海と日傘
KUROGOKU
中板橋 新生館スタジオ(東京都)
2021/10/28 (木) ~ 2021/11/01 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
叙情豊かな感動作。
物語は、残された時間が僅かな妻との日常を淡々と描いたもの。劇的な刺激は少ないが、人生の儚さをしみじみと紡いでおり、味わい深い。第40回岸田國士戯曲賞、第2回OMS戯曲賞特別賞を受賞した松田正隆氏の初期の名作。作者32歳の作品、夫婦のこんな情愛が書けるとは、何て早熟なのだろう。公演は、佐藤一也氏(パンドラの匣)の手堅い演出で繊細な心情、情景を描き出しており、観応えは十分。
ただ、この夫婦(物語)、自分に置き換えてみた時、残された夫の観点に立つことも、もちろん妻の観点で観ることも出来なかった。第三者(客観)的な観方であったため、それほどの感情移入は出来なかった。何となく、逝く妻が衰弱(看護)していく過程があって、そのかけがいのない日々を観ることによって、当事者になっていない、もしくは不幸にして当事者になっている観客の感情が揺さぶられるのではないか、と思う。物語に、その機微に触れる場面がなく、自分の想像だけでは補うことが出来なかった、と言うのが本音。
(上演時間1時間40分) 2021.11.3追記
ネタバレBOX
舞台セットは小さい空間の中にしっかり家屋を作り込む。上演前は中央奥に障子戸、座敷に丸卓袱台や茶箪笥、上手に寝間へ続く襖、客席側に縁側と樋がある。上演後は障子戸が開けられ上手が玄関に通じ、下手に珠暖簾を潜り台所へ通じる。
また衣装は季節や状況に応じて着替え、生活感を表す。季節は夏終わりから晩秋、ラストは雪降る冬。半袖・作務衣からベストを着る。また女性は着物、時に絣着物で生活感を出す。状況としては運動会用のジャージや葬儀の喪服など丁寧に観せる。
物語は佐伯夫妻の淡々とした日常を、周りの人々との関りを通してしっとりと描く。夫・佐伯洋次(高野力哉サン)、妻・直子(倉多七与サン)は、何かの理由で直子の両親に結婚を反対されていたようだが、それはラストになってから分かる。洋次は作家兼学校の講師をしていたが、今は解雇になって家でブラブラしている。家賃も滞納しているようで隣家で大家の瀬戸山夫妻ー夫・剛史(春延朋也サン)、妻・しげ(金子圭子サン)の好意に甘えている。或る日、病弱であった直子が倒れ、洋次は医師・柳本滋郎(中山夏樹サン)から直子の余命はあと3か月だと告げられる。
ドラマ的にさざ波が立つのは、洋次が雑誌社の前任編集者・多田久子(かねさき麻衣サン)と深い仲であることを直子が知り、逝く妻の心中が穏やかではなくなる。直子がいつ知ったか気になるところ。洋次が現編集者・吉岡良一(今和泉克己サン)と庭で話している時か? 吉岡は洋次のことを「先生」と呼んでいるが、多田は「佐伯さん」と親しげだった様子。それとも うすうす勘づいていたのか。直子が寝間にいた時、洋次と吉岡の会話で知ったのであれば場面が前後しているようだ。寝間では会話が聞こえない。吉岡が帰った後で、布団を座敷に運び入れており、そこならば庭の会話は聞こえても不思議ではない。
看護師の南田幸子(植松りかサン)が直子の外出許可を知らせにきた時、直子は幸子に向かって独身かと尋ね、そうだと答える彼女に向って、これからも宜しくと意味深に頼む。一方、多田が転勤の挨拶に来た時、すぐ帰ろうとする彼女を引き留め、お茶を出すが、自分の湯呑み茶碗を落としてしまう。溺れたお茶を拭けという洋次、半ば放心した直子に代わって洋次が拭くが、直子はその手を自分の膝へ押し付ける。その様子を見ていた多田は居た堪れなくなり帰る。その後、2人は雨上がりの庭に出て、直子が洋次の胸で「私のことを忘れないで」と…。親の反対を押し切ってまで結婚した夫への「愛」の言葉。しかし、その事情は後から知る。
暗転後、遺骨を抱えて座敷に入ってくる洋次、出迎えるのは吉岡と瀬戸山夫妻のみ。ラストシーン・・洋次が卓袱台に座って食事を始めた時、雪がちらつく。「おい、雪が降ってきたぞ」と呟くが返事はない、そこで1人になったことに気づく。丸卓袱台を刳り抜くような照明の中に浮かぶ洋次、突っ伏して嗚咽する姿が涙を誘う。
全編、方言での語り、地域の特徴をしっかり盛り込み身近な日常生活を現す。地域の運動会、年配者でも青年団や消防団の活動に駆り出される。その人集めの苦労を通して隣近所との付き合いに親しみを感じさせる。演出では下手の出捌けでも隣家である瀬戸山家と吉岡とでは微妙に異なる。照明は時間の経過を表す明暗による諧調、ラストのようにスポットライトでの強調など巧みに使い分ける。音楽は、劇中で倉多七与さんが「もみじ」を歌って聞かせる。劇中優しく流れるピアノの旋律が叙情的な効果をもたらす。ほんとうに丁寧な演出だ。
欲を言えば、寝間で洋次と直子が話す場面は、舞台上誰もいなくなる。できれば夫婦で話す姿、寝巻姿の妻がシルエットで映れば看護・看取りの経過を表す事が出来たと思う。寝間は紗幕などで区切り見せることができたのでは…。
次回公演も楽しみにしております。
音楽劇 百夜車
あやめ十八番
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2021/10/29 (金) ~ 2021/11/02 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
まず驚かされるのが舞台美術。この作りの意図するところは と考えを巡らせたが、観終わって そういう解釈なのかと…。冒頭は、説明にある小野小町の伝説「百夜通い」を、あやめ十八番らしい能楽のような様式美で観せているが、内容的には現代の或る事件の顛末を連想させる。だだ、前作「江戸系宵蛍」に比べると、そのパフォーマンスの意味(表したい内容は理解)するところが弱いようだ。二部構成、休憩をはさんで160分の上演時間。一部は三人称、二部は一人称のように視点を変え、物語というか人の心の深淵を覗くようだ。理屈では言い表せない人の心の複雑さ、そこに舞台美術の雑然とし整理できていない様を観る。
全体的には音楽や中世古典文学といった魅力ある演出で観(魅)せているが、自分的には、物語のベースになっているであろう事件が禍々しく、そこに現代社会(マスコミ等)の毒々しさを絡ませたため、演劇という虚構を超えて現実(想像)が勝ってしまった。リアルな重しに対し音楽や中世古典文学といった情緒的な演出、事件(現実)と演劇(虚構)の ある程度の融合は観て取れたが...。とは言え、ミュージカルとは違う音楽劇の魅力、その劇に観入らせる力は見事!
2021.10.31追記
ネタバレBOX
舞台美術は、事務机、OA椅子、ロッカー、キャビネ等が雑然と積み重ねられ、上階部を形成している。その上階部のやや下手側に演奏スペース。上手が主に雑誌社に関わる場面、下手が主人公の清水謠子(金子侑加サン)に関する場面が描かれる。どちらの足場も不安定で乱雑なところを上る。ここに不安・揺れる人間の心情を観る。
冒頭、週刊誌「明朝」のオフィス内とそこに勤め出した新人記者・檜垣純(永田紗茅サン)の出勤風景のパフォーマンスから始まる。文芸部門を希望していたが、もう1人の主人公である実方融(浜端ヨウヘイサン)と千葉連続不審死事件を扱うことになり、清水容疑者が収監されている拘置所へ行く。容疑者(判決後は死刑囚)との接見交通権が制限されていることから、実方が清水容疑者と獄中結婚を申し出る。その回答が百日間通い通したらというもの。これによって小野小町の「百夜通い」の伝説に繋がる。ラストも同じように百日目には、というもの。
雑誌社では清水容疑者の話題をスクープしたい、そのためには命以外は犠牲にする。当初、檜垣はそんな横暴な取材体制(態勢)に批判的であったが、段々とのめり込む。実方には婚約者・松風一美(内田靖子サン)がいたが、婚約破棄までして社命に従う。理不尽を通り越した無茶振りだが、段々と清水容疑者に惹(魅)かれていく。彼女の容疑は複数の男性を死に至らしめたということ。ここまでが第1部。
第2部は、主に下手で彼女の裁判(記憶と記録)に関わる場面へ移る。さすがに具体的な殺害シーンは描かないが、次々に不審死(一酸化炭素中毒死等)していく。例外として、介護していた人物との真情吐露、ビニール縄跳びを使った別れは悲しく、同時にラストシーンへの伏線を思わせる。彼女の生い立ち、幼き頃の両親の性癖を覗き見たことによるトラウマ、夫婦交歓によって父が母を死に至らしめ、以降 父に会っていないことなどが語られる。その父の死と弟の出現。弟の傍聴メモが雑誌社の連載記事となる。裁判では決定的な物的証拠はなく、状況証拠の積み重ねで有罪(死刑)に追い込む、その検察(権力)への批判が鋭い。複数の男性を恋狂わせ死に至らしめた女、それが”魔性”というにはあまりに純粋すぎる。
この裁判は、裁判員裁判で家庭内で夫の精神科医・三井寺康人(谷戸亮太サン)からDVを受けていた妻の由梨(大森茉利子サン)が参加、清水容疑者の弁護士・善知鳥葵(服部容子サン)と精神科医・三井寺の不倫など、いくつかの話を物語に関連付けているが、本筋とは少し別の話。第1部は彼女の事件によって話題と利益を得ようとする雑誌社(マスコミ)の第三者視点で描き、第2部は彼女自身が心情を切々と語るような当事者視点、その異なる視点で物語が立体化して観え出す。
内容的には重くなりがちであるが、音響・照明といった演劇効果、そして和歌詠みで現代と平安期の隔てた時間と空間がゆっくり融合し心を和ませる。また清水容疑者の衣装は囚人服ではなく、主にスウェットファッションで、重々しさよりは見すぼらしく儚さを印象付ける。裁判では死刑判決になるが、本当に殺人を犯したかは…その印象を固定させない巧さ。物語の面白さは、その内容(現実にいくつかあるが、例えば木嶋佳苗死刑囚の首都圏連続不審死事件を連想)というよりは音楽劇(台詞と歌シーンの別)という聴かせ観(魅)せる演出に楽しさと驚きを感じた。まさに極上のショーを観た!それを体現したキャスト陣の熱量・力量がこの公演を成し遂げたといっても過言ではない。当事者を残して事件は忘れ(風化し)ていく、とは劇中の台詞。自分の記憶が薄れ、現実の事件を忘れれば、また違った印象の公演になるだろう。
次回公演を楽しみにしております。
ちーちゃな世界
青春事情
駅前劇場(東京都)
2021/10/27 (水) ~ 2021/10/31 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
令和時代の新感覚な人情劇…面白い!
