被告人~裁判記録より~ 公演情報 被告人~裁判記録より~」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.2
1-20件 / 24件中
  • 満足度★★★★

    本物の言葉
    本物の言葉というのはすごいですね。会話を聞いていると公判記録が取られた時代の背景が浮かび上がってくるようでした。
    資料を積み上げて作ったフィクションでは出せないノンフィクションの魅力を教えてもらいました。
    役者の熱演と女優の美しさも印象的。

  • 満足度

    どうも…
    所々眠たくなるような内容でした。

    ネタバレBOX

    軍服の話移行はまだおもしろかったですが
    最後の物などはくらすぎて眠ってといっているようでした。

    値段と内容がちぐはぐでとても残念です。
    このような内容ならばもう少し値段が低くないとなかなか人にもすすめられませんでした。
  • 満足度★★★★

    実験公演ということで
    裁判記録を元に作成されたということでしたので、法廷舞台かなと思っていたのですが、違っていましたね。
    演目は
    1.秋葉原無差別殺傷事件
    2.結婚詐欺・連続不審死事件
    3.日本社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件
    4.226事件
    5.ジャンヌ・ダルク異端審問裁判
    お話の性質上、観る舞台というよりは聴く舞台という印象が強かったです。
    特に1の秋葉原の演目の際は。ただ、独白させるなら独白させるで貫いた方が良かったかも知れません。審問する人はいらなかったかも…
    2の結婚詐欺事案については物語の様になっていましたが、どうしても脚色が入ってしまう危ない演目ですね。特に係争中の事案の取り扱いは要注意に思いました。但し、製作者に意図の有る脚色で、観る側に意図を理解させた上での演目なら良いかと。全体的には演目過多な気もしましたが、実験公演ということでしたので。

  • 無題807(13-236)
    14:00の回(晴、暑い)。13:10会場着、受付(チケットに整理番号あり)、13:30開場と聞いたのでその時間に戻ったらすでに開場していました。4面客席、パイプ椅子といつもの後方パイプ段席、この会場で一番の大人数だったかも。13:56前説(120分)、松枝さんの解説、14:08開演〜16:00終演。5演目(現行刑法3、旧刑法1、海外1)。上告中、控訴中、被疑者自殺、軍法会議、異端審問。異色の取組でしたが、すみません、個人的にはもうひとつでした。先月みた、同じように実際の事件を題材とした法廷ものもダメでしたので、あわないのかもしれません。

    ネタバレBOX

    ずっと昔、学生の頃、「判例百選」、「模範六法(…全く安直)」あたりからネタを拾っていました…。講義で使う専門書にはそれこそ諸説あり、試験に合格するには担当教授の説に従うこと…と思っていました。今は、加害者、被害者(それぞれの家族を含む)に関する本を借りて読むくらい。で、裁判記録は材料としてはいいとして(そういうノンフィクションも多い)、それを短い時間で(部分を)リーディング的に聴いても何だかなぁ〜という感じでした。加害者(被告人)の人生の一部を切り取って提示するならば、同じレベルで被害者のことを描かなければ、とか余計なことを思ってしまいました。もっと情報量(現場の映(画)像を含む)のあるものが容易に手に入るので、この公演でなければ…というものが見つけられませんでした。実際に人を多数殺した人物とこの近さで接したら何を感じただろう…それがあれば…など。

    ここ何作か対面式の芝居が続きました。結局、舞台の密度(濃度、深度)次第。役者がお客様の隣に座ること、ある劇団ではふつうのことで、たまに台本を読まされる…にどのような企図があったのかわかりませんでした。至近距離囲い込み型客席も、以前経験していて(その時は「円形」で直径2メートル位)、ピンときませんでした。

    ジャンヌのとき空調を切っていたのはなぜかなと考えていましたが不明。

    「裁判記録維持度」が低いほどお芝居らしかったです。
  • 満足度★★★★★

    拍手喝采。
    私が一番最初に観た劇団であり、これからも一生観続けるであろうアロッタファジャイナ。最近の、様々なものが削ぎ落とされ且つ特有のフェティッシュ感は失わずにシンプルに人間の力を伝える作劇スタイルがなんだかとっても好きで、3月の新国立劇場での「国家」同様、観ていて終始ワクワクしっぱなしでした。

    今回は実験公演とのことでしたが、裁判記録そのままかと思いきや、その被告人たちの言葉を伝えるために実に効果的な演出が施されていて・・・父を殺された娘の復讐や士官学校の先輩後輩の邂逅、実際にはありえないであろう被告人と面会者との抱擁等々がこの上なくドラマチックに観る側にその心を伝えてきて。役者さんの誰もがその人物の思想を自らのものとして心身に取り入れて発する力を持つことの凄み、そんな演劇の魅力とともに実に力強く濃密な2時間を体感させてくれました。どうやら実験は大成功のようですね♪

    ネタバレBOX

    秋葉事件はどちらかというと弁護人の役者さんの方が被告のイメージに近かったのですが、彼ではなく笹岡くんが被告人を演じたのは・・・客席に役者さんを座らせて芝居をする演出とともに、犯罪者は私達のような「普通の人間の理解が及ばない特殊な人間」ではなく、周囲の人達と何ら変わりのない隣人であること、同じ人間なのだということを暗示していたのではないかなと思いました。

    断然引かれたのはナカヤマミチコさん演じる木嶋佳苗。流れは予定調和的なものを感じたものの、男性を篭絡するその手腕にうっかり憧れそうに(滝汗) 彼女に対峙する殺された男性の娘が、徐々に「女としての嫉妬」にしか見えなくなる様が圧巻。

    社会党党首刺殺事件は、恥ずかしながらこの公演で扱われなければ知ってませんでした(滝汗) できるのはずの無い抱擁に、真っ白な衣装を着た二人の純粋な思いが伝わってきて・・・ひたすらロマンチックでした。

    226事件は、最初は法務官役の大森さんが凄いなぁと思って観ていたのですが、ラストの平子さんが圧巻。思想的な物は難しくて完全には理解できてないのですが、その熱意を伝える平子さんの魂の叫びに心の中で拍手喝采。いや、実際拍手していた人がいましたよ。凄かった。

