かずの観てきた!クチコミ一覧

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風吹く街の短篇集 第六章

風吹く街の短篇集 第六章

グッドディスタンス

シアター711(東京都)

2022/10/05 (水) ~ 2022/10/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/07 (金) 19:00

座席1階

グッドディスタンスの前章(第六章)「風がつなげた物語」の二編があまりにもおもしろかったので、嫌がおうにも期待を膨らませて向かった下北沢。まず、「犬も食わない」を見た。

「夫婦げんかは犬も食わない」だから夫婦げんかの話なのだが、今作では四十代となった元妻(作家)がかなり前に別れた夫(映像監督)を食事に招くところから始まる。食事を用意しているのは二十代の若い男(編集者)だ。このたび、元妻はこの若い男と結婚するのだという。そこで元妻は言う。「(離婚後に買った)目黒の家をあげるから、犬11匹の世話を1年間してほしい」。
元夫婦の会話は最初からヒートアップを連想させる。この元夫は若い役者たちにパワハラで訴えられ干されているという「昭和のおじさん」ということがまず、暴露される。だが、一方の妻はどうなのか。ここから「犬も食わない」状態に突入するのである。
50分の短編で、笑える部分はたくさんある。結末は結構、予想外だ。
「おもしろかった」と劇場を出て、この演劇をサカナに飲みに行ける作品。短いから、ソワレで見ても十分に飲む時間が確保できる。

ネタバレBOX

ちょっと現実離れしているのは、「元夫婦」げんかの間に挟まる、米ホワイトハウスが爆破され大統領が暗殺された、というSNS情報。この作家と結婚する編集者の若い男の携帯が鳴り、すぐに社に戻ってこいという。まもなく高校生が映像をでっち上げたフェイクニュースと分かるのだが、ホワイトハウス爆破の真偽がしばらく不明であるということはあり得ない。仮にこれが事実なら、メディアは大騒ぎになるし、そもそもホワイトハウスなどという衆人環視の建物が爆破されればそういう映像がそれこそSNSも含めてあふれ出すはずだ。

というわけで、せっかく面白い展開だったのに、この点がとても残念。
「カレル・チャペック〜水の足音〜」

「カレル・チャペック〜水の足音〜」

劇団印象-indian elephant-

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2022/10/07 (金) ~ 2022/10/10 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/10/07 (金) 14:00

座席1階

チェコスロバキアが隣国ドイツのナチスに蹂躙されていく、その入り口を描いた作品。水の足音というタイトルに、底知れぬ恐怖感を覚える。何度も書いてきたことだが、戦争の足音は気付かぬうちに忍び寄っているのであり、この舞台は、それを視覚的に、聴覚的に、そして物語として見事に描ききっている。名作だと思う。

劇作家の弟(カレル・チャペック)と、画家の兄。この二人が若いころから物語は始まる。カレルは女優の彼女に振られて落ち込んでいるが、この女優、母国の舞台から世界を見ている。まさに、まだ世の中は平和だった。物語はこの兄弟の関係、兄の家族、友人という少数の登場人物を縦横に絡ませながら、時に静かに、時にドラマチックに回転していく。
大統領が登場してくるのが面白い。この大統領のせりふの端々に、作家は多彩な印象深い言葉を語らせている。例えば「隣国では強いリーダーシップがもてはやされている」という兄弟の友人(軍医)に、「民主主義は育てるのに時間がかかる」と説いてみせる。戦争の「水音」はまだ聞こえていないが、少しずつ黒い雲が広がるように、物語は暗さを増していく。
国民的作家のカレルに、政府のプロパガンダを書かせるという場面もある。ドイツ語を話す人が多く住むズデーテン地方をナチスに割譲するミュンヘン協定を国民に納得させようと、ペンの力が動員される。もうこの頃になると、戦争の「水音」ははっきり聞こえてくるようになる。「国家を取るのか、愛する人を選ぶのか」。先の戦争で日本もそうだった。愛する人を守るために、国のために戦う。これで本当に愛する人は守られるのか。戦時に陥りやすいレトリックを、この戯曲は喝破して展開していく。

ラストシーンは圧巻だ。希望だけは失ってほしくないと舞台を見つめていた客席に、答えは明快に示される。ぐいぐい引き込まれるような物語に、現代社会への作家の危機感を見た。

寝盗られ宗介

寝盗られ宗介

9PROJECT

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2022/10/06 (木) ~ 2022/10/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/06 (木) 19:00

同じつかこうへいの作品といっても原田芳雄と藤谷美和子出演映画とはかなり雰囲気が違う。結婚はしていないが、妻が劇団員の男をとっかえひっかえ関係を持って逃げ、また戻ってくるという「寝盗られ」を繰り返される主人公を演じたのは小川智之。太っ腹を装いながらも、どこかちょっとドキドキしているような雰囲気を見せていた。これは9プロジェクト独自の演出と言ってよいのかもしれない。

