タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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ろくでなし八犬伝

ろくでなし八犬伝

男〆天魚

赤坂RED/THEATER(東京都)

2017/12/13 (水) ~ 2017/12/17 (日)公演終了

満足度★★★★

室町時代から続く、里見家にまつわる奇譚「南総里見八犬伝」、 現代に甦った妖魔を討つため、伝説の八犬士が平成の世に集結するが…。この犬士たちは武家の世の中とは違い 、”忠義”などという言葉からは程遠いイメージ。その少し頼りなさを面白可笑しく描いたエンターテイメント。とても楽しめた。
カーテンコールで初日から千穐楽まで一般席(全席指定)は完売している旨、案内があるほど人気公演である。
(上演時間1時間50分)

ネタバレBOX

セットは障子等の衝立、二階を設えただけのシンプルなものであるが、舞台全面のスペースを広く確保しているのはアクションシーンをしっかり観せるため。それを効果的に魅せるための舞台技術…音楽(SE含む)や照明の印象付けが上手い。

舞台背景…「南総里見八犬伝」は、室町時代後期を舞台に、安房・里見家の姫・伏姫と神犬八房の因縁によって結ばれた八人の若者(八犬士)を主人公とする伝奇小説。共通して「犬」の字を含む名字を持つ八犬士は、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字の数珠の玉(仁義八行の玉)を持ち、牡丹の形の痣が身体のどこかにある。各地で生まれた彼らは辛酸を嘗めながら、因縁に導かれて互いを知り、里見家の窮地を救うべく結集する。
里見家は実在の大名であるが、「八犬伝」の伝奇ロマンのイメージが里見家と関連付けられるが、この物語はヒストリーフィクション。

さて、本公演の時代設定は現代…そこでは仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌などと言う高尚さはなく、何となく、だらしがない、自堕落、無関心、いい加減な中年オヤジが500年の時を経て集まる。それでも原作の「犬」の字を含む名字、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字のある玉を持ち、牡丹の形の痣が身体にあるという設定は同じ。

平成の世なれば殺陣というよりはアクションという表現が合う。「オジサンが舞い?オジサンが宙を飛ぶ? ろくでなし達の熱い戦いを見届けろ!」というフレーズ通りの笑劇であり、まさに可笑し味のあるエンターテイメントである。

次回公演を楽しみにしております。
絵葉書の場所

絵葉書の場所

劇団大樹

Route Theater/ルートシアター(東京都)

2017/12/06 (水) ~ 2017/12/10 (日)公演終了

満足度★★★★

本公演は、独特な舞台美術(草月流華道家・横井紅炎女史)とその空間で展開される抒情的な物語(作・み群杏子女史)、その世界観(感)を堪能することが出来た。
(上演時間1時間20分)

ネタバレBOX

舞台はカフェブランシェ、その店内は中央奥に枯れ木、上手側にカウンター・スツール、下手側にテーブル・椅子、中央手前(客席寄り)にテーブル・椅子が置かれ、本当にカフェを出現させているような独特な舞台美術。店内のいたるところに音楽や演劇のチラシが貼られている。床には枯れ葉。色々なジャンルの本が収納された本箱があるが、客が置いて行ったものらしい。中央の枯れ木には絵が掛けられている。絵はその中に描かれた枯れ木を挟んで男女が背中合わせに立っており、男はズボンのポケットに手を入れたままの構図である。

梗概…本筋は中年男・叶光介(川野誠一サン)が営んでいるカフェ、そこに木山夏実(花房りほサン)と名乗る女子大生がアルバイトに応募してくる。光介の妻は15年ほど前に家出したが、その時、1人娘・菜摘も連れて行った。同じ名前が気になっていたが…。このアルバイトに常連客・ワタル(奥山貴章サン)が恋心を抱きストーカー紛いの行為をする。訳ありな夏実の行動がワタルの心を揺さぶるが…。自分(光介)が傷つきたくない、プライド_ズボンのポケットから手を出すまでに15年という歳月がかかった男の心の成長物語のようであった。

この本筋に2つの挿話が織り込まれるが、その関連性が分かり難い。第1に女子高時代の文芸部有志が作った文芸誌(店の本箱から取り出す)、その書かれた言葉・文章が当時の心情を表現する。第2は、既婚の中年男性と若い女性の恋心を交えた会話が、カフェオーナーとアルバイト女子大生の関係を投影しているかのようだが…。

物語は本筋と脇筋で構成させ、それを入れ子構造として展開する。物語も然ることながら、言葉(台詞)の意味合いや韻音の美しさ、間合いあるテンポが心地良く響くという感じである。全体的に抒情的と思えるのは、筋立てと同じように空気感というか雰囲気を大切にしているからだろう。

公演の特長としてギターの生演奏(ゆりえサン)が言葉を優しく包み、時間の流れという間合いを伸縮させる。その目に見えない時間を表現させる効果は見事であった。さて、ブランシェとはフランス語で「白い」ということらしいが、印象は観客によって異なる。自分(心)のキャンバスに彩られたのは微風・心温まるといった心象が残った。

次回公演を楽しみにしております。
ジ・アース

ジ・アース

十七戦地(2026年1月31日に解散)

ギャラリーLE DECO(東京都)

2017/12/13 (水) ~ 2017/12/17 (日)公演終了

満足度★★★★

本公演は、3話オムニバスを入れ子構造にして展開するロード・テアトルといった印象である。劇団十七戦地の1年3カ月振りの公演であり、3話はそれぞれ劇団員が提供し柳井祥緒氏が纏め上げたものであるという。2人(北川義彦・柳澤有毅サン)芝居…ギャラリーLE DECOという小さい舞台空間であるが、物語の世界は観客の想像力によって大きく広がる。
(上演時間1時間30分)

ネタバレBOX

セットは人工芝のようなスペース、その周りに沿ってホワイトドラゴン、ワニ、電車玩具等のオブジェ、またシーン毎に着替えるための衣装が入った旅行鞄が置かれている。天井には地球儀に模したビニールボールが吊るされている。場面によってはピクニック用の折り畳み式のテーブルも使用する。雑然としているが、画一的な状況を作ら(想像させ)ない工夫であろうか。同時に3話の情景に応じた道具を運び込む周到さ。

タイトル「ジ・アース」は3話の接地のようでもあり、地球規模と捉えることが出来る。「アマゾンの魔女」「ロードムービ」「ニューアニマル」は独立した小話であり、表層的には関連付けが難しいが、その曖昧さこそが見所であったと思う。何故(マラソン)走るのか、そんな問いへの回答は個々人で違う。哲学的なことは解らないという返事にこそ画一・具体的にならない曖昧さを強調しているかのようだ。

