タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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KYOTO

KYOTO

燐光群

ザ・スズナリ(東京都)

2025/06/27 (金) ~ 2025/07/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
地球温暖化を巡る国際会議、それを1990年前後からタイトルにもなっている1997年の京都会議(COP3)迄を描いた記録劇であり、主人公ドン・パールマンの記憶劇。観客は、その国際会議を傍聴するといったスタイル。事実を追った感は拭えないが、観せる演出としては巧い。

公演の面白いところは、人間は今しか生きていない、それも国や地域、アイデンティティを背負ってである。それを傍聴という俯瞰した立場から観るという面白さ。しかも、会議ごとに漂流するような議論が どこで決着するのか分からない。圧巻は、京都議定書を採択するまでの様子を分刻みの中継のように早口で喋り臨場感を煽る。

もう一つは、実証なき科学は政治の道具にされるという危険性を孕んでいること。世の中には多くの正義があり、特に国際会議では国や地域ごとの利害関係や思惑が複雑に絡み合い、理論的な正義を導き出すためには確固たる科学的な裏付けが必要になる。時に 政治的判断を求めたがるが、その曖昧さは将来に禍根を残す といったことを訴えている。

気候変動問題という人類にとって重大な課題、一方 合意に係る些細な文書の修正論争という、滑稽な様相が浮き彫りになる。観劇(傍観)者としては面白いが、未来を生きる人にとっては 堪ったものではない。多くの人は、目前の現実の中で考え行動する。公演を観たとしても、地球温暖化の問題と今の自分たちの暮らしが 具体的にどう関わるのかピンとこないところが悔しい。
(上演時間2時間40分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、変形ロ字型で 奥が一段高くなった会議場を連想させる。国連気候変動枠組条約締約国会議(=COP)の開催年と場所によって、議長と参加国が座る位置が変わる。観客は狂言回し的な役割であり主人公のドン・パールマンの案内でCOPを傍聴しているといった感覚。

物語は、COPの開催概要を順々に展開し、参加国の利害を多面・多角的に描き、タイトルにあるCOP3へ。環境問題そのもの、同時に採決が全会一致を要することが肝。合意形成が議長の強権のような印象だが…。

史実に準えた舞台に どれだけのリアリティを求めるか、その度合いは観客によって各々。そして先進国の排出する温室効果ガスの削減について、初めて法的拘束力を持つ削減目標と達成期限が設定された「京都議定書」が採択。温室効果ガスの削減の必要性については漫然と分かった気になっているが、その真意を どれほど身近(切実)な問題として捉えているだろうか。国や地域によって排出量が違い、その影響を受ける度合いが異なる。それも今いる人間ではなく、未来を生きる人々の暮らしを想定してのことである。

地政学的な状況・立場と国家的な利害、さらに個人(政治)的な思惑を絡めることによって、新聞や情報誌・週刊誌といった紙面上の情報だけではなく、生身の役者が演じる虚構の世界で問題の所在を知る。これこそ舞台の醍醐味であろう。実際のCOPに立ち会うことなど不可、恣意的(視点の置き方で違った印象)になるのは止むを得ないが、それでも考える材料にはなる。

物語は、グループ別に 先進国で構成される経済協力開発機構諸国の第1グループ、経済移行国の第2グループ、途上国と中国、小島嶼国連合の第3グループ と利害の対立を巧みに際立たせる。特にキリバスなどの島嶼国は水没の危機に瀕している。対立した議論が出来ているのは同時通訳した言語、しかし 深夜に及ぶ会議に抗議した通訳者のストライキによって更に紛糾した事態へ。意思の疎通が図れない、多国言語が飛び交う滑稽さは舞台ならではの表現。

パールマンが傍聴している観客に向かって話しかけるような説明スタイル、その台詞は歯切れがよい。それによって複雑な国際会議が分り易く テンポよく展開していく。時にテーブルの上を歩き回り、会議の転戦を見守るかのよう。モノクロのような味気ない舞台にスポットライト、そこに1人の人間の思いを見るようだ。
ちなみに ドン・パールマン役を円城寺あや さんが演じており、1人(本人)だけならまだしも、後々 夫婦として並ぶ場面がある。その時は少し違和感が…。
次回公演も楽しみにしております。
「軽い重箱」

「軽い重箱」

殿様ランチ

駅前劇場(東京都)

2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。継続して観ていきたい団体。
6短編は、不思議な世界のものもあるが、人に寄り添った物語。1つひとつの物語は、身近で見聞きするような話で、全体が緩く繋がっている感じ。 クスッと笑いを誘いつつもシニカルな世界へ。

お節料理の重箱を連想。そこには色とりどりの違った食材の料理が並ぶ。といっても食材と違って旬という季節は関係なく、いつでも楽しめる内容。物語は そんな違った味わいを感じさせる好公演。しかも 時代や世代を超越した親近感がある と思う。
(上演時間1時間50分 休憩なし) ㊟ネタバレ

ネタバレBOX

人間の優しさ、そして寛容・不寛容といった表し難い感情を浮き彫りにする。演劇だからこそ表現できる、そんな得体の知れない面白さ、そして怖さもある。物語ごとに 日常・非日常(シュール)に潜むオチがあるよう。
簡易な舞台セットで場景を現す。物語ごとに衣裳を着替え、室内と外では履物も変える細かさ。全体的に丁寧な制作だ。

6編のタイトルと概要は次の通り。
①「おんがえし」
個人経営のクリーニング店。最近 近くに新しい店がオープンし経営不振。そんな時、近くの公園で 猫が烏に襲われていたところを店長が助けた。数日後、求人募集で採用したバイトが来てからは 色々なことが好転しだす。実は 前のバイトも助けてもらった鳩の化身?

②「白い斜塔」
高層マンションの売買契約を済ませ、部屋に合った家具類を買いに行こうとする家族。偶然、夫の大学時代の先輩と会い、購入したマンションが欠陥物件だと知らされショックを受ける。先輩曰く、自分が土台部分の調査データを改ざんしたと告白する。ローンの負担、住宅の傾きと前途多難。

③「こんにちは」
高層マンションの近くのベンチ。その住人と室内装飾のセールスマンの小さなバトル。ベンチに置き忘れた唐揚げを食べようとする住人、それを制するセールスマン。そして住人は見知らぬ人にも「こんにちは」と挨拶するが、小学生は驚いて走り去る。その母親が怒って注意しに来る。

④「顔」
自分の顔に自信がなく、交通事故を機に整形手術をし 全くの別の顔として生まれ変わった女。今まで俯いて歩いてきた人生、それが見知らぬ男から次々ナンパされる。恋した男が、偶然見つけた昔の自分の写真、その顔が好きだという。元の顔へ戻そうとするが…。人の美的感覚は難しい。

⑤「高原の牛乳」
行き倒れになった男が気づいた場所は…地獄ではなく栃木。助けてくれた男は陶芸家で、その器に入れた牛乳を飲ませてくれた。助けた男も 前妻から捨てられ死にたいと思ったが、今の妻に愛され、さらに妻公認の愛人とも同居。そこへ前妻も現れて…。倒れていた男は、データ改ざんの?