    平子さんの熱演からの、ジャンヌの静寂。地下牢に降りてきた神の使いがジャンヌの疲れきった精神を粛々と語らせる・・・。照明はロウソク一本。縄田智子さんの凛とした美貌が映える美しい光景でしたが、残念ながら神の使いが跪くシーンは暗すぎてジャンヌの表情が全く見えませんでした。。これは意図的なもので観る側にどんな表情をしているかを悟らせたかったのかもしれません・・・しかし、もしそうでないとしたら演出が変わるはずだと思い、リピートをしたかったのですが叶いませんでした、無念。
  • 満足度★★★★★

    Don't think. Feel!
    120分。とても楽しめた。

    直近のあまりに残虐な事件についても触れられているので
    楽しいという表現が適切かどうかはわからないが、、、、

    特に”連続不審死事件”についての公演は、
    笑いたくなる場面も多数あったのだが
    会場内の雰囲気に押しとどめてしまった。


    ”実験公演”という意味でいえば、
    我々観客も一幕20数分間 
    物音ひとつさせずに椅子にはりついて、
    舞台に集中できるのだなぁ~~
    と妙に感心した。

    千穐楽に至っては
    ”咳払い”をする為にわざわざ廊下にでられたお客さんもいらっしゃったが、
    緊張感を持って観覧するという マナー?実験?という観点も含め、
    キャスト・観客・スタッフ が一体となり素晴らしい舞台空間であったと感じた。

  • 満足度★★★

    世界観を楽しめた
    個人的には、どの作品も世界観が確立しており楽しめた!
    上演時間120分。

    ネタバレBOX

    どの作品もそれぞれの世界観を醸し出しており、楽しめた!
    個々の物語の詳細は、他のレビューにお任せしたい。

    226事件が一番印象に残ったかな。
    日本社会党委員長刺殺事件の若い2人が作りだすやわらかな世界も好きかも。
    そうそう、木嶋佳苗被告役の口からあのセリフが出たときは、正直びっくりした(笑)観た人なら分かると思う(笑)


    さて、私が思ったのは主宰は今後どのような方向性の
    舞台づくりを考えているのだろうか、ということである。

    脚本・演出には力が入っているのは感じるのだが、
    特に舞台セットや音響等は今回だけでなく
    いつもシンプルに感じる。

    小劇場で芝居の好きな人たちを中心の舞台つくりであれば、
    よいかもしれないが。
    通好みの公演にしようとしているのだろうか。

    今公演は実験的な試みということであり、
    個人的には良かったと思うが、そのあたりを今後注目したい。

  • 満足度★★★★

    オムニバス
    どんな内容になるか期待して見に行ったが思ったより観やすくというより普通という印象(もちろん面白いが)
    しかしこれを裁判記録を基にとか実験企画ということを聞かされずに観たら普通だなと感じたと思う。
    素人目からすると一からなにかを作るよりテキストがありしかも現実に起こったという話題性やリアリティもありそこに自分のイメージでちょっとストーリー性を加えた会話や演出にするほうが楽そうと感じた。
    もちろん膨大なテキストや情報を取捨選択し1本あたり20分にまとめ上げる手腕に評価されるべき

  • 満足度★★★★

    裁判を入口に
    記憶に新しい裁判から歴史の一ページとなった裁判まで、
    実存した5編の裁判記録をベースに
    5本の二人芝居が編まれて。

    単純に裁判自体を再現するのではなく、
    それぞれの裁判から垣間見える人や世界が
    しっかりと作りこまれていて、
    しかも、それぞれから切り出されるものの色が
    異なる方向性や表現を持っていて見飽きることがない。

    舞台に紡ぎだされた世界を、
    漏れなくたっぷり楽しむことができました。

    ネタバレBOX

    初日を観ました。
    会場に足を踏み入れてちょっと驚く。

    役者達が演じるスペースは横6×縦5の椅子で囲まれて、
    まさに囲み舞台。
    最前列の幾つかの椅子には 養生テープで×が記されていて。

    2列に並べられた椅子の外側にさらにもう一列。さらに、ルデコ4Fならではの
    鉄骨で組まれたスペースにもう一列客説がしつらえられ、演者と観客の距離が極めて近く濃密ななかでドラマが織り上げられていきます。

    (1)秋葉原無差別殺人事件

    多分、弁護人が情状酌量を勝ち取るための、
    被告への尋問を行った部分を切り出しているのですが、
    そこから引き出される被告の育った環境が
    そのまま観る側をぐいぐいと惹き付けていきます。

    ひとつずつ確認される事実から晒されていく、
    そこにはいない被告両親の風貌に息を呑む。
    すこしデフォルメされた弁護人の熱の帯び方にも力があって、
    被告に解けていく戯曲が表現しようとするものにさらなる陰影を与えて。

    会話のリズムもとてもよく、
    役者達の感情もよくコントロールされていて、
    戯曲の企みがしっかりと端正に伝わっています。
    ただ、その会話が揺らぎなくスムーズすぎて、
    被疑者が抱く想いや躊躇の現れ方が、
    すこし単調で表層的な印象をを作ってしまったのが
    ちょっと惜しい。

    (2)連続不審死事件(被告人:木嶋佳苗)

    公判時の被害者家族の証言を元にしているのでしょか。

    この事件も記憶に新しいし、
    最終判決もまだ確定していなかったと思うのですが、
    事件の全体像に加えて、その時のもうひとつの記憶として
    週刊誌や新聞、ワイドショーなどで語られる事実が、
    どうにもぴんとこなかったというのがあります。
    なぜ、男たちが写真やテレビでみる女性の毒牙にかかったのか
    感覚的に理解できなかったのです。

    でも、舞台の役者達は
    何かが欠落した、禍々しく、生々しい女性の姿を
    舞台にしなやかに解き、会場全体を取り込み
    事件のありようを観る側に得心させてしまう。
    この、このどうにも言葉に表し得ない女性の質感を
    戯曲に切り取った作り手と
    なにより舞台上に解いた役者の圧倒的な
    お芝居に感嘆。

