うさぎライターの観てきた!クチコミ一覧

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シュワロヴィッツの魔法使い2

シュワロヴィッツの魔法使い2

メガバックスコレクション

阿佐ヶ谷アルシェ(東京都)

2016/04/29 (金) ~ 2016/05/08 (日)公演終了

満足度★★★★

140年目の決断
たった1回しか使えない魔法を、いつ、誰のために使うべきか
140年間悩み続ける魔法使いの話は、以前その1を観た時に
その哲学的な問いかけにたじろぎ魅せられた。
死者を生き返らせるとその力が受け継がれ、同時に自分の命が終わる、
という設定が深い。
生まれつきではなく、前任者の魔法使いから継承させられた(?)ゆえの疑問の末に
魔法使いが出した答えは意外なものだった。
キリマンジャロ伊藤さん演じる思慮深い魔法使いが魅力的。
それだけに彼の決断の理由をもっと聞きたかった。

ネタバレBOX

マグ(キリマンジャロ伊藤)はトロイとエバの兄妹と共にりんごの木を育てて暮らしている。
そこへリージャ(未悠)という少女が死んだ妹を抱えてやってくる。
彼女は、疫病が流行ってほとんどの住民が死んだり逃げ出したりした島から船で来た。
妹をよみがえらせるため魔女に心を売ったリージャは、魔女に言われるまま
毎日1つずつ生きた人間から心臓をえぐり取っていた。
魔女の本当の目的は、マグの魔法と永遠の命を自分が受け継ぐことだった。
そのためにマグの周囲の人々を殺し、決断を迫る。
マグと魔女の思いがけないつながり、そして最後にマグが下した決断は…。

一度死んだ自分を、魔法使いの妻が蘇らせた、それでマグは魔法使いになった。
それから140年も、大勢の人間から「助けてやってくれ」と乞われる度に
「今魔法を使うべきか、この後もっと必要な時が来るのではないか」と迷い続けている。
誰とも共有できない思いを抱えてひとりぽっち、何という孤独だろう。

その彼が最後に決断したのは、魔女の策略で殺されたエバを蘇らせることだった。
そして蘇ったエバはマグの思いを受け継ぎ、島の男たちによって磔になった
リージャを蘇らせる。
ラスト、リージャの長台詞で「この魔法を永遠に使わず、愚かな人間どもを
見届けてやる」と宣言するが、それよりマグの言葉で心情を聞きたかった。
多くを語らない彼が、一度は兄の願いを断ったのになぜエバを蘇らせたのか。
そのエバは冒頭リージャに対して「私の心臓が役に立つなら喜んで差し出す」と言ったが
出会ったばかりのリージャにそう言えるのはなぜか?

たぶん「他者のために自分の命を差し出す者」を蘇らせ、永遠の命を授けるのだと思う。
だからエバを選んだのであり、エバはリージャを選んだのではないか。

個人的にひとつ気になったのは魔女のキャラ。
あんなに酔いどれのぐだぐだ魔女でなく、クールで計算高い魔女でも良かったと思う。
見るからに怪しすぎるキャラでは、人を騙すのに説得力が弱い。
普通の人に見えて、マグの心情につけ込み目的を果たそうとする魔女でも良かった。
もっとも、彼女の熱演で舞台に強烈なスパイスが効いたのは確かだ。

メガバックスの4作品、堪能させていただきました。
芝居の醍醐味のひとつは、普遍的な人間の心理を際立たせる
様々なシチュエーションですが
そのバリエーションの豊かさが大変楽しかった。
滝さん、これからも素晴らしい作品を見せてください。
とんでもない企画、本当にありがとうございました。

青森に落ちてきた男

青森に落ちてきた男

渡辺源四郎商店

ザ・スズナリ(東京都)

2016/05/03 (火) ~ 2016/05/08 (日)公演終了

満足度★★★★

”鬼”はそこら中に居る
当日パンフの作者ご挨拶によれば
“青森という町の記憶を、「現代」もしくは「未来」の「世界全体」に置き換え、
より多くの人に伝える”ために作ったという作品。
1945年7月28日の空襲で青森市はその88%が焼失した。
同じ年の5月5日には熊本県阿蘇地方にB29が墜落してアメリカ兵11人が
村人と遭遇している。
物語はこの2つの歴史的事実をもとに、人は憎しみを超えられるのかというテーマを
観る人に問いかける。
ソフトな津軽弁で語る男たちのキャラが生き生きと立ち上がって
流言飛語や無責任な情報に踊らされる人々がリアルに動き出す。
出征した夫を待つ妻役の三上晴佳さんの繊細な表現が上手い。
台詞の無い“鬼畜”である鬼がたった1回高笑いをする場面が強烈な印象を残す。
青森に落ちて来た男は、全てを見ていたのだ。

ネタバレBOX

青森市内の大半を焼き尽くした空襲の翌日、山の中にB29が墜落して
生き残った“鬼畜米兵”(鈴木シロー)がひとり捕えられる。
頭には2本の角が生えている。
ハツコ(三上晴佳)は、舅で獣医のタロウ(長谷川等)の助手をしながら
出征したタロウの息子で、夫のマサフミの帰りを待っている。
ハツコの妹ツグミ(夏井澪菜)は知的障害があり、嫁に行ったハツコと共に
タロウの家で世話になっている。
“鬼”の処遇をめぐって村の者の意見が対立する中
オハラショウスケ(工藤良平)が思い通りにならないツグミを死なせてしまう。
彼はそれを目撃した“鬼”をも突き殺し、「もう1匹鬼が来た」と言いふらす。
70年後、今度は核兵器の使われる戦争が起こり、青森市は再び攻撃を受ける…。

角に象徴される“異なる者”への恐怖と差別は、容易に暴力へとエスカレートする。
少数派の正論はそこでは排除されてしまう。
例えば北朝鮮が正確に日本へ核兵器を打ち込んで来たら
日本人は冷静さを保てないだろう。
日本のあちこちで韓国人も朝鮮人も迫害され、
彼らをかばう日本人は同じように攻撃されるだろう。
“鬼”は敵であると同時に身の内にもいる。

ツグミだけが、角のある“鬼”を「牛だ」と喜んで可愛がる。
国際法で定められた捕虜の扱いなど無視して残虐な方法で殺せというタロウの幼馴染、
戦地へ行きたくないばかりに自分の指を傷つけて家に帰って来たオハラショウスケ、
愛のない結婚をして戦地にいる夫が帰ってこなければいいと思っているハツコ、
ハツコはまた、妹が殺されても泣けない自分を責めている。
みな胸の内に“鬼”を棲まわせている。
夫が戦地で死んだという知らせを受け取ったハツコに
大学の研究所へ送られる鬼が振り返って、初めて感情を露わにする。
「良かったな、嬉しいだろ?」と言わんばかりにただ高笑いする鬼が強烈。
本当の鬼はどっちだ?という場面だ。

時は流れて70年後の青森で、また冒頭のように市内が爆撃を受けている。
ヘルパーが車椅子のハツコに昔話として「妹さんはオハラショウスケに殺された、
捕虜を虐待した罪で死刑になる前ショウスケが告白したんですよね」と語りかける。
オハラショウスケの告白は、リアルタイムで明らかになるところが見たかった。
その時のハツコや村の人々の反応を見せて欲しかった。
また2匹目の“鬼”が出現した意図が私には良く解らなかった。

“人に記憶があるように町にも記憶がある。それを可視化するのが劇作家の仕事である”
というこの作者の姿勢に敬意を表すると共に、
可視化された記憶を自分の記憶にとどめることは観客の仕事であると思う。

愚かな人間は周期的に「戦争したっていいじゃないか」という政治家を生み出し
それは目的のない人生を送る人々をたやすく集結させる。
“鬼”はパイロットなんかではない。
“鬼”はそこら中にあふれている。




AQUA

AQUA

メガバックスコレクション

阿佐ヶ谷アルシェ(東京都)

