タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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猫の夢をみていた

猫の夢をみていた

演劇ユニットastime

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2018/03/21 (水) ~ 2018/03/25 (日)公演終了

満足度★★★★

死にゆく者の怖れと未練、残された者の悲しみ寂しさを抒情豊かに描く。話は分かり易く観客の気持にスッと入ってきそうな展開である。悲哀は「雨」という涙で濡れていることで表現し、それを不思議な照明効果で観(魅)せていた。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

セットは3層、両側に2層部への階段、2層部は病院の中庭といった感じで、ベンチが置かれている。さらに3層部へは下手側に階段があり、そこは黒紗幕で照明を当てることで病室内であることが分かる。1階部がチラシ説明にある居酒屋イメージで横長テーブル、Box椅子が3つ並んでいる。

物語は3家族の「生」と「死」を見つめたもの。”泣かせる”ことが始めから分かる公演。話の1つ目はチラシにあるOLみなみ(古根村アサミさん:脚本担当)が居酒屋で後輩のタツと飲んでいる時、後輩の前の職場の上司カズ(橘宗佑さん)と出会う。カズは余命わずかなようだ。2つ目はタツの妹が交通事故に遭い脳死状態になっているが、その現実を受け入れられず、頻繁に病院に行く。3つ目は医者トットリ(今氏瑛太さん:演出担当)が死んだ妻を忘れられず、娘から自分を見ていないと心(母への嫉妬)を閉ざされている。これらの話が交錯してセットと同様、重層的に観せようとしている。そしてそれぞれの思(想)いを猫の目を通して見る。

全体的に死への怖れや生への執着が感じられず、いわば美しい絵画的な構成で感情移入が今一つ。淡々とした口調は、既に死を受け入れた諦念を思わせる。物語としては、”アナタを忘れたくない心通う”の謳い文句通り、心に残るしみじみとした内容だけに勿体無い。台詞も「サヨナラは(簡単)に言えない」や「人の(心臓)を貰ってまで生きる価値があるのか」という生へ真摯に向き合うような、そんな心に響くものがあるだけに…。

「雨」の表現は、照明(波紋、流線型)効果で柔らかく優しく描き(「猫」の表現を借りれば”あたたかい雨”)、その余韻・印象付けは見事であった。

次回公演を楽しみにしております。
秘密公表機関

秘密公表機関

劇団あおきりみかん

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2018/03/16 (金) ~ 2018/03/18 (日)公演終了

満足度★★★★★

東京公演の初日観劇。
特殊な秘密を持った者たちが、いい感じに秘密を公表するのを助ける物語。それを緩く笑える観せ方(ネオ・オムニバス)にしているが、底流にある研ぎ澄まされた人間観察は見事である。
誰もが共感出来そうな人間ドラマは、緻密で繊細な脚本、ポップで大胆な演出で紡ぐ秀作。
(上演時間2時間) 終演時、ネタバレには留意してほしいと(後日追記)

ネタバレBOX

セットは、中央に少し高くした平台。そこにテーブル、対面に椅子があり、その奥にスクリーンのようなものがある。チラシにあるような構図である。5話は基本的に同じセットで、特殊秘密公表部(通称:SPS)と特殊能力保持者の対話。各話に応じてセットや小物が運び込まれ分かり易く観せる。この展開がオムニバスのように展開されるが、ラストは全体を繋げるシチュエーションが明かされる。

物語は、特殊能力保持者の能力を聞きながらも、徐々にその能力の持つ潜在的な悩みが打ち明けられる。その光景は精神科医が患者の悩みを聴くようなイメージ。例えば…(後日)
第10回公演『オールド・フランケンシュタイン』

第10回公演『オールド・フランケンシュタイン』

唐沢俊一ユニット

小劇場 楽園(東京都)

2018/03/14 (水) ~ 2018/03/21 (水)公演終了

満足度★★★★

突拍子もなくハチャメチャな物語かと思ったが、しっかり収束させてくるホラーコメディは面白い。冒頭に何気なく流れてくる音声(馴染みの「指令」のテープ音)を聞き逃すと、その面白さは伝わり難いが…。
(上演時間1時間30分)【オールド・フランケンシュタイン】

ネタバレBOX

舞台は基本的に素舞台。板には変形曲線(池のような)縁取りをした部分があるが、それは背景になる地中海にあるフランケンシュタイン島をイメージさせるものであろうか。劇場出入り口の対角上に森林を描いた紗幕がある。

物語は島の領主・フランケンシュタイン男爵が亡くなり、その遺産相続を巡る身内や島民の思惑、同時に男爵が研究していた成果物を奪う、その交錯した展開を面白可笑しく観せる。島での暮らし(経済的)は恵まれているらしいが、島外に出ることが許されず、ある種の閉塞状態を強いられる。唯一、10年前に孫娘が島外へ出たことが例外であるが…。祖父・男爵の葬儀のため帰島してくるが、その容姿は相当変わったらしい。遺産は弁護士事務所で管理しており、遺言書を持って来ると言う。
遺産や研究成果を巡る話に絡んで、島民または孫娘も巻き込んだ恋愛騒動が起きる。島内の人々は少し変わっている、そんな人物紹介の仕方である。例えば、宿屋の女将は盗みの常習、同じ台詞の掛け声を発する男、そして色情狂者。どこか人間的な欠陥があるような、この描きが男爵の研究と繋がってくる展開は巧み。

アドリブなのか演出なのか判然としないが、いたる所で笑いの小ネタを仕込む。例えばストリート・ダンス、ものまね、ショートコントなどである。この小ネタが頻繁に物語の合間に入ってくるが、その挿入意図は分からないが楽しめた。

さて、物語は研究成果を狙って某国が暗躍(冒頭のテープ「スパイ大作戦」が伏線)し、島にスパイを送り込む?。それが以外な人物。スパイの登場に伴って島民全員が男爵の造った人造人間であることが明らかになる。男爵は不完全さを解消する、欠陥を直(治)すための実験を行っていた。公演ではフランケンシュタイン=人造人間=不完全と分かり易く描いているが、そもそも完全な人間などいない、という当たり前で難(かた)い話をコメディとして楽しませる。
孫娘が人造人間であっても成長(容姿の変化)したり、そもそも男爵は独身であったというオチがあることから理屈で観ても…。

次回公演を楽しみにしております。
廃墟

廃墟

ハツビロコウ

シアターシャイン(東京都)

