ハンダラの観てきた!クチコミ一覧

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ドント・コールミー・バッドマン

ドント・コールミー・バッドマン

24/7lavo

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2021/10/14 (木) ~ 2021/10/19 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 流石、プロの創るメタ作品。(ネタバレが余り露骨になるのを防ぐ為、追記部分は完成しているが終演後にする)

ネタバレBOX

 面白い舞台美術である。この小屋の通常の舞台空間は、劇空間入口を零として入って直ぐ左側へ延びる辺をAとし時計回りにB,C,Dとほぼ正方形になりC,Dの向かい側が客席になるが、今回、客席は通常通り。零からAへ向かう途中に昔DJ喫茶等にあったDJの作業スペース即ち金魚鉢のようなスペースが設けられており、其処から右肩上がりに長い平台が置かれている。この平台に平行に、1m程間を開けた場所に丸テーブルと椅子2脚が置かれ更に高くなったスペースが設けられている。この場所の上手下手にはここへ上がる為の階段がそれぞれ設けられており辺Cのホリゾント側には2m程のポールが丁度肩幅程度の距離を保って立っている。
 椅子等が置かれ最も高い場所は主として喫茶店の店内としての機能を果たす。低い平台は校内の廊下、往来や学校の行き帰りの道、屋外等様々な場所を表すが、無論通常舞台として用いられるD辺と低い平台の間に広がるスペースも過去と現在進行している演劇に於ける劇空間としても機能する。
 ここで分かり易くする為に今作の構造を説明しておこう。無論、メタ作品である。第1の設定は作・演出を担った主人公主宰劇団の旗揚げ公演のゲネ直前から初日の開ける所迄を描いた作品という設定だ。第2に主人公が新たな中学に転校してきた後、自己紹介を切っ掛けに苛めにあったこと、その内実と担任教師即ち学校側の対応。第3が長じた後苛めていた中心人物の内実が第三者によって指摘され、その余りの空虚の何たるかに生まれて初めて客観化し己と真正面から向き合った苛めっ子が深く反省、虐められていた者が主催する芝居の初日を観に行く。の3つである。この3つの流れが入れ子細工になって物語が展開してゆくのだが、この展開を異なる時間軸・空間軸と次元に振り分けているのが、今回の舞台美術ということだ。メインストリームは無論、不測の事態や事故などを除き絶対に変えることが出来ない初日の無事開幕である。だがゲネは愚か本来ゲネまでに詰めておくべき、場当たりや演技と演出の詰めすら充分では無いという状況下、果たして開幕できるのか? との緊張感があるから観客は舞台から目を離せない。サブストリームも少し変わった趣向ではあるものの、シアターミラクルが在る新宿らしさも取り込み、随所に笑いも鏤めて飽きさせない。
そして、死んでくれ

そして、死んでくれ

ラゾーナ川崎プラザソル(神奈川県)

2021/10/13 (水) ~ 2021/10/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 日本の本質を抉った。深みのある作品。ベシミル。2人の中核的登場人物の妻が、中盤までと終盤での歩き方の差で事態の質的変異を如実に表している演技や、服装や身だしなみ、小道具等がキチンと時代を表している点。音響・照明、脚本・演出、妻たちの演技のみならず役者全体の演技も良い。内容が現代に通じている点もグー。華5つ☆(追記後送)

ネタバレBOX

 1926年、2月。25日は雪が降った。事件当日26日も雪で、皇道派隊付青年将校に率いられた1483名の下士官・兵が決起。指揮した将校らが君側の奸と見做した総理大臣・大蔵大臣・前内大臣・教育総監・侍従長及びもう一つの国家の暴力装置・警視庁そしてメディア等を襲撃した。所謂2.26時件である。彼らの拠って立つイデオロギーは北一輝の「日本改造法案大綱」と謂われることがあるが、実際には今作に登場する磯部や栗原らに影響を与えたとされ、寧ろ隊付青年将校に共有された念としては矢張り北が指摘していた‟君側の奸“という発想だったとみることができる。因みに当時の陸軍内部には皇道派と統制派の派閥争いがあった。閥の違いは所謂参謀や将官の道が開かれている陸代卒の高級将校の多くが国家を総動員して戦争を遂行すべきだという主張をしていた統制派に対し、農村等から集められた下士官・兵らと実際に接し隊付将校として彼らと行動を共にしているが故に、民衆の苦境即ち事ある毎に姉妹が身売りされ苦涯に身を落とすような苦境を実体験として知り抜いており為に民を無視する日本の政治に対し、人間として当たり前の義憤を常日頃から感じ心を痛めていた皇道派に属する者が多かった。
beside U : わたしいましたわ

beside U : わたしいましたわ

あまい洋々

新宿眼科画廊(東京都)

2021/10/08 (金) ~ 2021/10/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 タイゼツベシミル 華5つ☆ 新たな才能、発見! 暫くしたら拝見した演技・演出について追記予定
 「甘い蜜の部屋」というタイトルを聞いて直ぐ何かが分かる人がどれだけ居るだろうか?