⑥「夫婦入門」
夫婦共働き。朝の忙しい時間帯に、妻が洗い忘れたカップを弄る夫。夫は几帳面、妻はルーズなところがあるようだ。夫は掃除洗濯も行い、妻にそれとなくカップを洗うことを促すが、逆に夫はトイレの電気を消し忘れ、それが会社でも気になる(心配性)小心者。夫婦の凹凸の妙。

次回公演も楽しみにしております。
アンネの逆襲

アンネの逆襲

劇団PDW

ウッディシアター中目黒(東京都)

2025/06/25 (水) ~ 2025/07/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「アンネの日記」に沿いながら アンネの別世界、いわゆるパラレルワールドを描いた物語。学生時代に邦訳を読んだ記憶があり、物語を観て思い出した。描きたいことは解るが…。

この物語の結末は分らなくても、この世界線の行方は既に知っている。この先どんなことが起きて、今に繋がっていくのか。物語では、いくつも並行した この世界があり、現実とは違う空間を描く。現実の世界が 戦争と虐殺ならば、架空の世界は 平和と保安といった対極を描いている。
(上演時間1時間45分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、上手に高さの違う平台が2つ。下手は低い平台にベンチが置かれている。場面に応じて小道具を搬入/搬出し場景を変える。また段差のある平台の上り下りは躍動感、同時に睥睨するといった光景を表す。気になったのは、フランク家やファンダーン家の人々の衣裳が小ぎれい で違和感がある。

「アンネの日記」…フランク夫妻ーオットー、エーディト、姉 マルゴットそしてアンネ、知人のファンダーン夫妻ーヘルマン、アウグステと息子のペーター、歯医者のデュッセルの8人で、カーテンを閉めたままの隠棲。そう言えば、フランク家とファンダーン家の間で摩擦があったこと等を思い出した。その後、彼らはゲシュタポ(秘密警察)に見つかり、強制収容所に連れて行かれ、厳しい環境の中で死亡する。

別世界は、アンネとヒトラーが夢と希望を育もうとする物語で、史実ーユダヤ人狩りのホロコーストを避けるために、隠れ家に潜んだユダヤ人達の生活ーの対極にあるような物語。仮にヒトラーが芸術 特に絵画に造詣が深ければ、といった架空の話の中に現代へのメッセージを込める。架空の物語は逃げ道ではなく、今 地球上のどこかで起きている紛争・戦争に声を上げること を訴えていると解する。

デュッセルがヒトラーに成り代わり演説(なくならない 紛争や戦争に対するメッセージのよう)を行ったところから違った世界が出現する。公演で伝えたいことは、このスピーチに集約されている。展開としては分かり易いが、あまりにも前半・後半といった区分された描き方がシンプルすぎて、舞台としては物足りない。できれば、訴えたいことを直接的に描くのではなく、舞台を通して浮き彫りになるような そんな印象付けがほしい。
次回公演も楽しみにしております。
金曜はダメよ♡

金曜はダメよ♡

トツゲキ倶楽部

「劇」小劇場(東京都)

2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
逸脱を繰り返す物語だが、決して踏み外さないのは「登場する人物たちが、必死に生き残ろうとする」ところ。話が進むにつれて、物語は思いがけないものへ変容していく。少しネタバレするが、二重構成になった世界で語られる言葉は、それぞれが明るく前向きに生きるための 知恵と勇気に満ち溢れている。
(上演時間1時間50分 休憩なし) ㊟ネタバレ

ネタバレBOX

舞台セットは 中央にわずかな段差を設え、上の平台に横長テーブルと椅子があるだけ。
物語は、4人の男女が 山荘に忍び込んで 暗闇の中 懐中電灯を照らし、或る人物を探しているところから始まる。冒頭は ホラーの雰囲気充分。実は この4人は映画の登場人物という設定である。そして現実の映画製作関係者が登場する。この実在と架空の世界という二重構成(舞台セットも地下・上階の多層イメージ)で物語は展開するが、だんだんと現実と台本の中の人物が共振・共鳴していく。

映画製作といっても脚本家、監督が集まりアイデアを出し、プロットを考えるといった段階ー脚本会議。映画の制作統括(登場せず、携帯電話での指示)の思いつきで、方向性がコロコロ変る。しかも、「13日の金曜日」はダメだが ホッケーマスクは使い、今までにない斬新なホラー映画を製作する という無理難題を押し付ける。それに振り回される脚本家たち。当初台本はボツになり、改めてアイデアを出す。登場人物も消去しようとするが、台本中の人物は消されないよう騒ぎ立てる。台本人物は脚本家の胸先三寸によって役の存否が決まる。それらも 全て姿が見えない制作統括の意思次第。

抗えない運命なのか。台本中の人物、この場で映画台本と向き合っている人々のそれぞれの意味付けや立場が違っても、人の世は可笑しくも無常である そんな思いを抱く。それでも、自分が生んだキャラクターを活かしたい脚本家たち や自分たちの存在を守ろうとするキャラクターたち。自らの思惑を前に出せないプロデューサー。そこに理不尽な注文をつける制作トップへの抵抗というアイロニーを感じる。そして 桜井プロデューサーの脚本家たちに向かって「要望に向き合う前に出来ないって言うな!」とか、制作統括(電話口)に「映画はあんた1人のものじゃない、観客のものだ!」といった台詞が重い。そして脚本会議の様子を見ていて、口を衝いて出た言葉が「コンペ方式で」。

この「ホラー」を「都市伝説」へ変容させながら、自分が思い描いた映画(台本)作りに向かう姿が明るく元気に描かれる。ここにトツゲキ倶楽部の真骨頂を見ることができる。現実に生きている人々、映画(台本の中)の登場人物、その両方の共通語は「生きる」である。そして役者陣はこの「生きる」を芝居の中で生き活きと演じていた。そこには安定した演技力とバランスの良さがしっかり観て取れる。
次回公演も楽しみにしております。
料理昇降機

料理昇降機

劇団夢現舎

新高円寺アトラクターズ・スタヂオ(東京都)

2025/06/20 (金) ~ 2025/07/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ミステリー風な描き方で、これから物語がどのように展開していくのか 興味を惹く。薄暗く 陰湿な雰囲気が漂っている地下室に、男が2人。

会話は、間のとり方が絶妙なのか分からないが、長い沈黙と訥々としたテンポに妙な苛立ちを感じる。それも 冒頭だけ。お互いを意識し、内心を探り合うような素振りが肝。タイトル「料理昇降機」は料理(情報)を提供するのではなく…。
(上演時間1時間30分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、地下室にベットとハンガーラックが各2つ。壁の中央には「料理昇降機」、天井には傘電気。全体的に薄汚れ、当然 窓もなく閉塞感がある。音響は、料理昇降機の大きな音、水が滴り落ちる音が不気味に響く。

登場人物は、黒ずくめの衣裳の男2人ーガス(山田哲朗サン)とベン(益田喜晴サン)。2人は殺し屋で、或る指令を待っている。性格や背景の詳細は描かず、分かっているのはベンが先輩だということ。それは 今の状況を重視した物語であることを表している。この場所での待機を含め、姿なき指令者との繋ぎはベンが行っている。肝心なことは分からず、苛立ちと焦燥に似た感情、それが だんだんと不安になってくる。

設定からして変、殺し屋が2人? 料理昇降機で運ばれるのは メニュー表であり、実際の料理は運ばれてこない。逆にガスが持参した品々を上階へ運ぶ不自然さ。が、後々解るが理に適っている。殺し屋という何も生み出さない業い、それを実行するために ただ待つだけという時間の浪費。無駄と言えば、火を付けようにもマッチがない。その虚無に対して 何らかの価値を見出そうとする姿が滑稽だ。全てが不用に思えた時、本当に不要なモノが現れて…。
2人は、一見 信頼関係にありそうだが、所詮 他人、その信頼を食い 心を傷つけることによって今日も生きる。

捉えどころのない内容だが、それを捉えようと試みる、その観て 感じることが大切なのかもしれない。感想が少し外れるが、本作は「貴方に不条理劇と云う条理を突き付ける」とある。それは見方等ではなかろうか。戦後80年、戦前と戦後で価値観は大きく変わった。条理・不条理も時代や状況によって変わるもの、変わらないものがある、そんなことを考えさせる。それこそ、二度観 またはそれ以上観ることで、違った見方が出来るかも。

