COLOR
ホリプロ
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2022/09/05 (月) ~ 2022/09/25 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
交通事故で記憶喪失になった青年の混乱と回復、新たな生きる道の発見の物語。シンプルで淡彩のパステルカラーで描いたような舞台だった。舞台上の右から上部にかけてを覆う白い壁が、木のようにも、波のようにも、繭のようにも見える。そこに映像を映すことで、作品を視覚的にも膨らませる。
青年(成河)と母(濱田めぐみ)、父、編集者、友人(浦井健治)の回を見た。全編に歌がたっぷりあって、85分と短いが、濃密な音楽劇になっているピアノとパカッションの生演奏。。最初のうち、青年の歌が音程を外したような、稚拙な旋律になっているのが、記憶喪失の戸惑いをよく示している。母の嘆き、喜び、青年の右往左往も歌があることで、情景の積み重ねや説明抜きに、観客に伝わってくる。
ユーフォ―キャッチャーにつめこまれた動物のぬいぐるみたちが、記憶のない世界に閉じ込められた自分に重なる場面が面白かった。
豪華キャスト(母は、柚希礼音とのWキャスト)からすれば新国立の小劇場という小さい空間でやったのはぜいたく。でも新国立の小劇場でもまだこの芝居には大きく感じた。100-200人の劇場で、俳優の息吹をもっと近く感じれば、母子の悩み、父の強さが一層濃密に迫ったと思う。
Show me Shoot me
やみ・あがりシアター
三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)
2022/09/02 (金) ~ 2022/09/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
冒頭の夫婦漫才(「三鷹はいい街ですよね。××もあるし、△△もある」「それ吉祥寺のことだよ」)からはじまって、コントを次々とつなげたような芝居。隣に越してきた関西弁乗りの夫婦、会社の喫煙室での会話、OL二人のランチ風景、社宅に住む兄とヴォーカロイド作曲家の妹、性格の悪い彼女と「一日一善」がモットーの彼氏、読み聞かせ会の子どもたち。
関西弁夫婦に押されて、自信をなくした根暗の漫才夫婦の危機を軸に、いい年したOLのカブトムシ取りや、おじさんの早朝ランニング風景なども織り交ぜていく。ばかばかしい話なのだが、俳優たちがそれぞれ個性的なキャラを熱演していた。その中にあって、根暗の漫才夫婦が、終始どよーんとした雰囲気をまとわせていたのが、コントラストをつけるともいえるし、足を引っ張るともいえる。関西弁妻のさんなぎの迫力が目立つが、おとなしいけれど漫才の妻役の加藤睦望の天然ボケの感じもよかった。
『Q』:A Night At The Kabuki【7月29日~31日公演中止】
NODA・MAP
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2022/07/29 (金) ~ 2022/09/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
初演で2度見たので、3度目の観劇。それからのロミオ(上川隆也)が言う「戦争が終わった日に、戦争は終わらない」の科白が、今回は響いた。Queenの曲に三味線ヴァージョンがあったり、ラストにはボヘミアン・ラプソディのインスツルメンツ版が流れたり、相当この芝居のためにアレンジしてある。たいしたものである。
加担者
オフィスコットーネ
駅前劇場(東京都)
2022/08/26 (金) ~ 2022/09/05 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
