タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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END es PRODUCE

劇場HOPE(東京都)

2025/07/30 (水) ~ 2025/08/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

人の加虐的な性向ー半ば強制的に「(童話再現)メルヘンゲーム」へ参加させ、鑑賞して愉しむといった悪趣味的な(☜褒めている)俯瞰劇。ダークファンタジーと言ってもよい。何となく秘密倶楽部で行われているような見世物といった感じでもあるが、そこは別の次元という設定が妙。

説明にある、隔離された空間で 莫大な賞金を手にするために、童話を再現する事でクリアできる生死をかけた「メルヘンゲーム」の幕が上がる。物語の内容は勿論、キャストのビジュアルとともに、その観(魅)せる光と音の演出が実に効果的だ。まずは劇場へ。
(上演時間1時間55分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、中央に背中合わせの疑似対称ー回転する花のオブジェ(色は 赤と青)。上手/下手に色違いの箱馬がいくつか。シンプルな装置であるが、広い空間を作ることでアクションスペースを確保する。

借金で絶望的な状況にいる11人(=参加者)が、人生一発逆転を掛けたサバイバルゲームーその名も「童話再現メルヘンゲーム」に挑む。賞金は110万$(約1憶1千万円)を目指して命がけの戦いが始まる。参加者は子供の頃に読んだ または聞いた物語をベースに、その一部をナレーターの指示に基づき再現する。違う解釈や行動、もしくは実行しなかった場合は死というペナルティが。試練を乗り越え、敗者には死といった過酷な戦いを繰り返す。ちなみに メルヘンゲームは「桃太郎」「さるかに合戦」「三匹の子豚」の一部シーンを再現。

参加者の職業や借金を背負った事情等は、冒頭 KO-SEIファイナンスの案内人が 手短に紹介していく。キャスト紹介のように、1人ひとりが箱馬に上に乗り スポットライトに照らされる。借金の金額はもちろん、ギャンブルや父親の借金を引き継いだりと事情は様々。ゲームの進行とともに明らかになる夫々の事情、個性豊かな参加者たちの連帯や裏切りなどが緊張感をもって描かれる。生き残りが多ければ、それだけ取り分が少なくなる。何としても総取りしたい、そんな人間の欲望ー本性剥き出しが痛々しい。

先に記した メルヘンゲームで違う行動をした場合は 警報音が鳴り響き、朱色の照明が点滅する。その緊張感を煽るような音響/照明といった演出がすごい。場面転換では目潰し照明(効果)などで観客の視野を遮り、瞬時に情景を変える。単なる「カイジ」「ライアーゲーム」「イカゲーム」などと違って、パラレルワールドとして 別の世界線も描いている。参加者は、別の世界で 同じように借金まみれの者もいれば 真っ当な人生を歩んでいる者もいる。この並行する世界線を交錯することで 物語は立体的になり、ゲームで早くに死んだ者も舞台上に登場出来る。実に工夫された脚本であり、観(魅)せる演出になっている。
次回公演も楽しみにしております。
おーい、 救けてくれ!

おーい、 救けてくれ!

鈴木製作所

雑遊(東京都)

2025/07/30 (水) ~ 2025/08/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

未見の作品。1ヶ月のワークショップ/稽古を経ての公演で、基本的に2人芝居。この公演では5組が挑戦している。自分が観たのは、赤松真治さん、勝谷涼子さん のD回。

物語としては、薄幸な若い男と女が牢獄の内と外という特殊な状況の中で芽生えさせた幻想的な恋物語といった内容。その切っ掛けは、男の「おーい、助けてくれ」という孤独と絶望の淵から出た言葉。それに呼応した女、彼女もまた孤独で世間知らず。いつしか儚い恋物語のような…。

自分が勝手に思い描いていた状況ではないことから、その世界へ没入出来なかったのが悔やまれる。舞台で先入観は禁物、知ってるつもりだったが…。
(上演時間55分)【D】

ネタバレBOX

舞台美術は 全体的に薄暗く、正面の壁は薄汚れたレンガ。上手には鉄格子窓から月明りが差し込んでいる。上手と下手を遮るように斜めの線、それが鉄格子。上手が独房内でベットと便器、下手が外の世界。天井には裸電球が吊るされている。外は強風が吹き、その音が寂寥感を漂わす。

テキサスの田舎町にある刑務所の独房。若い男が床にスプーンを叩きつけている。そして誰にともなく「おーい、救けてくれ!」と叫ぶ。その刑務所で働く女が物陰から「淋しいの」と声をかける。男は、女を騙し脱獄しようと企てる。世間知らずの女は騙されていくのだが…。初めこそ騙しているような感じだが、男は女に向かって 君と出会えた幸運を生かして、サンフランシスコでギャンブルで勝てば、金持ちになって幸せになれる。胡散臭くも 夢物語に酔いしれている様子。

女は、男が婦女暴行の罪で投獄されたことを知っている。彼は殴られて意識を失っている間に、遠く離れた町の刑務所に収監された。女は、刑務所の料理人として働き、彼女の父親は働かず、ある怪我によって政府から金をもらっている。男は片方の靴の中に隠し持っていた80ドルを女に渡し、この町を出てサンフランシスコで落ち合おうと言う。そして 男に頼まれて 女が父親の銃を家に取りに行っている間に、男は暴行した女の亭主に銃で撃たれて死ぬ。その女は男を誘惑し金を要求する。亭主はそれがバレ、世間に醜聞が広まるのが嫌だった。男にそれを指摘されて、亭主は思わず銃を撃った。男は、死を目前にしながら自分の不幸を嘆かず、料理人 女の幸せを願う。亭主や女房たちは男の遺体を刑務所から持ち去って どこかへ。

長々とあらすじ らしきことを記したが、この物語には2人の設定が殆どない。かろうじてあるのは、1940年代初頭。女がこの田舎町の生まれ育ちで、父が働かず娘の給料を当てにしていること。年代的には戦時中で緊張感と閉塞感が漂っていたと思うのだが…。そんな時の奇跡のような出会いで、今その瞬間だけを切り取って語る。男の孤独と女の不自由、そして2人に共通した寂しさが犇々と伝わる。勿論、事情を確かめずに投獄したことが偏見、差別になるのだろう。

先にも記したが、男と女の過去や性格付などは無くに等しく、その瞬間だけの出会いと別れである。その意味では1ヶ月のワークショップ/稽古で行うのに適した戯曲で、その演技力は見事だった。ただ、自分は女が10代で男が20代後半といったイメージを持っていた。その年齢差ー人生(辛苦の)経験の違いが、「男の騙して脱獄」と 「女の初々しい興味」といったものが、<ささやかで神話的な恋物語>になると想像していた。それが同年代もしくは女の方が年上なのが、自分のイメージと違ったので…。
次回公演も楽しみにしております。
犬の刺客 2025

犬の刺客 2025

友池創作プロジェクト

OFF・OFFシアター(東京都)

2025/07/29 (火) ~ 2025/07/30 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

#犬の刺客25
面白い、お薦め。
何度か再演している公演だが、今回初めて主人公の年齢設定をアラフォー世代にしたと。作/演出の友池一彦さんと同年代ということもあり、より思い入れが強くなったという。芸人として売れるまでの努力や苦労、一方 人間の性格や気質のような違いが歪みを生む。漫才コンビというだけではなく、人間関係の複雑さ難しさが浮き彫りになる。不惑の年代という設定が妙(芸能界に留まるか否かの見極め)。

何のために芸人になるのか、もちろん売れて有名になり といった夢があるだろう。華やかな世界の裏にある現実を面白可笑しく紡ぐ。人を笑わせ楽しませる、そんな気持がしっかり描かれている。本公演 たった二日間4公演、期間限定の掘り出し物市のような希少なもの。激情と性情のような感情をキャスト5人の熱演で観(魅)せてくれる。
(上演時間1時間40分 休憩なし)㊟ネタバレ

ネタバレBOX

舞台美術は、楽屋ということで 剥き出しのコンクリート ほぼ素舞台。上手に衣装掛け、中央に折り畳み式の長テーブルと丸椅子、下手は忘れ物が入ったダンボール箱等。

「笑いの神様」というイベントで漫才をしている場面から始まる。1人は犬の被り物をして吠え、もう1人は犬が吠えた理由について補足する。お笑いブームに乗ろうとするが、一発屋にもなりきれず解散した2人、実はライブハウスの楽屋にいる他の人たちの人間模様も重ね合わせ 滋味溢れる物語になっている。劇中 漫才シーンがあるが、そこには笑いではなく 漫才ネタを考え稽古してきた苦労が浮かび上がる。一方、マニア(ファン)にとって(漫才の)笑いは癒され勇気づけらる、という相乗効果に繋がっている。その双方を巧みに結び紡いだ好作品。

