稽古場レポート

Nanori『狂言マニフェスト』稽古場座談会インタビュー

Nanori

狂言マニフェスト

2026年6月12日(金)〜6月14日(日)

6月12日(金)より三鷹のSCOOLにて、Nanori『狂言マニフェスト』が開幕する。コント公演ではあるが、Nanoriにおけるコントは、既存のコント公演とはひと味違うコンセプトとアプローチで展開される。主宰で作・演出を手がける井川博之は、コント=笑いといった固定概念の解体にまず手を伸ばす。「狂言の系譜」の復興と「をかし」の観念。それらに則り、「劇場芸術としてのコント」の可能性を追求することを目的としているのだ。2024年の旗揚げより「コントの再パフォーマンス化」を標榜し、個性豊かな俳優陣とともに公演を重ね、この2年で初期三部作のうち二作を上演。新作『狂言マニフェスト』はその最終作である。キャストには狩野瑞樹、瀬安勇志(南極)、高田静流(焚きびび) 、波多野伶奈と、今回も現代演劇シーンをたしかに彩る俳優陣が集った。書いて字の如く、コントにおける「狂言」的な「マニフェスト」を発表する、一つの集大成へ。開幕を控えた稽古場で、本作について井川とキャストらに話を聞いた。

写真:高羽快

心拍数が0.7倍に?ゆったりと進むNanoriの稽古

―まずは、Nanoriにおけるコント公演のコンセプトを改めてお聞かせ下さい。

井川 僕は子どもの頃からコントが好きで見ていたんですけど、好きだからこそ、「コントにはパフォーマンスの最先端であってほしい」という願いのような気持ちを抱えていました。「コントにはもっと可能性があるのではないか、本来はもっと幅広い表現なのではないか」。そんな長年の思いから、「笑い」に絞らないコントをやってみたいと考えたんです。狂言で言うところの「をかし」って、「面白い」だけでなく、「美しい」とか「滑稽だ」とか、広い意味の「をかしさ」が含まれているじゃないですか。そういう文脈をもう一度コントに復興するじゃないですけど、取り戻して、再パフォーマンス化したいと思ったんですよね。そんな経緯でNanoriを立ち上げました。

―Nanoriというカンパニー名も能舞台から由来しているのだとか。

井川 そうなんです。能舞台において、シテが演技をするときに動作の起点・終点になる場所=なのり座(常座)に由来しています。舞台上でその場所だけは自分と役の境界線が曖昧になるというか、曖昧でいてもいいというか、そういう場所なんですよね。そこにコントの構造との類似性を見出したというか、コントって、役のみを見るのではなくて、その人がやっている役を見てメタ的に楽しむという趣があると思ったんです。そんな意味も込めて命名しました。

作・演出の井川博之

―キャストのみなさんはそれぞれ様々な演劇のフィールドで活躍されていますが、Nanoriの稽古にはどんな印象を受けましたか?

高田 稽古初日から他の現場とは明らかに違う、独特な空気で稽古が進んでいてとても新鮮でした。少し抽象的な表現なのですが、いびつなものがいびつなまま輝いている、輝ける場だと思って、純粋にいいなあと感じたんですよね。最初の稽古に入る前に井川さんが「まず、みなさんが嫌だと思っていること、苦手なことを教えて下さい」と仰って、共有したのも面白かったです。稽古2日目くらいには「この稽古がずっと続いたらいいなあ」とふと口にしてしまったくらい、心地の良いクリエーションの場だと感じました。

波多野 わかります。なんか、ちょっとピクニックみたいなんですよ。他の稽古場と比べて時間とかテンポ感も違うし、自分の心拍数も0.7倍くらいになっているように感じて…。時間をゆったり使って、色々試しながら創作が充実していく感じというか。サクサク過ぎ去っていかない稽古場でのびのび稽古ができている気がします。

左から波多野伶奈、高田静流

瀬安 僕も心地の良さを感じています。さっき井川さんが仰ったNanoriの由来の話にも通じると思うのですが、まさに「役と本人のあわい」というか、俳優としての身体なんだけど、でもどこか家にいる時の自分も残っている状態というか、そういう心地で稽古をしているんですよね。最初はそういう状態でいられる環境であることにリラックスしていたんですけど、稽古を重ねる毎に、この状態だからこそ叶っているアプローチがあることにも気づいたりして…。

