ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

341-360件 / 852件中
君は即ち春を吸ひこんだのだ

君は即ち春を吸ひこんだのだ

新国立劇場演劇研修所

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2023/11/07 (火) ~ 2023/11/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

文句の付けようのない傑作。2016年初演。
国民的児童文学『ごんぎつね』は愛知県の作家、新美南吉(にいみなんきち)が1930年(昭和5年)、17歳の時に書いたもの。本名は新美正八。時代はずれるが宮沢賢治との共通点から「北の賢治、南の南吉」と並び称された。

悪戯好きの孤独なごんぎつねが村人の兵十に罪悪感を抱く。病気の母親の為に獲っていた鰻を逃がしてしまったのだ。母の葬儀の様子を見たごんぎつねは、贖罪の為に栗や松茸を兵十の家に隠れて届け続ける。ある日、忍び込んだごんぎつねに気付いた兵十は火縄銃で撃ち殺す。そこに積まれた栗。「お前だったのか」。

『泣いた赤鬼』もそうだが、自己犠牲的な純粋な優しさに人はひれ伏す。報われない優しさ。いつだって人間の魂が打ちのめされるのは暴力ではない。優しさだ。

時代は1938年(昭和13年)から。
東京外国語学校を卒業するも職はなく、病弱な身体に苦しみながらようやく女学校の教師に職を得る主人公、新見正八に立川義幸氏。霜降り明星・粗品にしか見えない。その痩せこけた裸体。
父親に樋口圭佑氏、クリスチャン・スレーター似。ぎこちなく体が踊り出す癖なんか見事。
継母に小林未来さん、手堅い。根岸さんとの遣り取りが見せ場。
MVPは幼馴染みの没落した士族の娘、根岸美利さん。女医として活躍しつつ、正八との間に二人にしか感じ取れないものが在ることを垣間見せる。胸や腰のラインを強調した役作りもいい。押し花の栞のエピソードが印象的。
その弟に佐々木優樹氏。女学生との遣り取りなど、彼を投入するポイントが上手い。
昔からの友人、田崎奏太氏。時代の流れの中で今では全く無意味な文学を語り合った日々。『アンナ・カレーニナ』のキノコのエピソードが良い。
女学生は17期生の一色紗英こと飯田桃子さん。お笑い要素満点で会場を沸かす。キャラ設定が『青い山脈』みたいで清々しい。ガチョウの鳴き真似。

死と生(恋)を凝視した新見正八の青春。流石の新国立劇場、舞台美術は最早芸術。縁側の先にある小さな庭、一本の大きな木がでんと立っている。ステージを挟むように配置された観客席。雑然と積まれた大量の書物。いろんな花を効果的に使う。あの時、本当は何を伝えたかったのか?結核の治療薬となるストレプトマイシンが発見されたのは1943年、彼の死んだ年だった。

タイトルの気持ちに観客をいざなっていく巧さ。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

結核で死んだ友達が折っていた折鶴を持って女学生が訪ねて来る。かつて友達は鳥が作った巣を覗く為、木に登ろうとした。だがその振動で巣は地面に落ちて卵は皆割れてしまう。哀しそうに上空を飛び回る親鳥。その贖罪の為に病床で鶴を折り続け死んでいったのだ。
女学生は新美に倣ってそれを童話にしようとする。友達が折った折鶴が命を持ち、親鳥と共に空に羽ばたいていくラストを。だが、実際に書いたものは全く違うものに。必死に謝る友達に親鳥は「そんなことあったかや?」とどこぞに飛び去ってしまう。

このエピソードが秀逸。
光への道は遠く

光への道は遠く

オフィスリコプロダクション株式会社

すみだパークシアター倉(東京都)

2023/11/02 (木) ~ 2023/11/15 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

​「帝銀事件 ー獄窓の雪ー」

2020年初演。
ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章が効果的。これを聴くと宿命に対し厳かに死んでいくモノクロの隊列を感じる。自分ではもうどうしようもないことを粛然と受け入れるしかない弱者。多かれ少なかれ人間誰もが無力で何一つ出来やしない。思えばこの世の出来事全てが謎だらけ。皆、その真実からひたすら目を背けてきただけ。見なければ無かったことになる、と固く信じて。

昔の自分は元731部隊の諏訪中佐が犯人だと信じ込んでいたが、最近の研究では全然そんな人物は該当しないことに驚いた。GHQの圧力で捜査にストップが掛かり、適当に容疑者をでっち上げたんじゃなかったのか?
熊井啓の映画を観たりした筈だがもう全く記憶にない。当時の警察は(今も?)本当であろうと嘘であろうと犯人をでっち上げて事件を終わらせてきた。真実の解明ではなく、対世間に対しての申し開き。冤罪だろうと無理矢理自白させてしまえば同じ事。兎に角終わらせること。

テンペラ画とは、卵と顔料(着色に用いる粉末)を混ぜて絵具を作り描画する技法。油絵より劣化が少ない。

昭和23年(1948年)1月26日、帝国銀行(現在の三井住友銀行)椎名町支店。閉店直後に現れた厚生省技官を名乗る男が赤痢の予防薬をそこにいた16人に飲ませる。薬は青酸化合物で12人死亡。現金と小切手、現在の価値で500万円程が盗まれていた。

偶然生き残った4人が犯人の男について供述する場面から開幕。
実質主人公でもある堂ノ下沙羅さん。表情が可愛らしくキャラクターのキャパが大きいのでいろんな役をやれそう。藤野涼子みたいな実力派。岸本加世子路線、井上ひさし系が合うのでは。表情一つでガラッと印象が変わる。華と陰、両方を併せ持つ。
初舞台のグラビアアイドル、桑島海空(くわじまみく)さんはコメディリリーフとして活躍。深刻な世界に笑いを注いで和ませてくれる。
その相方ともいえる杉浦一輝氏。名アシスト。
三原一太氏は一種異様な雰囲気でこの事件のおどろおどろしさを醸し出す。

権力の威圧感を纏った検事は妹尾青洸(せのおせいこう)氏。
暴力の匂いをぷんぷんさせる刑事に藤井陽人(あきと)氏。
孤立無援の弁護士に酒巻誉洋(たかひろ)氏。
そして平沢貞通は中田顕史郎氏。

毒物を飲まされて死にかかった堂ノ下沙羅さんが平沢貞通は犯人でないと一人証言する。嘘の犯人をでっち上げることは本当の犯人を逃がすこと。彼女の孤独な戦いが今作品のテーマ。
堂ノ下さん演ずる竹内正子は本当面白い人で、当時のインタビューを読んでも痛快な女傑。
その母親役はかんのひとみさん。

何故これ程冤罪事件が発生するのか?そして国家や警察検察は自らの誤りを認める事を一切しない。認めてしまえば前例となってかなりの訴訟を受ける恐怖からだろう。この国には真実を調査する機関が必要。建前と権力の自己正当化、弱肉強食の論理ではいつも弱者が泣き寝入り。今、人間は聞こえの良い嘘より真実を必要としている。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

堂ノ下沙羅さんは東京大空襲で父を亡くしていた。帝銀に現れた男がどことなく父の面影に似ていると思ってぼんやり眺めていた。だから、平沢ではないと確信できた。この設定が巧い。

平沢貞通の絵が必要。彼が獄中で描いた絵が物を言う。獄中生活39年で三千点余りの絵を描き続け獄死した。面会に成功した初対面のカメラマンに彼が言ったのは「今欲しいのは画材、特に色紙と麻紙です」。ラストに彼の獄中で描いた絵が大量に映し出されたら作品に説得力が出る。

当時、捜査主任だった甲斐文助刑事が捜査会議の時に書いたメモ「甲斐捜査手記」。
登戸研究所(旧第九陸軍技術研究所)所長、伴繁雄「帝銀で使われたのは登戸研が開発した青酸ニトリールに間違いない。犯人は提供先の誰かだろう。青酸ニトリールは遅効性の青酸化合物。5分で発症、10分で死亡。遺体には青酸しか残らない。集団自決用に開発。青酸カリは即効性で最初に飲んだ人が悶え苦しむ。それを見たら後の人が怖気づいてしまうので遅効性の物が必要とされた。揮発性が高く保存は瓶に入れグリセリン等の油分で上部を厚く覆う必要が有る。犯人が第一薬を飲んでも無事なのは上部の油分の所だけを飲んだからだろう。」

