雨の日と月曜日のレヴュー
劇団回転磁石
シアター・バビロンの流れのほとりにて(東京都)
2016/09/02 (金) ~ 2016/09/04 (日)公演終了
満足度★★★
もう少し物語性があれば...
物語は大きく2つの流れを交錯するように展開するが、その紡ぎ方が粗いように感じる。そもそも話を交わせるのが難しい、というか強引に関連付けているように思われたのが残念である。
この物語は、約50年前に人気を博した公演に「インスピレーションを受けて、現代の一つの親子の形を描き出した」と当日パンフに記されている(主宰・五十嵐朋江女史)。
セットは、キャバレーの雰囲気を醸しだし、役者も熱演していただけに勿体無い。特に、女優陣は妖艶な衣装にポールダンスまで披露していた。
ネタバレBOX
「毛皮のマリー」にインスピレーションを受けての現代版・歪な親子関係を描き出す。一方、缶詰工場における連続失踪(誘拐)事件を追う刑事...その変質的性格を歪な親子の話に重ね合わせる。しかし、2つの話を交錯する必然性が弱い、または強引に繋いでいるように感じる。
客席は凹字、舞台床は市松模様、その中央奥に赤い長ソファー、支柱のように4つの台座にポール。その天井部には金モールが吊るされゴージャスに彩られている。ミラーボールが妖しく光り輝く。舞台技術(照明・音響)も雰囲気あり。
梗概は、キャバレーに半ズボン姿の少女。男娼マリーに、わが子以上に過保護に可愛がられ、外の世界やキャバレーの何たるかも知らず育てられた。そこに同級生少女がいろいろな誘惑を企て、見たこともない未知の世界へと誘う。儚くも妖しく哀しい話が、頽廃美あふれ魅惑的な世界として描かれる。
一方、缶詰工場を中心に小学生が行方不明になる事件が連続している。それを追う刑事が、キャバレーを乗っ取ろうとしている、そしてキャバレーの小学生の養父になってその子の遺産を奪う...そんな男に接触してくる。
先にも記したが、この話の結びつけがよく分からない、そして事件解決に至るのも単純すぎて物語が流れた、という印象である。毛皮のマリーを土台にしても、その時代性が異なると思う。本公演では、現代への環境・状況に対する抵抗としての退廃的でもなければ享楽的でもない。
劇団回転磁石として、現代がどのように映っているのか、そして移っているのか、そんな独自性を持った公演に期待したいところ。
次回公演を楽しみにしております。
The Light of Darkness
大川興業
ザ・スズナリ(東京都)
2016/09/22 (木) ~ 2016/09/25 (日)公演終了
満足度★★★★
神経が集中する
暗闇演劇は2度目であるが、何回観ても面白いと思わせる。前回は、長時間(2時間)暗闇が続くので、暗所恐怖症の方などはご遠慮下さいという注書が気になったが、今回は公演に集中できた。
観えないことが当たり前なので、台詞や時々薄明かりになった時に観える演技が研ぎ澄まされた感じ。もちろん、描かれる内容も鋭く観応え十分である。
前回も書いたが、これをDVD化しても面白味は伝わらない。実際劇場で体験するしかないのが残念であるが...。
ネタバレBOX
新潟県にあるリゾートマンションが舞台。舞台セットはむき出しの鉄パイプのような造作物。突然暗闇になって...。以降、セットは殆ど目にすることはない。
3つの話がしだいに収斂し、最後には心温まるような大輪を咲かせるような物語。
第1話。バブル期のマンションは売れ残り、住居者も疎ら。ゴーストタウンのようなマンションにいる売れない芸人の不安と焦燥。一方、その物件部屋を安く買い叩き、いずれ高額で売ろうとする強かさも垣間見える。2人の体外形に蛍光テープが貼られ、動きがコミカルに見える(ガイコツのよう?)。
第2話。学校でイジメられ、屋上から自殺しようとしている学生と担任教師。校長は、学校はもちろん担任教師にも問題はなかったと(管理)責任回避。そして回り回って教師も自殺を図ろうとする。この2人の体の中心が光っており立ち位置(屋上と校庭か)が確認できる。
第3話。既婚男性の妻と愛人との間で心が揺れ動く、というよりは優柔不断な態度が招く悲劇。愛人が癌になり妻が身を引くことにしたが、実は妻も末期癌で他界...その心情を知った男の号泣。この男が所持しているのが妻と出会った(スキー場)救命ロープが電飾に光る。
光の位置が時間軸として描かれるようだ。この3話は過去、現在、未来という異なった時間軸にあるようだ。そして、これらの話は交錯し一つの話を紡いでいく。
途中に男全裸の電光映像が紗幕(暗くてわかりにくいが)に映し出されるなど、大川興業らしい笑いも挿入されるが、全体的に深みのある内容で…。
次回公演も楽しみにしております。
次回作!
こわっぱちゃん家
Route Theater/ルートシアター(東京都)
2016/09/16 (金) ~ 2016/09/18 (日)公演終了
満足度★★★★
面白い!
「好きなこと」と「仕事」の垣根を低くし、新しいライフスタイルを模索するために集まった仲間の共同生活。「劇団こわっぱちゃん家」の”ロジカルポップのスタイルでアットホームな空気を作り出す”は見事に表現されていた。
自分の好きなこと、それが仕事になって生活できればそれに越したことはない。しかし世の中そんなに甘くないよ、という辛口も登場人物に負わせて描く。それでも仲間が居る、その共同生活の中で夢に向かって進む群像劇...次回作が楽しみになる?
(上演時間2時間10分)
ネタバレBOX
この在りそうな生活...共通しているのは「ネット投稿での生活」と「同じ家に住む」である。この仮想世界を通じて実生活をする、一軒家に住みながら日常会話(ゆげ坊・山藤桃子サン)が少ないという不思議さ。
ネット投稿する人(ニューチューバー)という耳慣れなかった言葉、しかしそこに居るのは紛れもなく人である。その一人ひとりに個性があり、その表れがネット投稿する内容の違い。簡単には成功しない(ユーザー登録が伸び悩む)という現実も描かれる。またこの共同生活者以外のニューチューバーも登場させ、その世界の広がりを示す。
漢字の「人」は背を向けるように2本の線が左右逆方向に払われながら、互いに支え合っている。この公演の設定そのものではないだろうか。
見せ場は、このニューチューバーたちのユーザー登録者数を競う雄武会なるイベントに向けて切磋琢磨する様子。そこに仮想の世界を描きつつ、その一方で、恋愛や生き甲斐などの人間臭さを観(魅)せる。この真逆のような設定は巧み。
役者は、登場人物それぞれのキャラを立ち上げ、その立場に応じた悩み・不安や葛藤を表現していた。
少し残念であったのが、次のところ。
イベントに向けた盛り上がりについて、その対象がバーチャルであるがゆえ、現実感(観えない)が伴わず緊張感のようなものが感じられなかった。
ラスト、米山(外山達也サン)は、ウルトラC的なネット投稿(物語)を仕上げたか、亡くなっている、という予想がつくような展開で、結果は後者となっていた。
タイトル「次回作」は亡くなった男への追慕のような...。
次回公演も楽しみにしております。
【公演終了】CONNECT 『ご来場ありがとうございました!』
劇団C2
シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)
2016/09/15 (木) ~ 2016/09/19 (月)公演終了
満足度★★★
蠢く異世界へ...