狩野 僕は結構どの現場でもなかなか緊張が抜け切らないタイプだったりするのですが、他の現場で感じる緊張ともまた違うというか、自分の中でテンパったりすることはあっても、対外的な要因によって緊張することがないんですよね。瀬安さんが言っていたみたいに、あわい的な曖昧さでいてもいいというか、それが許される、むしろそれが重んじられる瞬間もあるのがNanoriの稽古場の特徴なのかも、って思いますね。

井川 Nanoriの稽古で改めて思うのは、コントってやっぱりその人そのもの良さや味わいみたいなのがすごく出るということ。本人と役の境界が曖昧であればあるだけ、自然と人間味みたいなのが溢れ出てくるんですよね。4人それぞれ違う個性があって、それが活きているのがすごくいいなと思いますね。

左から狩野瑞樹、瀬安勇志

Nanoriは神々の遊び?俳優の新たな魅力に触れる機会に

―キャストのみなさんを他作品でも拝見し、その都度胸を打たれている身としても、今日の稽古での素顔が垣間見える瞬間というか、素地を武器にしたアプローチはとても贅沢だなと感じました。あまり他作品では見られない横顔が見られたというか…。

井川 キャスティングの時に意識しているのは、笑いの芝居ができるかとか、得意か否かじゃないんですよね。むしろ、コントをやることと、役者としてどうあるかってことに距離があった方が面白い、と思ったりしていて…。「この人がコントをやったらどうなるんだろう」っていう想像力が掻き立てられる人に参加してほしいなって考えているんです。笑いとかは関係なく、シンプルに俳優として惹かれるかどうか。今回のキャストのみなさんもそういう理由でお声がけをさせていただきました。組み合わせや親和性みたいなものもとくに意識はしていないんですよ。「ユーモアとは主体性との距離感である」って言葉があるんですけど、4人がどうマッチするか、じゃなく、4人の距離感がどう面白く働くか、ということの方に興味があるんですよね。

高田 たしかに、私はこれまであんまり笑いのお芝居ってやったことがなくて…。

2年前から焚きひびというカンパニーに参加しているんですけど、一緒にやっている益山兄弟(益山貴司・益山寛司)は大阪の人たちなのでちょっと笑いの要素があるお芝居をやり始めたくらいの感じで…。でも、私、あんまり公言はしてきてなかったのですが、実はお笑いすごく好きなんです。

井川 それは知らなかった! 高田さんに関しては演劇ではなく、映像を見てオファーをさせてもらったんですよね。というのも、僕も元々は映像をやっていたんですよ。でも、かねてよりコント公演をやりたくて、Nanoriを立ち上げる準備として舞台の作り方とかプロセスを知るために映画美学校のアクターズ・コースに通ったんです。面接時にも俳優志望じゃないことを伝えて…。なので、映画美学校の卒業公演は僕の俳優デビューであり、俳優引退作品でもあるんです。

瀬安 僕は、Nanoriの過去公演の映像を見た時、出自や個性の異なる俳優さんたちもそうですが、一つひとつのコントやそこに出てくる固有名詞なども、どこかパッチワーク感があって、そこにすごく惹かれたんですよね。僕はヒップホップがすごく好きなんですけど、なんかそういうヒップホップの音楽性にも少し通じるサンプリング感を感じて…。


狩野 僕も映像で見た時、好きな俳優さんたちがたくさん出ていたのもあり、なんというか神々の遊びのような印象を受けました。

井川 神々の!遊び!

全員 あははは!