東京公演の初日に拝見。その直前に俳優一人が体調不良で交代するというアクシデントに見舞われたそうだが、見ている限りはまったく違和感なく進んだし、楽しむことができた。このあたりは役者たちのチームプレイが奏功したと言えそうだ。
妻役を演じた高野愛は、今回も安定感があった。迫力もあったし、力を抜くところは抜いていて、客席の笑いをしっかりとった。旅の一座のメンバーも個性豊かで、それぞれバラバラに見えて最後は座長を中心にまとまって舞台を勤め上げるという物語の流れをしっかりと表現していた。
アクションシーンも見応えがあった。そして何よりも、小劇場の舞台には照明と音響装置以外の何もないというのはある意味スゴイ。役者たちは自らの体当たりの演技を直接客席にぶつけざるを得ないステージだからだ。照明と音響の効果はあったにせよ、その力を遺憾なく発揮したのは見事だった。

忘れてもろうてよかとです

忘れてもろうてよかとです

劇団民藝

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2022/09/23 (金) ~ 2022/10/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/09/27 (火) 13:30

座席1階

米軍基地のある佐世保にあった米軍兵士相手のバーのママの物語。その半生記を二幕で描いているが、80歳を超えている日色ともゑのあて書きであり、民藝の日色だからこそ演じきることができる役柄なのだろう。バーには2階があり、日色は何回も階段を上り下りする。舞台での大きな動き、出ずっぱり故に多いせりふに加えてこの階段である。この人の役者魂にはいつも、敬服させられる。

作者の河本瑞貴の実家はこの街で薬局を営んでいて、米軍兵士相手の「日本人妻」が薬や雑貨などを買いに来るお得意さんだったとか。兵士相手のスナックは店の女性を連れ出す店外デート料で稼いでおり、基地の街の経済は戦争がある限り潤うという構図だった。
劇中、朝鮮戦争が終わって米軍が去って閑古鳥が鳴き、ボーリング場に業態転換するという場面が出てくる。だが、ベトナム戦争によって歓楽街は息を吹き返す。社長が「戦争だ、戦争だ」と歓喜の声を上げるところに、何だかやるせない思いを覚えた。今でもやはり、沖縄や横須賀では当時ほどではないにせよ、似たようなことになっているのだろう。この舞台は戦後の日本の一部を切り取ってはいるが、戦争が生み出す経済、そして男女の仲というテーマは今も十分に通じるものがある。

この舞台では、スナックのママが娘を大学に通わせ「自分と同じような人生を歩ませない」と頑張る場面も描かれる。だが逆に、娘は大学進学を拒絶し、差別にさらされる人生に立ち向かおうとする。こうした影を知らされるのも、この戯曲の特徴なのだろう。

影といえば、「影」として登場する舞台回しもいい味を出していた。

ネタバレBOX

民藝については、「ポスト日色」「ポスト奈良岡」をどう育てるかということにいつも注目している。私の勝手な推測だが、東京の新劇劇団の中でも客席の高齢化率がより高いのは民藝だと思う。ポストの俳優が育ってくれば、客席の年齢層も若返り、持続可能な民藝になると思うのだが。
燐光のイルカたち

燐光のイルカたち

劇団青年座

ザ・ポケット(東京都)

2022/09/23 (金) ~ 2022/10/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/09/26 (月) 14:00

座席1階

青年座が注目した劇作家ピンク地底人3号は、地元関西だけでなく東京でも知られている人だ。受賞歴も多数。しかし自分が見たのは今作が初めて。巧みに設定されたプロットと時間軸。見るものを引きつける物語性など、どれも新鮮な驚きがあった。

イスラエルとパレスチナを切り離すコンクリートの壁。イスラエル側にしてみるとテロリストの侵入防止なのだろうが、壁で他の民族を遮断したからといって平和が約束されるわけでない。ピンク地底人3号は劇作を中断して日本を離れ、アメリカや中東を旅をしてこの戯曲のヒントを得たという。また、納棺師も経験し、人間の死を見つめ直してきたという。これらの経験が早速生かされている。

東西ドイツの壁は崩されたが、南北朝鮮を隔てる金網は半島を貫いているし、今作でも描かれている侵入者を攻撃するための歩哨が任務に就いている。アメリカだって例外ではない。トランプ前大統領は移民の流入を防ぐためにメキシコ国境に壁を築くという愚策を実行したし、そもそもアメリカ国内の高級住宅地はgated city、すなわち壁で囲むことによって「セコム」している。自分たちと相いれない、邪魔者を排除して見えないものとする発想は、世界各地に生きている。

物語は都市の南北を分断する壁の南側にある酒場で展開する。この店は北側の入植計画によって立ち退きを迫られている、つまり、北側が南側を蹂躙する構図なのだが、物語は、壁を乗り越えた?あるいは壁の穴をかいくぐって北の青年がこの店に雨宿りするところから始まる。
店の主には亡くなった弟がいるのだが、この青年も弟も映画が好きで脚本家志望というところで、主は弟の影をそこに見る。物語は現在と過去を行き来し、兄弟を取り巻く家族などの人々の人生を照らしながら、分断都市の現実と悲劇を浮かび上がらせていく。

