背中から四十分
渡辺源四郎商店
ザ・スズナリ(東京都)
2019/05/01 (水) ~ 2019/05/06 (月)公演終了
満足度★★★★
笑いあり、人生の影と光あり、思いがけない趣向あり、たいへんいい舞台だった。ホテルの男性客と女性マッサージ師のふたりが軸であるが、マッサージをネタに、こんな面白くて深い芝居が作れるのかと、発想の妙に感心した。
深夜のホテルの部屋に男がやってくる。やけに態度がでかくて、時間外に豪華な食事のルームサービスを要求し、マッサージも要求するかと思うと、遅れているツレと頻繁に携帯で連絡を取る。ホテルで待つツレというと、ちょっと危ない関係を考えてしまうが、マッサージの女性が現れることで、話は意外な展開に……。
畑澤聖吾さんの作・演出と、男性客の斎藤歩とマッサージ師の三上晴佳の、コミカルさと説得力のある演技に大きく拍手したい。1時間35分。
ヒトハミナ、ヒトナミノ
企画集団マッチポイント
駅前劇場(東京都)
2019/04/10 (水) ~ 2019/04/21 (日)公演終了
満足度★★★★★
障害者の入所施設を舞台に、障害者の「性」の問題、福祉・介護の現場が出会う矛盾を描く。シリアスになりやすい題材だが、あけっぴろげなおばさん主任(竹内都子)、出入りの太った金持ち社長(辰巳智秋)が、絶妙のツッコミをいれて、終始笑いが絶えない。出演者に合わせた当て書き(あるいは台本に合わせたキャスティング)が非常にはまっていたし、出演者も、それにこたえて、実に生き生きとしていた。
ほかの人も書いているが、インゲン豆の細かい胚芽とりという、膨大な単純作業の繰り返しが、会話劇の最中、ずっと続けられているわけだが、これは苦労が多くて報われることの少ない障害者介護の見事な隠喩としてみえた。
昨年9月の「逢いにいくの雨だけど」につづく、横山拓也作品の二回目の観劇。前作も、ジーンと考えさせられるものが後を引いた(今も続いている)が、今回も、障害者の性というだけでない、仕事と人生、夫婦の絆の問題、社会の不寛容の問題、地方と都会と、多面的な問題を映し出す舞台だった。全6場(多分)。100分休憩なし、割とコンパクトな芝居
障害者役の尾身美詞も、一途な雰囲気が良く出ていた。ロシアのチェチェンの中学校人質テロ事件を描いた「US/THEM わたしたちと彼ら」の、疲れを知らずに動き回る中学生役も圧倒されたが、今回は車いすに乗って時々出るだけなのに、存在感があった。
春のめざめ
KAAT神奈川芸術劇場
KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)
2019/04/13 (土) ~ 2019/04/29 (月)公演終了
満足度★★★★
14歳の少女と、中学校(ギムナジウム)の少年たちの性の目覚めを描く。官能的にリアルに性が感じられる。しかしオトナたちの怯懦と無理解が悲劇をもたらす。何もない簡素な美術と、ホイップクリーム(?)を精液に見立てて壁に塗りたくるなど、シンボリックで無機的な演出だが、俳優たちの肉体と演技は生々しく、自慰シーンでは思いがけずこちらも熱くなってしまった。
思春期の純真さが規律と因習で潰されるのは、ヘッセの「車輪の下」を思わせる。ドイツ的主題なのだろうか。
いっぽう、この舞台をもっと微笑ましくロマンチックにしたのが「小さな恋のメロディー」。いずれも昔流行った作品だ。小学校で性教育が取り入れられ、多少は性意識がひらけてきた現代では、この芝居がこのまま青少年に訴えるというわけにはいかないだろう。
伊藤健太郎君目当ての女性客で会場はいっぱいだったが、どういう感想を持ったんだろうか。男目線の演劇だと思ったが。休憩なし2時間10分
新・正午浅草
劇団民藝
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2019/04/17 (水) ~ 2019/04/28 (日)公演終了
満足度★★★