都市と地方での暮らしの悲喜交々、そこにみる人の感情を笑いとホロ苦さをもって描いた物語。この公演、37年前の「北の国から」(倉本聰氏)に発想を得たらしいが、昭和時代の泣き笑いで感情を揺さぶる人情劇とはひと味違って、カラッとして前向きな力強さ、そんな青春事情版の人情劇を創り上げた。見事。
(上演時間1時間30分) 2021.10.29追記
ネタバレBOX
東京から5~6時間かかる地方のペンション・BENが舞台。舞台美術がオシャレで菱組み竹垣に木々が絡まり、自然豊かな風景を思わせる。上手が出入口、下手がペンションの外テラスでテーブルと椅子が置かれている。また照明ー日中の暖色、夜の暗さにランプが灯り静寂な雰囲気が漂う、そんな情緒も感じられる。
このペンションは、オーナー・ベン(本折最強さとしサン)と妻・愛美(後藤飛鳥サン)が営んでいる。愛美は最後まで病名が明かされなかったが、(若年性)認知症のようだ。
梗概…
第1に、東京から何となく訳ありの若い女性・吉川(板本こっこサン)が数日の間滞在する。第2に、最近、東京からIT会社の社長・堂嶋(加賀美秀明サン)が引っ越してきて、地元の若い女性・泉(大山麗希サン)と都会と地方(田舎)の便利・不便の会話。2つの話をさりげなく交錯させ、今の社会状況の一端を垣間見せる。
吉川は中学教師(英語)、元カレにリベンジポルノとして恥辱な写真をネット上に流され、学校に居づらくなって休職中。心のケアとして自分のことが知られない場所を求めてやってきた。が、ペンションに宿泊(児童文学作家ー内海詩野サン、編集者ー伊藤圭太サン)または出入りしている堂嶋や泉たちが興味本位で検索したところ…。黒歴史というかデジタルタトゥーは消すに消せない心痛。
第2の都邑の便利・不便について、堂嶋と泉の比較論のような会話が面白い。例として、洋服の購入ー泉は店で選び試着して気に入った物を買いたい。堂嶋曰く、ネット通販でカタログを見て購入できる。サイズも記載されており、返品も可能だと説明。都会の洒落た喫茶店でコーヒーを飲みたい。これに対しても喫茶店で本を読んだりコーヒーを飲むのはどこでも出来る。何となく泉が押し込まれているようだ。が、ラストに逆転のオチが仕組まれているところが愉快。
「北の国から」に、「買い物はパソコンで出来るようになる。」「サラリーマンは会社に行かなくてもパソコンで自宅で仕事が出来る」という台詞があったらしいが、物語ではコロナ禍の今、まさにその内容を盛り込んでおり鋭い。社長のドライな発想は、一見合理的であるが、何となく人間味に欠ける。泉によれば、すでに地元の人達の間では悪い評判が立っているという。ネットではなく狭い田舎町ながらのリアルな悪評は怖い。
吉川にしても地方に来れば知られないと思っているが、逆に関心を持たれてしまいネット検索という現代・利便性の罠に掛かる。東京という地方出身者が多く、関心がなければ知らん顔という、都会ジャングルに居たほうが安全かもしれない。便利であるがゆえの不便というか不都合が姿を変え絡み合ってくる。チラシにある、過ちによって全てを失い、東京にいられなくなった人、全てを手に入れ、東京にいる必要がなくなった人、は2つの物語。いや、このペンションで働いているシェフ・小見山(ナカムラユーキサン)も居られなくなった人。ギャンブル狂で破綻したが、ベンさんに助けられた。が、売上金と共に本人も姿を消して…。
この公演は個性豊かな人々の善意溢れる物語、終始一貫その雰囲気で描き切った。愛美の不始末によってペンションが全焼してもベンさんは泣き言ではなく前向きな発言。幸せは、自分の気持の持ちよう次第だ。吉川のデジタルタトゥーについて、当初 堂嶋はドライな発言(こうなることの想像力が足りない)も、削除してくれそうな会社を紹介する。吉川に対するオーナーの必死な慰め、小見山の持ち逃げを疑うこともせず、敢えて観客の心情を揺さぶらず淡々と時に熱く描く。そこにブレのない令和時代というか青春事情版の人情劇を観た。
最後に、タピオカ店(大野ユウジサン)が持ってきたタピオカを堂嶋が飲んで、「美味い!」は、ネット情報だけで実際飲んでいないから、本当の味が分からないというオチ。全てが明るみになってしまう情報(ネット)社会への皮肉、便利・不便に多少の差はあるが、都会も田舎もそれぞれの良し悪しの暮らしがある。それがチラシのボヤカシと箱庭のような絵柄かなぁ。
次回公演も楽しみにしております。
ラブピー
トツゲキ倶楽部
「劇」小劇場(東京都)
2021/10/27 (水) ~ 2021/10/31 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
トツゲキ倶楽部の公演は、期待を裏切らない面白さ!
