
君は即ち春を吸ひこんだのだ
新国立劇場演劇研修所
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2023/11/07 (火) ~ 2023/11/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
文句の付けようのない傑作。2016年初演。
国民的児童文学『ごんぎつね』は愛知県の作家、新美南吉(にいみなんきち)が1930年(昭和5年)、17歳の時に書いたもの。本名は新美正八。時代はずれるが宮沢賢治との共通点から「北の賢治、南の南吉」と並び称された。
悪戯好きの孤独なごんぎつねが村人の兵十に罪悪感を抱く。病気の母親の為に獲っていた鰻を逃がしてしまったのだ。母の葬儀の様子を見たごんぎつねは、贖罪の為に栗や松茸を兵十の家に隠れて届け続ける。ある日、忍び込んだごんぎつねに気付いた兵十は火縄銃で撃ち殺す。そこに積まれた栗。「お前だったのか」。
『泣いた赤鬼』もそうだが、自己犠牲的な純粋な優しさに人はひれ伏す。報われない優しさ。いつだって人間の魂が打ちのめされるのは暴力ではない。優しさだ。
時代は1938年(昭和13年)から。
東京外国語学校を卒業するも職はなく、病弱な身体に苦しみながらようやく女学校の教師に職を得る主人公、新見正八に立川義幸氏。霜降り明星・粗品にしか見えない。その痩せこけた裸体。
父親に樋口圭佑氏、クリスチャン・スレーター似。ぎこちなく体が踊り出す癖なんか見事。
継母に小林未来さん、手堅い。根岸さんとの遣り取りが見せ場。
MVPは幼馴染みの没落した士族の娘、根岸美利さん。女医として活躍しつつ、正八との間に二人にしか感じ取れないものが在ることを垣間見せる。胸や腰のラインを強調した役作りもいい。押し花の栞のエピソードが印象的。
その弟に佐々木優樹氏。女学生との遣り取りなど、彼を投入するポイントが上手い。
昔からの友人、田崎奏太氏。時代の流れの中で今では全く無意味な文学を語り合った日々。『アンナ・カレーニナ』のキノコのエピソードが良い。
女学生は17期生の一色紗英こと飯田桃子さん。お笑い要素満点で会場を沸かす。キャラ設定が『青い山脈』みたいで清々しい。ガチョウの鳴き真似。
死と生(恋)を凝視した新見正八の青春。流石の新国立劇場、舞台美術は最早芸術。縁側の先にある小さな庭、一本の大きな木がでんと立っている。ステージを挟むように配置された観客席。雑然と積まれた大量の書物。いろんな花を効果的に使う。あの時、本当は何を伝えたかったのか?結核の治療薬となるストレプトマイシンが発見されたのは1943年、彼の死んだ年だった。
タイトルの気持ちに観客をいざなっていく巧さ。
是非観に行って頂きたい。

光への道は遠く
オフィスリコプロダクション株式会社
すみだパークシアター倉(東京都)
2023/11/02 (木) ~ 2023/11/15 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「帝銀事件 ー獄窓の雪ー」
2020年初演。
ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章が効果的。これを聴くと宿命に対し厳かに死んでいくモノクロの隊列を感じる。自分ではもうどうしようもないことを粛然と受け入れるしかない弱者。多かれ少なかれ人間誰もが無力で何一つ出来やしない。思えばこの世の出来事全てが謎だらけ。皆、その真実からひたすら目を背けてきただけ。見なければ無かったことになる、と固く信じて。
昔の自分は元731部隊の諏訪中佐が犯人だと信じ込んでいたが、最近の研究では全然そんな人物は該当しないことに驚いた。GHQの圧力で捜査にストップが掛かり、適当に容疑者をでっち上げたんじゃなかったのか?
熊井啓の映画を観たりした筈だがもう全く記憶にない。当時の警察は(今も?)本当であろうと嘘であろうと犯人をでっち上げて事件を終わらせてきた。真実の解明ではなく、対世間に対しての申し開き。冤罪だろうと無理矢理自白させてしまえば同じ事。兎に角終わらせること。
テンペラ画とは、卵と顔料(着色に用いる粉末)を混ぜて絵具を作り描画する技法。油絵より劣化が少ない。
昭和23年(1948年)1月26日、帝国銀行(現在の三井住友銀行)椎名町支店。閉店直後に現れた厚生省技官を名乗る男が赤痢の予防薬をそこにいた16人に飲ませる。薬は青酸化合物で12人死亡。現金と小切手、現在の価値で500万円程が盗まれていた。
偶然生き残った4人が犯人の男について供述する場面から開幕。
実質主人公でもある堂ノ下沙羅さん。表情が可愛らしくキャラクターのキャパが大きいのでいろんな役をやれそう。藤野涼子みたいな実力派。岸本加世子路線、井上ひさし系が合うのでは。表情一つでガラッと印象が変わる。華と陰、両方を併せ持つ。
初舞台のグラビアアイドル、桑島海空(くわじまみく)さんはコメディリリーフとして活躍。深刻な世界に笑いを注いで和ませてくれる。
その相方ともいえる杉浦一輝氏。名アシスト。
三原一太氏は一種異様な雰囲気でこの事件のおどろおどろしさを醸し出す。
権力の威圧感を纏った検事は妹尾青洸(せのおせいこう)氏。
暴力の匂いをぷんぷんさせる刑事に藤井陽人(あきと)氏。
孤立無援の弁護士に酒巻誉洋(たかひろ)氏。
そして平沢貞通は中田顕史郎氏。
毒物を飲まされて死にかかった堂ノ下沙羅さんが平沢貞通は犯人でないと一人証言する。嘘の犯人をでっち上げることは本当の犯人を逃がすこと。彼女の孤独な戦いが今作品のテーマ。
堂ノ下さん演ずる竹内正子は本当面白い人で、当時のインタビューを読んでも痛快な女傑。
その母親役はかんのひとみさん。
何故これ程冤罪事件が発生するのか?そして国家や警察検察は自らの誤りを認める事を一切しない。認めてしまえば前例となってかなりの訴訟を受ける恐怖からだろう。この国には真実を調査する機関が必要。建前と権力の自己正当化、弱肉強食の論理ではいつも弱者が泣き寝入り。今、人間は聞こえの良い嘘より真実を必要としている。
是非観に行って頂きたい。

