グランプリ発表

審査員が第一次審査を通過した10作品を、日本各地の上演会場へ伺って審査し、最終審査会議においてグランプリの1作品、準グランプリの1作品、制作賞の1作品、演技賞の5名を決定しました。最多クチコミ賞はCoRich運営事務局による調査で決定しました。
※今年度は審査員の代理人が鑑賞した公演が2つありました。「審査の流れ」でご説明しております。

審査の様子1

審査の様子2

■審査基準
最終審査対象となった10作品について下記の6項目を[5段階]で評価し、審査員5名の採点を合計して平均値を算出しました。

1脚本 (歌詞・テキスト)
2演出
3出演者
4スタッフワーク(美術・照明・音響・衣装など)
5制作・運営
6家族・恋人・友人同伴のお薦め度

■審査の流れ
今年度はやむを得ない理由により、審査員5名中の1名が上演に伺えなかった公演が2つありました。それぞれの代理人が鑑賞し、鑑賞できなかった審査員は代理人から情報提供を受けた上で会議に臨みました。
※代理人が鑑賞することは事前に対象団体にお伝えしました。全審査員が10作品を鑑賞できない場合があることは、応募時にご了承いただいております。https://stage.corich.jp/festival2023/#02

まず初めに、依然として収束しないコロナ禍において、全10団体が公演を完遂されたことへの感謝の思いを共有しました。
各審査員がグランプリに推薦したい3作品に1票ずつ、合計3票を投じ、それぞれの推薦理由を述べました。複数票を獲得した4作品のうち、3票以上を獲得した3作品からグランプリを選出することを決めました。

最高得点の作品に推薦票が集中したわけではなかったため、各3作品の魅力などについて忌憚ない議論を重ねた後、各審査員が1作品につき1票ずつ、合計2票を投じる投票を行いました。1作品が1票差で最多得票となりグランプリ決定かと思われましたが、議論を続けたい審査員が投票先を変更したため、あらためて討議が始まりました。

人間の日常的行為を多方面から検証する実験的パフォーマンス、笑い声で会場が大いに湧いていた緻密な娯楽作、コロナ禍における喪失を軸に時空を超える物語という3作品について、審査員の意見は分かれていました。各作品への称賛、批判とともに評価の根拠となる各審査員の思想も話し合われました。

グランプリ受賞作は再演されるため、演劇を観たことのない人に勧められる作品を選びたい。俳優の良さに終始し演劇的想像力を喚起されるとは言い難い舞台は推薦しづらい。物語の練度や構成力を楽しむこととは異なる観劇体験を評価したい。観客の好みを二分するような、答えの出ない作品ならではの面白さがある。バックアップを得づらいインディペントの団体を支援すべきではないか。小劇場の魅力は多様性であり、色んな作品があふれる市場であって欲しい。当催事のようなコンクールこそ多様性を守る選択をしていいのでは…など。

最終的に2作品について決選投票を行い、得票が多かった作品をグランプリ、次点を準グランプリとしました。この時点で2時間半が経過していました。

演技賞の選考に入り、審査員各自が特に強く印象に残った出演者を1~6名挙げました。ジェンダーバランスを鑑み、なるべく多くの団体、地域から選ぶ方針にして、のべ12名の中から計5名の演技賞を選出しました。最後に制作賞を選び、約3時間25分で全ての審査を終了しました。
※最多クチコミ賞の選出はCoRich運営事務局が担当しました。

いよいよグランプリの発表です



・・・ゴホン、今度こそグランプリの発表です!

