6月19日(金)より、阿佐ヶ谷アルシェにてアオガネの杜『逆説夫婦善哉』が開幕する。アオガネの杜は、青年団にも所属する劇作家・演出家の中村馨が2024年に設立したカンパニー。旗揚げ公演『みにまむごっず』と昨年上演された『座標と初恋』を経て、本作が第3回公演となる。『逆説夫婦善哉』は、文字通り「夫婦」とその関係の在り方や変化をテーマにした、繊細かつ鋭利な眼差しに富んだ会話劇。完璧主義で快活、いわゆる“しごでき”な妻と、公務員として働く優しく穏やかな夫。そんな一見バランスの取れて見える夫婦関係が、ある浮気疑惑をきっかけに崩れ始める。そして、その背景にはもうひと組の夫婦と、二つの夫婦を俯瞰に見つめる一人の女性の姿があり…。「この人を本当に愛していたのか、それとも自分の価値を保つために必要としていただけなのか」。そんな夫婦の命題に踏み込む、アオガネの杜流の“大人のビターラブコメ”なのだ。キャストには藤田ハル、高山璃子、浅井啓介、武田紗保、下村りさ子の個性豊かな5名が集った。開幕の迫る稽古場にて、劇作家としての歩みやアオガネの杜結成秘話、キャストの魅力や「夫婦」というコミュニティを描くにあたっての思いについて、中村馨に話を聞いた。

ガッキーに会うために演劇を始めた
―中村さんの演劇との出会いは、どのように始まったんですか?
僕、小学生からサッカーをやっていたんです。それこそ全国大会に出たりとか、富山県の県選抜とかに入っていたりしたんですけど。だけど…ガッキー(新垣結衣)っているじゃないですか(笑)。ガッキーの映画を中学生の終わり頃に見て、「ガッキーに会うにはどうしたらいいんだ?」って思って、本当にそんな感じで、「芝居をやるしかない」と思ったんです。高校には演劇部っていうのがあるらしいと。入学した高校の演劇部が、県大会で優勝して中部大会まで行けるような強い演劇部だったので、そこに入れば行く先にはガッキーがいるんじゃないかと。そんな演劇との出会いでした。
―ガッキーを目指して高校演劇を始めたとは……。劇団不労社・西田悠哉さんのkeicobaインタビューの中に、中村さんと西田さんが高校の同級生だったというエピソードがあります。西田さん曰く、冷やかすくらいの気持ちで観に行った演劇部の作品に影響を受けたそうなのですが、どんな作品だったか覚えていらっしゃいますか?
(西田)悠哉とは高3のクラスで初めて一緒になって、映画や演劇の話をするようになりました。観てもらったのは仲良くなってからだから、高3の引退公演を見てもらったのかな…。顧問の先生に脚本を書いていただいた作品で、引きこもりの子が保健室登校していて、その子を無理やり教室に連れて行こうとするんだけど、「そういうことじゃないよね」みたいな話でした。僕の代は演劇部員が2人しかいなかったんです。先輩がいなくなったあとは、クラスの友達に「照明だけお願い」とか、「音響の操作だけしてくれないか」って集めるところからやるような状況で。演出とかも全くわかんないんですけど、もうやるしかないからやる。今思えば、そこが原点かもしれないですね。演出がどうのこうのとか、どこに立って、どう見せるかということを考えるきっかけになった時期です。

現在にも繋がる、大学での出会い
―高校卒業後は慶應義塾大学に進学され、演劇サークル「創像工房 in front of.」に入られたんですよね。
慶應に浪人して入りました。富山で、それこそ悠哉と一緒に「浪人しようぜ」ってなって。僕、本当は早稲田大学に行きたかったんです。富山に届いていたのは「早稲田は演劇がすごい」っていう情報でしたから。
―大学でも演劇がやりたいと。
そうですね、言ってましたね、二人して。当時の悠哉は映画だったかもしれないけど、浪人時代から、演劇がどうのこうのみたいな話はしていました。ちょうど予備校の先生に早稲田出身の方がいて、「早稲田に行くぞ」みたいな話をしていたんですけど、早稲田は全部落ちちゃって。慶應だけなぜか受かったもんだから、行ってみたら「創像工房 in front of.」っていう巨大サークルがあったので、そこに入りました。
―その頃は、『演劇』への思いで続けていたんですか?
それが、その頃もまだまだ理由はガッキーでしたよ(笑)。だから、今でこそ脚本書いていますけど、大学時代は脚本を書くという発想がそもそもなくて、大学3年くらいまでずっと俳優をやっていました。劇団不労社の旗揚げ公演(『下北スモーキンブルース』)にも出演しています。悠哉が「東京で合同公演やろうぜ」ってやって来て、下北沢のステージカフェ下北沢亭でやりましたね。

