ボクとママと発達障がい
NOS(Natural one style)
劇場MOMO(東京都)
2017/09/13 (水) ~ 2017/09/18 (月)公演終了
満足度★★★★★
行政の啓蒙劇のような感じもするが、発達障がい(公演では「自閉症」)の子を育てている家族、また関わっている人々の大変さがしっかり伝わる感動作。
基本的な構造は、会話劇。台詞は役者同士に向けられるのではなく、どちらかと言えば観客に向かって問いかけ、投げ掛けに近いように感じた。
公演は,発達障がいの子がいる家族(特に母親)のブログの内容を基に制作していることもあり、その内容はリアルで世間ではあまり知られていないことが多いと思う。
(上演時間1時間10分)【Bチーム】
ネタバレBOX
舞台正面に色々な絵が貼り合わされて、一枚の大きな絵を構成しているように見える。絵は肖像画、人物画が多く人との関わりの大切さを訴えているかのようだ。客席に向かって尖頭するように並んだカラーBOXソファー。そこにキャストが背中合わせに座る。客席寄りのテーブルにはパソコンが1台置かれている。天井には2本の傘が広げたまま、それぞれ正・逆に吊るされている。カラーBOXは、座っている人物がいる場所、立場等を表わしている。それを移動させることによって、状況表現する空間を演出する。全体的に幾何学的な構成に感じるが、BOXの移動によって状況の空間が見えてくるという巧みなもの。
発達障がい(自閉症)は、その特徴が捉え難く、対応が遅れがちになるという。この病は先天的(遺伝的)ということで、何で自分の子が…そんな気持ちになり、自己責任(または配偶者に責任を押し付ける)に苛まれるところが辛い。また病は潜在的な人数も含め相当数いるらしいが、対処の仕方が知られていないことから、家族等にとっては悲劇的である。障がいは”個性”として受け入れることが大切だという。
公演の狙い(「自閉症」の対処は個人で抱え込まないこと)はここにあり、その周知と啓蒙の色彩が強いのはこのためであろう。もちろん、物語はリアルな状況を次々に突き付けてくるから観応え十分であり、ラストは感動を誘う。リアルな状況は、家族という私的(人間的)な面と、公的(制度上)な面、という両面からアプローチしている。例えば、母親はキャリアウーマン(パソコンが象徴)として仕事、家庭を両立させていたが、子の施設・病院への付き添いで思うように働けなくなる。先天的な病のため夫婦間でその原因責を言い争う等。一方、公的な面では子が腹痛になり救急隊を呼んでも、内科・外科病院は自閉症(精神科が併設が必要らしい)ということでなかなか受入れてくれない。現場の救急隊員の焦りと苛立ち。
場面転換の際、滴が落ちる又は雨音のような音が…とても不思議な気持にさせられる。演出は公演核の部分を伝える、そのことに集中させるためシンプルである。
演技はゲネプロということもあったのか、少し硬い気もしたが、伝える内容の重さの方が上回りしっかり考えさせられた。
次回(本公演)も楽しみにしております。
SHERLOCKIAN Aの項目
Project S.H
ワーサルシアター(東京都)
2017/09/13 (水) ~ 2017/09/18 (月)公演終了
満足度★★★★
会場に入ると、そこはシャーロック・ホームズの部屋が出現したかのようだ。また登場人物の衣装も当時の雰囲気を思わせるもので、まず視覚的に楽しめる。もちろん、彼は世界的に有名な名探偵であり、次々に事件解決の依頼がくるが…。本公演でも某機関から事件解決にむけての協力要請があり、現地に行くことなった。このメインとなる事件の解決のプロセスをテンポよく観せているが、その謎解きは物語性に重きをおいたように思う。観客に事件に関する材料をすべて提示し推理させるというよりも、仔細は省略し物語の世界を楽しんでもらうことを優先したようだ。そしてメインとなる事件の解決で幕引きかと思われたが、本当の主題は別に…実に巧みだ。
脚本(ひろ氏)は面白く、それをビジュアル的に印象深く観せる演出(浮谷泰史氏)、また主役のシャーロック・ホームズ(下田修平サン)が実に魅力的だ。
1887年、シャーロック・ホームズが初めて登場してから今年で130年。その130周年お祭り企画第一弾、観応えがあった。
(上演時間2時間) 2017.9.23追記
ネタバレBOX
セットは、上手側に大きな机・椅子、書棚、下手側にソファー。窓から日が差しており柔らかい雰囲気である。ロンドン警察からの依頼がメインの事件であるが、資産家の主人が失踪した。その行方は…。この家に残された妻、執事、新しく雇われたメイドがいるが、過去に起きた別事件からこの家の秘密と失踪の理由が明らかになる。この事件は、シャーロック・ホームズの推理によって解決する。
物語は、これで終わりにならない。先の事件解決にあたって多くの人物が登場するが、事件に関係ない人々もいる。当日パンフにはホームズとの関係、いわゆる相関図が書かれている。先の事件は劇中劇のようで、本来の梗概は、ホームズと登場人物たちの関係が次々明らかにされる。その意味でホームズの人物評伝と言える。ホームズには失敗、ましてや解決できない事件はないと思われているが、やはり人間である。その人柄なりは、興味を持った事件だけを扱い、それ以外の資料はゴミのように放置している。その勝手気ままな様子や女性に対する思わせ振りな態度が誤解を招く。完全な人などいない、その人間味溢れるホームズが魅力的に描かれており、観応え十分であった。
演技は初日ということもあり、全体的に硬い感じもしたが、セットや衣装、また照明等の視覚が補っていたのが好い。
最後に、ホームズの兄から来た手紙は何だったのか気になるが…。
次回公演を楽しみにしております。
君の名前を藍色の空に呟いた。【ご来場ありがとうございました!】
劇団えのぐ
南大塚ホール(東京都)
2017/09/09 (土) ~ 2017/09/10 (日)公演終了
満足度★★★★
大きな事件が起きるわけではない。誰もが過ごしたであろう日常(夏・夏~)が淡々と描かれる。その等身大の青春が観ている者の気持にフィットする。人の気持、特に好きになることとは…少しネタばれになるが、好きになることに理由が必要なの、とは劇中の台詞である。この劇団(作・演出は佐伯さやか女史)らしい、ちょっぴり切なく、しかし底流には人間讃歌が見える珠玉作。
(上演時間1時間40分) 2017.9.16追記
ネタバレBOX
会場に入ると、そこは「ふじい食堂」の店内と店前の敷地、道といったところ。上手側に厨房、下手側が店出入り口。店内の正面壁にはメニューの貼紙、テーブル席、扇風機。屋外には祭り提灯、ビールケース、虫取り網、朝顔など、夏を思わせる小道具が置かれている。
物語は、主人公とその友人達の中学3年から26歳位までを中心とした約10年間に亘る青春物語。男女各3人の中学生、主人公の妹とその友人達(男女各2人)が織り成す甘酸っぱくも切ない恋愛話。近く(隣り)にいるのが当たり前と思っていた人がどこかへ行ってしまう。離れて初めて知るその人への思い。ドラマチックな熱愛と違い、もどかしい気持の表現が上手い。
