稽古場レポート

吉祥寺ファミリーシアター2026『星の王子さま』稽古場レポート

吉祥寺ファミリーシアター

星の王子さま

2026年8月14日(金)〜8月16日(日)

8月14日(金)〜16日(日)に上演される、吉祥寺ファミリーシアター2026『星の王子さま』。その稽古場見学のため、ある晴れた日、私は吉祥寺シアターに向かった。

当劇場の職員でもある小西力矢(まばゆいクラブ)が脚本・演出・音楽を務め、キャストには加藤睦望(やみ・あがりシアター)、金本大樹(まばゆいクラブ)、徐永行(ザジ・ズー/サンバーチャイチャイ/さるさるさる松井絵里)、田久保柚香、新部聖子(少年王者舘)、端栞里(南極)、宝保里実、村山新(まばゆいクラブ)が名を連ねている。本企画は2024年から小西が脚本・演出として携わっており、子どもから大人まで間口の広い観劇の場として設けられている。

私が小西と最後に会ったのは、もう何年も前のこと。私のなかで、彼はまだ「僻みひなた」であり、「地下スタジオでEDMを爆音で流している」ような表現者だ。

そんな彼が、ファミリー向けの舞台を……?

また、原作「星の王子さま」は言わずと知れたサン=テグジュペリの名作である。私自身もながく愛読してきたこの作品を、彼が演劇としてどのようにして立ち上げていくのか。あまりに予測不能で、より一層好奇心をくすぐられる。

左から新部聖子、小西力矢 撮影/Yoshikino

劇場の三階にある稽古場に足を踏み入れると、さっそく小西自ら「お久しぶりです」と声をかけてくれた。人当たりの良さや物腰の柔らかさは、当時から変わっていないようだ。

ふとホワイトボードに目をやると、標語のように『8小節は4エイト』と掲げられている。稽古場の奥には、見上げるほど大きな舞台美術が鎮座していた。ゆるやかな坂のような形をしたそれは、劇中で一体どのように使われるのか。稽古が始まる前から、期待は高まるばかりだった。

開始時刻になると、いわゆるチェックインというのか、座組の一人ひとりが順番に「今日のひとこと」を言っていく時間が設けられた。

「すごくおいしそうなパンを買ったんだけど、見た目に反して全然味がしなくて…」「最近、夜は好きな芸人の動画を流しながら寝ているんです」。一人あたり30秒ほどの小噺だったが、各々の語り口がその人となりを色濃く表していて、眺めているだけでおもしろい。全員がオープンマインドな状態でその場に臨んでいるように見受けられ、この座組が普段からとても風通しの良いことが窺える。

左から新部聖子、小西力矢、端栞里 撮影/Yoshikino

その日のメインは、冒頭から半分までをシーン毎に区切って返していくという稽古だった。

まず印象的だったのは、小西が「第一場から始めます」ではなく「一曲目から始めます」というように、シーンを「曲」と表現することだった。彼の現場において音楽がいかに重要な役割を担っているか、示唆しているように感じた。

当企画はファミリーシアターを謳っていることもあり、本番当日の客席には子どもの姿もあるだろう。そのざわめきを想定して、俳優陣が子どもに扮して「何が始まるのー?」などと声をあげている。

左から端栞里、田久保柚香、徐永行、加藤睦望 撮影/丘田ミイ子

すると舞台後方から、「ぼく」(新部聖子)がやってくる。

「しーっ。」

青年になりゆく少年のような、モラトリアム漂う新部の声が響く。子どものざわめきを優しく掬いあげるような彼女のプロローグには、圧倒的な訴求力と、思わず目を惹かれてしまう確かな引力があった。

「いまここにいるあなたたちみんなに向かって、話します。」

この作品が、子どもも大人も置いてきぼりにしないことを宣言してから、この物語は始まる。

新部聖子 撮影/吉祥寺シアター

第一章、もとい、第一曲目。雲間をゆく飛行機の音をバックに、新部は、上半身がすっぽり隠れてしまうほど大きな本を開く。その姿は、ともすれば操縦桿を握っているかようにも見える。

