Takashi Kitamuraの観てきた!クチコミ一覧

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アンナ・カレーニナ

アンナ・カレーニナ

Bunkamura

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2023/02/24 (金) ~ 2023/03/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

20代の時に岩波文庫で読んだ。冒頭の有名な一行、不倫の恋、最後の鉄道自殺などは知っていたが、それは昔読んだからではなく、あちこちで言及されるから。舞台は肝心な話を思い出させてくれた。冒頭、なかなかヒロインが登場しない。登場すると同時に、ヴロンスキーと恋に落ちる。同時に、将来の悲劇を予兆する轢死事故がおきる。さすがの幕開けである(これは小説がそうなっている)。

あらかじめ上演時間を見ていなかったので、休憩なしで1時間を超えて延々続くのを見て、てっきり終幕まで行くのかと思った。アンナが愛人のヴロンスキーに妊娠を告白したら、彼は「こんな偽りの生活は終わらせよう」。一瞬、このまま愛人に捨てられて自殺か、「アンナ・カレーニナ」も妊娠小説(©斎藤美奈子)だったのかと。あにはからんや、そのセリフの意味は「夫と離婚してぼくと結婚してくれ」。アンナの産後の瀕死の床で夫カリーニンはアンナを許し、ヴロンスキーは逆に絶望して自殺未遂する。これで前半終わり。以上1時間40分。20分の休憩をはさんで後半は1時間45分。総計3時間45分のたっぷりした芝居だった。でもまったく飽きなかった。トルストイのあふれる創作力に脱帽。また、俳優陣の魅力ある熱演と、演出、美術、音楽あいまった舞台の造形が素晴らしかった。

前半のヴロンスキーの魅力に負けまいとするアンナの抑制した行動に好感持てた。ヴロンスキーと生活する後半はアンナの心理分析ドラマのよう。根拠のない嫉妬にはまりこみ、錯乱していく。てっきり愛人に捨てられて自殺するのかと思ったら、ヴロンスキーは全く浮気などしていない(原作も確認したらそうだった)。嫉妬と疑惑の自家中毒の末の自殺。原作も最後、衝動的に鉄道に身を投げていた。

アンナとカレーニンの口論で、互いに口に出すこととは異なる心の内を、客席に向けて傍白していた。かなり忙しくコミカルでもある。リョービンもキティとの口論で「僕も結婚したから皆さんに話せるようになりました」と傍白する。結婚すると傍白できるようになるとは、夫婦関係は我慢とうそ(愛という名のウソ)がだいじということかもしれない。

ネタバレBOX

小説と芝居は違う。小説では、ヴロンスキーの突然の心変わりをキティが知る舞踏会の場面を、キティの心理描写で描いている。芝居では、ヴロンスキーがキティに「リョービンはいい人ですよ」と、ほかの男をすすめるように言わせることで、キティにショックを与える。このセリフ、小説にもあるが意味が違う。舞踏会の最初に出てきて、ヴロンスキーのリョービンへの好意を示しているだけ。キティを袖にする意味はない。芝居ではこのセリフをうまく使って、別の意味を持たせた。

また例えばドリーがアンナの領地へ馬車で向かう場面。小説では、自分の結婚生活への不満、愚痴を心理描写している。口には出していない。芝居では御者の農場管理人ペトカにぶちまける。ペトカは「それが人生です。奥様」と。一緒に見た友人は、この場面がえらく気に入っていた。私は、同じペトカなら、リョービンの指図n何一つ手を付けず、怒られてものらりくらり受け流すロシア的怠け者のペトカの場面が面白かった。
ケンジトシ

ケンジトシ

シス・カンパニー

シアタートラム(東京都)

2023/02/07 (火) ~ 2023/02/28 (火)公演終了

実演鑑賞

北村想は前回のシスカンパニーの「風博士」は、具体的な日本軍の慰安所をバックに、歌もふんだんに使ったわかりやすい芝居だった。このように難解な前衛劇だけではないのだけれど、今回は抽象度の高い詩的演劇ど真ん中。疲れていたこともあって、かなりうとうとしてしまった。残念。

石原莞爾(山崎一)がトシ(黒木華)に賢治のことを聞き、それをランニング姿の屈強な青年ホサカ(田中俊介)が記録する。変な設定である。賢治(中村倫也)は、ダービーハットと外套の得意の姿でうろうろする。

ケンジとトシの関係は恋愛関係ではないか、という疑問に、トシが「兄は大人の恋ができません。アドレッセンスの人なのです」「アドレッセンスとは思春期……」という解釈が、妙に納得できた。ケンジの一風変わった童話も大人になり切れない魂が書いたと思えばわかる気がする。
ケンジとトシが楽しく過ごす時間はすぎ、トシの死を嘆くケンジの慟哭は見事な感情表現だった(らしい)

カニのような手をした河内大和はじめ、ムシのようなシカのような恰好をした3人のコロス。楽器はバイオリンかと思ったらヴィオラだった。道理で少し低い音が出ていると思った。冒頭は「セロ弾きのゴーシュ」のようだった。
隣の40代くらいの男性客は、終わると、とりわけ目立つ大きな拍手をいつまでもしていた。熱心な宮沢賢治ファンなのだろうか。1時間35分。