ネタバレBOX

 ある女流作家の作品名である。作家の名は、森茉莉、森鴎外の溺愛した愛娘である。今作の作者は若い。その若い作家がまさか森茉莉を読んで居ようとは、正直驚かされた。相当の読書家であることは間違いない。あの鰻の寝床のような新宿眼科画廊で賢い舞台の使い方をしているのもさることながら、舞台美術というか装置もシンプルでありながら、それ故にこそ如何様にも見せることが出来ることを利用して各場面をキチンと見事に変換して見せる。小屋の使い方は一般的で入口のある側の短辺の反対側をホリゾントとしホリゾント手前下手に脚立が1つ、脚立スペースの手前が演技用板の載った舞台だ。各コーナーから柱となるスチールパイプを立ち上げ天井部分もスチールパイプで連結した矩形。下部の各コーナーには対角線上の柱2本の下にストッパー付き滑車、他の2カ所は滑車のみが付けられ4人の登場人物の内、板上に居ない2人がこの矩形を動かして各場面に対応するよう調整する仕組みだ。壁面に当たる4面は総て左右に開くレース状のカーテンが付けられ開閉することで様々なシチュエーションに対応する。尚、今作の劇作家は谷崎潤一郎の「痴人の愛」を2度目に読んだ時に今作を書くことを決めたという。劇作家の視座は主人公“なおみ”を中心に展開するが、台詞は実にシャープで而も自然である。ずっと年上のパパさんとして譲治が登場するが、「痴人の愛」との関係で2人の関係は類推できよう。譲治がなおみの成長日記と称して撮る写真や、彼女の住いが変わるなどの状況変化がある度にその名と年齢がカーテンに映し出されるのも頗る効果的だ。また、孤独な少女の魂が運命的な出逢いを遂げ、仲良しになるが、互いにベタベタせず、まるでムルソーのような異界を抱えた人間同士である点も素晴らしい。それだけ、2人の悩みの深さも孤立感も、また非情緒的だが極めて知的な者のみが体験する迷い方の持つ深刻性も際立って表現されているからである。因みに仲良くなった女友達の名は‟ノラ”でありイプセンの「人形の家」の主人公であるのは、劇作家のイプセンへのオマージュでもあろう。
クロノス

クロノス

LOGOTyPEプロデュース

中目黒キンケロ・シアター(東京都)

2021/10/06 (水) ~ 2021/10/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 舞台美術・演技が良い。

ネタバレBOX

 通常のSFで守られているタイムパラドクス等を総て無視し、取り敢えず主人公即ち作家の頑固と一徹を通すことで一途なメンタリティーの純粋性に惑わされそうになったのは、主役を演じた南翔太氏の演技によるものだろう。無論、主役が引き立つような脇の演技も気に入った。然し5度目のチャレンジ辺りから鼻白むシナリオである。単に好きというプラトニックラブだけで少なくとも研究所のスタッフになれるだけの頭脳を持った人間が収まるハズはないからである。掛かるのは己の命より大切な欲望である。その欲望が綺麗ごとで済むハズが無かろう。この辺りから鼻白んでしまった。舞台美術は可成り洗練されているし役者陣の演技も良い。然しシナリオの終盤でアラが完全に露呈してしまった。演劇としてのリアリティーを失ってしまうのである。プロデューサーはもう少し勉強し、良い原作を選ぶべきであろう。少なくとも大人には底が割れてしまう。とはいえ、役者陣の頑張りと舞台美術を評価して星は4つ。
『おやしらず』

『おやしらず』

午前の紅茶

宮益坂十間スタジオ・Aスタジオ(東京都)

2021/10/02 (土) ~ 2021/10/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

 板中央にパイプ椅子4脚がキチンと並べられている、背凭れは無論ホリゾントの側だ。出吐けは上手・下手そのぞれの1カ所。その袖の各々はクロスで目隠しがされている。出演者は総て若いという印象を持った。20代前半、大学生だろうか。

ネタバレBOX


 原案を女性が提示したものに負っており、脚本は劇団の専門部署が担った模様だ。内容的には決して悪くない。然しどのような世界を描くのか具体性に欠けている。原因はタイトルにも現れているが、"親知らず″がWミーニングであることがぼんやり示唆されてはいるものの、それがタイトルとして作品全体の象徴になる程の強度も、何等かの必然性をも惹起しないことだろう。つまり作品世界の設定自体が曖昧なのだ。脚本化する段階でこの点を詰め切れなかったことが最大の欠点だ。また、演出でキチンとダメ出しができていないように思えた。同世代、而も大学生で演劇部ということであれば仲間内の関係が悪くなるとか人間関係の問題を懸念してキチンとダメ出しが出来ないことも考えられるが、もしそうであるならそんなことは関係ない。演出の才能が有る者がその役割を担えば良く、出演陣は演出の駄目出しを尊重すべきである。何となれば、何故演じているのかを考えてみれば自ずと答えは見えてこよう。観客に届ける為では無かったのか? 其の為にこそ、裏方、(原案を含め)脚本家、演出家、役者は一丸となって創作に励んできたのではなかったか。先ずはそこから始めて欲しい。
虹の人〜アスアサ四ジ イヅ ジシンアル〜

虹の人〜アスアサ四ジ イヅ ジシンアル〜

ラビット番長

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2021/09/30 (木) ~ 2021/10/04 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 ベシミル! 華5つ☆ 流石に大賞を何度も獲得してきた劇団。