漫才師2人…小山亮介(原口誠サン)は漫才ネタを書いていたが、周りからは面白くないと酷評。相方である植田稔(後藤真一サン)はスタッフや先輩・同輩等と親しくし、情報を駆使し業界内で上手く立ち回ろうとする。養成所時代はそれほど親しくもなく、稔はピン芸人として活動しようとしていた。ひょんなことからコンビを組んで少し売れるようになってきたが、壁にぶつかった。稔はネタを作家に依頼することも視野に入れたが、亮介はあくまで自分が書くと主張。亮介の理屈というプライドと融通の利かなさ、稔の気配という拘りのなさ 流される性格、その相容れない気質と激論。コメディとシリアス場面を交錯するように描き、メリハリを付け 飽きさせない。

2人の考え方や生き様といった違いを際立たせ、それぞれのリアルな人物像を立ち上げる。なぜ漫才コンビを組み そして解散に至ったかを激白していく、その過程が肝。漫才コンビ「犬の刺客」を解散して8年。今ではYouTuberとして細々と活動している。久し振りに雑誌の取材ということで、亮介が懐かしい楽屋にやってくる。実は取材する記者は来れず、政治部から転属してきた垣田朝子(児玉アメリア彩サン)が興味本位から色々詮索し始める(政治記者を干された足掻き)。同じ時に楽屋にやってきた女 宇田川陽子(香苗サン)、何者で何のために来たのか謎めいている。当初来る予定だった記者とはメールでの遣り取りのため誰も顔を知らない。誤解、勘違い、人違い、成りすまし等 楽屋は混乱。

「犬の刺客」の笑いによって救われたのが陽子。上司からパワハラまがいの行為を受け、精神的に参っていた時に聞いた漫才が忘れられない。今では稔のマネージャー的なことをしている。何とか「犬の刺客」を復活させたいと…。漫才で人の役に立つ、そんな熱い気持を2人にぶつける。楽屋には、後輩芸人 南由良(茉月りりこサン)もおり 2人の動向を気にしている。芸人の不安と希望といった 複雑でリアルな気持が犇々と伝わる。そして朝子・陽子・由良の喜劇的な役回りが、漫才師2人の衝劇というか突劇を引き立てており実に巧み。ラスト 薄暗がりにピンスポットと優しいピアノの音色が印象的だ。
次回公演も楽しみにしております。
六道追分(ろくどうおいわけ)~第八期~

六道追分(ろくどうおいわけ)~第八期~

片肌☆倶利伽羅紋紋一座「ざ☆くりもん」

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2025/07/24 (木) ~ 2025/08/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

#8くりロン
第三期、第七期に続いて3回目。やはり楽しんで観てもらう、そんなサービス精神に溢れたエンターテインメント作品。そして改めて、人と人の繋がりの大切さ、思いやりといった心情、それを優しく見つめるような劇作。今回は六道の内 人間道の在り様を強く感じた。毎期キャストや組み合わせが変わり、同じ脚本や演出、舞台装置にも関わらず違った印象の物語になる。まさに「舞台は生もの」を再認識した。
(上演時間1時間40分 休憩なし) 【第八期 剣】

ネタバレBOX

舞台美術は、中央に格子状の衝立2つ。それを可動させ 遊郭の格子戸(籬)を表す。上手は 場景に応じて遊郭の半円障子や道中の石垣など、柱状の装置を半回転させる。下手は 丘のような階段状、その奥に朽ちた平板を組み合わせ、ラストは磔 処刑場。吉原へ通じる場所は、観てのお楽しみ。小さい劇場(空間)を巧く使った演出が妙。

梗概…清吉(通称・鬼アザミ)は子分の粂次郎、伊助、三吉(妻が病弱でいつか医者になりたい)と共に世を騒がせる”義賊”。いつしか守銭奴達を懲らしめる清吉一味は、江戸庶民の憂さを晴らす存在になっていた。しかし奉行所の取り締まりは厳しくなり、これを潮時と 最後に選んだ場所が不夜城「吉原」である。特に悪どいやり方で暴利を貪る大店ばかりに忍び込む。
一方、呼出し花魁 お菊は 刃傷沙汰を起こし、足抜けを余儀なくされていた。そんな時、忍び込んだ鬼アザミ一家と出会い...。吉原と東海道(大井川)を舞台に、人情味溢れる逃亡劇が始まる。清吉とお菊は旅を通じて お互いが孤独を癒し心を通わせていく。華やかな雰囲気と非情な成り行きの中で、情感豊かに描き 観客の心を揺さぶる。

人別改帳にも記載されない、捨て子の無宿として生まれた男と吉原という苦界に生まれ育った女の逃避行を描いた悲恋。どちらも不幸・不遇な身の上、その2人が旅の途中で出会った僧から「六道」の話を聞き、人の世の儚さと尊さを知る といった人情味ある話。タイトルにある「六道」を物語に巧みに織り込んで、人の心の在り様 を考えさせる。人間道で生きているが、その現世は因果の道理に…。六道を彷徨う人達の、切なく儚い道中、場面転換や心情表現にダンスを挿入するなど、観(魅)せる工夫も好かった。

ラストは、六道の輪廻転生ー色々な世界を死んだり生きたりしながら、グルグル回るーといった内容を2人の覚悟・心情に重ねるようだ。第八(最終)期は、同心 章衛門の子 沢山の話ーこの世に生まれさせたからには、良い世の中を作らなきゃいけない。この世の法(定め)は、必ずしも弱い者を助けてはくれない。そんな不条理が浮き上がるような印象を受けた。

華やかな雰囲気、それは出演者(特に女性)が吉原という場所柄、花魁姿の艶やかさを出し、旅に出てからは町娘に扮しての可憐さなど、いずれにしてもその”艶技”であろう。そして同心の庶民感覚と、与力等では考え方が違う。キャスト1人ひとりに物語での役割を持たせ、その個性が色々な雰囲気や相乗効果といった<力>になっている。それが長きに亘って公演を支えた要因ではなかろうか。
ギフト オア アライブ ~ふれあい夏祭り~

ギフト オア アライブ ~ふれあい夏祭り~

シベリア少女鉄道

吉祥寺シアター(東京都)

2025/07/11 (金) ~ 2025/07/21 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

シベリア少女鉄道 初観劇。
匂わせ説明の公演は、なるほど と思わず唸ってしまう。「ギフト」「アライブ」「ふれあい」「夏祭り」というキーワードがしっかり入ったドラマ+イベント風。
そして「死ねばいいのにシベリア少女鉄道」…目先の欲望が抑えられなかったが…。
(上演時間1時間50分 休憩なし)㊟ネタバレ

ネタバレBOX

二段の素舞台(後で解るが射的場イメージ)で真ん中に階段があるだけ。上演後 早い段階で上部に「射的」の文字、そして上手/下手にも射的の幟旗。

冒頭、浴衣を着た女性が優雅に登場、そして炸裂するような音響と色鮮やかな照明、それが瞬時に(空)爆音になり深紅の照明に変わる。祭りの花火から、紛争または戦争を表す戦火へ。政府軍や反乱軍 レジスタンスといった台詞が飛び交う。民間人、軍人さらにはスパイまで登場し、混沌とした世界が表われる。

そのうち、登場人物が手に小物等を持って現れる。突然 後景に番号が表示されるが、それが座席番号であることは 直ぐ解る。物語の中で誰かが死んだら、その人が持っていた物を表示された座席の人へプレゼントする。人が死ぬたびに景品が渡されるから、観客にしてみれば「死ねばいいのに」と願ってしまう?始めのうちは安価(ティシュ、袋菓子、Tシャツ等)な物のようだが、だんだんと高価(カメラやモニター等)な物を持って登場するから、期待が高まるが…。
フライヤーの「砂漠でラクダに逃げられて」は、「ね~お願いだから死んで~」という「ザ・パンチ」のネタなのね。

公演は観客との ふれあい夏祭り のようで、殺人=射的(景品)。劇中は紛争/戦争を描いているから、「誰も殺し合いなんて望んでいない」といった台詞にハッと気づく。それでも多くの人が死に、相当数の景品が渡されたよう(自分の隣席の人もゲット)。予算的に大丈夫か。
ちなみに、物語は 多くの人が知っているであろう作品等々の換骨堕胎とも違うパロディ。ぜひ劇場で確かめ 楽しんでほしい。本公演は「祭り」だから?、他の公演も観てみたい。
この暮らしにタイトルを付けようとした、日々

この暮らしにタイトルを付けようとした、日々

劇団 Rainbow Jam

シアター711(東京都)

2025/07/15 (火) ~ 2025/07/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
生きる意味を日々考えながら過ごすことは 煩わしい。日々充実して生きることが出来れば良いが、多くの人は…。内面的には、意欲・充実と空虚・惰性といった感情や行為の間で揺れ動くモヤモヤとした気持、その表現し難い心情を巧みに描く。対人的には、かみ合わない会話、理不尽なことも屁理屈で言いくるめてしまう、そんな ありがちなことを点描している。

