ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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崩壊

崩壊

糸あやつり人形「一糸座」

座・高円寺1(東京都)

2024/02/28 (水) ~ 2024/03/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

凄く面白い。東憲司氏の作劇論、作家としての苦悩がダイレクトに描かれる。現実の暴力(戦争、生活、権力etc.)の前では人は無力だ。只々無力さを思い知らされる。それでも妄想(想像)し続けなければばならない。何度も馬鹿馬鹿しくなって投げ捨てたところからやり直し、妄想し直さなければいけない。こんな妄想に何の価値があるのか?只の現実逃避じゃないか?嫌な現実から目を背けているだけだ。そう、全くその通り。そんな最低な惨めな気分で、また妄想し始める。物語は続く。もっとふさわしいラストに辿り着くまで。想像力が人間の最後の武器だ。さあ、もう一度ピークォド号に乗り込んで、白鯨“モビィ・ディック”を捜しに海に出るのだ。

『白鯨』の世界を糸あやつり人形にしたことが功を奏している。妄想の世界の中で白鯨と共に去った親友の行方を捜す主人公オヨグ(松本紀保〈きお〉さん)。目を覚ました現実の世界では病院に入院している。(こちらでは全員人間の役者が演じている)。優しい医師に原田大二郎氏、終わってからも彼だとは気付かなかった程の扮装。看護婦の中に稲葉能敬氏、不思議と違和感がない。「さあ、思い出して。その話の続きを。」

主人公オヨグは幾度となくこの台詞を繰返す。
「親愛なる孤独よ···君は沈黙を産み、挫折と絶望の剣で僕を八つ裂きにする···闘争の果てに昇る朝陽···それは、崩壊···。」
江戸伝内氏は東憲司氏に「崩壊と生成の芝居」を依頼。それに見事に応えた作品になっている。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

「多分、ラストはアレがああなるな」と想像していた通りの白鯨の出現。判っていても昂揚する。

NODA・MAPの『逆鱗』を想起するような話。
現実の“戦争”が虚構に襲い掛かる。爆撃機と航空母艦と潜水艦で。“想像力のカプセルを一つ飲み込んで目をつぶるだけさ目をつぶるだけさ目をつぶって目をつぶすだけさ”。

※松本紀保さんのキャラは板垣桃子さんにも見えるところが面白い。
闇の河

闇の河

劇団俳小

シアターX(東京都)

2024/02/16 (金) ~ 2024/02/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

この劇団の2021年3月公演の『聖なる日』に凄まじく衝撃を受けた。そんな作品を求め、2022年7月サンモールスタジオ公演の今作のチケットを購入したもののコロナで中止。そして到頭今回本邦初の御披露目。『聖なる日』と同じく、アンドリュー・ボヴェルの戯曲。原作はオーストラリアの国民的ベストセラー、テーマは「オーストラリア建国の闇」。

1770年に観測隊を率いたジェームズ・クックがオーストラリア大陸を発見、イギリス領と宣言。1788年1月、上陸した第一船団11隻が植民地シドニーを建設、入植を開始。その後約80年間で約16万人の囚人が流刑地として送られる。
その地には先住民アボリジニ(現在は差別語とされアボリジナルと呼ばれる)が25万〜100万人程生活していたが、1920年頃には約7万人にまで激減。イギリス人が持ち込んだウイルスと虐殺が理由。全てを共同体で共有することが当然だったアボリジニには土地私有の概念がないとされた。(だが近年アボリジニのドリーミングと呼ばれる特殊な世界観の研究によって、ドリームタイム〈天地創造神話〉で生まれた祖先、大地、人類の物語に対し篤い信仰心を持つことが知られるようになる。彼等が自分の生まれた土地とそこに伝わる物語を極めて重要視することも)。

オーストラリアの建国神話は、①イギリス階級社会の犠牲者であった罪人が②未開の地で開拓者として生まれ変わり③土地所有の概念のない先住民と交流し新世界を築き上げる、とされてきた。だが③は全くの虚構であったことが近年暴かれていく。先住民の土地を奪い征服して築き上げた血塗れの歴史であったことを。オーストラリア人が生まれながらに背負った原罪を見つめ直す作品が国民的ベストセラーになる時代に。

焦茶色の布が何枚も垂れ下がり、深い森の奥地の雰囲気を醸し出す。
時は19世紀初頭、些細な盗みを犯した罪でロンドンからオーストラリアに終身流刑となったウィリアム・ソーンヒル(千賀功嗣〈いさし〉氏)。彼について行く妻のサル(夏海遙さん)、息子のディック(根本浩平氏)。シドニーで真面目に舟運の仕事に就くウィリアム、生まれた二人目の息子ウィリー(諸角真奈美さん)。数年後、模範囚として恩赦を受け到頭自由の身になる。ロンドンに帰りたがる妻を説得するウィリアム。「5年間ここで稼ぎ、財を成して帰ろう」と。ウィリアムには以前から目を付けていた土地、ホークスベリーがあった。自分が土地を所有することへの本能的な欲望。「ホープ(希望)号」と名付けた自分の舟で一家は新天地へと漕ぎ出す。だが無人の未開地の筈だったそこは先住民がヤム芋を収穫し、祭祀を営む場所でもあった。

アボリジニの言語を本当に使っているそうだ。よく覚えたものだ。だが、余り効果を上げていない。異文化交流の面白さのようなおっかなびっくり相手と打ち解けていく件だけ。結局、アボリジニが何を話していたかが解らないと、互いの誤解が伝わらないので勿体無い。観客にだけ分かるようにラスト近くの一部を字幕で見せる方が良かった。

アボリジニを妻として暮らす手塚耕一氏。今作の良心的存在。
虐殺から生き残り、全てを目撃したその妻役を西本さおりさん。かなり長大な台詞を上手で立ちっぱなしで話し続ける。大浦千佳さんに何となく似ている。
ある意味、主演の夏海遙さんは山本陽子に似た美人。
惨めな使用人を好演する大久保卓洋氏はガリガリの肉体がリアル。三谷昇のような名助演。
アボリジニの族長役、片桐雅子さんも印象的。

中盤、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』っぽい描写が結構続くが、何か絵的に見えてこない。バランスが悪い。ウィリアム・ソーンヒルの内面の変化に焦点を当てていないからか。作品から曲が流れてこない。

ネタバレBOX

何か違う。濃密な空間が作れていない。作品にのめり込ませる力が足りない。衣装も美術も小道具も予算がないのだろうが安っぽい。コントのようだ。ステージの無駄な広さも濃密な空気を作る邪魔に。最後は悲劇で幕を閉じることが分かるのにその哀しみが伝わらない。淡々と終わっていく。『聖なる日』は一体何だったんだ?
柏原照観展

柏原照観展

牡丹茶房

スタジオ空洞(東京都)

2024/02/21 (水) ~ 2024/02/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

流石に面白い。舞台上は展示室になっており、数々の仏画が並べられている。(エアブラシ・アートなのが時代背景と合わず気になるが···)。中央に置かれた台座。
画家柏原照観(山本佳希氏)の大ファンである資産家(越路隆之氏)が道楽で運営する個人美術館。1954年(昭和29年)、柏原照観のアトリエで見初めた彫刻品を購入、それを展示することに。運ばれて来たそれは漆黒の消し炭で作られたような異形の禍々しいフォルム。何本も腕が突き出している奇形の阿修羅像。
柏原照観の妻(赤猫座ちこさん)はその像の前で涙を零す。「本当は売りたくないんです。必ずお金を用意して買い戻しますから、決して誰にも売らないで下さい。」
資産家の娘(小森かなさん)と結婚し、入婿となった次期当主(とのむらゆうだい氏)はそれを約束する。
だが、しかし・・・。

赤猫座ちこさんは増村保造顔。こういう暗い過去を背負った役がハマる。
今作のような設定の閃きがこの作家のかけがえのない財産なのだと思う。

ネタバレBOX

①1954年
空襲で産んだばかりの赤子を黒焦げにされた戦争未亡人の赤猫座ちこさん。戦後ガード下で街娼をやりながら彫刻を彫り続ける。頭の中の赤子が肉体を求めている。彼(彼女)に相応しい彫刻が完成したら、もう一度魂は地上に戻って来る筈だと。そんな女に欲情した画家、柏原照観は家に連れ帰って娶る。柏原照観はもう描けなくなっていた。自分の中に仏が何処にもいなくなったのだ。狂気の彫刻を完成させる赤猫座ちこさん。頭の中の赤子がいろんな表情を求める。いろんな仕草を求める。ただ足だけは付けてあげなかった。何処にも行かせない。私のもとにずっと居るように。子守唄。

