ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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デカローグ7~10

デカローグ7~10

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2024/06/22 (土) ~ 2024/07/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

E ⑩⑨ 演出:小川絵梨子

⑩「ある希望に関する物語」
⑧に出て来た切手コレクターの男が亡くなっている。彼の子供である兄(石母田史朗氏)とパンク・バンド(?)のヴォーカルをやっている弟(竪山隼太氏)が遺品を整理する。
弟は何故かGuns N' Rosesの1991年発売『Use Your Illusion』Tシャツ。歌の内容はデス・メタルっぽい。彼の音楽性に疑問符。
父親のコレクションの価値など全く判らなかったが、実は国内有数のマニアで世界的にも知られた存在。とんでもない莫大な資産であることを知って二人の目の色が変わる。

MVPはドーベルマンのセシルちゃん(湘南動物プロダクション)。可愛い。動物と子供を出しておけば皆優しい気持ちになれる。
凄くポップな話で観客受けが良い作品。

⑨「ある孤独に関する物語」
性的不能の為、性行為はもう一生出来ないと診断された外科医(伊達暁氏)。それを妻(万里紗さん)に告げると「離婚はしない。SEXなしでも夫婦として暮らしていきましょう。」との温かい言葉。だがその裏で若い大学生(宮崎秋人〈しゅうと〉氏)と不倫を重ねていることを外科医は知ってしまう。

伊達暁氏天性の喜劇調の明るさ。堺正章や柴田恭平に通ずるこのキャラがコメディーリリーフとして機能し、陰陰滅滅たる物語を軽やかに奏でてくれる。自転車のシーンが爽快。
心臓の手術を受ける声楽家志望の少女(笠井日向さん)のエピソードが印象的。

面白かった。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

亀田佳明氏演ずる“天使”は原作とは別な役回りを与えた方が良かったかも知れない。パンドラの匣から最後に出て来たエルピスのように。自分がこの人間世界で何を為すべきか模索しているような。

⑩全部コレクションを盗まれて途方に暮れる二人。互いを疑って仲違い。兄が腎臓と引き換えに手に入れた「赤のメルクリウス」の3枚セットだけ残る。だが二人は何故か切手蒐集の魅力に取り憑かれてしまったようだ。これから価値の出そうなシリーズ切手を郵便局で買う。久し振りに再会して見せ合うと兄弟とも買った物は同じ奴。二人で大笑い。
※仮眠室に誘った看護婦も実はグルだったようだ。

希望はいつも空っぽの自分の胸の底に転がっている。自分を許し、他人を許せ。

⑨万里紗さんのキャラクターが謎。不能な夫と離婚はしたくないが若い男とのSEXは望む。全部バレても、ある種平然として自分を肯定している。養子を貰ってやり直そうと言う。この矛盾した人間像がリアル。ずっと他人を使って自分の心の中を探っているような生き方。
伊達暁氏は妻を愛しているのか別れたいのかもう判らない。自殺を選ぶが結局は死に切れない。一本の電話線で遠く離れた二人の心がか細く繋がるラスト。

人は皆孤独で誰もが生きる意味など見出せない。世間にはやってはならないこと(『十戒』)ばかりが掲げられて罪と罰とが溢れている。まるで我慢比べのような人生。誰が一番我慢強いのか競い合う耐久レース。勝者を誰が判定するのか?そこには誰もいないだろう。そして人間は“愛”を発明した。“愛”とは大事に思う気持ち。それがあれば他人と繋がれるかも知れない。他人に触れられるかも知れない。受話器越しに互いの存在を確認し合えるかも知れない。誰かを大事に思う気持ちがまだあればもう少し生きていける。

SION『街は今日も雨さ』

久し振りにお袋に電話を掛ける
雨降る街の赤茶けた公衆電話から
お袋は静かな声でたった一言
「生きてなさい」そう言った
ANGERSWING

ANGERSWING

劇団Q+

駅前劇場(東京都)

2024/07/03 (水) ~ 2024/07/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

WINGチーム

オープニングは柳本璃音さんが袖に立ち、ギター片手に一曲。家族の紹介から入る。幕に映像を投影して映画+演劇の趣き。その幕が開くと広がるのは本気の舞台美術。アメリカかイギリスか、外国の屋敷の居間と庭が眼前に見事に広がる。

屋敷の主人が亡くなった。家を出たアレルギー過敏症の長男(中西良介氏)は会社を経営していて忙しい。実家に暮らす長女(はらみかさん)は出版会社に勤めている。家を出た次男(林新太氏)は船乗りになって遠くへ。連絡を絶っている末っ子の次女(柳本璃音さん)は高校を中退してシンガー・ソングライターとして奮闘中。知らせを受けた家族が久し振りに集う。そこに数十年振りに姿を現したのは家族を捨てて家を出た大女優の母親(佐乃美千子さん)だった。

大女優役の佐乃美千子さんが美しい。岸恵子と阿川佐和子を足したような美人。この役は井上薫さんにもやってみて貰いたい。世間知らずの常識のない女を装いながら、実は誰にも言えない苦しみを抱えてきた。

そして葬儀屋の今井勝法氏。作品を喰ってしまう強さ。『ヨコハマ・ヤタロウ』シリーズで圧倒的な主演振りを見せつけた化物。コメディーリリーフじゃ勿体無い。こっちのストーリーもSWINGさせるべき。

くしゃみばかりの中西良介氏の奥さんに佳乃香澄さん。おっとりとした天然。
はらみかさんの旦那に布施勇弥氏。堺雅人っぽい。
林新太氏の恋人に北澤小夜子さん。ネイティヴ・アメリカン衣装。

亡くなった主人役の益田恭平氏は星野源っぽい。
物語のキーとなる森本遼氏は朝倉海っぽい。

オーディションで選んだだけあって、配役が見事。女優陣に華がある。演出家は役者一人ひとりのキャラを見事に引き出している。
タイトルの意味は『怒りの揺れ』、もしくは『怒りの翼』。母親に黙って棄てられた怨みと価値観の違いからどうしても判り合えない兄妹の怒りと苛立ち。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

亡くなった主人(益田恭平氏)と演劇仲間だった森本遼氏の関係性が肝。二人は胸に秘めた同性愛者でずっと互いに惹かれ合っていた。益田恭平氏が佐乃美千子さんと結婚したことで姿を消した森本遼氏、偶然数十年振りに再会する。二人は堪え切れぬ欲望に呑まれ本能の赴くまま貪り合う。その光景を目の当たりにした佐乃美千子さんはショックで家族を捨てて遠くへ逃げた。自分の為したことに責任を感じた森本遼氏は自殺。子供達と家に残された益田恭平氏は世捨て人のように生きた。

二場の大学時代の『ロミオとジュリエット』のシーンが退屈。情報量が多い割に内容がない。佐乃さんは益田氏と森本氏の仲を裂こうとするべき。詩は結婚を知った森本氏が別れの時に残すべき。隠れてその詩をずっと大事に読み続けていた益田氏が再会と共に告白するべき。はらみかさんの借用書(詩の出版)のくだりはいらない。益田氏から別れを打ち明けられて、傷ついた佐乃さんは去っていく。(子供達を捨てて自分から去っていくのはおかしい)。森本さんは耐え切れなくなって自殺、の流れか。

同性愛の描写が下手。ただの性欲の発散になっている。

両親の青春時代は韓国映画っぽいセピア色。現在は皆スマホなのにインターネットが普及した世界に見えずあやふやな時代感覚。
デカローグ7~10

デカローグ7~10

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2024/06/22 (土) ~ 2024/07/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

D ⑦⑧ 演出:上村聡史

⑦「ある告白に関する物語」
夜中にうなされている小さな娘(三井絢月ちゃん)。それを見ながら何もしてやれずまごまごする姉(吉田美月喜さん)。やって来た母親(津田真澄さん)が娘を抱きしめて、姉を叱り付ける。「ほら、あんたは何も出来ないんだから!」娘に「また狼の夢を見たのね。ほら狼なんていやしないのよ。」とあやす。
その後、姉はふと母親に訊く。「何で狼だと思ったの?」母親は何も答えない。
数日後、姉は妹を連れ去ってしまう。