少しネタバレするが、劇中の登場人物には名前があるが、当日パンフには女1~6、男1~2と記されており、誰もが持っている感情、その一般性・普遍性を表しているようだ。そして物語を牽引するのは、元劇団員で コロナ禍で演劇を辞めた という36歳迄 あと3週間の女1。女の誕生日迄の3週間、それを周りの人々との関係や出来事を絡めた哀歓劇といったところ。それでも明日はある。
(上演時間2時間 休憩なし) ㊟ネタバレ

ネタバレBOX

舞台美術は 後景に暗幕、下手奥にブラインドがあるが、タイトルを映す時だけ下ろす。その前に赤い自転車が1台。所々に白い丸椅子や黒い箱馬が置かれている。一見 抽象的だが、光景を固定させない工夫のようだ。

コンビニで働いている女1(甲斐千尋サン)は、夢を手放し 毎日同じことの繰り返しに疑問も持たない。そんな時、(コンビニ)バイトの面接に来た女2(福島宏美サン)が、店長 男1(小川輝晃サン)に向かって「今まで、一番辛かったことは」と逆質問してくる。女2は 余命宣告されたが、まだ生きている。改まって<生きる意味>なんて考えたこともなかったが、ひょんなことから昔の演劇仲間 女5(小堺美佳サン)と逢ったことから、その時の情熱のようなものが甦ってくる。

女1は、かつて舞台に立つことの面白さを知ってしまったこと、その充実した日々が忘れられない。演劇集団りぼ~んの稽古を見学しているが、その光景に 何故か同化出来ない。主宰兼役者 女4(佐藤真代サン)・演出家 男2(新納ゆかいサン)・客演女優 女3(高山京子サン)の力関係が次々に変化する滑稽にして現実。舞台という虚構(嘘の世界)の中で生き生きと、しかし今の暮らし(現実の世界)は、同じことの繰り返し。どちらが本当に生きている と言えるのか。

演劇の世界は甘くない、それはどの世界でも同じだろう。女5は どの劇団からもオファーがなく生活苦。女1が働いているコンビニで万引したり、噓をついて金を借りたりと 自堕落。自分では演劇を辞められない、演劇人としての自分を殺してほしいと。やたら自己肯定感を求めるが、女1は、誰も求められてなんかいない と突き放す。何気ない日々に生きる意味があるのかも知れない。

一方、女1の唯一の友人で、コロナ禍で結婚し妊活(体外授精)中の女6(櫻井由佳サン)。結婚したが、夫に抱かれることなくSEXレスで、女として見られていないと愚痴る。精神・肉体そして経済的負担に悲鳴を上げている。女1は結婚願望どころか 彼氏もいない。同じ歳の女2人の考え方や生き方の違いを描くことによって、人間として女性としての苦悩や葛藤を浮き彫りにする。やたらと36歳が強調されるが、女性にとって その年齢は特別意味を持つのだろうか。結婚適齢期という言葉は死語であろうし、出産適齢期は ある程度 母体の安全を考えれば、適した年齢があるのかも知れないが…。

自転車を普通に漕ぎながら淡々と話す姿、力強く漕ぎながら 血が滾ると咆哮する姿など、心情が一瞬で解かる演出が見事。照明は薄暗い中で、スポット的に照らし出す。音楽は優しく寄り添うような曲、それとは別に街中の騒音・雑踏が聞こえる効果音。プロローグ、エピローグに女1がフライヤーにあるような街の灯りは、人生の応援灯といった意のことを言う。何とも抒情的な…。
次回公演も楽しみにしております。
せんがわ劇場×桐朋学園芸術短期大学 自主上演実習公演

せんがわ劇場×桐朋学園芸術短期大学 自主上演実習公演

桐朋学園芸術短期大学芸術科演劇専攻

調布市せんがわ劇場(東京都)

2025/07/11 (金) ~ 2025/07/13 (日)公演終了

実演鑑賞

今年も依頼により、桐朋学園芸術短期大学専攻科演劇専攻57期の公演を観劇。今年は、3日間のうち1日(3公演)のみ観た。原作よりコンパクトにテキレジしているだろうが、どの作品も充実(テーマを明確に)しており楽しめた。

なお、教員の監修のもと、学生が自ら作品を選び 上演する。学士「芸術学(演劇)」取得の審査対象になり、上演作品の映像を独立行政法人大学改革支援・学位授与機構に提出することになっているため、★評価はしない。  

観たのは、次の3作品(上演順)。また「観てきた」コメントは、まとめて記載する。
●「ダウト~疑いをめぐる寓話~」(作:ジョン・パトリック・シャンリー、翻訳:小川絵梨子)
●「この道はいつか来た道」(作:別役実)
●「熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン」(作:つかこうへい)

ネタバレBOX

舞台美術は演目によって異なる。

●「ダウト~疑いをめぐる寓話~」(70分)
舞台は、アメリカ ブロンクスにあるカトリック系の教会学校 セント・ニコラス・スクールの校長室。上手に ぶら下がり健康器にカーテンを取り付け ドアに見立てる。下手は校長 シスター・アロイシスの机。

シスター・アロイシスはフリン神父が小児性愛者で性加害 行為をしていると疑っている。対象者は校内唯一の黒人生徒ドナルド・ミラーである(人種差別問題が見え隠れする)。そこで新任(担任)教師のシスター・ジェームスに神父の監視を命じる。室内で男女二人っきりになってはいけない、シスターは直接 神父に話しかけてはいけない等、いくつもの制約がある。

神父はドナルドに親身になって接しているが、その度が過ぎているとシスターは思っている。それ以外にも疑わしき行いが…。シスターは<正義>を振りかざし神父を追い詰めるが、疑惑は解明できない。真相は藪の中のまま 神父は他校へ転任するが、それは栄転。シスターと神父の息詰まる会話が見どころ。

●「この道はいつか来た道」(60分)
とある道に電柱が1本と、その前にポリバケツがあるだけ。
他の劇団でも観たことがあるが、ほぼ同じような舞台装置(別役 作品=電柱?)。

物語は女2人が出逢い、互いに名前や素性がわからないまま、色々な出来事を語り合う。他の劇団で観たときは男女2人…身なり、様子からホームレスらしい。繰り返される取り止めのない会話、しかしラスト近くなって話は思わぬ方向へ。2人はホスピスを抜け出してきた末期癌患者。そして2人は偶然知り合い、愛し合い結婚するという演技を繰り返している。つまり「いつか来た道」。

ラスト、寄り添うように死を迎えようとする2人。アカシアの花が咲く初夏を待ち侘びるが…。お互いの痛みを確かめ合うことは出来ないが 凍死するのは確実であろう。寒く冷たい死の実感がそこはかとなく漂う。が、何故か自分はあくまで明るく楽しく人生を生きる、といった前向きな姿に思えてしまう不思議な余韻。

●「熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン」(75分)
この演目では、初めて観る舞台装置、演出であり興味深かった。中央に大きな机、下手に水野トモコの小さな(スチール)机。そして三方(客席方向以外)を3段のkeep outで囲う。まるでリングのようで、捜査室という格闘場を思わせる。まさに生死をかけた戦いが始まる。犯人の大山金太郎以外は女性の配役。木村伝兵衛≒伝兵衛コ、レズという設定。上演前に、差別用語等が飛び交うが、原作の世界観を損なわないため そのまま使用すると アナウンスあり。

元オリンピック棒高跳び日本代表 伝兵衛コが、熱海で女子砲丸投げの選手が殺された事件を担当。同時に木村の恋人がモンテカルロで自動車事故死した真相の解明も…。オリンピックの正選手と補欠選手(蔑称:男はゴミ、女はコケ)にみる差別、同性愛への偏見、そして金銭と名誉などの欲望を抉り出す。

冒頭 伝兵衛コが「白鳥の湖」の音楽に合わせ(バレエを)踊りながら登場。歌ありダンスありといった観(魅)せる、そのエンターテインメント性に会場が沸く。それにしても、伝兵衛コ と速水ケイコが 大山金太郎の後ろ股下から腕を伸ばし、競技に準えて<棒>か<玉>か なんて言いながら股間を握るのを 初めて観た。

次回公演も楽しみにしております。
黒塚 雪女 時次ぐる神の花嫁

黒塚 雪女 時次ぐる神の花嫁

演者集団 剣舞

麻布区民センター 区民ホール (東京都)