話は”何か大きな事件”を見せ場とする訳ではなく、その辺に居そうな若者、その等身大の人物が過去の自分の気持と共鳴するようで、素直(うまく)相手に気持を伝えられない不器用さが愛しくなる。事が起きたのは、守ってあげたい人が、その夫に家庭内DVを受けていること。助けを求める彼女の元へ、同じ時、自分の恋人との待ち合わせをしていたが…。恋人よりも助けを求めた彼女を優先したことで恋人との関係がギクシャクし出す。特別なシチュエーションではなく、同じような出来事がありそうだ。その日常性の中に、人の感情の機微をサラッと描く上手さ。
登場人物の性格や関係性は、妹の夏休みの宿題作文を引用して、効率よく紹介していく。早い段階での紹介であり、物語の状況認識に大いに役立つ。学生時代からの友情は社会人になっても続いているが、それは”地方”という土地柄のせいであろうか。その地方の風物詩、花火を表す照明と音響が物悲しく思えてしまう。大輪の花火のような派手さはないが、いつまでも余韻に浸れる線香花火のような…。本公演のイメージは、そんな印象に残る作品であった。
君の名前を”愛”色の空に呟くことになるのだろうか。ラストシーンは随分前に思い描いていたと…。
次回公演を楽しみにしております。
箱庭のトリレンマ
9-States
小劇場B1(東京都)
2017/09/06 (水) ~ 2017/09/10 (日)公演終了
満足度★★★★
タイトルのトリレンマは二者択一ならぬ三者択一という意味。登場人物3人の視点から同一場所・同一時間帯を眺めた物語。何度も繰り返されるシーンは、説明にある通り、友人を助けようとする行動とその時々に微妙に変化する状況に対応している様を表現している。誰の視点で、時間のどの瞬間へ戻っているのか見極めるのが難しい。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台は、某公園(箱庭のイメージか?)。そこに集まるボランティア集団の人間関係をシュールに描く。中央に段差を設けたサークル(円形ベンチのイメージ)。公衆トイレ、ゴミ箱、自動販売機、ベンチ。周りはレンガ壁で、蔦が巻き付いている。両サイドにモニターがあり、日にちが表示される。これによって現在を知ることが出来るが、物語の展開の中で知る(判断)には難しい。
小学生時代からの友人であるが、性格は異なり互いの欠点を言い合っている。現在でもボランティア活動を通して関係は続いている。しかし殺意を消し去ることが出来ず、夢か現か幻か…その立ち位置が判然としない。さらに殺害を止めようとしている別の友人の行動は、殺害を阻止したのか実行されたのか、その識別も難しい。3者三様の思いと行動が交錯し、同じような場面の繰り返しが冗長に感じることもある。
ジレンマ(両刀論法)がその選言的前提において二つの選言肢を有しているのに対し、三つの選言肢をもつ。三人がある選択を迫られて窮地に追い込まれていることは十分分かる。人間関係…議員の息子、ボランティア組織の副会長だが、実質的なリーダー。一方肩書きだけの会長で、特に取り柄のなさそうな人物。この両者が相手の性格を罵りながら行動を共にしているという不思議さ、人間関係の妙を思わせる。
また、人間の本音…厭らしさ、偽善(ボランティア)、エゴ、自己肯定または否定などがむき出しになっている。
人の類型を表現しつつ、もしあの時…という仮定の話は、その時点で状況が変化することによってその後の状況も変化する。その違いが劇的であればあるほど面白いと思う。しかし、行動(行為)と結果の因果関係が少しずつ違ってくるが、それは表層の見た目だけ。状況の変化は、逆にその人間の本質(性格)へ迫る(問う)ものが見られれば…その点が少し残念に思った。
次回公演を楽しみにしております。
「売春捜査官〜ギャランドゥ」「熱海殺人事件」
株式会社STAGE COMPANY
【閉館】SPACE 雑遊(東京都)
2017/09/05 (火) ~ 2017/09/10 (日)公演終了
満足度★★★★
初日「売春捜査官」を観劇、最前列椅子前に急遽ベンチシートを増設する盛況ぶり。
いわずと知れた つかこうへい の熱海殺人事件の別バージョン。初演以降、基本的な展開構造は変わらず、今なお進化を続けている作品。
つかこうへい の名前の由来と言われている、い”つかこうへい”にという思いが十分伝わる公演であった。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台セットはほとんどどの公演も同じで、真ん中に古ぼけた大きな机。その上に黒電話、捜査資料が置かれている。
物語の底流にあるのは、色々な差別に対する鋭い批判。女性軽視、ホモというマイノリティ、在日朝鮮人という人種差別などである。同じ人間でありながら差別、被差別という用語が生まれる。敢えて痛みを穿り出して、差別を浮き彫りにする手法は脚本の力。それを体現するには役者の力量が試される。公演は冒頭の大音量音楽…チャイコフスキー「白鳥の湖」に負けず劣らずの大声量で始まる。終始テンションは高く、その伝えんとする思いは十分解る。
また人間的な差別と同様、地域における格差も見え隠れする。長崎県の五島列島での貧しい生活。集団就職しなければならない境遇など地域社会に対しても問題の提起をする。人間の本質(深淵)、社会という環境・状況という世界観の深みと広がり、そのテーマの捉えは今なお色褪せることなく、逆に鮮度が増すようでもある。
この公演は、今まで観た「売春捜査官」に比べると、一層差別化を際立たせたように思う。例えば万平を禿げ・ホモというセット台詞で罵倒する。身体的なこと、弱・少数者などを差別することによって、痛みが浮き彫りになる。それを先鋭化すればするほど人間愛を思わずにはいられない。
桜田聖子さんの木村部長刑事は、序盤こそ声が擦れて、という訳ではないが力強さが感じられなかった。しかし、除々に男たちを圧倒する部長刑事の姿になる、その生き活きとした変貌ぶりも楽しめた。
また犯人、大山金太郎が13階段を上るのではなく、登場は客席後方からスポットライトを浴びながら階段を下りてくる。つか作品は人物造形がはっきりしているが、更に登場の仕方、ダンスなどの演出で公演全体をデフォルメして印象付ける。そして常に高いテンションが求められる作品であるが、終始熱量・集中力が感じられる仕上がりで、観応え十分であった。
次回公演も楽しみにしております。
イジメがあったという事実は確認できませんでした
teamDugØut
明石スタジオ(東京都)
2017/08/31 (木) ~ 2017/09/04 (月)公演終了
満足度★★★★
初日観劇…面白い公演という事実は確認いたしました。タイトル通り「苛め」を取り扱った内容であるが、その原因・理由となったことの問題の深刻さに胸が痛む。
”神は細部に宿る”という言葉を聞くが、この公演舞台セットもしっかり作り込んでおり、視覚から物語に引き込んでいく。そして物語が進行する中で、情景が鮮明になり、また観客に心象形成させる空間になり、いつしか装置と内容が溶けて現実と想像が混然一体となる。
