インタビュー

終のすみか『it’s too late.』インタビュー

文筆家 折田侑駿

7月18日(土)より、カフェムリウイにて終のすみか『it’s too late.』が開幕する。

2019年に作・演出の坂本奈央と俳優の高橋あずさによって旗揚げ後、「自分ひとりと自分ではないひとのたくさんしかいない」という基底のもと、現代を舞台とした演劇作品を発表してきた終のすみか。2023年には『 S U N R I S E 』で第13回せんがわ劇場演劇コンクールオーディエンス賞を受賞。人と人の細かなコミュニケーションとその揺らぎをじっくりあぶり出す会話劇で注目を集めている。2年ぶりの新作となる本作の舞台は深夜のクラブハウスで、クラブ時間に呼応し、夜公演のみ12ステージを上演。キャストは宮地洸成、片平友里絵(文学座)、日和下駄(円盤に乗る派)、高橋あずさ(終のすみか)の4名。タバコの煙、重低音、アルコール、ネオンの光…騒がしい夜に滞留しながら、止まった時間の中で変わらない社会を受け入れていく20代の若者たちの様相を個性豊かな俳優陣とともに描く。劇作家として坂本が関心を寄せ続ける若者の姿、自身の馴染みのないクラブを題材に選んだ理由とは? 終のすみかのこれまでの歩みも交えつつ、本作の創作について坂本奈央に話を聞いた。

作・演出:坂本奈央 撮影/丘田ミイ子

自分と距離のある人に焦点を当てて

─『it’s too late.』はクラブに集まる若者たちに焦点を当てた作品ですが、これは坂本さんのどのような興味関心を出発点としているのでしょうか。

とにかく私は、若者に関心があるんです。いまの若い子たちが何に興味を持っていて、どんな話題でコミュニケーションを取っているのか、とても関心があるんですよ。なぜならそれは、この社会を映し出す、鏡のようなものだと思うから。社会の状況って、その時代の若者像に如実にあらわれるものですよね。たとえば、社会が貧しいのであれば、それを反映するように若者たちも貧しくなる。いまの若者たちの実態に迫ることで、見えてくるものがあるんじゃないかと思ったんです。

─そうして、この物語の舞台としてクラブを選んだと。

クラブに入り浸る人々のうち、選挙に行く人はどれくらいいるんだろう。ふとそんなことを思い、気になったのがきっかけです。選挙に行くことで社会参加を果たしているのかどうかを問いたいわけではありません。たとえば、ここに選挙に行ったことのないひとりの若者がいたとして、大人たちの中にはその子のことを怠惰な人間だとみなす人がいます。たしかに、その子は怠惰なのかもしれない。でもその怠惰さって、どこから来ているんでしょうか。本当に怠惰だと言えるんでしょうか。日々の生活のことでいっぱいいっぱいで、身近な問題について実感を持って捉えられていないのかもしれない。自分の生活が貧しいとして、その原因がどこにあるのか、考えが及んでいないのかもしれない。私はそんなことばかり考えていて。これがこの作品の出発点になっています。

─坂本さん自身はクラブに馴染みがあるのですか?

いえ、ほとんど縁がないまま生きてきました。この作品のモチーフとしてクラブを選んだのは、先ほどお話しした問題意識のようなもの以上に、もっとシンプルだったりもします。というのも、私の身の周りの演劇人でクラブに行く人って、ほとんどいないんですよ。だから純粋に、物語の舞台にしたら面白いかもしれないなって。

─では、坂本さんにとってある種の距離があるものを、あえて描くわけですね。

そうです。この作品ではできるだけ、普段の自分から距離のあるものに焦点を当てたいと考えています。人間は自分の日常の枠組みの外にあるものに対して、どうしても色眼鏡で見てしまう傾向があると私は感じています。なので、登場人物のひとりにポルノ漫画家がいるのですが、これも同じような理由からです。

─本作には4人のキャラクターが登場しますが、みんな坂本さんから遠い人物なのですか?

