大正浪漫に踊る~天空を翔るハイカラ姫たち~
劇団Brownie
小劇場B1(東京都)
2018/05/30 (水) ~ 2018/06/03 (日)公演終了
満足度★★★★
テーマは現代にも通じる"女性への応援劇"といったところ。「大正浪漫を生きた実在の人物と史実、フィクションを織り交ぜた大正浪漫喜劇」という謳い文句で繰り広げられる物語は分かり易く、そして楽しめる内容になっている。設定等に矛盾するようなところもあるが、日本史学習をする訳ではない。公演は上演後、近くに座っていた小学生らしき子が「あー面白かった!」という言葉に端的に表されていると思う。
(小)演劇界は商業的に厳しいということを聞くが、このような子供も大人も楽しめる公演によって活況になればと思う。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
この劇場の特徴である二方向の客席ではなく、客席と演奏者席(キーボード、ヴァイオリン)にしている。セットは段差を設けただけで、基本的には素舞台である。衣装や髪型は大正時代を思わせるもので、特に女学生は襠高袴、束髪(そくはつ)ではないがリボンを付け雰囲気を出している。
梗概…舞台は下田歌子が校長を務める「広尾女学園」。女学生達は、恋・勉学・芸術など自由な空気の大正浪漫を謳歌していた。そんな中、3人の大柄な転校生がやってきたことから、平和な学園が一変する。ある日、在校生の江良嘉代の代わりに平塚はる(後の「らいてう」)が誘拐される。次々に起こる事件に仲間が巻き込まれだしたことから、大正のハイカラ姫達が立ち上がるが…。
主人公の平塚はる(百瀬歌音サン)は無気力、無関心、無感動のように学園生活を送っていたが事件を通じて人間的な成長をしていく過程が描かれる。これは歴史的な人物を介して女性だけではなく、切っ掛けがあれば男女問わず開眼・成長することを示唆しているようだ。
物語は実在の人物や史実を織り交ぜた虚実綯い交ぜのフィクション。年代や登場人物の相関関係は辻褄が合わないが、それよりも現代に通じるテーマ”女性の社会進出”が鮮明に描かれている。登場する女性は、板垣退助夫人の絹子、下田歌子(現在の某女学園=劇中では「広尾女学園」の創始者)、鳳(与謝野)晶子、江良嘉代(加代)、市川房枝(演じたのは小学5年生と紹介されている)等、自分でも名前は知っている人達である。大正時代を背景にして、女性の活躍を暗示させる内容。しかし100年ほど経った現代においても女性の社会進出等が声高に叫ばれる。例えば、世界経済フォーラムによるジェンダー不平等状況を分析した「世界ジェンダー・ギャップ報告書」では、ここ数年日本は100位(対象国140国強)あたりである。
何人かがいくつかのシーンで言い直したり、噛んだりしていたのが気になり勿体無かった。また、役者間の演技力に差があることが分かってしまうのが残念であった。それでも先に記した子供も大人も楽しめる公演は好かった。
次回公演を楽しみにしております。
あたみ殺人事件
獏天
Geki地下Liberty(東京都)
2018/05/29 (火) ~ 2018/06/03 (日)公演終了
満足度★★★★
「熱海殺人事件」(つかこうへい作)は多くの劇団で上演しており、特徴を持たせないと陳腐化して見えてしまう。本公演(脚色・演出 イデヨシフサ氏)では配役を男女逆にするという試みだ。発想的には面白いが、それを表層的な観せ方だけではなく、内容にその特長をどう落とし込むか。そのことによって独自性が生まれると思うのだが…。
(上演時間1時間45分) 【アマゾネス編】
ネタバレBOX
セットは大きな両袖机。その上に黒電話や調書が置かれている。冒頭は大音量で流れる「白鳥の湖」のBGM、そして受話器を握り大声で喋っている木村伝兵衛カトリーヌ部長刑事(木許舞由サン)の立ち姿はお馴染みのもの。あたみのシーンは2階部や取り付階段で演じるなど工夫を凝らしている。
物語は警視庁の木村部長刑事が あたみの殺人事件の概要をなぞりながら、その過程で事件の底流にある社会問題を抉るものと思っていたが、その場景は弱い。つかこうへい のペンネームの由来と言われている”い つか公平 にを”意識させる描き方が弱く、物語に深みのようなものが感じられなかった。
原作は在日への人種差別への思い、故郷を追われた慟哭。また性への偏見差別、職業・職場、社会進出における男女差別、権力至上への揶揄など、色々な問題・課題を浮き彫りにしていた。一方、人が感じ持つ優しさ、哀しさ、孤独などの人間讃歌とも受け取れるシーンの数々。容疑者を一流に仕立て上げることで、事件の底流にある本質を炙り出すという醍醐味があった。
確かに先に記したようなオープニングシーンや、新任刑事に渡す書類を床にわざと落とし、木村が「拾ってください」という台詞、木村が成長した犯人を花束で何度も打ち据えるシーンなど、この作品の名物となっている部分は取り入れており、表面的には面白い。
つかこうへい の思いは、やはり役者の演技力という体現なしでは伝わらない。特に主人公の木村部長刑事の力強く凛とした姿と愛嬌ある仕草、富山県警から派遣されてきた熊田留刑事(吉留明日香サン)の野望と哀切、そして木村部長刑事の男娼的存在の水野朋和刑事(汐谷恭一サン)との遣り取り。容疑者・大山金子(林彬サン)の哀歓。役者は熱演であるが、その人物像が抱えている人間的な深み、さらにはその人々が直面している社会情景・状況、そこに内在する問題や課題が描けていない。それが人物に反映出来ていないことが人間的魅力の欠如になっていると思う。
表層的な観せ方も大切でその試みは十分伝わるが、原作の意を表した脚本、それがもう少し反映された脚色になっていれば…。
エンゼルウイング シングルウイングズ
Sky Theater PROJECT
駅前劇場(東京都)
2018/05/31 (木) ~ 2018/06/03 (日)公演終了
満足度★★★★
自分自身に正直に生きようと模索する姿、それを家族との関わりの中で見出していくヒューマンドラマ。同時にあの時こうしてい"たら"、こうしてい"れば"という「たら・れば」という誰しも一度は思ったことがある願望がある出来事を通じて鮮明になる。
観せ方は、この現実とは別にもう1つの現実が存在するというパラレルワールドのようであり、また時空間を往還するような生活(世界)が繰り広げられる。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