「ぼく」が読んでいるその本は「うわばみ」という巨大なヘビについて書かれており、その脅威は獲物を丸ごと飲み込んでしまうほど。「ぼく」はその証拠として、スケッチブックを開き、作品番号1番と銘打って「ゾウを飲み込んだうわばみ」の絵を描く。

しかし、加藤睦望、金本大樹、徐永行らが扮する「おとな」たちは、みな口を揃えてその絵を「ぼうし」だと指摘する。そして、代わるがわる言うのだ。

「トランプの話をしよう」「ゴルフの話をしよう」「政治やネクタイの話をしよう」──。

上から徐永行、金本大樹、加藤睦望 撮影/Yoshikino

なぜだろう。鼻の奥がツンとした。私も日頃から、トランプやゴルフや、政治やネクタイ(と揶揄されるもの)などの大人めいた話ばかりをして、息子の描く「ゾウを飲み込んだうわばみ」を見逃してはいなかったか。子どもの想像と創造を、おとなの都合で無碍にしてはいなかったか。思わず我が身を振り返った。

そのシーンを終えたとき、ふと小西が呟いた。

「スケッチブックの絵は、客席に見せないようにしますか。短時間で描いたにしては、スピードが早すぎる気がして」

このファンタジックな世界観のなかで、如何に“ほんとう”であることを守るか。その微細なバランス調整が、この作品の質をより強固にしていることがわかる。

そして「ぼく」は、とある砂漠に不時着する。そこで邂逅を果たすのが、まさに王子さま(端栞里)だ。端が演じる王子さまのどこかあどけない佇まいは、物語とありのままに共鳴し、呼応していく。めくるめく彼女の表情に、思わず目が釘付けになる。

端栞里 撮影/Yoshikino

「ぼく」と王子さまは、特別な時間を過ごす。濃密で叙情的なシーンを返したあと、舞台監督の大石晟雄が、つと立ち上がった。

「今日は稽古場レポートの方も来てくれているし、せっかくなのでこれを試しましょう」

そう言いながら、白い紙のようなものがわさわさと盛られた木箱を取り出す。箱を抱えて舞台美術の坂を登り、上からひとつ、紙を落とした。

その美しさに、私は思わず声をあげた。紙は特殊な細工がされているようで、大石の手を離れた瞬間に形を変え、くるくると美しく旋回しながら落ちてゆく。そのシルエットは、空に降る飛行機のようにも、流れ星のようにも見えた。

端整な作品づくりのなかに、ちょっとした偶発性を散りばめる。舞台ならではのスパイスだ。その小さな紙細工たちは、座組全員で協力して量産したという。

左から村山新、新部聖子、加藤睦望 撮影/丘田ミイ子

芝居と併せて、テクニカルな要素について話し合う場面もあった。飛行機を修理するというシーンでは、本物の電動ドライバーを片手に「もっとゆっくりスイッチを押したらそれっぽい音に聞こえるかな」と試しながら、理想に近い音を探っていた。稽古場全体で、多角的な視点から作品を見つめ、洗練させてゆく。

稽古が進む。王子さまの背景にふれる回想シーンでは、バラ(加藤睦望)が登場する。バラは王子さまの輪郭を形づくる重要な存在だ。しかしそんな役の重圧をものともせず、加藤は圧倒的な輝かしさと茶目っ気でその場を魅了する。彼女の説得力ある体現が、「王子さまが旅に出る決意」をより強く裏付けている。

加藤睦望 撮影/Yoshikino

王子さまが旅に出て最初に出会うのが、王さま(田久保柚香)だ。田久保は、ひとりぼっちの王さまの愛すべき滑稽さを、チャーミングに浮かび上がらせる。彼女は王さまのほか「実業家」等も演じており、そのキャッチーさは客席の大人も子どもも夢中になること請け合いだ。

写真中央:田久保柚香 撮影/Yoshikino

次に登場するのは、うぬぼれ屋(金本大樹)だ。風格のある佇まいとは裏腹に、軽妙な語り口が繰り広げられる。とあるシーンでは、劇場が一体となって彼を“讃える”かもしれない。そのとき客席にいる子どもたちはどんな反応をするのか、思わず想像して笑みがこぼれる。うぬぼれ屋のほか、彼が演じる「点灯人」のシーンでは、(大人は特に)胸を打つものがある。

