東京オペレッタジゴロ オペレッタ公演
芝居舎ジタリキ
新宿ゴールデン街劇場(東京都)
2014/09/12 (金) ~ 2014/09/13 (土)公演終了
満足度★★★
パロるなら、更に高度に
上手にはチンドンで使うタイプのパーカッション等が置かれているが、基本的に素舞台。開演前には、猿蟹合戦の昔話の朗読に文部省唱歌をキチンとした合唱団が歌ってBGMにしたような音響が流れている。
ネタバレBOX
前説は、歌舞伎町のちょっと時代がかった趣向で興味深い。隋所に黒子が登場するのも、浄瑠璃のようで面白い。黒船で眠れなくなったヤマトンチューは、急ぎに急いで西欧化を図った。だが、そう簡単に総てが変えられるわけは無い。大衆芸能の世界でも、オペラではなく、色々な所やものを継ぎ接ぎした、謂わばキメラの如く奇怪なダシモノが、異様にキッチュな魅力を発揮して、てんやわんやの癖に中味が何なのか、自分達が何故、てんやわんやなのかを知ろうともせぬ大衆の心を、捉えて居たのかも知れぬ。演目は、猿蟹合戦、スターウォーズ、シンデレラの3本。これをオムニバス形式で演じるわけだ。
其々に、日本の芸能の手法が用いられているのだが、スターウォーズは如何にも、アメリカの作品らしく、正義を矢鱈、称揚するイデオロギーが単純な形で描かれている分、殆ど、グロテスクそのものである、パックスアメリカーナをパロっているようで面白かったと同時に、オビワンケノービの登場場面では、オビワン役の役者を浄瑠璃人形に見立てて演技するという面白い試みも披露された。
その他、矢張り、ギターやチンドンさんの音曲に、このオペレッタはマッチする。
ヒョウイズム
爬虫類企画
新宿シアターモリエール(東京都)
2014/09/12 (金) ~ 2014/09/15 (月)公演終了
満足度★★★★
前説シリーズ化して売り込めば?
少し早目に行くのがお薦め! 自分は、ホンのちょっと、拝見しただけだったが、前説が抜群なのだ。どんな風に抜群なのかは、観てのお楽しみだが、これをシリーズ化して、関連会社に企画として売り込み、採用されれば、ブレイク間違いなし、という感じの面白さである。広告コピーも書いていたから、こういう勘は、業界で鍛えた。
さて、本編であるが、背景に映る映像のセンスも鋭い。どうやら、メンバーには様々な才能の持ち主が居るようだ。恐らく個性も強い、これらのメンバーの才能を最大限に生かしながら作劇する為には、口立てでシナリオ化するのが良かろう。つか こうへい的、ピーター・ブルック的な方法だ。それが、難しいとなれば、ワジディ・ムアワッドのように、兎に角、皆の話をじっくり聞いて1年ぐらい掛けて話を纏めてゆく。最初の提案で劇団としての活動資金が稼げれば、相当好きな事をやってのけられる。
ネタバレBOX
一応、作品の内容にも触れておくが、初日が終わったばかりだから、ホンのさわりだけ。基本、苛めの話。但し、苛められっ子は、あることを経て、特殊な能力を二つ持つことになった。
注文の多い!?料理店
HyouRe Theatre Company
Route Theater/ルートシアター(東京都)
2014/09/10 (水) ~ 2014/09/11 (木)公演終了
満足度★★★★
もっとプッシュしてみたら
折角、結構ラディカルなことやってるんだから、もっと、上手く表出してみたら、更に、高い評価を得られるのでは? エンタメ的な視点も武器になるにゃ。
今作、可也特殊な公演形態を採っている。このことに注意を向けておかねばなるまい。少なくとも、作る側が呈示している条件は、観客が、劇団の寄こした三段重ねの容器に入った干し葡萄や、菓子、木の実を指示に従って食べることである。これは、基本的に観劇中の指示に従って為されることになる。これが、お約束である。無論、これらの食品にアレルギーのある観客は食べる必要は無いが、その旨、劇団側に伝えるようお願いが為されている。これが、通常の前説と決定的に異なる点なのだ。
ネタバレBOX
ところで、かつて、観客も、演劇の構成要素だとして一世を風靡した寺山修司の天井桟敷や、状況劇場の唐十郎らが居た。劇空間と日常空間の境界を曖昧にして何か非日常の世界に踏み込んだような擬似体験を仮構させる(天井桟敷)や水などを撥ね散らかして強制的に当事者に仕立て上げる唐十郎の状況劇場でも、ここ迄ラディカルに観客を劇に内包し得て居なかったのである。どういうことかと言うと、今作の主眼である「西洋」料理店は、様々な注文を客が店に対してつけるのではなく、店主が、様々な注文を客につけて、自らの好みに仕立て、供するように作られているのである。無論、店主が自ら、そのような下世話な命令を下す訳ではない。間には、執事のような役の者が居て、荒野を歩き疲れた大衆に対し、道を案内するのである。この道は、必ずしも大衆の望む所へ通じている訳ではないものの、一度、選んでしまえば、後戻りはできないものとアナウンスされ、従う者は、他の可能性が在るかないかなど、疑いもせぬ。阿保である。その愚かさ故に、彼らは、何の根拠もなしに、旗を振る者を先導者・水先案内人・リーダーと思い定め、道なき道を行き、涯無く思われる荒れ地を彷徨い歩くのだ。何の収穫も無く。そして、もう駄目だ、万事休すと思われた時、彼らは、夢のカケラを投げ与えられ、リーダーの用いる方便によって、最後の一歩を踏み出す。最早帰ることのできない地平へ。
待っているのは、無論、主人のプレートである。そこに、先ほど買われた山鳥と合わされて、適当な野菜と共に供されるのである。店主(天守・天主、天子であっても良い)の待つ食卓へ!