冒頭、6年に一度しか咲かない蘭(ラン)の花を持ち出し、その隠された花言葉のようなものが、この公演の根底にあるテーマのようだ。苛めを扱うことから、公演では実際頭を叩かれるシーンがあったが、自分は別の意味で頭を叩かれるような衝撃を受けた。
なお、気になることが…。
(上演時間1時間40分) 2017.9.2追記
ネタバレBOX
この劇場は客席に段差があまりないため、演技でしゃがむシーンがあると後列からは観難くなると思う。今回も前3列はベンチシート、後3列が椅子席だった。自分は椅子席の最前列に座ったから観えたが…。舞台(板)にしゃがむ又は下手側のパソコンルームのシーンは観難かったのではないか。演出で工夫の余地があるのではないか。神も細部を見たいと思うのだが…。
また、初日で緊張していたかもしれないが、台詞を噛むことが多かったのが少し残念。
セットは、サクラ小学校の職員室。上手側に教師の机、ホワイトボードのスケジュール表、下手側には教頭の机。下手の客席寄にパソコンルームをイメージさせる空間。職員室と分からせるため壁で仕切られているが、そこには窓があり、その奥にもリアル感を持たせていた。
梗概…生徒の一人が歩道橋から落ちた。自殺は事故か判然としないが、重体とのこと。この生徒は苛めにあっていたという噂もあり、それを苦にした行為ではという憶測が教員、職員室にいたPTA役員の母親の間で取りざたされる。生徒は父親の職業の関係などで転校を繰り返し友達が出来ない。この小学校では親友が出来て、とても喜んでいた。しかし、転校の理由は福島県双葉町の出身ということ。東日本大震災により放射能の影響を気にする子供の親達。友達が出来ても親の拒否反応が子に伝わる。転校生の嘘と素性を自分の子へ話した。その結果、嘘を言われたことが悔しくて苛めが行うようになる。親は苛められていた子が日記を書いており、それを回収したく学校に来ていた。これを本筋に、脇筋として別のPTA母がわが子が私立中学受験に有利になるよう画策(モンスターペアレンツ風)、ノートを回収しようとした両親は夫の出世のため押し売りボランティア。さらに苛めを受けていた子が脅されネット詐欺を働き、刑事が学校へ乗り込んでくる。
それに対する教師の対応は、自身の保身のため「いじめがあったという事実が確認できなかったことにする」というもの。苛め=学校(教師)の落ち度は、インターネットでのバッシングに晒され、地位、職を失いかねない。現実の社会でありそうな対応。職員室での苛めがあったか否かの確認は、一喜一憂、漂流するかのような議論。苛めがあったことを示唆するような出来事を見逃し、対応も自分の都合・勝手なことばかり。
蘭の花が咲くと不吉なことが起きる、その言葉の重み。今日にも咲きそうな…そして6年前に咲いたのが、2011.3.11という。東日本大震災から6年が経つが、その復興は進んでいるのか。既に過去のことのように忘れてしまっている自分に衝撃を受けた。単なる「苛め」ではなく、社会的な出来事を契機にした、世間の偏見へ鋭く迫る内容。
この公演は、主人公(宮内千奈サン)の非常勤教師(正教員でない)と苛めを受けていた生徒の1人2役の熱演が良かった。当日パンフでは初めての主演と書かれており、その重責を果たしたと思う。他の役者も教師、PTAの立場など、しっかりキャラクターと役割を体現していた。すべての役がはまり役のようでバランスも良い。
次回公演も楽しみにしております。
あの樹の下で
劇団グスタフ
シアターグスタフ(東京都)
2017/08/24 (木) ~ 2017/08/27 (日)公演終了
満足度★★★★★
初めての劇団(もちろん劇場も)の公演、ホームページで所在地を確認したところ、最寄(喜多見)駅からの道順が少し複雑のようであった。しかし要所でスタッフが案内をしており、丁寧な対応に好印象を持った。
公演は、チラシの説明にあるように現代の大学生(2年生)が沖縄へ行くが、何かのキッカケで太平洋戦争中の沖縄にタイムスリップするというもの。このシチュエーションは多く上演されており、新鮮味はあまりないが、その事実の前では脚本・演出・演技等が変わっても、戦争という不条理のテーマは色褪せないし陳腐化もしない。
この劇団の特長は、舞台構造を活かし、事実の具現・役者による体現という視覚化が上手い。さらに戦時中という臨場感・緊迫感が分かる音響・照明という舞台技術が印象・余韻を残す効果を出していた。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
この劇場は奥行きがあるよう。冒頭、紗幕に遮られているが、樹のようなものと女性2人のシルエット。幕返しをすると連立した衝立が見える。それを背景に大学キャンパスの休憩場所(椅子が置かれているだけ)を見せる。暗転後、衝立がなくなると”ガマ(’洞窟)”の断面を思わせる観方。全体を岩、土をイメージさせるため凹凸感を出している。壕の痕は、2階部を設え、1階部はより戦時中をイメージさせる作り。一瞬にして観客を1945年春・初夏へ連れて行く。その1階部は、上手側に二段ベット、下手側は術台。外部への出入り口は上手側の階段を上る。見事な造作である。
梗概…キャンパスライフを謳歌する女子大生(4人)。アルバイト兼夏の思い出作りとして沖縄に来た。探検と称して洞窟に入ったが、何かのはずみで太平洋戦争中の沖縄へタイムスリップする。そこは沖縄師範学校女子部(沖縄県立第一高等女学校も)-通称「ひめゆり学徒隊」として従軍命令が出された。戦場に送り出された女子部は日本の勝利を信じ、野戦病院で献身的な看護活動をしていたが…やがて沖縄は「鉄の暴風」が吹き荒れ苛烈な戦場へ。そこで見聞き体験したことは凄惨を極めることばかり。平和が当たり前の現代と、戦時が日常の当時のギャップを女子大生の視点で描く。
国家(大儀)の前に個人(尊厳)の存在は否定される。麻痺した思考、それは戦後を知っている女子大生達でも当時の人々を説得出来ない。軍国主義、戦争という異常事態が、兵士だけではなく沖縄国民を巻き込んでいく恐ろしさ。
負傷兵の治療は麻酔もなく腕を切断、青酸カリで服毒自殺、手榴弾による自爆死、泣く赤ん坊の薬殺、軍優先による民間人見殺し、投降しようとする民間人をスパイ容疑として殺すとう錯乱した行為。これらの事実(シーン)を積み重ねることで不条理を鮮明にしていく。事実はセットや小道具、衣装・メイクで具現、視覚化することによって観客の想像に委ねない。しっかり観せることで悲惨な出来事を手放さず、曖昧にしない。
一方、音響・照明という技術は観客の心を揺らし響かせる。この”具象”の見せ方が実に上手い。そして劇中歌、相思樹(別れ)の歌は、女優陣の安定した歌唱がとても印象的で落涙する。
ラスト、現代に戻った女子大生の胸に去来するものは…、それは観客の思いも同じではないだろうか。
次回公演を楽しみにしております。
金色夜叉『ゴールデンデビルVSフランケンシュタイン』
劇団ドガドガプラス
浅草東洋館(浅草フランス座演芸場)(東京都)
2017/08/18 (金) ~ 2017/08/27 (日)公演終了
満足度★★★★★