淡々と死を待つ老人を見事に現前させた枯れた芝居。89歳の吉永仁郎の作・演出と、85歳の水谷貞雄が、79歳の死去直前の永井荷風を描いたのだから、枯れた老人芝居であることは、狙い通りの成功と言えるだろう。70分休憩15分65分の計2時間半
若いカメラマンが、かつての反骨の精神も加齢とともに弱まった荷風を批判するところで、活気付く。戦時中に菊池寛の挨拶絵お断り、芸術院会員も蹴った反骨ぶりも良かった。
同時に、昔の恋人のウタにも、濹東綺譚のモデルのユキにも、荷風が結局は冷たく去っていくところに、荷風の根っこにある冷淡さを感じた。その人生態度は、戦争にも反戦にも熱くならず、世を冷笑して過ごした覚めた姿勢と共通するだろう。
水谷の、スローな動作と、しわがれた台詞回しの、枯れぶりがうまかった。しかも、永井荷風によく似ていた。背広に下駄履きの冒頭から、似てると実感。それにしても、なぜ背広に下駄だったんだろうか。
かもめ
新国立劇場
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2019/04/11 (木) ~ 2019/04/29 (月)公演終了
満足度★★★★
おもしろかった。トム・ストッパードの台本は、チェーホフの原作をほぼ生かしているのだが、微妙にブラッシュアップしてあって、愛すべき凡人たちの、片思いのすれ違いの連鎖がくっきりと浮かび上がった。
まほろば
梅田芸術劇場
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2019/04/05 (金) ~ 2019/04/21 (日)公演終了
満足度★★★★★
蓬莱竜太の劇にはまってしまった。今回は、女性の生理と出産をめぐるなんてことない話なのに、その赤裸々ぶりと旧家の沽券がぶつかって、えも言われぬ笑いを弾けさせていた。ぶっちゃけた女の会話を男の作家が書いていることに驚き。6人の女優たちのはじけた演技に拍手かっさいをおくりたい。
基本は日常リアリズムにたったせりふ劇。ケレン味が命のつかこうへい芝居とは対極にある。でもじみというわけではなく、取っ組み合いの喧嘩がみせばになったり、はっちゃけた芝居だ。我々と等身大の登場人物それぞれの人生、喜怒哀楽、不安と迷い、悩みと願いを、笑いとともに体験する2時間だった。
パンフレットにこの芝居の特徴を捉えるいい言葉があった。「この『まほろば』はもう、女優さんたちがどのような”声”を出すか、そこに尽きると思うんですよ」(蓬莱)、「子供とか結婚とか、そういう話をただ田舎に戻ってきて家族がしているだけ」(演出・日澤雄介)「私は初演の時、一読して『これがドラマになるんだろうか』と思ったの。(略)ドラマとして作り上げたら、結局岸田戯曲賞を獲ってしまう作品に仕上がったわけだから、やっぱりものすごく根源的で、そしてドラマチックな話なんだなってその時思い知りました」(三田和代)。
熱海殺人事件 LAST GENERATION 46
RUP
紀伊國屋ホール(東京都)
2019/04/05 (金) ~ 2019/04/21 (日)公演終了
満足度★★★★
言わずと知れたつかこうへいの代表作。膨大なセリフのマシンガントークの連続なのだが、ギャグと音楽と照明でメリハリをつける。名乗りと見栄の連続の末に、都会に出てきた女工と職工の、悲しい恋の叙情的場面が待っている。
つか芝居は、自然なリアリズムを追求する潮流に対する、もう一方の様式性と身体性を追求するタイプではないか。歌舞伎や野田秀樹に近いものを感じた。
LIFE LIFE LIFE
シス・カンパニー
Bunkamuraシアターコクーン(東京都)
2019/04/06 (土) ~ 2019/04/30 (火)公演終了
満足度★★★★
二組の夫婦のウイットに富んだ社交的会話が、酒とイライラの力もあって、互いの弱点を刺激しあう、ジャブを応酬しあうボクシングのような一夜へと変わっていく。それでもシリアスというよりコミカルで、笑いの中で幕を閉じる。しゃれた脚本と、センスある演出家と、うまい役者がそろえば、たっぷりの笑いのなかに人生のほろ苦さも混じる、こんな口当たりの良い芝居ができますよ、という見本のような舞台。