2016/04/29 (金) ~ 2016/05/08 (日)公演終了

満足度★★★★★

小出しにする狂気
巧みにちりばめられた小さな伏線が見事。
所々で小出しにする狂気が絶大な効果をもたらしている。
それによって最初から最後まで緊張感が途切れない。
キリマンジャロ伊藤さんはもちろん、アクア役の杉坂若菜さんも素晴らしかった。
それにしてもこの企画で、構想・脚本共、作者の引き出しの豊かさに
改めて驚かされる。

ネタバレBOX

舞台は森の中の山小屋のような家。
ロックウェル(キリマンジャロ伊藤)は、借金の取り立てに追われていた15年前
当時3歳のアクアを教会の前に置き去りにした。
その後アクア(杉坂若菜)は母親に引き取られたが、その母親が病死したとの知らせに
ロックウェルは15年ぶりで娘と再会する。
嘘をついたことが無いという純真なアクアは、新しい家族と一緒に暮らそうという父に、
ここで二人で暮らしたいと訴える。
アクアの心情を尊重したロックウェルだったが、次第にアクアの感情の起伏は激しくなり
やがて、想像を絶する真実が明らかになる…。

冒頭間に入った女性弁護士から、この後再会する娘について説明を聞く場面で
既に小さな疑念が生じる。
母娘がどうやって生活していたのか、この窓の鉄格子は何のためなのか、
弁護士は基本的な、そして肝心なことについて「さあ、解りません」としか答えない。

再会した18歳のアクアは素直だが、幼児が喜ぶような遊びに狂喜し、
仕事の電話をする父親を許せずスマホを床に叩きつけるような激しい一面を見せる。
捨てられた物に執着し、カメラやビデオデッキなどを拾って来ては“直している”と言う。
また時折過呼吸のような発作を起こして父親を驚かせる。

アクアの生い立ちに何か大きな秘密が隠されていることは容易に想像がつくが、
それが教会で神父から性的虐待を受け、母のもとに戻っても
母親の心臓の具合が悪くなれば客を取って生活費を稼ぐという事実は衝撃的だ。
この事実にたどり着くまでに少しずつアクアの異様さをチラ見せしていく手法が巧い。
人間も時計と同じように“直してあげる”と父親の遺体にナイフを突き立てるラストまで
彼女の狂気がエスカレートしていく様に釘付けになる。

ロックウェルの、父親としての負い目から来るアクアに対する“甘さ”がリアル。
弁護士の汚いやり方を見破る冷静さを持つ彼が、娘に対する疑念からは目をそらす。
またアクアの振れ幅の大きい性格は、再会した父親への甘えに見せつつ
実は巧妙に父親を追いつめるしたたかさを感じさせてこれも巧い。

あまりに悲惨な人生に絶望して、頭の中で別の世界を創らなければ
生きていけなかったのかもしれない。
もう二度と自分を捨てることが出来ないように、母親を閉じ込めるために作った鉄格子、
その鉄格子の中で、本当はアクア自身が、一歩も出られずにもがいていたのだ。



慙愧

慙愧

643ノゲッツー

OFF OFFシアター(東京都)

2016/04/26 (火) ~ 2016/05/02 (月)公演終了

満足度★★★★

あの時あれさえしなければ…
良く出来た会話劇で大変楽しかった。
役者さんが皆揃っており、畳みかけるような台詞の応酬も滑らかで素晴らしい。
人は誰も大なり小なり痛恨の失敗をしでかすものだ。
それをほろ苦く、優しく描いて、笑いのタイミングもGood。

ネタバレBOX

大人気テレビドラマのロケ地だった教会へ定期的に集まる熱烈なファンたち。
今日もお気に入りのシーンを再演して盛り上がっているところへナイフを持った強盗が…。
取り押さえて尋問をするうち、次第にメンバー同士の秘密や嘘、軋轢が暴露され始める。
SNSでつながるだけの、この会を主催しているのは一体誰なのか、
自宅に直接届けられるお知らせや写真はストーカーの仕業なのか、
疑惑が疑惑を呼び、思わぬ展開になっていく…。

下着を拾っただけなのに下着泥にされてしまった男とは、哀れな強盗のことだった。
大手出版社に勤めていた彼は、この一件で職を失い、警備員のバイトをしながら
父親の介護にも疲れて、発作的に強盗を思いつく。
そして入ったところが今は使われていない、定期的にファンが集まるだけの教会だった。

SNSだけではない、人はどこまで本当のことを話しているだろうか?
学歴も勤務先も、年齢も結婚も、それ全部信じてよいのだろうか?
疑われては必死に誤解を解き、疑っては説明を求め、カッコ悪い自分をさらけ出して
メンバーと強盗はぶつかりながら少しずつ距離を縮めていく。
結局、こういうリアルなぶつかり合いなしにつるつる交わすコミュニケーションなど、
所詮表面的なものにすぎないということを強く感じさせる。

話がテンポ良く、しかもまんべんなく転がって、次第に核心に触れる辺りが上手い。
よどみない台詞が共感を呼び、“多数を相手にわかってもらおうとするしんどさ”が
リアルに伝わってくるところが秀逸。
この点で下着泥の永山盛平さん、教師の音野暁さんが素晴らしかった。

この“等身大のうじうじ”を共有しようという作品、私は好きです。
で、私のような小心者は、こういうベタなラストを見て安心して帰りたいのも事実です。
ガイラスと6人の死人

ガイラスと6人の死人

メガバックスコレクション

阿佐ヶ谷アルシェ(東京都)

2016/04/29 (金) ~ 2016/05/08 (日)公演終了

満足度★★★★

死人のキャラ
連続殺人鬼のガイラスが、自分が殺した6人の死人と同居生活を送っている、という設定がすべてと言ってよいほど効いている。あとはもう何でもありな展開で死人のキャラもバラエティに富んでいて楽しい。自分のことをあまり語らないガイラスがラストに放つ真実がまたフルっていて、良かった。

ネタバレBOX

狂気の連続殺人鬼ガイラスの住む山小屋には、6人の死人が同居している。
彼らは皆ガイラスの手によって殺された被害者たちだ。
殺す時に「心配するな、お前の分まで俺が人生を楽しんでやる」とガイラスが言ったので
彼らは毎日わいわいと彼を見守り、人生を楽しむ様を見届けようとしている。
この山小屋へ頻繁に来るのが保安官のレディ、彼女はガイラスを殺人犯とにらんでいる。
ただし、もっと大勢殺して歴史に残る殺人鬼になって欲しいと願っている。
そしてそこへガイラスの妹ニコが転がり込んできて、話はますますややこしくなっていく…。

保安官が「被害者の数が足りないわ、もっとやらないと」と言うのは
「熱海殺人事件」みたいだと思った。
カップルの被害者のうち女房の方がガイラスと浮気するというのも可笑しい。
6人の死人のキャラがくっきりしていてわかりやすい反面、ひとりガイラスだけは
いつまでも謎のまま話が進んで行く。
ガイラスを演じる三村慎さん、ラストまで謎をキープするタメの演技が良かった。

やがて最後の最後にガイラスの口から心情が吐露され、全てが腑に落ちる。
ああ、これは不器用な男の純愛ストーリーだったのだ。
あまりに手段を知らない男の…。



Hit or Miss

Hit or Miss

メガバックスコレクション

阿佐ヶ谷アルシェ(東京都)

2016/04/29 (金) ~ 2016/05/08 (日)公演終了

満足度★★★★

圧倒的な台詞術
キリマンジャロ伊藤さんの圧倒的な台詞術が舞台を牽引する。自分の人生を「行き当たりばったり」と称する自由奔放なイメージとは裏腹に、鋭い洞察力と冷静な分析で事態を把握する大企業の社長を演じて大変魅力的。惜しいのは、他の役者さんが伊藤さんのテンポについて行くのに精一杯で、ちょっと余裕がないこと。しかし社会派のテーマをこんなエンタメにするセンスは素晴らしく、ラストも余韻を残して考えさせる。

