タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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いつかの日の

いつかの日の

こわっぱちゃん家

アトリエファンファーレ東新宿(東京都)

2025/05/01 (木) ~ 2025/05/05 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
劇団の活動紹介にある「ポップなくせに理屈っぽい《ロジカルポップ》を売り」、その真骨頂を見るような秀作。社会的な出来事と人間的な思いを巧みに織り込み、幅広く奥深く描いており観応え十分。当日は土砂降りの雨だったが、観に行って良かった。

身近な所から現代の社会問題を点描し、そこで働く人々の寄り添いが解決の難しさを物語っている。今ある日本の現実と この先もしかしたら という仮想の出来事が巧みに繋がっていく怖さ。劇中の台詞「いつも通りを心にとどめておかないと、すり抜けてしまう」は、物語の芯を的確に表現しており印象深い。

市民(人間)の切実な願い 思いは、なかなか叶えられないが、政府の思惑はあっさり憲法改悪してまで実行(施行)してしまう。ブローバル化社会において、いつ如何なることが起きても不思議ではない。自分で賢く考え行動することが求められるが、この物語の人々の立場・役割のジレンマが…。
(上演時間1時間55分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術はシンメトリー、中央に半楕円形(U字型)のカウンター、その外側に各2つの腰掛。後壁は航空(市街)地図。全体的にスタイリッシュな感じ。

舞台は、東京の或る市の市民課。物語は、女性が 婚姻届を受取り記入の仕方を教わっているところから始まる。女性が帰ってから、職員たちは なぜ一人で来たのか訝しがるが 深く詮索しない。次がLGBTQ+の悩み相談など、仕事は多義にわたる。そんな中、市の合併話が浮上する。平成の大合併を思わせるような展開だが、合理化/効率化といった市民しわ寄せではなく、前向きな捉え方。それぞれの市の特徴は、防災警備に力を注ぎ安心安全、合併相手の市は、民間会社出身の市長が財政基盤を健全化させている。市のスケールメリットはあり、現市長2人は新市長へ立候補予定。事前にビジョンを話し合うが、その中で”新東京市”として24区目を目指すと…。ここ迄が前半で、日常の暮らしに根付いた人間的なドラマが描かれている。

突然 国が戦争に参加し、徴兵を地方行政に割り振った。市民課は出兵受付係も兼ね、さらに徴兵への補助金支給など、多忙を極める。また徴兵した人をどこへ配置するのか、といった心労が職員の心身を蝕んでいく。そして多くの死者が…。そんな中、両市にいた職員同士が結婚し、新市で働いていた夫が徴兵に応じ最前線へ赴いたが生死不明の状況へ。前半と打って変わり社会的、国家的なドラマへ変貌させる。平凡、小さな幸せは日常の足元にあると…前半と後半と通してそんな思いを抱かせる。

市民課という身近な存在を舞台に、現代的な問題を点描する。冒頭の婚姻届は、女性同士の同性婚で日本の現行法では受理できない。続いてLGBTQ+の悩みを描き、問題の広がりと奥深さを観せる。現実に色々な考え方や意見があり、それを いくら虚構の世界(舞台)とはいえ、収斂することは難しいだろう。最近、立法や司法などで話題になるが、どう決着するのか不透明。また戦争の件、あっさり憲法改悪をして 参加するが、グローバル化社会にあって 無いとは言い切れない。直接的な戦火、悲惨な状況を描くようになってからでは遅い。その微妙なところまでを巧く描いている。
次回公演も楽しみにしております。
熱海殺人事件

熱海殺人事件

Uncle Cinnamon

新宿シアタートップス(東京都)

2025/04/30 (水) ~ 2025/05/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

"一流の" 犯人として仕立て上げていく・・どうして一流にするのかが この戯曲の肝。今まで観てきた「熱海殺人事件」の視点(人間の尊厳をかけた戦い)とは異なり、敢えて表層的に”愛情”を中心に据えた、いわゆる痴情のもつれを原因にしたように思えた。どちらかと言えば、木村伝兵衛部長刑事の諸々のハラスメントを通して、(現代)組織と人間関係の奇妙で面白い構図を観せたかったような。

今の時代ではNGワードばかりであるが、そこに生身の本音が透けて見える。建前と本音の探り合いを経て、本音と本音のぶつかり合いの中に人間(信頼)関係が構築される。事件の奥にある差別や偏見といった、今でも色褪せないテーマが薄まっているが それでも面白い。部長刑事部屋という 狭い空間で織りなす人間模様を生き活きと描き、それを生歌あり楽器演奏ありと楽しませる。

少しネタバレするが、犯人 大山金太郎は客席通路を歌いながら、時に観客と握手をしたりして登場。全体的に楽しませて観(魅)せるといったサービス精神旺盛な公演。そして定番である大音量の音楽や多彩な照明の諧調など印象付けが巧い。大音と言えば 大山金太郎が、この劇は大声だけが取り柄といった台詞があるが、苦笑、失笑も含め笑いの多い公演でもある。
(上演時間2時間10分 休憩なし) 追記予定

アルカの板

アルカの板

9-States

駅前劇場(東京都)

2025/04/25 (金) ~ 2025/04/29 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。日本のどこにでもありそうな話、それを或る漁港(漁協組合)での出来事として描く。いや漁港だけではなく、色々な産業(界)や商店街等といった場所で見聞きするような内容。社会的であり一般的なことが描かれており、身近な問題として捉え易い。ドキュメンタリーとフィクションを行き来するようなドラマ、それをモニターを使った独特な表現が、物語に隠された もしくは伝えたいことを文字にして映し出している。ストレイトプレイ…そこに映像文字を添えること自体 斬新と思うが、それによって考えさせるのが 9-States の特長であり魅力。モニターの文字は短いが、その意味するところを瞬時に理解することは難しい。むしろ場面転換(暗転)時に映るから、その場面で伝えたいことの意。そう思えば理解も深まり、必要な演出と思える。

少しネタバレするが、漁協組合の組合長などが悪役のようにして描かれているが、単純に新旧や保守・革新といった対立ではない。伝統を守ること、保身的になることは人間的な感情、そこに地域活性化といった社会的・経済的な背景を持ち込むことによって夫々の主張の衝突点が鮮明に浮き上がる。そして家族とは、その捉え方にも相違を持ち込み、物語の広がりと深みを感じさせる巧さ。ちなみに、チラシは内容とは逆に ハガキのような小さいもの。
(上演時間2時間5分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、井上家でありスナック「海の星」。壁は、縦や横に平板やレンガ組み。上手奥に ベンチ。下手に スナックのボトル棚やカウンター、腰高スツール。木製の箱を並べてテーブル代わり。天井には裸電球が吊るされている。 9-States公演は作り込んだ舞台で、分かり易く展開する。

印象に残った台詞が「アンタの悪意やアナタの正義に ワタシはビクともしない」。そこに物語の肝が語られているようだ。夫々の主張は、その立場の考えであり思い そして真実である。勿論、個人的なエゴも存在するだろう。
物語は或る漁港で「九海丸」を経営している井上家が舞台。父が海難事故死をして、長女 柚が後を継いで母 花楓、漁師の足立一平・青山豪・真島まひろ と昔ながらの経営をしている。母が病で倒れ、都会で仕事をしている妹の杏子(プログラマー)が帰ってきた。杏子は、AIを駆使し経営改革を訴えるが、柚は漁協組合の補助(金)を受けつつ、今まで通りの経営を主張。漁師もAI等使ったこともないし、新しいことに挑戦することが億劫になっている。表層的には、革新(最新)と保守(伝統)の新旧の主張といったところ。井上家の姉妹や従業員の主張や行動は、その地域の人々の思いを代弁している。それは、同時に 日本のいたる所で見聞きするような光景である。

漁協組合は変化を好まない。今までの運営で大きな間違いがなかったこと。何より組合長が次期市長を目指していることから、新しい事をして失敗したくない。その個人的な保身が井上家の新しい試みを阻止しようと…。公私混同だが補助金の打ち切りをチラつかせといった企み。物語は、AIを使った新しい試みを地域の人々に受け入れてもらい、漁港の発展を目指すが 辞退する者もいる。何が有効な手立てか分からないが、何かに縋りたい。そこに救済の象徴である「ノアの箱舟」と「カルネアデスの板」の究極の選択を組み合わせたドラマにしている。

ダーウィン曰く「・・・唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である」などといった理屈を言うわけではないが、失敗を恐れて歩みを止めたら、それはジリ貧の始まり。翻ってみれば、歩み続けることが成功への道。ちなみに当日パンフの 9-States代表の中村太陽 氏のご挨拶を読むと、この公演にはマンネリに対する自戒を込めているような。そして本公演を制作するという試み というか意欲に敬服する。
次回公演も楽しみにしております。
逆光が聞こえる

逆光が聞こえる

かるがも団地

新宿シアタートップス(東京都)

