『ストラック・アウト・ライフ』ご来場ありがとうございました!
ド・M(マリーシア)野郎の宴
Geki地下Liberty(東京都)
2016/08/25 (木) ~ 2016/08/28 (日)公演終了
満足度★★★★
独特の雰囲気がよい
野球になぞらえた人生の話。といっても高校卒業から20年。年齢にしたら30歳後半になったところ。台詞にもあったが、人生100年、野球にたとえれば3回裏といったところ。人生という試合はまだまだ続く。
さて、人生1回裏での約束、それに拘っていた20年の思いが、この小さなロッカールームで氷解していく。その過程がぎこちなく、気まずく、照れくさく、まだ青春を引きずっているような雰囲気がよい。
芝居の魅力は、この何とも表現しにくい独特の雰囲気、そして人生の滋味が感じられるところ。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
舞台セットは、球場のロッカールーム。スチールロッカー3連とベンチ4台、ゴミ箱というシンプルなもの。物語は会話で成り立っていることから、その演技力やバランスに注目することになる。その点、序盤こそ台詞が聞き取り難く、テンポも緩かったように思うが、全体を通してみると実感が伝わる。
この小さい空間で男優6人がけっこう濃い演技を行うが、そのバランスもよく会話劇を楽しめる。非現実な...と思われる展開は、野球少年のその後の生き方を描いた、もしくは準えた人生譚と思えば矮小なこと。
約束事(甲子園出場をかけた地区予選決勝時)は、今思えば他愛ないように思えるようだ。しかし、当時の特別な状況下では、そういう気持になるのかもしれない。当人同士のそれぞれのわだかまりは年月を経ても埋まらない。それは相手を思ってのわだかまりであり、誤解である。それを周りの仲間が気を使うことによって、仲が良かった関係に亀裂が生じる。物語的には、大きな盛り上がりはないが、逆にリアルな空気が漂う。
ポカリ粉末と薬物の勘違いシーンは、中盤(野球で言えば、5回いや誤解)以降ひっぱり過ぎの感はあるが、誇張した笑いネタとしては面白かった。ただ、この勘違いがいつ解るのかという点に興味を持ってしまう。その意味で脇筋が濃くなり過ぎたのが残念。
ここに集まるキッカケは、高校時代の補欠選手のある事情。郵便ではなく、それぞれの自宅(実家)のポストに直に投函している。誰が集まるのか分からない状況。
自分の思いは、とりあえずレギュラーメンバー9名には手紙を出し、その結果本人を含め6名が集まるという設定でもよかった(そうであったかもしれないが明確に伝わらなかった)。その来ていないメンバーの消息に触れることによって、また違った人生観の広がりが持てたのではないだろうか。ただし、簡単な説明(台詞)にしないと、物語が分かり難く散漫になる危惧もあるが...。
次回公演を楽しみにしております。
HOME!!
[DISH]プロデュース
テアトルBONBON(東京都)
2016/08/24 (水) ~ 2016/08/28 (日)公演終了
満足度★★★★
心温まるが...
本当の家族、本物の家族という定義をすること自体無意味と思えるような、そんな”家族”の心温まる物語。内容はほのぼのとしているが、舞台セットとの関係では違和感が...。
さらに、物語の根幹に関わると思うところにも疑問が...。
この違和感と疑問がどうも気になる。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
舞台セットは、段差があり高い位置の舞台・上手側にHOMEのイメージを作っている。その家の外形は鉄鋼、また中央にある2つの扉も黒い鉄製で、それも閉鎖している。
物語はこの家に住んでいる高齢・伊達博万(斎藤みつじサン)が惚け出した、いや認知症に近いイメージである。隣近所の人、民生委員の人たちが気にかけている。この家、もともとは身寄りのない子を預かっていた施設のようである。孤児院といったところであろうか。ここで育った子供たちは自立し、最近ではこの元ホームへ立ち寄らない。この惚けの状況を近所の人は、その自立した子供たちへ連絡し...。そして、この伊達さんとその妻・こずえ(大友恵理サン)(当初、行方不明という設定)との間に実の娘・華(臼井静サン)がいる。この娘はその子(孫)・涼(吉田珠子サン)を連れて実家に帰ってきた。そこで育った、血の繋がりのない”兄弟姉妹”と再会し、ドタバタ騒動が起きる。その実子と孤児たちとは分け隔てなく育てられた。そこに真の家族の姿を見ることが出来るという心温まるドラマ。
さて、物語では自分の居所が分からない、迷子になってしまう。宅急便が来ることを忘れる、冷凍食品を冷蔵庫へ入れ忘れそうになる、など認知症を思わせる行動。そして民生委員が見回っている。
ところが、ラスト...妻と一緒に登場しない海外にいる子供に会いに行く。妻との会話から惚け出してはいるが、そのフリであることが明らかになる。何故、認知症のフリが必要なのかが分からない。また子役が登場し、父の子供の時の幻影のという描き方である。その意味するところも説明不足のように思う。
この物語は、少し古い言い方をすれば「義理」(育てたと言ったら寂しいが)と「人情」(隣近所の世話)の世界のようなもの。そう考えると認知症または過度の惚けたフリは、人の善意を弄ぶまたは裏切っているように思えてならない。
また、心温まるというソフトで明るいイメージと、舞台セットのハードで暗い(黒扉)イメージのギャップに違和感を覚える。
この、疑問と違和感が払拭出来ず気になった。
次回公演を楽しみにしております。
和牛ステーキ 1 ポンド
コルバタ
シアターブラッツ(東京都)
2016/08/25 (木) ~ 2016/08/28 (日)公演終了
満足度★★★★
楽しめる舞台
前説担当者が、観客に向かって「演劇ファンですか~、プロレスファンですか~」と呼びかける。その時点でボルテージが上がる。
舞台セットはしっかり作り込んである。もちろん演劇公演であるから当たり前であるが、まさかプロレスシーンをあんな所で行うとは...。
1つの公演で「芝居」と「プロレス」という、どちらも観せる、そして魅せており楽しませてくれた。
ちなみに自分が観た回のゲストは、 ジャガー横田サン、ブル中野サンという大物選手であった。前説担当が、今日は楽屋が緊張していると...。
(上演時間95分)
ネタバレBOX
舞台セットは、上場村にある畑来路神社の境内。上手側に平台(もともと神社の休憩場所か、劇中劇を行う場所として設置したかは判然としない)、その後ろに大木。下手側に神社の鳥居、賽銭箱、しめ縄。そしてバス停留所。
梗概は、貧乏劇団がこの村の祭りの一環で行うイベント興行を引き受けた。
劇中劇の舞台裏といったところ。実はこの村、劇団代表・込山結(志田光サン)が一時住んでいたことがある村で、その姉(妄想)の墓もある。そして確執ある母・美子(斎藤啓子サン)との思い出も溢れ出してくる。