金色夜叉(「尾崎紅葉」作)とフランケンシュタインを登場させる物語は、面白可笑しく繋がるが、それ以上に明治という時代背景を意識した戦争批判物語はとても観応えがあった。
(上演時間2時間30分 途中休憩10分)
ネタバレBOX
舞台セットは、この劇団の定型化…左右対称の壁に窓ガラス。中央の入り口というシンプルな造作。それゆえダンス等のパフォーマンスを行うスペースが広く確保できる。また上手側には螺旋階段等があり、この階段場所や客席通路、舞台と客席最前列の間のスペースを利用し、ダイナミックに観(魅)せる。
物語のベースは「金色夜叉」であり、時代設定も小説が書かれた明治30年頃。日清戦争に勝利するが、多くの死傷者を出すことになった。その屍=”腐乱と死体”を声(台詞)にすると”フランケンシュタイン”に聞こえてくる。戦争には多くの人間が必要になり、人造人間フランケンシュタインが必要になり実験を行うが…。国は人口増(出産)に方向転換し、戦死者は人柱そして神として靖国神社へ。人造人間を作るのが大門博士もしくはデーモン博士は漫画でも人造人間と関わっていたような。その人物像は、大悪人(物欲、色欲など)から大黒天(戦闘)に繋げるところなど、シャレと比喩を織り込む発想に驚かされる。
さて、金色夜叉は金権、拝金主義への風刺であるが、本公演はそこに戦争批判が絡んでくる。もちろん、この劇団ならではのお色気、ダンス・アクション、歌という視聴覚を刺激してくる演出は楽しめる。
梗概…間寛一は鴨沢宮が金(ダイヤモンド)に目がくらみ、裏切り行為から高利貸しになり、というのが小説(未完成)。公演では、「愛」と「復讐」の狭間に揺れ、亡くなり人造人間として蘇る。そして赤樫満枝、通称アイスクリーム(氷菓子=高利貸し)の手伝いをするようになり、アイスクリームは寛一に恋をする。寛一のもとへ宮が訪れ、裏切り行為を詫びるが、寛一の主体性のない態度にも非があると責める。同居・許婚という状況に甘んじていたのではないか。アイスクリームと宮による寛一を巡る刃傷の愁嘆場。その結果、2人の女性は亡くなり、再び2人の女性を人造人間へ。
ラスト、寛一を中心に纏わり交じわる2人の死体が、妖艶な肢体・姿態の絵画のように描かれる。中心にいる寛一が主体性を持ったのか、それこそ「婦乱間主体淫(ファランケンシュタイン)」のようだ。金権腐敗、戦争批判という社会の視点と男の懊悩、女の情念という個人の視点。鳥のように高みから俯瞰し、虫のように地を這い観察するような面白さ。その観せ方は、強欲の黄(光)色、色欲を妖艶な姿という具体的なもの。観客の多くが、物語に潜む指摘と表層に観える面白可笑しさという両面を感じることが出来るであろう秀作。
次回公演を楽しみにしております。
真心願-machinegun-
super Actors team The funny face of a pirate ship 快賊船
萬劇場(東京都)
2017/08/16 (水) ~ 2017/08/20 (日)公演終了
満足度★★★★
真に願う心は、身分差別もなく、誰もが自由な世の中。そこには争いもなく平和な暮しがある…そんな世の中を築くため奔走した坂本龍馬の生き様、その人物の魅力をたっぷり観(魅)せてくれた。公演は「伏竜編」と「昇竜編」に分かれており、自分は池田屋事件から暗殺されるまでの「昇竜編」を観劇した。
今年は龍馬没後150年にあたり、それを記念して各地でイベントが開催されている。龍馬が現在の日本、いや世界を見たら何て思うだろうか。
(上演時間2時間45分 途中休憩なし) 2017.8.22追記
ネタバレBOX
セットは、壁または襖をイメージさせるため、大きさ(横幅)の違う赤い格子を左右に立てる。さらに下手側上部に欄間のような作り。シンプルな作りであるが、観客(自分)に情景や状況を認識させる最小限の造作。それは広いスペースを確保し、殺陣の魅力を十分に引き出すため。その動きの大変(激し)さは、襤褸(らんる)になったような着物姿、声の擦れ、台詞の言い直しなどから観て取れる。
梗概…坂本龍馬が池田屋事件を経て薩長同盟実現させ、徳川幕府に大政奉還をさせるという明治維新の立役者としての人物伝を描く。物語は龍馬という人物に焦点を当てたもので、その行動を通して当時の社会情勢・状況が浮かび上がる。疾駆するように生きた人物の魅力が十分に感じられた。
幕末という時代背景を知らないと、龍馬が奔走した土地、会っていた人々の関係などが理解し難いかもしれない、それほど展開が早い。小説などと違って読み(観)返しが出来ないから、分かろうとしている間に次々シーンが変わる。当日パンフ等に人物相関図、時代年表などが書かれていると予備知識になると思う。
”坂本龍馬”は、劇はもちろん映画でも上映され、エピソードも知られている。新たな人物像を引き出すことは難しいため、公演では国家のあり方を論じるという懐が深く、視野が広いという立ち位置で見せている。また龍馬が中心であるから、登場する人物にも配慮し、他に魅力的に描いている者は少ない。例えば、新撰組にしても近藤、土方、沖田など有名な者は出ず、藤堂、斎藤など組隊長が登場しているに過ぎない。
この劇団の魅力は、何と言っても殺陣であろう。本公演でも立ち回りは素晴らしかったが、龍馬自身が(抜刀して)殺陣に加わることは少なかったように思う。そこに将来の日本、争いごとがない平和な時代を暗示させているような…。
次回公演を楽しみにしております。
バルバトス
TABACCHI
小劇場B1(東京都)
2017/08/16 (水) ~ 2017/08/20 (日)公演終了
満足度★★★★★
当日パンフに戸田武巨氏が、本公演はアーサー・ミラー作「るつぼ(坩堝)」(邦訳題)が下敷きで、本来その上演は4時間超の大作であるが、2時間強の抜粋作品にした旨、書かれていた。この上演権は高額で小劇場ではなかなか上演できないらしい。舞台は薄暗く、全体的に不安・不穏な雰囲気が漂い、ある種の息苦しさが圧し掛かるようだ。
(上演時間2時間15分 途中休憩なし)
ネタバレBOX
当初は素舞台であるが、場面に応じてベット、テーブル、机等のセットが運び込まれる。自分なりの場幕イメージは「信仰」「生活」「裁判」「神魂」といったところ。全体の構成は次の通り。
●第1幕-パリス牧師寝室
時代は17世紀中頃。
深夜の森で、少女アビゲイルたちが全裸で踊っているのを牧師のパリスに発見される。この行為は神への冒涜とみなされ、少女の一人で牧師の娘ベテイが意識不明となる。町の有力者夫妻が「悪魔を呼んだからだ」と言い、悪魔払い牧師がか来る。そして町のさまざまな問題が露呈し、少女たちは町の人々を魔女として告発する。
●第2幕-プロクター家居間
アビゲイルらは聖女扱いとなり、町では無実の人々が次々と逮捕、処刑される。プロクターはアビゲイルとの不義のため妻と気まずい関係にあり、またパリスが気に入らず教会に行かないことを指摘され、魔女の嫌疑をかけられる。しかしプロクターは、魔女告発の一人である下女の言動から少女たちに疑惑を抱く。
●第3幕-法廷控室