似ている舞台としては、昨年見た加藤健一の徹底した笑いの「Out of Order」を思い出した。
若手と、その生殺与奪の権を握る上司のぶつかり合いという点では、先日の「ブルー/オレンジ」と通じるところもある。上司と部下の関係で互いの本音を、時にチクチクと、時にガツーンとぶつけ合う。惨めさも滑稽さもオープンにして笑いのめす闊達さは、日本には難しいだろう。それほど日本の上下関係は骨がらみというか、湿っぽくて陰気で、客観化しにくい
BLUE/ORANGE
シーエイティプロデュース
DDD AOYAMA CROSS THEATER(東京都)
2019/03/29 (金) ~ 2019/04/28 (日)公演終了
満足度★★★
精神病院での、二人の白人医師と、一人の若い黒人患者の、3人のパワーとして面白く感じた。統合失調症の治療法をめぐる対立、正義と保身の対立という風に、どこかに正解を期待していると、肩透かしを食う。
階級・人種などの社会的背景を絡めた少人数のパワーゲームというのは、イギリス演劇が好きな主題なのだろうか。ピンター「管理人」「誰もいない国」、ヘア「スカイライト」と、最近見た舞台がいくつも連想される。
濃密な会話に2時間半(90分、休憩15分、65分)どっぷりつからせられる、見終わってくたくたになる芝居である。
ミュージカル『はだしのゲン』
Pカンパニー
こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロ(東京都)
2019/04/03 (水) ~ 2019/04/07 (日)公演終了
満足度★★★★★
あれだけ有名な漫画を舞台にしてどうなるのかと、全く期待しないでいったが、予想を裏切る素晴らしい舞台だった。父との麦踏みの場面、病弱な母に食べさせる鯉をつかまえる場面など、コロス(黒子)たちが麦(!)や鯉を演じる破格の見立てを使うが、これがこの舞台の、肝である被爆の場面で生きてくる。最低限の装置でシンボリックに描くことで、観客の「想像力」でリアルな被爆シーンを立ち上げるのである。
その後も、随所でそうしたシンボリックでありながら、リアルさを感じさせる演出がさえている。
しかも本当に無駄がなくてテンポがいい。休憩なし1時間55分で戦前の幸せな暮らしから、被爆シーン、戦後の焼け跡から、母の出産と悲しい分かれ、新しい出発までを、見せる。ほかにも、被爆して自暴自棄になったが学生を立ち直らせる場面や、朝鮮人差別(加害者としての日本人の側面)の問題まで描いている。飛ばしたなー、という感じは全然なく、それぞれのシーンがたっぷりとした見ごたえ、歌の聞きごたえがあるから、大したものである。
ゲン役のいまむら小穂(民芸)が、気合の刈り上げヘアで、実年齢を20歳以上若返らせる子ども役を見事に演じていた。舞台の成功の柱は彼女の元気なゲンに追うところ大きい。またゲンの弟と、新しい弟の二人の女優もやはりよかった。同じ女優の一人二役かと最初思うくらい、実際似ていて、びっくりした。
父母を演じた俳優座の加藤頼と有馬理恵のコンビもはまり役で、新しい持ち役になるものと思う。
著名な辛口劇評家も、終演後「本当によかったよ」としみじみ言っていた。友人も「心洗われる舞台」と言っていた。
つながりのレシピ
秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2019/04/05 (金) ~ 2019/04/14 (日)公演終了
満足度★★★★★
寂しいくせに強がりの男やもめが、亡妻に導かれるようにして、今まで見下していた元ホームレスの青年たちと、心通わせるようになる上質のホームドラマ。プライドだけが支えの実は弱い夫を、葛西和雄が好演。彼の何気ない一言、予想通りの頑迷ぶりに客席は笑いが絶えなかった。同時に、彼のいわば引き算の演技がすばらしく、何気ない所作でもなぜか涙腺が刺激されて、私はずっと涙目だった。私も薄っぺらな誇りを口実に、ふてくされている自分の姿を見出す気がしたからだろう。(友人は、葛西和雄のはげ上がった額もふくめ、向田ドラマの杉浦直樹のようだったと。そのとおりと、私も膝を打った。)