娘役の三井絢月(あづき)ちゃん7歳がMVP。一流。彼女一人の誕生で関係者全員の人生が良くも悪くも振り回されていく。本人は我関せず真っ直ぐな瞳でこの世界を見つめ続ける。純粋なものこそがこの世界の中心であるべき、という思想。

⑧「ある過去に関する物語」
倫理学の大学教授(高田聖子さん)、彼女の全著作を英訳しているアメリカの大学教員(岡本玲さん)が来訪。彼女の授業を聴講することに。一人の学生が②のエピソードを提議する。不倫で妊娠した妻、闘病中の夫が死ぬのなら産むし、快癒するのなら堕ろすと。医師は生まれてくる子供の生命こそ大切だと考えて「夫は死ぬ」と嘘をつく。大学教授がこの話に対して「子供の生命こそが一番に優先されるべきだ。」と講評したことで、岡本玲さんに火が点く。手を挙げて彼女が語り出した課題は、1943年ナチス占領下のポーランド、6歳のユダヤ人少女のエピソードだった。

オープニングがカッコイイ。壁越しに罪を刻印された男の影。
岡本玲さんとは判らなかった。ちょっと配役的に若すぎる気も。
MVPは高田聖子さんだろう。何かリアリティーがある。良くも悪くも人間は生活し続けなくてはならない。頭の中で生きている訳ではない。何を考えていようと動物として生き続けなければならない。思想を抱えた動物のリアリティー。

素晴らしい作品だと思う。キェシロフスキ抜きで立派に成立する舞台だった。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

⑦演出が凄く好き。夢の中、イメージの中を彷徨い歩く夢遊病者の群れのよう。同じシーンを二度繰返す仕掛けなんか効いている。(原作では今作だけ亀田佳明氏演ずる男の登場はない。その為、オリジナルに作ったのだろうがズバリ嵌っている)。
吉田美月喜さんのゆらゆら揺れる不安気な存在感。章平氏は山本KIDみたいな格闘家のオーラ。

⑧前半は最高。後半が引き延ばし過ぎてつまらない。見せるべきは若夫婦に拒絶されて何処にも行き場のなくなった少女と青年の絶望感だろう。その時の気持ちを核に生きてきた少女。そこの描写が薄っぺらいとその後の話にも興味が持てない。仕立て屋の男との再会もそこがない為胸に迫らない。神父になって家を出て行った息子や祈りを捧げる岡本玲さん。カトリックにおける神への祈りの意味を日本人に伝える必要がある。余りにも理不尽な現実世界で運を頼りに生きていく。確かなものが何もないのならば自身で作っていくしかない。その代替行為が神への祈り。
生活と革命 vol.2

生活と革命 vol.2

マチルダアパルトマン

イズモギャラリー(東京都)

2024/06/26 (水) ~ 2024/07/03 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

何かぼんやりとしてしまう。毎日の生活を繰り返すだけの日々に底知れぬ不安と無力感、そして虚しさ。暗い穴をじっと覗き込んでいるようだ。

小久音さんはコリー・フェルドマン系の顔。

ネタバレBOX

①前説 池亀三太氏。我が市の紹介。郷土の偉人である文化人と彼の研究したオオアリクイにちなんだ公園について。

②「たらいまわしのウィンドウ」⑴坂本七秋氏。地底アイドルの推し活に人生を注ぎ込んだ男。いつも現場で一緒になるヲタ三人衆だったが、実は他の二人は父親と彼氏だった。披露宴に招待されることに。

③「なけなし3000」 ⑴早舩聖さん、樋口双葉さん。男に金を騙し取られた二人は殺害計画を練る。

④「あれはてたガーデン」坂本七秋氏、小久音さん、つぼみちゆきさん。突然福岡の実家に帰宅した兄。父親が死んでからというもの、誰も手入れしない為荒れ果てている庭。母親は韓流アイドルの追っ掛けとフラダンスに夢中。冷蔵庫に大根とペットボトルの烏龍茶を一緒に入れるのが気になった。

⑤「たらいまわしのウィンドウ」⑵久間健裕氏。カニコロッケでご飯を食べる女について。

⑥「なけなし3000」⑵トリカブトを買う為にバイトをすることに。

⑦「たらいまわしのウィンドウ」⑶早舩聖さん。鳥葬に憧れチベットに行こうとパスポートを申請する女。

⑧「いけずのハネムーン」久間健裕氏、樋口双葉さん。婚姻届を書いている二人と数年後離婚届を書いている二人を混在させて描く。

⑨「たらいまわしのウィンドウ」⑷樋口双葉さん。離婚届を出しに行く。

⑩「けしかけたドッグ」池亀三太氏、早舩聖さん。犬に噛まれて怪我をした男の家に飼い主の女がクッキーを持って謝罪に来る。池亀三太氏はバカリズムに見えた。

(11)「たらいまわしのウィンドウ」⑸小久音さん。家ではいつも裸族の女がカーテンを引きっ放し。近所の小学生の間で化物が住んでいると噂になりピンポンダッシュをされる。

(12)「なけなし3000」⑶早舩聖さんは殺害計画を「やめない?」と訊き、樋口双葉さんは「やめない!」と返す。

何か魔法がかかっていない気がした。「あれはてたガーデン」はこれじゃ勿体ない。「けしかけたドッグ」はキャスティングが違う。「いけずのハネムーン」は流石の出来だが、もっと胸を打つものになる筈。全体として何かパーツが嵌っていない。全く別の話だったのに一つの帰結に誘導していかないと。日常を革命する、ちょっとした視点の呈示に期待。
地の面

地の面

JACROW

新宿シアタートップス(東京都)

2024/06/14 (金) ~ 2024/06/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

誰もケチをつけられない位に面白い。悔しい程の傑作。

2017年6月に起きた『積水ハウス地面師詐欺事件』を舞台化。55億5900万円を騙し取り、史上最大の地面師事件と呼ばれたもの。その後10人逮捕、主犯格は懲役11年の判決。

タランティーノ&ロバート・ロドリゲス作品っぽいスタイリッシュなノリ。井上ひさしの『日本人のへそ』オマージュ的なギャグもあり、作家も劇団も絶好調。実話故にか余りにも面白い脚本。マーティン・スコセッシ風味で映画化して欲しい。日本で作ると伊丹十三系か高田宏治脚本の東映系になりそうだが。

9人の俳優陣が軽快なステップを踏んでノリノリにツイストを踊る。「自信を持て!自信がないと踊れないぞ!」椅子取りゲームのようなオープニング。

主人公・小平伸一郎氏の鳥好きの設定がまた効いている。『君たちはどう生きるか』の青サギオマージュ。山崎の25年物とか台詞の発想、展開が巧妙。犯人グループは登場させず、いる体で応対するのみ。積水ハウスの人間関係に狙い定めた焦点がズバリ当たった。要点を絞ったタイトな脚本と踊り明かす余白のある演出。実録モノの御手本とはこういう作品のことだ。悩める脚本家監督連中は教えを請いに今作を詣でるべき。好き放題やってやがる。それでいてこのクオリティー。

役者は全員本物。後に伝説になるのではないか?
ゴルフシミュレーターに夢中な会長役・佃典彦氏は宝田明っぽい軽妙なソロ・ダンサー。
取締役入りを狙う星野卓誠(たかのぶ)氏は中村勘九郎、東野幸治系の顔立ち。
MVPは社長役の谷仲(やなか)恵輔氏。前作の中曽根康弘役のインパクトが強過ぎるが、萩原流行風味の怪演。ノリノリのステップに四股を踏む。あとは運さえあればメチャクチャ売れること請け合いの実力。

テーマは『組織と自分』。結局、肝心なのは自分は何を大事に思って生きていくのか?ということ。中島みゆきも歌っている。「お前が消えて喜ぶ者にお前のオールを任せるな!」
裏切られたと泣きべそかく前に気付け。裏切られても許せる人間にしか付いて行くな。ただそれだけの話だ。
本物を観たければ見逃すな。

ネタバレBOX

クライマックスのクーデター返しはやり過ぎだろうと思ったが、完全実話だった。東証プライム上場のハウスメーカー第2位の大企業でこんな漫画的展開とは。ラストのどんでん返しも決まる。

クーデターしか生きる術がないと周囲を囲い込む為に仕組まれた詐欺事件のようにも感じる。こんな大失態を敢えておかさせることにより彼等の逃げ道を封じたのかも知れない。そう勘繰る程不可解な事件。
野がも