かなり、寓意的に作られた舞台なので、どのように解釈しても構わない。自分の解釈は、以下の通りである。
店主・天主・天子とは、国際原子力マフィア(アメリカ、英国、フランス等を中心とする西側核保有国とIAEA、エートス・プロジェクト、CORE、ICRP、WHO、FAO、安保理、これら、世界の有力機関に媚びを売る総てのメディア、国家、研究者・機関等々)。大衆とは我々、力なき者全員である。旗振り役は、核の軍門に下った総てのリーダーだ。ナイフとフォークは、プルトニウム239、ウラン238、セシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素131等々の放射性核種である。これらを体内に取り込むと、ゲノムが破戒され、トンデモナイ遺伝的疾患が生じると考えられるが、核が関わると疑われる健康被害に関して、公的な公衆衛生に関しては、何ら権限や役割も持たないIAEAの従属的役割しか果たしていないWHOは、一切、その憲章に書かれている使命を果たしていない。(IAEAとWHOの間に交わされた1959年の協定を調べてみよ)
マンハッタン計画に由る核汚染以来、まき散らされてきた死の灰や、放射性核種は、今や地球のありとあらゆる場所を汚染している。無論、汚染の酷いエリアとそうでもないエリアは存在するが、安全な閾値が知られていない物質を放出するテクノロジーは、制御されていないどころか、故意に制御していない、と言われても仕方のない原理的欠陥を孕んでいることは、小学生でも分かる理屈だ。
そんな技術が、益々、蔓延しようとしている中で、我らが、天日干しの食物を食べること、最早、人間の技術によって甚だしく汚染された環境中に生育する総ての生き物から、我らが、生きてゆくのに必要な食物を得るということは、国際原子力村の認めていない内部被曝のリスクを伴うということである。
この捕食行動を通して、食物連鎖のヒエラルキーをも示唆した今作で、我らが為政者に為し得ることは、我らの体内で更に濃縮されて為政者の食卓に上がり、我らの死によって、彼らの健康を少し害すること、だけなのだろう!
獏の棲家
異魂
OFF OFFシアター(東京都)
2014/09/09 (火) ~ 2014/09/14 (日)公演終了
満足度★★★★
スラップスティック&リーンカーネーションホラーコメディー
ひとまず、コメディーっぽい作品なのだが、テーマは、浮気である。コメディーで浮気とくれば、もう定番。演劇ファンには、既に目に蛸ができるほど観飽きたパターンであるから、そこから先、どう勝負してくるかが、焦点だ。
だが、今作、幾つか重要な捻りがある。基本的にカラッとしていない。喜劇の定法として、ドライなタッチは、観客を笑わせる為に最も大事な要素の一つだ。そんなことは重々、承知しているであろう、この作家、敢えて、自分の描きたい世界・世界観を描いている。(追記後送)
東益平7丁目団地防衛隊
ENBUゼミナール
【閉館】SPACE 雑遊(東京都)
2014/09/09 (火) ~ 2014/09/10 (水)公演終了
満足度★★★★
思い出と時の経過
東京からは結構あるが、まあ、ベッドタウンにはギリギリ入るかも知れない。郊外のマンモス団地。第7だけで、住人は1500人を数得る。このエリアの親達は、どういう訳か、
地域親交に熱心で、クリスマスパーティーやら、花火大会やら、潮干狩りやら、矢鱈、団地の皆でやりたがる。自然、ここで育った子供達も、そんな機会に知り合って友達になり、一緒に遊ぶようになった。中でも優等生トクヤマ、トクヤマのライバル、タッツン、要領のいいオオタケ、宇宙人に攫われたと噂があり、超能力の特訓に余念のないカズ、そして、頭が悪いフリをしながら、結構、やることはやっているマッキーの5人組は、第七団地防衛隊、通称、7団を結成したメンバーであり、大の仲良しである。(追記後送)
ネタバレBOX
何時も仲良く、時の経つのも忘れて一緒に遊んでいた5人だが、時の流れは残酷だ。中学になり、高校になりと成長するに従って、幼馴染の友人と遊ぶより、通っている学校の友達とつるむことが多くなる。それで、次第に疎遠になっていた。だが、高校2年の時、団地でクリスマスパーティーを開催しようと言うことになり、高校生達にも声が掛けられた。当然、かなり中心的な働きをしなければならない。雑用も当然だが。しなければならないことが多い以上、仲間全員に声を掛け参加して貰うように運んだ。だが、暫く会っていなかった以上、其々は、其々の事情を抱えていた。それらの話が、展開される。而も、それは思い出話としてである。というのも、トクヤマは、高校を出て十数年後、TVのニュースで報じられたのだ。彼は会社社長になっていたが、親会社倒産の煽りを喰らって連鎖倒産と言う憂き目に会っていたのだ。
デジタル
うさぎストライプ
こまばアゴラ劇場(東京都)
2014/09/10 (水) ~ 2014/09/16 (火)公演終了
満足度★★★★
ピタゴラスイッチ ヒューマノイド
舞台は縁日で売っているプラレールを思わせるような木組みの滑り台や、大小の配管、幅広い木道を組み合わせたようなセット。真ん中には、其々左右に延びた超長いベンチのような物が平行して置かれ、其々の木製構造物の上に人がちょこなんと座っていたりする。尚、真ん中の超長ベンチには、一灯ずつ、蛍光灯が点っている。
上演初日に拝見したから、敢えて、諸関連については述べない。イマジネーションを使って読むべし!