②1989年
柏原照観の遺作となった阿修羅像はある時期一代ブームを呼ぶ。この彫刻に祈願すると子宝に恵まれるのだ。美術館を経営する嶺井戸一族の当主は遺書を残して自殺した。顧問弁護士(國枝大介氏)が相続会議を開く。妻(丸本陽子さん)、長女(二ツ森恵美さん)、次女(片渕真子さん)、三女(星野梨華さん)。同席する従姉妹(丸山夏歩さん)と潜入するフリーライター(吉成豊氏)。明かされる彫刻の秘密。異常に妊娠することに恐怖を覚えていた女達。会議の後、軽度の知的障害を持つ三女・星野梨華さんは妊娠していることを丸山夏歩さんに告げる。しかも性行為など全くしていないことを。そして口ずさむのは知らない子守唄。

③2024年
もう美術館は閉館し、土地も建物も売り払ってしまうことに。最後の管理者、青木絵璃さんのもとに離島で暮らしていた嶺井戸一族の末裔が訪ねて来る。三女・星野梨華さんの娘である車椅子の池島はる香さんと恋人の辻󠄀響平氏。母は処女懐胎の娘を阿修羅像から遠ざける為、離島に籠もったのだ。阿修羅像は約束された肉体である池島はる香さんに到頭受肉することに成功。子守唄。

②の星野梨華さんが強烈。「黙れ!」
③の肉体を乗っ取られる池島はる香さんの葛藤。「違うよ。」

子供を妊娠する恐怖、処女懐胎が混乱を招く。とにかくこの世に生まれ出る肉体を求める悪霊の話なのか。逆に一族は誰も子孫を残せない方がよかったのでは。彼(彼女)が現世に誕生するまでは、誰も妊娠出来ない方が。
ふしぎな木の実の料理法~こそあどの森の物語~

ふしぎな木の実の料理法~こそあどの森の物語~

劇団銅鑼

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2024/02/21 (水) ~ 2024/02/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

これは傑作だと思う。
話のディテールがよく出来ているので「これオリジナルだったら脚本家は凄い才能だな」と思ったら世界的に評価されているベストセラーだそうだ。

定年まで小学校の図工の先生をやりつつ、児童文学を書き続けた岡田淳氏。代表作『こそあどの森の物語』シリーズの第一作「ふしぎな木の実の料理法」は1994年に発表された。
全十二巻の内の第一巻が今作。第六巻を劇団四季が『はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~』としてミュージカル化しているらしい。それも観てみたい。

こそあどの森で暮らす様々な住人達の織り成す人間模様。白い大きなカーテンを使って場面転換を工夫。ミニチュアを活用して不思議な雰囲気のある奇妙な形の家々をイメージさせるアイディア。
二人組の旅の笛吹き、ナルホドとマサカ(池上礼朗氏と早坂聡美さん)が奇妙な歌を歌いながらどこか遠くからやって来る。森に宅配便を運んで来たのは郵便配達員ドーモさん(深水裕子さん)。南の島にいる博物学者のバーバおばさん(声のみ・栗木純さん)からの荷物を、留守番中の少年スキッパー(齋藤千裕氏)に届けるのだ。気を付けて橋を渡っていたのだが、川に荷物を落として濡らしてしまう。ポットさん(佐藤響子さん)と一緒に謝りに。主人公スキッパーはコミュ障の引きこもり、空想癖のある対人恐怖症。家に籠もって読書や化石や貝を眺めるのが大好き。荷物を確認してみると、沢山の硬くて大きなポアポアの実が。だが肝心の同封されていた「木の実の料理法」が水に滲んで所々読めず、まるで虫食い問題に。ポアポアの実の料理法を求めて、スキッパーは家々を訪ねる羽目に。

主演の齋藤千裕氏が素晴らしい。何か魅力がある。細かい表情や仕草一つ一つに意味をもたせている。繊細。
深水裕子さんは松居直美っぽい。
トマトさん役、亀岡幸大(ゆきひろ)氏も強烈。「ねえ、キスして···。」
双子のアップル(福井夏紀さん)とレモン(佐藤凜さん)も『シャイニング』を思い起こさせるキャラ。

妄想癖のスキッパーは人と接している間、悪い方悪い方に考えが転がり、不安神経症患者のようにパニックになる。その不安と妄想が精神病棟の地獄巡りのようにも思えて妙に面白い。深い人間洞察は宮沢賢治にも通ずる。ずっと子供相手の仕事をやって来た作家なだけに人間というものの本質を見据えている。嘘っぽくないところが凄い。観に来ていた小学生達も食い入るように楽しんでいた。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

ラスト、皆でポアポアの実のジャムをかき混ぜるのだが、トマトさんは「皆が今までで凄く楽しかったことや嬉しかったときのことを思い出しながら一回ずつかき混ぜて」と頼む。その想いがジャムに染み込むのだと。それを全員に三巡させ計三回ずつやらせる。スキッパーは色々と優しくされて胸が一杯になったことを思い返す。そして最後の一つに選んだのは「皆が家にやって来て凄く嬉しくて楽しくて、で皆が帰った後、一人でそれを思い返しながら自分だけの時間に浸ること」だった。そこが素晴らしい。ああ、この作家には嘘がないなと思った。

アップルとレモンの狂いっぷりが凄い。キチガイの家に迷い込んだ恐怖。優しい素敵な話のようにみせて、結構恐ろしい。
さよなら、チャーリー

さよなら、チャーリー

アーティストジャパン

あうるすぽっと(東京都)

2024/02/16 (金) ~ 2024/02/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

カリフォルニア州LA、ハリウッドに近い高級住宅街で落ち目だった映画脚本家、チャーリー(山本一慶氏)の葬式が執り行われている。取り仕切るのは十数年来の親友、今はフランスで暮らしている映画監督のジョージ(井澤勇貴氏)。集まったのはマネージャーの柳内(やない)佑介氏と映画会社の社長夫人、枝元萌さんだけ。女たらしの快楽主義者であったチャーリーを心良く思っていた人等殆どいなかった。今回もヨットで映画プロデューサー(ルー大柴氏)の女房(大湖せしるさん)とヨロシクやっているところを見つかって射殺されたのだ。死体は海に消えてしまった。プロデューサーは妻を守る為の正当防衛ということで即日保釈。形ばかりの葬儀が終わり、皆が帰った後に最期の情事の相手だった大湖せしるさんも顔を見せる。
借金塗れのチャーリーの相続財産清算人にされていたジョージが一人家で疲れ果てていると女(山本一慶氏)が訪ねて来る。初対面だが絶世の美女。女は「俺はチャーリーだ。」と言う。「チャーリーなら死んだよ。」と返す。「いや、ここにいるじゃないか。」とふと鏡を見て驚愕する女。神の天罰か、女にされてしまっている。

脇を固める役者がメチャクチャ豪華。枝元萌さんにこんな贅沢な使い方が出来るとは!ルー大柴氏もワンシーンだけだがメチャクチャ客を沸かす。ジョージの恋人役として、神谷敷樹麗(かみやしきじゅり)さんも登場。
何と言っても大湖せしるさんが美しい。余りに美しすぎてチャーリー役を演らせたかった程。
第二幕の山本一慶氏と大湖せしるさんの話し合いのシーンが名場面。名曲「グリーンスリーブス」が流れる中、チャーリーの目が覚め、神が下した罰の意味を思い知る。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

大湖せしるさんが自分を本当に愛していたことを知り、今まで人を真剣に愛せなかった自分が欠落人間であると思い知る。人を愛することと向かい合った時、ジョージだけがその対象であると。

第一幕は山本一慶氏と井澤勇貴氏のBLコントみたいなのが延々と続き、退屈に感じた。女性ファンには御褒美なのだろうが。男目線としては、絶世の美女なんだから女性に演らせたいネタ。
停滞したムードの中、ルー大柴氏が登場して客席を引っ掻き回す。ルー大柴氏は客の顔を一人ひとりしっかり見据えている。プロだよなあ。

コメディなんだからもっと観客をどっかんどっかん笑わせるようなリズム感が欲しい。何か第一幕はテンポが悪い。
ハムレット・ハウス

ハムレット・ハウス

公益財団法人武蔵野文化事業団 吉祥寺シアター

吉祥寺シアター(東京都)

2024/02/18 (日) ~ 2024/02/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「ハムレットを待ちながら」みたいな設定。舞台稽古にハムレット(悲劇?)はいつまで経ってもやって来ない。舞台周囲を転がった大量の照明機材とこれまた大量のメトロノームが囲む。主催の小西力矢氏がシンバルと謎の楽器?を奏でている。

ロシアが2022年3月16日に行ったウクライナのマリウポリ劇場への爆撃が作品の核となっているそうだ。破壊された劇場跡地に残る魂達の邂逅なのか?