デュレンマットの戯曲は政治的寓話劇である。硬派で政治的なドイツ演劇の系譜に位置すると言っていいだろう。本作で面白かったのは、ボス(外山誠二)の「インテリは自分も現実を生きているくせに、理想の国から批判する。罪を感じているのに、自分は無罪だと主張する」という、手厳しいインテリ批判。しかしそれは作者自身の姿でもある。絶世の美女アン(月船さらら)が、なぜ何の魅力も感じられないドク(小須田康人)を好きになるのか、それが説得力がないのが残念。
寓意や作者の世界観が前面に出て、すべてはそうあるように展開し、驚きや謎がない。ドラマより思想優先の作劇は、やたら独白(観客に直接語る独白。傍白ではない)が多いことにも表れている。そういえば、冒頭からドクの長い独白だった。独白、独白、独白。
主要登場人物の3人の名がドク、ボス、コップと役割から来たニックネームでしかないところにも、この作品の抽象的性格が表れている。「大統領は殺しても遺体は残す、「国葬」の楽しみを国民から奪わないため」というセリフはあるが、それが安倍元首相の国葬とリンクするから現代的というわけではないだろう。
帰還不能点(8/17~8/21)、短編連続上演(8/25・26)、ガマ(8/29~9/4)
劇団チョコレートケーキ
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2022/08/17 (水) ~ 2022/09/04 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
沖縄戦の構図は、最近発掘された護郷隊の少年たちのことも取り入れて、アップデートされている。暗いガマの中ですべての劇が進む(たまに入り口から外に出るくらい)。そこに日本軍対沖縄県民、皇民化教育、ひめゆり部隊の悲劇から「命どぅ宝」の生きる思想に行きつく。満席の客席で、クライマックスではあちこちですすり泣きの声が漏れていた。
紅一点、ひめゆりの一人(清水緑)がこの芝居のかなめだ。「日本人として立派に死ぬ」ことにしがみつき続ける姿に、沖縄の悲劇の深さが凝縮されていた。性急に美しい死にあこがれるのは若さ故でもある(『戦争は女の顔をしていない』の元女性兵士たちもほとんど10代だった)。しかし、なぜそれほど日本人になりたいのか。そこには、沖縄を卑下する気持ちがあるだろう。すべての事大主義の根底にあるコンプレックスである。セリフには直接語られていないが、そういうことを思った。
ウチナンチュのおじい=防衛隊員を演じた大和田獏がよかった。ひょうひょうとした沖縄県民の実直さをよくしめしていた。扮装のせいもあり、大和田獏とわからずに見て、沖縄出身者かと思ったくらい。沖縄一中の教師(西尾友樹)が、熱血皇国教師だったのが今はつきものが落ちて戦争に批判的になっている。その変化が(なんとなくだが)軽いのが難点か。2時間(休憩なし)
ギラギラの月【8月26日~29日公演中止】
劇団テアトル・エコー
恵比寿・エコー劇場(東京都)
2022/08/26 (金) ~ 2022/09/05 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
竹〇惠子、萩〇望都ら「花の24年組」と呼ばれた少女漫画家たちの青春群像と、三億円事件をからめた発想がまず面白い。コメディーの得意なテアトル・エコーらしい、笑いに満ちた元気のある芝居だった。
舞台いっぱいに二階建て木造アパートを再現したセットに、まわりは練馬名物キャベツというのがユーモラス。デビューめざして一緒に漫画家修行する女性たちの、それぞれの個性もかき分け、演じ分けている。とくになんでも花びらをしょわせる少女趣味全開の大〇弓×(渡邊くらら)が可愛げがあって面白い。さらに時代に取り越された元貸本漫画家の山本(重田千穂子)が、舞台を活気づける異分子=トリックスターとしてしょっちゅう騒動と笑いを起こす。
夢と不安でいっぱいの昭和の青春群像劇としてなによりおもしろい。大手編集部の気に入られるような漫画を描こうと四苦八苦するメンバーに、クールな新人編集者が「もっとハッとさせてほしいんですよね。3億円事件は日本中をハッとさせたじゃないですか」と「かたにはまらないで」と注文するのが、一番のメッセージになっている。