2018/03/13 (火) ~ 2018/03/21 (水)公演終了

満足度★★★★★

一幕の濃密な会話劇。台詞の応酬は迫力があり圧倒される。戦後1年という混乱期であるが、日常の生活は足元にあり、当初交わされる会話は淡々としている。家族が食卓を囲むが、団欒の場でそれぞれの主義・主張、心情が吐露されるにともない、物語は最高潮に達したその先にある出来事は...。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

舞台は中央に木製の横長テーブルと椅子、そして裸電球が吊るされている。上手側に木机、下手側は低位に囲った衝立の奥に、粗末な炊事場のようなもの。上手・中央・下手のセットの下に穴がある。この部屋は遠戚に借りているのか、自宅なのか判然としなかったが、いずれにしても屋根裏という設定である。
防空壕を掘ったのは自分であり、それを埋めるのも自分の責任である。空襲で焼けた家を建てた時の建築費の取立ての場面もあるが、台詞に遠戚から借りているともあった。屋根裏、その「廃墟」のような所が、当時の日本人の心、日本という国そのものを表しているようだ。この場所同様、日本(人)の拠り所は、敗戦という混乱期にある仮の姿(錯乱)なのか、自宅という屋台骨(魂)も燃え尽きたのか。

父、長男、次男とその妹、その4人がそれぞれの立場で主義・主張を言い張る。4者4様の思いは当時の日本人が思っていたことを代表しており、それは現代にも通じるところがある。父は大学の(日本)歴史学者であり、自分も含め戦争回避出来なかったこと、無作為で知らず知らず戦争へ向かわせてしまった自責の念にかられている。そして闇市の食料は食さず栄養失調になっている。長男は脱資本主義(左翼思想)を掲げデモを計画しており、戦時中は反政府活動のため投獄されていた。自分達だけが反戦活動をしていた良識人と思っている。理想を唱えるが、日々の生活費は微々たるものしか入れない。次男は父、兄のように未来展望を描くのではなく、日々の生活の糧を得るため闇市から物資を調達している。粗暴な振る舞いなど刹那的な生き方である。妹は父、兄達の激論に嫌気がさし、家族仲良くという事なかれの哀願をする。相互に批判し合う姿は、日本(人)の混沌とした状況を映し出す。

物語は国家観の違いという骨太な内容、それを緻密なプロットと濃密な会話で描いているが、一方、個人的な恋愛感情を持ち込むことによって社会(国)と人間(個人)という観点の異なる出来事を同一場面で表している。色々な事柄を綯い交ぜにし収拾がつかないことが、当時の混乱を表しているようで観応えがあった。

基本は会話劇であるから動作(演技)が限られるが、穴を利用し出入りさせることで立体感を出し単調にしない、また電球のヒューズ交換という照明効果を入れるなど演出も上手い。そして議論(激高した怒声と観るか、力み過ぎと捉えるか)が高じ、最終的には暴力という人間の本性が露になるような...。

次回公演を楽しみにしております。
闘争・オブ・ザ・リング

闘争・オブ・ザ・リング

カラスカ

上野ストアハウス(東京都)

2018/03/07 (水) ~ 2018/03/12 (月)公演終了

満足度★★★★

タイトルはパロディで、さらにシチューエーションはある漫画を連想させるなど喜劇風。物語の展開は分かり易く、気張らずに観られる公演である。
(上演時間1時間50分)

ネタバレBOX

舞台は島根県の山奥にあるシャインホテル? セットはその館内で中央に赤いカーテン状の布、上手側に暖炉・薪、剣斧の壁飾、下手側奥に絵画、客席寄りの一部はレンガ壁。全体的に瀟洒なイメージに作り込んでいる。冒頭、山ノ内家に代々伝わる指輪...その不思議な「力」の話をする祖父と孫。ちなみに父はその不思議な「力」に屈したという。その指輪を持つと異性を惹きつけるという。 その「力」を利用し3年以内に結婚相手を探すことが跡取りの条件になっている。この結婚話とホテルのイベントを絡めドタバタ騒動が起き、無事意中の人と結婚出来るのか。

物語にそれほど強いメッセージ性は感じられないし、脚本・演出の江戸川崇氏も同様ではないか。観て楽しめる、それを主とした公演であり、自分では十分面白かった。話は不思議な「力」によって異性に好かれるが、自分が真に好きな人の心を繋ぎとめられない。言い寄ってくる女性の異様な目の光、そんな中、普通に接することが特別なことに思える。そこに無理のない自分を見出すことが出来るというオチ。それまでは、選り好みする男の弱さ、狡さが透けて見えている。本命の女性からの一言...積み上げてきた2人の記憶が大切という訴えが決めてとなる情けなさ。これは女との戦いか自分自身への試練か、いずれにしても「闘争」には違いない。

他方、ホテル活性化のため、従業員が勝手にイベントを催してしまう。今流行りのネットゲームのキャラクターのコスプレ。有名なゲームユーザーを招くが、このゲームは動物がアイテムらしい。そのコスプレ衣装と人間の取り合わせが、アニマルヒューマンという台詞として印象付ける。その演技を若いキャストが軽快でテンポ良く体現し、心地良い展開にしている。

最後に、話のシチュエーションは本宮ひろ志氏の「俺の空」を連想する。公演は3年以内に花嫁を探すという条件であるが、その知り合った過程が描かれない。先に記した”2人の記憶”という部分が分からず、台詞だけの説明では説得力に欠けるようで勿体無かった。コスプレ・イベントのシーンをもう少しコンパクトにまとめても十分楽しめるのではないか。

次回公演を楽しみにしております。
ロミミ_The W edition_

ロミミ_The W edition_

はちみつシアター

ザ・ポケット(東京都)

2018/03/07 (水) ~ 2018/03/11 (日)公演終了

満足度★★★★

芝居、歌、ダンスで観(魅)せるエンターテイメント作品。公演は、物語と歌・ダンスという2部構成のように思ったが、パフォーマンスの先に物語の魅力が隠されているような演出は巧み。
出演者が全員女性で華やかであるが、一方、女性の厭らしさ、面倒臭さという台詞に表されるような女性=人間らしい感情を強調させ物語を面白くする。
(上演時間2時間20分)【ステージミラクル】

ネタバレBOX

左右対称の階段状の舞台。その立体化した空間に魔法という非現実的(虚構)の要素を持ち込むが、そこで展開される物語は地に足を着けた現実に生きる人(OL)を鮮やかに描き出す。

