ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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ぞうれっしゃがやってきた

ぞうれっしゃがやってきた

公益財団法人武蔵野文化事業団 吉祥寺シアター

吉祥寺シアター(東京都)

2021/08/07 (土) ~ 2021/08/11 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ドヴォルザークの「新世界より」第2楽章のメロディに詞を付けた『遠き山に日は落ちて(家路)』を始め、「新世界より」の曲が印象に残る。沢山の唱歌、リズミカルな振り付けや打楽器が愉しげで、口笛やオノマトペが効果的。9名の役者は列車になり、象になり、子供達に兵隊に空襲にと变化(へんげ)していく。このメンバーの強みは普遍的な話が出来ること。子供を対象に物語を伝えようとする場合、かなりの技量が必要とされる。

昭和24年、日本にいる象は名古屋の東山動物園のエルドとマカニー、二頭のみであった。東京の中学生の少女が、妹に本物の象を見せてあげたいと手紙を書いたことから、子供達に象を見せる為の列車、ぞうれっしゃが走ることとなる。
少女は戦前に父親と上野動物園で象を見たことがあった。父と二人きりで出掛けた唯一の想い出。その父は徴兵され出征したまま帰ることはなく。
走るぞうれっしゃの中、妹に知る限りの象の話を聴かせる少女。昭和12年、木下サーカスから東山動物園にやって来た象は四頭いた。

主人公の少女とエルドを演ずる福寿奈央(ふくじゅなお)さんが素晴らしい。全身を使っての表現で視覚的に飽きさせない。汗だくの熱演。役者のレベルが総じて高い為、何時の間にか妙な親近感を覚えていく。
「銀河鉄道の夜」を思わせるぞうれっしゃの旅、上野を出発して名古屋の東山動物園で象に会うまでの短い間に、少女や観客は「ほんとうの幸い」を見つけることが出来るのだろうか?

ネタバレBOX

多分加筆部分なのだろうが、鼠一家の話から虎の兄弟の亡霊の話などに違和感を感じた。語るべきは徴兵された飼育係や父親の行く末、象達や姉妹の淡々とした日常風景の積み重ね。二頭の象と姉妹との邂逅(同一人物が演じている為、物理的には不可能だが)こそがこの物語の目的地なのだ。

本物の象を見ることが子供の夢になれた時代。戦争(強大な暴力)に屈服させられ支配されていく個々の自由。ただただひたすらに無力で時が過ぎるのをじっと堪らえて待つだけ。唯一、ぞうれっしゃに現れた死んだ父が「会いたい時にはいつだって会える」と主人公に伝える場面が仄かに希望と灯る。心で思い描き記憶から紡ぎ出せたのなら、例えそれが妄想だったとしても充分にまた逢うことが出来る。この、ぞうれっしゃのお話も遠い遠い昔の誰かの記憶を想像力のバトンで手渡したものなのだから。
ふしぎの国のアリス

ふしぎの国のアリス

劇団かかし座

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2021/08/06 (金) ~ 2021/08/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

80年代のコマンド選択式のアドベンチャー・ゲームを見せられている感覚。かなり懐かしいセンス。
こんな話だったか?と確認したらほぼ原作通り。夢オチも潔い。精神病院に収容された少女の大冒険みたいにも読める。
この教育的意図ゼロ、見た夢をそのまま書き殴った衝動のような作品。これこそが人々の集合無意識を刺激し続け永遠に愛される所以となった。会場に詰め掛けた子供達も訳の分からないまま楽しんでいた。 

登場する役者は三名。アリス役菊本香代さん、二人の道化師好村龍一氏と松本侑子(ゆうこ)さん。役を演じつつ、同時にスクリーンで影絵も操演、十八番の手影絵も炸裂する。とにかく歌が上手い。好村氏の「チェシャ猫」の歌と踊りはサブリミナル効果がある。マザー・グースの「ロンドン橋落ちた」も秀逸。ぼんやり眺めているだけでも楽しい世界。

ネタバレBOX

明るいPOPな絵物語な雰囲気。影絵表現の凄味(恐怖)なんかも披露出来れば、新しい地下世界が垣間見れたのかも。矢張りアンサンブルの人数が必要なのかも知れない。
後半単調な遣り取りに退屈感も覚え、音楽や緩急の演出で二幕をもっと盛り上げて欲しいところ。

影絵に妙な思い入れがあり藤城清治氏の描くキャラや世界観が気になっていたりする。フロイトの夢判断の通りに、光と影のシンプルさが深層意識に投影され易いのか。
5年前観たミヒャエル・エンデ原作、白石加代子さん主演の『オフェリアと影の一座』。この作品の影絵が余りにも凄すぎてまたこんな奴が観たい。
Who’s it? 〜ニューヨークの日本人〜

Who’s it? 〜ニューヨークの日本人〜

feblaboプロデュース

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2021/08/05 (木) ~ 2021/08/10 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

5042人の新規感染者、35度の猛暑日、只々きついだけの日々。 何も光が見えないまま、辿り着いたのはこの小劇場。

ニューヨーク、日本人留学生や日系三世等が住むシェアハウスに拳銃を持った日本のヤクザが押し入る。ヤクザは英語が解らない為、この部屋は『日本語オンリー』のルールを押し付けるが···。次から次から予期せぬ訪問者が押し掛け、手負いのヤクザは大忙し。
気楽で判り易いコメディ、手ぶらで気軽に立ち寄って観て貰いたい。

主演の長野耕士氏、桜庭にちょっと似ているなあと思って見ていたが、段々新日の永田裕志にも見えてくる。勿論皆さん御存知『白目式腕固め』で一世を風靡した頃のキラー永田さんである。そうなると俄然この話は興味深くなる。かなり味のある役者で、拳銃を持ってこの修羅場を回していく名司会者でありつつキラーツッコミでもある。
もう一人の主人公、寺園七海さん。とにかく彼女の為すべきことが多すぎて何とかかんとか場を成立させていく。その息絶え絶えの全力具合に感服、ファンになった。
スタイル抜群の小松有彩さんは滅茶苦茶見覚えがあるのにそれが何だったのか到頭思い出せなかった。

ネタバレBOX

アフター・タランティーノの系列なのだろうが、もうチョイウディ・アレン系でふざけ倒しても良かったような。マリファナでこの手の話は弱い。ガチガチにヘロインでドン引きさせて欲しかった。(軽い話のように見せてガチガチにするのが笑いの鉄則)。
サイ Sai

サイ Sai

とりふね舞踏舎

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2021/07/31 (土) ~ 2021/08/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

正しき見世物。
地獄の門が開き、亡者共が甦らんとする。舞踏の基本スタンスはスローモーション。癲癇の発作や全身を掻き毟る動作、二人アングラPerfume、狂女の口寄せ···。
それを地獄に追い返さんとする若林淳(じゅん)氏扮する動き出した仁王像。ぎこちない動きながらド迫力で亡者共を追い立てる。
主宰でもある、三上賀代さん(68歳!)の謎めいた舞踏(演歌調)。J・A・シーザー氏の曲の強み。常に悲しみが彩られていて世界から拒絶された者達の詩が響き渡る。どこかしらダリオ・アルジェント作品のサントラを想起。森ようこさんは白塗りでも流石に美人だった。

今村昌平の『神々の深き欲望』とエド・ウッド脚本の『死霊の盆踊り』を同時に観ている感覚。高尚な芸術にも笑いにも落とし込んではいけない絶妙な価値観のバランスが必須。どちらかに偏ると“理解”されてしまって、“消費”されてしまうのだろう。

