かずの観てきた!クチコミ一覧

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The VOICE

The VOICE

ブス会*

遊空間がざびぃ(東京都)

2022/11/24 (木) ~ 2022/11/30 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/11/29 (火) 14:00

座席1階

これまでのブス会作品とはがらっと趣が違う、ドキュメンタリータッチでつづられる杉並区民の声。タイトルの通り、これは「声」が主役であり、登場する俳優たちはいろんな役柄を切り替えながら縦横無尽に声を発していく。

ユニークなのは、ペヤンヌが開幕時に舞台に登場し、この演劇を作ろうとした動機や経緯を訥々と語り始める。しばらくは、これが舞台の前口上だと思ってしまう。実は、ペヤンヌも俳優の一人として舞台に立っているのだ。その後、彼女は終幕まで客席の最前列で体操座りをしてじっと演劇を見つめている。劇作・演出の人に本番中も演技を凝視されるなんて、俳優たちはやりにくいだろうなと思ったのは自分だけか(笑)

ペヤンヌは先の杉並区長選挙で当選した女性区長を勝手連的に応援し、ユーチューブで選挙活動などを映像化している。しかし、今回の舞台は区政に批判的な声だけでなく広く取材したであろうさまざまな生の声を盛り込んでいる。区政や国政に何の関心もなかった女性が、デモに参加したり「自分の1票で区政を変えなければ」と発言するようになっていくところなどは、さながら民主主義の教室のようだ。

東京都の都市計画道路は何十年も塩漬けになっていたものが突然動きだすということが普通にある。予定地にかかっているところに住んでいる人には寝耳に水だ。都市計画道路の計画は公表されてはいるが、そんなものは誰も見ていないからだ。
しかし、行政は「以前からあった計画を実行するだけです」と上から目線で強行しにかかる。知らなかったのは都民が不勉強なせいだといわんばかりの態度である。劇中でも出てくるが、住民説明会のお知らせでさえ、例えばチラシを全戸配布するなど徹底的に告知などしない。あらかた、区報とかに掲載して「お知らせしました」と言っているのだろう。舞台ではこうした行政の傲慢な態度に痛烈な批判が向けられる。

都市計画道路は確かに必要な交通網整備とは言える。大量の車が行き交う東京の交通は、道路整備による制御が不可欠。これは街づくりの基本中の基本なのだが、戦後、東京で都市計画決定された道路は予算不足を口実に計画のまま放置されてきた。例えば都心環状線で、環七などはようやく環状になったのだが、環三などは今も途切れ途切れの状態が続く。計画予定地には住宅やマンションなどが建ち並び、とても「立ち退いてください」というような状態ではない。道路整備予算がないからと言ってこうした道路計画を長年放置し続けた東京都政なのだから、今更道路を通すからと言われても住民からは「ハァ?」ということになる。

ペヤンヌはこうして突如自分の上に降り掛かった行政の理不尽さを、「声」を主役とすることで舞台に昇華させた。1時間余りの舞台だが、納得できる出来栄えだと言える。

守銭奴 ザ・マネー・クレイジー

守銭奴 ザ・マネー・クレイジー

東京芸術祭実行委員会

東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)

2022/11/23 (水) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2022/11/25 (金) 14:00

座席1階

佐々木蔵之介の怪演ばかりが前面に出た印象だ。モリエールの戯曲をルーマニアの演出家プルカレーテ氏が「圧倒的演劇的魅力」で舞台化したとのうたい文句だ。確かに、舞台美術はちょっと一風変わったステージだった。しかし、物語としては今ひとつだった。

とにかくカネに汚いというか、がめついお屋敷の主が主人公。娘の結婚もカネ絡みで強要するちょっと考えられないおやじだ。プルカレーテ氏はパンフレットで「そういう彼を哀れむべきなのか」と投げかけているが、やはり少し現実離れしている物語は自分にはなかなか響かなかった。これはプレカレーテ氏の責任ではないのだが。まあ、400年も前に作られた古典なのだから、文句を言っても仕方がない。
だが、結局、守銭奴は守銭奴のままだというのは、やっぱり響かない。物語を追うというよりは、佐々木蔵之介が仙人おやじのようなメークと出で立ちで舞台を縦横無尽に動き回るところがやはり、最大の見どころだ。演出家の注文に、日本を代表する俳優がきっちり応えたということだろう。

キョウカイセン

キョウカイセン

JACROW

駅前劇場(東京都)

2022/11/17 (木) ~ 2022/11/23 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/11/21 (月) 14:00

いつものJACROWと少し雰囲気が違って、今回は臓器移植がモチーフになっている。だが、結論から言うと、登場人物たちによる群像劇に近い。生と死の境目をテーマにした一晩のドラマである。