博士の愛した数式

博士の愛した数式

まつもと市民芸術館

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2023/02/19 (日) ~ 2023/02/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

80分という上演時間の予告を見て、「短い!」とまず一驚。博士の記憶が80分しか持たないことに合わせたのだろうか。ギター演奏があるのはぜいたくな演出。ストレートプレイでは避けがちなナレーターを使って、短い説明で単刀直入に核心場面に入っていく。無駄のない作劇で、家政婦(安藤聖)と博士(串田和美)の出会いから、成長したルート(井上小百合)と博士の交流まで、小説の見どころはほぼ全部盛り込んでいた(と思う)。悪意のないピュアで美しい原作を、雑音のないまっすぐな芝居にうまく転換させていた。小さいながらもじんわりした感動があった。串田和美の博士が、子供のような無邪気で涙もろい感じが自然でよかった。

ネタバレBOX

小説の印象は強く、よく覚えているつもりだったが、冒頭から博士の義理の姉(増子倭文江)の存在をすっかり忘れていた。読んだのはもう20年も前だから仕方ない。博士が熱を出したので、看病するために家政婦は息子と泊まる。それがもとで義姉から首になるが、ルートが博士宅に遊びに行ったことで義姉は不審を抱く。母子を呼び出し「縁が切れたのに? ねらいは金?」と問いただしてくる。この険悪な状況を、博士がオイラーの公式を示して解決する展開も、妙に納得させられた。(オイラーの公式も忘れていた。後で調べたら、本当にあんな等式があった。驚き)

最後、ルートの11歳の誕生日。ろうそくを書い出しに行った間に、博士はルートのことを忘れてしまう。劇的な幕切れ。そして家政婦の通いの仕事は終わった。博士の入った施設に、母子が時々通う。「息子は今度、中学校の数学の先生に決まったんですよ」という言葉に、いつしか10年以上たったことがわかる。博士との出会いが息子の歩む道に深く影響した。この最後は、小説同様、やはりジーンときた。誕生日のプレゼントのグローブを砂山から掘り出すのもよかった。
ミュージカル『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』【2月15日昼公演中止】

ミュージカル『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』【2月15日昼公演中止】

ホリプロ

日生劇場(東京都)

2023/02/07 (火) ~ 2023/02/23 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

心癒される音楽劇。出だしは、楽団がぞろぞろ歩いて間延びしてみえるが、地元の人々の家に分宿して、夜になるといい歌が次々続く。十二分に楽しめた。ひっこみじあんの青年の恋を後押しする二枚目の色男・新納慎也のバラード。バツイチの濱田めぐみが、妻を亡くした風間杜夫によりそうラブソング。そして、赤ん坊をあやす矢崎広の子守歌。夜明けのコーラス。

出演の楽隊メンバーが、舞台上で楽器を生で演奏するのもよい。クラリネットおじさんの中平良夫さんが、赤ん坊をあやすために吹いたりするもの楽しい。アラビア音楽を生かしたエキゾチックな響きだった。1時間45分休憩なし

アプロプリエイト―ラファイエット家の父の残像―

アプロプリエイト―ラファイエット家の父の残像―

ワンツーワークス

赤坂RED/THEATER(東京都)

2023/02/16 (木) ~ 2023/02/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

大農園の古びた屋敷に、人々が集まって何かが始まり、最後はみんな去っていく。作劇はチェーホフと同じだが、「桜の園」と違い、こちらは激しい言葉が飛び交う。エネルギーみなぎる恨みつらみのぶつけ合い。しかも各人に怒涛の長セリフがある。なかでも次男フランクあらためフランツ(間瀬英正)の、後半の長セリフは半端ない。昨夜から朝の出来事を語って、15分超ではないか。しかもどぶのような湖に入ってきた、体中汚れた半裸姿で熱演していた(いまは冬なのに)。

3兄弟を見ていると疲れるので、ちょっと部外者の女性たちにすくわれた。長男の妻レイチェル役の小山萌子の、はじめの上品さをかなぐり捨てた「脱ぎっぷり」が見事。その長女13歳の「ほぼ大人」キャシディー役の川畑光瑠と、フランツの恋人リバー役の高畑こと美が、普通の人っぽいいい味を出していた。とはいえ、一番の功労者はいちばん「毒をまき散らす」姉の関谷美香子。大変な芝居をお疲れさまでした。

笑の大学

笑の大学

パルコ・プロデュース

PARCO劇場(東京都)

2023/02/08 (水) ~ 2023/03/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

名作をよみがえらせた傑作舞台である。戯曲は三谷幸喜の最高傑作。笑い、笑い、笑いのあとに、つらい涙のクライマックスがある。検閲官の内野聖陽と、喜劇作者の瀬戸康史も息のあった演技でよかった。とくに内野の緩急ある、コワモテとコミカルを兼ね備えた演技が素晴らしい。冒頭の「鳥を飼い始めた」「何の鳥?」「カラス」(笑い)のやり取りから、どっと観客をつかんだ。

ネタバレBOX

召集令状を受けての喜劇作者の悲痛な決意と、それに「決して死ぬな」「帰ってこい」と役目に反した言葉をかける検閲官のつらい涙のクライマックスが見事。笑いと批判精神を兼ね備えた井上ひさしの芝居に勝るとも劣らない。
長い長い恋の物語