ネタバレBOX

東北の寒村、見棄てられた貧者、癩病患者、気違い、片輪者、サンカ、女郎、賤民···、ありとあらゆる負のイマジネーションに満ちた見世物小屋。但しそこには圧倒的な悲しみがある。自分自身のカルマを覗き込んでいるような底無しの井戸。フェリーニと石井輝男の共有する宇宙。
J・A・シーザー氏の音楽がそれを成立させている。

二曲目の途中で機材トラブルがあり、公演は一時中断。三人の老人がボールをぽっかり口に咥えているシーン。またそこから再開するのだが、それすらも演出に思える程良い絵だった。
ダンス×人形劇「ひなたと月の姫」

ダンス×人形劇「ひなたと月の姫」

日生劇場

日生劇場(東京都)

2021/07/31 (土) ~ 2021/08/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第一幕40分休憩20分第二幕50分。
凄く面白い。これを子供向けに収めてたったの全四回公演とはかなり勿体無い。いつか高畑勲追悼版として加筆して貰い、究極の『かぐや姫』が観てみたい。
銀色の巨大な半球が中空に浮かび、竹林をイメージしたような縦一面に組み合わされた真白な竹が複数左右にスライド。シーンごとにアイディア満載の演出。
ギター&パーカッション&ヴァイオリン+笛などで構成された生演奏のトリオが素晴らしく、ボサノヴァ調に時にはバート・バカラックを思わせる名演で場のムードを醸成。
人として演じるのは四人だけで、後は人形劇団ひとみ座の人形の操演とパフォーマーのコンテンポラリーダンス。これがまた女優は綺麗どころ揃いで肉体美を誇る男性陣といい豪華キャスト、隙がない。

主演のひなた役辻田暁さんの躍動。彼女の圧倒的舞踏を観ているとブルース・リーの言葉を思い出す。「鍛錬を積み重ねて新たな能力を手に入れる訳ではなく、本来生まれ持った自分自身になるのだ。」と語る。肉体に施された束縛を年月をかけて一つ一つ解いていき、自分自身のあるがままの肉体を手に入れる作業。自由な彼女の表現に人は皆本能的な憧れを持つ。
人形かぐやを操演するのは松本美里さん。声が美しく、卵から大人まで自在に演じ分けた。右腕を人形の胴体に差し入れ、左腕を人形の左腕に。両手の演技が必要な時には黒子がもう一人入って右腕を操演。等身大の人形操演の高度なこと。
かんた役の大宮大奨(だいすけ)氏も好演。オババ役の田根楽子さんも笑いで彩った。

かぐやは竹の中から金色の喋る卵として現れ、尻尾の生えた怪獣として育つ。他に類を見ない異色の設定で話の展開が読めない。村祭りの総出のダンスは美しい生命力に満ち溢れていた。

ネタバレBOX

かぐやは山賊に尻尾を斬られたことで人間の少女にメタモルフォーゼ。すぐに金髪の美しい女性(『アナ雪』のエルザ調)へと変貌していく。山賊の襲撃から逃れる為、四人は都へ上る。
都に行くまでがオリジナルで、その後はいつもの『かぐや姫』、五人の求婚者に五つの無理難題。
ひなたが主人公なのは村パート、第二幕では殆ど見せ場がなく、そこがかなり残念。主人公としてかぐやのキャラ設定では出来ないことの全てをやらせるべきであった。

内田吐夢の幻のアニメ映画企画、『竹取物語』。当時無名の新人高畑勲が出した企画案はボツに。罰として地球に落とされた月の姫かぐや、彼女は一体何の罪を犯したのか?がテーマであった。これは後に氏の遺作、『かぐや姫の物語』として結実、日の目を見る。観れば判るが途轍もない傑作。
原始仏教の説く教え、一切の執着を捨て苦しみのない境涯に辿り着いた者達が住む世界として月を設定。快楽と苦しみは表裏一体の同じものであることから、月の世からそのどちらをも捨て去ってしまう。かぐやは月から地球を眺めて人の世に憧れると云う罪を犯す。
原作版ナウシカの名台詞「いのちは闇の中のまたたく光だ!!」に象徴されるように、宮崎駿高畑勲の思想はゴータマ・シッダッタ(所謂釈迦)に否を唱える。ここは宮沢賢治に繋がる部分でもあるのだが、実生活を見据えていない高邁な思想に本能的に欺瞞を感じるのだろう。どちらが正しいとかではなく、人の生き方の違い。

今作ではかぐやは月に帰るが「必ず戻って来る」とひなたに言い残す。数年後かんたとの間に産まれた子供を抱くひなた。「顔を見た瞬間に分かったよ。この星にようこそ、かぐや。」

辻田暁さん恒例の『ピノッキオ』も今年限り。余りにも勿体無いので凄い作品を新たに制作して下さい。
ル・シッド

ル・シッド

アーティストジャパン

あうるすぽっと(東京都)

2021/07/21 (水) ~ 2021/07/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

11世紀後半のカスティーリャ王国(現スペイン)の英雄、ロドリーゴ・ディアス・デ・ビバール、通称エル・シッド(“主人”の意味)。12世紀後半に叙事詩『わがシッドの歌』が作られその後彼をモデルにした様々な作品が生まれる。17世紀フランスにてピエール・コルネイユが書いた悲喜劇『ル・シッド』は大ヒットとなり、17世紀を代表する作品とされている。今作がどこまでオリジナルに忠実なのかは不明だが、フランス女性を夢中にさせた要因はよく分かる。
キャスト10名中、8名が宝塚OG。自分的には宝塚を観るよりも元宝塚女優のストレート・プレイを観る方が興味深い。全員女性による恋と名誉の宮廷絵巻。
第一幕70分休憩15分第二幕60分。

ドン・ロドリグ(十碧れいや〈とあれいや〉)は全ての女性が恋に落ちる絶世の美男子、王女(宇月颯〈うづきはやて〉)ですら恋の病に身を焦がす。王女は胸に燃え盛る炎を消す為、友人であるシメーヌ(舞羽美海〈まいはねみみ〉)とロドリグの仲を取り持つ。王女の目論見通り、二人は相思相愛の仲へ。自分が望んだ事ながら内心身悶える王女。「一番ままならぬものは自分の心」。
だがシメーヌの父ドン・ゴメス(井上希美)はロドリグの父ドン・ディエーダ(小川絵莉)が自分を差し置いて近衛隊長に任じられた事に憤慨。口論の末、打擲してしまう。恥辱に打ち震えたディエーダは息子のロドリグに復讐を命ずる。恋人の父親と決闘をする羽目になるロドリグの葛藤。恋か名誉か?それが今作のテーマ。

とにかく綺麗な女優ばかり。お人形のような舞羽美海さんは悲劇のヒロインに相応しい。十碧れいやさん熱演のクライマックス、見守る他のキャストの目が涙で潤んでいるようにも見えた。宇月颯さん演ずる王女の秘めたる胸の裡がスパイスのように効いてきて、彼女を主人公に物語を組み立てても面白い作品。二役をこなした井上希美さんがやたら可愛かったが、元劇団四季!
ピアノをずっと演奏し続けるTAKA(a.k.a.こんどうたかふみ)氏、『愛の嵐 』のシャーロット・ランプリングのような衣装ながら舞台上唯一の男性であった。

