ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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建築家とアッシリア皇帝

建築家とアッシリア皇帝

世田谷パブリックシアター

シアタートラム(東京都)

2022/11/21 (月) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

第一幕85分休憩15分第二幕70分。
但し休憩の間に成河(ソンハ)氏が役のまま、ステージ上の小道具を片付ける。ファン必見。

飛行機が墜ち、無人島に流れ着いた岡本健一氏、そこには先客の土人、成河氏がいた。二年掛けて言葉を覚えさせた岡本氏、自身をアッシリアの皇帝と信じ込ませている。成河氏は何故か建築家に憧れて、建築学をねだる。言葉によってやっと意思の疎通が図れる筈が逆に難解になる二人の会話。この辺は『アルジャーノンに花束を』的。「早く幸せになる方法を教えてよ」。

岡本氏の衣装がナチスの高官っぽい。
成河氏は野生動物みたいな動き。次に何をするか目を離せない。ファンの気持ちが分かる。人間ではなく“役者”という生物。
この長丁場、時には一人芝居で全く退屈させないのは凄い。

不条理劇の大家とされるフェルナンド・アラバールの代表作。1967年パリで初演。1974年日本初演では山崎努氏が皇帝役を演った。余りにも肉体的に激しすぎる為、相手役は二人降りたという。山崎努氏も幕間で医者に注射を打って貰っていたそうだ。

岡本健一氏と成河氏の魅力で成立させている世界。裸や女装のシーンも多く、華奢でか細く美しい肉体。グロテスクなシーンもコミカルでポップに味付けされており、不快感は沸かない。成河氏の要求に度々応える裏方。(『できるかな』っぽい)。壮大な「ごっこ遊び」に皆が付き合わされていく。
逆に女優二人でこの作品を観たいと思った。どう映るだろうか?

ネタバレBOX

映画向きのネタだと思う。マーロン・ブランドとジョニー・デップでどうだろう。訳の分からない独白に必死に付き合う建築家。フランシス・フォード・コッポラかベルナルド・ベルトルッチ。莫大な製作費を掛けた思わせ振りなシーンの連続で中身は空っぽ。そんな空虚な映画を観たい。

背景にビラビラした黒いビニールシートの海。海の上では戦車が流れ戦闘機が飛ぶ。どこかで戦争が行われているようだ。
建築家は動物や自然を自在に操るシャーマン、太陽を沈ませ山を動かす。2000年近く生きている超自然的存在。
皇帝はエディプス(オイディプス)・コンプレックス〈父を憎み母を我がものとせんとする無意識の欲望〉の権化。第二幕、手作りの仮面を使った裁判ごっこで己の罪を暴かれる。母親をハンマーで叩き殺し、犬に食わせたことを告白する。建築家からの死刑宣告に対し、同じくハンマーで殺されることを希望。建築家は「これはただの裁判ごっこだ」と拒むが皇帝の本気に押し切られる。
建築家は彼の遺言通り、母の形見のコルセットと服を着て皇帝の死体を食べていく。脳味噌をストローで吸い取る。どんどん失われていく建築家の超自然的な力。最後まで食べ尽くすと建築家の姿は皇帝になってしまう。そこに飛行機が墜ち、皇帝の格好をした建築家が助けを求めて現れる。劇の冒頭のシーンが配役を入れ替えて繰り返し。

自分の好みではなかった。やっぱり演劇の本質と生来的に肌が合わないことを実感。多分人間が嫌いなんだろう。演劇とは本来「ごっこ遊び」で、それを観客が夢中になって観ることによって成立。観客も「観客ごっこ」役として参加する。「ごっこ遊び」の昂揚、宗教的祭祀、燔祭。神に捧げるのか、神を喚び起こすのか、神を実感するのか。この空虚さの共有。
火消しの辰と瓦版屋の娘【一部公演中止】

火消しの辰と瓦版屋の娘【一部公演中止】

劇団6番シード

ブディストホール(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

初日前日、高宗歩未さんが体調不良の為、降板。初日を潰して代役のエリザベス・マリーさんに一日で全台詞と動きを覚えて貰った。それだけでゾッとするシチュエーションだが、観ればエリザベス・マリーさんの役どころはかなりの出番。複雑な構成の為、覚える展開と掛け合いが多過ぎる。エリザベス・マリーさんは今回のことを「走馬灯に出てくる」と表現。言われなければ気付かない程、自然に舞台に存在していた。凄え役者がいるものだ。Respect。

椎名亜音さんと鵜飼主水氏が主演の大江戸コメディ。二人はハイテンションで飛ばしまくる。役者陣が魅力的で贅沢。
那海さん演ずる蟋蟀(こおろぎ)が巧い。作品を彩る風流さ、声の使い方が絶品。
真野未華さん、近石日奈さんが可愛かった。
千歳ゆうさん、若林倫香さんの笑いの味付け。
藤沼美昇(みのり)さんのスパイスも効いている。

高宗歩未さんバージョンも観たかった。

ネタバレBOX

『カメラを止めるな!』という大ヒットコメディ映画があった。始めは安っぽいゾンビ映画。それが終わるとメイキング宜しく舞台裏を紐解いてみせる。そこでありとあらゆるトラブルが巻き起こり、生放送の中、スタッフと役者はありとあらゆる対応で解決していく。観客の頭の中で先程のゾンビ映画の違和感が解けていく快感。
この手の、作者の構想の執念に感嘆するジャンルは知的快楽に充ちている。今作の作家、松本陽一氏は『同時刻同時進行コメディ』と名付けた。

今関あきよしの『タイム・リープ』、クリストファー・ノーランの『メメント』、アシュトン・カッチャー主演の『バタフライ・エフェクト』なんかは観終わった後、確認の為再生し直す喜びがある。古くはハインライン、広瀬正のSF小説の系譜。この手の作品が大好きな人にお勧め。

欲を言えば巻き起こる事件にもう少し文学性が欲しかった。
瞬きと閃光

瞬きと閃光

ムシラセ

シアター風姿花伝(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

小口(おぐち)ふみかさんはコメディの方が水が合う。ルックスで損をしているのかも。
渡辺実希(みき)さんはヴァンパイラ風、もろアニメキャラ。
輝蕗(きろ)さんは篠原ともえを思い出した。
元水颯香(はやか)さんはHKT48顔。
加藤彩さんは楽園王のイメージが強いが、オールマイティ。
土本燈子さんの佇まい、空気感はリアル。
中野亜美さんはもっと複雑な役が似合う。ちょっと物足りない。
土橋銘菓さんについての「野生の地下アイドル」という論評が絶品。