ネタバレBOX

大企業の社長とその片腕となる有能な社員2人。
その3人が誘拐されて監禁状態になる。
犯行グループの2人が「ボス」と呼ぶ主犯格は、何と社長の実の娘だった…。

怒涛の台詞を繰り出しつつ論理とユーモアがきちんと伝わる社長のキャラが素晴らしい。
途上国の資源に群がる大国・先進国の経済論理がいかに身勝手なものか、それに反発して闘いを挑む娘の正義感はたぶんまっとうなものだ。
ただその方法は幼稚で拙速。
父親は娘の荒っぽい要求を受け容れる一方で、本当にその方法で途上国の人々が幸せになるのかと疑問を呈する。
大国アメリカの論理だが、きれい事でない途上国支援の現実を端的に示していて
説得力ありまくり。
脚本の持つ論理の正当性と現実とのギャップを巧みに伝えるキリマンジャロ伊藤さんの台詞を堪能した。

行き詰まった娘は最後の手段に出るが、それは流石の父親にも予想できないものだった。
ラスト、父親の痛切な思いが伝わって来て思わず涙がこぼれた。

メガバックスの豊かな発想と脚本を伝えるためには、キリマンジャロ伊藤さんの台詞を
受けて立つ役者さんが多く育つ必要があるだろう。
それは課題だが同時に可能性でもある。
今回は1日4作品というスケジュールの都合上、セットにかける情熱を抑えているが
それも含めて、メガバックスにはやはり期待せずにはいられない。

レドモン

レドモン

カムヰヤッセン

吉祥寺シアター(東京都)

2016/04/06 (水) ~ 2016/04/10 (日)公演終了

満足度★★★★

対象を見る目
異物を排除し差別する人間を描いたSF作品だが、
台詞に繊細な人間関係がにじむところがリアル。
例えば厚労省の女と新聞社の男、夫と妻、親と子、そして少年少女・・・。
ただ差別の根深さは解るが、設定があいまいな伝わり方だったのではないか。
最後の小さな台詞に決壊した如く涙があふれた。

ネタバレBOX

舞台上高い位置に宇宙空間が広がるようなセットがあり、暗転の時が美しい。
中央のスペースのほか、両脇の舞台下も上手く使っている。
送電線のようなロープとそれを結びつける支柱のようなH鋼は
人間関係の距離感を表すのかもしれないが、無くても十分表現できている。
流れるような場面転換が素晴らしく、尺を感じさせないスピーディーな展開。

しっぽがあるということだけが人間と違う地球外生物「レドモン」。
排除しようとしたり、共存しようとしたり、紆余曲折を経て
ようやく今は混血である「マジリ」を法的に認めようという声も上がって来ている。
今はまだレドモンであることが露見すれば強制送還(?)されてやがては死ぬ。
だが現実的には、密かにレドモンと結婚している人間も多い。
新聞記者立川もその一人だが、思春期にある娘のルルカをめぐって悩みは尽きない。
そんな時同僚の男が不正な方法で国の情報を入手、
そこから社会も立川も大きな変化に飲み込まれていく…。

「マジリ」の子どもはみんな「ひかり学習会」という塾に通っている。
それは社会的に秘密裡ではなさそうなのに、
レドモンと結婚していることは職場に隠す、という設定が良く解らなかった。
マジリが法的に市民権を得ても尚、親であるレドモンが強制送還される、
という結末もイマイチ心から納得できなかった。
“差別なんてしない振りして、実は差別する”人間の本性を描いているのか?

人間であろうがレドモンであるが、描かれるキャラクターがリアルで身につまされる。
出来過ぎない父親立川(辻貴大)、おおらかに受け止めるその妻(宍泥美)、
そしてピュアで利発なルルカ(ししどともこ)が秀逸。
塾の先生も人間味があってとても良かった。
帯金ゆかりさんは出てくると場をさらうようなその破天荒なキャラが
もう一人の教師である温厚な渡邊りょうさんと絶妙なバランス。
立川家とママ友の笠井里美さんが、潔く温かい母親を演じていて素敵だった。
差別する側の代表である公安の男(小林樹)のいやらしさが光っていた。

妻の命を守るため、市民権を得た娘を置いて両親は逃げる。
「お前は大丈夫だ」と父が繰り返せば繰り返すほど、その根拠のなさが心細い。
ラスト、ルルカは大好きな少年(橋本博人)に「どんな食べ物が好きなの?」と聞かれ
「お母さんのお弁当」と答えながら涙声になっている。
それを聴いて私も一気に涙があふれた。
物語の冒頭、反抗期のように母の作ったお弁当を拒否してみたりしたルルカが
両親と別れた今、どんな心細い気持ちだろうと想像するとたまらなくなる。

対象を見るとき
「違いを数えるより、同じところを見つけよう」
そんなメッセージが伝わってくる作品だった。






兄弟

兄弟

劇団東演

あうるすぽっと(東京都)

2016/03/30 (水) ~ 2016/04/03 (日)公演終了

満足度★★★★

隣国
“現代中国で最も過激な作家”と呼ばれる余華の長編小説の舞台化で
休憩15分を挟む2時間45分の作品。
尺の長さを感じさせないテンポの良い展開で、
怒涛の流れに揉まれながら生きる市井の人々が生き生きと描かれている。
良くも悪くも極端な中国という国にあって、人々もまた共産主義から爆買いへと走る。
ただ、極端から極端へと大きく振れ、モラルをかなぐり捨てるのもまた
“成長のエネルギー”と呼んで肯定する、その国民性にはどうしても距離を感じる。
が、それこそがこの作品の真価なのだと思った。

ネタバレBOX

舞台正面奥には階段、左右には黒っぽい抽象的な壁が1枚ずつ立っている。
時が移って資本主義流入後になると、その壁がくるりと回って裏を見せるのだが
生活感・雑多なイメージが、一転してシャープでモダンな柄に変わり効果的だった。

リーガンとソンガンは、親同士が再婚したため、兄弟となった。
互いを尊敬し合って再婚した両親のもと、二人は貧しくとも仲良く暮らした。
ところが文化大革命の波が押し寄せ、父は反革命分子として撲殺されてしまう。
失意のうちに母も病死、兄弟はその絆を一層深めつつ成長する。
控えめで口下手、理知的な兄ソンガン、対照的に商売上手で行動的なリーガン。
リーガンが見初めた女リンホンが、実はソンガンを好きだったことから
兄弟は初めてぎくしゃくする。
そして常に弟に譲って来たソンガンが、初めて自分の気持ちを表明し、押し通して
リンホンと結婚する。
時は流れ、リーガンは商売が上手くいって大企業の社長となる。
一方ソンガンは、盤石なはずの国営企業が倒れてから人生が傾いていく。
健康を損ね、家を出て一儲けしようとするが詐欺に遭って帰るに帰れなくなってしまう。
そのころリーガンは、ついに憧れていたリンホンを自分のものにする…。

冒頭の悲惨さから、大河ドラマのようなイメージを持ったが
やがて歴史は”兄弟の絆の強さの理由”を示す背景であって、テーマではないと判る。
奔放で自己チューな弟のリーガン(南保大樹)がいかにもおおらかでのびのびしている。
対する兄のソンガン(能登剛)は常に弟を守ろうとするが、
結婚だけは譲らない芯の強さがあり、ラストの悲壮な決意を予感させる。
冒頭の“8歳”という設定が若干苦しかったが、それはいつの間にか忘れて
二人のメリハリの効いた台詞に惹き込まれた。

「兄弟じゃないか」「兄弟なんだから」という言葉が、
時に支えとなり、時に枷となるのも、血のつながりが無い分哀しく切ない。

この強大で矛盾だらけの大国では、即座に対応してうまく立ち回る者が成功するのだ。
その陰でソンガンのように実直で優しい人間は生きるのが苦しくなる。
ラスト、ソンガンの選択は何かを変え得るだろうか。
号泣はしても、すぐにリーガンとリンホンは自分を責めることに飽きて
また歩き出すだろう、自分の欲望の方向へ。
自己の欲望を他者の心情よりも優先させる瞬間に、ためらいと罪悪感が薄いことが
違和感の理由であると思う。
原作はその違和感を容赦なくさらけ出したからこそ自国でも物議を醸したのだろう。
脚本・演出はそこを忠実に、ストレートに舞台化していると感じた。

中国という国をテレビのニュースとは違い、裏返して内側深く見せてくれた舞台だった。




ドロボー・シティ

ドロボー・シティ

あひるなんちゃら

駅前劇場(東京都)