長い長い恋の物語

玉造小劇店

ザ・スズナリ(東京都)

2023/02/14 (火) ~ 2023/02/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

3代にわたる在日韓国・朝鮮人の人生を、ときに大阪の笑いをまぶしながら、つらすぎず軽すぎず、絶妙のバランスで描いた。主軸は戦争中に日本にわたってきたパク・ソジン=木村辰男(うえだひろし)と、社長のお嬢様の桜子(松井千尋)の、遠くから思いあっている恋。

朴は戦争中、監督と社長にはげしくいじめられる。初仕事につらい肥え汲みをやらされ、殴るける、果ては犬の格好までさせられる。監督(野田晋市)の意地悪さが本当に憎々しい。兄は戦死。戦争は終わった後で兄の息子は朝鮮戦争に志願して戦死と、不幸が続く。会社の先輩で実は在日の男(カン・ソンヒョ)は、帰還運動で「地上の楽園」を歌う北朝鮮へ。当時は革新勢力がこぞって帰還運動を後押ししたが、いま複雑な気持ちは抑えがたい。

東京五輪が迫るころ、ベテランのみやなおこ、美津乃あわが、それぞれ木村の子・洋子、桜子の子・珠希で、小学生のかっこうで、無駄にはしゃいで出てくるところから、笑いが醸し出されてくる。珠希は母の桜子に「ガードの向こう(朝鮮人部落の鶴橋)に行っちゃダメ」と厳しく言われていたが、ある日、エイヤっと、ガード向こうの洋子の家に遊びにいく。そこで、赤いスイカと、気のふれた伯母のある出来事に、珠希はショックを受ける。その事件をめぐり、学校に呼ばれて再会する木村と桜子。ここで野田晋市が女校長役で、用務員(笑福亭銀瓶)との掛け合いで笑わせる。悪役とへんな女形を演じて違和感のない野田が見事。

さらに時がたち、桜子の父の社長(コング桑田)が、自分の秘密を語り、後事を木村に託す。がたいのでかいコングの出番は戦前とこの時だけだが、この場面は迫力と重みで強烈な印象を残す。もう64歳の作者のわかぎゑふは、朴の兄嫁と洋子の息子役の二役をやる。とくに息子役は野球帽のつばを後ろにかぶって、アラレちゃん眼鏡をつけ、あまり男には見えないが、でもかわいい子役だった。成績優秀な木村の次男(カン・ソンヒョ)が留学前に、爪とぎでなぜが指の腹をこすっている。パスポートをとるので、ずっと拒否してきた指紋押捺をせざるを得ない。それで癪だから指紋を消すというのは、なるほどと感心した。

韓国・朝鮮語のセリフも時折出て、在日であることをしっかり描いている。最後には感動のエピソードもある。在日の歩んだ長い道を印象的なエピソードで描き、日本と韓国の関係、時代と人間の変化、さらには部落問題までも絡めて見ごたえある芝居であった。パンフを見ると、ここに書いたことをふくめ、劇中のすべてのエピソードが、作者自身、あるいは友人の体験だという。

対話

対話

劇団俳優座

俳優座スタジオ(東京都)

2023/02/10 (金) ~ 2023/02/24 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

強姦殺人事件の被害者の娘の父母と、加害者の母、姉弟、伯父。さらに調停人のマニングと、性犯罪者の更生に取り組む心理療法家、8人出ずっぱりの会話劇。被害者遺族の夫婦は、怒りと憎しみをぶつけ、加害者の母は「私たちも痛みを抱えています」「それでも私の息子なんです」と許しを請う。弟は「殺人犯の弟」の烙印を押された恨み、終身刑の兄スコットに死んでほしいと、被害者遺族と同じ気持ちだと叫ぶ。大学卒の姉は、弟の貧しく放置された生育環境を考慮してほしいと自説をぶつ。心理療法家の女性は「彼は良くなっていた。釈放を求めた判断に誤りはない」と自己弁護する。

遺族の母は「あなたたちは私たちの痛みを理解する入り口にも立っていない」と迫り「奪われたのは未来だけではない、娘の過去も奪った」と。アルバムを見ると、悲惨な最後に至ることが思い出されて、アルバムもみられないと泣き崩れる。
どこにも救いの見えない前半から、どう何らかの結末を引き出すのか、目が離せない。

出演者はみな熱演で、ヤマ場では本当に互いに泣いていた。加害者の母を演じた山本順子は、貧しく弱く哀れな母親そのものだった。2時間10分休憩なし

ネタバレBOX

最初互いに憎しみ、責任を擦り付け合い、自己弁護しあう。被害者遺族のバーバラが「娘の話をしたい」と、13歳の誕生日パーティーの思い出を語り始めるところから、雰囲気が変わる。さらにキッチンをカナリア色のペンキで塗り替えた思い出を語ると、父も急に言葉に詰まり泣き出す。そこで胸をつかれた。憎しみや怒りをいくらぶつけても人は共感しない。人を責めることをやめ、自分の悲しみ(弱さ)を見せた時、人は心を動かされる。これは万国共通の真理だ。