『がっこうぐらし!』みたいなちょっとSFな日常系アニメの感覚。

ネタバレBOX

学校で度々目撃される眼鏡を掛けた男の幽霊。一眼レフのカメラを持って校内をうろつき、女子高なのに何故か「懐かしいなあ。変わってないなあ。」と卒業生のような口振りで大声ではしゃぐ。パシャリとシャッター音が光り、跡形もなく消え去る。お菓子やピザの差し入れもする。
何の回収もない妙な話なのだが、彼が松尾太稀氏だということで公演後腑に落ちる。

松尾太稀氏は所属していた劇団を退団したのち、今年5月主催者によるパワハラが原因でPTSDを発症したことを告発、話題になった。今作の出演を9月1日に発表し、9月14日に自死。脚本・演出の保坂萌さんは代役は立てず方法を変えて表現することを言明。
成程、合点がいった。また作品の違う観方が可能。
今年4月、劇団競泳水着の『グレーな十人の娘』で彼を観ただけだが妙に印象に残っている。

正直、話も演出も好きじゃない。妙に長く引き延ばしている感じ。でも配役が凄い。これは同性だから出来る女性のキャスティング・センス。男じゃ絶対に無理だ。話のテーマは友達との仲違い、大好きだった人を傷付けてしまった後悔。どうにかもつれた糸を解きほぐして許して貰いたい、でも出来ない。自分の意固地なつまらぬプライドが何もかもを台無しにしてしまう。どうしたらいいのか分からない。そんな心を抱えたまま、皆大人になって素知らぬ振りで遣り過していく。そんな昔の話、とっくに忘れてしまったと。

痛みを抱えたまま死んだカメラマンの女が、痛みを抱えて暮らす旧友の無意識の呼び掛けに応えて現れる。互いに思い知った真実は、「こんな痛みを抱える意味などなかった」。それを今生きる連中に伝えて仲直りさせる。「人生において本当に好きになれる奴とはそう何人も出逢えないんだ。大事にしろ!」と。

カメラを通じて、世界と自分との関係性が変わる様を描写すべき。自分が失くなる瞬間。世界が失くなる瞬間。そこに生き死にのボーダーを絡ませるべき。
テアトリアンナイト

テアトリアンナイト

演劇実験室◎万有引力

座・高円寺2(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/02 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第三夜《わたしはあらんとしてあるもので あるとはすべてであり わたしはあらんとしてあるもの》

1983年寺山修司が亡くなり、『演劇実験室◎天井桟敷』は解散。それを引き継いだJ・A・シーザー氏によってその翌日、『演劇実験室◎万有引力』が旗揚げ。この40年余りの怒涛の日々をLIVEで語る。
皆が待ち望んだウテナの世界。「絶対運命黙示録」の迫力。
小林桂太氏は岸田森みたいでカッコイイ。
木下瑞穂さんも印象に残る。
内山日奈加さんは坂道グループ系清涼感、「寺山坂46」。

ネタバレBOX

大ヒットアニメ、『美少女戦士セーラームーン』シリーズで名を上げた幾原邦彦。エヴァンゲリオン・ブームの中、1997年テレビ東京系列で水曜18時放送の『少女革命ウテナ』を制作。劇中で万有引力の『カスパー・ハウザー―人間の謎への序章、あるいはわたしのモーシェのために―』で使用された「絶対運命黙示録」他を使用。全国のお茶の間の子供達にJ・A・シーザーの楽曲が刷り込まれた。
自分はアニメは観ていないのだが、サントラを借りてMDに落として聴いていた。その辺の曲は憶えているもので、聴くとハッとする。子供のロックとの出会いは意外なものから。榊原郁恵の「夏のお嬢さん」の元ネタはスージー・クアトロの「The Wild One」だし、『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』に流れる「ビギニング」の原曲はキング・クリムゾン「ルーパート王子のめざめ」。後で原曲を知ってハッとなる。アブドーラ・ザ・ブッチャーの入場テーマ曲はピンク・フロイド 『吹けよ風、呼べよ嵐』、ブルーザー・ブロディはレッド・ツェッペリン『移民の歌』。種子を撒かれた子供達が長の年月を経て暗い劇場を探し当てるオデッセイ。
テアトリアンナイト

テアトリアンナイト

演劇実験室◎万有引力

座・高円寺2(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/02 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第二夜《地下水道をいま走り行く暗き水のなかにまぎれて叫ぶ種子あり》

昨夜も観るべきだったと痛切に後悔。どうでもいい舞台を選んだ自分を責めた。これぞ自分が観るべき世界。

髙田恵篤氏が現れ、挨拶をするとステージを降り、無人の一列目センターに腰を下ろす。そこから始まるJ・A・シーザー氏(歌&ギター)のLIVEと寺山修司作品の名場面の切り抜き。ピンク・フロイドの初期衝動。背景に映し出される天井桟敷の鮮烈な日々。小山由梨子さんのソプラノのコーラスが効いている。個人的にはパーカッションではなく、強いドラムのリズムが欲しかった。ゲストの根本豊氏が語る『奴婢訓』世界ツアーの思い出。伊野尾理枝さん(世界中誰もが知っているTVから這い出してくる貞子役!)の貫禄。髙橋優太氏と三俣遥河(みつまたはるか)氏の定番の掛け合い〈寺山問答〉。毛皮のマリー役の飛田大輔氏の美しさ。下男役にステージに上がる髙田恵篤氏。森ようこさんのコミカルな舞踏、よくもあんなに動けるものだ。

『巴里寒身(スーザン・フェリア、サジャよ永遠に)』が今回の核。『奴婢訓』世界ツアー、貧乏旅行。電熱器と鉄板だけを命綱に食材を炒めては口にする日々。小銭稼ぎに大道芸宜しくジャパニーズ・アングラで盛り上げるも、成果は電話を掛けるコイン一枚。芸術も糞もなく、皆ただただ腹が減っていた。シーザー氏の異国の女との仄かなロマンス。蚤の市で仕入れた仔犬が鳴いている。
「パリさみ パリさみ パリさみさみさみさみさみ」