梗概…海岸沿いの街にある電機メーカーで働くOL。主人公・アラヤン(小山まりあサン)は営業宣伝部に勤務しているが、不器用で仕事は今ひとつ。そんな中、会社では新製品の宣伝という仕事をアラヤンなどの落ちこぼれ軍「チームメトロ」に任される。
そしてアラヤンがリーダーに指名され、戸惑いながらも一生懸命チームメンバーに働きかける。一方、スーパーエリート軍「チームスカイツリー」は大激怒し協力もしてくれない。そんな時、掃除のパートが”給湯室のポットには、秘密がある”という不思議な話をする。そしてポットに触れた瞬間、その先から魔人、魔人ウーマンが現れ「お前の願い…(3つ)叶えてやる」という。アラヤンが願った3つとは、リーダーシップ、チームが仲良く、そして最後は…。

組織(会社)として新製品の宣伝と個人として同期入社のジャスコ(氏家康介サン)との分かり合える関係を持つこと。この2つを交錯させて物語に厚みを持たせている。新製品の売り出しにイベントを催す、それがダンスという魅力的な観せ方になり劇中劇のような演出にする巧みさ。

ハッピーエンドという予定調和を思わせるが、ラストは大地震が起こり崩壊した職場から同僚を助けたいと、その願いが3つ目になる。しかしアラヤン自身が…。アラヤンは別のところへ行ったが、自然や現実と異なる時空で一緒にイベントに参加している姿を見ると、少しホッとする。
物語同様、衣装なども おちこぼれ「メトロチーム」はスカート、スーパーエリート「チームスカイツリー」はパンツ姿として分かり易く観せる工夫をするなど細かい演出がうれしい。

最後に虚構の世界を描く公演は、夢のようなものだが、人は現実に生きていくことを直視させることによって、生き延びよと言われているようだ。
次回公演を楽しみにしております。
ラストステージ

ラストステージ

A.R.P

小劇場B1(東京都)

2018/03/02 (金) ~ 2018/03/06 (火)公演終了

満足度★★★★

故郷がダムの底に沈むことになり、最後の祭りに地元出身の地下アイドルを招きイベントを…。物語は順々に経過し分かり易い展開である。
当日パンフに脚本・演出のA・ロックマン氏が「おそらく下北沢で一番メッセージ性も訴えたい事もない、ただただ楽しい作品」と書いているが、自分にはメッセージ性云々は別にして楽しめた作品であった。
(上演時間1時間40分)

ネタバレBOX

劇場の特徴として2方向から観る舞台。基本的に物語を紡ぐ時は、故郷の酒場内イメージでテーブルが置かれ、ダンスパフォーマンスの時には素舞台にする。簡単な舞台転換であるが、時間の流れと同様、展開も分かり易い。

居酒屋の2人姉妹、姉の桜(沖なつ芽サン)は地元で結婚し、妹の桃子(針尾ありさサン)はアイドルを目指して上京していた。今、地下アイドルとして活動しているが、人気は今ひとつでアルバイトで生計を立てている。この姉妹はあることが原因で喧嘩をし、何年も会っていない。そんな中、故郷がダムの底に沈むことになり、地元の祭(オオダワ神社?-恋愛成就の神さま)に桃子たち地下アイドルを呼んでイベントを催すことにしたが…。その資金集めにクラウドファンディングを利用することにしたが、そこに絡んだ詐欺まがいの騒動が起きる。

物語は予定調和のハッピーエンドであるが、その観せ方が見事。ダム底に沈む故郷を、祭りを通して確かにそこに住んでいたという思いを胸深く刻み込ませるような描き方である。その喜びをダンスパフォーマンスとして表現しているようだ。
「頭空っぽで見られるノンストップ・フルスイングコメディー」、その謳い文句の通り笑い笑いで楽しめた。

次回公演を楽しみにしております。
スナック玉ちゃん

スナック玉ちゃん

株式会社BATON

中目黒キンケロ・シアター(東京都)

2018/03/01 (木) ~ 2018/03/05 (月)公演終了

満足度★★★★★

泣き笑いの物語、その観せ方は歌・ダンスを取り入れ視聴覚を刺激する典型的な大衆演劇といった感じで、心地良く楽しめる。舞台セットは、雰囲気も含め見事に作り込んでおり、物語は同一セットの中で時間を操り、現在と過去を行き来させ立体化している。演技はスナックという場所柄、そこの常連客などの会話を生き生きと紡いで行く。
(上演時間2時間10分)

ネタバレBOX

スナック「玉ちゃん」の店内、上手側にBoxシート、奥の壁が開き生演奏が聴ける。下手側はカウンター、スツールが置かれボトル棚等も設えてある。店内のカラオケシーンは客席へ向かって歌うが、舞台上は壁であり、なぜ壁に向かって歌うのかという笑いネタを仕込む。演劇でいう”第四の壁”(専門的な意味ではなく)を乗り越えて観客と一体となった楽しめる公演を意識しているようだ。その証に観客も舞台に上がりカラオケを披露する。

この店のママ(川上麻衣子サン)とその娘の15年(娘が10歳-小学校5年生と現在24歳-教師…母親への反面教師というシャレか)に亘る蟠り、それぞれの気持が痛いほど伝わる。夫が早くに亡くなり、女で一つで娘を育てる苦労。娘は母が学校行事にも来られず、学校で苛められる辛い思い。母娘の確執ため何年も会っていない。その娘が結婚することになり、彼氏が母親(スナック・ママ)に興味を示し、交際しているという素性を明かさず店に通う。店の常連客の心温まる会話や歌謡曲(カラオケ)が、仕事の疲れを癒すよう優しく包み込む。その雰囲気がすっかり気に入った彼氏がいつの間にか母と娘を取り持つような…。継母ならぬ「ママ」と「ハハ」という二重の愛情で包まれて育っていることを知る。
女は咲き続けること、単に生(は)えているだけでは生きている証にはならない。一生懸命に生きること、それがこの公演の隠れテーマでもあるようだ。

物語は、スナックで酔い潰れている母に向かって小学生の娘が「お母さんなんて大嫌い!」と叫ぶところから始まる。この小学校時代から15年を経た大人になっても許せない気持ちでいる。「スナック」の扉の向こうには歌が聞こえ、愛があり、お客さんはママが大好きだった。その彼女が結婚することになり…。2人の確執理由は、過去と現在を往還させ丁寧に描き出(心情描写)していく。