心理療法家が、自分の判断ミスを認めるところから、次々と自分が悲劇を防げたのにやらなかった後悔を語り始める。かたくなだった被害者の父も、ついに「防犯ベルを買うと約束したのに、忙しくて買ってやらなかった」「学歴のないミュージシャンとの結婚を認めなかった」と懺悔を口にする。スコットを、刑務所内のリンチから守るための保護官房行きを、すぐには同意しないが、変わるかもしれないことをにおわせて終る。

最後、マニングが「今日は何がえられましたか」と問うと、被害者の父は「軽くなった」と答える。「ラビットホール」のハイライト場面を思い出した。そこで幼い息子を亡くした母は、自分の母に問う。「悲しみは消えるの?」「いいえ。でも変わる」「どう?」「軽くなる、持ち運べるくらいに」と。

自分の過ち後悔を口にすることで、浄化されるのは、キリスト教の「懺悔」と告解からきている作劇術ではないか。公開中のアメリカ映画「対峙」は、高校乱射事件の加害者被害者の4人の対話を描く。ここでも、加害者の息子、被害者のむずめの思い出を語るところから、心を開きだす。そして互いが自分の過ちを口にし、後悔を語ることで心が近づく。「対話」とよく似ている。ストーリーのモデルが何かあるのかもしれない。
桜姫東文章

桜姫東文章

木ノ下歌舞伎

あうるすぽっと(東京都)

2023/02/02 (木) ~ 2023/02/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

感情表現を極力抑え、ホンの骨格を浮かび上がらせる演出。その分、要所要所の感情が際立つ。桜姫と清玄が川辺ですれちがう哀れさや、次々と人を殺し殺されてゆく非情さ。四世鶴屋南北の描いた陰惨さがいっそう印象強くなる。感情移入を排批評的に見ることを観客に求めた演出である。
その場の結末を事前に観客に示す字幕や、ブレヒト幕の使用など、ブレヒト的演出といえる。舞台セットが客席に対して斜めになっているのも、斜に構えた観劇を促すものだ。口コミを見ても賛否両論あるが、擁護派とアンチの両方いること自体が斬新な舞台の成功を語っている。

初演以来一度も上演されていない三幕も演じた意図も、陰惨さの協調にあるだろう。この幕ではまだ少年少女の半十郎と小雛が、「不義密通」を働いた濡れ衣で、それぞれ兄と父に斬られる。実は、幼い主君と桜姫が指名手配されているので、その身代りの首を作る狙いだった。不条理と哀れも極まれる。
逆に最後はかたき討ちを果たして大団円とWikiにあるが、岡田利規演出では、省いた。殺して、そのまま幕で、あっけない終わりである。

自分を無理やり強姦した男・権助を桜姫が愛している倒錯は見る前からわかっていた。芝居を見て、桜姫のせいで「不義密通」の濡れ衣を着せられた清玄も、恨むべき相手を恋い慕う倒錯に陥っていることが分かった。自分のセリフで「恨むべき相手なんだけど」という。これは南北の原作にはないのではないだろうか? 南北は、恋した稚児の生まれ変わりを追い求める清玄を書いたというから。

3時間15分(休憩15分込み)。歌舞伎座でやった公演のシネマ歌舞伎は4時間20分ある。通し上演で、しかも歌舞伎座では省いた三幕(20分くらいある)も入れて正味3時間に収めたのはうれしい。おかげで枝葉がなくなり一層骨格がはっきりした。衣装もジーパンやランニングシャツなど、現代の普段着で、装飾を排していた。

ネタバレBOX

最後、権助が父と兄の仇とわかるや、桜姫が、権助との間にできた赤子を「仇の子は仇」と、何のためらいもなくグサッと刀で殺すくだりはびっくりした。
タンホイザー

タンホイザー

新国立劇場

新国立劇場 オペラ劇場(東京都)

2023/01/28 (土) ~ 2023/02/11 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

序曲の巡礼のうたのメロディーで始まり、同じメロディーでタンホイザーの救済を歌いあげて終わる。構成のしっかりしたオペラで、ワーグナーの旋律とオーケストラの響きを堪能した。ウェヌスの宮殿の官能の愛の世界と、城の禁欲的なプラトニックな世界の対立が鮮やかだ。ただ、官能の愛の世界を「罪」とするキリスト教的倫理がどうも堅苦しい。ワーグナーもそんな倫理を正しいと思っていなかったと思う。だからタンホイザーは最後に救われるのだろうが、それも死と引き替えにでしかない。

歌手もみなよかったし、オーケストラもよかった。

ネタバレBOX

ウェヌスに享楽的なパリの体験を、城にドイツの古臭い因習を託して描いたという、ワーグナーの隠れた意図には驚いた(プログラムにある)。どちらにも容れられなかったワーグナーは、故郷の自然に憩いの場を見いだした。城の周囲の自然(1幕2場、3幕)はそれを描いている。パリで夢破れて帰ってきた時に、故郷の森に救われた体験が1幕2場を描くきっかけだという。

三幕でタンホイザーがローマでの体験を語るくだりは、うっかり、ぼーっとしてしまった。次はそこを注意して聞きたい。
二月大歌舞伎

二月大歌舞伎

松竹

歌舞伎座(東京都)

2023/02/02 (木) ~ 2023/02/25 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