2016/03/25 (金) ~ 2016/03/28 (月)公演終了

満足度★★★★★

楽しいドロボーライフ
キャスティングの妙と、“笑いのバリエーション”が豊かで素晴らしい。
メリハリのある会話がとても面白かったが、中でも
堀靖明さんの、噛まずに滑舌良く機関銃のように台詞を繰り出すところにクラクラきた。
また、こんな“大人の間”を醸し出すのは山田百次さんと根津茂尚さんのコンビくらいだろう、
という台詞と演出が私的にどストライクだった。

ネタバレBOX

客入れの音楽は駆け出しアイドル風、それなりの歌だが
どれも「あひるなんちゃら~♪」という一節で、オリジナル曲だと判るほど良く出来てる。
テーブルと椅子4脚、スカスカの棚以外、これといって家具もないさっぱりした部屋。

ここは女ドロボー4人のアジト(家と言わずに敢えてアジトと呼んでいる)である。
このアジトに2組のドロボーが入るというお話。
一つは3人組、もう一つは男2人組。
3人組のツッコミが堀靖明さんでハイテンションをキープするエネルギーは
さすがMCRで鍛えられている。
放たれる怒涛の台詞が気持ちよく、他のボケぶりが際立つから余計可笑しい。

堀さんのテンションは、2人組の「かっこいい」ことにのみこだわる渋いオジサン2人をも
劇的に際立たせる。
用もないのにかっこいいというだけで「タイガー」「ドラゴン」と
互いのコードネームを呼び合うオジサンって(笑)
スーツを着ても私の腕くらいしかない細い脚で、ゆっくり歩く百次さんが最高!
根津さんとの掛け合いのあの“間”は、堀さんの機関銃との相乗効果で絶妙な味わい。
あのテンポに耐えられる役者さんは、そういないだろう。

女ドロボーが色鉛筆で盗みの「予告状」を手書きしていたり、
メンバーの日記を読むのを楽しみにしていて、裏切りを知ったり、
キャラにメリハリがあって楽しい。

あひるなんちゃらってこんなにバリエーションのある笑いだったっけ?
ここしばらくチラシの関村さんの文章だけ読んで笑って、舞台観たような気になっていたら
いつの間にか進化・深化・真価してすごいわ。

ちなみに「タイガー&ドラゴン」は、私がカラオケで最初と最後に必ず歌う歌である。
それだけに深い思い入れがあったのは確かである。
でもだからって★5つをつけたわけではない。
脚本・演出・役者さん・制作の皆さんに敬意を表してのことであります。



マッチ売りの少女

マッチ売りの少女

天幕旅団

【閉館】SPACE 梟門(東京都)

2016/03/09 (水) ~ 2016/03/13 (日)公演終了

満足度★★★★

夫婦
番外興行として、初めて既成の台本を使った作品だという。
これが大変面白かった。
まず役者の台詞が強い。
自分の論理に相手を従わせようとする強引さが要求される台詞が飛び交い、
ファンタジーで時折見せる浮遊感や儚げなタッチが封印された感じ。
これが社会や“善良な市民”の外面を引っぺがすのに効果絶大。
既成の台本を使うと、アテ書きとは違った役者の別の面が立ち上がって興味深い。
“まず形から入る”的な夫婦の会話が白々しく、そこに満足している
小市民のうさん臭さがとても良く出ていたと思う。
この夫婦、上手い組み合わせだわ。

ネタバレBOX

対面式の客席の間には少し高くなった舞台。
いかにも家庭の居間らしいフローリングの床に黒くて四角いテーブルがどーん。
テーブルの下にティーカップや食べ物の入ったびん、菓子皿などが
きちんと置かれており、この几帳面さが天幕旅団らしくて好きだ。
やがて渡辺実希さんが登場して語り始める。
─7歳で母親を亡くした少女は、大みそかの夜裸足で町を彷徨う…。
語っている渡辺さんも裸足だ。

場面は変わって初老の夫婦(佐々木豊・加藤晃子)の「夜のお茶」シーン。
そこへ突然「市役所から来た」と女(渡辺実希)が訪れる。
お茶とお菓子でもてなす夫婦。
やがて彼女が「私はあなたの娘です」と言い出したから「夜のお茶」は大混乱。
「自分の娘は幼い頃電車に轢かれて死んだのだ」といくら言っても聞く耳を持たず、
おまけに「外に弟を待たせてある」と言って、弟(渡辺望)を家に入れる・・・。

夫婦の楽し気な会話と笑い声がとってつけたようで、
“善良な市民・無害な市民”のうさん臭さがぷんぷん。
少年ぽさを消した加藤晃子さんのオバサンぶりが見事。
佐々木さんは無理なく恰幅の良いオジサンになっていて、
女に不意を突かれてオロオロする辺りも上手い。

豹変する女と、あざだらけの身体を晒す弟の不気味さが秀逸。
女も弟も、時代の必要悪に加担した父親を責め、
ぼんやりとそれを見過ごした母親をも責めている。
そのくせ自分を“善良だ”などと思いたがる夫婦を責めている。
「あなたを責めているのではない」「あなたが悪いのではない」という言葉の
何という説得力の無さ。
「お父様・お母様・お姉様」という丁寧な言葉遣いが
理想と現実のギャップを際立たせて虚しく響く。
誰のせいでもないが、どうしてくれるんだという怒りが怨念のようにこみ上げて、
女は行き場のない怒りを弟にぶつける。
このシーンの手のつけられない暴力的な女には迫力があった。
善良な市民とは、「何もしない役立たずのことだ」と思い知らされる夫婦。

小物で“形から入る”夫婦の人生が描かれ、それを女が払い落として崩壊させるところ、
「夜のお茶」にしてはボリュームあり過ぎのテーブルセッティング、
動きとメリハリのある台詞のやり取りなど、演出の面白さを堪能した。
役者さんの声の良さ、力強さが心地よかった。

終わってみれば不条理劇というよりも、
あの女はマッチ売りの少女の亡霊だったのか…?
そう思わせるところがあって天幕旅団らしいと思った。
こういう企画、またやってください。






御家族解体

御家族解体

ポップンマッシュルームチキン野郎

ステージカフェ下北沢亭(東京都)

2016/03/05 (土) ~ 2016/03/13 (日)公演終了

満足度★★★★

原点
久しぶりにちっちゃな空間で、ポップンの役者さんの呼吸まで感じられる作品。
11年前の立ち上げにこれをやったのか、と感慨深いものがあった。
吹原さんの原点ともいえる毒吐きキャラが全開で、役者がどれもはまっている。
“外では言えないけどウチでは言って笑っちゃう”タブーなネタが満載。
ハチャメチャだけど一番大事なものだけはしっかり持っている家族の話に
この際アラ探しは野暮というもの。
破たんしてるくらいが丁度いいのだ、と思う。特にこの劇場では。
パンのみみをもらえばよかった、と今も後悔(/_;)


ネタバレBOX

会場に入ると、増田赤カブトさんが10か条の“リハビリメニュー”に黙々と取り組んでいる。
(元気になってよかったね、次の舞台を楽しみにしていますよ)
最後にゆっくりとスクワットをした後、時間が来ると勢いよく前説が始まった。
「いいトシをして定職にも就かず・・・」といういつものフレーズに
あー、ポップンの舞台に来たんだな…と私は感慨にふける。
いいトシをして定職にも就かず作り上げた作品を披露する彼らに、
尊敬と羨望の念を抱く。

舞台はこの下町の居間がすべてだ。
母一人子一人の家庭、母の留守にフリーターの青年は履歴書を書いている。
そこへ有名プロ野球選手が訪ねて来て、この家にまつわる自分の家族の話を始める。
彼の大ファンでもある青年は、荒唐無稽な彼の家族の話に次第に引き込まれていく。

外での大事件は、全てここへ持ち込まれ、報告され、共有され、受け入れられる家庭。
父の使い込み、兄のひき逃げ、受験期の姉、彼女を妊娠させた小学3年の弟。
そして自分は野球に夢中で、ひじの手術を受けてプロになりたいと思っていた。
母はしょっちゅう男と家を出てはまた戻ってくる。
マイナスばかりのこの家で、それでも彼らは笑って暮らしていた。
そしてフリーター青年に驚きの事実が告げられる・・・。

まずいきなり腹ボテ彼女を連れて来る驚きの小学3年生がインパクト大。
CR岡本物語さんがこましゃくれて早熟すぎる3年生にドはまり。
半ズボンから伸びたきれいな脚も違和感なく、ランドセルのCMも行けるよ!