ネタバレBOX

恋人の父親を殺してしまうロドリグ。シメーヌはこの世で一番愛している男が父親の仇となる不条理に胸が引き裂かれてしまう。互いに互いを心の底から愛し合っているのに道理としてそれは通らない。いよいよクライマックスは国王(旺なつきさん)の大岡裁きが炸裂し、救いようのない悲劇を見事に救ってみせる。

第二幕開幕時、さえずり(進行)役の二人、貴澄隼人さんと亜聖樹さんが歌うだけで、その他に歌のシーンがないのが非常に残念。歌とアクションをもっと捩じ込んだ豪華絢爛版で今作を観てみたい。台詞も同じ内容をまどろっこしく長々と遣り取りするのが当時の作法なのだろうが、ただただ冗長。演出も切れ味鋭く細かく刈り込んだ方がより良くなるだろう。
29万の雫-ウイルスと闘う-

29万の雫-ウイルスと闘う-

ワンツーワークス

赤坂RED/THEATER(東京都)

2021/07/15 (木) ~ 2021/07/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

口蹄疫がこんなにも恐ろしいものとは全く知らなかった。2010年宮崎県の畜産酪農農家に突然口を開けた地獄。この光景が10年後、世界中でスタンダードになってしまうとは、まるでゾンビ映画のプロローグのよう。人類とウイルスとの最終戦争はまだまだ始まったばかり。
2010年4月からの三ヶ月間で牛豚29万7808頭を殺処分する羽目になった口蹄疫。観客は現在進行中のコロナをだぶらせ、自分達にこれから何が待ち受けているのかを固唾を呑んで見詰めている。
ワンツーワークスと云えば奥村洋治氏と関谷美香子さんの二枚看板のイメージが強い。元新聞記者の古城十忍(こじょうとしのぶ)氏の脚本は『ドキュメンタリー・シアター』(取材した証言だけで再構成するジャンル)として、当事者一人ひとりの人生の叫びを突き付ける。全てがインタビューで得た本物の言葉だけに重みが違う。
役者は現実に存在する人物を複数受け持つ。中坂弥樹(みき)さんが可愛らしかった。
報道ヘリコプターのプロペラ音が轟き、いつしかそれは機銃音に、気付けばそこは戦場へと変貌。トレードマークでもある、ムーブメント(スローモーションやストップモーションの動きを混ぜた集団ダンス)が炸裂。
何処から来たのかも分からない、目には見えない口蹄疫ウイルスが宮崎県の畜産酪農農家の暮らしや心をあっと言う間に滅ぼしていく。口蹄疫は人の健康に被害を与えるものではないとされているが、家畜にウイルスを伝播する可能性がある為、行動が制限され他者との接触が禁じられる。
2000年宮崎県で、国内では92年振りに口蹄疫の発生が見られたが740頭の殺処分で収束した。この成功体験が逆に楽観的な対応を生み、被害の拡大に繋がってしまう。
目には見えない感染の恐怖、簡単に壊されていく人と人との絆、社会的同調圧力、選択の余地は全く持たされず、経済的にも精神的にもどんどんと追い詰められていく経緯が突き付けられる。

ネタバレBOX

「国際獣疫事務局(OIE)」という機関が『清浄国』と『非清浄国』の判断を下す。畜産物の輸出入に於いてかなり重要な基準になる為、国内の畜産農家を経済的に守る為には『清浄国』で有り続けないといけない。その為には口蹄疫にかかる可能性のある家畜にワクチンを打ち、伝染を食い止める。その後、全頭屠殺処理しなければならない。助ける為のワクチンではなく、殺す下準備としてのワクチン。家畜達も口蹄疫そのもので死ぬことは殆どない。ただウイルスを伝染させる可能性を失くす為の殺処分。口蹄疫は伝播能力が異常に高い為、とにかく殺して埋めるしかない。

上村正子(かみむらまさこ)さん演じる繁殖牛農家のお婆ちゃんのエピソードが痛切。
育児放棄された仔牛を自らの手で乳を飲ませて育て上げる。明美と名付けたその仔牛はよく懐く可愛らしい娘で何処にでも付いて来た。生まれつき片目の色が薄く見えていないようだった。立派な子供を産む程に成長したが、牛舎の牛は全て殺処分に。死体は重機で山に埋められた。
「今でも月命日には山に行って明美を呼ぶんですよ。『明美、今は何をやっているの?明美』」。

小林桃子さん演じる女性が語る言葉も重い。長崎で被爆した舅とシベリアに抑留された父と今こそ会って話したい事があると言う。勿論どちらも故人である。「お父さん、これが“理不尽”ってものですか?」。
明日の朝、いつものように

明日の朝、いつものように

LUCKUP

萬劇場(東京都)

2021/07/16 (金) ~ 2021/07/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

開演前に流れ続けるのはダーク・アンビエント。トレンディドラマ(死語)を思わせるお洒落な恋物語には不適格だが···、そこにも意味はある。
70分で同棲5年目セックスレス2年目のカップルのすれ違いが描かれる。
Cチーム、ヒロイン橘花梨(かりん)さんにやられた。何となく見覚えがあったが、「虚構の劇団」の『もうひとつの地球の歩き方』のヒロイン。妹に「お姉ちゃん全然もてないよ」と言われつつ、店の従業員が夢中になって口説いている感じがリアル。どこにでも居そうなどこにもいない存在感、この感じを醸し出すのは高難度。主演の阿瀬川健太氏も素晴らしかった。
男女の性欲をあからさまに曝け出す描写はどことなく、「た組。」の『まゆをひそめて、僕を笑って』を思い出す。(主演の藤原季節氏が涙と洟水を大量に垂れ流しながら顔をクシャクシャにして「早漏を笑うな!」と激昂するような舞台)。
主人公にアプローチする若い女性(井上実莉〈みのり〉さん)が可愛らしい。ヒロインの妹の旦那役、森田亘氏のキャラが秀逸。マスク越しに笑いがドッカンドッカン吹き出す観客席。不快じゃない下ネタ。
作者は在り来たりの恋愛話にくるみ込んだ、普遍性のある一篇の詩を詠んでいる。ラストは重い。お勧め。

ネタバレBOX

森田亘氏、誠実な旦那面をして月4で風俗通い。財布にはバイアグラを常備。妊娠中の妻への口止め料として主人公にバイアグラを握らせる。
女の性欲、男のナイーヴな性欲、手の中のバイアグラ。ほんの些細なすれ違いで嘘のように呆気なく壊れてしまう幻影。
結婚まで真剣に考えていたのに、ヒロインは職場の男と寝てしまい、二人は別れる。

ラスト・シーン。主人公の部屋に来ている新しい彼女「まだケンジさん以外の人の匂いもするね」。その言葉から、主人公は別れた彼女が初めて家に来た日の幻覚を見る。五年前、丁度コロナ真っ只中だった。「もしもコロナを移しちゃったら悪いから。」とマスクを外そうとしない彼女。「じゃあ、ここで一緒に暮らさない?そしたらマスクは要らないでしょ。」彼女の驚きとぱっと輝く笑顔。でもそれは昔のお話であり、今ではもう遠くへ過ぎ去ってしまっていること。
くるりの『ばらの花』の痛み。「最終バス乗り過ごしてもう君に会えない あんなに近づいたのに遠くなってゆく だけどこんなに胸が痛むのは 何の花に例えられましょう」
森 フォレ

森 フォレ

世田谷パブリックシアター

世田谷パブリックシアター(東京都)

