タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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長い夜の後に

長い夜の後に

演劇集団SMILE JACK

ワーサルシアター(東京都)

2016/02/17 (水) ~ 2016/02/21 (日)公演終了

満足度★★★★

長い夜が始まると共に…楽しめる公演【Aチーム】
第2回公演...3場面から成るオムニバス・ストーリーで、文章でいうところの「起・承・転・結」のある構成。その場面違いの差が大きく、その観せる牽引力は見事であった。当日パンフの挨拶文に、大杉篤史 氏がドラマチックなコメディと記しているが、その取り上げたテーマの重みに対し、少し斜に構えたような演出であったと思う。演技は、「劇団ひまわり」の後援を得ているようで、キャストのうち5名(ダブルキャストであるから、1公演としては4名)がその所属になっている。全体的に演技は安定しており、他のキャストの演技も合わせバランスが良かったと思う。

公演は自分の好みなところもあり、楽しめたが...。(上演時間2時間15分 休憩なし)

制作サイドへ
①前説…演出かもしれないが、案内(依頼)する内容を忘れた? とのことで、その内容を観客に振るのはどうか。特に、非常時の対応を忘れてどうするのか、いくらGUESTとはいえ、不安に思ってしまう。

②途中入場者の対応…30分近く遅れてきた客を、場内真ん中(中央段)までペンライト照らして案内し、観劇中の客の前を遮って席に誘導する必要があったのだろうか。事前に最後列に予備席を設けるなどの工夫があってもよかったと思う。

ネタバレBOX

3場面と書いたが、括りは2場面で、1場面と3場面(同一の舞台セット)は帰結するというストーリー展開である。
時間経過を表す照明は巧い(正面がスクリーンのようで照明の色彩光を反映)。またテンポは良く心地よい。但し、序盤はループするようで冗長な...劇中の台詞で言えば、しつこい。上演時間を考えれば、もう少しコンパクトにまとめてほしいところ。

テーマとしての「自殺」。その統計資料が新聞紙面に掲載される時期がある。その内容は自死する時期・年代・理由などが書かれている。今回公演は、ゴースト・男(渡部 新 サン…役名はあったが、当日パンフでは「男」)は会社という組織の中の競争・軋轢・パワハラが原因だったようだ。本筋の自殺しようとしている女(池田あやこサン)の理由は失恋か?

ゴーストと透明人間は違うが、見えないという共通項でみれば、他人から注目されない。無視された存在になる。それは生きている時に比べてどうか?その死後世界がイメージできるだろうか。

(起)マンション屋上から飛び降り自殺を考えている女、その前にゴースト(初めのうちはゴーストと認識できない)が現れ、死生観についての問答が繰り広げられる。男は直接的な言葉で自殺を止めない。男の願いは「どうせ死ぬならHさせろ!」と。マンション下から眺めているとスカートの中の”下着”が見えて...このシーンが長くくどい。その舞台セットは、屋上をイメージさせるフェンス、中央にベンチ、上手に隣ビル(引窓あり)、下手は屋上へのドア(出入り口)。また、ファーストフードの店内も現出させる。

(承)場面は転換し、パブ(説明では、閑古鳥鳴くキャバレーとあった。劇中での店名「イエローポップ」)店内がセットされる。殺風景なマンション屋上から瀟洒な内装...赤いL字型ソファー、テーブル、飾り付け、石膏のビーナス像などが置かれる。暗転時間が短い割にしっかり対応する。ここでの登場人物は、店側と客側に分かれ、それを二分割で演じる。店では店長、人気ナンバー1、2の女性2名と体験入店の1名。アフターに連れ出そうとする客への対応協議と”ある秘密”が…。客側(上司・部下)は店の女性を連れ出すためのミッション・シミュレーション。

(転)ラストは、マンション屋上へ回帰し、自殺しようとした女が興信所(実は体験入店の女)を使い、男が自殺した理由を調査。その結果、客は男の元同僚で自殺に追い込んだことが判明した。一矢報いる行動が、店キャスト全員を巻き込み実行する。いつの間にか女にはゴーストが見えなくなる。その意味するところは…。

(結)本当にラスト、女がマンションのドア内で転び倒れ、男が叫ぶ「あぁ!パンツが~」。そうであれば、冒頭書いた「起承転結」は、正確には「起・笑・転・尻(ケツ)」が適切な表現だろう。文章にすると下品(自分が稚拙なため)になるが、芝居は面白い。
この公演、「結語」ならぬ「尻娯(ケツゴ)」での締め括りであった。

次回公演を楽しみにしております。
sanari

sanari

SPINNIN RONIN

シアターX(東京都)

2016/02/17 (水) ~ 2016/02/21 (日)公演終了

満足度★★★

アクションの魅力
全編を通してアクション、それも剣舞ならぬ槍をイメージした棒術舞といった表現が相応しいだろう。この公演の背景は、18世紀…日本とは別の南海にある島での民族紛争というもの。

少しネタバレするかもしれないが、物語の展開には、現在放映中の大河ドラマを、そしてテーマと思しき主張が垣間見えるのが、或る韓国映画である。平和への希求が描かれているが、その捉え方が表層的で深みが感じられないのが残念であった。現状を鑑みると、その主張は継続させなければという思いは共感できる。

公演としては、脚本(物語)はわかり易く、どちらかと言えば演出・演技で観(魅)せているという印象である。(上演時間1時間50分)




ネタバレBOX

梗概は、チラシ説明を引用し...「卑しい者として扱われる忍びがいた 。 忍者サナリは、隠密として使命をまっとうする毎日であった。 しかしある日、姫より直々にとある密命を帯びる」。争っている両家の政略結婚。輿入れ途中で、姫が襲撃され亡くなり、その身代わりとしてサナリが偽って...。
その両家(多賀家・風見家)の政略結婚以降、輿入れした先の多賀家が滅亡する件は、大阪夏の陣(豊臣秀頼に千姫が輿入れしている)を想起させる。今大河ドラマ「真田丸」のクライマックスシーンになるであろう。最後は徳川家が主君筋にあたる豊臣家を滅ぼす。その口実は何でもよかった(方広寺の梵鐘字「国家安康」の言いがかり)。本公演でも偽姫との婚姻という口実であった。

平和を希求するシーンに両家の領土境界における兵士の和解...実は韓国映画「JSA」を想起した。(韓国軍)を筆頭とした国連軍と、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士が共同で警備に当たるJSAにおいて、あるきっかけから許されざる友情を育む事になった南北の兵士達の交流と顛末を描いたフィクション映画。
この公演でも多賀城主が(偽)姫と城を抜け出し、両軍の兵士の交流を図るシーンがある。

舞台は、素舞台…そこを体操経験者であろうキャストが、走り回り・飛び跳ね・回転舞いをする。熱演であるが、殺陣と言うには少し緩い。それでも状況を描き出す力は見事。併せてスポット照明が美しく、印象的であった。

平和とは簡単に手に入れることは出来ないと...最後は風見家が多賀家を攻め滅ぼす。その際、偽姫(サナリ)が一族郎党の力を借り、多賀城主(偽った夫婦になった夫)を助け、日ノ本(ジパング)へ逃亡する。夫婦になっただけでは平和は維持できない。無作為は無策より始末に悪い。折角、偽りでも夫婦になり、夫と力を合わせ、何らかの取り組みが見られたら。現在の日本(ここでは「日ノ本」)の現状を考えると、もう少し突っ込んだ描き方があっても良かったと思う。

ラストシーン...城主だった人物が、市井の中で特定の女性しか描けない絵師として生きる、そこに人としての気概と希望も見えるようである。
最後に印象的な台詞…「岩に突き刺した剣」。剣が必要ない平和な世界。それは場所・時代を問わず願わずにいられない。

次回公演も楽しみにしております。
アカシック レコード

アカシック レコード

アロック・DD・C

アロック新宿スタジオ(東京都)