中島淳彦の戯曲。3年前に58歳で亡くなったが、80本以上の戯曲をのこしたらしい。年4,5本を書いていた。生前は彼のことを知らなかった。去年あたりから、急に中島の名前を見るようになり、今回その戯曲による舞台を初めて見た。人間関係のくみたて、人物の個性の描き方が巧みで、とにかくセリフがうまい。笑いもあり、熱もある。これからまだ公演があるので、できるだけ足を運びたいと思った。
毛皮のヴィーナス
世田谷パブリックシアター
シアタートラム(東京都)
2022/08/20 (土) ~ 2022/09/04 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
男と女、演出家と女優という前者優位の社会関係を、マゾヒズムはひっくり返す。女主人に奴隷として使えることを喜びとする男。高岡早紀と溝端淳平がこれらの役割にのめりこみ、時に入れ替わりながら、支配と服従、上位と下位のパワーゲームを繰り広げる。二人のち密なやり取り、水面下の主導権争いから目の離せない、知的でスリリングでエンターテインメントの舞台だった。しかも意外に笑いが多かった。高岡の高飛車ぶりや、現代の蓮っ葉女と19世紀の高貴な女性を一人で演じ分ける落差、溝端の当惑ぶりが笑いのツボをくすぐる。アメリカの作者はコメディーと言っているらしいが、それが日本の舞台でも実現することは珍しい成果だ。
高岡早紀のまさに体を張った演技、コントラストと落差が素晴らしかった。溝端も後半のマゾぶりがなまめかしい。女性から男性への復讐劇なのか、あるいは男性が自らの妄想の罠に落ちた自業自得の劇なのか。あるいは女性賛美という美名の裏にマッチョイムズを隠した男性優位劇なのか。一筋縄ではいかない芝居である。
世界は笑う【8月7日~8月11日昼まで公演中止】
Bunkamura
Bunkamuraシアターコクーン(東京都)
2022/08/07 (日) ~ 2022/08/28 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
前半は正攻法のリアリズムに徹した、わらいの絶えない人情喜劇だった。新宿の街角での、袖振り合うも他生の縁ともいえる、人々の人生のちょっとした交差(川端康成や、万引きした男=どちらも廣川三徳、傷痍軍人のアコーディオン引き=山内圭哉)。
セット変って、落ち目の喜劇劇団三角座の舞台へ。結核療養から帰った看板役者(大倉孝二)の、光の当たらない憤懣からのやさぐれぶり。緒川たまきのコメディエンヌぶりと、戦争未亡人(松雪泰子)に片思いの新人裏方の兄(瀬戸康史)のかけあい。ヒロポン中毒から脱出したコント作家志望の俳優の弟(千葉雄大)と恋人(伊藤沙里)。周囲も芸達者ぞろいで面白い。「どう台本おもしろい?」ときかれて、上の空の感じで「おう」と答える間合いだけで笑わせる(これは山内圭哉)。正統派リアリズムはケラにしては珍しいが、これはこれで見事で、前半だけでなんと2時間を飽きさせない。
20分休憩入れて3時間45分。特別な興行でもないのに、これだけ長い芝居は珍しい。しかし、最後まで充実した時間を過ごせる、たっぷりとした豊かな芝居だった。
スカラムーシュ・ジョーンズ あるいは or 七つの白い仮面
加藤健一事務所
本多劇場(東京都)
2022/08/18 (木) ~ 2022/08/28 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
1899年の大みそかにカリブ海の島でジプシーの売春婦から生まれた「透き通るように白い肌」の男の100年の生涯を、一人芝居で語る。一人芝居というのは単調になりやすいが、さすが加藤健一、緩急自在に様々な登場人物を演じ分け、1時間40分を飽きさせない。舞台美術と照明、映像も効果的に使い、アフリカ、ベニス、ナチス時代、ロンドンなどの時代と背景を示す。舞台上の円形の台がパカっと割れて、ナチスのカギ十字とムッソリーニのイタリアの国旗がずらーーっと並ぶ趣向は工夫である。