プロクターらは判事に妻の赦免を願い出る。そしてプロクターはアビゲイルと対決する。少女たちがプロクターを魔女と告発する騒ぎになり、プロクターも拘引される。あまりにも不条理なやり方に憤る。
●第4幕-牢獄独房
街は多くの人が入牢したため、家畜が町をさまよい、収穫もできず混乱が続き魔女裁判はおかしいと人々が気付き始める。身の危険を感じたアビゲイルは失踪する。裁判の正当性と保身のため、プロクターに魔女の告白をさせ、その代償に今朝の処刑を中止すると持ちかける。家族への愛から偽りの告白をする。また判事に説得され供述書にも署名するが、市民に署名を見せると聞いて良心の呵責に耐えかね、供述書を破り、従容と朝日に輝く処刑台へ上って行く。
悪魔の存否が法の裁きになじむのか。その証拠云々を叫ぶが、目に見えない若しくは存在しないものを証明するのは難しい。それこそ「悪魔の証明」そのものではないか。公演では、悪魔という人の心に棲む邪悪、邪心その存在であるかのように描いている。少女たちの偽証がいつの間にか当時の社会状況や状態の綻びを切り裂くようだ。その陥穽によって、主人公プロクターは絶望的な状況下に追いやられるが、それでも人間としての尊厳を失わない姿に感動する。物語の通低・背景にある宗教・法律・生活の不可分、その切り離せない(悪弊)関係を重厚に観せている。
舞台の雰囲気は、電気もない頃の蝋燭火に照らし出されたような薄暗さ。暮らしの小物や人々の衣装にも時代を感じさせる。全体的に丁寧な作り込みだと思う。
役者は登場人物の性格、置かれた立場、状況をしっかり体現していた。その個々の演技tと全体のバランスもよく迫力に満ちていた。
次回公演を楽しみにしております。
昇天
U-33project
高田馬場ラビネスト(東京都)
2017/08/18 (金) ~ 2017/08/20 (日)公演終了
満足度★★
生まれ出悩み…人は生まれた時から死に向かって歩み始める。何のために生まれてきたのか?この哲学的な命題をあっさりかわすような台詞、その言葉が象徴するかのような緩い公演であった。
タイトル「昇天」から、物語の設定は何となく想像できるが…。
(上演時間1時間25分)
ネタバレBOX
セットは、スナックまたはBarの店内のような感じ。上手側に店扉、立て看板「昇天」、下手側に馬、頭蓋骨のエッチングのようなものが飾れている。中央は、カウンターイメージの横長テーブルに椅子5脚。
店内と思った場所は死後の世界…といっても来世と現世の間のようなところ。ここに集まっている死者は、何らかの原因・理由で亡くなっているが、あるゲームで勝ち抜け(10ポイントを獲得)した者は生き返ることが出来る。そのゲームを面白く見せようとしていたが、心からは笑えない。そもそもゲーム参加者が何故亡くなったのか、全員のことを説明していない。2人はスライド(プロジェクション・マッピングではない?)で見せているが、その映像技術も緩い。一人ひとりの人生と死の原因等を説明するなど、丁寧さを欠いたようで残念。
生前、各人は夢・希望を持っていたと思う。それゆえ現世に未練が残り勝負に拘っていたが、1人が「生き返っても、いずれ死ぬ」と言い出し、勝負を放棄した。諦念なのかシニカルなのか判然としない。夢・希望の描き伝えが弱く、生への強い執着が見えてこないため、物語が生き活きとしてこない。
また、役者の演技力に差が見られバランスを欠いたような…。
次回公演を楽しみにしております。
秋心SUMMER
宰団紡人企画
ザムザ阿佐谷(東京都)
2017/08/17 (木) ~ 2017/08/20 (日)公演終了
満足度★★★★
損得勘定という言葉があるが、この「損」と「得」の順番が大切である。損した気持は得した時よりも気持を引きずる。この公演では「笑い泣き感情」を見せる順番が上手く、観る人の感情の落差を大きくすることで、物語の印象を強くし余韻も残した。
物語は富山県に実在する冠婚葬祭場が舞台のようだが…。
(上演時間1時間10分)【Aチーム】
ネタバレBOX
セットは、中央に柩、左右に黒椅子が並べられている。中央奥に扉があるが火葬炉前をイメージさせる。シンプルな作りであるが、物語を観せるには十分である。
梗概は、川でぬいぐるみ(自分は「黒猫」だと思うが)を拾お(助けよ)うとして溺死した。まだ16歳で、本人は死んだことが自覚出来ていない。上演前から柩に横たわり、時々寝返りをするなど生きているよう。その動きは死んだ自覚がない証であり、まだ生きていたいと思う気持の表れでもある。親族、学校関係者(担任教師、友人など)が参列し、悔やみの言葉を述べることで、徐々に死んだことを自覚してくる。その過程を面白く笑わせているが、参列者が焼香しつつ故人への想いを告げるシーンは、一転泣かせる。まだ高校生という若さ、親より先に死ぬなど現実であれば滂沱するところ。
叔父の「無駄死にという言葉はあるが、無駄生きということはない」という台詞に胸が締め付けられる。もちろん主人公の姿は見えない。それに対し参列者はいろいろな思い出を話しだす。死者の聞こえざる声と参列者の声をシンクロさせる、その手法自体はありふれている。しかし、記憶の中の死者は死んではいないとも聞く。葬儀で死者の生前のスライドを映し出す…という斬新さ。そう言えば、この会場はもともと結婚式場で、天井には豪華なシャンデリアが吊るされている。葬儀の重苦しさはない、むしろサッパリと笑い泣かせる秀逸さ。
葬儀社の新人とベテラン社員の会話、坊主の読経など脇ネタでも笑わせる。この葬儀一連の進行が物語の展開そのものである。ラスト、主人公が火葬炉へゆっくり歩く姿は感動的。その時に流れる音楽、演出効果は見事であった。
次回公演を楽しみにしております。
PTA
ホチキス
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2017/08/17 (木) ~ 2017/08/21 (月)公演終了
満足度★★★★★
本来の「PTA(アソシエーション)」の親(P)・教師(T)・会(A)の略がアトラクションに思えてしまうような楽しい公演。表層はコメディタッチであるが、内容は深く考えさせる秀作。少し寓意的で教訓臭がするが、それよりも面白さの方が上回った。
PTAの会議がいつの間にか裁判のような様相を呈し、さながら「12人の怒れる男」を連想してしまう。シチュエーション会話劇、伏線も回収し見事に収束させる巧みさ。2時間がアッという間であった。
ネタバレBOX
セットは、安井小学校の教室(または会議室)内。校舎は斬新なデザインで建てられているが、機能的には不都合が多いらしい。例えば壁に「転倒注意」の張り紙が貼られているが、よく児童が転ぶらしい。
当初、真ん中に机が並べられ、後壁は上手から下手側に斜め(階段状)に下がっており、上手側の上部に別空間を出現させている。また壁には刳り貫いた窓のような。下手側には三角形をしたオブジェのようなものが立っている。会議が始まると自由自在に机を動かし観易くする。