冒頭に躾けの延長にあるような形で、母が子を叩くシーンがある。映画「きみはいい子」(呉美保監督・2015年公開)を思い出した。母もその母から叩かれ、それがトラウマになっている描きがあったが、公演の根幹は親子の関係、夢と希望。
母は日本人ではない。出稼ぎ外国人で水商売で働いていた先で出会った男との間に子供が出来た。堕ろすことなく、産んで一人で育てることに...。その苦労を子(娘)にあたり散らす。そして娘はプロレスの世界へ...。
この娘、いつも心を平常に保つため「空想」と「妄想」の世界を創り出し、頑張って来たが、その「妄想」が大きく出現し、その結果...。この描き方、キャラクターそのものの存在が笑いを誘っていたが、実はシュールである。
芝居としては、やはり演技力(経験)不足は否めない。それでも一生懸命という熱量は伝わる。そして本当に体を張った演技、劇中劇としてのプロレスシーンは本業であるだけに魅せていた。客席通路を使い、舞台と客席最後尾まで往復して観客を楽しませる、というパフォーマンス。
演劇を見に来た、という観客には物足りないかもしれないが、自分には公演(場内)全体が盛り上がり楽しんだというように思われた。
次回公演を楽しみにしております。
フィニアンの虹
Seiren Musical Project
萬劇場(東京都)
2016/08/24 (水) ~ 2016/08/28 (日)公演終了
満足度★★★★
魅力的な舞台...【RVメンバー】
この「フィニアンの虹」(原題:Finian's Rainbow)は、1947年にブロードウェイで初演されたクラシック・ミュージカルであるという。今から約70年前の内容であるが、この物語に描かれる社会問題は今でも身近にあると思う。
当日パンフの企画挨拶(内海和花・加藤真衣・樹林杏さん)の連名文に、今だからこそ上演する意味があると書いてある。
公演は、脚本はもちろん、ミュージカルとしての演出(音楽、美術、照明など、詳細を書くには紙面が足りない)は、観客に楽しんで観てもらう、そんな意気込みが感じられるもの。
制作面では、若い人(大学生が多い)が丁寧に会場案内をするなど心配りが良かった。
なお、70年前の内容であるため気になるところも...
(上演時間全2時間30分:前半1時間30分、後半50分、休憩10分)
ネタバレBOX
舞台セットもしっかり作り込んでいる。段差のある舞台を森の中と思わせるような幕で囲い、上部には葉が生い繁っている。下手側に大きな木が生えている。また、平板の両側にレンガを模した壁がある。
梗概..フィニアンは.妖精オッグから盗んだ魔法の金の壺(3つの願いを叶える)を持ち娘シャロンとアイルランドからアメリカのレインボーバレーにやってきた。その地はローキンズ上院議員が手に入れようと目論む土地だった。 村の若者ウッディと恋に落ちるシャロン。某日、ローキンズに侮辱された村の黒人をかばい「あなたも黒人だったらいいのに」と叫ぶと、壺の魔力でローキンズは黒人になりシャロンは魔女裁判へ。 追いかけてきた妖精オッグは壺を取り戻せるのか。
この公演のテーマは一目瞭然...貧困や人種差別などである。表層的には、黒人差別を通して他の差別も見せる。例えば、劇中でアイリッシュダンスを踊っているが、イギリスによるアイルランド支配によって、ダンスを含めた伝統的文化活動が禁止される。窓外から見ても、上半身は動かさず下半身だけで踊るダンスが生まれた。
ミュージカル...その地声は個性的であると同時に、歌い方に工夫を凝らしているような。歌い出しではないが、敢えて”しゃくり”のような低音で歌うところが聴かれた。
さて、気になるところ。
夢を叶えるために妖精から魔法の壺を盗んでいるが、レインボーバレーでの夢とは何か。それもある期間だけ滞在するようであった。貧困が関係していることは想像できるが…。そして金の壺が、願いを全て使い切り、妖精が人間になり自分の故郷(妖精)へ戻れなくなった。この故郷に帰れなくなったことは、日本の歴代内閣が重要案件にしているあのことを連想してしまう。
次に、全ての川(河)にダムを建設し電力を、という合言葉。日本との国情や時代背景は違うが、現代的には環境との調和も意識した台詞があっても...。
最後に妖精オッグが、当初シャロンに恋したが、失恋後すぐにスーザンと恋仲になる。人間の女性の温もりを感じたとはいえ、心変りが早いような(妖精だから、そんな感情になったのか?)。
全体を通じて魅力的な公演であった。
次回公演も楽しみにしております。
風は垂てに吹く
テトラクロマット
吉祥寺シアター(東京都)
2016/08/18 (木) ~ 2016/08/23 (火)公演終了
満足度★★★★
映像的空間を演劇的に演出...見事!
「飛ぶ」「狭間(はざま)」という2つのキーワード、それを色々な人物等を登場させ「あの人」に思っていること、伝えたいこと、そして聞きたいことを描き出した感動作。その描き方はもちろん、舞台セットは映像の世界のようである。一見抽象的に観えるが、それが自分の中では想像する楽しみになっていた。
演劇は、観客に楽しんでもらうことが大切。自分にはとても魅力的な芝居であった。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台美術は、吉祥寺シアターの天井の高さを利用した空間処理が巧い。セットは、羅針盤かローマ字時計のような円形の中にグライダー模したものが置かれている。そこにはいくつもの太紐が吊るされ、結ばれている。また円錐台形の向月台のようなものもある。それら全体を半囲いするようなドーム型骨組み。客席上部には帯状の薄布4枚。
梗概は、黄昏時の天文台の廃墟-そんな場所へ彼女はきた。夜明けに現れるという伝説の雲、モーニング・グローリーの絵を描くため。そして、TLS(難病)によって「(意識は体に)閉じ込められた」夫との「つながり」を取り戻すために...。日が落ちて、夜が訪れるその逢魔ガ時、廃墟は活気ある工房に変貌する。
色々な人達等...特攻隊員や翼の発明家、しゃぼん玉を吹く少女(野口雨情・作詞)、世界的女性パイロットとナビゲーター、宇宙船に乗り込んだ犬(!?)、砂漠に不時着した飛行士(星の王子さま)など、国籍、年代などバラバラ。そこに共通するのは「飛ぶ」である。
それぞれが抱えた(忘れたい、記憶に封印したい)想いが語られる。ネガティブな面は夕暮れから現れる。ポジティブな面(実は楽しかった思い出、「しゃぼん玉」2番歌詞など)は夜明けから、という1日を昼夜という大括りで描く。順番は「暮れ」から「明け」という推移に喜びが感じられ印象的。それらの感動はラスト...病室シ-ンへ引き継がれる。先に記した「飛ぶ」と「狭間」の意味が氷解する様が観てとれる。
昼夜の狭間...「光」と「闇」が溶け出す瞬間、その薄暮時だけに見る夢のような物語。その演出はカット・バックするような時空または異空間を往還する。その観せ方は、映像のコマ送りのように時間軸を巻き戻す際、小刻みにステップを踏みコミカルな動作で体現させる。また「ポジ」「ネガ」の関係は映像イメージそのもの。そして舞台美術に合った照明効果の演出は見事。