光への道は遠く
オフィスリコプロダクション株式会社
すみだパークシアター倉(東京都)
2023/11/02 (木) ~ 2023/11/15 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「夜明け前 ー吉展ちゃん誘拐事件ー」
アフタートークのシークレットゲストが小出恵介氏。だが客層的にイマイチ沸かない。観客はこんな暗い昭和の犯罪史シリーズをわざわざ観に来る層だ。
黒澤明の『天国と地獄』の予告篇を観て、子供の誘拐を思い付いたというだけで心底暗くなる嫌な事件。2019年初演。
1963年(昭和38年)3月31日台東区の入谷で起きた4歳児の誘拐事件。2年3ヶ月後、小原保(こはらたもつ)32歳が逮捕されて死刑になった。仕事をクビになり、借金返済の為、実家の福島に金の無心に行くも結局顔を出せず仕舞い。戻った東京で事件を起こす。
右足に障害を持つ犯人役は演出も兼ねる田島亮氏。今作では七人兄弟の六番目の設定だが実際は十一人兄弟の十番目(二人は生まれてすぐに死んでいる)。
公開された脅迫電話の東北訛の声が兄だと疑い、警察に届ける弟に五島三四郎氏。愛憎入り混じった兄弟関係。
その妻、奥野亮子さん。豪華。
MVPは犯人と同棲する愛人、山像(やまがた)かおりさん。男を信じるしかない老いた女の哀れさ。荒川区の一杯飲み屋「清香」の女将。犯人との情感溢れた遣り取りがこの作品を彩る。
テーマは『真人間』。
是非観に行って頂きたい。

光への道は遠く
オフィスリコプロダクション株式会社
すみだパークシアター倉(東京都)
2023/11/02 (木) ~ 2023/11/15 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「好男子の行方 ー三億円事件ー」
開場は開演の30分前、自由席は前売りの整理番号順の入場。
2018年初演。
ステージをかなり狭めて使っている。これは狙いなんだろうが観ている方からすると収まりが悪い。もっと別の工夫をすべき。
昭和43年(1968年)12月10日、東京都府中でそれは起きた。日本信託銀行(現在の三菱UFJ信託銀行)国分寺支店から府中工場へ現金輸送車がボーナスを運搬中。25ミリの雷雨の中、午前9時22分頃、突如白バイ警官に車を止められる。「支店長宅が爆破された。車にダイナマイトが仕掛けられている可能性があるので確認して下さい。」だがそんなものは見当たらない。車の下に潜った警官は「ダイナマイトだ、逃げろ!」と叫んで乗っていた4人を退避させる。車の下からもうもうと白煙が上がる。その車に乗り込むと三億円の入ったジュラルミンケースと共にそのまま走り去った。
映画のオープニングのような鮮やかさ。若き犯人はピカレスクのヒーローとして一躍時代のスーパースターとなった。
事件の三日後、この現金輸送車に乗っていた4人が支店長室に呼ばれるところから舞台は開幕する。
支店長に若杉宏二氏。
次長に坂元貞美氏。
主人公的立ち位置の新入社員は銀(しろがね)ゲンタ氏。フルポン村上っぽい。
運転手に五島三四郎氏。
同乗者に杉木隆幸氏、筑波竜一氏、田中穂先氏。
MVPはノイローゼから奇妙な行動を取り続ける田中穂先氏。オウム真理教の青山弁護士を彷彿とさせる怪演。椅子の脚が一本折れるアクシデントもアドリブで乗り切った。
1975年、沢田研二が三億円事件の犯人役をやったドラマ『悪魔のようなあいつ』。脚本は長谷川和彦!大ヒットした主題歌「時の過ぎゆくままに」が流れるのは小ネタ。
世間体を気にする余り、嘘に嘘が重なっていく銀行コメディ。
是非観に行って頂きたい。