―脚本はどのようなきっかけではじめたのでしょうか。
就活が早く終わったので、「4年生になったら脚本を書こうかな」と思ったんです。それで…僕、大人計画が大好きだったんです。その頃は、とにもかくにも大人計画。映像で昔の大人計画の作品を見て、ほぼ全部戯曲を買って読んで書き起こしをして。それで「最後に大人計画の真似事をして、演劇とは終わりにしよう」みたいな感じで、脚本を書いて上演しました。この公演には、『逆説夫婦善哉』に出演してくれている浅井啓介くん、ドラマトゥルクに入ってくれているココカコくん、僕の作品にずっと出演してくれている武田紗保さんにも関わっていただいています。
―漫画原作者のココカコさんとは、そのような繋がりがあったんですね!
ココカコくんには、初めて書いた台本から見てもらっています。舞台以外の脚本でも、まず彼に見せて「ここの構成は良くないんじゃないか」みたいなやり取りを何年もやってきています。僕の苦手なところ、逆に得意なところを一番知っている人なんじゃないかな。

「アオガネの杜」旗揚げまでの紆余曲折
―大学卒業後は、一度就職されているんですよね?
はい。フジテレビに就職して『めざましテレビ』に配属されたんですが、そこにね、なんとガッキーが来たんです。僕はADとしてカンペ出しをするという関わりでしたが、1ミリだけですけど、一緒に仕事したんです! 僕、それでちょっと満足しちゃって(笑)。あと、その頃は、「ドラマの脚本もやりたい」と思うようにもなっていました。それで、演劇が上手くなるのも難しいのに、演劇とドラマどっちもやりたいなんてとても難しいから、覚悟を決めないといけないと思い、会社を辞めて仕事の時間を最小限にして、脚本の勉強を始めました。
―会社を辞めた後は、演劇は再開できたんですか?
コロナ前の2019年には演劇ができていて、それこそ創像工房 in front of.の後輩で、今回も出演してくれている藤田ハルくんにも出演してもらっていました。でも、すぐにコロナ禍になっちゃって。コロナ禍で演劇をやるのが難しくなってしまった中、「青年団に入ればステップアップできるかもしれない」と考えて、無隣館の4期を経て青年団に入りました。ただ、2021年末にフジテレビのヤングシナリオ大賞で最終選考に残ったことで、少しずつシナリオの仕事に呼んでもらえるようになったので、2年ぐらいはそちらの仕事に集中するようにしていました。

―シナリオや脚本の経験値が蓄積されていったんですね。
その期間に、映画やドラマを1000本は見ました。演劇を再開するのを遅らせていたのは、「物語の型とテクニックを蓄積できるのは20代後半のその時がラストチャンスだな」と思っていたという面もあるんです。「演劇を通じて社会と接続していくのは、30代に入ってから仕掛ければいい」と決めて、焦らずに、映画やドラマをいっぱい見て自分の中にストックする時期を作りました。
―2024年、ついに「アオガネの杜」の旗揚げをされるわけですが、きっかけは何かあったのでしょうか?
2024年の段階では、ドラマの仕事もまだ下手すぎて無理だという気持ちがあったことと、もう1回演劇をやりたいという気持ちが大きくなってきていました。ちょっとずつ青年団の同期の人たちと「何かやりたいね」という話をするようになっていました。コロナ前から数えて5年ぶりでしたし、準備から大変だったんですけど、青年団と創像工房 in front of.の仲間が同時に集まって手伝ってくれて、ようやく上演に向けて動き出すことができました。
『逆説夫婦善哉』で浮かび上がらせるのは「なりきれなかった夫婦」

―旗揚げ公演『みにまむごっず』、前回公演『座標と初恋』は、ロジックが前面に出ている作品だったかと思うのですが、今回、ガラッと変えてきていますね。
実は2023年頃に、岩松了さんの劇作ワークショップに1年間参加していたんです。僕は大人計画も好きなんですけど、岩松さんからも多大なる影響を受けている面がありまして。今回はそのワークショップで実践していたような文体中心で、「うー」とか「えー」とかいう会話の積み重ねから浮かび上がるものをやりたいなと思ったんです。また、今回はホリプロさんのご協力で、藤田ハルさんと高山璃子さんにご出演いただいているので、全編会話劇・当て書きにすることで、彼らを含めた今回の出演者を輝かせたいなと思いました。
―織田作之助の短編小説である『夫婦善哉』というモチーフはどうやって持ってきたんですか?
今回のプロデューサーの井上さんにご提案いただきました。『夫婦善哉』は、強い旦那さんと、それに一生懸命ついていく奥さんという内容です。高山璃子さんの主演映画『スーパーミキンコリニスタ』を観て、パワフルな演技が得意な方だと思ったことと、藤田ハルくんが柔和な魅力を持った俳優なので、『夫婦善哉』とは設定を逆にしようと決めました。ちょうど僕の知り合いに、奥さんの方がすごくパワフルで、旦那さんの方が穏やかなタイプの夫婦がいて…。しかもその人たちが離婚してしまったんです。意識してみると、自分の周りでこういう事例が複数起きている気がして、「何が起きているんだろう」「どんな文句が出ているんだろう」と興味を持ちました。