アマゾン川での釣果の期待感、日本という狭い(少子化)発想から世界を見据えた動画配信というバーチャル感、バクを擬人化させた恋愛の甘美感はいずれも曖昧なもの。現実か空想・妄想なのか判然としない世界観は、観客の想像力によって広がりと奥深さが異なるだろう。
話の繋ぎに暗転は用いず、柳井氏が黒子として小道具を準備・配置し、それによって観客の集中力と物語性を保たせるあたりは上手い。

次回公演を楽しみにしております。
室温 ~夜の音楽~

室温 ~夜の音楽~

天幕旅団

【閉館】SPACE 梟門(東京都)

2017/12/12 (火) ~ 2017/12/17 (日)公演終了

満足度★★★★

サイコサスペンスという謳い文句通り、外面的な愛想の良さと嫌らしさ、内面(心)の暗部が浮き彫りになってくる不気味な崩壊物語。と言っても、役者の演技がコミカルに描かれるシーンもあり、この劇団らしい演出を試みた表現方法とも思える。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

挟み客席、その間に赤い舞台(絨毯イメージのような)スペース。海老沢家の居間といった所で、テーブル・椅子、ソファー、電話置台の調度品がある。また風鈴の短冊には”みちのく”と書かれている。そして殺されたサオリの写真が掛けられている。四方には椅子が置かれ、ラストに明かされる別世界。

梗概…寂れた漁村に建つ古ぼけた洋館。心霊研究家の海老沢(凪沢渋次サン)は娘のキオリ(渡辺実希サン)と2人暮らしをしている。12年前に殺害されたサオリの命日に、刑務所から出所した犯人の1人・間宮(渡辺望サン)が訪問したことから、事件に隠された秘密やそこに居る人々の悪意や思惑が露呈していく。たどり着いた真実は憎悪か愛情か。携帯電話が繋がり難い人里離れた場所、雷雨という天候など、この屋敷は一種の密室状態に置かれている。

何の本だか忘れたが、親を亡くすと過去を、配偶者を亡くすと現在を、そして子を亡くすと未来を失うとあった。主人公は妻が家出しており、時の全てを失ったかのようである。それでも犯人が焼香したいという申し出を受け入れ、常識では考えられない行動をとる。さらに服役したことに対する労をねぎらう言葉をかける。少しずつ物語が歪み始め陥穽を企てる様相が見え始める。ゆるやかに理性がかき乱されていく様、曲者ばかりの登場人物たちの思惑がスリリングに絡み合う心理サスペンス。全編通じて薄暗い照明(停電シーンではロウソクの炎が印象的)、その雰囲気は人心の醜面をイメージさせ嫌らしさが蠢くようだ。誰もが内心ピリピリし他人を受け入れない。そんな強張った空気をドタバタな描きにして緩衝させる。

物語を俯瞰するかのように少年(加藤晃子サン)の心霊が浮遊している。それはサオリであり、別の子でもある。霊魂が漂っていることを表現しているが、悲壮感は感じられない。この子がサブタイトルにある~夜の音楽~を歌い出し、全キャストが唱和する。その雰囲気はあっけらかんとしている。公演全体が陰陽のメリハリを意識したような観せ方で、その印象付けは上手い。

次回公演を楽しみにしております。
騎士ブルース

騎士ブルース

無頼組合

シアターKASSAI【閉館】(東京都)

2017/12/08 (金) ~ 2017/12/11 (月)公演終了

満足度★★★★★

B級活劇ストーリー「騎士」シリーズ最終回、実に感動的でラストは泣けてくる。カーテンコールでシラカワ タカシさんが当初は3作ぐらいのシリーズを予定していたが、人気を博し10作になったと説明していた。物語は、架空の都市(サウスベイシティ)を疾走するような早いテンポで進む。そこには鋭い社会性、それに挑む愛すべきキャラクターが生き活きと活躍し娯楽性に富んでおり、多くのファンを魅了してきたと思う。
(上演時間2時間10分)

ネタバレBOX

この都市、街は殺伐、退廃したイメージを持たせているようだが、一方その佇まいのようなものはスタイリッシュ、洗練されているという感じでもある。そんな混沌とした街で探偵業を営んでいる。

舞台はほぼ素舞台。シーンによって探偵事務所内、BarカウンターやオカマBarのソファなど簡易な調度品が運び込まれる。全体が走り回るようなアクションシーンであることから、ある程度のスペースを確保しておく必要がある。その情景・状況は役者の演技で体現しており、緩急ある動きは思索とアクションというメリハリを表している。

梗概…主人公・風吹淳平(シラカワ タカシサン)は、サウスベイシティで私立探偵を営んでいる。非合法な仕事以外は何でも引き受ける。裏社会のパワーバランスをコントロールするコーディネーターの1人を殺害した容疑で逮捕されるが、緩い取り調べの後に釈放された。一方、‶クリーンな国際都市づくり〟を公約に掲げる市長は、目的のためにコーディネーターと結託し、ギャング組織の解体、都市開発の名目で猥雑で風紀上問題のあるエリアの立ち退きなどを強行的に進める。探偵事務所とニューハーフパブ「バナナの気持ち」が店を構えるダコダハウスにも立ち退き命令が出る。仲間達のために都市開発を阻止しようと奔走するが、権力の前にうまく事は進まない。そんな時、ブラッドシティから懐かしい助っ人がやって来た。俺の昔の女…フリージャーナリストの‶安奈〟だ。彼女はジョージ・オハラがコーディネーターという組織を作ったのかを知っているという。コーディネーターを叩く突破口になるか、熱い最後の戦いが始まるが…。

観(魅)せ方、その展開は次元や時間を越えることなく、”今”という時の中で描かれる。それだけに分かり易いしストーリーに集中できる。ラスト…大切な人と場所を失う悲しさ、それでも鶴田紅は「死にたくなるような孤独を乗り越えて生きていけ!」という淳平から諭されていた。まるで応援歌のようなセリフが心に響く。実に見事なエンターテインメント作品であった。

次回公演(別シリーズ、または本シリーズ番外編)を楽しみにしております。
まるてん

まるてん

劇団龍門

明石スタジオ(東京都)

2017/12/07 (木) ~ 2017/12/10 (日)公演終了

満足度★★★★

終末期ケアを行う施設…ホスピス「ひまわり」における患者とその家族および施設関係者の触れ合いを描いたヒューマンドラマである。
人は誰もがいつかは死ぬ、その時までどう生きるかを考えさせる内容である。
(上演時間2時間)【Bチ-ム】