ネタバレBOX
スタートの音楽と同時に、タイトルのデジタルを匂わせるような身体パフォーマンスと申し訳ないが、余り達者とは言えないブレイクダンスを含めたパフォーマンスが始まる。
物語と言える程の連携は、シナリオの単語相互の関係には見受けられない。そんなものを信じていないとか、自分達の先輩世代の築きあげてきたものを積極的に否定し得るような、己の実存を賭けた何かを突きつけて来る訳ではない。そも、ハイデガーのダーザインを継承したサルトルが、現代世界の実存を代表しているのは偶然ではない。ダーザインの意味すら分からない脳天気な連中(安倍 晋太郎のような阿保)は、この際、問題ではない。寧ろ、それを濃厚に感じているが故に、そして、それを体験していないことを理解しているが故に、彷徨う自分達の地平を提起しているのだ。この先、大人にならざるを得ないのなら、指針になる本を紹介しておこう。出演者全員、関係者全員に向けて! 現代を解く鍵になろう。その本の名は、以前、別の所でも少し触れたが、「国際原子力ムラ‐その形成の歴史と実態」合同出版 日本科学者会議編である。
クジカン×キカク
シアターKASSAIイベント部
シアターKASSAI【閉館】(東京都)
2014/09/08 (月) ~ 2014/09/09 (火)公演終了
満足度★★★★★
ブラボー
昨日は、演出家1人に役者7人のクジカンキカクであったが、本日は、参加メンバー全員が演出家である。
ネタバレBOX
今作の演出を担当したのは、劇団東京都鈴木区の鈴木 智晴。出演陣も全員、演出家である。
ショーケン役:松本陽一(劇団6番シード)
金子役: 宇野正玖(劇団海賊ハイジャック)
西尾役: 細川博司(バンタムステージクラス)
松島役:久保田唱(企画演劇集団ボクラ団義)
社長役: ボス村松(劇団鋼鉄村松)
宮本役:夢麻呂(娯楽エンターテインメント演劇集団 「熱きロマンを胸に、生きる勇気と希望を与えるべく突っ走り続ける奴ら」
社運を賭けて売り出した新商品。“ナメタケの瓶詰・キムチ味”然し、完全な失敗。売れ残り続出で、経営の首を絞めた。週明けんは、二度めの不渡りを出しそうだ。そんな週末、金庫に残っていた200万円と社長が消えた。残ったのは、一箱120本入りのナメタケの瓶詰464ケースだけだ。社長の息子、ショーケンの計らいで倒産して差し押さえられる前に、せめて現物支給をしようと、土曜の夜から、徹夜でトラックに積み込んでいたが、作業中に社長が戻ってきた。東京11レースの馬券195万円分と共に。然し、このレース、3番、11番の鉄板。案の定、馬券は紙屑になってしまった。だが、社長が持ち出した金は200万。後、5万あるはずだ。その5万で決済の出来る金を稼げばいい、と阪神12レースにチャレンジするが、見事、今回は的中して350倍もの高配当。手がたを支払ってまだおつりがくる、と皆大喜びしたが。社長の持っていたのは船券。幸い当たってはいたものの、10.2倍で51万にしかならない。決済は1千7百万以上あるので、話にならない、と落ち込もうとしている所へ、朗報が入った。ナメタケの瓶詰が全部売れたのである。これで手がたのジャンプが出来ることになりそうだ。という所で幕。メニューは以下の如し。
1.顔合わせ
2.読み合わせ
3.配役決定
4.稽古
5.通し稽古
6.ダメ出し
7.本番
8. 反省会
本番まで9時間である。その間、小休憩、昼の食事休憩45分等を挟みながら、通し稽古は、予定の16時には少し間があるほどであった。演出家同士なのでツーと言えば、カーと通じる。その以心伝心性が抜群である。また、キャスティングも良かった。驚いたのは、こんなに短い時間で本番に臨んだのにキチンとした舞台に仕上がっていたことである。自分は朝、10時過ぎからずっと拝見していたのだが、感動してしまった。企画自体が素晴らしい。出演者は、大変だし、観る側も相当の体力勝負であるが、今後も第二弾、第三弾とこの企画をシリーズ化して欲しいものである。劇場側スタッフの対応も非常に良かった。
お披露目~浮気編~
日本コメディ協会
駅前劇場(東京都)