スナックのママ、従業員そして常連客も皆カラオケが上手い。さらに独特なパフォーマンス(「自衛隊での匍匐前進のバージョン」や「落語」等)で観客を魅了しつつ、従業員の訳ありトラブルも盛り込みいくつもの見所を作る。その意味ではエンターテイメントと言えるかもしれない。
こんなスナツクが我が家の近くにあれば常連客になるだろうな~、と思わせる温かい公演であった。

次回公演を楽しみにしております。
ゴミくずちゃん可愛い

ゴミくずちゃん可愛い

ぬいぐるみハンター

飛鳥山野外舞台(東京都)

2018/03/03 (土) ~ 2018/03/04 (日)公演終了

満足度★★★★

北区・飛鳥山公園に特設野外劇場を作り、そこで社会性の強い物語が繰り広げられる。と言っても公演のイメージはポップ調で観(魅)せるもの。公演の特長は開放感ある会場に閉塞する世界観、主人公の姿は生き活きとし、周りの人々との温かく仄々とした交流を描いているが、その未来は必ずしも楽観視できない怖さも潜ませるなど、相反するようなことが…そこに不条理が観てとれる。
(上演時間1時間50分)

ネタバレBOX

舞台は、公園という場所(自然)を後景に従え、中央にレンガ作りの変形アーチ状のオブジェ、その横に台座のような別空間。そこは夢の谷(通称:ゴミ谷)というゴミ溜め場という設定であり、主人公ゴミ(籠谷さくらサン)は生まれてすぐ捨てられた。

梗概…彼女は14歳、周りの人々に支え愛され育ってきた。しかし劣悪な環境下で育っているため、毎年・誕生日に手術(体内浄化が目的か)しなければ生きられない。なぜ自分だけ痛く辛い思いをしなければならないのか。だから手術のたびに周りの人々が輸血をしていることなど思いもよらない。彼女自身の生い立ちと同時に世界の動きを章立にして展開していく。
世界中のゴミが運ばれてくる「夢の谷」。ゴミちゃん達は毎日楽しく平和な暮らしをしていたが、他方、世界の各所で大・小規模の戦争・紛争が激しさを増しゴミ谷に運ばれてくる瓦礫の山も増える。そして世界のことなど何も知らない純真無垢な少女達が世界、現実を突き付けられ…。

冒頭の展開から、始めは「環境」問題も含んだ、広範な社会批判を観せる物語かと思った。しかし戦闘・戦場シーンから瓦礫のゴミに繋げるところから反戦的な色合いが強くなってきた。先にも書いたが、その観せ方はあまり重くならず、日常を明るく元気に過ごす少女達の生活から切り取っている。一方、意識しなければ社会・世界情勢に疎くなり足元に軍靴の響きが大きくなる怖さ。その戦争を戦場カメラマンの目を通して描く不条理劇、観応えがあった。

躍動的な演技、軽快な台詞回し、理屈では追いかけられないようなストーリー展開、野外劇場らしいスペクタクルな観せ方など、じっくり考える批判性の強さとは真逆の世界観で演出する。大勢の役者が「夢の谷」で生きざるを得ないことを表すため、ほとんど役者が舞台上にいる。しかし主要な人物の立場・役割は明確で物語の訴えはしっかり伝わる。
ラスト、「夢の谷」という名前とは裏腹な劣悪環境下、ゴミちゃんは18歳でその人生の幕を閉じる、ハッピーエンドに終わらせない強かな公演である。

次回公演を楽しみにしております。
新宿の紫のバラ

新宿の紫のバラ

めがね堂

新宿眼科画廊(東京都)

2018/03/02 (金) ~ 2018/03/05 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

作家の妄想か作劇中の出来事か、その不確かな物語が魅力的である。公演の雰囲気は心象劇を少しミステリー風に仕立ている感じ。構成は劇中劇のようで、当日パンフに某作品等を本編中に引用、参考にした箇所があると記しているが、本公演にはそれを台詞として取り入れるなどウィットに富んでいる。
(上演時間1時間30分)

ネタバレBOX

挟み客席の舞台、セットらしいものは壁際に置かれた椅子等だけで、ほぼ素舞台。役者は登場する時以外は壁際に座っており、観客同様に第三者的に俯瞰しているようだ。劇中では、この会場「新宿眼科画廊」を繰り返し説明(住所も含め)し、その都度、ここが「劇場」なのか「病院」なのか”場所”を意識させる。作劇中という劇中劇なのか、作家の心内妄想かという不思議な世界に誘われる。

主人公・タケシゲモリヒコ(佐藤匡サン)のオドオドした態度、優柔不断な行動が物語りの雰囲気を作り出している。この主人公が第三者立場から劇作家へ…しかしそれは現実なのか妄想なのか曖昧としている。物語の舞台は東京・新宿歌舞伎町という日本一の繁華街で、男性作家と女優が繰り広げる濃密な会話劇。2人の出会いがこの街にある「劇場」なのか「病院」なのか場所も定かではない。そして「劇場」であれば現実の作劇中、「病院」であれば妄想の精神疾患というイメージを抱かせる。

文学的でありながら生活感をすくい取る台詞、雑踏の中に孤独を思わせる都会の景色と、そこで活動している2人、その周りの人々の姿を体温や匂いも込みで伝えてくる。まるで”心”を失った2人の短い時間の緊密な関係性が浮き立ってくるようだ。
公演では素舞台のせいもあり情景は鮮明にならないため、観客(自分)の思いを自由にすることによって人の心理が見えてくるようだ。作者・武重守彦氏が劇中(同名)に入り込んで身近(得意)な世界を巧みに表現し、それを人物(役者)の濃密な会話によって感情が揺さぶられるためであろうか。衝撃的なラスト、主人公の男の願いも虚しく一目惚れの女は…実に余韻が残る。

次回公演を楽しみにしております。
みんなの伝統芸能―浪曲・落語・狂言―

みんなの伝統芸能―浪曲・落語・狂言―

あうるすぽっと

あうるすぽっと(東京都)

2018/02/16 (金) ~ 2018/02/18 (日)公演終了

満足度★★★★

「みんなの伝統芸能」―浪曲・落語・狂言―として、みんなで一緒に日本の芸能を楽しんでみませんか?という謳い文句で3日間に亘って違う分野の日本伝統芸能が演じられた。その1つが「ケイコ先生の浪曲でナイト!」であった。
「進ぬ!電波少年」で家庭教師をしたこともあり、先生というだけあって「浪曲」の楽しみ方をたっぷり観(魅)せ、聴かせてくれた。
(上演時間1時間30分 途中休憩15分)