突然に奇怪な情景へ引き込まれる。常識を超えた異形なる人物もしくは物の怪。徐々に異なる光景、異なる趣向が現れる時代伝奇。
その観(魅)せる印象は、スピード感溢れる「C2体感エンターテイメント」といった謳い文句そのもの。
ただ、何となく観た事があるような...。
(上演時間2時間強)
ネタバレBOX
舞台は段差を設けた2層空間。中央に幅広い階段、上手・下手側にも幅は狭い階段がある。その段差を利用したアクションが、この劇団の魅力の一つであろう。
梗概は、真日本と正日本の争い。元は幕末争乱期に旧幕軍が封印を解いて”結鬼”(高見瑠夏サン)の力をもって官軍は敗れる。そして建国したのがこの真日本(北日本と今の北海道)。一方、破れた官軍が建国したのが正日本(関東以南)である。この2つの国は争いを起こさず50年経てきたが、正日本が科学技術を発展させ真日本と争いを起こす。
それぞれの国の特徴は、真日本は妖怪と人間が存在するようだ。一方、正し日本は”結鬼”に氷漬された子供たち。この子を”ケガレ”という。そして氷が融けだし、大いなる力(頭脳・身体能力・感性など)を発揮する。
妖怪(生あるもの)と機械文明...その蠢く物と物質文明が争う。それを物語の展開で実証していくようなもの。そこに強く訴えるようなテーマ性は感じられなかった。
まずメイク、衣装などの外見的ビジュアルに目を奪われる。そして、ダンス・パフォーマンスで魅せる。必ずしも”殺陣の力”ではなく、”剣舞”のような観せ方である。その意味では観客の気を逸らさないよう観せる工夫をしている。
この物語で、大きく感情を揺さぶられたというシーンはなかった。エンターテイメント性、観客に観てもらうというサービス精神に溢れた公演...そこが最大の魅力であったと思う。
この公演、グリーンフェスタ2016において 【BIG TREE THEATER賞】を受賞した作品「BRAKE」に似ているような...。本作だけ観る人には面白いかもしれないが...。
次回公演を楽しみにしております。
桜舞う夜、君想ふ ※全公演終演しました。『観てきた!』ご記入頂けましたら幸いです。
STAR☆JACKS
南大塚ホール(東京都)
2016/09/16 (金) ~ 2016/09/18 (日)公演終了
満足度★★★★
殺陣があるが美しい芝居
導かれ操られるように、幕末の世界へ旅する...そんな股旅物語を体験したような。この旅(回想)は、説明にある「田舎の村に住む老人のところへ 帝都新聞の記者が訪ねてきて、清水一家の侠客の一人、 森の石松の死の真相」について尋ねるところから始まる。
この公演は、浪曲・講談で耳にする「森の石松」の最期にあたるところであるが、その話の中心は恋花のようで微笑ましい。有名な「馬鹿は死ななきゃ直らない」と言われた男の純情が見える。そして物語全体に滋味を与え観応え十分であった。
少し気になるのは...。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
知られる森の石松の最期は、清水次郎長親分の名代で、讃岐の金毘羅代参の帰り、浜松の都田で都鳥一家のだまし討ちに遭う。浜北の小松村七五郎にかくまってもらうが、浜北の道本の子安堂、 通称閻魔堂で休んでいるところを親分や自分の悪口を言われ、出て行き斬られる、というもの。こちらは単純。
本公演は、話を聞くことになった老人が、石松と因縁を結ぶことになった小松村の七五郎、石松が恋したさくらの兄であった。この兄は、都鳥一家の賭場の回し者のような存在であった。しかしそこはヤクザの世界。七五郎に賭場で借金を作らせて、女衒に女(女房や娘)を売り飛ばさせる。兄の窮状を知り、妹は自ら借金の形に女郎になる決心をする。この妹を見た石松が一目惚れ。そこで借金を何とか工面しようと...。こちらは一本気。
この公演では、森の石松という侠客のあまり描かれない場面を強調し、人間ドラマとして仕上げている。名前から幕末という設定であることは知れるが、その時代設定を鮮明に説明していないようだ。森の石松をあまり知らない観客であっても、その人物の人柄に訴えるような観せ方である。それゆえ物語(人物像)の面白さ、魅力付けに力点を置いているようであった。だから人物造形、動く後景(舞台セット・キャスター付の磨ガラスか障子の衝立が数枚)での展開、そうすることで立体的に仕立てた印象付けの強い公演のようだ。
物語プロローグ...不思議な縁に導かれ、明治から江戸・幕末へ血の源流を遡行させる。そして先に記した石松と祖母(記者に同行したのは孫にあたる)の恋花を知る、という滋味に繋がる。
気になるのは、殺陣でありながら剣舞。その観(魅)せる場面を美し過ぎるように演出しており、叙情的のように感じた。それは印象付けにも現れている...ラスト桜舞い落ちる中での殺陣シーン。美しい絵(場面)であるが、その中にある石松という生身の人間の魅力が美シーンに追いやられたように思えるのだが...。せっかく立ち上げた人物像を大切にしてほしかった。
次回公演を楽しみにしております。
ゴミ屑の様に可愛い我が儘の為に。
劇団milquetoast+
【閉館】SPACE 梟門(東京都)
2016/09/15 (木) ~ 2016/09/18 (日)公演終了
満足度★★★
両方観れば面白いだろう【抒情詩編】
当日パンフには「彼方になってからが『はじまり』です」とある。判然としなくなったのが、劇創作そのものなのか、その創作を彼方から観ているのか、その視座というか視点が分からなくなった。
抒情詩(リリック)と叙情詩(エピック)ということは、虚・実ループするような作りになっているのであろうか。スケジュールの関係で「抒情詩(リリック)編」のみ観させていただいた。
(上演時間1時間35分)
ネタバレBOX
梗概...元演出家・故三橋譲慈(植松俊サン)は不慮の事故で亡くなる(享年32)。その劇団は公演に向けて稽古しているが、今一つ魅力に欠ける。その劇中創作に成仏できずに彷徨っている故人。生前は不完全燃焼で、芝居演出に未練が残っているようだ。もっとも本公演ではその演出ぶりは観せず、物語の進展そのものが演出しているという設定のようだ。そして劇中劇が魅力付けされ、完成に近づくにつれ自身が彷徨える浮遊霊から本当に彼方(来世)へ旅立つような...。
その観せる舞台セットはシンプル。下手側にカーテンで仕切った奥に飾り棚があるのみ。上手・下手にある柱に映し出される陰影、それが現世(尖塔窓的文様)と来世(幾何学的文様)を区別しているようだ。
未練な想いが、劇団員相手へ凭(もた)れるような虚実の「からみ」として交じり出す。実際、この公演の作・演出の長野恵美女史の抒情の原点がここにあるのかもしれない。劇中芝居を動かし回すのが、スバル(うめいまほサン)と とみて(長野恵美サン)という主人公・故三橋の先祖と子孫である。この道化のような存在がラストの余韻に繋がる。しかし遊び心なのか、印象付けなのか先・子を逆転させるようで複雑・混乱してしまう。
芝居は脚本家・演出家の思いを役者の体を通して観客に伝える。自分がいて相手がいて、その先に第三者(観客)がいる。役者という他者の障壁がどう語りを紡ぐか、その不確かな表現の中で芝居は成り立っている。そんなギリギリの地点から じわっと立ち上げた抒情詩。不思議な感覚で面白いと思うが、観客(自分)として感情が動かなかった。
演技は比較的小さい劇場であるにも関わらず、絶叫するような大声には閉口した。熱演であろうが、出来れば抒情的な表現にしてもらえれば...勿体無い。
次回公演を楽しみにしております。
the Answer
FUTURE EMOTION
新宿シアター・ミラクル(東京都)
2016/09/15 (木) ~ 2016/09/19 (月)公演終了
満足度★★★★
前作に続いて...面白い!