2014/09/06 (土) ~ 2014/09/08 (月)公演終了
満足度★★★★★
粋
古典落語を劇化したような、粋で洒脱な2時間余。浮気をテーマに、其々テイストを変え、喜劇に必要な冷めた視点を観客に持たせながら、擽る、擽る。流石にコメディー専門の協会。その面目躍如である。(時間と体力が残っていたら追記。作品は素晴らしいよ)
ブラックジャックによろしく
トウキョウ演劇倶楽部(活動終了)
六行会ホール(東京都)
2014/09/03 (水) ~ 2014/09/08 (月)公演終了
満足度★★★★
ハングリー精神が欲しい
原作は、「モーニング」誌上に連載された佐藤 秀峰氏のコミックだが、今作は、その5巻から7巻~がん患者編~である。原作を読まれた方も多いとは思うが、念の為、若干、この原作のアウトラインを示しておいた方が良かろう。主人公は、理科Ⅲ類、京都大学医学部、大阪大学医学部等に匹敵する永禄大学医学部出身の研修医、斉藤 英二郎が、日本の医療制度、システムの壁、法、倫理などと臨床現場の矛盾に悩みつつ、有り得べき医療を求めて、悩み、上部とぶつかりながら、自らも成長し、医療制度そのものをも変えてゆく「成長」の物語である。(因みに、今作の医学的状況は、原作の発表された2003年当時を基本にしている)追記後送
Unbreakable-アンブレイカブル
演劇レーベルBo″-tanz
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2014/09/04 (木) ~ 2014/09/09 (火)公演終了
満足度★★★★★
現代の悪
ギリシャ神話に登場する創世神ウラヌス、その息子で父の秘所を金剛(今作ではアマダス)の斧で切り取り海に投じたクロノス、旧約聖書偽典“エノク書”などを下敷きに、グリゴリ(地上を見張る為に使わされた天使達200人だが、人間の女と結婚することを選び、為に堕天使となった。彼らは人間には、禁じられていた技術や化粧を教えた。これが原因で男は闘うようになり、女は媚びを売るようになって、地上は退廃したという)や、ネフィリム{神(今作ではグリゴリ)と人の間に生まれた巨人、身長は1350mあったという}、グリゴリを狩る為に使わされた4人の天使達の織りなす一大スペクタクル。天使が人間を愛し、子を為したからと言って、それが罪か? とのグリゴリ達の問いは、痛切。無論、本作内容は、上記のようなうわっつらだけでは無い。(体力限界なので、1行か2行本質的なヒント追記)
ネタバレBOX
IAEAとWHOは協定を結んでいて、核が関係すると疑われる健康被害に関しては、WHOは、IAEAの言う事に逆らえないんだよね。(コリッチの読者にまさか、IAEAやWHOが何を意味するか分からない人はいないよね。無論、まじめにそんなこと思っていないから安心? してね。 と言われてるのは、どういう意味か分かってなかった人は、考えてね)一応、説明しておくと、IAEAは国際原子力機関。WHOは世界保健機構だよね。で、IAEAは、核、殊にアメリカの核戦略体制を優位に進める為に「世界」(「」がついていることに注意)各国への軍事的核の拡散防止と、「平和利用」(「」の意味を考えよ)原発推進を両立させる為に作られた組織と言っていいよね。他にも多々あるのだけれど、本日、これまで。調べたい人は自分で調べてみてちょ。英語以外に、フランス語文献、ロシア語文献などがあるにゃ。自分はロシア語は読めないので直接あたっていないけどにゃ。翻訳で読んでいる。
まあ、今作を神話形式にせざるを得ない背景は、このヒントをキチンと追うだけの能力があれば、自ずと見えてくるよ。も一つだけヒント。エートスプロジェクトのチェルノブイリと福島を調べてごらん。その上で、ホントに科学的な知見を比べて見ると良いにゃ。世界の為政者共の狂気が分かるハズだから。一応、参考書。「国際原子力村」合同出版、「調査報告 チェルノブイリ被害の全貌」岩波書店など日本語で読めるものを挙げておく。それと、核物理学に関しても、京大の小出さんの本は読んでおくべきだろうにゃ。この程度は最低限、今作を理解する為に調べるべし。これ常識!