ネタバレBOX

 いい加減な脚本が矢鱈多くなっている昨今、流石に攻めるべきは攻め、気に留めるべき点は気に留めて分かり易く、而も東京帝国大学(坂下)と京都帝国大学(石野)との研究者のタイプ差も描き分けている。自分も両大学の研究者とも付き合いがあるので戦前の研究者もこうではないか? と類推する楽しみがあった。近代国家成立以前に大学が在ったヨーロッパやアメリカのように思想・信条・学問の自由・人間の尊厳をベースにした思考の価値を創造し護持してきたのは大学人であるとの認識が国家権力への大学人主張に繋がるという体制の根拠が日本には薄弱である。然し京都にはこれとある意味似たことがあるかも知れぬ。というのは権威という形で将軍を任命し国家権力を相対化してきたからであり、或は千年の都であった京(一時的に奈良)の地で育まれてきた底深い文化や学問の中心地という歴史からくる矜持と大きな政変が在る度に戦場の憂き目をみてきた民衆の反権力的指向が京大の学生にも京大の研究者にもどこかで影響しどちらかというと大らかで権力よりも人間的価値を重んじる傾向が強いのかも知れぬ。そこへゆくと東大は幾つかの学問塾のような(例えば昌平坂学問所等)が合体してヨーロッパの近代国家を真似て作りそのイデオロギーを広めようとして作った「最高学府」であったから自立心が弱く時代権力に阿易いのかも知れぬ。無論、第2次大戦中に軍に引っ張られ命を落としたり身体を毀損した者の比率は私大より帝大の方が圧倒的に多い。学生ばかりか、助教授クラス迄兵士として出征させられたケースもあった。このような学問の自治に纏わる大問題は現在も我々の足下に在る。学術会議任命問題が良い例だ。両教授の台詞及び各々の助手の台詞からもこれらの事情がとてもよく分かる。無論、研究者各々で個性もあるから、京大(京都帝大)の教授が総てより人間的であるとは限らないだろうが。
 さて、今作では伏線の張り方に際立った特色がある。通常伏線は脚本に書き込まれているが、今作では演技というか小道具に伏線が仕込まれている。即ち基本的には観た観客にのみ分かるように仕組まれているのである。これは演劇人として新しい態度なのではないか? 観客を信じなければこんな芸当はできない。演劇人として一期一会を舞台化したと言っても良い位だ。いつも通り、作・演を井保氏が担当している。と同時に役者としても演じている。三役をこなしながら体得した観客への信頼がベースにあるのだとしたら、これは素晴らしいことではないか? 他にも褒むべき点がある。出演者全員がラビ番のメンバーかV-netメンバーであるということだ。若手をキチンと育てて来た実践がここに稔っているのだ。実力というものは、このように目立たない地道な努力と継続、そして参加した人々が持ち続けるインセンティブによって成り立つ。その証が今作には見て取れる。女性陣の和服の着こなしも良い。
 椋平の虹が他の誰にも見えない謎に関しては、消去法で考えてゆけば簡単に答えは分かる。無論、早く答えが分かった所で今作の魅力が減じる訳ではない。至る所に掘り下げられたサブストリームが横たわっているしキチンと納得できる深さでそれが表現されているからである。要するに飽きさせないのだ。それは舞台美術にも表れている。目隠しとしても用いられる障子は、俳句の季語としては秋・冬に関係する。風鈴はお分かりだろう。オープニングの蝉の鳴き声は、ミンミン蝉。即ち夏も盛りを過ぎゆく頃である。こういった舞台上の総てが作品の生成・情緒・表現に関与してくるのだ。それら総てをひっくるめて東大の詭弁と京大の哲理・真理が対立し、椋平を通して世界が関与する。更に・・・も示されているが、観劇した人々は何を観るだろうか。実に面白いではないか? 
ヨコハマ・ヤタロウ~望郷篇~

ヨコハマ・ヤタロウ~望郷篇~

theater 045 syndicate

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2021/09/30 (木) ~ 2021/10/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

 華三つ☆。役者陣、殊にヤタロウ役、市長役に拍手。彼らの活躍で華を付けた。

ネタバレBOX

 近未来の戦争で荒み荒れ果てた横浜、力で他人を支配するそんな連中が蔓延っていた。中でもウォリアーズと名乗るグループは勢力範囲も広くハマを我が物顔でのし歩いていた。今作のヒーロー・ヤタロウは、そのウォリアーズに妻を殺された、元オリンピックゴールドメダリストである。射撃の腕に掛けては無双を誇り、妻の復讐の為に立ち上がった。殺した相手は疾うの昔に50人を軽く超えているが彼は殺す前に相手に対してある問いを発する。そして殺された者がやりたかったことを身に引き受けて実現する為に奮闘してもいる。彼に馬鹿という言葉を投げつけてはいけない。度を失ってその言葉を吐いた者を殺してしまうからだ。
 以上のようなキャラ設定の中で物語は進展してゆくのだが、普通復讐するとなったら、そんな情けは絶対掛けないし、相手が出来るだけ苦しんで死ぬような殺し方をするだろう。復讐である以上、それは当然のことである。この辺りの感覚が作家と共通であるか否かで評価は分かれると考える。
 ところで、ウォリアーズという名前やマクベスに登場する3人の魔女よろしく登場する3人組{姉妹と弟(弟は鬘をかぶって女装している)}で多少LGBTqを意識して居るかも知れないがその深い内実は描かれていない。そんなトリオは占い師として登場し、マクベスの魔女同様様々な予言をし、その予言は的中するが、それだけでは単に表層を移築しただけのことに終わってしまう。何となれば占いが信じられるような社会的背景が色濃く出ていないとリアリティーに欠けるし、或はそのような社会的背景を強烈に批評する目で透徹した論理を向こう側に見せていないとパロディーにもならない。単に大衆を小手先で笑わせるだけの小ネタで終わってしまうのだ。その手の小ネタは随所にあった。然し本質に届いていない。主役・ヤタロウを演じた今井勝法さんは心理的なものをやらせてもいい演技のできる役者だと思う。脚本をもっと練って欲しい。でなければ役者陣が気の毒である。他に面白いキャラとしては市長を演じた寺十吾さん。市長の市政方針演説実況中継で、秘書が肝心なことを総て言い、市長は「その通りでございます」のみを延々と繰り返すシーンは日本政治の愚劣そのものをパロっていて面白い。脚本全体をこのレベルにもってゆければ相当の傑作になろう。
海の上のピアニスト

海の上のピアニスト

シアターX(カイ)

シアターX(東京都)

2021/09/25 (土) ~ 2021/09/25 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 一人芝居研究会のメンバーによる演技、映画にもなった作品だという。

ネタバレBOX

タイタニック級豪華客船の一等室船客の演奏会に使われる部屋のピアノの上に捨てられ、船員に発見され彼の子として育てられるが、名付け親でもある義父は8年後事故の為他界する。然し捨てられた子・ノヴェチェントは出生証明書も無ければ戸籍も国籍も実の親も実際無い。陸に上がっても碌なことは無いとの大人達の判断とそのピアノの天才としての才能と物怖じせず、図抜けた才能を持つ人間特有の悠揚迫らぬ態度で誰からも愛され、船で生涯過ごすことになった。原作はイタリアのアレッサンドロ・バリッコの独白劇「ノヴェチェント」である。尺は90分。
 兎に角、物凄い台詞量を1人何役もやりながらこなす役者の負担は大変なものなのに、また作中の主人公・ノヴェチェントは男性であるのに、演じたのは女優である。無論、台詞量だけでも大変な量だし、何役もこなすから体力や水分の消費も半端ではない。そこをアルコールを飲む体で瓶に水を詰めた物を飲んで凌ぐ演出もグー。因みに一人芝居研究会のメンバーは自分で演出・演技総てを受け持つから、最も基本的な板上の体調調整も総て自分の判断でしなければならないのだ。音響や照明は専門の方が就いているが。
 脚本の良さは、孤高の天才音楽家の逢着せざるを得ない究極のテーゼを過不足なく描いている点だ。即ち境界の無い無限を相手に己は何を対置し、対置し得たことによって得られる束の間の均衡と平衡に載って何をどのように配置しどの1音によって世界全体を集約するかというテーゼである。またそのようなことを可能たらしめる数式の解を見付けることだ。更にこの解が得られた暁に己の存在をどう始末するか? である。この知的且つ実存的テーゼを解く旅の何と清々しく高潔なことか! そしてその解の何と奥深く切ないことか!
 このような作品を演じた女優・安藤繭子さんの力演に拍手!
ホシノヒト