グランプリ

グランプリ

丘田ミイ子
 物語のある演劇というものは、少なからず人物関係が整理され、展開が順序立てられ、その通路を通りやすくするためのセリフの設計や効果的な演出がされ、いわば彩りを添えた上で手渡されていくものですが、本作はその全てを投げ打って、「きく」行為そのものから抽出されるものをある種無色に未整理のまま提示する、というかなり特殊で実験的な上演の形であったと思います。

 受け手となる観客の好みはもちろん、その時々の状況やスタンス、また精神状態などによって印象や感想が大きく分かれる作品であるということ、もっと踏み込んで言うと、誰彼構わず気軽に誘えるような演劇ではないということ。審査においても、最初の推薦投票の段階で半数以上の票を獲得しながらもその点で議論は最後まで白熱し、候補作の中で各審査員の感じたことが最も多様だった作品でもありました。私個人の体感に関してはクチコミに書かせていただきましたので、こちらでは割愛いたします。

 そして、そんな物議、語り甲斐そのものがこの演劇がもたらした大きな効果であり、他の作品にはなかった手触りであったのだと思います。演劇を従来の枠組みから少しずつ逸脱させていくような果敢な挑戦心には、物語の完成度や俳優の技量、演出の良し悪しのみでは判断のできない新たな面白みがありました。演劇から駆り立てられる想像力の果てしなさ、劇場で得た感触を互いに語り合う余地に溢れているという点で、本作のオリジナル度、カンパニーの今後への期待度は大きなものと言えます。そして、そんな作品にこそ光を当てることが今の舞台芸術の評価においては必要なのではないか。そんな熱く細やかな議論の果てに本作をグランプリとすることが決まりました。

 作品のタイトルが「聞く」ではなく、『きく』と“ひらいて”あること。「ひらいてある」という表現は、校正用語で「漢字をひらがなにしてある」という状態を指す意味もありますが、本作においては、漢字を当てることで意味を固定化せず、受け手にとって「“ひらかれた状態”にしておきたい」という作家側のスタンスや意図もあったのではないかと感じました。「きく」はその中身によって、聞く、聴く、訊く、利くと様々な漢字が当てられますし、英語でもlisten、hear、時にはlearnと訳されます。とあたかも元々持っていた知識のように書きましたが、こうして今一度「きく」という言葉の変換の可能性を調べてみることもこの上演を経て生まれた行為の一つです。そういった意味では、私にとっては本作『きく』は「learn」の意味合いを強く持つものであったとも感じます。

 ワークショップなどを介して年齢や職業を横断したコミュニケーションを重ね、俳優という存在や演劇という表現を一つの定義に収めないフラットさと自由さ。そんなエンニュイならでは眼差しを随所に感じる上演だったと思います。長谷川さん、キャスト・スタッフのみなさん、グランプリ受賞おめでとうございます!
關智子
 クチコミをお読みになればお分かりだろうが、筆者はエンニュイ『きく』を推していなかった。言い訳がましいかもしれないが、まずそのことについて説明したい。本作は位置付けがかなり偏らざるを得ない性質のものであった。CoRich舞台芸術まつり!ではエンタメに寄る作品と芸術に寄る作品とが比較的二極化しやすい。エンタメ性の高い作品は、ローコンテクストで観客と共に温かい劇場を作ることに長けている。他方で、芸術性が高い作品はハイコンテクストで観客や演劇そのものに挑むような傾向のものが少なくない。エンニュイは筆者の見る限り明らかに後者であった。そしてそれを、他のエンタメ性の高い作品と並べて点数を付けるとなった際、筆者はその芸術性をあまり評価しなかったのである。すなわち、作品が優れていないという意味ではなく、評価軸の違いである。

 そのような作品をどう評価するかというのは、非常に難しい。まず理解度の問題がある。作品とのハイコンテクストなコミュニケーションを観客に求めてくる作品は、その作品の(秩序、規則、命令の全ての意味での)「オーダー」が理解できないと、ただ挑まれているという印象だけで終わってしまう。そして場合によっては、その挑戦には暴力性が伴う。本作『きく』はタイトルの通り「きく」ことについて様々な視座からその行為自体を描いており、その一つに「きかせる」ことの暴力性もあった。観客もまた「きく」立場に置かれ続けているが、そのことについて、すなわち観客に対する作品の暴力性については自省的な視野があったとはやや言い難かった。加えて、逆に観客「を」「きく」ことについての視座が欠けていたことも気になった(そもそもそれが可能かどうかの検証についても含め)。そのため、評価はやや下がらざるを得なかった。