舞台は矢野家。この矢野家の娘・夏子の2011年と1995年を往還することで自分自身に正直に向き合う姿を描く。2つの時代はもちろん東日本大震災と阪神淡路大震災の年であることは解る。さらに室内の壁に「伊勢志摩」「白浜」のペナントが飾られ、昨今話題になっている「南海トラフ」を連想させる怖さ。
セットはどちらの時代もリビング。ただし1995年は、まだ父が家業の電器屋を営んでおり戸を開けると電気製品が置かれているという丁寧な見せ方。2011年は母と2人暮らし、幼い頃に父を亡くし母と二人暮らしをしている夏子は体調を崩し、今後の仕事や暮らし方に悩んでいる。1995年は父は生きているが母は亡くなっている。離婚して2人の娘と実家に戻りと他界した母の変わりに父の世話をする主婦の夏子は順調と思っていた娘達との関係が実はうまく行っていないことに気づく。別の時間軸、違う人生を生きる夏子と夏子。その2人の私がある日の地震を境に人生を交換するが…。
人は何らかに縛られて生きている、それが家族という”関係性”の中にある。家族に心配をかけたくない、家族(娘達)のためという思いが相手に伝わらない。自分自身を見失い、自分勝手な行動が回りの迷惑や重荷になることが分からない。そんな自分を変えることができるのは自分だけである。それを2つ時代を往還して客観的に見つめる。心を解放し本音で語ることによって信頼できる関係性を保てる。大学生の長女・優羽(佐伯さやかサン)の縁談をコミカル・シリアスに描くこと、その短期間で人間の喜怒哀楽がしっかり表現させる演出は巧み。
2人の夏子の情報交換の手段がノートというところは情緒があって好い。時空間が違うからインターネットのような電子機器は利用できないと思うが、そのような現代的な手段を利用すると興醒めしたかもしれない。
演技は登場人物のそれぞれの立場や性格を立ち上げ、バランスよく演じており安心して観ていられた。また2つの時代は登場人物だけではなく、照明(暖色を諧調)で違いを表しており上手い。
次回公演も楽しみにしております。
寂しい時だけでいいから
劇団フルタ丸
浅草九劇(東京都)
2018/05/30 (水) ~ 2018/06/03 (日)公演終了
満足度★★★★
住宅展示場で繰り広げられる幻影、幻想(偽装)家族の団欒物語。主人公が見る幻影を通して「孤独」や「家族」の問題が浮き彫りになって行く。その観せ方はユーモアの中にペーソスが感じられる、そう人生の哀歓を思わせる不思議な公演。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
舞台は理想のマイホームが並ぶ住宅展示場。セットの中央はダイニング、楕円形のテーブルに椅子、上手側はベランダが見えるガラス戸、下手側は別スペースとして子供部屋であり屋外の喫煙スペースを現す。正面上部に住宅展示場の警備員の詰め所があり事務机が2つ置かれている。所々に観葉植物が置かれ高級感溢れる仕様の展示場になっている。
梗概…この住宅展示場の警備員・林トキオ(宮内勇輝サン)は仕事にあまり責任も誠意も持たず唯々諾々とした仕事、生活態度である。日中の賑わいが消えて住宅展示場という街が闇に包まれ、孤独なトキオは展示場を歩く。
ある日、煙草を喫うため先輩からもらったマッチを擦ると、夜中にも関わらず展示場に明かりが灯る。そこでは家族の楽しい語らいがあり、いつの間にか自分も招き入れられて…。
現実と幻想の世界が交差し、心の内にある混沌とした感情が…。可視化できない感情は、それまでの暮らしぶりと現在の展開し出した生活の間に表れる思索と諸相によって浮き彫りになる巧みさ。実家とは距離を置き、帰省もしないトキオが幻想家族の一員であることで心の安らぎを覚えている。もちろん仕事振りにも好影響が出てきた。
家族は単なる遺伝子で繋がる人の集まりと言ったシニカルな捉え方のようにも思える。表層的にはマッチを擦ることで現れる幻影は、「マッチ売りの少女」を連想させる。マッチ売りの少女は金銭的な貧しさ、一方トキオは心が満たされない貧しさという「物」「質」の違いはあるが、どちらも救いがあれば…。そんな寂しさにホッとした安らぎを思わせる公演であった。
また、先輩警備員・岩切(フルタジュン氏 作・演出)と展示場の来訪客が大学の同級生であり、就職活動を通して生き方の違いが説明される。そこに人間が持っているちよっとした意地悪、嫉妬、羨望等が垣間見えて先に記した可視化できない”心”というものが見えてくるような気がする。とても意味深であり観応えある作品であった。
次回公演も楽しみにしております。
はこぶね
劇団おおたけ産業
新宿眼科画廊(東京都)
2018/05/25 (金) ~ 2018/05/30 (水)公演終了
満足度★★★
何気ない集まりが、段々と新興宗教色を帯びてくる。ある出来事によって人々の生身の人間臭さが浮き彫りになってくるブラックユーモア。
(上演時間1時間25分)【Bチーム】
ネタバレBOX
素舞台、ときどき腰高の棚のような所に座るなど単調にならないような工夫が観られる。場内は明るい淡色で、現実感・生活感がなく浮遊感に包まれている。シーンに応じて衣装を変えるなど、室内に変化がないだけに観せる工夫は好かった。
物語はヨガまたは精神修養の教室のような集会に連れて来られた女子大生・鳩山(石井智子サン)が戸惑いながら、言われたポーズをするところから始まる。この冒頭シーン、数人に囲まれ強要ではないと言われるが暗に断れない雰囲気にさせるところは、新興宗教の勧誘を連想させ面白い。その光景を後押しするように、タイトル「はこぶね」に絡め旧約聖書の「ノアの箱舟」が朗読される。雰囲気は宗教色を帯びているが、実際は友達感覚の緩い集まりである。たまたまリーダー的な男・庵野タロウ(藤原拓弥サン)が人の前世が分かるという特別な存在として描かれる。グループ内の女・烏丸(西出結サン)がタロウを教祖のように別次元へ押し上げようと「メシア」「ガーディアン」などと言う独特な呼び方を始める。一方「グル」など別の呼び方をする者も現れ、チグハグな会話が緩い笑いを誘う。
鳩山は自分が見る夢とタロウがいう自分の前世がリンクしているようで、気になっている。タロウと2人で外出・散策しながら聞きだす姿がデート・恋愛に発展しているように誤解される。鳩山の友達感情と烏丸がタロウに抱く特別な存在の感情、鳩・烏の白黒感情が衝突したときに、不可解な感情が沸き起こり「悪魔」呼ばわりになる。普通に存在するようなグループが何かの拍子にカルト集団に変容する。それは判断、決断しない人々が回りの環境、状況、または風潮、雰囲気といった抽象的な事柄で流されてしまう危うさ、怖さを面白く観せている。
