実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/10/07 (金) 14:00
座席1階
チェコスロバキアが隣国ドイツのナチスに蹂躙されていく、その入り口を描いた作品。水の足音というタイトルに、底知れぬ恐怖感を覚える。何度も書いてきたことだが、戦争の足音は気付かぬうちに忍び寄っているのであり、この舞台は、それを視覚的に、聴覚的に、そして物語として見事に描ききっている。名作だと思う。
劇作家の弟(カレル・チャペック)と、画家の兄。この二人が若いころから物語は始まる。カレルは女優の彼女に振られて落ち込んでいるが、この女優、母国の舞台から世界を見ている。まさに、まだ世の中は平和だった。物語はこの兄弟の関係、兄の家族、友人という少数の登場人物を縦横に絡ませながら、時に静かに、時にドラマチックに回転していく。
大統領が登場してくるのが面白い。この大統領のせりふの端々に、作家は多彩な印象深い言葉を語らせている。例えば「隣国では強いリーダーシップがもてはやされている」という兄弟の友人(軍医)に、「民主主義は育てるのに時間がかかる」と説いてみせる。戦争の「水音」はまだ聞こえていないが、少しずつ黒い雲が広がるように、物語は暗さを増していく。
国民的作家のカレルに、政府のプロパガンダを書かせるという場面もある。ドイツ語を話す人が多く住むズデーテン地方をナチスに割譲するミュンヘン協定を国民に納得させようと、ペンの力が動員される。もうこの頃になると、戦争の「水音」ははっきり聞こえてくるようになる。「国家を取るのか、愛する人を選ぶのか」。先の戦争で日本もそうだった。愛する人を守るために、国のために戦う。これで本当に愛する人は守られるのか。戦時に陥りやすいレトリックを、この戯曲は喝破して展開していく。
ラストシーンは圧巻だ。希望だけは失ってほしくないと舞台を見つめていた客席に、答えは明快に示される。ぐいぐい引き込まれるような物語に、現代社会への作家の危機感を見た。