ホシノヒト

演劇企画アクタージュ

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2021/09/23 (木) ~ 2021/09/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 物語が展開するのは、星が綺麗に見えることで人気のある某県にあるペンション。当然天文ファンも多く宿泊するから壁には天文関係のポスターが貼られ大きなソファが置かれて居たり、天体望遠鏡が置かれていたりもするが、物語自体は、もう少しSF的でファンタジックである。
 ところで、1994年7月に木星に彗星が衝突した。

ネタバレBOX


その彗星の名をシューメイカ―・レビー彗星という。木星は太陽系の惑星中最も質量が大きい為、その重力に引き付けられ数々の彗星が衝突してきた。シューメイカー・レビー彗星もその1つであるが、この年、この日が物語の核(コア)の1つとなる。もう1つの核は2021年の7月である。この時期には流星群が観られた。
 この2つの核を結ぶものが、物語に登場する或るアイテムであり、このアイテムの持つ不思議な力と今は行方不明だが自分は宇宙人だと言っていたというヒロインの父、亡くなった母とおばの話が起点になって第1の位相が展開してゆく。察しのいい方には、大体お分かりだろう。時間、空間、場、位相が関係してくる話である。もっとアリテイに言えば時間移動を含むタイムパラドクス物。そこに親子や友人、仲間たちが関わり宇宙に関わるファンタジーを紡いでゆく。単体であったハズのアイテムが同時に1つずつ存在するシーンについては、奇異な感覚を持つ方が居るかも知れないが、これもパラレルワールドの概念を用い2つの位相系が同時に現れうる高次元の論理を想定することが可能であれば是とすべきであろう。今作の作家ならその人間的次元をこそ「夢」と呼ぶに違いない。
『アドリブ・オン・ザ・ウォーター』『品川野放図』

『アドリブ・オン・ザ・ウォーター』『品川野放図』

品川親不知

ウッディシアター中目黒(東京都)

2021/09/21 (火) ~ 2021/09/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「アドリブ・オン・ザ・ウォーター」を拝見

ネタバレBOX

 かなり乾いた感じの笑いが鏤められたオムニバス。各挿話は単体でも一応独立しており、1本、1本観てもそれ自体楽しめる創りになっているが、先に上演された作品は後で上演される作品の伏線を様々な形で提供しており、最終的にラストの作品に込められた設定によって全体の緩やかな繋がりが論理としても明確化されるという創りになっている。拝見した回の尺は90分で丁度良い長さ。楽しめる。
哲学者の午睡

哲学者の午睡

空間旅団

小劇場てあとるらぽう(東京都)

2021/09/17 (金) ~ 2021/09/20 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 プロレスの試合をガチでやれば無論どちらかが死ぬかさもなければ再起不能の大怪我を負うのは必定。格闘技をそれなりにキッチリやった経験のある者が見ればそれは自明だ。
 今作の基本構造は、哲学とプロレスをマッチングさせた上で、真剣勝負とシナリオのあるショーとしてのプロレスを対比させることで、哲学上の真と偽のテーゼを中心に展開する物語だ。サブストーリーとして権力VS民衆、男と女、友情等々は無論出て来る。

ネタバレBOX


 今作の主人公・プラトンは、ここ暫く試合はしていないものの300連勝無敗の覆面レスラー・ソクラテスに心酔し押し掛け弟子となった。単にプロレスの師匠としてのみならず、政界の重鎮や各界の名士、高位の者らを公衆の面前で論破した哲学者として盲信し弟子となったのである。然しソクラテス自身は、妻の論法を真似ただけだと主張する。が、この態度も謙遜と見做しプラトンは持論を変えず、所属プロレス団体のガチプロレスラーとしてこれまでヒール専門だが、矢張りガチ専門のレスラー・アレクセイと30戦して30敗。毎回死の懸念があるような試合にプラトンを慕う彼女も「もうついて行けない・・・」と迷い出す始末だ。にも拘わらず、プラトンの念は変わらずイデアを求め続けている。そんなプラトンに周囲の者達は魅力を感じているのも事実であった。
 一方、公衆の面前でソクラテスに恥じをかかされたと感じ恨みを抱く者達は、その権力や威力を用いてソクラテス弾圧に舵を切った。無論、弟子プラトンにも警戒を緩めて居ない。このような状況にあってプラトンの所属するプロレス団体は、経営が思うように行かず破綻寸前で辛うじて生き延びているが、団体トップは興業成績を上げる為、ソクラテス本人の了解も得ずにソクラテスVSアレクセイの試合をマッチングしてしまう。ソクラテスは1度もガチプロレスをやったことが無いのに、アレクセイ側が試合の条件として出してきた条件は、そのガチ試合(セメント)であった。
 ここから先はホントのネタバレになるので控えるが、最終的には弁証法的論法によってアウフヘーベンされて舞台は終了する。
 ところで、池袋演劇祭参加作品ということだが、本気で賞を目指すのであれば、プロレスラー役の役者は総てもっと身体を鍛え上げて出演すべきであろう。嘘が嘘としてキチンと機能するには、嘘が真実だと思われるほどの真実味がなければならない。フィクションであると断り書きはあるもののソクラテス、プラトン、クサンティッペ、クセノポン等は、ギリシャに実在した人物として現代に迄名が知られており、多少哲学を齧った人間ならば遅くとも高校生位の段階でこれらの名は記憶に留めていたハズだから、ギリシャに対するイメージもそれなりにキッチリしたものを持っている。ホメーロス等も読んでいよう。而も今作のテーマが、真と偽、イデアと現実等々対立・相克の克服である以上、通常のショーとしてのプロレスを嘘の象徴と見做すならば、それが本物に見えるように嘘が真(まこと)として成立し得る脚色が必須であろう。また費用の関係でギリシャ風の履物が用意できないのであれば、素足で演じ、衣装とのバランスを良く考え演出を工夫すれば演劇的真実は描けたハズだ。様々な点で不徹底だが、訴えたいものは伝わってくる。今後の成長を祈る。
SENSE