次回公演を楽しみにしております。
エルドラドを探して
劇団 白の鸚鵡
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2016/08/19 (金) ~ 2016/08/21 (日)公演終了
満足度★★★★
熱演伝わる
シアターグリーン学生芸術祭Vol.10 招致公演、2016道頓堀学生演劇祭Vol.9最優秀劇団賞受賞作品...役者は熱演であった。
「いじめ」問題の描きから「アイデンティティ危機」というテーマへすり替わるような錯覚に陥る。しかし「エルドラド」という地を背景にしていることは容易に想像でき、その支配と服従という構図...それを現代の病「いじめ」におけるいじめる側といじめられる側に見立てているようにも思える。分かりやすいテーマであり、その観せ方は理解しやすいよう工夫している。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
二重の紗幕を使い、人影で子供・金田武(河波哲平サン)の誕生を喜ぶ様子。幕を引き返し、姉との二人暮らしの現在シーン。その舞台セットは、二枚目の紗幕でうしろが見えない。中央にクローゼットが置かれている。そのドアノブを回し扉を開けると「エルドラド」という時空を超えた世界が現れる。多重による舞台空間を作り出すことで、物語の時間軸が分かるように工夫している。また紗幕情景には、スペインの沈まない太陽をイメージする絵柄がある。この演出は丁寧で観客(自分)の気を逸らさない。
この「エルドラド」(黄金_伝説らしい)のシーンを中心に見た時、征服者たちは先住民(セリフでは「インディアン」と呼んでいた)の文明・文化を破壊し自分たちの”それ”を押し付ける。芝居の単純図式した描き方は、非道・残虐で、ここでも先住民対征服者を善悪、正邪のように観せる。この力の差は、科学技術としての武器の威力。武器の前では、人間の勇気や知性は無力化するのかもしれない。歴史認識の検証は必要であろうが、植民地化は繰り返し行われたというのが事実。
一方の図式、「いじめ」も暴(腕)力の差であろうか。こちらも「いじめ」の連鎖が描かれる。いじめに加担しなければ、自分がいじめられる。また止めさせるなどの行為はしない。いじめに対する最大の自己防衛...観て見ぬふりへの批判も垣間見える。いじめの繰り返しは許されないと...。
この「植民地=黄金強奪」と「いじめ=加虐満足」を同一線上に描いているような気がしたが...。
演技は熱演...厭になるほどの嫌悪感、日和見という狡さがしっかり観てとれる。そして主人公・武の不甲斐なさ。そのネガティブな印象にも関わらず、”エネルギッシュ”という魅力を感じてしまう。一人ひとりの黄金郷を探すためにドアノブに手を添える。ラスト、役者それぞれがドアノブをテーブルに置き、それを照明で輝かせる、という印象付も良かった。
次回公演を楽しみにしております。
スリー・ハンドレッド・ミリオン
Q商会
新中野ワニズホール ( Waniz Hall )(東京都)
2016/08/19 (金) ~ 2016/08/21 (日)公演終了
満足度★★★
面白いのに...勿体無い【B】
昭和の3億円事件をモチーフにした劇を創作する、その作家の脳内物語。その創作に妄想が入り、想像のキャラクター達を解き放ち勝手に動き出す。作家と作家が作り出した相棒「お岩ちゃん」が物語を進める。
この物語の本筋は、ショートコントの繋がりが除々に物語の全体像を表す。その姿はジクソーパズルのようにピースがピタッと填(は)まり、辻褄が合う訳ではないが、千切り絵のような味わいのある物語が出来上がってくる。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
舞台は、うしろの壁が鉄扉(円道路鋲のような打ち)のようで固いイメージであるが、そこで繰り広げられる話は、コント&コントという柔らかいもの。
梗概...作家のところに新作のオファーが来る。そのオファーは 「三億円事件」(1975年12月)の真相を突き止めるというもの。 未解決事件の真相を突き止めるため、想像のキャラクターを解き放つが、思いも寄らない”真相”に辿り着く、というもの。
まず3億円事件の概要を映像で説明し、その背景に独自の解釈を付ける。虚実綯い交ぜのような面白さがある。それは3億円事件の犯人は警察内部の仕業、というよりは警察組織そのものが犯した事件とする。そして有名なモンタージュ写真...それを使った捜査は、反社会的勢力(暴力団等)や学生運動家の取り締まりに利用したという。疑惑に思われた事柄を笑いに包み込みながら鋭く描く。さらにフリーメイソンが暗躍しているという壮大な物語である。
また、別の誘拐事件を作り、その身代金3億円であることから2つの”3億円事件”を絡ませミステリー風に展開していく。さらにグリコ・森永事件(1984・1985年)も取り上げる。観客を飽きさせない工夫や伏線をコントに用いるなど、観せ方は巧みである。バラバラのコントが千切った色紙を貼り合わせるように彩りを増し、その手作り感にぬくもりを感じる。稚拙だと思っていたコントがしっかり計算され繋がっていく様は見事であった。
なお個人的には、次のシーンは好まない。
グリコ・森永事件を扱っていることから、1粒キャラメルを噛み、それを次々他の人へ噛み渡す。その口から口へ、...気持ち悪い。また舞台(板)でキャラメルを踏んで、それを口に入れる。過度に不衛生(汚い)で、品がない演出は好まない。この観せ方でなくても笑わせることが出来ると思うが。
因みに、チラシには「『下品ほっこり』コント演劇」とある。
実に残念な公演になったと思う。
次回公演を楽しみにしております。
「ORI.×ORI.」-「たゆたう」
重惑[omowaku]
東中野バニラスタジオ(Vanilla Studio)(東京都)
2016/08/19 (金) ~ 2016/08/21 (日)公演終了
満足度★★★
試みは良いが…
初見の劇団、本公演で東京進出を果たしたそうである。さて舞台セットは、スタジオ出入り口とは反対側の壁際に作り演技スペースを大きく確保する。
本公演は、「ORI.×ORI.」 「たゆたう」の2本立で、その間に5分間の休憩がある。この2作品の描き方はまったく異なる。1本目は実際にな考えにくいが、現実感あるもの。2本目は寓話、お伽噺のたぐいの空想話で、非現実的な世界観のもの。脚本・演出の井岡森愛 女史によれば「作風も演出も異なる短編だが、それはまだ形のないわたしの祈り」だという。創作の引出しの多さ、その実験的な試みに”関心”した。
(上演時間1時間30分 途中休憩含む)
ネタバレBOX
舞台セットは、椅子が数脚あるのみ。客席は床面に座布団、両側の壁際にboxクッションがいくつか。壁を背もたれに出来るためクッション席を選択した。