キング・クリムゾン、筋肉少女帯、言葉と想像力だけを武器に新たな世界を創造していくルサンチマンの系譜。
J・A・シーザー氏と高田恵篤氏の間に“世界”は存在す。

ネタバレBOX

筋肉少女帯に『風車男ルリヲ』という名曲がある。ホスピタルの上で観覧車みたいに巨大な風車をぐるぐると回し続ける一人の男、ルリヲ。回しているのは“時間”である。ギリシア神話の天空を支える巨人アトラースの如く。この世の条理である“時間”の支配から逃れる為に主人公はルリヲを殺す旅に出る。だが、ルリヲは殺せない。彼にはそもそも首がないのだから。
そんな事を思い出させるかのように役者陣は何かを引っ張り続けるマイムを繰り返す。目に見えぬ何かを手繰り寄せようとして足掻く。

開演前と終演後の「らりるれり」みたいな曲が良かった。
わいわい新型レ◯サス試乗会in四条河原町

わいわい新型レ◯サス試乗会in四条河原町

劇団武蔵野ハンバーグ

OFF OFFシアター(東京都)

2022/11/25 (金) ~ 2022/11/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

AVでオナニー中の中学生が洗濯物を干しに来た母親と出くわしてパニック。母親も動揺して一旦退室し、何事もなかったかのようにやり直す。「何も見なかったわ、洗濯物しか見ていないもの。」と母親。「いや、そんな筈ないだろう!」と息子。そんな展開が延々と続くコント風味のスラップスティック。
(多分)主人公の中学生役は栗茂重至氏、アンガールズ田中似。
母親役は古本美優さん、丁寧で好印象。
父親役の松下世界館氏はずば抜けてプロフェッショナル、見事。ある意味主人公。
本筋には要らぬキャラの並木飛暁(たかあき)氏のルックスが物を言う。この死んだ目が今作には必須。
主宰の高橋一八(高橋左右両打席)氏にリスペクト。自信を持って頂きたい。作品は完成している。あとは笑いのガイドラインの確立。

ネタバレBOX

何か面白いことをずっとやっているのだが笑うには至らないもどかしさ。一人、別の世界線のキャラを出した方が笑いやすいかも。笑いは安心であり、共感でもある。
笑いにオリジナリティーが足りない。TVで面白かったネタを集めて被せている感じ。勿論それはそれで悪くないのだが、観客が求めているものとは違ったのだろう。こんな所に集う奴等は、誰も未だ観たことがない“今”眼前で誕生した“何か”に飢えているフリーク。面白いんだか面白くないんだかさっぱり解らない“何か”に。
遥かな町へ

遥かな町へ

文化庁・日本劇団協議会

シアターX(東京都)

2022/11/23 (水) ~ 2022/11/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

思わぬ傑作。原作も読みたいと思った。
小津安二郎『父ありき』や成瀬巳喜男の『晩菊』を想起。驚く程に人の心の深奥部まで到達している。
浦沢直樹の大傑作『プルートゥ PLUTO』をベルギー人のシディ・ラルビ・シェルカウイが演出したものを昔観たが、作品の魅力をこそぎ落としたような舞台化。アートがやりたいのなら、オリジナルでやってくれ。原作の魅力はこんな安っぽいもんじゃない。日本漫画の外人アート化への危惧。今作もそんな偏見で凝り固まった嫌な目線で臨んだ。

床に広げた巨大な白いシーツが人力で吊り上げられていく冒頭。時間の表現をそのシーツの揺蕩いで顕在化。上手にはギターやコントラバスや笛などの楽器、代わる代わる役者によって生演奏。車椅子を手に持った輪っか一つで表現したり、コロスのように一つの役を大人数で表したり、練りに練った工夫が随所に散りばめられている。
主人公役の近童弐吉氏は学生服を着込み、そのまんまで中学生を演じてみせる。ニカッと溢れる笑みが痛快。
主人公の妹と体育教師役の吉越千帆さんが可愛くて目立った。
主人公の悪友役の松崎将司氏も大柄で魅力的。
主人公の父親役、猪俣三四郎氏のミシンをかける佇まい。
学校のマドンナ役の藤井千咲子さんは村上龍の『69』を思い出した。

1998年4月9日、48歳の主人公(近童弐吉氏)は酒に酔って意識を失う。気付くと時は1963年4月7日、自分は14歳の姿に。訳も解らぬまま中学二年の生活を送る羽目に。人生二周目チートで無双、異世界転生モノ乗りの学校生活。そこで大切なことを思い出す。この年の夏休みの終わり、8月31日に父親が謎の失踪を遂げることを。何故、優しかった父は家族全員を捨てて去ったのか?果たしてその過去を変えることは出来るのか?

ネタバレBOX

父親の失踪の謎が物語の構造として効いている。その理由が本当に実存的なもので驚いた。出発のホーム、父親が息子に自らの本音を滔々と語るのだが、嘘偽りがない。取ってつけたような理由ではない為腑に落ちる。全てを語った方が良いのか、別の形で表した方が良かったのかは演出家の好みだろう。ラスト、現在に帰ってきた主人公と杖を突き老いさらばえたかつての父がすれ違う余韻。
ベンガルの虎

ベンガルの虎

流山児★事務所

ザ・スズナリ(東京都)

2022/11/23 (水) ~ 2022/11/28 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

山丸莉菜さんのファンの方は絶対に観た方が良い。素晴らしかった。

『ベンガルの虎』自体は新宿梁山泊の花園神社公演で観た。面白いんだか面白くないんだかさっぱり判らない、いつもの唐十郎節。今回全く期待なしで観たのだがかなり面白かった。こんなアレンジが案外正解なのかも知れない。おっさんの適当な与太話を聴き流しながら、何か妙にぐっと来るフレーズにハッとする、そんな芝居。訳の判らない因果律、時空の捩れた世界線、言葉と情熱だけが激しい風雨にさらされながらも凛然と屹立す。
大小様々な行李がキーパーツ。大量の車券、大量の朝顔の鉢、大量のはんこ。