本作と少し事情が違うが、映画「イミテーション・ゲーム」を想起した。それは第二次世界大戦時、ケンブリッジ大学の特別研究員が英国政府の機密作戦に参加し、ドイツの誇る世界最強の暗号機に挑む、というもの。
日本で軍事上の「特定秘密」を、と言われて歴史的な事例を即座に想い出せる人はそう多くいないであろう。
この公演は、暗号解読など科学的専門用語が多く使用され、その理解に拘っていると物語について行けない。公演全体を包んでいる緊迫感・緊張感に身を委ね、物語(筋)を楽しむことにした。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
父の遺した研究成果...量子コンピュータを利用して成そうとしていた謎を解くこと、娘としての使命感のようなもの。一方、その解読によって迫り来る危険な香りがする。この不穏な空気・雰囲気は、舞台を暗幕で囲い薄暗い中で物語が展開していく。そして時折怪しげに照射する照明効果が印象的である。
この量子コンピューターを巡り、父・娘の思い、研究成果の隠匿、それに国家的な思惑・陰謀が絡み合い、物語が輻輳していく。まず、量子コンピューターの利用価値が台詞で説明されるが、その現実が想像し難い。そして国家機関として絡む内閣府調査室、警察機構(公安)が漠としている。そして早口で喋る専門用語など...。その分かり難いシーンを補うかのように、娘と母(父と同じ研究者)が喫茶店で回想するシーンがホッとする。この安心するシーンが現在で、多くを占める不穏なシーンは回想。この過去・現在を交錯させながら物語は徐々に真相へ近づき、ラストでは父、そして母の娘への切ない思いが胸を打つ。
さて、物語の展開は過去・現在の交錯、そして時(もしくは解き)を繋ぐ研究成果の目的は、極めて個人的なようだ。母の不妊...その治療のような遺伝子操作を以って子供を授かる。そして生まれたのが自分であると...。科学的な用語、そこには機械的な響きしかないが、喫茶店での母・娘の会話は人間的な観せ方、という対比が面白い。
個人的な思いと絶対に秘密にしなければならなかった理由も分かる。科学進歩とそれによってもたらされる繁栄、その一方で人類の不幸も垣間見えてくる。そして娘が決断したこととは...。量子コンピュータの初期化、それによって恣意的な国家戦略(そこに「特定秘密」のような)の恐ろしさが存在するように思えた。研究の中心にいた人間(父)やその共同開発に携わった人たちに及ぶ理不尽な悲劇があるような。
在りそうなリアリティと創作芝居としての面白さが十分感じられる公演であった。
次回公演を楽しみにしております。
硝子の途(再演)
劇団ヨロタミ
あうるすぽっと(東京都)
2016/09/16 (金) ~ 2016/09/19 (月)公演終了
満足度★★★★★
さすが!
「理屈」と「感情」を秤にかければ、「感情」が重たいと思わせた公演。
初演も観ているが、その時と違うのはもちろん、池袋演劇祭参加作品から大賞受賞になったこと。その記念公演として、あうるすぽっと という大きな劇場(昨年はシアターグリーン BOXinBOX THEATER)での上演になった。キャストの一部が変更になったが、基本的には初演時と同じメンバーである。
(上演時間2時間10分)
ネタバレBOX
義理と人情を秤にかけりゃ...ではなく「理屈」と「感情」を秤にかけたら、自分の中では感情が勝った作品である。どんな形にしろ、わが子が亡くなった。この作品では中学生、育ててきた子がこの世からいなくなった親の悲しみ、その子が苛めを行い、非はわが子にあろうとも、である。親(母)として、子と向き合っていなかった、その自責の念が悲しい。育てるまでにあった色々な苦労・喜び。夜泣き、小児病気や保育園・幼稚園、また小学校時の行事など楽しい思い出もあったであろう。そういう描かれない背景に思いを馳せてしまう。
もっていき場のない やるせない思いは、どんな形(過失致死)でも相手がいれば、そこに感情をぶつけてしまう。それが理屈に合っていなく理不尽であろうが...。
一方、加害者は正当防衛として扱われるかもしれない。加害者本人はもちろん家族にしても犯罪者になるか否かは大きな問題であろう。にも関わらず、結果として保護観察処分まで受け入れる。それから17年の歳月を苦しみ、さらに生きている限り人を死なせたという事実と向き合っていかなければならない。
信用や信頼を失ったら、それを回復させるには築きあげた何倍も時間がかかると言われる。この公演では社会規範、法制度と照らし合わせれば理屈に合わないところもあろうが、それらを押し退けてあまりある力強い物語(内容)であった。その感情が動かされた家族の絆...その形態は先の事件(事故)に絡んだ被害者・加害者家族はもちろん、この喫茶店”あけみ”にいるマスター(息子)とその母(息子が40歳過ぎまでミュージシャンを目指す)や、姉・弟の実父との関係を描くことによって、事件などの社会性と家族という人間性の両面から観せているようだ。そのどちらに気持が傾くか...。
さて、あうるすぽっと劇場での公演...演技面と制作面で苦労されたようだ。演技では舞台が大きくなったため、台詞がしっかり聞こえるよう意識したという。また制作面は集客のこと。豊島区報、公演チラシにチケットプレゼントの記載など苦労がありありと伝わる(観客としては嬉しいが)。この苦労されたことが平素の小劇場公演でも活かされればと願ってやまない。
次回公演も楽しみにしております。
天召し-テンメシ- 【第28回池袋演劇祭参加作品】
ラビット番長
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2016/09/15 (木) ~ 2016/09/19 (月)公演終了
満足度★★★★★
面白かった!