ひき逃げして海外へ逃亡したい次男に加藤慎吾さん、トラック野郎の荒くれ感が良い。
この人は”定番のキャラ”でなく驚きのキャラを見せてくれる。
ガチな被り物ながら衝撃の展開に涙せずにはいられなかった
「ウチの犬はサイコロを振るのをやめた」(7月に再演!)が忘れられない。

ダメ親父にダメ兄弟たちが、それでも笑って暮らせるのは価値観の共有があるからだ。
「大丈夫、何とかなるさ」と、およそ何ともならない感じの出来事を受け止めてくれる。
誰も追いつめられない、誰も疎外感を持たない、だって家族全員一緒だから。
唯一イライラしているのは小岩崎小恵さん演じる常識人の長女だけだ。
その常識さえ捨てれば人生楽しいのに・・・、あーもったいないなあ、という話。
(いやいや、それだけじゃないけど)

これがポップンのスタートだったのかと、大変納得。
この小さな居間から始まったんだね。
劇団が大きくなり、活動範囲が広がった今だからこそ
観客と共に原点を共有しようという吹原さんの姿勢を(勝手に)感じた。

あの空間、あの距離感、そこでパンツ脱がせたりするポップンが好きだけど、
確かにドリンク代込み4000円はちと高いかな。
小劇場ならではの“毒を持ったポップン”にファンは焦がれている。
盆と正月には、実家に帰ってあの居間で過ごそうよ、って思った。
妙に白髪の似合う吹原さん、下北沢で待ってますから(^^)/
ルルドの森(平成28年版)

ルルドの森(平成28年版)

バンタムクラスステージ

シアターKASSAI(東京都)

2016/02/19 (金) ~ 2016/02/28 (日)公演終了

満足度★★★★★

こういうのが観たい
2012年に観た舞台よりもだいぶ肉付けがされて解りやすくなった気がする。
整然とした場面転換や、ブラインドの光と影で場所を示す的確な照明など
無駄のない演出が美しい。
人間の弱さと欲望が生み出す狂気の沙汰を第一級のエンタメにした舞台。
バンタムクラスステージには、他劇団にないこの路線をキープして欲しいと
切に願う。

ネタバレBOX

遺体の一部がきれいに持ち去られるという連続猟奇殺人事件が起こる。
警部補の三島と黒船のコンビは、捜査に当たるうち
かつての人気テレビドラマ「ルルドの森」のファンクラブに行き当たる。
その主人公を演じた元女優、菱見玲子と付き人の勉、
殺された女性のルームメイトなど謎の多い人々を追いつつ
暗い森の中へと足を踏み入れた三島と黒船は、
やがて自分たちが事件の核心に捉われていることに気付かないまま、
翻弄されていく…。

猟奇殺人の動機が1冊の本の記述から始まり、
それが歴史的に裏打ちされた事実であることが
犯人の行動に説得力を与え、単なる想像力を超えた恐怖を突き付ける。
“変態の狂った好み”ではなく、誰もが抱く喪失への怖れや
他者への憧憬が根底にあるという設定が実にドラマチックで、
観客も一気に深い森の中へ引きずり込まれてしまう。
犯罪者の思考回路に焦点を当てるキャラ設定が、この作品の特徴であり魅力。

この強力な設定に役者陣が良く応えている。
事件を捜査する側にもヒーローはいない。
弱さにつけ込まれて自らも取り込まれていくのを見ているとハラハラする。
また巧みに他者を操った結果、目的を果たしたにもかかわらず
ラスト、うつろな犯人の視線を見ると“どうしても塞ぐことのできない穴”を
見る思いがした。

犯罪者に対する強い憎悪を持て余し職場で“厄介者”扱いされる三島役の福地教光さん、
「あー、そうなっちゃうかぁ…」という展開でどんどんヒーローから遠ざかるし、
(そこがまたいいのですが)
三島を軌道修正するはずの黒船(西川康太郎)もちょっと隙を見せたら
あんななっちゃうし。
彼らの人間らしい弱さがまた、それを利用する犯人の強靭な思想をさらに際立たせる。
ゲイのママ(沖田幸平)のキャラが良かったなあ。
闇で銃を入手するような飲み屋のママという設定がクライムサスペンスらしくて好きだ。

カーテンで仕切る場面でちょっと違和感を覚えた。
白い透けるカーテンならまだしも、あの色柄はどうだろう。

照明と場転は素晴らしく、銃声も完璧。
ストーリーは解っているのに、黒船が撃たれる場面は全身でびくっとした。
あの緊張感、複雑怪奇な犯人像、強制終了の銃声、
これらバンタム鉄板のアイテムが最高。
こんな舞台、私はほかに知らない。



Stay of Execution

Stay of Execution

メガバックスコレクション

錦糸町SIM STUDIO 4F C-studio(東京都)

2016/02/20 (土) ~ 2016/02/28 (日)公演終了

満足度★★★★

改札口の向こう
Bを観劇。
久しぶりのメガバは、過去の人気作品のスピリッツを詰め込んだ盛りだくさんな作品。
ちょっと盛りだくさん過ぎてメリハリに欠けた印象が残念。
いつもの「パニック」と「受容」のギャップや緊張感が少し甘くなった。
その分登場人物一人ひとりの心情や、客席への問いかけは丁寧で共感を呼ぶ。
世界を二分する“改札口”の存在など、相変わらず設定の巧さが光る。

ネタバレBOX

エレベーターを降りて客席に案内されるといきなり暗い!
「段差にお気をつけください」と言われても目が慣れていないので不安。
その後どなたか転んで大きな音がしたが、雰囲気よりも安全を優先して
もう少し照明を工夫した方が良いと思った。
素敵な紙飛行機の当日パンフに感心したが、それを読むのも難しい暗さは残念。

渋谷駅で未曽有の大地震に見舞われた地下鉄の車両、観客はその車両の中にいる。
車両の中から荒れた渋谷駅構内を見渡すという設定だ。
意識を取り戻した人々が記憶を繋ぎ合わせ、事実を探ろうしているとき
来世である“無”の世界からワイスが現れる。
目覚めた死者を無の世界へ連れて行くのがワイスの仕事だ。
だが今回は、目覚めた5人が全員、もうしばらくここに居たいと主張した。
101日のStay of Execution(執行猶予)を与えてワイスは去っていく。
だがこれから始まる地獄の101日間を、その時誰も想像していなかった・・・。

彼らが死者であることが分かっているのでストーリーはすんなり入ってくるが
登場人物たちと一緒に謎解きをしていた、いつもの緊張感と驚きはない。
それが物足りなくて寂しい。
が、その分丁寧に描かれていたのは
生者と関わりたい、外の世界を知りたい、自分の人生をもう少し考えたいという理由で
現世と来世の狭間であるこの場所に居たいと言った5人が
食欲も痛みも感じない退屈な空間に次第に耐えられなくなって行くプロセスだった。
人間関係がきしみだし、精神に異常をきたす者が現れる。
改札口の向うに行けば、魂は永遠にさすらい続けることになるというその設定が
彼らの選択の切羽詰まった状況を物語る。
こういう人間の弱さと、それを互いに補い合う関係が人を救うという展開は
本当に温かく、巧いと思う。

狭間に出入りする生きている少女が言う
「死んだ人間より生きている人間の方が怖い」という台詞がスパイスのように効いている。

道徳の時間みたいな直球ストレートすぎる客席への呼びかけも
役者さんの真摯な姿勢につい一生懸命聴いてしまう。
定番のキャラもあり、意外なカップルの誕生もありと、人物のバリエーションも楽しめた。
一人だけ、ワイスの言葉に耳を貸さずこの狭間に残り続ける女の“忍耐”の理由が
息子であるという設定は若干無理も感じたが、
そこに自分と共通の強い希望を見い出していることが、他の人々と違う所以だろうか。