遠いですね。でもそれと同時に、近い部分もある。書いているのは私なので、どうしても私自身の一部がキャラクターに投影されてしまっていると感じます。それに、遠い存在に見えて、じつは共通点ってあるものじゃないですか。だからそういうところを探しながら書いていますね。

片平友里絵

人間は誰しも膜のようなものをまとっている

─本作を創作するにあたって、いろいろとリサーチを重ねられたそうですね。

そうですね。一口に「クラブ」と言っても、本当に多種多様ですよね。箱が違えばイベントのタイプも違うし、集まってくる人々も、そこで醸成される環境もまったく変わってくる。音楽や音そのものを重視しているところもあれば、ひたすらチャラいところも(笑)。ただ、どこに行っても、人々が何を目的として来ているのか、うまくつかめないんですよね。会話をしている者同士であったとしても、どういうつながりなのか、その関係性が見えてこないというか。

─おっしゃっていること、すごくよく分かる気がします。友人同士のように見えるけど、自分の中にある友人関係の定義に当てはまらないというか。どんな関係なのか、たしかにちょっと気になってしまいます。

誰かと会うために足を運んでいる人が多い印象はありますが、そのいっぽうで、ずっとひとりで身体を揺らし続けている人もいる。トランス状態を求めてなのか、日常からの逃避のためにやってきている人も多いですよね。訪れるたびに不思議な空間だと感じます。

日和下駄

─クラブに集まる人々はそこで思い思いの時間を過ごすわけですが、本作に登場する人物たちは言葉を重ね合っていきますね。

形式としては会話劇なので、そうですね。メインのダンスフロアから少し外れたところで、この物語は進行していきます。ただ、彼らの会話を書いている私でさえも、登場人物たちのことがよく分かっていなかったりします。DJをしに来た人がいれば、知り合いがやるイベントだからと来る人もいるし、ただ夜を潰すためだけに来た人もいる。音楽を愉しむのが目的ではないようだけど、かといって誰かと話したい感じでもない。ただなぜか、ずっといる。それぞれにそれぞれの動機があるんでしょうけど、これをどこまで掘り下げるべきか、まだ迷っています。

宮地洸成

─この会話劇を観ている僕らには、それらしい理由は見つけられるけど、本当のことは誰にも分からないと。

そうですね。観客のみなさんにとってはまさに、行った先のクラブで他人同士の会話をぼんやりと眺めている感覚になるんじゃないかと思います。書いている私がそれでいいのかなとは思うのですが…。

─本作は人と人との“距離”というものがキーワードになっていると感じるのですが、執筆するうえで力点を置いているのはどういったところですか?

これまでは、人と人の間に生まれる空気や、すぐ近くにいるのに縮まらない距離を描いてきました。この見えない何かに興味があって、私は劇作をしています。観客のみなさんにも感じ取ってもらえたらなと。でも今回はクラブが舞台ということもあり、瞬間的に縮まる人と人の距離を描いています。いつもとは距離というものの捉え方が違い、必然的に力点を置くポイントはここになってきますね。

片平友里絵

─クラブ内だと瞬間的な触れ合いは発生しますが、だからといってそこに特別な親密さがあるとはかぎらない。表層的に距離が縮まっているだけで、じつは当人同士の距離感は変わっていないんじゃないか。お話を聞いていて、そんなことを思いました。

たしかに、そうなのかもしれない。うんうん、面白いですね…。人間は誰しも、何か膜のようなものをまとっているんだと思います。これがあるから、互いにどれだけ近づいても、密着することにはならない。トランスするのを目的にしている人の場合なんてとくに、自分の内面世界に入っていくわけですしね。

─こうしてお話を聞いていて、坂本さんがこの作品を描くことは必然なのだと分かってきました。

私自身も、お話ししていて気がつきました。ありがとうございます。私としては、自分のワクワクできるものを求めた結果として、この作品をつくることになりました。クラブを舞台にするのも、政治に関する話題を入れるのも、これがはじめての挑戦です。だからこれまでとは大きく異なる作品になる予感がある。でもそのいっぽうで、私はすごく手癖の強いタイプです。無数に散らばるピースを無意識のうちに、自分の持っている世界観の中に収めてしまうのを自覚しています。だからこうして“必然的”なものになっていくのかもしれません。