SENSE

早稲田大学舞台美術研究会

早稲田大学学生会館(東京都)

2021/08/14 (土) ~ 2021/09/18 (土)公演終了

映像鑑賞

満足度★★★★★

「SENSE」早稲田大学舞台美術研究会 2021.9.16 配信を拝見
 5度目の正直! 配信なので受信する側の器機の性能によって全然音質が異なり4回目迄は、PCのスピーカー音量を如何に調整しても台詞が殆ど聞き取れず、イヤホンを用いても結果は同じで途中で投げ出さざるを得なかったのだが、偶々別のイヤホンで聞いてみると可成りよく台詞を聴き取ることができ作品を楽しむことができた。通常版(1h18m47s)と楽ステSP版(1h22m51s)版の2種が配信されており、楽ステ版の方が音声は聴き取り易いが、こちらは天井の照明器具迄映り込んでいる。尚5度目迄は総て通常版を拝見していた。

ネタバレBOX


 舞台美術研究会の作品らしく随所に仕掛け(2次元から3次元への通路は都合5カ所等)が施され効果的に用いられているし、ホリゾントのセンターに2次元から3次元へ通じる扉が設けられ、その下手に3次元での出入り口が設けられているのだが、このセンスもグー。殊に作中描かれた漫画「空を青に」の主人公・蒼穹(そら)が2次元から3次元へ飛び出すシーンは圧巻である。
 台詞が聞こえさえすれば脚本も良い出来だ。ザックリ言うと創造ポテンシャルは高いもののその才能が未開化の若手漫画家・ムラタが、己のセンスを見極め成長する過程を描いた秀作だ。
 秀作の秀作たる所以は、今作が若者の成長譚であると同時に成長の過程が作品創造の過程・創作方法及び能力の開花・進展と重なりあって展開する点だ。この傾向は終盤に使われる小道具・五十音表の使い方にも表れている。つまりそれ迄の話の展開をも下敷きにして各所作が振りつけられ、ラストにパズルを解くような明快さで連なっているのだ。而も最後のチャンスを与えてくれた担当編集者・カオルが沖縄出身乃至ファンらしいこと、沖縄がヤマトンチュから押し付けられている不条理に対して沖縄の宝、即ち青い海、青い空、そして沖縄の人々の心で応じることを示唆したラストも優しさに満ちている。
 物語が進展するのは、有名な漫画家を輩出してきた出版社・編集部。ここには連載漫画家のアトリエも併設されており、若手有望漫画家が各々のデスクで作品を描き覇を競っている。世間では、このアトリエ併設の編集部を‟ときわ荘“に準えることも流行っている。殊にときわ荘に準えれば手塚治と評される人気漫画家・ヒナタは無論、巷の評価もダントツであるが、彼が光るものを持っていると紹介し連載を任されることになった今作の主人公・ムラタは、元ネタを知らずに似たような作品を立て続けに発表してしまったことでパクりばかりやっている奴、読む価値無し等の酷評を受けるハメに陥りカド番に立たされている。
 というのも、新たに才能のある新人・ナオトが発掘されポストムラタの刺客として送り込まれてきたのである。既に外堀のみならず、内堀迄埋められ絶体絶命の危機を迎えたムラタは、担当編集者のたっての頼みで首の皮一枚でラストチャンスを得る。このチャンスを活かす条件は、3日後の朝ムラタの弱点であるネーム(つまりストーリー)が完成稿として提出できること。それが通れば直後にストーリーや登場人物の絵柄のみならず背景の細部まで目配りの利いた完成稿を仕上げることだ。この極限的危機の中で、主人公はドッペルゲンガーにでも出会うかのように己の創作した登場人物達とリアルな遭遇体験を過ごし、彼らと協働で作品を創り上げてゆく。「空を青に」の主人公、小説家を目指す碧木蒼穹(あおきそら)、ロックミュージシャン、シェフ、占い師、事件に鼻の利く名探偵ら5人の登場人物と共に殆ど徹夜の3日後出来上がった作品は、そのストーリーを読んだヒナタもナオトも絶賛する傑作であった。
 蛇足だが、創造されたキャラクターの数が5人なのは無論視聴覚、嗅覚、味覚、触覚の5感を象徴しており、ムラタは所謂創作者の神の位置を占めて居ることは容易に見て取れよう。この辺りの作り方も創作の王道に則っている。またタイトルのSENSEは多様な意味を持つ単語だから、各々の意味を噛みしめながら観劇して欲しい作品である。
注:各登場人物の氏名表記に関してはパンフがある訳では無いようなので、表音文字を用いるかハンダラが作品から受けた印象を基にイメージした漢字を用いて表記した。
ぼくらが非情の大河をくだる時

ぼくらが非情の大河をくだる時

オフィスリコプロダクション株式会社

テルプシコール(TERPSICHORE)(東京都)

2021/09/10 (金) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 今作を舞台として拝見するのは初めてだが、脚本は数十年前に読んでおり、その時受けた印象と隔世の感がある。(追記2021.9.13)