午前の部「三人吉三巴白波」を鑑賞。お嬢・七之助、お坊・愛之助、和尚・松緑という人気役者の配役で、客席はほぼ満席。沼津から「法人会女性部」が貸切バスを仕立ててきていた。「月も朧に白魚の…」をはじめ七五調のセリフの調子のよさと、最後大詰めの雪の中の大立ち回りの迫力が見どころだろう。

歌舞伎はホンではなく、役者中心、役者の芸をたのしむものという。でも芸のどこがよくてどこが悪いのか、よくわからない。テレビでもなじみの人気役者だから見ていられる。二幕の巣鴨吉祥院本堂の場で、屋根裏からお嬢が顔を見せるところで、一番受けていた。

二幕の、血縁の因果がいろいろ明らかになるくだりは、飽きて寝てしまった。そもそも聞き取りにくい昔のセリフだし、調子に酔わず、意味をとろうとすると疲れる。入り組んだ縁の糸が複雑をきわめる黙阿弥のホンの一番苦しいところだ。

ネタバレBOX

コクーン歌舞伎で見たときは、最後に三人が雪の中で死んでいく様をじっくりやったが、今回は金と名刀を通りがかった知人に託した後、捕り方に囲まれ、三人が見栄を切ってそのまま幕だった。これが歌舞伎本来の演出なのだろう。立ち回りは知人が通りかかる前にお嬢とお坊が、回り舞台の左右で存分に見せてくれた。
血は立ったまま眠っている

血は立ったまま眠っている

文化庁・日本劇団協議会

Space早稲田(東京都)

2023/02/01 (水) ~ 2023/02/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

時代と寝た作家・寺山修司の処女作。当時は時代の雰囲気とマッチしたのだろうが、今やると猥雑さが空回りして、古臭さは否めない。自衛隊の看板を盗むちんけなテロ二人組が、党の使者を名乗るジャーナリストにけしかけられて、爆破テロと仲間殺しにのめりこんでいく。それと並行して、大量のリンゴを闇で売りさばいて大儲けしようというチンピラと女たちの冒険。トイレの便器や、首を吊った死体(マネキン人形のつぎはぎ)も登場する。

テロは浅沼稲次郎刺殺事件があった時代の空気なのか、あるいは連合赤軍事件を予見していたのか。闇のリンゴの方は、60年代に闇もないし、リンゴはなおさらなので、最初から冗談のバカ話に違いない。テロも闇も言っていることはわかるが、猥雑さやばかばかしさが気まじめでストレートすぎて、余裕をもって面白がれない。

翌日見た「初級革命講座飛龍伝」は、歌あり、コントあり、立ち回りありでスペクタクルなエンターテインメントに仕上げて見事に現代化していた。つかこうへいのセリフの美学も時代を超える面がある。それとはかなりの差があることは否めない。

初級革命講座 飛龍伝

初級革命講座 飛龍伝

Project Nyx

ザ・スズナリ(東京都)

2023/02/02 (木) ~ 2023/02/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

理想(使命)に燃えた過去を美しく飾りながら、理想だけではない人間の切なさ弱さを肯定し、そこに帰っていくロマンと癒しの物語。60年代に命を張って対峙した 第4機動隊の山崎一平(近藤弐吉)と学生運動闘志熊田留吉(ラサール石井)。67年11・26で山崎の思い人にして熊田の愛妻(ここがややこしい)サヨコが死んで13回忌を迎える年、二人が語り合う。理想(使命)に燃えて熱く行動し、それゆえに深く傷ついた過去と、消えそうな情熱を必死に保ち続ける今を、言葉だけで立ち上げる。見事な前期つかこうへいワールドである。

客席は頭が白くなりだした男性客が多い。「1979年に京都〇〇会館で見て以来」と話している男性客もいた。

現代の観客にこの熱いロマンの劇を届けるため、構成・演出をかなり工夫している。
まずダンディーな4人のフォークソングで幕開け。この4人がガイド役になり、闘争用語(安保、日和る等)・闘争史を解説し、全学連と機動隊のファッションを解説。東大闘争の安田講堂攻防戦の映像に中島みゆき「世情」を重ねて、観客も70年代になじんでいく。

第一部は山崎一平が全学連のバラ・サヨコを自宅にかくまうロマンスから。しあk氏初戦対立する者同士。、1967年11月26日、サヨ子はデモで山崎の警棒に滅多打ちされて死んでいく…。その学生デモ隊と山崎の殺陣のバックに流れるのは、ベルディ「レクイエム」の「怒りの日」。ぴったりだった。

次の幕間は「ワルシャワ労働歌」久しぶりに聞いた。今はとても歌えない血なまぐさいゴリゴリの歌。びっくりした。

第二部はその12年後、熊田留吉が家で投石を磨いている。冒頭の、暗転の暗闇でグラインダーの火花が飛ぶシーンは圧巻。留吉はかつてジュラルミンの盾も打ち破る名石・飛龍の使い手だった。三里塚闘争(11・26という山崎と食い違いがある)の中で妻サヨコを失い、自らは恐怖に駆られて何度も逃げ、今は磨いた投石を、娘・アイ子に売らせている 。熊田・ラサール石井の ダメ男ながら可愛げのある辺りが見どころ。 膨大なセリフを来なしているのはさすが。ここに、かつて熊田のせいで肋骨を一本失った山崎が訪ねてくる。「初級革命講座」では熊田と山崎の 互いに競い合い、ぶつかり合いつつ、認め合う関係が軸になる。、90年代以降の「飛龍電」は熊田がいなくなり、全学連の女委員長神林美智子と山崎一平の純愛を歌う全く別の物語になった。