冒頭の自己紹介のシーンで、BGMの音に声がかき消されることがあった。
今後、小さくても通る声、もしくはBGMを調整する必要がありそう。

当日パンフで滝一也氏が書いているように、
“すべての人に確実に訪れる、しかも説明できる人はいない”「死」というものが
メガバにとってこれまでもそしてこれからも、一貫したテーマであり続けるならば
今後ますます既視感のない設定と、舞台装置のクオリティが求められるだろう。
ハードルは高いが、次はいったいどんな新しいシチュエーションを提示してくれるのか、
滝氏の豊かな想像力に期待せずにはいられない。

鈍色の水槽

鈍色の水槽

ロデオ★座★ヘヴン

【閉館】SPACE 梟門(東京都)

2016/02/09 (火) ~ 2016/02/14 (日)公演終了

満足度★★★★★

鈍色
十七戦地の柳井さんが書く大胆な設定と、
ロデオのお二人の繊細で息の合った芝居がグッドバランス。
人の骨格を持つ人魚が打ち上げられるという、このあり得ない設定が
次第にリアルな色合いを帯びて来るプロセスが素晴らしい。
ファンタジーを面白くするのはいつも人間の“裏の顔”だが、
人魚のそれが秀逸。
映像が美しく巧みで、ファンタジーらしい雰囲気と妖しさを盛り上げる。


ネタバレBOX

光村海洋生物研究所は、三陸海岸沿いの港町の水族館跡地に建てられている。
港では最近漁網が破られたりする被害が出ており、研究所も対策を迫られている。
研究員たちが白イルカの仕業ではないかと考えて対策を練っていたところ、
ある日その白イルカを捕獲したという知らせが入り、研究所は沸き立つ。
水槽に入れられた白イルカを調べていくうちに不思議なことが起こる。
”人魚”と名付けられた白イルカが人間をコントロールするような出来事が続き
やがてそれが30年前に起こった事件と奇妙な一致を見せ始める。
町の誰もが口を閉ざす30年前の出来事とはいったい何なのか・・・?
さらに、何かを知っているらしい館長の秘密は・・・?

冒頭、研究員である天野司(澤口渉)が夢の中で
イルカトレーナーの舞原(音野暁)と語り合ったあと、
タイトルと出演者名が映像で流れるのが大変美しい。
チラシの写真と同じイメージがゆらゆらと立ち上る映像は
このストーリーの根幹を成すものだ。

未知の海洋生物が人間の生活を脅かすというテーマは「花と魚」とも共通するが
今回はそのかかわり方が全く違う。
人魚には感情があり、人間を翻弄するしたたかさがある。
明確な意図をもって陸に近づき、目的を遂げて戻って行く。
その理由を知ると、この物語がラブストーリーであり喜劇であるとも思える。

“登場人物”として白イルカ=人魚は、巧みな映像によって映し出されるだけなのに
ある種の「人格」を持っていることが、このファンタジーの核になっている。
そして驚愕の真実を聞かされた司が割とすんなりそれを受け容れるので
観ている方も「まあ、本人がそれでいいならいいですけど」的に納得してしまう。
こと人魚に関して納得させる所以は、澤口さんと音野さんの自然な感情表現である。
ことさら熱弁を振るったり思い入れたっぷりなわけではない。
ゆったりとしたテンポで、観ている私たちも彼らの心の動きについて行く。

司の夢と現実の行き来が、重なったり同時進行したりという
かなり自由な構成であることなどを考えると、
けっこう強引な作りとも思えるのだが
つまりみんなが信じてしまえばファンタジーは成立するということだ。
「うっそだぁ~!んなわけないじゃん!」と言ったらおしまいなわけで。

朝倉洋介さん演じる同僚研究員のキャラなどが魅力的なので
温かなラストまで惹きつけられる作品。
館長を演じた関根信一さん、いつもながら達者だが、
火サスの愚かな母親みたいなキャラはあまり似合わない気がした。
理性と緻密さで自己をコントロールできる女を演じると
硬軟の加減が絶妙なんだな。









【追加公演決定!!】29日19時最高のおもてなし!

【追加公演決定!!】29日19時最高のおもてなし!

ゴツプロ!

駅前劇場(東京都)

2016/01/22 (金) ~ 2016/01/31 (日)公演終了

満足度★★★★

米の飯
戦争中海に沈んだ客船を舞台に、異なる時代の、だが志は同じ男たちが交差する。
達者な役者陣がそろっているので面白くないはずはなく、芝居も濃いが感動も濃い。
ただちょっと濃すぎて観ている私も肩に力が入り過ぎた。
人の話を聞かない人々が集まって大声で「俺の話を聞け!」の繰り返し的な印象が残念。
無口な浜谷康幸さんの表情が、複雑な心情を雄弁に語っていて一番感情移入した。
ふくふくやで拝見した時もそうだったが、この人は台詞に依らない表現が素晴らしい。
縁ある人々を引き寄せる不思議な船に魅せられた。


ネタバレBOX

舞台は客船の厨房兼従業員食堂(?)。
戦時中に米軍の攻撃を受けて沈んだ竜王丸は、現代の技術で忠実に再現され、
今日は記念すべきお披露目の日だ。
ところが、沈んだ船から引き揚げられた古い大時計のあるこの厨房に
時空を超えたもう一つの世界が現れる。
それは攻撃を受けて沈む直前の竜王丸だった。
昭和17年と現代、2つの世界のスタッフたちは、価値観の違いにとまどいながら
事態を理解しようと悪戦苦闘する。
彼らは誰に引き寄せられたのか、歴史を変えることは不可能なのか、誰が助かったのか、
紛れ込んだライターの男は、パラレルワールドを変える要因にはならないのか?!

なかなか理解し合えない2つの世界をひとつに結び付けるキーワードが
「お客様に最高のおもてなしを」というプロの矜持であることが清々しい。
仕事において自らに課したストイックな姿勢が、窮地に陥った時の拠り所となる。
やがて沈む運命にあることが受け入れ難くて七転八倒する者も
自分の存在が何かの形で受け継がれていくことを知って安堵の表情を浮かべる。
自分の血縁者を見い出して人生の選択が間違っていなかったことを確信する者もいる。
理不尽な人生の強制終了を告げられ、それを受け容れようとする過程が切なく悔しい。

ハイテンションの台詞が飛び交う中で、浜谷さん演じる男は寡黙で言葉少ない。
屈託のある人生を抱えて兄の勧めでこの船に乗り込み、ともに死んでいく運命を
静かに受け止める。
愛した人が自分の死後長く生きて、今孫と名乗る男が目の前にいるということを
おそるおそる確かめながら喜びに浸っている姿に、思わず涙があふれた。
家族を支えたのが、他ならぬ自分の書いた脚本を演じる浅草の役者仲間だったというのも
大いに泣かせる。
孫である現代のチーフを演じる塚原大助さんの、熱い台詞との相性が
ここでは抜群に良かった。

それにしても、「沈む前に一番おいしい飯を」、と万感の思いで白い飯を出したのに
昭和17年組が「不味い…!」という予想外の反応で
“いい話”にならない下りは面白かった。
私たち日本人が戦後得たものは確かに大きいが、それと引き換えに失ったものも
計り知れないほど大きいのだろうなと思った。

当日パンフに大きく描かれている「竜王丸」の細密な絵、赤い色も鮮やかな絵が、
出演していた中下元貴さんによるものと知って驚いた。
船室一つひとつに、クルーたちと当時の日本人の精神が込められている。




ティーチャーズ・ルーム【ご来場ありがとうございました!!】

ティーチャーズ・ルーム【ご来場ありがとうございました!!】

劇団マリーシア兄弟

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2016/01/27 (水) ~ 2016/01/31 (日)公演終了