野がも

劇団俳優座

俳優座スタジオ(東京都)

2024/06/07 (金) ~ 2024/06/21 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ヘンリック・イプセン、19世紀ノルウェーの劇作家。「近代演劇の父」と呼ばれたのはモラルや道徳的予定調和(所謂ビルドゥングスロマン〈教養物語〉)を無視し、現実に即したリアルな作劇を呈示したから。作家の意図が論議される作品の走り。何となく知っているような気がしていたが、多分初めて観た。
俳優座は2月の『スターリン』がつまらなくて足が遠のいていた。(自分の理解力にも問題があったようなので違う形でもう一度観てみたい気はするが)。

演出も俳優も最高の水準。
地元の名士、財を築いた実業家ホーコン・ヴェルレ(加藤佳男氏)の屋敷での晩餐会。小さな写真館を営むヤルマール・エクダル(斉藤淳氏)は一人場違いな場に招待されている。山の工場から16年振りに町に帰って来た息子グレーゲルス・ヴェルレ(志村史人氏)が友人として招待したのだ。グレーゲルスはヤルマールからいろいろと近況を聞いていく内にある疑念が生まれる。父は妊娠させた使用人ギーナ(清水直子さん)をヤルマールに押し付けたのではないか?更にヤルマールの父、エクダル元中尉(塩山誠司氏)はかつてヴェルレの事業の共同経営者だったが、国有林伐採の罪を一人被らされて投獄、出所後は酒浸りの廃人となってしまった。理想家グレーゲルスは唾棄すべき父に訣別を告げ、屋敷を出て行く。彼が向かう先はヤルマールの家。嘘と欺瞞に満ちた暮らしに正義の光を照らし、真実の生へと人々を導いてゆく事こそが己に課せられた使命だと信じていた。

凄くよく出来た喜劇。
劇団エース格の斉藤淳(あつし)氏は今作では若々しくオリラジ中田に見えた。終盤頬張るサンドウィッチがやたら美味そう。
加藤佳男氏は政界の大物風味。突っ立ってるだけで金が取れる。児玉誉士夫なんか演って貰いたい。
釜木美緒さんは29歳!マジで子役だと思っていた。

こんな古典を易々とこなす老舗プロ劇団の強み。古今東西、世界中のどんな戯曲でも美味しく調理してやんよ。
流石に面白かった。

ネタバレBOX

ヤルマールの写真館を兼ねた家では妻のギーナと14歳の娘のヘドウィク(釜木美緒さん)、父エクダル元中尉が共に暮らす。階下は二部屋、人に貸している。そして秘密の屋根裏部屋では、まるで“海底(うなぞこ)”のような深く暗い森を作っていた。鳩や兎が放され、水槽の池もある。誰も知らない一家だけの森。一番の自慢は野鴨。野生の真鴨が我等が森に棲んでいるのだ。一流のハンターとして輝かしき過去を持つエクダル元中尉は屋根裏でハンティングに励み己を鼓舞していた。
アヒル(家鴨)は真鴨を家禽化したもの。今作で屋根裏部屋で飼育しているものはアヒルではなく、野鴨であることを一家は誇りに思っている。

一家の生活はグレーゲルスが真実を告げて回ることで急変。生温い嘘で現実から目を逸らす偽りの暮らしよりも、残酷なる真実を直視せよ。ヤルマールのそれなりに満ち足りていた暮らしは一夜で引っ剥がされる。権力者に孕まされた嫁を宛てがわれてそいつの娘をいそいそと育てていた日々。嵌められて汚名を着せられた親父は慰謝料として毎月小遣いを貰って安酒を飲んでいる。自分を包んでいた優しい嘘や誤魔化しの幻想が剥げてそこに見えたものは己の醜さ。そしてそれでも尚何も出来ない無力さ。

グレーゲルスはヘドウィクをやたら煽る。父親への信頼回復の為に自分が最も大事にしているものを捧げよ、と。グレーゲルスは悪魔にしか見えない。敬虔なクリスチャンと共産主義者をカリカチュアライズしたキチガイにしか。全ての真実を受け入れた上で許し合い愛し合うことこそが真の人間の生である、みたいな与太話。
真実を知ったら人間はとても生きてはいけない。ゴータマ・シッダッタが説いた最初の真実は『一切皆苦』。この世には苦しみ以外は何も存在しないということ。

作品最大の謎はヘドウィクが何故、野鴨ではなく自分を撃ったのか?だ。大事にしていた野鴨を殺そうとしている自分自身に耐え切れなくなったのか?父親に自身の清冽な魂を証明する為に野鴨よりも自死を選んだのか?自分を殺すことでしか伝えられそうもない何かがあったのか?
多分正解はない。登場人物にも作者にも解らない。ただそういう出来事が起こったというだけ。

豪商だったがイプセンが7歳の時に破産した父、まさにエクダル元中尉のようになったらしい。ヘドヴィクはイプセンの妹と祖母の名前。イプセン自身、母の不倫の子だったのではないかという話もあるそうだ。16で家を出て二度と帰ることはなかったイプセン。チェーホフは今作に影響を受けて『かもめ』を書いたという、成程。更に想起されるのはテネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』。あの屋根裏部屋の“海底”が一家にとって唯一の“世界”だったのか。

自分的にはこの終わり方は承服出来ない。理想と現実の境目を越えようとしたら死ぬしかないのか?演出、俳優は完璧だがイプセンの原作が中途半端。
水彩画

水彩画

劇団普通

すみだパークギャラリーささや(東京都)

2024/06/17 (月) ~ 2024/06/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

茨城のオシャレなカフェ。用松亮氏と坂倉なつこさんの老夫婦、隣でその娘の安川まりさんと浅井浩介氏の夫婦がコーヒーを飲んでいる。
用松亮氏の会社時代の同僚、定年退職仲間のハナワ氏の油絵展覧会を見に行った帰り。
外にはオープンテラスが見え、店内の鉢には蓮とメダカのビオトープが置かれている。

もう一つのテーブルには結婚前の同棲中のカップル、伊島空(くう)氏と青柳美希さん。高校時代からの親友のカズ君が就職先の教師を辞めて黙って東京に出て行ってしまった。今では杉並区でNPO法人関係の仕事をしているそうだ。カズ君から来たメールの中にこの店のことがあり、コストコ帰りに寄ってみることにした。

浅井浩介氏は若い頃の前田吟っぽい。
伊島空氏は若い頃の原田大二郎っぽい。

高度に練り込まれたコメディ。聞く気もないのに流れてくる他人の会話、それがぼんやりと耳に入るカフェにいる。集まった観客は未知なるジャンルに興奮しているようだ。
『ドキュメンタル』のような空気感。笑ってはいけない状況で延々と繰り広げられる日常会話。カズ君の話をまた蒸し返すカップル。いやカズ君、そもそも俺知らねえから。もうその話はいいよ。
個人的にもの凄く憂鬱な出来事があったのだが今作の雰囲気がいい気分転換になった。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

トイレの鍵が引っ掛かり、出る時なかなか開かない。
土産物コーナーで高価な陶器のカップが売られている。坂倉なつこさんは旦那に買ってやりたいと思うが、用松亮氏は気に入らない。

安川まりさんが「自分が何が欲しいのかもう分からない」と突然涙ぐむシーンが印象的。勿論介護の話題も出るが自分のしなければならないことと自分のやりたいことについての物語に思えた。誰もが自分が何を考え、他人が何を考えているのかよく分からない。盲目の手探りでそのあやふやなものを確かめ合っているような会話劇。心と言葉の手でそのフォルムを何度も何度も撫で回す。会話って一体何なのだろう?