とにかく顔で怒って背中で泣く歌舞伎的つか美学と、「モア・パッション、モア・エモーション」の情念とユーモアを、構成もセリフも音楽も照明も駆使してよみがえらせた。70年代の挫折の美を、現代に合わせて見事にバージョンアップさせた舞台だった。

ネタバレBOX

幕間は病院を抜け出した松葉杖の元機動隊隊員たちと看護師。これも笑わせる。

第三部は、サヨコの13回忌の11・26当日。アイ子が熊吉に託されたサヨコの形見のアイビー・シャツを着て、山崎一平に石を売る。山崎は次々と名石の銘をそらんじながら、かつての闘士たちをよみがえらせ、機動隊として対峙する。そして熊田留吉と最後の一線を交え、赤い花吹雪が舞台下からどーっと吹き上がる中を消えていく。

最後は中島みゆきの「時代」。「世情」に始まり、「時代」に終わる。中島みゆきの歌に流れるものと、つかこうへいのこの芝居と、相通じるものを感じた。
美女と野獣【2022年12月18日~12月24日公演中止】

美女と野獣【2022年12月18日~12月24日公演中止】

劇団四季

舞浜アンフィシアター(千葉県)

2022/10/23 (日) ~ 2023/10/31 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

野獣が結構、奥手で不器用なところが、姿格好とは違ってかわいげがある。主人の野獣を応援して背中を押す執事、女中たちも楽しい。コーヒーカップの男の子は、中が空っぽとわかるワゴンの上に首だけ載っていた。あれはどうやっていたのだろうか。

前半最後の、手に持ったコップを打ち付け合って踊る「ガストンの歌」が一糸乱れぬアンサンブルで見事(音はうるさいけど)。後半の見せ場の、食器、スプーン、フォークが踊る「おもてなし」の歌もよかった。

2時間半。なんと最前列だった。舞台が高くて、椅子の上に追加座面ブロックを置いて観劇

ネタバレBOX

ベルが野獣に心惹かれるようになるのは、逃げ出した森でオオカミに襲われ、助けてくれた野獣が傷を負ったから。その介護でまず近づく。野獣が弱りベルが看病した時に野獣の優しさを知るという展開だろうと思っていたら、これは半分予想通りだった。

予想と違ったのは、城の図書館が二人の心をつなぐカギになるところ。本好き・物語好きのベルという設定がここで生きるとは。図書館があることは前半、時計の執事長が言っていた。伏線になっている。野獣も始めて読み聞かせてもらい、物語のとりこになる。

野獣が城に住んでいると知った村人が、偏見だけで野獣を殺せと襲ってくるのは、朝鮮人差別、黒人差別、あらゆるヘイトと民族差別、異端排除ををほうふつとさせる展開。その先頭に、ベルに振られた怒りに燃えるガストンが立つ。ガストンに重傷を負わされた野獣が、ベルの腕に抱かれるのは、オオカミに襲われた時と同じ構図の再現。

最後に王子に変身する場面は、あっという間の早変わりでミラクルだった。傷ついて瀕死の野獣が、ベルの愛の言葉に、宙に浮いてくるくるくるくる回り出したかと思うと、パッと王子に戻る。
おやすみ、お母さん

おやすみ、お母さん

風姿花伝プロデュース

シアター風姿花伝(東京都)

2023/01/18 (水) ~ 2023/02/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

なんとも後味のすっきりしない芝居。娘ジェシー(那須凛)が、母に「2時間後に自殺する」と告げる。そこから2時間弱の二人の対話劇。亡き父を、母は愛さなかったことにこだわるジェシー。ジェシーの離婚した夫のこと、ぐれて行方不明の息子のこと、病気のてんかんのこと…。

ジェシーは、家事をしない母のために、自分が死んだ後も不便がないよう、キャンディーの詰め替えや、鍋の整理などをこまごまやり続ける。手を休めることなく、しゃべり続けるジェシーに、母は「生きていてくれるだけでいい」「私が死ぬまで数年待って」と頼み込み、病気のことでは悪かったと謝るが。

ネタバレBOX

なぜ自殺するのかがどうしてもぴんと来ない。「目的のないバスに乗って、どこで降りても同じなの」など、自分の人生にうんざりしたことをちらちらいうが、膨大なセリフがあるのでそれが埋もれてしまう。離婚や、病気や、田舎で埋もれているからと自殺していたら、みんな死ななければならないではないか。しかも、こんなにしっかり自分の人生を語れる人が死ぬだろうか。那須凛が若すぎてキラキラしているから、自殺するとは思えないからかもしれない。

観劇した友人は「ダメ母親の面倒を見なければならず、家に縛り付けられているのが嫌になったからだよ」と言っていたが、そんなに嫌な母親だろうか。娘はそんなに母との生活を苦にしているだろうか。これも那須佐代子がもつ気品のせいで、ダメ母親に見えないのかもしれない。
2度ほど、何の脈絡もなく「中国共産党」のことばが出てくる。なぜかわからない。