永遠のヒロイン、カンナ役は山丸莉奈さん。八木亜希子似。
井村タカオ氏はミシンのセールスマン、競輪場の予想屋、カメラマンと大活躍。幕間のダンスは必見。かなり場をさらってみせた。
産婆のお市役神原弘之氏はお歯黒が強烈。
ハンコ屋俗物博士に村岡伊平治役は伊藤俊彦氏。
水島役は山下直哉氏。
流しの銀次役は祁答院雄貴(けどういんゆうき)氏。
カンナの母、マキノ役は中原和宏氏。これも鮮烈なヴィジュアルを焼き付ける。

各々背負わされたカルマで取っ組み合うようなメルヘン。

名探偵とクリスマス・キャロル

名探偵とクリスマス・キャロル

Dowland & Company

北とぴあ つつじホール(東京都)

2022/11/23 (水) ~ 2022/11/23 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ロンドンのトリニティ音楽大学修了のメゾソプラノ歌手・波多野睦美さんが企画構成。ヴァイオリンの小玉安奈さん、バンドネオンの北村聡氏、ギターの鈴木大介氏の錚々たる面々。第一部は波多野さんの大好きな探偵物のドラマ音楽から選曲。曲のアレンジが見事で、観衆を魅了するヴァイオリンの美しさ。やっぱりサティの曲は一際強い。
第二部は波多野さんの朗読でチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』。要所要所で辻田暁さんがキャラクターを演じ舞踏で彩りを添える。多分小学生時分に子供用を読んだ以来なので驚きがあった。『グリーンスリーヴス』は強い。自分の死や死後の苦しみを見せられて半ば脅迫的に改心させられるスクルージ。全ての哲学は死との対峙なのか。人間は目前に死を見据えないと心を解き放てないのか。第三の幽霊は巨大なフードを被り、巨大な両手だけが見える大男。インパクトがある。

ジャガーの眼

ジャガーの眼

東京倶楽部

すみだパークシアター倉(東京都)

2022/11/19 (土) ~ 2022/11/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

演出は菅田俊氏。宇梶剛士(たかし)氏と菅原文太氏の付き人(用心棒)を務め、仮面ライダーZX(ゼクロス)でもあった名俳優。

蝋人形サラマンダ役の佳村さちかさんが偉く美形だった。
扉役・森了蔵氏はジャンポケ斉藤に似た風貌の気が違ったテンション、舞台中で喚き散らす。

マルセル・デュシャンの墓碑銘、「されど、死ぬのはいつも他人ばかり」は寺山修司の大のお気に入りの言葉。
「死ぬのは皆他人、生きるのも皆他人、愛するのも皆他人」がテーマか。人が皆持つ埋められない心の隙間(存在としての寂しさ)を、他人を使って埋めようとする。ほんのひと時それが埋められたように錯覚するが矢張り寂しい隙間風が吹いていく。

理屈や論理を無視して作中人物が必死になって訴えるある種のロマンチシズム、つかこうへい的な昂揚こそが見所。うえのやまさおりさんの熱演でしんいちの心が絆されるシーンが印象に残る。うえのやまさおりさんは素晴らしい女優だ。

寺山修司の愛用したデニム地のサンダル(今回は違った)を移動探偵社と称して、寺山がかつて覗きで捕まった町内に現れる探偵田口(永倉大輔氏)。転がる林檎を追ってきた。
そこに現れるのは前の探偵事務所の社長である扉(森了蔵氏)と蝋人形のサラマンダ(佳村さちかさん)。かつて田口はサラマンダと愛し合っていた。
事故死した恋人の移植された角膜を追うくるみ(うえのやまさおりさん)は、結婚直前のサラリーマンしんいち(贈人〈ぎふと〉氏)に付きまとう。その角膜には印象的な傷があり、“ジャガーの眼”と称されていた。

ネタバレBOX

唐組では40分✕三幕だったが、今回は120分一幕。何故かそれでもダイジェストのように感じてしまった。唐十郎作品には無駄なエネルギーが必須。どうでもいいことに命懸けになる“こだわり”に客は惹き付けられる。「何でこんなことにここまでこだわるのか?」、幾ら考えても理解不能。それこそが作品を引き摺るパワーの源なのだが、美術や小道具がイマイチ振るわない。
ラストの屋台崩しをどうするのか気になっていたが、セットが横にずれ、奥からスモークが焚かれSF調の半機械化したしんいちが帰ってくるもの。右眼から赤いライトの光を放ちながら。

矢張り唐十郎作品はそんなに好きになれない。寂しくて寂しくて堪らない人々が他人に無い物をねだっていくメルヘン。
赤い月 落ちた犬 聞こえますか 悲鳴

赤い月 落ちた犬 聞こえますか 悲鳴

横浜ボートシアター

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2022/11/18 (金) ~ 2022/11/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

語りと人形の劇「犬」

“病んだ魂”。嫌な予感がして観に行ったが、ズバリの内容。仏教説話調の気の滅入る鬱話。漱石門下の作家、中(なか)勘助の1922年(大正11年)発表の小説が原作。仮面と衣装だけの人形二体を使って演じられる。下手の端の向かいに生演奏で劇伴を奏でる松本利洋氏、生ドラムの迫力。笛やギター、DTMを駆使して飽きさせない。上手に語り手の玉寄長政(たまよせちょうまさ)氏、下手に語り手の岡屋幸子さん。この二人が台詞なども担当。バラモンの苦行僧の操演はかわらじゅん氏。子供を孕んだ若き美しき娘の操演は奥本聡氏。

11世紀、アフガニスタンのスルタン(君主)、マームード(マフムード)はインドに17回侵攻、略奪と虐殺を繰り返した。イスラム教徒である彼等はヒンドゥー教仏教ジャイナ教徒を迫害し寺院を破壊して回る。北インドのクサカという町で森の中、苦行を続ける一人の老いたヒンドゥー教のバラモン僧。ハヌマーンに願を掛けて礼拝に通う若き美しき娘と出会う。娘の願について問い質すと、侵略してきた将校に犯され身籠ったこと、そしてその男のことが忘れられずもう一度逢いたいことを告白する。バラモン僧はその娘に七日間の清めの儀式を強要する。草庵で全裸になり、聖水で身を浄める娘。半生を賭した禁欲の果てに老僧が辿り着いた真理とは。

なかなか観られない邪悪な演劇。性的描写の過激さをもって、発禁処分を喰らった原作。「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」。