『ぱんだのなきぼくろ』
ひみつまたたき
スタジオ空洞(東京都)
2023/11/02 (木) ~ 2023/11/05 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
佐藤美輝さんは元アイドルと睨んだが違うようだ。ルックスが内田理央っぽく派手で目立つ。
さんなぎさんはお腹を出す衣装で異常に細い。この人モテるだろうな、という感じ。親近感と清潔感。整っているのに顔の印象がハッキリしないのも不思議。何か男が惹かれるものを全て持っている。
女性お笑いコンビ、『ハンテン』が解散するまでの数年間をダイジェストで。肝心のネタがイマイチ。台本を読み合わせているだけのように聞こえてつまらない。人を笑わせるということは本当に難しい。さんなぎさんはツッコミ向きじゃないんだろう。小山ごろーさんの方が良かったかも。とにかく観客を笑わせてくれないことにはこの世界に嵌まらない。
事務所のマネージャー役・小山ごろーさんは久本雅美系で何をしても受ける。凄腕。
元芸人の構成作家役・小鳥遊空(たかなしくう)氏はポイズンガールバンドの阿部っぽい。
上京してダンススクールで一緒になった二人。元ヤンのさんなぎさんと人見知りで孤独な佐藤美輝さん。デジャヴに拘る佐藤さんはさんなぎさんとお笑いコンビを組むことに。芸能事務所にスカウトされるも、ピンで天然キャラの佐藤さんだけがブレイク。暇なさんなぎさんは構成作家の仕事を手伝うように。佐藤さんはさんなぎさんが大好きで一緒に仕事をやりたいのだが、そうは行かない。

皇国のダンサー
劇団黒テント
ザ・スズナリ(東京都)
2023/11/01 (水) ~ 2023/11/05 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
主演のダンサーが天才作曲家・服部良一氏の次男、服部吉次(よしつぐ)氏78歳!ジャニー喜多川から70年前に受けた性加害の告発で話題となった。「如何に沈黙することが恐ろしいことか。」は余りにも重い言葉。
前作『亡国のダンサー』から6年目、同テーマのリブートなのか、前作を観ていないので判断はつかない。
「大化の改新」と「システムとしての天皇制」がテーマのようにも。
スクリーンに投影される膨大な文章、映像、写真。地下鉄、コンクリート、灰色、雑踏。
「雨が降っていた」「ダンサーはどこへ」
謎の部屋で目を覚ます片岡哲也氏。ずっと倒れていたようだ。そこを管理する者達から極薄スマホのような端末を渡される。「自分の情報を登録するように」と。だが何度名前を入れてみても入力されない。閉ざされた部屋で何も出来ずじっとするのみ。
ある日、渡されたゴーグルを掛けると部屋の隅に女性(岡薫さん)が倒れている姿が見える。ずっとこの部屋にいたらしい。女性は更にもう一人の人物の気配を感じると言う。その老人こそ、服部吉次氏。フレッド・アステアのムードで軽やかに舞台を彩るステップ。
どうやらここは地下もある巨大なビルらしい。長い坂を登り切った先にある。窓から見える風景が妙に懐かしい。
別役実っぽく、押井守の『イノセンス』や大友克洋の『AKIRA』のようでもある。『アルファヴィル』や『未来世紀ブラジル』を連想させる近未来ディストピアの管理社会、無数に続く質問攻め。
問い掛けのされない答がそこらの床に雑然と転がっているが、誰もそんなものには見向きもしない。答ではなく、質問にしか人は興味を示さないからだ。

未開の議場 2023
萩島商店街青年部
北とぴあ ペガサスホール(東京都)
2023/10/31 (火) ~ 2023/11/05 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「ロックオンドアテンドサイド(?)」
チャップリンの名作『独裁者』に登場する架空の国トメニア。王子駅近くにある居酒屋「和奏酒 集っこ」ではそのトメニアの名物料理、タリッパを期間限定で食べることが出来る。ボルシチ系の長時間煮込んだ鍋料理、ローズマリーとレモンの風味。ポトフのように野菜の香りがムンとする。開演前からハマカワフミエさんが実際に作っていて、本当に匂いから美味そう。討論よりそっちにばかり気を取られる。
視覚障碍者の観客への試みとして、上演前に出演者による舞台の配置、服装や髪型の説明が入る。ラジオ・ドラマとして聴いても楽しめる作品のようだ。感想を聞いてみたい。
演出家の降板により、途中から演出協力として参加したのが須貝英氏。
架空の地方都市にある萩島町で、商店街青年部が主催する「萩島フェスタ」。トメニア人労働者が多数暮らすこの町で友好親善を深める為のイベントにしようと目論む面々。町役場の商工観光課は町おこしとして成功させたい。だがトメニア人のボランティアをスタッフに入れるかどうかで会議は揉め出し、雲行きは怪しくなる。更にメンバーの誰かがTwitter(X)に会議の悪口を書き込んでいるらしい。
トメニア人の設定には埼玉県川口市に2000人以上居住しているクルド人を想起。外国人との共生という近い将来日本に立ちはだかる大きなテーマ。もう他人ごとではなく、実際に日本人の意識改革が問われることになるのだろう。
NPO法人代表の原啓太氏はトメニア人に肩入れするばかりに感情的に喚き散らす男をリアルに肉付け。発達障害っぽい。自分だけが正しいと信じるが故、違う意見をヒステリックに否定して回る。全く会話が進まない。
地元のケーブルテレビ局から情報を発信するディレクター、コロブチカさん。森達也っぽい雰囲気で女子プロレスラーのようなガタイ。冷徹な目線。
MVPはカフェを経営しているハマカワフミエさん。今作で観るのは4作目だが、どの役にも同一性がなく、未だにどういう女優なのか全く掴めない。今作では辻希美みたいにひたすら可愛らしかった。
トメニアのことわざ、「ロックオンドアテンドサイド(?)」。「なるようになるさ」。
是非観に行って頂きたい。