2021/07/06 (火) ~ 2021/07/24 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「約束する、決して見捨てはしない。」
第一幕60分(休憩15分)第二幕60分(休憩10分)第三幕75分。
円形ステージのセンターには少しだけ傾いた小さな同心円ステージ、見事なる機能美。
開幕早々衒学的な台詞の応酬から始まり、「こりゃ失敗した」と、この三幕3時間半の長丁場に陰々滅々たる気分。ところがその感じはオープニングだけで、そこから怒涛のエンターテインメントが幕開く。
一番近いのが浦沢直樹作品で、『BILLY BAT』を想起。これは浦沢直樹版『火の鳥』を構想したような失敗作で、時空を越えた奇想天外な話をいつものように畳み切れず放り投げたもの。浦沢直樹の武器は読者の想像力を妙に刺激する謎の急展開、ひたすら煽り捲って売り抜ける。伏線の回収は一切されない。
この舞台も訳の分からない謎が撒き散らされる。急に癲癇の発作を起こした栗田桃子の脳に、骨化した胎児がまるで森のように根を張っていることが判明。妊娠した双子の片割れが脳にまで這い登って来たらしい。更に栗田桃子は第一次世界大戦のフランス兵士の幻覚を毎日のように見ることとなる。
フランスから来た古生物学者(成河〈ソンハ〉)は、父がナチスの収容所で見付けた粉々に砕かれた頭蓋骨、その最後のパーツが栗田桃子の脳内の骨と一致すると言う。
栗田桃子の娘、瀧本美織(川村かおり系のPUNKS風)は嫌嫌ながら自分のルーツを辿る旅に出る破目となる。

作者はレバノンの首都ベイルート生まれ、8歳でフランスに一家で亡命するも、滞在更新を拒否され15歳でカナダのケベック州に移住。こんな面白い話を書く作家がいるのか。そりゃ皆観たい訳だ。

ネタバレBOX

第一幕、栗田桃子さん(蟹江敬三氏の娘でもある)がMVP。市原悦子+大竹しのぶのような迫力で白石加代子の後継者は彼女しかいないとさえ思わせた。癲癇の発作の動作がシンボリック。トランス状態のシャーマンが異界と交信しているようにも。1989年のカナダ、モントリオール。
第一次大戦時、アルデンヌの森、フランス軍の脱走兵士が河に落ちて流され謎の集落に辿り着く。そこは外界と隔絶された私設動物園、女三人だけで暮らしている。安部公房の『砂の女』を思わせる展開で、兵士は末娘と結ばれ、その地を支配する“怪物”を殺しに穴の奥へと侵入していく。

第二幕、麻実れいさんがMVP。孫娘瀧本美織さんが四十年施設で暮らす祖母に話を聞きに行く。互いに人間嫌いでギスギスした空気。その中で麻実れいさんが表現するのは人の存在の深み、ほんの些細な仕草や何の意図もない切っ掛けで心の滲みがじんわりと伝わっていく様。十二歳の少女が里親の純粋なる善意から、全ての歯をバールで打ち砕かれる。老婆のようになった自分の顔を深夜に独り、鏡で眺め続けたエピソード。「必ず迎えに行くから」との会ったこともない母からの伝言を待ち続けた幾年月。零下の大河を見下ろすベンチに佇む二人の遠景、今作一番の名シーンとなった。必見。
孫娘と古生物学者は祖母の母親の素性を突き止める為にフランスへ。PUNKSと堅物中年男の道中、『ミレニアム/ドラゴン・タトゥーの女』の雰囲気でいよいよ話は盛り上がる。
同時に語られるのは、1871年のストラスブールでの鉄道王の家族の物語。謎に満ちたアルデンヌの森の真相が明かされる。いつの間にか岡本玲さんが他には代えの効かない女優になっていて嬉しい。小柳友(ゆう)氏はもろ『白痴』の三船敏郎っぽくてカッコイイ。

第三幕、岡本健一氏がMVP 。レジスタンスとして、ナチスの圧倒的な暴力に立ち向かう若者達。息子が目の前でゲシュタポに殴り殺される有様を、関係のない通行人の素振りで眺めていた父親のエピソード。止めに入れば自分も殺される。息子もそれは判っており、ほんの一瞬の目と目による会話。その話を一人称で淡々と語る岡本健一氏、人間と正義と歴史、その全てがそこに詰まっている。
運命の娘、リュディヴィーヌ。地獄から地獄へと彷徨い歩く彼女(松岡依都美さん)はレジスタンス(反ナチスの地下組織)に参加。親友のサラの娘をカナダへと託す。


アレクサンドル(フランスからドイツに鞍替えをした鉄道王、後にその列車でユダヤ人は強制収容所へと運ばれる)、妻は自殺。オデット(アレクサンドルの妾として妊娠させられた)
②1871年ドイツ(当時)、ストラスブール
アルベール(アレクサンドルの息子ながら絶縁し、アルデンヌの森で理想郷を築かんとする)、エドガーとエレーヌ(アレクサンドルとオデットの間に出来た双子)
③1897年フランス(当時)、アルデンヌの森
エドモン(アルベールとオデットの息子)
④1917年アルデンヌの森
ジャンヌとマリ(アルベールとエレーヌの娘)、怪物とレオニー(エレーヌの産んだ双子だが、父親はアルベールかエドガーかはっきりしない)、リュシアン(弟を殺してしまいフランス軍を脱走した兵士)
⑤1936年フランス北東部
リュディヴィーヌ(レオニーとリュシアンの娘、両性具有者)、サラ(リュディヴィーヌの親友)、サミュエル(サラの恋人)
⑥1969年カナダ
リュス(サミュエルとサラの娘)、アシル(リュスの旦那)
⑦1990年カナダ、モントリオール
エメ(アシルとリュスの娘)、バチスト(エメの旦那)
⑧2010年カナダ、モントリオール=現在
ルー(バチストとエメの娘)

八世代、140年に渡る物語。近親相姦を繰り返し、呪いのように怪物と娘の双子を孕んできた。だが、リュディヴィーヌは子供を産むことは出来ない身体だったことが判明。一族の血はそこで途絶え、実は親友のサラとサミュエルの娘リュスの血脈に代わっていた。家族は血で結ばれているのではなく、“約束”で結ばれているのだと作者は語る。
「約束する、決して見捨てはしない。」

両性具有で生殖能力がないリュディヴィーヌ、子供を産めるサラの方が生きる価値があると身代わりになろうとする。この場面にかなり女性客は不快感を憶えたようだ。作劇の難しい時代になってきた。
人類の集合無意識の歴史的に、ナチスに命懸けで立ち向かった物語以上の出来事は未だ無いのだろう。(死ぬ程そんな話を見せられてきた)。犠牲の連鎖の延長線上に自分の存在があると云うことか、それはそれで何か違う気もするが···。時空を越えて“約束”を果たそうとするエニグマ(不可解な出来事)には感じ入った。
風吹く街の短篇集 第五章

風吹く街の短篇集 第五章

グッドディスタンス

小劇場B1(東京都)

2021/07/14 (水) ~ 2021/07/19 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『朝、私は寝るよ』
55分の二人芝居。 
主演は今出舞さんだと勘違いしていたが、今泉舞さんだった。対するは、はしのえみさんの旦那でもある綱島郷太郎氏。
クズ男とクズ女の一夜の話なのだが、話が進むに連れどんどんと展開にのめり込んでいく仕様。前半はまあよくある設定程度に思っていた筈がタランティーノの与太話のようにぐいぐいと異界の沼に引き摺り込まれていく。一体こりゃ何の話なのか?と笑い出したくなる程馬鹿げていて、その分痛切に沁みて痛い。馬鹿馬鹿しくも純愛。
いつしか今泉舞さんのことを、知っている誰かにどこかしら似ているなあと思い始めると、作品世界は一気に現実味を伴って他人事ではなくなっていく。
多分女性の方が皮膚感覚で解る物語、お勧め。