升味加耀(ますみかよ)さんと田久保柚香さんが開演前からウォーミングアップをしている。大声で発声練習、ストレッチ。宝保里実さんが現れてハムレットの台詞を言うが、その後は隅に佇んでいるだけ。時々、メトロノームを動かす。村山新(あらた)氏がやって来てひたすら二人に謝罪する。どうやら何人も人を殺したらしい。「絶対に許さない!」と叫ぶ二人。まあそんな感じの遣り取りが続いたりぶつ切りしたり。オチは到頭現れた宝保里実さん、はっとする二人。「あ、すいません間違えました。」「気を付けてね。」

ネタバレBOX

笑いのセンスなのかな、酷くつまらなかった。
眠気との戦い。周囲も結構寝ていた。大きな音でビクッと起きる感じ。何か適当に褒めちぎることは出来るのだろうが、そこに意味がない。ワークショップに参加した感じ。価値を他者に委ねている時点で負けだ。誰か偉い人が誉めてくれるのを待っているしかない。「ハムレット」をもっと絡ませてくれればこっちも気が紛れるのに。
掟

TRASHMASTERS

駅前劇場(東京都)

2024/02/15 (木) ~ 2024/02/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

昨年9月に公演されたTRASHMASTERSの『チョークで描く夢
』が素晴らしかった。川崎にある日本理化学工業をモデルとした知的障がい者雇用を推し進める会社の人間模様。

本社正門横に建つ「働く幸せ」のブロンズ像の台座には、故・大山泰弘会長の言葉が刻まれている。
「導師は人間の究極の幸せは、人に愛されること、人にほめられること、人の役に立つこと、人から必要とされること、の四つと云われた。
働くことによって愛以外の三つの幸せは得られるのだ。
私はその愛までも得られると思う。」

そういう訳で今作も多大な期待をしたのだが、残念ながら余り面白いとは思わなかった。
広島県安芸高田(あきたかた)市の現市長、石丸伸二氏の軌跡をそのまんま舞台化。京大卒、三菱東京UFJ銀行入社、為替アナリストとして子会社のニューヨーク駐在員に。地元の市長が収賄罪で辞職し、副市長以外の立候補者がいないことを知った翌日退職願を出す。2020年8月9日、立候補から3週間足らずの選挙で37歳にして市長に当選。

主演の森下庸之(やすゆき)氏、ジャグリングの腕も確か。
WEB番組「TIME JOURNAL」のアナウンサー、小崎実希子さんは綺麗。
同じくアナウンサーの天川義輝(あまがわよしき)氏の揺れ動く心情。
MVPは市長の敵に回る市議会議員、山本龍二氏と斉藤深雪さん。巧い!斉藤深雪さんは二役の演じ分けっ振りも見事。山本龍二氏のラストの質疑応答は現実にあった場面なのだろう。職人の腕前。

市長の前に立ちはだかるのは市議達の面子。善悪利害損得ではなく、自分達に挨拶があるかどうか、最優先すべきは己のプライドだ。とにかく根回しを要求。話を先に進めたい市長と、そうはさせない老人達の意固地な攻防。どんな下らない世界にも『掟』がある。群れた弱者集団を飼い馴らす“セオリー”を敢えて市長は無視する。この対立の絵面こそがエンターテインメントにふさわしい、と。

ネタバレBOX

市長に影響を受け、市議になった倉貫匡弘氏の存在理由がよく分からなかった。この流れなら裏切るべき。

原一男監督のドキュメンタリー映画、『れいわ一揆』を観た時の感覚。山本太郎が救国の英雄のように描かれるが、どうもそうは思えない。何か気持ちが盛り上がらないまま不完全燃焼。多分自分が求めているジャンルとは違ったのだろう。もう一人、別の醒めた視点を置いて欲しかった。圧倒的に市長を否定するに足る価値観があってこそ、市長の孤独な闘いが輝くのだと思う。応援演説みたいな作品は薄っぺらい。

劇場型政治の開幕。
SNSを使って市議の居眠り問題を告発。
その後、その件について複数の市議から恫喝を受けたと更なる告発。
名指しされた市議から名誉毀損訴訟を受けて敗訴。
権力と癒着した中国新聞を偏向報道と公開対決姿勢。
副市長の全国公募。
市議会議員定数半減条例改正案。
無印良品出店計画。

「安芸高田市の生き残り戦略として、知名度・認知度を上げる。悪名は無名に勝る。」
「一番の目的は安芸高田市を有名にすること。そのために言葉は悪いが燃やせるものは何でも燃やす炎上商法だ。」と産経新聞に自ら語る。

このままでは殆どの地方自治体に未来などない。『推計によると、2040年には(現在1718ある内)全国896の市区町村が 「消滅可能性都市」に該当。 』するとのこと。
『2040年頃に日本の高齢者(65歳以上)人口の割合の最大化と生産年齢人口の急減が同時進行で起こり、国内経済や社会維持が危機的状況に陥るとされる』ことは誤魔化しようのない事実。社会維持費用の不足と持続可能性の困難に目の逸らしようなどない。16年後に日本が詰むことを知ったアナリストの「今、何をやれるか?」という闘い。

ただ、この流れは「超人思想」でもある。圧倒的に優れた人間に皆ひれ伏そう、の論理でヒトラーは生まれた。ヒトラーに粛清されない自信のある人間しかついていけないことも事実。自分が弱者側なら淘汰されるのは自分自身。TVや映画だったら自分に火の粉は降りかからないから高みの見物でいいのだが、これは現実だ。綺麗事では生きられないことを弱者なら百も承知。切り捨てられる側の人間もどうにか生きていかなければならない。悪役の市議達は無知蒙昧な愚かな老害に見えても、彼等の後ろには大多数のそんな人間がいることも事実。“正しさ”はそんなに正しくもない。
「たまねぎ」

「たまねぎ」

川口プロヂュース

天狼院カフェSHIBUYA(東京都)

2024/02/16 (金) ~ 2024/02/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

渋谷駅すぐのお洒落な複合施設「MIYASHITA PARK」、3階にあるBOOK&CAFE「天狼院カフェSHIBUYA」。店内に平台を設置してステージとし、2方向に椅子を並べた。外はガラス張りの為、行き交う沢山の通行人が眺めていく。隣の店からガンガンとHIPHOPが流れる凄い環境。
世界でシリーズ累計500万部突破の小説『コーヒーが冷めないうちに』。ハリウッド映画化も決まり絶好調の作者、川口俊和氏主催の公演。

東京AZARASHI団のエース格だった目方聖子さんを観に行った。40分程の短篇コメディ。
四人姉妹(永吉翼さん、山口紗貴さん、堀さや花さん、目方聖子さん)と謎の男(林剛央〈たけひさ〉氏)が一緒に暮らす部屋。次女の別れた旦那(阿部晃介氏)がとある報告を告げにやって来る。

主演の堀さや花さんはこあみっぽい美人。
永吉翼さんは岸本加世子系の美人。
山口紗貴さんも目方聖子さんもガチビンタと涙でハッとさせた。
林剛央氏は坂上忍っぽかった。
堀さや花さんの後輩OL、吉田伊織さんは大森美優っぽい。
三枝翠さんの霊能者が物語のキー。
山下りかさんは何か見覚えがあったが思い出せない。

作家のファンなのか、涙ぐむ観客達も。
こういう形で演劇との接点が始まる人もいるだろう。
とにかく一度現場で観てみないことには何も始まらない。

作家が好印象。一度、『コーヒーが冷めないうちに』を読むなり観るなりしようかな、と思う。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

藤子・F・不二雄調の人情喜劇。四姉妹同乗中の交通事故で三女、堀さや花さん以外は皆亡くなっていた。茫然自失の生き残った堀さや花さんの前に幽霊として3人が現れる。ついでに部屋の地縛霊としてかつてそこで自殺した林剛央氏も。楽しくわいわいやっていたのだが、いつまでも死者に拘っていても現実の幸福は掴めない。死者達は消えて、生きて在る者に全てを託す。

離婚で会えなくなった五女の存在理由など無駄が多い。霊能者がずっと居なくなるのもおかしい。やはり物語としては堀さや花さんに軽い障害が残って、恋人の献身が辛くなる。本当に好きなだけに自分を見捨ててくれ、という自己犠牲の精神を、幽霊三姉妹が正すという流れが理想的。四女なんかはその恋人に軽い恋心を憶えていた的な。
509号室−迷宮の設計者

509号室−迷宮の設計者

名取事務所

小劇場B1(東京都)

2024/02/16 (金) ~ 2024/02/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

凄まじい作品。マジで死にたくなった。今、何を置いてもこの名取事務所のセレクトする作品は可能な限り観ておく必要がある。間違いなく本物。脚本のレヴェルが段違い。
昔、黒沢清が言っていたことを思い出す。「自主映画だろうが何だろうが表現という土俵に立った以上は対等。予算がどうのとか所詮は言い訳。やるんならハリウッドの超大作と競い合うつもりで創って欲しい。」
伝えたいことがあるのなら、あとは才能で勝負。どんな媒体であっても凄い作品は必ず伝わる。本物であるならば必ず。
何故なら今作にこうして打ちのめされているからだ。

韓国映画の超傑作、『1987、ある闘いの真実』と重なる作品。韓国ドキュメンタリー映画、『スパイネーション 自白』での「在日留学生捏造スパイ事件」の恐怖。徹底した暴力と拷問で無実の人間に自白を強要させていく手法。人間は弱い。簡単に蹂躙される。すぐに痛みと不安と恐怖とに支配される。惨めで醜い自分を受け入れざるを得ない葛藤。あっという間に苦痛に跪く尊厳。何故なら人間は動物だからだ。動物はとても弱い。すぐに死んでしまう。