    被害者の娘役の役者も、その怪物にしっかりと
    立ち向かってはいたのですが、
    とまどいよりも憎しみの切っ先が強く演じられていて。
    公演を重ねるなかでもうひとつまみ、そのバランスを細かく作ると
    さらにインパクトをもった人物像が生まれるかもしれないと思いました。

    (3)日本社会党委員長刺殺事件(被告人:山口二矢)

    昭和30年代中盤に起こった事件、
    写真や映像で何度かその瞬間は、とても衝撃的でした。

    戯曲は、留置されている被疑者と面会の少女の会話を切り取っていきます。
    被疑者の言葉と少女の表情の
    交わる部分と交わらない部分の一様にならない
    編みあがり方がとてもよいのですよ。
    最初は静かなたたずまいでの被疑者の言葉が、
    少女の受応えと、なによりその表情に、
    理解されうるものとされえないものに判別されて、
    だからこそ次第に彼が抱く思いを溢れさせることに
    理が生まれる。

    被疑者のお芝居も、刹那ごとのテンションのつけ方や
    尺の中でのメリハリを含めて
    よく練られたものだったとおもいます。

    そして、少女の表情の作り方には天賦の才を感じたりも。
    初日の舞台ということで
    台詞がロールが抱くためらいではなく、単調に感じられる一瞬があったり、
    立ち上がったときの言葉を待つ所作が
    ややニュアンスを手放す一瞬もありましたが
    舞台を重ねていけば、そのあたりはきっとなくなるはず。
    この人、
    楽日に向かってひと化け、
    そして、今後踏み重ねていく舞台でさらに大化けする
    何かを秘めている感じがしました。

    (4)226事件(被告人:磯部浅一)

    2.26事件については歴史の教科書で学んだ程度、
    不勉強で登場人物の名前も知りませんでした。
    でも二人の男のガチ芝居は、
    それぞれの登場人物に骨の通った存在感を与えていきます。

    被疑者の男が、自らの思想を語る場がきちんと作りこまれていて、
    彼がその理想に傾倒していく顛末も、説明ではなく心情の表現の中で
    しっかりと組みあがっていく。
    予審尋問的なことを行っている彼の後輩も、
    単に反論を述べるのではなく、
    自らの心情の抑制のなかで、彼の理想に反論していく。
    理論のぶつかり合いと先輩後輩の立場が
    乖離することなく、会場のタイトな空間に編み上げられていくので
    観る側も、良い意味で逃げ場をうしまい、
    その熱に取り込まれてしまう。

    その上での、
    命を賭して自らの理想が受け入れられなかった、
    被疑者の叫びjは、その中味への賛否を超えて、
    人がさらけ出す絶望と無念のありようを
    冷徹に織り上げていました。

    (5)異端審問裁判(被告人:ジャンヌ・ダルク)

    ジャンヌ・ダルクが自らの裁判の中で
    一旦それまでの言動を否定する文書に署名をした後、
    神からの啓示を受けて叛意したその刹那を
    切り出した作品。

    闇が支配する空間に
    燭台と水桶が置かれ、
    それらを挟んで、主人公の想いと神に対する翻意を諌める声が
    重なっていきます。

    炎のあかりに浮かび上がるジャンヌダルクは
    息を呑むほどに美しかった。
    女性というよりは少年に近い語り口が
    ロールを徒に美化せず、実存感を与え、
    そのやり取りが、
    心情の移ろいを
    光の揺らぎ以上に滲ませることなく
    しなやかに伝えていく。

    さらには 心を翻し、
    署名した紙に火がつけられ
    闇から解き放たれた彼女の姿に
    身を賭して神の啓示に自らをゆだねることの
    静かな高揚が浮かんで。
    そのありようが目に焼付いたことでした。

    諌める側の台詞の響きや強さも見事に制御されていて
    役者達が紡ぐ一呼吸ごとの時間に
    取り込まれて。
    ただ、しいて言えば、
    会話の中で、主人公の台詞に込められた想いの温度が、
    一つずつのやりとりごとに細微に変化はしていたのですが、
    やり取りの中での色のさらなる変化はあまりなく、
    均一に作りこまれていたのが
    少しだけ残念に思えて。
    なんだろ、想いの生地が広げられるときに
    その図柄は会話のごとに均質に織られた布地に、
    滲みなく、とても精緻に、鮮やかに描かれ、重ねられていく感じ。
    それは、物語の構造をより明確にはしてくれるのですが、、
    舞台とのあの距離で醸し出される空気の中では、
    よしんば、風合いがざらついたり、色が混ざりあい端正さを失ったとしても、
    一行の台詞の中での、
    糸の一本ずつが持つ色の織り上がりで観たいなぁと思ったりも。

    作品の描き出すもの自体は精度を持って作りこまれていたので
    ステージごとに会話が解けても、
    耽美な空間は崩れることはなく
    観る側をより凌駕するものに育つ予感がしたことでした。

    *** *** 

    まあ、初日の観劇で、公演を重ねるごとに
    きっと伸びるであろう余白を感じる些細な点はあったのですが、
    よしんばそうであっても、裁判の記録を枠組みにして、
    しかもそのフレームに過度に捉われすぎることなく生かし
    物語を切り取るアイデアと、そこから導き出されるものと、
    編み上げられた戯曲に喰らいついていく
    役者たちの演じる志には、ただただ目を瞠りました。

    このメソッドというか作劇の手番は、、
    作り手や役者たちが紡ぐ様々な物語への新しい切り口となり
    観る側を満たし、更なる果実を期待させるものだったと思います。

  • 満足度★★★★

    被告に何を見るか
    一緒に観た友人が「写真のような芝居だった」と感想を述べました。
    まさに、言いえて妙。
    物語があって「こうしてこうしてこうなりました」という明確なオチがあるのではなく、ポンと切り取った場面で、観る人の思いに任せる絵画的な芝居だったと思います。
    被告人たちの言葉から感じるものは、観客によって大きく違う(そのあたりはネタばれで)が、だからこそ面白いと思いました。