ネタバレBOX

セット、中央の前後面は階段を設けた二層構造。奥は病室で両壁に手すり。また別スペースもイメージさせる。前面の上手側に診察机・丸椅子とラック、下手側にソファーが置かれている。上部奥の中央は窓ガラスであるが、両脇の壁は白黒の縦模様で鯨幕を思わせる。

物語は、末期癌の宣告を受けた女性・ちぐさ(24歳)が、死を覚悟し最期まで自分らしく生きようとホスピス「ひまわり」に入所する。そこには同じ運命の人々がおり、それぞれに死と向かい合わなければならない。ここでは癌告知を受けた患者たちの闘病、その苦痛と苦悩の日々を彼ら彼女らと接する家族や医療関係者(ボランティア含む)の姿を通し、ターミナルケア(末期医療)の問題を捉えている。同時に個々人の心と施設内の人間関係を通して問題の所在が一様でないことも解からせる。

癌告知を受けるのが自分なのか家族(公演では娘)なのか、それによっても感情の振れ方が違うと思う。ちぐさは、若い自分の余命があとわずかと知らさせ絶望の淵にいる。ホスピスに入所するということは、延命治療を行わないことを意味し”死を覚悟”したに等しい。患者が自分らしく生きられるよう支援すること、その目的を端的に表したのが、医師が”自分は応援団長である”という台詞であろう。

本公演で注目、疑問に思ったのは、次の3点である。
第1(注目)…本公演では、ホスピスの人員構成である。純粋な医療関係者だけではなく、ボランティアの存在も描き、その役割の重要性を示している。専門医療者が患者ケアに注力できるよう、ホスピス全体の下支えをしている。
第2(疑問)…娘・ちぐさの覚悟は伝わったが、母の気持としては治療し一日でも長生きしてほしい。医師からの末期癌宣告の時とソファーで娘との語らいで心情を露わにする。医療以外のことであれば、本人希望を優先するという物分りの良い親になることも出来るが…。ちなみに、家族は母・娘だけなのか?それであれば尚更、延命させたい気持であろう。終末医療の核となると思われるので、もう少し踏み込んでは…。
第3(疑問)…ヤクザ・鬼塚が再入所する際のドタバタとそれ以降の含蓄ある言葉が物語に面白さと深みを吹き込む。末期癌でも進行が少し鈍化し、一時退所したのだろうか。そこらへんの経緯がもう少し分かると納得しやすい。

延命治療ではなく”死ぬまで生き抜く”を温かく見守るドラマ。それをキャストが登場人物のキャラクターを立ち上げ魅力的に演じていた。”死にたくない”を”如何に自分らしく生きるか”に転じ、人の心に聴診器を当て、魂の叫びを聞かせるようなヒューマンドラマは素晴らしかった。最後にタイトル…周り(まる)にいる人を照らす光(てん)ような存在を意味するという。

次回公演も楽しみにしております。
星の記憶

星の記憶

アンティークス

シアター711(東京都)

2017/12/06 (水) ~ 2017/12/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

日常の暮らしの中にある細波と細濁りを交えて描いた物語。家庭・仕事・恋愛など多くの人が経験するような内容をごくありふれた展開として観せる。そこには孤独、絶望と希望という心情が見え、記憶として刻み込まれる。「星の記憶」として俯瞰した観方は観客の心にも刻み込まれる。
(上演時間1時間50分)

ネタバレBOX

物語は家庭内や職場(高校)、恋愛を入れ子構造にしているが、捉え方によってはオムニバスのようにも観える。その話を紡いでいくセットは、上手側手前から下手側奥にかけて斜めに仕切った細い紐状(モール)のようなカーテン。下手側にはテーブルイメージの置き台と椅子。

須田家は夫婦と娘2人、野島家は夫婦と娘1人、それにシェアハウスの人々という3つの話が交錯するように展開するが、その中でも須田家の夫・源(林隆三サン)を中心に据えている。夫婦・親子関係という坦々とした流れや職場の進路指導という重々とした内容を交えることで”情”という味わいが感じられる。父親としては娘の結婚話、職業人(教師)として問題行動を起こす男子生徒の指導など、色々な面で心労が絶えない。一方、野島家の夫婦はそれぞれ相手が不倫していると疑っている、そんな仮面夫婦である。さらにシェアハウスの女性3人がその年頃に相応しい世間話や恋愛話のお喋り。

全てが等身大で、どこにでもありそうなシチュエーションが観客の身近な問題として迫ってくる。一種のドキュメンタリーを観るかのようなリアルさ。登場人物の視線が交錯し、些細な日常に潜む高揚・諦念などを感じさせる。気付けば自らの日常が侵食されていく錯覚に捉われる。

源の過去回想に登場する小学校教諭・綾瀬春世(中沢志保サン)が児童養護施設育ちであることから差別的な扱いをされ、学校を辞めざるを得なくなる。
物語に通低して観えるのは、一段と不透明感が増し不寛容になっていく日本社会が浮き彫りになるようだ。

次回公演を楽しみにしております。
踊る会議室

踊る会議室

ショーGEKI

小劇場B1(東京都)

2017/12/06 (水) ~ 2017/12/10 (日)公演終了

満足度★★★★

「会議は踊る」という映画があったが、ナポレオン失脚後のウィーン会議を背景になかなか進展しない物語。同時に恋愛話も平行して進む。
人間の隠された本性のおぞましさ、正常な人が非日常の世界に突如放り込まれ、正気と狂気の現実を行き来する衝撃にして笑劇的な作品は面白い。
本公演は某会社の忘年会で食する”鍋”に関する物語。チラシ説明の通り、パラレルワールドの世界観を社内組織・個人の立ち位置という両観点から重層的に描いたコメディ。
(上演時間1時間50分)

ネタバレBOX

セットはL字客席で2方向から観劇可。真ん中にテーブルと鍋、それぞれの客席に向かって白板があり、板書した内容が分かる。

物語は、広告代理店・吉広社(渡された名刺の住所は、世田谷区三軒茶屋)の大忘年会…毎年の恒例行事で会社が費用の一部(1人1,000円)を負担し、”鍋”宴会を行う。特に創業50周年。今年は寄せ鍋にしようか等、好みと予算の兼ね合いも含め喧々諤々しながら具材の選定から始まる。そこには総務部を中心に営業部、九州事業部など複数部署共同で検討が進められるが、やはり会社組織という垣根も見えてくる。同時に個人的に鍋に対する思いが巡り話がなかなか纏まらない。