①1975年、韓国現代建築の巨匠である金壽根(キム・スグン)に、ある建物の設計を依頼しに来た政府の高官(山口眞司氏)。彼が多忙な為、アシスタント(西山聖了〈きよあき〉氏)が応対するのだが。
②1986年、学生運動を齧っていた大学生(松本征樹〈まさき〉氏)は恋人との待ち合わせの場所で拉致される。目隠しされて連れて行かれたのは「対共分室」と呼ばれる黒レンガ造りの迷宮のような建物だった。
③2020年、ドキュメンタリー番組の監督(森尾舞さん)はかつて「対共分室」だった「民主人権記念館」を取材する。案内してくれる解説員(鬼頭典子さん)。

ソウル最大の繁華街、南営洞(ナミョンドン)に建てられた黒レンガ造り5階建てのビル。(後に7階建てに改築)。表向きは「国際海洋研究所」と偽装された。実際は体制側が不穏分子と見做した人間を拉致監禁、拷問虐殺する屠殺場だった。「人間の恐怖を最大化する構造に設計」された天才建築家による緻密な計算。採光抑制、脱出防止を意図した細長い異形の窓が不快感を煽る。簡素なプロジェクションマッピングが効果的で素晴らしい。これだけで全てが伝わる。

3つの異なった時代が同時進行していく。設計する者、拷問される者、それを調査する者。
MVPは山口眞司氏だろう。この人は一体何なんだ?

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

「一番残酷なものは美しい音楽だった。」
小栗判官と照手姫

小栗判官と照手姫

Project Nyx

ザ・スズナリ(東京都)

2024/02/08 (木) ~ 2024/02/14 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

美女揃いの艶やかな舞台。受付から綺麗所ばかり。
思い出すのは2018年2月、metroで演った月船さららさん主演『衣衣 KINUGINU』。泉鏡花の短篇と古浄瑠璃の『一心二河白道(いっしんにがびゃくどう)』をアレンジした傑作。余りに素晴らしくて2回観に行った。自分は仏教説話が好きなんだな、とつくづく思い知った。

今作も説経節『小栗判官』を底本に因業渦巻く伝奇浪漫。
津軽三味線をエレキギターのように搔き鳴らす駒田早代(さよ)さんの登場から最高だ。見事な説経節を唸り語り唄うのは河西茉祐(まゆ)さん。この二人こそが今作の主人公に思えた。
更に百鬼ゆめひなさんは等身大の照手姫人形を一人出遣いで舞わしてみせる。
幕が開けば打って変わって絢爛豪華できらびやかな女優達が舞うオープニングに。片岡自動車工業の『お局ちゃん御用心!!!』にも似たエンタメ振り。

下手の黒い壁に歌詞や口上が字幕で投映されることが素晴らしい。これはこの手の作品には絶対あったほうが良い。作品への没入度が変わってくる。これが無かったらぼんやり観ていた気がする。

ヒロインの森岡朋奈さんは宝生舞系の美人。美声で歌が映える。
手塚日菜子さんはハマカワフミエさんっぽかった。
月岡ゆめさんはちゅりっぽい。
浜田えり子さんは松原千明似の美人。
山田のぞみさんと本間美彩(みさ)さん兄弟が印象に残る。

妖怪人間ベロの正体に似た餓鬼阿弥の造形が最高。演じる者は一体誰なんだ?
『ロード・オブ・ザ・リング』のハワード・ショアっぽい劇伴。
想像以上に面白かった。

ネタバレBOX

第二幕にていよいよ登場ののぐち和美さんは劇団☆新感線なんかの大御所悪役の存在感。『ジェダイの帰還』のガモーリアンを思わせる兇悪な風貌とやたら通る美声がヴィランとしてキャラ立ち。往年の角川伝奇映画の魅力、素晴らしい。やっぱり悪党が映える。
小谷佳加(よしか)さんは毎回コロッケのような芸達者な役で観客席を温めてくれる。
寺田結美さんは宝塚調の美男子振り。

自分が興醒めしたのは第二幕の音楽の使い方。久石譲や坂本龍一っぽい感動的な曲が押し付けがましい。「はい、ここ感動するところ」的な雑なやり方が好きじゃない。
寺田結実さんと水嶋カンナさんが歌う歌謡ロックも好みじゃない。
ラスト、河西茉祐さんが歌うボカロ曲みたいなのも駄目だった。ここは好みなのでしょうがないが、ひたすら暗い曲で攻めた方がリアル。

餓鬼阿弥が小栗判官に早変わりするシーンは驚いた。
「私は自分の罪をずっと考えていたのだが・・・、人は誰も罪なぞない!阿弥陀如来様が全ての衆生をお救いになられたのだ。さあ先へ進むぞ!」
百鬼ゆめひなさんが照手姫人形の着物をはだけると、赤い糸で結ばれた無数の小さな人形がゆらゆらぶら下がっている。人の中にこそ無限の宇宙が広がっているのか。

ラストは自分ならBUCK-TICKの『見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ』(ALBUM VERSION)を掛けたいな、と思って観ていた。すると水嶋カンナさんが来年は『新雪之丞変化』の再演を演ると言う。作品中にはB−Tの曲がガンガン掛かるらしい。櫻井敦司氏の追悼も込めるとのこと。ちょっと驚いた。

室町時代前期、現在の茨城県筑西(ちくせい)市に城を構えていた小栗氏。その地を治めていたのは、室町幕府の出先機関・鎌倉府の長官、足利持氏(もちうじ)だった。1415年、関東で上杉禅秀が謀反を起こすも幕府軍の反撃に遭い敗れる。この時小栗満重も禅秀に与した為、所領の一部を没収される。それを恨み1422年大規模な反乱を起こすも(「小栗満重の乱」)、翌年幕府軍に鎮圧され自害した。
だが実は小栗満重は死なず、現在の神奈川県の横山大膳を頼って落ち延びた、というのが「小栗判官伝説」。
この時、横山大膳の娘の照手姫と恋仲になる。だが横山大膳は小栗満重の首を幕府に差し出して褒賞を得ようと、宴の席で家臣諸共毒殺する。
地獄に堕ちた小栗満重だったが家臣達の嘆願により閻魔大王は温情を与え、餓鬼阿弥の姿で現世に戻される。夢の御告げを受けた遊行寺の大空上人は土車に餓鬼阿弥を乗せ、「この者を一引きひけば千僧供養、二引きひいたは万僧供養」と札にしたため、熊野の湯の峰を目指させる。通り掛かった信心深き者達が「えいさらえい!」と土車に括られた縄を引いてくれるのをひたすら待つ他力本願。
現在の和歌山県田辺市にある湯の峰温泉。約1800年前に発見されたという日本最古の温泉。平安時代後期、浄土教の阿弥陀信仰の広がりとともに熊野の地は浄土と重ねられた。

「鎌倉大草紙」「説経節」「浄瑠璃義太夫節」「歌舞伎」と全部バリエーションが違う。満重の息子、小栗助重が主人公だったりもする。
神奈川県藤沢市や相模原市、和歌山県など各地に残る伝説。
桜の園

桜の園

桐朋学園芸術短期大学

俳優座劇場(東京都)

2024/02/14 (水) ~ 2024/02/15 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

[Cherry]

面白かった。チェーホフはこういうのでいいんじゃないか。44歳にして結核で亡くなる為、遺作となってしまった今作。前説を演るのがまさかのチェーホフ本人(加藤ひか里さん)、観客は襟を正した。

MVPはロバーヒン役の宇崎花怜(かれん)さん。素晴らしい台詞回しで混沌の世界の一条の光となった。
そして主人公である女主人ラネーフスカヤ役のバトアムガラン・エンフトゥールさん。イントネーションから韓国人と勝手に思っていたのだが、モンゴル人の女優。凄え才能。世間知らずの浮世離れした貴婦人ということでこの口調もありにしよう。
万年大学生トロフィーモフ役の菊地芽衣さんも巧かった。
養女ワーリャ役の関口愛維クリスティーンさんも記憶に残る。

唯一の男性はピーシチク役の田中雄大氏。
美術なんか凝っているし、桜吹雪も悪くない。

チェーホフは面白いんだかつまらないんだか未だに分からない。(笑えない喜劇みたいな)。でも学生が「そのよく分からないもの」を懸命にやることで発生する磁場はある。日本ではそういう位置付けでいいんじゃないか。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