2025/07/11 (金) ~ 2025/07/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

タイトルから3つの物語を順々に紡ぐが、少し解り難い。2019年に「黒塚」、2022年に「雪女」を上演し、本作は その2作品を含み「時次ぐる神の花嫁」を制作している。最後になって ようやく物語の全体像が明らかになる構成だ。観客の関心を掴むためには、物語毎に順々と展開するのではなく、それぞれの内容を交差もしくは交錯するなど、少し工夫が必要だと思われた。

とは言え、それぞれ単独作品としては面白い。少しネタバレするが、「黒塚」は能の「安達ケ原」を元に、「雪女」は小泉八雲の作を元に創作している。そして「時次ぐる神の花嫁」では2つの話を絡め、”時の旅人”の物語として描いている。公演の魅力は妖しい世界観、それをシンプルな舞台美術と役者陣の演技で観(魅)せるところ。

演者集団 剣舞 の公演は初めて観たが、出演者の多くは時代絵巻 AsHで観たことがある役者。特にヒロインの羽衣堂愛彩さん(主宰であり脚本・演出の場合は、灰衣堂と名乗っているよう)の演技は あまり観ることがないので良かった。なお、この作品でも殺陣シーンがあったが、舞台スペースが関係しているのだろうか、あまり迫真・緊迫感が感じられなかったのが残念。
(上演時間2時間10分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、素舞台に近く 中央奥に大きな生け花のオブジェ、上手/下手にススキ。上手に琴奏者(演奏は情緒があって良かった)。

冒頭、織田信長が明智光秀に攻められ、その後 光秀が追われ山中へ、さらに源義経と弁慶へ人物が変わり山奥の廃屋へ辿り着く。日が暮れ、この廃屋に住む女 黒蜜に一夜の宿を求める。黒蜜は、奥の部屋を絶対に見ないように言い残して薪を取りに出かける。人は見ないでほしいと言われれば、逆に好奇心にかられ 言いつけを破り、奥の部屋を覗く。そこには無数の死骸。戻った黒蜜は、部屋を覗いたことを知り、鬼婆の姿を現す。なんとか念仏を唱え 鬼婆を退治する。

次に、猟師の巳之吉と茂作は、吹雪の夜に小屋で一夜を過ごす。そこへ現れた雪女は、茂作を凍死させ、巳之吉には「このことを誰にも話してはならない」と。数年後、巳之吉は美しい女性 お雪と出会い結婚する。お雪は子供を産み、美しいままの姿で皆から慕われる良妻。ある日 巳之吉は、お雪に雪女との出会いを話してしまう。とたん、お雪は自分が雪女であることを明かし、「子供たちを大切にしなかったら・・」と言い残し 消えてしまう。

目まぐるしく変わる登場人物、時空を超越した 運命の巡り合わせ、そして妖しい雰囲気の世界観に浸る。時の旅人は追ってから逃れ、人里離れた山奥へ、先の2つの物語と交錯するような展開。けして覗いてはならない部屋(固定観念か?)、そして1つの約束事 それは「人の生死に関わることをしてはならない」と。タイムパラドックスを意味するような言葉。約束事を守りつつ、終わりが訪れた時、違う景色が…結末の違う物語があるのかも。冒頭 信長の遺体が本能寺で見つからなかった謎、義経の北行伝説ー蝦夷地、満州を経由してモンゴルへ渡った伝説、そんな俗説を通説と対比させ 幻想的に描いた作品。

なお、殺陣に迫力がないのは、(広い)会場スペースを全て使っているため、スピードや間合いが間延びして観えたこと。廃屋という或る空間(区切って)の中で行ったら違った印象になるかも。
次回公演も楽しみにしております。
JUDY~The Greatest Unknown Squadron~

JUDY~The Greatest Unknown Squadron~

グーフィー&メリーゴーランド

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2025/07/10 (木) ~ 2025/07/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

少しずつ演出を変えて再演している作品。
実在した人物をモデルにしたドラマ(一応 フィクション)、反戦劇だと思うが…。劇場入り口に、モデルになった美濃部正少佐の写真(撮影当時は大尉)、そこに「卑怯者呼ばわりされる中、自分の信念を貫いた。大事な部下に、死刑のような無茶な命令は下せない」と決意が書かれている。その文だけ読めば肯いてしまうが、劇中では典型的な軍人としての本音や戦略が透けて見える。

別団体の公演では、「特攻は美化させてはならないが、あった事実を風化させてはならない」と。美濃部隊長が率いた芙蓉部隊(員)は、別の意味で懊悩することになる。軍という階級(制度)、そこに見る意識の違い、さらに彼らの世話をする地元の人々の思いが交差する。少しネタバレするが、物語は 現代から戦時中に思いを馳せるような始まり、そのシーンが戦時中の上官(司令官等)の姿に重なるような描き。

物語としては、知らなかった人物の存在、その思考・行動を興味深く観ることが出来た。今から考えれば 常軌を逸したこと、しかし当時の事情や立場を鑑みれば、当たり前なのかも知れない。それでも同意・共感は出来ない。先の「決意」が表面的と思われる台詞(言葉)の数々。舞台として 理屈ではなく、感じ入るか否かだが…。
(上演時間2時間20分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、前後二重の暗幕で 場景を手際よく変化させていく。幕を左右から開閉させるが、始めのうちは 真ん中で閉まりきらないため裏(手動)で補っていたのが もどかしい。劇場の奥行きを活かし、汚れた平板で作った基地 兵舎内。机等を置き、日章旗や旭日旗を掲げているが、基地の移転(藤枝〈静岡〉⇨鹿屋〈鹿児島〉⇨岩川〈鹿児島〉)に伴い置く場所が変わる。

物語は、説明にある通り太平洋戦争末期、攻撃の主体は「特攻」であったが、夜間襲撃という戦法で戦果を残した芙蓉部隊を描いたもの。冒頭、現代の平和な様子・・明日のイベントで大量の生花が必要だったが、手違いで届かない。現場担当者はその対応に追われている。しかし責任者は、それぞれ役割・分担があり 自分の出番ではない、と手伝わない。

芙蓉部隊は、(沖縄)戦線へ特攻する部隊の夜間誘導、戦果見届(後方支援)、夜間偵察、本土決戦に備えるため といった戦術。美濃部少佐(物語では新渡戸正造)は、自部隊員の無駄死にはさせない信念、一方 玉音放送を聞いても にわかには信じられず戦争続行(本土決戦)の意思をみせる。他にも、今更 和平なんか といった台詞。そこに当時の状況や(軍人としての)立場が立ち上がる。悪意ある(疑った)見方をすれば、あくまでも本土決戦を見据えての特攻反対のよう、もっと言えば 沖縄戦線を見捨て本土を主戦場に といった捉え方が出来る。そこに冒頭のイベント責任者の役割・分担があり、手伝わない姿と重なってしまう。本意ではないだろうが、そんな印象を持ってしまう。

脚本・演出の沢村紀行 氏が 当日パンフに記した文は、反戦劇。実在した人物や隊をモデルにした戦争物。凄惨な戦争は 二度と起こさせない、記録だけではなく生の声、その記憶を伝えることも大切。しかし曖昧になる記憶の危うさも…。「制作委員会 発足」というペーパーにJUDYを上演し続けて20年とある。公演では、特攻作戦を拒否した正攻法のみでの戦いを描いており、あくまで戦時中における作戦・戦術。先にも記したが、特攻を美化しないが、あった事実もなかったことには 出来ないだろう。

舞台として、衣裳や所作は当時を思わせるもの。役者陣のキビキビとした動作を始め、確かな演技力が好い。また三味線の生演奏など抒情味もある。
次回公演も楽しみにしております。
小夏の青春

小夏の青春

きむら劇場

高円寺K'sスタジオ【本館】(東京都)

2025/07/09 (水) ~ 2025/07/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

無料公演。再演だが、演出と演技が違うようで 別公演を観た印象。
冒頭、前回は映像を使用したが、今回(初日)は高円寺K’Sスタジオの日下諭さんと「別れても好きな人」をデュエットするところから始まる。選曲は 劇中の映画スター 銀ちゃんへの気持か。前回は、銀ちゃんとヤスの人物像を立ち上げることで、逆に小夏の心情を浮き彫りにしていったが、今回は 小夏の心情を前面に出した描き方だ。
(上演時間1時間)

ネタバレBOX

会場入り口で 木村夏子さんが着物姿でお出迎え。素舞台。

物語は、人気俳優の倉岡銀四郎と新人女優の小夏が出会い、破天荒な彼に惹かれていく姿、彼を慕う大部屋俳優ヤスの奇妙な友情、2人の間で揺れ動く女優 小夏の姿を描く。公演の見所は 演技力。勿論一人芝居であるから、銀ちゃんの我儘や女遊びなどは小夏の心情として語り、ヤスは相手を詰るといった一人会話で情景を表す。衣裳替えで 舞台上に居なくなる時もあるが、そんな不在を感じさせないほどの高揚感と余韻を漂わせている。それを支える音響・音楽や色彩豊か・諧調する照明技術が巧い。それを日下 氏が担っている。