北側の兵士が銃を持って乱入するシーンが場面転換に使われる。この時は耳をつんざくロック音楽と光で「殺人シーン」をカバーアップしていく斬新な演出だ。そしてラストシーンの「イルカ」の演出もすてきだ。劇作の面白さだけでなく演出効果も加わり、この舞台を盛り上げていく。

見逃すと損しそうな、秀作だ。

パレードを待ちながら

パレードを待ちながら

演劇企画イロトリドリノハナ

テアトルBONBON(東京都)

2022/09/21 (水) ~ 2022/09/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/09/24 (土) 14:00

座席1階

ジョン・マレルの名作。女性だけで戦争の狂気を描く舞台は、日常と戦争がいかに近いところにあり、表裏の関係であるかということをあらためて教えてくれる。

イロトリドリノハナは、さまざまな社会的問題に翻弄されながらも懸命に生きる普通の人たちの日常を描くことを身上としている。現代日本人から見ると戦争はもちろん、非日常であるのだが、戦時の日本も含め、当時の欧米諸国は戦時が日常であった。だが、戦争が行われていても日常生活がなくなることはない。特に、カナダでは国が戦場とならなかったので、欧州戦線に志願、もしくは狩り出されていった男たちの銃後には日常があった。だが、その日常は「日常」とは呼びたくないほど苦しく、せつなく、厳しい毎日であった。それを、5人の女たちが織りなす舞台で描き出した。

冒頭のダンスのシーンが象徴的だ。隣組のような女たちの間柄だが、実はそれぞれ、背景となる事情があってお互いを受け入れられないところがある。ダンスシーンではその間柄が暗示され、本編に入っていく。父がドイツのスパイとして投獄された娘。長男が出征し次男が家に寄り付かない二人の息子の母。年齢で出征しなかった負い目からか家で勇ましい態度を見せる夫に辟易する妻。そして国防婦人会リーダーの女性は、夫がラジオのアナウンサーだったために出征を免れており、女たちの間で完全な溝がある。

どれもこれも男たちが始めた戦争のために翻弄されている普通の女性たちの姿だ。ウクライナやロシアの妻たち、母たちの姿と重なる。もちろん、先の戦争での日本の女性たちも同じである。ラストに近いところでノルマンディー作戦のニュースに女たちが沸き上がる場面があるが、その歓喜もやはり空虚な空気をまとっている。そんな空気を感じさせる演出はとてもよかった。

国防婦人会で銃後の女たちを統制するジャネットを演じた赤坂茉莉華のピアノはすばらしい。ピアノという道具を通じてあふれ出る感情をストレートに客席にぶつけた。この演目は他の劇団での舞台も見たが、2幕ものだったがコンパクトに仕上がっていて、特にピアノの使い方がとても印象的。スピード感があって停滞するところがない、ピリッとした舞台だった。






青ひげ公の城

青ひげ公の城

Project Nyx

ザ・スズナリ(東京都)

2022/09/08 (木) ~ 2022/09/19 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/09/13 (火) 14:00

座席1階

ニクスの寺山作品はおもしろい。今回はマジシャンの妙技をふんだんに取り込んだゴージャスの一言に尽きる「美女劇」だった。一見の価値はあります。

物語は青ひげ公の七番目の妻になるために城を訪れる女性をメーンに展開していく。妻になるためには、順番が前の妻たちが死ぬ、つまり殺されなければならない。そんな展開の中で、芝居に関する名言が披露されたり、「台本を人生でけがすな」など演劇の根本を考えるようなテーマが登場する。
そして、冒頭やつなぎの場面、そしてラストなど、ここぞというところでマジックが登場。最終盤のマジックは拍手喝采という大技だった。これだけでもこの舞台は十分に楽しめる。私が鑑賞した日は、親子連れの姿もあった。

ロボットの動きをする妻など、新体操のアスリートのように鍛え抜かれた女優たち。天井からぶら下がったつり輪をたぐって披露された宙空の演技は、もう、拍手するしかない見事さだ。ニクスの美女劇もここまで進化していると実感した2時間だった。

豚と真珠湾

豚と真珠湾

秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2022/09/09 (金) ~ 2022/09/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2022/09/09 (金) 18:30

座席1階

終戦直後の石垣島を舞台としたお話。観光地の今ではなかなかピンとこないが、戦時中には日本軍の強制疎開命令で住民が山間部に追いやられ、マラリヤで1割の人たちが亡くなったという苦難の歴史がある。

この舞台で教えてもらったのだが、戦争が終結した直後は日本の政府もなくアメリカ軍の進駐もなかったため無政府状態となり、自治政府「八重山共和国」を作る動きがあったという。戦災からの復興を目指し、演劇が多数上演されたとも。地勢的に近い台湾との交流があり、そこで大胆に稼いでいく海人たちもいた。この舞台では石垣島のとある料理店に出入りする多彩な人たちが織りなす人間模様がテーマだ。「政治的空白」とはまた別に、人間の赤裸々な姿が提示されるのがとても興味深い。