ケレン味ない正攻法のリアリズムで、自宅のパン屋は寅さんの団子屋のような人情あふれる日本人のふるさとに一変。笑いと涙でほんわか浄化されるような、まさに理想的な観劇体験だった。
相方の、亡妻のパン作り友達だった肝っ玉おばさんを藤木久美子が貫禄で演じた。とにかくいまの青年劇場の二枚看板のふたりがすばらしい。
モデルになったホームレス支援団体「てのはし」の年末年始の炊き出しを取材したばかりだったので、一層身近に感じられた。こういう活動に献身する人に改めて頭が下がる。
また元ホームレスや支援団体への、周囲の無理解の壁も描かれていた。「みんな仲良し、世はこともなし」では済まない複雑な日本の現実を考えさせるものだった。
統合失調症の幻聴に、「幻聴さん、幻聴さん。今日は私たちがいるから大丈夫です。安心してお帰りください」などという呪文は、病気をユーモアで包み込む素晴らしい知恵だった。生活保護が貧困ビジネスの餌食にならないように、受給者にまず「ハウジングファースト」というのも初めて知った。細部に丁寧な取材が生きていると感じた。
上演時間2時間5分(休憩なし)という手頃な長さも、客席では好評だった。
水の駅
KUNIO
森下スタジオ(東京都)
2019/03/27 (水) ~ 2019/03/31 (日)公演終了
満足度★★★
この芝居のことは扇田昭彦『日本の現代演劇』(岩波新書)で知った。その絶賛ぶりで一度見たかったのが今回実現した。ただ、感想は「?」という感じ。セリフのない沈黙劇から意味を汲み取るのは難しい。そもそも言葉にできるならセリフにしたほうがいいわけで、ここでは言葉以前のなにかを感じるべきなのだろう。
舞台中央に壊れた蛇口があって、水が細く垂れ続けている。右奥から一人、あるいは二人と俳優が現れては、水を飲み、そこで何事かを演じて、また去っていく。その繰り返し。
人は来りて人は去る、それが輪廻のように続いていく、生命の無限の繰り返しを描いたともいえる。100人の観客がいたら100通りの解釈があっていい。
群衆たちのけんか騒ぎでは、一発の銃声(舞台ではびんた)で平和は破れる、平和のもろさを思った。しかし人間の戦争も、終わってしまえば一陣の嵐に過ぎない。「国破れて山河あり」「夏草や兵どもが夢のあと」である。
ぼろ服の疲れ切った男女が、服を脱ぎ棄てて沐浴し合う。そして憎しみも愛もそれまでになく高まって、半裸で絡み合う。この場面が一番印象的だった。水が与える生命力、あるいは浄化を感じた。
観終わった直後は、もういいと思ったが、こうして考えているとまた観たくなる。不思議な舞台である。
黄色い叫び
トム・プロジェクト
こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロ(東京都)
2019/03/20 (水) ~ 2019/03/26 (火)公演終了
満足度★★★★
中津留劇は悲劇や大きな犠牲を払って終わることが多いのだが、この作は大水害に見舞われたことにより、人間同士の絆が深まり、友情も家族愛も再認識される。このハッピーエンドの後味の良さが2011年の初演含め、今度で4回も上演されてきた人気の秘密ではないだろうか。
最初の、地方と都会の「命の値段」の違いがあるから、地方の災害対策にお金をかけられないという議論は、地方の当人たちが言うところに切なさがある。
水害が起きた後半の、本音丸出しの独身農業男性の姿も滑稽で哀れで凄みがあった。ここまでやるかと驚いた。
ろうそくの火について「黄色く明るいのは、不完全燃焼しているからなんだ」と言うセリフが、不完全でいつも中途半端であがいている私のような人間にも、周りに役に立つところがあるのかなと励まされた。
パラドックス定数第45項 「Das Orchester」
パラドックス定数
シアター風姿花伝(東京都)
2019/03/19 (火) ~ 2019/03/31 (日)公演終了
満足度★★★★★