演劇的な仕掛けが一つだけある。卓上テーブルランプが店内に二箇所置かれている。それを安川まりさんと青柳美希さんがそれぞれ点けるのだが、その時だけ前夜のシーンだったり帰宅後のシーンだったり時空間が飛ぶ。

100分は長すぎる。敢えてやるなら逆に休憩入れて3時間半ぐらいこれをやった方がよかった。ランナーズハイに近い内因性カンナビノイド(脳内マリファナ類似物質)が生成される筈。
純文学のススメ

純文学のススメ

シニア演劇ネットワーク

劇場MOMO(東京都)

2024/06/12 (水) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

B

太宰治の『黄金風景』が大好きで、朗読劇ではなく上演するとのことで観に行った。だがちょっとこの作品を軽んじているようなブリッジ的扱い。いや『黄金風景』こそが太宰治文学の入口、全く小説なんか読まない層に扉を開く作品。もっと大事に扱って練り込めばいろんな可能性を刺激した筈。

基本は台本片手の朗読劇。バリアフリー字幕として台本がバックに全部投影される仕様。何人かのキャラだけが何も持たずに演じていた。特質すべきは選曲。クラシックの名曲が挿入されるのだが、驚く程センスが良い。大衆的でありつつ的を得ている。かなり詳しい人がやったのではないか。

①芥川龍之介『少年』1924年
関東大震災後の復興中の東京、満員バスに揺られる男、堀川保吉(やすきち)。所謂「保吉もの」と呼ばれる芥川龍之介の自叙伝的色合いの濃い私小説シリーズの一篇。
クリスマスの日、フランス人の宣教師(高田幸子さん)と少女(石田さよこさん)のあどけない遣り取りをバスで見た主人公(栗山寿恵子さん)。銀座のカフェ(現在のバー)で二十年以上前の子供時代(tommyさん)の追想に耽る。六篇のオムニバス。
女中のつうや(石田さよこさん)から受けた教訓。
風呂を出る父親(柴田恵子さん)の後ろ姿から感じた死のイメージ。
初めて見た海の色。
幻灯機に映し出されたヴェネチアの街並、窓から顔を出した少女の幻影。
両国の「本所回向院」での戦争ごっこ。「やあい、“お母さん”って泣いてやがる!」

大森海岸で初めて見た海の色が代赭色(たいしゃいろ)=やや明るい茶色=煉瓦のような色。

②太宰治『黄金風景』1939年
太宰治(深沢誠氏)が幼少期(秋津今日子さん)に女中のお慶(柴田恵子さん)を虐めていた回想。落ちぶれて窮迫した今、彼女達一家が訪ねて来るのだが。

③太宰治『貨幣』1946年
百円紙幣(片岡つぼみさん)が戦前戦中幾多の人々の財布を行き来し流転した回顧録を自叙伝風に綴る。傲慢な陸軍大尉(深沢誠氏)の相手をする身を持ち崩した酌婦(栗山寿恵子さん)のエピソードがメイン。酌婦は乳飲み子を育てている。この世にほとほとうんざりしていた百円紙幣が幸福を実感する夜明け。

ネタバレBOX

①今作は受け止め方が難しい。これとがっぷり組み合うだけで相当な作品になる。ちょっと味気無い仕上がり。

②いやこれメインでやってくれ。昔幼少期に虐めた女中への恥ずかしさ。名家を追い出され一応小説家という肩書はあれど、全く惨めで落ちぶれた暮らしの男。偶然近くに越してきたことを知り、かつての女中が訪ねて来る悪夢。復讐か?笑い嘲るのか?どんな言葉を投げ掛けられても返す言葉もない。怯えた男は用事もないのに家を飛び出て原っぱで寝転んで時間を潰す。何て惨めなんだ?後悔に次ぐ後悔。酷く傲慢な恥知らずのガキであった自分自身の過去。どれだけ彼女を傷付けた?そこに土手を歩いてくるかつての女中一家の声がする。夫婦と小さい子供。「折角お会い出来ると思っていたのにお留守なんて残念だわ。お忙しい方だから。」「立派な小説家になられて。私、ずっと思っていたのよ。この子はきっと偉くなるって。ちょっと他の子とはモノが違うって。」
それを聞いて、太宰治は声を殺して泣く。負けた、俺は負けたのだ。彼女達一家の人生に負けたのだ。だがこれは幸福な負けだ。こうでなくてはならぬ。この負けは俺の人生にとって確かな標となる、幸福な負けだ。(かなり意訳)。

③何となく覚えている話だが、もう少し演劇的に練ってもいいのでは。大尉と酌婦のクライマックスはもっと見せるべき。
火の方舟

火の方舟

名取事務所

小劇場B1(東京都)

2024/06/14 (金) ~ 2024/06/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

また凄え作品、ぶち込みやがったな。
舞台美術はまるで廃墟。被災地のような不穏な雰囲気。狙いは『イノセント・ピープル』と同じものを想起させる。散乱した家財道具と普通の生活空間が共存して見えるバランス。

物語は2011年3月10日、東京都目黒区柿の木坂にある原子力委員会関連財団の理事長(山口眞司氏)の家。元大学教授で経済産業省にも顔が効くこの世界の大立物だ。長崎で胎内被爆者として生を受けた。
その妻(山本郁子さん)は広島で被爆した大学教授の娘。山口氏は入婿としてこの家に入った。
広島で新聞記者をやっている娘(大谷優衣さん)が東京に取材がてら久し振りに顔を見せている。
娘は家族と何十年も音信不通だった叔父(田代隆秀氏)に偶然沖縄で会ったことを知らせる。彼はその地で反骨のジャーナリストとして評価を受けていた。

翌日に何が起こるのかは日本人なら誰でも知っている。テーマは『原子力』。被爆者として生まれた男が何故原子力推進の旗手となったのか?世界で唯一原爆による被害を受けた日本が、何故こんなにも原発大国となったのか?

大谷優衣さんをルックスから勝手に元アイドルだと思い、かなりの長台詞をよくモノにしたなと感心していた。普通に演劇集団円所属の女優だった。

田代隆秀氏はもろそっち方面の活動家。討論慣れしていて話のキャパがデカい。

山本郁子さんは後半、シェイクスピア劇のようにガラリと変貌して女になる。鳥肌が立つ。

MVPは無論、山口眞司氏。終盤の独白は妖気が漂い戦慄が走る。黒澤明なら『生きものの記録』とか『悪い奴ほどよく眠る』の三船敏郎。全ての積み重ねはこの為に用意されていたものだった。

観る人によって賛否両論だと思う。自分は断然支持。ああすればこうすればは多々あるが、ラディカルで良い。バランス感覚を持って平均的に支持される作品なんかどうでもいい。選挙運動じゃないんだから。一部に熱狂的に受けてあとは黙殺でいいよ。その代わりその一部をガチガチに滅多刺しにしてくれ。今作はそんな作品だった。

ネタバレBOX

「俺こそが原爆の子だ!」
説明台詞がずっと続く討論劇が苦手な人もいるだろう。大島渚の『日本の夜と霧』を彷彿とさせる。『オッペンハイマー』、『イノセント・ピープル』と地続きの物語。

「一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことはありません。罪といい無実といい、集団的ではなく個人的なものであります。」
「問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。」
リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー
青い!大劇場結婚式(小劇場 楽園)

青い!大劇場結婚式(小劇場 楽園)

藤原たまえプロデュース

小劇場 楽園(東京都)

2024/06/06 (木) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

こういうことをやろうという心意気が面白い。その気持ちにみんな金を払う。

ネタバレBOX

新郎がタキシードを忘れてしまい、慌てたスタッフが本多劇場グループのチラシを見ながらそれっぽい衣装を用意していそうな公演中の劇団を探すネタがある。今まさに本多劇場で公演中の『無頼の女房』、剣持直明氏(医師の役)に狙いを付けて直電でお借りする。このネタが痛快なのだが、本日昼の公演では剣持直明氏御本人がタキシードを持って公演に参加してくれたそうだ。これぞ下北沢の強みだよなあ。

阿達由香さんが右膝にサポーターをしていて、相当キツイんだろう。

正直、こっちだけだとDVD特典程度。もっと別の人間関係を導入しなければ。期待したJURI&JUNAさんネタも序盤だけ。唯一、仲美海さんと閏木(うるき)ときたか氏ネタだけ面白かった。
青い!大劇場結婚式(「劇」小劇場)

青い!大劇場結婚式(「劇」小劇場)

藤原たまえプロデュース

「劇」小劇場(東京都)

2024/06/06 (木) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

何となく凄くハイテンションだがつまらない大騒ぎを予想していたらかなり面白かった。
「劇」小劇場で結婚式を行う熟年カップル。理由はそこが二人の出会いの場だったからだ。しかもその模様を生配信するという。自分でも小劇団を主催している新婦(高乃麗〈うらら〉さん)はブライダル会社の演出に駄目出しをし、いろんな突飛な思い付きを入れていく。現場責任者(ジョニー高山氏)とプランナー(阿達由香さん)は引きつった苦笑いで対応。控室として用意されたのは道を挟んだ向かいの地下にある小劇場「楽園」。土建屋社長の新郎(橋倉靖彦氏)がなかなかやって来ないことに腹を立てた新婦は「楽園」へと呼びに行く。次々にありとあらゆるトラブルが降り掛かる地獄の現場、果たして何とか結婚式を遂行することが出来るのか?