梗概…学校の女教師が交通事故死した。その結果、児童に自転車運転免許制度を導入しようと話し合いの場が持たれた。低学年、高学年の2区分で、仮免許・本免許という免許制度の採用是非は漂流するように賛否が揺れ動く。その会話・議論の過程が面白可笑しく描かれる。そもそもPTAの会議に用務員などが参加しているのも不可解であるが…。免許制度の採否を本筋にしつつ、全国模擬試験最下位(平均48点-フォーティエイト)であること、女教師の事故原因に問題がありそうなこと、女教師がスーパー優秀教師像が持たれていたが、本当は普通の教師であること等、サブストーリーを上手く絡ませる。
会議を仕切る立場にある教頭が、イエスマンで誰の意見にも賛成・迎合してしまう。他人と摩擦を起こさない処世術のようだ。この何もせずダンマリを決め込む姿が滑稽であるが、現実にいそうな人物像である。狂言回し的な教頭の演技が実に上手い。もちろん、他の役者も登場人物の性格、立場、バツクボーンをしっかり見(魅)せ、あちらこちらに話題が転じるが、その点と線が見事に繋がり収束する。教育委員会から送り込まれた「解体屋」の正体も明かしスッキリさせてくれる。
教頭の思惑では、無難にすぐ終わるかと思われた会議が、波乱の展開になるアイロニー、親や学校が決めたルールでは息苦しく、伸び伸びとした学校生活が送れない。また画一化された文房具(学校指定)の弊害(折れないことの実験)が全国模擬試験最下位の結果を招いたアイロニー。いくつもの課題・問題を潜ませた公演は、笑いの渦を起すが、その底は深く考えさせることばかり。観応え十分であった。
次回公演を楽しみにしております。
しょうちゃんの一日
風雷紡
d-倉庫(東京都)
2017/08/16 (水) ~ 2017/08/20 (日)公演終了
満足度★★★★★
昭和38年の狭山事件をモチーフにしているが、事件の概要を示すような、例えば裁判記録を辿るような展開はしない。見方を変えれば、事件を媒介にして家族のあり様を描いた公演と言える。当時の時代背景の特徴を見せつつ、家族という視点で事件を捉えている。その家族のあり様に、戦後の混乱期から成長期を迎える時代背景が見えてくる。
それを舞台美術で上手く表現する。その巧みなところ、場景・状況はある程度具現的に現し、逆に情景・心情は観客のイメージを刺激、解放するような表し方である。事件の解明過程を、刑事の家庭と被害者家族という二つの視点から描く力作。この家族を交差させるのが”しょうちゃん”である。
当日パンフには、登場人物の相関図や狭山事件関連年表が書かれており、公演を分かり易くしているのが好い。
(上演時間2時間20分 途中休憩なし) 2017.8.20追記
ネタバレBOX
セットは、上手側に座卓・座布団、更に客席寄りには座机。下手側にはダイニングテーブル・椅子・食器棚が置かれている。その間に幾つかの柱のようなものが立っている。また床には白線(テープ)があり、3つの別空間を出現させている。舞台奥(戸外イメージ)に当時を感じさせる黒合板が張られているのが見える。この和・洋の屋内は、家族の生活様式を具体的に見せ、間にある柱などの空間は、観客が情景や心情を自由に感じ取ることが出来る、一種の心象形成を成すようだ。
冒頭、しょうちゃんが拉致されるようなシーン。2つの家族が客席を凝視しているかのような光景は、事件のTVニュースを見ているということか。引き幕に公演関係のクレジットが映し出され物語が始まる。事件の真相を探る刑事は、その職業とともに家庭人(父親)という顔も描く。通勤ラッシュ、集合住宅の購入という刑事をサラリーマン風に描くことで、新しい家庭(族)観が透けて観えてくる。約半世紀前の事件を通じて、「仕事」と「家庭」という現代にも通じる”人間”の話に繋がってくる。事件を決して暗くも重くも描かない、その坦々とした雰囲気とテンポが好かった。
上手側・和室が被害者宅、旧家で屋敷も広い。一方、下手側・ダイニングは刑事宅で集合住宅。この和・洋の住宅に家族構成(核家族)を重ねいろいろな対比を観せる。事件の被疑者は、本人のみが取調べを受けるという形で登場する。その家族は登場せず、住んでいる地区(地域)は、特別または差別されている場所のようだが、その説明は台詞のみ。事件の背景の複雑さ難しさが端的に解る。事件の真相は明らかにされないが、犯行の概要をおぼろげに示唆する。観客(自分)が消化不良にならない程度に見せているところが心憎い。
公演では、2つの家族の視点から観た事件、その交差する役割を刑事の二女”しょうこちゃん(被害者も同じ呼び名)”(吉水雪乃サン)が担う。毎晩うなされる夢、それが事件に関係しているような、そして刑事の父を思う気持が相まって被害者宅へ…。先に記した狭山事件の取り扱いの難しさを、家族という視点で概観を描く巧みさ。観応え十分であった。
次回公演を楽しみにしております。
ワンダフルワールド
甲斐ファクトリー
【閉館】SPACE 雑遊(東京都)
2017/08/09 (水) ~ 2017/08/13 (日)公演終了
満足度★★★★
序盤は緩い芝居と思ったが、段々とダークな物語へ変容しラストはとてもシュール。日本を代表する歓楽街を背景に、その底辺で生きる男と不器用な生き方しか出来ない女の再会は悲しい。
ちなみに作・演出は甲斐マサキ氏、そしてメインの登場人物は山梨県出身という設定はシャレであろうか。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
舞台セットは、数個の大小BOXがあり、シーンに応じて縦横に組み替えテーブル、机、椅子に見立てる。
梗概…物語は、甲府ワイン酒造家の富豪夫人・朝比奈怜子(山田由希子サン)が息子の難病治療(後に心臓移植手術と分かる)を依頼しているところから始まる。一転、某会社の事務室。そこで働く派遣社員・幸子(若林よるせサン)は人との関りが上手く出来ない。さらに場面は新宿歌舞伎町のホストクラブへ。そこで働く翔馬(野村亮太サン)は親の事情で国籍がない。この3人を中心に物語は展開する。ひょんなことから幸子が行ったホストクラブで翔馬と会うが、2人は幼馴染で十数年ぶりの再会。幸子は翔馬の紹介で新宿の裏社会で働くことになるが…。
微温的な主題を描く作品かと思ったが、ダークな社会、深層の人間的な軋みを男女に背負わせる。
無国籍の問題については、マスメディアでも取り上げられることがあり、当事者は学校教育が受けられない、各種契約が出来ないなど、人の存在自体が(書類上)無とされている。一方、幼い時から友達作りが出来ず、派遣先の会社でも「派遣さん」と呼ばれ、名前で呼ばれることがない。その意味で一人の人間として扱ってもらえない。この2人が出会った空き地、そこから見える光景の美しさ、一方、心に抱く哀切が痛々しい。孤独な2人の邂逅は、更に悲しくなる結末。
チラシにある”王子”は、「幸福の王子」(人間が必要な脳以外は臓器売買-王子の鉛の心臓以外は貧しき人々へ)になぞらえて、女性に夢を与えるホストと思ったが、別の意味でもあったようだ。さらに引用させてもらえば「迷宮のような都市で彷徨う二つの魂。引き裂かれる心臓」の一文に胸が痛む。
さて、新宿という繁華街の中の孤独。自分では、街中の孤独に心が動く。裏社会であっても自分が必要とされている。その闇背景は別にして、充実感は理解出来る気がする。