ネタバレBOX

アラフィフのおっさんとアラサーの女性の不倫の行く末。女の部屋に男がやって来る。男の妻が自動車に跳ねられて現在意識不明の重体中。不倫をしていた罪悪感から、妻の事故が自殺未遂なのか思い悩む男。女はよく妻を尾けていて、実はその日の事故の様子も目撃していたと明かす。男は事故の真相を尋ねるが女は答えない。ブリーフ姿で女に土下座する男。二人のイカれた遣り取りが一晩中続く。
罪悪感の告白、SEX、別れ話、土下座、居眠り···、男のクズっぷりに客席から笑いが起こる。たこ焼きを手掴みにし、力尽くで何個も男の口に無理矢理押し込む女の狂気がハイライト。こんなクズ男を心から愛していた女の愚かさと可愛らしさ。
この時間この空間、多数の観客を手玉に取ってみせた二人の役者はお見事。
反応工程

反応工程

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2021/07/12 (月) ~ 2021/07/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

何の情報も入れずタイトルが『蟹工船』っぽいなと去年チケットを購入も、コロナで中止&返金。何となく気にはなっていて今年到頭観れる運びとなった。宮本研の戦後三部作(もしくは戦後史四部作)の一本で代表作の一つらしい。全キャストをオーディションで選んだ贅沢なキャスティングなだけに、一人ひとりのルックスが役そのもの。新国立劇場と云えば豪華で緻密な舞台美術、他の劇団が観たら涎が出そうだ。

終戦十日前の北九州の軍需工場。動員学徒として働いている主人公・田宮(久保田響介氏)は社会主義思想を持つ先輩から『帝国主義論 資本主義最高の段階としての帝国主義』(レーニン著)を借り、隠れて読み耽っている。開幕からすぐにガチガチのそっち系の話だったので思わず笑いそうになった。戦後の民主主義啓蒙白黒映画を観ているような趣き。そこではロケット砲の推進薬を作り出す為、薬品の“反応工程”の実証実験を行っている。

役者は皆文句なしに素晴らしい。
亀田興毅を思わせるやんちゃキャラを演ずる八頭司悠友(やとうじゆうすけ)氏。酒宴のシーンの密度の濃さ、日の丸褌姿に唄って飲んで喰らって大暴れ。ああこういう奴いるなあと誰もが心当たりのある典型的な日本人を大熱演。凄い腕前。
見張(防空監視哨)で勤務する、田宮に想いを寄せる少女(天野はなさん)。別の学徒工員に渡された恋文を、「これ···」とおずおずと返すシーンがとても良かった。『イーハトーボの劇列車』で宮沢賢治の妹役だった記憶がある。儚い印象を人に与える女優。
ベテラン責任工役、有福正志氏の全身から立ち昇る実在性。何も言わずただそこにいるだけで工場の積み重ねてきた何十年もの日々を感じさせる佇まい。名優である。
ヒール役の憲兵(神保良介氏)は村上和成と嶋田久作を足した感じでグロテスクな凄味。が、アクションの演出はイマイチでもっさりし過ぎ、わざとらしくて見ていられない。狙いなのだろうがもうちょっと何とかなったのでは?

第一幕85分休憩20分第二幕65分。
終幕の仕方がヌーヴェルヴァーグ風で胸に焼き付く。

ネタバレBOX

名作とされているが自分的には第二幕がキツかった。登場人物は全て書き割りで、生きている人間は見当たらない。作者の構想する展開に都合のいい行動を取るだけ。
主人公・田宮の怒りは何故か気の弱そうな教師にだけ徹底的に向けられ、観客には共感し難い。中途半端に大人びていて言動行動にも感情移入し辛い。(まあそれこそがリアルな人物造形ではあるのだが。)
登場人物は開幕から閉幕までほぼ何をする訳でもなく、時間の経過で戦争が終わっていく。
「誰々が死んだよ」「何々が起こったよ」と工場にいる田宮に逐一報告が入るのを聴かされる観客。何となく徴兵逃れの学生の自殺や空襲で数名が死んだことを知る。

唯一田宮と見張で勤務する少女の仄かな恋だけが記憶に残る。
田宮が破り捨てた赤紙を拾い、「逃げちゃ駄目だ」と押し付ける少女。空襲が続き激しい機銃音、爆撃音、意を決し外に出ようとする田宮を、今度は「行かないで」と強く抱きしめる。工場の壁に銃痕のような穴が無数に開き(照明で表現)、到頭灰色の壁が開かれ二人は目映い光に包まれる。真っ白な光の中、少女は階段を昇り二階へと去ってゆく。

それから七ヶ月後、戦争も終わり、行方をくらましていた田宮は皆に会いに工場に戻って来る。少女の消息をそれとなく聞く。「あんたがいなくなった次の日に見張が直撃弾を喰らってあの娘は死んだよ。」
田宮と観客が同時に思い起こすのはあの日強く抱きしめてくれた少女の姿で、それは光の中に溶けて消えてゆく。
いのちの花

いのちの花

劇団銅鑼

練馬文化センター(東京都)

2021/07/13 (火) ~ 2021/07/15 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

実話を元にした舞台。青森県立三本木農業高校、通称サンノウに入学した五人の女子高校生の物語。
愛犬家、愛猫家の方々は観ておいた方がいい。かなり客席は落涙、全てが全て事実なだけに逃げ場がない。テーマは命について自分の頭で考え続けること。手話通訳付きのバリアフリー演劇である。

①記憶力がやたら高い娘(北畠愛美〈まなみ〉)
②いつもニコニコしている娘(髙原瑞季)
③ギャル(佐藤凜)
④眼鏡っ娘(青木七海)
⑤ソフトボール(中島沙結耶〈さゆか〉)…素振りが本格的。
この五人が寮生活を送りながら家畜の世話をする日々が綴られる。自らの手で屠殺、解体を経験させるなど“生と死”と真っ向から向かい合わせる教育方針。愛玩動物研究室の授業の一環として、動物愛護センターへ見学に行った時、衝撃の光景を目の当たりにする。

裏MVP は手話通訳の田中結夏さんで、六人目のメンバーであろう。只の手話ではなく、劇作に感情移入して一緒に作品を作り上げている。作中人物の一人として物語を伝えようとする熱演。彼女を観ているだけでこの作品の魅力が伝わる筈。終演後、聴覚障害の方達が満面の笑顔で語り合う姿を多数見かけた。全く凄い劇団である。

女子高生から愛護センターの獣医師から複数の役を自然にこなした佐藤響子さんが良かった。熱血教師役の池上礼朗(れお)氏も印象的。学校公演で場数をこなしているからか、演技レベルの標準値がかなり高い。

ネタバレBOX

ボタン一つで何十匹もの犬猫達が二酸化炭素ガスで窒息死。ボタン一つで焼却炉で焼かれ骨になる。その骨は事業系のゴミとして纏めて捨てられる。
その現実にショックを受けた主人公達。彼等の供養の為にも何かしてあげられることはないだろうかと思い悩む。そこで思いつくのが「命の花プロジェクト」。彼等の骨を貰い受け細かく砕いて肥料とし、マリゴールドの花を咲かせる。
『死んだ者に生きている者が出来る事は、大切に想うことだけだ。』、この言葉の計り知れない重み。