初演も観ているが、その時に感じた刹那的な面は、将棋を愛す人々の物語という印象へ変わっていた。その大きな要因は舞台セットであることは言うまでもない。
この物語はあるプロ棋士をモチーフにしているが、映画「聖の青春」も公開、「第29回東京国際映画祭Closing Film」に予定されるなど期待も大きい。さて、この「天召し~テンメシ~」は...。
(上演時間2時間強)
ネタバレBOX
将棋の世界、それも表舞台、裏人生というかけ離れた対比で描く。その関係は義父と息子・亀山智(さとし)という関係で近づけている。その成り行きを自然に観せる。初演で「グリーンフェスタ2014」(GREEN FEST賞)を受賞した時の印象に比べると、真剣師というアウトロー的な側面よりは、将棋に魅了されて指しているようだ。その生い立ちと将棋に現れる棋風(品位)に追い詰められ破天荒、自堕落な暮らしに身をおとす。真剣師...その破滅型人間が持つ魅力、しかし生業よりは人間的魅力が前面に出ていた。
一方、プロ棋士(故 村山聖 九段・追贈がモデルのようである)として将来有望視されながらも病に冒され満足に勝負・活躍出来ない悲運な人間の哀れ。
天賦の才を自身で精神的に壊し、一方、肉体的に蝕まれる男、そのどちらも抗うことが難しい状況を将棋という勝負の世界を通じ描き出す。
この状況を動かすことが難しいように思えた。真剣師が生きる世界(賭け将棋)が無くなり、時代が流れていることは理解しつつも、それを芝居でどう表現するか。登場人物が子役から成長し、服装等の変化で感じることも出来る。しかし「生死」「勝負」という、表現は正しくないかもしれないが、静謐すぎるため、時代・状況の変化が将棋という世界に閉じ込められて動かない気もする。井保三兎氏のコミカルな演技をもってしても、それを凌駕した将棋世界の方が上回ったようだ。
本作では、将棋世界の魅力を描きつつ、その厳しさもしっかり観せる。例えば、奨励会以外からプロ棋士への挑戦と夢、逆に奨励会での成績と年齢制限という規則と現実。その先にあるプロ棋士世界の厳しさが如実に分かる。
更にコンピューターとの対戦(電王戦をイメージ)させるような、そんな現代の将棋世界も紹介する。井保氏は将棋の世界に通暁していると思うが、その知識を程よい情報として盛り込むことで、物語に厚みを持たせている。
初演の舞台セットは葬儀祭壇であったが、今回はほとんど障子戸が後景。今作でも祭壇は観るがそれは心象付け程度である。その意味で初演時と本作品とは印象が大きく違う。
それにしても、井保氏は下手演出が好きなようである。本作でも説明・動かしは下手側がほとんどであった。上手側は大阪の水商売女の姦(かしま)し姿+小説家・木下の説明が少しだったような...。
次回公演を楽しみにしております。
熱海殺人事件
ぷらんぷらん
新宿ゴールデン街劇場(東京都)
2016/09/14 (水) ~ 2016/09/19 (月)公演終了
満足度★★★
悪くはないが...
今年は つかこうへい 七回忌ということもあり、多くの団体で同氏の作品を上演している。この劇団「ぷらんぷらん」が旗揚げ公演として選んだ「熱海殺人事件」は、岸田國士賞を受賞した代表作である。それだけに劇団としてどう特長付けし魅力を持たせるか、その点に注目した。この公演ではオーソドックスな観せ方で奇を衒(てら)うという感じではなかった。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
梗概は有名であるが...。舞台セットは、中央に大きな籐椅子のみ。
登場人物は部長刑事・木村伝兵衛(新川晃啓サン)、福島から赴任してきた熊田留吉刑事(花里弘二サン)、木村の愛人である婦人警官・片桐ハナ子(やんえみ サン)、恋人を殺した犯人の大山金太郎(高橋英希サン)の4人。
事件はタイトル通り「熱海」で始まる。大山は、幼馴染の恋人アイ子を熱海への旅行に誘い何故か殺害してしまう。この謎解きに警視庁が誇る木村部長刑事が挑む。
この作品に込められた故郷での閉塞感や上京後、都会での理不尽、不平等感など社会性が薄められているところが残念であった。この作品の普遍的な訴えが見えなくなっている。
一方、何回も強調する台詞...犯人を一流に仕立て上げる。冒頭、大きな籐椅子に片足をのせている。国家権力の象徴としての警察への当て付けか、まるで足蹴にしているようで、実にアイロニカル。
そして、この作品の有名なシーン...冒頭、白鳥の湖の曲をバックに怒鳴る、捜査資料をわざと落とす、大山を花束で叩きつけるなど、有名どころはそのままである。
この公演、出演者の演技力は確かでバランスも良い。そしてその力を十分引き出している。それだけに先に記した社会性や犯人の犯行に至るまでの感情を省略しているようで勿体無い。この新宿ゴールデン街劇場で心地よく観せるため、上演時間90分を前提にしていたようである。そうであれば個人的には、劇中の歌うシーンを短くする、ラストの福島県の母への想いのようなシーンをカットしても良かったと思うが...。
「熱海殺人事件」という有名な、そして”力”のある脚本を借りて旗揚げ公演をしているが、それでも、しっかり観(魅)せてくれる。そして、精力的な活動を裏付けるように、次回公演は11月を予定しているという。
次回公演を楽しみにしております。
ひなあられ
演劇ユニット「みそじん」
シアター風姿花伝(東京都)
2016/09/07 (水) ~ 2016/09/11 (日)公演終了
満足度★★★★★
微笑ましい...面白い!