今年の鍋は何にするか、それを同じ時間、同じ人々の2つの世界が全く違う方向で会議が進む。表では年末忘年会で少ない予算を有効に使い豪華な鍋を提供できるか真面目に話し合う。一方、裏では鍋を使って日頃から恨んでいる社長を完全犯罪に見せかけて毒殺するかの計画を企てている。

正気と狂気、善と悪が怒涛のように押し寄せ、いかに会社組織が一皮剝けば一枚岩でないことが分かるシュールなもの。パラレルワールドの区別は社長や秘書の人柄・態度で善・悪シーンを判別させる。同時に社員の対応も豹変し、希望と絶望、薬か毒を瞬時に分からせる。それを役者が、登場する人物の立場やキャラクターを実に見事に体現する。また照明でその区別を明確にするなど演出効果は巧みであった。
会議らしい展開...決まった具材(10品)を白板に記録していくあたりは、観客の記憶に頼らずしっかりとそしてテンポ良く観せる。

次回公演も楽しみにしております。
『ゴールデンバット』『セブンスター』

『ゴールデンバット』『セブンスター』

うさぎストライプ

アトリエ春風舎(東京都)

2017/11/29 (水) ~ 2017/12/09 (土)公演終了

満足度★★★★

上演前には「青春時代」「なごり雪」などの昭和歌謡が流れており、その時に青春時代を謳歌、過ごした人達には懐かしい曲ばかり。歌手を夢見て上京した女の半生を喜怒哀楽をもって描いた一人芝居である。自分では何故か”悲哀”という言葉が浮かんでしまう。
「ゴールデンバット」(国内で販売されているタバコの中では現役最古の銘柄らしい。翻って人の夢…時代は移ろうともそれを持つことは変わらないということだろうか?)
(上演時間1時間10分)

ネタバレBOX

セットは、中央に逆さまにしたビールケース、やや下手側に折りたたみパイプ椅子・マイク・ペットボトルが置かれ、天井にミラーボールという、ほぼ素舞台である。

全体観…当日パンフによれば、かつて歌手を夢見て宮城県から上京した「海原瑛子」の人生を、現在東京の地下アイドル「憂井おびる」(元:梅原純子)の視点を通して追っていく物語と説明されている。菊池佳南さんの一人芝居であることから、瑛子(60歳前後)とおびる(実31歳、自称26歳)という人格を行き来し昭和歌謡曲を挿入しつつ物語を紡いで行く。舞台空間を菊池さんが縦横無尽に動き回り、明るく楽しく、時に切なく悲しく演じ分ける。その表情・表現力は実に見事であり、歌謡ショーのようでもあった。

物語は、純子が池袋パルコ前でビールケースの上で歌っている瑛子のことをマネージャーであり恋人である角田義晴に語りだす。それがいつの間にか”瑛子”自身の語りにすり替わってくる。昭和時代に遡り「木綿のハンカチーフ」「かもめが翔んだ日」「喝采」「イエスタディ」などの曲が歌われ出す。曲によってはミラーボールの輝き、葉影の照明など舞台技術にも工夫が見られる。

演技は、瑛子と純子で声トーンや口調・速さを変え人物の違いを強調させていた。またビールケース上での歌はもちろん、パイプ椅子に片足を乗せたり、舞台裏に回り込むなど躍動感溢れる動きが人物を生き活きとさせていた。

構成は、純子の視点で始まり瑛子の半生に移り、再び純子へ戻る。そこに倒錯的な意味合いも感じられ、今の純子-喪服の似合う未亡人アイドル-という売り込みは、瑛子が夢見た歌手での栄光に繋がるのか。現在と過去のアイドルの意識が入れ替わるようで、同じような途を辿るのか、少し悲哀を感じてしまった。

次回公演も楽しみにしております。
サンタクロースが歌ってくれた

サンタクロースが歌ってくれた

演劇ユニット百酔sya

ウッディシアター中目黒(東京都)

2017/11/30 (木) ~ 2017/12/03 (日)公演終了

満足度★★★

劇中で演じられている出来事が、劇から飛び出してくるような立体型のミステリー物語である。魅力的な脚本・演出であるが、劇中の設定である大正時代の登場人物(芥川龍之介、平井太郎(後の江戸川乱歩)が、いつの間にかその役を演じている役者に代わる。そのことによって有名作家という魅力的な人物像が失われるという勿体無さが感じられた。
(上演時間2時間10分)

ネタバレBOX

セットは横一面に段差を儲け、上手・下手側にギザギザに切り抜いたような厚手の布(奥から黄・緑・赤色)が掛けられているだけのシンプルな、端的に言えば素舞台に近い。全体イメージはクリスマスツリーを連想させる。この劇場ならではの下手側の別スペースを利用し、別空間を現している。

梗概…ゆきみはクリスマス・イブに友人すずこに中目黒の映画館で「ハイカラ探偵物語」を観に行こうと誘う。しかし、すずこが約束の時間に来なかったことから1人で中へ。「ハイカラ探偵物語」は、大正5年のクリスマス・イブ。華族の有川家に怪盗黒蜥蜴から宝石を盗みに来ると予告状が届く。警部が来たが何となく頼りない。有川家の令嬢サヨは友人のフミに、小説家芥川に探偵役を依頼できないか相談し、芥川は友人の太郎と共に有川家を訪れ、怪盗黒蜥蜴と対峙する。
映画は序盤のクライマックスシーンにさしかかり、芥川は犯人の名前を言おうとするが口籠る。本来ならその場に居るはずの黒蜥蜴が突然消失する。部屋は厳重に警備されていて、外に逃げる事は不可能。何処へ逃げたのかと焦る登場人物達だが、突然芥川は黒蜥蜴が「銀幕の外」に逃げたと言う。そこで芥川・太郎・警部の三人は銀幕から飛び出し、ゆきみは彼らと一緒に黒蜥蜴を追いかけることになる。一方、すずこは映画館から出てきたメイド服の女性とぶつかる。その女性は映画から出てきたと言う。

有名作家である彼らが、映画監督に事情を聞こうと訪ねる過程を、現代の東京見物と重ね合わせている。時代(感覚)の違いは人の見方、考え方にも影響する。現代の見知らぬ東京の街を右往左往しながら監督の家へ。いつの間にか芥川・太郎という人物が、それを演じている役者に代わっているようで現実的なイメージへ変化してしまう。映画という現実、その中の登場(役名)人物という架空(実在したが、故人という意で)、その虚実綯い交ぜの世界観のまま観せて欲しかった。