ベニスでジプシーの一団の仲間になって、憲兵に捕まった娘を奪いに行く役を義侠心から引き受ける。憲兵隊で袋叩きに合いながら、目的を達するシーンはまず、第一のヤマ。床に這いつくばりながらの熱演。
そして、なんといっても最大のヤマは、クロアチアのナチスの強制収容所での、ユダヤ人犠牲者たちの墓穴掘りの道化。戦犯容疑を晴らす裁判での判事役とスカラムーシュのパントマイムは、この舞台の白眉だった。
コロナ禍が続くが、後半の初日の夜の客席は、8割5分の入り。大した人気である。芝居と言えば女性客が多いものだが、加藤健一の芝居は男性客も多い。
夢・桃中軒牛右衛門の【8月16日~17日公演中止】
流山児★事務所
小劇場B1(東京都)
2022/08/10 (水) ~ 2022/08/17 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
新劇合同プロジェクト「美しきものの伝説」に続く宮本研戯曲の観劇。こちらは対話に妙味少なく、出来事をなぞっていくようなつくり。最後の中国人学生(毛沢東)との会話が一番面白かった。とはいえ、これも宮崎滔天が学生の中国革命への考えを聞く、という形で、対話としてのぶつかりや発展はない。
もう一つの見どころは浪曲の師匠、桃中軒の病床での妻への愛と後悔を語る場面。これは、死んだ妻も三味線を持って再度現れる。師匠役の名演技だった。
歌を派手に使った場面で盛り上げるのが、長い展開の芝居を飽きさせないで見られた。「草枕」の那美モデルが、宮崎滔天妻の姉で、主要人物の一人として男まさりのキップの良さを振りまく。那美役の女優も、啖呵を切った威勢のいい演技で舞台を引っ張った。
HEISENBERG【Aキャスト全公演中止】
conSept
ザ・ポケット(東京都)
2022/07/29 (金) ~ 2022/08/14 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
孤独な魂の切ない触れ合いを描く。前半は小島聖の、恥隠しを秘めたハイテンションに引っ張られ、後半は平田満のいぶし銀の優しさに心動かされた。後味のいい芝居だった。
ロンドンの地下鉄駅で女(小島聖)が、ベンチの初老の男(平田満)に突然話しかける。しかも首筋にキスして。とにかく喋り続ける女と訝しむ男。女は男の店(肉屋)探し当ててデートに誘い出し、レストランではセックスを持ちかける。事後、「たまってたの?」という女に。「いや。おれはマスターベーションの達人だから」といなす男。そして女は、男にある要件を持ち出す。最初から狙いはそれだった。女には別れた恋人との間に19歳?の一人息子がいて、家を出て今米ニュージャージー州にいる。男は芽吹いた恋心が砕けるのを感じつつ、男の思いがけない提案が女の心を開く。
セットは簡素ながらも、ベンチやベッド、肉屋のカウンターなどを用いて、場面のリアリティを助ける。俳優が舞台奥で着替えるのも悪くない。
男のセリフ「個性や人格なんてものはない。人は自分のしてきたことの集まりにすぎない」「人は自分が何かを気にしすぎだ。何をするかを考えたほうがいい」が、人生論として広がりがある。思わずメモしたいいセリフだった。平野啓一郎の分人主義にも通じる。
りょうと上條恒彦のAパートを見る予定だったが、コロナでまさかの全部中止。急遽、当日券でBパートを見た。客席が6割の入りだったのは勿体なかった。
ひとつオノレのツルハシで
MyrtleArts
ザムザ阿佐谷(東京都)
2022/08/18 (木) ~ 2022/08/22 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
漱石と妻の夫婦喧嘩の最中に、突然転がり込んできたボロだらけの浮浪者風の青年。青年がエキセントリックに漱石の「坑夫」に食いつき、「他人の話ででっち上げただけ、己を掘れ」とツルハシを置いていく(らしい。少しうとうとしたので不正確)。