本当に”喫茶店・ひなこ”の客になり横で見聞きしているような感じである。登場するのは三十路女、四十路女の10名。そこはやはり恋愛・結婚話が中心になる。ちょっと痛くておもしろあったかい演劇、というフレーズ通りであった。
さて「みそじん」は、お座敷公演は何度か観ており、その4姉妹の人物造形、立場という関係を濃密に描いている。本公演は劇場公演ということで「第1回公演」と銘打ったという。お座敷という小さい空間からシアター風姿花伝という少し大きな場所に舞台を移し、10名の女優が彩り豊かな花をそれぞれ咲かせたようだ。
(上演時間2時間弱)
ネタバレBOX
舞台は喫茶店内をしっかり作り込んでいる。上手にトイレ、その奥に店出入り口。下手はカウンター、その壁には飾り棚。中央にはテーブル・椅子が配置されている。カウンターには、公演タイトルに因んだ雛人形が飾られている。
梗概というよりは、その登場人物の紹介が面白い。3姉妹と店の常連客が織り成す恋愛、結婚話が中心である。長女は競馬場通いの46歳、次女はこの店を実質的に切り盛りする35歳、三女は結婚間近いの30歳。若い(35歳)アルバイトもいるが、常連客はパチンコ狂の女、夫婦仲冷え切り女、離婚を繰り返す女、万引きGメン、砲丸投げの選手と個性的な面々。ドタバタ騒動の繰り返えしであるが、実に微笑ましい。近所にこんな喫茶店があれば自分も行ってみたいと思わせる。
この物語中、雛人形は飾ってあり、それ故婚期が遅れるような。婚期が遅れる...片付けも満足に出来なければきちんとした女性になれず、お嫁さんにもなれない。「お雛さまを早くしまわないと嫁に行き遅れる」と言って躾る。また、早く飾り出すと「早く嫁に出す」、早くしまうほど「早く片付く(嫁に行く)」。雛人形は婚礼の様子を表しており飾る時期を娘の結婚に準えるなど様々な理由があるようだ。いずれにしても親心のようであるが...本公演では親はいない。出来れば親の陰が見えれば印象的だったかもしれない。
女優10名とも適材適役といった感じで、本当に実在しているかのようである。何しろ生き活きとしている。市井に見る出来事をデフォルメして観(魅)せる。できれば、この年代であれば介護、姑仲、子育、もしくは働く形態(正社員OL、派遣社員、パート、アルバイトなど)の苦楽のようなもの。もう少し社会との関わりが見えると...個人的にはそんな場面も見たかった。
次回公演も楽しみにしております。
時代絵巻AsH 特別公演 『白瓊〜しらぬい〜』
時代絵巻 AsH
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2016/09/08 (木) ~ 2016/09/11 (日)公演終了
満足度★★★★
会津魂を観る
幕末の物語は、その視座によって描き方が変わる。例えば、新撰組などは暗殺集団と言われ、後には賊軍という汚名を着せられても魅力ある物語になる。本公演で描かれる会津藩・白虎隊は日本史の教科書に載るほどであるが、その魅力は何であろう。
それは、混迷を極める幕末において愚直なまでに至誠を貫く姿...それも十代の少年たちの一途な思い、そして悲劇性が後世の人々の心を打ったのかもしれない。本公演では、そんな思いが十分伝わる物語になっている。
脚本・演出は灰衣堂愛彩女史、そして出演者は全員男性である。女性の視点で捉えた男(武士)の世界...それは紛れもなく会津藩精神を体現しているようであった。
制作に関して、灰衣堂女史自ら場内入り口で当日パンフを配付し、前説・上演後挨拶など丁寧な対応をしているのには驚いた。
ネタバレBOX
男優たちは十代ではないであろうが、少年に観えてしまうほど熱演であった。幼馴染のようにして育った仲間、その無邪気な行為も会津藩追討によって激動の渦に巻き込まれる、いや自ら飛び込んでいくようだ。
「ならぬことならぬ」愚直なまでに至誠を貫く。厳しい風土環境の中で純粋培養のように育った若者。しかしそこに秘めた不屈の魂と人を思い遣る精神がしっかり描き出される。
幕末史実を踏まえ、京都守護職の任務、大政奉還後の会津藩の立場などを分かり易く説明(台詞)する。歴史の断面と人間(仲間、家族)という内面を上手く取り込み、重層的に観えるような。
梗概...新政府軍の侵攻の前に、各方面に守備隊を送っていた会津藩は少年で編成する白虎隊までも投入するが敗れた。戦闘シーンでも、新政府軍の大砲に比べ、会津藩の武器は旧式の小銃のようである。隊長が逃げたように描いているが、いずれにしても少年たちだけになった。そして城下町で発生した火災を若松城の落城と誤認した白虎隊士中二番隊の隊士の一部が飯盛山で自刃する。
このシーンへ繋ぐため、会津藩の家訓等が随所に織り込まれている。死に遅れることによって卑怯者・臆病者と言われ生きることへの恐れ。未練者にならないために死に急いだかもしれない。それこそ少年ゆえの純粋さだったと思う。それらの感情描写が実に繊細に観て取れる。
舞台セットは、上手側に城内の一室、下手側に段差のある平台。場面転換はその立ち位置で屋内か屋外かが分かる。
本公演、衣装、小道具(刀など)は時代を感じさせるが、髪型や登場人物(土方歳三役)によっては現代風で違和感がある。すべてを外見で観せる芝居でないことは承知しつつ、少し勿体無いように思えた。
生きることを切に願った父親のラストシーン...実に印象的であった。
次回公演を楽しみにしております。
タイムリーパー光源氏
十七戦地(2026年1月31日に解散)
Gallery&Spaceしあん(東京都)
2016/09/09 (金) ~ 2016/09/11 (日)公演終了
満足度★★★★
頑張る青春SF源氏物語かな...
十七戦地・柳井祥緒氏が、説明文にあるような”恋のお作法を学び”というような単純な恋愛物語を描くとは思えなかったが、見事に”らしい”公演になっていた。
この公演、平安時代の残暑という設定であるが、もともと外形から観せることはしていない。いや、その雰囲気は出すように工夫はしているが、小手先の芝居ではない。それでも少し気になるところが...。
本公演は劇団員のみで成している総力戦だという。その表現する場...しあん、初めて訪れたが雰囲気のある会場で心地よかった。
(上演時間65分)
ネタバレBOX
恋の作法を学び、愛しい人...藤壺を恋攻略する策を練る。陰陽道の秘術を用い、振られる前に時間を巻き戻し、その経験値を繰り返し上げていく。しかし、この恋攻略のシュミレーションを通じて自分の本心・欲望が炙り出されるというシュールな内容になっている。この相手の心を探るうち、自身を見つめ自信(自己主張)を持つようになる。
相手への感情表現は、自分が素直になること。邪心があれば王命婦(藤壺の宮の侍女)が取り次いでくれない。ここで時代背景の重要性が明らかになる。本公演のシチュエーションであれば、現代に置き換えてもタイムリープという繰返しのシーンを作り出すことはできる。しかし平安時代に直接会えないという”しきたり”を取り入れることによって、実際登場しない藤壺の意思がこの王命婦を通じて伝えられる。しっかり第4の登場人物が立ち上がってくる。そして光源氏の本心・欲望が見えざる手によって翻弄されるところが面白い。
その繰返しのキッカケのような事象...食用菊を食すること、蚊であろうか、それとも別のことが...。いずれにしても笑いの小ネタ・陰陽道の秘術を操る動作は滑稽であった。遊び心と、その裏に描くシュールな内容は、やはり十七戦地らしい。とは言え、上演時間が65分と短いこともあり、今まで観させてもらった公演に比べると、その描き込みが薄いという印象は否めない。
登場人物は3人。その誰も演技は確かでチームワークが良い。比較的短い物語であるが、印象に残る演技であった。強いて言えば、鴨居の高さに演技が多少ぎこちなくなる、もしくは小さな演技になったこと。
最後に気になること...外形(観)への印象として、例えば舞台入り口、庭へ出る際、「ガラッ」とガラス戸の音がする、現代のソファーセットなど、衣装の雰囲気への気遣いに比べて違和感があった。承知・納得できる範囲であるが、やはり内容とともに視覚も大切であることを再認識した。
次回公演も楽しみにしております。
味がしなくなったガムみたいな
マニンゲンプロジェクト
「劇」小劇場(東京都)
2016/09/07 (水) ~ 2016/09/11 (日)公演終了
満足度★★★★
シュールな...