脚本の畑澤聖悟(はたざわせいご)氏は凄い、本物だ。かなり考え尽くしている。無惨に虐殺された犬猫の骨を砕き肥料にして花を咲かせても何にもならないだろう。そんなことは判っている、判り切っている。だが他に何も出来やしないのだ。何も出来やしないところから産まれたのが詩や音楽であり絵画や文学、若しくは宗教なのだろう。“無常”と向き合う人間の最後の武器は人生を賭した無力さなのかも知れない。
一九一一年

一九一一年

劇団チョコレートケーキ

シアタートラム(東京都)

2021/07/10 (土) ~ 2021/07/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

深編笠に手縄の死刑囚達が曳かれてゆく。その数、十二人。不吉で邪悪なモノクロのヴィジョン、明治末期の物語。
舞台上には机と椅子を無作為に五段に重ねた可動式の巨大なオブジェ、奥から手前にゴロゴロと詰め寄ってくる圧迫感。象徴するのは国家か権力か、それとも自ら無自覚に支配され続けている共同幻想か。
幸徳秋水の大逆事件は知識としてだけ知っていた。実際は国家権力がでっち上げた不満分子の粛清に他ならない。殆ど何もしていない人間達を捕えて、拷問の末全員死刑。不敬な思想への見せしめとしてだけ。

当時、刑法73条(大逆罪)〈天皇家に危害を加える、若しくは企むこと=死刑〉と云う法律があった。
狙われたのは幸徳秋水、権力者のスキャンダルをすっぱ抜く恐れ知らずのジャーナリストで、田中正造の直訴状の原文まで書いていた。
主人公は西尾友樹氏演ずる予審判事。明治天皇暗殺計画の首謀者として逮捕された管野須賀子(堀奈津美さん)と対峙する。管野須賀子は幸徳秋水の内縁の妻であった。体裁だけ先進国を真似た疑似司法国家の傀儡として、主人公のアイデンティティーはズタズタになる。予め全員死刑の決まった、仕組まれた法廷で主人公に果たして何が出来るのであろうか?
そしてあれから110年、あの日管野須賀子の思い描いた日本になっているのだろうか?

ネタバレBOX

中盤、単調な展開に「今回はイマイチだな」と思っていたが、終盤怒涛の名シーンが待っている。
死刑判決後、いよいよ登場した幸徳秋水(深編笠で顔は見えない)の雄叫び。呼応した無実の死刑囚達の無政府主義宣言。「お前達、生きろよ!死ぬんじゃない!この国の革命を見届けろ!」
手縄のままジャングルジムのようなオブジェによじ登り叫ぶ面々。このオブジェの意味が反転する瞬間だ。ただ抑圧する恐怖する装置が革命の狼煙を上げる象徴にもなりうる事実。

最後の奥の手として判事全員の連名での恩赦を嘆願しようとする主人公。泣きながら土下座し、みっともなく皆にすがる。冷ややかな空気の中、今迄主人公を散々馬鹿にし、暴力で無実の容疑者を虐め抜いてきた検事(島田雅之氏)がそれに呼応して一緒に土下座、「どうか命だけは助けて上げて下さい」と。あっと驚く名シーン。そこにいる皆が狂った司法に耐え切れず否を唱える。けれども、現実は何も動かせなかった。

結局、日本に革命なんて起きなかった。アメリカに暴力で屈服して占領されただけ。(明治維新も同様)。共産主義の末路も皆知っている。ソ連や東欧や北朝鮮や中国の結末も。幸徳秋水と管野須賀子が今生きていたら何を考えただろうか?何をしようとしただろうか?

もう一つ付け加えるとしたら、主人公の実生活の描写。日々を生きている生活感が見えたらもっとこの空間に手触りが感じられたのでは。
二等兵物語

二等兵物語

★☆北区AKT STAGE

北とぴあ つつじホール(東京都)

2021/07/08 (木) ~ 2021/07/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

つかこうへい作品の中で一番好きかも知れない。従軍慰安婦を使ってこんな芝居を書くとは流石である。「表現の不自由展」に今作を出品して欲しい程。操作された政治的解釈で捻じ曲げられてゆく歴史に騙されて欲しくはない。
朝鮮人慰安婦役の鈴木万里絵さんがとにかく素晴らしい。時間が立つ程にその存在は膨らみ続け、終演後は彼女の事で頭が一杯になるであろう。菩薩のように全ての苦しみを受け入れ過ちを許してくれる存在。ぼろぼろと涙が零れ落ちる客席、この内容を若き女性層がきちんと理解して受け止めている様子が美しい。
開幕からいきなりサビにいくような強烈なスピード感。満州の落ちこぼれ部隊を任された小隊長(草野剛〈たけし〉)、純情な東北の百姓二等兵(尾崎大陸〈りく〉)、従軍慰安婦(鈴木万里絵)の三人の物語。綺麗事では終わらせない肉体を伴った人間観。吐き気がする程醜悪で同時に余りにも澄み切った心を併せ持つ日本人、その矛盾すら引っ括めて見事に具現化してみせた。
ちょっと観てみて欲しい。

「スナック満洲」のチーママ、井上怜愛(れいあ)さんが綺麗だった。(23歳であの貫禄)。

ネタバレBOX

二等兵と慰安婦の遣り取りが凄い。「手持ち時間四十分を休憩に充ててくれ」と紳士然とした男。肩を揉んだり故郷の話やロマンティックな話で女の心を解きほぐすも、急に豹変して三回無理矢理伸し掛かる。怒り狂った女が「あんたは本当、日本人そのものね」との名台詞。それでも男は「一緒にここから逃げよう」と口説き始める。狂った展開だが、不思議と凄く納得の行くものに仕上がっている。人間と人間がガチンガチン存在をぶつけ合っている様な感触。脱走を計る二人だが捕らえられ、男だけが銃殺される。

ラストは三十年後の日本、小隊長と所帯を持っている女の下に満州から亡霊となった男が迎えに来る。時空を越えた「雨月物語」。

キャラ設定が秀逸。ああ、成程と伏線に感心するようなシーンが幾つもあった。鈴木万里絵さんの象徴しているものが凄く重い。日本側から描いた慰安婦モノの最高傑作。
花のもとにて春死なん

花のもとにて春死なん

ピープルシアター

シアターX(東京都)

2021/06/30 (水) ~ 2021/07/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『老いと哀しみのボレロ』みたいな感じ。『カッコーの巣の上で』の呆け老人ホーム・バージョンか。お漏らし、異常性欲、記憶障害、フラッシュ・バック・・・、兎に角リアルで気が滅入る。老いの醜さを面前に突き付けられていくような感じ。唐突に挿入される現代舞踊家仲野恵子さんの舞踏は子供が観たらかなりのトラウマになろう。ワンツーワークスの『死に顔ピース』の印象が強いみとべ千希己さん、タンゴ好きの元女優役を好演。セクシー担当の看護婦役、伊集院友美さんの見せ場も多い。二枚目蓉崇氏がひたすらギャグ担当で驚いた。