知っておくと楽な前知識。

〈パリから帰郷〉

女主人ラネーフスカヤ 夫を亡くした後、息子が川で溺死したショックで屋敷を出、5年前からパリで愛人と暮らしていた。現実と向き合えない放蕩家。

若き召使いヤーシャ ラネーフスカヤに仕えてパリで生活。高慢。

〈パリから母を連れ戻す〉

娘アーニャ 新しい生き方に憧れる。

アーニャの家庭教師シャルロッタ 戸籍もなく、大道芸の旅一座で放浪していた身の上。手品が得意。

〈屋敷(もしくは近辺)で暮らしている〉

養女ワーリャ 屋敷を守っていたキツイ女。修道女に憧れている。

兄ガーエフ 脳内はビリヤードだらけの無能。

メイドのドゥニャーシャ 若き召使いヤーシャに夢中。

管理人のエピホードフ メイドのドゥニャーシャに求婚。運が悪くいつでも失敗ばかり。

老召使フィールス もう呆け老人。

〈地元の人間〉

実業家ロパーヒン 貧農から身を立てた時代の申し子の実業家、金を稼ぐ才覚は群を抜いている。1861年農奴解放令により自由に。

万年大学生、亡き息子の家庭教師だったトロフィーモフ 夢見る理想主義者。

地主ピーシチク 借金まみれのダメ男。すぐ寝る。
う蝕

う蝕

世田谷パブリックシアター

シアタートラム(東京都)

2024/02/10 (土) ~ 2024/03/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

開幕すると段ボールの荒野。近未来の話なのか、コノ島で起こっている「う蝕」。(う蝕とは虫歯のこと。虫歯の治療は抜くか削るかしかなく、感染した骨を治癒する方法はない)。
いきなり大地が底なし沼のようにズブズブと沈みゆく天災。土が腐り果てたのか?予測のつかない地盤沈下。船に乗って避難するよう政府は呼びかけるが、島に残ることを選択した者達の話。

た組。の『心臓が濡れる』やTRASHMASTERSの『オルタリティ』のように極限状況に放り込まれた人間達が見せるワンシチュエーションもの。
イキウメの『人魂を届けに』のように横山拓也版哲学談議を妄想したがそういうものでもなかった。雰囲気はMONOの『燕のいる駅』に近い。
能登半島地震の発生によって急遽変更された部分も多々あったという。大変だったろう。繊細な作り手である。

犠牲者の身元を遺体の歯型の照合にて確定させる作業。本土から歯科医師が招聘される。
主人公は坂東龍汰(りょうた)氏。中尾明慶っぽいキャラで博多大吉のようなツッコミ。横山拓也の戯曲には軽薄で軽口で能天気なアンちゃんがよく似合う。
眼鏡が印象的な近藤公園氏。何か岡本篤っぽさを感じた。
綱啓永(つなけいと)氏は金持ちのボンボンで世間知らず、ブランド物のスーツと靴で被災地に現れる。

コノ島に移住し、歯科医院を開業している現地の新納(にいろ)慎也氏。彼の集めたカルテのデータが重要に。
遺体を掘り出すには土木作業員と重機も必須。やっと現地に現れたのは汚れた作業着姿の役人、相島一之氏一人だけ。やたら名前の呼び名の濁音に拘る性格。
謎の白衣の男、正名僕蔵氏の姿も。佐高信(まこと)顔だよなあ。まさに官僚顔。

高台にあるのは沈丁花(じんちょうげ)の漢名である瑞香(ずいこう)から名前を取った瑞香院という神社。沈丁花の花言葉は「永遠」。一応、温泉も湧いている。かなり面白いので期待して大丈夫。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

近くにあるカノ島は江戸時代で言えば島流しの流刑地。アルカトラズ刑務所を思わせる監獄島。設定が面白いのでこれを使っていろんな話が綴れそう。日本中が「う蝕」に蝕まれる中、何故か一人だけ生き残り続ける新納慎也氏とか。
流れゆく時の中に

流れゆく時の中に

新国立劇場演劇研修所

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2024/02/06 (火) ~ 2024/02/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

本当にテネシー・ウィリアムズってこんな話ばっかなんだな。

第一幕60分
① 『坊やのお馬』
②『踏みにじられたペチュニア事件』
休憩15分
第二幕45分
③『ロング・グッドバイ』

ブリッジ、劇伴として伏見蛍(けい)氏がギターを弾く。
①明け方、泣き止まない赤ん坊。狂ったように喚き散らす若き夫(田崎奏太氏)とミルクを温める若き妻(根岸美利さん)。結婚して一年にも充たない貧しい新婚生活、生後一ヶ月の坊や。職場の鬱憤をぶちまける夫、気の狂いそうな妻、傍らには場違いに置かれた高価なおもちゃの揺り木馬。
②編物を扱う「シンプル小間物店」の経営者ドロシイ(小林未来さん)。店の前で大事に育てていたペチュニアの花が無惨にも踏み荒らされていて、警官(須藤瑞己氏)に犯人逮捕を訴える。その後、すぐに来店した奇妙な男(樋口圭佑氏)は「自分がやった」と名乗り出る。常連客の貴婦人、ダル夫人として二木咲子さんも登場。
③売れない作家のジョー(立川義幸氏)、産まれてずっと暮らしてきた生家である部屋から引っ越すことに。友人のシルヴァ(佐々木優樹氏)が心配して様子を見に来る。倉庫に預ける為、運送屋に運び出される家具の数々。その一つ一つに焼き付けられた鮮烈な記憶が目の前に甦り再生されていく。僅かばかりの保険金を残して自殺した母(二木咲子さん)。貧しい暮らしにうんざりして金持ちの男と付き合う為に自分を変えていった妹マイラ(飯田桃子さん)。妹を売女のように扱う上流階級の男、ビル(須藤瑞己氏)。

ギターの音色が胸を打つ。無名時代のテネシー・ウィリアムズが書き殴った叫び。太宰治もそうだったが自殺前の遺書のように魂を掻き毟りただひたすら書き殴った日々。もう自分ではコントロールの効かないどうしようもない叫び。オー・ヘンリーだったらもっと上手く綺麗にまとめるだろうに。テネシー・ウィリアムズの剝き出しの罵詈雑言に自らを託す表現者達のアンテナ。人間は普遍的に未完成なのだろう。常に足りない何かを求めては足掻き続ける。それがカルマか。

MVPは②の小林未来さんと樋口圭佑氏、完成された演技。だが巧すぎて今後苦労しそう。頭の良さが逆に邪魔になるかも知れない、その先を望むならば。
根岸美利さんが今回出ていなかったな、と思ったら①で思いっ切り出ていた。全く前作と同一人物とは思えない役作り。
飯田桃子さんは綺麗だね、感心する役作り。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

アメリカ人をカリカチュアライズしたようなオーバーアクション。演出家はサイレント映画を観せてイメージさせたのだろう。なだぎ武と友近の「ディラン&キャサリン」を想起。アメリカ人が観たら笑いそう。これが正しいのかそうでないのかはまだ判断がつかない。敢えてそうした理由がある筈。

①バカップルの下らない痴話喧嘩、それ以上でも以下でもない。木こりの斧。

②アメリカなら『トワイライト・ゾーン(ミステリー・ゾーン)』、日本なら『世にも奇妙な物語』系のお話。レイ・ブラッドベリだよなあ。ペチュニアの花言葉は「心の安らぎ」。インチキ宗教家の戯言にも聞こえる自己啓発の話。自分を囚えている枠組から外れて自由になろう!凄く良い話にも聞こえるが、多分地獄に堕ちるんだろうなとも思う。神と悪魔はいつだって同じ顔をしている。

③自分が信じて守ってきた“正しさ”は、愛する妹の変心によって根こそぎ否定される。弱者の正義には意味も価値もないのか?じゃあ自分がタイプライターを叩いて打ち鳴らしている、この文字の羅列は一体何なんだ?一体何だったんだ?

Manic Street Preachers 『The Long Goodbye』

それは長い別れから始まって、今じゃ漂白した空みたいに消えていく。
まるでコイン投げのように偶然に、何の理由もなく終わってしまう。
でも君が捨てた愛。それが止まることはなかったよ。決して止まることはなかった。
君が勘違いすることのないよう強く言わなくては。本当に止まることはなかった。それは決して止まることはなかったんだ。
川辺市子のために

川辺市子のために

チーズtheater

サンモールスタジオ(東京都)

2024/02/03 (土) ~ 2024/02/12 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

吉祥寺で『ヘルマン』を観た際、挟まれていたチラシを読んで気になった。チケットを取ろうと思ったら全公演完売。何か妙に観たくなってキャンセル待ちに申し込んだ。主演の大浦千佳さんが「もう絶対に今後この役をやることはない」とツイートしていたのも一因。運良くキャンセル待ちでチケットが手に入ったが当日はまさかの大雪。「不要不急の外出を控えて」の気の滅入る悪天候。いや逆に凄い作品が観れるチャンス、とばかりサンモールスタジオはガチガチの超満員の客で溢れ返った。素晴らしい熱演をたっぷりと味わい、階段を上ればサンモールの外はガチガチの積雪。ズボズボ靴がめり込んだ。