2025/04/24 (木) ~ 2025/04/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。かるがも団地 公演、初観劇。前から気になっていたが、機会がなく第10回本公演にしてやっと観た。内容は、今の社会に蔓延る問題を大胆かつ繊細に切り取った力作。現実でも話題になった、演劇界という身近な世界を取り込んでいる。しかし、その世界だけではなく色々な組織や場面で問題視され、マスコミに取り上げられる。いや、そのマスコミでさえ非難されている。

問題は、過去のことと追いやることが出来ず、今になって顕在化する。一昔前であれば 親和性の一環と言われ うやむやになったことが…。説明にある通り「若くして成功を収めつつある脚本家・演出家の不破(ふわ)は、ある日、旧友の仙田(せんだ)と再会する。そして仙田の更生に寄り添いながら、不破は在りし日の記憶に手を伸ばしていく」と。何となく等身大で虚実綯交ぜの物語のようだ。

キャストは、主人公 不破 以外は1人複数役を担い、時代(時間)と環境(状況)を巧みに立ち上げ、過去と現在を行ったり来たりする。一昔前は黙認されて、いや黙殺や隠蔽されていたことが公に。最近になって ようやくクローズアップされてきた社会の問題、それを身近な出来事として描いた好公演。
(上演時間1時間55分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、剥き出しのコンクリートやブロック塀で囲まれ、上手に電柱や配管、下手奥に小さな窓。下手は立入禁止とあるドア。全体的に薄暗く不気味な雰囲気が漂う。この重苦しい感じが、物語に通底する悔悟を表しているよう。

物語は、現在と過去(高校時代)が行ったり来たりして展開する。今では売れっ子演劇人になった不破、その彼のところに高校の友人 仙田が訪ねてくる。仙田は職場の同僚を怪我させ、それが刑事事件となって前科がついた。良かれと思って、職場の後輩を厳しく指導していたが…。一方、不破は新作に取り組んでおり、オーディションで新人 東畑を採用した。彼をベテラン女優の黒嶋が やはり厳しく指導し、稽古に来なくなってしまい、公演が危ぶまれる状況へ。その口調や頻繁なLINEが、東畑を精神的に追い詰めていた。

仙田と黒嶋は、工場や演劇といった 仕事は違うが、相手の技量を高めようとした。しかし 相手からすればハラスメントであり苛めと思う。その思いの線引きは難しい。2人の対応は、不破自身にも関係してくる。実は、黒嶋のマネージャー北杜は不破、仙田と高校の同窓生。不破は 高校の時から目立った存在、自転車で遠距離通学している仙田をサッカー部へ誘ったり、悪ふざけで自転車を隠したりしていた。悪気はなかったが、それを仙田の姉 依子が知るところとなり詰られる。また不破を始め 多くの男子生徒は女子生徒の容姿等を評価(点数化)して差別していた。明らかな女性蔑視。

ハラスメント…自分ではそんな気持はなかったにしても、相手は嫌な思いをした。罪悪感や羞恥心、ハラスメントが思春期の精神に与えたダメージ。心の中で複雑化されたトラウマと本当に起きたことを他者に語ることの難しさ。それぞれの主張は、自分の立場からすれば真実で、譲れないところ。この心の問題と 不破自身の劇作を巧みに繋ぎ、等身大の演劇人としての苦悩をリアルに描いている。それが 同じ作風ばかりでなく、常に新しく斬新なアイデアが求められる世界。舞台制作プロデューサー 四宮の容赦ない要求でもある。公演は、不破という人物のドキュメンタリーとして記録する(番組制作ディレクター白洲)という形で進行する。その意味では劇中劇のようでもある。

現実とも思える情景とフィクション、舞台制作のプロセスと物語を行き来する。そこに役と重なるようなリアルな光景が立ち上がり、観客の心を離さない。至る所で起きている問題(ハラスメント)、いや以前からあったことが明るみになっただけ。過去(高校時代)のことと切り離せない 仕事や人間関係のしがらみ。寛容と関心を装って、そんな遣り切れない思いがヒシヒシと伝わる。なんと示唆に富み、時にダークな可笑しみを覚える作品であろうか。
次回公演も楽しみにしております。
通夜もなかばを過ぎて

通夜もなかばを過ぎて

ゆく道きた道

武蔵野芸能劇場 小劇場(東京都)

2025/04/24 (木) ~ 2025/04/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

通夜を通して、過去や人生と向き合う姿を面白可笑しく描いた葬儀劇。物語は誰が亡くなったのか、というミステリーではないが 謎が肝。ひょんなことから棺桶の御扉(みとびら)を閉じてしまい、故人を確認出来ない。クセの強い高齢者8人が現れ、悲劇と喜劇の狭間を彷徨うような物語へ。

現代は、気軽に繋がれるようになったが、それでも繋がりきれない想いを抱えている。葬儀は、故人と何等か関わりがあった人たちが参列するものだが…。市場経済の 見えざる手ではなく、正体不明の故人によって操られるような不思議さ。不思議と言えば、葬送にも関わらず、生きるのは大変だったし と語ることによって<生>を感じるところ。他者を弔い 自らの人生を顧みる。

故人との関わりの手がかりを掴むため、自己紹介などを始める。そこに シニア劇団らしい特長ー役者と役柄が混然となり、どのような人柄でどんな人生を歩んできたか、とぼけたユーモアと哀切が滲み出てくる。
(上演時間1時間15分 休憩なし) 【亀組】 

ネタバレBOX

舞台美術は和室の中央に棺と簡素な祭壇。周りの広い空間は、後々現れる人々=幽霊の動きを確保するため。本来であれば参列者が集まるところであるが、故人は あまりにも高齢のため親戚など誰も来ない。葬儀社の社員2人(ベテランと新人)が右往左往して準備をしているだけ。燈明や線香に火をつけるため、ベテランが場を外す。

客席通路を通って高齢者8人が舞台上へ。新人社員が棺桶の御扉を閉じてしまい、幽霊は実体がないから 扉を開けることも出来ずイライラ。故人は誰なのか 自分との関りは と詮索したくなるが…。そこで思いついたのが自己紹介を通して、故人との繋がりを探ろうというもの。因みに役名(15人)は 変わっている。例えば、間しのぶ(ハザマ シノブ)、燈芯久信(トウシン ヒサノブ)、枢木うめ(クルルギ ウメ)、要金栃世(カナメガネ トチヨ)等、フリガナがないと読めないような名前ばかり。何となく葬儀または霊界に関係していそうな。職業も霊媒師 等がおり、ますます謎めいてくる。どのような人生を過ごしてきたのかを語るが、やはり この世に未練はある。この1人ひとりの語りが肝。シニア劇団らしく、役柄が役者の人生と重なるようで、味わい深さが滲み出てくる。

死神(上司と新人)が死者を迎えに来ると、クセ強の高齢者が列をなして集まりだす。夜が明けるまでに故人の魂を選び出さなければ、代わりに新人の死神が地獄へ…。新人の死神と8人の高齢者(幽霊)の虚々実々の攻防戦のようなものが始まる。多くの者が、まだこの世に未練があり、何とか現世に戻りたい。思い描いた人生ではないけれど、それでも幸せを求めて必死に生きてきた。そんな姿を想像させるドラマ。葬儀(お別れ)の場における悲喜交々の追憶、それでもコメディだから明るく大らかに展開していく清々しさ。
次回公演も楽しみにしております。
幸せのかたち

幸せのかたち

+ new Company

調布市せんがわ劇場(東京都)

2025/04/23 (水) ~ 2025/04/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

物語は、或る街のCafeを舞台に、何の変哲もない日常が淡々と展開する。2019年にも観劇しており、キャストは変わったが ”幸せ”をテーマに、恋愛模様を温かく、そして切なく といった思いは変わらない。傷つくことを恐れていた心の殻が ゆっくりと溶けていく、そんな優しさと 待つことの希望が…。それを店の従業員 まなみ の主観と常連客で小説家志望の客観を通して描いているような。その可笑しく滋味ある観察眼が妙。

コロナ禍を経て、無関心・不寛容といった風潮が広がった気がしているが、物語は 逆に人との関わりの大切さを、色々な”幸せのかたち”を紡ぐことによって伝える。台詞にある「あなたが幸せでいることが、僕の幸せです」は、一歩引いた相手への気遣い。何となく気弱、遠慮しているような。幸せの捉え方は人それぞれ。例えば、映画「釣りバカ日誌」で、主人公のハマちゃんこと浜崎伝助が プロポーズする言葉ー「僕はあなたを幸せにする自信なんかありません。でも、僕が幸せになる自信はあります」と。

「幸せ」は主観的なもの。人はどんなに愛されようが、裕福で恵まれた環境にいようが、本人が幸せを感じなければ、幸せではない。一方、相手(他人)が幸福かどうかまではどうすることも出来ない。相手を幸せに出来るか分からないが、少なくとも僕が幸せになる、勿論 相手が了承すればの話だが。物語は、泣き笑いといった感情を揺さぶるが、それを音楽と照明によって一層 効果的に演出する。少し気になったのが、前公演に比べメリハリが弱く単調に思えたこと。
(上演時間1時間50分 休憩なし) 【TEAM Coffee】