場所は、「新選組」の撮影真っただ中の京都撮影所。最大の見せ場である「池田屋の階段落ち」が、危険であることを理由に中止になろうとしていた。そんな中、小夏の妊娠を知った銀ちゃんは、スキャンダルを避けるため ヤスに彼女を押し付ける。銀ちゃんを慕うヤスは、小夏と結婚し自分の子として育てることを誓う。そしてヤスは、銀ちゃんのため、小夏や 生まれてくる子供のために、命を賭けた階段落ちに挑む。

見所は、演技力によって 小夏が<愛>もしくは<情>といった目に見えないコトに目覚めていく過程が切々と描かれているところ。印象的なのは、ヤスの実家へ結婚の報告、そして結婚式での様子が描かれている。銀ちゃんへの想いより、ヤスとの関りや暮らしが濃く描かれていた と思う。小夏曰く、「女は傍に居る人が好き」「必ず帰ってきて」と。女の心情・心境の変化といった情念にも似たような感情が迸る。前回に比べ 大きく激しい動作やアクションもある。驚いたことに、時々 「飛龍伝」の神林美智子や「売春捜査官」の木村伝兵衛といった、別作品の女性の影がチラつく そんな錯覚に陥る。やっぱり つか節(台詞回し)がそう思わせるのだろうか。

着物から上下黒の洋服へ、そして脱いだ着物を抱き撓るような姿態が艶めかしい。ヤスに対しては危険なスタントに対する忠告をしつつ、それを強く止めない。銀ちゃんを思う気持、一方 ヤスはこんなにも危険な仕事をしているのに 小夏がまだ銀ちゃんを慕っている、その心の内の苦しさ故の妬みや荒み。しかし そんなヤスに対して小夏は普段着。そこには本来の 着飾らない素直な小夏がおり、生まれた子供(娘)がいる。銀ちゃんにもヤスにも似ず、母似の娘…そこに小夏の強かさを見る。ちなみに黒衣裳は、次回「売春捜査官」のPRを兼ねての演出。

つかこうへい が、最後の付き人兼運転手だった木村夏子さんのために…それに応えるかのような気迫ある芝居。1人で主役3人の微妙な心持と奇妙な関係を見事に表現した好公演。次回公演も楽しみにしております。
六道追分(ろくどうおいわけ)~第七期~

六道追分(ろくどうおいわけ)~第七期~

片肌☆倶利伽羅紋紋一座「ざ☆くりもん」

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2025/07/09 (水) ~ 2025/07/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

第三期に続いて2回目観劇。やはり楽しんで観てもらう、そんなサービス精神に溢れたエンターテインメント作品。そして改めて、人と人の繋がりの大切さ、思いやりといった心情、それを優しく見つめるような劇作。法は 体を縛るが心は縛れない、そこに庶民の気骨をみる。

物語は 悲恋であるが、笑いも交え小気味よく展開していく。少しネタバレするが、旅は江戸(吉原)から大井川までの東海道、その僅かな旅路が2人にとっての幸せな時間。華やかな雰囲気と非情な成り行きの中で、情感豊かに描き 観客の心を揺さぶる。また場面転換や心情表現にダンスを挿入するなど、観(魅)せる工夫も好かった。
(上演時間1時間40分 休憩なし) 【第七期 龍】

ネタバレBOX

舞台美術は、中央に格子状の衝立2つ。それを可動させ 遊郭の格子戸(籬節か?)を表す。上手は 場景に応じて遊郭の半円障子や道中の石垣など、柱状の装置を半回転させる。下手は 丘のような階段状、その奥に朽ちた平板を組み合わせ、ラストは磔 処刑場。吉原へ通じる場所は、観てのお楽しみ。小さい劇場(空間)を巧く使った演出が妙。


梗概…清吉(通称・鬼アザミ)は子分の粂次郎、伊助、三吉(妻が病弱でいつか医者になりたい)と共に世を騒がせる”義賊”。いつしか守銭奴達を懲らしめる清吉一味は、江戸庶民の憂さを晴らす存在になっていた。しかし奉行所の取り締まりは厳しくなり、これを潮時と 最後に選んだ場所が不夜城「吉原」である。特に悪どいやり方で暴利を貪る大店ばかりに忍び込む。
一方、呼出し花魁 お菊は 刃傷沙汰を起こし、足抜けを余儀なくされていた。そんな時、忍び込んだ鬼アザミ一家と出会い...。六道を彷徨う人達の、馬鹿馬鹿しくも切ない道中が始まる。吉原と東海道(大井川)を舞台に、人情味溢れる逃亡劇が始まる。清吉とお菊は旅を通じて お互いが孤独を癒し心を通わせていく。その過程を面白可笑しく描く。ラスト お互いを思いやる気持が 切なく そして痛々しい。

人別改帳にも記載されない、無宿として生まれた男と吉原という苦界に生まれ育った女の逃避行を描いた悲恋物語。どちらも不幸・不遇な身の上、その2人がひょんなことから一緒に旅をすることになる。旅の途中で出会った僧から「六道」の話を聞き、人の世の儚さと尊さを知る といった人情味ある内容。タイトルにある「六道」を物語に巧みに織り込んで、人の心の在り様 を考えさせる。人間道で生きているが、その現世は因果の道理に…。ラストは、六道の輪廻転生ー色々な世界を死んだり生きたりしながら、グルグル回るーといった内容を2人の覚悟・心情に重ねるようだ。

華やかな雰囲気、それは出演者(特に女性)が吉原という場所柄、花魁姿の艶やかさを出し、旅に出てからは町娘に扮しての可憐さなど、いずれにしてもその”艶技”であろう。そして下っ端役人(岡っ引き等)の庶民感覚と、与力などの武士とでは考え方が違う。
第三期と比べ、少し気になったのは、遊郭内での刃傷沙汰や大井川の氾濫時の緊迫感がないこと、(旅途中の)茶屋でのゆったりとした様子(清吉とお菊の至福のひと時)がないこと。物語(内容)としては同じだが、メリハリが弱いように感じた。キャストによって雰囲気が違う、まさに「舞台は生もの」を再認識した。
次回公演も楽しみにしております。
音楽劇 金鶏 二番花

音楽劇 金鶏 二番花

あやめ十八番

座・高円寺1(東京都)

2025/07/07 (月) ~ 2025/07/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
日本のテレビジョン実験放送に関わる人々の努力と奮闘の群像劇。公演の魅力は、舞台美術を駆使し、当時の状況を音楽を交えテンポよく展開する。休憩含め約3時間近い物語だが、飽きるどころか 目が離せない。物語は色々なエピソードを盛り込んでいるが、それらが緻密に連関していく。それを観(魅)せる演出も手が込んでいる。

本作は「金鶏 二番花」となっているが、9月には「金鶏 一番花」(池袋演劇祭参加作品)が予定されている。本作で、日本テレビジョン開発 第一人者の金原賢三がどうして これに取り組むようになったのか、その理由を語っている。その金原に焦点を当てたのが「金鶏 一番花」で、本作と併せ壮大なテレビの物語が紡がれるようだ。

物語は、NHK放送劇団・第一期生の老女が、後輩・五期生の女性のインタビューを受け、テレビ放送の黎明期を回想する形態で進む。技術も人材も未成熟で、試行錯誤の繰り返し。しかし 気概と活気に満ち溢れていたことが窺い知れる。そこには戦後の復興を願う人々の姿がある。
(上演時間2時間45分 途中休憩10分) 

ネタバレBOX

舞台美術は 回廊のような作りだが、真ん中の空いている空間も上手/下手から舞台板を動かし情景を作る。正面は幕、所々にあるハンガーに衣裳が吊るされている。NHKと刻印された箱馬、TVカメラや照明機材。上手の天井には傾いた円形(パラボラアンテナ風)。会場の高さも利用し、別空間を作る。ちなみに円形は太陽やブラウン管を表しているようだ。
下手に帝国放送効果団の演奏メンバー(ピアノ、アコーディオン、ファゴット、パーカッション、クラリネット)。上演前は設営音や喧騒が聞こえる。

金原が子供の頃、ハレー彗星の接近により地球滅亡といった噂が流れた。彼は 母に死ぬ前に何がしたいか尋ねた。「歌舞伎がもう一度観たい。(浜松から)東京へ観に行くにはお金がかかる。歌舞伎の方からこっちに来てくれれば」と。そして東京高等工業学校の入学式で恩師から「金鶏は無限に金の卵を産み、国の何処かに埋めた。国が危機に陥った時それを掘り出せ・・その金鶏が埋まっている場所は君達自身の胸の中だ。それを掘り出して国を救え」と、勿論アイデアのことであろう。