宮地洸成、日和下駄

リズムを意識した脚本稽古の度に膨らむ物語

─本作は間や空気感が重要になる作品だと感じています。そのあたりはどのようにしてつくっているのでしょうか。

間に関しては、脚本の段階から細かく組み込んでいます。たとえば、「咳払いをする」というト書きがあると、そこにリズムが生まれます。「ため息をつく」と書いていたら、俳優のセリフの調子は必然的に、ため息をつくためのものになる。そうして生まれるリズムを、執筆段階からつくっているんです。本来であれば演出領域のことだとも思うのですが、どうしてもリズムがないと書く手が止まってしまう。だから何度も何度も読み返しては、少しずつ書き進めていくんです。そしてこれが、私の筆が遅くなってしまう理由でもあります…。俳優のみなさんには本当に申し訳なく思っています。

─事前に台本を読んだうえで稽古場にお邪魔しましたが、これは目の前に俳優陣がいてこそようやく書けるものなのではないかと思いました。

俳優のみなさんを頼りに書いているのはその通りです。みなさんの声に乗ってこそセリフは生きますし、その様子に触れないと、どうにも想像が膨らまないところが多くて。なので稽古を重ねるたびに、物語そのものも膨らんでいくんです。

─坂本さんの生み出すリズムに、みなさんは自然と乗ることができるのでしょうか。

最初からうまくいくわけではありませんが、口馴染みがよくなってくると、乗ってきてくださる感じがしますね。そういえば、本作を創作するにあたって、座組のみんなでクラブに行ったりもしました。表参道のVENTとか、渋谷の翠月とか。キャスト、スタッフともに、ここで過ごした時間たちが、クリエイション時の共通言語になっています。

─ユニークな作品の立ち上げ方ですね。稽古の様子を拝見してみて、すっと作品世界に入っていけることにびっくりしました。この秘密はどこにあるんでしょうか。

本当ですか…。それが本当に実現できていればいいのですが…。今作の特徴として、会話の中で“聞き返し”を多用していることが挙げられます。クラブでは大きな音が鳴っていることもあって、目の前の相手の言葉がよく聞こえない。そうしたときに、人は聞き返しますよね。あの状況がこの作品のベースにあるんです。そしてこの“聞き返し”があることによって、観客のみなさんが耳にする言葉たちは流れてしまうことがない。演劇を観ていてはじめて出会う単語とかって、流れてしまうことがあるじゃないですか。あれが起きることなく、耳にするみなさんの中にすっと入っていく。この要素が大きいのかもしれません。

─なるほど。とても納得感があります。

それにこのやり取りって、関係性も示せるんですよね。たとえば家族だったら、相手の口にした言葉を完全に受け取っていなくても、あんまり聞き返さないと思うんです。おそらくこういうことを言っているんだろうって、受け手が勝手に解釈するから。これは親密な間柄だからこそ成立するもので、仲が良ければ良いほど、相手が何を言おうとしているのかが分かる。関係性が変われば、会話の質も変わってくる。そんな当たり前の事実を、この作品を通して実感しているところです。

演劇との出会い、転機、そして現在地

─演劇との出会いは、浪人時代に映像で観た野田地図の『オイル』だそうですね。

あれは衝撃的でした。どこに向けていいのか分からない怒りの感情を描いている作品だと私は捉えているのですが、この物語の世界を表現できるのは、きっと演劇だけなのだろうと思いました。あのとき受けた衝撃はいまだに忘れられません。でもその時点では、まさか自分が演劇をやることになるとは思ってもみませんでしたでしたけどね。

─それから大学へと進み、演劇研究会に入ったと。

ちょっとのぞいてみようかなと思って。といっても、自分が書いて演出する側にまわるなんて、それこそ思ってもみませんでした。私が憧れた演劇と、大学でみんながやっている演劇は、まったく違うものでしたから。でもだからこそ、自分で書いてみようかなと思った。それがいまにつながっています。