    開演前に当日パンフの「事件概要と演目の内容」を読むようにと再三アナウンスがあり、私もしっかり読んでしまいましたが、読まない方が良かったと思いました(笑)
    色々な想像力をかきたてられてから見ても遅くない。
    絵画の解釈も、自分が鑑賞してから教えてもらいたいし。

    ネタバレBOX

    1話めの秋葉原無差別殺傷殺人事件(被告人:加藤智大)
    私がアンケートに書いたのは『母親のせいにすんな!お前なんか死刑だ!』という身も蓋もないものでした。
    当時秋葉原をフラフラしていた(メイド喫茶の方じゃなくってフィギュア系のほうでね)私は、被害者たちを全くの他人とは思えず、加藤には憤りを感じていたので、被告の言葉が(弁護人の誘導も)酷く自分勝手で、自分の弱さを責任転嫁しているとしか思えません。
    ところが、一緒に観た友人は「母親が(そしてそれを見て見ぬふりしていた父親が)悪い」と言いました。ドびっくり。
    そして彼女は「あの秋葉原無差別殺人事件の本当の犯人は、加藤の両親だ」とまで言って、私に軽いカルチャーショックを与えました。
    私が一番共感できなかった被告に、彼女は一番しっくりきた?ようす。
    息子を持つ母親と子どものいない(が為にいい年してもいつまでたっても子ども目線)私とでは、全然違うものを見ていたのだなあ。


    2話め結婚詐欺・連続不審死事件(被告人:木嶋佳苗)
    割と最近TVで藤山直美のやった『悪女』を見ていたので、つい比べてしまい、「あれに比べて毒が無いなあ」とか「木島早苗役のナカヤマミチコさんが美人過ぎるよなあ」とかよけいなことを考えてしまいました。
    会話も展開も予定調和。


    3話め日本社会党委員長刺殺事件(被告人:山口二矢)
    話うんぬんより(失敬)、宇野愛海さんの横顔が美少女すぎて目が釘付けでした。アンケートにもそれしか書かなかったと思います(笑)
    そして今しみじみ思うのは、あの「純真無垢な美少女」は、山口被告の理想とした、守るべき国そのものだったのだなあ。

    (余談ですが、実際の山口二矢の写真と演じていた塩顕治くんはとてもよく似ていると思います。似せたのかな?)


    4話め226事件(被告人:磯部浅一)
    個人的には、これが一番芝居らしくて面白かった。
    磯部浅一の「天皇陛下、何という御失政でありますか」の叫びの場面は、切なかったです。磔にされたキリストが「わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と言う姿を彷彿としました。
    人によっては、あの叫びを狂人の妄執とか怨念とか見るかもしませんが、私には、信じていた神(天皇陛下)に裏切られ血を流している痛ましい聖人に見えたのです。


    最後、異端審問裁判(被告人:ジャンヌ・ダルク)
    ジャンヌダルクといえば、幼い日に胸ときめかした美内すずえ先生の『白ゆりの騎士』
    どんな場面を切り取ってくるのか、ジャンヌの役者は誰なのか、と期待していましたら、なんという落とし穴!蝋燭一本という演出のため、眼鏡を忘れた(というかル・デコだからいらないと勝手に侮っていた)老眼(鳥目)著しい私には、役者の声と歩いている座っているといった動きしか分かりませんでした。
    私の座っていた位置もよろしくなかった。

    ラジオドラマのように声だけ味わいましたが、神の子ジャンヌが自白強要された冤罪被告のようだなあと思いました。
    ある意味もっとも人間らしい。5人の被告の中で。
  • 満足度★★★★★

    裁判記録が芝居になるということ
    27日の初日に続いて30日も観劇しました。
    裁判記録から取り上げられるエピソードは、芝居にするだけのセンスあるものでした。
    迫真の演技が、単なる裁判記録を再現したものとは言わせない価値あるものにしている。
    226事件は、独壇場の名演技を見せてくれる。必見です。
    そして客演される女優陣のなんとも美しいこと。

  • 満足度★★★★★

    好き!
    雰囲気とか見せ方とか凄く私好み。
    心理を丁寧に表現してくれてて観ててドキドキした。
    番外公演じゃなくて本公演も観てみたい。
    どれも好きだけど②③④が特に面白かった。

  • 満足度★★★★

    演目1と2は、テレビのニュースではメインに取りあげられていなかった部分をメインに取りあげていて、衝撃を受けた!
    劇団アロッタファジャイナの新作「被告人〜裁判記録より〜」は、実際の裁判記録を台詞にするという実験公演で、①秋葉原通り魔事件、②連続不審死事件 (被告人:木嶋佳苗)、③日本社会党委員長刺殺事件、④226事件、⑤異端審問裁判 (被告人:ジャンヌ・ダルク)の5つから成るオムニバス。

    実際の裁判記録を使っているのに、①で使われた部分が、私は知らなかった加藤被告に同情できる部分ばかりで、もはや加藤被告が死刑になって当然とは思えず、衝撃を受けた!

    ②も、テキストは実際の裁判記録なのに、舞台を裁判所から変え、相手の役柄を弁護士/検事から変えるという面白い演出をしていて、興味深かった!