ネタバレBOX

二人が犬になるまでが面白かった。犬に化身してからは「語り」ばかりなので、もう少し絵的に見せて欲しかった。(二体の犬の人形も欲しいところ)。
話が佳境に入るとドラムが盛り上がり、岡屋幸子さんの台詞が掻き消されて聴こえないという勿体無さ。

『秘密集会(しゅうえ)タントラ』のような後期密教の思想を連想。全ての欲望、快楽を否定して煩悩を跳ね除け禁欲主義に生きることと、禁じられた全てを肯定して欲望のままに生きることは実は同じ道程なのではないか?という発想。
真言宗の開祖、空海の秘した禁断の『理趣釈経』の内容は性愛と煩悩の全肯定であった。
吾輩は漱石である

吾輩は漱石である

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2022/11/12 (土) ~ 2022/11/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

1910年(明治43年)8月24日、43歳の夏目漱石は胃潰瘍の療養の為、伊豆の修善寺・菊屋旅館に滞在。胃疾患から来る800ccもの大量吐血ののち、危篤に陥る。16本のカンフル注射を打たれ30分後に意識を取り戻すが、その間臨死体験を彷徨っていた。(『修善寺の大患』)。
その6年後に逝去している。

今作は「夏目漱石はその30分間、何を見ていたのか?」の井上ひさし流解釈。宮沢賢治的な育英館開化中学(現在の高校)での不思議な遣り取り。漱石作品の登場人物達が大集結。

こまつ座初登場の賀来千香子さんが大奮闘。漱石の妻から複数の役をこなし、観客を盛り上げる今作の大黒柱。
旅館の女中役、栗田桃子さんも沸かせた。本当にカメレオンのような女優だ。

ネタバレBOX

予想を遥かに超えた失敗作。これ、井上ひさしの名前を隠して小劇場で演ったらボロクソ叩かれただろう。失敗作を観ている時はあれこれと改善案を頭に巡らせるものだが、今作では何一つ浮かばない。

ウディ・アレンに『さよなら、さよならハリウッド』と云う映画がある。かつて名声を勝ち得たが今では仕事もなく落ちぶれた映画監督、大作のオファーに再起を賭ける。しかしクランク・インの前日、心因的ストレスで目が見えなくなってしまう。それを隠し通しズブの素人に協力を頼んで何とか撮影を終わらせる。勿論出来上がった作品は見るに堪えない惨憺たるもの、罵詈雑言の批評を浴びる。『この拷問映画を観るべき人間は世界で唯一人、アドルフ・ヒトラーだけである』。
そんなことを思い出すような舞台。
私の一ヶ月

私の一ヶ月

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2022/11/02 (水) ~ 2022/11/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

妙に気になって観に行った。今年5月に上演された『グリーン・マーダー・ケース』と『ビショップ・マーダー・ケース』が面白過ぎた、その演出・脚本の須貝英氏の新作オリジナル脚本。全く想像がつかない。
三つに分けられた舞台。下手は大学図書館の閉架式書庫の事務室、中央はコンビニのレジ、上手はコンビニに隣接している民家。三つの物語が同時進行で淡々と語られる。図書館では司書(岡田義徳氏)のもとに新しく入ったバイトの女の子(藤野涼子さん)がやって来て自己紹介。レジでは疲れ果てた常連の青年・拓馬(大石将弘氏)が毎日毎日昼飯を買いに来る。民家では泉(村岡希美さん)が季節外れの風鈴を吊るし、赤い日記帳に日々を綴る。その家のじいじ(久保酎吉氏)とばあば(つかもと景子さん)。
登場人物の基本は東北訛り、司書だけが標準語。
三つの時間軸が段々と溶け合わさって、何の話だったかが解けていく。

藤野涼子さんが超可愛い。人懐っこい照れ隠しのような笑みがにやにや零れ落ちて、空間がじわじわ明るくなる。母からの誕生日プレゼント、白いコートを着てみせるシーンは至極。村岡希美さんとの遣り取りがズバリハマった。「ウゥワフー、フゥワフゥワー」と鼻唄のようにスキャットしながら踊る二人。遊ぶ子猫のようにずっと見ていられる。

母からの手紙に16年掛けて娘が返信するような物語。照明が秀逸。

ネタバレBOX

演出がやり過ぎでホンの持ち味を損ねているように感じながら観ていた。この話の伝え方にこのやり方が正解なのか?ひたすらコンビニで買い物する日々の描写が無駄。だったら明結(あゆ)の山手線から見た世界の素顔を描写してくれ、と。(逆に実験的なこの語り口を評価する人も多数いるだろう)。
だが、司書の正体が父母の幼馴染のフジ君だったことが分かると話の全体像が見え、ホンもイマイチ好きになれなくなる。登場人物全員を絡めていくキャラメルボックス・スタイル。幼馴染の死を作品として昇華(舞台化)することを自負して語るフジ君、それに醒めた眼をして白ける泉。置いていったそのチラシを見て東京の小劇場まで舞台を観に行くじいじ。その舞台の「皆が悪かったのよ」の台詞に深く傷ついてしまう・・・。

何か継ぎ接ぎだらけの、付箋で注釈が一杯貼られた脚本。話し合いを重ねすぎて均された民主的な不恰好さ。いろんなテーマが飛び散って取り留めのない様は『猫、獅子になる』にも重なる。

だが然し、何と言っても藤野涼子さん演じる明結(あゆ)が素晴らしい。こういうキャラを生み出すセンス。相米慎二や大森一樹が斉藤由貴で撮ったアイドル映画のような空気感。昔、角川春樹がよくやっていた手法で、集客は人気アイドルに任せ、内容は野望のある若手に好きに撮らせる。(最近は秋元康が似たようなことをやっている)。凄く気の滅入る物語をアイドル映画に仕立て上げるコントラプンクト(対位法)の面白さ。

2005年9月、介護サービスのブラック企業で過労死寸前の日々を送る拓馬。昼食は実家のコンビニで買うことにしている。人手が足りず店先に誰もいないことも多い。そんな時は勝手にレジを打って金を入れていく。レジの金が合わないことが多くなり(拓馬のせいではない)、両親は拓馬に開けられないようにレジを設定。誰もいない店で呼べど叫べど誰も来ない。レジも打てない。実家にさえ拒絶されたような気持ちで絶叫し計算機を叩き付け踏み付け商品を置いて帰る。家でゲームに没頭して会話に応じない拓馬に、妻の泉は痛烈な言葉をかけてしまう。「あんた、本当にいてもいなくてもおんなじね」。次の日、山で首を吊る拓馬。
一ヶ月の空白。11月から泉は日記を書き始める。今の自身の赤裸裸な気持ちをいつか娘の明結(あゆ)に読んで貰う為に。
18の誕生日、父の死が自殺だったことを明かされ、日記を手渡される明結。
2021年11月、東京の大学に通っている明結は両親の幼馴染で親友でもあったフジ君が働く図書館でバイトを始める。