4年後、彼岸過迄を書いている漱石のもとに、再び青年がやってくる。「己を掘ってきた」という漱石に、青年は「狭苦しい話」「妻の本心とか、友だちとの仲違いとかどうでもいい」と、もっと深くて広い話を書けと批判する。青年は田中正造を尊敬し、この4年、行動を共にしてきたという。「谷中村には紫の炎がある、文学がある」。その正造が死んだと、臨終の言葉「鉱毒問題の本質からすれば、(正造の臨終の席に人々が集まった)ここもまた敵地」を繰り返し、その言葉に受けた衝撃を広げる…。
身の入らない支援者たち、言葉だけの同情者への「ここもまた敵地」の正造の言葉の刃を、漱石に突きつける作劇のポイント。青年が幻視する「紫の炎」に、たった一人でも自分の道を突き進む生き方、情熱、真実の人間の心を託す。
言葉は理屈っぽくて、核心になかなか触れずに仄めかしが多い。その分、消化しにくいが、要は書斎対現場、文学対行動の対立ということになる。1時間35分
頭痛肩こり樋口一葉
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2022/08/05 (金) ~ 2022/08/28 (日)公演終了
あつい胸さわぎ
iaku
ザ・スズナリ(東京都)
2022/08/04 (木) ~ 2022/08/14 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
私の見てきた中でもベスト舞台の一つ。初演も良かったが、再演の今回も期待を裏切らない素晴らしい舞台だった。冒頭の夜食があるかないかをめぐる母娘の会話から笑える。母役の枝元萌が絶品。娘(平山咲彩)も、幼馴染の男の子コウちゃん(田中亨)に対する、臆病な恋心が仕草の端々から醸し出されて微笑ましい。
さらに母親の職場の、上司の木村さん(瓜生和成)と透子ちゃん(橋爪未萠里)を入れた会話も笑える。この笑いはボケとツッコミが基本で、上質なコントや漫才のつくりである。母がボケても、東京(実は千葉)から来たばかりの不器用な木村は突っ込めず、そこがまた笑えたりする(笑)
女性の「胸」をめぐって話が回っていく作劇が見事。喜び、恥じらい、成長、母と子のずれ、びょうき。肉体に関わるときめきや、性の目覚め、自意識が、胸によって具体化される。
紙屋町さくらホテル【7月17日~18日公演中止、山形公演中止】
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2022/07/03 (日) ~ 2022/07/18 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
たかお鷹と千葉哲也がよかった。これは、生き残った海軍大将の回想の中の幻、という見方を見て、なるほどと思った。千葉はこの演劇を愛する人々の中では異端児なのだが、この異端児がいてこそ、この世界がリアリティーを持つ。鵜山仁は千葉に「一人で他の全てと対等に張り合うくらいに」と、そに存在の重要性を語ったそうだ。千葉はその期待に良く応えた。
原爆によって全ては消えてしまった。だからこそ宝石のように輝きは失せない、奇跡の瞬間。「どの公演でも必ず一人は、初めて芝居を見て人生観を変える人がいる。その人のために演じる」という井上ひさしの自説もセリフに盛り込まれている。日系二世役の七瀬なつみは雰囲気が初演の森光子を彷彿とさせた。
ブレスレス【7月15日~25日公演中止】
燐光群
ザ・スズナリ(東京都)
2022/07/15 (金) ~ 2022/07/31 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
黒いゴミ袋が四方に積み上げられた中に、一本の電信柱。ゴミ袋の一つから男がヌッと顔を出して語り始める。格好つけたセリフはつかこうへいのようだと思っていると、この都会の片隅のゴミ捨て場で、全く関係ない人たちが出会っては通り過ぎていくのは別役実的。ロマンチックな大げさな音楽で雰囲気を盛り上げるのは唐十郎のよう。さらに仙石イエスがモチーフの「パパ」老人と娘たちのやりとりは、末娘の一本気な直言で一気に「リア王」の場面に近づく。