 他方で、本作品がグランプリとして評価されることも当然理解できる。「きく」ことをテーマにすることが現代において重要であり、そのテーマについての理解を観客とともに深めようとする姿勢も共感できる。また、舞台美術として使った小道具をその場で販売するというのも面白かったし、クチコミにも書いたが俳優は全員魅力的であった。SCOOLの空間と作風がマッチしていたことも高評価に繋がった。本作が評価されることにより、このような実験的な作品が増えることも、期待される未来であろう。
園田喬し
 エンニュイ『きく』の公演情報にはperformanceの記載があり、上演団体や演出家も、今作をいわゆる「演劇の上演」と区別して捉えているのかもしれません。ただ、僕はこういう作品にこそ、演劇の原風景と未来を同時に感じとっています。演劇には多様なスタイル・作風がありますが、それらが「体験」であることは共通していて、その「体験」こそが大きな魅力です。その傾向は今後ますます強くなると予想しています。また「きく(聞く)」というテーマはコミュニケーション行為の一要素であり、聞くを再考することはコミュニケーションについて再考することと似ています。僕にとって様々な根幹を思い出す良い契機になりました。上演作品が観客に浸透し、観客に多くの刺激と気付きを与える。それは観客と演劇の豊かな関係性の上に成立する現象です。僕にとって『きく』は、まさにそういう一作でした。
深沢祐一
 他人が自分の話を正確に理解してくれない。誰しも抱いたことのあるこの寂寞とした想いを、観客の視点の移動を利用することでコミカルな舞台作品として立体化した手腕に私は目を奪われた。物語の中心にいる人物の話をもとに他の登場人物がべつの話題へと繋げ、文脈を作っては壊しまた作りという一連の流れを観ていて、演劇における発話とはどのような行為なのか考え直さざるを得なかった。批評的でありながら哲学的な示唆に富んだ本作が、再演によって多くの観客を獲得することを願っている。
松岡大貴
 「母親が癌になった」
 一人の男の語りから話は始まる。

 エンニュイ performance 『きく』のあらすじにはこう書かれている。実は「母親が癌になった」話をあまり覚えていない。メガネをかけた男の役がそんな話を確かにしていた。特に冒頭そんなことを話し始めていた気がする。しかし、実際どんな内容の話だったのか、きちんと説明しろと言われたら、多分、出来ない。自分は審査で伺ったので十分に集中はしていたし、遠方に住む自分は、この公演を観るために飛行機で往復しているのだ。それなのに覚えていない。覚えているのは挿入される未知のスポーツのようなゲームのような何か、漫才のようなやり取り、ライブに来たかのような音楽、あと、個性的で魅力的な登場人物=出演者の顔も難無く思い出せる。皆が楽しそうにしていた。セリフも、動きも、テクストと振り付けを感じつつ、アドリブや即興と行き来する様は観ていて心地よかった。

 終盤話していた男が絶叫する。自分の話を聞けと。なんと暴力的なのか。こちらは皆が楽しんでいるような様を観ていて心地よかったのに。話はさっきから聞いているではないか。登場人物も観客も、皆が男の役の話を聞いている。確かに聞いていた。男が話していた様子を皆が覚えているはずだ。登場人物たちも反論している。聞いていたと。観客も応えるはずだ、聞いていたと。

 しかし、何を。我々は言葉を聞いていたのか、感情を聞いていたのか、動きを聞いていたのか、物語を聞いていたのか、本当に聞いていたのか。

 自分はこの作品の構成力や即興性の取り込み方を評価しています。しかし、それは本当に作品を聞いていたのだろうか。確かめたい。再演するべき作品だと思います。

エンニュイには、2年以内に『きく』の再演を実施していただきます。再演時はCoRich舞台芸術!にて広報協力をいたします。

そして準グランプリは

準グランプリ

準グランプリ副賞


バナー掲出期間:2023年末までに初日を迎える次回公演の、初日1週間前から千秋楽まで(最長3週間)。
CoRichチケット!のチラシ広告(20日間)も同公演にてご利用ください。