ネタバレBOX

セットは、客席に対して斜めに喫茶店内を作る。上手側がテラスになっており、公演のテーマと言えるカランコエの鉢植えが置かれ、その後方に木が植えられている。中央にテーブルと椅子、下手側に店の出入口とカウンターがある。全体が2段ほど高く設えているが、店の周りは1段低くして街路イメージ。後景には豆電球が飾られ 星空イメージ。

物語は店員 まなみ(加藤葉子サン)の観点で展開する。何の変哲もない暮らしの中に幸せがある、そんな足元を見つめた珠玉作。そして常連客 テリー(森原彩夏サン)が小説のネタ探しとして人間観察をしている。
まなみは恋人が海外に行ったきり帰ってこない。それでも彼を信じて待ち続ける。一方そんな彼女に思いを寄せる郵便局員ビンさん、それから大学生の愛やすずの切ない恋愛話、タウンマガジンの編集者等が織り成すヒューマンドラマ。そして店に集う人々を優しく見守る店長、その店長にも辛い思い出が…。

公演に温かみを感じるのは、思いを伝えるのが手紙という手段を用いているところ。インターネット社会では、メールという手軽な手段で伝達できる。送信し一定の時間内に返信がなければ落ち着かなくなり、場合によってはイラッとしたりする。スピードが求められる社会にあって、この公演は待つ=大らかな気持ちでいることの大切さを伝える。一方、近くに恋愛相手がいる場合は、直接 自分の言葉で素直な思い伝える。自分の気持を押し込め蓋をしない。大学生2人のそれぞれの恋愛模様に まなみが実直なアドバイスをするが、それは叶わぬ自分の身の上の裏返し。またラブラブと思われていたカップルが些細なことで喧嘩別れすることに。そこには相手を慮る気持が溢れている。愛、幸せのかたちは人それぞれ違う。
店長は妻に先立たれ、2人の子供(兄・妹)の面倒を見ながら働いている。父に負担をかけないようにしているのか、兄は妹の面倒を見るという建前で小学校に行ったり行かなかったり。この兄・妹が亡き母の思い出であるカランコエの花に水を注す。子供や動物が登場する映画には敵わないと聞くが、この公演も子役の素晴らしい演技が光る。

舞台美術も素晴らしいが、劇中歌や弾き語り 優しく流れる音楽が良い。人物の心情表現としてのスポットライト、暖色彩の諧調照明も心温まる雰囲気を表す。
これら全てが喫茶店フユージョンでの出来事を小説に、その物語を劇中劇にしたような気もするが…。
前回も記したが、カランコエの花言葉...「幸福を告げる」「たくさんの小さな思い出」「あなたを守る」「おおらかな心」、全てがこの公演に当てはまるような。
次回公演も楽しみにしております。
ぬいぐるみおじさんと夢みる鏡

ぬいぐるみおじさんと夢みる鏡

レティクル座

スタジオ「HIKARI」(神奈川県)

2025/04/18 (金) ~ 2025/04/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。
前説での話や当日パンフにも書いてあるが、頭を空っぽにして楽しめる作品 とある。肩の 力を抜いて見応えのある虚構の世界、その適度さは絶妙。そして確かに楽しめるが、やはり少し考えてしまった。本公演、短編「パセリ農家の悲願2025」と中編「ぬいぐるみおじさんと夢みる鏡」の2本立てで、異なる作風を楽しんでほしいと。劇団はナンセンスコメディを標榜しているらしいが、両作品とも或る共通した思いを感じる。ナンセンスコメディと言いつつ、強かな作品作りをしている。或る物や者の表層(見た目)と奥にある本質的なこと、その葛藤のようなものを描いている と思う。それを被り物や小道具を使い、笑いを誘いながら軽快に描く好公演。
(上演時間 短編30分、中編60分、計1時間30分 休憩なし) 

ネタバレBOX

●「パセリ農家の悲願2025」
舞台は東京豊島区北池袋の小汚い定食屋。舞台セットはテーブルと椅子だけ。それも物語が進むと搬出し素舞台へ。定食屋の常連は、いつもパセリを残す。このパセリを擬人化し、茨城県のパセリ農家で育てられた「パセ・パセ男」はエリート野菜として出荷されたのに食べてもらえない。
食堂ではエビフライやハンバーグの添え物、彩といった役割でしかない。客からは、苦くて不味いと不評。パセ・パセ男の妹分は自分の価値を認めるモノと諦めたモノがいる。しかし 台詞にもあるが、パセリは苦くても栄養価は高い。その外見(味)は不味くても、中身(栄養)は十分。

●「ぬいぐるみおじさんと夢みる鏡」
舞台は埼玉県熊谷市のイベント会場。熊の被り物=マスコット(熊ったくん?)が出番待ちをしている楽屋に見知らぬ男が来て、司会の女性 典香に これを渡してほしいと封筒を置いていく。ひょんなことから、マスコットのファンである女性 鏡子と知り合い、恋をする。一方、鏡子はホストに貢いでおりという典型的な悲恋もの。マスコットの着ぐるみを脱いで、本人 中野になると 普通のおじさんで誰も見向きもしてくれない。マスコットの時は愛想を振りまくだけだが、人間の中野は鏡子のことを心配して…。見た目の愛らしさよりも、中身のおじさんの優しさが大切といったところ。ぶら下がり健康器具(キャスター付き)のようなものを鏡(大きな姿見)に見立て動き回す。そして、時に枠を潜り抜け違った視点で覗いてみる妙。

両作品とも簡素な舞台セット(小道具)だが、躍動感ある物語にするためシンプルにしているよう。ほとんど何もない空間に、パセリという野菜でありクマのぬいぐるみが動き回るが、そこで感じるのは人の優しさ。作品に共通した通奏低音は「本質的な」こと、外見に惑わされず芯を見抜くことの大切さ ではなかろうか、と勝手に解釈。
次回公演も楽しみにしております。
修羅

修羅

LIDDTHROUGHS

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2025/04/19 (土) ~ 2025/04/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

㊗旗揚げ公演。
短編8本を「修羅」というテーマで綴った公演。もっとも「修羅」というよりは「混乱」や「焦燥」といったイメージであり、女性の観点から描いているのが特徴。なお、演技(声量)なのか演出(音楽の被り)の問題なのか、いずれにしても台詞が聞き取り難いのが惜しい。

それぞれの短編は、現実にありそうな場面ー人間的であり社会的ーを巧く切り取っている。1本ずつの長さは適度、それをサングラスをかけたストーリーテラーがオムニバス形式として物語を繋ぐ。何となくTV「世にも奇妙な物語」といった感じ。
(上演時間2時間 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術、はじめは 中央にソファとミニテーブルがある。物語に応じて小道具を搬入搬出し状況を作り出す。また特定の色彩照明によって動きを止め、修羅場の対象人物が独白する。

タイトルと対象人物・内容は次の通り。
1.オーディション
小劇場歴10年の女優。深夜TVのヒロインのオーディションを受けるため、前日に知らされた台詞を覚えている女。わずか一言だが、どのように表現したらよいのか悩む。当日の面接演技で他の役者の台詞と違うことから焦る。開き直って自分の思いの丈を激白し…。
2.合コン
丸の内OL同期3人+後輩1人。合コンで、それぞれのタイプを目当てに集まった男を品定めする。後輩OLは、職場の人間関係を気にして先輩には逆らわない。しかし、合コンに来た男性が 皆その女性を気に入り、ついに後輩OLの本性が…。
3.不倫
不倫女。男の家のソファに2人。しかし、殆ど家具等がないシンプルな部屋。そこへ妻が帰ってきて不倫女を詰り慰謝料を請求する。夫である男は妻に土下座をして すぐに謝る。不倫女は開き直り、訴えでも何でもしてと言い残して去るが…。
4.ストーカー
優秀な女性社員。会社に知らない人物から荷物が届き、中身は刺激(エロ)的な女性用下着。会社帰りに知らぬ男から刃物を突き付けられる。こんなところで殺されてなるものかと必死に抵抗し、逆に男を足蹴にしている。その姿が女王様のような…。
5.起業
学生時代の友人2人。久しぶりに会った女友達の1人がアメリカで起業し成功。その話に触発され 20年来の友達とネイルサロンを起業しようと。それぞれが資金を出し合い、物件の契約をしようとするが2人で立ち会えない。そこで1人に資金を渡して頼むが…。
6.上京
福井県に住んでいる姉妹(21歳・20歳)。東京には金が降っているという嘘話を信じ、自転車で上京する。夜の新宿 歌舞伎町、怪しい男に絡まれているところを或る女に助けられる。カリスマキャバ嬢のようで、その紹介で働こうとするが…。
7.骨董品
カリスマ鑑定人と従業員。商談ーエジプトの白磁の皿がカンボジアの密林で見つかって、という胡散臭い品だが、鑑定金額が2億。鑑定人の下で働いている女が誤って皿を割ってしまう。慌てて同じような品を探しに街へ。その糊塗の先に…。
8.劇団
劇団員。場当たり稽古、1人ひとりに演技・演出指導をし 翌日は初日。皆 意味ありげに帰路につくが、本番当日 電車が遅れ上演時間に間に合わない。そこで劇団主宰ともう1人で上演(けん玉)する。上演前の注意事項の1つに、何があっても白けないように…。