2016/02/08 (月) ~ 2016/02/14 (日)公演終了

満足度★★★

なかなか魅力的であったが...
”アカシック レコード”とは、当日パンフによれば、「元始からのすべての事象、想念、感情が記憶されているという世界記録の概念。そこには全宇宙はもちろん個々の人間の過去から未来までが記憶されている」ということらしい。そのタイトル内容を”シュールかつコミカルな感覚ストーリーダンスパフォーマンス”という謳い文句が、何とも魅力的であった。

その印象は、たしかに元始からの行為を千一夜物語のようにして表現していたようだが、その観せ方はストーリーにダンスを当てはめた感じである。ダンスはスタイリッシュで面白いと思ったが、そのダンサーにレベル差があったように思うが...。

この公演はALOKアトリエで行ったが、自分は初めて行くため場所が不案内であった。しかし、事前に道順リンクのメールが送信され、また当日は荷物預かりを行うなど、気配りが感じられた。
会場はアトリエだからやむを得ないのかもしれないが、ひな壇で背もたれなしのベンチシート(多少クッション有)。前席との間に余裕(最前列は舞台枠まで20cm程)がないため、上演時間90分は腰痛、膝が悪い観客には辛いかも。

ネタバレBOX

場内は暗幕囲い、正面には枝、蔦がイメージできるような曲線に反射テープのようなものが付着している。素舞台で、シーンによって小物が持ち込まれる。座席は先に記したようにひな壇(三段)ベンチシート。

冒頭は、暗照明下での群舞から始まる。実はダンスで印象に残っているのが、このシーンと中盤にあったスタイリッシュダンスを想起するシーンのみ。それ以外はストーリーに追随したパフォーマンスで、ダンスの魅力が感じられなかった。

物語は、食事シーンに観られる生と他(生き物)の犠牲、そこに用いるナイフとフォークが別のシーンでは抗し難い運命(「マスク・マン」「拘束縄紐」など)に操られ、その道具が大きさを変えて...。また、リンゴというアダム&イブをイメージするものを用いて人類史を意識させる。芝居と違い直截的ではないが、相応にイメージできる内容で興味深い。しかし、逆にイメージし易いほど”物語”にダンスがより過ぎたようだ。またコミカルを意識してか「食事」「黒ひげ危機一髪」などのシーンは違和感があった。もっとシュールにシャープに描いても良かったと思う。最後はキャスト全員が文庫本を持ち、床に寝そべる。さも千一夜物語から目覚めるような...。

次回公演を楽しみにしております。
「ミニマムエチケット~グリーン~」

「ミニマムエチケット~グリーン~」

劇団メリケンギョウル

荻窪小劇場(東京都)

2016/02/12 (金) ~ 2016/02/14 (日)公演終了

満足度★★

作品のレベル差が気になった
全体(7小作品)を通して楽しめたが、その作品のレベルに差があった。その出来栄えの違いは、上演ごとに、制作ポイントを映し出す説明で明らかになるようだ。何となく身内発表会、ワークショップのような感じもしたが...。

さて、最近「ゲス」という言葉を聞くことが多くなった。この言葉を冠にした音楽バンドの一人が芸能ネタになっている。また育休宣言した国会議員が妻の妊娠中に別女性と恋愛疑惑を招き、辞職を表明した。この言葉を漢字で表すと「下種」「下衆」と書き、意味は身分が低く品位がないことらしい。

本公演もAVメーカー「SOD」や「エロくないのにエロいコトバ」など下ネタをイメージするタイトルがあり、実際「下ネタ」も入っている。しかしこちらは「クス」という表現が合っている。漢字にすると「擽る」が変形した表現だと思うが、直に体をくすぐられなくても、その演技や台詞で”クスッ”と笑みが...。案外こういうコメディが「不倫は文化」より「芸術は文化」になるのかも...言い過ぎか?

ネタバレBOX

舞台は、ほぼ素舞台。あるのは白いBOXが4つ。

公演タイトルは、次のとおり...「①オトナビジネス会話」「②S・O・D」「③たかそう先生のナヤミ」「④怪異!バッタ男」「⑤エロくないのにエロいコトバ」「⑥アイツINワンダーランド」「⑦そこつ・ながや」、以上7作品。

上演に際し、台本がある、もしくは緩い台本があると説明文が映し出される。その説明を信じるとして、台本作品と即興的な作品では出来栄えが違う(自分の趣向として)。やはりインプロ前提でない限り、脚本の力は大きいと改めて思った。

特に印象に残ったのは、「①オトナビジネス会話」...会話シチュエーションの妙。 「②S・O・D」...日本・水道橋とドイツ・ベルリンという遠距離結合。語音の錯覚による勘違いの妙、そして長台詞が聞き所。 「⑥アイツINワンダーランド」...児童小説(不思議の国のアリス)の中に別小説の主人公(オズの魔法少女ドロシー)が紛れ込むというシュールさ。

他の作品はその場では笑えたと思うが、印象薄いのが残念。

次回公演を楽しみにしております。
Revenge of Reversi

Revenge of Reversi

PocketSheepS

萬劇場(東京都)

2016/02/11 (木) ~ 2016/02/14 (日)公演終了

満足度★★★

もう少し視座というか...
この劇団...PocketSheepsは、「あの日はライオンが咲いていた」という作品で、第27回(2015年)池袋演劇祭で豊島区町会連合会会長賞を受賞している。この萬劇場のラックにその演劇祭記録「演劇人vol.22」があったので、受賞団体コメントを見た。そこには代表・太田友和 氏が「『演劇に興味ない人でも、それを観たら演劇が好きになってしまう程のお芝居』というのを1つの指標としています。しかし、理想はあっても実現させるのは難しい。」と...。

本公演は、そのチラシから復讐劇であることは容易に想像がつくが、どう行うかというその過程・手法に興味を持たせる。しかし、それは場面展開を凝らし過ぎた、または輻輳構成のためわかり難いように感じた。



ネタバレBOX

時空移動(5年間)して復讐を遂げるという内容であるが、その場面構成が現代なのか、未来なのか判然としないところがある。もともと視座はどちらにあるのかということ。芝居はフィクションであるから、それをいかに面白く観せるかということが大切であろう。そんなことは、作者は当然意識しているだろう。

フィクションであっても「現実味のある」と「仮定でのある」という2つの面があるとすれば、前者はリアリズム、後者はファンタジーの世界ではないだろうか。そこにはリアリズムが際立つためにはフィクショナルな作り込みが必要で、ファンタジーが魅力的になるのは奇想に満ちた世界観がリアルな厚みと手触りを持って現れる必要があると思う。この両者は相互に補完するようなもので、その仲介をするのが創作という手工業の技術であろう。その技術がどれだけ巧みに作られ、観客の機微に触れるか。

その意味で、復讐するために5年前に時空移動し、自分を陥れた人物(親友)を殺害すること。また、”タイムリアクター”と言っていたが、その研究成果を横取りされた女性研究者の復讐...研究成果の取り戻しという2つの動機が発端になっている。そこに近未来警察...時空管理警察が取り締まりのため活動を開始。さらにその研究を使用し悪事を企てる政治家、悪徳弁護士、さらにはそのネタをスクープしようとする三流雑誌の記者・カメラマンが絡むもの。過去を変えては現在、未来に影響が出るという”お決まりのルール”も説明されるが...それでも過去へ遡り復讐するという。

本公演の時空間移動は、未来(2021年)から現在(2016年)か、現在から過去(2011年)へなのか。いずれにしても、時間の流れは一方方向で、相互に行き来はないと思っている。逆方向の時間を表したのが、スロームーブメントであろうか。その動作・表情から、驚きや悲しみが見てとれることから、流れてきた時間の中にあった喜怒哀楽を時間の逆回転の中に描いたのであろうか。過ぎ去った先の時間から観た場合、過去は回想シーンになり、その転換にメリハリがない。時間・場面が錯綜もしくは混乱が生じる。テンポが良いだけに尚更だ。また、どの時間・世界にも当てはまらない状況として、無機質な迷路をイメージした舞台セットであろうか。ここで観客(自分)は置き去りにされたように感じた。やはり芝居の醍醐味は、”心を奪われる”ということだと思っている。

先の太田氏の文章の続き...「来年(2016年)は、劇団旗揚げから10周年だというのに未だに明確な正解を見い出せず、毎度試行錯誤を繰り返し、少しでも面白くしなくてはと頭を悩ませ続けています。」と...