舞台は病院の待合室。ゲリラ豪雨が続く中、救急搬送された男女二人のそれぞれの家族が登場している。男性の方は妻、姉夫妻と妹。女性の方は夫とその弟。意識不明が続く中で、男性は脳死状態に、女性は自発呼吸が復活する。
脳死状態に陥り、医師は臓器提供を持ちかけた。何とか生きていてと願う家族に臓器提供の話は唐突であり、衝撃的だ。当然、当惑の極みに陥るが、女性の方の家族、すなわちその夫が「研修で教えたもらったことです」と断り、脳死とは何か、植物状態とはどう違うのか、意識が戻ることはあるのかなどについて冷静に語る。
ここまで見ると、脳死という診断を受け入れるかどうかというドラマかと思う。ところが、そういう私の見立てをよい意味で裏切った。登場人物それぞれに脳死をどう受け入れるかなどについての物語があり、それが次々と明かされていく。
増水した川に転落した二人が、片方が脳死で片方が植物状態とはドラマチックな仕掛けだが、やはりなぜ、まったく関係のないと思われるこの二人が同じ場所で川に転落して救助されたのか、二人の関係は何なのかというところに興味が移っていく。ただ、臓器提供を持ちかけられた家族の葛藤は舞台の最後まで続く。それはやはり、劇作家が描きたかったであろう点だと考えられる。最後までこの点を貫いた脚本は、JACROWらしいと言ってよい。

俳優たちはオーディションで選んだといい、いつもの顔ぶれとは違う。それが新鮮でもある。家族の物語であるが、その家族は仕事に追われ会話を失い、肝心なことを伝えていない。こうした警鐘ともとれる作品だ。

おもしろかった!

吾輩は漱石である

吾輩は漱石である

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2022/11/12 (土) ~ 2022/11/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2022/11/15 (火) 13:00

座席1階

夏目漱石の著名作を一通り読んでいる教養がないと少し厳しいかもしれない。自分も全部は読んでいない(教養がない)ので、この戯曲の面白さを半分も味わえなかった(と思う)

先人たちの劇評も厳しいが、確かに胸にストンと落ちるような物語ではない。伊豆の修善寺で吐血して意識不明となり、その間に見た白昼夢という形で漱石の著名作の断片を織り込んで、「育英館開化中学」の職員室を舞台に物語が展開していく。
夏目漱石役に劇団四季出身の鈴木壮麻を配したのだから、もっとその声を聞かせてほしかった。何せ冒頭のシーンから漱石は床に伏せっており、せりふがない。第二幕で元気になってからもほとんどせりふがなく、とてももったいない感じがした。一方、漱石の妻や校長約の賀来千香子は着物姿もりりしく、きっちり配役をこなしていた。

井上作品なのに、こまつ座初演とは少し驚いた。これまで上演してこなかったのはなぜなんだろうか。

ことばにない【京都公演中止】

ことばにない【京都公演中止】

ムニ

こまばアゴラ劇場(東京都)

2022/11/03 (木) ~ 2022/11/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/11/12 (土) 11:00

座席1階

午前11時開演で、2回の休憩を挟み劇場を出たのは午後3時半。4時間を超える長さで客席も役者もお昼ご飯は抜き! でもその長さを感じさせない、充実した内容だった。このチャレンジングな設定は成功を収めたといってよい。

まず、舞台転換にリズムがあって観客を飽きさせない。次の場面に出てくる役者を、まだその前の場面が続いているなかで照明を落としたスペースに登場させて転換とともにスイッチ。演技を終えた役者はしばらくその場にいて、タイミングよく舞台から出る。カフェ、ソファがあるリビング、事務所、乗用車の中など小道具もうまく使ってまったく違和感を感じさせないスピーディーな舞台進行だ。
舞台の床、そして奥の壁に向かってのデザインが斬新だった。物語の中身や舞台設定とは直接関係ない、デザインとしての装飾。あまり見たことのない舞台美術の一環だ。これを指揮したスタッフには敬意を表したい。すてきなデザインでした。

そして物語。演劇部の顧問をしていた女性教師が書き溜めた戯曲の束を遺して死亡し、その葬式の挨拶からスタートする。演劇部には仲のいい4人の女の子がいて、物語はこの4人を中心に進んでいくが、その一人に亡くなった女性の息子が母の遺品の戯曲を送り付け、その内容が本人がレズビアンであることをカミングアウトする内容だったことで、話が動く。4人は演劇の市民ワークショップに参加するなど卒業後も何らかの形で演劇にかかわっているが、果たしてこの戯曲を上演すべきかどうか-。
面白かったのは、市民参加の演劇ワークショップが実際に舞台上で行われたことだ。役者さん志望の若者ならなじみのあるものかもしれないが、そうでなければ「こんなことをするのか」と新鮮に映る。また、女の子4人の微妙な関係、会話もうまく表現されていた。この4時間という長編での膨大なせりふは大変だったと思われるが、役者たちはしっかりこなしていた。よく鍛えられている印象だ。

驚くべきことに、これは「前半」なのだという。また、来年に同じくらいの上演時間で後編が演じられるとのことだ。実際、終幕では明らかに「後編へ続く」という形で展開した。
客席のいすには柔らかなクッションがあり、長時間の鑑賞に配慮されている。2回の10分間の休憩ではトイレに行列ができるが、アゴラ劇場のトイレは男女同数の個室トイレがあって、ジェンダーフリーを感じた。客席数も絞ってある。劇団の心意気だろう。劇場を出たら早くも夕刻だったが、価値ある4時間だった。