短編三話…プロローグが三話目に繋がりエピローグとしてテーマであろう「思い」と「生きる」をしっかりと浮かび上がせる、その構成は巧み。押し付けがましくなく、さり気なく、しみじみとした味わい。観ているだけで優しく温かい気持にさせる作品群。三話とも基本的(Wキャストの前田綾香さんと横森文さんは除く)には、4人のキャスト(少数精鋭)。ちょっとした仕草や微妙な表情はほんと上手い。バランスも良い。
三話のタイトルは次の通り。英語で副題あり。
①火星の我が家
②見上げてごらん、星空の父を
③俺たちは天使じゃない
(上演時間1時間40分 途中休憩なし)2021.10.28追記
ネタバレBOX
引っ越し荷造用ダンボール大の箱馬を組み合わせた壁のようなものが幾つかある。場面に応じてそれを可動、変形させ情景を作り出す。色がホワイトのようで照明の色彩によって雰囲気が変わる。
短編三話であるが、冒頭のシーンが三話目「俺たちは天使じゃない」へ繋がる。照明が揺れ流れ、駅のアナウンスが聞こえる。同人誌の作家・桜井がボッーとしてホームから転落しそうになっている。自殺かと思った女性ユキが助けたところから物語は始まる。
「火星の我が家」
宇宙ステーションかと思って観ていると、そこはイスラエルの模擬訓練所。ここでのミッションをクリアーすれば本番の宇宙(空間)実験へ参加できる。ミッションには男女2人づつ4人が参加している。が 恋愛禁止という規則。1人の女性が何故恋愛が禁止なのか、素直な意思表示が出来ない不満を口にする。一方、ミッションをクリアーしなければ宇宙への夢が叶えられない、そのジレンマに苛まれる他の人々。「恋」か「夢」の二者択一ではなく、両方とも手に入れる。人々の微妙な感覚、雰囲気が何とも可笑しい。トラブル対処も含め人間観察が鋭い。
「見上げてごらん、星空の父を」
家族の絆。父が逝って気づく その思いを騒がしく思い出す姉・兄・妹の3人。父の遺品処分のために整理(処分)業者に見積もりを依頼している。喧騒した場面の緩衝的役割がこの業者ー上手い設定である。何だかんだと遺品に込められた思いを推察するうちに処分することが早計であるような…。夫婦喧嘩ばかりしていた父・母の子供には解らない愛情表現も何となく分かったような。そして家を処分することなく、実家へ戻って生活を…。主観的な家族と客観的な業者のギャップが可笑しいが、「思い」はしっかり伝わる。
「俺たちは天使じゃない」
自殺しようとした桜井を止めたユキ、その仲間らしき人影。その行為から天使ではないかと誤解したが、実は死神だった。死神=死へ導くと思われているが、それは人間が考え出した妄想であり固定観念。寿命が残っている人が自殺をすれば、死神として予定外の仕事?をすることになり煩わしい。実は桜井は自殺しようとしていた訳ではなく、友人が自殺しボッーとしていただけ。いわゆる心神喪失状態だった。この死神との遣り取りが、同人誌の掲載ネタとして思い付く。
エピローグ…何となくアイデアが枯渇していたところへ「思い」と「生きる」力が漲るようなラストシーン。照明が白壁に虹色のように照射され、実に清々しい余韻を残す。
こんな世の中だけど、今を生きることできっと未来も生きている…見事な応援歌に繋がる。
次回公演も楽しみにしております。
流刑人走る。
百化竜嵐
荻窪小劇場(東京都)
2021/10/21 (木) ~ 2021/10/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「時代劇をメインとする」を標榜している劇団。謳い文句は「武器や衣装にもこだわり、『確かにそこに江戸はあった!』と思わせる舞台です」とあったが、その印象は違った。武器である刀は、直参旗本であっても一本差しであり、衣装である着物は着熟しが出来ていない(特に男優陣)。敢えて着崩しているのだろうか。
幕末という時代背景に起きる2つの話ー「奉公構い」となりあらゆる藩に仕える事を禁じられた侍。「御庭番」として仕えながら忍の生き方に疑問を持つ風魔。ーが、何となく絡んで一つの物語を紡いでいくのだが、その契機や必然性が感じられない。
辛口コメントを先に記したが、情感という本来観えないものが残像のように表れ、肌に伝わってきた。ツッコミどころ満載だが、それで観(魅)せる力は…。
(上演時間2時間 途中休憩含む) 2021.10.23追記
ネタバレBOX
素舞台。
音響は花街、遊郭界隈を思わせる和楽が頻繁に流れる。情緒的なのは和傘。
サブタイトルにある傀儡遊戯は、幕末という時代背景にあって、佐幕であろうが倒幕であろうが、その要人以外は自分の思考や行動は制限もしくは禁じられていた。世情不安定な時代にあって、操られ暗躍した名もなき者どもを描く。
物語は武家ー朱橋家の家中騒動、剣の同門であった北町奉行所同心や三好家の仁衛門といった人物が登場する【奉公構い】、千住宿にある置屋にいる風魔一族の残党、関わるように御庭番、人斬り狂人、諸外国の動向通(倒幕側)の人物が入り乱れた【御庭番】の2つの話が交錯する。その関わりのキッカケが、ある殺人事件を通して 一方の主人公である、朱橋家の娘(故人:雫)の許嫁である田ノ神義一(八木田真樹サン)と、他方 千住宿の風魔忍・錫鋼鉄葉(犬伏憲司サン)が知り合い…。物語は別々に展開し、接点は知らないうちに佐幕・倒幕運動に巻き込まれているといった傀儡のような。出来ればもう少し話を整理すれば分かり易い。
演技は、時代劇の観せ場である殺陣シーン、田ノ神と人斬り狂人の正眼で対峙した姿はよかった。ただ全体的に言えるのだが、殺陣の動きとしては背中で刀を受けるなどといった不自然な動作はどうか?せっかく時代劇がメインと謳っているのであれば、ここは本格的に観せてほしい。また、人物の雰囲気を出そうと険のある表情を作るなど努めていたが、自分が観た回は複数人が台詞を噛むなど、勿体ないところが目立った。先にも記したが、着物の着崩れー特に衿元が開けて武士らしく見えないのが気になる。
次回公演を楽しみにしております。
解放区
GROUP THEATRE
浅草九劇(東京都)
2021/10/20 (水) ~ 2021/10/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
主張したいことは何となく分かるが、その対象となる現実が曖昧だ。タイトル「解放区」(理想郷と言うか理論の世界)を描くのであれば、もう少し具体的な現実の姿を表さないと、主張そのものに説得力が伴わず空虚な感じ。
公演の魅力は迫力ある演技というか、叫び吐き出される「力ある言葉」、その台詞の激しい応酬だ。両手を広げて拾いたい珠玉の言葉だが、ぽろぽろと指の隙間から零れてしまう。物語は主人公・高橋ひろしサンの教え子である2人が登場してからの緊迫した場面と、それ以前のまったりした場面、その雰囲気がガラッと変わる。対置することでラストシーンへの効果として観せたかったのだろうが、前半と思われる場面が冗長すぎた。そもそも緊密に絡んできたのか。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
舞台セットは、廃屋といった感じで色々な物が散乱している。中でも重要になるのが、上手にある割れた姿見と下手にあるダンボールとビニールシートで覆われた塒(ねぐら)、と捨てられた本の山。演出として、客席の最前列中央に登場人物が着座し、後々舞台上の人物と話し出す。また役者は会場出入口も利用し、廃屋外に現実の存在を表す。この廃屋、後々知らされるが劇場跡という設定。
照明ー冒頭は薄暗い廃墟イメージだが、人物が揃いだすと暖色的な色彩、そして圧巻は高橋さん演じる浮浪者にして元劇作家の慟哭シーンのスポットライト。
音響ー生ヴァイオリンの演奏だが、演奏場所が割れた姿見の中という、自分(人間)という存在と(割れた)鏡という媒介を通して映る者、それは自分らしき者であって本人(実在)ではないことの象徴。対照させる演出としては巧い。打ち捨てられた鞄等を叩き、ストリートミュージックも反体制的な観せ聴かせる効果あり。散りばめられた反骨魂(材料)の数々。
冒頭、ラストそして要所と思われる場面で北床宗太郎氏の生ヴァイオリン演奏。実に心象的で好かった。物語は、廃屋に岩崎紗也加サンが忍び込み、飛び跳ねたり、独り言を発している。実はこの場所に浮浪者らしき人物が寝起きしている。2人の会話から彼が相当な知識人であることが分かる。そこへ金を隠しに来た小池利一サンも交え、3人で脈絡のない会話が続く。ここまでのシーンが冗長のように思われた。この場所の立ち退きのため、作業員が立ち退き警告。そのうち浮浪者が有名な(元)劇作家で、代表作の受賞を辞退したことで、権威者(体制=現実)にたて突いた異端者扱い。浮浪者に取材と称して過去に経緯のあった記者と浮浪者の議論。端的に言えば現実の肯定(追認)か否定(抵抗)といった論争らしきもの。そして解体作業の轟音が…。
切羽詰まった状況、スポットライトの中で浮浪者が現実の理不尽を訴える。その慟哭する姿が痛々しい。混合玉石の情報が氾濫(情報操作と攪乱)し思考・判断能力を奪う、受賞という名誉・恩恵で従順を育て批判を封じる、そして牢という獄に身体を拘束する、といった現実に抵抗する。まさしく革命的な行動であるが、その対象となっている現実とはどのようなものか。現実(問題)は一律には括れない。それを観客それぞれが社会に持っている不満や憤り、その想像力に委ねているかのようだ。敢えて言えば、岩崎さんの表現自由、小池さんの全て金といった台詞が残るだけ。現実の理不尽さが解放区側の一方的な主張として描かれているため、批判に説得力を持たない。もう少し物語の中に現実を描き込む必要があった。
廃墟が劇場跡という設定が妙。劇場という虚構の世界を描く場所、その必要性は現実に疲れた精神(思考等)を解放する所。説明によれば、「ボロボロに朽ち果てた本、失われた言葉は飢えた子供のようにむさぼると、押し殺していた想像力は光よりも早いスピードで宇宙へ解き放たれ、従うだけであったはずの時間は心ゆくまで不規則に流れはじめる」、まさしく演劇の世界観そのもの。それを撤去することは?という問い掛けも感じる。しかし、暗転後のラストシーンは客席に座っていた男性会社員(2年目)が、モラル、コンプライアンスと言ったことが云々、という台詞で今までの緊張感がプッと切れた思いだ。これに抗議するのか。今まで観てきたのは幻想だったのだろうか?