狩野 いろんな技術を持った名優たちが、どういうルールの上でかはわからないけど、何やら楽しそうな企みをやっているような…。そのことにまず興味を惹かれましたし、みなさんとぴったり同じようなことはできないけど、別の方法やアプローチで自分にも何かこの場でできることがあればいいな、と思ったんです。


波多野 私にとっては、信頼する俳優の姉貴や兄貴たちが出ている印象があって、その中でずっと面白いことをやりつつも、同時にずっと舞台での居方がかっこよくて、いいなあと思っていたんですよね。私はやっぱり俳優がかっこいい作品が好きなので、自分も今回そうあれたらなと思っています。

高田 かっこよさ、わかります! 役者さんたちが全く笑かそうとしてこないというか、過剰なサービスがなく、かっこよさを感じたんですよね。面白いまま毅然としているというか、あくまでスッとそこに存在している感じがかっこよかったので、悔しくなっちゃって…。私もやってみたい、私だったらどうするだろう、みたいな感じで見ていました。同時にこういうことを成立させている井川さんは一体どんな尖った人なんだろう、と気になっていたんですけど、いざ会ったらすごく穏やかな人でそれもびっくりしました。

瀬安 たしかに!

高田 でもお話を聞くと、やっぱり芝居をすごく見ていらっしゃるし、国内外問わずさまざまな監督の映像作品なども知っていらっしゃって…。この2年は初期三部作として小劇場で活動を重ねられてきましたが、まだまだスケールの大きい企みを考えていらっしゃる気もしますし、「今はまだ序章に過ぎないのかも」と思ったりしていて、今後の展開も楽しみです。

井川 映像畑からやってきて、「演劇をやる」という行為をやってみて思ったのは、テキストが強い文化であるということでした。だから、それを伝えるっていう役割も責任として感じていますし、失敗できない、クリアしなきゃいけないという感触もあるんです。一方で、コントって結局は失敗のパフォーマンスというか、「失敗も見せる」ということも「をかし」的な構造の一つだと思っていて…。だから、失敗のしようがないというか、失敗というものの捉え方が演劇とは違う、というのは結構強く感じていますね。あとはやっぱり、俳優さんの感度の高さに支えられているということ。僕がやりたいことをみなさんがすごく理解して下さっているんですよね。

稽古場の入り時間はフレックス70%の出力、隙や脱力も強みに

左から上村陽太郎、井川博之、高田静流、波多野伶奈、狩野瑞樹、瀬安勇志

―今日は稽古を俯瞰で見つめている演出助手・ドラマトゥルクの上村陽太郎さんもいらっしゃるので、みなさんでNanoriのクリエーションならではの個性や魅力も語っていただけたらと思います。

上村 他の稽古場では演出家の方がスタートライン決めて、どこのゴールに辿り着きたいかをサポートすることが多いのですが、Nanoriの稽古場は全員で並走して、スタートとかゴールとかじゃなく、コースラインを一緒に引いているような感じなんです。だから、僕はほぼ何もしていない時もあるし、みなさんのパフォーマンスに1人で勝手に突っ込みを入れながら楽しんでいたりもするし、時々一緒に話し合ったりもする。普段は絶対しないけど、ここではそういう厳密に何の役割をこなしているのかわからない居方でいいのかな、と思ったりしていますが、どうですか?

井川 それでオッケーです!

上村 なんというか、友達の家に行って、その弟や妹とかが一緒の空間にいる瞬間ってあるじゃないですか。お菓子とかは一緒に食べるし、同じこたつに入ってゲームの画面は見ているけど、ゲームそのものはやらない、みたいな…。

全員 あははは!

瀬安 たしかにそういう感じですよね!

井川 うんうん!

狩野 それで言ったら、僕も俳優として、「すごくできていない」とも思わないけれど、「すごいできている」とも思っていないんですよね。なんとなく、バットを振り続けて、「あ、ここだ」っていう時がたまにあって、それをどんどん試していくような感じですよね。

瀬安 わかります。稽古前のレクリエーションで、「(その人にとって)70点のものを当て合う」という遊びをやっているんですよ。70点くらいの好きさのものを想定してもらって、それに対して質問をして当てていく、みたいなゲームなんですけど。僕は、そのレクリエーションをやっていくうちに、「70点性」みたいなのが自分の中でのNanoriの稽古のテーマになっていったんですよね。

―なるほど。あえて100点に仕上げないという、面白いお話です!