グレーテルの妹
シアターノーチラス
OFF OFFシアター(東京都)
2014/09/03 (水) ~ 2014/09/07 (日)公演終了
満足度★★★★
最終日に拝見
いつもながら、日常の何気ない些事に鋭く深く丁寧なタッチで切りこんでくる、シアターノーチラスの冴えが光る。この劇団の持ち味は、しみじみ考え込ませるような作品を毎回練り上げてくることで、大した力量である。今後とも見続けたい劇団の一つだ。もう一つ、話題性を獲得する為に、社会的事件と絡める手法を取り入れれば、ブレイクするは必定。(ネタバレ追記後送)
ネタバレBOX
ヘンゼルとグレーテルは、1度目に森に入った時は、道しるべに小石を落としていったのに、2度目は何故、小鳥に食べられてしまうパン屑を撒いていったのか? いきなり鋭い問い掛けが為されて、物語は始まる。この問いと答えは、妹が出すのだが、認知症の初期段階にある父は、最近では、毎日、森に出掛けるのである。行く場所は、決まっているので、捜索に手間取ることは無いのだが、失踪した母を探して、毎日森を彷徨い歩くのが、日課になっていたのだ。
懐郷物語
劇団EOE
千本桜ホール(東京都)
2014/09/04 (木) ~ 2014/09/07 (日)公演終了
満足度★★★★
一所懸命だが
軍事を物語る場合は、地理的、政治的、国際的視野をもう少し広げておいた方が良い。また、念を形にする時、リアリティーが不足であれば、作家の最も深い所から立ちあがってくる照れなりなんなりがないと、容認される巾が狭まる。(追記2014.9.18)
ネタバレBOX
シナリオに描かれているテーマ、テーゼに一切新味が無い。これは決定的なマイナスである。外界から断絶する、させることを良くやってきたようであるが、恐らくは、それが原因であろう。何でも縛れば良いというものではない。寧ろ、基本だけ教えてあとはほっぽり出す方が、優れたものを生みだすのではなかろうか? 今日、拝見した作品は、つか こうへいに似たテイストを感じはしたし、ある部分、役者の熱気などは、つか全盛期の時代の役者の演じた熱気をフィルムで観たことしかない自分は、そのフィルムから感じたのと似た感触を受けた。然し、舞台のそれでは無論ない。
唯、自分にも、観終わって暫く金縛りにあった舞台がある。その時、同じ舞台を観ていた観客全員が、自分と同じ状態であった。終演の瞬間、会場は水を打ったように異様な緊張感を伴った沈黙に包まれた。誰もが息を呑んで、静まり返ってしまった。暫くして、其々が我に帰るや否や、割れるような拍手が起こった。大阪の劇団、Mayが、タイニイアリスで演じた「風の市」上演の際である。自分が、小劇場演劇に嵌ったのは、この公演を観たからである。演劇にはそれほどの衝撃力があるが、そんな舞台は、千本に1本位のものだろう。シナリオ、演出、音響、照明、演技、文化・歴史的背景等々が、渾然一体となって、観客のイマジネーションを最大限に揺すぶり、感応させ、至高の高みと地獄の底を引きずり回して魂の底の底までカオティックな熱で焼くとき観客は、身も心も役者や舞台と溶け、交わって壮大なイマージュの時空を創造するのである。
このような舞台を作り上げる為には、外の世界を知り、自らを知り、真に葛藤しなければならない。魂の鍛錬を、このような精神的レベルに於いて行って初めて、「風の市」のような傑作が生まれるのだ。肉体的な鍛錬は、この魂の鍛錬に比べれば、負荷は軽いと言わねばならない。なぜならば、それは、無限を相手にするわけではないからだ。
マナナン・マクリルの羅針盤
劇団ショウダウン
シアター風姿花伝(東京都)
2014/09/05 (金) ~ 2014/09/07 (日)公演終了
満足度★★★★★
えっ
海は危険な世界だ。人間等一噛みで真っ二つにする程大きな鮫がいるし、凶暴な海獣も居る。何より底しれない海底から何が何時現れてもおかしくないのだ。現代ですら、宇宙と深海は、人の知の及んでいない場所の代表である。まして、物語の時代は18世紀初頭、それも実在した海賊、サミュエル・ベラミーを主人公にしているのだから、海洋実習船に乗って航海をしたりした体験を持つ自分は、男性役者の一人芝居だと決め込んで劇場へ行ったのだ。ところが、出て来た役者は、若く可愛い女性、確かにバランスの取れた無駄のない体つきをしていて、相当、体の鍛錬はしているであろう。 然し、演ずるのは、海の荒くれ者の代表とも言える海賊と彼らを追う軍隊だ。おまけに、1人で10人程を演じ分け、地の文章も多いシナリオだ。休憩10分を挟むとはいえ、2時間10分の長丁場である。無謀という評価をしなければならないか、或いは、人間というのはここ迄できるのか! という感心で終わるのか分からない、というのが、最初の印象であった。結果から言うと、後者であった。
ネタバレBOX
シナリオが、物語の顛末を基本的には時系列に沿って追って言っていること、分かり難いと思われる点には、適宜、解説を入れながら進められるので、観客はずっと物語の勘所に集中していられること、が今作成功の秘訣であろう。この辺りの演出は気付かれ難いが見事である。また、演じる林 遊眠さんが、立ち位置、声音、体の姿勢や向きを合理的に組み合わせて人物を描き分け、最小の動きで最大の効果を生みだしている。頭の良い役者さんが、弛まざる訓練によって掴み取った結果なのだろう。無論、そうはいっても過酷な公演には違いないから、水分補給が必要になったり、サプリメントが必要になったりする。だが、それらを摂取したくても、中々摂取できない程のレベルで、つまり肉体負荷マックスの地平で彼女の演じる演技は、自ずと肉体に精神を宿し、極めて美しい。
この彼女の身体に、演じられる其々のキャラクターが宿り、自らの言葉を彼女に託して発するようなイマージュを作り出す為に、実に効果的に、照明、音響が使われていることにも注意したい。林 遊眠はここでは霊媒である。だから女性なのだ。この物語の作りは、このように解釈すると、総てが合理的に符号するのだ。ラグナロックを防ぐ為に、最強の女神モリガンは、サミュエルの力を借りた。そして、今、蘇ったサミュエルは、霊媒、林 遊眠の力を借り、300年後の我らに語りかける。人が生まれ持っている権利、自由の尊さとそれを得る為に為されねばならない戦いとその意味を!