公演も面白かったが、当日配付されたタブロイド版「マニンゲンプロジェクト Vol.12」の作・演出の町田一則氏の文章がよい。
本公演の説明にある、この世界はそこそこブラックです...は自虐または自愛ネタといった、いわば等身大的な物語。表層的にはシュールであるが、その根底には人間愛に溢れているような...。
「味がしなくなったガムみたいな」というタイトルとは違い、噛めば噛むほど味がするような、そんな味わいのある公演であった。自分は結構好きである。
(上演時間1時間48分)
ネタバレBOX
先の当日パンフには、ブラック企業 云々という書き出しである。そして演劇界もそこそこブラックであり、それは理不尽であると。続けてノルマに言及し、小劇場演劇の世界にはびこる悪習であるらしい。本公演は、この小演劇界の舞台裏...登場人物の言葉(台詞)を借りて毒舌を吐いている。
舞台は中央にローテーブルと椅子、上手側に丸椅子2つ。中央には風采が上がらない男がゲームに興じている。上手の椅子には上下白のシャツとズボンで、半眼・無表情といった男女。どうやらゲームをやっている男は劇作家のようだ。そしてなかなか脚本が出来ないという台詞から、劇中劇として構成していることはこの段階で推察できる。この劇団の稽古、さらに入団希望の引篭もり男が登場し、劇団内の人間関係や運営について鬱憤・不満が吐露される。もちろん、本人が喋るのだが、言いにくい本音・本心といったところを、本人に寄り添うように白シャツ男女が代わり毒舌する。
表層的には劇団内のキャラクターによる自虐ネタのように思われるが、その実はどこにでもいるような人々の話。劇団員という姿を借りて、一般の人々の内心を炙り出すようであった。例えば、ウインドーに映る自身を見て、今まで何をやってきたのか、このまま年を重ねるのかと自問する女。親に年金を払い込んでもらい経済的に自立できない男など、世間を見渡せばいるような人物像である。この公演の面白いところは、一見身内話の自虐ネタのようで、実は人間観察・洞察の鋭い人間ドラマのようである。この炙り出しを人間関係が苦手な引篭もり男に担わせるところにアイロニーを感じる。
人はそれぞれの性格、生い立ちによって自分を装(色)・虚(色)していく。登場する白シャツ男女は、乱暴な口調で捲くし立てるが、それが真の姿であろう。その白地に段々と人生が染み込んで本人の今カラーになっている。それがまた変化を続けるのであろう。劇作家のプロポーズを絡めた「何とかなるさ~」という台詞は、町田氏の文章にある「その気になれば何しても生きていけます」と相通じ表現であろう。そしてどんな人生色になって行くのだろうか。
少し気になるところは、ラスト近くに暗転の間隔が短くなり、その暗転時間が長いような。余韻に浸ること、集中力を逸らさないためにも工夫してほしいところ。もう一つ、引篭もり男...キャラ設定とその演技力が相まって見事であるが、その濃さゆえもう少し短かくても印象に残ったと思うが...。
キャスト陣の演技は確かでバランスも良かった。人間の炙り出しという点からすれば、天野芽衣子サンの役に見せ場があってもよかったかも。彼女の慟哭することとは何か。
照明・音響(ゲーム:ドラクエ音楽)も効果的であった。
次回公演を楽しみにしております。
ちなみに、町田氏による役者紹介も面白い。
天泣に散りゆく
文化芸術教育支援センター
世田谷観音(野外舞台)(東京都)
2016/09/07 (水) ~ 2016/09/11 (日)公演終了
満足度★★★★★
身魂揺さぶられる...凄い!
見た目から言えば、世田谷観音境内に設えた奉納野外舞台が時空間を越えて、1945年8月中旬の満州を出現させたかのようだ。当日は雨が降ったり止んだりの不安定な天気であり、上演中、一時小雨が降ったが中断することはなかった。上演後、藤馬氏は「人の涙が雨になった」旨の挨拶をしており、自分もそのフレーズをこの「観てきた!」に書き込もうと思っていたが...もしかしたら大方の人たちも同じ思いかもしれない。その当たり前のようなことが戦時中という異常時になると当たり前でなくなる。
戦争、その最悪な不条理をしっかり観せてくれた秀作。身魂が揺さぶられた。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台は本堂に向かう境内石畳の左側に設える。右側を中心に天幕・パイプ椅子が並ぶ。舞台には紗幕に世界地図を描いたもの。場面転換に応じてテーブル、椅子が持ち込まれ場景を作り出す。その様子が見て取れるが実に自然な動作で、観客(自分)の気を逸らさない。
そして、外見から感情移入できるような作り込みである。男優陣は全員坊主頭、軍服姿が当時を思わせる。石畳に響く軍靴の音。それも境内入り口方向から段々と大きく聞こえる演出は巧い。好戦況と思わせながら、終戦(玉音放送)に向かっている様子に重なる。
梗概...満州では日ソ不可侵条約を一方的に破棄したソ連軍が日本人(民間人)への虐殺を繰り返す。祖国を守るため、家族を守るため、11人の男たちは弾薬なしの飛行機で突撃する。その名は『神州不滅特別攻撃隊』 である。
これは史実であり、世田谷観音に「神州不滅特別攻撃隊之碑」があり、この場で上演する意味があった。
この物語を体現する役者は、それぞれの人物造形がしっかり出来ており、当時の愛国心、夫婦愛、そして仲間との連帯感が濃密に描かれる。そして回想する老人が、当時死ねなかったことに負い目を感じる死生観に”戦争”という狂気が見える。
国策によって満州へ移住した日本人や「王道楽土」の満州国人に対して、それらしい保護も行わず撤退しているようだ。軍という作戦主義ばかりで政治という態度が見られない。そもそも国策のため繁栄のためと称し、どれだけ多くの人たちが犠牲になったことか。犠牲を強いる構造に対し、過去の悲惨さを教訓とし死者と共闘しなければ...。それこそ夢違観音。
この企画・脚本の松本京 氏、演出の山本タク 氏が当日パンフで同趣旨で多くの人々に平和の尊さを伝えたいと...まったく同感である。そして営利団体ではなく、NPO法人が開催することに意義があるという。
次回公演を楽しみにしております。
Infinity
ハグハグ共和国
萬劇場(東京都)
2016/09/07 (水) ~ 2016/09/11 (日)公演終了
満足度★★★★★
大切な人の思い、想い...見事!