気になったのが、客席にいた役者。舞台上の役者との会話や強要された撮影によって、現実(社会)との繋がりを持たせる(媒介といった)重要な役どころ。しかし上演前から居るならまだしも、途中から入場し一般客前を横切って着座する。さも遅れてきた一般客を装っているようだが、観入っている本来の観客にしてみれば迷惑なこと。
次回公演も楽しみにしております。
楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~
アン・ラト(unrato)
赤坂RED/THEATER(東京都)
2021/10/16 (土) ~ 2021/10/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
まず驚かされたのが舞台美術。幽玄が夢幻舞台へ変化していく美しさ、そして力強い。今まで観た「楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~」の中では絶品。4女優の演技はもちろん素晴らしいが、演出の妙に感心した。今までも そういう作品を観たと思うが、この公演は視覚に訴えるが、表層的な観せ方ではなく、劇中劇の舞台である「かもめ」が楽屋を通して、その向こう側で本当に上演しているような雰囲気。華やかな表舞台を想像させながら、その裏「楽屋」は廃墟イメージで、まるで「雨月物語」(上田秋成)を連想する。「楽屋」という物語は2項対比を思わせるところが幾つもあり、それが対立であったり比較といった面白さを描き出す。その内容的充実も見事。冒頭とラスト、情感たっぷりに輪唱が劇場内に響く。さぁ幕開けだ!
(上演時間1時間20分)
ネタバレBOX
舞台美術は、中央奥(女優C)に本物の鏡台、手前(客席寄り)の上手(女優A)・下手(女優B)側に枠だけの鏡台。天井には綱が垂れ下がり、蔦のようなものが巻き付いている。舞台のいたる処にススキ等の草。上手・下手側(ほぼ袖。上手は衣装、下手は私服という別)に衣装吊。全体的に雑然としており、廃屋のような雰囲気だが、置かれている道具・小道具から妖艶で華やかさも漂う。上演前に客席から騒めきの様な声が聞こえるが、実は劇中劇の向こう側にいる仮想客席の騒めき。そしてラストにも聞こえる。劇中劇の楽屋であることを意識させるフェードアウトのような暗転、微風が吹きススキ等が揺れ物語が始まる。
先に紹介(敬称略)してしまうが、配役の女優A:保坂知寿、女優B:大空ゆうひ、女優C:笠松はる、女優D:磯田美絵。そして女優C以外の衣装は白地もしくはそれに近い淡色、対して女優Cは黒い下着、赤いドレスといった濃色で、そこには人物の生死を表現する。女優の“業”の深さを浮き彫りにするこの戯曲は演劇人たちの心を掴み、これまでも数多の名優たちが演じている。
楽屋。
亡霊になった女優Aと女優Bが楽屋で念入りに化粧をしながら、永遠にやっては来ない出番に備えている。今上演中なのはチェーホフの「かもめ」。2人の緩く力の抜けた会話が絶妙で、これ演技と思わず唸ってしまうほどの自然体。AとBはお互い当てこすりや嫌味などを口にするが、たまに見せる少しの気弱さも愛らしい。亡霊女優2人の戦前の訳と戦後の訳の違いや、小道具(戦前の手鏡、戦後の卓上鏡)など実に丁寧な観せ方。同時に古典戯曲の「かもめ」「斬られの仙太」等の台詞を生き生きと演じる面白可笑しさ。哀感漂う公演の中に軽妙で滑稽な場面を散りばめる妙。
主役・ニーナ役の女優C。美しい舞台姿(衣装)で、ヒロインを演じている女優らしい華やかさ、同時に内に秘めた勝気そうな振る舞い。笠松は女優Aの保坂、女優Bの大空を向こうに回して大きな身振り手振りで圧倒し説得力もある。AやBより遥かに恵まれた環境にもかかわらず、40歳過ぎても女優業に必死にしがみついている痛々しさ、そんな哀愁も滲み出ている。そして噛みしめるように語る独白も圧巻。
女優Cが楽屋に戻って来ると、プロンプターをつとめていた女優Dが枕を抱えて現れる。彼女は精神を病み入院していたが、すっかりよくなったから、ニーナ役を返せと女優Cに詰め寄る。枕を腕に抱え、おっとりとした口調。不気味でもあり純真さのような雰囲気も醸し出す。CとDは言い争いになり、女優Cは思わず女優Dの頭を瓶で殴ってしまう。女優Dは起き上がってフラフラと出て行くが、女優Cが楽屋を出ていった後に戻ってくる。今度は亡霊のAとBが見えている。打ち所が悪く死んでしまったようだ。ニーナ役が欲しくて精神異常になった若い女優がまた1人死んだ。
3人になった楽屋の亡霊は、何かの拍子にやって来るかもしれない出番のためにチェーホフ「三人姉妹」の稽古を始める。
演出は大河内直子女史。数多く上演される「楽屋」、その定評のある戯曲に真正面から取り組む。また演じる女優たちの個性を役に上手く投影ー料理でいえば“素材を最大限に活かし旨味を引き出した”といった演出がうまくハマった。舞台セットは、生死の狭間のようであり、おそらく上演中の「かもめ」舞台へと繋がる動線が生ける世界のように思える。その在り様がしっかり伝わる舞台美術。生と死が溶け合うこの楽屋は、さながら夢幻か幽玄の世界で、舞台に命をかけた女優たちの純粋な魂が輝いている。
感心すべきは、先にも記したが舞台美術と役者の個性の引き出し。光と影といった2項対比の構造が鮮明な公演。「表舞台の華やかさ、裏舞台という廃墟のような楽屋」「主演女優とプロンプター」「生者と死者」に見る、女優という職”業”の凄まじいまでの深淵を覗かせる。表舞台に立てない名もなき女優の怨念が漂う「楽屋」。しかし決して恨み辛みだけではなく、軽妙な会話、前向きな思考、そして死してもその存在を主張するかのなうな振る舞いに勇気がわく。
コロナ禍という厳しい状況下において、公演を催行するのは並大抵のことではないと思う。この2年余りに劇場は潰れ、演劇も衰退すると危惧する演劇関係者が多くいたと聞く。これまで培ってきたものを諦め、ひとり、またひとりと文化芸術関係の場所から離れていった方々、そう思うと「楽屋」の必死に役に喰らい付こうとしている女優魂の気高いこと。 頑張れ演劇界!
次回公演も楽しみにしております。
ドント・コールミー・バッドマン
24/7lavo
新宿シアター・ミラクル(東京都)
2021/10/14 (木) ~ 2021/10/19 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
観応え十分!
逃げを禁ずるかのようにして描いた(青春)ドラマ。
或る状況について時限設定することで、どうなるのか観客の興味を惹きつける巧さ。現下の崖っぷち、今まで逃げの人生のツケ、そして見つめ直すという切羽詰まった状況。チラシのタイトルに小さくー「”残念な人”と呼ばないで」は、悲痛な叫び。その裏返し、後悔しない人生ーといった決意にも受け取れる作品。
3つの物語が脈絡なく紡がれるが、徐々にリンク・アップしてテーマらしきものを構築していく面白さ。
(上演時間1時間55分)
ネタバレBOX
客席はL字型で、英字の曲がった箇所と対角をなす様な四角い舞台。セットは細長い板を渡し、その奥を高くして喫茶店を思わせる別スペースを設え、丸テーブルと赤い椅子2脚。入り口近くに別ブース、その反対側にポール2本。
3つの物語…第1は、主人公であるオシム(平井泰成サン)が主宰する劇団の旗揚げ公演の開幕直前の場当たり風景。第2は、主人公・シマダ(河西凛サン)が転校先で苛めを受けるが、担任の女教師が教頭のパワハラで病んでおり苛め対応が出来ない。第3は主人公を苛めていた まめたろ(瀧啓祐サン)が、マッチングアプリで知り合った女性との会話で、自分の生き方が空虚だったことに気づかされる。
バラバラに展開していくが、視点は当時のまま。回想シーンとして客観化せず、今という時から目を逸らさず逃げない。
第1の開演直前の話は、この段階で行うことなのかと疑問が残るが、狙いとしてはSMチックな場面で緩い笑いで惹き付ける。一方、主人公が過去から引きずっている優柔不断、自己主張が出来ない姿がメイン。第2の中学時の苛めは、病んだ女性教師が自分の守備範囲を設け、その原因が教頭のパワハラという大人(教師)社会の苛め。親しくなった隣クラスの女生徒も苛めの対象にやるなど、負の連鎖の怖さ。第3は知り合ったばかりの若い女性から、話していても面白くない、”自己”がないことへの鋭い指摘。すべてが逃げに関係した事ばかり。3話は、空間や時間が異なることから現在場面として交わることはしないが、中学3年時の苛めをトラウマとして、その人生再生ドラマとして収斂していく。
登場人物の濃いキャラ設定が、3話それぞれの面白可笑しさを支えている。最大の魅力は、3話それぞれ単体ドラマに出来るような深味ある内容。それを1つの物語へサラッと落とし込む贅沢な構成。開演迄残り少ない時間設定、30歳前(29歳だった?)で、自分らしさを(舞台で)表現したい崖っぷち…どちらも逃げられない。そんな自己実現に苦闘する姿を誇張して観せる。コメディながらウッとくる苦味。因みに、第2話は中学3年生で卒業迄、第3話の若い女性はこれから別約束あり、といった時間的制約を持たせている。