いま大注目の野木萌葱作品7本連続公演の最終回。学生時代に書いた本を改訂したそうだが、そんな未熟さは感じられない。いつの間にか2時間たっていた。緊迫感がずっと途切れない、無駄のない芝居だった。
名前は出てこないが、フルトヴェングラーが、ナチスによるユダヤ人排斥と音楽の国家管理に闘う物語。
フルトヴェングラーというと、ナチス協力を指弾されたことしか知らなかったので、こんなことがあったのかと思うと、事実であった。1933年1月のナチス政権獲得から2ヶ月間ほどの出来事。ナチの将校が「あなたほど、矛盾した人物はいない」というように、その後、ナチ体制の中で生き延びていくフルヴェンの協力と抵抗の綱渡りはきわめて複雑である。
見ながら、昨年の私の個人的ベスト1「シング・ア・ソング」(古川健・作、日澤雄介・演出、戸田恵子主演)との共通点がいくつもあることを発見した。こちらは淡谷のり子をモチーフにした、軍の命令に精一杯の抵抗をする歌手の話である。対立軸が似ているのと、音楽好きの憲兵という、敵の中の隠れた味方が、物語の鍵になっているところなど。作劇の発想に共通するものがあるのだろう。
マクベス
劇団東演
シアタートラム(東京都)
2019/03/24 (日) ~ 2019/04/07 (日)公演終了
満足度★★★★★
斬新で現代的な演出が、マクベスの野心と転落のドラマを、緊張感と迫力ある舞台に実現した。キムラ緑子のマクベス夫人が邪心ない悪女を演じて、運命の皮肉を強く感じさせた。「母と惑星について」に続くすばらしい好演だった。音楽も兵士・騎馬たちの行軍にかかるアップビートな曲、暗い運命を示す不気味な低音の曲など、非常に効果的だった。一貫して闇が残る照明もいい。
演出したロシアのユーゴザーパド劇場のワレリー・ベリャコーヴィッチは2年半前に亡くなっている。この作品をロシアで再演した初日に心筋梗塞で倒れたそうだ。享年66歳。彼については思い出がある。2000年に同劇団が来日した時に、「朝日」の紹介記事に惹かれて「どん底」を見にいった。あのつまらない(失礼!)「どん底」を、こんなにかっこよく、面白くやるのかと、驚嘆したことを今でも覚えている。大胆なテキストレジー、ダンス、群舞、モブシーンなど演劇の身体性を前面に出しつつ、セリフの力をここぞというところで押し出すメリハリ、シンプルな舞台・衣装で俳優に集中し転換も早く、光と闇を効果的に配した照明など。そうした特徴は今回の舞台でも変わらなかったし、より一層進化していた。
十数年、観劇から離れていたので東演がベリャコーヴィッチの指導を受けて多くの成果を上げていたことを知らなかった。今回、彼の遺作をこうして見ることができたのは幸運だった。
こそぎ落としの明け暮れ
ベッド&メイキングス
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2019/03/15 (金) ~ 2019/03/27 (水)公演終了
満足度★★★
昨年の岸田戯曲賞受賞ということで、初めてこの作者と劇団を見に行った。パーツパーツは面白いところもあるのだが、全体としては話が分裂していて、よくわからない印象。メインプロットだけでなくサブプロットも絡ませるのはシェイクスピアがよくやった手法だが、今回は二つ(あるいは三つ)のプロットがお互いに無関係過ぎた。そのうえ、俳優もみな全力投球で、すべてのプロット・役が自己主張している。とっ散らかった感が強かった。
ただし、言葉遊びや詩的言葉、比喩、ギャグ、下ネタ、人生論などごった煮ではあるが、多彩なセリフに才能を感じた。岸田賞を受賞したのはこういうところだろうか。
岸田戯曲賞を受賞した舞台「あたらしいエクスプロージョン」のDVDと戯曲を買って、帰ってから見た。これは傑作だった。ホンもよかったが、八嶋智人のコミカルで柔軟な演技もさえわたっていて、おすすめです。
血のように真っ赤な夕陽
劇団俳優座
俳優座スタジオ(東京都)
2019/03/15 (金) ~ 2019/03/31 (日)公演終了
満足度★★★★