現れるのは、ゴミになった記憶喪失の男(坂本弁護士)、ごみ収集の中年男と若い助手、ホームで絡んできた酔っ払いを突き飛ばして死なせてしまった女、しつこいムラカミ部長と嫌がるOL、パパと付き人と六人の娘たち、教団から娘を奪い返そうという老夫婦。さらに近所の中学生と雑誌記者が「ゴドー」の使いのようにちょっと顔を出す。
若き日の坂手洋二作は、演劇スタイルも内容もごった煮のようになんでもかでも放り込みながら、全体の筋はしっかりと押して一つの作品として成立している。竹藪2億円事件、昭和天皇の死去、女子高生コンクリート詰事件など、80年代、90年代初頭の時事も散りばめられ、作品の時代を感じさせる。
休憩なし2時間半と長いし、演技は芝居がかって大袈裟だったり棒読みだったりして、あえてドライに突き放して演じている。しかし、次々起こる場面は、パパの娘たちの仕草を筆頭に、女と坂本弁護士の対話など、緩急が見事で見ていて飽きない。女たちがゴミ袋にモグって息を吸うお勤めは奇抜。実に演劇的というか、面白い🤣。
使い捨ての大量消費社会への批判の奥に、父と娘の悲しく切ない絆がさまざまに変装されて見え隠れする。
ミス・サイゴン【7月24日~28日、8月22日~24日公演中止】
東宝
帝国劇場(東京都)
2022/07/24 (日) ~ 2022/08/31 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
西洋人の身勝手と日本女性の純愛という幻想を託した「蝶々夫人」を下敷きに、侵略軍の一員であるアメリカ兵とベトナム女性の愛を描く。考えるだけで、きわどい設定だ。とくにアジアの側から見ると。一体どういうものになるのかと、初めて観劇した。
舞台やダンスは華やかで、音楽は多彩で美しい。「世界が終わる日のように」「命をあげるわ」「アメリカンドリーム」など、耳に残る名曲の数々。市村正親のオーラと愛嬌をまとったスター演技、高畑充希の透明感のある声、と初々しさ。と、予想以上の素晴らしい舞台である。セリフのない歌だけで物語る作劇は、テンポが速く、飽きさせない。あの有名なヘリコプターの場面が後半の二幕目にくるのは意外だったが、後半にヤマを持ってくる舞台作りのセオリーにはかなっている。
では最初の疑問は、といえば、やはり最後まで拭えなかった。アメリカへ行くことが夢で、ベトナム脱出ばかりを考えるベトナムの主人公たちの姿は、歪んだ世界に咲いた徒花に見える。徒花でも美しいのだが。クリスのベトナム帰還兵としてのPTSDと、キムを捨てた罪の意識、人生をやり直したい意欲に、前向きのものが感じられる。そこはヒューマンなのだが、自分たちがベトナムに与えた被害への自覚(加害性の自覚)はほとんどなく、歴史的認識は浅い。つまりベトナム戦争を米兵にとっての悪夢の体験、アメリカ兵も被害者とのみ捉えている。ベトナム体験は振り返っても、侵略への批判でないところがエンタメの限界だ。
戦後のベトナム国家を極単に強権的威圧的に描いているのも一面的すぎる。キムの(親が決めた)婚約者トゥイ=ベトナム軍将校を悪役に徹底させるのは、米兵たちの描き方と露骨に違う。根底には、自由をベトナムに与えようとしたアメリカの「大義」は間違っていなかったという意識がある。だからアメリカが負けてベトナムは権威主義国家になったと描く。欧米の中国観と同じ。ベトナム系米国人作家は、「ミス・サイゴン」のアジア人(とくに女性)蔑視を批判しても、戦後のベトナムの描き方は批判していない。それはアメリカの世界観・価値観自体は疑っていないからだ。
出鱈目
TRASHMASTERS
駅前劇場(東京都)
2022/07/14 (木) ~ 2022/07/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