修羅場という状況と心情表現を中心にしていることから、リアルな描写はしていない。例えば 合コンでは、酒ボトルの栓も開けず注いでいるなど。もう少し丁寧な演出があると好かった。一方、照明は外的な状況と内的な心情を巧く表しており効果的だった。
次回公演も楽しみにしております。
ええ愛とロマンス

ええ愛とロマンス

enji

調布市せんがわ劇場(東京都)

2025/04/16 (水) ~ 2025/04/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。近未来という設定だが、現実的にも考えさせる内容。説明に南国の離島・尾神島にあるホスピス「神の御宿」が舞台とあるが、最近、離島からの医療搬送用ヘリが墜落した痛ましいニュースがあったことを思う。公演は、AIの進化、特に医療・介護分野で力を発揮したら、という問題提起のようだ。

劇団enjiは「メッセージを伝えることよりも、観る側の心に染み込むような、誰もが持っている不変的な感情を『温度』を表現したい」とあるが、この公演はAIの知性がもたらす可能性と人の心の葛藤のような物語。同時に人の死、その時を迎えるまで どう生きるかといった生き様が優しく描かれている。映像の美しい風景、方言の台詞が自然と人の温かさを感じさせる。
(上演時間2時間 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、色違いの平板を組み合わせ箱馬を作り、それを積み重ね状況を連想させる。見た目はシンプルな寄木細工のようで、それを可動させ診療所や小料理屋といった場所。同じように後壁や側壁を作り状況に応じて動かす。その壁に風景や図表の映像を映し出し、空間的広がりや解り易い説明をする。今までの公演と違って、敢えて抽象的な造作にすることによって、観客に想像させる といった意図を感じる。

島にある尾神村診療所の人間は、医師 長岡鉄雄と看護師 古屋照子だけで、他の職員はAIロボットで対応している。そして今 鉄雄は病のため本土の病院に入院している。島の人たちは人間味溢れる鉄雄を慕い、早く戻ってくることを願っている。しかし、その願いも空しく亡くなる。そして彼の心である脳をAIロボットへ。現実に医療・介護の現場ではAI導入による進歩が といったニュースを見聞きするが、そこに細やかな(人間的)感情を求めることは まだ早い。物語の中でもAIの有用性と人間的な感情のをユーモアを交えて描いている。

AI開発に係るプロジェクトリーダー的存在の黒沼祐介は、照子と鉄雄にとって浅からぬ存在。その衝撃的な事実が さらにAI技術を印象付ける。鉄雄の体は無くなるが、その意識(例えば記憶や思い等)は有る、その時の<鉄雄>とは…。劇中ではセテウスの船を例に、代替の程度や心と体の関わりを問うていた。AIロボットという半永久的な存在は、人間にとって本当に必要なものか。一方 SF映画などで、AIロボットが人間的感情を持ったら という物語もある。死なない感情は幸せなのか?そんな考えさせる公演。

現実の離島医療の脆弱さは、ヘリの墜落事故でさらに明らかになった。公演は近未来の政府の政策と 今の厳しい現実を突きつける、そんな虚実の視点が見事に融和している。それを大上段に振りかぶることなく、多少コミカルに描く。AIロボットのぎこちない動きや小料理屋での会話に人間味が…。そしてラストの精霊船や墓 社などのセットに人間臭さや営みを感じる。AIを通して人間劇を描く巧さ。
次回公演も楽しみにしております。
奇跡のりんご

奇跡のりんご

劇団龍門

阿佐ヶ谷シアターシャイン(東京都)

2025/04/16 (水) ~ 2025/04/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

シアターシャイン最優秀作品受賞作品,、面白い。
物語は、説明の通り 典型的なダメ人間が地球を救う任務を依頼されるが…奇想天外というか荒唐無稽のような冒険ファンタジー。幻想と現実、壮大と矮小の世界を行ったり来たりしながらテンポ良く展開する。場面(点)と場面(点)を結んで面(物語)という在り来たりな描き方ではなく、突然 関係ないような世界が現れる。断続の間(はざま)にある空白、そこに観客の想像力を刺激し面白さを感じさせる。観客の想像力の数だけ世界観が違うのではないか。ワクワク、ドキドキ、ハラハラ、クスクスそして ジワッと。

冒険を通して、ダメ男が少しずつ変化していく成長譚。地球を救う任務とそれを阻止する反勢力、どうして そのような事態が生じ、ダメ男がその任に選ばれたのかが肝。壮大な視点は人類に向けた警鐘のようだ。笑いと泣きで感情を揺さぶり、そして考えさせる好公演。ちなみにタイトルやフライヤーにあるリンゴは、ダメ男の意志(選択)と託された世界観を暗示しているよう。ぜひ劇場で。
(上演時間1時間45分 休憩なし) 千穐楽後に追記予定

あー昼休み

あー昼休み

劇団BLUESTAXI

シアター711(東京都)

2025/04/15 (火) ~ 2025/04/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。劇団BLUESTAXI公演は、中野のザ・ポケットで何回か観たことがあるが、下北沢は初めてだ。当日パンフにも主宰の青田ひでき氏が初の下北沢公演で、小さな劇場(シアター711)で少ない出演者での公演とある。それでも 舞台である東京下町にある お菓子等のパッケージを企画・製造・販売する小さな会社の休憩室(女性専用)をしっかり作り込んでいる。昼休みの休憩室、そこで語られる女性の話。

この会社は二代目社長 、先代ほどのカリスマ性はない。しかし従業員・パートなど皆に気をかける そんな誠実さ、包容力が魅力の人。登場人物は 社長を含め10人、1人ひとりの性格や出身地、今の状況・事情などを丁寧に描き、会社と人々 その四季折々を紡いでいく。悪人や意地悪な人はいない、それでも人は何らかの悩みや苦労を抱えている。見所は、日常の何気ない光景を 俳優陣が見事に描いているところ。ドラマチック・ドラスティックでもなく刺激的な出来事があるわけでもない、なんの変哲もない日常を紡ぐほど難しいものはないだろう。

生きることは選択の連続、迷った時は「どちらにしようかな、天の神様の言う通り」で指さした方を…。選択の結果は自分で決めたもの、自分の人生は自分のもの。少しネタバレするが、冒頭 2種類の饅頭のうち どちらを選んで食べるかで使った数え歌。2025年春から2026年春迄の1年間に起きる、1人ひとりの選択と決断を暗示している。休憩室という小さな空間で紡がれる人生模様の一コマ、とても滋味に溢れた好公演。
(上演時間1時間40分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、中央壁際に冷蔵庫・電子レンジ・ポット、そして二段の収納箱。上手に流し台と長テーブル、下手の壁にカレンダーと「整理整頓」の張り紙。客席寄り中央にテーブルと椅子、まさに休憩室の出現である。上手と下手の奥にそれぞれ出入り口、客席側が窓ガラスという設定。そこから陽が入り、季節や時間の経過とともに照明を諧調する。

舞台は 株式会社トミゼンの女性休憩室、そこは和気藹藹とした雰囲気に満ちている。冒頭パートの1人、安達さおり が饅頭を差し入れるが、選ぶのに迷う。その時に「・・神様の言う通り」で決めるが、その後に続く言葉は地方によって異なる。そして社長 冨山慎太郎と従業員の長谷部奈々が新人社員 植田福男(18歳)と新たなパート 立花葵を連れてきた。このパートは7年ほど前 学生の時にバイトをしており顔見知りもいる。パートは5人体制ー重鎮の安達(鹿児島県・50代)、新人の立花(29歳 もうすぐ30歳)、そして唐沢恵(東京都・30代)、井口薫(埼玉県・30代)、佐々木依乃(宮城県・25歳)で、これで やっと人手不足は解消。この出身地と年齢が、その人物が抱えている悩みなどに関係してくる。少ない出演者ということで 1人ひとりに焦点をあて、丁寧に人物像を描き、役者は それを立ち上げている。

このパートを中心とした物語は、身近に見聞きするような事ばかり。立花は適齢期?ということもあり何となく結婚したが、今は別居し離婚も考えている。唐沢は努力家で、自分の力で進学・就職もしたが、子宝に恵まれない。不妊治療を続けているが焦燥感に駆られる。同年代の井口は離婚しシングルマザーで娘(小4)を育てているが、大変だと愚痴をこぼす。佐々木は役者を目指しているが、年齢的なこともあり諦めようと苦渋の決断。そして安達は、義父に続いて義母の介護をしながら家庭を支えてきたが、義母の死と夫の定年退職を機に離婚して自由の身へ。個々人の問題であるが、社会問題と密接な関わりのあることばかり。観客によっては同じような境遇 もしくは経験したことがあり、共感等をもった人がいたかもしれない。