ラビットホール

ラビットホール

劇団昴

Pit昴/サイスタジオ大山第1(東京都)

2022/10/28 (金) ~ 2022/11/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/11/09 (水) 14:00

座席1階

「ラビットホールに落ちる」という英語表現は「別世界に行く」「本筋から外れる」「抜け出せない道にはまる」という意味なのだそうだ。この戯曲を見て、タイトルの意味を知る。

劇団昴はこの小劇場でこれまで、チャレンジングな舞台を設計している。今回の舞台は半円形で、客席もそれを囲むような形に並べられた。舞台と客席は2メートルほどと近く、舞台の片側にダイニングテーブル、もう片側にソファという形にして食事をしながら、あるいはリビングルームでくつろぎながらのシーンをうまく展開した。
4歳の息子を交通事故で亡くした夫婦。妻は息子のおもちゃや服などを捨て続け、夫は時折、息子の写ったビデオを見るなど思い出に浸ろうとしている。だが、どうみても心の傷は妻の方が深い。同じような体験をした自助グループから妻は抜けてしまい、自由奔放に生きる妹が妊娠したことなどに攻撃的になるなど、心の揺れを制御することができない。夫はそんな妻に前を向かせようと「子どもをつくろうか」と向けてみたりするが、妻の態度は変わらず、夫婦の亀裂は広がっていく。まさに、ラビットホールに落ち込んでいくのだ。
もう一つ、劇中にパラレルワールドについて語られる場面が出てくる。ラビットホールは息子がいる世界といない世界を結ぶトンネルでもあった。
客席の心を揺さぶる物語が展開していくのだが、こう言っては何だが結末が今ひとつぐっとくるものがなかった。映画とは少し違う物語展開のようだが、このあたりはどうなんだろうか。

妻を演じたあんどうさくらが見事だった。愛する息子を失った母親としての激しい感情の起伏、抑えられない激情。見ている方が恐ろしく感じるような、まさに「感情」に支配された演技を見せてくれた。

イヌの仇討

イヌの仇討

こまつ座

紀伊國屋ホール(東京都)

2022/11/03 (木) ~ 2022/11/12 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/11/08 (火) 18:30

座席1階

赤穂浪士の討ち入りを、討たれる吉良上野介側から描く、井上ひさしの名作。桟敷童子の劇作家東憲司の演出が光った。休憩を挟んで2時間半だが、目を離すいとまもなく終幕までなだれ込んだ。吉良役の大谷亮介らの熱演にも導かれた。

赤穂浪士は大石内蔵助も含め、声や物音だけで登場しない。吉良らが側近と隠れた炭焼き小屋を舞台に物語は展開する。
「吉良のひどいいじめと言うべき仕打ちが発端となって江戸城内で吉良を切りつけるという刃傷沙汰を起こし、その責任を取って浅野内匠頭が切腹を命じられた。一方の吉良側には何のおとがめもなく、赤穂浪士がその仇討ちとして吉良を討ち取った」
 この一般的に描かれる物語を吉良の視点で見つめ返していく。とても新鮮な展開だ。
タイトルにもなっているお犬様が結構、いいところでほえたりかみついたり、主役のような動きをするのがおもしろい。綱吉が出した生類憐みの令で庶民が翻弄されたという背景をうまく引っ張ってきている。これぞ井上ひさしの戯曲のおもしろいところか。

桟敷童子で主役級を務める大手忍が女中役で登場するが、彼女のよく通る高い声が今回の舞台でもとても印象的。脇役がそれぞれきっちり仕事をして舞台を盛り上げている。

一見の価値がある「忠臣蔵」である。


藤原さんのドライブ

藤原さんのドライブ

燐光群

座・高円寺1(東京都)

2022/11/04 (金) ~ 2022/11/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/11/08 (火) 14:00

おもしろかった。よく練り上げられた脚本を、燐光群のいつものメンバーたちがきっちりと仕事をしたという印象だ。

ハンセン病の患者が「隔離」として送り込まれた架空の島が舞台。ここに、おそらく現代の新型コロナウイルスと思われる無症状感染者も送り込まれたというところから物語は始まる。通称を選んでもよい、と言われて戸惑う男。それは取りも直さず、本名で生きることは厳しい差別に直面するというハンセン病患者の歴史を反映している。
タイトルにドライブというだけあって、藤原さんが運転する車は日本全国あちこちを飛び回る。しかしそれは楽しい旅行というわけでなく、運転が上手な藤原さんの生きるすべといった感じなのだ。
劇中では、さまざまな差別の実態が語られる。今作ではハンセン病の差別問題だけでなく、今まさに起きている戦争や北朝鮮などのミサイル発射に伴う場面もさりげなく盛り込まれていて、新型コロナに加えて過去と現在を結ぶ架け橋になっている。
ハンセン病については国家もようやく謝罪したが、根強い差別は今も形を変えて生き続けており、それはハンセン病だけに限らない。舞台はこうした現実を鋭くついている。

百日紅、午後四時

百日紅、午後四時

(公財)可児市文化芸術振興財団

吉祥寺シアター(東京都)