次回公演、楽しませていただきますよう期待しております。

この胸のときめきを

この胸のときめきを

演劇企画アクタージュ

参宮橋TRANCE MISSION(東京都)

2016/02/11 (木) ~ 2016/02/14 (日)公演終了

満足度★★

物語に広がりと深みがあれば...
2月14日のバレンタインデーに因んで描いた「この胸のときめきを」...この甘美な響きが心をくすぐったが、その物語はあまり広がりも深みも感じられなかったのが残念である。

この舞台の背景には、東京近郊の或るローカル線が関係していると、前説で作・演出の大関雄一 氏が語っていた。しかし、その問題提起になるような場面があったのか、実は描かれていたのかもしれないが、自分にはその印象がない。劇団の真摯さは伝わる。
舞台セットは見事である。参宮橋トランスミッションという小空間に駅舎の一部がしっかり造られている。この美術(ローカル線というシチュエーション)を活かした物語が展開していれば面白い公演になったと思えるだけに本当に勿体ない。



ネタバレBOX

千葉県・成田空港施設内にある芝山鉄道・大台駅が舞台になっている。芝山鉄道は実在するが、この大台駅は架空である。駅待合室がけっこうリアルで、板張上にベンチ、分別ゴミ箱、観葉鉢が置かれている。壁には時刻表、広告掲示板、行政用ポスター、丸時計の小物がある。音響も電車発車案内、飛行機の轟音なども聞こえる、という細かい演出は効果的であった。
しかし、物語は、バレンタインデーを口実にしているが、単に軽薄・女たらし男が二股(それも幼馴染か同級生)しているドタバタと、女性探偵とそのパートナーがこの街で暮らすことにした。さらにネットで知り合った男と待ち合わせをする(女性が上京費用を出したことから、一時詐欺かと)。この三話は直接的に繋がることはなく、登場人物が同級生で顔見知りということ、その待ち合わせ場所がこの駅ということが、なんとなくの接点である。

最近の芸能、スポーツ界の小ネタが散りばめられている。例えば不倫は芸名で、不倫は「文化」と言った人まで出す。薬物は”麻薬犬ナメんなよ”というポスターが掲示されている。そのネタも無理矢理に突っ込むようで笑えない。

物語全体を貫く主張(幹)と、そこから派生する枝を上手く観せて欲しかった。また物語を体現する役者の演技がチョコのように甘いようだ。
先にも記したが、この沿線に関する問題提起(東京近郊にありながら過疎化、その対策としての同性婚か、純粋にマイノリティなど)が垣間見えるだけに、それを上手く取り込んで広がりと深みのある公演が...。

次回公演に期待しております。
飛龍伝 2016

飛龍伝 2016

大坪企画

劇場HOPE(東京都)

2016/02/02 (火) ~ 2016/02/07 (日)公演終了

満足度★★★★★

熱き想い
「飛龍伝」で描かれる内容は、現在も続く出来事(状況)を描きつつ、時代や人に向き合い一生懸命に生きる若者の青春群像劇でもある。さて、 つかこうへい というペンネームはその当時の運動家の名前から付けたということは、著書にも書かれていることから有名な話。そして、自身が在日韓国人であることから、い”つかこうへい”に ということも意識しているとも...その思いは、現在の(特に政治)日韓関係を見たらどう思うだろう。
本公演「飛龍伝2016」は、つか作品の特徴をしっかり踏まえている。基本的に暗転がないこと、大道具は使用しない素舞台であること。しかし、暗転について、本公演では重要シーンとして区切るため使用している。
さて、演出・春田純一氏が少しだけ登場するが、その演技が印象的である。先月行われた映画の舞台挨拶で、共演した女優の言葉を思い出した。
(上演2時間20分、休憩なし)

ネタバレBOX

「別れた女房の恋人」(2016年1月28日初日 渋谷ユーロスペース)で、主演女優・丸純子、監督・金田敬と共に春田氏が舞台挨拶を行った。その際、丸サンから「いつ演技モードになるのか、そのスイッチのようなものが分からないほど、日常会話からスッーと演技に入る」と話しており、監督も同感のようであった。本公演でも冒頭、さり気なく登場し、短いシーンであるがその存在感で場を支配し本編に入る。このプロローグとエピローグに登場するが、その際、この物語の後日談を回想し邂逅させ、その時代の違いを表すために暗転を行う。

舞台となった1970年安保闘争から45年、当時と状況が違えど、2015年再び安保法をめぐり国会議事堂前が騒然となった。
70年当時の状況として、保守(国家権力)としての警察機動隊、革新の象徴としての学生運動家という分かりやすい対立構図の中に、中学・高校卒業で安給料の機動隊員と大学在学で、給料より多い仕送りで学生運動を行っているという、保革逆転状況のアイロニー。学歴・経済という重要な要素をいとも簡単に状況の中にはめ込む。
1970年前後...まず主人公の神林美智子(稲村梓サン)は68年に四国から上京し、東京大学・理科Ⅲ類に入学する。その年はGNPが自由主義国圏で世界第2位になり、国民の9割が「中」の生活レベルを自任する「一億総中流」社会が到来する。その後、舞台となった全学連・安保闘争、73年に第1次石油危機で高度成長は終わりを告げる、という激動の時期という うねりを感じる公演。

もう一つの見所として、歪な恋愛感情...神林は全学連委員長として敵・第四機動隊・隊長と擬似恋愛におち、スパイ行為をする。そのうち本気になり子供も産む。恋愛という、極めて個人的な感情面に、全学連組織...集団内での立場が人を作るというが、それに縛られるという集団(全体)至上主義の怖さを絡める巧みさ。もちろん擬似から本気の恋愛へ、しかしその結末は悲しい。
重く、苦しく、そして悲しい内容であるが、その演出はポップ調でもあり、骨太い中にも贅肉のような緩み(笑い)も...見事な観せ方である。

その物語を紡いでいく役者陣は、それぞれのキャラをしっかり確立しバランス良く観せる。その熱演が脚本をさらに大きく魅力あるものにして観応えがあった。

次回公演も楽しみにしております。

神奈川かもめ短編演劇祭

神奈川かもめ短編演劇祭

神奈川かもめ短編演劇祭実行委員会

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2016/01/29 (金) ~ 2016/01/31 (日)公演終了

満足度★★★★

さらなる充実を【決勝戦】
神奈川かもめ短編演劇祭...その第1回目(決勝戦)がKAAT神奈川芸術劇場・大スタジオをほぼ満席にして開催された。ブロック毎に予選会を行い、当日は海外団体(韓国)を含め4団体で競われた。大会ルールは審査員の持ち点(得票数)と観客の投票数の合計票を多く獲得した団体・劇団が優勝となる。審査員と観客の得票数は異なっており、そこは審査員=専門家としての視点が加味されている。もっとも穿った(意地悪)見方をすれば組織票(無いと思うが)への牽制があるかも...。
さて、「かもめ」を冠にした短編演劇祭...神奈川県の県鳥である「かもめ」は、遠く韓国の劇団を招聘するような広がりを見せた。もちろん、日本国内においても各ブロックで勝ち上がってきていることは言うまでもない。