卑小だが、劇中(それも早い段階)でスモークが出たが、何の意味か最後まで気になった。終演後、スタッフに聞いたら物理的なことで、回避できないとか。
次回公演も楽しみにしております。
北欧神話の世界

北欧神話の世界

カプセル兵団

三鷹Ri劇場(旧 三鷹RIスタジオ)(東京都)

2025/06/20 (金) ~ 2025/06/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。朗読劇の題材が妙。
自分が経験する、またはTV・映画を見る、(私)小説を読むなど、何らかの媒体で見聞きすることは 何となくイメージが出来る。それは その世界観の枠(範囲)の中で想像することが出来る に止まる。いくら劇団が創作しても ある程度イメージは出来る。しかし 神話の世界は未知、その自由度は大きく興味は尽きない。カプセル兵団の「神話の世界」シリーズは、その醍醐味を十分 味わわせてくれる。不思議な物語へ誘ってくれる。これがアクティブイマジネーション朗読劇の魅力。
(上演時間2時間30分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台上は、ナレーション(上手側)を含め 椅子10脚が ほぼ横並び。衣裳はカジュアル。音響は地響き等、音楽は壮大なもの、照明は赤や青といった原色で鮮やか。舞台美術や技術はシンプルだが、実に効果的だ。

公演では、ナレーションに続き「天地創造」から始まって「ナグナロク」まで全15話。それらの物語をナレーションで繋ぎながら、実に壮大な世界を描き出す。勿論 朗読劇ならではの魅力、登場する者・物・モノなどの姿・形そして情況を観客に想像させる。観客の脳内で勝手にビジュアル化し、一人ひとりの観客が違う光景を想像しながら、同じ物語を共有する。具体的な姿・形というよりは、その特徴を擬音を交え面白く語るから、没入感も半端ではない。

そして本編を離れ一発芸、物まね や面白ネタといった別編?を挿入し面白可笑しく楽しませる。それが アドリブなのか台本通りなのか判然とさせない巧さ。笑いのツボが世代間で違うのも、当たり前だが 新鮮だった。その本編と別編の絶妙な切り替わりが巧い。しかも本編の醍醐味である北欧神話が印象深く紡がれ、神話から人間の世界へ…そう北欧における創世記のようなものが立ち上がってくる面白さ。観(聴き)応え十分。
次回公演も楽しみにしております。
仮面夫婦の鑑

仮面夫婦の鑑

高円寺K'sスタジオ本館

高円寺K'sスタジオ【本館】(東京都)

2025/06/20 (金) ~ 2025/06/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

前回同様、無料公演。ご案内をいただき最終日に観劇。打ち上げの案内もあったが、残念ながら それは遠慮させてもらった。脚本は、横山拓也 氏(iaku)で、妻と夫の価値観の違いを交差させ、それぞれの心情を巧みに描いた夫婦劇。

物語は 夫が、自分の長期出張中に妻が美容整形(二重)を施したことを詰るところから始まる。そして 自分はその仕返しに「中の下」の顔に整形した。その結果、会社に行けなくなり失職、現在は失業保険で生活している。妻は自分の顔にコンプレックスを持っており、二重にすることで自信がついた。妻の たかが二重、されど二重の夫の かみ合わない会話が面白可笑しく展開する。妻は、自分の顔が平凡だから 夫は安心していた、要は この程度の女の相手は 自分しかいないと見下していたのだ と言う。漂流するような口喧嘩の結末は…。
(上演時間50分)

ネタバレBOX

舞台美術は、あまり広くない空間に2人が住んでいる家(リビングルーム)を作り込んでいる。中央にソファとぬいぐるみ、上手に置台、下手に丸テーブルと椅子。上手と下手に出捌口があり一方に簾状のカーテンが掛かっている。

夫婦というか 男女の性差や立場、事情の異なる人間の苦悩や葛藤を、関西弁の喋りで軽快に紡ぐ。論理的で鋭い観察眼、そして思いもつかない豊かな発想で描く。妻は、容姿に少なからずコンプレックスを持っており、引っ込み思案だった。そこで 美容整形を行い自分の外見を変えた。それは内面的な満足になり、気持も前向きになれた。一方 夫は何の相談もなく美容整形をしたことに腹を立て、自分も整形をした。そこには確固たる意思はなく、その結果 会社に行き難くなり 失職し家でぶらぶらしている。夫婦喧嘩の最中に たびたび鳴る夫の実家からの電話が、姿なき仲裁のような緩衝になっている。そして妻の妊娠という事実に諍いが うやむやになる。

妻は、絵画モデルも引き受けるほど積極的な人生を歩み始めた。絵は喫茶店に飾られ、それを見た夫は驚いた。なんとヌード、妻は しらばっくれたが身体的な特徴を指摘され開き直った。夫は 妻のヌードを衆人に観られたくない。夫の言い分から、妻は自分だけのモノ といった所有物的な思いが垣間見えてくる。確かに夫の思いも理解でき、その善し悪しに決着が付けられない。人間や題材を多面的に捉え、登場人物の感情を普遍性をもって立ち上げる巧さ、そこに人間の本質が滲みでる。

日は流れ、妊娠8か月の妻。「外見より内面が大事」と言われるが、それは建前で 本音は外見も内面も両方大事。夫婦の諍いは堂々巡りを繰り返し決着は付かない。しかし子は鎹とはよくいったもので、まだ生まれてもいないのに諍い事はうやむやになり夫婦円満。何処にでも在りそうな日常の揉め事を面白可笑しく紡ぎ、観ている人の感情を擽る。ちなみに、夫の父は亡くなり、その遺産(保険)で母が海外旅行を楽しんでいる というブラック ユーモアも…。
次回公演も楽しみにしております。
徒然なるままに…  NOT TO BE, OR NOT TO BE…

徒然なるままに… NOT TO BE, OR NOT TO BE…

SPIRAL MOON

「劇」小劇場(東京都)

2025/06/18 (水) ~ 2025/06/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

今年は戦後80年、戦争を題材にした公演が多く上演されると思うが、本作もその1つ。硬軟ある描き という言い方に語弊があるかも知れないが、戦争ものは硬質で骨太という先入観がある。しかし 本作は、敢えて遊び心を挿入し緩い場面を描く。その隙にこそ、観客が感じ 考える といった幅広さと奥深さを感じさせる。あまり感情移入しないほうだが、久しぶりに泣けた。

戦争(反戦)ものは、直接 戦禍等の悲惨な場面を描く公演が多かった。いわゆる硬質で骨太と呼ばれる描き方、それはそれで観応えがあった。しかし劇団(主催者)の描きたいこと 伝えたいことが全て反映され、その延長線上に自分の感情が乗っかるような感覚だ。そこには、自分で考えるという隙が見いだせない。その意味で、本作は緩いが強かといった印象。さらに演出の妙、特にラストシーンは秀逸だ。

チャップリンに「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」という言葉がある。「つらかったことも、後から思い出してみれば笑い話」といった解釈らしいが、このクローズアップとロングショットを「自分」と「他人」に置き換えたらどうなるか。他人事と思っていたことが、送り屋たちの中から一人だけ、特攻隊員となるよう指令が下る。我が身に降り掛かった災難が滑稽に描かれるのか と思えば、さらに捻りを…。
(上演時間1時間35分 休憩なし)【月組】