瀬安 冒頭に話した「俳優と本人のあわいの状態でいる」という話もそうなんですけど、例えば、劇中に1個具体的な固有名詞が出てきて、それについて自分が言及するシーンがあったとしたら、他の現場では事前にそれを調べたり、熟知しておこうという前準備をするんですけど、ここではあえて調べずにふんわり知っていることだけでやってみる、みたいな…。70点ずつサンプリングしていくような行程が新鮮で興味深いなと思っているんですよね。

高田 私も最初の稽古は時間より早めに来て「準備を万全に!」と思っていたんですけど、「どうやら今回はそういうことじゃないのかも」っていうのがわかったので、圧をかけないためにも今は前のめりに来ないようにしています。オンライムより2,3分遅れて入る、みたいなのを心がけて、っていうのも変なんですけど、心がけています。


井川 そうなんです、フレックス制を採用しています!

波多野 私もこの稽古場では隙だらけの自分でいようと思っています。それは芝居においてもなんですけど、他の稽古場だと「いつでもフィードバック受けられます!」、「私の100%はこれです!」みたいな感じで気を張っていることが多いのですが、今は「わからないものはわからない」という正直な心身でとりあえずいてみる、という風にしています。だから、突然横から刺されたら多分すぐ死んじゃうような状態なんですけど。でも、その状態から探ったり、試したりする面白さを感じているんですよね。

狩野 僕は、「いろんなものが追いつかない」という自分自身をわかった上で俳優をやっている節があるんですけど、そのままの状態で進行できる稽古もそうそうないなと思っていて…。でも、やりながら、ずっと考えてはいるんですよね。1人になった帰り道とかに、「今日の自分はどうだったんだろう」って思ったりして。答えは出ないんですけど、その、答えが出ないってことがこの稽古場においてはマイナスでもない、みたいな感じなんですよね。

井川 僕は、Nanoriでのクリエーションがこの作品のためだけじゃなく、俳優のみなさんの今後に繋がる何かしらの発見や体験が得られる場であったらいいな、と思っているんですよね。稽古をそういう場として活用してほしいというか。それは、僕自身が作品主義じゃないということも影響していると思いますし、コントっていう表現方法にも重なる部分じゃないかなと思っています。作品に関わる時間だけでなく、それぞれ持っている生活を経てここに集っているということ。そのこと自体に面白さを感じています。

―最後に、この機会に互いに聞いてみたいこと、言っておきたいことなどはありますか?


高田 一個だけ気になっているというか、笑ってしまうことがあって、いいですか? 井川さんって、シーンや稽古を止めたりする時の掛け声が「ちょっと待って!」なんですよ。あれ、面白いですよね。

狩野 それ!

波多野 わかる!

高田 「ちょっと止めよう」とか「ちょっと違うかも」とかじゃなくて、「ちょっと待って」なんですよ!

―なぜか置いていかれている側にいると(笑)。

瀬安 そう! 僕たち、別に勝手にやっているわけじゃないのに!

高田 その掛け声聞く度に「なんでだよ」って笑っちゃうので、やめてください!

井川 わあ、大ブーイングじゃないですか! 逆に、他の作・演出の方がどうやって稽古を止めているか聞きたいですね。今度、keicobaで特集取材してもらえますか? 参考にしますので!

取材・文・稽古場写真/丘田ミイ子

<公演情報>

Nanori『狂言マニフェスト』
演出/脚本:井川博之
キャスト/狩野瑞樹、瀬安勇志(南極)、高田静流(焚きびび)、波多野伶奈

<会場>
SCOOL

<日程>
 2026/6/12(金)13:00
 2026/6/12(金)18:00
 2026/6/13(土)13:00
 2026/6/13(土)18:00
2026/6/14(日)13:00 (※1映像収録予定)
2026/6/14(日)18:00 

 ※受付/開場は開演より30分前より開始
※1映像収録を行うため、後ろ姿が映り込む可能性がございます

<チケット>
一般:3000円
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/02qfy7pfxs351.html

制作:佐々木ラッコ(兎に辰/hatoba)
ドラマトゥルク/演出助手:上村陽太郎(よた)
衣装協力:bums_tokyo 
振付:高田静流
ハラスメント相談窓口:加茂慶太郎
フライヤー写真:高羽快 
記録映像:河野恭平
主催:Nanori
助成:アーツカウンシル東京[スタートアップ助成]

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