どこかで自殺をやめるのだろう思っていたら、結局ジェシーの気持ちは変わらず、寝室に引っ込んで銃声がする。考えてみたら、必然の結末なのだが、どうもすっきりしない。田中泣いて止めた母親も、最終版は諦めて、娘の用意した別れのプレゼントをおとなしく受け取るようになる。でも、本当にもう死ぬ段になると、縋り付いて止め、振り払われて泣き崩れる。身も世もない姿は哀れであった。それでも、銃声の後、気丈に息子に電話をかけるのだが。
ジョン王【1月3日夜~1月8日昼、1月22日昼公演中止】

ジョン王【1月3日夜~1月8日昼、1月22日昼公演中止】

彩の国さいたま芸術劇場

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2022/12/26 (月) ~ 2023/01/22 (日)公演終了

映像鑑賞

満足度★★★★★

フランスとイギリスの兄弟国同士の戦争と和平の駆け引きを見ながら、まさにいまのロシアとウクライナの戦争が思い浮かぶ。ジョン王(吉原光夫)は最初、領土を一部割譲しても、フランス王(吉田鋼太郎)と和平を結んだ。「みにくい妥協の和平」の方が、「潔い栄光の戦争」より数倍もいいのではないか。シェイクスピア劇の中でもなじみのないものだが、予想以上に面白かった。終盤、「時代の病はあまりにも重い」という言葉をジョン王とソールズベリー伯が、それぞれの思いで口にする。耳に残るセリフだった。

感情も言葉もすべてが現実の何倍にも密度濃く演じられる、スペクタクルでエンターテインメントの舞台。原作にはないだろう俳優たちの歌もよかった。戦争と平和、残虐と良心、死と安らぎ、怒りと恐れ、運命と自由。様々な感情、人生の岐路がたっぷりと演じられる。名舞台だったと思う。見どころがたくさんある。とくに後半の最初、幼いアーサー王子と従者ヒューバート(高橋務)の葛藤は特に迫力あった。助けたアーサーが、逃げようとして墜落して死ぬ。運命の皮肉に唖然とさせられた。

シェイクスピアの比喩の豊かな豪華なセリフも聞きごたえがあった。森羅万象を内包するような、飛躍と変化にとんだセリフ。滑舌、感情の込め方、毅然としたせりふ回しや時には見境をなくした狂乱ぶりなども見事で、セリフが生きていた。

時をちぎれ

時をちぎれ

劇団青年座

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2023/01/20 (金) ~ 2023/01/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

健康サプリ「減量丸(がん)」が主力商品の「嶺岡(みねおか)幕府商事」。現代のパワハラ、派閥抗争を、室町幕府の意匠をまとわせて展開する。副社長(鎌倉公方=くぼう、元社長夫人=野々村のん)の専横を軸に、パワハラ上司は関東管領(石井淳)や侍所長官(麻生侑里)。地方からの新人(小暮智美)は参勤交代(江戸時代だけど)とよばれ、謀反に失敗した社員は「奉公人」に格下げなど。ワンマン会社のパワハラ構造をどう改革するかという現代的テーマを、大人のごっこ遊びのごとく、楽しく笑いとともに見せてくれた。(時に、友情のひびや、挫折の苦みもこめて)

元・現不倫相手、片思いなど社内の隠れた人間関係や、夫婦(今回はないが親族)関係を隠し味とするのはさすがの土田英生流。女性にだらしない問注所長官(人事部長)の青山(綱島郷太郎)が、自分を「だらしない人間だ。反省している」と言いながら、「でも反省も疑わしい」と自分で自分に突っ込みを入れるシーンは爆笑だった。
そしてなにより社長=将軍役の山路和弘が抜群だった。実にひょうひょうとして自然体で、何をやってもかわいげがあり、ほれぼれした。

1時間55分。逆転に次ぐ逆転の展開を2時間以内に収め、ぜい肉を絞った舞台もよかった。セリフ量も抑えられて間合いや繰り返しを生かす余裕があり、ぜい肉を絞った楽しめる舞台だった。

ネタバレBOX

大きく6部構成。1新人御目通り式での社長と新人の出会い(全員会議)。2公方派の警戒と社長派の画策、3対決と公方派の陰謀の勝利(全員会議)、4臥薪嘗胆、5逆転勝利(全員会議)、6夫婦の和解、社員たちのそれぞれ新しい出発。

工場のあるマヌキ島出身の若手社員たちの、かつての小女子漁が工場がきてダメになったことが最初の思い出話に出てきた。それが最後の告発に結び付く伏線もよかった。
マヌエラ

マヌエラ

パルコ・プロデュース

東京建物 Brillia HALL(東京都)

2023/01/15 (日) ~ 2023/01/23 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ダンスがいい。5人のダンサーは踊るだけでなく、コロスのように舞台上で、人々の愛と悲しみ、夢と挫折を見つめている。珠城りょうのダンスは、パックンに「踊るな!」と止められて、再びしっとりと感情をこめて踊りなおす場面が一番良かった。ただ、ストーリーや人物像は意外性に欠ける。パックン演じるユダヤ人振付師パストラが同性愛者なのが、わずかにある変化球。生のピアノ演奏が、舞台と音楽が一体になってよかった。2時間30分