ネタバレBOX

目茶苦茶期待していただけにどうも違った。自分の感性が腐っているのかも知れないが、全くぴんと来なかった。ラスト、姥捨山法が施行され、80歳以上の老人は各地区の十代の子供達に生殺与奪権を握られることとなる。孫娘達がやって来て拳銃や丸太を使いゲーム感覚で皆を惨殺していく。喜劇にも悲劇にも振り切れていない消化不良のまま終わってしまった。
夜会行

夜会行

鵺的(ぬえてき)

サンモールスタジオ(東京都)

2021/07/01 (木) ~ 2021/07/07 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

本当に才能に溢れた人間はこの世にいるんだなあと思い知らされる舞台。これを観る事が出来ただけで当面自分の幸運に感謝。色んな若手女優に今作を観て貰いたい。アンテナがビリビリする筈。
サンモールスタジオの小さなステージで演ること、立地条件、全てが計算され尽くしている75分。
「神は細部に宿る」と云うが、音に徹底的に拘り抜いている。ベランダの掃き出し窓が開いていて風が静かに吹き込んでくる。レースのカーテンが優しく揺らめき、外の道路から街の音がずっと微かに聴こえている。客席からは見えない洗面所の音、携帯電話の声の音量、絶対にこうでなくてはならないであろう設計。

オープニング、福永マリカさんがベランダ越しに外をぼんやりと眺めている。笠島智さんはキッチンで料理の準備。
福永の誕生会に集まる友人達。コロナ禍のホーム・パーティーと云うことで、全員マスク姿のまま。五人の会話劇を表情はほぼ目だけという荒業で成立。実際にワインやビールを飲み、おつまみを食べ、とにかく部屋の美術から小物からリアリティーを徹底。彼女の部屋、今その場にいる感覚に陥る。

ほぼすっぴんの福永マリカさんの目の表情が猫の目の様にくるくる変わり釘付けになる。笠島智さんの凛とした立ち姿。奥野亮子さんとハマカワフミエさんの口論の見事さ。青山祥子(さちこ)さんの引きがあるキャラ。

複数の女性客の啜り泣く声や堪えきれない嗚咽、客席は段々と作品世界に取り込まれて行く。
ラスト・シーンの切なさ。ウォン・カーウァイの『ブエノスアイレス』を観賞した後の何とも言えない気分を久し振りに思い出した。

ネタバレBOX

社会に生活に自分達のアイデンティティーにさえ打ちのめされていく女性同性愛者達。

皆が帰り、笠島と、その家に同棲している福永だけが残される。「別れないよ」と笠島、黙ったままベランダの側に立つ福永。
少し暗転し、ライトが灯ると福永はいない。彼女が立っていたベランダの窓にクリップで挟まれたクレヨン画の笠島の似顔絵が。緑を背景に可愛らしく笑っている。福永は去っていったのだろうか、それとも今ここにいないだけなのだろうか。部屋に現れた笠島が絵を手に取り、奥の額縁に大切に飾る。愛おしそうに。

世界の果て、地球の反対側の地にて、時すら越えてあの時の気持ちだけが確かにここに存在している。『ブエノスアイレス』はそんな映画だった。
HATTORI半蔵Ⅳ

HATTORI半蔵Ⅳ

SPIRAL CHARIOTS

六行会ホール(東京都)

2021/06/30 (水) ~ 2021/07/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

休憩10分含む2時間40分。この長丁場を全く退屈させない工夫が凄い。素直に面白かった。この手の作品に興味を持てず全く観ない人にこそ試しに一度観て欲しい。観客を楽しませようとする熱意とサービス精神が舞台観劇初心者の心を掴んでいく。その凄さが理解出来ない人達は自然淘汰されていく世の理。
2.5次元っぽい架空疑似日本史チャンバラ活劇。『ボクラ団義』の久保田唱氏の創る世界にも似て。出演者に鵜飼主水(うかいもんど)氏の名があるだけで二段階くらい格が上がる印象。所作と佇まいそして殺陣の鮮やかさが、時代劇になくてはならない俳優としての立ち位置を確立した。

疑似日本“ジパング”、鎖国を続ける幕末時代。新たな時代の扉を開けようと開国を目指す『飛竜革命開国軍』と幕府の存続の為、鎖国を守ろうとする『新選組』の争いが続いていた。だがその実、将軍徳川慶喜は身分制度を撤廃して幕府を解体し、民主主義の新時代への変遷を自らの手で果たそうと胸中に秘していた。
嘗て代々幕府の要職に就きながら、今ではしがない市井の髪結い床(床屋)の服部半蔵親子。『開国軍』の中に雑賀衆(さいかしゅう)の忍術使いがいたことから戦いに巻き込まれていく。

登場する忍術は『傀儡の術』だけで、「印」を唱えると敵の動きを操ることが出来、「解」を唱えると術が解ける。ゲーム感覚で観ていて楽しい。殺陣が集団舞踊のようにリズミカルで色鮮やかに衣装が交錯、テンポよく子気味いい。シュールなギャグ満載で場内笑い声が絶えない。六行会ホールやCBGKシブゲキ!!はハコの大きさがこういう作品を観るのに適している。
両手に鎌を構える半蔵側のくノ一役、窪田美沙さん(元仮面女子)が可愛らしく、『開国軍』のピストル使い栗原みささんも目を惹く。

舶来の御禁制品を扱う庶民の闇市的な存在、“楽市”。南蛮料理やタロット占い、スロットマシーンまである。そこでスロットが揃う毎に従業員全員で踊り出すのだが、何度も繰り返されていく内にかなり痛快で、一番記憶に残るシーンとなった。にこにこ踊る“楽市“の女給役、冨樫結菜さんが最高。
そこに居るインチキっぽい占い師が主人公ハンバと幼馴染の雑賀衆ツタエの運勢を見る。「過酷な将来が待ち構えているから、お守りとしてこれを買え」とガラクタの二振りの刀を高値で売り付けられてしまう。「まあ、いいか」とその玩具を腰に下げる二人だった。

ネタバレBOX

徳川慶喜が将軍職を辞した為、その座を巡って熾烈な権力闘争が巻き起こる。主人公服部半蔵ハンバの叔父に当たる、インソウが非道なる権謀術数を弄してその座に付くのが第一幕のラスト。
ここから従来の日本史とは全く違う展開になっていく。新選組に加入したハンバは私欲の限りを尽くすインソウを討ち果たす。新選組は敵する者を片っ端から殺戮していく。次の当代を狙う新選組局長近藤勇だったが、それすらもハンバは斬り捨てる。いよいよ天下人の座に手が掛からんとする時、彼にはある企みがあった。

ゼロレクイエム、若しくは進撃エンドを狙っていたハンバは『開国軍』のツタエに自らを殺させようとする。全ての悪を自らが背負い込み、敢えて討ち果たされることによって新時代を開く礎になろうと。決着を着けるその時にハンバが抜くのは、あの時の玩具の刀。しかしツタエが抜いたのも同じく玩具の刀。互いに相手に殺されようと望む程、相手を大切に想っていた。

ツタエの医者になりたい気持ちをストーリーの中で上手に盛り込んで欲しかった。ハンバとツタエの関係性を主軸に観客を感情移入させていければもっとラストは行けたのでは。殺陣の能力の個人差が大き過ぎたのも少し残念。
WORLD~Change The Sky~

WORLD~Change The Sky~

舞台「WORLD」製作委員会

なかのZERO(東京都)