出身地が違うことや世代が異なることから、色々な価値観や流行った歌などにギャップがある。その違いを乗り越えて一緒に歌を歌う微笑ましさ。四季折々の光景は、例えば夏などは近くの食堂へ 冷やし中華をといった季節にあった台詞やタバコを吸いに部屋から出たとたん汗が流れ。身近にいる人々の暮らしが、確かにそこにある。勿論パート以外…社長は妻を10年前に亡くし、1人で娘を育て といった苦労人。その社長を慕う長谷部、そして佐々木を好きな従業員 南原哲平の可笑しさ、社長の妹 嶋亜希子の逞しさ といった、皆 個性豊かな人物を立ち上げている。ちなみに劇中で実際に飲食をするから空腹で観劇するのは…。
次回公演も楽しみにしております。
タナトスの棲む町

タナトスの棲む町

藍星良Produce

Studio twl(東京都)

2025/04/10 (木) ~ 2025/04/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。自分自身と向き合った自己分析・内省や人間観察、それを色々な形の「愛」や「恋」を切り口に描いた心象劇といったところ。その解ったような解らないような曖昧模糊とした感情を具象化しようとしている感じ。たびたび出てくる台詞「人は二度死ぬ。一度目は肉体の滅び、二度目はその人のことを覚えている者が誰もいなくなった時」だと。人が生きることとは、そしてその存在とは を劇中で語られる哲学的・心理学的とも思える台詞によって印象付ける。この公演、小難しい台詞もあるが、人の心の奥底にある魂の叫びのようなものを感じる。それを どう舞台化するのか腐心したようだーそれが舞踏と語り。

冒頭は、2人の妖艶で幻想的な舞踊から始まるが、物語の途中でも突然 舞いだす。この舞い手こそ心にある二律背反の感情の表れ。1人(紫苑)は黒を基調とした衣裳、もう1人(茜)は白っぽい衣裳で、交差した時などは対照が際立つ。愛は男女の交わり(性)から始まり、この世に生を受ける。人は何らかの形で他者の評価を気にして生きている。人の肉体は滅んでしまえば忘れ去られるが、その評価(業績等)は後世まで語り継がれる。その意味で芸術は直接的に生き甲斐を感じることができる。物語は演劇活動を行っている者たちを描いており、まさに等身大の人物が息衝いている。
(上演時間1時間40分 休憩なし)【Lycoris】 

ネタバレBOX

舞台美術は、紗幕を正面そして上手/下手の壁に向かって斜めに張る。やや下手寄りに丸テーブルと椅子2脚。もともとあまり広いスペースではないこと、そして舞踊を行うため空間を確保している。この舞踊、感情というか人の内面、外面を擬人化したような存在で、その語りが己の選択を…そして物語に潜ませたサスペンスのようなことと相俟って不思議な魅力を漂わす。

物語は、劇団を主宰している穹良が恋人 翔太の死を嘆き落ち込んでいる時、墓参りで彼の妹 凪と再会したところから始まる。人間は恋愛に狂うこともあれば嫉妬に狂うこともある。その持て余した感情の はけ口はどこか。凪は、兄 翔太を慕っており穹良に良い感情を抱いていない。そのことを知らない穹良は悲しみを共有するかのように劇団の脚本家 四宮を紹介する。凪は四宮に惹かれ親しくなっていく。一方、穹良も四宮を頼りに…。後世に残したい「作品(脚本)」作りに集中している四宮、その彼を巡る2人の女性の愛情と嫉妬、そして自分は何者なのかを自問自答するような懊悩が心を揺さぶる。

劇団には雨華という女優と映像で活躍している東雲という男優、その2人が等身大の芸能(劇団)人物像を立ち上げる。台詞に込められた意味を理解しようとする真摯な姿から多少スキャンダラスなことをしてでも有名になりたい。先の三角関係の重苦しい関係とは違い、あっけらかんとした乾いた感覚が対照的に描かれている。そして、こちらも肉体関係を重ねるが深みにはまらない。その愛(感情表現)の違いは何であろうか。
人はいつか死ぬ、翻って それまではどう生きるかが問われている。昨今 注目され出した?死生学、まさに愛の形を切り口にした死生観を描き出している。

俳優陣は総じて若いが、性格と立場をしっかり立ち上げている。特に、舞踊をしながら2人の語りが哲学的であり、物語を奥深いところまで導いてくれるよう。この演出が妙。幻想的であり、時に妖艶な肢体をくねらし(婀娜やか)性的な匂いを漂わす。同時にピアノの力強く弾くような曲が流れ、感情のうねりを感じさせる。死を意識した生、その生き甲斐が男と女によって少し違うような、そんな微妙な感情も垣間見える好作品。
次回公演も楽しみにしております。
龍と虎狼ーepisode SOUJI-

龍と虎狼ーepisode SOUJI-

FREE(S)

ウッディシアター中目黒(東京都)

2025/04/10 (木) ~ 2025/05/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

前に「龍と虎狼-新撰組 Beginning-」を観劇したが、それにリンクしている と言ってもこちらが先になるような物語だ。説明では「何故、総司は人を斬ることになったのか、その背景となる過去を『龍と虎狼』シリーズのフィクションで描く」とあるが、沖田総司のエピソード0(ゼロ)として、その心情を巧く立ち上げている。勿論『龍と虎狼』シリーズを観ていなくとも十分楽しめる。

物語に明確な前半と後半があるわけではないが、何となく後半 特に見せ場である殺陣はスピードと迫力がある。その中心にいる沖田総司役の市瀬瑠夏さんは、凛々しい青年剣士として殺陣はもちろん所作もキビキビしており美しい。顔立ちも憂いを帯びているようで孤高の剣士というイメージ。少しネタバレするが、稽古(練習)では強いが真剣(本番)では力を発揮できない。その心情を薩摩藩士 西郷信吾(西郷隆盛の弟)とも重ね、心も体も そして剣術も強くなければ生き残れない、そんな激動の時代に生きた青年像を立ち上げている。物語の肝もそこにある。

物語は新撰組の前身ー壬生浪士組と名乗っていた時、京都の情勢を探るため江戸から来た4人、そして今で言うところの風評操作を行っていた薩摩藩士<尊皇攘夷の過激派志士>、そして遊郭の花魁たちを時代状況に重ねて描いた幕末群像劇。少し分かり難いのが有名な「寺田屋事件」の場面。そこに壬生浪士組が絡んでの殺陣になるが、その状況・事情等の背景がハッキリしないことから、突然 他の薩摩藩士が現れて藩内の同士(上意)討ち、捕縛が始まる。前半の敢えて芝居掛かった緩いシーンと 後半の殺陣シーンのギャップに違和感が…。
(上演時間1時間35分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、下手の一部を2段ほど高くし別空間ー遊郭を設える。朱色の片引き戸、その両側は楓や牡丹の花柄の壁で華やか。それ以外は広い空間を確保しているが、勿論 殺陣シーンのため。

壬生浪士組の4人が江戸から京都の情勢を視察に来たところ。その4人とは沖田総司、山南敬助、斎藤一、永倉新八で、それぞれの性格を早い段階で描く。まだ何者にもなれていない沖田、冷静沈着な山南、血気盛んな斎藤、楽天的な永倉といった感じ。沖田は剣術に優れているが、実は生身の人間を斬ったことがない。その躊躇する気持ちが命取りになる、そんな危うさがある。

その頃、京都では薩摩藩のうち 倒幕に急進的なメンバーが幕府の悪評を流布していた。その中に西郷信吾がいた。彼も人を斬ったことがなく、さらに長兄(西郷隆盛)の活躍と比較され忸怩たる思いをしていた。そして情報収集や諸々の活動のため遊郭に出入りしていた。その遊郭に夕霧という花魁、その付き人として曰くある姉妹が仕えていた。西郷と夕霧、そして薩摩藩の動向を探る沖田と山南も夕霧と接触し…。初心な沖田は夕霧に恋心を抱くが、夕霧の態度は曖昧で要領を得ない。不穏な行動をする薩摩藩士、京都の町を火事にしてその隙に暴動を企てるが…。混乱の最中、浪士組と薩摩藩士が斬り合いになるが、西郷を庇って夕霧が沖田に斬られる。初めて人を、それも恋心ある花魁を。ちなみに西郷も人を斬ったことがなかった。

その悲しみを乗り越え、使命を果たそうとする。その非情さが後々、新撰組一番隊長として恐れられた沖田総司を作る。同時に精神的な逞しさを身につけ、夕霧を慕っていた女2人を素知らぬふりをして観察方として引き入れる。この2人が くノ一のような格好で「龍と虎狼-新撰組 Beginning-」にも登場する。沖田総司が人斬りへ、それが後の新撰組の原動力になっていく。幕末の動乱期を 虚実綯交ぜで描くが、やはり見所は殺陣シーン。
次回公演も楽しみにしております。
地球は僕らの手の中