ネタバレBOX

浪曲師の春野恵子サンがキーボード:赤石香喜氏、ギター:YAMO‐Boo氏と繰り広げたセッションは、ロック浪曲と呼んでおり、演目「高田馬場」を一人ミュージカルのような。浪曲では年末の定番「忠臣蔵」が多いそうだが、後日そこにも登場する人物を紹介する。

「進ぬ!電波少年」で家庭教師・ケイコ先生をしていたが、浪曲講座のような展開は面白かった。驚いたのは、彼女の話術・トークセッションが見事であった。
春野サンから「今まで”浪曲を聴かれたことのある方、手を上げて!」という問いに、数人が挙手した程度であった。次に「浪曲」の声の出し方、3段階あることを教えてもらい、観客が 声を張り上げた。
さらに「浪曲の掛け声」について「お教えしますから、掛け声お願いします」という感じである。まず浪曲師が登場したら「待ってました!」と声を掛け、三味線が”シャン”と鳴ると「たっぷりと!」、そして一節うなると「名調子!」となるらしい。その続きもあるらしいが、遠慮したのか教えてもらえなかったが…。場内は大笑いで舞台(出演者)と客席が一体となり大いに楽しませてもらった。

最後は、浪曲「神田松五郎」という演目。曲師(三味線):一風亭初月サン。
内容は、落語の五代目古今亭今輔の噺、「ラーメン屋」を思い出したが…。
次回公演も楽しみにしております。
テンペスト

テンペスト

劇団つばめ組

シアター風姿花伝(東京都)

2018/02/15 (木) ~ 2018/02/18 (日)公演終了

満足度★★★

旗揚げ10周年を迎える劇団つばめ組が上演するのは、シェイクスピア最後の戯曲テンペスト。自分は未見であったが、こういう劇なのかと呆れ驚いた。前説によれば「テンペスト」を邦訳すると「嵐」であり「バカ騒ぎ」になるらしい。粗筋からすると前者「嵐」のような気がするが、この公演の描き方は後者「バカ騒ぎ」に思える。その捉え方によって観客の好みは分かれるだろう。
(上演時間1時間50分)

ネタバレBOX

舞台セットは、中央の平台、左右に階段があり、上手側に窓。物語の構成は二重構造のようで、一方は悪意、他方は善意といった結末の違うもの。どちらも新しい世界であるが、人生の儚さはどちらも同じで夢か幻のように描く。

説明から物語は、ナポリ王アロンゾーとミラノ大公アントニオーを乗せた船は嵐に遭い難破するが、それは元ミラノ大公プロスペローが妖精エアリエルを使い起こしたものだった。十数年におよび復讐を目論むプロスペローだが…、といった内容のようだが、その面白さは伝わらなかった。
この劇は,嵐の場面から わずか数時間のことを描いているに過ぎないらしい。だから観客にとって、劇の中で進行する時間と現実の時間とは一致して観える。眼前の出来事は観客の生きている現実の時間と並行して同時進行していく。しかし、そこに劇的効果として文明発祥の歴史が観えてくるはずなのだが…。

印象としては、歌謡番組のパロディ、ゲストの音楽(商品)紹介シーンを劇中劇として挿入し緩い笑いを誘う。しかし、これが思いのほか長く感じられ、本来の物語の面白さを損ねたと思う。酔いの3人組、その台詞も聞き取り難く、ここでは何を表現したかったのか疑問。本来の物語は、他のシェイクスピアの悲劇と喜劇を混在または融合したようなもののように思うが、「テンペスト」のパロディといった感に止まったのが残念だ。

ラスト、先に記した2重構造で言えば、悲劇-復讐と捉えれば死が待ち、喜劇-回帰と捉えれば全てを許すという分かれ途。どちらの世界もあり得るから、それは観ている人の判断、好みに委ねられるというもの。自分ではさらに違った思いとして、もう少し遊び心を抑えた公演が好ましいが…。
次回公演を楽しみにしております。
川、くらめくくらい遠のく

川、くらめくくらい遠のく

ムニ

新宿眼科画廊(東京都)

2018/02/16 (金) ~ 2018/02/18 (日)公演終了

満足度★★

チラシには、川を見ている人よりも、3つの川の見え方がある…そんなことを信じてやっていきたいと書かれている。
本公演は何を伝えたかったのか、観せたかったのか最後まで解らなかった。60分という短編にも関わらず冗長に感じてしまい残念に思う。
(上演時間1時間)

ネタバレBOX

素舞台、白線の囲いの中で役者3人が、ほぼ同じような演技を坦々と繰り返し、台詞も皆同じように朴訥とした口調でテンポもメリハリも感じられない。3人(1人何役も担い、何人の登場人物がいたのか分からない)が住んでいる街、暮らしと生活空間の紹介を長い時間軸をかけて説明しているが、その割りに街のイメージが浮き上がってこない。

先に書いた、川を見ている人=観客よりも、3つの川の見え方=表現を優先したような感じである。作・演出の宮崎莉々香女史は、「ぐらつきのなかで、浮かび上がってくること『見える』というささやかさについて表現しました」とあるが、それが観客にも伝わること(内容)が必要ではないだろうか?3人の間での会話らしい会話がなく、あくまで一方通行のような説明では舞台としての立体化がなく飽きてしまうと思う。

もちろん芝居は観る人の感性によって受け止め方が違う。全ての観客を満足させることが出来れば、それに越したことはないが、そのために作者が自分自身を見失ってはならない。その意味で、”こう表現したい”という思いは持っているようなので、もう少し観(魅)せる公演を期待しております。
search and destroy

search and destroy

うんなま

インディペンデントシアターOji(東京都)

2018/02/17 (土) ~ 2018/02/18 (日)公演終了

満足度★★★

公演の内容は、”結論”めいたものがあるような、もしくは観えるようであるが、実際は終わらない創作過程の思索面を描いている、そんな印象を受けた。深い理屈の世界、観客の思考を強く刺激するもので、その表現はコミカルなショートコントを織り込む手法で飽きさせない工夫をしているが…。
それでも自分は、もっと気軽に観て楽しめる公演が好みである。もちろん喜劇であり悲劇であっても何らかの”モノ”が自分に残れば満足である。その意味で、本公演は自分には合わなかった。
(上演時間1時間20分)2018.2.23追記