前年10月と事件の一週間前にも似たような出来事が別の銀行で起きていた。集団赤痢の予防薬を飲ませようとする謎の男。一度目は薬を飲ませたが何も起こらず、二度目は行員に疑われて退散。
平沢貞通は何らかの形でこれらの毒物事件に関与しており、そのことについては一生話すことはなかった。そこがこの事件を覆った昏いカーテン。事件後、平沢の偽名の口座に預金された13万4千円もの大金、現在の貨幣価値で300万円以上。平沢は春画(ポルノ浮世絵)を極秘に描いており、その報酬だったがそれを恥じて言わなかったと支援者達は考えている。

帝銀事件の実行犯は某歯科医〈奥山大助(庄助)や能口ヒロシなど仮名が付けられている〉を挙げる人が多い。平沢貞通は未遂事件の犯人で、グループの一員だったと。
光への道は遠く

光への道は遠く

オフィスリコプロダクション株式会社

すみだパークシアター倉(東京都)

2023/11/02 (木) ~ 2023/11/15 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「夜明け前​ ー吉展ちゃん誘拐事件ー」

アフタートークのシークレットゲストが小出恵介氏。だが客層的にイマイチ沸かない。観客はこんな暗い昭和の犯罪史シリーズをわざわざ観に来る層だ。
黒澤明の『天国と地獄』の予告篇を観て、子供の誘拐を思い付いたというだけで心底暗くなる嫌な事件。2019年初演。

1963年(昭和38年)3月31日台東区の入谷で起きた4歳児の誘拐事件。2年3ヶ月後、小原保(こはらたもつ)32歳が逮捕されて死刑になった。仕事をクビになり、借金返済の為、実家の福島に金の無心に行くも結局顔を出せず仕舞い。戻った東京で事件を起こす。

右足に障害を持つ犯人役は演出も兼ねる田島亮氏。今作では七人兄弟の六番目の設定だが実際は十一人兄弟の十番目(二人は生まれてすぐに死んでいる)。

公開された脅迫電話の東北訛の声が兄だと疑い、警察に届ける弟に五島三四郎氏。愛憎入り混じった兄弟関係。
その妻、奥野亮子さん。豪華。

MVPは犯人と同棲する愛人、山像(やまがた)かおりさん。男を信じるしかない老いた女の哀れさ。荒川区の一杯飲み屋「清香」の女将。犯人との情感溢れた遣り取りがこの作品を彩る。

テーマは『真人間』。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

犯人の母親と平塚八兵衛を登場させないことに拘りがあったのだろう。本来なら、かんのひとみさんは母親役だろうに。
福島の郷里をびっこを引きながら乞食のように歩く田島亮氏の絵が欲しい。真人間になりたくて真人間になれなかった男が荒れ野を独り彷徨う事件直前の絵。

今シリーズの影の主人公は平塚八兵衛刑事。本来、平塚八兵衛がアリバイをことごとく破り、追い詰めていくのがクライマックスになる話なのだが、彼は登場しない。代わりに犯人の家族達がコロスとなって四方八方から問い詰めていく。

平塚八兵衛達がアリバイ崩しの為に福島に行った折、犯人の母親が泥に頭を擦り付けて地べたに土下座してきた。「私は保をそんな人間に育てた覚えはないが、もし保がやっているんなら、早く真人間になって本当のことを言うように言ってやってくだせえ。」

犯人逮捕後の母親の手記「わしは吉展ちゃんのお母さんが吉展ちゃんを可愛がっていたように、お前を可愛がっていたつもりだ。お前はそれを考えたことはなかったのか。保よ、お前は地獄へ行け。わしも一緒に行ってやるから。」「どうか皆様、許して下さいとは言いません。只このお詫びを聞き届けて下さいまし。」
事実、犯人の死刑が確定すると母親は自殺した。

獄中で短歌を始めた犯人。ペンネームの福島誠一には「今度生まれ変わる時は愛する故郷で誠一筋に生きる人間に生まれ変わるのだ」という意味を込めた。

この事件で犯人を取り逃がし、身代金を奪われた失態から国民から警察は猛バッシングを受ける。この2ヶ月後に起きたのが有名な「狭山事件」、無理矢理怪しい奴を逮捕して事件解決をアピール。このような暴力的な解決法が乱発され、かなりの冤罪事件が起きることとなった。60年前、狭山事件で逮捕された石川一雄氏は仮出獄した今も「再審を求める抗議集会」を開いている。

大竹野正典氏が永山則夫を主人公に書いた『サヨナフ』や劇団チョコレートケーキなんかに比べるとぬるく感じてしまう。自分は脚本家の笠原和夫のファンなのだが、彼は調査魔で病的に題材について調べ尽くした。殆ど映画には使えない内容なのだが、自身の知識欲、好奇心を充たす為に何の取材か判らなくなる位徹底的にやった。その上で落とし込んだ脚本なので、匂わせたこと敢えて書かれなかったこと一つ一つに意味がある。そんな作品を観たい。
光への道は遠く

光への道は遠く

オフィスリコプロダクション株式会社

すみだパークシアター倉(東京都)

2023/11/02 (木) ~ 2023/11/15 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「好男子の行方 ー三億円事件ー​」

開場は開演の30分前、自由席は前売りの整理番号順の入場。
2018年初演。

ステージをかなり狭めて使っている。これは狙いなんだろうが観ている方からすると収まりが悪い。もっと別の工夫をすべき。
昭和43年(1968年)12月10日、東京都府中でそれは起きた。日本信託銀行(現在の三菱UFJ信託銀行)国分寺支店から府中工場へ現金輸送車がボーナスを運搬中。25ミリの雷雨の中、午前9時22分頃、突如白バイ警官に車を止められる。「支店長宅が爆破された。車にダイナマイトが仕掛けられている可能性があるので確認して下さい。」だがそんなものは見当たらない。車の下に潜った警官は「ダイナマイトだ、逃げろ!」と叫んで乗っていた4人を退避させる。車の下からもうもうと白煙が上がる。その車に乗り込むと三億円の入ったジュラルミンケースと共にそのまま走り去った。
映画のオープニングのような鮮やかさ。若き犯人はピカレスクのヒーローとして一躍時代のスーパースターとなった。

事件の三日後、この現金輸送車に乗っていた4人が支店長室に呼ばれるところから舞台は開幕する。

支店長に若杉宏二氏。
次長に坂元貞美氏。
主人公的立ち位置の新入社員は銀(しろがね)ゲンタ氏。フルポン村上っぽい。
運転手に五島三四郎氏。
同乗者に杉木隆幸氏、筑波竜一氏、田中穂先氏。

MVPはノイローゼから奇妙な行動を取り続ける田中穂先氏。オウム真理教の青山弁護士を彷彿とさせる怪演。椅子の脚が一本折れるアクシデントもアドリブで乗り切った。

1975年、沢田研二が三億円事件の犯人役をやったドラマ『悪魔のようなあいつ』。脚本は長谷川和彦!大ヒットした主題歌「時の過ぎゆくままに」が流れるのは小ネタ。

世間体を気にする余り、嘘に嘘が重なっていく銀行コメディ。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

昭和50年代のホームドラマみたいなノリ。喜劇にしても中途半端。オチもイマイチ。時代の空気をラジオから流れるヒット曲だけに頼るのも安っぽい。三億円強奪場面と少年のお通夜は絵で観たかった。

三多摩地区の不良少年達の総称「立川グループ」。窃盗グループのリーダー格の一人、関根篤(仮名)19歳。父親が交通機動隊員(白バイ隊員)だったがグレて鑑別所に入ったり指名手配されたりしていた。第八方面部隊の父親のヘルメットは事件前年、盗難に遭っている。
1968年12月15日、刑事2名が自宅を訪問。母親が息子は不在だと告げる。その後帰宅した父親と関根篤の口論を張り込みの捜査員達が耳にした。午後11時半、119番通報。父親がイタチ駆除の為購入していた青酸カリで自殺。
妹宛に2通の遺書、そして何故か母親の書いた遺書も見付かった。母親が青酸カリによる心中を持ち掛け、関根篤だけが騙されて飲んだと言われている。

「立川グループ」の一人、関根篤の友人18歳のZ。時効寸前、別件の恐喝容疑で取り調べたが到頭何も話さなかった。事件以降、彼が使った金は一億円近く。事件前までは父親がずっと入院、母親の働くスナックに金を無心しに行く程金に困っていた。