内容的には面白いが、籠められた”思い”のようなものがフワッとしてインパクトが弱く感じられたのが勿体無かった。好みとしてはもっとエッジが利いたほうが良かった。
次回公演を楽しみにしております。
Silent Majority
劇団龍門
サンモールスタジオ(東京都)
2018/05/23 (水) ~ 2018/05/27 (日)公演終了
満足度★★★★
人生の”羅針盤”はどこを向いているのか。目標、夢に向かっていく経路は人様々、その道筋をたどる羅針盤は自分自身の選択と決断に委ねられている。自分の人生だから当たり前かもしれないが、時に悩み苦しむことがある。それをいくつかのシチュエーションで描き、全体を優しく包んだような公演。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
本公演は「羅針盤」(2015年)の再演。セットも同じような作りで、後景に鉄道の陸橋、客席寄は事務所(探偵事務所または取立屋)内で事務机・椅子が置かれている。上手側が事務所出入り口、下手側はゲイバーの休憩室といった設定である。
探偵事務所にはインコ探し、アイドル(または女優)の悩み相談など千差万別な依頼事が舞い込む。さらにゲイバーの4人の生き難い世の中や心の葛藤、数千万円をかけて整形手術したゲイバーママの割り切った人生訓、ハリウッド俳優を目指す若者の不安定な精神状態、取立屋の更生姿などが、オムニバスのように描かれているようだ。表層的には先に記したシーンを交錯させて1つの物語として構成している。観せ方はある程度悩み事などの小話が完結し、次の話に繋がる展開である。テンポよく感じるのは映画のカット割のようにシーンごとのメリハリが利いているからだろう。
人生の究極…「生」と「死」の狭間にあるのが悩み苦しみ等であり、何かを選択することだろう。そのキッカケの手助けになっているのが探偵事務所(イメージは悩み相談なども行う何でも屋)での独白・激白。後景(陸橋上=自殺)が「死」、前景(事務所内=快活)が「生」といった描き方で、それら全体に見える全景が人生の選択といった構成で巧い。
底流にある筋は、元刑事が悪徳刑事の後輩を裏切り刑事事件にして服役させたこと。そのため刑事を辞め探偵事務所を開設、そして出所した元刑事の復讐が…。彼ら自身もそれぞれの立場で生き方を選択している。この元刑事同士の演技が緩い笑いとビターな味わいと深みが感じられ良かった。他の役者も登場人物をデフォルメして演じているが、その心内は十分伝わる熱演であった。
卑小なことかもしれないが、「人生はやり直せる」「人生から逃げない」などの台詞は、あえて言わなくても劇中に溶け込んでおり、十分伝わるのではないか。劇として骨太感を観せるためかもしれないが、逆に教訓臭のようなものが出てきてしまうのが残念であった。
ラスト、陸橋の上から主宰の村手龍太氏が、この物語には主人公がいないと言う。劇中の人物一人ひとりの選択を描くと同時に、観客に向かって貴方の人生、どう生きるかの選択は貴方自身で という投げ掛けが…。
次回公演も楽しみにしております。
「ムイカ」再び
コンブリ団
駅前劇場(東京都)
2018/05/25 (金) ~ 2018/05/27 (日)公演終了
満足度★★★
贅沢な空間…場内の半分近くを舞台にし、客席も隣席との間隔を広くしゆったりとしている。この空間で心象劇のような世界観の広がりを持たせるようだ。何となく読み聞かせのような感じもする不思議な公演であった。
(上演時間1時間30分弱)
ネタバレBOX
舞台は素舞台に近い。真ん中に真ちゅう棒のような物を立たせ、三角形の頂点のような所に台座の一部が繋がっている。登場人物によって台座が半円を描くように動かされる。台座に座るまたは寝ることによって、そこが自宅内であり病院内のベットの上といった情景をイメージさせる。場内はモノトーンで落ち着いた雰囲気に包まれている。衣装…色を感じさせない白い服は「過去」であり「死」、赤など色彩鮮やかな服は「現在」であり「生」を連想する。時の経過の中に生・死が淡々と描かれるようだ。
物語の概要を記すのは難しい。公演タイトル「ムイカ」は広島への原爆投下の8月6日を表しているが、その投下によっての影響を感じることは出来ない。もちろん投下の是非を問うような説明もなく、ある家族の視点から断片的に語られる話。それが語りかけといった印象を持たせる。祖母が孫に地図を見せながら原爆投下地点を説明する。それは自宅が原爆地から離れており、原爆による影響を受けないこと。原爆被害のあまり好くない風評を気にしているような語りである。それは醒めた客観的な見方。
物語は終戦から数年後と現在を往還するような展開で、明確に何かを訴えるという描き方ではない。どちらかと言えば、原爆投下の事実を家族(孫)に聞かせることによって、孫に考えさせるもの。それは孫への語り=観客への投げ掛けのようでもある。”8月6日”という日を回想する記憶の情景、その”思い”を想像させる。観客の想像する感性、情景によって世界観の広がりと深度が違ってくる心象劇である。
その観せ方は抽象的であり自分の感覚に合わなかったのが残念であった。劇を通して、もう少し制作(劇団)側と観客が”思い”のキャッチボールをしても好いと思う。その意味でもっと伝えるべきことを明確に打ち出した方が良いのではないか。
次回公演を楽しみにしております。
通る夜・2018
劇団芝居屋
劇場MOMO(東京都)
2018/05/23 (水) ~ 2018/05/27 (日)公演終了
満足度★★★★
普遍的なテーマ「家族愛」、それも父の死によって気づかされる深い愛情を、庶民という観点で観せる好公演。現実にいるであろう等身大の登場人物が心情豊かに描かれる。そして芝居屋らしい丁寧な舞台セットの作り、安定した演技力は観ていて安心する。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
舞台は、ヘラ絞り加工を専門とする霧島製作所の事務所内。上手側は出入り口、入ってすぐ応接セット、下手側は自宅への通路、事務机が置かれている。正面にはスケジュール表や掲示板。
梗概…霧島製作所の社長霧島宗一郎が入院して数日であっけなく他界した。そして自宅で息子の一郎を喪主に宗一郎の通夜が営まれた.。通夜の段取りは初めてのことであり戸惑いと不安な気持ちが上手く表現されている。さて、この家には娘・霧島寿々子(増田恵美サン)がいるが、亡父と確執があり通夜にも来ないようだが…。