そう言えば、舞台でぶつけたかった転売ヤーへの怒りは中途半端に幕切れで気になる。そして劇場で会った2人、中学時代は苛め・苛められの(喧嘩までした)関係だったのに、15年も経つと顔は忘れてしまうのかなぁ、など些細なことを思ったが…。
次回公演も楽しみにしております。
そして、死んでくれ
M²
ラゾーナ川崎プラザソル(神奈川県)
2021/10/13 (水) ~ 2021/10/17 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
重厚・端正といった印象の公演。
物語は、昭和11(1936)年に起きた二・二六事件の当日とその前・後日を青年将校の視点で描いたもの。丁寧な作りだと思うが、説明にあった「コロナ禍を生きる全ての人に問う。私たちが目指す未来とは?」に直結する描きではなく、史実と思われることを順々に展開し、そこから観客が各々想像を膨らませてほしいと…。上演前から流れている放送は、事件の半年後に開催されたベルリン・オリンピックの競泳実況「前畑ガンバレ!」が、何となく現代に繋がってくるが…。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
舞台美術、雰囲気は中央に大きな両袖机、上手・下手側奥に別(独白)スペース、奥は壁に沿って少し高くした通路のようなもの。全体的に薄暗く、机や色調から重厚さを漂わす。もちろん、物語も要人殺害というクーデター(未遂)であり笑いといった緩める場面は皆無。冒頭、登場人物が横一列に並びピン照明に浮かぶ姿は神々しい。
梗概…昭和恐慌により拡大する貧富の差に皇道派の青年将校は大臣・官僚を抹殺し天皇を中心とした政権を作ろうと2月26日、雪の降りしきる夜にクーデターを実行。総理、内大臣、侍従長等を暗殺。一時軍部は彼らの行動に理解を示し、クーデターは成功したかに見えたが、それは事態を収拾しようと画策した政府による時間稼ぎ。舞台では、真崎甚三郎大将(軍事参議官)にその役どころを担わせている。さらに総理が生きていた事がわかると事態は一変する。政府は天皇の勅命により原隊に戻るよう呼びかけ軍に戻ろうとする。しかし当初から消極的で、やるからには逆賊になる覚悟だった安藤大尉は…。この話は映画「226」と同じで、何となく映画の舞台化といった感じだ。主人公と言ってもよい安藤大尉の態度や行動も同じ。この事件の背景にある貧しき人々、特に東北地方の農村部の事情が語られる。Wikipedia他、多くの本やネット情報(内容の濃淡や真偽不明も含め)に概要が記されており、さして目新しい情報ではない。
翻って現代をみると、コロナ禍によって既に日本社会にあった問題、すなわち労働問題や経済格差(貧困)などが鮮明になった。コロナ禍によって非正規雇用、自営業、サービス業を営む人たちが職を失ったり派遣切りにあう。社会的弱者に対する政治(社会)の底が抜けた瞬間を見たのだ。そして2020東京オリンピックの開催を巡って右往左往する政府。政治(不信)に目を向ければ森友学園問題やキャリア官僚によるコロナに係る給付金詐欺事件等、解決すべきこと。さらにコロナ不況への対応等、問題は山積している。二・二六事件当時と時代や状況の違いがあり、一概には論じられない。しかし、今起きていることは足元だけではなく、先々を考えなければいけない。二・二六事件の半年後のオリンピックで日本中が沸いたらしいが、その足元では軍靴の音が大きくなり始めていた。現代の足元に忍び寄る不気味な事とは…しっかり自分で状況を見極め、考えることが必要になっている、そんなことを思わせる公演。
舞台は、薄暗いだけに照明効果(個人への青白いスポット、全体への暖色といった使い分けや階調)は印象的。また天井や床から人物への垂直照射はシルエットを作り哀愁が漂う。登場人物は9名(うち女性2名)だが、女性は将校の妻役ということもあり、登場場面が少ないのが残念。それだけに重苦しい状況が続く中で、妻との会話でホッとさせたり惜別といった感情で揺さぶる。男優の軍人役は髪を短く刈り込み、将校の兄役だけ少し長髪。そして軍服姿が凛々しく、姿勢や立ち居振る舞いもそれらしい。女優2人は着物姿で楚々としており、夫を支えるという健気さ。外見からの役作りに好感。そして役者陣のバランスの良さ、演技は熱演でとても旗揚げ公演とは思えない。小道具も軍刀や「尊皇討奸」と書かれた日の丸旗などによって状況説明する。音響は暗転時のピアノの単音と劇中で将校たちが歌う「昭和維新の歌」が印象的。先にも記したが、全体的に丁寧な作り。
ただ、直截的には「二.・二六事件」という史実の狭い世界を描いているようで、勿体なかった。
次回公演も楽しみにしております。
ヌーのコインロッカーは使用禁止
映像劇団テンアンツ
「劇」小劇場(東京都)
2021/10/08 (金) ~ 2021/10/17 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
面白い!
正直、「切なくて愛おしい 心温まる 笑いと涙の人情ファンタジー」という謳い文句以上の感動作。満席なのも頷ける。笑い声、啜り泣き、時に拍手と観客を巻き込んでの好公演。
前説、仮面をつけた上西雄大氏(映像劇団テンアンツ代表)の笑いの中にも優しさ溢れる話のまま本編へ。3時間40分(休憩15分含む)という大作だが、泣き笑いという感情を揺さぶり続ける。その振幅に酔いしれているため、体感時間はアッという間だ(大袈裟か)。
物語は、社会的なことを絡ませるわけでも、何かを比喩や暗喩するといった深い思考を巡らせる事(必要)も無く、ひたすら物語に感情をゆだねるだけ。それで満足だ。
卑小と思いつつも気になるところ。課題と言えるか分からないが…。
物語だけであれば、正味3時間程度もしくは切るかもしれない。本作は映画化されており、或る国際映画祭では最優秀作品賞(グランプリ)を受賞するなど評価されている。映像では容易に出来ることが、舞台では簡単に出来ない。場面転換のことである。映画ではカット割り・撮影後、編集でいかようにでも状況や情景を表現出来るが、舞台は場面転換が多くなる。その間、物語は足踏みしている。
一方、場面転換がないと泣き笑いの感情が置いて行かれ余韻に浸る時がない。完全暗転ではなく薄暗くすることで転換作業を観せ、効果的な音楽も流し観客の意識を離さない巧さもあった。
本作は、幅広い年代に愛されると思う。ただ上演時間が長いと年配者には(身体的に)辛いかもしれない。若い人も含め、途中休憩時には大半の人が劇場外に出て伸びをする姿があったのも事実。多くの人に観てほしい作品。ラストは感動!
(T徳竹・主人公ヌー役編)
ネタバレBOX
冒頭の舞台セットは、中央にタイトルにもなっているロッカー、上手側は安酒場・ベルサイユ、下手側にたばこ屋と占い机。ただし頻繁に場面転換し、時にヤクザ事務所、ラーメン店、病院、警察署内等へ変わる。変わらないのはロッカーだけだが、ラストの変形には驚かされる。場面転換に応じてテーブル、椅子、ベット、そして望遠鏡といった道具が搬入・搬出される。
梗概…主人公は発達障がい者の那須叶(なすかなえ)、通称ヌー(徳竹未夏サン)。26年前の12月ある寒い日、コインロッカーに捨てられた彼女は、そこが生家と思いコインロッカーを守りながら、毎日ロッカーの前で絵を描いていた。ある日、ヌーは刑務所から出所した黒迫和眞、通称カーブ(上西雄大サン)と出会う。黒迫は別れた妻子に金を送るため、ロッカー近くで覚醒剤売買をし金を稼いでいた。ある日 思い付きでヌーの絵をSNSにアップしたところ、あるバイヤーからヌーの絵を買いたいとの連絡が入り、何枚かを高額で売ってしまう。ヌーを利用しようとしていたが、彼女の純粋な心に触れる中で、彼の中に良心が生まれ出していた。そんな時、ヌーが白血病で倒れてしまうが…。
最大の魅力は、役者陣の演技とバランスの良さ。特にヌー役の徳竹未夏さんのピュアな愛らしさが、観客の心を鷲づかみにする。カーブのこれからはずっとそばに居て守ってやる、は納得の台詞。
情景や状況の変化に応じた場面転換、その時に流す音楽がシーンイメージに合致しており、選曲の上手さに感心。また後半の冒頭には、吉村ビソーさんが 流しの役でギターによる生演奏を聴かせ、そのまま物語の世界へ誘う。洒落た演出だ。
色々な場面(酒場での「ベルサイユのばら」寸劇、ラーメン店でのおやじコント、ホームレスの暮らし、障がい者施設での虐めなど)が挿入されるが、その場面全体を通してヌーが住んでいる街の風景を表す。そこに住んでいる人々の暮らしや様子を垣間見せている。そして怒涛のように繰り出される笑いと涙の場面、その情動が半端ない。思わず観ている時間感覚がマヒするくらい観入ってしまう。
この人々や街の紹介・説明そして案内をするのが、擬人化した着ぐるみ犬・ボッチ(ダメダメ人間の言葉は解る。弱き者の視点らしい)。実に愛嬌があって親しみやすいのだが、ヌーWキャストの古川藍さんが扮している。どうりで上手いわけだ。
ラスト、ヌーの慰め独り言とボッチの悲痛な叫び、その言葉に胸が締め付けられる。感動の嵐‼
次回公演も楽しみにしております。
クロノス
LOGOTyPE
中目黒キンケロ・シアター(東京都)
2021/10/06 (水) ~ 2021/10/10 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
面白い!