新宿でスナックを経営していた26歳のゲイボーイKことY。関根篤と親交があり、彼のアリバイを語った。スナック白十字に朝まで一緒にいた、と。

「立川グループ」の溜り場だった福生のバー、「あんず」のマスターF、当時28歳。父親が警察官。事件後、フィリピンに移住しクラブを経営する優雅な生活。

一橋文哉の『三億円事件』なんかも読んできたが、写真家の水谷幹治氏のブログでの推理が正解なんじゃないかと思った。

ちなみに平塚八兵衛が真犯人と追っていて毎日新聞にリークした牛乳配達の男は逮捕された後、アリバイが証明され警察の大失態となる。これが平塚八兵衛最後の事件となった。

モンタージュの写真は調布市のブロック工事会社社長のもの。事件時には死亡しており、関根篤に似ていた為使用した。
『ぱんだのなきぼくろ』

『ぱんだのなきぼくろ』

ひみつまたたき

スタジオ空洞(東京都)

2023/11/02 (木) ~ 2023/11/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

佐藤美輝さんは元アイドルと睨んだが違うようだ。ルックスが内田理央っぽく派手で目立つ。
さんなぎさんはお腹を出す衣装で異常に細い。この人モテるだろうな、という感じ。親近感と清潔感。整っているのに顔の印象がハッキリしないのも不思議。何か男が惹かれるものを全て持っている。

女性お笑いコンビ、『ハンテン』が解散するまでの数年間をダイジェストで。肝心のネタがイマイチ。台本を読み合わせているだけのように聞こえてつまらない。人を笑わせるということは本当に難しい。さんなぎさんはツッコミ向きじゃないんだろう。小山ごろーさんの方が良かったかも。とにかく観客を笑わせてくれないことにはこの世界に嵌まらない。

事務所のマネージャー役・小山ごろーさんは久本雅美系で何をしても受ける。凄腕。
元芸人の構成作家役・小鳥遊空(たかなしくう)氏はポイズンガールバンドの阿部っぽい。

上京してダンススクールで一緒になった二人。元ヤンのさんなぎさんと人見知りで孤独な佐藤美輝さん。デジャヴに拘る佐藤さんはさんなぎさんとお笑いコンビを組むことに。芸能事務所にスカウトされるも、ピンで天然キャラの佐藤さんだけがブレイク。暇なさんなぎさんは構成作家の仕事を手伝うように。佐藤さんはさんなぎさんが大好きで一緒に仕事をやりたいのだが、そうは行かない。

ネタバレBOX

ラストのネタ、『将来の夢』がよく出来ている。遣り取りに浮遊感があり、何処までも連想力が飛び散って果ては宇宙空間まで。このまま終わりで良かったような。

ファミレスで繰り返されるのは解散を告げるシーン。ここで全く思い入れなどない筈のさんなぎさんが予想外のダメージを喰らうべきだった。「何でこんな痛みを感じているんだろう、私?」、そこに観客もいろんなものを重ね合わせる。「Now and Then」のような気分になる。

ビートルズの最後の新曲、「Now and Then」。
1994年、ヨーコ・オノからポール・マッカートニーに手渡された「For Paul」と書かれた4曲入りのカセットテープ。(諸説ある)。
ジョン・レノンからポール・マッカートニーへのラブソングのようだ。

時々、君を恋しく思う
ああ、時々でいい
僕の傍に居て欲しい
いつでも僕のもとに戻って来て

※ジョン・レノンのデモテープにあったBメロをバッサリカット。タイトに刈り込んだマッカートニー・マジック。レノンのデモに魔法の粉を振り掛けている。シンプルに削り込んだ方が何度でも聴き直す為、名曲になるのだろう。ジョージ・ハリスンの間奏がまた良い。(※どうもポールがジョージ風に弾いたらしい)。
生前、ジョン・レノンがポール・マッカートニーに最後に告げた言葉は“Think about me every now and then, old friend”という。「古き友よ、時々は僕を思い出して」。
その言葉に思い入れのあるマッカートニー(81歳!)がラストの曲としてどうしてもこれを仕上げたかったんだろう。
2023年にビートルズとストーンズの新曲、しかも名曲を聴けるとは思わなかった!
皇国のダンサー

皇国のダンサー

劇団黒テント

ザ・スズナリ(東京都)

2023/11/01 (水) ~ 2023/11/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

主演のダンサーが天才作曲家・服部良一氏の次男、服部吉次(よしつぐ)氏78歳!ジャニー喜多川から70年前に受けた性加害の告発で話題となった。「如何に沈黙することが恐ろしいことか。」は余りにも重い言葉。

前作『亡国のダンサー』から6年目、同テーマのリブートなのか、前作を観ていないので判断はつかない。
「大化の改新」と「システムとしての天皇制」がテーマのようにも。

スクリーンに投影される膨大な文章、映像、写真。地下鉄、コンクリート、灰色、雑踏。
「雨が降っていた」「ダンサーはどこへ」

謎の部屋で目を覚ます片岡哲也氏。ずっと倒れていたようだ。そこを管理する者達から極薄スマホのような端末を渡される。「自分の情報を登録するように」と。だが何度名前を入れてみても入力されない。閉ざされた部屋で何も出来ずじっとするのみ。
ある日、渡されたゴーグルを掛けると部屋の隅に女性(岡薫さん)が倒れている姿が見える。ずっとこの部屋にいたらしい。女性は更にもう一人の人物の気配を感じると言う。その老人こそ、服部吉次氏。フレッド・アステアのムードで軽やかに舞台を彩るステップ。
どうやらここは地下もある巨大なビルらしい。長い坂を登り切った先にある。窓から見える風景が妙に懐かしい。

別役実っぽく、押井守の『イノセンス』や大友克洋の『AKIRA』のようでもある。『アルファヴィル』や『未来世紀ブラジル』を連想させる近未来ディストピアの管理社会、無数に続く質問攻め。
問い掛けのされない答がそこらの床に雑然と転がっているが、誰もそんなものには見向きもしない。答ではなく、質問にしか人は興味を示さないからだ。

ネタバレBOX

序盤から眠りに落ちる客は多かった、まあテンポがのろいので面白くはない。ただ観客席はぎゅうぎゅう詰め。古くからのファンが詰め掛けているようだ。草薙素子とアムロ・レイの名前が唐突に出て来た時の異化効果が凄かった。(アムロ・レイは古すぎるが)。

現行プログラムを自ら書き換える為にサイバースペース内で「大化の改新(乙巳の変)」を行なう必要があった。それにはダンサーが必須。ダンサーを捜し続ける者達。

「乙巳の変(いっしのへん)」、645年に中大兄皇子と中臣鎌足等が蘇我入鹿を暗殺した政変。その後の改革を「大化の改新」と呼ぶ。このクーデターにより皇位を奪おうとまで画策していた最高権力者、蘇我家直系は絶えた。
その暗殺の際、用心深い入鹿を丸腰にしたのは俳優(わざひと)。俳優の滑稽な仕草に気を許し、つい剣を手渡してしまう。それが今作ではダンサーと呼ばれる存在。

滝本直子さんの亡き父(高校の教頭)、服部吉次氏。前妻の息子、片岡哲也氏。父の愛人、岡薫さん。サイバースペースのアバターとして侵入し、目的を遂行しなくてはならない。ダンサーは踊らねば。

※オウムのPSIヘッドギアが好き。
未開の議場 2023

未開の議場 2023

萩島商店街青年部

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2023/10/31 (火) ~ 2023/11/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「ロックオンドアテンドサイド(?)」

チャップリンの名作『独裁者』に登場する架空の国トメニア。王子駅近くにある居酒屋「和奏酒 集っこ」ではそのトメニアの名物料理、タリッパを期間限定で食べることが出来る。ボルシチ系の長時間煮込んだ鍋料理、ローズマリーとレモンの風味。ポトフのように野菜の香りがムンとする。開演前からハマカワフミエさんが実際に作っていて、本当に匂いから美味そう。討論よりそっちにばかり気を取られる。

視覚障碍者の観客への試みとして、上演前に出演者による舞台の配置、服装や髪型の説明が入る。ラジオ・ドラマとして聴いても楽しめる作品のようだ。感想を聞いてみたい。
演出家の降板により、途中から演出協力として参加したのが須貝英氏。

架空の地方都市にある萩島町で、商店街青年部が主催する「萩島フェスタ」。トメニア人労働者が多数暮らすこの町で友好親善を深める為のイベントにしようと目論む面々。町役場の商工観光課は町おこしとして成功させたい。だがトメニア人のボランティアをスタッフに入れるかどうかで会議は揉め出し、雲行きは怪しくなる。更にメンバーの誰かがTwitter(X)に会議の悪口を書き込んでいるらしい。

トメニア人の設定には埼玉県川口市に2000人以上居住しているクルド人を想起。外国人との共生という近い将来日本に立ちはだかる大きなテーマ。もう他人ごとではなく、実際に日本人の意識改革が問われることになるのだろう。