面白いのは新郎新婦のキャラ。見事に配役に成功している。高乃麗さんの迸るエネルギーが作品のエンジン。
橋倉靖彦氏の佇まいと口下手で朴訥なキャラもいい。
東京AZARASHI団以来の観劇となる阿達由香さん。流石に腕は衰えていない。こういう喜劇には欠かせない知的な笑いのキャラクター。
沖縄出身の双子ダンサー、JURI&JUNAさんも好演。

伝説の興行師、ウィリアム・キャッスルを思い起こすギミック興行。ウィリアム・キャッスルは下らないB級ホラー映画にギミックを施して観客を呼び込んだ映画プロデューサー。「ショック死保険」、クライマックスでワイヤーに吊られ映画館を飛び回る骸骨の模型、魔法のコインを配る、幾つかの座席に電流を流す、恐怖で退場すれば返金するが臆病者コーナーで晒される、幽霊が見えるセロファン眼鏡、悪役の最期を観客投票で決める、危険の為映画館に看護婦が待機・・・などなど。まさに見世物小屋の呼び込み口上。観に行ってガッカリするのだがそれもまた良いものだ。

今回はキャスト15名に観客19人のほぼ互角の戦いだった。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

「劇」小劇場は二階にある。大きな脚立を立てて外から搬入口へと出入りしたり、セーフティーマットを地面に敷いて飛び降りたり。ハンディカメラを使って「楽園」との行き来の様子もスクリーンで中継される。TVの生中継番組に参加している感覚。

「楽園」の隣りにある「高級芋菓子しみず」が度々スクリーンに映し出されていい味。物語に組み込むべきだった。

個人的には高木稟氏演ずる偽牧師の登場からベタな展開になってスロー・ダウン。(勿論高木稟氏は好演で客席を爆笑させ続けた)。こういうお約束の話で落とすのではなく、もっと誰もまだ見ぬ地平を目指すべきだった。アガリスクエンターテイメントみたいにこの2劇場同時公演でしか成し得ない、オリジナルな新世界へと。どちらを観てもそれぞれ面白いが、2本共観たら全く別の世界が覗けるような志高き作品を。
SF要素があった方が良かったかも。謎の伏線で観客の興味を引っ張る。双子を使って瞬間移動やタイム・リープ、テレパシーなんかも使えた筈。

新婦の劇団主催も謎。そんな女がこんなイベントをブライダル会社に依頼する訳がない。田舎者の新郎の仕切りに我慢しながら苛ついている設定が欲しい。
白き山

白き山

劇団チョコレートケーキ

駅前劇場(東京都)

2024/06/06 (木) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「あかあかと一本の道とほりたり たまきはる我が命なりけり」
アララギ派(正岡子規の信奉者)の師である伊藤佐千夫が脳溢血で早逝。「師匠の照らした遠く続くこの一本道を魂の極わるまで歩き続けなくてはならない。」との覚悟の歌。
正岡子規の掲げた写実(写生)主義とは、絵画の方法論と同じく現実をありのままに写すこと。
更に斎藤茂吉はそれを深め、『実相観入』という造語を生み出した。自然と自分とを同一化し、対象に観察者である自己の存在をぶつけて生命そのものを写すこと。

1945年9月、敗戦してまだ一ヶ月、混乱の世相。郷里の山形県金瓶(かなかめ)村で妹の嫁ぎ先の離れに疎開していた斎藤茂吉(緒方晋氏)、63歳。精神科医で歌人。戦時中に「戦争詠み(時局詠)」と呼ばれる戦意高揚の短歌を詠んだことで、敗戦後「戦犯歌人」と罵られることに。近所の農婦(柿丸美智恵さん)が賄い婦として食事の世話をしてくれている。様子を見に東京から立ち寄った次男(西尾友樹氏)は手紙で兄である長男(浅井伸治氏)と斎藤茂吉の弟子である山口茂吉(岡本篤氏)を呼び寄せることに。

MVPは柿丸美智恵さん。実質、彼女が主人公なんだろう。凄腕。
西尾友樹氏は非常にコミカルな役を怪演。異常にどったんばったん地面に転がり、全身を使って笑いを取る。肘上に痣が見えた。かなり身体を酷使した役作り。煙草やマッチが散らばり、土塊が散乱。
緒方晋氏は大御所役者の風格。体調不良で降板した村井國夫氏の代役なのだがそれを全く感じさせない。彼以外考えられない。

戦後の松竹映画の雰囲気。淡々とした描写を重ねて内面を風景で補完させる。
観れるのであれば必ず観ておくべき作品。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

岡本篤氏がやたら咳き込むので、体調が悪い中の出演か?と思って観ていたらそういう役だった。
西尾友樹氏の演じた次男は後に作家として大成功する。精神科医の傍ら北杜夫のペンネームで作家となり、旅行記的エッセイ『どくとるマンボウ』シリーズはベストセラーに。芥川賞も獲り順風満帆だったが、躁鬱病を発症し狂乱の株取引で自己破産。周囲から借金を繰り返し準禁治産者宣告を受けることに。
浅井伸治氏の演じた長男・斎藤茂太も精神科医、随筆家として名を残す。日本旅行作家協会を設立する程の旅行好き。

物語はただの農婦キャラだった柿丸美智恵さんが実は短歌好きで正岡子規や斎藤茂吉の『赤光』を発売当時から買い求めていたことを告げてから動き出す。言葉に出来なかった自分の気持ちを作家が代弁して形にしてくれたように思えた嬉しさ。名もなき自分の誰にも伝えることの出来ない想いが作品として刻印されること、その瞬間を封じ込めた一冊の本。
山形県と宮城県の境として屹立する蔵王連峰。その峻厳なるフォルムは古来より人を本能的に畏怖させる。戦争に息子達を取られてからというもの、蔵王を眺めれば恐怖と苦しみ、痛々しい悲痛な想いしか感じられなかった。息子を全て失って、今蔵王を見遣ると、何故だか「頑張れ!頑張れ!」との励ましの声が聴こえてくる。何故だろうか?

その話をじっと聞いていた斎藤茂吉(緒方晋氏)ははっと気付く。自分が歌を詠めなくなったのは自分自身の心の問題であった。自分が『実相観入』によこしまな意識を入れたせいだ。間違っていた。自然は常に「生きろ」と告げる。「死にに行け」なんて言う筈がない。その声が聴こえなくなったのは自分の心の問題だ。彼はまた自分の中に歌を見付け出すラスト。

ただ自分が物足りなさを感じたのは脚本の密度なのかも知れない。歌人の再生物語としては弱い。

太平洋戦争開戦は日本国民の大多数が支持していた。米英の経済封鎖に我慢に我慢を重ねて来た日本が到頭怒りの鉄拳を振るう時。国民は往来で口々に万歳を叫び、士気を鼓舞した。自国が戦地でなければ戦争はオリンピックのようなもの。国民的歌人の斎藤茂吉が戦争詠みをするのは至極当然の事。誰も日本が戦争に大敗し無条件降伏を呑んで占領されるなんて想像していなかった。
1945年9月18日、朝日新聞に載った鳩山一郎の談話が問題になり、GHQは発行停止処分にした。原爆投下や市街地への無差別空襲は国際法違反であるとの内容。この日から米軍批判は絶対的タブーとなり、言論統制が始まる。GHQは「ウォー・ギルト・プログラム」という計画を立て、「戦争の有罪性」を日本国民に知らしめていく。全国紙に連載された「太平洋戦争史」とラジオ・ドキュメンタリー番組「真相はこうだ」の放送。続く戦犯認定と東京裁判、左翼活動家達の釈放。日本人の価値観はたちまち引っくり返り、自分達は軍部の恐怖政治に支配されていた無辜の民、被害者であったことにした。