─終のすみかの立ち上げは2019年ですが、そこまでの経緯についてもお聞きしたいです。

団体を立ち上げるまで個人の活動はしていなくて。いろいろと勉強したい思いもあり、2016年にENBUゼミナールに入って、その後しばらくは演出助手をやっていました。小松台東やぱぷりか、ピンク・リバティ、それから今年はせんがわ劇場で上演された『ピギーバック』でも。2019年に入って、高橋あずささんと終のすみかを立ち上げました。そろそろかなって。

─現在の創作・表現スタイルには何が影響しているのでしょう。

原体験は野田地図の作品だったわけですが、それからいろんな演劇と出会ってきました。その中で自分なりに書いてみようとしたとき、いま書いているような作風のものが私にはしっくりきた。たくさん試行錯誤して、2023年のせんがわ劇場演劇コンクールでオーディエンス賞を受賞した『 S U N R I S E 』で、ようやく固まった気がしています。この路線でいけば面白いものがつくっていけるはずだと。

『 S U N R I S E 』舞台写真(撮影/青二才晃)

YouTubeで公開中:https://youtu.be/uxTBBkWRCEw?si=HXBJykAYrDyGwxrQ

─具体的にお聞きしてみたいです。

『 S U N R I S E 』は三幕構成の二人芝居で、難しいことはしていません。それまでは時系列が複雑なものなど、私なりにいろいろと実験を試みていました。でもいまは、難しいことはしない。書くべきことを、腹をくくって書いています。その最初が『 S U N R I S E 』なんです。

─ギミックよりもテーマを大切に。

そうですね。あと、会話劇そのものの求心力を高めることを強く意識したり。2年前に上演した『Deep in the woods』も三幕劇でしたが、“出ハケをしない”というルールをあらかじめ設けることで、これが実現できたように思います。今回は出ハケはありますが、“時間を飛ばさない”というルールを課していて、観客のみなさんは登場人物たちと同じ時間を過ごすこととなります。

─せんがわのコンクールでスタイルが固まったというのには、何かきっかけがあったのでしょうか?

コンクールなので、終のすみかをことをまったく知らない人たちが観に来ます。私はこのことを強く意識していました。そういう場で実験的なことをしていては、だふん太刀打ちできない。ふらっと観に来てくださった方々の、鑑賞に耐え得る強度ある作品をつくらなければダメだ、と。この気づきが大きかったですね。今回は自分にとって馴染みのなかったクラブを題材にする、という挑戦はありますが、団体として掲げるテーマは、ずっと変わっていません。この変わらないテーマを、どれだけ多くの人に届けられるか。いまはそのフェーズにいます。

左から日和下駄、片平友里絵、宮地洸成 撮影/丘田ミイ子

取材・文/折田侑駿

<公演情報>
終のすみか『it’s too late.』

作・演出:坂本奈央(終のすみか)
出演:宮地洸成、片平友里絵(文学座)、日和下駄(円盤に乗る派)、高橋あずさ(終のすみか)

<会場>
カフェムリウイ

<日程>
2026年7月18日(土)〜7月31日(金)
7月18日(土)19:30 ★前半割
7月19日(日)19:30 ★前半割
7月20日(月)19:30 ★前半割
7月21日(火)19:30 ★前半割
7月22日(水)休演日
7月23日(木)19:30
7月24日(金)19:30
7月25日(土)19:30
7月26日(日)19:30
7月27日(月)19:30
7月28日(火)休演日
7月29日(水)19:30
7月30日(木)19:30
7月31日(金)19:30

※全席自由席
※受付開始・開場は開演30分前

<チケット>
予約一般 3,000円
前半予約 2,500円(7/18-21)
当日一般 3,500円(一律)

https://reserve.tolpa.jp/reserve/6214828

<スタッフ>
舞台監督:伊藤美雪香 
照明:男山愛弓 
音響:大嵜逸生 
記録映像:稲川悟史 
写真撮影:坂本菜美 
宣伝美術:はぎわら水雨子(食む派) 
フライヤーテキスト・執筆補助:宮澤大和 
制作:石塚晴日 
協力:大人計画
主催:終のすみか 
助成:アーツカウンシル東京【東京ライブ・ステージ応援助成】
公式HP:https://tsui-no-sumika.com

タイトルとURLをコピーしました