ネタバレBOX

少し段差のある舞台に三面の衝立。正面と右手側には1文字ないし2文字が書かれた張り紙。左側の壁はハートマークが並ぶ。上部には短い垂れ幕がある。
基本は、張り紙に書かれている文字(題材)に基づいて物語を構成しているのだろうが、それで何を伝えたいのか、何を見せたかったのか理解が難しかった。自分(観客)の勝手な思い込みで好・嫌の趣向が分かれるようで、主宰の思いがどこにあったのか。

当日パンフには、大阪での評価はオルタナティブ(「言い換えれば「ようわからん」)ということらしい。自分の感情にピッタリの表現である。繋がりがあるとは思えないようなショートストーリーで構成された公演は、斬新なのか無謀なのか…。ハイ、観客の皆さんどうぞ考えて下さいと。

早い段階で、合唱の練習風景のシーンで、見学者が合唱指揮者へ批判的な表現。それに同調した合唱団員による指揮者解任(辞任か)のような。それからは自分たちのやり方で進めていく。体制的ではない、自主独立的な行動を思わせるようなシーンがある。この公演で感じることは、ショートストーリーに込めようとしている内容が、何か比喩・暗喩のような、恣意的なものを感じる。
しかし、例えば素直に音楽的なシーンとして捉えれば、指揮者はオーケストラや吹奏楽・合唱等で、各パートの演奏をまとめる役割を担っている。表現全体を考えて音程・音量・音色・奏法や歌唱法・パートの音量バランス・テンポ等を指導し、ミスやずれを修正して、演奏の完成度を上げるもの。確かに指揮者が不在のケースもあるが…。

公演全体の印象が、「言葉」に拘った遊びのようで、各ショートストーリーに深みや共感を感じることが出来なかった。逆に理屈・理論の中に取り込もうとする恣意的な思惑が垣間見えたのが残念であった。”何か”を追求する野心的な作品のような…それを”張り紙”という視覚的表現をもって観客と物語の繋がりを持たせようとしている。
さて、チラシにある「共有」について、現代は通信技術の発達に伴って瞬時に世界的スケールで情報の「画一化」を招くが、一方、個人の表現の領域を拡大し「”多様化」ももたらす矛盾したような効果も現れる。そんなところに劇団の特徴である「現代性と演劇的猥雑さの両立」という作風を感じることが出来た。
沈黙の音

沈黙の音

演劇企画アクタージュ

参宮橋TRANCE MISSION(東京都)

2018/02/15 (木) ~ 2018/02/18 (日)公演終了

満足度★★★★

チラシの説明…ある地下室で起こった男の事故死 はたして男の死は本当に事故死だったのか。彼らを待ち受ける真相とは…とミステリー風であったが、内容的にはサスペンス劇に近い。彼らとは、実際に登場しない”死体”を含め6名であるが、”沈黙”の死体によって崩壊していく人間関係の”音”が聞こえてくるようだ。
(上演時間1時間20分)【Bチーム】

ネタバレBOX

舞台は死者の自宅の地下室。そのイメージはコンクリートむき出しの壁、上手側にソファー、ダストまたは排気口、下手側奥に外への出入り口の階段があるが、今はその蓋(扉)に鍵が掛かっている。客席寄にテーブルがあり雑多な小物。そして地下室にトイレが…。上演前は立ち入り禁止のテープ、死体があったことを示す跡。

暗闇の中で目覚め…何処にいるのか、今何時なのか、という日時場所が解らないまま其処に居る人物紹介が始まる。見知らぬ同士、何故ここにいるのか、そして密室という特別な状況下で疑心暗鬼になっていく心理状態を描く。その不安と焦りのようなものが怒声に表れる。サスペンス風に緊迫と緊密な関係性が次々と明らかになっていく。

密室ミステリーの謎解きを期待したが、登場人物それぞれに殺人動機のようなものが見え始め、互いに疑いと詮索の目を向ける。その動機に基づく、各人の心理状態をシュミレーション回想として挿入してくる。その時に死体が生前の姿として現れるが、それはもう一人の登場人物が…。当初ミステリーとしていた密室が案外簡単な、というか元々密室では無いような。
男の死を巡り虚々実々の会話が繰り広げられるが、時にまったく関係ない方向へ誘導するのは、観客操作であろうか。例えば「News23」が始まる時間帯のこと、ペットボトルの差し入れの如くである。

ラスト…ある登場人物へスポットライトが朱色、まさに血に塗られたようで、そこに佇んでいる姿は狂気の様。そして流れる音楽が印象的であった。

次回公演を楽しみにしております。
私信/来信、ユートピア

私信/来信、ユートピア

青色遊船まもなく出航

シアター風姿花伝(東京都)

2018/02/09 (金) ~ 2018/02/12 (月)公演終了

満足度★★★★

チラシにユートピアとは「素晴らしく良い場所であるが、どこにもない場所」と書かれている。現実には有り得ない永遠平和だが、あの世と対話する行為を”祈り”と呼ぶ人もいる。
この公演では死者も出るが、物語の主要な役柄はオカマで、死者との関わりで魂を失った人物として描いている。
それにしても観念的で一筋縄ではいかない思索を要する公演であった。
(上演時間1時間40分)【来信、ユートピア】

ネタバレBOX

舞台はオカマBar「純」_日常とはちょっと異なる場所であるが、そこで働く人の過去や現在の心境を通して生活感が浮き上がってくる。繁華街にあるであろうBar店内、そこで働いている人々の孤独、悲哀といった感情を賑やかな場所(街)と対比させることで、より空虚感が強まる。妻を癌で失ったオカマ・ユキ(大竹崇之サン)は、ひょんなことで知り合った家出少女・アコ(川島まゆかサン)との出会いと触れ合いによって魂を再生させていく。その過程を、過去と現在を往還させて紡いで行く。

この店の来店客の苦しみ悩み、店員(オカマ)と客の双方の苦悩から見えてくる生き難さ、そこで披瀝されるのが”化粧”の話…化粧とはゲーム、過去を隠して自分を隠して(言い換えれば偽り・誤魔化す)、自分を好きになる。時々発せられる禅問答のような台詞。その会話が観念的で深い。さらに化粧は色が分からない、感じる心は奪われないと進む。虚飾は化粧だけではなく、衣装さらには女装へ広がる。ユキは妻・雪乃(長谷川景サン)を失い魂を失っていた。因みに、色は色弱者のデザイナーとの関わりもある。