役者の演技は確かでバランスも良い。それだけにファンタジー感を大切にしてほしかったと思う。
次回公演を楽しみにしております。
暮れゆく箱庭の中で

暮れゆく箱庭の中で

PAPADOG

下北沢Geki地下Liberty(東京都)

2017/11/30 (木) ~ 2017/12/03 (日)公演終了

満足度★★★

タイトルやチラシは叙情豊かな感じを思わせるが、内容は難解にも思えるような。人によって解釈や楽しめ方が分かれそうな作品ではないだろうか。
正気と狂気を行き来するような展開の先にあるのは…。
(上演時間1時間20分)

ネタバレBOX

舞台は素舞台に近く、クッションのような椅子が数個あるのみ。
物語は1人の少女が学校(教室)から帰らないため、男子生徒が一緒の帰宅を促す。何回か同じようなシーンが繰り返され、その合間に学校の風紀委員なる者たちが自己アピールを兼ねたパフォーマンスをする。このシーンが冗長に思え、劇全体のコンセプトや雰囲気を曖昧にしていたようだ。

登場人物はクラスメイトと担任教師と先に記した風紀委員(3人)である。ラスト近くに解ってくるが、それまでの内容は主人公自身の経験・投影した姿のようでもある。劇中で語られる分身(ドッペルゲンガー)であるとすれば、現在と過去のバージョンがお互いを照らし二重人格的な描き方になっている。一方、現世ではなく、苦悩・苦痛からの逃避を試み臨死的な世界にいるとすれば、自分自身を別の場所から俯瞰しているとも思える。”こちらの世界へ”という台詞が意味深であった。
一つの舞台からこれだけ解釈・印象の異なる作品を作っている手腕は素晴らしい。人の底深さ、底知れなさを覗いたようで少し不気味に思った。

具体的には少女・朱音(天野麻菜サン)の心の嘆き、その流れを静かに受け止めているが、いつの間にかぐにゃりと歪められてくる怖さ。クラスの男子生徒・蒼太(石田達成サン)が親から虐待を受ける、女子生徒・真白(鶴田まこサン)が担任との不倫やその過程で起こる援助交際などは、朱音自身の体験か妄想か?一種のサスペンス風に展開しているところは面白い。ラストは、先に記したような朱音の脳内をあたかも現実のように表現させて行く。それまで見たシーンを幾層にも絡め深層の世界に誘い込むような感覚にさせる。

しかし、描きたい内容をある程度ストレートというか素直に展開させなければ、観客にその意図は十分伝わらないと思う。例えば、シリアスなシーンと風紀委員のコミカルなシーンが交互というのはどうだろうか?緩衝と緊密の落差狙いであれば、ワンパターンの多様で冗長であり違和感を覚えたのは残念。

次回公演を楽しみにしております。
ホテル・ミラクル5

ホテル・ミラクル5

feblaboプロデュース

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2017/12/01 (金) ~ 2017/12/10 (日)公演終了

満足度★★★★

ラブホテルでの痴態の数々を覗き見るような感覚である。新宿歌舞伎町という日本有数の歓楽街の中にある「ホテル・ミラクル」で繰り広げられる内容は、妖しい官能マジック。それは脳を刺激し胸底にある禁断の欲望、いや人間の本性を曝け出させるような心理プレーで観応え十分であった。
(上演時間2時間5分)

ネタバレBOX

客席はL字型の半囲い、その中の上手側にベット・置台(赤電話)・ミニ冷蔵庫、下手側に丸テーブルと椅子、中央奥に革張りのソファーが置いてある。会場入り口近くに磨りガラスのバスルーム。

この部屋では、いつもなら決して人に見られないようなコトをして、自分を曝け出しているのだろう。そこでの丁々発止な台詞と行為が観客(自分)の心をみるみる裸にして行く。ホテルという密室での千夜一夜の物語…4話がそれぞれ味わい深く、観ることはもう止められない。4話は統一感で括るというよりは、人それぞれの生き方があるように、行為のバリエーションを重視したようだ。

第1話-ミラクル戦隊(作・坂本鈴)…ホテルでの一室でミラクル戦隊のブルー(男)とピンク(女)が見つめ合っている先の出来事。 
第2話-クロス・チーム(作・川西裕介)…ラブホテルが舞台の脚本執筆。その脚本家に憧れる新人女優の思いが除々に恋心へ変化する。 
第3話-やっちゃん×チャーコ+ミズオ(作・藤原佳奈)…女性映画監督のやっちゃんは、本当に興奮するシーンを撮りたいと渇望し、それを男優・女優に求める。 
第4話-きゅうじゅぷんさんまんえん(作・屋代秀樹)…レズビアン風俗の女と客(女)の洒脱な会話、その店には90分3万円コース以外にも色々なバリエーションが用意されているらしい。

物語の構成・演出は池田智哉氏、それぞれの話は大人の男女関係の本質を鋭く抉っているが、その観せ方は軽妙で色香のある会話が楽しめる。坦々としたリズムから耽々とした妖しさに変化し、予想を超えるような展開になる。その独特な演出が病みつきになりそうである。登場人物が表面的な殻を破り、人間の本音・本性を露呈・変貌していく姿は実に面白い。

次回公演を楽しみにしております。
~ 上海ラプソディ ~ ミステリアス・ミス・マヌエラ

~ 上海ラプソディ ~ ミステリアス・ミス・マヌエラ

サンハロンシアター

テアトルBONBON(東京都)

2017/11/29 (水) ~ 2017/12/03 (日)公演終了

満足度★★★

戦前の上海で活躍した舞姫の半生を、編集者・近江真亜子の取材する視点から描いた物語。現在と過去を行き来して、人間的な魅力(個人)と時代背景(社会)を交え重層的な展開として観せる。

ネタバレBOX

セットは中央に両開扉、上手・下手側の壁に色々な張り紙、部屋番号・食堂・リネン室等の表示から或る施設であることは直ぐに分かる。下手側に古いオルガンが置かれおり、ラストに響く音色は美しく優しい。セットは大戦前後の時代変遷、日本と上海という地の違い、舞(歌)姫としての全盛期と特別養護老人ホームでの晩年の暮らし等の対比を表現するため移動・変形をさせ、観客が理解しやすいような工夫をしている。
デジャブのような、意識が意識を飲み込むような描き。演出はオルガン演奏という音楽効果、照明はラストに雪を降らせる、星の輝きかツリー(豆電球)の点滅という印象付けを行う。