NPO法人代表の原啓太氏はトメニア人に肩入れするばかりに感情的に喚き散らす男をリアルに肉付け。発達障害っぽい。自分だけが正しいと信じるが故、違う意見をヒステリックに否定して回る。全く会話が進まない。
地元のケーブルテレビ局から情報を発信するディレクター、コロブチカさん。森達也っぽい雰囲気で女子プロレスラーのようなガタイ。冷徹な目線。
MVPはカフェを経営しているハマカワフミエさん。今作で観るのは4作目だが、どの役にも同一性がなく、未だにどういう女優なのか全く掴めない。今作では辻希美みたいにひたすら可愛らしかった。

トメニアのことわざ、「ロックオンドアテンドサイド(?)」。「なるようになるさ」。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

Twitterの犯人探し、町屋商店(いや、スーパーマチヤ)の安藤理樹氏がホワイトボードで謎を解いてみせる。犯人のアカウント名をアナグラムと見抜き、数字の94をダンテ『神曲』の第九圏、第四の円のジュデッカ、すなわちイスカリオテのユダであると!Q.E.D.(証明終了)!
コンビニ・ララマートの店長、湯田さん(石井舞さん)が慌てて否定。「適当に並べただけで、そんな厨二病みたいなことしないわよ!」
このシーンが一番好き。その後、無言を貫く安藤理樹氏は三四郎の小宮みたいでカッコイイ。

討論の行方は、トメニア人を嫌う石井舞さんを排除せず、嫌いな立場のまま参加させる。嫌いな人間も存在する、この世界の受容。その現実を現実として受け入れようと。

だが、ハマカワフミエさんには納得出来ない。「そんな催し物に価値はない。嫌いなままで無理して実行する行為に意味がない。内容の伴わない馴れ合いだ。皆でカタチだけ友好フェスティバルを演じてみせて何になる?それならばやらない方がいい。」
ここからやっと自分的には面白くなる議題なのだが、そこで終了。ここからは個々人で持ち帰るテーマ。

イスラエルとパレスチナの問題とだぶり、誰にも正解は選べない。俳優座が2月に演った『対話』がどれだけ素晴らしかったかを再確認。殺したくなる程憎んでいる人間との共存。だが現実は現実、何も選べないという選択を選ばされる。

元々は群馬県大泉町がモデルのよう。人口の二割が外国人。
フィアース5

フィアース5

世田谷パブリックシアター

世田谷パブリックシアター(東京都)

2023/10/27 (金) ~ 2023/10/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

猛烈な5人。フランスのラファエル・ボワテルさんが伝統的サーカスをオマージュし、「現代サーカス」の核となる“融合”を無声映画的に演出。テーマは日本のことわざ「七転び八起き」。5人に加え、クラウン的役回りの山本浩伸氏と技術監督的役回りの安本亜佐美さんが舞台を補佐する。

圧倒的体験。憂鬱なんて吹っ飛んでしまう。超絶身体能力の5人が目の前で神業を披露。バスター・キートンやジャッキー・チェンの世界観。香港功夫映画の組手、詠春拳のような動きが散りばめられている。痛快なパンクバンドのLIVEのように鮮烈。特殊能力を持って生まれたミュータントのような5人が、その能力に悩み苦しみながら宿命を背負って歩き出す。

①綱渡り、吉川健斗氏。冒頭から手に汗握るバランスの妙味で観客の心を鷲掴み。
②エアリアルフープ、長谷川愛実さん。空中から垂れ下がる輪っかに掴まり、まるで体重なんかないように高速回転し続ける。舞踊の域ではなく、体操競技のように。
③ジャグリング、目黒陽介氏。何かに取り憑かれたようにジャグリング(お手玉)を繰り返す。
④エアリアルロープ、アンブローズ・フー氏。浅沼圭さんとの二人羽織風演武ダンスも見事。
⑤ワイヤーワーク、浅沼圭さん。ステージ上に撒かれたパウダーの上でズルズル滑りながらの軟体ダンス。ハーネスを装着して皆に引っ張り上げられながらの空中舞踏。下半身に血が通わず、痺れて激痛らしい。

ジャッキー・チェンに夢中だった日々の事を思い出す。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

前半が余りにも凄すぎて後半は見慣れてきてしまう。「序破急」のスパイスが欲しい。
アフタートークで明らかになったのはわざとパウダーを撒いて床を滑りやすくする理由。非常に危険な為、出演者が本気になってそれに立ち向かう様を表現したかったとのこと。全員脚の筋肉がパンパンに腫れ上がっているそうだ。まさに成龍魂。
サンタクロースが歌ってくれた

サンタクロースが歌ってくれた

キャラメルボックス・ディスカバリーズ

新宿スターフィールド(東京都)

2023/10/26 (木) ~ 2023/10/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

(Xチーム)

全く期待していなかっただけに驚く程良く出来ていた。
ウディ・アレンの『カイロの紫のバラ』という傑作がある。大の映画ファンのミア・ファローが大好きな映画を観に毎日映画館に通い詰める。すると登場人物の一人がずっと自分を見詰めているミアのことが気になってくる。到頭スクリーンを抜け出てミアに話し掛けてしまう。映画内は登場人物が欠けた為、進行出来ずパニックに。そんなてんやわんやのコメディ。今作はそれを踏襲している。

『ハイカラ探偵物語』という映画を観に行く主人公(中尾彩絵〈さえ〉さん)。誘った友人(石森美咲さん)が来ないので遅れて一人で観始める。全く不人気でしかもクリスマス・イブの為、観客は主人公一人。内容は大正の華族の洋館に怪盗黒蜥蜴からの犯行予告。警部(田中のぶと氏)、若き日の芥川龍之介(辻合直澄氏)、平井太郎(後の江戸川乱歩)〈齋藤雄大氏〉がそれを阻止する為集まる。だが・・・、重要な登場人物が突然いなくなってしまった。どうも捕まるのが嫌で映画の外に逃げ出したらしい。

ヒロインの和田みなみさんが昔女優を目指していた知り合いに似ていて感慨深い。彼女はハッピーな展開を迎えて欲しいもの。
令嬢役の南澤さくらさんは白目を剝いて女・函波窓といった怪演。
警部役の田中のぶと氏は無声映画の一人アクションで場内を大いに沸かす。
石森美咲さんはベテランの手堅さ。
芥川龍之介の婚約者役の環幸乃さんは流石に場を回す。
挟まれるダンスが可愛らしい。

劇団の代表作と謳われるだけあって、工夫が凝らしてある。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

観客が主人公一人の為、大きなパニックにならないのが演劇らしいが勿体無くもある。映画から人が飛び出して来たのだから、とんでもない事件にならないとおかしい。まあその辺が難しい塩梅なのだが、この大事件の中でキャラクターの恋愛の真相解明の為に登場人物達が駆けずり回るアンバランスさを売りにしても良かった。
検察側の証人

検察側の証人

俳優座劇場

俳優座劇場(東京都)

2023/10/22 (日) ~ 2023/10/28 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

1984年12月9日の日曜洋画劇場、『アガサ・クリスティの検察側の証人』が放送。1982年製作のTVドラマ版。今作にもの凄いインパクトがあって衝撃の結末としてこびり付いている。原作の小説を読み、名作と誉れ高いマレーネ・ディートリッヒ版の『情婦』も観た筈だが全く記憶にない。ファースト・インパクトが凄すぎたんだろう。あの時の衝撃を求めてもそれはもう無理。ウォーレン・ベイティの『ディック・トレイシー』でもマドンナが似たような役をやっていた。
今回もやはりあの時の衝撃を求めていたが、確認する作業になってしまったのは仕方がない。

だが初見の人には絶対的にお薦めする。
全く情報を入れずに観に行って欲しい。
創立79年劇団俳優座、六本木駅前の俳優座劇場は2025年4月末日に閉館。正念場に立つ老舗劇団が34年振りに絶対的自信作を世に問う。
これを観ずしてミステリーを語るなかれ。
逆にまだ未見の人が羨ましく思える程。
オリジナル中のオリジナル、必見。

重厚な役者山脈。舞台美術も小道具も文句の付けようがない。この座組に入れるだけで誇れる。
主演の法廷弁護士は金子由之氏。
付き従う事務弁護士に原康義氏。
二枚目の容疑者に釆澤靖起(うねざわやすゆき)氏。
そのドイツ人妻に永宝千晶(ながとみちあき)さん。
被害者の家政婦は井口恭子さん、流石の腕前。
凄腕検事に志村史人氏。「んんんんん」とウイッグを弄る癖だけで観客がどっと沸く。
法廷書記は武田知久氏。『犬と独裁者』のソソ役が強烈。普通に何をしても目立ってしまう異才。
法律事務所秘書の音道あいりさんはかなり印象を残した。