実際の斎藤茂吉は「戦争詠み」に全く恥じてなどいなかった。国民の思いを代表して詠むことの何が悪いのか?逆に敗戦で価値観が簡単に引っくり返ることの方が恥ずべきこと。戦争を起こしたのは無辜の民で、自分達自身であることに向き合うべき。自分を断罪せず、他人のせいにしていてはこれからも何も変わらない。

※ここから余談、黒澤明の『醜聞〈スキャンダル〉』の冒頭、画家の三船敏郎が山を描いている。地元民がその様子を眺めているが、現実と絵の山とは全くの別物。そのことを訊ねると「目だけではなく自分の心全体を使ってこの山を受け止めているんだ。」的な言葉を返す。(うろ覚えなので全然違ったかも知れない)。元々画家志望だった黒澤明、こんなふうに考えているんだなあと参考になった。
そして晩年の『夢』の第5話『鴉』。美術館でゴッホの絵を眺めている黒澤明。そのうち絵の中に入り込んでその景色の中を歩き回っている。随分と彷徨うと作者であるゴッホを見付ける。黒澤明にとって絵を観るという行為は、魂のレヴェルでそれを描いた作家と会って対話することであったのだ。当時驚いた記憶がある。
砂漠の動物園

砂漠の動物園

演劇実験室◎万有引力

ザ・スズナリ(東京都)

2024/06/07 (金) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

わたしはあらんとしてあるもので、あるとはすべてであり、わたしはあらんとしてあるもの。

『シュヴァルの理想宮』と呼ばれる建造物がある。1879年、43歳のフランスの郵便配達夫ジョゼフ・フェルディナン・シュヴァルが奇妙な形をした石に蹴躓く。その形に魅了された彼は家に持ち帰り、その日から石の収集を始める。集めた石を庭先に積み上げ、33年掛けて理想の宮殿を独りで完成させた。周囲からキチガイ扱いされながらもその見事な城塞は、彼の死後1969年、フランスの歴史的建造物に指定され今ではれっきとした観光名所。彼の人生は映画化もされた。

1985年初演、何度もフォルムを変えながら流転し続け今回で9度目に。テーマは『距離』。シュヴァルが石を積み上げ始めた時に思い描いたものとの距離。それは掛かる時間か、物理的な作業としての労働量か、それに費やす己の忍耐力か。そしてそれを創り出したいと思った精神世界の欲望との距離。どうして創りたいのか?他のものじゃ駄目なのか?本当に創りたいものはこれなのか?
全ての実現は願うことから始まる。その願いと自分の立っている場所との距離。目に見えないそれを伝える装置としての演劇。皆ランドセルを背負っている。

舞台前には砂漠に見立てた砂場。ある一家の父親が行方知れず。代役業のヤドカリ・𫝆村博氏が父親役を契約。母親は森ようこさん、息子は髙橋優太氏。失踪した郵便配達夫(違ったかも知れない)・螺旋は髙田恵篤氏。カタツムリは小林桂太氏。
「一人は不在(不明)で一人は他人」

『シュヴァルの理想宮』を絶賛したアンドレ・ブルトンの自伝小説『ナジャ』。ナジャことレオーナ・デルクール役は山田桜子さん。ロシア語で「希望」の意味を持つナジェージダ 、その言葉を縮めてナジャ。

ラモーンズの『Pinhead』に似たリフの曲が流れて興奮した。
森ようこさんは流石。こういう女優を育てていかないと劇団は続いていかない。

日本のPUNK ROCK史を語る上でアングラ演劇の系譜は欠かせない。小林桂太氏の小柄な肉体美は遠藤ミチロウを彷彿とさせる。スターリンは寺山修司だったんだな。逆に「万有引力」にスターリンを感じた。

前売りで全席完売、グッズ売り場に長蛇の列。

わたしはあらんとしてあるもので、あるとはすべてであり、わたしはあらんとしてあるもの。

ネタバレBOX

後半は役者が客席に入りマイクと台本を渡して、観客に役を演じさせる展開。仕込みかと思う程、熱演する観客。ただこの手の展開の成功例を未だ見たことがない。ただただ苦笑い。客弄りはもう古い気がする。虚構と現実の垣根なんて最早何処にも無いのだ。

髙橋優太氏と三俣遥河(みつまたはるか)氏のお馴染み寺山問答。砂場プロレス。一発ギャグ大会。黒電話をかけて客席の受話器を取った者と会話する髙田恵篤氏。昨夜、喉が渇いて目を覚まし冷蔵庫を開けると地下に階段が続いていた。ずっと降りて行くと扉。それを開けると見渡す限りの大砂漠。

2列目の女性客がひたすら熟睡していた。客席に役者が入ってすぐ傍で遣り取りをする流れでも徹底して熟睡。実はこれ仕込みで突然立ち上がって台詞でも言うんじゃないか?と勘ぐる程の熟睡。
2020年7月の公演の時、衣装から化粧からコスプレ(白塗り学ラン)で完璧に固めた熱狂的な観客が最前列に陣取っていたが始まってすぐに熟睡したのを思い出した。妙に寺山修司的。
短編作品集『3℃の飯より君が好き』

短編作品集『3℃の飯より君が好き』

劇団印象-indian elephant-

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2024/06/05 (水) ~ 2024/06/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

演出・一宮周平【Bチーム】

①『メイクアップ!』
役者の首から小さなパペットの身体をぶら下げる人形劇スタイル。このセンスは悪くない。配役の狙いが良い。横室彩紀(あき)さんは流石。

②『3℃の飯より君が好き』
10ヶ月ほど前に妻(尾崎京香さん)が作ったトマトカレー。冷凍保存しておいたそれを解凍して食べようとする夫(花戸祐介氏)。「何で取っておくのか?何故その時すぐに食べないのか?」と考える妻。“今”を冷凍保存しておきたい人間の心理。全ての“今”はあやふやな感情の風の中に舞っている。確かなものを残したがる気持ち。その時、妻の子宮は凍る。

『海月になりたい』という歌が凄く良い。雪の降り出した海辺の町で、どうしようもなく壊れかけた二人が“今”を手に入れるラスト。

ネタバレBOX

もし観るならばBチームがお薦め。鈴木アツト演出はサービスが足りない。余りにも中途半端。

30人程の客。助成金が出ないと成り立たない演劇。その歪さから目を背けるのは自称文化人達か。

①Twitterで叩かれた翌日、泣き出した新行内(しんぎょううち)啓太氏が教室を飛び出すシーンから無理がある。追い掛けた中坂弥樹(みき)さんの弁明、その辺りも嘘臭い。イエロー・フェイスの差別意識では落ちない。本気で差別と向き合いたいなら幾らでも方法はあっただろう。何か適当に問題意識を振り撒いただけで薄っぺらい。痛みと暴力が足りない。実際に黒塗りオセローを演ってみせるべきだった。

②凍りつくネタが不要。もっと違う形に置き換えるべき。ずっと自分の中の氷を溶かす為に詩を書き殴ってきた夫。最早それでは溶かせそうにないと思う。夫婦が“家族”を続ける為に何が必要なのか?何が不必要なのか?
短編作品集『3℃の飯より君が好き』

短編作品集『3℃の飯より君が好き』

劇団印象-indian elephant-

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2024/06/05 (水) ~ 2024/06/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

演出・鈴木アツト【Aチーム】

①『メイクアップ!』
児童青少年演劇の企画の為に作られた30分のリーディングもの。
中3の少女二人と少年一人の青春模様。化粧は男尊社会への隷従だとガチガチのフェミニストの村田詩織さん。長い付き合いで親友の佐藤美輝さんは演劇部でヒロインを勝ち取り、メイクしたくて堪らない。その『オセロー』主演の河野賢治氏はより作品のテーマを深める為、あることを決めた。

②『3℃の飯より君が好き』
新婚夫婦。仕事から帰って来た滝沢花野さん、これから夜勤の交通警備に向かう向井康起氏。滝沢さんの腹が突然膨れて中に氷の塊が入っているようだ。

ネタバレBOX

①子供向けなんだろうが、子供にもキツイと思う。もう少し深く突き刺さる問題提起をしないと。

②純文学なんだろう。凍ってしまうということの暗喩なり何なり。ラストのぐるぐる回りながら二人手を繋ぎ、歌い続ける奇妙な舞踏。演劇で純文学をやるとこうなるのか。
阿呆ノ記