梗概…1939年12月、上海のジェスフィールド公園近くの歓楽街、愚園路に軒を並べるナイトクラブの一つ、「アリゾナ」で踊っていたマヌエラは1月まで踊る契約をしていた。クリスマスイブの夜、最後のショーを終えて休んでいるとボーイから客が呼んでいると言われる。ミス・マヌエラ(YOSHIEサン)は断ったが、ボーイは「行った方がいい」と言う。彼女は客の名前を聞いて驚く。上海で一流の客を集めるナイトクラブ、「ファーレンス」の社長だった。テーブルに着き会話をした後、ジョー・ファーレンが、「一曲だけ踊ってくれないか」と言う。これはオーディションだった。彼女は疲れていたが「ペルシャン・マーケット」と「タブー」を踊った。ファーレンは、翌月からの契約をその場で申し入れた。こうしてマヌエラは上海のトップダンサーとしての階段を上がり始めるが…。

1人の女性が時のうねりに翻弄されながらも、その時々の情況に応じて必死に生きる。喜び悲しみ、哀愁などを伝えようとするが、それを体現するキャストの力量がアンバランス。マヌエラは全盛期の容姿・美声を披露していたが、演技は硬い。老人ホームの職員は外国人らしき口跡で違和感を覚える。現代日本における介護事業(職員不足)の課題を思わせる。全体的に物語に溶け込んだ表現力が不足し、せっかくのセットが活かされていないのが残念であった。

次回公演を楽しみにしております。
舞台ナルキッソス2017

舞台ナルキッソス2017

舞台ナルキッソス2017

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2017/11/28 (火) ~ 2017/12/03 (日)公演終了

満足度★★★

終末医療をロードテアトル、シアターを融合させたような展開であり構造である。
(上演時間1時間45分)

ネタバレBOX

セットは素舞台。上手・下手側に白布、黒布で包んだBOX椅子が数個あるのみ。色合いから鯨幕をイメージさせる。

茨城県内にある終末医療施設(7階)に入所している人々が死に向かい合いながら楽しく必死に生きようとする姿を描く。入所している19歳のミドリ(光河玲奈サン)が10年前に失踪したナツミちゃんの足取りを辿りたいと…。この施設に勤務している看護師のアヤノ(西條美里サン)は友人にそのことを話し、車で旅に出ることになるが、そのことを聞きつけた他の患者も後を付けて来る(その車を運転するのは医師という都合のよさ)。
ナツミの目的地は淡路島だったようだ。そこに咲く水仙(ナルキッソス)を見るため失踪したようだ。今は夏、水仙が咲く季節ではなく、その時季であれば咲いているであろう景勝地へ。そして海が見える断崖で「なぜナツミちゃんが旅に出たのか解る」と言い残し…。

車での乗・下車シーンはもちろん食事などもパントマイム。演技自体はそれほど上手いとは思えなかったが、”死”という現実を観せられると胸が締め付けられる。人間は感情の動物と言われるが、この時の自分の気持にフィットし過ぎて困った。
旅の目的は”死に場所を探すこと”と知ることが出来、夢や希望が持てない絶望感が切なく描かれる。旅先の風景や集合写真はそのシーン毎にバックの白壁(スクリーン)に映像として映し出す。映像・照明・音響で効果的な演出を試みるが印象が薄いのが残念。また物語の最大の謎、ミドリが10年前のナツミちゃんのことを知っていたのか?それが旅に出かける理由になったのではないか。

全体としては子供たちの無邪気、明るさの内に秘められた”死への恐怖”がもう少し具現化出来ていれば良かったと思う。終盤に向け、集合写真に写る子供たちが序々に減り物悲しさが伝わる。ラスト、白黒のBOXが白黄の布に変わりナルキッソスをイメージさせる。

次回公演を楽しみにしております。
月はゆっくり歩く

月はゆっくり歩く

シアターノーチラス

新宿眼科画廊(東京都)

2017/11/23 (木) ~ 2017/11/28 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

人の嫌らしい部分(暗部)を抉り出すような物語。常識、真実として疑わないこと…そこにある漠然とした疑問、間隙を突くような問いを観客に投げかけ一気に物語に引き込む手法は見事である。
(上演時間1時間25分)

ネタバレBOX

セットは廃屋内、上手・下手側にビールケースが積まれ、ダンボール箱、ゴミ袋などが散乱している。そこに次々と人が集まり、常識では考えられないことを言い合う。登場人物の1人はまーさん(浜谷優斗)のTwitterで"2番目の月が見える人、集まりませんか?”の呼びかけで集まった人々(男女7人)の奇妙にしてエゴイスト的な行動が表面化してくる怖さ。

人々が持っている心の闇が次々と明らかにされるが、それを恣意的に利用する人も現れる。物語は見知らぬ人間関係を奇妙に描く濃密な会話劇。軽妙・淡々としたリズムから耽々とズバッと切り込んできたり、人の出入りに伴って予想を大きく越える方向に展開したりして関心を惹きつける。何が常識で非常識なのか、その鬩ぎ合いも見所。

2番目の月が見えること、その思いを吐露することによって異常人扱いされる。そんな似非不安を抱える人達が真の目的を果たそうとした瞬間、別の意味で異常が倍加する怖さ。物語が突然違う様相をおび、嫌な人間の集まりに変化していく。自分本位で自分のことしか考えない人達が多く出ている物語であるが、抽出された”嫌な感じ”がそれで終わる訳ではなく”考えさせる面白さ”に変換されて行く。

作・演出の今村幸市氏が当日パンフで「今回の芝居ではTwitterがひとつの役割を果たします。物語の前面には出ませんが、じつは重要なアイテムです」と記している。神奈川県座間市の事件を意識しているらしい。SNSはヴァーチャルな体験をリアルな出会いに変える。そしてサイコパスはネットワークを利用することで、悶々と悩みを抱えた人間を効率よく勧誘できるらしい。
実際あった事件を見据えつつ、公演では共同幻想、集団催眠、狂気、魔術あるいは詐欺か。戸惑いや不安という状況を「見えないはずのものが見える人々」に設定しての会話劇の行方は…。
次回公演を楽しみにしております。
RISE ~unit of brand new choose~

RISE ~unit of brand new choose~

super Actors team The funny face of a pirate ship 快賊船

萬劇場(東京都)