通夜という一夜劇。通夜の手伝いをする従業員や近所の人などが帰った後の事務所内。中小企業、いや零細企業かもしれないが、そこは日本経済を支えている人々の暮らしが垣間見えてくる。まさしく芝居屋の「覗かれる人生芝居」というコンセプトが浮き上がってくる。妻が亡くなり、仕事も忙しく娘と触れ合う時間が持てない情けなさ、不憫さが伝わる。 一方、娘は父から相手をしてもらえず見捨てられたという思いを抱く。幼心が傷つき、早くに家を出て生活を始める。思い出を手繰り寄せ、父の思いを知ることによって…。通夜に現れた娘は喪服ではなく、水商売風の派手な着物姿。父の”真情”を知り「あの人」から「お父さん」という呼び方へ変わる、娘のこみ上げる”心情”が切ない。その体現は、幼稚園時の遊戯会で歌って踊った「アブラハムの7人」を着物姿で跳ねるように踊る。やるせない気持が痛いほど伝わる。
亡き父は登場しないが、通夜に集まった人々の思い出話を通じて、不器用、頑固一徹といった人物像が立ち上がってくる。それは家族、従業員、取引先、隣人などが遺影に向かって献杯し独白する。そこに父、社長、ご近所といういろいろな顔が見えてくる。
また通夜という慌しさが踏切音や救急車のサイレン音に共鳴しているかのようだ。いつの間にか終電になり、始発までの静寂な時間帯で交わされる心魂震える会話、そして始発電車が走り出すという時間経過の表現が上手い。
少し残念なのが、娘が一人遊びする場面を写真に収めていたことが兄嫁を通じて明かされるが、その写真姿が見えないこと。説明台詞だけではインパクトが弱く感情を揺さぶるまでにはならないこと。
次回公演を楽しみにしております。
ヒュプノス
Oi-SCALE
明石スタジオ(東京都)
2018/05/23 (水) ~ 2018/05/27 (日)公演終了
満足度★★★
一見、現実世界のように観えているが、ラストは唐突に非現実の世界へ転換するようだ。日常と幻想、現実と夢の境界線を彷徨するような感覚にさせられる。全編は薄暗いモノトーンで包まれ、閉鎖的な状況下を思わせる。しかし、虚実綯い交ぜの世界観のわりには客観的である。
(上演時間1時間15分) 【Aバージョン】
ネタバレBOX
舞台は素舞台。天井に電球の列があり、シーンに応じて光量を変化させる。先にも記したが全編薄暗くモノトーン、登場人物の衣装もダーク色のマントのようなものを着ているため、照明効果が物語の雰囲気を作り出す。
梗概…物語はプロローグのシーンであることを表すため「ヒュプノス」(文字)のcaptionを映し出す。暗転後、物語は多くの人物が寝転んでいる間を、1人の女性が「ヒュプノス」について説明(朗読)しながら歩き回るところから始まる。
そして物語の背景であるターリアについては、現実の世界の出来事のように進行する。
寒気が進み氷河期へ…その環境変化の中で人々は赤道に近い国へ脱出したが、移住出来なかった者達は寒さから逃げるため地下へ居住を求めた。数年後「ターリア」と呼ばれる奇病が流行り出し「ターリア」に感染した者は睡眠時間が長くなりやがて一日のほとんどの時間を深い睡眠状態で過ごす。そして1日一時間程度しか目を覚ますことが出来なくなり、いずれ眠ったまま息を引き取る。嗜眠症状が現れた若者は隔離され…。
「眠り」という奇病が持つイメージは、夢を連想させボンヤリとした実態が掴めないもの。具体的なイメージを持たせない暈けたような半睡、夢物語は観客に考えさせる、または想像させるという作業を求めているようだ。
多彩色の照明が駆使される芝居が多い中で、白・黒の濃淡という強調で織り成す公演は特異な印象である。一方、物語はターリアに感染した若者の虚無・諦念や、やり切れない思いを抱えつつ「生」と「死」を醒めた目で見つめるような。面白い試みの芝居だと思う。しかし特にラスト、妄想が分かる表現が在り来たりに感じられたのが残念だった。
次回公演を楽しみにしております。
キャガプシー
おぼんろ
キャガプシーシアター(東京都)
2018/05/16 (水) ~ 2018/05/27 (日)公演終了
満足度★★★★★
公演は、静かに力強く、そして不思議な”思い”が湧き上がってくる力がある。それは美しく切なく、そして愛に溢れており胸を締め付けてくるようだ。閉鎖的な所から開放され、その先に未来・希望という光が見えてくる。
再演であるが、前(2017年11月)より動きが軽やかに感じる。もっとも逆に重厚さがなったような気もするが…。外的な、例えば季節的(前回は肌寒かった)なことが関係しているのだろうか。
さて空想の物語であるが、現実での出来事を連想させ、寓意があるような。その物語が紡がれるのが「おぼんろ特設ギャガプシーシアター」である。主宰・末原拓馬氏の言葉が誘う…参加者は自分で色々な想像をし、夫々の空想の世界を膨らませる。参加者はいつの間にか劇中の深い森の中へ…。
(上演時間2時間強)
ネタバレBOX
閉ざされた森というシチュエーション、それを表現するための特設劇場(葛西臨海公園内)はテント。外観はファンタジックなもので、内部は観客=参加者から提供された衣類や小物類などが、その特性に合わせて配置されている。場内は雑然とした中にも人々の温もりが感じられるような…。パイプ組した櫓のようなもの、その上り下りの動作によって躍動感とテンポの良さが生まれる。
すでに場内が おぼんろ らしい参加型公演になっている。自分が観た回は立見の人が多く、それだけ人気のある公演ということだ。
物語は、人間の穢れを人形(キャガプシー)に押し込め、その人形同士を戦わせて穢れを浄化させるというもの。人間の勝手さ、人形の哀切が鮮明に描かれる。もちろん寓意を籠めている、その訴えは強く明確に伝わる。先代・人形師が作ったキャガプシー・トラワレ(末原拓馬サン)は何年間も無敵。その人形師が殺され娘・ツミ(わかばやしめぐみ サン)が後継した。その娘が作ったキャガプシー・ウナサレ(高橋倫平サン)は無敵の人形を兄と慕い、殺し合いを望んでいない。逆にこの森から逃げ出すことを提案するが…。
人間の穢れを他者(人形)に負わせ、人間は素知らぬ顔の傍観者。また自身もギャガプシーでありながら、興行主になるネズミ(さひがしジュンペイ サン)。自分のこと、または身近な周りのみに気を配る、そんな視野狭窄で安全地帯の世界観が描かれる。しかし森の外は素晴らしい世界、その開眼と広がりに幸せを見出す。森から抜け出す(会場テントの一部を開け外に出る)と、そこは葛西臨海公園の広場。公園の風景を借景し人と自然の調和、共生が表現されるという見事な演出であった。
公演全体は”おぼんろ”らしいファンタジー、そこに籠められた悲しく、しかし優しく美しく力強い物語であった。
次回公演も楽しみにしております。
底ん処をよろしく
東京ストーリーテラー
シアターKASSAI【閉館】(東京都)