生まれ出ずる悩み...その思いを強くするのが、生まれた日から死に向かって歩み始めることだろう。何故、何のために生まれたのか、人は苦境に陥った時にこそ、そんな哲学的な自問自答を繰り返すのではないか。
終末医療の現場、ホスピスを描くとなればその抱くイメージは泣けるもの。しかし、本公演は死という覚悟をいったんは受け入れ、その上でやりたいことは、生まれ変わったら何をしたい、という前向きな姿を描いている。滂沱を好む観客には肩すかしになるかもしれないが、それでも患者本人、家族や近しい人々、そして医療従事者のそれぞれの思いや立場から繰り出される珠玉の台詞に泣かされるであろう。
私事だが、家族としてその思いをしたことがあり、身につまされる内容であった。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
病院内の中庭といった舞台。上手側は一般病棟(治療を継続)、下手側はホスピス病棟。下手側上部は紗幕になっているが、幕を開けると診察室が現れる。この病棟を向かい合わせに配置することで、終末医療における治療続行かホスピス受入れかという選択を促しているようだ。中庭(床は芝イメージの緑)からやや上手側奥に向かって傾斜になっている。芝居ではその上部や途中に立・座して、俯瞰・全貌しているかのようだ。実に空間処理が巧い。ベンチ、テラス風のテーブル・椅子、鉢植えなどがアクセント。
梗概...このホスピスでは恒例でイベントを実施している。今回はカリスマモデルによるファッションショー。実はこのモデルも傷心しているようだ。
患者や医療従事者、その関係者が参加する物語(白雪姫)形式のファッションショーへ仕上げる。その表現の場が、これからの自分の物語の続きを...。
ここは子供ホスピスも併設されており、その子供たちの願いは”大人になりたい”である。もう一つ印象的な台詞...色々な思い(考え)は多くあるが、命は一つ。思いは大切(尊重)したいが、生かしたい命は...。このような珠玉にあふれた言葉の数々に泣かされる。
患者意思の尊重、分かりきったことであるが、医療従事者はそれに沿(そ)う。家族は生きてほしいと治療を促すが、それには痛みが伴う。こちらも本人の意向に副(そ)うだけ。本人も含めみんながつらく悲しい苦渋の選択に添うだけ。それが鮮明になるシーンが、ホスピス病棟の医者とこの病院の医院長(娘が末期癌で一般病棟に入院しており、その母)による終末医療に関する論戦が圧巻。どちらが正しく、間違っているという短絡的なものではなく高次元の提示。もちろん観客への投げかけであろう。一方、モデル事務所の人々は、このホスピスとの関わりを通じて心豊になる。
この話を体現するキャスト陣の演技は確かでバランスも良い。驚きは、ショーに挟み込まれるファッションシーンがアクションシーンへ変身する。その一端を池袋演劇祭CM大会(サンシャイン噴水広場前、8月19日)で披瀝し「優秀賞」を受賞していたが、改めて本編で全部観たが迫力があった。
次回公演を楽しみにしております。
撃鉄の子守唄 2016年版
劇団ショウダウン
シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)
2016/09/01 (木) ~ 2016/09/04 (日)公演終了
満足度★★★★★
「失われた世界」を膨らませたようで...面白い!
この物語は、アーサー・コナン・ドイルをストーリーテラー的な役割に仕立て、実在した人物とエルドラドという黄金伝説の都市という虚実綯い交ぜにした”壮大なファンタジー世界”である。
(上演時間前半1時間30分、後半1時間30分、途中休憩10分)
ネタバレBOX
プロローグ、年老いたドイル(白石幸雄サン)が若き日の冒険譚を回想する。一人称視点の語りが、空想冒険という扉を開けたとたん、輻輳的になり背景・状況が動き出す。その契機に現れるのが2妖精である。この件、ドイルにしたら思い出したくもない「コティングリー妖精事件」を想起させる。
物語前半の舞台は、1881年、北米のニューメキシコの町。西部劇では有名なビリーザキッドやパット・ギャレットなどが登場する。一方、伝説の都市エルドラド。伝説の黄金都市に絡んで、チプチャの王族:キャロル(林遊眠サン)、チプチャ族の妖術師の末裔:シャロン(山岡美穂サン)を登場させる。この史実と創作を綯い交ぜにし物語を膨らませる。
物語後半...エルドラドを目指して冒険の旅が始まる。本公演でのエルドラドの地は、垂直に屹立する崖の上という設定であった。さて「失われた世界」に出てくるメイプル・ホワイト国のモデルが南米のギアナ高地にあるテーブルマウンテンだと言われているのは有名なところ。
エルドラドの財宝は、世界樹がもたらす”不老不死”だという。さて「命」はそれに限りがあるから尊く、生きるための活動をする。逆にいつ果てることもない永遠の命があったら怖いような...。それこそ撃鉄を弾(ハジ)いて子守唄を聞きたくなるかもしれない。もっとも、ここでは劇綴...物語でよかった。
この公演では、突き動かすような台詞の感覚が魅力的であった。その最大の効果は状況が瞬時に表現されること。観客には、今観ている世界だけではなく、物語に横たわる歴史とロマンという悠々たる時空を想像させる。だから、在るがままの目に観えるものだけではなく、底に幾つもの豊饒な層があり、その潜在するものが観客に伝わり”感動”という意識を刺激する。
その台詞とともにアクション・演技...こちらは観たままを楽しませるという娯楽重視(多少コミカルな動きなど)のようであった。
この表現・体現が見事に融和しており、「シアターグリーン BIG TREE THEATER 」という劇場が異空間に紛れ込み、我々観客もろとも長い不思議な冒険に連れて行ってくれたようだ。まさにテンターテインメントの醍醐味を味あわせてくれた。
次回公演も楽しみにしております。
ハジケル、
もぴプロジェクト
池袋GEKIBA(東京都)
2016/08/31 (水) ~ 2016/09/04 (日)公演終了
満足度★★★★
もぴプロジェクトの新たな挑戦...面白い!
オムニバス3話であるが、その共通テーマはタイトルにもなっている「ハジケル」である。下平慶祐氏のオリジナル「ハジケル、汗」 岸田國士氏の「動員挿話」 久保田万太郎氏の「三の酉」であるが、それぞれの趣きは異なる。全体としては荒削りに思えるが、それよりも勢いと観客を楽しませようという思いが伝わるところに好感が持てる。
下平氏の手書き挨拶文が挟み込まれていたが、そこには「凡そ、1年間劇団公演をお休みしていた訳ですが、その間たくさんの商業演劇(所謂、大劇場)に携わり、内4本ぐらいはブロードウェイの翻訳劇でした。」と。正直に言えば、公演を重ねるごとに面白くなってきた(申し訳ない!)。岸田、久保田両作家の原作と下平氏のオリジナル作は異質に感じるが、その構成や観せるためのイメージ...その舞台セットにも拘りが表れている。
次回公演も今年中に予定していると聞いた。先にも書いたが、荒削り(説明不足や衣装・和服の着こなしなど)かな、と思うところも散見された。公演全体の中では矮小なことであるが、精力的に活動されるとあれば...。
(上演時間1時間40分 アフターにソプラノ歌手による音楽10分程度)。
ネタバレBOX
オリジナル「ハジケル、汗」
高校サッカー部の話であるが、とにかく走るシーンがほとんどである。シンプルであるが、青春群像が見て取れる。主人公はサッカー部1年生のルーキーが、先の試合で”何か”でやる気を失せている。また新キャプテンに対してその力量を疑問視した蟠(わだかま)り。練習での外周走に絡んでバスケット部など他部と競走することになり...。まさにハジケル!である。
気になったのは”何か”である。キャプテンへの蟠りは、この競走で解消される理由が分かるが、自分の内省面は説明不足のような。もう一つ、サッカー部内での練習(外周走)中、その直後にそのまま他部と競走出来るのだろうか。
「ハジケル、血」 原作「動員挿話」
第1幕、日露戦争が始まり、主人のもとにも出征の命がくだる。主人は馬丁を呼び、一緒に戦地へ行くよう勧めるが黙ったまま返事をしない。実は女房が断固として反対している。主人や夫人の説得も妻は聞き入れず、主人は主従の縁を切ると怒りだす。
第2幕は、主従の縁と義理、世間的立場と夫婦の愛の間に悩むが、ついにひとり戦地へ行く決心をする夫に、妻がとった行動は…。ここでは弾(はじ)く!