しかし、全編八重山言葉で演じられるのは難解だった。配られたパンフレットには用語集が載っているが、それを読んでいても普通のスピードで語られるせりふにはとてもついていけない。
話の筋を追うことはできても、演劇の魅力の一つである言葉の小さなやりとりから受ける「何か」を受け取ることはまったくできなかった。他のお客さんはどうなのだろうかと思った。

老獣のおたけび

老獣のおたけび

くちびるの会

こまばアゴラ劇場(東京都)

2022/09/03 (土) ~ 2022/09/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/09/08 (木) 14:00

故郷の実家に住む父親の様子が変だ。「ちょっと見に行ってくれ」と兄からの電話で嫌々ながら実家に行った弟。何と父は象さんになっていた。
というところからスタートするこの舞台。何で象さんなんだろうとずっと考えていたが、小動物では様にならないし、ライオンだと危険すぎる。身体は巨大だがおっとりしているという感じの象さんがいいのだろうか。発想が飛んでいるとも言えるが、この舞台、なかなか面白い。

兄は大学院を出て銀行に就職したエリートで、母親を亡くしてからは時々は実家に戻っていたようだ。弟はうだつの上がらない放送作家で、父親が「収入もろくにないから一人前じゃない」などと罵倒するので実家には寄り付かなかった。父が大変なことになっていると気付いた二人は、とにかくその事実をひた隠しにしようとする。畑の耕作を頼んでいる隣家にも、特に父と自治会で一緒のおじさんには内緒にする。果たして、この一家はどうなるのか。弟の恋人も巻き込んで大騒ぎになるのだが、父が象になったことを機に、この兄弟は父の面倒を見るという展開になっていく。

思うにこれは、父が象になったということをメタファーにして、例えば独居の父が認知症になったとか、世の中にたくさんあるお話に直結するとも言える。その意味で普遍性があると思うし、そう考えていくとラストシーンはとてもいい展開で素直に受け入れられる。

ただ、この兄弟は誰か相談する人がいなかったのか、という疑問はある。まずいと思ってひた隠しにするというのは、巨大な象さんなのだから無理だと思うし、そういうつっこみどころはある。でも、90分の舞台は十分に楽しめる。効果音や暗転の使い方もうまく、演出は成功していると思う。

余計なことだが、この実家は愛知県の三河という設定だ。なぜ三河かというのはよく分からないが、三河にするのなら、お父さんの三河弁はもう少し徹底的にやるべきだった。東京に出て行った息子の言葉とお父さんの言葉がほとんど同じ言語なので、せっかくの「三河」の設定が生きていない。

評決 The Verdict

評決 The Verdict

劇団昴

俳優座劇場(東京都)

2022/08/31 (水) ~ 2022/09/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/09/01 (木) 14:00

座席1階

米国のベストセラー小説。映画化もされた名作だ。今回、劇団昴がなぜこの作品に取り組んだのかはパンフレットにも書いてなく不明だが、2幕物の長編でも飽きることなく舞台を楽しめる。

特に、演出がよかった。主役の弁護士ギャルビンの事務所、彼が通うバー、裁判が起こされることになった原因である医療事故の場面(病院)、そして法廷。これらの場面転換が舞台の各所で切れることなくつながっていくのはテンポがよくて舞台が引き締まった。
ただ、法廷には陪審員の姿はなく、最後の評決はどういう形で描かれるのだろうと思っていたら…。これはネタバレになるので書かないが、ちょっと意外なスタイルだった。

大病院、実績のある著名な医師たち、病院お抱えの敏腕弁護士。医療事故裁判は日本でも多いが、患者・家族がこうしたヒエラルヒーの権化に立ち向かうのは容易ではない。証拠になる医療情報はこれまで、ほとんどが患者側に開示されなかった。現在は法整備も進んではきたものの、患者側が「いったい何が起きたのか。どうして最愛の家族は死ななければならなかったのか」という真実を知りたいという思いに応えられるシステムは整っていないし、ましてや裁判になれば病院側は都合の悪い事実や証拠は隠してしまうのが通例だ。

主人公のギャルビンは、簡単に示談金を引っ張ってそのご相伴にあずかることができる事件を選んで糊口をしのいでいるようなダメダメ弁護士だった。だが、彼が一転して患者のために真実を追求する姿勢に変わり、圧倒的に不利な状況を跳ね返していく物語はある意味で勧善懲悪でもあり、分かりやすいと言える。

面白かったのは、裁判長の訴訟指揮が訴えられた病院側べったりだということだ。日本ではここまであからさまな訴訟指揮はないだろうと思っていたら、最近でも訴訟指揮が国側とべったりだとして裁判官忌避を申し立てられた国賠訴訟もあった。被告が国だと、国側と裁判所が同一視されるような裁判は、安保法制や辺野古の訴訟など考えてみれば多い。権威にすり寄る司法というのは、どこの国でも同じだというのはこの舞台が示した教訓だと思う。