室内撮影は、光量が少ないとキレイに映せない。その熱量のため部屋は暑く、しかも人手不足でアナウンサーが映像関係の仕事を手伝っていた。スーツを脱ぎ下着姿で 上階から人形を操る姿が、滑稽であり奮闘でもある。この操り人形のパフォーマンスが秀逸で、無表情で、目だけは大きく見開き踊る。しかし強い照明光のせいで目を傷め、仕事を辞めざるを得ない といった苦悩もある。さて 幕に映した操り人形のシルエット、いろんな角度から映すが、それはテレビ撮影技法であり、ブラウン管のモノクロ映像。

多くの人に言葉を伝える仕事 アナウンサー、そのマイクを前に忸怩たる思いが甦る。戦時中、学徒出陣で戦意高揚をするような言葉を発した。また戦地で銃を撃った人間が人前で放送できるのか、そんな苦悩が付きまとう。一方、GHQの文化担当部署であるCIEとのテレビジョン放送を巡る議論が興味深い。今後の方向性について、CIEの意向を尋ねるが、先方からは自分たちで考えること。そこに敗戦国としてではなく自立を促すような示唆。戦地スマトラで、慰問のために行った素人芸の「白浪五人男(浜松に縁)」、しっかり日本の伝統芸能である歌舞伎が出てくる。

素人芸でも人の心は動かせる。この発想が、ラジオ放送 紅白音楽試合になり 今の「NHK紅白歌合戦」に続く。毎年 大晦日に行い続ければ、それは「文化」になる。CIEから敗戦国が「合戦」などと苦言を呈されるが、そこに黎明期の人々の気概を示す。
音楽劇として全16曲、希望者には歌詞が配布される。音楽劇だから、場景に応じて合唱や独唱で聴かせる。特に出雲喜代子役の金子侑加さん と 黒柏繭役の中野亜美さんは印象に残った。
次回公演も楽しみにしております。
ひとくず

ひとくず

映像劇団テンアンツ

本多劇場(東京都)

2025/07/04 (金) ~ 2025/07/09 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

2回目観劇。
通常版(?)の公演は これが最後とのこと。7月8日(19時)は短縮版、9日(14時)はエピソードが挿入され さらに長尺(千秋楽スペシャル)になるらしい。

既に 内容は知っているが、それでも笑い 泣ける。また1回目の時にアドリブか判然としなかった台詞は、台本通りということも分かった。そして キャストが変わることで情況も違ったような印象を受けた。特に、北村鞠と金田匡朗の母 佳代が、それぞれ御園紬サンと徳竹未夏サンへ。やはり「舞台は生もの」、同じ内容でも違った感情が動いた。
(上演時間3時間35分 途中休憩10分)【バニラ チーム】

ネタバレBOX

カーテンコールで、徳竹サンが 今日 那覇(宮古島チャリティー国際映画祭のMC)から 本多劇場へ、ゲネもないし不安だったと話していたが、迫真の演技で観入った(もちろん全ての役者に言えることだが)。
初日は 入場時に混乱があり、開演が30分遅れ。また舞台上では、電柱が倒れかけ キャストが慌てて支えるなどアクシデントがあったが、今日は(観客から見て)何事もなく良かった。

公演はシングルキャストはもちろん、変則キャスト、ダブルキャストを含め多くの俳優陣で上演されている。コメディ‐リリーフとして笑わせ、テーマである児童虐待で泣かせる、そして考えさせる場面の数々。匡朗の母 佳代、鞠の母 凛、その母の千鶴は男なしでは生きていけないといった弱い面を、同時に子の愛し方を知らない寂しさも描く。母の観点を強調することでネグレクトに潜む怖さが観える。佳代、凛という要(カナメ)の母をテンアンツの徳竹未夏サン、古川藍サンが熱演。理屈では語れない、その難しさを舞台で表現する。「平凡な幸せ」「普通の家族になる」ことの難しさを改めて知る。

人のクズーカネマサ(上西雄大サン)、母の男を 凛の恋人をそれぞれ刺殺。その男が一人の少女 鞠のために…昔から知っている(元)刑事 桑島(剣持直明サン)との邂逅が味わい深い。桑島のカネマサを思う気持ち、その真情を受け入れるカネマサ。そして 鞠の誕生祝いを目前に逮捕されるが、桑島の温情で 彼の同僚にプレゼントを託し別れの言葉を交わす。舞台から客席へ下り(連行され)る姿に、啜り泣きの声。
何度見ても泣けてくる場面だ。次回公演も楽しみにしております。
ひとくず

ひとくず

映像劇団テンアンツ

本多劇場(東京都)

2025/07/04 (金) ~ 2025/07/09 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
児童虐待の実態を描きつつ、その先を見つめる心優しき感動作。「鳴り止まないアンコールの声に」という謳い文句に納得。何とも心が押しつぶされそうな内容だが、現実にある話。それを基に 一晩で「ひとくず」の脚本を書き上げたという。

物語は説明通り、少女 鞠を地獄から救ったのは人間のくずだった。しかし、救われたのは少女だけではなく、救った金田匡朗(通称:カネマサ)も精神的に救われたのだ と思う。鞠の境遇とカネマサの心の成長が共振・共鳴し大きな感動を呼ぶ。

感動シーンには、必ず音楽と照明の相乗効果で印象付ける。その心憎い演出が物語を一層切なく そして優しく包み込むよう。泣き笑いといった感情の揺さぶりが凄い。
(上演時間3時間40分 途中休憩10分) 【チョコ チーム】

ネタバレBOX

セットは 後景に観覧車(ライトアップすると<ひとくず>の文字が浮かび上がる)、中央は北村凜、鞠 母娘の部屋と金田匡朗の部屋の回転舞台。上手/下手はそれぞれの場景に応じて簡易セットを搬入/搬出する。それによって、テンアンツらしく分り易く テンポよく展開していく。物語は、成人した鞠の回想として紡いでいく。

鞠が、十蟻刑務所へカネマサを迎えに行くが、入れ違いになり会えなかったシーンから始まる。小学生の頃 鞠は、母 凜の恋人に虐待され、電気もつかない暗い部屋で食事もなく一人置き去りにされていた。そこへ空き巣に入った金田。金田も母 佳代の男から虐待を といった同じ境遇で育った。部屋はゴミで溢れ、水を飲み 空になったマーガリンを舐める鞠、その姿は髪はボサボサで…。銭湯へ連れていき、手の根性焼きや胸にアイロン焼きの痕に繋がる といったように次々に場景が連関していく。

鞠とカネマサの育った境遇は似ており、二人の幼い頃の様子を交差するように描く。そこに児童虐待の惨さを見せ、さらに教師や児童相談所といった第三者(行政も含め)が介入し難い もどかしさを浮き彫りにする。さらに、凛も母 千鶴から虐待を受けていた過去が明らかになる。娘の愛し方が分からない悲しみ。鞠とカネマサが、ラーメンや焼き肉を食べ といった平凡な日常が描かれているが、そんな当たり前が2人にとっては幸せ。カネマサにとって鞠の存在は絶対であり、約束は必ず守る。常習窃盗者から生活のために就職しようとする。そこに鞠という存在がカネマサを精神的に成長させているような。

場転換は多いが手際よく それだけテンポよく展開する。飽きさせるどころか、舞台から目が離せない。感情を揺さぶるシーンは、効果的な音楽を流し、照明は白銀色系で人物が映えるようなもの。一方、カネマサが凛の恋人を刺殺するシーンは 暗転の中で音響のみ。トリガーアラートに配慮したかのような演出である。脚本はもちろん演出が実に巧い。
次回公演も楽しみにしております。
花がこがれる

花がこがれる

アユカプロジェクト

シアター風姿花伝(東京都)

2025/07/03 (木) ~ 2025/07/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

時間と場所を自在に操った幻想劇。この世界観に浸れるかどうかが肝。謳いにある「香りを演出に加えた」は、会場入り口で お香を焚き 優雅な匂いを漂わすが、物語に直接影響しているかどうかは判らない。

舞台美術や人物の名前が 物語の世界観を表しているが、それに早く気が付くか。救いか冒涜か、人の心の奥底にある願望、それを現代では別の形で…。
(上演時間1時間45分 休憩なし)【Bチーム】

ネタバレBOX

舞台美術は中央奥にゴシック建築にみられる尖塔型窓3つ、その下に祭壇飾り。上手/下手に多くの花が活けてある。特に下手は、大木の枝が中央方向へ曲がり葉が茂っている。手前に横長テーブル2つ。全体の雰囲気は妖しげ。キャストは客席通路を使うが、それによって別空間があることを表す。

物語は 説明にある通りで、魔女の家を花屋と間違えて来た迷い子が、魔女に「夢を終わらせにきました」と。時間と場所は、中世or近世ヨーロッパの魔女の家(スナック魔女 カガミ)と現代の花屋。この2つの時間軸を行き来するが、さらに迷子の女性 アイリスが生死の狭間にいる魂、という二重の仕掛け。ここは何処 といったミステリアスな雰囲気、その中で紡がれる不思議な話がどう展開していくのか、その関心と興味を惹く巧さ。

魔女の家には多くの人々が集まり賑やか。いつも同じ話の繰り返しで盛り上がるが、その先の進展がない。今見ているのは夢の世界。そして集まっているのは死者、しかも不遇な亡くなり方である。魔女は死者を蘇らせようと研究(日本では反魂〈香〉?)をしており、冒頭 試験管とピペットを持った姿がそれを表している。この行為により異端審問となり、宗教裁判にかけられる。勿論 魔女狩りであり、花の魔女 カガミ、星の魔女 プラネを指す。一方、現代の世界では 意識不明のアイリスが入院しているが…。ちなみに現代の蘇りはAIで?