金本大樹 撮影/Yoshikino

次の星で出会うのは、ベロベロに酔っ払った酒飲み(徐永行)だ。彼の軽妙洒脱な芝居に、稽古場も笑いに包まれる。徐は酒飲みの他に「地理学者」等も演じており、舞台全体を縦横無尽に使って、豊かな身体性を遺憾なく発揮している。

彼らがいくつもの役を演じ分ける目まぐるしい展開は、俳優陣の胆力があるだけにとても見応えがあった。

徐永行 撮影/Yoshikino

その他、宝保里実が「ヘビ」を、村山新が「キツネ」をそれぞれ演じる。稽古見学の都合上、残念ながら二人のシーンを見ることは叶わなかった。しかしどちらも、王子さまに多大かつ対照的な影響を及ぼす役どころであることには違いない。受け手によって限りなく解釈の余地があるヘビという存在を、宝保はどのように体現するのだろうか。

宝保里実 撮影/Yoshikino

「たいせつなことは、目には見えないんだ。」物語を象徴する、あまりに有名なこの台詞を、村山はどのように扱うのだろうか。稽古場での自然体な二人を見ていただけに、より一層、作品への興味が深まっていく。

最後のふたつの宝箱は開けないまま、本番当日の楽しみとして残しておこう。

村山新 撮影/Yoshikino

今回の稽古場を通して印象的だったのは、『芝居と音楽との調和』にかなりの重きを置いているということだった。それは、「台詞やミザンスを拍に合わせる」という単純なことではない。小西が繰り広げる多彩な音楽と、俳優陣が司る音感・身体性との調和。そう表現すれば、この座組が一人残らず只者ではないということがわかってもらえるかもしれない。

音楽と俳優とがユニゾンする瞬間は、ただただ本能的な心地よさがある。「おとな」のように頭を使って観るのではなく、「こども」のように肌や心で直接感じることでしか得られない愉悦があるのだ。

その他にも、本作にはさまざまな仕掛けが用意されている。随所随所の演出で、観客の私たちが「目に見えないもの」を想像し、自分のなかで創造する。それこそが、この物語の本当の完成なのかもしれない。

左から小西力矢、村山新 撮影/Yoshikino

今回のファミリーシアターの作品として、なぜ「星の王子さま」を選んだのか。稽古見学を終えた帰り際、ふと小西に尋ねてみた。

「僕、やわらか人間なので…」

やわらか人間! 思わず聞き返してしまった。「僕は繊細な人間で、だからこそこの作品に共感できる部分があるんです」

繊細な人間を「やわらか人間」と表現する彼の姿から、本作を選ぶ理由が垣間見える。私は続けて、4歳の息子を連れていってもいいかと尋ねてみた。観劇経験がほぼ初めてで不安はあるものの、この作品なら楽しく観てくれるかもしれないと思ったのだ。

「おすすめの年齢は8歳からとしていますが、年齢による入場制限は設けていないんです。どんな年齢層でもどんな人でも楽しんでもらえるように心がけています。作中は音楽が流れていますし、お子さんが声を上げてしまったりしても気にならないんじゃないかな」

この一言を聞いて私は、子どもを連れて観にこようと決心した。

最後に、劇場での鑑賞サポートの取り組みについても触れておきたい。

障がい者割引・車いす席の用意・補助犬の同伴・音声補聴サポート(公演前日までの申込)や、全ステージに無料の託児サービスを実施(※公演一週間前までの申込のため受付は終了)しているのもありがたい。これらを鑑みても、幅広いアクセシビリティを備えた劇場企画であることがわかる。

撮影/吉祥寺シアター

稽古場見学を終え、保育園に息子を迎えにいく。ああ、これからご飯を作って、明日の準備をして、自分の作業もしなければならない。

── ぼくにはいま大事なことがあるんだ、とても大事なことが……

一日の終わりを迎えてもなお、疲れを微塵も感じさせない息子は、「ねえ、これ見て!」と言いながら壁を這い上がったり梁にぶら下がったりしている。私が「ちょっと待って!」と返すと、子は「わかったよ」と言い、別の部屋へ駆け出す。