地球は僕らの手の中

劇団十夢

キーノートシアター(東京都)

2025/04/06 (日) ~ 2025/04/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

物語は、説明にある通り 銀行支店長になったその日に強盗に入られ、銀行強盗をした犯人が逃亡、さらにヤクザの事務所から大金を盗んだ三姉妹、その3つの話が収斂していく。話は 二転三転しアップテンポに展開するが、何となくご都合設定のような…。そして一発芸や漫才を所々に挿入し笑いを誘うが、あまり受けていないよう。何方かと言えば失笑。

一方、素舞台で緩い演技のように思えるが、光景や状況は想像できるところが好い。何故3つの話を繋げるのか、銀行強盗など危ない橋を渡らずとも大金を手に入れることが出来ると思うが…。何となく辻褄合わせをするため、いくつかの伏線がある。前提は その金額…ボソッと生涯収入は約3億円といった台詞がある。銀行から盗んだ金は2億円、ヤクザの事務所から盗まれた金も2億円、そこには繋がりがある。そして何故か支店長が或る方法で弁済(そんな義務はない)しようとする、その手段というか算段も…。

一発芸や漫才、そのお笑いを挿入するのが 劇団の特徴なのか。そうであれば もう少し工夫が必要。少しネタバレするが、銀行強盗後 逃走中に警察に包囲された。その際、面白く笑わすことが出来たら、包囲を解くという交渉をする。敢えて、滑稽な描きを本編に入れることなく、ドラマとしてストレートに描いたほうが楽しめる と思う。登場人物の裏があり、一癖も二癖もある設定が面白いだけに 惜しい。
(上演時間1時間30分 休憩なし) 【B】

ネタバレBOX

素舞台。舞台技術の照明や音響・音楽といった効果はあまり感じられない。どちらかと言えば演技主体の劇団。

ヤクザの「サブ」が組の資金を盗られた。その穴埋めをすべく、兄貴分の「アニキ」と「サブ」が銀行強盗をし2億円を奪った。その銀行の支店長「ダーリン」はその日に着任したばかり。ヤクザの2人は逃走する際中、警察の検問をどうにか突破し山中にある屋敷に闖入する。そこには三姉妹「るい」「ひとみ」「あい」がヤクザから奪った金を持って潜伏、祝宴をしようとしていた。偶然に出会った二組、しかし「アニキ」と長女「るい」は恋人同士。示し合わせた計画で2人は弟分の「サブ」と妹たちを置き去りにして逃走。しかし残された者たちが必死の追走。

銀行を辞め妻の「じゅんちゃん」と一緒に自殺しようと、そこへ猛スピードの車二台がカーチェイスをしている。その車に飛び込み自殺を図るが、2人のタイミングが合わない。ダーリンは、盗られた金を保険金で弁済しようとしていたが、実は「じゅんちゃん」に掛けられており…。そして彼女は闇商売ー武器の仲買のようなーをしており姉妹の次女「ひとみ」に噴射式催眠ガスを提供していた。2台が衝突(追突)し、混乱している最中に、じゅんちゃんは同種のガスで2組を眠らせ、ダーリンと共に4億円を…まさに棚から牡丹餅といったところ。

「アニキ」と「るい」は恋人で、組の資金を盗んだ相手を知っている。銀行強盗などしなくとも、その気になれば金は返せる。また「サブ」から金の情報を聞かなくとも、「アニキ」⇒「るい」を通じて知ることが出来る。生涯収入が約3億円、盗んだ金額では 遊んで暮らすには少し足りない。冒頭に登場する銀行支店長「ダーリン」は巻き込まれ被害者のようだが、この人物も 何時 妻「じゅんちゃん」に保険を掛けたか定かではないが、一緒に自殺に見せかけてといった企みへ。伏線の回収なのかご都合設定なのか判然としない。

ダーリンは妻じゅんちゃんを騙し、その彼女はダークな仕事。ヤクザのアニキは弟分を騙し、その弟分はアニキを裏切っている。三姉妹はそれぞれ役割分担があり、長女「るい」は計画立案、次女「ひとみ」は武器調達などの実行、三女「あい」は情報収集で、サブから組に金があることを聞き出す。皆 一癖も二癖もある人物ばかりで、騙したり裏切ったりと二転三転する物語。緻密とは言えない荒唐無稽な展開だが、テンポが良いことから引き込まれるように観てしまう。その意味では飽きさせない 力 がある。それだけに 緩い笑いの場面は工夫がほしい。
次回公演も楽しみにしております。
或る、かぎり

或る、かぎり

HIGHcolors

駅前劇場(東京都)

2025/04/02 (水) ~ 2025/04/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
どこか ありそうな家族、そして母親の死によって初めて親子喧嘩をする。少しネタバレするが、母親は胃潰瘍ということで入院したが、実は胃癌で余命三か月。そうとは知らされない子供(息子)たちは、あまり見舞いにも行かず自分の生活を優先(大事に)する。亡くなって味わう喪失感や後悔といった思い、それを夫々の役者陣がキャラクターを立ち上げ熱演する。観客によっては身に覚えがあるような、その没入感や感情移入等は物凄い。そして母親が心配し 会いたがった長男が引き籠りという設定が肝。

舞台美術は4か所…上手から事務所、リビング、ダイニングキッチン そして病室であり引き籠り(長男の)部屋を扉枠で仕切る。神は細部に宿るというが、実にリアルな造作で この家族(柿沼家)の在り様を描き出している。そして場転換は、夫々の場所への照明の諧調によって場景を上手く転換する。物語は家族やその周りの人々を交え、一筋縄ではいかない長男への対応を巧みに紡ぐ。柿沼家は自営業を営んでおり、職場と家庭が一緒(職住接近どころか一体)になっており、家庭の問題=職場へも影響する。そして従業員も家族同然、同じような思いを抱くことになる といった妙。
(上演時間2時間10分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、ほぼ横並びに3か所と下手奥に病室or長男の部屋。それぞれ配置されている小道具・小物が そのまま生活や仕事に使用出来る物。例えば事務机や椅子、打ち合わせ用のミニ応接セット、リビングはソファとテーブルそしてTVリモコン。下手のダイニングキッチンは冷蔵庫やシンク そして炊飯器やポット、テーブルや椅子。それぞれの場所には直接行かず、扉枠を通って移動する。その動線が異空間ということを感じさせる。

柿沼家には3人の息子がいるが、長男 修一は30歳過ぎても働かず、引き籠っている。しかも家では我儘 言い放題 し放題。そんな長男に対し他の家族は呆れ半ば諦めている。母 聖子は入院し後々判るが胃癌で余命三か月。父 輝明は修一に見舞いに行くよう言うが…。社員の田中灯里の楽しみは「レンタル彼氏」と会うこと、それを聞いて修一にも「レンタル彼女」 塚本愛を紹介する。修一は、自分の言うことに反論せず寄り添う彼女に好意を抱くが、彼女にとっては 飽くまで仕事。契約終了時、愛は修一を反面教師として母の看病をする気持になったと告げる。

母は亡くなり、その通夜はもちろん葬儀にも参列しようとしない修一。そして母が死んだと思わないことで、現実逃避を図る。父は修一に母が亡くなった事実、それを受け入れるよう諭す。ラストは父 輝明の奇矯というか自虐的な行為、その可笑しみと悲しの綯交ぜになったような感情表現が印象に残る。公演には実感ある台詞の数々。例えば亡くなった母の姿に 「まるで眠っているようだ」と。自分も 遺体に呼びかけ、周りから狂ったと思われた覚えがある。

公演は、引き籠りという ありふれた設定に親の死という現実を突き付ける。劇中のTVニュースで親が亡くなったことを隠し年金を騙し取っていた音声が流れる。いずれ親も(経済的)援助できなくなるという伏線。それにしても30過ぎの息子を色々説得するための行為があれか?力ずくは、幼児ならば躾という名の虐待になるだろうが…。

公演は、どこにでも居そうな登場人物が、その立場や性格をリアルに立ち上げ物語へ力強く引き込む。特に引き籠りの長男 修一を演じた根本大介さんの憎たらしいほどの悪態や我儘。そしてレンタル彼女 塚本愛の土本橙子のシニカルな演技、そして「言うのは知性、言わないのが品性」という台詞が印象的だ。生きることは辛く大変、それでも平凡な暮らしを手に入れるため日々戦っている は、この劇のテーマのよう。
次回公演も楽しみにしております。
あゝ大津島 碧き海

あゝ大津島 碧き海

若林哲行プロデュース

座・高円寺2(東京都)

2025/04/02 (水) ~ 2025/04/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

オーソドックスな劇作の反戦劇。国や大切な人を守るために戦う、それを人間魚雷「回天」乗組員の視点から骨太に描く。当時の状況等を分かり易く観せるが、一方 既視感があることは否めない。本作でも登場するが、(航空)特攻隊の話は戦争を早く終わらせるため といった今から考えれば、詭弁の公演も観たことがある。この内容に、演劇的な奇知を求めることは難しいかもしれない。しかし、戦争を語れる人が少なくなる中、このような演劇(公演)を続けることは意義あること。