一定のルール下で国籍に関係なく審査員・観客が面白いなど、その感性に訴えた公演が優勝したと思っている。その結果は...。


ネタバレBOX

演劇祭でのルールは、大きく次のとおり。

①上演時間20分以内 ②役者数の制限なし ③舞台は素舞台 ④小道具は簡単に搬入・出が可能なもの、 である。

決勝戦は、次の団体・劇団で行われた(演技順)
●たすいち「透明人間、消える」(Bブロック)
●雲の劇団雨蛙「ミソジニー!!」(*各ブロックの次点最高得点劇団)
●劇団名作とうもろこし畑「この世界で最後のデート」(Aブロック韓国)
●もじゃもじゃ頭とへらへら眼鏡「ピアノのある部屋」(Cブロック)

その結果、かもめ賞は「劇団名作とうもろこし畑『この世界で最後のデート』(Aブロック *韓国)」になった。

さて、自分は演劇はもちろん映画なども芸術は文化だと思っている。その分野で優れたものを選出しようとすれば、何らかの合理的基準が必要になろう。しかし、そこには好みという客観的に表現し難い感性のようなものが存在するのではないか。スポーツの中でも記録(時間、距離、重量など)が計測できるものであれば、その勝敗は明白だろう。しかし、芸術点を競う種目もあろう。
劇団同士、互いに切磋琢磨し素晴らしい(国籍が違っても受け入れられる)内容の芝居を観せてほしい。参加することに意義もあるだろうが、「優勝する」という目標、励みを持つことがあっても良いと思う。

この「神奈川かもめ短編演劇祭」の採点基準は得票数ということであるが、それが(それだけ)良い方法か...第1回を踏まえ更に検討を重ねより良い演劇祭になることを期待している。そして演劇文化が広く、そして豊かになりますように!
フールシェア

フールシェア

さるしばい

「劇」小劇場(東京都)

2016/01/27 (水) ~ 2016/01/31 (日)公演終了

満足度★★★★

ハートフル・コメディ...好きです
登場人物は全員善人で、物語は心温まるコメディ...。その底流にあるのは”感謝の気持を伝える”であろう。この公演は劇団・猿芝居の7公演目であるが、自分はそのうち4公演(本公演含め)を観ている。その共通した感想は、心に痛みを持った人に対し、優しい眼差しを向けているということ。この劇団の特長...笑いの中に泣かせる場面をさりげなく入れる。だから面白い、楽しい、とともにペーソスも持ち帰ることになり印象強いものにする。

ネタバレBOX

舞台セットは、視覚的に楽しませてくれた。忍者屋敷のように色々な仕掛けがあり、ワクワクする。舞台中央または下手側から階段を数段上がると地上へのドアがある。上手には回転する木壁とベッド。下手には引き出しテーブルや壁内部屋があるようだ。地下物件ということもあり、壁面はブロック、レンガ仕様、床はタイル模様である。

舞台は地下にあるシェアハウス...そこの住人は大家(不動産屋)も含め、全員が引篭もり者ばかりである。その人数13名(大家とその亡兄含め)で、どんなに広いスペースなのだろうか?しかし、便利な世の中になったということも感じる。インターネットを通じて番組発信、株式等の取引で生活費を稼ぎ出す。

さて、引篭もりの妹を案じる姉(唯一のハウス外の人)、引篭もり弟を案じながら亡くなった大家の兄(幽霊役)のシェアハウス譲渡などのエピード。他にも引篭もりになった原因が明かされるが、今は皆明るく快活(入居時は無口)。それぞれが相手のことを思って話し、行動する。人間の善意・優しさのみを浮き彫りにし、その素晴らしさを強調する。しかし、その伝達は言葉で伝えなければ...改まると少し恥ずかしくタイミングも合わず、そのもどかしさが窺える。しかし、それよりも全編を通じてエネルギーが満ち溢れ、本当に引篭もりと疑いたくなるような住人たち。その性格が魅力的である。この観せる役者の演技力が軽妙・洒脱で引き込まれる。あくまで芝居の中、非日常で虚構の世界と分かっていても、都内で1万円なら住んでみたくなるようなハウスである。

ラストについて、自分としては全員が巣立ったところで幕にしても良かったのではと、その方が余韻があったと思う。(上演時間2時間20分)

次回公演を楽しみにしております。
その流れを渡れ

その流れを渡れ

各駅停車

小劇場 楽園(東京都)

2016/01/28 (木) ~ 2016/02/01 (月)公演終了

満足度★★★

もう少し緊迫感が
極限状況に置かれた人間ドラマ。その状況を端的に表現していたのが、冒頭の豪雨・雷鳴の音響であろう。状況設定はシンプルで、山奥にある旅館が、紅葉時期を迎えた某日、大雨(100年に1度)の影響で橋が崩落し、今にも山崩れが起きそうである。そこに居合わせた人々の焦燥と思惑、旅館従業員の対処と困惑が描かれる。

この状況は、2015年9月にあった栃木県・鬼怒川温泉が大雨(こちらは50年に1度)で被害を受けたことを思い出した。もっとも災害の様相は似ているが、人間ドラマは関係ない。

この公演のラスト、観客の好みが別れそうだ。自分は嫌いではないが...。

ネタバレBOX

舞台セットは、ほぼ素舞台に近い作りである。あるのは木の縦格子のような衝立、縁台1つ、木椅子2つ。そしてランプ灯。なお、最後まで気になったのが天井にある梯子(階段)?のような造作。
全体的にモノトーンな照明、沈滞するような雰囲気が人の憂鬱な感じを表現しているようだ。

登場人物は、大別すれば客(大学生カップル、離婚寸前の夫婦)と旅館従業員、それに旅館社長とその幼馴染である。客のうち、大学生・彼氏と夫婦の妻が早く帰りたい派、大学生・彼女と夫婦の夫がそれぞれの相手とじっくり話し合いたい派、という態度の違いを見せる。それに従業員の世間話、噂話が入る。

大雨による山崩れの危険性、ライフラインの寸断が伝えられる中、その危険的状況に対する緊迫感がないようだ。原因は自然現象であり、旅館による責任がないことから従業員もどこか他人事。だから客と従業員との間に緊張感がない普通の会話になっている。

自分としては、この旅館(周りに何の観光名所もない所)に来る理由を描いてほしかった。例えば天然温泉(公演では 沸かし湯)とか名物(山菜、川魚など)料理など。そして大雨で温泉装置が壊れる、料理が食せないという不満が客と従業員の間に不穏な空気を流すなど、人間の欲、責任を絡ませて極限における人間模様が垣間見えると...単純な構図では勿体なかった。

ラストは、社長が客を連れて山越えし、また旅館に残った人たちの二次災害の危険性、さらには社長の幼馴染(教師)の暴力事件の経緯と真相は、など思わせぶりに...。その結末は観客へ委ねたのだろうか。ここは余韻と捉えるかブツ切りと観るか、観客の好みが分かれるところ。この先にある不穏な兆し、天災(地震津波)から人災(原発事故)へ被害が拡大するかのような、本公演を通じて”人の行動”を改めて考えてしまう。

次回公演を楽しみにしております。
テレビ万歳! ~宇宙テレビを見るときは、星を明るくして、なるべく地球から離れてみてね~

テレビ万歳! ~宇宙テレビを見るときは、星を明るくして、なるべく地球から離れてみてね~

天ぷら銀河

SPACE EDGE(東京都)

2016/01/21 (木) ~ 2016/01/23 (土)公演終了

満足度★★★

大風呂敷をどう折りたたむか
説明のとおり「ひきこもった真鍋真はテレビばかり見ていたが、おばあちゃんに手渡された金属バットを手に、甲子園に出場する。」することになり...。ここからは主人公の真鍋真(中村亮太サン)が、世に出たことから生じる出来事を中心に、色々な挿話・コント・ギャグのようなバカバカしいネタのオンパレード。こうも話を散らかして収拾できるのかと疑問に思うほどであった。やはり危惧は...。

この劇団は知り合いに薦められ、「六助」(2013年3月・新宿ゴールデン街劇場)を観劇したことがある。その当時はCoRichメンバーになっていないことから、「観てきた!」の書き込みはない。手元手帳に観劇感想があり、読み返してみると、やはり突き抜けた芝居であったことを思い出した。