阿呆ノ記

劇団桟敷童子

すみだパークシアター倉(東京都)

2024/06/04 (火) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

九州の山奥にある阿呆村。そこでは捨て子や孤児、罪人の遺児等を古来より寺で養う風習があった。そして自然災害や疫病、飢饉・干ばつでの祈祷、建造物建立の安全の祈願の折りに阿呆丸と呼ばれたその子供達を各地に連れて行く。人柱や生贄、人身御供として天に捧げた。明治になって刑法が整備され、この風習は禁止される。解放された阿呆丸達は死に場所を探して山奥を彷徨っているという。この設定だけで凄まじく面白い。

昭和12年、日中戦争の激化から軍国主義に滑り落ちていく時代。村人は鉄道工事に駆り出され、山は切り崩されていく。代々猟師の一族である、音無美紀子さん、その息子である鉄砲衆頭・三村晃弘氏、孫である加村啓(ひろ)氏の物語。子を産んですぐ亡くなった妻を今も愛し続けている三村氏。そんな息子の嫁として隣村から大手忍さんを貰ってくる音無さん。勝手なことをされて怒る三村氏だったが・・・。

MVPは女頭目・音無美紀子さん。文句なしの素晴らしい存在感。
ヒロインの大手忍さんも魅力的、永遠の少女性。もう少しガタイがガッチリしていた方が作品的には合ったかも知れないが。
もう一人の主人公、加村啓氏も印象的。劇団Q+の『マミーブルー』も覚えてる。寺山修司系の森田剛っぼい感じ。アングラ・イケメン。

神社のおみくじのように赤い紐が無数に木々に縛り付けられている舞台美術。
ドイツのモーゼル(マウザー)銃、Gew(ゲヴェーア)98のフォルムが作品の文鎮と構える。
桟敷童子フォークロアのアーキタイプを見せつけるかのような作品世界。常連客はいろんな既視感にとらわれる筈。
好きか嫌いかと聞かれたら、大好き。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

作中、一番興奮したのが阿呆丸の三人が素顔をさらしたシーン。板垣桃子さんだったのか!今回出ないんだな、と思っていたら実はファースト・シーンから出ていた。

何処かにいるのかいないのか、阿呆丸へのお供えとして砕いた根っ子を丸めて作る不味い饅頭。包んでそこらに赤い紐で吊るす風習。舞台美術の正体はこれだった。余りに不味い為、動物達も食べない。こんなものを食おうとするのはそれこそ人間ぐらいだ。

戦争を広義の生贄と捉える発想が面白い。常に誰かの犠牲でこの世は成り立っている。死ぬ機を逃した阿呆丸共よ、生きて生きて生きて自分の役目を見付けて果たすのだ。死ぬにも役割がある。果たさずして死ぬことなど許されない。

※ホンは継ぎ接ぎだらけでどうにも不格好。大手忍さんが登場するまでは茫洋、ぼんやりとした作品世界。後半は女性版『獣唄』のようにも思える展開。だが雑すぎる。いや、いろいろと今作は凄く好きなだけに勿体無い。本当は全く演劇観ない奴に「これ、絶対観てくれ!」と伝えたい気持ち。でもこのままじゃ何か薦め辛い。マニアがニヤリではなく、圧倒的に開かれた作品であって欲しい。この劇団はマジで観劇一発目にふさわしい存在。老若男女、そして外人にも伝わる破壊力を秘めている。だからこそ脚本の細部を詰めて欲しい。とんでもない傑作にならないと今作はおかしいネタ。とにかく勿体無い。
デンギョー!

デンギョー!

小松台東

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2024/05/31 (金) ~ 2024/06/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

死ぬ程面白い。大傑作だと思う。
セットは庭劇団ペニノの『笑顔の砦』っぽいリアルな作り込み。舞台美術と照明は天才の仕業だ。詰所の窓とアルミサッシの引戸が開かれる度、ふと見える外の光景。まさしく現実世界に続いていく手触り。TRASHMASTERSっぽい人物の偏執的な描き込み。どうしようもなく沈鬱な現実を提示するのかと身構えるが、展開されるのは高度な喜劇。何重にも捻り過ぎて最早哲学的ですらある笑い。平山秀幸監督の『笑う蛙』を観た時のような全く先が読めない不思議な感覚。これ一体どう落とすのか?と思ったら成程!

宮崎県にある宮崎電業。社長が病気で倒れ、社長代理の森が舵を取る。現場を知らない素人の仕切りに電工(電気工事士)達はそっぽを向き、叩き上げの電工から執行部入りした営業部長(瓜生和成氏)は間に挟まれる。更に執行役員として尾方宣久氏が突然の入社。現場主任の五十嵐明氏や松本哲也氏は不信感を募らせる。

太腿のtattooを見せ付ける事務員の平田舞さんはあーりんを思わせるふてぶてしさで貫禄。
しずちゃんとの結婚で注目を集めた佐藤達(とおる)氏は下請け業者を流石の怪演。
いぶし銀の五十嵐明氏は目付きの変化だけで唸らせる。
軽度の知的障害者であろう吉田電話氏も大ハッスル。
電材屋の依田啓嗣(たかし)氏はヴィジュアル系。

MVPは天才・瓜生和成氏。もうこの人にはかなわない。時折ドクター中松にも見える自然な抜けっぷり。凄い技術。時代が時代なら実録ヤクザ映画で引っ張りだこだったろう。

この高度な笑いのテクニック。混ぜ方が巧妙。時折、吹き出すのをこらえる役者達。シリアスな話の中に必ず毒物を混ぜてくる。
こういう作品を観れる幸運。才能が溶岩のように溢れ出している。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

依田啓嗣氏のケンタッキーを早朝に差し入れする力量。宮崎では24時間営業なのか?

タイミングの巧さ。狙いすましたようにカットが切り替わる。
博多華丸・大吉のネタに近い笑い。
ケエツブロウよ-伊藤野枝ただいま帰省中

ケエツブロウよ-伊藤野枝ただいま帰省中

劇団青年座

紀伊國屋ホール(東京都)

2024/05/24 (金) ~ 2024/06/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

青年団だと思っていたら、青年座だった。(那須凜さんが青年団だと勘違い)。
カイツブリ(=小型の水鳥)のことを、博多の今宿辺りの訛りではケエツブロウと呼んだ。

主演の伊藤野枝役、那須凜さんがノリノリ。第一幕はいつもの顔芸デフォルメ連発で沸かせる。鬘が右にズレているように見えたが、それがデフォらしい。第二幕だとガラッと変わって美人女優の趣き。きっちり演じ分けて見せた。
大杉栄役は松川真也氏。EXILEのMATSUとか石原夜叉坊系の色気のあるワイルド、女にもてないと大杉栄じゃない。
MVPは作品の軸的に主人公である叔父役の横堀悦夫氏。佐藤慶っぽい魅力たっぷり、この人の視座こそが作品を貫かないと物語にならない。
祖母役の土屋美穂子さんも素晴らしい。役者陣は文句なしの力量。遊び人の父役の綱島郷太郎氏は本田博太郎系で和んだ場を作る。

甘粕事件で28歳で惨殺された伊藤野枝、郷里の博多に帰省する12年間をスケッチ。

劇中、娘の魔子がやたら美しいと称賛されるので調べたら、確かに橋本環奈っぽい美人だった。

最前列に全盲の方が座られてバリアフリー日本語音声ガイドを聴きながら鑑賞。どんなふうに感じれるものなのか?