フィアース5
世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター(東京都)
2023/10/27 (金) ~ 2023/10/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
猛烈な5人。フランスのラファエル・ボワテルさんが伝統的サーカスをオマージュし、「現代サーカス」の核となる“融合”を無声映画的に演出。テーマは日本のことわざ「七転び八起き」。5人に加え、クラウン的役回りの山本浩伸氏と技術監督的役回りの安本亜佐美さんが舞台を補佐する。
圧倒的体験。憂鬱なんて吹っ飛んでしまう。超絶身体能力の5人が目の前で神業を披露。バスター・キートンやジャッキー・チェンの世界観。香港功夫映画の組手、詠春拳のような動きが散りばめられている。痛快なパンクバンドのLIVEのように鮮烈。特殊能力を持って生まれたミュータントのような5人が、その能力に悩み苦しみながら宿命を背負って歩き出す。
①綱渡り、吉川健斗氏。冒頭から手に汗握るバランスの妙味で観客の心を鷲掴み。
②エアリアルフープ、長谷川愛実さん。空中から垂れ下がる輪っかに掴まり、まるで体重なんかないように高速回転し続ける。舞踊の域ではなく、体操競技のように。
③ジャグリング、目黒陽介氏。何かに取り憑かれたようにジャグリング(お手玉)を繰り返す。
④エアリアルロープ、アンブローズ・フー氏。浅沼圭さんとの二人羽織風演武ダンスも見事。
⑤ワイヤーワーク、浅沼圭さん。ステージ上に撒かれたパウダーの上でズルズル滑りながらの軟体ダンス。ハーネスを装着して皆に引っ張り上げられながらの空中舞踏。下半身に血が通わず、痺れて激痛らしい。
ジャッキー・チェンに夢中だった日々の事を思い出す。
是非観に行って頂きたい。

サンタクロースが歌ってくれた
キャラメルボックス・ディスカバリーズ
新宿スターフィールド(東京都)
2023/10/26 (木) ~ 2023/10/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
(Xチーム)
全く期待していなかっただけに驚く程良く出来ていた。
ウディ・アレンの『カイロの紫のバラ』という傑作がある。大の映画ファンのミア・ファローが大好きな映画を観に毎日映画館に通い詰める。すると登場人物の一人がずっと自分を見詰めているミアのことが気になってくる。到頭スクリーンを抜け出てミアに話し掛けてしまう。映画内は登場人物が欠けた為、進行出来ずパニックに。そんなてんやわんやのコメディ。今作はそれを踏襲している。
『ハイカラ探偵物語』という映画を観に行く主人公(中尾彩絵〈さえ〉さん)。誘った友人(石森美咲さん)が来ないので遅れて一人で観始める。全く不人気でしかもクリスマス・イブの為、観客は主人公一人。内容は大正の華族の洋館に怪盗黒蜥蜴からの犯行予告。警部(田中のぶと氏)、若き日の芥川龍之介(辻合直澄氏)、平井太郎(後の江戸川乱歩)〈齋藤雄大氏〉がそれを阻止する為集まる。だが・・・、重要な登場人物が突然いなくなってしまった。どうも捕まるのが嫌で映画の外に逃げ出したらしい。
ヒロインの和田みなみさんが昔女優を目指していた知り合いに似ていて感慨深い。彼女はハッピーな展開を迎えて欲しいもの。
令嬢役の南澤さくらさんは白目を剝いて女・函波窓といった怪演。
警部役の田中のぶと氏は無声映画の一人アクションで場内を大いに沸かす。
石森美咲さんはベテランの手堅さ。
芥川龍之介の婚約者役の環幸乃さんは流石に場を回す。
挟まれるダンスが可愛らしい。
劇団の代表作と謳われるだけあって、工夫が凝らしてある。
是非観に行って頂きたい。

検察側の証人
俳優座劇場
俳優座劇場(東京都)
2023/10/22 (日) ~ 2023/10/28 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
1984年12月9日の日曜洋画劇場、『アガサ・クリスティの検察側の証人』が放送。1982年製作のTVドラマ版。今作にもの凄いインパクトがあって衝撃の結末としてこびり付いている。原作の小説を読み、名作と誉れ高いマレーネ・ディートリッヒ版の『情婦』も観た筈だが全く記憶にない。ファースト・インパクトが凄すぎたんだろう。あの時の衝撃を求めてもそれはもう無理。ウォーレン・ベイティの『ディック・トレイシー』でもマドンナが似たような役をやっていた。
今回もやはりあの時の衝撃を求めていたが、確認する作業になってしまったのは仕方がない。
だが初見の人には絶対的にお薦めする。
全く情報を入れずに観に行って欲しい。
創立79年劇団俳優座、六本木駅前の俳優座劇場は2025年4月末日に閉館。正念場に立つ老舗劇団が34年振りに絶対的自信作を世に問う。
これを観ずしてミステリーを語るなかれ。
逆にまだ未見の人が羨ましく思える程。
オリジナル中のオリジナル、必見。
重厚な役者山脈。舞台美術も小道具も文句の付けようがない。この座組に入れるだけで誇れる。
主演の法廷弁護士は金子由之氏。
付き従う事務弁護士に原康義氏。
二枚目の容疑者に釆澤靖起(うねざわやすゆき)氏。
そのドイツ人妻に永宝千晶(ながとみちあき)さん。
被害者の家政婦は井口恭子さん、流石の腕前。
凄腕検事に志村史人氏。「んんんんん」とウイッグを弄る癖だけで観客がどっと沸く。
法廷書記は武田知久氏。『犬と独裁者』のソソ役が強烈。普通に何をしても目立ってしまう異才。
法律事務所秘書の音道あいりさんはかなり印象を残した。
MVPが永宝千晶さんになるのは当然。小池栄子っぽい貫禄。彼女と観客の戦いになる戯曲なのだから。
何度でも観たい作品。