梗概...それぞれ説明文参照
「ORI.×ORI.」... ワンボックスカーの車内。旅行の帰路、疲れた男5人は、少しばかりの疑問を持ち始めていた。誰か1人でも降りれば、残り4人は不快感なく帰宅ができるのではと思い始めた5人の間で繰り広げられる心理劇。この劇団初のコメディ...そのオチにキレがなく流れたように感じた。コメディから鋭くシュールになるようなものがほしい。
「たゆたう」...意味は漂うということらしい。話のイメージはダークファンタジーといったところ。物語は、厳格な父と冷徹な母、それにマリアのような後妻が登場する。ここに兄弟がいるが、兄は先妻の子で、聡明。弟は父と後妻の子で愚鈍、いや純粋なのである。兄弟は仲良しで、ある日マリアに瓜二つの少女に出会い、兄弟とも惹かれてしまうのだが...。
もっとも残酷で、もっともピュアな兄弟の物語、といったところ。
衣装も演技も浮遊感に溢れておりタイトルイメージである。この物語で何を伝えたいのか、寓話であればその訴えなりが透けて見えると良いのだが...。
さらに、物語の中で無造作に役者が自分の家族(現実)との関わりを話し出すが、構成上必要であろうか。空想劇に現実家族(本当に役者家族)の話を挿入することで、虚実が溶けてくる。この綯い交ぜにすることによって描きたい家族の物語が現実側に引き寄せられ面白味を失うような気がする。自分は、”夢物語”に妄想が入り込み、仮想性が高まるような効果を持たせる方が好みである。
全体的にはいろいろな試みが見えて興味深かった。
次回公演を楽しみにしております。
土木座
guizillen
【閉館】SPACE 梟門(東京都)
2016/08/17 (水) ~ 2016/08/21 (日)公演終了
満足度★★★★
土木女の三姉妹物語…不思議な感覚
暗幕に囲まれた素舞台...3姉妹とそれぞれが関わる人達との交流を通して描かれる「再起」と「成長」の物語。演技がオーバーアクションのようで面白いが、ストーリーは3姉妹が歩んだ3話がバラバラのようで繋がりが見えない。それゆえ物語に膨らみが感じられないのが残念であった。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
梗概...祖父の死、その遺言に従い3姉妹が自分の道を歩み出し、それぞれ土木作業員たちに出会い、やがて故郷に戻るまでを描いた土木ファンタジー。その姉妹のキャラクターは遺言によって説明される。長女は地元に残り家業を継ぐ、次女は芯が強いから都会で生きる、三女は何故かローソンで働けと...それに納得できずその店舗がない街を探す。この冒頭の性格付けが、後々の話を分かり易くしている。
それぞれの話...
長女... 心血を注いで掘ったこの脈に、自分たちの血液を流し込む。
次女...金銭のための穴掘ではない。故郷(宇宙)に帰りたい一心である。
三女...青年の海が見たいだけ。穴の向こうに海(比喩)が見えるのか。
話ごとに意味を持たせているが、そのまとまりとしての盛り上がりが欠けていたと思う。ラスト、3姉妹が彷徨の末、故郷に帰ってくるまでの奇跡で繋がるのみ。最後は寓話のような…。
土木業は、かつて3K「汚い」「きつい」「危険」と言われ、女性からもっとも遠い存在の職業と思われていた。しかし最近では土木女(ドボジョ)という言葉を聞くまでになり、実際現場で働いている女性を見かけるようになった。そんな土木に携わる女性が主人公である。
芝居はコメディタッチであるが、それぞれの話はドキッとするような輝きを放っているようだ。その描きのイメージは、長女・穴の血塊-肉感的、次女・宇宙空間-神秘的、三女・海の眺め-精神的、といったところで、なんとも不思議な味わいがあるのだが...。それだけに先に記した通り関連、繋がりが見えればもっと良かった。
演技は熱演であるが、祖父の登場場面と海が見たい青年との対話以外は、同じテンポのように感じる。もう少しテンポに緩急があると集中して観やすいと思う。
最後に、あまり目立たないが、小道具の「花(紙)吹雪」や技術(音響・照明)も効果的な役割を果たしており印象的であった。
次回公演を楽しみにしております。
FOREVER超音速エターナルラヴ
四次元ボックス
d-倉庫(東京都)
2016/08/19 (金) ~ 2016/08/23 (火)公演終了
満足度★★★★
深い内容...面白い!
始まりは、近未来における結婚・出産事情(少子化や優秀遺伝子)を思わせる。しかし、話が進展してくると過去や現代に通じる恋愛事情も絡んでくる。男・女の関係を中心にしつつ、底流にあるのは現代社会を鋭く抉るもの。中心に描かれる「恋愛」という経験は失せ、本で感覚を知るのみ。恋愛本「恋空」は古典として位置付けられている。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
梗概、未来は「DNAマッチングシステム」によって結婚相手を的確に選ぶことが出来る。そんな中、全女性と適合するコウタ(野澤太郎サン)とまったく逆の全女性と「適合ナシ」のメグル(大西一希サン)の心情、誇りをかけた戦いが始まる。「全適合」という優越さ、しかし「適合ナシ」のメグルに徒競走では勝てない。その「足が速い」という本能的モテ要素を持っていたために、 運命の歯車が狂いだす。もしかしたら、「DNAマッチングシステム」の見直しが出来るかも...。その内面の葛藤、走る姿に共感を覚える。
そのシステムは人間の感情、特に恋愛感情を無視し優秀な子を産み育てる国家施策である。このシステム(制度)に逆らうことが出来ない。相手が決まると結婚スケジュールが...戦時中の「召集令状」のように思えた。このシーンを始め、「全体主義」というセリフや音楽「軍艦行進曲(マーチ)」(今でもパチンコ店で流れているか)が聞かれる。
徒競走の決着は、「国民体育祭」に出場する大学内の予選会で決する。
このシステムに疑問も持たない人々、人間の本能に近い恋愛という感情を忘れ、その感覚を本という媒体を通して知識として学ぶ。それも頭の中で空想するもの。その感情は実態を伴わない空虚なもの、いや空虚ということすら解らない”怖さ”がある。感情の動物と言われる人間、その本能的な愛の交歓が失せている。
すべてが機械的・合理的な考え方...この未来構図が、何故か戦時中の産めや育てやの掛け声のように思えてしまうのは杞憂であろうか?
役者陣の演技は素晴らしく、バランスも良い。先の主役2人の競争シーン...そのスタート時に全キャストが舞台に立ち、学校卒業時に行っている「呼び掛け」をする。印象的なシーンであり、それをエキサイティングな照明によって更に効果付ける。
次回公演を楽しみにしております。
ジプシー 〜千の輪の切り株の上の物語〜
ことのはbox
武蔵野芸能劇場 小劇場(東京都)
2016/08/18 (木) ~ 2016/08/22 (月)公演終了
満足度★★★★
共生を感じるような...