ネタバレBOX

ナンセンス・パフォーマンスが雑多に羅列するような感じ、と言うと厳しいようであるが、その一つ一つは面白い。ただ、この広げたネタをどう収拾するのかに注目した。最後はやはり奥の手というか禁じ手と思える「妄想」の世界のようであった。仮にその結末でもよいが、その収め方が”雑”のように感じた。

この妄想、引き篭もり少年...その迷える子羊が夢見る物語を色々な角度から描き、観客(自分)の視線を刺激する。もちろん笑いである。この多くの挿話・コント・ギャク等はどれもテンポよく、シーンの描き方はシンプル、切り出しはシャープで、一瞬下品なようにも感じるが、その後のシーンに繋げるための必然性のようにも感じさせる。その観せる手腕は素晴らしい。

さて、この色々な話...「笑った」瞬間に忘却の彼方へ、その繰り返しである。ナンセンス・コメディで観て楽しければ良しなのだが、それだけでは勿体無い、直ぐ忘れ=捨てるには惜しいものがある。これでもかと盛り込み、疾走する車からは景色が見えにくい。そこはもう少し丁寧な仕上げをし印象付ける工夫があってもよいのではないか。

大風呂敷を縮小する必要はなく、その大きく羽ばたく姿は堅持してほしい。型にはまらず一見破天荒な展開が面白い。そこがこの劇団の特長だから。矛盾するような表現かもしれないが、特長を意識しつつ、もう少しセンスのあるまとめ方にしたらもっと余韻も印象も残る。

最後に舞台セットであるが、舞台中央に丸台(盆のよう)、上手・下手に2~3段の階段状オブジェ、正面壁面にTVモニターをイメージした四角い枠。全体に色彩鮮やかなペンキが乱暴に塗ってある。その舞台空間をところ狭しと動くキャスト、演技は巧い。色々な役柄へ変幻自在。ラスト、主人公は丸台に横たわる。そのペンキを塗った床(敷物)を捲るとダーク色の敷物へ変わる。このラストを観る限り妄想と思っているが...。この見事な落差も秀逸。

この劇団(公演)は貴重な原石なのか、単なるガラス球なのか...前者であることを望んでいる。次回公演を楽しみにしております。
AKEGARASU―明烏 転生

AKEGARASU―明烏 転生

NPO法人WOMEN’S

座・高円寺1(東京都)

2016/01/14 (木) ~ 2016/01/20 (水)公演終了

満足度★★★★

現代と過去が融合していない
落語には「人情噺」と「滑稽噺」があるという。本公演「明烏」は前者であろう。説明にあるとおり過去を落語噺と現代を重ね合わせ、男女の情愛が展開されるが、その繋がりが...。

さて明烏は、その名の通り明け方に鳴くカラス、その鳴き声を聞くと吉原遊郭から帰らなければならない、という合図のようなもの。落語噺では、その男女の切ない別れ話が情感豊に語られるところ。

ネタバレBOX

梗概は、説明文から一部引用し「江戸吉原の廓を舞台に 山名屋の花魁〈浦里〉と春日屋の若旦那〈時次郎〉の激烈な恋 運命的な二人の恋路。現代の東京 舞台の上で〈浦里〉と〈時次郎〉を演じる若い二人のいく末は… 業界人たちの思惑が飛び交い、右往左往 時空を超えて重なり合う運命の糸」...時代劇と現代劇が融合する新しい演劇が始まるというもの。

その舞台セットは、段重ねした平台からそれぞれ上手・下手に2~3段高いスペースを設ける。過去の吉原・山名屋シーンは下手側で演じられる。上手は過去・現在の区別や吉原遊郭内と大門の外という違いを見せる。上演前には、衣桁に八端のような絵羽模様の振袖が掛けてある。公演中は、場面転換(暗転)の都度、小道具が運び込まれる。

過去の「落語モチーフの世界」と現代の「芝居の稽古中」という二元的な観せ方は、目新しいものではない。この公演では、現代の舞台稽古が本筋で、魅せる世界観が落語噺としてのモチーフになっている。この公演では「心中」という結末であるが、現代ではステージママ・恋愛スキャンダルや嫌がらせスポンサーからの自立・決別し逞しく生きて行く。本来であれば対比のような観せ方であろうが、アイドルがその殻から脱皮するため稽古をしている光景しか残らない。落語噺と現代の物語は、男女の情愛という点で通じるものがあるが、そこに感情移入出来なかったのが残念(特に、現代のシーンでは情感不足)。それは別々の物語が平行して展開し、関連付けるために交互に、もしくは敢えて先祖・子孫で繋がりを持たせたという印象である。「心中」後は、来世で結ばれる=現代で成就?という望みが叶った。転生だから当たり前か。

生の「新内(節)」...実に艶麗で哀調を帯びており”心中物”にピッタリ。この演奏も含めキャストは熱演しており、花魁たちの艶姿も美しい。外見で落語噺を云々という訳ではないが、その美しい姿の内にひそむ悲しい男女の道行き...そこにこの公演での「おもてなし」を観た。

次回公演も楽しみにしております。
B コレクション4

B コレクション4

Bコレクション

TACCS1179(東京都)

2016/01/13 (水) ~ 2016/01/17 (日)公演終了

満足度★★★★

珠玉作品群...充実
全14話のオムニバスショートコメディ。1話が1~4名のキャストで5~10分程度の話(全体で上演時間90分)。
そのイメージは、シャボン玉のように大きさや色合いが違うものが空中に舞い、その全体の光景が美しく輝いているという感じである。

ネタバレBOX

上演作のタイトルと順番は次のとおり。

1.「遺失物係」 2.「山小屋」 3.「燃えるゴミの日」 4.「面接控室」 5.「将棋対決」 6.「余命宣告」 7.「靴をなめた父」 8.「茶道部」 9.「愛の援護射撃」 10.「蔵」 11.「遠隔操作」 12.「動作実験」 13.「息子の告白」 14.「母と子」

この小作品は大別すれば「あるある」「もしかしたらある」「ありえん」というところだろう。理屈のようになるが、「あるある」は現実的、「もしかしたらある」はファンタジーの世界。「ありえん」は観客が勝手に笑うか怒る?

現実が観えるのはフィクショナルな作り込み。ファンタジーが成立するのは、その世界観がリアルな感触が立ち上がる必要がある。どちらにしても関連性があって作り手(作者)の意思が入り込まないと、短いだけに成功・不成功に直結する。
この作品群が珠玉と思えるのは、しっかり面白さが伝わる...その”観せるというシンプル”さであろう。

たとえば、「あるある」は、「燃えるゴミの日」の出来事。引っ越してきた若者がまだ使える高価な電化製品をゴミ収集場に...捨てるのであれば欲しいよ!
「もしかしたらある」は、「面接控室」での短時間。そう簡単に打ち解けないでしょうが、本番面接の心理的な前哨戦はあるかも。
「ありえん」は「将棋対決」、対局中、将棋盤上に食物を並べないでしょう。バカバカしくて笑えるが、記録係の女性へのアプローチが秀逸。

この作品=玉の大きさ、色、宙に舞う時間も違うが、シャボン玉に個性があるように甲乙付け難い。光の射す角度、流れる方向などによって見方が変わる。そのショートコメディは、日常の生活に埋没している記憶をサッと掬い上げ、忙しさの中に消えていく出来事・言葉を作者が受け止め、観客に伝える、そんな公演のようであった。いずれにしても笑った!(^^)

次回公演も楽しみにしております。
気持ちをきかせて

気持ちをきかせて

空間製作社

東京アポロシアター(東京都)