MVPが永宝千晶さんになるのは当然。小池栄子っぽい貫禄。彼女と観客の戦いになる戯曲なのだから。
何度でも観たい作品。

ネタバレBOX

ミステリーの女王、アガサ・クリスティの1925年発表の短編『検察側の証人』。犯罪者が罰せられないことを非難され1953年戯曲化の際、更にオチが付け加えられた。それが自分には不満で蛇足にしか思えない。
1957年ビリー・ワイルダー監督が『情婦』として映画化。その後も延々と作品化され続けている。

妻の自己犠牲的な純愛が胸を打つのだが、それすらも男に欺かれていたエピローグがつまらない。どんでん返しの為のどんでん返し。逆に文学性を損ねてしまい作品の質を落とす。こんな屑男を愛してしまった女の哀しさが主旋律なのに。

契約的に戯曲を弄れないのだろうが、容疑者と妻のドイツでの出会いなど映像化したいシーンは多々ある。ドイツ女が大戦後イギリスで生きることの辛さなど、想像するに余りある。ただのどんでん返しものとするには惜しい。
写真

写真

劇団普通

カフェムリウイ「屋上劇場」(東京都)

2023/10/19 (木) ~ 2023/10/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「そうでしょうよ。」
「いい〜よ。」
「なにい?」
「な〜んだろ。」
「いいでしょうよ。」

後藤飛鳥さんは青春事情の『ちーちゃな世界』で若年性アルツハイマーの役が強烈だった。八木亜希子っぽい。
その夫、近藤強氏はやたらガタイがよく、晩年の木村政彦を思わせる。
後藤飛鳥さんの弟は用松亮氏、今作では岡田斗司夫っぽかった。

茨城の片田舎に家を建てた姉夫婦、子供はいない。自動車整備工場で働く独身の弟がたまに顔を出す。

旬の天才を味わえる稀有な空間。東京03がずっとやっていくとここに行き着くのでは。笑いを求めないコント。じゃあ何を求めるのか?それは観てのお楽しみ。

ネタバレBOX

やはり登場人物は先の話をする。老後、介護、その先は死。語るべき話なんて身の回りの細々とした出来事を話し終えたら、それしか残ってない。「誰かいい人いないのか?」「この先どうする気なんだ?」
滅びていく家族の話にやたら拘る作家。大丈夫、みんな滅びるよ。消えて無くなるよ。
「アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ」
DOLL

DOLL

KUROGOKU

インディペンデントシアターOji(東京都)

2023/10/18 (水) ~ 2023/10/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〈team L〉
流石に打ちのめされた。
1982年12月24日夜7時10分、横浜市の女子中学三年生3人が磯子駅近くのビルから次々と飛び降り自殺をした。ごく普通の明るい子達、全く理由も分からず。
遡って1977年6月25日夕方、愛知県の五条川で同じく中学三年生3人が手を繋いで川へ飛び込んだ。二人溺死。
今作は1983年初演。これらの事件の真相を如月小春さんなりに解き明かしてみせたもの。
尾崎豊のデビューは1983年12月、時代はまだ見ぬ新しい価値観を欲していた。

聖子ちゃんカットの平均的少女は松井愛民 (あみん)さん。ニコニコ誰とも何となく付き合える。
ガリ勉優等生は藤山ももこさん。医師になる使命感が強い。
マイルドヤンキーは柊みさ都さん。独りで在ることをを凝視する人生観。
幼児性の強い甘えん坊は石田梨乃さん。リアル。
委員長的責任感の元山日菜子さん。水トちゃんっぽい。

この5人が私立高校の寄宿舎で同部屋で暮らした一年間を、事件後の大人達が調査する。彼女達に一体何があったのかを。

この作品は今の女子中高生にこそ観せるべき。
一体自分達をずっと苦しめ続けているものの正体は何なのだろう?言語化出来ずずっと感じてきたもの。どうも何かが決定的におかしい。
「あ、海が白くなってきた!」

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

戦前の『死のう団事件』を思わせる少女達の呼び掛け。
自殺を完全に正当化する反転した主張は当時衝撃的だったろう。鶴見済の『完全自殺マニュアル』なんかもそうだった。そこに嘘がない。『囚われ』や『計らい』がない。『ライ麦畑でつかまえて』で一番印象に残るエピソード。寮で飛び降り自殺をした友達が着ていた、自分が貸したセーター。まるで自分の身代わりのように。

[team R]には身体ゲンゴロウの柳町明里さんが出演。気になる。
欲を言えば、傑作『ピクニック at ハンギング・ロック』のように消えていく少女達の永遠性を視覚的に表現して欲しかった。言葉では言い表せないものを顕現させる魔法。その余りの美しさに善も悪も溶けていく。

エレファントカシマシ『太陽ギラギラ』

どうした、その顔?皆楽しそうだよ
ああ、俺には分からない
ああ、本当に楽しいの?

空を飛ぶ鳥、愉しげで・・・
ああ、おそらく俺は幸せさ
本郷菊坂菊富士ホテル

本郷菊坂菊富士ホテル

劇団匂組

シアター711(東京都)

2023/10/18 (水) ~ 2023/10/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

チケット受付、ド素人の仕切りで開演前からパニック。誰一人責任者がいない。中学生か?本当にこれ大丈夫なのか?誰もが不安に思いつつ茫洋と佇む。受付も全く始まらず、開場時間になっても混乱。質問に答えられる者は誰もいない。何故か衣装の洗濯とゴミ出し。
「ゲネプロが演出家の駄目出しで押して・・・。」
イライライライラしている人々。場慣れしたおばちゃんのお客さんが仕切って並ばせる。「いや、これ既に演劇が始まっているんじゃないのか?寺山修司の遣り口だ。」なんて思いつつ。

昔、神保町の馴染みの中華屋で海老のチリソース煮を頼んだ日のことを思い出す。随分待たされてやっと出た物は糞不味くてとても食えたもんじゃない。店長達が休みで中国人のバイトしかいなかったのだ。皆で話し合って何とか作ったらしい。会計の時、「半額でいいです。」と言われた。いや、作れないんなら注文の時そう言ってくれよ。開演前からそんな気分にさせるこの劇団。何でチケットを予約したのかもう思い出せない。

始まってみると随分しっかりとした舞台。よく纏めたな、と脚本に感心した。
1967年瀬戸内晴美の『鬼の栖(すみか)』、1974年 近藤富枝の『本郷菊富士ホテル―文壇資料』、1977年羽根田武夫の『鬼の宿帖』。1975年実相寺昭雄のTV番組「本郷菊富士ホテル 大正遁走曲」(『歴史はここに始まる』)。1998年森光子主演の舞台『本郷菊富士ホテル』。他にもドラマや劇画など無数に存在するこのホテルをテーマとした作品。どれも観たことがないのでどこまでオリジナルなのかは不明。
『美しきものの伝説』と時代背景、登場人物は重なるので観ていると判り易い。

大正3年開業の帝大(現・東大)近くの高級下宿屋「菊富士ホテル」。田舎から上京して来た金井由妃さんは地元の親友、飯沼りささんに逐一手紙を送る。「憧れの東京で女優になってやる」と。住み込みとなるホテルの女将は上杉二美さん。そこには当時を彩るスター達が逗留し訪れては去って行く。大杉栄(坂西良太氏)、伊藤野枝(俊えりさん)、竹久夢二(生亀一真氏)、お葉(兼平由佳理さん)、谷崎潤一郎(小磯一斉氏)、佐藤春夫(坂西良太氏二役)などなど。島村抱月と松井須磨子の芸術座で研究生をしている上村いそ(森田咲子さん)も重要な役回り。

MVPは上杉二美さん。お尻振り振り観客を沸かす。金の取れる腕を持ついい女優。
加えて主演の金井由妃さんと森田咲子さん、この3人が舞台を見事に回した。舞台上の空気感を担う名演。
変態性欲者の小磯一斉氏も名助演。

上村いそは水谷八重子がモデルなのか?と思ったが違うっぽい。結局誰にもなれなかった者達が時代の天才達と交わったひと時の宴。寂しさと侘びしさとほんの少しの誇らしさ。
女将の口癖「まあ、ええわいな。」がリフレイン。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