満足度★★★★

爆発
男ばかりの群像劇、今度は職員室が舞台で相変わらずぶっ飛んだキャラの教師たち。
そのキャラのバリエーションが大変楽しかった。
弟キャラの佐々木祐磨さんが“クセあり過ぎの兄ちゃんたちの間を走り回る”感じ。
力の抜けた会話劇だが、時々大事なことを言ってる。
変な教師がまっとうなことを言う。
「教育とは?」って台詞が出るあたりがこの劇団の面白いところ。
ラスト、素敵な先生の熱弁に泣いちゃったよ、あたしは。

ネタバレBOX

職員会議で話し合うべきことがたくさんあるのに、なかなか話は進まない。
学校には今、「体育祭を中止しないと爆弾を仕掛ける」という脅迫状が来ているし
生徒がラブホから出てくるところを補導されることが相次いでいるし、問題山積なのだ。
元教え子と交際している教師とか、教え子を三股かけてる教師とか、両刀使いとか、
教師の方にもバラエティに富んだ問題や対立がある。
そんな職員室で若手教師は何とか話し合いをまとめようと奔走し、
やがて脅迫状の意外な真意にたどり着く…。

さっぱりした職員室のセット、相変わらず力の抜けた台詞、そして男だらけ。
いつものマリーシアらしい舞台だが、先生たちのキャラがくっきりしているのは
役者がキャラによくはまったからだろうか。
三三三三さんの脚本は結構台詞量が多く、また似たようなシーンを重ねるので
時として役者は台詞を追うのに精いっぱいに見えることがある。
例えば皮肉屋の倫理教師役、狩野健太郎さんは
いつもより台詞にゆとりが感じられ、掛け合いの間や声の変化が良かったと思う。
その結果、辛辣できれいごとを嫌うキャラがぴったり重なった。
客席の笑いの反応が良かったことからもそれを感じる。

佐々木祐磨さんは、青臭いほど純粋で一生懸命、素直に反省もする弟キャラがぴったり。
狂言回し的に質問を投げかけ、教師たちに本心を語らせようとする姿が初々しい。
この弟キャラが必死に訴えるものだから、ラスト泣けちゃったんだなあ。
若干台詞が勢いに頼っている印象で、あと少し技術的なものがあればテッパンだと思う。

理科の教師、森山匡史さんは最近無口な役をやってから急激に面白くなった。
細かい動きまで繊細に表現して大事な時にギャップをアピールするのが上手い。

欠点だらけの男たちが淡々とゆるい話をしながら
「考え方」や「価値観」の違いを提示しぶつかり合い、次第に互いを認め合っていく、
というプロセスはマリーシアお得意の流れで、私は好き。
あともう少し、毒ッ気があっても良いと思うけど。
例えば爆弾魔の素顔とか、あっと驚く演出で最後に
“もうひとびっくり”させて欲しい気がする。

この劇団は制作の方も含め、みなさん丁寧でいつも感心する。
受付のあと客席へ案内しながら、この時点でトイレの場所を教えてくれたりする。
そして役者がみんな細い。(あ、吉田哲也さんごめんなさい)
細い竹の棒が立っているよう。
優しく礼儀正しい竹の棒に見送られて、私は気分よく劇場を後にしたのだった。



鶴かもしれない2016

鶴かもしれない2016

EPOCH MAN〈エポックマン〉

OFF OFFシアター(東京都)

2016/01/20 (水) ~ 2016/01/24 (日)公演終了

満足度★★★★★

驚愕の鶴
脚本と構成の巧さに加えて生き生きとした台詞が素晴らしく、芝居の面白さを堪能した。
思わず本当にひとりなのか、と思ってしまうほど見事な掛け合いと、あっと驚く演出。
誰かにお礼を言いたい、喜ばせたいと思った時に他の方法を持たない女の一途で切ない思いがビシビシ伝わってくる。
完璧な台詞のタイミングには驚嘆しかない。
哀しい鶴の声がまだ聴こえる…。

ネタバレBOX

二方向から客席が囲む舞台には、3つのラジカセが置かれ
床には古めかしい大きなトランクがひとつ。
細い竹(?)の棒が所々に立っている。
やがてこの細い棒が自由に移動し、ドアとなり機織り機となることがわかる。

一つのラジカセから昔話の「鶴の恩返し」の朗読が流れる。
それにつれて現代の若い男女の物語が展開する。
新宿の往来で泣いていた女にティッシュを差し出した男の元へ
お礼を言いたいと女が訪ねて来るのだ。
そして一緒に暮らし始めるが、女は時々1週間ほど“バイト”に行く。
ある時不審に思った男がたどり着いたところは…。

ラジカセから発せられる台詞との掛け合いが何と生き生きとしていることか。
ヘタな相方など要らないとさえ思わせる、完璧なタイミングに驚愕。
同時に、後半ラジカセを使わず、衣装も変えずにシリアスな場面で
ごく自然に男と女を交互に演じた時は圧巻の台詞力を目の当たりにした。
この自在な切り替わりが、物語のテンポと緊張感をキープする所以かと思う。

料理のシーンの、しなやかな身体性を生かしたほとんどダンスのような演出。
いきなり劇場の外が見えた時の、客席のどよめき。
羽織り、重ねた着物の鮮やかさ。
アイデアと工夫に満ち、練り上げた作品とはこういうものかと感動した。

大切な人を喜ばせる方法はほかにもあるのに、
それは例えば一緒にいることだけで十分なのかもしれないのに
鶴は自分の身体を痛めて布を織ろうとする。
鶴子もまたほかの手段を知らないという点で、同じように痛々しい。
愚かなまでに自虐の道をたどる女の可愛らしさ、哀しさが繊細な表情からこぼれる。

すごいなあ、こんな作品を創るんだ、小沢さんって。
鶴の声、女の声、男の声、どれも耳に残って忘れられない。
素晴らしい作品をありがとうございました。






戯曲試食会 『タバコの害について』

戯曲試食会 『タバコの害について』

劇団夢現舎

「行灯パブ・ろびっち」(通常は新高円寺アトラクターズ・スタヂオ)(東京都)

2016/01/06 (水) ~ 2016/01/11 (月)公演終了

満足度★★★★

行灯パブろびっち
戯曲単体にとどまらず、客席のつくり、客入れ時の歌、構成など
スタヂオに一歩足を踏み入れた時から大変楽しい。
歌は素敵だし席は落ち着くし、飲めないくせにうっかりビールなど
頼んでしまいました(笑)
まずチェーホフを紹介する前半が良く出来ていて面白かった。
そして「タバコの害について」ひとり芝居。
“講演会なのにひたすら愚痴る初老の男“が妙に可笑しい、意欲作。
チェーホフさん、大変だったんだね(^_^;)

ネタバレBOX

客席に足を踏み入れると、コーヒーテーブル程の小さな机がいくつか置かれ
一つの机にクッション付きの椅子が1脚か2脚設置されている。
上手に女性がひとり(三浦せつこさん)座って、歌っている。
綺麗な声でオリジナルだろうか、ちょっとシャンソンのような歌をうたっている。
息継ぎの音が聞こえず、ことばがきれいな、私の大好きなタイプ。
隅っこに座ると、飲み物を聞かれてつい「小さいビール」と言ってしまった。
静かなライブハウスみたいな雰囲気で超リラックス。
サービスのおつまみも来て、観客はワインやソフトドリンクを飲みながら開演を待つ。

暗転の後カラスの鳴き声、明転すると黒いミヤマガラス(高橋正樹)登場。
カラスをあざ笑う人間(室賀竜也)を逆にやり込める、というチェーホフの短編だ。
その後、ロシアの地図や年表を使ってチェーホフの人となりを紹介していくのだが、
解説する高橋正樹さんが巧みでとても面白かった。
代表作「かもめ」の、チェーホフ自身が投影されているというトリゴーリンと
ニーナの場面なども、直前の解説があったのでとても興味深く観た。

「タバコの害について」は、講演会の演台に立ちながら
“ひたすら33年間の結婚生活を愚痴る男”を描くひとり芝居である。
益田喜晴さんは、楽屋の女房を窺いつつ、女房さえいなければ…と
思いのたけを聴衆に愚痴る男を緩急つけた台詞で演じる。
リアルさより、うじうじと同じところを行ったり来たりする情けない男を
面白おかしく誇張している感じ。