2018/05/16 (水) ~ 2018/05/20 (日)公演終了
満足度★★★★★
人は心に「痛み」のようなものを抱えて生きている。本公演…人生という緩やかな時の流れの中で向き合う「痛み」は、親子の確執や死別などの後悔である。人間の心の機微を優しいまなざしで描き出した物語。そのテーマは「人情」といったところであろう。
構えることなく素直に物語の世界へ身をゆだねることが出来る、そんな安心して観ていられる好公演である。
(上演時間2時間5分) 【Aチーム】
ネタバレBOX
セットは食堂内のテーブル席4つ、上手側には自宅への出入口、中央奥にはレジ台・黒電話、厨房への入口、下手側には店玄関(暖簾)があり、その雰囲気は昭和を感じさせる丁寧な作り。壁にはメニューやカレンダーが貼られ、特にカレンダーは4月から10月に変わり時間の経過を表す細かい演出がされている。
食堂の父娘と常連客との交わりを通して「食事」や「家族」の問題が浮き彫りになっていく様子は仄々としているが、生活感という重みがある。その描き方は「庶民の腹の味方...安くて旨い食事」といったところ。その精神は先代が書き残した冊子にある。戦後、空襲で焼け出された家族、腹を空かした戦災孤児、無職の帰還兵など、”どん底”の生活に喘ぐ人々のための食堂から始まる。
シャッター商店街と揶揄されるような場所にある店。客は常連ばかりで売上げが伸びず経営はギリギリ。店主は跡継ぎもいないことから廃業を考えている。そんなところへ元弁護士が...訳ありなのは一目瞭然である。この謎めいた人物の目的は何か。
食は「命をもらって命に繋ぐ」「腹と心を満たす」といった心に響く言葉が、登場人物1人ひとりの心のヒダに分け入り切ない葛藤がしっかり描かれる。社会や地域の変化は、鳥が高い空から俯瞰するような、一方、市井の暮らしは虫が地べたを這いずり見るような表わし方である。この巨・微のような描き方が物語の世界観の大きさや深みを出す。
店主の川島隆三(仙崎情サン)は、美味しい物を食べてもらうという信念の下、奮闘するが時代の流れは真心さえも押し流してしまい、閉店を覚悟する。隆三の一抹の寂しさを感じさせる佇まいが印象的である。何とか店を盛(守)り立てたい常連客は色々な工夫をする。その延長上には奇跡のようなことが…。
本当に人情に溢れた食堂、その隠し味は目に見えない”真心”ではないだろうか。
次回公演を楽しみにしております。
Melody
TEAM 6g
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2018/05/16 (水) ~ 2018/05/20 (日)公演終了
満足度★★★★★
「2017年グリーンフェスタ賞」「BOXinBOX THEATER賞」のW受賞作の再演。TEAM6gにとっては初めての再演だという。初演時にも観ているが、笑い泣ける素晴らしいヒューマンドラマで観応え十分な秀作。鳥取県の田舎町で暮らす人々、平凡な生活を坦々と紡いでいるが、そこに厳しい現実をつき付ける。それを”家族の愛”という力強い普遍性で乗り越えようとする姿。生きようとする”人間ドラマ”は繊細であり骨太でもある。
2017年の時とほぼ同じキャストであったが、一部新キャストに替わり新たな味わいが感じられた。また舞台技術の照明・音響効果によって心情豊かな表現が増し、より一層印象深い公演になっていた。
(上演時間2時間10分) 2018.5.21追記
ネタバレBOX
舞台は1999年…世紀末。鳥取の田舎町にある民宿「さざ波」。セットは正面にメインになる居間と縁側。上手側に玄関、下手側は厨房になっており、観え難い内側にも細かい施しがされている。縁側近くに咲いている植木花は季節に応じて変化させる。物語を一層分かり易くするようなセットがしっかり組まれている。また伏線という意味では、壁に劇中でも踊る「しゃんしゃん祭」のポスターが貼られている。物語の内容はもちろん演出面において、視覚に直接伝わるような観せ方は多くの人に親しんでもらえると思う。
母親を幼い時に亡くした主人公:池脇明音(阿南敦子サン)が、母親代わり民宿の切り盛りをしている。そこに訳ありな男・瀬戸草太(平田貴之サン)が客として来る。草太は自分のせいで親友を殺してしまったという後悔の念に囚われ、生き方を見失っている。また書けなくなった人気小説家や作家を支える編集者など、それぞれに悩みを抱えた客と「さざ波」の人々の交流を描いた物語。騒がしい人々が醸し出す優しさ励まし、何気ない日々の暮らしが…。市井の暮らし、人の喜怒哀楽がしっかり注ぎ込まれたヒューマンドラマ。
身近に起こり得る現実は、全編を通じ方言で喋り細やかなディテールが温かさ、切ない気持として伝わる。素朴な人間像は等身大の人物描写のように寄り添ってくる。その心情表現は、描く対象人物を円形照明で照り抜き、周りの暗との対比で孤独、哀切、寂寥といった心中が浮き上がってくる巧みな演出。
植木花同様、衣装も季節に応じて変わる。例えば冬物でも室内に居た人と外から来た人で厚着の仕方が違うなど細かい配慮が見事。そして音楽は洋楽、和楽(祭囃子も含む)そして劇中歌の使い分けも心憎い。暗転時にはそれらの音楽を流し舞台から気を逸らせない工夫も上手い。
テーマは「家族の愛」であろうか。消えそうな記憶に人生の無常を感じさせるが、一方、草太の”記憶が消えたらまた作れば良い”という言葉には希望がしみじみと胸に迫る。衒いがなく動静がしっかり利いた俳優陣の演技が公演の心情を伝えた素晴らしい公演であった。
次回公演も楽しみにしております。
GK最強リーグ戦2018
演劇制作体V-NET
TACCS1179(東京都)
2018/05/16 (水) ~ 2018/05/20 (日)公演終了
満足度★★★★
観客参加型の演劇イベント「GK最強リーグ戦2018」、今年のテーマは「銀行」である。
観劇したのはAチーム「頭取サバイバルバンク」(演劇制作体V-NET)、Cチーム「ひゃく年たったらまたあおう」(演劇企画ハッピー圏外)の2チームで、それぞれの作品は異なるイメージで観応えのあるもの。
Aチームは今の金融政策を意識した手堅い内容、一方、Cチームは時代を100年ほど前に遡行させたファンタジー作品で、何となく硬軟対決といった感じである。
これにBチーム「ギンノコウザ」(ラビット番長)が加わり三つ巴で競うことになるが…。
(上演時間2時間 休憩時間10分含む) 2018.5.21追記
ネタバレBOX
2公演とも基本的には数段の段差を設けたシンプルなセット。「ひゃく年たったらまたあおう」は、それに時代遡行機をイメージさせる小道具をいくつか使用するのみ。