ネタバレBOX

舞台美術は兵舎内、後ろの壁際に収納箱がいくつか並んでいるだけの、ほぼ素舞台。

物語は、送り屋として特攻隊員を戦場(特攻)へ行かせるための芝居稽古から始まる。稽古中は緊張感があるが、日常の光景に戻れば和気藹々とした雰囲気になる。会話も軽妙で、それだけ見れば戦時中とは思えない。上演前には、「蘇州夜曲」「若鷲の歌」等、戦前戦中の曲が流れ時代背景を表している。

送り屋の中から1人だけ特攻隊員を選ぶことに…今まで他人事と思っていたことが、我が身に降り掛かってきた不幸を嘆く と思ったら全員が志願する。格好良さや特攻隊員の特別待遇が目当てのような。しかし内心は 穏やかではない。それは送り屋の仲間も同じ気持ち。端から見れば懊悩して滑稽な姿を晒すところだが、戦時中の使命感 そして送り屋として 今迄の活動が枷となって本心を表せない。

在り来たりな 戦意高揚への批判的な描き方ではなく、優しさの重要性を説く場面ー例えば 伽噺「浦島太郎」を思わせるーなど情感とユーモアをもって全編を貫く。徒然なるままに…退屈な日常どころではない。戦争ものを戦禍という悲惨な観点からではなく、人間賛歌なり尊厳という別の観点から描いた公演。人生という物語の主人公は自分であり、どんなに荷が重たくても降板できない悲劇であり喜劇。しかし戦争は、本人の意思に関係なく戦場へ、最悪の不条理であり悲劇しかないのである。

物語は、送り屋にして特攻隊員へ志願した 秋山のシーンと彼の母・嫁のシーンを交差して描く。これによって特攻隊員本人だけではなく、銃後の女性の悲しみ、葛藤の末に送り出さざるを得ない典型的な家族の悲劇が浮き彫りになる。公演では、母・嫁と再(面)会することなく…。ラストは、後ろの壁が開き 眩い光の中へ消えていく 秋山、轟音が鳴り響く空を見上げる仲間たち。なんとも切なく悲しい情景(演出)であろうか。
次回公演も楽しみにしております。
黒いのは大抵、白いのよりほんの少し高い音で鳴く。

黒いのは大抵、白いのよりほんの少し高い音で鳴く。

空想実現集団TOY'sBOX

北池袋 新生館シアター(東京都)

2025/06/18 (水) ~ 2025/06/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

謳い文句「運命論×メタ視点×ブラックコメディ!」の通りで、内容的には サスペンス/ミステリーであるから ネタバレも含め 詳しくは書けない。何となく、映画にもなった有名な推理小説を連想する。

当日パンフに脚本・演出の青瀬ハルカ氏が、当初台本から 登場人物の台詞はもちろん性格等が変わったと、その人物像を観察しながら 物語の筋を追うと面白い。物語は 色々な伏線を張り、ラストは怒涛のように回収していく。後出しジャンケンのような ところもあるが、あまり細かいことを気にしていると 面白味を逃してしまう。

舞台は 古びたバー「Marionetta」、訳せば 「操り人形」か。登場人物たちは運命に翻弄され、それをメタ視点ー頭の中に誰かの『声』が響き始めるーとして奇妙な現象が表れる。冒頭はダンスで魅せるが、その振付が操り人形のようで凝った観せ方だ。全体的に、愉しませる を意識したような公演だ。
(上演時間1時間35分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術はBar店内。上手は、白いカウンターと腰高スツール、奥にボトル棚。下手は、テーブル席、後壁は白と黒でピアノの鍵盤イメージ。このモノクロの色彩が何となくスタイリッシュだ。

物語は、ほぼ説明通りだが、女刑事 黒崎莉央のもとに差出人不明の一通の手紙とあるが、実は他に2人のところへも 赤い封書が送付されていた。そして偶然を装って集められた、もしくは集まってきた人々が何らかの繋がりがあることが、だんだんと分かってくる。物語の肝は、それぞれの人物描写にある。どうして今日、この場所(店)なのか といった謎が1人ひとりの思惑と関係している。

登場人物の会話と口調が謎の解明に繋がる。そして 関係ない人を巻き込まないため、<貸切>にし 入店を拒む。いわば 緩い密室状態を作り出す。しかし興味の焦点は、トリックの解明ではなく、店内にいる人間の思惑と心情にある。だからこそ、キャスト1人ひとりの演技に熱が入り、ドラマとしての厚みも出てくる。

もう一つ、黒崎刑事に聞こえる鈴(スズ)の音---ナレーションが絶妙な効果を表している。人知では知り得ない心の声のような、それが迷いであり葛藤を表している。同時に舞台としては、スムーズに展開できる。ラストに明かされる犯人とその動機は…ぜひ劇場で。
ちなみに、自分が連想した推理小説は「オリエント急行殺人事件」。
次回公演も楽しみにしております。
夢ならなおさら覚めてくれ

夢ならなおさら覚めてくれ

中央大学第二演劇研究会

高田馬場ラビネスト(東京都)

2025/06/13 (金) ~ 2025/06/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

公演で描きたかったことが暈けた印象だ。
物語は、或る男の 過去と現在を行き来し、その間の意識・対応の違いを描いた成長譚。説明にある通り、中学2年生と教師2年目という10年間、子供と大人という違いを描いている。しかし「大人」とは?という抽象的な問い掛けが前提にある。時間の経過の中で人間的な成長を描きたかったのでは?

少しネタバレするが、過去も現在も同じように 家庭内の問題(毒親)に起因している。その描きが強調されるあまり、本来のテーマが翳んでしまったのが残念。当日パンフに、脚本・演出の大森ケイ 氏が「大人って色々な定義がある」そして「社会性」だと記している。物語は中学時代(一応 子供の頃)に出来なかったことが、大人になったら出来るようになるのか?精神(経験)的なことは勿論、年齢・立場や経済的といった諸々の条件はあるだろう。それらを ひっくるめて「社会性」というのであれば、子供と大人の間にある意識の違い、その成長を もう少し丁寧に描いてほしかった。
(上演時間1時間35分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術…板は 黒床で周りを暗幕で囲い、所々に白い衝立の壁。上手奥に事務机にホワイトボード、客席寄りに楕円形のテーブル。下手は 学校にあるスチール机2つ。全体が鯨幕といった光景だ。内容から、死の淵ぎりぎりの 切羽詰まった状況を表しているようだ。いや 自死している。

現在、主人公の沖田拓夢は 有名女子中学の新米教師(副担任)。このクラスに福原萌という問題児がいて、教師達を悩ませていた。夜の繁華街をうろつき、問題を起こし学校の信用に傷がつくことを恐れている。彼女の問題行動の原因は 家庭事情にある。両親は離婚し 母親に育てられているが、度が過ぎた教育と執着に 萌は悩まされていた。その過干渉に対する鬱憤晴らしが非行の理由。

10年前(中学2年)の拓夢、不登校の米谷大志にプリントを届けたことから、親しくなる。大志は映画(DVD)が好きで 毎日家で鑑賞している。ひょんなことから2人で夏休みに映画を撮ろうとするが…。大志の母は 精神を病んでいる(依存症?)ようで、家事を大志にやらせているため学校へ行けない。母は若い男と同棲を始めたが、彼は薬物中毒で ますます家の中は荒む。結局、大志は2学期に転校してしまい、同級生から自殺したことを聞くまでは、思い出しもしなかった。

10年前の米谷大志と現在の福原萌の家庭問題をオーバーラップさせ、居場所がない子供たちを描く。毒親による支配と服従、それに対する反抗と自我の目覚めを強調して描いている。中学生の時は、無力で 結果として大志を助けることが出来なかったが、今なら生徒(萌)に寄り添える、といった違いは何か?子供の時に思いもつかない考えや行動、それが大人になるまでの間(経験)で身につく。翻って、それは我が身を守る術(すべ)として重い鎧となって自由を奪う。