※審査員がグランプリに推薦したい3作品を投票し、複数票を獲得した4作品はこちらです。
(上演順)
・Aga-risk Entertainment『令和5年の廃刀令』
・afterimage『松竹亭一門会Ⅱ 春の祭典スペシャル』
・エンニュイ『きく』
・うさぎストライプ『あたらしい朝』

幻灯劇場

幻灯劇場(京都府)

作品タイトル「DADA

平均合計点:19.3
丘田ミイ子
關智子
園田喬し
深沢祐一
松岡大貴


※現地に伺えない松岡審査員の代わりに代理人が鑑賞したため、松岡審査員の評価は空欄です。

タテヨコ企画

タテヨコ企画(東京都)

作品タイトル「橋の上で

平均合計点:20.2
丘田ミイ子
關智子
園田喬し
深沢祐一
松岡大貴
ゲッコーパレード

ゲッコーパレード(埼玉県)

作品タイトル「少女仮面

平均合計点:20.2
丘田ミイ子
關智子
園田喬し
深沢祐一
松岡大貴
afterimage

afterimage(愛知県)

作品タイトル「松竹亭一門会Ⅱ 春の祭典スペシャル

平均合計点:20.6
丘田ミイ子
關智子
園田喬し
深沢祐一
松岡大貴
無名劇団

無名劇団(大阪府)

作品タイトル「あげとーふ

平均合計点:19.3
丘田ミイ子
關智子
園田喬し
深沢祐一
松岡大貴


※現地に伺えない丘田審査員の代わりに代理人が鑑賞したため、丘田審査員の評価は空欄です。

Aga-risk Entertainment

Aga-risk Entertainment(東京都)

作品タイトル「令和5年の廃刀令

平均合計点:23.4
丘田ミイ子
關智子
園田喬し
深沢祐一
松岡大貴
エンニュイ

エンニュイ(東京都)

作品タイトル「きく

平均合計点:22.2
丘田ミイ子
關智子
園田喬し
深沢祐一
松岡大貴
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク
平均合計点:19.4
丘田ミイ子
關智子
園田喬し
深沢祐一
松岡大貴
ダダ・センプチータ

ダダ・センプチータ(東京都)

作品タイトル「半魚人たちの戯れ

平均合計点:17.4
丘田ミイ子
關智子
園田喬し
深沢祐一
松岡大貴
うさぎストライプ

うさぎストライプ(東京都)

作品タイトル「あたらしい朝

平均合計点:22.2
丘田ミイ子
關智子
園田喬し
深沢祐一
松岡大貴

演技賞を受賞されたのは5名の方々です。おめでとうございます! (あいうえお順・敬称略)

淺越岳人(Aga-risk Entertainment「令和5年の廃刀令」に出演)

審査員より(關)
 Aga-risk Entertainment『令和5年の廃刀令』はエンタメ群像劇らしいことに登場人物全員が憎めない存在として描かれている上に、俳優の演技が粒揃いであった。その中でも一際唸らされたのが、小説家・評論家の広木由一を演じた淺越岳人である。

 広木は、刀を持つこと自体には反対だが、「刀を持つ」という権利を権力によって奪われたくないために廃刀令には反対、という立場を貫く。他の登壇者の意見に対して非常に鋭い指摘を、ほとんど残酷なまでに突きつけるし、しかもそれがいちいち的を得ているので結構嫌味な人物である。他の登壇者が状況に混乱し、本来の自分の意見とは矛盾した考えを持って舞台上全体が右往左往している時に、それをニヤニヤ眺めている様などは目が離せなかったくらいに心底嫌悪した(褒め言葉である)。

 本作の登場人物たちは、テクスト上ではステレオタイプに過ぎる部分が割とあったと思うが、広木はそのリアルさの解像度が鮮やかだった。つまり率直な感想として「うわ、こういう人いるわー」であった。誰とは言わないがよくメディアに出る左派インテリにいる感じ。そのリアルさが、よく研究していることを物語っていた。人の心に寄り添わず斜に構えて、「客観的」に物事を分断する彼はしかし、廃刀令に賛成する人が多数派になりそうになると熱くなる。放棄した権利は二度と戻って来ない、と訴える。その熱くなった際の淺越の演技は広木という人物の思考回路を明確にしており、観客も彼を嫌うだけではなく理解することができた。