2021/06/27 (日) ~ 2021/07/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

廃墟のようなセットにずっと雨が降り続けている。エフェクトで投影しているのだろうが、本物に見える程リアル。韓国犯罪映画の重苦しく暗い雰囲気で、18年前に起こった奥多摩の孤児院での保育士殺人事件と現在進行形の連続殺人事件が描かれる。保育士(鎌田亜由美)を殺した元警官(金山一彦)は18年の刑期を経て仮出所。保育士の妹(佐々木優佳里)、当時の孤児院の児童(校條〈めんじょう〉拳太朗、杉江大志)等は楓先生殺しの真犯人への復讐を企む。

柴小聖(しばこのな)さんを久し振りに観たが相変わらず綺麗。佐々木優佳里さんは手足が長くスタイルが良いので絵になる。
休憩15分含む2時間半。
警察の上層部に“ボス”と呼ばれる男がいて、ヤクザやブローカーを使って金儲けをしているらしいのだがその正体は謎に包まれている。

ネタバレBOX

登場人物の行動原理が無茶苦茶。現場に居た事から恋人の保育士、楓先生殺害の犯人にでっち上げられた金山一彦氏。「俺はもう死にたいからどうでもいい」とそれを黙って受け入れるも、18年後仮出所してから復讐を考える。しかし何をするでもなく、犯人の一味であるブローカーの元に世話になる。訳が分からない。

クライマックスは凄まじい話の納め方。警察も容疑者もヤクザもブローカーも全員18年前に事件のあった奥多摩に大集合。楓先生の命日に「最後に墓参りに行きたい」と、何か企みがありそうだった金山一彦氏が突然拳銃を取り出して見張りのヤクザを撃つ。が、後ろに控えていた奴等に肩を撃たれて蹲る。
かつて自分こそが真犯人であると部下に告白した主任刑事だったが、「楓先生を殺したのは主任ではない」と現場に居た者の指摘。「じゃあ、本当は誰が殺したのか?」との当事者達の問い掛けに、今まで名前だけで姿は見せなかった警視・渡辺裕之氏が突然初登場。「俺が殺した」との告白。何じゃそりゃ・・の唖然とした客席。まあ、権力でこの場を無理矢理収めようとするのだが、突如として下っ端の刑事が「実は俺は潜入捜査官で貴様等の悪事を調査していたのだ」と名乗り出る。「証拠がないじゃないか」と開き直る警視。すると雑誌の記者達が現れて「実はこの会話、全て隠し撮りさせて貰っていましたよ」と。

余りに不条理で現実感がなく、コントなのか?とすら思った。重要な台詞の言い間違いがあったり、終始ぐだぐだ。大した地上げでもない孤児院利権の為、当時副署長だった“ボス”が自ら保育士を滅多刺ししに行くのも理解し難い。仕事を投げている時の三池崇史作品のような雑な終わらせ方。夢オチに近い感覚で呆然としたまま暫く現実感は戻らない。じゃあ、今まで真剣に観ていたこの物語は何だったんだ?
が、シャマラン映画のような妙な爽快感があったのも事実。これはこれでいいんじゃないかと思う。
別役実短篇集  わたしはあなたを待っていました

別役実短篇集 わたしはあなたを待っていました

燐光群

ザ・スズナリ(東京都)

2021/06/25 (金) ~ 2021/07/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

全4作品通し上演
①『いかけしごむ』
②『眠っちゃいけない子守歌』
③『舞え舞えかたつむり』
④『この道はいつか来た道』

午後1時開演午後5時終演。(休憩15分)。
別役実不条理会話劇の4時間コース、①の上演の時は冬の雪山のように、ばたばたと意識を失って眠りに就く観客達で壮観な光景。客の快楽原則に直接的に訴えないと皆只々寝てしまう現実。二人の不条理会話劇だと殆ど笑いにするかホラーにするかの二択になってしまう。難易度の高い縛りである。

①女占い師(?)のリアリズム〈これこそが現実だと信じる根拠〉とゴミ袋をぶら下げるサラリーマンのリアリズムの戦い。たった一つの真実などはなく、あるのは人の数だけの自意識の物語でしかない。
②孤独な老人の話し相手に雇われた福祉の男。筒井康隆的な全く噛み合わない遣り取りが痛快で客席が笑いで高揚。さとうこうじ氏はプロ。観客の沈滞ムードを逆手に取って沸きに沸かせてみせた。甲高い声が良い。対する大西孝洋氏も負けてはいない。見せ場たっぷりの演技対決。二人の空間に詩情の紙吹雪が加わり何とも言えない余韻のラスト。
③これが必見の傑作。雛祭りの雛人形4体が主人公(鴨川てんし氏)の心象風景と一体化して凄まじい効果。警官のバラバラ殺人事件の捜査の顛末なのだが、被害者の妻である鴨川てんし氏(73歳!)がノーマン・ベイツを彷彿とさせるトラウマ芝居。今作だけでも観る価値はあった。風鈴の音、根拠のない憎悪。
④ホームレス老女と老人のささやかなロマンス。記憶が混同して、何度も同じ場面を巡る二人。

ネタバレBOX

③と②はかなりお勧め。①と④はちょっと演出が足りないかも。
マトリョーシカ

マトリョーシカ

Uzume

すみだパークシアター倉(東京都)

2021/06/25 (金) ~ 2021/06/30 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

マトリョーシカ人形とは入れ子構造の民芸品で、人形の中に一回り小さい人形があり、その中に更に一回り小さい人形が、更にその中に・・・、と多重に構成されたもの。
ステージには真っ赤なジャングルジム、複数の紅い縄が天井から括り付けられている。更に赤色の照明が焚かれめらめらと業火に焼かれているようにすら見える。
演出の雰囲気がほっぢポッヂとかでやっていた頃の『た組。』っぽく期待感が高まる。両サイドに椅子を並べ、出番のない役者はそこに座り舞台の進展を見守る。
セーラー服姿の小林亜実さんや岡本尚子さんが可憐で流石の元トップ・アイドル。小沼将太氏や秋沢健太朗氏のイケメン勢も演技派の腕を奮う。特に秋沢氏は助演として作品の本質を理解している内助の功的MVP。
暗くシリアスな物語を今ここで真摯に語ろうとする作者に好感。
amazarashi風味のギター奏者、シノノメ氏が生演奏。かなりカッコイイ。

ネタバレBOX

自習の時間、殆ど話したこともない同級生の美少女(小林亜実)に「屋上に行かない?」と誘われる主人公(小沼将太)。つい何とはなしに了承して付いて行く。その娘に気のあるクラスの男子(秋沢健太朗)も話に加わり一緒に上がる。「生まれ変わりってあると思う?」と質問され「俺は信じない」と答えると、彼女はそのまま飛び降りてしまう。愕然とする二人。彼女の謎の死を受け止め切れず、主人公は苦しみ抜く。
16年後、建設現場でバイトする主人公の前に彼女と瓜二つの少女が現れる。「生まれ変わったのか?」と問い詰める主人公だったが・・・。

テーマは輪廻転生。(リンネテンセイではなく、リンネテンショウ)。
禁断の愛に苛まれた兄と妹が、来世で再び巡り逢おうと自害。何度も生まれ変わり妹は兄を捜し続けたが、到頭巡り逢えた兄は前世の記憶を失くしていた。

三島由紀夫の『豊饒の海』を彷彿とさせる凄く面白いテーマだが、考えの浅さも露呈する。輪廻とは容姿のことなのか?
全てを言葉で説明しようとすればする程、どんどん本質から逸れていく。前世の記憶としか思えない程の衝動、記憶を超えたものを表現して欲しかった。
これで纏めてしまうには勿体無い話。

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