この脚本「ジプシー~千の輪の切り株の上の物語」(横内謙介 氏)は、1989年初演で、今から約30年前のものという。台詞から感じる状況・背景は少し古いような気もするが...。しかし、色々な対比を通して普遍的なテーマも透けて見えてくる。
さて、バブル期にマンションを購入した夫婦、特に夫のはしゃぎようは分かる。一方、説明にある建築中のマンションに闖入・占拠しているジプシーは物質や定住に拘らない。建築中でコンクリートむき出しの殺伐とした所になぜ居るのか。後に分かるが、ジプシーの正体、この場所にいる意味と謎が氷解していく。
そこに見た「生ある存在」と、登場する人々との交流を通して描かれた心温まる物語。色々な意味で「共生」を感じる。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
梗概は、説明から「マンションを買った若い夫婦が完成を待ちきれず、建築中の建物に忍び込んてだ。そこには既にジプシーの大家族が住んでいた」と。
舞台セットは、コンクリート壁、中央に窓になるであろう部分が刳り貫かれ、その向こうに建築足場のパイプ組が見える。
バブル期には無理してでもマンション(住宅)を購入しようとする風潮。一方、パート時給が○円という低賃金で働くという貧富さ。マンション(購入)を持つことによって経済・精神、そしてその地にしばられ自由が失なわれる。他方、ジプシーは物質や地にとらわれず、住(棲)みやすい場所を転々とする自由さ。この建築現場、以前は大きな木があったという。コンクリートと木という ぬくもり...などいくつか対比を描く。物語ではどちらが正解か、そのような導きはしない。色々な考えがあり、その上での自己判断。ここまでが普遍的と思えるところ。
さて、誤解を生みそうな気もするが、移民(ジプシーとは違う)の問題を想起してしまう。寛容と自己防衛(移民問題とテロが同時に俎上に上がることもある)の鬩ぎあいを思ってしまう。欧州では国境線が変わり帰属する国も変わる、という歴史を繰り返してきた。そのことで政治体制はもちろん、文化・宗教も変わる。自分と異なる他者が現れると畏怖し排除しようとする。この側面が現代的と思ってしまう。
上演後、演出・原田直樹氏と話をさせていただいた。自分はこの演出で、特に次のところが気に入っている。
音楽...ジプシーの合唱において、地声と裏声で歌わせている。具体的には母親は裏声で子が地声である。地声の方が個性的で感情表現の幅が広くなる。一方裏声は美しく聞こえるが音色の変化に乏しく歌い手の個性が発揮しにくい。その違い(個性)を成長期の子に担わせている。
もう1つは照明での印象付である。舞台セットは内装前のコンクリート壁のみ。この殺風景な空間に木の陰影を照らし出す。それはモノトーンであり、夫が希望する部屋内装のコンセプトそのもの。超高山、深海は色が段々となくなり「生」のイメージが少なくなる。さてジプシーの衣装はカラフルで、その色合いからは...。
このジプシーの正体は...、以前あった木(欅)に梅雨時だけ「居る」というもの。
初日観劇したが、台詞や歌声に硬さが見られたこと、動き(動線)が不自然なところも見受けられたが、だんだんと良くなっていくだろう。
次回公演も楽しみにしております。
SLeeVe‐RefRain
ENG
六行会ホール(東京都)
2016/08/17 (水) ~ 2016/08/22 (月)公演終了
満足度★★★★
妖艶かも…面白い!
ビジュアル系エンターテイメント...人の心に巣食う闇を好み弄ぶ。そんな自称「狐」が仕切る三日三晩の百鬼夜行の話。
ある結界か特定場所なのかは判然としないが、その地に集う人とその背後霊ならぬ妖怪(守護のような)が、一つの願いを叶える石-玉(ぎょく)を手中にするためのバトルロイヤル。登場人物それぞれの心を表す妖怪、その形容すべき姿(特徴)は、メイク、衣装を凝らしなかなか魅力的であった。いくつかツッコミ所はあるが、それは矮小なことと自分を押し込め、この異様な世界観を楽しんだ。
(上演時間2時間15分)
ネタバレBOX
警察官が平然と不正や醜い行為をし、それを誰も怪しまない無秩序さ。元警官同士の憎しみと復讐が、狐による百鬼夜行に参加することになる。その抗い切れない気持がいつの間にか自己再生に向かう姿に変貌していく。
舞台セットは、中央に高さのある舞台を設置し、上手側は客席に向かう回り階段、下手側は無。また奥には飛び降り口。その非対称さが、心の歪さを表すと同時に、アクションシーンを魅力あるものとして観せる。シンプルなセットは、アクション・スペースを確保する。そして縦横に動きやすくすることで、壮大感を演出する。映像的な感覚であるが、役者の体現する立体姿が見える。その演出手法は見事である。
物語は、確かに人間の内面を描いている。無差別殺人、ファンによるアイドルの偶像化。そこには動機や本人不在(気持の無視)の空虚なもの。感情という表現し難い面を、本人を妖怪の同化(例えば主人公=河童…人の死を遠ざける、殺人鬼=雪女…秘密漏えいの殺人)に見立て三日間の戦いで炙り出す。その意味で、人の喜怒哀楽を描いており色褪せないテーマが透けて見えてくる。同時に芝居としての娯楽性も強く印象付けている。
異空間にいる妖怪...その姿とキャラクターは際立ち愛嬌があるもの。それを演じている役者陣は、他公演では主役になるような人達である。その役者が脇を固めるという豪華な顔ぶれである。その演技・アクションは華麗にして力強い。
次回公演を楽しみにしております。
ブラック祭2016
メガバックスコレクション
阿佐ヶ谷アルシェ(東京都)
2016/08/11 (木) ~ 2016/08/21 (日)公演終了
満足度★★★
芝居というよりは… 【RS】
ショーを観るような感じである。阿佐ヶ谷アルシェという劇場、地下に下りると薄暗い中に異様な空間が作られている。この劇団の特長である舞台セットの作り込みはリアル。映画・TVなどで見るような監禁舞台...そこで繰り広げられるサバイバルの様相...というのが上演前の印象である。
この雰囲気は背徳・加虐的であるが、進行役または案内人(滝一也氏 作・演出)が当初重々しい口調で説明していたが、途中から観客向け、いわばゲームの進行を楽しませるような口調へ変わる。
物語の構成は変わらないであろうが、その結末は観客が参加することで毎回違ってくるという。観客は檻の中の芝居を楽しみながら、自分も参加しているという娯楽性に酔いしれることになる。
その楽しませる話術、演出は巧みである。
ネタバレBOX
説明には「7人の囚われた者達の運命を決めていただきます」とある。観たのは全員女性キャストの回。カフェレストランの従業員5人と店客2人という設定である。この檻からの生還者を当てるというもの。予めその組み合わせが、上手側ボードに示されている。また全員が生還出来ない無効(流れ)があることも説明される。普通に観劇ということではなく、この生還者の与奪に自分たちも関わるという参加型公演である。
この一人ひとりに英字・数字が書か(刻ま)れた首輪が付けられている。この数字の「和」が「7」になった場合に開放されるという。7という数字を持つ人はいない。つまり誰かが死ななければ話は進まない。
数学で「7」は素数で、1とその数以外に約数がない正の数。「7」の除(÷)は素数の決まりごとで出来ない。加・減でしか7が作れない。加(仲間)か減(殺人)か、まさに正ならぬ生をかけたサバイバルゲームが始まった。
檻の鉄格子上に拉致監禁された女性のパネル写真、そこに記された名前ならぬ英字・数字での識別。その与奪を決めるのがトランプゲーム?のようなもの。いつの間にか芝居というよりは景品目当てになっているような...。
結局、芝居の不気味さを凌駕してしまった娯楽という印象である。
その意味で、芝居は今まで観てきたメガバックス作品と比べると今一つ、ショー・娯楽としては満足した。
次回公演を楽しみにしております。
路地裏で泣く
UMBRELLA
武蔵野芸能劇場 小劇場(東京都)
2016/08/11 (木) ~ 2016/08/14 (日)公演終了
満足度★★★★
面白いが、印象としては...