「ともしびー恋について」

「ともしびー恋について」

メメントC

オメガ東京(東京都)

2022/08/10 (水) ~ 2022/08/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2022/08/12 (金) 14:00

ペシミズムを論じたチェーホフのこの短編は、当然ながらとても哲学的だ。物語の躍動感を期待してはいけない。どうしようもない亭主に付き従って生きてきた女性が、偶然に会ったかつての知人男性と駆け落ちする。こうした恋愛話が男性3人の間で繰り広げられる。どっちにせよ皆、死んでいくのに、何のために生きていくのか。演劇では多彩な切り口で表現されるような命題を、哲学的要素を前面に浮き上がらせている。

シンプルな舞台演出がよかった。ギターなどの弦楽器やピアノで奏でられた音楽がぴったり合っていた。役者たちの実力も十分だ。特に、人妻キーソニカを演じた石巻美香は流れるようなお嬢さま言葉の長台詞を難なくこなし、どきっとするような色気を見せる。

しかし、心に響くような何かを期待して地下の小劇場に入ったためか、消化不良感が強かった。結局「この世のことは何もわかりはしない」とつぶやくばかりでその恋が人生をどう変えたのかなど、まったくわからないままで終わる。そういう舞台なのだということは分かっているのだが。

頭痛肩こり樋口一葉

頭痛肩こり樋口一葉

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2022/08/05 (金) ~ 2022/08/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/08/10 (水) 13:00

座席1階

こまつ座旗揚げ公演で井上ひさしが書き上げた作品。以前から見たいと思っていたが、今回の再演でようやくチャンスが巡ってきた。
父や兄を失い、若くして戸主となって母や妹たちを赤貧の中で支えた作家・樋口一葉の物語。今年は生誕150年だ。一葉は生前、自分に戒名をつけていたというが、井上ひさしの着想は「生きながら死んでいる。だからこそ世の中がよく見えた」というところから始まったという。死者の魂が戻ってくる毎年のお盆を繰り返しながら物語は進む。舞台にどの場面でも仏壇があり、お盆の会話劇が舞台を盛り上げた。

まず、花蛍という幽霊を演じた若村麻由美がすばらしい。この幽霊、自分を身請けして夫婦になるためのお金をネコババした老女を呪って出るのだが、実はその老女にも事情があり、その事情を作った「悪党」にもまた事情ありということで、世の中、人と人とのつながりの連鎖でできているということを舞台を通して提示する。一葉役は貫地谷しほり。彼女らしいメリハリのついた演技で、ピシッと筋が通った一葉の生き方を見せてくれた。

女性6人による舞台だが、それぞれが個性があっていい。男性の身勝手なふるまいにたてつくこともせず耐え忍んだ明治の女性たち。「女が地獄に落ちるには三日もあれば十分さ」という熊谷真実のセリフは強烈。そんな社会を筆の力で変えたいと歯を食いしばる一葉の姿は印象的だ。

劇中歌もいい曲だった。死者が還ってくる「お盆」らしく抑え気味の舞台セットと演出も奏功している。

あつい胸さわぎ

あつい胸さわぎ

iaku

ザ・スズナリ(東京都)

2022/08/04 (木) ~ 2022/08/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/08/08 (月) 13:00

座席1階

けしてハッピーエンドではないが、見終わって前向きになれる、少しの希望を分けてもらえるようないい舞台だった。

大阪で会社勤めをこなしながら、一人娘を育てたシングルマザー。入学金などは家計に響いたが娘は大学に入学し、とりあえずホッと一息。そんな中、東京から上司が転勤してくる。大阪トークにほんろうされながらも誠実な受け答えに、この母はすこしだけ好意を持つ。一方、娘はこれまで恋愛経験なしという人生だったが、中学のころからの幼馴染が偶然同じ大学に入り、急に意識しだす。これがなんだか初恋となりそうだ。イケメンに成長した彼との会話も増えていい感じになってきたが、大学で受けた健康診断で再検査の通知が来てしまう。

iakuのヒット作となったこの作品を、今回の再演でようやく見ることができた。映画化も決まっており、さらなるブレークとなるかもしれない。
回転ドアのように出演者が出入りして場面転換を重ね、テンポのいい会話で物語が進む。舞台が大阪で、東京から(正確に言うと千葉から)転勤してきた男を飛び込ませるという設定は、大阪と東京で活躍する横山拓也のうまいところかもしれない。
それよりも何よりも、この親子のそれぞれ恋の行方が今一つ暗くても、娘の健康に影を差す出来事が起きていても、舞台が閉じた後は「自分も、明日は少し頑張ってみようか」という気持ちになる会話劇がとても、さわやかに思える。

演劇でこのような気持ちを受け取りたいなら、この舞台、見ないと損するかも。

ブレスレス【7月15日~25日公演中止】

ブレスレス【7月15日~25日公演中止】

燐光群

ザ・スズナリ(東京都)