今年は 昭和100年、戦後80年になるため、このような内容の公演は 多く上演されるだろう。しかし、決して忘れてはならないこと。当時の大義の下による特攻志願、その純粋な思い、そして同調圧力といった目に見えない怖さ。現代のようなSNS等といった誹謗中傷と違って国家が絡んだ、一種の洗脳と言っても過言ではないだろう。戦争は天災ではない、そして歴史は変えられない。今後 二度と同じ過ちを繰り返さないよう、1人ひとり 自分で賢く考え行動することが大切、そんなことを訴えている公演。今、世界を見れば紛争・戦争はどこかで起きている、ワールドワイドの現代において他人事ではないのだ。

舞台は、同じ地域で野球を愛する青年たちが戦況を憂い、彼らの家族や愛する人たちを守るため 特攻に志願する、それまでの心情を情感豊かに紡ぐ。その情景を照明や音響・音楽で効果的に表す。勿論、俳優陣の演技も熱く力が入っている。場内のあちらこちらで嗚咽や啜り泣きが聞こえる。それだけ丁寧に描き 感情移入させる公演。
(上演時間2時間10分 休憩なし)【 回チーム】

ネタバレBOX

舞台美術はシンメトリー。二重の板、場面によって潜水艦に見立て、上部のハッチ(上げぶたのついた昇降口)を開けて階段を降りると、そこは「人間魚雷(回天)」内。上と下の間を平板で部分的に隠し奥行きを感じさせる。同時に上り下りといった動作が躍動感を生む。また潜水艦以外に、別場所といった空間的な広がりをイメージさせる。客席側に3つの台、その中央だけが少し小さい。その わずかな段差の上り下りも生きているといった息遣いを感じさせる。衣裳等…男性は軍服や軍刀、そして敬礼等の動作も凛々しい。女性は もんぺや割烹着で当時の雰囲気をだす。

公演は、特攻隊員(「回天」乗務員)の生き残りが、雑誌の取材に応じる形で戦争の悲惨さを語る。時は昭和19年 太平洋戦争末期。物語は 同じ地域にいる野球少年、台詞に甲子園を目指すことや職業野球人になりたいといった夢が語られる。一方 少女たちは歌(合唱)の練習 そのハーモニーが美しい。上演前に「夏の思い出」といった、郷愁を誘う歌が流れている。そこには平和な日々が何気なく描かれている。しかし戦況の悪化、1人の少年が志願すると言い出し、仲間はそれを止めることが出来ない。当時の正義=大儀は お国のために役に立つこと。

そして1人また1人と志願していく。また少女たちにも勤労動員の命令が下る。家族や愛しい人との別れ、生きて帰ってくることが叶わないと解っていても、必ず帰ると約束する。特に家族…父は傷病兵として家にいるが、息子に向かって自分の人生は自分で決めろ。母は人殺しを生み育てた覚えはないと言いつつ 食事の用意をする。両親の心中は、察するに余りあるもの。そして愛しい人からの手紙や手作りのお守り といった心情表現が泣かせる。

志願先…空中特攻隊と海中特攻隊へ分かれたが、どちらにしても自己犠牲を前提とした特別攻撃隊。タイトルから後者をメインに、その訓練と心境を丁寧に綴る。上下関係にある者との会話(敬語)と仲間内の親し気な話し方で、物語に硬軟もしくは緩急をつける。また軍における上官への謹厳な接し方(敬礼や言葉遣い等)、外出時の愛しい人(恋人であり妹)との微笑ましい会話が交差して展開していく。「回天」搭乗する訓練で多くの(事故)死者を出した。それは人間魚雷への乗務がいかに難しいか物語っている。

若林哲行さんが演じる、回天乗務員の生き残りの慟哭。戦後一度も大津島を訪れることはなかった。仲間は皆 戦死した。自分は、幸か不幸か生き残ってしまった。自分が搭乗する予定だった回天が敵の攻撃の影響で損傷、出撃出来なくなった。仲間に顔向けできないといった忸怩たる思い。生きることも地獄、戦争に生き残った者が生涯負うことになる悲しみ。その心に<戦後>という思いはないのだろう。だからこそ語り継ぐのだ。
次回公演も楽しみにしております。
夏砂に描いた

夏砂に描いた

miwa produce。

πTOKYO(東京都)

2025/03/28 (金) ~ 2025/03/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
異なる時間軸で紡がれる慕情や郷愁、それを繊細にして抒情豊かに綴った珠玉作。登場人物は、僕・君・女・母・彼の5人。僕と君は勿論、すべての組み合わせで会話があり、長い時を経て関係性が明らかになっていく。その情景が、脳裏に鮮明に浮かび上がるという、朗読劇ならではの醍醐味。5人の喜び 悲しみ、そして驚きといった心情が手に取るようにわかる。

少しネタバレするが、舞台は 或る年の8月31日夕暮れ、人気のない海辺。物語は 茫洋と海を眺めて、街へ帰る最終バスに乗り遅れた高校生2人の淡い思い、その回顧から始まる。今となっては夢か現か、過去と現在を彷徨する。可笑しくて 優しい、でも悲しくて残酷な…。舞台技術、時間と心情を表す照明の諧調、音響は さざ波や微風、音楽は咲田雄作 氏によるギターの生演奏、この上ない贅沢な時間が舞台空間に流れ、実に気持ち良い。
(上演時間1時間30分 休憩なし) 

ネタバレBOX

5脚の椅子が横並び。そして上手には別の椅子、そこにギターの生演奏をする咲田雄作 氏が座る。朗読劇ゆえ基本的には動かない。最初の登場と最後の退場時に客席通路を何人かが通るだけ。舞台上には浮き輪やビーチサンダルという夏イメージ。
朗読の情景にあわせて照明を諧調する。例えば時間の変化や5人の心情表現など、淡い照明色であり強調すべき場面ではスポットライトへ、その効果付けが巧い。同時にピアノ音楽を流し、ギターの生演奏が適宜入り情景が豊かになる。

8月31日夕暮れ、この海辺にある海の家でバイトをしていた2人。同じ高校の先輩 ー高校3年(君)と2年(僕)の会話、それぞれ淡い気持ちを抱き、将来の夢を語り合う。僕は画家を目指し、君は…それを聞きそびれた。後々わかるが花嫁になること。この時、君が僕の絵が見たいと せがむから棒で砂浜に描いた。取り留めのない会話、そして来年もここで会おうと約束したが…。君は明日、横浜へ引っ越し転校するという。

翌年、君は現れなかった。あれから12年、僕は30歳になっていた。そしてあの時と同じように最終バスに乗り遅れた女と出会った。女は途方に暮れ、歩いて街まで行くか、始発まで浜辺にいるか思案している。僕は女に話しかけ、一緒に歩いて帰ることにした(疲れたら 途中でラブホテルもあるし)。実は女は君の妹。そして君は難病に侵され入院中。病院の理学療法士であろうか、彼の治療を受け、そしてプロポーズされる。君は病気のことを知っており、だから花嫁になりたいと言ったのだろうか。

さらに、それから10年、僕は40歳になり離婚し独り身である。そして以前会った女と偶然あの海辺で出会う。女も結婚し子供がいるが離婚したと。偶然、彼は病室に僕の絵を飾って君に見せてくれていたらしい。君が亡くなったことは女(君の妹)から聞かされた。さらに年月が流れ、あの海辺に僕と女ー2人は結婚した。年を取り棒ではなく杖をついている。高校時代の淡い思い出、それも1日の…その追慕が実によく描かれている。
次回公演も楽しみにしております。
Better Days

Better Days

“STRAYDOG”

アトリエファンファーレ高円寺(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/30 (日)公演終了

実演鑑賞

希望や苦悩を抱え、今を生きる等身大の若者を描いた青春群像劇。舞台は沖縄県伊平屋島という離島。そこで ひと夏(3日間)、島の同世代と過ごすことによって 少し成長していく少女たちの姿を清々しく描く。
東京と伊平屋島での暮らしの違い、例えば買い物や遊ぶ場所など その社会・文化などの違いを通して思考と志向の形成も描く。説明にある解答用紙を白紙で出す女子生徒の苦悩と島で暮らしている少女の希望が交差して生まれる友情。同時に、都会では味わえない雄大な自然や生命の(神秘的な)誕生を目の当たりにして、自分の悩みなど…。教師が教えられることは、授業での知識ぐらい。毎年島を訪れている理由は、学校だけでは教えられない大切なこと。