写真
劇団普通
カフェムリウイ「屋上劇場」(東京都)
2023/10/19 (木) ~ 2023/10/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
「そうでしょうよ。」
「いい〜よ。」
「なにい?」
「な〜んだろ。」
「いいでしょうよ。」
後藤飛鳥さんは青春事情の『ちーちゃな世界』で若年性アルツハイマーの役が強烈だった。八木亜希子っぽい。
その夫、近藤強氏はやたらガタイがよく、晩年の木村政彦を思わせる。
後藤飛鳥さんの弟は用松亮氏、今作では岡田斗司夫っぽかった。
茨城の片田舎に家を建てた姉夫婦、子供はいない。自動車整備工場で働く独身の弟がたまに顔を出す。
旬の天才を味わえる稀有な空間。東京03がずっとやっていくとここに行き着くのでは。笑いを求めないコント。じゃあ何を求めるのか?それは観てのお楽しみ。

DOLL
KUROGOKU
インディペンデントシアターOji(東京都)
2023/10/18 (水) ~ 2023/10/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
〈team L〉
流石に打ちのめされた。
1982年12月24日夜7時10分、横浜市の女子中学三年生3人が磯子駅近くのビルから次々と飛び降り自殺をした。ごく普通の明るい子達、全く理由も分からず。
遡って1977年6月25日夕方、愛知県の五条川で同じく中学三年生3人が手を繋いで川へ飛び込んだ。二人溺死。
今作は1983年初演。これらの事件の真相を如月小春さんなりに解き明かしてみせたもの。
尾崎豊のデビューは1983年12月、時代はまだ見ぬ新しい価値観を欲していた。
聖子ちゃんカットの平均的少女は松井愛民 (あみん)さん。ニコニコ誰とも何となく付き合える。
ガリ勉優等生は藤山ももこさん。医師になる使命感が強い。
マイルドヤンキーは柊みさ都さん。独りで在ることをを凝視する人生観。
幼児性の強い甘えん坊は石田梨乃さん。リアル。
委員長的責任感の元山日菜子さん。水トちゃんっぽい。
この5人が私立高校の寄宿舎で同部屋で暮らした一年間を、事件後の大人達が調査する。彼女達に一体何があったのかを。
この作品は今の女子中高生にこそ観せるべき。
一体自分達をずっと苦しめ続けているものの正体は何なのだろう?言語化出来ずずっと感じてきたもの。どうも何かが決定的におかしい。
「あ、海が白くなってきた!」
是非観に行って頂きたい。

本郷菊坂菊富士ホテル
劇団匂組
シアター711(東京都)
2023/10/18 (水) ~ 2023/10/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
チケット受付、ド素人の仕切りで開演前からパニック。誰一人責任者がいない。中学生か?本当にこれ大丈夫なのか?誰もが不安に思いつつ茫洋と佇む。受付も全く始まらず、開場時間になっても混乱。質問に答えられる者は誰もいない。何故か衣装の洗濯とゴミ出し。
「ゲネプロが演出家の駄目出しで押して・・・。」
イライライライラしている人々。場慣れしたおばちゃんのお客さんが仕切って並ばせる。「いや、これ既に演劇が始まっているんじゃないのか?寺山修司の遣り口だ。」なんて思いつつ。
昔、神保町の馴染みの中華屋で海老のチリソース煮を頼んだ日のことを思い出す。随分待たされてやっと出た物は糞不味くてとても食えたもんじゃない。店長達が休みで中国人のバイトしかいなかったのだ。皆で話し合って何とか作ったらしい。会計の時、「半額でいいです。」と言われた。いや、作れないんなら注文の時そう言ってくれよ。開演前からそんな気分にさせるこの劇団。何でチケットを予約したのかもう思い出せない。
始まってみると随分しっかりとした舞台。よく纏めたな、と脚本に感心した。
1967年瀬戸内晴美の『鬼の栖(すみか)』、1974年 近藤富枝の『本郷菊富士ホテル―文壇資料』、1977年羽根田武夫の『鬼の宿帖』。1975年実相寺昭雄のTV番組「本郷菊富士ホテル 大正遁走曲」(『歴史はここに始まる』)。1998年森光子主演の舞台『本郷菊富士ホテル』。他にもドラマや劇画など無数に存在するこのホテルをテーマとした作品。どれも観たことがないのでどこまでオリジナルなのかは不明。
『美しきものの伝説』と時代背景、登場人物は重なるので観ていると判り易い。
大正3年開業の帝大(現・東大)近くの高級下宿屋「菊富士ホテル」。田舎から上京して来た金井由妃さんは地元の親友、飯沼りささんに逐一手紙を送る。「憧れの東京で女優になってやる」と。住み込みとなるホテルの女将は上杉二美さん。そこには当時を彩るスター達が逗留し訪れては去って行く。大杉栄(坂西良太氏)、伊藤野枝(俊えりさん)、竹久夢二(生亀一真氏)、お葉(兼平由佳理さん)、谷崎潤一郎(小磯一斉氏)、佐藤春夫(坂西良太氏二役)などなど。島村抱月と松井須磨子の芸術座で研究生をしている上村いそ(森田咲子さん)も重要な役回り。
MVPは上杉二美さん。お尻振り振り観客を沸かす。金の取れる腕を持ついい女優。
加えて主演の金井由妃さんと森田咲子さん、この3人が舞台を見事に回した。舞台上の空気感を担う名演。
変態性欲者の小磯一斉氏も名助演。
上村いそは水谷八重子がモデルなのか?と思ったが違うっぽい。結局誰にもなれなかった者達が時代の天才達と交わったひと時の宴。寂しさと侘びしさとほんの少しの誇らしさ。
女将の口癖「まあ、ええわいな。」がリフレイン。
是非観に行って頂きたい。