満蒙開拓団の悲劇だが、あえて辛口で言わせてもらえば甘い。主人公たちは善意の開拓団で、「満人」から慕われ、敗戦後の窮地を助けられる。こういう開拓団もあったのだろうが、幸福な例外だったろう。満人を差別的に扱い約束も守らない傲慢な開拓団や、集団自決で全滅した開拓団の話も出てくるが、隣の開拓団の話として、伝聞でしかない物足りなさは残る。(ただ、それを舞台で血みどろで演じるのがいいか、というのはまた別の話であることも分かる)
最初に不満を書いたが、いいところももちろんたくさんある。「誰か故郷を思わざる」の歌は聞いていて、しみじみした。ベテラン岩崎加根子もよかった。特に、体を張って満洲人を守るところ、集団自決に思いつめた仲間をひとまず和ませるところ。集団自決で同胞を殺してきた役の、谷部央年のすごみはまさに鬼気迫った。満洲人のリーダー役の渡辺聡も、被支配民族の苦しい立場と誇りをよく演じていた。
30万人の開拓団のうち9万人が犠牲になった(27万人中8万人犠牲という説もある)、そのうち1万が集団自決という。同じ満洲でも都市部の日本人とはレベルの違う、開拓団の悲劇の構造と政府・軍の責任があぶりだされていた。藤原てい「流れる星は生きている」なかにし礼「赤い月」など、引き揚げ体験を書き記す人は、都市にいたインテリ層(あるいはその子弟)が多い。そういう点でも、改めて満蒙開拓団の悲劇を現代の観客に追体験させた意味は大きい。
新・ワーグナー家の女
劇団 新人会
上野ストアハウス(東京都)
2019/03/20 (水) ~ 2019/03/24 (日)公演終了
満足度★★★★
戦後もナチス協力を反省しない母(大ワーグナーの息子の妻・ヴィニフレッド・ワーグナー)と、亡命してナチス批判を展開した娘フリーデリント・ワーグナー(愛称マウジ=ハツカネズミ)の対話劇。予備審問の場の米軍人たちが、場面場面で役を変えながら、コロスの役割をする。ほぼ二人の回想の語りで終始するが、なんといっても素材となった歴史と人間関係が劇的だし、ワーグナーという偉大な芸術家の一族への興味もあって面白く見られた。
後半、ガス室で死んだユダヤ人たちをコロスたちの群舞で見せる。少し長すぎる気もするが、悶え、あがき、脱出を求めながら死んでいく姿が、セリフの裏の悲劇を語っていた。
また、作者福田善之は、日本の朝鮮人迫害にもきちんと触れ、それは朝鮮装束の男の悲しい踊りで示した。ただの海の向こうの話にしていない。ほかにも過去の話にしてはいけないという意識が随所に見られた。休憩なし1時間50分
空ばかり見ていた
Bunkamura
Bunkamuraシアターコクーン(東京都)
2019/03/09 (土) ~ 2019/03/31 (日)公演終了
満足度★★★
初めての岩松了だったが、「静かな演劇」の草分けと思っていたのに、全然違うテイストだった。それでも、細かい男女の機微や、指導者と女房役、捕虜と兵士などの関係を丁寧に描くところがこの人の持ち味なのだろう。ただ、全体としてはわかりにくい。とくにラストは迷路の中に置いてきぼりにされたような不全感が残った。とでパンフをみると、いつも難解といわれているさっかのようなので、今回だけではないようだ。
糸井版 摂州合邦辻 せっしゅうがっぽうがつじ
木ノ下歌舞伎
KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)
2019/03/14 (木) ~ 2019/03/17 (日)公演終了
満足度★★★★
すごいものを見た。とくに後半、玉手=お辻のが実家に帰ってから後は、全く緩む所のない、圧巻の舞台だった。他の人も書いているが、玉手役の内田慈の妖気まじりの一途な自己犠牲の迫力はすごかった。てがみ座の「海越えの花たち」にも出ていたそうだが、全然別人で、その演技の幅にも驚いた。
「合邦が辻」は他に見たことないのだが、現代語も交えてわかりやすい脚色。玉手の執念の一事に焦点を当ててまとめたところがいい。幼時の父と娘の幸福な日々の回想などは、上演台本で補筆したものと思うが、少し舞台の気迫を削ぎかねないところを、帰って情愛の深さ・広さを実感させるものになっていた。
木ノ下歌舞伎も演出の糸井氏も注目すべき才能である。
休憩なし2時間15分