アイリス(花)は、その香りに効能があること。花言葉は「希望」や「信じる心」だという。物語に込めた意は、アイリスという女性そのもの。魔女の家(中世or近世)と花屋(現代)のシーンは、照明光を微妙に諧調させ 明るさが違うような。それによって雰囲気が違い、同じセットでも異空間といった感じ。ただ 登場人物が違っているにもかかわらず、世界観の違いが鮮明にならないのが惜しい。
次回公演も楽しみにしております。
未来へつむぐ

未来へつむぐ

つむぎジャパン

国立オリンピック記念青少年総合センター・カルチャー棟・小ホール(東京都)

2025/07/04 (金) ~ 2025/07/05 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

戦後80年、このような反戦をテーマにした公演が多く上演されることだろう。謳い文句は「平和への約束、忘れてはならない過去がある、だから未来のために今を生きる」である。勿論「特攻を美化してはいけない。しかし特攻の事実は絶対に風化させてはならない」ともある。
物語は説明通りで、令和に生きる少女がタイムリープして、戦時中 それも知覧基地へという設定は既視感がある。例えば、映画「その花が咲く丘で、君とまた出会えたら」などを観たことがある。

この公演の制作は丁寧で、それだけに訴える 力 も強い。当時の衣裳や所作、特に特攻隊員たちのキビキビした動きはリアル。一方、隊員たちの世話係として派遣される知覧高等女学校の生徒、通称 なでしこ隊の少女たちの礼儀正しさ。特攻隊員となでしこ隊の微笑ましい交流、しかし 間もなく特攻命令が…。その結末は既に知っているだけに、心情をどのように表現するかが見所。少しネタバレするが、知覧特攻平和会館や桶川飛行学校平和祈念館に展示されている手紙、それを1人ひとりが 遺書代わりに台詞(言葉)として述べ 消え(退場し)ていく。その姿が凜々しくも痛ましい。

実際、戦争を生き延びた方々も少なくなり、戦後世代が背負うものが問われているような。世界を見渡せば、どこかの地域や国が紛争/戦争をしているのも事実。だからこそ この公演を行う意味がある。
ただ説明の笹木美和の いじめ という孤独の中で、という思いを特攻隊員だった曾祖父に繋げるのはピンとこない。彼女が 謳い文句にあるような思いを抱く切っ掛けに共感出来れば、もっと好かった。
(上演時間2時間 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、中央を一段高くした兵舎内。場景に応じて、上手に女学校の教師 桐谷康江の家や下手に櫓のような高台ー軍司令の視察現場を現す。上部 後景はスクリーンで、特攻や焦土と化した街の映像を映す。シンプルなセットであるが、特攻隊(特殊任務)という秘匿性と閉塞感を表している。また、客席通路を使った動きは、兵舎のある知覧の街と地続きの場所(土地)があることを表し、日本の至る所で悲惨な状態にあることを連想させる。

説明にある 美和の いじめは、lineの画面表示から無視されていること。劇中では、直接 対人からの いじめは描かれていない。死にたいほどの苦悩なのか、その深刻さが伝わらない。その気持ちで戦時中へタイムリープして特攻隊員ー自分の曽祖父との交流を通して、辛さを忘れる大事な何かを知りたい一心で向かう、にしては表面的すぎる。しかも辛さを忘れる? それを糧にして 考え行動することが大切なのではないか。

特攻隊員となでしこ隊員の淡い恋、しかし観客は すでに悲しい結末であることを知っている。交流が微笑ましければ、それだけ感情を揺さぶられ嗚咽が漏れる。場内のあちこちで啜り泣きの声が聞こえる。その なでしこ隊の生き残り 班長の三浦真紀が語り部となって当時(戦時中)と現代を繋ぎ、単に過去の記録に止めない。当時を知る者の生の記憶を伝える、そこに 公演の真骨頂がある。

演技は勿論、音響・音楽そして照明技術も上手い。なでしこ隊員の歌や独唱、サクソフォーンの演奏などの音楽。空爆などの迫力ある音響も効果的。また先にも記したが特攻隊員の一人ひとりをスポットライトで照らし、ピアノの曲を流し その中で心情を激白させる。遺書代わりであるから夫々の個性が際立つような台詞(言葉)が印象的だ。衣裳も特攻隊服を着る所作、なでしこ隊の絣モンペなど、細かい所まで配慮した演出が好い。
次回公演も楽しみにしております。
煙が目にしみる【Mura.画】

煙が目にしみる【Mura.画】

Mura.画

劇場MOMO(東京都)

2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

千穐楽観劇、面白い。
物語は 説明にあるように、地方都市にある斎場の待合室が舞台。白装束の男二人、彼らはこれから火葬されようとしている死体の幽霊。これまでの人生に思いをはせているが、ボケ始めたおばあちゃんが故人の姿が見え、話が出来るという奇跡の騒動が…。

何回か観たことがある作品。今回のMura.画は、前作「広くてすてきな宇宙じゃないか」(演劇研究会)もそうだったが、丁寧な演出が特徴。場面毎のメリハリを さらに強調することによって印象付けと余韻を残す。おばあちゃん曰く「この世の最期の友達、いや あの世の最初の友達が出来て」、全編ユーモアと情感に満ちた感動作。
(上演時間1時間30分 休憩なし) 【ウミネコチーム】 

ネタバレBOX

舞台美術は暗幕で囲い、中央奥に雲か煙のような形をした白布。それが たなびいているようで、あの世を連想させる。中央の空中に白枠(ガラス窓イメージ)。上手/下手にそれぞれソファとテーブル。シンプルなセットだが、全体が鯨幕イメージ。

葬儀という悲しい現実、にも関わらず 随所に散りばめられたユーモア、溢れ出る家族愛が観て取れる。白装束の男二人(野々村浩介と北見栄治)の火葬が始まってから骨上げまでの1時間半をリアルタイムで描く。二人はこの世とあの世の間を さまよっているが、そんな二人の姿が見える浩介の母 桂の奇跡が…。

二人は窓から桜を眺めている。自分たちは あの世に旅立ち、家族などはこの世で見送る。その間には忘れたくない美しい光景が見えている。Mura.画の「これを描きたい」が伝わってくる印象深い公演。美術も演出も控え目。しかし観客の想像力を十分に膨らませ、贅沢な時間が流れる。

音楽と照明を効果的に使ったシーンは2か所、あとは普通の人工光。まず中盤、妻の野々村礼子が背中を向けて ソファに うずくまって夫 浩介を偲ぶ場面、もう1つは、最後 桂が参列者に浩介と栄治の思いを伝える場面である。このメリハリの利いた演出が描きたいことを鮮明にしている。生と死、過去と現在の境界を巡りながら、家族の温かさといった滋味を味わわせてくれる。これが実に巧い。
次回公演も楽しみにしております。
モテない保険2

モテない保険2

TOP BANANA

ブディストホール(東京都)

2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

千穐楽観劇、面白い。
場末の大衆食堂に集まってくる常連客の浮世話。そこへ突然現れた、ラブライフ生命外交員の保険に係る蘊蓄(胡散臭い)話。現代に生きる それも女性への痛烈な嫌味⁉。少しネタバレするが、「モテない保険」に加入出来るのは女性だけ、それも50歳代迄という年齢制限付きのもの。それは少子化と密接に絡み、その保険の妙味を感じさせる。彼女らの今をユーモラスに 時にリアルに描く。

一方、食堂の女将の狂言回し的な役割が肝。コロナ禍を経て、不寛容・無関心といった風潮が広がった? いや時代とともに直接 人と接するのが煩わしくなってきたのかもしれない。インタ-ネットを介して繋がっている、という間接的な付き合い。自分が子供の頃は、近所に世話好きというかお節介な おばちゃんが居たが、今の時代には うっとうしがられるかもしれない。