失われた歴史を探して
新宿梁山泊
ザ・スズナリ(東京都)
2023/10/12 (木) ~ 2023/10/15 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
これを観れて本当に良かった。
韓国演劇界の重鎮、金義卿(キム・ウィギョン)氏が来日し現地調査をして書き上げた1985年の戯曲。
金守珍(キム・スジン)氏演出、脚色の「パギやん」こと趙博(チョウ・パギ)氏のアイディアも取り入れられている。
開幕は関東大震災百周年、『福田村事件』の公開日。神保町の古書店で購入した私家版の手記を読んだ水嶋カンナさん。友人杉本茜さんとその地を訪ねることに。朝鮮人大虐殺のあった工作所跡地、古びた井戸。
朝鮮人労働者達に親切に接する優しい工場長、ジャン・裕一氏。その息子、在郷軍人会の二條正士氏は朝鮮人の娘(望月麻里さん)と恋仲に。朝鮮人達には金を貯めて祖国に戻り、奪われた土地や山を取り戻す夢がある。そこに起こる前古未曾有の大災害、阿鼻叫喚の地獄絵図。天災ゆえ群衆のやり場のない感情の矛先を朝鮮人と社会主義者に向けさせようと企む内務大臣水野錬太郎(金守珍氏)と警視総監赤池濃〈あつし〉(ジャン・裕一氏二役)。
韓国人にこの手の作品を書いて貰いたいと思っていたら、既にこんな作品が存在していた。韓国人が暴く朝鮮人大虐殺の真相。
タイトルが弱い。新東宝を習い、『関東大震災と朝鮮人大虐殺』でやった方が判り易い。
ジャン・裕一氏は凄腕。二役に全く気が付かなかった。
妻役佐藤水香(すいか)さんも印象に残る。サトエリの姉。
大久保鷹氏は渋い。
趙博氏のガタイはリアルな労働者。
青山郁彦氏は小柄で運動神経抜群、こういう芝居には必要不可欠。
MVPは二條正士氏、『カレル・チャペック』の印象が強かったが今作も最高。この人物造形は韓国でも絶賛される筈。
父子の日本酒を酌み交わすシーンは絶品。ここだけでも字幕を付けて世界中に公開したい。この二人の会話に人間の真実が秘められている。人間という存在の謎が。これを観れただけでもう何も文句はない。
ジョシュア・オッペンハイマーの『アクト・オブ・キリング』、『ルック・オブ・サイレンス』の二部作を想起。
幕に投影される映像も効果的。食物連鎖。

My Boy Jack
サンライズプロモーション東京
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2023/10/07 (土) ~ 2023/10/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
『ジャングル・ブック』の作者、ラドヤード・キップリング。彼は愛国者で祖国イギリスの為に戦争に行く使命感を国民に鼓舞した。勿論息子のジョンにもそれを求めるも重度の近視の為、兵役不適格。だがノーベル文学賞を受賞した国民的作家の名声を活用し、入隊させることに成功。時は第一次世界大戦、ドイツ軍との戦闘の為フランスに派遣された息子は行方不明になってしまう。
第一次世界大戦の英国軍の記録としては、ピーター・ジャクソンが記録映像をカラー化し音を付けた『彼らは生きていた』というドキュメンタリー映画がある。ひたすら劣悪な環境で塹壕戦を戦う我慢比べのような戦場。何年もの膨大な日々を爆撃や毒ガスの恐怖に怯えながら泥の中で過ごさなくてはならない地獄。(擬似的)ワンカット映画『1917 命をかけた伝令』も同時代の話。そして終戦後、やっと故郷に帰っても仕事はなく誰も相手にしてくれない虚しさ。
主演のラドヤード・キプリング役眞島秀和氏、この役は終盤になるにつれ味わい深く熟成していく。国民の規範たる父親像を示さねばならない義務感と、果たしてそれが本当に正しかったのか脳裏で呻き続ける苦悩。
少尉として第2大隊で中隊を率い塹壕戦を戦ったジョン・キプリング役は前田旺志郎氏。お笑い芸人には見えない妙に雰囲気のある俳優。印象に残る清冽な存在感。
妻であり母親でもあるキャリー・キプリング役倉科カナさん。女優としてレヴェルが更に上がった。前半の母親振りはシェイクスピア劇のよう。後半が少々大仰過ぎたか。
娘のエルシー・キプリング役は夏子さん。いいスパイスとなって作品に効いている。スタイル抜群。
佐川和正氏は物語の核心部、クライマックスを担う見せ場が待っている。
後半にある回想シーンが美しい。父親の創ったお話しを楽しみに聴く幼い兄と妹。インド風の色鮮やかな衣装。無限の想像力だけで何処までも行けた。
是非観に行って頂きたい。