物語はきちんと収束する展開で、心情もしっかり観て取れる。演技力に差が見られるが、メインとなる人物は豊かな感情表現でバランスも良い。シンプルなセットであるが、情景・状況はつかめる。幕(影)絵の拙さも味わいがある。総じて良く出来ていると思うが、今ひとつ感情移入が出来なかった。その理由がハッキリしない不思議な公演であった。
次回公演も観てみたいと思います。
ナイゲン(2017年版)
feblaboプロデュース
新宿シアター・ミラクル(東京都)
2017/08/11 (金) ~ 2017/08/21 (月)公演終了
満足度★★★★★
初日観劇…満席で増席するほど盛況で、その評判通り面白い作品であった。昨年も観ているが、今年は新しいキャラクターイメージを目指すため、全員オーディションで選んだという。会議劇コメディであることから、その人物像をどう立ち上げるかが鍵となる。会議が終わるまで教室から出られないという、サスペンスとは別の密室劇でもある。面白く考えさせる芝居でもある。
(上演時間2時間) 2017.8.14追記
ネタバレBOX
セットは当初、授業形式に並んでいるが、会議が始まるとロ字型へ変形させる。会議劇だから当然であろう。また、上演時間とナイゲン討議時間(開演直後、下校2時間前に時刻を合わせる)に重ね合わせて臨場感を持たせる。客席は三方向に設え、観客には会議の立会人のような緊迫感が生まれる。
内容限定会議(通称:ナイゲン)は、高校文化祭”鴻陵祭”における各参加団体の発表内容を審議する場であるという(文化祭規約)。規約が”自主自立”の精神に則っている。すでに参加団体の催し内容も確認したところに、学校側から「節電エコプログラム 高等教育機関向け」の催しを押し付けられるが…。
発表内容に関する指摘、恋愛感情、学年優先や何となくなど、意味不明の理由まで飛び出し議論は漂流し続ける。始めの理論武装された議論から感情優先のドタバタコメディへ…。いつの間にか文化祭全体会議からクラス代表の顔になっている。下校時刻が刻々と迫ってくる。そんな中、演劇の上演許可を得ていないクラスがあった。ナイゲンの議論は、如何にこのクラスが主体的にエコプログラムを受け入れるか、という話へすり替わってくる。自主自律の精神に沿わせようとするもの。
教室から出られないという密室状態、しかも会議時間が限られているという空間と時間の制約に緊張が生まれる。テンポ良く、また疾走するような会話劇は、立会人的な観客も固唾を呑んで見守っている感じ。会話劇だけに登場人物のキャラクターや立場などが観(魅)せられるか。オーディションは功を奏したと思う。笑い、罵倒、落胆など様々な感情を実に上手く表現していた。
「内容限定会議は文化祭における各参加団体の発表内容を審議する場である」(文化祭規約)、とあるが、3年1組_花鳥風月の上演許可はどこ(誰)から得るのだろうか。根本的な疑問が生じてしまう。
また、各クラスの発表内容の審議結果を多数決(民主主義的な)で決める。討議では自分の考えを訴えつつも相手の言い分も聞くという態度が大切。物事を決める熟議のプロセスを重視している。意見の一致も大切だが、一人ひとりが違った見方で世界を見ることで世界はまともな形で存在するかも。芝居ではこの役割を3年3組_どさまわりに負わせている。にも関らず、全体討議終了後の採決は全会一致の承認が必要であると…そうであれば議論の過程の多数決は何の意味があったのだろうか、という新たな疑問も生じる。
日本における日本国憲法の自立とそれ以外に働く力の関係を連想してしまい…表層の面白さに潜む重厚なテーマ、実に観応えがあった。
次回公演を楽しみにしております。
サマデーナイトフィーバー
20歳の国
すみだパークスタジオ倉(そう) | THEATER-SO(東京都)
2017/08/07 (月) ~ 2017/08/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
台風3号接近により学校から帰れない、または帰りたくない高校生の夏休み前のワン・ナイト青春群像劇。一世を風靡したサタデーナイトフィーバーをもじったタイトル、冒頭そのダンスパフォーマンスから魅せる。
また舞台美術が物語を立体的にし、高校という子供から大人への変化する時期を表しているようで素晴らしい。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
セットは、舞台奥の左右にパイプで組んだ櫓が2つ。観客席寄りには段差があるマットが置かれ、その両外側に高さの違う脚立が立てられている。
台風というシチュエーションということもあり、天井部から水を落とし、雨のイメージを持たせる。演出の定石…登場人物がお披露目でマット上でダンスをするが、全員びしょ濡れ。先の櫓は、上手側が生徒会室、下手側が放送部(室)という設定であるが、それ以上に高校生活における人間関係の構築の違いを表す。生徒会室は数人の仲間が集まり友情・恋愛を育んでいく。一方、放送部は一人部員として活動する。自身がそう選択して人間関係に一定の距離を置くことで煩わしさを回避する。高校時代をどう過ごすか、極端に言えば「集」・「個」における心地良さが垣間見えていた。
台風を理由に帰宅しない学生の恋愛模様と両親の離婚により離れ離れになる兄弟の複雑な思い、そんな内容を中心に思いを相手に伝え、ぶつける。その行動を音楽(ウエストサイドストーリー、大塚愛「金魚花火」など)に乗せて躍動させる。想いがうまく伝えられない、羞恥、初々しさ、時に嫉妬・羨望など高校生らしい瑞々しさが微笑ましい。
様々なシーンが観客の神経を甘噛みしてくる。公演はリアル恋愛の写し絵のようであり、誰もが似たり寄ったりの過程の恋愛に投影されているようでくすぐったい。日常であれば男女の距離を縮めるのに時間が掛かるかもしれないが、台風という異常時の中で、一気に男女という性を意識し近接してくる。
学校内、夏休み前の一夜、台風という限定した場所・時間に青春という限られた一面を重ね合わせているかのようだ。シーンは変わるが、それらを収斂させることはしない。むしろ、校内で起きている様々な人間(男女)関係を開放している。
セットはパイプ組みの粗いもの。それは、色々な場所でのシーンを観せるため、空間の伸縮性に優れていると思う。また役者は常に舞台上(袖も含め)におり、演技している者と控えている者、いずれにしても同一空間(校内)にいることを知らしめる。だから放送部のラジオジョッキーの呼び掛けが生きてくる。
さらに粗さは、青春そのものの象徴的な表現。
次回公演を楽しみにしております。
グロッキィ・マリー
ボタタナエラー
明石スタジオ(東京都)
2017/08/09 (水) ~ 2017/08/13 (日)公演終了
満足度★★★
自分も酒は嗜むが、ここ数年はグロッキィーになるまで飲まなくなった。少しネタバレするが、公演は”愛飲家”ならぬ”遭飲家”の物語である。劇場がある高円寺、偶然見かけた駅ラックにあったフリーペーパーの特集が「高円寺 酒場案内」であった(余談)。天候不順でなければ飲んで帰りたかったが…。