ネタバレBOX

これが第1印象だ。清水作品を良く読んでいたのは学生運動が盛んな時代であり、今作のトーンにもその雰囲気が分からなければ何故、そこにそのような台詞が出て来るのか? その繋がりが見え難いことがあろう、自分が隔世の感を抱くのも当にこの事情からである。何れにせよ、近代国家の前提となるのは、国家による暴力装置の基本的占有であり、その合法的使用である。そのような強固な支配機構に対し、毛沢東の「革命は銃口から生まれる」発言を真に受け実際の戦闘が如何なるものかについては殆どド素人の学生が立ち上がって‟革命“を叫ぶこと自体、余りにも幼稚で無理がある。少なくとも様々な重火器に精通し、最低限安価で効果的而も使い勝手の良い爆弾製造を自ら為し得るだけの技術を持ち、敵情の把握にスパイを送り込み、敵組織中枢を攪乱できるだけのインテリジェンスを組織運営でき、情報操作や実働部隊管理、民衆対策をキチンと行使出来る所迄行かないと革命等遠い夢に終わるは必定。今作はこのような前提を一切欠き而も革命為すべしとの思い込みのみ強い必敗必至の状況を居直りとデュアリズムによって乗り越えようとした愚かな試みの記録と見ることができよう。そもそも20世紀の独立運動や革命は弁証法的思考によって裏打ちされてきた。今作で詩人(理論家)の主張は基本的にデュアリズムの域を出て居ない。一見、ラディカルなその物言いは、決意一般を語るのみの空しい表象に過ぎない。それでも彼が真の狂気に陥るのは、終盤に差し掛かる辺りからである。M.フーコーによれば”狂気とは純粋な錯誤である”が弟は、何とか衆愚に紛れ込もうと努力してきた。然し彼の偏狭でエキセントリックな論理は衆愚に認められることは無い。衆愚の衆愚たる所以は、異質性を嫌い同化することによって総ての擬態に自らの精神を合わせることにある。一方、弟は自らを特別な存在と自己規定することに逸り真にアイデンティファイすることも甘えを自ら排除することもなく、デュアリズムを用いて世界に対抗しようとする。ところで論理というものの唯一の展開は、オーダーを決めてしまえば先鋭化することでしか無い。上記の複合的状況が彼を苛み追い詰めてしまった。後は孤立の深い陥穽に只管落ち行くのみである。この時点で薔薇の花びらが撒かれるのは無論葬送の意味を持つ。即ち詩人を語る弟の真の姿・愚か者の深層も暴かれたのである。この状況をもっと分かり易い言葉で記せば、日本の鵺社会に剥き身の貝のような裸形でどっぷり浸かりつつ、正鵠を得る方法もなしに彼の目に映じた世界を解明しようと蟷螂之斧を振りかざしたものの、その未熟で現実分析に乏しい論理もまた鵺の海に漂う泡沫の憂き目を見たということである。その狂おしい苦悩のうちに、憧れであり唯一の盾であったボクサーの兄を殴り倒してしまったことを契機として大衆の悍ましい裸形を一瞬見てしまったことは、第三者性の容赦ない楔を彼の精神に打ち込み、その結果が発狂であろう。
 蛇足ながら、薔薇のテーゼが出て来るので、少し薔薇についても論じておこう。薔薇は数多くの花言葉を持ち、品種によっても本数によっても花言葉の内容が異なる。一般的に棘は罪を表し、赤い薔薇は愛を表すが時には葬送にも用いられる。何れにせよ換骨奪胎が激しいので破瓜やBLでのネコの初体験等を意味してもおかしくない。物語が展開するのはデザインされた壁の隙間から、雑草の蔓が便所内に迄延びた壊れかけた公衆便所のある一角である。どこの盛り場でもこのような公衆便所には同性愛者が屯していた。
 さて、弟を死に至らしめた後、兄は遺体を担いで新たな旅立ちをしようとするのであるが、このシーンでは、詩の好きな清水が思い浮かべていたであろう、有名なRimbaudの“Lettre du voyant”及び“Bateau ivre”を想起すべきであろう。興味のある方は当たってみると良い。前者は“見者の手紙”後者は“酔いどれ船”という日本語に訳されている。
 最後に息子たちから虚仮にされる父の姿、台詞に最もリアルな現実が描かれている点にも注意を喚起しておきたい。
沙也可

沙也可

(株)フリーハンド/(有)Yプロジェクト

渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホール(東京都)

2021/09/08 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 タイゼツ、 ベシミル!! 華5つ☆

ネタバレBOX

 文禄・慶長の役のことは歴史に出て来たから皆さんご存知だろう。秀吉の命によって2度に亘り朝鮮出兵をした歴史的事実を指す。今作は、この時代に実際に起こったことをベースに創られた物語である。日本も戦国時代勝敗は敵の首級をあげることによってその証としたが、文禄・慶長の役では耳・鼻を削いでその証とした事実等も織り交ぜリアリティーを細部に於いても表現している。が、大局を判断する為政者としての目論見がオープニング早々、秀吉と家康の対話で示されている点でも極めて筋の通った脚本であり、その後何度か出て来る秀吉・家康の対話でも各々の性格が見事に対比され関ケ原から豊臣滅亡迄の将来を見事に織り込んでいる。
 戦記物の側面がある舞台だから殺陣のシーンも多いが分割・可動型の階段を上手く移動させ実に合理的に殺陣のスペースを確保している舞台美術も素晴らしい。無論、極めて機能的に創られた舞台美術だから、シーンに応じて照明・音響がその場の雰囲気を見事に醸しだす。殺陣を演じる役者陣の体捌きもスピード感、切れがあってグー。居合の達人も登場するが、この居合術も中々のものであり、沙也可を含め傑物が意気投合するシーンにその後の因縁の対決に連なるシーンがキチンと埋め込まれている点等もこの脚本が極めて高いレベルで練られていることが良く分かる。
 この時の因縁こそ、沙也可が朝鮮族として生きる道への布石になっている訳だが、これに恋が絡み、敵対する民族の殺し合いが負わせた人々の無念、取返しのつかない大切な人々を失って行き所の無い怒りや悔しさ、断ち切れない未練が日本に襲われた村の多くの人々の魂を苛み続けることからくる敵との恋に落ちた村人への非難となって、村の娘の命の恩人ではあるものの、敵である日本人との間に成立した恋に対してアンヴィヴァレンツの苦しみを担わせる。このリアリティーが観客の心を実に深い所から撃つ。
 また実際付き合ってみれば分かるが、未だに朝鮮族の情の厚さは本当に深く、今作に描かれた通りであると実感させられた。恩に対してはキチンと恩返しをする義理堅さも彼らの民族的美質である。
 終演後、舞台上の挨拶に沙也可の末裔の方が登場して挨拶をなさった点、韓国では教科書に載る程沙也可が評価され記念博物館も存在しているなどの話をしてくださった。キチンと架け橋になって下さっていることに心からお礼を申し上げる。
【会場が変更になります8.7】A-hoj!2021