公演は、子供と大人の意識の変遷・変遍をどう描き伝えるかが狙いだったのでは? でなければ、時制を用いる必要がない。それとも自分の勘違い、解釈違いか? それが 毒親ー虐待描写に重きが移り、感情移入させているよう。さらに教師の盗撮等という低俗的な問題を絡めたことによって、興味本位のドラマになったのが残念。
次回公演も楽しみにしております。
朗読劇「ふれる、文豪」

朗読劇「ふれる、文豪」

水中散歩

ホワイエ江古田(東京都)

2025/06/13 (金) ~ 2025/06/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

朗読劇の面白さや難しさ、そして醍醐味を改めて知る、そんな興味深い公演。水中散歩の公演(ストレートプレイ)は観たことがあるが、朗読劇は初めて。今回は「倫敦塔」(夏目漱石)、「幸福の彼方」(林 芙美子)、「さかずきの輪廻」(小川未明)の3編。終演後、どうして この3編を選んだのかを聞きそびれた。

読書は、自分の想像力によって物語の世界を操ることが出来るが、朗読劇は 演出や役者によって物語の世界が構築される。この空間でしか味わえない、独特の言語空間を作り出すからである。今回の3編はそれぞれ違った魅力を放つ物語。良くも悪くも、役者の朗々と読み上げる力は、眠気を誘うような心地良さ(⇦朗読力は確か という好意的な意味)。

自分は、3編とも読んだことがなく初めて。「倫敦塔」は、その歴史ある建物を見学した漱石の鑑賞もしくは感想を綴った印象。各塔を巡り、歴史に思いを馳せる。それは漱石の想像であり空想での世界を淡々と語っている。「幸福の彼方」は、夫婦という男女の間の機微が描かれ 感情が動く。「さかずきの輪廻」は江戸時代から代々伝わる盃、その骨董品に込められた思いが伝わる。具体的な内容は説明にある通り。自分なりの解釈では、「一人語り(一人称)」「妻と夫の二人芝居(二人称)」「盃という媒介(三人称)」といった違いを感じる。それゆえ、3編を選択した理由を知りたかったところ。

さて、先に記した眠気に関わるのは「倫敦塔」のこと。他者に言う言葉や、反対に自身の内面を探るような言葉(独白など)であっても、そこには感情がある。しかし、自分(漱石)の鑑賞を朗読で聞かせる(伝える)のは難しいようだ。読書であれば 漱石の意識と同化するかも。
なお 朗読劇だが、少し動き回り 衣裳や小物にも工夫を凝らす。また音楽が効果的で印象に残る。
(上演時間1時間30分 休憩なし) 

産声が聴こえない。

産声が聴こえない。

“STRAYDOG”

サンモールスタジオ(東京都)

2025/06/11 (水) ~ 2025/06/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
「妊娠・出産」をテーマに、女性の視点から描いた激情劇。諸々の問題や課題について、考え方や立場の違いを鮮明にすることで分り易く紡ぐ。例えば、罪はどうして生まれるのか、それは親から受け取るから だと言う。そこには不幸という負の連鎖がある。勿論 その反対は、いっぱいの愛(情)が注がれるからだと。

TVニュース等を媒介にして時事的なことを織り込み、そのことが特別な事ではないことを伝える。そうした世相を背景に、身近な出来事として「命の重み」を実感させる上手さ。個人の問題であるが、そこに行政として どのように寄り添えるのか、そんな課題も垣間見せる。「産む・産まない」といった選択、一方「 流産」を 医学的なこととは別の意味合いで述べる台詞にグッときた。

物語は 女性の視点であるが、妊娠に関しては 男性の考えや思いも大切。男女の交わり=妊娠は 当たり前ではない といった切実な思いも描いている。「妊娠・出産」に関して多面的・多角的に描くことで、観客1人ひとりが違った思いを巡らすことが出来る。自分の真後ろの女性は 啜り泣き、それだけ没入感が凄い。役者陣の熱演は勿論、音響・音楽そして照明の諧調が実に効果的で印象深い。緊張・緊密な展開、そして しっかり考えさせる秀作。見応え十分。
(上演時間2時間 休憩なし) 【あかり組】

ネタバレBOX

舞台美術は中央に平台、その上は衣類や雑多なもので 殆どがゴミ。そこは漫画喫茶の6号室。上手奥はロッカー、客席寄りにベンチ。下手は事務机に椅子。主人公の相沢美穂は、親からネグレクトされ、今は住所不定、身分を証明するものもないデリヘル嬢。
見所は、理屈ではなく人間 それも女性の切羽詰まった心の咆哮が、観ている人の感情を激しく揺さぶるところ。単に演劇の虚構空間ではなく、生身に痛みを感じる現実世界がそこにある。

物語は、3人の女性の妊娠・中絶・不妊治療を通して「命の重み」を描いている。高校生 松本優花の彼氏 鈴木颯太は、美穂が寝泊まりしている漫画喫茶で働いている。優花は避妊を心掛けていたが 妊娠。それを知らされた颯太は行方を晦ます。優花の友達 市川萌子はパパ活をしていたが、友達の妊娠を通して「命の重さ」を知る。また、斎藤香織は不妊症に悩んでおり、夫 孝則とともに通院(不妊治療を)している。まだ望まぬ子と いま望んでも授からない子、それぞれの苦悩を対比するように描く。

美穂は 客の子を身籠ったが、育てる自信も環境もない。行政(新宿区の福祉担当=孝則)に相談するが、諸々の書類や条件が求められる。妻 香織の不妊治療にかかる精神的・肉体的負担、そして経済的理由から養子縁組を考える。そして美穂の望まぬ子を…。しかし、飽くまで夫婦の子に拘る香織と孝則の間に溝が生じる。「子の存在」という 別の問題も浮かび上がらせる。産む/産まない(中絶)にしても、その判断は9週目迄、そして養子縁組を望む人たちは、順番待ちをしている等、具体的な数字を示すことによって現実感を出す。また音声で「東京都墨田区の赤ちゃんポスト」のニュースを流すなどリアル。

物語では、中絶するのが4か月以上か未満かで、中絶胎児が一般廃棄物として他のゴミと一緒に焼却するといった違いがあること。それを高校生に教えることの是非、医師と産廃業者の迫力ある激論が凄い。また流産は、母体を心配し 胎児が自ら命を手放すといった言葉は堪えた。身近で見聞きするような内容が描かれており、共鳴出来るのではないか。人間の根源「妊娠」をテーマにした幅広く奥深い内容。一つ一つの場面に 今を生きている人達が見失ってはいけない、大切なものが凝縮されている。

音楽は、癒すような優しい音色。照明は、白銀色のスポットライトの中で心情を激白する。「妊娠」という現実と幸福、しかし その実感を失った先は想像を絶する孤独が待ち受けているよう。居場所が無くなったら、そこを考えさせるようだ。
次回公演も楽しみにしております。
ユグドラシル

ユグドラシル

劇団KⅢ

座・高円寺2(東京都)

2025/06/05 (木) ~ 2025/06/07 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

物語は示唆に富んだ内容で、色々考えさせる。そして 生演奏が、情緒や緊迫といった表現し難い情景を支えている。少し気になるのが、前半の遊び心のような 緩い描写と中盤以降のアクションも含めた 速い描写に違和感があること。前半は面白可笑しくすることで、掴みー興味・関心を持たせたかったのかも知れないが、全体的に もう少し統一感があると好かった。ラストは力業で、会場内で啜り泣きの声も…。