2022/10/20 (木) ~ 2022/10/27 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2022/10/27 (木) 14:00

座席1階

見ていてホッとできるホームコメディ。だが、そのさわやかさの中に物足りなさがあるのはなぜだろう。それは、少しばかりお行儀がよすぎるという物語だからだと思う。

同じ家族物を描いた舞台で、最近見たのは劇団道学先生、中島淳彦作品だ。次々と家族内の問題が明らかになり、さらに母親の家を売ってそのお金を分け合って、などという皮算用が出てくるのもよく似ていた。中島作品はよく言えばインパクトが強く、悪く言えば少々お行儀が悪いエピソードが主流だ。ラッパ屋鈴木聡のホンは、舞台を流れる空気が落ち着いているし、「これは大ごとにはなりそうにない」という安心感みたいなものが流れている。それが、私にとっての物足りない理由だと思った。

とはいえ、そのお行儀の良さを、市毛良枝がエレガントに演じたのには目を見張った。エレガントでありながら付け入るスキのない磨かれた演技とでも言おうか。他の俳優さんの中で抜きんでていた。

舞台は東京郊外の一軒家という設定で、庭の百日紅が美しい夏だ。四人兄弟の長女役が市毛。彼女は事故で夫を亡くしているが、亡くなった場所が若い女性に人気のある裏原宿で、彼女の家に突然若い女の子が「お父さまにはお世話になりました。お線香を上げさせてください」と飛び込んでくるところから波乱が始まる。
確かに不倫をうかがわせる設定だが、主人公の市毛の落ち着いた態度や若い女性役(文学座の平体まひろ)の過剰なまでの泣きっぷりから、これは男と女の関係ではないな、と何となくだが感じてしまう。これが強く不貞を匂わせる空気だったら、まだ舞台に緊張感が走ったのかもしれない。そういうところが物足りなかったのかなとは思う。
でも、それは市毛のエレガントなたたずまいと裏表だから、飲み込んでいかねばならないのかもしれない。

あと、舞台上のせりふで「人生100年時代だから、60歳からは第二の人生」と出てくるが、同年代の自分としては人生100年時代だから60を超えて何かをしましょうと勧められるような空気には抵抗感がある。そもそも健康寿命は男女とも70代前半に過ぎないのだから、66歳の主人公が自分の人生を午後4時に例えるのもちょっと現実感を欠く。「豊かな人生、100年時代」なんてそもそも幻想だと思っている観客には、この物語は響かない。ちょっと厳しいけどあえて星三つ。

堕天使たちの鎮魂歌~夢色ハーモニーは永遠に~

堕天使たちの鎮魂歌~夢色ハーモニーは永遠に~

劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)

サンシャイン劇場(東京都)

2022/10/21 (金) ~ 2022/11/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/25 (火) 13:00

今回も「あ~おもしろかった」でサンシャイン劇場を後にした。
SETは今作で第60回公演。三宅裕司は「公演が還暦、座長は古希。その間に劇団員の幅が広がり、上は介護施設の高齢者から下はひきこもりの少年まで演じられる」とカーテンコールのトークで話していたが、まさにその通り。古希でも年を感じさせない三宅の元気な舞台はまだまだ続くと思うが、三宅裕司&小倉久寛が代名詞のSETもきちんと劇団の役者たちを育てている。今作はそんなことを感じさせるステージだった。

今回は芸能界の舞台裏、といった物語だ。仕事はバックコーラスか脇役ばかり。スターを夢見てこの世界に入って何十年。売れない3人の女性ボーカルグループに秘密の案件が持ち込まれる。芸能界の実力者が売り出す3人組女性アイドルの替え玉として歌ってほしいというものだった。この二つの女性ユニットを中心に話は進んでいく。
3人組女性アイドルは、ルックスやダンスは申し分ないが、何せ歌が下手というのが弱点。そういう歌手に口パクをさせてゴースト歌手に歌わせるというストーリーは、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」にもあった。やっぱり口パクは芸能界の常識なのか。それにしても、この二つのユニット。替え玉の方の歌唱力は見事だし、アイドルの3人は歌を下手に歌うという離れ業をみごとにやってのける。聴いていて感心してしまった。
要所要所で客席の爆笑を引き出す舞台は、今回も健在だ。時事ネタをふんだんに使い、認知症のおばあちゃん役にまでギャグをやらせる。三宅と小倉だけでなく他の劇団員も爆笑の起点となるところは、さすが本公演60回の熟練を感じさせる。
とはいえ、シメはやっぱり小倉だった。この人は地でやっているのか演技をしているのかよく分からないが笑えてしまうという、傑出したコメディアンだ。SETファンの客席の期待にきっちり応えるところなどは「やっぱりスゴイ」と思ってしまうのである。

冒頭にも書いたが、幅の広い年齢層の登場人物を客演なしでこなしてしまうという実力が、SETにはある。

少年口伝隊一九四五【チーム・クレセント】

少年口伝隊一九四五【チーム・クレセント】

チーム・クレセント

ザムザ阿佐谷(東京都)

2022/10/21 (金) ~ 2022/10/24 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/24 (月) 13:00