映画は観ていないので比較は出来ない。劇団の主催自ら監督して映画化、主演に杉浦花さん。
川辺市子役の大浦千佳さんに妙に見覚えがあったが、『柔らかく搖れる』のシンママだった···。凄い振り幅。
語り口が面白い。失踪した一人の女性を巡る、各年代の知人達の回想録。刑事がそれぞれが知っている限りの川辺市子のエピソードを語らせていく。その断片的な話を元に観客は不在のその女性について想像を巡らせる構造。
サンモールスタジオの狭いステージの中心に畳4枚程を組み合わせたスペース。周囲を椅子が逆L字型に囲み、証言者達が座る。
相対するようにL字型に配置された客席、観客はそれぞれの記憶が再現されていく様を息を潜めてただ見守る。通路さえ物語の重要なステージに。

非常に映画的。半纏をすっぽり被って声しか聴こえない大浦千佳さんがしゃがみ込んでいる。その登場シーンからゾクゾクする。「川辺市子は嘘つきだ」との証言や語る人によって状況が食い違う出来事。嘘をついているのか記憶違いなのか妄想なのか?結局のところ、真実は判然としない。煙のように残像のように川辺市子の断片が煌めいては瞬いて、そしてふっと消えてしまった。

驚いたのは刑事役の男。寺十吾氏っぽいなあ、と思っていたら本人だった。ありとあらゆる演劇の重要な役は全部寺十吾氏が司る決まりなのか?マジで驚いた。

平山秀幸監督の名作『愛を乞うひと』や阪本順治監督の傑作『顔』、たっぷりと漬け込んだ今平風味の下味。そして物語を彩るのは甘酸っぱくも激しき痛みの走る恋心、どうにか自分がしてあげられることがほんの少しでも何かきっとあるんじゃないだろうか?何一つ出来やしない無力な男が陥る勘違いの妄想、誰にも益しない醜い純情。周囲にそんな情念を呼び起こす魅力的な女の一代記。
だが彼女が本当に心から求めていたのは無記名の穏やかな日々、ありきたりな単調に繰り返される毎日でしかなかったのに。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

1987年生まれの川辺市子が2015年8月に失踪してしまう。戸籍上では川辺市子なんて女は存在しない。川辺月子という1990年生まれの女はいるのだが。
東大阪市にある同じ団地の幼馴染、平井珠生さんは「市子が小学校に入って来ず、3年後月子として入学してきた」と語る。同級生で仲良くなった花村柚祈(ゆずき)さん。
エロエロな母親役の田山由起さん、家に入り浸り嫌らしく手や足の指をチュパチュパ舐め回す情夫の奥田努氏、名演出。
初めての彼氏、植田慎一郎氏と片思いを拗らせてつけ回す朝田淳弥氏。パティシエを目指す新聞配達員、きばほのかさん。間違い電話から市子と巡り合い同棲することになるサトウヒロキ氏。

女性の語る川辺市子のエピソードはリアル。きばほのかさんの話なんか展開が巧い。逆に男性陣の話は作り物めいていて、どうもマンガっぽい。後半の展開に無理があり、ちょっと勿体無くもある。
だが、「何でもないような事が幸せだったと思う」的な余韻は美しい。冒頭とラストに繰り返される恋人達の日常会話。無意識に過ごしていた生活の中に散りばめられていたかけがえのない優しさ。

※コメント有難うございます。自分もかなり観劇の参考にさせて頂いております。
夜は昼の母

夜は昼の母

風姿花伝プロデュース

シアター風姿花伝(東京都)

2024/02/02 (金) ~ 2024/02/29 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

難解。
こういう作品を心から楽しめる人こそが演劇愛好家なのだろう。自分なんかは解読しようと悶々としてしまうので楽しめはしない。だけど役者陣はヤバかった。山崎一(はじめ)氏はもうジャック・ニコルソンに見えた。今、日本で一番金の取れる役者じゃないだろうか。生の彼を目撃する為だけに足を運ぶ価値は充分にある。凄い男。もう原作なんて吹っ飛ばして全ては山崎一氏の夢だった、で良かった程。いろいろ思い返そうとしても山崎一氏しか出て来ない。記憶まで侵食されているのか!
騙されたと思って観てみて欲しい、本当だから。

岡本健一氏はキムタクに見えたり、森田剛に見えたり。今更なんだがいい役者だ。16歳の糞ガキ役で誰にも文句を付けさせない。こういう才人が客を呼び集めることで先に繋がる文化は必ずある。(この手のガチガチの作品が全公演前売り完売とは日本は演劇先進国である)。
竪山隼太(たてやまはやた)氏はやたら人気がある。常に怒り狂っている。
那須佐代子さんはいるだけで作品の格が上がる。何かもう凄いレヴェルにまで来てる。
革命前夜の雰囲気。何かの拍子でこの小劇場から、世界に向かって切り付ける新しいタイプのナイフが勃発しそうだ。それにはまだ見ぬ全く新しい価値観と全く新しい観客が必須。面白いことになりそうだ。

ネタバレBOX

スウェーデンの作家、ラーシュ・ノレーンの自伝的作品。
辺鄙な場所にある客の来ないレストラン。(設定ではホテルらしいが、そうは見えない)。
16歳の誕生日を迎えるダヴィドは引き籠もりニートの女装ホモ野郎、ジャズを崇拝し何百枚ものレコードを万引きした。家族の恥さらしと散々な罵声を浴びて日々を生きる。
兄のイェオリはこんな家を出たくてしょうがない。サックス(中嶋しゅう氏の遺品!)を吹きまくる。
母のエーリンは左の肩の筋を違えてからというもの酷い咳をゴッホゴッホし続ける。借金塗れの生活、ひっきりなしに働き続ける。
父のマッティンは腕の立つ料理人だが、病的なアルコール依存症。精神科に強制入院させられた事もある。癖のような不快な咳払い。

ラジオから流れるアメリカの死刑囚キャリル・チェスマンの死刑執行と阻止運動の模様。深夜に生中継される自転車耐久レースを観たくてたまらないダヴィド。

多分、作家が自分の少年時代を思い返している。思い出しながら、いろんな記憶にカッとなってナイフで切り付けたり。自分の記憶の筈が登場人物一人ひとりの記憶が混線しそれぞれ勝手気ままに喋り出す。収拾のつかない記憶の掴み合い。全員ぶっ殺して自分も死んじまえればいいのに。自分の記憶なのか、誰かの記憶に取り込まれたのか。皆が「家を出て行く!」と罵り合う。酒を一口喉に流し込めさえすれば嫌な事皆何処かに消えて行ってしまう。後のことはその後にゆっくりと考えよう。とにかくここを何とかやり過ごして酒を一杯。

※『シャイニング』で凍死したジャック・ニコルソンが映画のラスト、何十年も前の記念写真に写っている感覚を山崎一氏に感じた。
兵卒タナカ

兵卒タナカ

オフィスコットーネ

吉祥寺シアター(東京都)

2024/02/03 (土) ~ 2024/02/14 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

1940年(昭和15年)11月、スイス・チューリッヒにて初演。内容に日本大使館が抗議を入れた。ナチスに弾圧されスイスに亡命したドイツ人劇作家、ゲオルク・カイザーの作品。この5年後に亡くなっている。

1920年(大正9年)、歩兵連隊に入隊したタナカ(平埜生成〈ひらのきなり〉氏)は親友のワダ(渡邊りょう氏)を連れて東北の故郷の村へと帰省する。妹のヨシコ(瀬戸さおりさん)との縁談を進める為だ。極貧の村では英雄である軍人の帰還に大いに沸き立つ。母親(かんのひとみさん)、父親(朝倉伸二氏)、祖父(名取幸政氏)。ありったけの御馳走と酒と煙草を用意して待っている。

衣装や小物など、異国の人間がイメージした日本というコンセプト、ジャパネスク風味。
中国映画、『南京!南京!』にて南京入城の儀式の際、兵隊達が奇妙な踊りを舞いながら行進していく場面がある。それを中国人捕虜達は無言でじっと眺めている。このシーンには大日本帝国という奇妙な国と天皇を崇め奉る祭祀的国家のグロテスクさが炙り出されている。理性では如何ともし難い異様な精神の視覚化。良くも悪くも他者から視えた日本人。
今作もドイツ人の目線で異世界、日本を眺めているようだ。
天井から降りてくるピアノ線に括り付けられたフックに荷物を引っ掛ける。『母 MATKA』でもあった光景。
宙空に浮かぶ球体は国体か?

配役はこまつ座を観ている錯覚に陥る程、揃えてきた。
平埜生成氏は前園真聖やロンブー亮にも似ていて、カッコイイ。観兵式に立つことを許された誇り。
渡邊りょう氏もいい味、名助演。タナカの人となりが伝わる。
瀬戸さおりさんは綺麗だな。泣かせてくれる。
朝倉伸二氏は梅沢富美男みたいで盛り上げる。
かんのひとみさんはもう何をやっていても正解。

素直で従順で上から言われたことに黙って従い、真面目に役割をこなしてきた立派な人間。その行き着く先が非人間的なこの世の地獄。タナカの叫びが耳をつんざくラスト。この支配体系の中で誠実であることに一体何程の価値があるというのか?