猟師グラフス【京都公演中止】
糸あやつり人形「一糸座」
シアタートラム(東京都)
2023/10/05 (木) ~ 2023/10/08 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
芥正彦演出、結城敬太(現・四代目結城一糸)氏主演の『カスパー』を観た時以来の一線越えて来たアングラ。江戸伝内氏は十代の頃から唐十郎に傾倒していたという。二十歳の頃には「残酷劇」アントナン・アルトーにガチガチに嵌まる。実験演劇ではなく、演劇とはそもそも実験だと考えているのだろう。
演出はノルウェーのラーシュ・オイノ氏。彼の率いるグルソムヘテン劇団から3人の役者が参加。(一人、直前で降板。京都公演も中止など不穏)。俳優からサイコロジー(心情、感情、内面、意味、説明)を削ぎ落とし、フィジカル(身体、肉体、動き、記号化)だけを要求するスタイル。
オイノ氏は「貧しい演劇」イェジー・グロトフスキの孫弟子にあたる。アルトーとグロトフスキが江戸伝内氏とオイノ氏の共通言語。
内面を失い人形化された人間が、人間に操られる人形と共演する。生きている存在を人が演り、生きていない存在を人形が演る。
夢幻能なのか?
上手で見たこともない珍しい和楽器を独り演奏し続ける稲葉明徳(あきのり)氏。何処吹く風。
サイコロを振る子供の人形の動きがリアル。サイコロも糸で操っている。
ひびきみかさんはデフォルメした狂女の動き?
水を汲む女、食卓を用意する男、卓に着く男二人。無限に繰り返される日常。
多数の子供達(?)の人形、ゲームで遊んでいるような。
クリノリンを着けた役者がスローモーションで動く。
赤と黒のワイヤーで作られたカモシカの針金人形。
鳩の人形がリアルで凄い出来。
等身大のグラフスの人形が厳か。
ノルウェー語に字幕が投影される。
驚く程詰め掛けた観衆。一体何が目当てなのか?
カフカはオーストリア=ハンガリー帝国(現チェコ)に生誕、今作はドイツの猟師グラフスの物語。未完成のまま、未発表に終わった原稿。
簡単に言うとオチのない落語。
リーヴァの町の市長に深夜、鳩からお告げが下る。
「明日、猟師グラフスが港に到着するから出迎えろ」と。
小舟から下ろされた棺が館に運ばれる。訪れた市長が棺の男と謁見。動く死体は語り出す。「1500年前、森でカモシカを追い掛けていて、崖から落ちて死んだ。三途の川を渡る時、船頭が舵を取り間違え渡り損ねた。それ以来、あの世にも行けず死んだままずっとこの海を彷徨い続けている。」
ただそれだけの話を90分ガチガチに見せつける。
此岸(しがん)から彼岸へ。そして彼岸から此岸へ。

悼むば尊し
かわいいコンビニ店員 飯田さん
駅前劇場(東京都)
2023/10/04 (水) ~ 2023/10/10 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
成程。徹底して鬱を共有する為の空間に徹してある。
放課後の溜まり場になっている主人公(國崎史人氏)の自宅の二階。残忍なリーダー格の小比類巻諒介氏はグループを率いて先輩(阿岐之将一〈あきのまさかず〉氏)を肉体的金銭的に虐めている。そんな日々も過ぎ、上京し帰郷した主人公はその部屋で自殺。三回忌も終わり、母親(加古みなみさん)はかつての仲間達に彼の遺品整理をお願いする。
成瀬志帆さんがえらく可愛かった。『グレーな十人の娘』の時も同じ事を思った。
國崎史人氏は松村雄基っぽく、小比類巻諒介氏ははんにゃの金田っぽい。二人共目がパキっていて何かやってんじゃねえのか、と勘繰る程。異様な空間。
鹿野宗健氏はガチガチに鍛え抜かれた肉体美、ジムに通っている筋肉。(水泳で全国大会優勝!)
物語は歪な人間関係を築いていた学生時代と卒業後のそれぞれの関係性、主人公の自殺の理由についての考察、今になって思う過去の自分達の所業へと流れていく。加害者と被害者は自分の過去とどう向き合うべきか?深澤嵐氏演ずる作家の分身のような男が曖昧な“それ”を徹底的に責め、その核心に触れようともがく。一体、何が知りたいのか?一体、どんな答なら満足するのか?登場人物も作家も観客も”それ“を考え続ける。
溜まり場には関係していない、委員長役の笹野美由紀さんがかなり重荷を背負わされた感。(観客は彼女によってかなり救われている)。
阿岐之将一氏は凄かった。MVP。彼のクライマックス、怒涛の喋りを観るだけで元は取れる。
作家の叫びが耳をつんざく。
是非観に行って頂きたい。