物語は、説明にある通り 国や地域を特定せず、未来という設定。しかし 何となく云年前のパンデミックを連想する。閉鎖的な空間、隠蔽された事実、そして疑心暗鬼になる人々の不安や動揺が広がっていく。忌まわしいと言い伝えられてきた場所、その禁忌の扉を開けたことによって…。意味合いは違うが、滅びの美学、そして再生へ…といった印象だ。

人が樹になる奇病、感染を恐れ 誰も近寄りたくない。それを治すためには、人との繋がりや世界との繋がりが大切。少しネタバレするが、その違いを異様なメイクや奇抜な衣裳で表しているかのようだ。アクションシーンは、本やレンチを使ったシーンは面白く、ナイフや銃といったシーンは迫力、その観せ方の違いで楽しませる。
(上演時間1時間55分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、後方に段差を設え 枠組み足場のような演奏スペース。奥行と枠に蔦が絡まったところは、奥深い森林地帯といったイメージ。客席寄りは、殺陣・アクションシーンのため 広いスペースを確保している。上演前は、鳥の囀りや風が吹く音が聞こえる。

集落の村長 ウツギは、感染すると樹になる奇病、その発症地帯に 誰も近づけさせない。ウツギの妹で調達担当のミズキは、新鮮な水も手に入れ難くなっているため、禁を破ろうと。一方、その場所にいるスノウは奇病に侵されつつも生きている。ウツギは、集落を守るため奴隷商人 シニアと契約し、見返りに収穫を上納しているが…。
実は、ウツギの父が 治験用に施した副作用?によって、奇病発症の菌を生成してしまった。その隠蔽もあり、その場所へ行くことを禁じていた。

何となくコロナ禍を連想してしまう。未知のウィルス感染防止のため、人との繋がりが失せ閉塞感が漂った。また奇病の原因を作ったことは、高度成長期に見る公害、例えば水俣病・四日市喘息や大気汚染等を、そして 現在は、温室効果ガス排出削減など 色々な環境保護が叫ばれる状況。また武力を用いての虐殺や収奪は、紛争や戦争といった不条理を連想させる。物語は未来の仮想ではなく、過去の過ち、現在抱える問題・課題を描いている。

前半は、ウツギやその妻 ロメリア、そして集落の学者や機械工の娘などの冗長な会話、それが中盤以降に奴隷商人が現れることによって、自然との関わりだけではなく人的な きな臭さが絡んでくる。自分は、その緊張と緊迫した様子と前半の緩いシーンがうまく繋がらない。なお、殺陣シーンはコミカル&迫力という違った観せ方が好かった。そして生演奏が、場面を盛り上げ観客の感情を揺さぶる。ラストは 舞台前方に白幕が下り、スノウとミズキの影が重なり世界樹になる力業で印象付ける。
次回公演も楽しみにしております。

メイクコンタクト

メイクコンタクト

劇団ゼロイチ

雑遊(東京都)

2025/06/04 (水) ~ 2025/06/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

希望や浪漫、そんな憧れを描いた物語。同時に この場所に集まった人たちの成長譚でもある。廃墟という役目を終えた建物を通して、人生の応援を謳った、一見 矛盾した観せ方が上手い。

表層的には面白いが、何となく既視感があり新鮮味が感じられなかったのが残念。
(上演時間1時間30分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台は 廃墟の屋上、それも東京タワーとスカイツリーが一直線上に見える場所。自転車や ぶら下がり健康器具、脚立、黒電話など雑然としている。これら道具が後々活きてくる。なお、UFOは上手からピアノ線?を伝って飛んでくる。

主人公のスクタ ダイスケ36歳、コンビニ店員。6歳の時に両親が いなくなり、苛めが理由で引き篭り。そんなダイスケに、UFOに乗った宇宙人が 直接 脳内へ(テレパシーで)語り掛けてくる。親や友達もいない 孤独なダイスケ、そんな彼の唯一の話し相手が宇宙人。その交信時間は短く、明日また会おうと…。この件は、パペットと音声によって描くところが妙。それから30年の歳月が流れ、今では 独学で天文学や通信技術など諸々の知識を学び、宇宙との交信を試みている。その場所が この廃ビル。

或る夜、自称ミュージシャンのトビタ シンイチ 36歳、ヒッチハイクで日本を旅する大学生 マエダ ガク 21歳、失恋で 屋上から飛び降り自殺しようとした看護師 オンナ ユイと知り合う。 自殺を止めるためとはいえ、あんなに往復ビンタをする必要がある?
さて本筋、ダイスケの蘊蓄を聞き、興味を抱いた3人は 皆で宇宙との交信を目指す。仲間が出来て、交信に向けての 荒唐無稽な準備光景と会話が面白可笑しい。また ギターや生歌で楽しませるといったエンタメ性も観(魅)せる。ちなみに エジソンが、死者との交信や宇宙との交信の研究を行っていたことは知らなかった。

宇宙との交信(満月の)日を翌日に控え、廃ビルの警備員に見つかり、一時は諦めようとしたが…。4人が宇宙との交信で得たことは、改めて自分の夢や希望を持って行動すること。けっして諦めず継続することの大切さ。それは劇団ZERO-ICHの活動にも重なるようだ。物語は、楽しく充実した日々にピリオドを打ち、それぞれの道を進もうとする姿が清々しい。その数年後まで描いているが…。
次回公演も楽しみにしております。
尾﨑優人一人芝居 北極星のがなりマイク

尾﨑優人一人芝居 北極星のがなりマイク

優しい劇団

浅草九劇(東京都)

2025/06/03 (火) ~ 2025/06/03 (火)公演終了

実演鑑賞

この劇団の公演は、昨年10月に「歌っておくれよ、マウンテン」を観ており、熱く勢いのある といった印象を持っていた。今回は主宰 尾﨑優人 氏の一人芝居で、登場人物54人を演じ分ける。仕草や声色で違いを表しているが、主要な人物は特定できるため 違和感はない。舞台セットはパイプ椅子1つ、そして演じるだけではなく、照明や音響などの装置の操作まで自分で行う。

今回 観劇しようとしたのは、他の人も「観たい!」に書いているが、「吉田小夏さんが『観たい!』に投稿している」ことが決め手。物語は 説明にある通りだが、劇中というか休憩時に 三場面で構成されている旨説明する。その場面毎の内容も 纏まっており分かり易く、例えば 三話を三色団子の串刺しのように捉えれば 全体が理解し易い。

演劇愛に満ち溢れた台詞が印象的…演劇には可能性がある、出来ないということはない。舞台という創造の世界、それを観客の想像する という無限に訴えかける。限りなく広がる空想の世界が演劇、そんなことを熱く語る。 劇団の特徴であろうか、台詞を”大声で熱く語る”のだ。
(上演時間1時間35分 休憩?場と場の間に2回 1回3分程度)

ネタバレBOX

前説が 既に一人芝居のようで、開場時から上演直前まで喋り続け、そのまま本編へ。舞台と客席を一体化し、大いに盛り上げ楽しませようとする。

数千年後の未来。地球から遠く離れた人工惑星〈スペース第七ナゴヤ〉、そこにあったのは「ばみり」。悠久の時を超え、「ばみり」は小さいながら存在感を示す。まさに舞台(演出)の質を左右し、語源は「場(を)見る」と言われているほど重要なもの。

壮大な物語の中に小さな「ばみり」、しかし それがなければ舞台の質は保てない といった比喩であろうか。ちなみに本公演、照明の位置に「ばみり」はあったが、他にあったのだろうか?
次回公演も楽しみにしております。
『流浪樹~The Wanderer Tree~』

『流浪樹~The Wanderer Tree~』

ゴツプロ!