「頭取サバイバルバンク」は、最近の金融政策(金融庁方針)を意識した内容になっていると思う。具体的には、従来の銀行融資の有無は企業の業績によって判断しており、今のような将来性、事業継続性などは考慮されることが少なかった。本公演では従来の営業スタイルに固執した銀行の態勢改善を問う内容になっている。その意味では現実に即した手堅い公演になっている。
しかし株式取得を競わせ、その結果によって頭取就任という構図は短絡的。また競わせるのが支店長クラスではあまり現実的ではないし、副頭取以外の役員の動向も見えてこない。現実と虚構が綯い交ぜになったビジネスドラマといった印象である。
「ひゃく年たったらまたあおう」は、当日パンフによれば、明治時代…西郷隆盛が陣頭に立ち西南戦争をしていた頃の日本銀行の官僚と彼らに巻き込まれた人たちの話だという。明治期から100年後の日本銀行の金融政策を見たいため”時代遡行機”を作らせるという夢のような話。もちろんSFの父G・ウェルズも名も出てくる。そして西南戦争に絡め、戦費調達のための紙幣増発行は金融・経済に多大な影響を及ぼす。これは現在の金融構造にも当てはまること。
もっとも、日本銀行が現在のような組織体制になったのは西南戦争後、数年経ってのことであり辻褄が合わない(当初は国立銀行条例に基づくもの)。全体的に緩い笑いの中、現実離れした空想(ファンタジー)世界といった印象である。
どちらの公演も「銀行」のある側面を捉えた内容で興味深い。Aチームは現在の日本銀行の金融方針を正面から捉え、某地方銀行の経営改革へ結び付ける。Cチームは戦費(適切な比較が難しいが、現代では防衛費か?)増大が国家予算を圧迫し国民生活に深刻な影響を及ぼす懸念、それゆえ日本銀行の在るべき姿を観たいと…。
さて、先に記した夫々の公演の辻褄合わせのようなことについて、大局に立てば卑小なこと。それよりも共通した「テーマ」設定、持ち時間の規制の中で競わせ切磋琢磨した取り組みは、より良質な作品作りに有益だと思う。今後も継続した取り組みをお願いしたい。
次回公演も楽しみにしております。
ラブ・ダイアローグ・ナウ/ネイティブ
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク
調布市せんがわ劇場(東京都)
2018/05/10 (木) ~ 2018/05/13 (日)公演終了
満足度★★★
「第8回せんがわ劇場演劇コンクール」グランプリ受賞の記念公演。
何を表そうとしているのか、その観せ方は抽象的な身体表現が中心である。しなやか、アクロバット、スタイリッシュ、そんな表現が相応しいダンス・パフォーマンスがモノクロームな舞台空間の中で踊る。
その抽象的とも言える身体表現は、文字や言葉にし難い。何となく、ぼんやりとした心の景色を自分なりにイメージする、そんなことを観客に投げ掛けているようだ。一方演劇としてどう表現するか、制作側としては少し異次元から眺めてはどうかという暗黙の提示があったかもしれない。
演出は身体と音楽(響)とのコラボレーション、また仄暗い空間にスポット照射する照明が印象深い。全体的には、洗練された独特な”芸術作品”であったと思えなくもないが…。しかし自分では、公演で表現または伝えようとする意図のようなものに感じ入ることはなく、内容には付いて行けなかったのが残念だった。
次回公演を楽しみにしております。
(上演時間1時間30分) 【ネイティブ】
俺の屍を越えていけ
feblaboプロデュース
新宿シアター・ミラクル(東京都)
2018/05/12 (土) ~ 2018/05/20 (日)公演終了
満足度★★★★
会社の方針に躍らされる若手社員、その結果リストラされる管理職。内容は会社の非情や厳しさを思わされるが、観せ方は緩い笑いも交え飽きさせることがない。その演出は実に上手い。
(上演時間1時間15分)
ネタバレBOX
舞台を囲み四方向から観るような客席。舞台設定は青森市に本社がある老舗放送(ラジオ)局。セットはその局の一室、ロ字型に横長テーブルが置かれ会場入り口近くにコーヒーメーカーがあるだけのシンプルな作り。
梗概…経営難のラジオ局立て直しのため新社長が断行しているのがリストラ。現在、部長職以上の職位(高給取り)の人をリストラする。その人選は入社5年以内の若手社員6名に密命を与え行わせる。この話し合いの前日、同僚が1人辞め送別会が行われていた。後々これが伏線になり、ラストへも繋げるという巧みな構成である。
集められたのは、制作・報道・技術・放送・営業の各部署からであり、話し合いでは部署間の利害関係はあまり観えてこない。むしろ同期入社の男性社員2人の立場が、会議進行の肝になっている。1人は制作ディレクターで会議の進行役、もう1人は営業部 しかも労働組合執行部(青年部長)で雇用確保も含めた労働条件の向上に尽くす役割を担っている。立場の違いにより組織内の役回りや構図が垣間見えてくる。登場人物に役割や役回りの違いを担わせ、そして幹部社員(非組合員)をリストラ対象に設定するあたりは上手い。リストラを若手社員に行わせるという、現実の社会への皮肉とも思えるような手法も面白い。労働組合を前面した台詞は少なく、単純にリストラ=労使対立という観せ方にしていない。
社員は、仕事に対する日頃の不満、人間関係の悩み等についてリストラ案件に絡めならが心情を話し出す。入社時の希望配属先とは異なるところで遣り甲斐を見出そうと足掻いている。会社という組織への不平不満を抱えつつも業務を行う。それを長年勤めてきた幹部社員、その人達をリストラしようとしているが、その方法が無記名投票という多数決。誰もリストラしたい者を名指しして後味の悪いことはしたくないのは人情だろう。
物語(リストラ)は、ある決着に辿り着く。前日退職した社員は別グループでの幹部社員のリストラ会議のメンバーだった。そのグループでは幹部社員の代わりに若手社員が辞めて人件費削減の帳尻を合わせたようだ。会社の方針は人件費削減、まず複数の幹部社員をリストラする、それが若手社員で実行出来なくても当事者に責任を取らせる。悪習の骨絡みになるような…。直接リストラの原因になったか否か判然としないが、セクハラや放送技術(スキル)が時代遅れという尤もらしい説明が…。
会話劇であるから、特に照明や音響効果による観せ方はないが、それが逆に自然な緊張感ある雰囲気を漂わせていた。
次回公演も楽しみにしております。
カッター
シアターノーチラス
RAFT(東京都)
2018/05/10 (木) ~ 2018/05/13 (日)公演終了
満足度★★★★★