この公演は、「レモンズカンパニー」の復活を確認するかのようだ。子供たちに合った等身大の脚本(物語)で分かり易く、演出は、大人の役者が見守り支えるといった感じだ。稽古では色々な事があったと推察、それが物語の女子学生の成長に重なるよう。そして大人の役者は、引率の教師のような存在。劇中で奇妙なミュージシャンとしても登場し、子供たちの歌やダンスを客席袖から応援する姿が微笑ましい。少しネタバレするが、舞台美術は、夏らしく 左右に簾と中央奥に黒板。その黒板に日直:あかば│しげまつ と書かれている。勿論 演出の赤羽一馬さん と引率教諭の先輩役の重松隆志さんのこと。学校での教育を次世代を担う役者達の育成に重ね合わせる。その 初々しく元気溌剌とした演技/パフォーマンス、ぜひ劇場で。
(上演時間1時間25分 休憩なし) 【スカイ】

ネタバレBOX

公演は、夏季合宿を通して少女たちの心の成長、同時に「レモンズカンパニー」としての演技(力)成長、その2つを巧みに観(魅)せている。舞台美術や衣裳は、夏の雰囲気を漂わせている。

日常の暮らしを通して、東京と伊平屋島の違いを分かり易く描く。例えば、都会におけるボーリングやカラオケ、一方 離島における遊び場所は大自然(景色)。そして買い物にしてもコンビニが当たり前の都会、そん店はなく、たぶん萬屋(よろずや=ゼネラル・ストア)が島の唯一の店。都邑における利便性や環境の違いをさり気なく説明し、その中で、東京から来た少女の苦悩へ。

解答用紙を白紙で出す女子生徒、彼女は小学校の頃は学業優秀で母の期待も大きかった。しかし、母は家を出て行方知れず。今の状況を知ったら戻って叱責してくれるのではないか。一方、島で親しくなった少女の両親はスキンダイビングインストラクターだったが、今は亡い。そして卒業したら大阪の親戚の家から学校へ。広い世界を見てみたい、そんな希望を抱いている。2人の会話を通して、家庭や地域環境の重要さが浮き彫りになる。

2人の会話の最中にウミガメの産卵光景。スマホで撮影しようとするが、その光によって進む道を間違えてしまう。カメは、命(孵化)の誕生を見ることなく、生まれた子カメは自力で生きていく といった諭しに繋げる。
物語を楽しませる、それがダンスでありマイクでの歌唱。また漫才的な面白ネタや方言を挿入し笑わせる。その一生懸命な姿が、物語における少女の姿に重なる。
次回公演も楽しみにしております。
「mariage」

「mariage」

おかしないえのまほうつかい

高円寺K'sスタジオ【本館】(東京都)

2025/03/28 (金) ~ 2025/03/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

初日観劇。
オムニバス5編。この演目、どのような関連性で選択したのか判然としないが、自分の解釈では、大切なものは目に見えない、そして失ってから初めて気づくといった 人の「心」や「情」を紡ぐようだ。この団体の公演は初見、オムニバスではなく 中長編の公演も観てみたいと思わせる 力 がある。

5編は、「星の王子さま」「葉桜」「ペアリング」「プロポ-ズ」「ふたり、目玉焼き、その他のささいな日常」で、役者は4人。場景は椅子等の物を使用するだけで、ほぼ素舞台。オムニバスであるが、全体を通じて 人生における悲劇と喜劇の間をさまよい歩く、そんな面白味も感じられる。同時に、何となくであるが 色々な情景・状況を通して役者の演技(力)をみる試演会のような気もした。なお、設定を変えるなど 現代風にアレンジするといった工夫は感じられない。例えば、岸田國士の「葉桜」(大正期の話)などは、今風の会話(テンポ)で早口だ。いやリアルな日常会話より早く、当時の時代感覚とは合わない。台詞を早く喋ってしまいたい気持の表れか?細かいことはあるが、脚本(物語性)の魅力を体現する力はあり、飽きさせないところが好い。
(上演時間1時間35分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、モンゴルのパオorゲル内のような感じ。床は円形の白幕 周りはそれを囲うような白幕。演目によって椅子などを搬入するが、基本は素舞台。衣裳は、映えるような赤・黒・青といった原色で、役者の表現力を強調するかのようだ。
日常にある何気ない温かさ 優しさ、それが無(亡)くなって初めて分かる その大切さ 愛しさ。

●「星の王子さま」(作:アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ )
王子さまは バラの美しさに惹かれ 献身的に尽くすが、バラの本心は解らない。バラがそこにいて芳しい香りで包み、晴れやかな気持ちにさせてくれた。バラの見え透いた謎かけに翻弄され本当の優しさを知ろうとしなかった。つまり バラの姿を見て、香りに酔いしれるだけでよかったのだ。

●「葉桜」(作:岸田國士)
お見合い相手の、自分への気持ちを掴みあぐねて 前に進めずにいる娘と、その娘を優しく見守りつつも心配のあまり、つい口を挟んでしまう母。そんな母と娘が織り成す柔らかな心の揺れを描いた会話劇。お見合いを通して、今後の二人の行く末を考える、そんな日常の一コマが描かれている。

●「ペアリング」(作:かわせゆうき)
物語というよりは、物語間を繋ぐような意味合いを持たせているような。この戯曲は、かわせゆうき氏のもので、この演目の中で唯一のオリジナル作品。何となく とぼけたユーモアと溢れる愛情のようなもの描いている。

●「プロポ-ズ」(作:アントン・チェーホフ)
チュブコーフの屋敷に 隣人のローモフが訪れる。正装であることを不思議がるチュブコーフに、ローモフは娘のナターリヤに結婚を申し込みに来たと告げる。チュブコーフは喜び ナターリヤを呼びに行く。しかし やがて2人の間で、両家の境界線にある土地の所有や夫々が飼っている猟犬の優劣等で言い争いが…。結婚すれば関係ないのに。

●「ふたり、目玉焼き、その他のささいな日常」(作:関戸哲也)
走馬灯ってどんなんだっけ…目玉焼きは半熟が好みなのに、賞味期限は厳守して、カレーは箱書きの説明通りに作って等、些細なことしか思い出せない。あんなに一緒にいたのに、あなたが覚えてるのは そんなことだけ。駆け巡る日常の中に大切な思い出が…。

次回公演も楽しみにしております。
CARNAGE

CARNAGE

summer house

アトリエ第Q藝術(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
初めて観る演目、映画「おとなのけんか」(邦題)としても上映されたそうだが 観ていない。舞台は、虚構の世界を空間と時間を使って どう描き出すか。しかし この劇は、現実の出来事をその時間の中で紡ぐ、言い換えれば 現実を舞台という虚構の世界で描くといった感覚だ。敢えて空間を作らず、時間も流れない。今そこにあるリアル、その漂流するような会話や行動を覗き観るといった楽しさ面白さ。

舞台はフランス、登場するのは二組の夫婦、その4人が 子供の喧嘩の後始末を話し合うために集まる。中流階級でリベラルを自認する人達が、いつの間にか本質からずれた話し合いになり、だんだんと興奮し我を忘れる。リアルな空間と時間、その中で役者陣の自然な演技が臨場感を増していく。自然(体)という確かな演技、それが異様な雰囲気を漂わせていく。喧嘩の当事者である子供は登場しないが、会話の端々からどのような子供で親子関係なのかが垣間見えてくる。色々なところに飛び火した会話を通じて、一人ひとりの人物像が立ち上がる。いつの間にか(リベラルという)化けの皮が剝がれ 本性剥き出しの激論、それがどこに辿り着くのか目が離せない。少しネタバレするが、この舞台をひっ掻き回す者でありモノが肝。

舞台美術は、話し合いが行われる家のリビングルーム。その光景がさらに現実味を帯びるような錯覚に陥る。どこにでもあるような空間だが、工夫も凝らしている。それは劇中でトイレ、洗面所に行く場面では、ある舞台セットを回り込むという動作が加わる。その動線が同一空間の中で別の意味合い(廊下)を表しているようだ。細かいところだが、これによって居住空間の広がりを的確に表現している。実に丁寧な演出で巧い。
(上演時間1時間25分 休憩なし) 追記予定

ネタバレBOX

舞台美術は、中央にソファとテーブル、その斜め横に椅子2つ。後ろの壁際に2つの置台ー1つは電話、もう1つに煙草、酒瓶が乗っている。客席側の上手/下手に本の山、中央の花瓶に50本のチーリップが活けてある。中流階級の家庭、本の山は 仕事であり良識等といったリベラルの象徴か。

登場人物は わずか4人。被害者側の夫婦=ヴェロニク(水野小論サン)はライター、ミシェル(小林タカ鹿サン)は雑貨商、加害者側の夫婦=アネット(伊東沙保サン)はファイナンシャル・プランナー、アラン(小野健太郎サン)は弁護士。子供同士が喧嘩をして、棒を振り回して相手に前歯2本を折る怪我をさせる。初めのうちは穏やかに話していたが、だんだん本来の目的と違う方向で議論し始める。その行き違いとなる分岐点が曖昧、ただアランの携帯電話が頻繁に鳴り、話し合いが度々中断し、皆 少しずつイラついてくる。一方、ミシェルの母親からも電話が…。この姿を現さない相手(電話)に翻弄されていく。
以降 追記予定

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