本多劇場(東京都)

2025/06/02 (月) ~ 2025/06/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
戦中戦後の様子を、市井の人々の暮らしを通して描いた骨太作品。国家(戦局)と報道、その時代における真実とは を鋭く問う。謳い文句「日本人と台湾人が共に歩んだ記憶を、未来への一歩に。」にあるように、日本人と同じように戦場に行こうとする台湾人(青年)と日本人の意識、大きな歴史の渦、同調圧力とも言える風潮をしっかり描く。戦時中であろうが 戦後の混乱期であろうが、それでも 力強く生きて行こうとする姿が…。ラスト、台湾人の青年 明(アキラ)の「行ってきます」、それに対し姉 淑華(キヨカ)の「お帰りなさい」は、まるで”流浪の樹”。

物語は、1941年から1946年夏 東京郊外にある食堂「華珍食堂」が舞台。その食堂は琉球出身の夫と台湾人の妻が経営しており、近くに戦闘機部品を製造する工場がある。戦時中の考え方や生き方、それが敗戦とともに がらりと変わる、いや 変えざるを得ない 。その時、台湾人の青年の居場所は、そして自分は何者なのかアイデンティティを突き付けられる。それは 日本人も同じで、心の葛藤と慟哭が観客の心を揺さぶる。

舞台美術は食堂内を作り込み、路地裏といった場所での取引。派手な音響(空襲時は別にして)や音楽はないが、実に細やかな情景を描く。例えば、空襲時に逃げ込んだ防空壕の中で赤ん坊の泣き声が、か細く聞こえる。もう居た堪れない気持になる。勿論、役者陣の迫力と緊迫した演技から目が離せない。見応え十分。
(上演時間1時間50分 休憩なし) 追記予定

この眩い世界にネガは瞬く

この眩い世界にネガは瞬く

劇団サイエンスフィクション眼鏡

πTOKYO(東京都)

2025/05/28 (水) ~ 2025/06/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。えのもとぐりむ 作品(脚本・演出)の朗読劇。
観る者の胸に余韻を残し、その先を想像させる そんな味わい深い作品。
登場人物は、台詞から「ネガ」「ポジ」「部長」「母」「妹」そして「友人」といったところ。主人公 ネガ の高校1年の夏の終わり(9月)から社会人として歩み出す迄を、その時々のエピソードを時系列的に紡ぐ。

少しネタバレするが、ネガは 色々な理由で引き籠りだった。そんな彼を、クラスの問題児であるポジが部屋のドアを壊し強引にネガを外へ連れ出した。外の眩しい光、その新鮮な気持を得て 学校へ登校するようになる。そして 写真部で4人の仲間と活動を始める。公演は、物語の内容はもちろんだが、音響・音楽や照明といった舞台技術の効果付けが巧い。例えば 上演前、劇中で乾杯をする場面があるため飲み物(ビール ハイネケンやコーラ等 )を勧めていた。そのシーンは、ハイネケンを思わせるグリーンの照明色にするなど、拘りをみせる。

人を惹きつける写真は「もう二度と見(撮)れないと思う瞬間にシャッターを押す」こと。朗読は、その台詞を地で行くような瑞々しさ、そんな情景が浮んでくる。この公演を支えているのは、感情表現豊かに朗読する役者陣の力であろう。そしてラストシーンの趣に誘われ、新たな物語が始まるような予感…そんなことを思わせるところが好い。
(上演時間1時間35分 休憩なし) 【Aチーム】

ネタバレBOX

舞台上、横一列に6つの椅子。
物語は、高校1年の夏、2年の冬、3年の梅雨と季節を彩り、時々に車の騒音・猫の鳴き声、雷鳴、川に落ちる音など、短い音響で情景を効果的に表す。そして優しく癒すようなピアノの音色、また照明の拘りのある色彩と諧調がなんとも抒情的に感じられる。

登場人物の「ネガ」「ポジ」の考え方や行動は正反対、写真に準え 性格や生活環境を対比しているが、もう1つ隠された意味が…。「ポジ」は「ネガ」に好意を抱いており、「ネガ」は幼い頃から女子の心。カメラのシャッターボタン、「ポジ」が「ネガ」の指に重ね、撮影チャンスをうかがう。そして「ポジ」が「ネガ」にキスした瞬間を捉えた写真、それはコンクリートに伸びた2人のシルエットを撮ったもので、最優秀賞を受賞した。

「ネガ」の家は、両親と妹の中流家庭、なんの不自由もなく暮らしている。一方「ポジ」は、母子家庭で市営住宅 住まい、生活は荒れていた。部屋にはハイネケンの空き缶、そこで「ネガ」は初めてビールとタバコの味を知った。実は「ポジ」が「ネガ」を苛めていた生徒に暴行を加え、さらに コンビニからビールや猫の餌を万引きしていたことがバレて少年院へ。持っている幸せは当たり前で気づかない、そんな対比を巧みに描く。それは人の気持も同じで、「母」は引き篭りだった「ネガ」を外の世界へ連れ出してくれたのがポジなのに、今になって 彼の素行を気にして付き合いを止めさせようと…。

「ネガ」は「部長」と結婚し、ニューヨークで写真個展を行うまでに成長した。その才能を開花させてくれた「ポジ」は少年院を出て、会場の外から見てくれていた。「ネガ」は後を追って声をかけたが、振り向きもせず…。なんとも印象的で余韻の残るラストシーン。
次回公演も楽しみにしております。
Blue moment

Blue moment

Theater Company 夜明け

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2025/05/29 (木) ~ 2025/06/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

1人の男 光(コウ)の人生を、フライヤーにあるバイクのタンデムツーリングに準えて描いたロードムービーならぬドラマ。時代ごとに 光のエピソードを描き、その生き様を時系列の回想録のように展開していく。タイトルにあるBlueが物語の肝。

物語は 「記憶と夢の中」といった台詞から始まる。人生は選択と決断の連続、光は思い立ったら後先考えずに行動する。その結果が良かろうが悪かろうが、その捉え方は本人次第。その時代の心情・心境をテンポよく描き、次の時代へ繋いでいく。光という一役を時代ごとに複数の役者が担い、変わらぬ性格等は一貫しつつ、成長とともに違った面を巧みに観せる。

舞台セットの高低を活かした躍動感、音響(エキゾーストノート等)・音楽(ビートルズ の曲 等)や照明の諧調で印象付ける。 何といっても舞台中央の重厚感ある「ロー&ロング」スタイルのバイクが迫力。
ラスト、光の台詞が切なくも 救いになっているような…。今の若者、かつて若者だった人々にカタルシスをもたらすかのようだ。
(上演時間2時間 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、左右から階段状にしたピラミット型で 頂上の下は出ハケの幕。その左右にも小さな幕。中央の出ハケを通ってバイクを出し入れ、左右の小さな幕は家の部屋であり秘密基地的な存在。天井は豆電球で夜空に輝く星。ピラミット型にした高低と、その前(客席寄り)を広いスペースにすることによって、上り下り、駆け回るといった躍動感を出す。それが、人生という旅(バイクが象徴)の疾走感を連想させる。バイクにうつ伏せている中年の男Kと不思議な少年との会話から始まる。この出会い、「星の王子様」(サン=テグジュペリ)を連想させる。

当日パンフによると、物語は5つの時代「(幼少期~小学生編)(中学生編)(高校生編)(青年編)(夜明け編)」で、具体的な年代(1989年~2025年)まで記している。小学生の時に、光が見つけた父の浮気の証拠によって 両親は離婚。以来 女手一つで育てられた。中学時代は 初恋相手目当てで吹奏楽部へ、高校は 有名進学校へ1年遅れで編入学。高校時代に付き合った彼女の家庭は、或る宗教団体(統一教会?)に入信しており、結婚には反対。大学は音大を中退し 演劇活動へ。その活動は紆余曲折を経て、だんだんと軌道に乗り 忙しくなってきた。演劇を通じて知り合った女性と結婚したが…。付き合った女性は、年代順に「春」「冬」「秋」「夏」で四季を表し、人生の彩に準えた様な名前。