2017/11/22 (水) ~ 2017/11/28 (火)公演終了

満足度★★★★

新撰組の内部事情、隊員の心情を中心に描いた物語である。本公演は「江戸試衛館編」「京都守護職編」の構成であり、自分は「京都守護職編」のみ観劇した。池田屋事件、禁門の変など新撰組として関わった出来事、新撰組内の人間(対立)関係や隊員自身の葛藤が心情豊かに描かれている。
テンポよく描いているが、それでも2時間20分の大作である。

ネタバレBOX

障子で囲まれた部屋…駐屯地の道場または隊員の部屋をイメージさせる。上手・下手側には立板塀があるだけの簡易な造作である。それは劇団の殺陣演技を十分観(魅)せるため、舞台スペースを確保するためである。もちろん段差も設えているが、今まで観た公演に比べ高低差はそれほどない。躍動感よりも人間描写を中心にしているためであろう。それは近藤勇も含め、江戸(試衛館)時代の呼び名、その親しみさに人間味が溢れる。京都における新鮮組=殺戮集団というイメージを、隊員内の物語にすることによって情緒性が描かれることになる。

池田屋事件と禁門の変の働きで朝廷・幕府・会津藩から感状を賜り、新たに隊士を募り、また近藤勇(清水勝生サン)が帰郷した際に伊東甲子太郎らの一派を入隊させる。新選組は200名を超す集団へと成長し、隊士を収容するために土方歳三(長内和幸サン)は壬生屯所から西本願寺へ本拠を移転する。このことに反対する山南敬助(矢野たけしサン)との意見対立と死別つ。

長州征伐への参加に備え、戦場での指揮命令が明確になる小隊制を組織。伊東らの一派が思想の違いなどから別組織を結成して脱退。新選組は幕臣に取り立てられるが、隊内も分裂する。
後年、近藤が新政府軍に捕われ処刑され、沖田総司(金村美波サン)も労咳のやめ江戸にて死亡。

新撰組史を辿りながら、隊員(本公演は近藤、土方、山南、沖田が中心)の江戸の試衛館道場時代を懐かしみながら、幕末という時代の奔流に飲み込まれていく姿を生き活きと描いている。
殺陣は交わる刃の効果音(SE)も含め緊迫感があり楽しめた。人物描写を効果的に観せるため、照明(時刻や時季)の工夫も印象に残る。

次回公演も楽しみにしております。
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engel(エンゲル)カフェ&フリースペース(福岡県)

1990/01/01 (月) ~ 1990/01/01 (月)公演終了

満足度★★★

チラシに作・演出は藤目怜子女史と記載されている。自分はどこかで観たこと、または読んだことがあるような気がした。
公演はストーリーらしきものはあるが、抽象的な感じで雰囲気は透明感というか淡々としている。
(上演時間1時間)

ネタバレBOX

基本的に素舞台。周りはカーテンのような幕で囲い、一瞬後ろ幕が捲くられ姿見が置かれているのが分かる。衣装は男性はサラリーマン風、少女は赤い服で腰あたりに襞(尾ひれ)のようなものがある。もう1人の女性は白い服、3人三様である。

全体的にはミステリアスな感じであるが、端的に表すとすれば”人間”と”金魚”(擬人化)の日常会話を通して淡い恋心を観ているようだ。登場は男、女、金魚であるが、この設定は室生犀星の小説「蜜のあわれ」(2016年には映画化)を連想する。小説(映画も同様)は、耽美・妖艶といったイメージである。犀星(闘病期)の理想の“女ひと”の結晶・変幻自在の金魚と老作家の会話で構築する艶やかな小説であった。
本公演は精神的で無邪気な浮遊感がある。若い男と赤い金魚、とめどない会話をし仲睦まじく暮らしていた。特に切羽詰まった感情は見受けられなかったが、いつの間にか若い男は素っ気無い態度をとる様になる。自分以外の存在に興味を抱いたかのようである。そして自分の姿はもちろん、魅力にも気が付かない金魚、それでも別の姿(視点)から己の正体を気づかせるような展開である。

役者の演技は、その存在感と立場を現していたが、物語性や特別な演出が見られず印象が薄くなったのが残念だった。
次回公演を楽しみにしております。
火山島

火山島

劇団演奏舞台

九段下GEKIBA(東京都)

2017/11/25 (土) ~ 2017/11/26 (日)公演終了

満足度★★★★

物語は、舞台を3分割してオムニバスを入れ子構造のように展開させ、深層を抉るように紡がれる。テーマ性が色濃く観客に訴える公演。タイトル「火山島」は日本のどこかの島ではなく、日本という国そのものであり、テーマは国へ警鐘を鳴らすもの。消え入るような闘いの灯は、時を越え鮮烈な光として蘇ってくるのだろうか。
(上演時間1時間20分)

ネタバレBOX

上手・下手側にそれぞれ大きな台座のようなスペース。中央は廊下のようで奥に段差があるスペース。上手側の登場人物は老女と孫娘、漁で生計を立てているようで、老女は網を編んでいる。下手側は商売を営んでいる夫婦。中央は風車守をしている老男、亡き妻が、その取り壊しに抗議している。

3場面は、時代や設定の共通点は観えないが、ラストにはそれぞれの主張が同じ方向に向いていく。老女と孫娘の会話…老女の憂いは環境問題等もあり漁村の生活は厳しい。”砂山が動く(崩壊)”という言葉には、太平洋戦争で英霊になった人々の墓が埋没していく危機感の表れ。孫娘は村の活性化のため駐留軍の誘致を言い出す。まさしく軍需活況であり、意識の違いである。
下手側は、妻は戦争中に敵の攻撃から逃げ回るうち、赤ん坊が泣き出し居場所を察知されないよう沼に沈めて殺してしまう。夜な夜なその悔悟に悩まされるが、夫は止むを得なかったと慰める。今は娘たちも生まれるが…。忘却への懼れとも見て取れる
中央は風車を取り壊して、その跡地に原発を誘致する。その地で風力エネルギーを担ってきたが時代遅れといった感で描かれる。この風車守の男は妻を早く亡くしたが、3人の男の子を育て上げた。しかし戦争で…。

3話から反戦・反原発への問題提起が浮かび上がる。必ずしも相互に緊密さは感じられないが、それぞれ単独話(2人会話劇)としても十分説得力のある内容である。演技は、抑制された素晴らしいものであるが、キャストによって力量の違いが観え感情移入がし難くなったのが少し残念だ。
この劇団の特長は、生演奏の迫力と心地良さであろう。今回もその魅力を十分堪能した。

これらの話によって理不尽な社会状況が重層的に浮かび上がり、何時マグマが爆発し人々を暗澹たる気持にさせるか、そんな予兆を思わせる不気味な状況を描く。そこに現代日本の姿が垣間見えてくる。ラスト、孫娘が「今度の戦争はいつ起きるの?」には戦慄する。

次回公演を楽しみにしております。
ネイティブ・バラエティ!