    ③-⑤は、リアルタイムでは知らないし、国家を変えるだとか、現代の私達は諦めてしまっていることをやろうとしていた人とかの話で、あまり興味が持てなかったけど、④が1番面白かったとおっしゃっていた方もいたので、人それぞれ。

  • 満足度★★★★★

    題材の選択・アレンジと構成が巧みな二人芝居集
    現代のものから歴史的事件まで全5編から成る二人芝居短編集。
    次第に過去の事件へ遡る構成で、進むにつれて虚構度も上がるシカケ。
    1編目は法廷での弁護人による尋問シーンで、弁護人の意図するものが手に取るようにワカるのが快感。
    巧いところを切り取ったモンだ。
    2編目は法廷での尋問を別の状況に置き換えてあり、どこが創作部分か想像しながら観る楽しみアリ。
    3編目以降は歴史的事件で「記憶」ではなく「知識」の範疇に属す分、元々馴染みが薄い上に裁判記録以外のテキストも使っており、まさにドラマや映画を観る感覚に近いか?
    そんなことから「芝居としての見せ方」に目が行く。
    そして、結果として「アロッタファジャイナ流(あるいは松枝流)二人芝居」を観た感覚となり、これまたそれはそれで満足度大。
    それぞれタッチが違っており、最終編など照明が…(ネタバレ自粛)…だし、空調まで切っていたし。
    なお、2編目あたりから松枝さんの狙いがワカるような気がして、以降頬が緩んでしまい、真面目な顔でご覧になっていたお客さんの中で浮いていたような気が…(爆)
    さて、次はどんな「実験」をしてくれるのかな?

  • 満足度★★★★★

    情報の取捨選択!
    この実験公演を表現として形創るのには、相当な時間と労力を費やしたと思われる。情報の取捨選択により第三者の見方が大きく変わることを十分感じられていると思います。そしてそのチャレンジに敬意を表します。
    さて、この舞台、とは言っても舞台らしい舞台はありません。6〜8畳ぐらいのスペースを部屋の中央に取り、コンクリート丸裸の床の上で実験演目5つを2人ずつで、役者は皆白装束に裸足の出で立ちで演じます。最前列の観客との距離50cmから1mなので動きなどほとんどないにも拘らず桁外れの臨場感。本番中の役者の顔や表情、そして言葉をこんな近くで見聞きしていいのだろうか。被告人が本当に訴えたい事や真実の姿というものを少なからず感じ取ることが出来たと思います。
    役者さん皆さん見事でした。ぜひ、続編お願い致します。

  • 満足度★★★★★

    知的しかもラディカル
     出演者全員が裸足という演出は、裸の人間を示唆して興味深く、衣裳も白っぽい木綿系統の素材でナチュラルで飾らない在り様を示している。このような演出からも明らかなように、扱われた5つの事件で被告人とされた者は総て、人間的に描かれている。この視点が、肝要だろう。また、5件のうち4件を日本の事例で残り1件をフランスの事例で描くことにより、洋の東西を比較対象せしめ劇的効果を高めている。
     演じられることを前提としない文章を演劇化するという難題は、無数のシチュエイションを可能にするが、それを意味在る形に切り出す作業だけでも気の遠くなるような時間と労力を必要とし、己の立ち位置の自覚を促す。否、立ち位置が決められないようでは、形にさえならない。そのような知的煩悶を経て選ばれたシチュエイションは、時間的制約もあり、無駄が削ぎ落された言わば骨格である。最終的判断は、観客と作品の関係を通して、各々の腑に落ちる所にしかあるまい。つまり、客観など無いのである。それが、裁判。人が人を裁くことの根底にあるアポリアなのであろう。
    (追記2013.8.31)