 筆者が見た回は廃刀令に賛成多数という結果だったが、その際のラストシーンは忘れられない。恐らく彼にとって最も理解し難い相手として登場する、廃刀令反対派の隅谷剣慈と一対一で対峙する。刀を嫌悪している広木が、実は一番、武道における「残心」を取っているようにも思われて、皮肉ながら美しくもあった。

古賀友樹(小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク「本人たち」に出演)

審査員より(園田)
 一人芝居は、極端な言い方をすると「その俳優の全てが試される場」だと思っています。俳優としての経験、技量、志、度量、人間性、等々。俳優による作品への理解や愛情は勿論のこと、俳優そのものに魅力がなければ、一人芝居は成立しません。今回、古賀友樹さんが出演した『本人たち』の第一部『共有するビヘイビア』は上演時間約50分の一人芝居。これは第二部へ繋ぐ意味でも大きな意味を持ち、個人的に「この連続上演の見方を解説するトリセツ的役割」を担っていると感じました。古賀さんはその身ひとつで、観客と対峙し、解説を担いつつ上手にコミュニケーションをとっていたと思います。STスポットの空間を一人で満たし、作品と観客を繋ぎ、第一部と第二部を繋ぎ、結果的に作品全体を取りまとめた古賀さん。演出家の代弁者として、またひとりの表現者として、とても輝いて見えました。

崎田ゆかり(ゲッコーパレード「少女仮面」に出演)

審査員より(深沢)
 皆の熱い視線が憧れの人物の存在を幻想化し、その実体があたかも無きものであるかのように感じられるというのは極めて普遍的な現象である。崎田ゆかり演じる春日野八千代を名乗る人物が、ファンとの交流を経るなかで次第に己のアイデンティティを失っていく様子は、「肉体」が主題である『少女仮面』の要諦を成していた。キリッとした男装の出で立ちで唐十郎の晦渋なセリフを唱え、妖しさやコミカルさを見せつつ最後に狂気に陥るという幅の広さに瞠目した。

清水緑(うさぎストライプ「あたらしい朝」に出演)

審査員より(丘田)
 うさぎストライプ新メンバーとして迎える舞台で主軸を担う大役を見事遂げられていた清水緑さん。喪失と再生の物語で清水さんが演じた「妻」は、夫の死という暗闇を抱えながら、されども回る世界にその身を委ね、一筋の朝の光を探し彷徨う様な役どころでした。「夫」の木村巴秋さんとのシーンは舞台上には描かれていない二人の生活模様がふと浮かび上がる様で、見えない景色を見せる以上に雄弁に伝える対話、言葉のない行間にこそ際立つ温度は演劇をより奥行きのあるものにしていました。

 「妻」はありのままで愛らしく、どこまでも深い孤独の中にいる人でした。そんな「揺らぎ」を一身に背負い、五感をひらいて存在する姿に心打たれました。次の瞬間泣き出すのか、はたまた笑い出すのか。真夜中と夜明けのちょうど狭間のようなその表情が照明に照らされたその時、彼女は“あたらしい朝”そのものだったと思います。幾つもの眼差しと声を一つきりの身体に抱えて舞台に立つそのやわらかな強さに心からの喝采を送ります。

服部哲郎/松竹亭ズブロッカ(afterimage「松竹亭一門会Ⅱ 春の祭典スペシャル」に出演)