舞台セットは、奥にユキの部屋(現在と過去に雪乃と暮らしていた所)、そこには所狭しと衣類が散乱しており、その中にベット。客席寄はオカマBar「純」の店内…下手側にカウンター、上手側にBOX席があり、カウンター・テーブルの両方にボトルが置かれている。その舞台セットを黒の紗幕で閉め、客席との間に別空間(街中)を出現させ立体感を演出する。

回想への恐怖がノイズ、現実の生活を雑踏・列車の軋みという効果音で表現している。また紗幕全面やボトル内に電飾を施し点滅させることで幻視的な効果を生む。ラスト、ユキは鬘、女装を解き新たな一歩を…。
しかし、せっかくのオカマとしての存在と独特な会話が生きてこないのが残念。単なる化粧という外見の虚飾を装うだけに止まったように思う。

次回公演を楽しみにしております。
南大塚演劇市2018

南大塚演劇市2018

としま未来文化財団

南大塚ホール(東京都)

2018/02/10 (土) ~ 2018/02/11 (日)公演終了

満足度★★★★

「南大塚演劇市2018」…今回で6回目になるという。コンセプトは「自分たちの作品を地域の人に観てもらいたい」「いろんな団体と知り合いたい」「演劇に関わってみたい」「身近で演劇公演を楽しみたい」 、演劇サークルや劇団と地域の人々との交流の場を願い始まったらしい。

今回観劇したのは、劇団東俳 劇団員による「こちら、オフィス堂島」(ちなみに前日「劇団東俳 サークルかぐや姫」が別演目を行っているため「劇団員」としている)。
演劇市のルールで1時間以内の上演時間という制約があるにも関わらず、分かり易い展開で、しかもラストはミステリー要素が加わり観応え十分であった。
(上演時間55分)

ネタバレBOX

舞台セットは、上手・下手側ともに段差のある棚台、客席寄りにテーブルと椅子というシンプルなもの。もっとも置いてある意味合いは異なるようで、上手側は家庭内(三國屋家)のテーブル、下手側は事務所(堂島会社)の机といったイメージである。

物語は、何をやっても中途半端な男・岡崎雄太28歳が就職活動を始めるところから始まる。説明には、この会社は普通の会社とは違う裏の顔を持っていた。この会社の仕事とは?そして岡崎雄太の運命は如何に?という意味深なことが書かれている。物語が進展するにつれ、ブラック企業の様相を帯びてくる。会社の活動として2例が描かれるが、いずれも会社が仕掛け、その依頼に基づいて仕事を進めるという出来レースのようなもの。そのやり方に疑問、抵抗感を持った雄太の感覚は正しいと思うが…。それに対して社長・堂島玄介は”言葉でなく感じてほしい”と観念的な返事である。そしてこの世には必要悪がある、とも言う。

雄太の目を通して、社会は世間の良識や善意だけでは成り立っていない。それを若さとユーモアを絶妙に織り込み人生の迷路に明かりを灯すような話。物語としては分かり易く、ラストにしっかりオチもあり面白い。
自分の呟き…もっと正攻法な方法で仕事に取り組めないかなぁ~。まるで社員を偽り、試すような仕組みの仕事は…まぁ、芝居ならではでしょう。

次回公演を楽しみにしております。
いずこをはかと

いずこをはかと

PocketSheepS

TACCS1179(東京都)

2018/02/08 (木) ~ 2018/02/11 (日)公演終了

満足度★★★★

タイトル「いずこをはかる」の意…劇中の説明によれば日本の古典に求めることが出来るようだ。意味は” どこを目あてにして”という曖昧なものらしい。
物語は、チラシの説明に書かれている通り、大正というデモクラシーが高揚してきた時代を背景に、少し大げさに言えば家訓という縛りと自由・解放という「家制度」と「個人」という対比構造が透けてくる。タイトルは家制度と個人の両方に係るような意味合いを持っているような…。
(上演時間2時間10分 途中休憩なし)

ネタバレBOX

舞台セット…左右の壁はステンドグラスまたは寄せ木細工の模様のような小片を結合し、形状・模様を表現したものが描かれている。正面は両開き扉でその上部の壁も形状・模様が施されている。セットはいたってシンプルなものであるが、これは多くの場面が繰り返し登場するため、観客に情景・状況の固定観念が生まれないような配慮とアクションスペースを確保するためであろうか。

梗概…その昔、主人公が居る財閥先祖が主君へ献上(生あるもの)したが、大事に仕舞い込み餓死干乾びた。逆上した殿から厳罰、呪いが…。以降この家では大事な者(長女)は屋敷奥へ閉じ込め、外部との接触をさせなくした。外に出れば必ず周囲の人々も含め"災い"が起きるという言い伝え。
しかし、四六時中家の中では退屈、刺激もないことから外に出てみたいとの欲求も自然の成り行きであった。そんな時、金目当ての泥棒(スリ)集団が屋敷に侵入し手違いから娘を連れ出してしまう。いや、娘が連れ出して欲しいと懇願したというのが正しい。
その道行きは…。ちなみに”災い”とは、希望を持つから絶望が生まれる。初めから希望などという幻想は抱かないこと、自由恋愛もなく決められた相手と結婚すること。ここに大正期へのアイロニーも垣間見える。

人それぞれの境遇や立場がしっかり説明され、それに従って行動している。躍動的な体現、時に観念的な台詞、理路整然とした理屈では追いかけられないストーリー展開、そしてミステリー要素も加わる。泥棒の生活感と財閥令嬢の自由奔放な考え、妄想がうまく対比され、大正という明治期と昭和期の狭間にあった短い期間の特徴を表現していたようだ。それは壁に描かれた模様等によっても印象付けられる。

財閥家の当主は妹(瑠璃=和泉奈々サン)を閉じ込めておきたい、一方泥棒(珊瑚=植草みずきサン)と変な友情が芽生え、双方とも自由に成りたいとの思惑は一致し遠方への旅立ちを試みるが…。そこに刑事、泥棒仲間やその親代わりの女親分(銀子=きむらえいこサン)、この出来事に便乗したい新聞記者、瑠璃の婚約者(当事者同士は面識もない)、使用人、さらに神父、修道女等、多くの人物とシーンが登場する。