    ネタバレBOX

    以下、其々の具体例を、上演の順序に従って考察してみよう。
    秋葉原無差別殺傷事件
     犯人、加藤 智大:2008年8月6日12時半過ぎ、秋葉原の交差点に赤信号を無視して2tトラックで突っ込み、5人を撥ねた後、車から降りてナイフで12人を殺傷、内7名が亡くなった。この事件の第16回公判記録を元に構成された作品。大切にしていたネット上の掲示板を荒らされたり、なり済ましをされたことで、自分の大切にしていた世界が荒らされた。ネット運営者に、対処してくれるように訴えたが、対応は一切して貰えなかったなど、事件の動機、行為へのきっかけ、行動に移した原因について被告の考え方などが、弁護士の質問に対して被告が応える形式で描かれるが、家族関係に関しては、母との関係が圧倒的。被告の冷静、論理的で明晰な頭脳が、幼少時からの母との関係で如何に阻害されてきたかが浮き彫りになる。
    加藤役の笹岡 征矢の演技が気に入った。
    結婚詐欺・連続不審死事件
     犯人、木嶋 佳苗:2009年8月6日、埼玉県の駐車場内にあった車の中から41歳の男性遺体が発見された。練炭による一酸化炭素中毒であった。自殺も考慮されたが不審点が多く、他殺の線で捜査が行われ、木嶋が容疑者として浮上、彼女には他にも何人もの愛人がおり、そのうちの幾人もが矢張り不審な死を遂げていることが判明。都合6人の殺人が疑われたが、うち3件は証拠不十分で立件されず、3件の殺人事件で告訴された。因みに2012年4月13日に出た死刑判決に対し、被告は即日控訴している。
     作品は、2012年2月17日、さいたま地裁での裁判記録を元に構成された。木嶋に父を殺された娘がボイスレコーダーを隠し持ち、独自に彼女の言質を取る為に木嶋の家を訪れるという設定で演じられる。
     娘との対話では、木嶋の性的奔放が、世間的常識を易々と超える有り様が、人間の本音と重なり合うような響きを帯びて、観客に突き刺さってくる。実際、生き物の生きる究極的目的は、子孫を残すことにある。従って単性生殖でない我々に、性は、絶対的な意味を持つ。自らの性器に自信を持ち、それで破格の稼ぎをしてきた木嶋の言葉は、この地平から響いてき、常識を簡単にひっくり返してしまうのである。そのような在り方そのものは裸であり、極めて正直でさえある。
    結果は殺人事件という形になっているが、彼女の中では、恐らく罪の意識が成立し得ない。人間関係の謂わば破綻例、失敗例と捉えるか、もっとありそうなことは、彼女の意を被害者が、汲みそこなった結果と捉えたのではなかろうか? 何れにせよ、彼女自身の中で明確な罪の意識は形成されなかったのではないかと思える。証言が詐称でないと仮定すればだが。
    日本社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件
     1960年10月12日、日比谷公会堂で講演中の浅沼日本社会党委員長が、17歳の右翼少年、山口 二矢に刺殺された。二矢は、現行犯逮捕され、少年鑑別所に送られたが、同年11月2日鑑別所独房で首吊り自殺を遂げた。作品は、山口 二矢供述調書をもとに構成された。事件前に彼が訪れ幾日かを過ごした杉本牧場で出会った、肺を病んだ少女との面会時の対話劇として構成されている。
     彼女は二矢に心惹かれるものがあった、二矢にしても仄かな恋心を抱いていたのだろう。彼女は、TVで二矢が起こした事件を知り、余りにもピュアで真っ直ぐな二矢は自殺するだろうと直感する。居ても立ってもいられなくなった彼女は鑑別所を訪れ、何とか自殺を思いとどまらせようとするが。
    17歳の二矢の純粋性と知性は、心を撃つ。時代は、安保条約を巡り国会周辺では連日左翼勢力と警察が衝突を繰り返し、反米の動きも加速されて日米修好100年を祝うアイゼンハワーの来日日程調整の為に来日したハガチーの車をデモ隊が取り囲む事件が起こる等、かなり激しく揺れ動いていた。二矢は、仮にも儀礼の為に訪れた客を襲うことは礼儀に反すると酷く心を痛める少年でもあった。然し、右翼の情報には、この「国」で右翼を名乗る者の大多数が実は只のゴロツキに過ぎないという事実を証立てるような情報もない。まして、日米通商条約など、欧米との不平等条約の評価を巡っても自らの選択したイデオロギーによって正反対の意味を持つ。更には、論理は、そのオーダーを決してしまえば、そこから先の展開は、唯一先鋭化しかないと考える程の知性を彼は持たなかった。その結果、彼をして左翼代表たるに相応しいと感じられた浅沼委員長を刺すという結果を招いたのであろう。彼のストイシズムには、人を殺しておいて、自分が楽しむとか、旨い物を食うとか、幸せになるとかいうことを自分に許すべきでないとの高い倫理観が見て取れる。それ故にこそ、彼は自死を選んだのだ。
     他方、二矢の悲劇は、国体などという好い加減なでっち上げ理論に基き、裕仁を神聖化したこと。論理のオーダーを間違ったことにある。結果、その純粋性故に、日本の下司共、即ち裕仁以下、責任逃れ体系の中で安穏とし続ける為に、民を裏切り、アメリカの犬と成り下がって、この「国」を統治する御用聞きの犠牲者となった点にある。
    2.26事件
     1936年2月26日から29日迄、北 一輝の日本改造法案大綱などの著書に影響を受けた青年将校15名が1483名の兵を率い、首相、陸相官邸、内大臣私邸、警視庁、朝日新聞社などを襲撃、陸軍省、参謀本部、警視庁などを占拠したクーデター未遂事件。青年将校らは、困民を尚収奪し、自らの腐敗を糺すことすらせず、私利私欲に走り、政を疎かにする為政者らの退廃を嘆き決起したが、無論、裕仁は、将校たちが望んだような義軍としての判断はせず、激昂して賊軍とし直ちに鎮圧を命じた。結果、7月12日将校15名は銃殺、8月19日には北 一輝、西田 税、村中 孝次、磯部 浅一ら4名が銃殺されて事件は幕を下ろされた。
     作品は、2.26事件裁判記録及び磯部 浅一の獄中日記をベースに、獄中で死刑判決を待つ磯部を取り調べに来た、陸軍士官学校時代の仲の良い後輩、法務官となった人物との問答形式で演じられる。因みに天保銭と呼ばれるこの後輩は陸大出、徽章が天保銭に似ていたことからこう呼ばれた。中でも最も優秀な上位6名には、天皇から日本刀が与えられたという。
     2.26で将校達が決起した背景には、庶民の貧しさがある。飢饉ともなれば、自らの姉や妹が女郎として売られるというのは、将校になった者の実体験である場合も少なくなかったのである。貧乏人の息子が将校に迄なれたのは、彼らが優秀で奨学金受給の対象となり、奨学金で高い教育を受けることができた結果に過ぎなかったのである。従って、彼らの民衆に対する共感は真である場合が多かったと言えよう。今作で登場する磯部は、もう少し豊かな家に育ったようだが、初年兵の教育に当たっていた時に貧しい家で育った兵に遭い、彼を通じて貧しさの意味する所を悟っていた。また、この初年兵を弟のように可愛がり、自分の当番兵に抜擢していたのでもあった。その兵も、磯部の傍らで死んだ。かつて、彼がそのように死ぬ、と言っていた通りに。
    以上、日本の事件に関しては、一つの特徴がある。被告とされた者総てが、一度は、体制側に対して、合法的に訴えかけをしていることである。その結果も総て共通している。体制側は、一切、彼らの訴えを顧慮していないのである。結果、彼らは、体制の自己浄化システムに絶望し、己で決着をつけるしかなくなる。その結果が犯罪という形を取っているだけなのだ。日本型責任無化システムに対する絶望が、尖鋭的な形を取った時、犯罪という形を取るのであれば、それこそ、この「国」の特性と時代を映す鏡、止むに止まれぬ呻きのようなものではないのか?
    ジャンヌ・ダルク異端審問裁判
     奇跡と言われるジャンヌの事績については、余りにも有名だから触れない。「ジャンヌ・ダルク処刑裁判」に書かれた裁判記録をベースに、“神の啓示を受けていたのは嘘であった”と書かれた書面にサインをしたジャンヌの祈りに現れた、神の使いとの対話という構成で、1431年5月27日夜の模様が描かれる。西洋の基本的な考え方が、神との契約に基づく実存と論理の問題として取り上げられている。


  • 満足度★★★★★

    被告人
    あの空間の中で、間近に感じられる。引き込まれる!ただ、寒かったです。
    椅子に置かれている演目の内容を読み、入っていけました!
    役者さんが、その人になってる?っていうんですかね?すいません、文章にするのは難しいです。。

    ネタバレBOX

    特に、秋葉原無差別殺傷事件の、被告人と弁護人の会話が主に、母親の存在が大きく、私が母親になった今だから、子育てしてくうえで考えさせられた!