理屈抜きで楽しむエンターテインメント作品。
中目黒キンケロ・シアターは、故愛川欽也が「芝居をやりたい後輩のために芝居小屋を建設したい」との思いで建てたが、コロナ禍で上演が厳しい状況下で感染対策をしっかり行い演劇界を支える。また、本公演の脚本・成井豊のキャラメルボックス(現在 活動休止中)が復活する情報もある。演劇界に光明が…感慨深い。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
舞台セット、上演前は変形鉄格子のようなものが組まれ、何かを拒絶しているかのようだ。同時に厳格な管理状況下にあると思わせる。開演すると雷鳴、雨音をバックに左右に開らく。内側は、中央奥に巨大な歯車状(一部欠損)のオブジェが立ち、上手側にソファ、下手側に事務机、全体的に企業オフィスといった場所。もっとも冒頭は科幻博物館?と言っており、ここの館長と職員が物語の進行役(ラストは衝撃的な正体)を務める。
物語は、中央奥にある歯車のような機械が、物質を過去に飛ばす「クロノス・ジョウンター」。主人公・吹原和彦(南翔太サン)は研究員として、この機械の開発に携わっていたが、2006年11月27日午前、会社の近くの交差点でタンクローリーが横転し、角の花屋に突っ込む。そこには、吹原が中学時代から思いを寄せていた女性 蕗来美子(辻美優サン)がいた。吹原は、彼女を助けるために事故直前へ自分自身を送るが……。
過去を変えると現在や未来に影響が出るといったタイムパラドックスの理屈、それを回避するよう帰還時点を先(未来:初めは7か月だが数年単位)へずらす。時間軸に沿って過去へ移動した場合、因果律との関係が生じる可能性があるため、その直截的な影響を見せないための工夫か。
事故直前の過去に遡っても、なかなか彼女を助けられない もどかしさ。立ちはだかる「時間流」という壁、そして未来から来たという、にわかには信じられない過去にいる人との認識違いといった諸々の問題を見せることで観客のハラハラドキドキ感を誘う。クロノス・ジョウンターから弾き飛ばされ舞台中央に転げ落ちる姿が痛ましい。ただ、過去に行くのが複数回になり、緊張感が薄れてくる感じも否めない。
一方、吹原の強い思いと同時に、彼の周りにいる人々との葛藤も生じる。特に家族(両親)は本人が過去に行っている間は、消息不明状態になり手を尽くして探している、それを妹さちえ(難波なうサン)の悲痛な叫びとして訴える。周りの制止も振り切り過去へ...。ラストは明かされない。
展開は現在・過去を往還するが混乱することはない。過去に居られる時間はわずか、助けるための行動はアップテンポで手に汗握るが、クロノスに係る説明は分かり易い説明調といった緩急ある演出で観せ方も上手い。演技は、笑いや涙を誘い、激高で現実へ引き戻しといった感情の揺さぶり。あえてオーバーアクションといった魅せるサービスもあり好感。
次回公演も楽しみにしております。
暫しのおやすみ
劇団競泳水着
駅前劇場(東京都)
2021/10/02 (土) ~ 2021/10/10 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
「働くこと」「休むこと」そして「新たな出発」を淡々と繊細なタッチで描いた物語。観終わった後は涼風が頬をそっと撫でるような心地良さ。
舞台の特徴は、上手・下手側に違う場面を設えているが、人も状況も交わらない。いや唯一ヒロインの女優・染野藍(鮎川桃果サン)だけが行き来するが、それは時が異なるため。無理な展開で紡ぐのではなく、日常のありふれた風景を観せる。大事件や刺激的な出来事は起こらないが、人の心に優しく寄り添い、潤いある「時間」を観せる良作。自分は好きである。
先に書いてしまうが、「休むこと」は楽しかったと言い、けっしてネガティブにならない。「心」と「体」の休養は明日への活力。どんな業界・世界にも当てはまるのではないか。日常的な話だが面白い!
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
セットは、上手側に染野藍の姉宅のダイニングキッチン、下手側がTVもしくは映画の撮影現場の控室。客席側に長椅子1つあるが、心療内科といったイメージ。それぞれの場所は独立(色調と段差で相違を強調)しており、基本的には行き来しない。が、藍だけは冒頭の芸能活動をしていた時と人気絶頂で活躍していた当時の回想シーンとして現れるだけ。
物語…藍は不倫報道によるバッシングで休業、もう1人の後輩女優・藤村みなみ(菊原結里サン)はスタッフとの関係がギクシャクし休業、という”暫しのおやすみ”期間の出来事を藍の家族等、みなみ の芸能関係者、といった身近な人々との語らいを通して癒されていく。2人は女優という仕事は辞めない。続けるための「休む」は、立ち止まること、何かまたは誰かに追われる 追い越されるといった怖さへの励ましの言葉。息切れしたら休む勇気も必要だ。上野友之氏の脚本は、少し厄介な問題を突き付け、悩みもがき苦しませるが、それを何とか乗り越えさせる優しい眼差しがある。
舞台技術、特に照明は物語におけるその場の雰囲気を端的に表す。暖色・冷色といった多彩な照明光と明暗、その諧調は実に心象的。また11名の登場人物のうち、女性は8名と多く、シーン毎に衣装を変えており、何となく華やか。そういえば衣装助手・絵里(今治ゆかサン)が、撮影に使用する衣装について無理難題を言われ、仕事を辞めようかと思った、という台詞があったが、まさにこの舞台のように思われたが…。
ナチュラル演技というのか、実に自然体だ。なんと息のぴったりあった会話と動作。ラストは、頑張り続ければ道は開けるというハッピーエンド。
次回公演も楽しみにしております。
ユートピア
singing dog
「劇」小劇場(東京都)
2021/10/01 (金) ~ 2021/10/05 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
家族…一律には語れない内容、それを父親を悪者(実際いるだろう)に仕立て親・子の関係を切り口に描いた秀作。血の繋がり、子にしてみれば親は選べない。切り口を抉ってみれば憎悪の塊だったか?表層の面白さ、その奥にある味わい深いさに酔いしれた。
俺が働いて食わしてやっているんだ、女房・子供は言うことを聞け。妻(家内)は、家の中だけのことをやっていればいいんだ!…そんな夫であり父の絶対的力、傲慢な思い、悲哀は後からついてくる。一方子供たちは、そんな父親の傲慢な態度に辟易し憎んでさえいた。本作は父親の独善的な考えを前面に出し、それに対する子供視点で描いている。子の憎まれ口を通して父親像を浮かび上がらせる。同時に父親の思(重)いも付いてくる。
シンプルなセット、キャスト5人という少数ながら、家族 特に父という家庭内の独裁者とどう向き合うかを体現。たしかに「少しだけ温かくコミカルでそれでいて胸に刺さる」見事な作品だ。
この父親を反面教師にしようかな、あっ時すでに遅しか。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
セットは、中央に卓袱台もしくはテーブルに見立てた台のみ。家族は父、兄・姉、そして物語をリードする自分(次男)、母はすでに鬼籍。自分が小学3年生、夏休みの伊豆高原での回想から物語は始まる。父親の言うことは絶対服従、その象徴がトランプのババ抜き。
父曰く、一流大学を卒業し大企業へ入社、そして安定した生活を営むこと。自分の言うことを聞いていれば間違いない。子供たちは息詰まる生活、その抑圧された家を早く出て自活したかった。
父が癌で入院・手術という事態になって久しぶりに兄姉弟が集まる。従順だった兄、姉は何となくすり抜け、自分は父の叱責を一身に負った。そんな兄姉、そして自分も変わっていた。従順だった兄も一流企業に入ったはいいが、ノルマに追われ、妻とは離婚協議中。姉は離婚し、年下男と同棲中。自分は転職を繰り返し不安定な生活。
物語は父親の威圧さを強調して描いているが、当日パンフに「その人が構築されるまでには、家族の影響が多分にある」と。父親は貧しい家庭に育ったこともあり、早く家を持ち自分なりの家庭を築きたかった。セット卓袱台の上に立ち君臨する姿は、家をイメージさせる。冒頭の伊豆高原は会社の保養所、自分なりに家庭サービスもしていたつもり。自分の思いと妻や子供の意識、そのギャップを生み出し気がつかない。これは悲劇なのか、それとも「家族」という名の喜劇なのか?