座席1階

舞台美術もないシンプルな舞台だけに、胸に迫るものがあった。前席の若い女性はハンカチを握り締めてずっと泣いていた。
少年口伝隊とは、広島の地元中国新聞社が原爆投下で印刷不能となり、急きょ子どもたちに市街地を歩き回って口でニュースを伝えるという仕事を与えた。原作は井上ひさしだ。

口伝隊の3人に女性を宛てたのは成功したと思う。原爆投下を生き延びたあどけない子どもたちだが、やがて原爆症に苦しんだりするシーンも出てくる。
ヒロシマの子どもたちに関しては、もう一つ「精神養子」が舞台に登場する。原爆で親を失った子どもたちを援助するために、アメリカ市民が行った援助活動だ。実際に養子にするわけではないが、手紙を送ったり経済的な支援をするなど自国が投下した爆弾で苦しむ子どもたちを救おうとする活動だった。舞台では3人のうち2人にこの話が持ち込まれる。
当然ながら少年たちの反応は拒否的だ。経済的に困窮し、健康状態もよくないが、簡単に受け入れる気持ちになろうはずはない。舞台ではその困惑が少しだけ表現されている。
少年たちの身の上を原爆だけでなく水害も襲う。それでも生きていくんだ、生きなければならないと老人が少年に言う。絶望が支配する街で、それはある意味残酷な響きも持っていた。

ピアノと二胡のメロディーの生演奏で舞台は進む。その音色は、厳しい物語を見る中で何だかほっとさせる効果を生んでいる。

ネタバレBOX

ラストシーンは現代の広島で生活する市民が描かれるのだが、唐突感があった。あまりの落差に頭を整理するのに時間がかかった。
バリカンとダイヤ

バリカンとダイヤ

劇団道学先生

ザ・ポケット(東京都)

2022/10/15 (土) ~ 2022/10/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/10/20 (木) 14:00

座席1階

道学先生旗揚げ25周年と銘打った演目は、亡くなった座付き作家の中島淳彦が10年前に書き下ろした作品という。前回の「梶山太郎氏の憂鬱と微笑」、前々回の「おとうふ」と同様、家族や仲間の間の微妙な隠し事やそれにまつわる駆け引き、心の動きを見事なまでに織りなした戯曲である。2時間があっという間に過ぎた。面白い! 見ないと損するかも。

税務署に勤めていたという無口なお父さんが亡くなった、という設定でスタートする。葬式を終えたばかりの妻、3人の娘。宮崎県から葬儀のため駆け付けた妻の姉、そして勝手に上がり込んでくる自称友人…。妻は子育てと夫の世話だけをしてきたような「昭和の妻」で、周囲は気落ちしてどうにかなるのではないかと心配する。ところが、物語が進むうちに、3人の娘たちがそれぞれに結構な問題を抱えていることが分かってくる。高額化粧品のセールスとか、怪しげな宗教勧誘の女とか、夫を亡くした高齢の妻に付け入ろうとするような人たちが登場して、「いかにもこれは、ありえるぞ」と笑ってしまう。
主役は夫に先立たれた妻なのだが、母親に打ち明けていないことがありすぎる3人の娘たちが強烈に面白い。葬儀を終えた後の貯金通帳には260万円しかなくて、いったい公務員としての退職金などはどうなったのかと長女が騒ぎ出す。妻は夫から渡されるお金で生活を切り盛りし、夫がどれだけ稼ぎ、通帳がどうなっているのかなどは全く感知してこなかった。3人の娘が通帳を見たところ、1500万円が数年前に引き出されたことが分かって、騒ぎはさらに大きくなる。
今回の道学先生の真骨頂はまず、家族一人一人の人に言えない小さな罪を少しずつ種明かししていく物語の流れ。そして、無口で堅物で娘たちに「つまらない」と言われるような父親が娘たちに向けた思い、言葉で伝えることはできなかった妻に対する本当の気持ちを種明かししていく構成も見事。特に、舞台には姿を見せない父親の胸の内を遺された品々で雄弁に語らせ、「ああ、そうだったんだ」と客席の琴線に触れていく。泣いたり笑ったりどきどきしたりしながら、客席は何だかほっとするような思いになる。
3人の娘の家と残された妻の家(娘たちの実家)をそれぞれ同じステージにしつらえた舞台装置には感心した。テンポのいい舞台転換など演出もよかった。

舞台や映画、テレビドラマには人間ドラマと銘打ったものがあふれているが、今回の道学先生こそ正真正銘の人間ドラマだと思う。際立つ個性をうまく演じきって舞台を盛り上げた3人の娘役の女優さんたち(もりちえ、関根麻帆、山崎薫)はお見事でした。家に帰ってきたばかりなのに、もう一回見たい!