アカイイト
劇団ピンクメロンパン
タイニイアリス(東京都)
2014/09/03 (水) ~ 2014/09/07 (日)公演終了
満足度★★★
自意識は世界とどう対峙したらよいのか? について
見事に非生産的な作品だが、作家さんが若い頃は、小劇場の特性でこう言う作品が出てくるのも、面白さではある。但し、世の中に対する鎧として一人称世界は大して有効性を持たないということは言っておくべきだろう。戯曲は、古来から詩と並んで文学を代表する言語表現である。そして、それが、普遍性を持つのは、唯、三人称で語られた、或いは、書かれた場合だけだ。A la recherche du temps perduだって、話者Jeの構造は、客観化されることによって三人称化されているのである。絶対メジャーになんかなるか、との反発が在るのかも知れないし、それはそれで、ある時期通る通過点でもあるだろうから、深く追求しないが、ではなぜ、書くのだろう?
観る人によって大きく評価が変る作品だろう。嵌るヒトにとっては最高、と成り得る作品ではある。
宵山の音
真紅組
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2014/09/04 (木) ~ 2014/09/07 (日)公演終了
満足度★★★★★
千年の都
祇園、京都を代表する風流な遊びのメッカだが、幕末、この地は勤皇 佐幕双方相乱れる情報合戦の陣中の場でもあった。そう考えて良かろう。無論、揚屋、茶屋が軒を並べ華を競う街でもあるから、表向きは、華やかで平和、その実、一旦、ことあれば、普段、目立たぬよう裏回りを勤める男達が、用心棒ともなれば、武士を相手の交渉人とも、また強訴人ともなったのである。それはそうだろう。千年を越える長きにわたり、都であったこの地は、たび重なる戦で散々辛酸を嘗めさせられてきた。闘い合う主体は勝てば権力を手中に、大きな力を持てるのだから、勝手にやればよい。然し、トバッチリを喰うのは、常に、ろくな武器も持たぬ民衆である。ろくな武器を持たぬ民衆が、武器を持つ相手や権力者に対して、どのように自分達を守り抜くのか? その答えの一つが、女性が、表の顔になることである。
ネタバレBOX
祇園の街の仕来たりを門屋の女将と亭主に担わせて実に自然に分からせ、京の町の長く深く幾重にも屈折し折り畳まれた風情として出している所が良い。無論、その為には、中央の雛壇の配色に意を用い、歌舞音曲でデコレートを施し、時に殺陣を入れて、時代、それも動乱を時代を浮き彫りにし、平時なら、揉め事等の仲介役も務める親分衆に、このような時代は、自分達の手に負えない、というような科白も吐かせて、風雲急を告げる時代を示している。
心憎いのは、その親分の雪駄の緒が蛇なのに、子分達の雪駄は普通の緒である、というような細かい点まで目が配られている点、芸妓の衣裳や衣装替え、簪などの小道具迄、キチンと気を配って演出されている点などである。
更に、情景を盛り上げているのが、クライマックスで、時を宵山に設定していることだ。宵山とは、祇園祭本番の前日である。巡業する鉾や山車が、各町内で披露目をしている。其処を、芋の子をあらうような人々の群れが訪れては、鉾や山車の装飾に用いられている織物の見事さを見ては嘆声を上げ、ゆらゆらと夏の陽炎の立つ程暑い京の街を練り歩くのである。無論、恋人達にとっては絶好のデートスポットである。幕末でも、若い男女の逸る心は変わらない。門屋に集う男女の恋文様は、この時期・季節に設定されているのである。京都に住んだことのある人ならば、この設定が、いかほど時宜を得たものであるかに得心が行くハズである。
こんな具合に恋あり、華やかな花柳界あり、歌、踊りありの背後で、日夜刃傷沙汰が起こっていた。実際、門屋の玄関前にも斬られた人が倒れていて、門屋の常連、長州藩士、五郎が見付けたのは、土佐藩士であった。男装している彼女に、表向き気付かぬふりをしながら、門屋の面々は、面倒を見る。彼女は、壬生組にやられたのである。
サイドストーリーにも事欠かない。五郎と共に門屋に通う清造は、店で最も美しい笙華とねんごろな仲であるが、彼女は、本気に人に惚れたことが無い。無論、好いたことはある。
だが、花柳界で恋をするということは、命懸けで、時には複雑な状況を抱えた恋する人の嘘を守ることでもあり、そのような恋は身悶えせんばかりに苦しいものなのである。それを抱え込んで墓場まで持ってゆくような、一種の覚悟を抱えた恋は、したことが無い。一方、五郎の馴染みは、三糸。彼女は、五郎、実は桂 小五郎の、出来れば刃傷沙汰を避け改革を断行しようとの念と波長を合わせながら、命のやりとりにも関与せざるを得ない位置に生き、最終的に彼女の選ぶ男の格によって、彼女自身の品格と見識を表すと同時に、女性の本質である、恋する存在をも浮き彫りにしている。三糸を演じた古田 里美さんの演技が実に良い。無論、五郎を演じた大澤 真也さんの演技もグー。