2016/01/13 (水) ~ 2016/01/17 (日)公演終了

満足度★★★★

ブライダルコメディ...面白かった【チーム上田】
10周年記念公演第2弾、本公演はシチュエーションコメディの珠玉作。チラシの説明や絵柄(父が娘をエスコートイメージ)から明らかなように、結婚式におけるドタバタ物語。Broader Houseという小規模空間をいかに結婚式場らしく観せるか。その建物の規模や立地的な説明は省略し、心模様・機微のような人間味の部分を中心に描いている。

さて、当日パンフに脚本・演出 うえだかつひこ氏が「第1回作品はミュージカル『雪の華』です。ラストシーンに雪を降らせたのですが、終演後に劇場を出ると本物の雪が降っているという自然界の粋な演出で時間製作社はスタート」と記しているが、本公演も楽日最終公演後に劇場を出ると霙(みぞれ)が、そして翌日は雪になった。10周年を迎え、応援するかのように自然界の演出があったようだ。

ネタバレBOX

梗概は、説明から「新郎のシンイチロウと新婦のハルナは、新婦の父親から反対されていた。 議員の父親からすれば、高卒でリストラされたシンイチロウは頼りなく思えたからだ。 苦難を乗り越え、ようやく結婚式を迎えた二人だったが …。」

冒頭の舞台セットは、円柱の吸殻入れとBox(椅子イメージ)があるのみ。全体を通じてほぼ素舞台で、シーン作りは役者の演技力にかかる。この結婚式は訳ありで、それをいかに式場の係員が新郎・新婦に寄り添うことが出来るか。挙式の出席者の一人になったような気持...とはいえ、ドタバタしている裏舞台は見られないので、(表・裏)同時進行を俯瞰するような感じである。実際ありそうなシーン...父親の反対はもちろん、親戚や友人が出席しない、脅迫文が届く、余興ネタがないなど。その都度式場係と派遣会社から派遣された成りきり友人(2人)がピンチを切り抜ける。披露宴時間という限られた時間設定のためテンポ良く展開する。

各キャストの個性豊かな性格付け、式場における立場(リーダー、司会者、調理師)、それに前述の成りきり派遣友人の強かさ(仕事を兼ねた結婚相手探し)が面白い。もう少し個々人の経歴など背景の深掘りがあれば良かった。まぁ典型的なドタバタ喜劇であるが、泣き所もしっかり取り入れ観せる。この日に結婚式をしたかった理由は、亡き母を同じ年齢になったこと、そして母の命日であること。

最後に、余興シーンで成りきり友人の一人(馬場史子サン)が行う、ジブリ作品のワンシーン・メドレーには(会場内が)爆笑した。上演後1Fで挨拶させてもらったが、他公演(「落伍者」@てあとるらぽう 他)も観ているが、このようなネタを持っているとは...。
この劇団公演、次回も楽しみにしております。
特別機動戦隊 J レンジャー

特別機動戦隊 J レンジャー

ジグジグ・ストロングシープス・グランドロマン

上野ストアハウス(東京都)

2016/01/13 (水) ~ 2016/01/19 (火)公演終了

満足度★★★★

ヘビー級の脚本にライト級の演出
タイトルやチラシ(絵柄)からは想像できない骨太作品。当初は着ぐるみ笑(ショー)劇と思っていたが、それは大きな勘違いで印象が一転した。決して重厚・端正な作りという感じではない(失礼)が、底流にあるテーマの捉え方、その観せ方には驚いた。まさに自分好みの公演であった。劇中劇(映画製作)という客観的で同時進行するような展開が、相互に関連して立体的な公演になっている。その立ち上がった姿(テーマ)は、今の日本...いや戦後70年を経てまだ考え続けている課題・問題である。
さらに、その存在によって起こり得る将来の問題も垣間見えるという、過去・現在・未来にわたる提起をしたような公演、観応えがあった。

ネタバレBOX

梗概は説明文を一部引用し「赤字の小さな映画製作会社が起死回生の一打として企画した映画。それは特別機動戦隊Jレンジャーの全面協力の下、女性隊員達の恋と友情を描く青春ラブコメディ・・のはずだった。しかし映画は思わぬ方向へ進んで行く。世界の平和と秩序を守るために、愛するものを守るために、戦え!特別機動戦隊Jレンジャー」という映画製作が、思わぬ現実に直面する。
このJレンジャーは容易に自衛隊であることが想像できる。この組織広報局の対応が、国民の感情に寄り添ってということ。特定時期(観桜)に施設を開放し、地域住民との交流を図る。Jレンジャー(施設)の存在が地域経済の活性(雇用も含め)に繋がっている。なにより国(愛する人)を守るという使命感。
その組織の全面支援を受けて製作する映画、脚本は従来依頼していた個人から、インターネット上にいる姿なき脚本家達(集団)に依頼する。その脚本家はネットユーザーの意見を反映し面白い(興行的に成功)ものへ都度変化する。この映画のために5人の女優がオーディションで集まり、Jレンジャーに体験入隊する。
この訓練を通じて、女優たちはその性格、身体能力、経歴や悩み・希望・夢を語り出す。さらにJレンジャーという組織のあり方も考え出す。この考える姿こそ、観客に投げかけるもの。Jレンジャーの役割・必要性・生きがい・使命感等の肯定面、一方、不必要・危険・同盟国テロに関連したテロの標的という否定面が浮き彫りになるような各シーン。また少数の主張を押し込め、脅迫するような全体主義を下にした似非民主主義も感じる。

この公演では多くの印象的な場面があるが、特に感じ入ったところ...。
映画脚本の件、ネット上の作者(実態が不明)で多くのユーザー意見を取り入れる。興味を持つ多くの読者がいる反面、その内容には誰も責任を負わない。個人の意見がなく、極端な多数(全体)主義に危機感を持つ。そこに金のために行動していたプロデューサーも気づく。多数という中に隠れる無責任さ、怖さ。
同盟国がテロから攻撃を受け出撃するが、J組織は犠牲者、それも隊のシンボル的な隊員が犠牲になることを望む。国民の憤りを煽り組織の存在・重要性を正当化できるかというもの。

その舞台セットは、高さ30cm程の立方体が6個、八の字形に置かれている。ラスト近くに墓に見立てられ、そこに桜が舞い落ちるシーンは胸が痛い。TV子供番組の”○○レンジャー”のような赤いボディ・スーツがカッコ良いが、それは外見だけのこと。見た目ではなく、真に考えなくてはならないこととは...。

2015年の安保法に絡め、当日パンフにある脚本家・堤 泰之 氏が「初演時(2014年9月)は、ちょうど集団的自衛権の問題が話題になりかけた頃でした。それがわずか1年半の間に、こんな形で法案が成立するとは・・・この国のことについて、今、目の前にある戦争について、観客の皆様と一緒に考えることができたら・・・」と。自分も同感でさらに混乱と混迷の世になったようだ。この公演、訴えたいところは明らかであることから、あざといと思うところもあるが、自分は素直に受け止めることにした。

最後に女優陣の言葉...訓練中に傘を銃に見立てていたが、本当に傘で良かったと...。
次回公演を楽しみにしております。

ラマルク

ラマルク

にびいろレシピ

OFF・OFFシアター(東京都)

2016/01/14 (木) ~ 2016/01/17 (日)公演終了

満足度★★★

瑞々しいが...
場内は薄暗くモノトーンな照明。その雰囲気は無機的な状況に浸っている感じである。その世界は寓話のようであり、御伽噺でもあるようだ。
説明文のタイトルは「ラマルク」だが、別にRamarckとスペルが表記されている。その名前は、その分野を研究しているものであればある人物に気づくであろう。
この芝居は、プロローグとエピローグを描くことによって、ストーリーの全体像もしくはイメージ像が築けたかもしれない。そう思うと少し勿体ない気がする。

ネタバレBOX

ダーウィン「進化論」を研究すると、そのRamarckの名前が引き合いに出されることがあるだろう。提唱した「用不用」説...人体器官は使用しなければ退化する…説明文が意味深である。赤ん坊は天使…生まれるに際して”翼”はどうしたのだろうか。
さて、人の思い(希望)も用・不用が関係しているのだろうか?自分が、この物語から感じられることは2つ。