「若草物語」~小さな貴婦人たち~

「若草物語」~小さな貴婦人たち~

劇団文化座

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2022/10/14 (金) ~ 2022/10/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/19 (水) 13:30

座席1階

アメリカの作家オルコットの小説。映画やアニメにもなった著名な作品を今、文化座が演ずる意味は何だろう。そんなことを考えながら4姉妹の物語を堪能した。亡くなった文学座の高瀬久男の脚本だ。

次女のジョーを語り口にして物語は進行する。4人とも性格が全く異なり、個性豊かでおもしろい。特にジョーは、良妻賢母が理想とされる当時の感覚では珍しいと言えよう。自由を愛し束縛を嫌い、自分の夢や目標のためなら恋愛や結婚も脇に寄せるという女性だ。
4人の結婚観の違いも見どころかもしれない。幸せな結婚とは何か、客席が受け取るメッセージはきっと、人によってだいぶ違うだろう。そういう多彩な見方ができるのは若草物語ならではといったところだろうか。
なぜ今、文化座が若草物語? という問いへの答えは見つからなかった。パンフレットで佐々木愛が書いている。「父(佐佐木隆)の言葉の数々とともに、私がふと出会いたくなった」。小説でもこの舞台でも、従軍牧師である父親の存在は少ない。でも、愛さんが舞台の父親に佐佐木隆を重ねてみているとしたら、それはそれで興味深いことだと思う。

ひとりでできるもん!

ひとりでできるもん!

うずめ劇場

シアター風姿花伝(東京都)

2022/10/12 (水) ~ 2022/10/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/14 (金) 19:00

座席1階

漫画家の内田春菊による書き下ろし。若い女性が男尊女卑激しき落語界に飛び込んでいく物語。内田春菊だけでなく、主宰のペーター・ゲスナーも落語家役で登場する。

ペーターが開演前に劇団員の小さな男の子を抱っこして客席へ案内してくれた。すっかりくつろいでいるので演出家はバックヤードかなと思ったら、しっかりと出演していた。
中心となるのは、高校卒業後「落語女子大学」に入学する「蜜子」役の後藤まなみだ。セーラー服姿で高校生として登場したかと思えば、最後はいっぱしの落語家として高座に上がる。切れのある動き、よく通る声。この力演が舞台を支えている。
落語界だけではないのは、近年の有名歌舞伎役者の狼藉ぶりが示しているが、師匠に弟子入りするという徒弟制度はやはり、セクハラ・パワハラの温床らしい。本来であれば「落語女子大学」の講義で取り上げるべきだと思うが、舞台では学生同士の話の中で語られる。「芸のためなら女房も泣かす」というのはもはや通用しない。こうしたところをビシッと突いているのが内田春菊の台本の切れ味のいいところだろう。
ラストシーンまでどんでん返しなく進んでいく。もうひとひねりあってもよかったような気がする。

精神病院つばき荘

精神病院つばき荘

トレンブルシアター

シアター711(東京都)

2022/10/12 (水) ~ 2022/10/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/10/14 (金) 14:00

座席1階

以前から見たかったこの舞台。ようやく見ることができた。下北沢の小劇場は補助席まで出す満席。小劇場ファンだけでなく、日ごろは下北沢など来ないように思われるお客さんも多かった。日本の精神医療の恐ろしさを感じている人が多いからかもしれない。

舞台は、男性患者に院長が集会での発言を頼む(病院側の意に沿うように強要する)場面から始まる。患者と院長の会話を聞いていると、患者が冷静に答えているのに対して院長は突然主治医を自分に変更したり、めちゃくちゃぶりが最初から際立つ。患者が言うことを聞かないとみるや、院長は強制隔離の書面を作って一方的に読み上げる。看護師が止めようとするが止められるものではない。患者は隔離の部屋に閉じ込められる。

原発事故と絡めた展開になっているところが示唆的だ。東日本大震災では原発が爆発したときに精神科病院の患者らが取り残され、避難中のバスや搬送先で数十人が亡くなるという悲劇が起きた。災害や戦争などの非常時に真っ先に切り捨てられるのがこうした患者たちであり、障害を持つ人々であると世の中に赤裸々に示した。このあたりが、精神科医から劇作家に転じたくるみざわしんの「原点」とも言える場面だ。

舞台では、1964年に米国の駐日大使ライシャワー氏が精神疾患歴のある青年に刺されるという事件が起き、日本に精神病院がたくさん建てられたという歴史も述べられる。精神科のベッド数は外国と比べても日本は断トツで多く、精神病患者は病院に閉じ込めておくという発想が一般の人も含めて定着し続けている。安倍総理銃撃事件でもそうだが、被疑者の精神鑑定が行われることは多い。犯罪が精神疾患によるものという司法判断が出た場合、患者(被疑者)には刑罰ではなく入院・通院治療が行われる。これは個人的な感想だが、ここでも入院で社会から遠ざけておくという発想が残っているような気がする。精神科病院が「迷惑施設」と言われるように、入院患者はいつ犯罪を犯すか分からない怖い人、というイメージがまだ根強い。
ここ数年、ようやく精神疾患の入院患者を退院させ、社会の中で共に生きるための支援を手厚くする方向に向かっているが、現実はまだ、26万人もの入院患者がおり、ベッド数もそれほど減っているわけでない。舞台ではこのような精神疾患患者たちの強烈な人権侵害について、いまだ問題になっている身体拘束も含めて分かりやすく提示される。