恋は、女性の命であるから未だ半玉の芸妓らも、彼女らを巡る恋文様と仕出し屋の御用聞き、勝治の死、彼の死に纏わる武士と町民の関係などもキチンと描かれているし、忠志が池田屋騒動に参加する下りにも恋はキッチリその彩文様を記している。これら、多くの体験を通して芸妓が半玉から玉になるシーンも、扇子を与えるナギの姿を通して描かれるなど花柳界の仕来たりにも目配りがされている。
特筆すべきは、忠志を演じた高島 理さんだ。この3年間で千本以上の舞台を拝見し、時代劇もそのうち百本は越えているであろうと思われる程拝見している自分が、初めて目の当たりにしたシーンを彼が演じたのである。詳細は、観てのお楽しみだが、終盤、池田屋騒動の場面である。
その他、観客の出迎え方がユニーク。これにも、自分は感心した。楽しみに劇場へ向かわれるが良い。
=侠= 君、逃げたもうことなかれ
サンハロンシアター
「劇」小劇場(東京都)
2014/09/02 (火) ~ 2014/09/07 (日)公演終了
満足度★★★★★
着眼点の素晴らしさ
初見の劇団であるが、着眼点の良さに感心した。また、勝ち負けだけを重視する最近の傾向に対し、心構えや立場の諸関係、即ち勝ち負けが成立する為の諸状況という場を対置してみせ、それ自体を作品化し得た実力を評価したい。シナリオの良さに加え、主役の九条を演じた内藤さんの演技が素晴らしい。物語の進展するにつれて、どんどん、良い顔に見えてくるのだ。(追記後送)
ミュージカルコメディ 死神
ミュージカルカンパニー イッツフォーリーズ
紀伊國屋ホール(東京都)
2014/09/03 (水) ~ 2014/09/09 (火)公演終了
満足度★★★★★
イッツフォーリーズの実力
落語の「死神」をベースに、映画監督だった今村 昌平の書いたオペラ要台本を水谷 龍二が、ミュージカルとして脚本化。それを鵜山 仁が演出した。
多少のお色気も入るので、一応中学生以上としておくが、どんな世代も楽しめるミュージカルコメディーになっている。歌で、左とん平はイッツフォーリーズのメンバーに適わないものの、味のあるキャラクターを出している辺りは、流石である。(追記後送)
ネタバレBOX
瀕死の人間の枕元に死神が居たら、その人は死ぬ。然し死神が足元にいたら、その人は助かる、という話なら聞いたことが在る人は多かろう。落語にあるからである。今作もかなりの部分上手に、落語の下げを援用している。異なるのは、死神が、○KBのメンバーのような美少女であること。彼女との間に買わされる契約が、一件問題処理をする度に、彼女とにゃんにゃんすることである。
今迄、早川という葬儀社に養子として入った“おじさん”は先代と異なり、心優しくとても葬儀屋の営業等出来ない。偶に仕事が入っても、喪主に余裕が無ければ「支払いは何時でも良い」と言ってしまうほど優しく、小心な男である為、女房からは、散々に言われ、虚仮にされている。借金はかさむ一方だから一切、反論出来ないで居るのだ。彼は終に思い余って自殺を図る。然し、その現場で悲鳴を上げた者がある。ロロだった。とても可愛らしい女の子なのだが、彼女は死神だと言う。仕事は、死神事務所の営業担当だ。そんな彼女の提案は、自殺せずに人助けをして、それが金になる。というウィン・ウィンの関係であった。但し、条件が一つあった。それは、一件、事を終える毎に彼女とにゃんにゃんすることであった。婿養子ということもあって女房には散々虚仮にされ、稼ぎが無いので一言も返すことができずに居たオジサンは、ロロの話に乗り、葬儀屋を廃業、祈祷師になる。顧客は、死にそうな金持ちである。最初の客は、病院長。これで5千万になった。無論、一件落着後は、ロロとにゃんにゃんである。本来ビジネスライクの関係であるはずが、二人の相性は良く、ロロは本気でおじさんを愛し始めてしまった。その後、家電・重電を扱う一流企業トップ等々の命を救い、オジサンは。富と名声、女房からの信頼も獲得する。
夏の砂の上
作戦会議
Ito・M・Studio(東京都)
2014/09/03 (水) ~ 2014/09/07 (日)公演終了
満足度★★★★★
ボディブロー
見終わった瞬間、この作品は、ボディブローのように後になって効いてくるだろうな、と感じた。ただ、これでもかというほど、「なにも無い」日常をくどく描く必要は、ないのではなかろうか? その点だけ気に掛かった。
ネタバレBOX
蝉の鳴き声が苦痛になるほど体力が奪われる一瞬、ラストシーンをどう解釈するかで評価はガラリと変わる。自分は、2回目の長崎への原爆投下乃至は核の重大事故と解釈した。そう判断したのは、通常なら、戯曲作家が当然、それを題材として、戯曲を仕上げるようなテーマがたくさん挿入されているにも拘わらず、とば口だけ見せて、一切、発展しない作りになっていること。登場人物の喉の渇きが、何度となく描かれていること。水が来ないことが、諦めと共に描かれていること。立山と優子が鏡の破片で光を反射して悪戯をする時、異様な嫌がり方をすること。更に、雨水を「おいしい」と言って複数の人間が夢中になって飲むこと。これは決定的である。また、思春期の優子の気まぐれであるかのような訳の分からない、この街に対する嫌悪も、BaudelaireのAny where out of the worldに匹敵する強さで迫ってくることも。