―どんな文句が出ているんだろう、ですか。
自分の聞いた話の範囲になりますが、夫婦間での言い争いって、核の部分は直接言わずに、言いやすいちっちゃいことばかりを言う傾向があるな、と思ったんです。例えば、妻から夫に「ちゃんと連絡しなかった」とか「私はこれが好きなのに、嫌いなものばっかり買ってくる」とか。一方で優しい旦那さんの方も、核の部分は結構グロテスクでヤバいから言えなくて言いやすい文句を言うみたいな…。岩松さんのワークショップを通して知った、「核の部分を言わずにその周辺のことをぐるぐる言う」というチェーホフの得意としていた手法が、まさに今回のモチーフや話にすごくフィットした感じがありました。
―出演者の方についてもお伺いしたいです。昔からの知り合いでもある藤田ハルさんや今回初めてご一緒される高山璃子さんにはどんな印象をお持ちですか?
藤田くんは『ハリー・ポッターと呪いの子』で、ものすごい回数の公演を経験されて、昔と変わらない魅力のまま技術面では確実にステップアップをされた、と感じました。彼の良さって「異常に誠実」なことなんですよ。人に対して誠実で優しい。僕は俳優さんの泣く演技に関しては、基本的に抑えていただく傾向にあるのですが、藤田くんの場合は、そのまま見せた方がいいと感じていて…。「あ、今、本当に誠実な人が誠実な理由で泣いているんだ」って思えるんです。なので今回も、その見せ方をアリにする気がしています。高山さんは、人間としての厚みを出せる方です。不器用だから相手に強いことを言ってしまう役だけど、相手がいなくなったときに「あ、この人めっちゃ傷ついてるじゃん」っていうのが、セリフなしでも出せる方。だから、彼女の役が傷ついていることが分かるセリフはあえて削ったりもしています。周りのことをだらだら言っているだけでも、核の寂しさみたいなものを浮かび上がらせることができる俳優さんだと感じています。

―お付き合いの長い浅井啓介さん、武田紗保さんは今回どんな役どころを演じられるのでしょうか? また、下村りさ子さんも「夫婦」を外側から見つめる重要人物を演じられますよね。
浅井くんはとにかくハンサムなんですよ(笑)。表面上はすごく優しいんだけど、「この人、本当は怖いんじゃないか?」みたいな、何を考えているかわかんないタイプの怖さも出せる人なので、ビジュアル面でもニュアンス面でも演出ができたらなと思っています。武田さんはほぼ全部の僕の公演に出てくれているんですけど、本当に感情が豊かなんです。我慢して強がっているとか、他人に気を遣いすぎてテンパっちゃうとか、やっていることと逆のことが見えやすかったり、演劇における面白い表現がいっぱいできる人。僕が一番当て書きしやすい俳優でもあります。下村さんは、舞台上でお見かけした際に魅力を感じて…。伝わるかわからないのですが、玉田企画『地図にない』に出ていた時の劇団普通の石黒麻衣さんのような独特の存在感を感じたんです。今回は当事者4人がぐちゃぐちゃになる話なので、「この状態ヤバいよ」って客観的に言ってくれるような、観客の体感に近い、極めてフラットな状態の人が1人いてほしくて、お願いしました。

――最後に、今回の見どころを教えてください。
俳優さんたちの会話のニュアンスの機微ですね。なので、僕自身も「男性だから」「女性だから」と分けるのではなく、個々の人間関係によるニュアンスを雑にくくらないように心がけています。夫婦関係を扱うにあたっては、「子供がいる/いない」という違いでも夫婦の在り方が変わると思っているのですが、今回は、恋人の延長線上で結婚して、まだ二人とも大人になりきれてない、というような「なりきれなかった夫婦」の面白さも見ていただけるのではないかなと思っています。

取材・文/成島秀和
稽古場写真/丘田ミイ子
<公演情報>

アオガネの杜『逆説夫婦善哉』
作・演出:中村馨
出演:藤田ハル、高山璃子、浅井啓介、武田紗保、下村りさ子
<会場>
阿佐ヶ谷アルシェ
<日程>
2026/6/19(金)~6/ 21(日)
19日(金) 19:00
20日(土) 14:00/18:00
21日(日) 13:00/17:00
※受付開始・会場は開演の30分前を予定しております。
<チケット>
一般:4,000円 U-22:3,000円
応援チケット(特典つき):7,000円
※事前決済・当日精算あり ※全席自由 ※未就学児 入場不可
舞台監督:菱沼裕大
舞台美術:斎藤渓
照明:鈴木俊輔
音響:葉純勇太
宣伝美術:田中倫
宣伝写真:松井綾音
宣伝メイク:谷口里奈
制作:実灯
ドラマトゥルク:ココカコ
脚本助手:ながおあいり(う潮)
プロデューサー:井上竜太
協力:株式会社アンドリーム、う潮、ガガ、青年団、株式会社ホリプロ、株式会社ホリプロブッキングエージェンシー
企画協力:株式会社ホリックス
企画製作・主催:アオガネの杜