“何も起こらない”芝居は、“変われない人間”そのものを揶揄している。
そんなに嫌なら反撃すればいいのに、離婚すればいいじゃん、と思うような人生を
人は33年間も受け入れて生きるのだ。
ドラマや本になるような劇的な変化など起こりはしない、凡人には。
チェーホフって基本的に成功者を信用していないのだと思う。
そんなの成功じゃない、そんなの幸せじゃない、そんなの本物じゃない…。
いつもそう思いながら書いたり結婚したりしたんだろうなあ。

当日パンフがとても面白く、会場にある写真などと共に試食の上で大変役に立つ。
「行灯パブろびっち」の名前からして洒落っ気があり楽しい。
夢現舎の公演は、演劇に対する考え方がストレートに伝わっていつも楽しみだが
今年最初の観劇が「パブろびっち」でラッキーでした。
おもてなし、ありがとう\(^o^)/


ライン(国境)の向こう【ご来場ありがとうございました!次回は秋!!】

ライン(国境)の向こう【ご来場ありがとうございました!次回は秋!!】

劇団チョコレートケーキ

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2015/12/17 (木) ~ 2015/12/27 (日)公演終了

満足度★★★★★

クールな反戦スピリッツ
戦争の影響などないはずのど田舎を舞台に、
予想に反して次第に崩れていく一族の連帯感とその再生が描かれる。
チョコレートケーキ単体での公演とは違うテイストが大変面白かった。
どこへ行っても、誰が加わってもチョコの芝居を提供することは易しいかもしれない。
ユニットによってこういうものも作れる古川さん、日澤さんの力を改めて感じさせる。
熱い人情話とクールな反戦スピリッツの対比が素晴らしく、
台詞による小さな笑いが外れなく光る。
チョコの3人が舞台に立った時の、それぞれの思惑が交差する緊張感あふれる場面、
そしてラストの、一瞬こちらまで騙されそうな展開に、劇団の真骨頂を観る思いがした。
戸田恵子さん、高田聖子さんの骨太な演技が巧みで、存在感大。

ネタバレBOX

舞台には階段状の大きな山が二つ、
10人の役者はその高低差を生かして位置を取る。
1946年、戦争に負けた日本が北と南に分断され、「日本国」と「日本人民共和国」が誕生。
それぞれがアメリカとソ連の勢力下に置かれているという設定である。
その国境線が走る山奥の村に2つの家族が住んでいた。
毎日国境を超えて互いの家を行き来し、協力して農作業に励んでいる。
こののどかな国境警備に当たる兵士二人は、共に「戦争はごめんだ」という認識を持ち、
村の人々の作業を手伝ったりして仲良く暮らしている。
ところがある日、ついに北と南が戦争状態になる。
そして北のエリート兵士だった息子が、脱走して実家へこっそり戻って来たことから
2つの家族の間に微妙な溝が生じ、それは修復不可能なほどに大きくなっていく…。

「ここには戦争なんて関係ない」と笑い飛ばしているのは
あたかも紛争地のニュースを見ている平和ボケした現代日本そのもののよう。
それが、戦争の影響を意識した途端、一転して疑心暗鬼に陥りパニックになる、
という展開も日本にありがちでとてもリアル。

戦争は「感情」から発生する。
「論理」ではない、「分析」でもない、庶民の素朴な感情から始まるのだと感じた。
「あいつら何をするかわかったもんじゃない」「信用なんかできるもんか」という
根拠のない嫌悪感が膨らんで世論になり、大勢を占めるようになる。
その最初の火種が燃え広がる様子が庶民の側から丁寧に描かれている。

一方で戦争経験者である兵士が、ここでは抑止力となっている。
軍の実情を知って脱走した息子(浅井伸治)と、南北両方の兵士である。
この3人の場面がチョコレートケーキらしい張りつめた緊張感を見せて素晴らしかった。
南の兵士(西尾友樹)が何度か北の兵士(岡本篤)に問いかける。
「何を考えているんだ?」
自分たちの存在が2つの家族の紛争を大きくし、不安を煽っていると感じた北の兵士は
「俺たちそろそろ消えた方が良さそうだな」という意味のことを言って思案している。
その結果が、“兵士の本分に立ちかえって民衆に銃を向ける”行為であり、
2つの家族がわだかまりを一気に解消して一致団結する、という結末を呼ぶ。

迷わず銃口に立ちふさがる母親(戸田恵子)に対峙する
西尾友樹さんの一瞬ひるんだような演技が、複雑な構造を見せて秀逸。
進んで悪役を買って出ながら、一抹の寂しさを見せる2人の兵士の表情が忘れられない。
と、これは私の思い込み解釈。

民衆の愚かしさ、その素朴な感情の恐ろしさが際立つのは、
濃い目の人情噺が振り切れているから。
対する兵士2人の、徹底した戦争嫌悪は静かに描かれ、声高ではない。
チョコ3人組のシーンは舞台の空気を一変させる力を持っていて
やはり息をのんでしまう。

激高して怒鳴り合い、取っ組み合いの喧嘩をする男どもに比べて
女はいつも強くしなやかだ。
兵士が去り緊張がほぐれて、女二人が泣き笑いで労り合うラスト、
思わずこちらも安堵の涙がこぼれてしまった。
高田聖子さんと戸田恵子さんが素晴らしかった。

“ゴリッとした”作品はまた次のお楽しみとして
私としては“コリッとした”歯触りもまた、チョコの新しい一面として大変楽しかった。

アフターイベントも楽しかった。
素敵なクリスマスプレゼント、うらやましかったなあ。
今年の〆の観劇がチョコレートケーキで幸せです(*^^*)





イエドロの落語其の参 再演!!

イエドロの落語其の参 再演!!

イエロー・ドロップス

新井薬師 SPECIAL COLORS(東京都)

2015/12/18 (金) ~ 2015/12/20 (日)公演終了

満足度★★★★★

覚悟
10月の「其の参」から2か月半、あえて畳みかけるように再演する意義は何か?
それが観たくて行ったのだが、元ネタの落語を忘れさせる弾け方が秀逸。
庶民の下世話な価値観と勢いが落語の身上だと思うが、それを上手く生かした
新しいストーリーが疾走するように展開する。
同時にシュールな展開に哲学があって一緒に立ち止まって考えさせる。
わかばやしさん、明と暗、悲と喜、哀と愛のメリハリが素晴らしい。
さひがしさん、あなたのお尻に覚悟のほどを見ました。

ネタバレBOX

八幡山とよく似た会場が何だか懐かしい雰囲気。
かつ丼女から品川心中の後、新たな2つのエピソードを挟んだことで
古典落語の枠を完全に離れ、パラレルワールドのイメージが豊かになった。
「女郎でない人生」に思いをはせるお染の思索がリアルになったと思う。

案山子の師匠とのやり取りも膨らみが増した。
あの案山子の顔、前回は案山子の真下の席だったので見えなかったが、
あの時も「へのへのもへじ」の口が動いたの?
今日師匠の顔を見てびっくりした。
とても良く出来ていて楽しい。                        

わかばやしさんの台詞と表情にメリハリがあり、お染の行き詰まった人生と悔しさ、
身勝手な行動とその後の“選択しなかった人生”を思う表情の深さが素晴らしい。
ご都合主義の庶民感覚が笑いを呼ぶ落語のポイントを、テンポよく切り替えて魅せる。
冒頭のカツ丼女から心中場面、やがて記憶が戻るまで、鮮やかな切り替えが見事。

さひがしさんは受けに回ってその切り替えを受け止める。
息の合ったダンス(?)とついでに追剥がれでふんどし1本になるあたり、
ニートの金蔵の性格そのままと見せて、時々過激に仕掛けてくる。
表現として既に確立している落語を超えるためには、
ある程度の過激さが必要なのではないかと思う。
それにしても「ニートの金蔵」のお人よしキャラは素晴らしい。

物語コーディーネーター末原さんの力と、さひがしさんの覚悟がかみ合って
元ネタが気にならない、新しいストーリーが生まれた感じ。
客席で“顔を作る”のも“ヅラを忘れる”のも演出のうち、
と見せるのがまた良し(笑)
次回も楽しみにしています。


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