物語は、個性豊かな人たちが集まり、ボケとツッコミのような会話を繰り広げる。場末の食堂とは思えないような活気に溢れ、エネルギッシュな光景が観ていて楽しい。学校の授業以上に保険内容に聞き入る姿に、現代を生きる女性の不安・寂しさが滲み出てくる。そこには、劇中にも出てくる 吊り橋効果が…。
(上演時間1時間50分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は「定食さとちゃん」の店内。中央に厨房とカウンター席、上手に冷蔵庫・エアコンや本棚、下手は店の出入り口。上手/下手の客席寄りにテーブル席。本当の食堂のような造作。

常連の女性客の職業は、タクシードライバー、ヨガインストラクター、キャバクラ嬢、歯科衛生士そして大金持ちの謎の女性(愛称:お嬢)、男性客はIT企業のサラリーマン、不動産屋の社長、中国人、ウーバーイーツの配達員、そしてゲイバーのオーナーママといった普通?の人々。そして女性客はお嬢以外は30歳間近。(結婚)適齢期といった言葉は死語かもしれないが、周りが結婚したり子供が生まれたりすると気になり、焦りも…。彼氏もいなければSEXレス、このまま独身が続き アッという間に60歳(還暦)。その時 頼りになるのがお金、そのための(モテない)保険だという。妙に説得力のあるセールストーク。

保険への加入条件は、①彼氏を作らないこと、②同棲しないこと、③結婚しないこと、④一生独身 という4つ。その満期受取額は1億円超と魅力的。彼氏ができるか、ましてや結婚できるなんて保障はどこにもない。それならば といった気持に傾くのも無理からぬこと。しかし 一生独身は淋しい、そんな揺れる女心を巧みに描く。

登場人物の性格や色々な立場(LGBTQ=ゲイや外国籍=中国人)を巧みに取り入れ、定食屋内に社会の縮図を立ち上げる。お互い辛辣なことを言い合うが、何故か嫌味に聞こえない。最近の風潮である、ハラスメントだ 多様性だ といった表面を取り繕った言葉ではなく本音で言い合う。過激とも思える言動を見事に笑いに転化させたコメディ。
実は、店の女将 聡美の仕組んだ…。意味合いは違うが、”縁は異なもの味なもの”、まさに定食屋らしいオチのよう。結末は ぜひ劇場で。
次回公演も楽しみにしております。
火山島

火山島

劇団演奏舞台

キーノートシアター(東京都)

2025/06/27 (金) ~ 2025/06/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。2017年にも観劇しているが、その時とは違った観方になった。
根底に横たわるテーマは揺るがないが、物語の捉え方というか観点の違い、その意味で 改めて描かれている内容の幅広さや奥深さを感じさせる秀作。

なお、自分の思いから ラストはちょっと…。
(上演時間1時間30分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、中央に大きさの違う三段の平台、周りは布切れだけ。アトリエ公演と違って生演奏はなし? それでも 音響・音楽や照明の印象付けは見事。

物語は、駐留施設の誘致予定の火山島に住む三組の家族を通して、戦中戦後の様相を描く。第一話、風車守は 妻との暮らしを懐かしみ、誘致場の妨げになるという理由で 発電用風車が取り壊されることを嘆く。第二話、料理屋の主人は 役人や工事関係者などが来島して儲かることを喜んでいる。その妻は 戦時中に生き延びるため、仲間を守るために、泣き止まない赤ん坊を沼に沈めたことを思い出しては悔やむ。第三に、祖母と少女は 台風の影響で漁船が沈没したニュースを聴き、小船で遠洋に出掛けた、出掛けざるを得ない少女の父の無事を願う。この三話を交錯するように描き、それぞれの悲喜交々を淡々と語る。

2017年に観た時は、三話の時代や設定の共通点が分からなかった。三話は時間軸が違い、家族系譜のような物語と思っていた。それは時代・世相や環境が変わろうとも、普遍的な問題を提示していると。その結末は、それぞれの主張が同じ方向に向いていくと。

今作では、或る一夜の物語であることが解る。新たに 風車守の妻がコレラで亡くなった件は、コロナ感染の関係で近親者さえ近づけず火葬されたことを連想する。男は3人の息子を育て上げたが戦争で…。
次に、敵の攻撃中に赤ん坊が泣き出し といったことは、ガマ(沖縄の自然洞窟)の中でも同じようなことがあり、至る所で悲惨な出来事が繰り返された。
最後の老女の憂いは環境問題等もあり漁村の生活は厳しい。”砂山が動く(崩壊)”という言葉には、戦争で英霊になった人々の墓が埋没していく危機感の表れ。孫娘は村の活性化のため誘致を言い出す。まさしく軍需活況であり、意識の違いである。

前回同様、これらの話によって理不尽な社会状況が重層的に浮かび上がり、何時マグマが爆発し人々を暗澹たる気持にさせるか、そんな予兆を思わせる不気味な状況を描く。そこに現代日本の姿が垣間見えてくる。ラスト、孫娘が「今度の戦争はいつ起きるの?」には戦慄する。

三話から、反戦や環境等への問題提起が浮かび上がるのは容易に解る。相互に緊密さは感じられないが、それぞれ単独話(2人会話劇)としても十分説得力のある内容だ。敢えて関連付けをせず、時間も場所も関係なく問題の広がりと深さを描いているようにも思えた。だからこそ時代を超えた普遍的で、色褪せない物語になっているだと。演技は、抑制された素晴らしいものであるが、キャストによって力量の差が観えたのが惜しい。

今作のエンディングテーマ「祈り」を合唱するが、それによって劇中の出来事が昇華というか浄化されるような気になる(前向きで 舞台の印象付けとしては効果的だが)。戦後80年、しかし世界を見渡せば、紛争・戦争はなくなっていない。それを忘れないためには、美しいハーモニーはどうなのだろうか?と思ってしまう。
次回公演も楽しみにしております。
人間のあくた

人間のあくた

吉祥寺GORILLA

上野ストアハウス(東京都)

2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

表層的には、合法と非合法地域という差別/被差別を描いた物語で、人間の生き辛さが浮き彫りになる。非合法地域は既成事実として存在するが、そこに居る人々は居ないに等しい。その意味するところが物語の肝。

当日パンフに「本作は、架空の国、その中にある鉄塔が立った街とラショウモンと呼ばれる特殊な地域の話」とある。塔は、セントラルタワーと呼ばれ 平和条約を記念して建てられた。差別の先にある「戦争」や「人権」という大きな問題にも言及するが、舞台の中で伝えたいことが描けたのだろうか? ラストの情景は、その間にあった出来事を観客の想像力に委ねたように思うが…。

舞台技術の音響や照明等は、衝撃と印象付けという意味では効果的で巧い。ラショウモンの外では、騒音や雑踏といった日常風景、照明は正面の格子窓や下手のガラス戸の照明色の諧調によって 微妙な時間帯を表現している。細かな演出だけに丁寧な制作といった印象だ。
(上演時間1時間50分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は薄汚れた街の一角。上手に高い段差、奥はブロック壁と波トタンの塀。所々にパイプ管が付いている。正面 上には格子窓があり、場景に応じて窓奥の照明色が変化する。中央に階段と電柱、何故か拡声器が取り付けられている。下手は低い段差にホワイトボード、その上には横長のガラス窓。全体的に吹き溜まりといった印象で、非合法地帯といった雰囲気が漂っている。

ラショウモン、日本でいえば部落問題と関連付けてしまう。この架空の街では歴史的なことは語られず、既にその地域はあったという前提で描かれている。ラショウモン以外の人間は(マイ)ナンバーが付与され、それが身分証になっている。主人公 アクタ(28歳)は、偽造ナンバーを用い 人材派遣会社 トロッコに勤めている。或る日、カンザキという男が、経営アドバイザーとして来るようになってから、周辺が きな臭くなってくる。

この国は 15年ほど前まで戦争をしており、今は他の地で戦争が起きている。トロッコは、ボランティア/後方支援といった名目で戦場へ人を派遣する。戦場であるから、当然死傷者は出るが、派遣されるのは、戸籍を持たないラショウモンの人間。そこには「人権」はない、いや もともと人間扱いされていない。カンザキもラショウモン出身者、内部事情には詳しい。差別される痛み苦しみは知っているはずだが、それを暴力的な思考で破壊しようとする。ラショウモンの内と外、それぞれが相互干渉を嫌うような描き方だが、国はラショウモンの存在そのものを認めているのか?

物語の根底には紛争/戦争、そして差別/被差別といった不条理が横たわる。そして目先の利益や暮らしを優先するあまり、脱法行為へ といった分かり易い展開。舞台としては迫力ある銃声音や火事現場の照明などリアル。演出は好かったが、物語としては もう少しラストシーン(劇団としての訴えたいこと、主張なり)を描き込んでほしかった。
次回公演も楽しみにしております。

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