まず舞台セットがしっかり作り込まれ、これだけで芝居が楽しみになる。その物語は坦々とした描き方で、大きな盛り上がりが感じられない。日常の生活にそれほど多くの刺激的な出来事は起こらない。この芝居...基本的には人情物語であり何かが起きているのだが、それが暈けているようで感情移入出来なかった。演出はもちろん演技も悪くないし、むしろ自分の好みの内容であるだけに残念であった。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台は、西浅草2丁目にある小料理屋「ふじ子」。その店内は、本当にその店が劇場内に入ってきたと思わせるほど見事に作り込んでいる。上手側に座敷と思しきところに長テーブル、その奥に通常のテーブル席、下手側にカウンターと脚長椅子。カウンター内に酒瓶棚にボトルの数々。中央奥に店の出入り格子戸、電柱、街灯などが配置されている。
この店に映画監督の2人の息子と店の女性(親戚であろうか)、さらに居候の男。この父・映画監督(登場しない)、撮影中にも関わらず失踪し今だ行方知れず。映画という芸術に関する才能の捉え方が見所になるが、そのエピソードとなる展開に盛り上がりが感じられない。
もう一つ、父の失踪理由なり原因がハッキリしない。台詞の中から撮りたい映画作りが出来ない不満、それに金銭的な事情も絡むようであるが...。
演出としては、カット・バックのような時間軸を巻き戻すような観せ方をする。暗転ではなく薄暗の中で、人物が静かに動く。観客の集中力を途切らせないところは、映画的手法(シーンの連続)のように感じる。
演技は、それぞれのキャラクターを立ち上げており、またキャスト陣のバランスも良い。
さて、親からの遺伝がそのまま才能に結びつくか。また親の存在が大きければ、その影(力)に潰されてしまう。それゆえ、映画脚本(賞)への応募も本名ではなく偽名を使う。
一方、居候の男は映画監督の内弟子を自認しているようだ。この男は息子たちの才能が羨ましい。遺伝=才能が自然と受け継がれている。そこに苦労が見えない、感じられない、という誤った認識がある。
この「才能」を巡り多少ドタバタするが、強く印象付けられるものがなく残念であった。
次回公演を楽しみにしております。
庚申待の夜に
風雷紡
小劇場 楽園(東京都)
2016/08/10 (水) ~ 2016/08/14 (日)公演終了
満足度★★★★★
とても意味深な...見事!
明治時代の足尾鉱毒事件(1917年:谷中村が名実共に廃村)を背景にした物語であるが、その底流には現在から未来に向けての警鐘。時代背景・状況には明治期の経済発展の犠牲になった地域住民の姿、谷中村に伝わる因習やその人の心奥にあるドロドロとした情念のようなものを細密・繊細に表す。怖い印象であるが、そこに静謐さも感じてしまう。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
東日本大震災における原発問題を意識していると思われる。先に記した足尾鉱毒事件(廃村)から100年、当時と違って目に見えない汚染に怯える。また震災によって渡良瀬川流域に足尾銅が検出されたという報道を考えると、過去の事件として片付けられない思い。過去の負が現在そして未来にも繋がるという負の連鎖は恐怖そのもの。まさに現代のテーマ。
本公演では、渡良瀬川流域を意識したのか、茨城県古河市が唯一堤外の地名として挙げられている。ここまでを鳥のような俯瞰した捉え方とすれば、この谷中村で生きてきた人々の古伝、因習なり家制度に絡んだ人間模様は地を這う虫のような観せ方になっている。この個々人が持つ感情を丁寧に掬い上げる。もっとも陰湿な感情からすれば泥水を掬い上げているかもしれない。人が持つ清濁...清い心に沈殿していく澱(おり)は、その地の閉塞感、疎外感が遠因かもしれない。一方、古来から地域連帯という村意識という言葉も耳にする。こちらの目に見えない感情も、別の意味で怖い。心の闇を抉り出すような人間観察が鋭い。
個々(戸々)の心情を炙り出すことで、社会のあり様が浮き彫りになるところが大きな魅力であると思う。
この怖い雰囲気を、シンプルな舞台セットが醸し出す。二面客席の最奥(出入り口反対側)に神事台のような。その左右に壁塗布が垂れるようなオブジェのようなもの。それは土色のように汚れ、照明があたると怪しげな雰囲気になる。その中で役者陣は怪(妖)しげな演技、雰囲気を漂わす。登場人物の性格付け、立場の確立は見事であった。
当日パンフも丁寧に作られていたが、その中の用語集に「魂呼ばい(たまよばい)」の説明があった。本公演、上演期間が地域によって「盆の日」のとらえ方が違うかもしれないが、盂蘭盆(うらぼん)にあたるような...。
次回公演を楽しみにしております。
ナイゲン(2016年版)
feblaboプロデュース
新宿シアター・ミラクル(東京都)
2016/08/11 (木) ~ 2016/08/22 (月)公演終了
満足度★★★★
漂流するような議論、面白かった!