  • 満足度★★★★★

    被告人の「生の声」とはいかなるものなのか
    「実際の裁判記録」を舞台化した作品であり、「実験公演」ということなので、てっきり、リーディングか、それに近い法廷劇になるのではないか、と勝手に思っていた。
    しかし、そうではなかった。

    約120分の上演時間だったが、面白く、あっという間に時間は過ぎた。

    <個人的にオススメする見方>
    どれも有名な事件なので、ある程度知っている人はそのまま劇場に行き、当日パンフレットに目を通さずに観劇したほうがいいと思う。
    もし、よく知らない事件があったとしたら、ネットで軽く検索して、事件のあらましと被告人についてざっくりと知っていたほうがいいと思う。もちろん、当日パンフレットには目を通さないほうがいいと思う。

    なぜ。当日パンフレットに目を通さないほうがいいと思うかと言えば、それぞれの事件のどの部分を、どうやって見せてくれるのかを、直接自分の目で楽しんだほうがいいと思うからだ。

    つまり、自分がなんとなく知っていた事件の内容と被告人のことについての知識と、実験主(松枝さん)が見せたい内容との違いを楽しむことができるからだ。

    <ネタバレ>は、つい調子に乗って書いてしまったので、もの凄く長文です。

    ネタバレBOX

    舞台は、当然、裁判の内容をすべて見せることはなく、裁判記録から抜粋した内容である。
    したがって、ストーリーとしての「起承転結」があるわけではなく、「実験主」(松枝さん)が膨大な記録の中から、「被告人のナマの声である」と判断したものを舞台にかけたようだ。

    したがって、「実験主」の解釈がそこにある。さらに言えば、「登場人物をどの役者に演じさせるか」ということも大切な「解釈」であろう。

    その「実験主」の「解釈」と、観客が「自分」の「解釈」とを擦り合わせるところに、この舞台の面白さが生まれてくる。

    内容はと言えば、まさに説明文にあるよう「事実は小説より奇なり」だった。

    それぞれの事件(被告人)のチョイスも面白かった。
    もちろん、時系列として(最初の2本は少しだけ違うが)徐々に過去に進んでいくのだが、被告人が「なぜ犯行に及んだのか」と、彼らの「立ち位置」が微妙に変わっていくことに注目した。

    すなわち、「秋葉原無差別殺人事件」は「個人と家族」、「連続不審死事件」は「個人と世間」、「日本社会党委員長刺殺事件」は「個人と国内の左派(狭い意味での国・体制)」、「226事件」は「個人と体制(国家)」、「異端審問裁判」は「個人と神」となっていく。

    つまり、「個人」の想いから発せられたものであり、それが「どこから」あるいは「どこまで」及んでいるかという点が、5つの事件では異なり、時代を遡るにしたがって、その範囲が広がっていくのだ。

    もちろん、「226事件」であっても、被告人の磯部浅一が生まれた境遇という点にスポットを当てれば、「家」という軸は見えてくるのだが、それでも「秋葉原」の事件とは影響は異なっている。

    したがって、一見、簡単に裁判記録から「面白そうなところ」を抜き出しただけに見えるのだが、事件そのものの持つ背景のようなものに、きちんとフォーカスして選んだという点に、実験主(松枝さん)の鋭さがあると思う。

    1つのエピソードは、わずか20〜30分程度なのに、実験主が宣言しているように「被告人のナマの声」が浮かび上がってくるのだ。

    また、俳優が演じることで、被告人たちは「顔」を得た。「肉体」を得た。
    それは、単に実在した人をなぞるように、あるいはモノ真似のように「再現」するのではなく、実験主の「意図」により生まれてきた「顔」や「肉体」だ。

    被告人たちが、「ああいう姿」で「あのような語り口」で「あのような話の展開」をもっていた、という、たぶん現実とは違うであろう「ナマ」の姿を見せていたのだと思う。

    観客はそれにまんまと乗せられたと言っていい。
    先にも書いたが、観客の持つ「イメージ」との擦り合わせが、そこに生じることで面白さが生まれたのだ。
    つまり、実在する人物たちを描いているのだが、実験主の意図として被告人を「再現」しているのであって、実在の事物を(モノ真似のように)「再現」しているのではない。だからイメージの「齟齬」が生じるわけだ。

    そういう意味では、実験主から見れば、「意図した脚色」と「意図せざる脚色」の合間から生まれた本作品は、「実験劇」と言っていいだろう。

    以下、それぞれについて感想を述べていく。

    (1)秋葉原無差別殺人事件(被告人:加藤智大)
    この舞台は、弁護人と被告人のやり取りを再現している。
    役者が出てきて、「これは被告人と弁護人の役者は逆では?」と思ったが、それが実験主の意図だったのだ。
    われわれが事件の報道で見ている被告人の容姿が、どちらかと言うと弁護人のほうがイメージがより近い。メガネまで掛けている。
    逆に被告人はメガネすら掛けておらず、ここで「モノ真似」ではないし「再現ドラマ」ではないことがわかった。
    つまり、そういうことなのだ。これらは「実験主の意図の中にある」ということだ。

    被告人の表情を見て、さらに彼と母との関係を聞いていくと、観客の中にある種の感情が生まれてくる。そこが「ナマの声」たる所以なのだろう。

    事件については、マスコミの報道しか知らなかったので、その中では「母親の過剰な教育熱心さ」や「過剰な躾」のようなことは聞いた覚えがあったが、彼が受けていたのは、そのレベルではない常軌を逸した「虐待」だったのだ。
    これには正直驚いた。


    (2)連続不審死事件(被告人:木嶋佳苗)
    まるで再現ドラマのように演じられる。裁判記録のはずなのに変だなと思っていたら、ラストに近いところで「ボイスレコーダー」出てきて、なるほど、と思った。
    それが裁判記録の中にあったものだったのだ。
    ラストでは、脚色が加えられていたようで、被害者の娘は飲み物に薬を混ぜられて、被告人の手にかかってしまうことを暗示させた。

    たぶん、この後、被告人の木嶋佳苗についてニュース等で報じられることがあったとすれば、ここで被告人を演じたナカヤマミチコさんの口調を思い浮かべてしまうだろうと思った。