2022/07/15 (金) ~ 2022/07/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/07/27 (水) 14:00

座席1階

1990年初演。その後3回の再演を経て、2020年代にまた再演である。とはいえ、前回の再演が2001年だから実に20余年ぶり。私が見るのは初めて。燐光群の源流を探る旅である。

千石イエス、坂本弁護士事件、東京のゴミ問題。昭和の事件や社会問題をモチーフにしているが、当時の香りがするというより令和の時代の物語として新鮮なイメージで受け止めることができる。

中防、すなわち中央防波堤外側埋立地。東京湾をゴミで埋め尽くして新たな土地を作った。青島幸男知事が公約で中止すると言った臨海副都心開発でできた土地だ。土地さえ作れば右肩上がりでその価値が上がっていくというバブル経済の象徴とも言えるその埋め立て地は、この舞台を埋め尽くしている黒いごみ袋でできている。自分にとっては、東京の埋め立て地のイメージは今ではほとんど見かけないこの真っ黒なごみ袋なのだ。
物語は、中防へ運ぶために総武線が近くを走るビルの谷間でごみ処理に携わる都職員が、燃えるごみの日に出された不燃物の瀬戸物で指を負傷するところから始まる。

舞台の脇に裸電球を付けた電柱が立っているが、これを見て自分は別役実の不条理劇を思い出してしまった。事実、この舞台は別役が描いた不条理劇を地で行くような物語の展開を見せる。捨てられた冷蔵庫からきらめく後光を背に現れた白髪の老人は都市の暗部に君臨するイエスキリストのようだ。最初にごみ袋の中に入って登場する男は物語を経て記憶を取り戻していくのだが、この人のそばを通りかかった女性も次第に重要な地位を占めてくる。この女性は、絡んできた男を線路に突き飛ばして刑事裁判にかけられた過去があり、ごみ袋の男が女性を助ける役回りを果たしていたことが分かるなど、登場する人間たちの複雑な模様に客席はぐいぐいと引き込まれていく。

世の中で起きていることを多彩な角度で切り取るのが演劇だとすれば、まさにこのブレスレスは演劇中の演劇だし、演劇でしか描けないような物語・構成を見せてくれる。さらにパンフレットを手に取って初めて得心したのだが、冷蔵庫から出現した老人は千石イエスというよりは、リア王だ。だから、末娘がキーパーソンになっている。

東京でしか描けない、東京の演劇である。今回、コロナ禍で最初の数日が中止になり、昨日からの上演という。自分は見ることができてとてもラッキーだった。
パンフレットによると、別役実はこう述べたという。
「久しぶりに、文字どおりの力作と言えるものであり、今後演劇はこのようにしか動いていかないであろうと考える」
至言だ。もしかしたら、舞台脇の電柱は、別役実へのオマージュだったのか。

鎌塚氏、羽を伸ばす

鎌塚氏、羽を伸ばす

森崎事務所M&Oplays

本多劇場(東京都)

2022/07/17 (日) ~ 2022/08/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/07/26 (火) 18:00

座席1階

「完璧なる執事」鎌塚氏シリーズ。今回が第6弾だが自分は初めての鑑賞。第6弾は鎌塚氏(三宅弘城)が初めてお暇をもらって豪華列車の旅に出るという設定だが、その豪華列車の中でかつて仕えた綿小路チタル(二階堂ふみ)らに遭遇し、いつものように難事件に挑むという設定だ。
今回は別の令嬢役として西田尚美が出演。鎌塚氏シリーズの座組に溶け込んだ。疾走する豪華列車という舞台だが、倉持裕の定評のある舞台転換が奏功している。豪華列車のコンパートメントから別のコンパートメントへの移動、はたまた列車外の乱闘など、客席を飽きさせない演出が続いていく。

ただ、少し気になったのは、二階堂ふみのかすれがかった甲高い発声。以前を見ていないのでそういう演出なのかもしれないが、ちょっとエキセントリックすぎる感じがした。つられてかどうか、西田尚美も強烈な甲高い声で応じたり。まあ、そういうものかもしれないが。

『The Pride』【7月23日(土)公演中止】

『The Pride』【7月23日(土)公演中止】

PLAY/GROUND Creation

赤坂RED/THEATER(東京都)

2022/07/23 (土) ~ 2022/07/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/07/26 (火) 14:00

座席1階

sideAを鑑賞。セクシュアリティがテーマの舞台だが、結局のところ、問われているのは人間としての生き方なのだろう。激しい会話劇の末に、自分なりに得た結論だ。

登場するゲイカップルのうち、オリバーは真っすぐだ。フィリップは女性と結婚していてバイセクシュアルなのだろうが、激しく揺れ動く胸の内をオリバーの前で吐露する場面が出てくる。その二人の間を取り持つような形になっている女性、フィリップの妻であるシルビアが、物語のカギを握るような形で舞台は進行する。

sideAのシルビアは、元宝塚星組トップスターの陽月華。これがsideBの福田麻由子が演じるとどうなるだろうかと想像したが、まったく違う雰囲気になるような気がする。陽月の演技は切れ味鋭いナイフのようなイメージで、それは出演者だけでなく客席にも向けられた刃のようでもある。