ネイティブ・バラエティ!

劇団金馬車

キーノートシアター(東京都)

2017/11/23 (木) ~ 2017/11/25 (土)公演終了

満足度★★★★

プレミアムフライデーの日に観劇。ジグソーパズルのように散らばったピースを回収し、物語として収束させていく過程は見事であった。少し荒削りといった印象を持ったが、確かに”力”は感じた。プレミアムかどうかはさて置き、観てのお得感はあった。
(上演時間1時間40分)

ネタバレBOX

舞台はほぼ素舞台、シーンに応じてBox椅子を運び入れるなど、必要限の物で観せる。また分割映像等を利用し、それを見せている間に着替え場面転換を図るなど観客の気を逸らせない工夫は巧み。冒頭は人形劇や歌唱シーンがあるが、何となく学芸会風で失望してしまいそうだが…。全体的に序盤は拙く緩い感じがするのが残念だ。ラストの歌謡シーンへ繋げたいという思いは分かるが…。
しかし、地方(地元)から東京へ上京してきた以降、登場人物ごとの生活を描きながら某事件に巻き込まれていく、その場面あたりから魅力的になってくる。

物語は、都会と田舎の違いを上手く利用(表現)することで、都会(東京)での暮らしに人柄が変化する様を多方面から見せる。具体的には登場人一人ひとりを主役のように扱った小話を交錯させ、それを収束させる構成は見事であった。

梗概…故郷での祭りで神様への祈願事。仲間5人(幼馴染)が一つで(仲良く)いられること、それが東京と都会での暮らしの中で変わっていく。いつの間にか気持ちがバラバラになり、人の道から外れるような行為を平気で行うようになる。例えば某国会議員が秘書に向かって「このハゲー!」と叫ぶなど時事的、それ以外に童謡詩人・金子みすゞ計画(詩「星とたんぽぽ」の一節だろうか)、TV番組「ごくせん」(主演:仲間由紀恵)や戯曲「熱海殺人事件」(つかこうへい)での口調、口跡の洒落、パロディを多く盛り込み滑稽に描くことで鋭い批判をオブラートに包み込む。また東京の秋葉原、上野、渋谷等の地名と登場人物の色々な演出手法を駆使し、観客に楽しんで観てもらおうという思いが伝わる。東京という地の象徴である「東京タワー」での(事故or事件)死は、収束させる方法として推理仕立ての展開として関心を持たせる。

軽妙な会話の裏にテーマの社会的問題・普遍性を忍ばせ、若手演技陣のパワー、演出・構成の巧みさで実に興味深く見せる。都会の人が田舎に抱く憧れは理想・抽象的で、田舎の人が都会に向けて持つ野望・欲望は具体的であろう。それを祭り、願い事と不祥事、事件という対比で見せる。
ラスト、SMAPの「世に一つだけの花」の歌詞に物語のテーマが…。

次回の公演を楽しみにしております。
青森県のせむし男

青森県のせむし男

B機関

ザムザ阿佐谷(東京都)

2017/11/22 (水) ~ 2017/11/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

天井桟敷の上演第1作。上演前から怪奇的な雰囲気が漂い、錫丈が鳴るような音、不気味な風音が阿佐ヶ谷ザムザという劇場内にピッタリとしていた。
(上演時間2時間)【◆チーム】

ネタバレBOX

舞台セットは、段差を設け後景に大きな扉、そのイメージは古びた額縁。両側には高い位置から段通風の幕が吊るされている。下手側には蔦が絡まった鳥籠、その中に女学生(女浪曲師、ストーリーテラーの役割)が鎮座している。

物語は、青森県の名家、大正家の跡取り息子に手篭めにされ子を孕んだ女中マツ。世間の目を恐れた大正家ではマツを嫁として籍を入れるが、生まれてきた赤子が肉のかたまりのようなせむしであったため大正家は下男を使って赤子を闇に葬った。生まれた子、その存在が無かったことにするため、戸籍(大正2年7月10日生)を抹消する。しかし、生まれた事実は抹消できず30年後、マツが女主人となった大正家に謎のせむし男・松吉が現れるが…。説明を鵜呑みにすることなく、観客自ら感じ考えさせるような公演。

親子の確執、女の情念、子の思慕という人の本質とも言える感情を抉るようだ。母・息子という親子関係がなければ、単に女と男という”禁忌の性”関係が浮き上がる。そこから見えてくる欲動という行為が物悲しく映る。
生まれてくる赤ん坊の背中に母の肉で出来たお墓を背負わせ、醜いせむしの男(息子)を通じて大正家に復讐しているのだろうか。しかし、憎むべき大正家を継いだ自身が、家制度を固守する矛盾に陥る。
公演は「古事記」を引用しつつ、歴史の陰・陽や人間の内・外を表現する。史実に記された事実、一方闇に葬られた真実。人の外見・行動と心に秘めた深淵を大正家の家史とそこで蠢く人間、存在(陽)のマツと闇に葬られた(陰)の松吉に準える。その展開は、回想シーンに拠るものではなく松吉30歳になった現在だけで描き切る。その30年に別の挿話…戦争、差別などの不条理を独特な表現(デフォルメ)として観せる。例えば義眼、義手という不具者のような者を登場させる。それを嘲るシーンをギミック・フェイクとして滑稽に茶化すところなどはシュールだ。また松吉と鳥篭から出てきた女学生が踊るシーンでは緩い笑いを交え、怪奇な雰囲気の中に和みを入れ込む。

物語に観える不条理は、その表現…演出の素晴らしさで際立ってくる。演出・点滅氏の身体表現、冒頭の同氏(役名:ヒルコ(棄神))の背中(肩甲骨)に描かれた羽絵を蠢かせる強靭・異様さに息を呑む。一方、女性2人(役名:巫女(狂女))の軽妙・嬌態という対比は印象付けという効果があるのだろう。
”舞踏的技法を用いた演出で新たな演劇の在り方を目指す”、その謳い文句はしっかり体現しており、実に観応えあるものにしている。 ラスト…蠢かせた背中、肉の塊が白鳥の羽のように生え変わり、羽毛が天から舞い散るシーンは、醜から美へ昇華されたかのようだ。

次回公演を楽しみにしております。

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