審査員より(松岡)
 僕は落語が好きです。劇場では落語会の制作にも携わっていました。afterimage「松竹亭一門会Ⅱ 春の祭典スペシャル」では、服部哲郎またの名を松竹亭ズブロッカが「蒟蒻問答」をかけていました。柳橋や志ん朝が得意としたとされ、自分は柳家小三治で「蒟蒻問答」の魅力を知りました。期待と不安が入り混じる中、ズブロッカの前に松竹亭白米ことおにぎりばくばく丸が「青菜」をかけており、その中で本物のワンカップを開けて一気に飲み干したところで不安はピークに達しています(良い意味です)。「蒟蒻問答」が始まり、噺が進む中、大詰めの和尚(に扮した蒟蒻屋)と禅僧の問答の場面です。皆さん何が起こったと思いますか。禅僧が飛び立ち、和尚と踊るのです。なんということでしょう、会場には羽が舞います。観客からは「わぁ!」と声が上がりました。拍手が止まりません。その時、服部哲郎またの名を松竹亭ズブロッカは輝いていました。この輝きを何人もの審査員が目撃しましたので、この賞をお送りいたします。

演技賞副賞

制作賞

制作賞副賞

作品の内容と合致する公共施設を上演会場に選び、受付担当者や会場案内係もスーツを着用して作品との一体感を演出していました。狭いホワイエでの観客誘導も上演中の観客投票もスムーズで、チケットのQRコード対応、脚本やDVDの物販、結末が異なる2作品のオンライン配信など、実演と興行にコミットする制作運営の総合力が高く評価されました。
※審査員が伺ったのは東京都豊島区の会場です。

最多クチコミ賞

最多クチコミ賞副賞

『あげとーふ』の「観てきた!」クチコミ数は32件でした(2023年6月22日時点)。
2023/3/3(金) ~ 2023/3/21(火)の公演について、こりっち審査員のクチコミ評も含めた投稿数を計算しました。

丘田ミイ子

 個性溢れる10作品の候補作。CoRich舞台芸術まつり!で初めて審査員という立場を務める私にとって、これほどまでにバラエティに富んだ作品を立て続けに観る、という経験そのものがまずとても新鮮でした。同じ東京で暮らしながらも、これまで辿り着けなかったカンパニーや俳優や作家との出会いにも恵まれ、また時には東京を飛び出し、関西や名古屋で活動するカンパニーの生み出す演劇をその土地で観るという体験はこれまでの演劇観に新たな彩りを与えてくれました。まだまだ大変な時節の中、全ての候補作が無事公演を完走されたことにまず感謝と喜びを申し上げます。

 舞台芸術そのものに多くの驚きや発見をあらためて見出すようなこの3ヶ月で私が痛感したのは、演劇の、創作の果てしなさでした。どの作品もまるでどこにも似ておらず、それぞれのカンパニーの揺るがぬカラーやぶれぬコンセプトを受け、これらを0から創り出すという行為、その果てしのない時間に思いを馳せました。時に「まさか」と意表を突かれ、時に「なるほど」と首肯させられ、そんな言葉が心に浮かぶよりも前に笑わせられたり、泣かされたりもして、何度も心を動かされました。

 そんな中からグランプリをたった一作選ぶというのは非常に難しいことでした。多少はあれど、どのカンパニーにも「ここはどこにも負けない」という側面があったのでなおのこと、また当然ながら審査員が評価したい観点がそれぞれ異なることもあり、長い時間をかけ、時にはそれまでの流れを一旦白紙にするようなことも重ねながら話し合いました。

 審査は非常に風通しよく進められ、意見が合った時には共感を伝え合い、意見が分かれる時には対岸に立つ相手を尊重しながらも伝えるべき対の意見や疑問点を詳らかに共有することができたと思います。

 審査員とてそれぞれ「好み」を持つ人間が、たった5人で一つのグランプリを決めること。その評価に臨むこと。そのことには、怖さもありました。何かを見落としてはいないか。何かを取りこぼしてはいないか。そんな気持ちは一次審査から今日に至るまでずっと私の中にあり、しかし同時にその怖さが「審査員として演劇を多角的に観る」という新たな観劇の姿勢を育ててくれたようにも思います。