過疎の街で、市長が肝入りで始めた芸術祭。入選作カルニゲが、スポンサーの軍需企業を「市の商人」と批判するものだったために、スポンサー企業が猛反発。市長は入選取り消しを迫られる。軍需企業の下請けの社長である市長の息子、軍需企業の元重役の娘である妻と、家族内の紛争も絡んで、表現の自由と公益、多数意見と少数意見のどちらに正義があるかなど、激論がたたかわされる。
表現の自由を守る論理が正しいと思っている僕からすると、反対派は感情的に見える。「不快にさせる表現」を忌避し、それを理由に、その絵は公益に反するから税金で運営する芸術祭の賞を受けるべきでないというのはおかしい。一方、表現の自由を擁護する議論は大上段過ぎてニュアンスに欠ける。私が言うのもなんだが、正論を言う側にこそ恥じらいがほしい。ただ、ラストの市長の新しい決意は苦しんでたどり着いただけに説得力があった。
ハリー・ポッターと呪いの子
TBS/ホリプロ
赤坂ACTシアター(東京都)
2022/07/08 (金) ~ 2025/06/26 (木)上演中
実演鑑賞
満足度★★★
小説の7部完結編の20年後の話。ハリーやハーマイオニーの子どもたちが魔法学校に入学する。ヴォルデモート卿との戦いで死んだハリーの仲間を、子どもたちがタイムトラベルで死なずに済むようにと過去を変えると、どんどん世界が悪く変わって行ってしまう。また元に戻そうとして…。
魔法で相手を空中に投げ飛ばすワイヤーアクションや、魔法の棒から炎を噴き上げる仕掛けとか、マジカルは映像よりも「実物」で勝負していた。3時間40分の長さだが、まったく飽きなかった。高校・学生から中年まで、客席の幅広さはさすが。ただ、登場人物の心理や葛藤の掘り下げは(もちろんあるけれど)期待ほどではなかった。演劇というよりエンタメのショー。そう割り切れば、これはこれで面白い。
ザ・ウェルキン【7月21日~24日公演中止】
シス・カンパニー
Bunkamuraシアターコクーン(東京都)
2022/07/07 (木) ~ 2022/07/31 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
12人の女陪審員たちが、犯人のサリー(大原櫻子)が妊娠しているかどうかを見極めるために一室に集められて評議をする。サリーもつれてこられ、女たちと対決する。後半、思いもかけない展開が次々起こり、すさまじい話になる。さいごは恐ろしさで、まさに息を持つかせぬ30分。
大原櫻子の鬼気迫る演技に圧倒された。生への執着、最後まで失わない誇り、遠く高い世界への憧れ、多くのものを体現していた。吉田羊をはじめとした12人の陪審員の女優陣も、さすが。それぞれにリアリティーがあった。上流婦人を演じた長谷川稀世が、いやみなく上流っぽさを見せてよかった。評決をめぐって吉田羊と対立する姿が格好良い。「世間」の良識派・多数派の代表として存在感十分だった。
女たちの「あそこが裂けちまったり」「欲望でどうしようもない」等々、えげつない言葉が平然と飛び交うが、いやらしくはない。しかし、普段は聞けない言葉にはドキッとする。また母乳が出るかどうかを試したり、膣口の診察など、たくましく想像させるのもドキドキする。
パンフレットで武田砂鉄が、この芝居は「世間」と「経験」に集約されると言っていた。処刑の見世物を求める「世間」の怖さ、自分の狭い「「経験」を振り回す愚かさ。その上に、さらに大きな金力・権力が、弱い者、貧しいものをふみにじる。社会の重層的な壁、重石を陰惨な場面を通して生々しく突き付けてくる。本当に怖い芝居である。
見終わって気づいたが、作者は「チルドレン」「チャイメリカ」のルーシー・カークウッド。これら3作が、題材も、作劇法も、舞台のつくり方も全く違っていて、いずれも傑作である。寡作のようだが、恐るべき劇作家だ。イギリスの現役作家ではマクドナーと双璧だろうか。加藤拓也の演出も見事。暖炉にカラスが飛び込んで、はじけるシーンなど、一瞬で舞台の床がすすだらけになり、本当に驚かされた。
2時間半(休憩15分込み)