典型的な会議劇で、それも「ナイゲン」の精神、文化祭規約から部屋から出られないというある種の密室劇のような面白さもある。上演時間2時間にあわせた「内容限定会議」(通称ナイゲン)が2時間という進行に合わせてあるのも、時限という緊迫・緊張感を作り出す。
そのいくつかある制約の中で、登場する高校生たちのキャラクター、立場が鮮明に造形され観やすい。
当日、芝居の中で使用する「内容限定会議資料」まで配付する心配りに好感がもてる。
ネタバレBOX
千葉県立国府台高校に実在する会議をモデルにしているという。
省エネを題材にした催し物を1クラス担当してほしい。学校側は行政の要請を受け入れて、文化祭「鴻陵祭」のための会議“ナイゲン”に提示してきた。かくして高校生が文化祭の発表内容について話し合い、1クラスを落選審査する泥仕合をコメディとして描き、他方「自治」「話し合い」の意義を問う青春・群像・会議劇。そのワンシチュエーション・コメディは楽しめた。
会場に入った時は、教室の授業配置。芝居が始まって直ぐ、会議のロの字型に変形する。設定の高校生の枠を超え(大)人としての人格が立ち上がり面白可笑しく観せており、バランスも良い。軽快なテンポが心地よく2時間がアッという間である。
この公演の前提...学校(モデル校の指定)の提案がなければ、誰もが真剣に考えることもなく決まっていた形式的な会議であったところに一石が投じられ波紋が広がるが如くである。そして、いつの間にかクラスの代表者の顔になるという「立場」の頭が擡げてくる。この状況と生来の性格がこの場の人格を形成してくる面白さ。その代表的な変貌が議長に見て取れる。
そして恋愛・嫉妬、無関心・無責任という感情が混じり、それらが本筋を霍乱する挿話のような役割を果たし、議論が漂流するようになる。
物語は面白いということを前提に、次のようなことも考えてしまう。
1クラスだけ文化祭での発表が出来なる、その過程の論議が脇に外れ、右往左往するさまが面白可笑しく描かれるが、結論は”自主自律”の精神は半ば妥協点の探り合いになったような気がする。もちろん、提案(企画)書を提出していない3年1組花鳥風月(団体名)は芝居を上演できないことから、文化祭そのものへの参加が危ぶまれている。その状況からすれば妥協点を見出すという努力は解る。しかし、仮に全クラス企画書を提出し受理されていた場合、現実的な状況としてはどうなるのだろう。
そもそも何故「企画書」を提出していなかったのか(忘れた)。文化祭実行委員会は、全ての企画書(わずか9クラス)の提出を事前確認しなかったのか。これは矮小なこと?物語の前提としては大きな問題だと思うのだが...。
このクラスのナイゲンメンバー・花鳥風月(伊藤圭太サン)は、この結論をもってクラスメイトを説得している姿を想像すると目を瞑りたくなる。
次回公演を楽しみにしております。
「過ぎ去って行く日々はやがて…切ない想い出に」
劇団ザ・スラップスティック
明石スタジオ(東京都)
2016/08/12 (金) ~ 2016/08/14 (日)公演終了
満足度★★★★
典型的な...
典型的な劇中劇...現代劇の古典とも言えそうな作品を劇中で演じる。本公演タイトルからその作品を推知できるかも知れないが...。
梗概からみると、その中核に有名な作品が据えられていることから、新鮮味は乏しいのが残念なところ。しかし、その観せ方はダンスを取り入れ躍動感溢れるもの。主人公は地方の高校演劇部の女生徒が”女優”を目指して上京するところから始まる。この若い年代に合わせた演出であることは一目瞭然である。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
清水邦夫作「楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~」のいくつかのシーンが描かれる。先に記した山桜高校 第19期演劇部・幸子(清水葵葉サン)が女優を目指している、その姿を「楽屋」に重ね合わせている。
楽屋。亡霊になった女優Aと女優Bが楽屋で化粧。今上演中はチェーホフの「かもめ」。主役のニーナ役の女優Cが楽屋に戻ると、プロンプターをつとめていた女優がパジャマ姿でマクラを抱えて現れる。この女優Dは、精神を病み入院していたが、よくなったからニーナ役を返せと女優Cに詰め寄る。言い争いになり、女優Cは思わず女優Dの頭を殴ってしまう。女優Dは起き上がって出て行くが戻ってくる。今度は亡霊のAとBが見えている。打ち所が悪く死んようだ。ニーナ役が欲しくて精神異常になった若い女優が死んだ。
この女優Dが 幸子 である。チェーホフの「かもめ」「三人姉妹」がしっかり観て取れる。そして8月中旬を意識してか”軍靴”の足音の台詞。この「楽屋」シーンはベテラン(鬼籍に入っている設定のため)女優が演じており、貫禄を感じる。
10年の歳月が流れ、久しぶりに演劇部同期会を行うことになった。高校が取り壊されることになり、懐かしい顔ぶれが並ぶ。しかし、その中に幸子はいない。夢叶わず...まさに「楽屋」女優そのもの。
物語の概要を成すのは、高校演劇部仲間との友情、恩師との交流で公演全体を「劇中「楽屋」も含め)緩く包む。その観(魅)せ方はダンスパフォーマンスであり、「楽屋」の悠遠・情念というイメージとはかけ離れたもの。本公演、この異質を融合(和)して見せようと工夫しているのが良かった。
キャストは総じて若く荒削り。その中でも幸子役の演技と高校生役(小西里奈サン)のダンスがうまいと思った。
次回公演を楽しみにしております。
フローズン・ビーチ
別れの始まり
スタジオ空洞(東京都)
2016/08/11 (木) ~ 2016/08/14 (日)公演終了
満足度★★★★
面白い!...今後が楽しみ
当日パンフの はしがき...「会うは別れの始めということわざのように、別れが来るまでの時間を、作品を通して大切に出来るように願いまして上演いたします」と。この「別れのはじまり」という演劇ユニットは、橋本ゆりかサンが上演の都度キャストを募ると聞いている。
本公演は、その呼び掛けに応じて女優4名が集まり少し変わった物語を...。この脚本は、ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏によるもので1998年に初演。第43回(1999年度)岸田國士戯曲賞受賞作である。一場三幕で世相が垣間見える面白さ。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
1987年、カリブ海と大西洋のあいだにある島に建てられた別荘の、3階にあるリビングが舞台になる。そのセットは、スタジオ空洞という比較的狭いスペースをうまく利用し作り込んでいた。中央にテーブルとソファー、上手側にベランダ、下手側にカーテン付寝室、それに電話台、オーディオセットが配置されている。
登場人物は、この別荘の持ち主(梅蔵)の娘・愛と双子の姉の萌(2役:山丸りなサン)、義母の咲恵(佐々木美奈サン)、愛の幼馴染の千津(橋本ゆりかサン)、その友人の市子(今城文恵サン)が繰り広げるサスペンスコメディー。
物語は先に記したように一場三幕であり、時代は1987年、1995年、2003年と8年間隔で描かれる。そこにしっかり世相を反映させている。冒頭は千津の国際電話の長話。バブル全盛期の好景気感が溢れている。この別荘も海外進出の拠点のようなものである。
時代は下り、1995年はバブルもはじけ、阪神淡路大震災、オウム真理教による地下鉄サリン事件という暗いニュースが続いた。それを反映して、この別荘の持ち主である梅蔵(登場しない)の会社も倒産し、別荘も手放すことに...。
さらに8年後、この公演では現在になるが、島が海水で侵り出している。この件、南太平洋のエリス諸島のツバルという島をイメージしてしまう。失う(水没)前の観光旅行での賑わい。環境保護・資源保全が垣間見えるシーンでもある。
この世相の移ろいに女性たちの人生(16年間)を重ね合わせ、それぞれの人間関係や個々人の心境、心情変化を繊細に描く。落死・毒殺・刺殺等の殺人未遂、千津と愛は同性愛という設定、エキセントリックな市子の行為・行動など刺激的な見せ場も多い。
一幕、二幕はサイコ・サスペンス風であったが、だんだんと普通の会話劇に変容していく。結婚・出産・離婚などを経験した30歳代の等身大の女性の姿が見えてくる。
キャストは登場人物の性格付、立場をしっかり体現しており、バランスも良い。脚本はもちろん演出も上手いと思うが、自分の好みとしては、時の経過にテロップというのはあっさりし過ぎで味気ない。出来れば状況や台詞で移ろいを感じさせる工夫をしてほしかった。
次回公演を楽しみにしております。
かぜのゆくえ
ナイスコンプレックス
ザ・ポケット(東京都)
2016/08/10 (水) ~ 2016/08/14 (日)公演終了
満足度★★★★
人は生まれてすぐ泣くが、最期は笑う...感動作!