セクシュアリティを語るとき、やはり決め手になるのはその人らしさ、ある意味で人間の尊厳である。舞台でも出てくるが、LGBTQは倒錯者という認識を持たれ、それは今でも変わらない。人間としての生き方、尊厳を勝ち得なければならないというマイノリティーの苦悩は、せりふの端々にあふれ出ている。

役者たちは皆、この難しい舞台を見事に演じきっている。この舞台から何を感じるかは、おそらく千差万別なのだろう。

出鱈目

出鱈目

TRASHMASTERS

駅前劇場(東京都)

2022/07/14 (木) ~ 2022/07/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/07/22 (金) 14:00

座席1階

地方都市の市長が地域活性化にと企画した芸術祭。その最優秀賞の作品をめぐって表現の自由と役場の論理としての公益性の大激論が交わされた2時間半。トラッシュマスターズらしい見ごたえのある作品に仕上がっている。

主宰の中津留章仁は「表現の不自由展」もモチーフにしたと言っていたが、客席から見れば直接の関係はないと思う。むしろ、市長の妻が地元の有名企業の娘で、その企業が戦闘機の部品?を作っているとしていわゆる軍需産業として描かれ、その企業が最優秀賞の授与を取り下げるよう圧力をかけてくるという展開が興味深い。

会話劇の中で受賞作品の作者と選考委員長の記者会見がある。少し違和感があったのは、会見でとうとうと公益を主張して怒鳴り散らす県職員(広報課員)だ。通常の記者会見では補助金を出している県側が会見で記者席に座ることはあり得ないし、仮にあったとしても、手を挙げて発言を求め、県の立場(自説)を激しい口調で述べることなどさらにあり得ないからだ。会話劇としては面白いが、設定が間違っている。主催者が主催者に論戦を挑んでいるようなものだからだ。
もう一人質問に立った記者はたぶん、地元紙の記者なのだろうが、どうも話の後半になって気づいたのだが、この新聞社も実行委員会に入っているようなのだ。ということは県職員と立場は同じで、公平な報道をする立場の人間とは言えない。

こうした突っ込みどころもあるにはあるが、表現の自由がいとも簡単に覆るというありさまを見せつけられたのは、さすが演劇の力だ。一度は最優秀に選んだ作品を取り下げるという展開はとてもリアリティーがあるが、さらに最終段階ではもう一波乱ある。家族の物語として描いたところが安易という批判もあったが、自分としては、この市長夫婦の葛藤は心に染み入るところがあった。

最優秀賞を取った画家の記者会見での態度は横柄であったが、言っていることは正しい。「これでは記事になりません」と会見の場で泣きつくような質問をしている新聞社の記者は、修行が足りなさすぎる。昨日入社した新人みたいで、新聞記者が押しなべてこのようなへなちょこばかりと客席に思われては困る。

コリッチでも議論沸騰のこの作品だが、それだけインパクトがあり、問題提起を行った優れた戯曲だということだ。あえて注文を付ければ、SNSなどインターネット言論の無責任さをもう少し丁寧に描いてほしかった。私に言わせれば、この最優秀作よりもネット言論の方が出鱈目なのだから。

紙屋町さくらホテル【7月17日~18日公演中止、山形公演中止】

紙屋町さくらホテル【7月17日~18日公演中止、山形公演中止】

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2022/07/03 (日) ~ 2022/07/18 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/07/07 (木) 13:00

座席1階

先の戦争で、特高に監視されながらも当時の新劇の舞台をやり遂げようと奮闘する役者たちの物語。自由に表現できる喜びを痛感させてくれる。
身分を隠して高位の軍人が劇団に参加しているのがポイント。冒頭に、その軍人たちによる核心となるシーンが展開する。陸軍と海軍の確執は知られているが、お互いを尾行したり、自分たちの主張を通すためなら同じ帝国軍人なのに切り捨てる道も取るという、組織としては崩壊している姿も劇中で描かれる。
印象的なのは、テーマソングとでも言うべき「すみれの花咲く頃」だ。この曲をピアノをバックに合唱するシーンは強く印象に残る。これこそが失われてしまってはならない大切な平和なのだろう。
宝塚をやめて新劇に移った実在の女優が描かれ、演じる松岡依都美が宝塚方式の演技を披露する場面がおもしろい。座組みに参加している俳優たちがしっかり自分の持ち味をそれぞれ発揮していることで、この舞台が輝くのを目の当たりにする。
台詞の中に「人間の中でも宝石のような人達が俳優になるんです」という場面があった。ホントにそうかもね、と思ってカーテンコールがやまない劇場を後にした。

梶山太郎氏の憂鬱と微笑

梶山太郎氏の憂鬱と微笑

劇団道学先生

新宿シアタートップス(東京都)