開演前SEは何故かエリック・クラプトン。
「嫌なニュースを聞いて憂鬱を蹴り飛ばしたい時にはコカインを!彼女は嘘をつかないよ。」

話はエピソードの垂れ流しに終始。そこにはやはり時代にボロボロにされた語り手が必須。「全てを失った今、思い出されるのはそう我が青春の『菊富士ホテル』!」でないと、ぐっと来ない。主人公が傍観者に徹している為、エピソードに味付けが足らない。全ての登場人物に交流を求められるも器用にかわすフォレスト・ガンプにした方が盛り上がった。(あの時ああしていれば運命は変わっていた、的な)。観た客に何を伝えたかったのかが散漫。ネタは面白いだけに残念。
失われた歴史を探して

失われた歴史を探して

新宿梁山泊

ザ・スズナリ(東京都)

2023/10/12 (木) ~ 2023/10/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

これを観れて本当に良かった。
韓国演劇界の重鎮、金義卿(キム・ウィギョン)氏が来日し現地調査をして書き上げた1985年の戯曲。
金守珍(キム・スジン)氏演出、脚色の「パギやん」こと趙博(チョウ・パギ)氏のアイディアも取り入れられている。
開幕は関東大震災百周年、『福田村事件』の公開日。神保町の古書店で購入した私家版の手記を読んだ水嶋カンナさん。友人杉本茜さんとその地を訪ねることに。朝鮮人大虐殺のあった工作所跡地、古びた井戸。
朝鮮人労働者達に親切に接する優しい工場長、ジャン・裕一氏。その息子、在郷軍人会の二條正士氏は朝鮮人の娘(望月麻里さん)と恋仲に。朝鮮人達には金を貯めて祖国に戻り、奪われた土地や山を取り戻す夢がある。そこに起こる前古未曾有の大災害、阿鼻叫喚の地獄絵図。天災ゆえ群衆のやり場のない感情の矛先を朝鮮人と社会主義者に向けさせようと企む内務大臣水野錬太郎(金守珍氏)と警視総監赤池濃〈あつし〉(ジャン・裕一氏二役)。

韓国人にこの手の作品を書いて貰いたいと思っていたら、既にこんな作品が存在していた。韓国人が暴く朝鮮人大虐殺の真相。
タイトルが弱い。新東宝を習い、『関東大震災と朝鮮人大虐殺』でやった方が判り易い。

ジャン・裕一氏は凄腕。二役に全く気が付かなかった。
妻役佐藤水香(すいか)さんも印象に残る。サトエリの姉。
大久保鷹氏は渋い。
趙博氏のガタイはリアルな労働者。
青山郁彦氏は小柄で運動神経抜群、こういう芝居には必要不可欠。

MVPは二條正士氏、『カレル・チャペック』の印象が強かったが今作も最高。この人物造形は韓国でも絶賛される筈。
父子の日本酒を酌み交わすシーンは絶品。ここだけでも字幕を付けて世界中に公開したい。この二人の会話に人間の真実が秘められている。人間という存在の謎が。これを観れただけでもう何も文句はない。
ジョシュア・オッペンハイマーの『アクト・オブ・キリング』、『ルック・オブ・サイレンス』の二部作を想起。

幕に投影される映像も効果的。食物連鎖。

ネタバレBOX

父と子が二人きりで腹を割る。
「お前、何人殺した?」
二條正士氏は朝鮮半島で何をしたか、酒の力を借りて徐々に語り出す。
「初めはおっかなびっくりだった。段々と慣れていった。そのうち誰が一番速く多く殺せるか競争になった。どんな奇抜な殺し方を思い付くか。どれだけ残酷な殺し方が出来るか。父さん達もやったんでしょ。やっぱそうだ。皆同じなんだ。」
苦渋の面持ちの父。否定は出来ない。
「歳を取ってくると、それが夢に出てくるんだ。それが堪らなく辛い。」
父は朝鮮半島で自分が犯したことの贖罪として、朝鮮人労働者に親切にしていた。優しさと背中合わせの虐殺者。

大久保鷹氏演ずる一本筋の通った刑事により警察署に保護された朝鮮人達。だが周囲を囲んだ暴徒に放火される。日本人に絶望した妊婦、望月麻里さんは踵を返し炎に飛び込む。

惨殺された朝鮮人の怨霊達が炎の中で日本人に宣告するクライマックス。帝都に刻印された死刑判決。
「お前達が滅びるのはお前達自身の為した行ないの報いだ。お前達自身がお前達を滅ぼすのだ。恨むのならば自身を恨め。」
恨(はん)は恨みという意味ではなく、朝鮮民族特有の無念さや無常観の集合的無意識。蓄積された憎悪と同じ数の虚しさ。
震える程美しい名シーン。赤い和傘を差して舞う4人。水嶋カンナさん、杉本茜さん、望月麻里さん、佐藤水香さん。

ここで場面転換の為、役者のフリートークで繋ぐ突然の幕間。ここからが自分には蛇足に思えた。後日談が続くが怨霊の宣告以上に観せるべきシーンなどない。

1959年の新東宝映画『大虐殺』は観た筈なのだが全く記憶にない。関東大震災後の朝鮮人大虐殺は日本人の国民性の代表的なモデルケース。結局大多数の日本人には個々に本質的な善悪の概念がない。闇バイト強盗のように「上に命令されたから」「仕事だから」と行動の責任転嫁さえ計れれば何でもやる。責任が自分にないのならば誰かの命令であるならば。昔、日中戦争での日本人の蛮行を理解する為に色々と考えた。その結論が『仕事だったら普通にやる』だった。「何でこんな事をする?」「自分等は上の指示通り仕事をするだけなんで。文句があったら上に言って下さい。」自分の判断を後から追求される事がないのであれば強姦略奪放火虐殺、やりたい放題。闇バイト強盗も仕事で依頼されたからやっているだけで罪の意識なんてない。仕事だったら南京大虐殺もやるだろう。「絶対に捕まらないから。ばれることはないから。」と言われれば。日本人は罰が怖いだけで罪を犯す行為自体は怖くないのだ。

やはりどうしたって連想するのはリアルタイムで行なわれているイスラエルとハマス(パレスチナ)の戦争。もう『進撃の巨人』にしか見えないガザ地区。(実際、ガザの子供達は『進撃の巨人』に夢中らしい。この世界を象徴する作品であると)。ハマスの連中はどうせこのまま惨めに死ぬのならイスラエルの奴等に拭い去れない屈辱を刻印してやりたいと思ったのだろう。ぶち殺されること前提の自爆テロ。そんなものに未来なんか何処にもない。高みの見物の酔客が快哉を叫ぶだけ。

この憎しみと復讐の連鎖に解答を導き出せるのか?
当事者ではない自分は新世代の若者達が宗教を棄てるしかないと考えた。ユダヤ教に冷ややかなイスラエル人と、イスラム教に客観的に向き合えるパレスチナ人とが、現実的な具体的な話をしていくしかない。死後の世界なんてない。生きている時に生きていける答を見付けるしかない。(勿論、そんな綺麗事で終わる訳はなく、地獄の虐殺ショーの開幕)。
浦沢直樹の傑作『PLUTO』でロボット警部ゲジヒトが繰り返す台詞。自分に言い聞かせるように。
ゲジヒト「憎しみからは何も生まれないよ・・・。」
My Boy Jack

My Boy Jack

サンライズプロモーション東京

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2023/10/07 (土) ~ 2023/10/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『ジャングル・ブック』の作者、ラドヤード・キップリング。彼は愛国者で祖国イギリスの為に戦争に行く使命感を国民に鼓舞した。勿論息子のジョンにもそれを求めるも重度の近視の為、兵役不適格。だがノーベル文学賞を受賞した国民的作家の名声を活用し、入隊させることに成功。時は第一次世界大戦、ドイツ軍との戦闘の為フランスに派遣された息子は行方不明になってしまう。

第一次世界大戦の英国軍の記録としては、ピーター・ジャクソンが記録映像をカラー化し音を付けた『彼らは生きていた』というドキュメンタリー映画がある。ひたすら劣悪な環境で塹壕戦を戦う我慢比べのような戦場。何年もの膨大な日々を爆撃や毒ガスの恐怖に怯えながら泥の中で過ごさなくてはならない地獄。(擬似的)ワンカット映画『1917 命をかけた伝令』も同時代の話。そして終戦後、やっと故郷に帰っても仕事はなく誰も相手にしてくれない虚しさ。

