立ち上がる圧倒的虚無感を見逃さないでほしい。

アンサンブルキャストとしては、渋木耀太、平田純哉、そして池田桐麻が出演する。多数のアンネームドキャラクターや、重要な局面で登場人物たちに影響を与える役を担う。池田さんの、バカバカしさを極限まで振り切って情緒がどうにかなってしまう瞬間を本番で見られるのが、楽しみで仕方ない。

そうして、パン至上主義の世界はぐるぐる回る。
それぞれの物語は絡まりに絡まって、クライマックスへ向かう。登場人物たちの秘密や過去、いったいいくつの伏線が出てきたのか、もはや覚えていない。でもすべてが回収されている気がする。舞台の上にはもう、愛着ばかりが湧いている。声に出して笑えなくなるような瞬間も増える。けれども確かに可笑しくて、ペーソスが漂っていて、面白い。これがMEMELTのコメディなのだ。

通し稽古を見ながら、私は自分が上京するきっかけになった舞台を思い出していた。面白すぎてどうしようもなく感情がかき乱されて、その舞台に憧れて思わず上京してしまった舞台。
『おいしいディストピアの作り方』は、誰かにとって、観たら「演劇やりたい」と上京したくなっちゃうくらいの熱量がある。AIに興味がある人も、ない人も、パンが好きな人も、お米が好きな人も、演劇を始めたばかりの人も、これから始めるかもしれない人も、演劇が大好きな人も、もしかしたらちょっと嫌いになりそうな人も、みんなが可笑しみのテイストでつながれる。MEMELTはそういう存在になっていくと確信できる。本作は、そんな記念すべき公演となるだろう。

取材・文/成島秀和
稽古場写真/丘田ミイ子
<公演情報>
MEMELT『おいしいディストピアの作り方』

脚本:宇城悠人(MEMELT)
演出:平田純哉(MEMELT)
音楽:Yosuke Sacai(MEMELT)
映像:馬場光太(MEMELT)
アートディレクター:渋木耀太(MEMELT)
小道具:さとうゆうき(MEMELT)
出演:山戸ユキノ、大見祥太郎、安藤理樹、古屋敷悠、村上弦、江益凛、松永ゆうほ、池田桐麻、ムニエル、渋木耀太、平田純哉
<会場>
すみだパークシアター倉
<日程>
7月8日(水)〜7月12日(日) 全9ステージ
7月8日(水) 19:15- ★初日特典グッズ付
7月9日(木) 13:30- / 19:15-
7月10日(金) 13:30- / 19:15-
7月11日(土) 13:30- / 19:15-
7月12日(日)12:30- / 16:00-
※開場は開演30分前
<チケット>
一般:4,000円
U25:3,500円
支援:8,000円(返礼品付き)
https://ticket.corich.jp/apply/438269/
<スタッフ>
舞台監督: 丸山直己 (Good Stage)
舞台美術:杉山至
照明:中村仁 (黒猿)
音響:谷井貞仁 (Collage Sound)
衣装:平田純哉(MEMELT)
衣装進行:多田絲音
広報:YuiYui
宣伝写真:Yukinao Hirai
宣伝ヘアメイク:showgo (Reii)
演出助手:鈴木鏡治郎 (ブックマークドックス)
票券・当日運営:河﨑正太郎 (譜面絵画)
プロデューサー:平田純哉(MEMELT)
学術監修:久木田水生(名古屋大学大学院情報学研究科 准教授)
協力:エクサプローズPro. 黒猿 劇団ヅッカ 猿博打 譜面絵画 ブックマークドックス ボックス・コーポレーション ワタナベエンターテイメント Collage Sound Good Stage PLAT-formance
助成:アーツカウンシル東京【東京ライブ・ステージ応援助成】
企画・製作:MEMELT
公式H P:https://memeltweb.studio.site/works/stage5