演技はそれぞれのキャラクターをしっかり立ち上げ、バランスも良い。特筆するとすれば、1人2役(姉と母)を演じた内海詩野さん。目元が母に似ているという台詞をきっかけに、それぞれの役の表情を演じ分ける。動作(母=家内は卓袱台内だけの動き、姉は卓袱台も含めその周りを動く)も実に自然体だ。
亡き母へのプロポーズの言葉、「幸せに出来るかは判らないが、苦労はかけない。」に困惑の笑み。ちなみに漫画、映画化された「釣りバカ日誌」の浜ちゃんのプロポーズは「君を幸せにする自信はないが、ボクが幸せになる自信がある」だ。プロポーズに込めた思いが真逆の結果になるが、そう簡単に思いは通じないということか。
さて、この構築された家族の行く末が気になるのだが…。
次回公演を楽しみにしております。
イリクラ ~Iridescent Clouds~ 2020-2021
カガミ想馬プロデュース
シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)
2021/09/29 (水) ~ 2021/10/03 (日)公演終了
実演鑑賞
台風の影響で暴風雨、肌寒い天候にも関わらず ほぼ満席という盛況ぶり。劇場内は、外の寒さがウソのような熱気。その熱量は、歌に合わせた観客の手拍子応援で最高潮に達する。ビジュアル的にも観て楽しいが、それ以上に充実した内容(脚本)、スピード感(演出)ある物語に引き込まれる。笑いと涙で感情を揺さぶり、圧巻はラストのアクションシーン。思わず拳を作った。
単に2.5次元と括るには勿体ないほどのミュージカル劇であり、少し教訓臭があるが典型的な青春群像劇といった印象だ。
(上演時間2時間40分 途中休憩10分)
本公演は第33回池袋演劇祭参加作品のため、☆評価は後日付。追記もする。
ヨコハマ・ヤタロウ~望郷篇~
theater 045 syndicate
KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)
2021/09/30 (木) ~ 2021/10/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
理屈抜きに楽しむ人情+風刺を垣間見せた娯楽痛快活劇。当日 劇場外は台風、物語は「砂嵐と雷鳴が轟く」という破天荒さ。堪能した!
「掘りだしモノ!」「絶滅危惧種!」と大好評だった痛快作が、横浜に帰ってくる!」の謳い文句通りの面白さ。「ハマの弥太っペ」(2018.1)「ヨコハマ・ヤタロウ」(2019.1)と続いてくるが、はじめの「弥太ッペ」という名から、昭和の名作「関の弥太っぺ」(長谷川伸)が下敷きになっているようだ。またマクベスの3人の魔女の予言を連想させる神秘性で魅せ、さらにウエスタン調の活劇で観せる、単なるリリシズムではない振幅がある。
風刺としては、奥行きと高さのある舞台の長所を活かし、権力構造を舞台美術だけで演出する。主人公・ヤタロウと敵対するヨコハマ市長の豪華椅子と睥睨する姿が権力そのもの。辛苦の泥水を飲んできたヤタロウと対照的な描き方だ。
(上演時間1時間50分 休憩なし)
ネタバレBOX
舞台美術、場所は銭湯「松の湯」、中央奥に開閉するスクリーン幕と広階段、上手側にはカランと桶など、下手側には暖簾戸と縁台。全体的に寂びれたというか廃墟のような雰囲気が漂う。冒頭、正面スクリーンに物語の背景や概況の説明が映し出され、物語が始まる。時は20XX年。某国から飛んできた旧型ミサイルで、関東平野は荒野と化し無秩序状態。その地に最悪最強の「ウォリアーズ」という集団が跋扈し、ヨコハマが犯罪都市になっている。ヤタロウ(今井勝法サン)は、そのウォリアーズに妻を殺された、元オリンピック金メダリスト(射撃)である。妻の復讐のため殺した相手は50人超。そして殺した相手のやり残したこと(望み)を背負い、約束を果たすために苦闘している。しかし、50人超の1人ひとりの望みを描くわけではなく、「関の弥太っぺ」にも出てくる妹であり、娘という女性をこの物語ではヒロイン・キク(元水颯香サン)として登場。
物語は3年前に遡る。「マクベス」を彷彿させる3人姉妹(1人は鬘女装の弟)の予言により、死ぬことが定められたヤタロウ。刺客に狙われた場所が銭湯内、全裸のヤタロウ絶体絶命のピンチだが…。想像をはるかに超えるところから武器が、笑える。敵となるヨコハマ市長(寺十吾サン)は、ヤタロウのオリンピック出場をかけたライバル。この男の娘が病床にあり、どうしても金メダルを獲りたかったが。そしてお坊ちゃま(葉山昴サン)はヨコハマ市長によって或る手術をされ記憶がない。執事(中野マサアキサン)という傍観的な人物と彷徨しているが、実は妹がいる。キクが市長の娘であり、お坊ちゃまの妹に繋がってくる。ヨコハマ=横浜らしい「赤い靴」まで持ち出す。
ヨコハマ市に吹き荒れる砂嵐を守るため、市長にとってメリットのある富裕層が住んでいる地域だけを砂塵防護壁を築く。不要不急の外出は控えるように…どこかで聞いたような文句。自分の言葉で説明しない市長、肝心な内容は秘書が喋り、「その通りでございます」と追認。いろんな場面で現在の日本を揶揄しているようで笑える。因みにヤタロウがヨコハマ(望郷)に行くのは妻の墓参りだが、市長によって壁下に潰されていた。
ヤタロウは、相手を殺す前に約束事を請け負う。1つは市長の娘、お坊ちゃまの妹との邂逅。実際に会えたかどうかは判らないが、少なくとも心に姿、思い出が刻まれたことだろう。もう1つ、同僚刑事だったモリスケ(中山朋文サン)が松の湯で全裸のヤタロウに仕向けた刺客(若者2人組)。ヤタロウは撃退するが、その際、2人の要望は漫才の上達と披露。「壁に向かって稽古しろ」は孤独との戦い。ラストシーン…ヤタロウとモリスケが漫才ネタを行いつつ、そのままヤタロウは約束を果たし永年の別れに旅立つ。
舞台技術も素晴らしく、薄汚れた場所を更に際立たせる薄暮の照明、そして印象的なのは目つぶし効果。音響ー効果音はもちろん轟く銃撃音、音楽はマカロニ・ウエスタン調で物語に上手く合わせる。軽快なテンポがアクションを活き活きとさせている。世紀末人情活劇「ヨコハマ・ヤタロウ」は、もっと やったろう というダジャレも許してくれるだろう。
次回公演も楽しみにしております。
他人
中西崇将
アトリエファンファーレ東池袋(東京都)
2021/09/17 (金) ~ 2021/09/30 (木)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★
タイトル「他人」に関する観念、それを独り言のように演じる、まさしく一人芝居。2回(9/25、9/30)観たが、公演は演技というよりは淡々とした口上、そして映像的な観せ方に特徴を求めたようだ。「他人」の捉え方が斬新な切り口であるか否か、映像が正面と天井からの定点撮影で、舞台内で動き回る範囲が決まっているため動作に意味があるか否か、そして言葉(内容)に 力 がないと観ている人の興味を惹かない。全体的にインパクトが弱いといった印象である。特に天井からの撮影は、それだけをもって印象付けた映画があり、映像美学と云われるものもある。
(上演時間13分)
本公演は第33回池袋演劇祭参加作品のため、2021.10.10追記
ネタバレBOX
薄暗い箱の中といった素舞台。黒い壁・幕ホリゾント。演者(中西崇将サン)は赤いシャツ、黒っぽいズボン、白いスニーカーで配色に工夫を凝らしている。
語りは、タイトルにある「他人」について存念を喋る。他人とは、自分以外の人間であるが、知っている人までも他人というか、といった問い掛けから始まる。観念的な捉え方なのか、別視点なのか判然としないが、芝居という括りでの記す。
本人という存在は絶対、芝居の役柄に入った自分は他人になるが、その時に本人はどこにいるのだろう。もちろん身体的なことではなく、概念的なことである。本人と芝居での役者は別人、その時 他人になるのだろうかという自答自問を「他人」という公演にしている。芝居の切り口としては面白いが、1人芝居が独り言になっており、深みに入り込めなかった。
誰もいない空間で語り動き回り、時に寝転がる。その俯瞰した姿こそ他人であり、それをどう表現するかが大切。せっかく、衣装の配色を考えたことから、上部からの撮影はそれだけでインパクトある効果がほしい。例えば、映画で雪降る殺陣シーン、上部からの撮影のため傘をさしている人物の姿は見えないが、白い雪に鮮血が飛び散る迫力は映像美学と思った。
風に任せて
劇団東俳
座・プロローグ(東京都)
2021/09/17 (金) ~ 2021/09/26 (日)公演終了
実演鑑賞
悪天候にも関わらず満席、人気のほどが窺える。交通の利便性、専用の劇場、多くのスタッフという条件に恵まれ、毎年 質の高い公演を上演している東俳。今回のテーマは「生きる」「自然・環境」「絆」といったところ。