これを1940年に日本人に叩き付けたゲオルク・カイザーの恐ろしさ。間違った支配構造を正すのは個人の魂の叫びだけだ。
キャッチコピー「衝撃の最後の5分間!!ネタバレ厳禁!!」
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

第三幕、軍法会議の裁判長・土屋佑壱氏のステップや振り付けをコミカルに取り入れた役作りは観客大喝采。アイディアがずば抜けている。
職員の村上佳氏が突然エレキギターを取り出して掻き鳴らす演出も効いている。しかもやたら巧い。
第二幕の永野百合子さんは娼妓5人を兼ねて舞う。今作の振付も彼女。不思議な時間だった。

凄く古典的な物語なのだが深く考えさせる重みがある。テーマは『個人(=国民)と天皇(=国家)』。本当は一幕ものでテンポよくぶった斬った方が受けただろうが。

※昭和天皇(摂政宮)の左手はステッキなのか独特の手の振り方からなのか。
逢いにいくの、雨だけど

逢いにいくの、雨だけど

スーウェイ

小劇場B1(東京都)

2024/01/31 (水) ~ 2024/02/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

A CAST

横山拓也の代表作ともなれば、そりゃ観てみたいもの。タイトルも詩的で煽情的。
だがいざ観ると、ただただ鬱になった。オリジナルを知らない所為なのか、何か綺麗な巧い話には成り得ていない。個人的にはひたすら鬱。
「受け入れてやっていくしかないじゃない!」

オリジナルは2018年11月初演、2021年4月再演。
勿論脚本の完成度は高く、是非とも一度は観るべき作品であることは間違いない。(佳乃香澄さんは浜口京子っぽかった)。

子供の頃、左目を失明してしまう男とその事故に一端の責任を感じている女の物語。事故の起きた1991年夏と今現在の2018年冬が同時進行で語られる。

BUCK-TICKの名曲、『RAIN』が頭の中で鳴る。

Sing in the rain. 人は悲しい生き物
笑ってくれ 君はずぶ濡れでダンス
いつか世界は輝くでしょうと 歌い続ける

ネタバレBOX

子供達が通う絵画教室の夏休みキャンプ。母の形見の大切な宝物のガラス製のペン。それをふざけて取り合いになった女の子と男の子。もののはずみで左目に突き刺さってしまう。絵が上手で褒められてばかりいた男の子は失明し、両親は離婚する。男の子は義眼を嵌めて27年後の今では自動販売機の営業に就いている。野球場に営業に来た際、彼(武谷公雄氏)の義眼にいち早く気付く職員(関洋甫〈ようすけ〉氏)。職員もまた右目が義眼だったのだ。共通点から気を許し合った二人は年賀状の遣り取りをするまでに。彼から送られて来た羊のイラストが子供の読んでいる、賞を取った絵本のキャラと同一であることに気付く。その作家にコンタクトを取る職員。人を失明させた上、彼の生み出したキャラクターまで奪い去るつもりなのか?

母を早くに亡くし、叔母に育てられた女の子。事故が原因になったのか、父親も家を出て行った。美大を出てからも焼肉屋で働きながら絵本を描き続ける。到頭新人賞に選ばれ、出版が決まった。彼女(はやしききさん)をずっと支え続けたマネージャー的存在の後輩(佳乃香澄さん)。そこに届く職員からの手紙。事故で失明させた友達との27年ぶりの再会。無意識に彼の創った羊のキャラを使用していたこと。

女の子の父親(三澤康平氏)と男の子の母親(土田有希さん)は大学時代からの親友であった。自分の女房が昔からの男友達と親密にしていることがどうにも気に喰わない旦那(山村真也氏)。しかも今回の事故で自慢の息子が片輪者に。

早逝した姉の娘の面倒を見続ける妹(領家ひなたさん)。姉の夫への秘めた恋心。二人がきちんと結婚して娘を本当の親として育てることが正解だと思っていた。

誰の想いも空回り。全く思惑と現実はリンクしない。
ブルーハーツの『青空』みたいな気分。

こんな筈じゃなかっただろ?
歴史が僕を問い詰める
眩しい程、青い空の真下で

MVPは武谷公雄氏、若き日の役所広司と佐々木蔵之介を足したような雰囲気。まるでぼんやりと佇んでいるような、どこぞでたゆたっているような存在感はまさしく文学。彼がこの27年間で培ってきた内的世界に登場人物や観客が触れることこそがこの物語の核心。どうしようもない事故の結果、大きくずれていった世界と自分の行き先。誰を恨み誰を憎み誰に何を伝えようか?

三澤康平氏はteamキーチェーンの『雨、晴れる』でのトランスジェンダー役が鮮烈。今回もその清潔感と女性の親友との関わり合い方にそっちの要素も仄めかしているのかな?と思った程。誰もが亡き妻の妹と一緒になった方がいいと思う展開の中、それを拒絶して別居する頑なな姿勢がやたらリアル。本当は何を考えていたのか?本当はどういう人だったのか?作品の謎として残る。

領家ひなたさんは亡き妻の妹、自分の二十代を姪っ子の世話に捧げた。この人のキャラが痛烈。余りに痛々しくて落ち込む程。世界は優しさだけで出来ている訳じゃないんだ。何一つ思ったようにいかない世界に打ちのめされても···、それはただただ続いていく。ラストの受話器を手に取る表情が映画だった。

土田有希さんは複雑な役で領家ひなたさんと対になる設定。どうしようもない現実に向かって叫ぶ。「受け入れてやっていくしかないじゃない!」
ラスト、息子である武谷公雄氏からの電話を受け取った時の表情。それはもう誰も共有することが許されない、彼女だけの想い。
「彼女、僕のこと不幸だとでも思ってんのかな?」

疑問が残るのがキャスティングの年齢的なもの。当時の父母の年齢を越えた子供達が、今だからこそ理解できる各々の複雑な気持ちと、醸成熟成された痛みこそが本作のテーマだろう。その為の27年間の隔たりな訳で、年齢を感じさせることが重要だった筈。幾つに見えるようにするべきか役作りを徹底した方がいい。

ある戯曲を別の劇団が演るということは曲のカバーに近いと思う。何か本来の作品とニュアンスが違ってしまっているようにも感じた。(勿論その良さもある)。
岸辺のベストアルバム‼︎

岸辺のベストアルバム‼︎

コンプソンズ

小劇場B1(東京都)

2024/01/24 (水) ~ 2024/01/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ずっと前から東京AZARASHI団を観に行った際、星野花菜里さん関係でチラシが挟まれていた為、気にはなっていた。昨年チケットを購入していよいよ観に行く筈が事情があって行けなくなった。そして到頭今回観ることに。何故かメチャクチャ人気がある。開演前から行列、超満員完売。

笑いのセンスが自分好み、出ている役者も実力派揃い。キャスティング・センスも冴えてる。

春雨(はるれいん)というふざけた名前の女性(波多野伶奈さん)が書いた片思いの妄想ノート。彼女の妄想世界が展開される。そこに現れるジャスティン・バービーというふざけた名前のイマジナリー・フレンド(端栞里さん)。彼女にはやらなくてはならないことがあった。
「南極ゴジラ」の端栞里さんはルックスと使い勝手が良いのか売れっ子に。

子供をバスに乗せ幼稚園に送る同い年の三人の母親。偶然にも全員、子供の名前がソウ。しかも夏子(西山真来さん)、千秋(佐藤有里子さん)、冬美(笹野鈴々音〈りりね〉さん)と季節の名前を持つ。子供達が「地獄に送られる」と泣き叫ぶのが最高。
佐藤有里子さんは存在だけで超面白い。陰謀論者。
西山真来(まき)さんの佇まいも素晴らしい。
笹野鈴々音さんは鵺的の『バロック』が強烈な印象だった。
「人妻JK魔法少女りりちゃん!」

歌舞伎町でホストクラブを立ち上げた大宮二郎氏、スポンサーの星野花菜里さん、アドバイザーの近藤強氏、新人の藤家矢麻刀(やまと)氏、ドキュメンタリーを撮影している宝保里実さん。ダークマン機関?だかなんだかの歌舞伎町地下の鼠王国だかなんだか。
近藤強氏の宮台真司ネタが痛快。「いきなり脱構築か!」

カフェの店員、佐野剛(つよし)氏が個人的MVP。知り合いにかなり似ていて驚いた。ウィレム・デフォー系。

笑いの方向性が最高。星野花菜里さんは久々に観たが間違いない。

ネタバレBOX

幼稚園のバスの事故で子供達が皆亡くなってしまう。
14歳で少女二人を惨殺した少年A(酒鬼薔薇聖斗をイメージ)。彼を英雄視し、恋する波多野伶奈さん。
少年Aの幼少時のイマジナリー・フレンドで彼を救おうとする端栞里さん。
セーラームーンの全滅トラウマ・ラストが伏線に。