泉にとって季節外れの風鈴が首を吊った拓馬のことを忘れてしまう自分自身への戒めであったこと。

明結が現在の自分の一ヶ月を散文詩にしたためて母親に送るラスト。それを添削したフジ君との合作のよう。
泉は静かに肯き「有難う。」と微笑む。
藤原さんのドライブ

藤原さんのドライブ

燐光群

座・高円寺1(東京都)

2022/11/04 (金) ~ 2022/11/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

1930年岡山県の離島、長島に初の国立療養所「長島愛生園」が誕生。ハンセン病(らい病)患者の隔離施設。患者は子孫を残すことが許されなかった。1943年に治療法が確立されたにも関わらず、島と内地に橋が架かったのは1988年。世界的にも類を見ない日本特有の差別と偏見の日々。

現代のコロナによる隔離施設を長島に設定し、二つをだぶらせて綴るSF。
スカイラインを駆り、療養所仲間を乗せて何処までもドライブする藤原(猪熊恒和〈つねかず〉氏)さん。モデルは立花誠一郎氏。スカイラインの大道具が良い出来。二人の人力で動く巨大な台車。
藤原さんは皆を故郷に連れてってやる。だが、皆実家には帰らない。遠くから懐かしい景色を眺めるだけ。“穢れ”の思想が色濃い日本で、親族に迷惑はかけられない。穢れて棄てられた者達は誰にも見えない場所で隠れて暮らすしかない。

ネタバレBOX

面白いとは感じなかった。ハンセン病に絞った方がいい。コロナネタじゃ弱すぎる。現代の社会不適合者、棄民の物語として引っ括めるべき。植松聖のエピソードも意味が無かった。

未だに決着のつかない日本人のタブー、“心失者”は安楽死させるべきとの植松の提言。
重度の知的障害のある娘を持つ和光大名誉教授の最首(さいしゅ)悟氏は彼への手紙に『そしてわからないからわかりたい、でも一つわかるといくつもわからないことが増えているのに気づく。すると、しまいにはわからないことだらけに成りはしないか。そうです。人にはどんなにしても、決してわからないことがある。そのことが腑に落ちると、人は穏やかなやさしさに包まれるのではないか。』と綴った。学問の目的は“分かる”ことではなく、“分からない”を知ることだ、と。
猫、獅子になる

猫、獅子になる

劇団俳優座

俳優座劇場(東京都)

2022/11/04 (金) ~ 2022/11/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

清水直子さん見たさに足を運んだ。宮沢賢治の『猫の事務所』がテーマ。
猫の第六事務所は猫の世界の歴史と地理を調べる役場(モデルは郡役所?)。そこの四番書記の窯猫〈かまねこ〉は、夜かまどの中で眠る性質がある為、煤で真っ黒に汚れている。その為他の三人の書記から嫌われ虐められていた。事務長だけは仕事の出来る窯猫を評価。そんなある日、風邪を引いて一日休む窯猫。三人は有る事無い事を事務長に吹き込む。言いくるめられた事務長もぐるになり、翌日窯猫の仕事を取り上げ無視を決め込む。悲しくて悔しくてぼろぼろと泣き続ける窯猫。それを見ていた獅子(モデルは蔵相?)が事務所の閉鎖を命ずる。

1984年、中学校の演劇部で『猫の事務所』の初期形を自ら戯曲化し上演しようとする部長の美夜子(清水直子さん)。当事者を劇に参加させることによって校内での虐めを告発しようと思っていた。

2019年、ずっと自室に引きこもり続け五十歳になった美夜子。劇団員をやっている姪の梓(滝佑里〈ゆうり〉さん)が『猫の事務所』の舞台を小学校で上演する話に興味を示す。

宮沢賢治が発表する前に書いた初期形(草稿)のラスト、登場する誰も彼もが可哀想な存在であることを作者は述べる。この幸福を奪い合い不幸を押し付け合う、不毛な因果律が組み込まれた壊れた世界。優越感と劣等感の果てしないシーソーゲーム。どうにか脱け出す方法はないものか、と。

ネタバレBOX

この脚本は好きじゃない。何かつぎはぎだらけ。いろいろ詰め込みすぎたのか、考えすぎたのか。こんな問題に正解がある訳ではない。死のうと思っている人間を説得して、社会と共存して生きる妥協点を見つけるような途方もなさ。人生に正解はないが、明らかな誤答はあるということか。
務所帰りの知り合いが言ってた話がリアルで、出所まではあれこれと外界に出たらああしようこうしようと何年も思い描くもの。出たら二三日でそんなこと全部吹っ飛んでしまう。現実に出来る事が限られ過ぎていて選択肢などハナからない、と。結局人間は殆ど何も選べない。

ただ、自分に関係のないものや理屈のないふっとした気分で見える世界は変わる。TVのチャンネルを変えるような気楽で適当なふざけた切っ掛けで別の生き方が始まる。大事なのは頭で考えないこと。自分と同様に周りの人間も大した考えで生きている訳ではない。
「絶望という名の地下鉄に乗り込んで、鼻唄まじりで行くぜ、この世界を」

最後まで宮沢賢治に逃避し続けて顔すら出さない座長がいい味。
窯猫だった志村史人(ふみと)氏がラスト、獅子となって吼える。『ぼくは半分獅子に同感です。』とは、凄い文章。
左手と右手

左手と右手

小松台東

駅前劇場(東京都)

2022/10/29 (土) ~ 2022/11/08 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

タイトルから楳図かずおの『神の左手悪魔の右手』を連想するが全く関係ない。
何でだが分からないが中国映画の『ただいま』を想起。何か中国とか韓国とかの80〜90年代の暗い映画はこんな雰囲気だった。日本だと自主映画にこんなテイストが多かったような。
濡れ場のない日活ロマンポルノ、古いAVのドラマ、ピンク四天王のような空気感。嫌な事件が起こる前触れの息遣い。