 何を以て評価するのか。何を重要視するのか。そんな果てしない時間の中で、私の視点の支えの一つとなったのは、観客の方の反応や客席の空気でした。いつもは「できる限り近くで目に焼き付けたい」という思いから前列に座るところを客席の空気をより感じやすい後方の席を選びました。そうして、隣にそっと耳を澄ませ、前の景色を見渡した時に感じた“うねり”。劇場を後にするときにふと聞こえた「面白かったね」の声。無論、CoRich舞台芸術まつり!は6つの評価項目のもと評価をしていますが、同等の評価に値する作品が並んだ時の一つの道標として、私個人としてはそういったことを参考にさせていただきました。

 上記の基準から、私が名前を挙げたのはアガリスクエンターテイメント『令和5年の廃刀令』、うさぎストライプ『あたらしい朝』、エンニュイ『きく』の三作品であるということも明記させていただきます。同時に、そこからは漏れてしまった7作品の中にも何度も思い出してしまうとても好きな作品があること、最終審査の対象外の41作品の中にも今後の活動に大きな期待を寄せるカンパニーとの出会いがあったことも併せてお伝えさせていただきます。

 改めましてこの度はCoRich舞台芸術まつり!へのご参加、そしてたくさんの新たな出会いを本当にありがとうございました。「日本各地で精力的に活動する舞台芸術団体の優れた作品を、より多くの観客と分かち合うことを目指すフェスティバル」として 「将来への期待度が高いインディペンデントの小劇場団体に注目し、再演に値する心血を注いだ舞台との出会いに期待する」。演劇媒体が取り上げる作品がますますどこも似通ってきてしまっている状況下で、このどこにも似ていない唯一の演劇のおまつりが今後も長く続き、果てしのない創作に果敢に挑む多くのカンパニーや作品や俳優に当てられるべき光が当てられること、語られるべき言葉が語られること。そして、その重なりが舞台芸術全体の繁栄や可能性の拡張に繋がっていくことを一人の審査員として、いち観客として切に願います。

關智子

 今回の審査では、芸術性とエンタメ性ということについて考えさせられた。両者は共に明確に定義できるわけではないが、これらの概念の両極端にある作品を比較し審査することが非常に困難であった。それぞれで必要となる俳優の技量、戯曲、美術などの性質が異なるし、また(昨年も痛感したのだが)活動する地域によって求められるもの、務める役割も違うからである。結論から言えば、今回対象となった団体はそれぞれ自分たちの役割や特質を把握できており、それらを発揮できていたように思う。それだけに、審査するのは非常に難しかった。

 筆者がCoRich舞台芸術まつり!の審査を務めるのは2回目なのだが、2回目というのはこれもまた難しかった。というのも、どうしても前回と比べてしまうからである。前回と比較して明確に異なったのは、制作のバリエーションであった。前回は作品だけではなくその他の試み(例えば、観客を対象としたWSが行われていたり、作品のテーマと関連のあるグッズを販売したりなど)が様々な形で行われていたのに対し、今回はそういう活動よりも作品で勝負するという傾向が強かったように思う。これは否定的な意味ではなく、その作品が上演されるためには制作による運営がスムーズでなければならないし、問題が表面化しないほどに優秀な制作だったということであろう。実際に、その手腕がいざという時に光る団体もあった。

 また、今回は挑戦的・実験的な作品が多く、バリエーションに富んでいたように思う。それゆえに審査も困難だったのだが、それでも様々な挑戦が試みられていたのは有意義であろう。というのもコロナ禍において、社会全体が変革を求められたが演劇界は特に、これまでやったことのない複数のレベルでの挑戦を強いられてきたからである。コロナ禍においてあった規制がそろそろなくなりつつあり、演劇公演もツアーなどが組めるようになってきているし、観客も移動して見ることが可能になっている。強いられた挑戦ではなく、自分たちのやりたいこと、やりたかったことを優先する挑戦に向かっていくのは、見ている側も風通しの良さを感じるものがある。今回は、そういう方向に流れていける期待を感じられた祭りとなっていた。