2022/06/29 (水) ~ 2022/07/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/07/04 (月) 14:00

座席1階

2017年に劇団創立20年記念公演として上演された演目という。座付き作家の中島淳彦さんは当時まだ、ご存命。主宰の青山勝氏が1年勘違いしたために、あらためて記念公演の本を書かねばならなくなった中島さんは「20年記念のネタは去年全部使ってしまった」とぼやきながら書いたのだという。そうパンフレットにしるしてあるのだが、これが事実なら、いったい中島さんの懐にはどれだけのネタが入っているのかと感心する。
ネタに行き詰まっている主人公の小説家・梶山太郎をめぐる人たちの人間味あふれる笑いと涙の物語は、「ネタがない」なんてうそでしょ、と言いたくなる出色の出来なのだ。

梶山太郎は自分が行き詰まっていることを素直に認められず威張り散らしたり、怒鳴ったりという男なのだが、生活費を稼ぐために書いている児童書の連載も打ち切りを宣告される。また、これもアルバイト的にやっていた文化センターの文章教室も、自慢話ばかりする授業のため生徒数が激減、打ち切り通告に担当者が訪れていた。そんな小説家の妻は実は資産家なのだが、梶山のわがままを受け止め、ご主人を立てて付き従っている。妻の支えがあるのに文章教室の生徒である女性にちょっかいを出す梶山。物語は梶山の書斎に客人としてやってくるさまざまな人たちとの微妙な人間関係を浮き彫りにしながら進んでいく。

中島さんの本は、それぞれの登場人物の立場、シチュエーションやお互いの関係が絶妙で、その人間関係が縦横に走って物語に幅を持たせて飽きさせないというところがすごい。さらに、会話劇の中で言わなくてもいい「余計な一言」をそれぞれのキャラクターに言わせるなど、せりふを聞いているだけでも面白さ抜群なのだ。

出版社の編集者で「西城秀樹」という歌手と同姓同名のキャラクターを設定したのはご愛敬だと思いきや、ご愛敬だけでなく、携帯の着メロなどさまざまな小道具を駆使して笑いを取っていく。ラストシーンの大合唱はもちろん客席も参加し、あの名曲を歌ったのだ。満席の客席のあちこちから「あーおもしろかった」の声が聞こえてきそうな、そんな幕切れなのだ。

とにかく、自分が見てきた小劇場の作品で、これほどまでに脇役の登場人物たちに多彩な物語を持たせて存在感を示している作家は、見たことがない。
演出もテンポがよくて、すっかり魅了されてしまう舞台。「あーおもしろかった」と劇場を後にしたいなら、今はこの作品が一押しだと言いたい。


ネタバレBOX

会場はガンガン冷房が効いていて寒かった。コロナ禍なので、もう少し換気したほうがいいかも。
JACROW#28『鶏口牛後(けいこうぎゅうご)』

JACROW#28『鶏口牛後(けいこうぎゅうご)』

JACROW

座・高円寺1(東京都)

2022/06/23 (木) ~ 2022/06/30 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/06/27 (月) 14:00

座席1階

今回のJACROWは政治ではなく、アパレル業界の企業もの。しかもSDGsをネタに、新旧世代や老舗・ベンチャーを対比させ、さらにこれをパラレルワールドで描くという離れ業をやって見せた。

ファストファッションは、これまでのトレンドだった。着たいものを、より安く消費者の元に届けるのはビジネスとしての常道で、老舗アパレルの上層部はそうやって生きてきた。しかし、このところの環境重視で買い物をする若い世代のニーズを取り込まざるを得ない。海洋ごみを素材に再生させ、それを新作ファッションに取り込むという若手のアイデアはいい、と会社の上層部は考えるが、100%新素材ではコストがかさむ。「いくらサスティナブルなコンセプトでも高ければ買わない」と切り捨てる会社の論理に黙らされる若手のプロジェクトチーム。「こんな会社、やめて起業したら」の声が出る。パラレルワールドというのは、「会社に残る」「起業する」の両方の人生をこの舞台で呈示するということだ。中村ノブアキ氏、なかなかの策士である。そうくるとは思わなかった。

というわけでこの舞台は、単なる昭和世代と平成時代の世代対立という単純な切り口でなく、多彩な側面を見せながら客席を飽きさせない。主人公の実家の父母の来し方に触れながら、大企業の中で安定した生活を送るのか(牛後)、小さいながらも自分が興した会社のトップになってリスクを覚悟しながら人生を切り開いていくか(鶏口)。今回の舞台の発想の原点はここにあるのだが、中国のことわざにあるように「鶏口となるも牛後となるなかれ」とは説かない。パラレルワールドを用いた台本は、こうして新鮮な世界観を見せてくれるのだ。

人生の分岐点の先を両方体験できることはできないが、客席もそれぞれの人生に今回の舞台を重ね合わせながら、鶏口か牛後かという切り口だけでない、自分のパラレルワールドを想像しながら舞台に没頭することができる。

文句なしに、おもしろい。

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