宮崎県の田舎町、十代から付き合ったり別れたりを繰り返して来たアラフォーの男女(松本哲也氏と吉田久美さん)。今は男の自宅の古い一軒家で同棲している。そこに訪れる来客との会話の中からゆらゆら浮かび上がる二人の実存、たなびく白煙。矢鱈飲み物と食べ物が出てくる。

吉田久美さんは綺麗で絵になる。冷蔵庫から麦茶を注ぐ。
松本哲也氏の諦観とスーパーの駐車場で買ってきたたこ焼き。
嫌な社長役の佐藤達(とおる)氏も強烈。やり過ぎ位の下卑た目線。視線で女を撫で回す。

冒頭から終演まで目に映る光景は変わらないが、二人の姿は驚く程違って見える。醸成した空気に演出をつけているような作品。卓越した舞台美術。

ネタバレBOX

土着系ドメスティックな日本映画は大嫌いな為、前半は辟易した。だが三組目の来客、東京時代のバイト仲間のカップルの登場から爆発的に面白くなる。全ての眠っていた仕掛けが音を立てて回り始め、舞台がうねり出す。
MVPは元ノベライズ作家役の桜まゆみさん。凄すぎるキャラ設定。何て台詞だ。こういうずれた自意識の女をこの空間に放り込む恐ろしさ。一気に客席の空気が変わり、どっと笑い声が上がり始める。かなり難解に込み入った喜劇だ。居酒屋のマスター役の今村裕次郎氏の合いの手のような台詞も絶妙。「ここの住所を教えて下さい!」

プロローグとエピローグ、新興宗教の勧誘に来る妹役・小園茉奈(おぞのまな)さんのエピソードも巧い。ポカリスエットを矢鱈飲み干す。
冒頭では駄目な男に引っ掛かってそこから抜け出せない姉に見える吉田久美さん。早く本当にいるべきところに行けと。だがエピローグでは何一つ変わっていないにも関わらず、こここそが思い描いていた“ここではない何処か”のようにすら感じる。見事な作劇。

Shoot BoxingのTシャツ。
インディヴィジュアル・ライセンス

インディヴィジュアル・ライセンス

24/7lavo

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2022/10/27 (木) ~ 2022/10/31 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

最高の役者陣、大人の演劇、村上春樹にも通ずる文学性。後々今作を観たことが誇れるようになるだろう。

『individual license』とは『個人免許』の意味。いつもちょっと取っつきにくいタイトルが損をしている。
「インディヴィジュアル」と聞いてTHE MAD CAPSULE MARKET'Sの『HI-SIDE (HIGH-INDIVIDUAL-SIDE)』を想起した人も多いのでは。
作品の完成度は高く、脚本のお手本のような出来。これはフェミニズムも含め時代に合致、映画に向いている。本当ケチのつけようがない。敢えて言うならば教官と元夫の漫画家エピソードが安っぽい位。脚本の米内山(よないやま)陽子さんにリスペクト。こんな真剣な作品を真剣に観たかった。

家族旅行、旦那(有馬自由氏)が運転する車で高速を走行中、海老名でふと垣間見えた富士山の美しさ。妻である主人公(新井友香さん)はこの美しさに天啓にも似た何かを感じる。ブラック企業のIT土方で身も心も追い詰められている息子(平井泰成氏)。専門学校生のコンビニバイト、推しに愛を捧げることだけが生き甲斐の娘(環幸乃さん)。旦那は定年退職し、嘱託として気ままに過ごしている。ふと免許を取ろうと思い立つ主人公。

新井友香さんは凄い。梨を剥く演出は何万言の台詞よりも物を言う。
有馬自由氏は奥田瑛二スタイル。巧いねえ。
平井泰成氏はふてくされた今現在の若者の依り代。ネガティヴのカリスマ。山本圭が学生運動家崩れのこじらせ左翼を象徴したように時代を象徴する存在になって欲しい。
環幸乃さんはほぼ素なのでは。童顔に過剰な憎まれ口、キャラ的にゆたぼんを想起。
金田一央紀(きんだいちおうき)氏はパブリック・イメージ通りのクズっぷりを炸裂。見事。
森谷(もりや)ふみさんも凄い。この人物造形はリアル。彼女が本物だから嘘臭いファンタジーにはならない。現実に労働して生活している痛みの中から零れ落ちる煌めき。

凄く人間の核心的な部分に手を伸ばしている作品。餃子のエピソードが秀逸。必見。

ネタバレBOX

環幸乃さんの推しの結婚ネタはタイムリーで櫻井孝宏を連想。
二役やる人は過剰に別人であることをアピールするのだが、平井泰成氏だけはそのまんま。
熟女の同性愛を『枯れ百合』と称することを初めて知った。

『推し』と接している時だけが生きている実感を得られる。これはかなり深い話で、キリストや仏陀、日蓮や天皇も『推し』の一つとして認識するならば普遍的な人間の思考パターン。人間はそうやって生きてきたのだ。
「ママ、推せる!」は名台詞。

途中、家族再生の話ではなく、『テルマ&ルイーズ』のように全て放り出して二人で逃避行に走って欲しいと願った。ラスト、北海道の「天に続く道」での昂揚は思い描いた通り、文句無し。
年齢も性別も肉体関係も超越したラブストーリー。好きになれる人間と今お互い出会えた幸せ。世界は新しい扉を開く。何て素晴らしいのだろう。
南極ゴジラの地底探検

南極ゴジラの地底探検

南極

インディペンデントシアターOji(東京都)

2022/10/27 (木) ~ 2022/10/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

主人公、球李役の瀬安勇志氏が知り合いにそっくり。中村勘九郎っぽい美男子。ヒロイン、星役は端栞里(はたしおり)さん、功夫少女っぷりがイカしてた。愛犬アイロン役、瑠香さんは地下アイドル系山本彩、ルックスが目立つ。望まれる絵の描けない金飛来(キム・ヒーライ)役の古田絵夢さんはネガティヴなAI役が嵌まっていた。

関西弁が痛快で絶頂期の『SFマガジン』を捲っているような爽快感。筒井康隆の『チューリップ・チューリップ』など懐かしくも胸を熱くした古き良きSFの興奮を想起。
『地球空洞説』から始まり、『月世界旅行』まで。ブラウン管の古いテレビ、大小四台がタイトルを映し出し大活躍。
コント集と云うよりも散乱した断片が脈絡なくばら撒かれていく。