コロナ禍では、少人数、短時間の上演がトレンドかと思っていたが、劇場規模のわりにキャスト数は、シングル2名、ダブル(A・Bグループ各12名)、そしてspecial addearanceの新川優愛(TVで観るより背が高い-166㎝)さんの15名と多い。キャストは全員マウスシールドを着け、舞台と客席の間隔をあけ感染拡大防止に努めていた。また、スタッフはこんなに多くいるのかと驚いたが、ダブルキャストのうち出演しないチームキャストが場内案内等を手伝っており、その丁寧な対応に好印象。
舞台は、山梨県の或る村-風穴村の寄合所。富士山の北西に位置する村は標高920メートル付近にあり、周囲も高い山に囲まれ、ライフラインも通っていない。生活するには相当不便な環境の筈だが、この地 特有の恵まれた自然によって村人達はあまり不便を感じず暮らしている。物語は或る夏の日、川の岸辺に倒れていた女性が助けられ、“風穴村”で過ごした七日間を描く。
今まで観てきた東俳の作品は、少し謎めいた設定、そして何故といった疑問を解きほぐすように順々と展開していくというもの。この作品でも同様の手法で観客の関心を引き付け、最後に感動を呼ぶ。また村人1人ひとりの性格等の特徴は描き込まず、あくまで村が主体になり、助けられた女性個人と向き合う構図。そこに夫々の謎と嘘の意味が込められており、展開するにしたがい共有するような悩みが…。
映画では子供や動物が出る作品には敵わないと言われるが、この物語でも転機と思われるシーンで子役が熱演。ずるい(冗談)と思ったが、パンフレットを見ると、東俳であるが、劇・若竹の公演でもあった(納得)。
(上演時間2時間 途中休憩5分-換気)【Aチーム】
本公演は第33回池袋演劇祭参加作品のため、☆評価は後日付。追記もする。
哲学者の午睡
空間旅団
Route Theater/ルートシアター(東京都)
2021/09/17 (金) ~ 2021/09/20 (月)公演終了
実演鑑賞
「古代」のギリシャ哲学者の話(論理)と「現代」の弱小プロレス団体の話(経営)を交差させ、独特な空気感(時代間隔が感じられない、いや感じさせない)をもって描いた物語。「論理」話が随所に出てくるのは、哲学者プラトンやその師ソクラテス、直接には絡まないが弟子のアリストテレス(「現代」では週刊誌記者2人のアリスとテレスとして登場)を意識して描いているからだろう。そう言えば、哲学者プラトンも若い時はレスラーだったようだ(冒頭の台詞から)。
「真実」と「虚偽」といった何となく分ったような“イメージ”が出来る話、それをプロレスの「セメント(ガチンコ)」と「台本(ショー)」といった試合(形態)に準えて分かり易く説明、展開していく。どちらが真実で虚偽なのかは容易に想像がつくところだが、さらに人物の衣装が白服・黒服に分かれており象徴的に表す。2つの時代(物語)は、短く響く合図音で1人2役の演技転換で行き来する。その切り替え動作は、実にさり気なく自然だ。また多くの場面で登場人物が半円形に立つ姿は、円形闘技場コロッセウムであり、観衆を連想させ自ずとプロレスとリンク。面白い設定(脚本)、素舞台ながら凝らした観せ方(演出)、それを役者陣がパワフルに体現(演技)していく。と言ってもアクション(プロレスシーン)は殆どなく台詞中心で展開していく。
さて、タイトルの意味はラストに明かされるが…。
(上演時間1時間30分 休憩なし)
本公演は第33回池袋演劇祭参加作品のため、☆評価は後日付。追記もする。
『天国の朴』『MUSE』
ENGISYA THEATER COMPANY
アトリエファンファーレ東池袋(東京都)
2021/09/15 (水) ~ 2021/09/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
【天国の朴】(仕事の都合で、観劇演目を変更)
劇団のコンセプト、「セットや小道具を使用せず、抽象的な美術セットの舞台で(中略)見る人の『想像力』で完成する表現芸術の舞台公演」らしく、セットは等間隔に腰高スツール5脚と椅子が下手側に1つあるだけ。演技力(パントマイム含む)を売り物にしているだけあって、ほぼ素舞台だが、人物はもちろん情景が自然と立ち上がってくる。人物1人ひとりの場面を丁寧に設え、役者は人物の性格や立場、そして背景までも見えるように演技する。見事!客席通路も使用し正面(舞台)だけではなく、別景色があることを想像させ物語を立体的に構築する。
その情景描写を支えているのが照明と音響といった舞台技術である。全体的に薄暗い中で、多色照明やピンスポットなど多彩な照射、音響は低重音(歌)が流れ、時にピアノ伴奏だけと言った聴かせ方、これが場面に応じて実に上手く使い分ける。もちろん台詞の邪魔はせず、逆に言葉が音楽に乗って心地良く聞こえる。
物語は、腐敗しきった社会で新たな革命を起こそうと企む若者、先ずは政権与党を牛耳っている権力者(幹事長)をどうにかしたい。そんな若者たちに巻き込まれた初老の暗殺者・朴(ボク)と、その仲間が集まって目指すものは…。
硬質な中に哀愁を感じさせる社会派作品。
(上演時間1時間40分 休憩なし)
本公演は第33回池袋演劇祭参加作品のため、2021.10.10追記。
ネタバレBOX
腐りきった国政を変えたい、議員会館は妖怪ばかりで”人間”がいない。取り敢えず与党の幹事長に話をするが埒があかない。こうなれば自分が何とかしなければ…。何人かの同士で暗殺者・朴に相談・依頼をする。
言うことは理論的、本質的といった単語が大好きで、一見知識人ぶっているが、何事も風呂屋の釜のようで信用できない。見てくれの紳士面は反吐が出る。政治(体制)批判、マスコミ揶揄は大好きだが、なら自分でやってみろと水を向けると、その立場にないと逃げを打つ。大そう御立派なことを言うわりには、いざとなったらダチョウ倶楽部よろしく「どうぞどうぞ」という譲られ言葉に困惑する。ダメダメ要人を何とかしようと目論むが…。結局、自分がその立場(権力者)になったら同じようなことをしている。為政者なんか誰がなっても同じか?権力者も一皮むけば1人の人間、今の世はグローバル化し、その企業群の恩恵に与っている。
前半-昔の仲間集め、後半-事は半ば頓挫か、ラスト-井之頭公園での顛末は如何に。
何年か前、そぅ学生運動が盛んな頃の熱に魘されたような思いを甦らせることが出来るか。力 は 力 での対抗という負の連鎖を生むだけ。そして国内の出来事は国外の思惑が絡んでくる、という壮大な展開になってくる。素舞台だが情景・状況、心象がしっかり立ち上がってくる。それは観客の想像力を刺激し感情を揺さぶるからだろう。
ちなみに劇中であった北朝鮮からのミサイル攻撃は、想像ではなく現実に飛翔体として日本海へ、で現実になったが。
物語は足元にある出来事でもあり、絵空事を交えたフィクション。観るべきは役者の演技力。登場人物は10人で、それぞれの役柄に応じた観せ場を作り、人物の立場、背景等を説明(演じ)させる。もちろん台詞だけではなく、相応の場面設定がそれとなく組み込まれており、違和感なく物語が展開していく。パントマイムやパフォーマンスを含めての体現力は見事!誰もが思い感じていることを皮肉を込めて描いているが、それをリアルにまで追い込まず、あくまで演劇という「見世物」にしているところに知的センスを感じる。また多くが酒場シーンで、アルコールの匂いが漂ってくるような芳醇な、そして大人の雰囲気がある味わい深い作品。観応え十分。
次回公演も楽しみにしております。
野原ニ響ク約束ノ音
劇団宇宙キャンパス
萬劇場(東京都)
2021/09/15 (水) ~ 2021/09/19 (日)公演終了
実演鑑賞
戦国時代に生きる不条理な人間模様、それを劇団宇宙キャンパスらしくハートフルに描く。物語の背景(戦国時代、それも九州地方の情勢)を知らなくても、分かり易く展開するので十分楽しめる。戦国という乱世に生きた2人の武将、当時としては考えられない厚き友情、そして宿命のような悲哀をテンポよく展開。その結末は…。
公演は、どちらかと言えば舞台技術と熱量ある演技で観(魅)せるといった印象が強い。舞台技術、特に照明は暖色照明による平時、照明の交差による合戦時、葉陰の陰影による哀愁など、場面の雰囲気作りは上手い。演技は、あえてデフォルメしたキャラクターで質実、茶目っ気という一見対照的な人物像を立ち上げ、飽きさせない工夫。そして観せ場であろうアクション、それを殺陣・剣舞といった観せ方の変化で緊迫感と様式美をもたせグイグイと物語に引き込む。
(上演時間2時間30分 途中休憩含む)【陽チーム】
本公演は第33回池袋演劇祭参加作品のため、☆評価は後日付。追記もする。