園田喬し

 10団体、10作品を振り返ると、この国の小劇場文化が多様性に富んでいることを強く再認識させられます。全国各地に点在する小劇場を訪れ、各劇場で観劇体験できたことは、僕にとって良い経験となりました。地域、慣習、生活、人。それらが変わると作品も変わる。小劇場文化の多様性は、日本文化の多様性と相似関係にある。そう表現していいのかもしれません。

 僕は、多様性こそが小劇場の大きな魅力のひとつと捉えています。その意味で今回観劇した全団体に興味・関心があり、今後も注目し続けるでしょう。近年は「推し」という言葉が広く浸透しています。このコメントを読んでいる皆さまにも、ぜひ新たな推し団体や推し作品を探して頂けたら嬉しいです。多様だからこそ、演劇は底無しの魅力を秘めています。新しい価値観との出会いは、新しい自分との出会いに直結し、ご自身をより豊かにしてくれるはず。多様な演劇作品が、その契機になることを心から願っています。

深沢祐一

 最終審査に進んだ10作品のうち3, 4作品目の上演時期にマスク着用が個人の判断に委ねられ、最後に鑑賞した作品の上演時期に新型コロナウイルスの感染症法の位置付けが2類から5類に移行した。昨年同様今回の催事も感染症禍と隣り合わせであり、参加団体にかかる負担は相当のものであったと想像がつく。ただ団体によっては上演後の出演者との面会を解禁するといった明るい兆しが見られたのは喜ばしいことであった。

 グランプリには1)タテヨコ企画『橋の上で』、2)うさぎストライプ『あたらしい朝』、3) afterimage『松竹亭一門会Ⅱ 春の祭典スペシャル』、以上の順に推薦した。1)は実際の事件に取材した労作であり、出演者の幅の広さや調和の妙が光っていた。2)はコロナ禍から生まれた舞台作品として強く印象に残るものであり、3)には演芸や身体表現の可能性の広がりを見た。

 他の審査員からの支持を集めたエンニュイ『きく』とAga-risk Entertainment『令和5年の廃刀令』について、私は前者の演劇における語りの可能性を、後者の討論劇としての巧みさと円滑な制作運営を評価し、それぞれグランプリと準グランプリの決定に同意した。自分が推薦する作品にグランプリ・準グランプリを贈ることができなかったことは残念ではあるが、この審査結果に異論はない。

 末尾になったが参加団体と関係各位に深くお礼申し上げる。

松岡大貴

 まずは10団体全ての作品が無事に上演出来たということを心から嬉しく思います。同時にご参加頂いた全ての参加団体及び参加者に敬意を表します。

 自分は今回CoRich舞台芸術まつり!の審査に始めて参加いたしました。過去の審査員の皆様も言及していますが、応募団体のジャンルの多様さには目を見張るばかりです。自分も劇場やフェスティバルに関わる中で、多くの公募事業なども経験していましたが、一般にエンターテインメントと呼ばれる作品やアートと呼ばれる作品、古典や前衛、言語と身体、といった垣根を超えた作品たちを一緒に審査することの難しさを今回体験いたしました。これはCoRich舞台芸術まつり!がインターネット上で開催される舞台芸術フェスティバルであり、審査員がそれぞれの公演場所に赴くという形式だからこそなのかなと、仕組み自体も興味深く感じていました。

 最後に、舞台芸術を取り巻く環境、特に創作環境においては、一つの転換期を迎えていると感じています。文字通り集団創作である演劇やある種の舞踊においては、個人よりも集団としての創作を優先してきた歴史があるかもしれません。しかし、これからは、より一人一人を尊重し、個人の総意として一つの創作環境を作っていくことが必要となるはずです。ハラスメント対策や契約等の取り決め、これまである部分では創作と切り離して考えてきた制作的な側面こそ、創造環境を作る上で重要なことであると考える段階に来ています。これは小劇場であっても、むしろ小規模カンパニーだからこそスピード感を持って対応出来る部分も多いはずです。多様な価値観や多様な作品を許容する小劇場演劇でこそ、多様な人々が共存出来る環境を一緒に作って行きたいと思っています。

「CoRich舞台芸術まつり!2024春」開催決定!

たくさんのご応募をお待ちしております!

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