ネタバレBOX

何故かラストは『天国への階段』。

第一幕ではホンは悪くないのだが、演出のテンポが悪くカッタルイ印象。この手の場縛りで数々の傑作をモノにした井上ひさしの才能がよく分かる。キャラの関係性の練り込みが足りない。いろんな小ネタを仕込むべき。(後になって仕掛けに気付くような)。
第二幕でいよいよ待ちに待った大杉栄の登場、これが幼稚なアジテーターでガックリ。(実際の大杉栄も初期衝動の全肯定、自由であることへの偏執的な追求、自分の中のes〈無意識の衝動〉への絶対的忠誠に固執している印象)。皆で踊り出すギャグも空振り。(実はここが今作一番の心臓部だった)。脚本がどうにも転がらない。やたら「後先考えない一瞬の煌めき」を訴える割に、キャラクターからそれを一切感じない。まず観てるこっちを今興奮させてくれ。大杉栄と伊藤野枝に会ってみたかったな、ぐらい思わせてくれ。言ってる内容が空虚で全く乗れない。今の価値観(フェミニズムなど)で彼等を再評価しようとするから文脈がおかしくなる。どうしようもないイカれた情念だけで鮮烈な生涯を叩き付けたシド・アンド・ナンシーで良かった。その烈しさに人は憧れる、みたいな。伊藤野枝ってもっと動物的だったんだと思う。動物であろうとした。全く理解不能な獣の行動の観察日誌じゃないと。古き因習に縛られた田舎の閉鎖的空間から突然変異の異分子が誕生、思想的テロリズムでそれらを全て打破しようとする痛快さ。本来はきっとそんな物語を期待させる。

特にラスト辺りが好きじゃない。主要キャラが皆死んでしまっているので脇キャラの取って付けたような感慨。これじゃ第一幕が生きない。ナレーションの入れ方にも不満。

架空のキャラを創作して実家に置く手もあったと思う。メチャクチャ伊藤野枝的な生き方を軽蔑する家父長制の権化のような女。その女が彼女の惨殺に泣き崩れるラスト。

※大杉栄のアナーキズムとは、政治的思想ではなく自分が希求する生き方のことなのだろう。自身の自由を束縛するものへの抵抗。国家、法律、モラル、ルール、共同体、伝統、義務···。社会主義や共産主義、反体制運動にも同様に組織の束縛が付き物な為、否定。“自由”とは無意識の欲望、衝動であると。芸術家に近い思想。社会運動家として括られた為に虐殺されたが、全く違う文脈の人だと思う。

※大杉栄と伊藤野枝の熱気に当てられて家中の者が釣られて踊り出す。怒り心頭の横堀悦夫氏までが気が付くと踊っている自分に気付いて照れ笑い。ここを巧みに構築できたなら。(二人が亡くなった後に残ったメンバーで踊る場面が必要か?)
デカローグ5・6

デカローグ5・6

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2024/05/18 (土) ~ 2024/06/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

C ⑤  演出:小川絵梨子
『ある殺人に関する物語』
これは『殺人に関する短いフィルム』のタイトルで長尺に再編集されて映画としても公開された。『デカローグ』の中で一番評価の高いエピソード。

孤独な青年(福崎那由他氏)が強盗殺人事件を犯す。被害者となったのは偶然居合わせたカフェで見かけたタクシー運転手(寺十吾氏)。更に死刑制度廃止を訴える、理想に燃える新米弁護士(渋谷謙人氏)も偶然そのカフェに居合わせた。

凄い好きな作品。やはり寺十吾氏が出ているとただのお芝居では済まさないな。性格のひん曲がった嫌なタクシー運転手、でもそこに息をして地に立って暮らしている。女学生を冷やかし、野良犬をからかい、客を嘲笑い、でもたまに子供達に歩行者優先で道を譲ってあげる。「たまには良いこともしとかないと、だろ」。今平の『復讐するは我にあり』なんだよな。生きて在る者をそのままありのままに。肯定も否定もなく、ただそこにあったままを。だからこの嘘話(虚構)が突き刺さる。

C ⑥  演出:上村聡史
『ある愛に関する物語』
これも同じく『愛に関する短いフィルム』のタイトルで長尺に再編集されて映画として公開。ラストを変えていて好みは分かれる。

郵便局で働く孤独な青年(田中亨氏)は女流画家(仙名彩世さん)のストーカー。アパートの中を望遠鏡で覗き、無言電話を掛け、郵便物を盗む。到頭、それがばれる時が来るのだが。

発達障害っぽくもある田中亨氏がまた好演。
仙名彩世さんは小林麻美風で雰囲気がある。
田中亨氏はシリアに行った友人の家に居候しているのだが、友人の母である名越志保さんが重要な役どころ。

観るのならばこの2作がお薦めだろう。
寺十吾氏、内田健介氏なんか脇を固めているだけで豪華。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

⑤何か凄く好き。選択した全てが悪い方悪い方に流れていく無力感。何もかもどうでもよくなってしまい犯罪を犯す。運の悪い弱者が被害者だ、誰だってよかった。どうなったって構わない、死んだっていい。その言葉の通り、吊るされるラスト、恐怖で泣き喚く。どこかで違う選択肢を選べたのだろうか?また別の生き方があり得たのだろうか?
弁護士の設定がペラペラに薄いのが難点だが、妹のエピソードなんかは文学だ。ドフトエフスキー。

⑥ストーカー青年を部屋に連れ込んで誘惑する女。脱ぐ前に射精してしまう青年に宣告する。「これが貴方の言う“愛”の正体よ!」ショックを受けた青年は部屋を飛び出て逃げ帰る。

この辺がぼんやりしてしまっている。女の思惑が曖昧なので何とも消化し辛い。「後は原作の映画やTVドラマで御確認下さい」みたいな。この芝居の中で作家として明確なものがないんじゃないか?何か二次作品を観せられているもやもや感が残る。作家としてこの作品で何を伝えたいのか、作品内で表明して欲しい。「キェシロフスキ、俺ならこうする」みたいな奴が観たかった。凄く語り口が面白かっただけに不満も残る。

※純粋な“愛”の存在を烈しく否定してみせる内実、狂おしいほどそれに渇望している女。病的なまでに純粋だった青年の瞳は最早あの日のように澄んではいないラスト。
団地ング・ヒーロー

団地ング・ヒーロー

コケズンバ

サンモールスタジオ(東京都)

2024/05/21 (火) ~ 2024/05/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「虎穴に入らずんば虎子を得ず」、略して「コケズンバ」。「東京AZARASHI団」内のおっさん4人組ユニット的な立ち位置で旗揚げ初日。脚本・演出の穴吹一朗氏、声優としても活躍中の魚建氏、怪異物蒐集家でもある渡辺シヴヲ氏、この中じゃ若手の迫田圭司氏。
これが前説の穴吹一朗氏の謝罪から幕を開ける。理由はぼかしたが渡辺シヴヲ氏が今日は出演出来ず、急遽代役として飯島タク氏が演ることに。前日要請を受けた飯島タク氏はスマホで台本をチラ見しながらこの修羅場を力技でこなす。小泉純一郎だったなら「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!おめでとう!」と言うところ。役者それぞれ複雑な心境だったろうが、公演は素晴らしいものになった。

MVPは横山胡桃さん。今井未定さんっぽくもあり、今作の重要な役どころ。北原芽依さんとの互いに涙の修羅場シーンは必見。
北原芽依さんはヴィジュアル・クイーンの風格。大塚寧々を彷彿とさせる透明感と坂道にいそうな華。複雑な内面の辛い役を見事に演じ切った。
勿論、空みれいさんも素晴らしかった。
主演の魚建氏はそこにいるだけで味がある。服を着替えるだけのシーンで間が持つ力。

『オールド・ボーイ』の骨格に『アンブレイカブル』のスパイス。
変身出来なくなったスーパー・ヒーロー、「スーパー・グレート・フラッシュ」(魚建氏)は60を過ぎ、団地の管理人をしている。その団地に引っ越して来た女(横山胡桃さん)には果たさねばならぬ目的があった。

テイストはおっさん喜劇なのだが、シリアス・パートがかなり深い。クライマックスの女優3人の遣り取りは客席を唸らせる。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

「自分の心を救えるのは自分自身だけ」というメッセージが確かに伝わった。

※中学時代の虐めの復讐の為、北原芽依さんを追って引っ越して来た横山胡桃さん。彼女を殺して自分も死ぬ腹づもり。そこに割って入るのが自身も虐められた経験を持つ空みれいさん。今は大学で臨床心理学を学び、心の苦しみや悩みの回復法について学んでいる。「復讐しても心は晴れない。それよりも自分の心を救う方法を模索して!」大事なのは自分の心の救い方。そしてそれができるのは何処かの誰かではなく、自分自身だけだということ。それを聞いていた魚建氏も目が覚める。スーパー・ヒーローの存在意義を見いだせず、腐り果てていた日々。全ては自分の心次第だったこと。

迫田圭司氏の役が判り辛い。実の正体は悪の宇宙人的ヴィランを匂わせているのだが、ちょっとややこしい。(横山胡桃さんの背後に立つ伏線など)。

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