【会場が変更になります8.7】A-hoj!2021

プーク人形劇場

プーク人形劇場(東京都)

2021/08/10 (火) ~ 2021/08/14 (土)公演終了

映像鑑賞

満足度★★★★★

「プラスチックヒーロー」 アリエル・ドロン 2021.8.12
 ネタバレに書かれたことの背景を知りたい方は、以下をご覧頂きたい。
https://handara.hatenablog.com/

ネタバレBOX


 イスラエル出身の人形遣い。二十歳過ぎでセサミストリートのキャラで最も上手い人形遣いがやるエルモ役を担当、然し人形遣いの用いる人形操作に飽きてしまい30を過ぎた現在は市販のおもちゃを用いて作品創りをしている。現在イスラエルはシオニストが中心になって政局を動かしているが、長年に亘るパレスチナとの争闘、兵役義務、イスラエル社会にウンザリ、今作もある程度正確なイスラエル・パレスチナ情報を掴んでいる者にとってはその表現の意味する所が良く分かる作品に仕上がっている。
 登場するヒトは、人形を操作するアリエルと国際法に反する占領地からTV電話する兵士の妻や娘たちの人形以外は総てが兵士であり、電話をしている兵士も妻から任地を尋ねられて応えることができない。無論「軍事機密」に属するからである。出て来るおもちゃは、戦車、戦闘ヘリ、軍用ヘリ、軍用車両、防護用ブロック、歩哨台、レーダー或は電磁兵器らしきもの等々、総て軍事絡みのおもちゃである。因みに虎のぬいぐるみが登場するが、1人の兵士が虎と仲良くなり、虎に舐められたり、虎の喉を撫でたりしながらBigcatと呼びかけ親密になる。偶々ヘリか何かが上空を飛び兵士も虎も一旦避難する。兵士が後ろ向きになっている時、虎が戻ってくる気配に気付いた兵士は、振り向きざま虎を撃ち殺してしまう。何故ならそれが兵士の基本的な行動だからであり、動くものは総て撃てという命令は金科玉条だから条件反射的に撃ち殺してしまった訳だ。敢えてこのような状況を描く所にドロンの反イスラエルの姿勢が表れていよう。
歌姫・ネバーダイ! in deep

歌姫・ネバーダイ! in deep

ライオン・パーマ

萬劇場(東京都)

2021/09/08 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 まんを持しての公演。タイゼツベシミル!! 華5つ☆
 換気休憩5分を挟み2時間半の大作だが約400年に亘るストーリーを幾つかの場所・時代に展開する挿話に分け、丁度それぞれの物語が時の大河に浮かぶ洲で起こる各々の事象を描いたかのように編み込まれており、而も大河の流れは共通しているので全く飽きず無理なく自然に鑑賞できる。また、歌が重きを為す作品なので歌の上手い役者を揃え、音響技術の良さ、脚本の素晴らしさも手伝って実に良い作品に仕上がっている。

ネタバレBOX


 誰もが知る人魚の肉を喰らえば、人は不老不死を得るという人魚伝説を巧みに織り込むことで、殆ど永生を得た人間の有為転変を実に深く、時に肺腑を抉るような切ない台詞を鏤めながら変奏する。各挿話を幾本もの柱として建て、その柱の立つ深く無限の軸、即ち永遠を生きる不老不死を得た主人公の、或は他の愛しい者達の個々の生死を看取り、同時に遺伝子を継承する個々の人物たちの永生をも綯い交ぜてその死生観自体を重層低音のように響かせながら、相互を絡ませ或は輻輳させることで実に微妙でコレスポンダンスに富む奥行きと普遍性を実現させてみせた。各挿話のテーマは多岐に亘り、全体を通してヒトの生き死に、ヒトとは何か? 等々普遍的な問題に切り込んでくるが、極めて示唆的な点は、如何にも喜劇劇団らしく本物の悪人は登場しないことである。その代り非人間的な行為を実践する主体として公権力を操る人間共の非情を描いている点が喜劇劇団としてのアイロニカルな切れを見せている。他の登場人物達は、官権からは悪と見做され犯罪者として処罰の対象にされようと、人としての約束を守りその為に死をも甘んじて受け、気恥ずかしさや生き方の美学を持ち精一杯生きている。即ち倫理的・人間的に生きているのに対し、官憲の非人間性は我々が日常的に体験する如く、「法」や「正義」の名に於いて非人間的な事を実践し続けている。然し、これこそが真の悪に最も近いという事実は自認することが出来ないことを提示していることが鋭い批評意識を為していると観た。
【会場が変更になります8.7】A-hoj!2021

【会場が変更になります8.7】A-hoj!2021

プーク人形劇場

プーク人形劇場(東京都)

2021/08/10 (火) ~ 2021/08/14 (土)公演終了

映像鑑賞

満足度★★★★★

「快傑ゾロ」アルファ劇場 
操り人形劇だが、ギター、太鼓等のパーカッション、サックスの生演奏が入り、演奏が実に上手い。人形劇は猫の顔を思わせる装置が用意され、ゾロの仮面を付けた部分が跳ね上がるとそこが人形達が活躍する舞台になる。主たる登場人物は、ゾロ、ドン親子、市長、将軍、犬のポポ、セニオリータ、その母、ワキに酒場の客、酒場のホステス、兵隊等。子供達が観て楽しい内容になっている。筋は単純で、市長は人々に重税を掛けて将軍や兵たちに徴収させ贅沢三昧をしているが、弱者は堪ったものではない。この市長や将軍・兵士ら弱者を痛めつけ収奪する者達に鉄槌を食らわすのが、ゾロの役目だ。覆面をしているのでゾロの正体は美しいセニオリ―タにもよく分からないが、ドンの子息には憧れており、子息の方でも美しいセニオリータに気が在るが、だからこそ彼女の前に出ると体が竦んで何もできない。それで彼は見捨てられてしまう。一方、将軍は美しいセニオリータにぞっこんで嫌われれば嫌われる程増々恋しくなり付きまとう。弱い者苛めの先頭に立って行動する将軍は何度かゾロと戦い総て負け、ゾロマークを剣で付けられる。
 ラストは、セニオリータの懇請に負け、マスクを取ったゾロの正体を知った彼女と子息のメデタシ、メデタシ!
 ところで、ワークショップで本物の人形を使って実習をさせて貰ったが、この人形が結構重い。遣いこなすのにかなりの体力が居ることが分かった。