狭い事務所(空間)内、そこで巻き起こる不快な会話劇。不穏が積み重なり、緊張感が自分の心を揺さぶるようなサスペンス・ミステリー。近い距離・存在と思っていた人間について、本当はその人物のことは何も知らないという不気味さを感じさせる、実に観応えのある公演。
(上演時間1時間25分)
ネタバレBOX
セットは、デザイン事務所らしく後方の壁全体が白い飾り棚。前には事務机が2つ並ぶ。机上には事務用品等の小物が置かれている。その配置は、映画「家族ゲーム」(森田芳光監督)の食卓に見られたように横並びの事務机に社員が座っている。その観せ方は、観客に物語の進展、登場人物の真情や感情表現が分かり易い構図になっている。レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐 」(仲間内)のような、アットホームのように思っていた小デザイン事務所の人間関係、実はその中には異端(常)のような人物が居た。
公演には「人」と「間(距離)」を考えるという大きなテーマを据えているようだ。内容は人間描写であり、心の叫びであるが、それを演劇的な音響で補足はしない。日頃思っている本音等は言葉に出さず心の中で呟き叫んでいたが、ある出来事を境に人を疑い、陥れ、蔑み、嘲笑等の負の感情が溢れ出し人間関係が崩壊していく。
梗概…事務所の社員・榎本亮生が2週間前に屋上から飛び降りた。地下鉄でスカート切りの犯人として疑われたのが理由らしい。しかし今また事務所の女性・守谷貴織(萩原愛子サン)が何者かにスカートを切られた。真犯人は別にいたのか、自殺した男を巡り色々な憶測が飛び交う濃密な会話。いつの間にか事務所内の人間関係を壊すような本音の応酬に変わる。
貴織の暮らしは同じような日々の繰り返し。家と事務所を満員電車を利用して往復するだけの何の変化もない暮らしが続く。そんな中、淡い愛情を持ったことで平凡な日々が大きく変わっていく不気味さ。好意から愛情へ変わる感情、相手のことをもっと知りたいと男の生活を観察したことから生まれた悲喜劇のようだ。彼女が行った行為が事務所内に波紋を起こし悪口・誹謗・中傷の言い合い、さらに独話が…。どこの会社、組織でもありそうな心底の吐露。登場人物のキャラクターはその典型的な人物像を表現しているようだ。また人の立場・役割の延長上に苛めを受容することで自己防衛する、そんな本能があるという深層心理が興味深い。
映画「桐島、部活やめるってよ」(吉田大八監督)では、タイトルにある中心人物は登場しないが、本公演でも自殺した榎本は登場しない。しかし話の中心には彼がおり、事務所員の言動によって彼が形成される。その観せ方は観客に人物像をイメージさせ、生きていた頃の事務所の雰囲気の再現を想像させるという巧みさ。人の暮らしを思わせる一方、デザイン事務所というクリエイティブな空間には日常の生活感というニオイを感じさせない。舞台は一方向からの観せ方であるが、物語の広がりは観客にイメージさせるという懐の深いものになっている。
次回公演も楽しみにしております。
火遊び公演「焔の命--女優の卵がテロリストになった理由」
オフィス上の空
恵比寿・エコー劇場(東京都)
2018/05/09 (水) ~ 2018/05/13 (日)公演終了
満足度★★★★★
何者でもない自分が社会でどう生きるのか。自らの手・足で自分の居場所を模索し築き上げようと悩みもがく姿…その心の叫び”命の燃やし方は自由だ”が痛々しく描かれたテアトルノワール。人間心理の不可解さが劇として見事に具現化された秀作。
(上演時間2時間20分)
ネタバレBOX
舞台セットは、石角柱のようなものが立ち並び殺伐感が漂う。場面に応じて、上手側に主人公:佐伯真理子(福永マリカサン)の家、下手側には彼女のバイト先を出現させる。
梗概₋2020年、東京五輪の目前の都内でテロ爆破事件が起きる。犯行に及んだのは【焔の命】という劇団員達である。何故そのような行為をしたのか、物語は事件から2年後に1人のフリーライターが劇団員の真理子に面会・取材した回想録として展開していく。テロ行為に至る事実が淡々と語られると同時に、真理子自身の心中は別次元で語られていたようだ。また佐伯家という加害者家族の立場、特に母と妹の苦悩と苛立ちが描かれる。いくつかの視点から切り出した場面は、一様に居場所が見つけられない不安定な様子がうかがえる。
真理子は自分が何者なのか、何者にもなっていない焦燥。母親からは”普通”を強要され反発する姿。居場所は所属する劇団、そこでの活動に生き甲斐を見出している。劇団の公演に向けての合宿、少人数による共同生活は段々と異常な環境下に包まれる。合宿中に演出家の森洋平(辻響平サン)の独特な理論展開に陶酔・高揚するようになり、いつの間にか激しい感情が押し寄せる。それが狂気な行動へ駆り立てるが抗うことが出来ない雰囲気。合宿-共同生活における自己主張の難しさが伝わる。
時代や状況が生きる方向性を決定付けていた時、劇中では終戦間際の特攻隊員の死生観、学生運動、イデオロギーという台詞に象徴される。今は自分で考え見つけなければならないという自由という不安、自己決定という心の負担が見えてくる。一方親の立場…公演では母親が娘・真理子との接し方、育て方が間違っていたのか、これからどう向き合えばいいのか苦悩と諦念の姿が切ない。
この狂気な行動は、映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(若松孝二監督)を連想する。内容は反権力的な学生運動が盛り上がっていた頃の話。彼らは何に突き動かされ、どのような経過でリンチ(粛清)事件やあさま山荘事件に至ったのかというもの。
ちなみに、本公演の登場人物(名字)は、森・永田・坂口・重信などで連合赤軍メンバーを意識したような。
公演は社会派のように観えるが、27歳の女性が自分自身に向き合い、必死に生きる途を模索している。人間の理屈では説明出来ない不可解な思考と行動に焦点を当てているような...。社会や状況に向けた批判は、合宿中の森の説明台詞そのもので真の社会性は観て取れない。社会性というよりは家族の在り方、個人の生き方を問うような感じを受ける。
舞台技術、諧調させた照明、効果的な音響など観せる工夫が素晴らしい。それらはセットの殺伐とした雰囲気にマッチしており物語に深みをもたらしている。
次回公演も楽しみにしております。
昭和歌謡コメディ~築地 ソバ屋 笑福寺~Vol.9
昭和歌謡コメディ事務局
ブディストホール(東京都)
2018/05/10 (木) ~ 2018/05/13 (日)公演終了
満足度★★★★