妻が、劇団の男と一夜を共にしたことを告白、妊娠したが誰の子か分からないと…。バイクに乗って 暗転後、大きな衝撃音が響く。BlueはKに向かって言う、「お父さん、やり直したい時(代)はある?」の問いに、K=光は「ない」と答える。後悔のない人生だったのか、強がりなのかは判然としないが。恋に悶える者、自我と孤独な魂を持て余す者の心に響くような。

轟くような重低音、眩しいライトを照らすバイクに乗って、会うことがなかった父と子が旅する回想は余韻に溢れていた。Blueが 見ることのなかった景色、それを父を通して追体験するようだ。風を感じてのツーリング…そして「風」は時代毎に色々な風が吹き、評判や悪評といった「風評」に変化していく。
舞台技術は、ビートルズの曲や優しく癒すような音色、照明はスポットライトの多用で光の心情を強調する。演劇人の等身大の姿を抒情的に描いた好公演。
次回公演も楽しみにしております。
リア

リア

劇団うつり座

上野ストアハウス(東京都)

2025/05/28 (水) ~ 2025/06/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

重厚/骨太にして独特の世界観が観る者の心を打つ。
生と死、光と闇、女と男の境界をめぐる岸田理生 作品。それを構成・演出そして出演した篠本賢一 氏の詩的というか能的探究で観(魅)せる舞台にしている。「シェイクスピアの『リア王』を女性の視点で読み直した作品」という謳い文句、確かに その視点は感じるが、やはり人間そのものの存在を問う内容に重きがある。

漆黒の闇の中で蠢く人間、それも黒い衣裳を纏っているから五感を研ぎ澄ませて舞台を凝視することになる。そこに心地良い緊張感が生まれる。そして音響・音楽で情景を想像させ、優しい暖色照明で効果をつける。また、薩摩琵琶の岩佐鶴丈 氏が彼岸と此岸をつなぐ悠久の調べを奏でる。

登場人物は 「老人」「長女」「次女」等、具体的な名前は付けられていない。そこに年齢や性差は認められるものの、人間本来というか、その存在の何たるかを描いているようだ。冒頭、王位を奪われた老人が「自分は確かに死んだ、しかし悪夢の中で生きている」といった台詞から始まる。そこに生と死、そして 舞台の奥深さを表しているような…。
(上演時間1時間50分 休憩なし)

ネタバレBOX

ほぼ素舞台、奥に紗幕があり その内側に椅子と王冠があるだけ。冒頭、上手 客席寄りに岩佐鶴丈 氏が座り薩摩琵琶を奏でる。客席通路を使い演者が登場する。

シェイクスピアの「リア王」と違う 主なところは、娘が2人(長女・次女)ということ、そして長女が甘言によって王位を奪い取ったこと。言葉は「力」であり「権力」、それをどのように弄して使うか と嘯く。一方、父は 王という地位がなければ、ただの老人でしかない。地位も名誉も金もなく、1人の人間としての存在/価値が試される旅路へ。旅の従者は、忠義者と2人の道化(老婆の道化と若い道化)。

人間はそもそも愚かしい存在で、人は己の愚かさを自覚する必要がある。それゆえシェイクスピアの劇では道化(フール=愚者)が、人物たちの愚かさを指摘する。本作では、それまでの絶対的な権威を失い、哀れな一老人となって荒野を彷徨うことになる。そして己の愚かさを悟り、逆に王になった長女が孤独という病に蝕まれる という皮肉。

言葉には、表の優しさと裏の惨さがあり、人間の本性そのもの。長女は、強い言葉を発し 自己主張をする。一方 次女は無言で言葉を発しない。その精神的な描きとは別に、肉体的な描写が生生しい。長女に従う3人の男の家来と女3人の影法師(野望・虚栄・不測を表現)との肉感的な交わり。特に、長女(友竹まりサン)と家来(徳田雄一郎サン)の交感、その艶かしい姿態と喘ぎ声に息をのむ。その姿は影としても壁に映る。その光景は、肉と肉の交わりこそ 生であり死を分つ と言う。

孤独を癒す存在としての母、それは糸車を回す女という平凡な者。度々現れては糸車を回す仕草をする。権威はもちろん野望も虚栄も持たない、逆に持たないことが苦悩を生まない。素舞台、しかも役者は黒衣裳で特徴を出さない、その中で「言葉=台詞」によって この世界観を感じさせる。また 次女が亡くなり、その周りを老人(篠本賢一サン)が能の足運びで回る。実に感慨深い公演。
次回公演も楽しみにしております。
僕は肉が食べたくて裸(ラ)

僕は肉が食べたくて裸(ラ)

南京豆NAMENAME

新宿シアタートップス(東京都)

2025/05/28 (水) ~ 2025/06/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

若者の無謀な行動による暴挙、それをシニカルな笑いを交えて描いたパンクなドラマ。自分の中の鬱積した感情、世の中の不平 不満に対する思いが危うい行為へ。過去と現在を行き来し、若者の表し難い内面(心情)を切り取っていく。自分が本当に望むことがわからない、そんな男女を通して リアルな若者像に迫る。

理屈抜きに、がむしゃらな熱気と演劇への希求、それが物語へ惹き込んでいく。若者の 理性と感情の間で揺れ動く心が荒々しく立ち上がる。その象徴が、冒頭の 男の異様な恰好だと思う。これから どんな物語が始まるのか、一瞬にして興味を惹く巧さ。観せ方としては、若者の憂いをデフォルメしているようだ。その独創的な劇作が魅力。
(上演時間2時間 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、男女(クラタとツボミ)が同棲しているアパートの室内。正面奥に台所、換気扇や冷蔵庫・電子レンジ、上手は 出入り口のドア、下手は 押し入れ等。服が乱雑に脱ぎ捨てられ、足の踏み場もない。乱れた部屋の様子が2人の心の荒れを表しているよう。

物語は、部屋の住人が留守の間に 金目の物を盗もうと忍び込んだカップル(パン君とハニ子)だが、運悪く2人が帰ってきて騒動が起きる ところから始まる。クラタはバイト先で銃を手に入れ、それを売って金にしようとしていたが…。
2人は 中学時代の級友で、あまり空気が読めなかった。それでも 当時 虐められっ子のキズコを庇っていた。キズコは、自立心と親からの過保護の狭間で悩んでいる、といったリアルなシーンも交える。若者の衝動的な行為や時事的な問題を巧みに織り交ぜ、しかもエンタメ風に観せる。

今のクラタは(闇?)バイト、ツボミは夜の仕事で 大した目的もなく ただ刹那的に時間を費やしている。溢れ出るエネルギーを持て余しているが、それをどう発散したらよいのか悶々としている。そんな典型的な若者像を描いている。2人の間に少しずつ溝が、それでもクラタは ツボミを触るヤツが嫌い、ツボミは 私を一人にするヤツが嫌い と互いを認めている。その付かず離れずといった微妙な気持が巧く描けている。

公演に熱量が感じられるのは、色々なシーンをテンポよく展開することで、疾走感を出しているところ。そして地響きのような音響効果も相まって勢いを感じる。映画でも観たような感覚だが、演劇はライブであって 映像では味わえない臨場感があった。熱さと同時に、今の世の中、薄情者が生きやすく 人情者が馬鹿を見る、といった冷めた見方をしているような。
次回公演も楽しみにしております。

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