【会場が変更になります8.7】A-hoj!2021

【会場が変更になります8.7】A-hoj!2021

プーク人形劇場

プーク人形劇場(東京都)

2021/08/10 (火) ~ 2021/08/14 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

「The Worthless」
ウクレレ、バンジョー、ギター、小型シンバル、鐘、ラッパ、小さな打楽器等を取り付けてあるウォッシュボードの他、時折小型マラカス等も用いられ軽めで楽しい楽曲が演じられる。板上には縦長のスクリーンが置かれ、マスコットキャラが踊ったりしている。このグループは様々な絵本を基に曲を創るという。可成りメジャーなグループのようだが、自分は初めて知った。

「侠」  君、逃げたもうことなかれ

「侠」 君、逃げたもうことなかれ

サンハロンシアター

「劇」小劇場(東京都)

2021/09/02 (木) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 ホリゾント中央に額に入った「侠」の字の墨書が掲げてあるが、これは今作の展開する双葉デパート・お客様相談室長、九条侠介の名前から摂ったものである。他に舞台美術は下手と上手に丁度司会台の高さほどの所に書類が置けるようになっており、正面だけ目隠しに書見台に直角に延びている部分を除き側面は書見台に向かって斜めになった三角を形成している台。中央には両側面に箱馬収納場所のある直方体。この直方体奥に椅子1脚とシンプルだ。華4つ☆

ネタバレBOX


 設定で褒むべきは、物語の展開に地方のデパートを据えたことである。言う迄も無くこの設定には深い意味がある。選挙の趨勢を見るまでもなく一般論として都市部より地方の方が保守的であり、産業形態、就労し得る産業の少なさ、それらの産業への就労形態等々からこの保守傾向図式は広く用いられ、指摘したような地方事情形成即ち日本的不条理にも寄与してきたのは衆知の事実である。
 因みに侠の字は俠の俗字にあたり、夾は脇の下に挟むが原義。弱者を庇い抱き抱える力のある者を意味する所から男伊達という意味が派生した。この男伊達に対応しているのが、矢張り侠(俠)の字を用いで表される‟おきゃん“である。今作のタイトルが与謝野晶子の有名な一節をもじっているのと同様、侠(俠)を巡っても言葉遊びが上手に用いられていると言って良い。
 ところで、今作の台詞の中でクレイマーと苦情を述べる客とを比較する場面が出て来るが、イマイチその差が明確ではないように思えた。苦情を述べる客は、企業の気付かなかった改善すべき点を気付かせてくれる意見と室長は捉えておりプラス評価だが、この点を意識した上で社長に見込まれ助っ人として入っている倉持は終盤「それは苦情ではなく、クレーマーですよ」と客に述べていたと記憶する。このクレーマーという表現に引っ掛かった。ここは“言い掛かり”とでもした方が良いのではないか? 
 今作のもう一つの見所が、室長と倉持の方法的差異の対決にあることは言う迄もあるまい。深読みすれば、この点が最も面白く深いのである。余り書くとネタバレになるからここ迄とする。
つみ

つみ

アブラクサス

すみだパークシアター倉(東京都)

2021/08/22 (日) ~ 2021/08/28 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 時代は湾岸戦争前後、舞台設定はアメリカ。同性愛が蛇蝎の如く扱われた物語をサブスクリプトとして描かれた現代版「人形の家」。見事である。華5つ☆ ベシミル!

ネタバレBOX


 トラウマが精神及び身体に残す深く間断の無い苦しみを通して、自らの可能性を真実に向けて開いてゆく女性達の描き方が素晴らしい。ベッセル・ヴァン・デア・コークを挙げる迄も無かろう。親密になった人々の語る多くの事例から、実際に今作で描かれているような年輪も行かない子供たちへの心無い行為が為されていると信じる。そしてそのような大人達或は年上の人々の行為が子供達に与える取返し用のない傷が心優しく純粋な魂を悲劇の淵から深淵に陥れるのである。
 一方、世間とやらは手前勝手な価値観や「正義」を振りかざし、実際には知りもしない事件の真相にレッテルを貼り、蓋をする。それは無論、嘘と欺瞞と自らの価値観を構成する総ての要素が嘘に満ち満ちている事実を、自らの虚妄の体系に絡めとる為であるに過ぎない。それもこれもその程度のマヤカシで自らの「アイデンティティー」を満足させんが為である。
 然し、今作はこのような欺瞞を切開してみせる。誰にも言えなかった、即ち社会化できなかったことによって主張すべき真とは自ら思うことの出来なかった真実・事実をその深く残酷な痛みそのものが齎した事件の真相に潜む血も肉も骨の軋む音も総て踏まえ尚且つ己が身をも自ら手術して見せることによって客観化してみせた。その意味で今作も今までアサノ氏が描いてきた女性の女性による女性解放の太く豊かな流れを継承している。ただ、今作では、犯罪という形を取らざるを得なかった過酷なケースについてより踏み込んだ視座でより社会性を帯びた作品として上梓されている。羽杏さんが演じたリーを通して牧師エミリー・ライトは自らの内に在ったトラウマの意味する所を通して最終段落で筆者が述べたような成長を遂げるのであるが、これは現代の“ノラ”と言っても過言ではあるまい。無論、現代のノラはあの当時離婚した女性が性を商う他は無いと作品終了後のノラの人生を想像する読者が考えるのとは異なり、弁護士を目指せる点でまさしく現在の先進国女性の生き方をキチンと表現している。にも拘わらずこのような問題が起きてくる社会の闇をも表象しているのである。

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