── こどもはおとなを、いつだって寛大な心で、大目に見てあげないといけないのです。

劇中の台詞が、頭のなかをかけ巡る。

家事の手を一旦止めて、息子が見ている景色を、私にはもう見えなくなってしまった景色を想像する。私にとってはただの木造賃貸でも、彼にとってこの家はまごうかたなきジャングルなのだ。

そんな彼に、「ゾウを飲み込んだうわばみ」の絵を見せてみた。これ、なんだと思う?すると一言、「うーん…『のぼりおやま』かな!」と返ってきた。初耳ワードに少々面喰らったが、いい意味で期待を裏切ってくれた気がした。こどもがきちんとこどもであることに、私はとても安心した。君はあの作品をみて、どう感じるんだろう。とても知りたいと思った。

上質な作品は、きっと劇場を出たあとの生活にまで波及する。

こどもと、おとなになってしまった過去のこどもたちへ。この作品は、そんな全ての人へ捧げられるべきものだろう。

新部聖子 撮影/Yoshikino

取材・文/大島萌
稽古場写真(公式)/Yoshikino 

<公演情報>
吉祥寺ファミリーシアター2026『星の王子さま』

原作:サン=テグジュペリ
脚本・演出・音楽:小西力矢(吉祥寺シアター/まばゆいクラブ)
出演: 加藤睦望(やみ・あがりシアター)、金本大樹(まばゆいクラブ)、徐永行(ザジ・ズー/サンバーチャイチャイ/さるさるさる松井絵里)、田久保柚香、新部聖子(少年王者舘)、端栞里(南極)、宝保里実、村山新(まばゆいクラブ)

<会場>
吉祥寺シアター

<日程>
2026年8月14日(金)〜8月16日(日)
8月14日(金) 19:00
8月15日(土) 11:00/15:00
8月16日(日) 11:00/15:00
※受付開始は開演の45分前、開場は30分前
※上演時間は約60分を予定
※全ての回で託児サービスあり(無料・要予約)。ご希望の方はチケットをご購入のうえ、公演の1週間前までに吉祥寺シアターまでお申し込みください。(既に受付は終了)

<チケット>
<全席指定>
一般:2,500円
アルテ友の会:2,000円
U29:2,000円(要証明書)
子ども(中学生以下):1,000円
武蔵野市民:2,000円(武蔵野市在勤・在学も含む、要証明書)
障がい者割:2,000円(介助者1名まで無料、要証明書)
※ご希望の方は電話またはメールで吉祥寺シアターまでお問い合わせください。
※0歳から入場可能(おすすめの年齢は8歳~)
※未就学児は膝上鑑賞無料。お席が必要な場合は子ども料金。
※ベビーカーは会場内にてお預かりいたします。

https://yyk1.ka-ruku.com/musashino-s/sameShowList?en=476

<スタッフ>
脚本・演出・音楽:小西力矢(吉祥寺シアター)
舞台監督:大石晟雄(劇団晴天/みさくぼ)
舞台美術:いとうすずらん(まばゆいクラブ)
照明:緒方稔記(黒猿/まばゆいクラブ)
音響:池田野歩
衣裳:武藤銀糸
宣伝美術:古戸森陽乃(かるがも団地/まばゆいクラブ)
イラスト:萩原ぎんいろ
写真撮影:Yoshikino(まばゆいクラブ)

主催・企画製作:吉祥寺シアター(公益財団法人武蔵野文化生涯学習事業団)
助成:一般財団法人地域創造
後援:武蔵野市、武蔵野市教育委員会
協力:アプレドゥ、(株)大沢事務所、かるがも団地、黒猿、劇団晴天、ザジ・ズー、さるさるさる松井絵里、サンバーチャイチャイ、少年王者舘、ディケイド、南極、古元道広、popchic factory、やみ・あがりシアター

お問い合わせ:吉祥寺シアター
0422-22-0911(9:00~22:00) theatre@musashino.or.jp

公式HP:https://arte-friends.com/event/kichi-family2026/

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