メディアが真正面から扱おうとしない精神科病院の実態。演劇だからこそ世の中にしっかりと示せるのだろう。この戯曲は現実を「告発」する大きな力を持っている。劇中の、「自分たちは大きなものに見放されている」というせりふが心を刺す。大きなものというのは政府、精神保健行政だ。多くの人が見るべきだと思う。

なくなるカタチとなくならないキモチ

なくなるカタチとなくならないキモチ

一般社団法人グランツ

駅前劇場(東京都)

2022/10/07 (金) ~ 2022/10/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/10/10 (月) 14:00

座席1階

東日本大震災と原発事故で避難を強いられ、避難指示解除と同時に戻って再開した福島県楢葉町の障害者施設を運営する女性をモチーフにした舞台。知的障害者の俳優たちが所属する横浜桜座のプロデュース公演で、主人公の女性を歌手で俳優の南野陽子が主演した。

南野陽子の小劇場での公演を初めて見た。丁寧で明瞭な発声でとても好感が持てる。小劇場の舞台ではやたらとシャウトしたりオーバーな発語をする俳優が多いと感じていただけに、まるでメロディーでも聞いているようなスムーズでさわやかなせりふが心に染み入った。役柄が障害者施設で利用者たちに相対する落ち着いた人だから、まさに見事な演じぶりだと言わざるを得ない。それに加えてアイドル時代をほうふつとさせる笑顔がよかった。
彼女に引っ張られる形になったのか、ほかの俳優たちもしっかり役柄の個性を演じていて完成度は高いと思った。実際にあった話を下敷きにしていて、震災と原発事故による避難では障害者たちはその障害ゆえに苦難を強いられた。そうした事実をしっかりと描きながら、舞台に重苦しさを感じなかったのは俳優たちが足が地に着いた演技をしたためだろうと思う。
ラストシーンがよかった。桜座のメンバーたちも含めた総出演で展開したメッセージの数々はとてもいい。
障害の有無を超えて社会的な課題を考えていけるこのような舞台が、もっと増えることを願う。

風吹く街の短篇集 第六章

風吹く街の短篇集 第六章

グッドディスタンス

シアター711(東京都)

2022/10/05 (水) ~ 2022/10/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2022/10/08 (土) 19:00

座席1階

昨日に続いて下北沢へ。今日はもう一つの演目「仮説に、ゆれる」を見た。

舞台セットは「犬も食わない」と似て、中央にテーブルと椅子。ただ、このテーブルはスーパーのバックヤードにある控室で、万引きでとらえられた女性と、警察に通報する前に話を聞くスーパーの店員が相対している。
この万引き女は、かつてこのスーパーで働いていた。要するに元同僚に話を聞かれているのだが、万引きしたものをバッグから出してと言われても、のらりくらりと出さないでいる。それどころか、元同僚にさまざまな禅問答のような質問を投げ続けて、はぐらかし続ける。まるで、別役実の不条理劇のようだ。
二人とも、特に万引き女の方は人生に何らかの意味を見つけようともがいているように見える。ラストで明らかになる万引きしたものを見て、そうだったのかなと思った。ただ、物語として胸に刺さるかというと自分としてはそうではない。見ている方が女性なら、何か別の感じ方をしたかもしれないと思った。

客席は前日に比して満席(補助席も使い切っていた)で、終幕時の拍手の力強さもこちらの方があって「犬も食わない」より支持されている感じがする。しかし、自分としては昨日の方がおもしろかった。前作第五章の完成度が高かっただけに、比較してはいけないとは思うが今作は少し残念だった。

消滅寸前 (あるいは逃げ出すネズミ)

消滅寸前 (あるいは逃げ出すネズミ)

ワンツーワークス

赤坂RED/THEATER(東京都)

2022/10/06 (木) ~ 2022/10/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/08 (土) 14:00

座席1階

「限界集落」に陥る可能性がある架空の中山間地集落を題材にした物語。「消滅可能都市」の発表にヒントを得て構想したという。再演だが自分は初めて拝見した。

最初に登場するのは集落の役員会。この集落の存続か消滅かを挙手で決めるという場面から始まる。役員には田舎暮らしにあこがれて移住した主婦も含まれるが、会長を除く全員が消滅に賛成してギョッとさせられる。
行政からの交付金の使い道を議論する場面がある。存続への手段は、取りも直さず移住促進策。空き家を修繕して「田舎体験」をしたりすることだ。一方、消滅を選択した場合には「村仕舞い」という方向で進める。消滅にせよ存続にせよ今の住民を大切にすることから始めるべきでは、との声も出て、例えば個人の家屋の修繕、ゲートボール場の整備などの意見が出る。だが、同席した役場の職員が「これは個人の利益になるようなことには使えない」と指摘する。役員たちの反論が面白い。「空き家対策だって、移住してくる個人の利益になるようなものではないのか」。政府の経済対策で現金給付を堂々と行っていることを考えれば、ある意味、すがすがしい議論ではある。
役員の中にもひそかに都市部への引っ越しを考えている人もいて、役員同士の人間関係がシュールで面白い。先祖代々の田畑を持つ女性は「この土地を守ることが自分の役割」と力説。引っ越しには「古里を捨てるのか」という趣旨の言葉が浴びせられる。人口減少社会が変わらない以上、集落は消滅せざるを得ない時が来る。移住政策などはその場しのぎの延命に過ぎないことも描かれる。事実なのではあるが、なぜかため息が出た。
舞台では異例だと思うが、かつては多くの若者が高齢者を支えた社会保障が、今や支える人が減って窮地にあるという、新聞やテレビでよく見るグラフが客席に示される。元新聞記者の古城十忍らしい演出である。
開幕前のセットが、壊れかけた船になっているのは、集落の行く末を航海に例えているからだ。ラストシーンはまさに、わが国の近未来を象徴する幕切れになっている。