劇中劇として語られる悲しくも心温まる話...擬人化された黒電話がもたらす思い遣りと行動が奇跡を起こす。人は現在だけで生きているわけではない。過去があって現在があるという時のつながり、それを繋ぐのが電話という、SFファンタジー...。
第7回せんがわ劇場演劇コンクールに参加した「かぜがふいた」(オーディエンス賞受賞)の本編にあたる本公演...とても観応えがあった。
この劇団の特長である、舞台技術(音響・照明)、その延長ともいえる工夫がファンタジー要素を増すという巧みさ。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台セットは、変形(傾斜)した木枠のようなものが二重に建ててある。その二重の木枠も同形ではない。舞台中央奥に段差が設けられている。
この物語は2041年冬、2011年3月11日東日本大震災から30年後の近未来の話。前説を兼ねて、作・演出:キムラ真 氏が背景を説明する。色を失った灰色の街...上演前には波の音、鳥の鳴き声という静寂さを漂わせる。
梗概、海が一望できるクジラ山、大事な人を失った男が黒電話が入った電話ボックスを置いた。そして災害が起きたような悪夢....ある日、その男に若者が近づいてくる。その塊は、形を人に変え、ゆっくりと目を開く。 若者は電話ボックスに寄り添い腰を下ろした。 風が吹いた。 「ジリリン。ジリリン。」それは鳴る。吸い込まれる様に受話器を取ると...。
本公演、もちろん東日本大震災を意識していることは一目瞭然である。そして受けたであろう人々の心の傷を登場人物に背負わせる。その投影した姿に対して解決や調和するような導き(観せ)方はしない。あくまで寄り添うというもの。
敢えて悪役を登場させることによって善人ばかりではない現実も突き付ける。人の心にある善悪、光と影のような二面性を描くことで、より人の心の深み、悲しみを印象付ける。しかし、この悪意(毒)が随所に吐き散らされ、物語全体が冗長になった感もある。人の内面であればいくつかのエピソードでもよかったと思う。
この公演の前段「かぜがふいた」は先に記したせんがわ劇場演劇コンクール参加作品のため、上演時間40分という規定があったが、逆にそれが濃密な内容になっており凝縮されていた。
それでも、本公演の作・演出が素晴らしいといえる。隣席の女性は中盤以降すすり泣いており、また場内のいたるところでも同じ。
さて、描く内容は重たいものであるが、その演出にマンガのような影絵を用いることによって観せ方を緩衝させる。現実の厳しさ、人の優しさを、演劇という文化の中に溶け込まし訴え、観せるあたりは巧み。
この芝居を立体的にしているのは、もちろんキャスト陣。受けたであろう心の傷、その典型(類型)的な人物像を作り、感情移入させる演技は見事である。そして演技のバランスも良い。脚本・演出そして演技に加え、舞台技術(音響・照明)も効果的で、公演全体の印象付に資していた。
次回公演も楽しみにしております。
スタンダード・デイ 騎士
無頼組合
【閉館】SPACE 梟門(東京都)
2016/08/05 (金) ~ 2016/08/07 (日)公演終了
満足度★★★★
騎士(ナイト)シリーズ本編でないが、面白い!
千一夜物語をイメージするような物語構成。人殺しをさせないための面白い話の数々。本公演は「スタンダード・デイ騎士」の番外編...架空の街”サウスベイシティ”の裏通りで生きる人々に焦点を当てる。
説明にあるように「過ぎゆく人生の一部をオレはムダ使いしてるだけなんじゃねぇの」...本公演の底流にあるのは”時間”を巡るアレコレが描かれる。
とてもスタイリッシュでオシャレな...”時”を観(魅)せてくれた。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
物語はACT1~3で構成されている。基本的にはACT3がベースになっており、他の2話はその劇中劇として描かれる。
舞台はサウスベイシティにある「BAR・ハミングバード」。そのセットは、上手側にテーブル、イス、下手側にカウンターをイメージした可動式の台、というシンプルな作り。全体的には暗色で”真夜中”と”BAR”の中という両方の雰囲気を出している。
物語の骨格となるACT3「101ストリートジャズ」...
私立探偵の風吹淳平は、BAR‟ハミングバード”で張り込みをしている。 向かいのビルの会社に出入りする人間を長時間張り込みしている。実は「このBARのママを店から出さないための方策。依頼人の目的な何か。
ACT1「サブウェイ・タンゴ」
難病であと数年しか生きられないことを知った男。人の役に立つことをしたい...地下鉄の起こるトラブル処理や人助けをする組織「メトロ・ガーディアンズ)での仕事。そこに残り少ない人生の生きがいを見つけたようだが...その組織は悪の温床のような。命という時間の限界(尊さ)を知ったとこtで、生き甲斐を見つけることができた悲哀。
ACT2「摩天楼セレナーデ」
エステサロン経営者の母と刑事の娘は確執ある親子。互いに虚勢を張り合っているが、実はお互いのことを思いやっている。母・娘共に夫が失踪し、長年待つ生活をしている。母は自分と同じ思いをさせないよう、娘に早く決断するよう促す。待つ時間は不毛...自分のために時間を使うこと。
ママの娘は中学生の時、拉致監禁されていた。そのトラウマで101番街交差点で自動車に(飛込み)轢かれて亡くなった。その監禁した犯人を殺そうとしていた。そのことを知った、元夫が探偵に依頼したという。
千一夜のように感動または面白い物語をそれとなく聞かせることで、犯行させない創意(話)工夫。過去や未来や現在を失くしてしまった男と女のSTORYは、とても都会的で粋。そして〝長く熱い夜(ナイト)"は魅力的なお話だ。
次回公演も楽しみにしております。
とりあえず、「騎士シリーズ」の最終回が延期になりホッとしている。