対話 公演情報 劇団俳優座「対話」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    近年評価の高まるオーストラリアの戯曲。
    粗筋と感想を目にして、これこそ自分が観るべき作品だと足を運んだ。
    入場時に「必ず開演前にお読み下さい。」と配られる紙。
    「一部、性暴力についての強い表現がございます。」との警告。「途中で会場を出ることは自身を守る行為です。」と不快なら我慢せず途中退場することを劇団側から促している。一体これから何を観せられるのか?異様なムードの会場。

    観客が体験するのは地獄の光景。2回レイプ事件を犯した性的サディズム障害の青年スコット。刑務所で臨床心理士にOKを出されて仮釈放、弟の働くスーパーに勤務。そこで美人で良家の出である女子大生の客に目を付ける。ずっと我慢しようと様々な方法を試みるもどうにもならない。彼女のマンションに侵入し、帰宅と同時に室内に滑り込む。両手を後ろ手に縛り上げ口を塞ぐ。お気に入りのSM雑誌のグラビアを見せて、想像の限りを尽くして凌辱。罵倒殴打内出血虐待暴力性行拷問屈辱苦痛懇願、詰め込まれたコーラの瓶。彼女は絶望の果てに死ぬが、スコットは「殺意はなかった」と語る。
    医療刑務所にて終身刑で服役中のスコット(声のみ山田貢央氏)。

    今日一室に集められた8人。
    被害者の父デレク(斎藤淳氏)、母バーバラ(安藤みどりさん)は今も地獄の日々を送っている。
    加害者の母コーラル(山本順子さん)、姉ゲイル(天明屋〈てんみょうや〉渚さん)、弟ミック(辻井亮人氏)、叔父ボブ(河内浩氏)。
    スコットを担当した臨床心理士ローリン(佐藤あかりさん)。
    「修復的司法」の調停人・ジャック・マニング(八柳豪〈やつやなぎたけし〉氏)。
    「修復的司法」とは罪に対して国家が罰を与える「応報的司法(刑事司法)」では、本当の意味での解決にはなり得ないとの考え方から生まれた。直接的な「被害者加害者対話」を通じて、被害者の回復と加害者の更生について当事者及び周囲のコミュニティの者が話し合うこと。性善説のようなぬるいイメージが付きまとうが、この試みに一体どんな意味があるのか?それとも何もないのか?は見てみないことには分からない。

    この場にいないのは加害者と被害者だけ。
    誰に一番感情移入して観ることになるのか?
    被害者の母親役の安藤みどりさんがヤバかった。

    ネタバレBOX

    いろんな感情や思考が渦巻き、まとまりがつかない130分。死者がいなくなるのは不公平だ。この世界は生者達のもの。殺された者に発言権はない。残った生きている人達で一番心が安らげる方法を選択することが正解なのだろう。

    加害者の家族は何もしていないのだから責めるのは筋違いというもの。だが被害者の両親の気持ちに誰もが共感する筈。出来ることなら顔を合わせたくないし、口もききたくはない。なら何故この場があるのか?

    「奴は娘の未来だけではなく、過去をも奪ってしまった。娘の思い出のアルバムを開こうとしてもどうしても開けない。この娘が最期に行き着く結末の光景が頭をよぎることで、楽しい優しい思い出すら全て残酷なものに変わってしまう。」

    娘の頬笑ましいエピソードを語り出す母。
    娘が自ら企画主催した誕生会、両親が良かれと思って呼んだサプライズのマジシャン。それに怒り心頭のエピソード。キッチンの壁の色が気に入らなく、自らペンキでカナリア色に塗り替えるエピソード。意地になってやったものの、それが失敗だったことを終いには認める。話の途中でふっと何かを思い出し、慟哭を堪らえられない父。

    「ふとした時に、神に娘のことを祈って下さい。」との母の言葉にはっとする。このどうしようもない修羅地獄を主観だけではなく、俯瞰する神の視点こそが心には必要なのか。
    この台詞と、「娘はもう死んでいるのよ。」の台詞が一番突き刺さった。
    どうしようもない現実の受容。
    そのどうしようもなさすら、時間に包まれていく。

    今作について正当な評価は出来ない。素晴らしい作品とは思わないが、ここまでいろいろ考えさせる(体験させる)ことに対して認めざるを得ない。

    Oasisで一番支持されている曲、『Don't Look Back in Anger』〈「想い出を醜い感情(怒り)で汚さないで」〉のことを考える。
    2017年5月22日の夜、英国マンチェスター(Oasisの地元)でISによる爆弾テロが発生。22人の死者、負傷者59人。哀しみと怒りに暮れた、犠牲者を追悼する集会で不意に一人の女性が『Don't Look Back in Anger』を歌い出す。段々と参列した皆が声を合わせて歌い出し、最終的には大合唱となった。このことが世界的に大きく報道されて、この曲はアンセム(この事件に対する民衆の心構えの象徴)となる。
    これを知った作詞作曲のノエル・ギャラガーは今曲の印税収益をマンチェスター支援基金に全て寄付した。
    初めに歌い出した女性はこう語る。「私達は起きてしまったことに対して後ろ向きになってはいけない。前を向き、未来に向かって行かなければいけない。」

    「そう、サリーは待っていてくれる
     共に歩くには手遅れだと知っていながら
     彼女の気持ちは離れていく
     けれど、『想い出を汚さないで』ってそう聴こえたんだ」

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    2023/02/17 06:25

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