定型化した2部構成の公演…第1部は喜劇「動物たちがやってきた!」 第2部が昭和歌謡「歌と笑いのバラエティショー」である。
今回の見せ所は、人間の生まれ持った個性を12種の動物に置き換えて分類する「個性心理学」(どうぶつ占い)とコメディが合体して、観客参加型の楽しめる公演になっている(楽しめるのはいつも同じ)。
(上演時間2時間強 途中休憩15分)
ネタバレBOX
第1部「動物たちがやってきた!」(55分)
セットはいつも通り、築地の老舗ソバ屋「ひろや」の店内。上手側にカウンター、テーブル席、下手側に店出入り口がある。今回は笑福寺主催で「占いフェア」を催すという。色々な占いが登場するが、その中に怪しげな占い師が現れ、近々この店にある出来事が…という不吉な予言をする。
それは店主ヒロトシ(江藤博利サン)の亡き母の話。母は実父が亡くなった後、再婚した。そのことへの わだかまり、それでも思慕する気持がますます強くなっている。この母が傍にいるような。妹まるみ(白石まるみサン)は亡き母と義父との間に出来た娘である。この兄妹の互いを思い遣る気持が、亡き母も含め普遍的な”家族愛”のように思える。その2人を取り巻く人々は、少し変わっているが優しい。今回はそんな人々を、まるみが「動物占い」で人柄なりを診断するという面白ネタを用意していた。
公演全体は、昭和歌謡コメディと謳っているように、”昭和”という時代の雰囲気がしっかり醸し出される。
第2部「歌と笑いのバラエティショー」(50分)
昭和歌謡が満載で、懐かしく思わず口遊んでしまう。モノマネや笑いネタの歌謡ショーは世代を超えて楽しめるもの。入場時に配られるペンライトを振り一緒に歌っている。何となく抱えている鬱憤を晴らしているような、爽快な気分にさせてくれる。本当に青春時代に戻ったような…。
次回公演も楽しみにしております。
ルナ・レインボウ
うわの空・藤志郎一座
紀伊國屋ホール(東京都)
2018/05/03 (木) ~ 2018/05/06 (日)公演終了
満足度★★★
タイトル「ルナ・レインボウ」とは、満月の夜、ごく稀に見える奇跡の虹のことらしい。その奇跡の虹をありふれた家族の物語と絡めロマンチックコメディとして描く。それを台本がない「口立て」で作品としている。
(上演時間2時間15分 休憩なし)
ネタバレBOX
後景はヒマワリ畑。青空だが所々に雲も見える。1年に1度だけ家族が集まる(28)日。場所はあるキャンプ場、父(小宮孝泰サン)と娘、その夫や孫が集まり賑やかにハシャギ、喋っている。この地は父と亡き母が出会った場所であり、その日でもある。その記念日を家族で過ごす。深い物語性が描かれるわけではないが、家族、特に夫婦の関係をコミカルに描いている。
父と母が出会った時の様子を回想シーンとして挿入し、過去と現在を交差しながら展開して行く。よく見かける演劇手法であるが、若かりし日の父・母の姿を通して現在の娘たちとその夫の関係を描く。金目当て?で相当年上の男と結婚、家を出て行って消息不明の夫、写真家で世界中を駆け巡る夫など、必ずしも円満とは言えない事情がある。
一方、この地には河童がいるという噂があり、TV局の取材陣がきている。家族と河童の話が絡みドタバタ騒動が起きる。河童はもちろん、その名の由来を意識しての子役(童)で相撲好き。河童という妖怪?未確認生物を登場させることで、現実の家族の問題を茶化すようにも思える。現実に距離を置くことによって見えてくる取るに足りない夫婦関係。その関係はそれぞれ違い、幸せの捉え方も様々である。
コミカルな観せ方、それが少し落ち着きがなく散漫に思えてしまったのが残念。ラストは家族団欒で奇跡の虹が見える、という余韻を残す展開だけに勿体無かった。
次回公演も楽しみにしております。
LADYBIRD,LADYBIRD
アリー・エンターテイメント
シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)
2018/05/02 (水) ~ 2018/05/06 (日)公演終了
満足度★★★★
虫かごの中のムシたちによる寓話劇。寓話というと理屈っぽくなるが、観劇しているのはゴールデンウィーク中ということもあるが、大人から子供(小学生ぐらい)まで幅広い。そのどの年代にも楽しめるよう制作されている。
タイトル「LADYBIRD,LADYBIRD」は劇中でよく聞かれるが、「気にしない,気にしない」といった意味のようである。
(上演時間2時間10分 休憩なし) 【チームバッチ】
ネタバレBOX
虫かごの中という設定。舞台は段差を設け奥全面は切子硝子柄のような両引き扉。天井には変形四角縁取りしたオブジェが横に吊られている。全体的にはシンプルな作りであるが、劇中でのダンスや歌を考慮しスペースを確保している。
物語はワタナベさんという女性宅の虫かご中のムシたちが悩み苦しみ、それでも仲間を信じ強く生きる姿を描いている。虫かごの中はセミ、オス・メスのカマキリ、メスのカブトムシ・ゴキブリ(2役)そして新しく天道虫、揚羽蝶、女王蜂が加わる。虫かご内は臭いカメムシが仕切っている。虫たちにはそれぞれ名前が付けられるが、それは人間ワタナベに何らかの関わりを持った人の名前が付けられている。思い入れを虫に擬えて…。その虫たちにも気持があり人間が思っているような行動はしない。さらに虫の生態が絡み自然界の厳しい営みも見えてくる。
虫という生態を描くと同時に、人間の気持を擬人化した”虫たち”が心情豊かに紡いで行く。演じているのは若いキャストであるが思わず舞台に集中させる表現力は素晴らしい。若いキャストを盛り立てるベテラン俳優とのバランスも良い。先に記した虫以外の”ムシ”(全員、触覚を思わせるというヘアスタイル)アンサンブルが多数登場するが、そのダンス・パフォーマンスはコミカルでありスタイリッシュでもある。また主要”虫”による歌唱も上手い。子供ミュージカルということであるが、脚本はもちろん、演出・舞台技術など総じてレベルは高いと思う。
寓意…人の思いはそれぞれ違う、その違うことを認める。別離を「諦めること」と「忘れること」の違いで描き出す。また虫かごではないが屋根裏の蜘蛛(登場は天井から紐、蜘蛛糸イメージか)が現れるが、そのキャラクターはマイノリティを思わせ差別等を考えさせる。色々な問題意識を投げ掛けるが、観ている子供にも解るような描き方である。理屈を言えば、前提が人間都合で虫を捕ってかごの中というのは生かされている。誰かのために生きるのではなく、自分のために生きる。自然界で生きる”力”、その自由と厳しさを観せても良かったのでは…。
次回公演も楽しみにしております。