主演のラドヤード・キプリング役眞島秀和氏、この役は終盤になるにつれ味わい深く熟成していく。国民の規範たる父親像を示さねばならない義務感と、果たしてそれが本当に正しかったのか脳裏で呻き続ける苦悩。
少尉として第2大隊で中隊を率い塹壕戦を戦ったジョン・キプリング役は前田旺志郎氏。お笑い芸人には見えない妙に雰囲気のある俳優。印象に残る清冽な存在感。
妻であり母親でもあるキャリー・キプリング役倉科カナさん。女優としてレヴェルが更に上がった。前半の母親振りはシェイクスピア劇のよう。後半が少々大仰過ぎたか。
娘のエルシー・キプリング役は夏子さん。いいスパイスとなって作品に効いている。スタイル抜群。
佐川和正氏は物語の核心部、クライマックスを担う見せ場が待っている。

後半にある回想シーンが美しい。父親の創ったお話しを楽しみに聴く幼い兄と妹。インド風の色鮮やかな衣装。無限の想像力だけで何処までも行けた。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

第一幕ラスト、黒幕がアイリスアウトして少尉一人になる演出効果が素晴らしい。死と向き合う、実存と向き合う感覚。

第一幕の流れは退屈。演出もホンも跳ねない。何かが足りない印象。状況説明ばかり。休憩時、結構帰る人がいた。第一次世界大戦のイメージが日本人には馴染みない。
第二幕は段々と面白くなる。

自分の息子の死をどうにか理性と叡智を駆使して正しい形に治めようとする父親の葛藤。その一見冷徹な姿に失望する母親。
砲弾で顎を吹っ飛ばされ、余りの激痛で立ったまま泣いていた少尉。その光景を克明に思い浮かべ、気が狂わんばかりになりながらも理性で浄化する方法を必死に模索する。何とか意味のある、価値のある、美しい物語に息子の死を昇華しないことにはとても耐え切れない。

「My Boy Jack」
ああ、私にどんな慰めがあるのでしょう?
この潮流では何もない
どこの潮流にも有りはしないんだ
けれど彼は仲間達に恥をかかせなかった
あの風の中でも、あの潮の中でも

実際はユトランド沖海戦の英雄、ジャック・コーンウェル少年に対しての詩とされている。

日本的美学だと、息子の死の報に顔色一つ変えない三船敏郎が、泣き叫ぶ香川京子に酷くなじられる。その夜更け、一人外でさめざめと泣いている三船を目撃してしまう妻。貰い泣きしながらもぐっとこらえ、見て見ぬ振りをする。
猟師グラフス【京都公演中止】

猟師グラフス【京都公演中止】

糸あやつり人形「一糸座」

シアタートラム(東京都)

2023/10/05 (木) ~ 2023/10/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

芥正彦演出、結城敬太(現・四代目結城一糸)氏主演の『カスパー』を観た時以来の一線越えて来たアングラ。江戸伝内氏は十代の頃から唐十郎に傾倒していたという。二十歳の頃には「残酷劇」アントナン・アルトーにガチガチに嵌まる。実験演劇ではなく、演劇とはそもそも実験だと考えているのだろう。

演出はノルウェーのラーシュ・オイノ氏。彼の率いるグルソムヘテン劇団から3人の役者が参加。(一人、直前で降板。京都公演も中止など不穏)。俳優からサイコロジー(心情、感情、内面、意味、説明)を削ぎ落とし、フィジカル(身体、肉体、動き、記号化)だけを要求するスタイル。
オイノ氏は「貧しい演劇」イェジー・グロトフスキの孫弟子にあたる。アルトーとグロトフスキが江戸伝内氏とオイノ氏の共通言語。
内面を失い人形化された人間が、人間に操られる人形と共演する。生きている存在を人が演り、生きていない存在を人形が演る。
夢幻能なのか?

上手で見たこともない珍しい和楽器を独り演奏し続ける稲葉明徳(あきのり)氏。何処吹く風。
サイコロを振る子供の人形の動きがリアル。サイコロも糸で操っている。
ひびきみかさんはデフォルメした狂女の動き?
水を汲む女、食卓を用意する男、卓に着く男二人。無限に繰り返される日常。
多数の子供達(?)の人形、ゲームで遊んでいるような。
クリノリンを着けた役者がスローモーションで動く。
赤と黒のワイヤーで作られたカモシカの針金人形。
鳩の人形がリアルで凄い出来。
等身大のグラフスの人形が厳か。
ノルウェー語に字幕が投影される。
驚く程詰め掛けた観衆。一体何が目当てなのか?

カフカはオーストリア=ハンガリー帝国(現チェコ)に生誕、今作はドイツの猟師グラフスの物語。未完成のまま、未発表に終わった原稿。
簡単に言うとオチのない落語。
リーヴァの町の市長に深夜、鳩からお告げが下る。
「明日、猟師グラフスが港に到着するから出迎えろ」と。
小舟から下ろされた棺が館に運ばれる。訪れた市長が棺の男と謁見。動く死体は語り出す。「1500年前、森でカモシカを追い掛けていて、崖から落ちて死んだ。三途の川を渡る時、船頭が舵を取り間違え渡り損ねた。それ以来、あの世にも行けず死んだままずっとこの海を彷徨い続けている。」
ただそれだけの話を90分ガチガチに見せつける。
此岸(しがん)から彼岸へ。そして彼岸から此岸へ。

ネタバレBOX

例えるなら坊主がお経を唱えているのをぼんやり眺めている感じ。何かを読み取ろうと思えば可能だが、深い眠りに就く客が多々。こんなものをぼんやり観ている自分に笑えてきて、妙な面白さに包まれる。全く興味のない人間を騙して観せてやりたくなった。子供の頃に観たかった。

吉本隆明が書いた親鸞の本で「正定(しょうじょう)」について記されている。親鸞は「正定」という生と死の境目の地点を仮想した。その地点に立つことで、生者側から死の世界を眺めることしか出来なかった人間に、逆に死者側から生の世界を眺める新しい視点が備わった。

「あの世とはどんな所でしたか?」
「巨大な階段の上にいるようで落ち着かない。」
悼むば尊し

悼むば尊し

かわいいコンビニ店員 飯田さん

駅前劇場(東京都)

2023/10/04 (水) ~ 2023/10/10 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

成程。徹底して鬱を共有する為の空間に徹してある。

放課後の溜まり場になっている主人公(國崎史人氏)の自宅の二階。残忍なリーダー格の小比類巻諒介氏はグループを率いて先輩(阿岐之将一〈あきのまさかず〉氏)を肉体的金銭的に虐めている。そんな日々も過ぎ、上京し帰郷した主人公はその部屋で自殺。三回忌も終わり、母親(加古みなみさん)はかつての仲間達に彼の遺品整理をお願いする。

成瀬志帆さんがえらく可愛かった。『グレーな十人の娘』の時も同じ事を思った。
國崎史人氏は松村雄基っぽく、小比類巻諒介氏ははんにゃの金田っぽい。二人共目がパキっていて何かやってんじゃねえのか、と勘繰る程。異様な空間。
鹿野宗健氏はガチガチに鍛え抜かれた肉体美、ジムに通っている筋肉。(水泳で全国大会優勝!)

物語は歪な人間関係を築いていた学生時代と卒業後のそれぞれの関係性、主人公の自殺の理由についての考察、今になって思う過去の自分達の所業へと流れていく。加害者と被害者は自分の過去とどう向き合うべきか?深澤嵐氏演ずる作家の分身のような男が曖昧な“それ”を徹底的に責め、その核心に触れようともがく。一体、何が知りたいのか?一体、どんな答なら満足するのか?登場人物も作家も観客も”それ“を考え続ける。

溜まり場には関係していない、委員長役の笹野美由紀さんがかなり重荷を背負わされた感。(観客は彼女によってかなり救われている)。

阿岐之将一氏は凄かった。MVP。彼のクライマックス、怒涛の喋りを観るだけで元は取れる。
作家の叫びが耳をつんざく。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

駄目な点は独りが延々喋って皆が突っ立って聞いている構図が多すぎる。金田一耕助じゃないんだから。死者がうろうろそこらをうろついている意味がほぼない。順番にエピソードを語るだけの構成がイマイチ。

阿岐之将一氏の独白。虐めている奴等一人ひとりの痛みを感じていたこと。同じ痛みを抱えた人間として向き合えたこと。痛みの共有があるから一つの人間と人間の関係性として成立していたこと。この歪な人間関係が自分の生きる命綱だったこと。

エピローグ、コロナ禍を経験して世界の不確定さ、何も決定されていないことの実感が語られる。世界は自分が思っていたものとは全く違っていたのかも知れない。自分はまだ世界を知らない。散々読み尽くして飽き飽きした筈の本、その本にはまだ続きがあったのだ。まだ見ぬページが無数に。

すいすいと泳ぐ金魚。
柔らかく搖れる

柔らかく搖れる

ぱぷりか

こまばアゴラ劇場(東京都)