第一に、大気(核)汚染のような環境悪化によって地上に住めなくなった人類の(近)未来が描かれる寓話。それは自然界の変化ではなく、人為的な活動によってもたらされたもの。地下(シェルター?)ゆえに太陽の輝きはなく、植物が育たない。その暗喩が植木鉢に風船を入れ(植え)る動作になっているのではないか。この先、どうなるのか、未来はあるのか、その不透明さが不気味で怖い。

第二は、母親の胎内で聞いている御伽噺...こちらは人間の主体的な関わりが観て取れる。それが”生まれて見る光景”について、幼馴染みが描く美しい風景画として聞かされる。一転して自然の恵みを感じるセリフの数々。

その舞台セットは、中央に色鮮やかな円段通。上手は、2段差のある上空間。下手には棚や地空中など乱雑に配置した植木鉢が数個。上手の空間で女性2人が膝枕をさせ、もう一人の女(子)の髪を梳くような仕草。生命の誕生によって広がる未来、そこには夢も希望もある。

さて、物語としては前の話のイメージが強い。それは映画「デイ・アフター・トゥモロー」(2004年)のように自然環境が急速に悪化し、一瞬にして氷河に襲われる。その閉じ込められた先...図書館が、この公演では地下に置き換わるようだ。そこに自然に対する人間への警鐘が...。
役者の演技からは、地下での生活苦が感じられない。逆に、郷愁のようなものが見える。緊迫感、絶望感が観えないのが不思議。そして個人(姉妹)生活に立脚した視点ゆえに社会的な問題提起に及ばない。それであればやはり胎内か...その不思議感覚だけの印象では勿体ない。嫌いではない描き方だけに。

次回公演を楽しみにしております。
台風の夜に川を見に行く

台風の夜に川を見に行く

マニンゲンプロジェクト

「劇」小劇場(東京都)

2016/01/13 (水) ~ 2016/01/17 (日)公演終了

満足度★★★★

映画のような演出
映画のカットバック、フラッシュバックのような演出...その年代を映し出し、過去や現在など年代に関係なくランダムに描きだす。シーンの切り出しで、時間の連続性が不規則になり時系列でないことが物語の展開を難しく観せるようだ。しかし、だからこそ一定の時間内に描きたい内容を凝縮し、緊張感と臨場感溢れるシーンが生まれる。物語を時間軸(過去から現在)を一定方向で理解しようとすると混乱が生じるかもしれないが、少なくとも自分はその描かれた人物の人生(半生)とそれに関わった人々の日常起こるかもしれない出来事(事件)をダイナミックに捉えた舞台として楽しめた。全員が、それぞれの人生においては主人公であるような…。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

登場人物にして、主人公(佐竹麻希サン)は、横浜マリーまたはメリーをモチーフにしているのだろう。その彼女のドキュメント映画が約10年ほど前に某映画祭の一環で上演されたことがある。その独特の風貌(メイク・衣装など)は、その時代に道化として現れるタイガーマスクやピエロメイク、現代的に言えばコスプレも入るかもしれないが、その自己主張(表現)の一種であろう。そこには他者から認めてもらう、というような面と”生きている”をアピールしているような気がする。
演技は、各キャラクターを確立しバランスも良い。その陰陽ある生活状況等を表現する照明と音楽は印象深い。特に横浜マリーが壁際で佇む姿に照射し、壁に映し出された陰影が悲しい。

彼女のエポックとなるような出来事を年代映写し、その時代の特徴(状況)を後景にしつつ、スナックという場を設け、客(1962年生まれの高校の同級生という設定)、店の人たちを従えて、というよりは登場人物全員がカットバックしたシーンに応じて主人公になるという群像劇。

その舞台セットは、スナックの客席(2つのボックス席、テーブル上には飲食物)、上手にポスター・雑誌表紙、下手にオロナミンC(大村昆)が貼られている。細かい工夫であるが、恵み(施し?)を請う時に出される新千円札(1950年)、オロナミンC(1965年)、復刊した新ロゴ LIFE(1978年)など、登場人物のエポック時期を象徴するもの。

横浜マリーの半生を中心に、その人生は戦中・戦後という時代に翻弄されたが、必死に生きて来た。そして出入りしていたスナックで出会う人々の人生を衛星のように上手く切り出し、男女間の嫉妬・すれ違い、家庭内で堆積する不満・鬱憤、親子の諦めと断絶、大都市で成功したい・自立したい、そのような関係・願望が、斜に構えつつも温かく見つめるような公演。その描いた姿は、多少コミカルに、シーンによってはシュールに使い分け、その根底には逞しく生きるが見える。登場する人々を通して街路を行き交う、平凡にして日常を淡々と生きる。
この一瞬乾いたようなシチュエーションであるが、一方応援歌のような...その潤いも感じられる。その大きな流れ(台風)の中で身を委ねて面白さに浸(溺)れた。

次回公演も楽しみにしております。
ジョルジ・フッチボール・クルーヴィー

ジョルジ・フッチボール・クルーヴィー

Ammo

d-倉庫(東京都)

2016/01/08 (金) ~ 2016/01/11 (月)公演終了

満足度★★★★

人間的視点と社会情勢
ブラジルであった、実事件をモチーフに描いたようなサスペンス劇。
当日パンフに劇団Ammo代表の南慎介 氏が今回(本公演)はある、矛盾の話...と記していたが、さらに根深い不条理のようなものが感じられた。

この公演は、観客の視点を自然に転換させる巧みな観せ方が見事。冒頭の凶悪シーンから物語が進展するにしたがい、いつの間にかストリートチルドレンの側に立ったヒューマニズムを思わせるような...。人間の中に潜む狂気のような感情と、そうならざるを得ない政治・社会情勢を上手く融合させる手腕が素晴らしい。
描くは、今の日本では想像し難いため、異国の地の出来事としつつも普遍的に感じるであろう、「富裕」と「貧困」の間で現れる人間の本性を...。

ネタバレBOX

カンデラリア教会虐殺事件。この教会は、違法薬物売買、売春などに関わった、家のない子どもの宿泊所の機能を持っており、食料、教育などの援助を行っていた。某日、子どもたちのグループに発砲し、当時のマスコミ発表では6名死亡と伝えられた。
リオデジャネイロは、インフレなど経済不安定から、路上生活や犯罪行為に走る少年たちが問題視。警察等により路上生活者への「取締り」や「補導」を名目とする暴力行為があったという。リオには「死の部隊」と呼ばれるグループがあり、商店主らは治安悪化などで観光客の客足が伸び悩むことから、安給料の警官や元警官などが依頼を受けて路上生活者に近づいて暴行や殺人を行っていたという。

公演は、この実際あった事件をスラム(「チラシ」のイメージ)に置き換えて、もっと広範で深刻な内容にし、その重大性を強調している。舞台セットは、d-倉庫の天井の高さを利用し、斜面に広がるスラムをイメージさせる高層構造…中央部は出入り口、上・下手に変形階段。斜面坂道などを思わせる。
冒頭は子供による強奪シーンであるが、次第にその環境・境遇から止む終えないものと肯定されるようだ。その人間性は貧困という病のせいだ、という論理が個人における正義と悪行の分かれ目になってくる。その根源は劣悪な社会・経済状況にある。
観所は、「死の部隊の警察官」のエスケルディーニャ(西川康太郎サン)とフッチボールコーチのジョルジ(桑原勝行サン)の対決シーンであろう。裕福でなければ権利も自由もない...生きている価値さえないという。一方、貧困であっても生きて夢をみる自由はある、そんな対立会話の応酬が圧巻であった。
物語は、ストリートチルドレンへの人間的な同情へ...個人的な視点を据えているが、その先には国家への鋭い批判が...。
その描き方が現在ではなく、10年前の追跡取材で明らかにする。その事件を客観的に観る上でも、巧い構成である。そして、取材を通じて明らかになる過去と現在の恐るべき繋がり…観応えあった。