ネタバレBOX

一集落の命運ではなく、わが国の行く末。これをアピールするのが船のマストに掲げられた日の丸だ。答えの出ない問題を、分かりやすく舞台で提示して見せた快作だ。
風吹く街の短篇集 第六章

風吹く街の短篇集 第六章

グッドディスタンス

シアター711(東京都)

2022/10/05 (水) ~ 2022/10/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/07 (金) 19:00

座席1階

グッドディスタンスの前章(第六章)「風がつなげた物語」の二編があまりにもおもしろかったので、嫌がおうにも期待を膨らませて向かった下北沢。まず、「犬も食わない」を見た。

「夫婦げんかは犬も食わない」だから夫婦げんかの話なのだが、今作では四十代となった元妻(作家)がかなり前に別れた夫(映像監督)を食事に招くところから始まる。食事を用意しているのは二十代の若い男(編集者)だ。このたび、元妻はこの若い男と結婚するのだという。そこで元妻は言う。「(離婚後に買った)目黒の家をあげるから、犬11匹の世話を1年間してほしい」。
元夫婦の会話は最初からヒートアップを連想させる。この元夫は若い役者たちにパワハラで訴えられ干されているという「昭和のおじさん」ということがまず、暴露される。だが、一方の妻はどうなのか。ここから「犬も食わない」状態に突入するのである。
50分の短編で、笑える部分はたくさんある。結末は結構、予想外だ。
「おもしろかった」と劇場を出て、この演劇をサカナに飲みに行ける作品。短いから、ソワレで見ても十分に飲む時間が確保できる。

ネタバレBOX

ちょっと現実離れしているのは、「元夫婦」げんかの間に挟まる、米ホワイトハウスが爆破され大統領が暗殺された、というSNS情報。この作家と結婚する編集者の若い男の携帯が鳴り、すぐに社に戻ってこいという。まもなく高校生が映像をでっち上げたフェイクニュースと分かるのだが、ホワイトハウス爆破の真偽がしばらく不明であるということはあり得ない。仮にこれが事実なら、メディアは大騒ぎになるし、そもそもホワイトハウスなどという衆人環視の建物が爆破されればそういう映像がそれこそSNSも含めてあふれ出すはずだ。

というわけで、せっかく面白い展開だったのに、この点がとても残念。
「カレル・チャペック〜水の足音〜」

「カレル・チャペック〜水の足音〜」

劇団印象-indian elephant-

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2022/10/07 (金) ~ 2022/10/10 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/10/07 (金) 14:00

座席1階

チェコスロバキアが隣国ドイツのナチスに蹂躙されていく、その入り口を描いた作品。水の足音というタイトルに、底知れぬ恐怖感を覚える。何度も書いてきたことだが、戦争の足音は気付かぬうちに忍び寄っているのであり、この舞台は、それを視覚的に、聴覚的に、そして物語として見事に描ききっている。名作だと思う。

劇作家の弟(カレル・チャペック)と、画家の兄。この二人が若いころから物語は始まる。カレルは女優の彼女に振られて落ち込んでいるが、この女優、母国の舞台から世界を見ている。まさに、まだ世の中は平和だった。物語はこの兄弟の関係、兄の家族、友人という少数の登場人物を縦横に絡ませながら、時に静かに、時にドラマチックに回転していく。
大統領が登場してくるのが面白い。この大統領のせりふの端々に、作家は多彩な印象深い言葉を語らせている。例えば「隣国では強いリーダーシップがもてはやされている」という兄弟の友人(軍医)に、「民主主義は育てるのに時間がかかる」と説いてみせる。戦争の「水音」はまだ聞こえていないが、少しずつ黒い雲が広がるように、物語は暗さを増していく。
国民的作家のカレルに、政府のプロパガンダを書かせるという場面もある。ドイツ語を話す人が多く住むズデーテン地方をナチスに割譲するミュンヘン協定を国民に納得させようと、ペンの力が動員される。もうこの頃になると、戦争の「水音」ははっきり聞こえてくるようになる。「国家を取るのか、愛する人を選ぶのか」。先の戦争で日本もそうだった。愛する人を守るために、国のために戦う。これで本当に愛する人は守られるのか。戦時に陥りやすいレトリックを、この戯曲は喝破して展開していく。

ラストシーンは圧巻だ。希望だけは失ってほしくないと舞台を見つめていた客席に、答えは明快に示される。ぐいぐい引き込まれるような物語に、現代社会への作家の危機感を見た。

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