「ハジケル、涙」 原作「三の酉」
舞台中央に男が座り本を読んでいる。その傍らで若い女(おさわ)が語らう。朗読ならぬ読書を通じた2人劇。三の酉での出会いから、おさわの少女時代からの苦労が浮き彫りになっていく。だんだんに過去が明らかになる。悲しい話をさらっと話す芯のある女性。詩・抒情的な印象を受ける。これは弾(ひ)くというイメージである。
1作目は「動き」、2作目が「深み」、3作目が「味わい」といったイメージである。その作品ごとに特徴、魅力を十分感じることが出来た。
舞台転換も薄暗の中で要領よく行っている。観客の気を逸らさない工夫が見て取れる。しかし、その時間が短い分、着替え(運動着→着物)は大変であったと思うが、着くずれも見えて。
舞台セットも見事。上手側にはロマン溢れる日本髪結の女性と熊手を描く。下手側には旭日旗、舞台(板)は、サッカーの激しさを表すような荒々しく勢いのある描き。しっかり3作に合わせた舞台絵柄であった。
1話目を引き合いに出せば、オリジナル作品(下平氏)は、2人の先輩(岸田國士、久保田万太郎)の力を得て疾走する姿のようである。まさにこの公演そのものではないか。
次回はどのような公演になるのか、楽しみである。
新約熱海殺人事件
EgHOST
高田馬場ラビネスト(東京都)
2016/08/30 (火) ~ 2016/09/04 (日)公演終了
満足度★★★
新約と言うよりは”新案” 【狂気の行方】
つかこうへい氏が生きていたら何と思うだろう。苦笑するか怒るか...本筋(ストーリー)や舞台セットは今まで観てきた「熱海殺人事件」であったが、その演出は西荻小虎氏の独自性が出ている。その特徴は、ストーリーよりも観(魅)せて楽しませるというパフォーマンスの印象が強い。その意味で”新約”というよりは「”新案”熱海殺人事件」といった感じである。
副題「狂気の行方」とあるが、当日パンフに演出・西荻氏の解説が記載されていた。それを都合よく抜粋させてもらえば、「…恐れるな。深淵に足を掴まれ立ちすくんでしまうなら、俺達が前を歩こう。背中を追いかけてこい。その先で待っているから」と。
言葉は悪いが、手垢の付いたような「熱海殺人事件」を独自の演出で表現するため、自分自身を勇気付けしているような。
(上演時間1時間25分)
ネタバレBOX
上手・下手の両側に机が置かれ、舞台を横断するようにレッドカーペットが敷かれている。舞台中央に椅子2脚が向かい合って置かれている。この構図の色彩は、印象を強く持たせる赤と黒のコントラスト。下手側の机に・木村伝兵衛部長刑事(西荻氏)が開演前から座っている。この芝居の中で動くことはなく...ラストのみ不敵な笑み。
大音量の「白鳥の湖」をBGMに電話でがなりたてるオープニング、新任刑事に渡す書類を床にわざと落としたり、また犯人を花束で何度も打ち据えるシーンなど、この作品の名物となっている部分は残しているが...。それも水野朋子刑事(こいけサン)に担わせている。
水野刑事の演技は熱演。客席の隘路に立ち絶叫している。その時はカラオケも大音量で台詞が聞き取れないが、敢えてそうすることで切実さが強調される。
梗概は、熱海で起きた殺人事件を破天荒な取調べで行うもの。一般的な登場人物は、部長刑事・木村伝兵衛、地方からきた新任の刑事、木村の愛人の婦人警官、恋人殺しの犯人の4人。物語は、犯人・大山金太郎を、木村伝兵衛が一流の犯人に育て上げる中で、新任刑事、婦人警官、さらには木村自身も成長をしていく、といったもの。そこでは同性愛という設定もあった。
本公演、先に書いたパフォーマンスとは、舞台中央にある両開戸から警視庁テロ対策班が突然乱入し、互いに格闘し出す。その型(空手の突き、蹴りのような)からは想像出来ないが、柔道部という設定から乱取のようだ。そして合間にマイクで歌うなどカラオケシーンへ変わる。
今まで観てきた濃(悩)密な会話にみる、貧困・差別などという社会問題の炙り出しよりは、観て楽しむという娯楽中心の芝居へ変化させている。これはこれで一興かも...。
次回公演を楽しみにしております。
オムニバス of Oi Oi vol6
Oi-SCALE
駅前劇場(東京都)
2016/08/30 (火) ~ 2016/09/04 (日)公演終了
満足度★★★★
別の意味で怖い!【A】
夏場のオカルト話は、背筋も凍るような怖いものを期待したが、表層的な怖さではなく物語に描かれる内容が深く怖い。今回観たのはAプログラムの4話オムニバスであるが、どれもがアフォリズム、滋味がある観応えあるものばかり。
開演前の舞台にはモニターが2台、上手・下手側の壁際にもモニター2台が設置されている。画面には何も映し出されていないようであるが、受付時に渡されたフィルターを透して見ると、そこには...。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
舞台は暗幕に囲われた素舞台、物語によって都度小物が運び込まれる。
プロローグは、オカルトコメディと言ったところ。4人の車座、順々に怖い話を紹介し合っているが、1人が怖い話をし、その次に話す内容は「友達に聞いたんだけど…」前の人と同じ話をし出すという笑いへ。その掴みのまま本編へ繋ぐ。
第1話「ボクノアト」
”弱兄強弟”の間に入る女性が味わう怖さ。母を亡くしその面影を求める弟。 探し物が見つかるように印を付ける。自分も忘れてほしくない行為として(相手の体に)痕をつける。
第2話「増殖」
菌(ミクロの虫)が指先から侵入し人体を蝕む。それを食い止めるために手首を切り落とす。手首が山積み。それでも街は壊滅していく。
第3話「風立ちぬ」
悪魔学における悪魔の一人。ロノウェ、序列27番の侯爵にして大伯爵。その悪魔と契約しアーティストとして成功するが、それも27歳迄。松田聖子の歌に合わせて奏でる真実とは...。
第4話「KV-201XR」
自動掃除機を直している男。その父と女。その電化製品を直そうとするが、型が古く部品がない。さて、この父と女はロボット...その旧型ロボットを動かすバッテリーがなく。少子化の果てに訪れる愛着ロボットとの生活にも限界が...。
モニターから見ている片眼は、現実社会に潜む闇を凝視しているようだ。その四角い枠には様々な顔が現れるイメージ。思いつめた顔、邪悪な顔、欲望の塊の顔、そして世相を煮詰めたような顔である。枠自体には生命も通わない物体であるが、その中に映る人の眼差しによって感情が動く。そんな怖さを感じる公演であった。
次回公演を楽しみにしております。