さて、現在の日本社会に目を向けると、犯罪性には疑問があるが路上生活者がいるのも事実。実際、行政機関がその人数を把握する調査を行っている。その状況になった原因等は色々あるだろうが貧富差が拡大しているのではないだろうか。

この公演は芝居としては面白いが、ブラジルにおける当時の状況が色濃いような気がする。観念的には理解しつつも身近な問題として実感するには...。
ただし、貧富・差別・自由・権利、そして暴力の連鎖という大きく普遍的なテーマの見据え方は良かった。

最後に、最近は海外時事(ニュース)を入手する部署から離れているが、それでもブラジルは2016年オリンピック開催に向けて治安改善に努めていると聞くが...。
次回公演を楽しみにしております。
三日月にウサギ

三日月にウサギ

9-States

OFF・OFFシアター(東京都)

2016/01/07 (木) ~ 2016/01/11 (月)公演終了

満足度★★★

心の彷徨...閉塞からの解放を求めて
表層的に物語を捉えると、その閉鎖性のある街から出ないのか、また逆にそれを承知で入ってくるのか、という疑問が生じる。しかし、そこは敢えてそういう状況の中で展開していく波紋の色々…そんな感じがする。
公演の雰囲気は沈滞的であり不気味な感じもする。何か起こるだろうという、その不思議感覚が面白い。
芝居の台詞にもあったが、ジャンルにとらわれると本質を見誤る...この劇の狙いはどこにあるのか。自分としては、”生きる”をしない者と”生きたい”者が出会って、心的交流から見える彷徨では...。
この公演は2ヶ月連続公演Vol.2となっており、前回はホテルが舞台であったが、今回はジャズ喫茶である。そのセットは...

ネタバレBOX

基本的(舞台セット)は、同じようだ。中央から下手側にカウンターとスツール、中央にトイレ、上手に店の出入り口がある。下手客席側に懐かしいゲーム機1台。中央に丸テーブル席・椅子がある。

主人公は、ウサギ(山田青史サン)と三木薫(倉垣まどかサン)の2人。この両人の”生きて行く”ことから生じる、周囲の人達の思惑と誤算による悲喜劇といった感じである。
何故だか、波形を見ただけで少し先の未来のようなものが見えてしまう。一瞬SFかと思わせるようなところもあるが、それは枝葉のようであった。その先読みに頼って日銭(パチンコの回転率等)を稼いでいたが、この街から出るため大金を得る算段をする。金融(FX)で勝負することを企むが...。
そんな時、他の街から薫がやって来て、ウサギに能動的に”生きてみよう”と働きかける。その薫は父親から性的虐待を受けており、外見を男の格好にし、必死に生きてきた。そんな生き方に違いがある人と人の出会い。生きるのが息苦しくなったら「(三日)月にでも住むか」、「波形読まずに未来ワクワク」という台詞が何となく悲しい。

人として強欲を持つ者、無欲の者、または多くの欲を持たずに淡々と過ごす者、その心のあり様を捉えた時、自身に内在するもの(欲望)が透けて見えるようだ。他人から見えない内面を描こうとしているが、その表現が難しい。人は不自由からの解放=欲望を実現していくか、手っ取り早く行うためには他人を利用する。その端的手段が「金」だという。
積極的に”生きること”にすることで周囲の人々との関係・状況が変化して行く。自分の意思と関係ないところで他人の思惑を左右する。自分が幸福を求めることで、周囲の人々を不幸にする。

この自分と他者との「幸福」と「不幸」の逆相関がアイロニーのように感じて、芝居の沈滞・物憂げな雰囲気を追いやり滑稽にさえ思えた。
生きる目的を持った(共有した)ことによる悲劇、無関心から派生した他人の不幸という喜劇...不可思議な公演であったが嫌いではない。

冒頭に記した街の閉塞感について、若干の説明...家族のこと、郷土愛のような一片が見えると違った見方もできるが、好みの別れるところであろう。全体の怪しげな雰囲気の中で、彩りを見せたかったのか…高山ふみ(飯野くちばしサン)社長と従業員の会話が浮いたようで違和感があったのが残念。

次回公演も楽しみにしております。



陽のあたる庭

陽のあたる庭

演劇ユニット狼少年

小劇場B1(東京都)

2016/01/06 (水) ~ 2016/01/11 (月)公演終了

満足度★★★★

骨太...感動!
第2回公演...とても観応えのある翻訳劇であった。チラシ記載のとおり原作はジョン・スタインベック「二十日鼠と人間」(邦題・1937年出版)である。原作の舞台となったのは、1930年前後の世界大恐慌時のアメリカ・カルフォルニア州の農場であるが、本公演はそれから約30年後の東京オリンピック前年(1963年)、日本・栃木県にある飯場・安藤組に 時と場所 を換えて描く。そこには原作同様、貧しくても逞しく生きる、そして愛しくも切ない、そんな人間讃歌が語られる。そして、オリンピック前年という高揚感ある時代背景にも関わらず、当時の世界状況・社会状況への鋭い批判と、2020年の東京オリンピックに向け、現在に対しても警鐘するという骨太作である(1時間40分)。

ネタバレBOX

開演前から昭和歌謡...「いつでも夢を」などを流し、50年以上前の雰囲気を醸し出す。舞台セットは、劇場出入口の対角にある壁面に沿わせて平板を粗組む。2場面(山中、飯場)であるが、平板は山林や飯場での寝床・腰掛場に見立てる。飯場シーンの場合は、それに木食卓と丸椅子も暗転時に配置する。

梗概は、チラシ説明「戦災孤児のダイとショータは、いつか自分たち家を持つことを夢みながら、出稼ぎ労働者としていつも一緒に各地を渡り歩いていた。地方の道路整備が着々と進められる中、二人が辿り着いた新たな働き口であるトンネル工事の現場で、二人はそこに集う人々との生活を始めるが…」のとおり。

物語や人物造形は原作に模しているが、日本の状況をしっかり捉えている。例えば、東京オリンピックの前年当時(1963年)、東京では道路舗装、ゴミ収集が行われ美化が進んだという。しかし、飯場労働者(在日朝鮮人)・ピョンの言葉を借りれば、それは上辺だけで汚い・臭いものに蓋をしたに過ぎない。
公演の中で繰り返し出てくる台詞「世界はひとつ」は、東京オリンピックのスローガンの一節で、当時の世界情勢・東西冷戦を意識している。その状況は変化したが、現在では世界いたるところで紛争が起こり、テロも頻発している。そういう世界、さらには国内では震災復興ということを意識しておく必要があることを痛感。

主人公2人ダイとショータは戦争孤児という設定である。それを考え合わせると、社会の底辺で働く人々に向けた優しい眼差し、逞しく生きる人々への応援歌、平和への思い。その描かれる内容に心打たれる。この心魂に響く演出...暗転時には小鳥のさえずりなどが聞こえ、明転後の照明もコントラストを付けインパクトを持たせる。音響・照明を(相乗)効果的に利用し、観客に印象付けるという観せ方が丁寧である。

演技は、役者全員が安定しバランスも良かった。その性格付も原作とおり確立していた。女優2人、飯場の飯炊き女・照代(岡本恵美サン)は、その明るく優しい姿が、”日本のおかあさん”そのもの。親方の息子の嫁・留美子(森由佳サン)は、アイドル出であるが汚れ役で切ない女を好演していた。そしてやはり、ショータ(曽我部洋士サン)の演技が素晴らしい。

気になったのは、すぐに安藤組に来た時の飯場の緊張感がなくなったこと。溶け込むまでのエピソードがあると更に印象深いと思った。逆にその変化に2人が飯場に親しんだという、時間の経過が見えるのかもしれないが...

次回公演を楽しみにしております。

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