2023/09/20 (水) ~ 2023/10/04 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

岸田國士戯曲賞なんて日本アカデミー賞程度の業界内政治の権威付けで、紅白出場を肩書きに地方巡業を回る演歌歌手程度の認識だったが。(偏見)。
傑作。これは役者もやり甲斐があるだろう。この脚本にこの演出、役者冥利に尽きる。替えがきかない配役。(実は初演と全員配役を変えているのだが・・・)。演じ手としてこんな作品と巡り会える幸運。川沿いの砂利の上をジャリジャリ歩きながら、ゴボゴボ水中で溺れる音にまみれながら。

シャッフルされた時系列、広島の田舎町にある古い一軒家。従姉妹の家が火事になり従姉妹とその娘が同居することに。絶対的な君主として家に君臨していた父親。父親は川の浅瀬で溺死体で見付かる。葬儀、その一周忌。パラパラと配られたカードの一枚が唐突にめくられて語られるのは断片。

井内ミワクさんはずっと腰を曲げていて、このキツさは相当なもの。心配になる。
大浦千佳さんは田舎のヤンキーからシンママ、水商売と王道を歩む貫禄。登場シーンの両目から順番に流れる一筋の涙が美しい。こんなスナックに通える男は強い。
佐久間麻由さんはさとう珠緒系の美人で巧い。
産婦人科の医師、江藤みなみさんは白のNew Balanceで足を組み、残酷な診断結果をラフに夫婦に告げる。この演出が心憎い。
富岡晃一郎氏はお宮の松っぽいなと思っていたが、ふとした拍子に國村隼の得体の知れぬ表情に変貌。

日常会話の中に雑然と投げ込まれた様々な物語の欠片。皆それぞれ、解決策のない痛みと苦しみに苛まれている。そもそもハナから解決させる気すらないようだ。「この家のもんは皆キチガイやけんね。」どうしようもない現実、どうしようもない自分から目を背けてどうにか今日一日をやり過ごすだけ。何とか今日一日を乗り切る為だけに。

何でも治すという薬などないけどよ あるとして
飲まないさ 無茶のネタも切れた 逃げようがねえや
The ピーズ『手おくれか』

ネタバレBOX

「あの子が一番お父さんに似とうけん。」
「あんた、お母さんによう似てきたね。」

①火事で住む所を無くしたスナック経営の従姉妹(大浦千佳さん)。シンママの彼女と娘の女子高生(山本真莉さん)を住まわせることに。
②パチンコ依存症の次女(岡本唯さん)は家を出た長女(篠原初美さん)からの借金が膨れる。
③離婚して仕事を辞め、アルコール依存症となった長男(荻野祐輔氏)。不妊と仕事の激務で悪化していった夫婦仲を思い返す。去っていった妻(佐久間麻由さん)。
④長女は同性愛者でパートナー(池戸夏海さん)と同棲中。パートナーは川べりの草むらで捨てられた仔猫を保護する。その猫の飼い主となる昔からの友人(江藤みなみさん)。
⑤昔から付き合いのある農協の御用聞き的な男(富岡晃一郎氏)。彼が父親を殺したのではないかと母(井内ミワクさん)はずっと疑っている。

今作の評価の分かれ目になるのは、何を語り何を語らないかのバランス。何も語らない作品なんだろうと思わせて、後半語らなくていいドラマをせっせと説明し始めるアンバランスさ。③の夫婦の物語が圧倒的で、荻野祐輔氏の立ち位置にのめり込んで観ていた為、④は肩透かし。小説だったら話のまとめに入るのに必要な章なのだが、折角の濃密な家の密度が霧散してしまいガックリ。

富岡晃一郎氏から漂う犯罪者の匂い。井内ミワクさんはこの家を信仰していたようにすら見える。

遠くまで起きていよう 終いまで見届けよう
行き着いた面で逢おう 待ち合わせなんて要らねえんだ
急ぐことないさ 独りだろ?
The ピーズ『ノロマが走っていく』

※じゃがいもと玉ねぎの味噌汁が食べたくなった。
うずうず / ぐるぐる

うずうず / ぐるぐる

team UZU.UZU

シアター711(東京都)

2023/09/27 (水) ~ 2023/10/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「ぐるぐる」
そうか、アントニオ猪木の一周忌か。別に猪木ファンのつもりではなかったが、IGFまで観に行っていた位なので好きだったんだろう。自分は猪木のことを散々に言ったが、よく知らない奴等が馬鹿にしているのを聞くとイラッとした。プロレスは格闘演劇として秀逸。パンツ一丁の大男二人の取っ組み合いで文学まで感じさせた。井上義啓氏の名言、「プロレスは底が丸見えの底なし沼」。全部分かったつもりで高を括っていたら実は全く分かっていなかったことに気付いて愕然とするジャンル。

こんな気持ちになったのもガチのチンドン屋であるチンドン好井(好井子ユミ)さんが首に闘魂タオルを垂らし、ひたすら猪木RESPECTトークを繰り広げたから。

寺山修司のメルヘン短編集『赤糸で縫いとじられた物語』を底本に舞台化。
田中りかさん演じる少女、急に手足が言うことを聞かなくなり、勝手に動き出す。全く思ったように行かず、その行動に脳が付き合わされていく。
病院でロバおじさん(のぐち和美さん)に相談する。
彼が病院のメンバーと寸劇で語るお話しは『数字のレミ』。
これがメチャクチャ面白い。判断の分岐点に立つごとに分裂していくレミの物語は秀逸。今更ながら、寺山修司は才能あるなあ。

長谷部洋子さんは国生さゆり系の顔立ち。
ヴァイオリンの多治見智高ジーザス氏とフルートの鈴木和美さんは大活躍。

『詩人とは職業でも肩書でもなく、思想なのである。』とは岩倉文也氏の名言。
男女漫才コンビ『ゆにばーす』、川瀬名人の高校時代の仇名が『「思想犯」だった』、というネタを思い出した。「思想犯」とはなんて素晴らしい響きなのだろうか。

小学校低学年と幼稚園の姉妹を連れて観に来たお母さん。凄まじい情操教育。MVP。

MARIONNETTE(東京公演)

MARIONNETTE(東京公演)

劇団The Timeless Letter

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2023/09/28 (木) ~ 2023/10/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『team TRUTH』

「OK、それじゃあ、えー、お前等が日本で一番にしてくれた、最高のRock ’n’ Rollを贈ります!Marionette!」
今作のタイトルの綴りにNが一つ多いのはフランス語の為。
教会のステンドグラスをイメージした舞台美術。上手はスコットランドヤードの殺人捜査課、下手は製薬会社の社長室。雰囲気があるセット。西本卓也氏は良い仕事をした。

女性の絞殺死体、傍らに数本の薔薇。連続殺人事件の捜査に当たる三浦求氏と船橋輝人氏。三浦求氏はシャーロック・ホームズに憧れているようで観察眼に味がある。第一の現場となった教会の、怪しい雰囲気を持つ牧師は吉田恭平氏。(ステンドグラスなどの装飾はカトリック教会なので、神父と呼ばれることが多い。牧師はプロテスタント)。後ろ暗い過去を持つ製薬会社社長の野田裕(ひろし)氏。その息子の大学生(高畑昇汰氏)は新任講師の林里栄さんに夢中。

特筆すべきは池内得裕氏の照明と羽田兎桃(はたともも)さんの振付。PERFORMERの5人が抜群に良い。(高尾静奈さんは体調不良で降板)。もっと彼女達を警部達が戦う“見えない敵”の象徴として作品内に活用した方が良かった。第二次UWFを彷彿とさせるスモークのレーザーショー。あやつり人形の視覚化。古き良き80年代。

凄く丁寧に作られているので好感。

ネタバレBOX

女カメラマン(奥田明日香さん)の立ち位置が判り辛い。双子の妹のエピソードも唐突。

何か急にわらわらと湧いた人々が口々に絶賛を書き連ねる作品は、逆に警戒してつまらなそうに感じ観たくなくなるもの。すぐサクラのステマだと感じてしまう昨今。Amazonのレビューなんかも、クーポンと交換に星5を付けさせる中国企業が横行。レビューを見抜く力量が必須なこの時代。心のないゴマスリにはうんざり。
だが今作には何か妙な魅力を感じた。°RUM(=ドラムと読む)さんのキラキラネームも気になるところ。(確かに可愛かった)。

演出も脚本もそれなり。作家には山田風太郎の『明治バベルの塔』、「万朝報暗号戦」をお薦めしたい。

このページのQRコードです。

拡大