柔らかく搖れる
ぱぷりか
こまばアゴラ劇場(東京都)
2023/09/20 (水) ~ 2023/10/04 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
岸田國士戯曲賞なんて日本アカデミー賞程度の業界内政治の権威付けで、紅白出場を肩書きに地方巡業を回る演歌歌手程度の認識だったが。(偏見)。
傑作。これは役者もやり甲斐があるだろう。この脚本にこの演出、役者冥利に尽きる。替えがきかない配役。(実は初演と全員配役を変えているのだが・・・)。演じ手としてこんな作品と巡り会える幸運。川沿いの砂利の上をジャリジャリ歩きながら、ゴボゴボ水中で溺れる音にまみれながら。
シャッフルされた時系列、広島の田舎町にある古い一軒家。従姉妹の家が火事になり従姉妹とその娘が同居することに。絶対的な君主として家に君臨していた父親。父親は川の浅瀬で溺死体で見付かる。葬儀、その一周忌。パラパラと配られたカードの一枚が唐突にめくられて語られるのは断片。
井内ミワクさんはずっと腰を曲げていて、このキツさは相当なもの。心配になる。
大浦千佳さんは田舎のヤンキーからシンママ、水商売と王道を歩む貫禄。登場シーンの両目から順番に流れる一筋の涙が美しい。こんなスナックに通える男は強い。
佐久間麻由さんはさとう珠緒系の美人で巧い。
産婦人科の医師、江藤みなみさんは白のNew Balanceで足を組み、残酷な診断結果をラフに夫婦に告げる。この演出が心憎い。
富岡晃一郎氏はお宮の松っぽいなと思っていたが、ふとした拍子に國村隼の得体の知れぬ表情に変貌。
日常会話の中に雑然と投げ込まれた様々な物語の欠片。皆それぞれ、解決策のない痛みと苦しみに苛まれている。そもそもハナから解決させる気すらないようだ。「この家のもんは皆キチガイやけんね。」どうしようもない現実、どうしようもない自分から目を背けてどうにか今日一日をやり過ごすだけ。何とか今日一日を乗り切る為だけに。
何でも治すという薬などないけどよ あるとして
飲まないさ 無茶のネタも切れた 逃げようがねえや
The ピーズ『手おくれか』

うずうず / ぐるぐる
team UZU.UZU
シアター711(東京都)
2023/09/27 (水) ~ 2023/10/01 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「ぐるぐる」
そうか、アントニオ猪木の一周忌か。別に猪木ファンのつもりではなかったが、IGFまで観に行っていた位なので好きだったんだろう。自分は猪木のことを散々に言ったが、よく知らない奴等が馬鹿にしているのを聞くとイラッとした。プロレスは格闘演劇として秀逸。パンツ一丁の大男二人の取っ組み合いで文学まで感じさせた。井上義啓氏の名言、「プロレスは底が丸見えの底なし沼」。全部分かったつもりで高を括っていたら実は全く分かっていなかったことに気付いて愕然とするジャンル。
こんな気持ちになったのもガチのチンドン屋であるチンドン好井(好井子ユミ)さんが首に闘魂タオルを垂らし、ひたすら猪木RESPECTトークを繰り広げたから。
寺山修司のメルヘン短編集『赤糸で縫いとじられた物語』を底本に舞台化。
田中りかさん演じる少女、急に手足が言うことを聞かなくなり、勝手に動き出す。全く思ったように行かず、その行動に脳が付き合わされていく。
病院でロバおじさん(のぐち和美さん)に相談する。
彼が病院のメンバーと寸劇で語るお話しは『数字のレミ』。
これがメチャクチャ面白い。判断の分岐点に立つごとに分裂していくレミの物語は秀逸。今更ながら、寺山修司は才能あるなあ。
長谷部洋子さんは国生さゆり系の顔立ち。
ヴァイオリンの多治見智高ジーザス氏とフルートの鈴木和美さんは大活躍。
『詩人とは職業でも肩書でもなく、思想なのである。』とは岩倉文也氏の名言。
男女漫才コンビ『ゆにばーす』、川瀬名人の高校時代の仇名が『「思想犯」だった』、というネタを思い出した。「思想犯」とはなんて素晴らしい響きなのだろうか。
小学校低学年と幼稚園の姉妹を連れて観に来たお母さん。凄まじい情操教育。MVP。

MARIONNETTE(東京公演)
劇団The Timeless Letter
シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)
2023/09/28 (木) ~ 2023/10/01 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
『team TRUTH』
「OK、それじゃあ、えー、お前等が日本で一番にしてくれた、最高のRock ’n’ Rollを贈ります!Marionette!」
今作のタイトルの綴りにNが一つ多いのはフランス語の為。
教会のステンドグラスをイメージした舞台美術。上手はスコットランドヤードの殺人捜査課、下手は製薬会社の社長室。雰囲気があるセット。西本卓也氏は良い仕事をした。
女性の絞殺死体、傍らに数本の薔薇。連続殺人事件の捜査に当たる三浦求氏と船橋輝人氏。三浦求氏はシャーロック・ホームズに憧れているようで観察眼に味がある。第一の現場となった教会の、怪しい雰囲気を持つ牧師は吉田恭平氏。(ステンドグラスなどの装飾はカトリック教会なので、神父と呼ばれることが多い。牧師はプロテスタント)。後ろ暗い過去を持つ製薬会社社長の野田裕(ひろし)氏。その息子の大学生(高畑昇汰氏)は新任講師の林里栄さんに夢中。
特筆すべきは池内得裕氏の照明と羽田兎桃(はたともも)さんの振付。PERFORMERの5人が抜群に良い。(高尾静奈さんは体調不良で降板)。もっと彼女達を警部達が戦う“見えない敵”の象徴として作品内に活用した方が良かった。第二次UWFを彷彿とさせるスモークのレーザーショー。あやつり人形の視覚化。古き良き80年代。
凄く丁寧に作られているので好感。