ネタバレBOX

パストラが愛したチェン(宮崎秋人)は共産党の刺客で、国民党によって処刑される。マヌエラの妹分のリューバ(齋藤かなこ)は陸軍諜報部員の村岡部長(実はマフィアと結ぶ悪人=宮川浩)に殺され、恋人で、暗黒街のボスの用心棒のボリス(松谷嵐)も敵をとろうとして逆に殺される。頭に血の上った和田海軍中尉(渡辺大)が村岡部長を射殺する。多くの血が流された後、それでも人は「ダンス、ダンス、ダンス」。現実を逃れ、悲しみを忘れるためのように、踊り続ける…。
宝飾時計

宝飾時計

ホリプロ

東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)

2023/01/09 (月) ~ 2023/01/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

それぞれの場面が弾けて笑いも多い。何より人物(俳優のみなさん)のキャラが立っていておもしろい。大人の演じる子役二人もいい。無難な優等生の子役からママタレントになった小池栄子、ステージママに仕込まれて歪んだ自信過剰を抱えた伊藤万理華。ほかにも、空気の読めない間抜けで一途なマッチョの付き人(後藤剛範)は、小池との掛け合いでいつも笑いをよんでいた。ステージママ(池津祥子)も、愛ゆえに子どもをだめにする母親を嫌味のないデフォルメで好演していた。20年前の子役時代と30歳過ぎた現在を、同じ俳優が自在に行き来するのも見事だ。

セリフのセンスも思わず感心する。「おいしいと言ってくれる関係にありがとう」(成田凌)「言い方が変。…おいしいと言ってくれることが…どうなの?」(高畑充希)「…いい!」「どうして評価口調になるんだよ! すきだよだろ」「そう」等々。子役からの女優、誕生日のサプライズ、崎陽軒のシューマイ弁当など、小ネタの使い方もうまい。しかし全体を通すと「?」が残る。ずしんと心にのこるテーマが立ち現われずに終わってしまう。

舞台を亡霊のようにバイオリンをもって闊歩する椙山さと美。ピアノとバイオリン、ビオラ、チェロという豪華な生演奏も聞きごたえある。主題歌を歌う高畑の澄んだ高音がいい。2時間半(15分休憩)

ネタバレBOX

2幕は高畑充希は心の中の勇大(小日向星一)に自分の心を打ち明けつつ、恋人の大小路(成田陵=本当の勇大)との距離はなかなか縮められない。「大きな安心のないまま、明日の小さな約束(夕飯メニュー)を繰り返す関係にはもう疲れた」。その切なさが、メリハリ聞いた演技でよく出ていた。あえてテーマをでいえば、高畑充希演じる子役女優の純愛と言おうか。その愛は片思いではないが、結局届かない。背が伸びるのを拒否した20年間同様、愛も成熟することなく、中学生の初恋のような、心とは裏腹な行動と後悔、失うことを恐れた逡巡が続く。

その届かない愛の相手=勇大の、失踪や別人になりすますという行動の理由がわかりにくい。「一番好きなショートケーキを素直に好きと言えない性格だから」だけでは、もやもやして未消化感が残る。

心の中の勇大が形を持って現れる事情は長セリフによる説明しすぎ。幻の勇大当人も「僕は君が望んだことしか言わないから」など繰り返しすぎ。わかりにくさを警戒した作者の不安の表れだろう。
12人のおかしな大阪人2023

12人のおかしな大阪人2023

「12人のおかしな大阪人」製作委員会

紀伊國屋ホール(東京都)

2023/01/07 (土) ~ 2023/01/17 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ボケと突っ込みでしょうもない話をしながら、最後は人間の高尚な精神を語ってびしっと決める。「12人の怒れる男たち」のよくできたオマージュ作品だった。こちらの期待が大きすぎたのか、俳優が東京の水になじめなかったのか、笑いがはじけ切れなかったのがちょっと残念。

4人掛けの長机が3、横に3つ並んだ細長い舞台。一人、また一人と陪審員がやってくる。ぼろぼろ傘にやけに執着したり、遅刻して「地図が間違ってる」と言い訳をしたり、それぞれ一つか二つ頭のねじが外れた大阪人。議題は殺人事件の評決。急性ベネディクト病で余命一週間だった牛丼屋の店長(40歳くらい)が容体が急変して亡くなった。元恋人の女性研修医が薬殺した疑いがある。その薬は治験中の特効薬だったが、副作用が強くて失敗とわかった。果たして女性は無罪か有罪か……。最初6対6で真っ二つの陪審員は、はたして全員一致の評決にたどり着くことができるのか。

全員出ずっぱりの議論劇でサブプロットはないので、実はそれほど長くない。1時間40分。

ネタバレBOX

途中、牛丼屋の回想シーンを演じる。女性が牛丼屋の捨て台詞「死んでまえ。……」が、実は「〇〇、新田前。せっかく来たのに」だったのは笑えた。作家(ボブ・マーサム)のそもそも当事者でもない人間が、真実を見つけるなど不可能という(陪審員)裁判のアポリアを論じて「意見の不一致」でおわりそうになった。それを議長役(木内義一)が、自殺したピューリツァー賞カメラマンのはなしをひいて、「できることは他にはなかった。それを精一杯やったのではないでしょうか」と切々と訴えてひっくり返す。長セリフにはバックに静かなクラシックを流して感情を補っていた。

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