全体的に演技が大げさ、騒がしいイメージが強く、当主・鋼太郎(内堀克利サン)が現れる場面が説得、説明場面ゆえ落ち着いて見えた。特長として、珊瑚役がストーリーテラー的な役割も担っているようで、物語の展開や心情描写への導きとしては効果的であったと思う。ラスト、遠く南の地で観たいと願った蝶が舞い余韻が…。

次回公演を楽しみにしております。
瀬戸の花嫁

瀬戸の花嫁

ものづくり計画

シアターKASSAI【閉館】(東京都)

2018/01/31 (水) ~ 2018/02/04 (日)公演終了

満足度★★★★★

瀬戸内海にある小さな島、その島の高齢化、人口減少さらには経済活性化という問題が散りばめられた公演…まさに現代日本が抱える問題そのもの。
前回公演が好評であったことから、3年越しの再演というが実に面白い。物語は島という限られた所、時間は順々に経過し分かり易い展開で気軽に楽しめる。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

舞台セットは瀬戸内海に浮かぶ小島…戸美島の公民館ホールといったイメージ。その室内、正面に窓ガラス、壁には島民の集合写真や表彰状が飾られている。下手客席寄に階段を設え別スペースを作り出す。

梗概…高齢化、少子化さらに島の若者は島を離れ都会へ。その状況を何とかしようと結婚相談(所)会社を通じて集団見合いを企画する。島の男たちの願いが叶い、都会暮らしの女性5人が応募して来た。その紹介映像を観て、さらに期待膨らむ男と島民。その準備の過程…見合いの時の話題、趣味趣向などをシュミレーションする姿が滑稽に描かれる。そして若い島民同士の男女・男男の恋愛事情、誤解・勘違いも絡んだドタバタ騒動。そして見せ場である見合い当日を迎える。一方、都会から来た女性たちにも色々な事情があるようで、果たして集団見合いは成功するのか…。

島という閉鎖的と思われる土地で、行き違いがあれば気まずい思いを引き摺りそうである。しかし、この島の人達はみな優しく温かい。島が一つの家族であり助け助けられという相互扶助が見えてくる。しがらみと閉鎖性というネガティブなことを連想しがちだが、ここでは真逆の「しがらみ」⇔「親和性=家族的」、「閉鎖性」⇔「受容性」としてポジティブに描いている。都会…東京砂漠・隣人何する人などという言葉は無縁である。娯楽施設や大型スーパー等は考え難いが、それでも島の良さが溢れている。そんな島に嫁が…。1人で島民になる不安が集団見合いで解消されるか。そんなところも見所かもしれない。

過疎化の島が抱える社会問題と、男女の出会いが乏しい人口減少のテーマを明るくポップに伝えるコメディ…という謳い文句。島民同士のカップルについて、一般的には身近で人柄も知っているから恋人関係へ発展しそうであるが、それが逆に幼い時から兄妹のようにして育ってきたという特殊?な環境下の悲哀という細やかな感情表現も自然で上手い。ほんとうに堪能しそして楽しめた。
さらに第二の故郷が広島である自分にとって、全編本格広島弁はリアルな世界観であり懐かしくも感じた。

次回公演も楽しみにしております。
ちょうどいいひと。

ちょうどいいひと。

Nuts Grooove!

コフレリオ 新宿シアター(東京都)

2018/02/01 (木) ~ 2018/02/04 (日)公演終了

満足度★★★★★

時間と技術を使い仕上げたであろう公演、これから(今後)観るであろう人達のためにも筋の紹介は簡単にしておく。本格ミステリーではないが、ラストシーンはアッと驚くような展開であり、本公演は再々演であり今後も上演の機会がありそうだ。
ちなみに「ちょうどいいひと。」とは、説明によれば「感情的じゃなくて、聞き上手で、自分の意見を言えるほど強くはないけれど、でも優しくて。前に出過ぎず、後ろにも行き過ぎず。社会の輪の中に、ちょうどよく存在している。」という人のことらしい。その曖昧な人物像を独特な切り口で描いた物語は観応えがあった。
(上演時間1時間45分)【Bチーム】

ネタバレBOX

舞台はあるレンタルルームと喫茶店の2光景。登場人物は僅か4人(常時登場は3人)で、そこで展開される物語は、”ちょうどいい人”ならぬ”聴(努)言い人”になってみたかった3人の話。人の手の平の上で踊る、そんなシュールでブラックユーモアが感じられる公演。

梗概…「ちょうどいいひと。」になるための啓発セミナーに大金を支払い参加したが、肝心の講師が現れない。男女1人が一枚テーブルに座って待っているが、お互い存在を意識しているが声は掛けない。そのうち遅れて別の女性が現れ時間だけが経過していく。もしかして詐欺かも…。別の日にもセミナーがあり、改めて参加してみようか。セミナー室から喫茶店に場所が移り、この時も些細な言い争いが繰り返される。この時点で人間関係が上手く築けない人達であることが解る。別の日にも顔を合わせるが…この間にそれぞれの人のプロフィールが自己紹介という形で説明される。

男(由原誠)…48歳・会社員。会社で上手く立ち回れず精神的な病になった。女(藤崎いずみ)…39歳・スナックママ。自転車乗車禁止の商店街で、後ろから自転車に乗った小学生に”ジャマ”と叫ばれ対人恐怖(トラウマ)に。女(山本絵理亜)…40歳代か?幼い頃から人間関係は苦手。コスプレで外見を装い内心を隠す。そしてレンタルルームの清掃員のおばちゃん(愛ちゃん)が仄々とした雰囲気を醸し出す。全員が一見、一癖二癖もありそうな人物ばかりであるが、底には人が持っているであろう承認欲求という普遍的な願望が透けて見えるようだ。

基本的には会話劇であり、物語の面白さは構成・展開に左右されるだろう。日常生活(過去も含め)や対人関係の良好を目指すというささやかな願望を軽妙でコミカルな会話で紡いだ秀作。それを細やかな演出…例えば窓を開けると街の雑踏が聞こえるなど、室内の異空間と室外の日常空間が区別させる。そこには世の中の”普通というレール”を走るのか?という自問自答への回答が見つからない。その区別のようなものが室内外の音響で表す巧みさ。
観終わってみれば、セミナー主催(首謀)者の思惑か、それとも偶然か判然としないが、いつの間にかセミナー効果が…。

次回公演を楽しみにしております。

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