我々は広島・長崎で原爆が爆発した後、黒い雨が、凄まじい勢いで降った、という事実を知っている。まだ、息のあった被災者達は、それを命の水のように飲んだに違いない。無論、このように酷く汚染された水を命の水のように飲まねばならなかった被爆者たちの体は、焼け爛れ、皮膚のずるむけになった赤黒い体表からは、血とリンパ液が滴り落ちていた。それ故に、体中の細胞が呻いていたのだ。水ヲ下サイ、と。
この事実に気付いた時、今作を観た観客は、背筋に慄然たるものが流れるのを感じるであろう。原 民喜の有名な詩を以下に引用しておこう。http://yoshiko2.web.fc2.com/hara.html
水ヲ下サイ
水ヲ下サイ
アア 水ヲ下サイ
ノマシテ下サイ
死ンダハウガ マシデ
死ンダハウガ
アア
タスケテ タスケテ
水ヲ
水ヲ
ドウカ
ドナタカ
オーオーオーオー
オーオーオーオー 天ガ裂ケ
街ガ無クナリ
川ガ
ナガレテヰル
オーオーオーオー
オーオーオーオー
夜ガクル
夜ガクル
ヒカラビタ眼ニ
タダレタ唇ニ
ヒリヒリ灼ケテ
フラフラノ
コノ メチヤクチヤノ
顔ノ
ニンゲンノウメキ
ニンゲンノ
寝られます
劇団東京乾電池
アトリエ乾電池(東京都)
2014/08/28 (木) ~ 2014/09/04 (木)公演終了
満足度★★★★★
演劇の楽しさ
魔術としての演劇が楽しめる。
ネタバレBOX
謂わずと知れた別役 実氏の傑作だが、一切難しい単語も論理も使わず、ほんわりしたムードさえ漂わせた時空からズバッと本質に切り込む手口の鋭さ、鮮やかさは、流石である。無論、様々な擽り、ユーモアも鏤められている。
乾電池のアトリエの佇まいが実に巧みに作られており、柄本 明氏の緩急を見事に操る演出が見事だ。また6対4位の割合で攻めの魔女に対し、論理と冷静さで、やや引きつつ拮抗する義足の男。前のめりに攻める魔女は、何かを狙っているような雰囲気を漂わせ、唯の旅人だという義足の男は、何かを仕掛けられるのではないか、とずっと警戒している様を滲ませる。魔女役の角替 和枝さん、義足の男役の木之内 頼仁さん二人の演技が素晴らしい。眠れる場所なのに、部屋は一部屋しか無く、ベッドも一つだけだが、その秘密も追々明かされる。
兎に角、魔術のような演劇の楽しさを教えてくれる舞台である。
蜘蛛女のキス
パンダの爪
不思議地底窟 青の奇蹟(東京都)
2014/08/31 (日) ~ 2014/08/31 (日)公演終了
満足度★★★★★
原作を読みたい!
1990年に57歳で亡くなったマヌエル・プイグの小説・戯曲で描かれた傑作を“パンダの爪”は、メジャーでは描かれない部分にスポットライトを当てる形で、朗読劇に近い舞台にして見せた。4時間近い上演であったが、原作の持つ凄まじいメッセージ性を良く取捨選択して、背景にあるイギリス植民地としての癒しがたい傷、アメリカの中南米支配とその軍門に屈し、アメリカの収奪した蜜に群がる、当時のアルゼンチン政府内部の右派勢力の動きが寓意され、その民主勢力、マイノリティー弾圧が背景にあることは、疑いようがあるまい。
ネタバレBOX
自分は中南米の歴史は詳しくないので、アメリカが、世界第8位の国土面積を誇るアルゼンチンに露骨に関与したというつもりは無いし、フォークランド紛争を見ても分かるようにアルゼンチンの旧宗主国はイギリスであるから、問題は錯綜していよう。
少し、調べて分かったことを付け足しておくと、アメリカ陸軍米州学校、イスラエル、スペインなどで訓練を受けた死の部隊が、中南米各国の民主勢力へのテロ実行部隊として動いたようである。言う迄もないが、以上で挙げた3国では、テロ民兵を作るべく軍事訓練が行われていたのである。実際、今作に関係のある所では、死の部隊は、民主化勢力を拉致しては酷い拷問に掛け、挙句の果て、航空機に載せて高い高度から突き落したりしている。この事実は、実際、それらの事実を目撃した方から、自分自身伺った話である。
因みにレバノンで、サブラ・シャティーラ虐殺事件を実行したマロン派民兵も、虐殺事件を起こす前にイスラエルに連れて行かれ、テロを一般市民に行う為の訓練を受けている。今作の原作が発表されたのは1979年であるから、背景にあった歴史的事件は、ぺロ二スタ左派・右派の抗争である可能性が高いのかも知れない。
だが、プイグは、そんなに単純化してこの物語を描いてはいないのであろう。所長から変態と言われるモリーナと革命闘士バレンティンの間でのホモセクシャルな行為は、スパイ、拷問、あらゆる罠と盗聴、監視、及び自由の剥奪された状況下で尚、人が人として何を縁に生き得るかを問う、重い行為である。其処には、知性・理性と人間性の耐え得る最終的な次元が横たわっているのだ。彼らは、たった2人だけで、強大な権力に、精神の次元で勝利するのである。