(上演時間1時間20分)
ネタバレBOX
セットは、壁に凹凸ボードが貼られ、床は張り合わせがある不思議な空間。その壁際に椅子が何脚か置かれている。特殊なハウスであることは容易に想像できるが、そこで何を行うのか?一瞬、精神疾患の治療かと思ったが…。
アルコール依存症のケアハウスでの日常がユーモアを交えて描かれる。物語は分かり易く、むしろ何となく先々が分かってしまうので物足りない。
梗概…アルコール依存症者が共同で暮らし、アルコールに依存しないで暮らせるようになるまでの生活(性質・体質)改善を図る。ハウスを退所(卒業)する過程(課程)、そのシチュエーションを劇中劇として観せる。
公演では、なぜアルコール依存症になったのか、一人ひとりの実情の掘り下げがない。それゆえ人としての愁思表現が弱い。アルコール依存から立ち直るという”今”が中心であり、その意味で表層的な描きに終始したようで残念。
百薬の長と言われる”酒”その物を否定していない。むしろ人間の弱さがアルコールに向かわせているならば、その人が依存するようになった原因・理由をもっと明らかにし、再生していく展開にした方が感情移入し易い。また酒による害(例えば、冒頭の戦場を思わせるような幻覚等)がもう少しリアルに描かれると、ケアハウスの存在意義のようなものが鮮明になる。その結果、ハウスでの課程のクリアが切実なものとして受け取れるのでは…。
役者は面白く演じていたが、先に書いた人間としての深みが見られない。演技というよりは、脚本、演出の課題であると思われるだけに、本当に惜しい。自分は人間再生物語、その展開自体は好きなだけに勿体無いと思った。
次回公演を楽しみにしております。
ルート64
ハツビロコウ
【閉館】SPACE 梟門(東京都)
2017/08/05 (土) ~ 2017/08/11 (金)公演終了
満足度★★★★★
ロードムービーならぬロードストーリー、それも実際あった事件を連想させる。同時に事件の実行犯たちの心の彷徨として捉えることも出来る。自分解釈…「ルート”64”」は昭和最後の年(1989年)であり、平成元年でもある。その年に起きた事件をフィクション仕立てで描いていたように思う。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
事件とはオウム真理教による坂本弁護士一家殺害事件である。新しい年号になった年の秋に起きた事件。公演では犯行前後の足取り(走行ルート:地図の確認など))と平行して犯人たちの人生が語られる。その屈折した心が、オウム真理教への入信を促したことが説明される。犯行時やその後の手違いによる苛立ち、同時に犯人たちの過去と懊悩が語られる。この現在進行と過去停滞(悔悟)のような時間軸の違いで物語が展開する。犯行における役割・分担、立場と責任という通常の社会でも見られるような人間関係を、殺人という常軌を逸した中に当てはめてくる。そこに見えるのは、責任の回避・転嫁・放棄、自己弁護などの普通の人間性である。この期に及んでというか、異常な心理状態になっている様子が現れる。また高揚したのか、車中で中島みゆきの「世情」(3年B組金八先生」の台詞は伏線か?)を合唱する。
舞台セットは(ベニヤ)板で囲い、中央に同じように木・板を繋ぎ合わせた自動車。客席側に血まみれ衣装を着たクッション人形3体(大人2体、子供1体のイメージ)が置いてある。冒頭はシーツが被せられていることから、何が置いてあるのか分からなかったが、物語が進むにつれて明らかになる。
”宗教”という名のカルト集団。その後の社会的な風潮と制裁は、殺人集団として多くの教団幹部が司直へ…昭和から平成の時代への節目に起きた大きな(オウム真理教一連)事件。信者は教義を疑うこともなく、教祖の言葉には絶対服従である。一方、信仰の自由、人の心は縛ることが出来ない。信者の心にある二律背反するような苦悩が見て取れる。
公演では、事件そのものより人物の心情表現が先立っていたようで、心情と事件シーンの切り出しが交互に描かれ、時間の流れが足踏みしている感じ(激白シーンは時間が止まる)。役者の内面表現が上手いだけに、物語の展開よりも印象が強い。その相対として、表層のロードストーリーとして観せる面が弱く感じたのが少し残念。
この劇団の公演は、テーマの捉え方、その演出、照明・音響等の技術でしっかり観せる。本作も同様であるが、見巧者感が進ん(高じ)だようで、自分には性状の理解が難しく感じられた。それゆえ、情景の変化は音楽効果に委ね、状況(場面)変化は暗転を少し長くすることで、整理させていたかのようだ。
特殊な宗教、いや宗教と言うには疑問のカルト集団、その組織の中でどう生きるか。それは、”普通の組織”で今を生きる人間の共通した問題であるかもしれない。東西冷戦体制が終結に向かい、ベルリンの壁の破壊、天安門事件が起き、世の中が大きく変わろうとしていた時。その変化と不安定な時代、人の心を操り犯罪行為を実行させる。公演では黒幕は登場しない。登場人物たちが黒幕像を立ち上げ、観客にその人物をイメージさせる巧みさ。
次回公演を楽しみにしております。
ジュジュの奇妙な日常
ノーコンタクツ
萬劇場(東京都)
2017/08/03 (木) ~ 2017/08/06 (日)公演終了
満足度★★★★
東京都豊島区・トキワ荘に集まっていた漫画家たちの作品は、何作か読んだことがある。しかし、本作パロディ元になったと思われる「ジョジョの奇妙な冒険」は数シリーズしか読んだことがない。それでも当時話題になったこともあり、そのデフォルメされた画は印象的であった。
公演はストーリーの面白さというよりは、マンガ同様、奇妙な戦いという観せるところが魅力であろう。
(上演時間1時間35分)
ネタバレBOX
舞台セットは二階部を設え、一階中央部が出入り口。その左右にゴム壁を縦にスライスし、その細切れたところから影身または傀儡のようなものが出入りする。それをスタンツと呼んでいた。このあたりはパロッていたのが分かるが、物語はオリジナルのようだ。
物語は、それほど複雑ではない。にも関らずいくつかの疑問が…。まず物語のストーリーは2つ考えられた。第1に、この取材は予め仕組まれたもので、恋愛成就が目的か。副題、”エンゲージリングは受け取らない”は、この館が特別であることを知ってのアプローチ。第2は、素直にこの館の一族に積年の怨念を抱くものとの戦い。
スタンツ(幽波紋または波動体)は、自ら動いている。記憶がなく、体を乗っ取られていたようだが、本当の主人は誰なのか。また同じように最後に館に火を放ったのは誰か。黒幕の存在を思わせるが…続編の構想があるのだろうか?
公演はビジュアル的に、そしてダンスパフォーマンスで観(魅)せる。もちろんスタンドが持つ攻撃特徴がどう活かされるのか、その攻防が面白い。スタンツを出せるのは偶有、ある能力を秘めた者(遺伝か)とセーラー服が能力開眼のトリガーのようだ。
その演出の奇抜さと他公演では見られない女優陣(特に、古山彩美サン、あべあゆみサン)のセーラー服姿が良(珍し)かった。
次回公演を楽しみにしております。