謎のメロディー(『未知との遭遇』調)を解読した冒険家達は、それがある座標を示すことに気付く。新宿の廃墟となった公団住宅の地下に巨大な穴を発見。探検隊を組織して降りていくことに。『地球空洞説』を裏付けるかのようにマントルはなく、未知の世界が広がっていた。

ネタバレBOX

地球の内部は同心円状にパラレルワールドが幾層にも重なっている。実は月こそがその世界を繋ぐ穴で、月を突き抜けると外の層の世界へと移行できる。無数の並行世界で共通していることは球李と星が互いを好きになる事だけ。地球の内部からマグマが噴き出し、内側の世界からどんどん滅んでいく。皆は外側の世界へ脱出しながら、この世界を救う方法を探す。

笑いがイマイチ振るわない。劇団系のノリが続くのでぼんやりと観てしまう。突然ガラッと別の話に変わるのだが、何かどれも掴みが弱い。脚を壊したアイススケート選手の転校生・星と毎日マラソンを続けている球李の仄かな触れ合いのエピソードだけが詩情豊かで絵になった。クライマックスの砲弾の中、電気を起こす為にバンドでアイロンが歌う曲も良かった。

上手くいけば『インターステラー』になれたネタ。ふざけた御都合主義的なキャラと展開ばかりで作品世界にのれないのは残念。配分が悪い。何処か純粋なジュブナイル要素が芯としてあった方が感情移入出来た。作家の本音が欲しい。
日本人のへそ

日本人のへそ

虚構の劇団

座・高円寺1(東京都)

2022/10/21 (金) ~ 2022/10/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

良い出来、良い劇団。これでラストなのは勿体無い。そう思わせるいい芝居だった。『虚構の劇団』、結構観た気がしていたが実はニ回だけ。『サードステージ』と混同していた。

井上ひさしの戯曲デビュー作。こまつ座で観た朝海ひかるさん出演の作品がエロかった。強烈に印象に残っている。
冷静に観ると、日本人論の塊。『日本のボス』なんて、今まさに暮らしているこの現実の仕組みを大声で糾弾している。一般的な皆さんはニヤニヤ苦笑いで収める話なのだが、山上徹也みたいな自爆テロリストがうようようごめいている時代の変革期。「こんな国は嫌だ!」と叫び出す奴が現れるかも知れない。同性愛ネタも強烈で、「昭和天皇のルックスがイマイチだから日本軍は弱くなった」と言いたい放題。タイトに削ってある為、作品の本質が掴み易い。

かつて一世を風靡したストリッパー、ヘレン天津を演じる小野川晶(あき)さんが魅力的。おかっぱの女学生姿はT-ARAのボラムを想起。葉山レイコに似た美人。
狂言回し的存在の久ヶ沢徹氏は膨大な台詞を炸裂。冒頭の歌の途中で「間違えた!この後何だったっけ?」と他の共演者に聞いてそこから立て直す場面も。観ているこっちがハラハラした。
小沢道成氏のスタイリッシュなヤクザ、渡辺芳博氏のクリーニング屋の親父も強烈なインパクトを残す。
健康的な木村友美(ゆみ)さんの肢体も目立つ。
下着姿で踊りまくる華やかな女優陣が美しい。
梅津瑞樹氏のファンが矢鱈いた。
ストリッパーのストライキの歌が秋元康調で良かった。

上部スクリーンにテンポよく映し出されるイラストが本当によく出来ている。膨大な言葉遊び、聴覚だけの情報が視覚を使ってより深く認識でき、井上ひさしの徹底的に詰め込んだ言語世界を密度濃く味わえる。

ネタバレBOX

岩手の山奥の村から集団就職で上京する女の子。「都会の男に汚される位なら」と、実の父親に強姦される。勤め先のクリーニング屋では主人に愛人になるよう懇願され、奥さんから追い出される。転げ転げて職を転々とし、トルコ嬢からいつしかストリップの舞台に。ストライキのリーダーになり初恋のバッタ屋(ヤクザ)と再会し結婚するもそれも束の間。日本の風習、権力者への贈り物として組長、右翼、遂には代議士の妾に。『嫌われ松子の一生』だ。小野川晶(あき)さんの佇まいが良い。

私立吃音矯正学院の教授の論説。『人間の尊厳を冒す「吃音症(=どもり)」とは“言葉”の病気である。“言葉”(=文字、言語)を操ることこそ、人間が他の動物と一線を画す拠り所である為、真の人間的病気といえる』。井上ひさし自身も吃音症に悩まされた経験があり、それが元になっている。
この人間の尊厳を取り戻す為の治療劇こそが今作。

井上ひさしは「吃音症の人は心の優しい人だ」と書いている。他人の反応を気にする余り、適切な言葉を見付けられず慌ててしまい喋れなくなる。自分の伝えるべき言葉が見付からないまま、羞恥に悶え苦しみ続ける。
結局、今作では誰のどもりも治ることはないのだが、この治療劇をずっと続けていくことそのものが治療であるという結論。井上ひさしは生涯治療を続けたのだろう。
野外劇『嵐が丘』

野外劇『嵐が丘』

東京芸術祭

池袋西口公園野外劇場 グローバルリング シアター(東京都)

2022/10/17 (月) ~ 2022/10/26 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

2回目。
超面白い。音響が格段に上がっていて、台詞がほぼ全部聴き取れた。もう一回観たい位に良かった。
片桐はいりさんは『七人の侍』に勝手に歌詞を付けて歌っていた。そして『もののけ姫』。
ヒースクリフの見る夢が印象的。教会で罪業を並べ立てられなじられる。しかし、「最大の罪、それはお前だ!」と“死”に向かって掴み掛かる。
ヒースクリフとキャサリンの愛憎物語。地獄の門は天国に続いている。因果律に抗えない人間の無力さ。
マイケル・ジャクソンのゼロ・グラヴィティ(斜めに傾いていくマイム)が効果的。
菅波琴音さんが浅田真央っぽかった。

ネタバレBOX

ラストの演出も噴水孔から上る白煙だけでなく、そこをとぼとぼと横切る片桐はいりさんにアレンジ。
コメント有難うございました。

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