    今まで私が持っていたイメージを簡単に塗り替えられてしまったというこだ。
    あまりにも「(彼女の世界の中で)普通」すぎているからだ。


    (3)日本社会党委員長刺殺事件(被告人:山口二矢)
    被告人がいる鑑別所を訪ねた少女と被告人の会話である。
    面会室の内容は、裁判の記録として残るわけがないので、たぶん被告人が何かの中で裁判中、あるいは取り調べの中で供述しものであろう(先に「連続不審死事件」のほうを見ていたので、裁判記録とは、単に検察官や弁護人とのやり取りだけではないということがわかったので、そうではないかと察した)。

    ここはまさに実験主のイメージが炸裂していたと言っていいだろう。
    当時の面接室はどうであったのかは知らないが、ガラス越しの刑務所とは違い鑑別所なので同室で会うことはできただろうが、相手に触れることはできなかったと思う。

    そういう事実とは別に、ここで語られるのは「少女が被告人を想う気持ち」、つまり(被告人の証言なのだから)「被告人から見た少女は、自分をどう想っているのか、ということの妄想」であるから、「触れない」ほうが、少年である被告の感情が切なく、よりヒリヒリと表現できたのではないかと思うのだ。

    したがって、「触れてしまった」ということは、被告人が抱くイメージ(妄想)を、より「ナマ」にしたとは思うのだが、脚色が少し多かったかなとも感じた。


    (4)226事件(被告人:磯部浅一)
    被告人と彼の後輩にあたる法務官との会話。
    ご存じのとおり226事件だけは、この公演の中で被告人が1人ではない事件である。
    その中で、この被告人は多くの将校たちとは違い、貧農の出だというところで特にクローズアップされることが多い。三島由紀夫の著書にも出てくる。
    したがって、事件の本質を語らせるには適役だということなのだろう。
    被告人からほぼ一方的に語らせることで、彼の理想とその敗北が浮かび上がる。

    脚色度がやや高く、毒薬を渡すところなどは裁判記録には残っていないものと思われる。
    また、法務官が出て行った後の、被告人の独白ももちろん裁判記録にはないものだ。
    当日パンフレットによると、被告人の「獄中日記」も使われていることからそこからの引用だろう。

    ラストの被告人の、血を吐くような独白は、彼の主張の肝であったわけで、伝え聞く史実によると、彼は(たぶん北一輝も)処刑のときに「天皇陛下万歳」を叫ばなかったことに通じていくわけだ(彼とは違い処刑された将校たちはそう叫んだらしいが)。それを思わせる叫びであった。
    うまい脚本だと思った。

    これは、実は次のジャンヌ・ダルク裁判に通じていくようなイメージがある。

    どうでもいいことだが、劇中に出てきた北一輝の著書を読みたくなってしまった。まさか実験主の意図通りではないとは思うが……(笑)。


    (5)異端審問裁判(被告人:ジャンヌ・ダルク)
    先の4つと比べてかなり異色。
    被告人と神の使いらしき男との会話。
    当然脚色率は高い。

    被告人が「異端審問裁判」に掛けられたのは「神の声」を「直接聞いた」ことによる。
    なのに、神の使いとの会話という形になっている。

    その中で話し合われるのは「被告人が神の声を聞いたというのは嘘であった、ということを認めサインをした」ということについてだ。

    正直、神のこともキリスト教のこともわからないが、彼女の中でどのような変化があったのか、あるいはなかったのかが語られていく。
    そして、彼女が死刑判決を受けることになる決定的な出来事の発端も、その会話の中でさりげなく描かれていくのだ。
    ロウソク一本の演出もいい。
    短いのに、やはり面白い。

    ただ、個人的な意見としては、ラストも日本の事件にしてほしかったと思う。
    「個人と神」という関係で言うならば、江戸時代のキリスト教弾圧のころに裁かれた被告人を扱っても面白かったと思うし、226でも触れられた天皇機関説事件でもよかったのではないかと思った。


    この企画、とても面白かった。
    できれば続けてほしい。あるいはどれかの事件をさらにクローズアップさせて1本の作品にしても見応えあるのではないかと思った。
  • 満足度★★★★

    公判記録
    日本語であっても何が書いてあるのかよく理解出来ないのが法令集、判例集、契約書の類。きっと公判記録もそうでしょう。実を言うと、戯曲、台本も同じくらい分からない。あらゆるところから面白いネタを探し、それをうまく翻訳してステージ化してくれる演劇人てスゲー!

  • 満足度★★★★

    実験というほど奇天烈(偏見ですね(-_-;)な感じは受けませんでした
    それよりもオーソドックスなオムニバス劇に思えました。
    大体2時間ほどで5本ですねー、
    なので小劇場的にも正統派みたいな感じまで受けてしまったです。

    ネタバレBOX

    裁判記録をテキストとするので、裁判所内の話=「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」みたいな展開かな?と思ってましたら。検事が被告人を追及する(でいいかなぁ?)形の芝居は(1)で(なんか被告人の育った環境は同情できたなぁ)。(2)は、よくある再現ドラマ風→そのままサスペンスドラマでした。(3)は何か面会に来た男女のラブロマンス風でした。(4)は青年将校の慟哭がよく表現されていました=聴取されるのが元の先輩後輩で立場が逆転しての会話劇。(5)は中世風な感じがよく出ていた神への信仰話風でありました。
    基本役者さん達は白い衣装に裸足で統一され暗転しての話の区切りと薄明のブルーライトでの次の芝居への設定してました。白の軍服と白のセーラー服は印象強かったなぁ(^^)。ジャンヌの話では時代性の再現で明かりを蝋燭にして、署名紙は羊皮紙風な感じがよく出ていた。
    開演前に主宰が事件概要の説明読むようにと言ってましたが、
    ここは個人判断ですねー(自分は先には読まなかったけど)ある程度は
    冒頭に簡単なナレーションでも入れて欲しかったかな。
    しかし実験といいつつも作りがノーマルにみえたなぁと感想

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