前半は最高で興奮しっ放しだったが長丁場でダレたか徐々に失速し、定型文的な納まり具合には残念。前半の話の狂いっぷりはヤバかった。

ネタはメタフィクションもので、何か最近はどこも同じようなものばかり。もうネタがないのか?創作の中の登場人物が作者から創作を乗っ取っていくような話。
筒井康隆の1981年刊行の『虚人たち』という実験小説があって、登場人物は皆、自分達が虚構の創造物だと知っている。作家の思惑を類推しながら、自分が与えられた役割を何となくこなしていく話。勿論誤解も多々あるが。
そしてこれを踏まえて映画化したような作品が黒沢清の『ニンゲン合格』で、事故で10年間意識不明だった西島秀俊の目が醒める。空白の10年は取り戻しようがなく、ラストまた事故に巻き込まれて死んでいく。最後を看取る役所広司に西島が尋ねる。「果たして俺という人間は存在したのか?」と。役所広司は答える。「確かにお前という人間は間違いなく存在していた」と。これはたかだか2時間の映画という虚構の中で、現れて消え去る登場人物の渾身の存在証明。役所広司が観客に伝えたことは「たった2時間の作り話だったにせよ、確かにお前は存在していた。お前の痛みや悩みや苦しみも確かにここに在った。それは間違いのないことだ」ということ。2時間のフィルムの虚構空間の中で確かに生きて存在していたのだ。

『ミッション: 8ミニッツ』という傑作映画があって、ここが仮想世界であることを知った主人公が現実を騙してそこで生き続けることを選ぶラスト。きっと方法はまだ幾らでもある筈。
短編3傑作

短編3傑作

Nana Produce

テアトルBONBON(東京都)

2024/01/24 (水) ~ 2024/01/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

昨年の『いごっそうと夜のオシノビ』がメチャクチャ面白かったので期待大。だが今回は毛色が違っていて笑いは薄い。どちらかというと考え込ませて鬱になる系。だとしたらもう少し深く掘り下げるネタでもあった。ちょっと今回は作品の並びのチョイスが違った気がする。

プロジェクション・マッピングが痛快で見事なものだが、ちょっと邪魔な気もした。役者の顔に投影が被るのは残念。

「日本テレビスポーツのテーマ」でスタート。ジャイアント馬場の入場曲でもあった。
①『さらば鎌玉』
4年付き合って別れた二人、日澤雄介氏と原幹恵さん。最後に引越し先として鎌玉駅徒歩10分のマンションを案内するが···。
劇団チョコレートケーキ演出の日澤雄介氏は宇崎竜童みたいな情けない不動産会社社員を好演。原幹恵さんは豪華。未練タラタラ、よりを戻したい男とそんな気はさらさらない女の一幕。

②『人の気も知らないで』
OLの留奥(とめおく)麻依子さんとやまうちせりなさんがお茶している。同僚の結婚披露宴での余興の打ち合わせをする為、上野なつひさんが到着するのを待っている。後輩が事故に遭って入院中。話は段々と建前と本音の境界を踏み越えて個々の人生観の核心を刺激していく。
留奥麻依子さんは天海祐希みたいで表情で笑わせる。
やまうちせりなさんは奥貫薫っぽい花粉症。
上野なつひさんは有賀さつきみたいな迫力。

③『仮面夫婦の鑑』
浜谷康幸氏と増田有華さんの夫婦が派手に喧嘩。「炎のファイター~INOKI BOM-BA-YE~」(「ALI BOM-BA-YE」)が掛かって、卍固めまで繰り出す。
二人の喧嘩の原因は果たして何なのか?

ネタバレBOX

②のネタが重すぎる。事故で右腕を肘から切断の同僚についての話題。他人の不幸は所詮他人の不幸でしかない現実。自分自身で自分の問題と向き合うことだけしか人には出来ない。他のことは所詮は綺麗事だったりもする。

③は顔にコンプレックスがあった増田有華さんが勝手に整形してしまう。旦那も対抗して整形するがわざとちょっと不細工に。旦那の父親の容態が悪いのだが、この二人で行っても何処の誰だか判らないだろうというネタ。

後篇では妊娠して出産間近の増田有華さんがバイトでヌードモデルをやり、近所の喫茶店に絵が飾られていることに激怒する旦那。

全体的にどうもスッキリしない流れ。面白いんだが笑えはしなかった。
アンネの日

アンネの日

serial number(風琴工房改め)

ザ・スズナリ(東京都)

2024/01/12 (金) ~ 2024/01/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

石原燃脚本、東京演劇アンサンブルの傑作『彼女たちの断片』を思い起こさせる。全ての登場人物の人生が徐々に重なり合って協奏曲となり、共通項である“生理”を入口とした女性論、人間論が紡がれる。それぞれの初潮を迎えた時のエピソードから、それを人に伝えた時の気持ち、その時の相手の反応。女性だったら誰もが抱え隠し持つ経験。人によって歓びだったり痛みだったり恥辱だったり優しさだったり。

初潮から閉経まで女性の生理期間を日数として数えると、最大にして9年間だと語られる。女性の一生の内、9年間は生理中だということ。男性には想像もつかない。
かつて中米の人と結婚した知り合いの女性が、高地の生活環境での生理が重過ぎて帰国したことがあった。その時は「へえ、そんな辛いもんなんだ」位の感想だった。
自分にとって生理とは全く感覚的に掴めないもので、今回初めて知ることばかり。こういう教育こそ学校でやるべきだと思う。女性だけでなく男性こそ知るべきだ。皆こんな辛い思いを当り前に繰り返しているのか?

プラカードやスケッチブックをラウンドガールのように抱えたアンネ・ガールズの入退場、椅子と机をマスゲームのように配置していくスマートな演出。背景の壁は残雪の残る山の岩肌を思わせる。

アネモネコーポレーション生理用ナプキン開発部、サブリーダー、李千鶴さんは身体に害のないオーガニック(化学合成された成分を含まない製品)生理用品の開発を提言。突然の提案にリーダーの林田麻里さんは難色を示すも、ザンヨウコさん含め同期で未婚の女達が中心となり社内のコンペ企画に参加することに。

ツワッチ役林田麻里さん、見事にニュートラルな立ち位置で物語のバランスを担った。
ドイカナ役李千鶴さんの親友の死が物語の核となる。何故、そこまでオーガニックに拘るのか?
個人的MVPはタボ役ザンヨウコさん。この人が口を開くたび、客席がどっと沸く。幼い頃に親が離婚、父親と祖母に育てられた生い立ち。

鬼の企画部部長、オキョウさん役伊藤弘子さん。離婚して息子を育てている。更年期と閉経について語る。
コンノ役橘未佐子さん、母親に愛されなかったトラウマを、結婚して出産した今も抱えている。

エイカ役葛木英(くずきあきら)さん、好奇心旺盛なボーイッシュな化学者。初潮を教室で男子にからかわれたトラウマ。突然の謎の結婚に社内は興味津々。
企画部の若きエース、サヤカ役瑞生(みずき)桜子さんは永作博美みたいな清純派顔だが、かなり気が強そう。邪悪な役を観てみたい。
リオ役真田怜臣(れお)さん、本物のトランスジェンダー。整形なしで辺見マリ似のこの美貌。

勉強になった。
世の中、本当に知らないことばかり。

ネタバレBOX

生理とは果たして何の為にあるのか?
人間以外だと一部の猿や蝙蝠、ハネジネズミやツパイなどの哺乳動物にしか見られない。他の動物だと発情期の子宮内膜の充血だけだったりする。
月に一度、妊娠可能になった女性は受精の為に子宮内膜に厚いベッドを敷く。しかし受精しなかった場合、子宮内膜のベッドは剥がれ落ち、血液とともに子宮口から排出される。これがずっと繰り返される。
最近の主流になっている学説は受精卵選別説(子宮内膜には受精卵の状態を把握し見分ける能力があり、確実に子孫を残す為に子宮内膜を常に新鮮な状態にしているというもの)。

『アンネの日記』に記されている14歳のアンネ・フランクの綴った一節。「生理があるたびに(といっても、今までに三度あったきりですけど)面倒くさいし、不愉快だし、鬱陶しいのにもかかわらず、甘美なひみつを持っているような気がします。」
オランダ・アムステルダムでの隠れ家生活でこんな文章を書ける感性。
忌まわしき忌むべき穢れ、不浄、恥ずべき汚らしいことと長らく日本では禁忌化されてきた月経。
1961年(昭和36年)、27歳の主婦・坂井泰子(よしこ)さんが設立したアンネ株式会社。「アンネナプキン」(日本初の使い捨てナプキン)の登場は女性を解放し、日本を世界一のナプキン先進国とした。

RCサクセションの『いい事ばかりはありゃしない』の一節、
「月光仮面が来ないのとあの娘が電話かけてきた」
「月光仮面」の意味が「月のもの」だと知った時は驚いた。

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