被告人~裁判記録より~ 公演情報 アロッタファジャイナ「被告人~裁判記録より~」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    知的しかもラディカル
     出演者全員が裸足という演出は、裸の人間を示唆して興味深く、衣裳も白っぽい木綿系統の素材でナチュラルで飾らない在り様を示している。このような演出からも明らかなように、扱われた5つの事件で被告人とされた者は総て、人間的に描かれている。この視点が、肝要だろう。また、5件のうち4件を日本の事例で残り1件をフランスの事例で描くことにより、洋の東西を比較対象せしめ劇的効果を高めている。
     演じられることを前提としない文章を演劇化するという難題は、無数のシチュエイションを可能にするが、それを意味在る形に切り出す作業だけでも気の遠くなるような時間と労力を必要とし、己の立ち位置の自覚を促す。否、立ち位置が決められないようでは、形にさえならない。そのような知的煩悶を経て選ばれたシチュエイションは、時間的制約もあり、無駄が削ぎ落された言わば骨格である。最終的判断は、観客と作品の関係を通して、各々の腑に落ちる所にしかあるまい。つまり、客観など無いのである。それが、裁判。人が人を裁くことの根底にあるアポリアなのであろう。
    (追記2013.8.31)

    ネタバレBOX

    以下、其々の具体例を、上演の順序に従って考察してみよう。
    秋葉原無差別殺傷事件
     犯人、加藤 智大:2008年8月6日12時半過ぎ、秋葉原の交差点に赤信号を無視して2tトラックで突っ込み、5人を撥ねた後、車から降りてナイフで12人を殺傷、内7名が亡くなった。この事件の第16回公判記録を元に構成された作品。大切にしていたネット上の掲示板を荒らされたり、なり済ましをされたことで、自分の大切にしていた世界が荒らされた。ネット運営者に、対処してくれるように訴えたが、対応は一切して貰えなかったなど、事件の動機、行為へのきっかけ、行動に移した原因について被告の考え方などが、弁護士の質問に対して被告が応える形式で描かれるが、家族関係に関しては、母との関係が圧倒的。被告の冷静、論理的で明晰な頭脳が、幼少時からの母との関係で如何に阻害されてきたかが浮き彫りになる。
    加藤役の笹岡 征矢の演技が気に入った。
    結婚詐欺・連続不審死事件
     犯人、木嶋 佳苗:2009年8月6日、埼玉県の駐車場内にあった車の中から41歳の男性遺体が発見された。練炭による一酸化炭素中毒であった。自殺も考慮されたが不審点が多く、他殺の線で捜査が行われ、木嶋が容疑者として浮上、彼女には他にも何人もの愛人がおり、そのうちの幾人もが矢張り不審な死を遂げていることが判明。都合6人の殺人が疑われたが、うち3件は証拠不十分で立件されず、3件の殺人事件で告訴された。因みに2012年4月13日に出た死刑判決に対し、被告は即日控訴している。
     作品は、2012年2月17日、さいたま地裁での裁判記録を元に構成された。木嶋に父を殺された娘がボイスレコーダーを隠し持ち、独自に彼女の言質を取る為に木嶋の家を訪れるという設定で演じられる。
     娘との対話では、木嶋の性的奔放が、世間的常識を易々と超える有り様が、人間の本音と重なり合うような響きを帯びて、観客に突き刺さってくる。実際、生き物の生きる究極的目的は、子孫を残すことにある。従って単性生殖でない我々に、性は、絶対的な意味を持つ。自らの性器に自信を持ち、それで破格の稼ぎをしてきた木嶋の言葉は、この地平から響いてき、常識を簡単にひっくり返してしまうのである。そのような在り方そのものは裸であり、極めて正直でさえある。
    結果は殺人事件という形になっているが、彼女の中では、恐らく罪の意識が成立し得ない。人間関係の謂わば破綻例、失敗例と捉えるか、もっとありそうなことは、彼女の意を被害者が、汲みそこなった結果と捉えたのではなかろうか? 何れにせよ、彼女自身の中で明確な罪の意識は形成されなかったのではないかと思える。証言が詐称でないと仮定すればだが。
    日本社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件
     1960年10月12日、日比谷公会堂で講演中の浅沼日本社会党委員長が、17歳の右翼少年、山口 二矢に刺殺された。二矢は、現行犯逮捕され、少年鑑別所に送られたが、同年11月2日鑑別所独房で首吊り自殺を遂げた。作品は、山口 二矢供述調書をもとに構成された。事件前に彼が訪れ幾日かを過ごした杉本牧場で出会った、肺を病んだ少女との面会時の対話劇として構成されている。
     彼女は二矢に心惹かれるものがあった、二矢にしても仄かな恋心を抱いていたのだろう。彼女は、TVで二矢が起こした事件を知り、余りにもピュアで真っ直ぐな二矢は自殺するだろうと直感する。居ても立ってもいられなくなった彼女は鑑別所を訪れ、何とか自殺を思いとどまらせようとするが。
    17歳の二矢の純粋性と知性は、心を撃つ。時代は、安保条約を巡り国会周辺では連日左翼勢力と警察が衝突を繰り返し、反米の動きも加速されて日米修好100年を祝うアイゼンハワーの来日日程調整の為に来日したハガチーの車をデモ隊が取り囲む事件が起こる等、かなり激しく揺れ動いていた。二矢は、仮にも儀礼の為に訪れた客を襲うことは礼儀に反すると酷く心を痛める少年でもあった。然し、右翼の情報には、この「国」で右翼を名乗る者の大多数が実は只のゴロツキに過ぎないという事実を証立てるような情報もない。まして、日米通商条約など、欧米との不平等条約の評価を巡っても自らの選択したイデオロギーによって正反対の意味を持つ。更には、論理は、そのオーダーを決してしまえば、そこから先の展開は、唯一先鋭化しかないと考える程の知性を彼は持たなかった。その結果、彼をして左翼代表たるに相応しいと感じられた浅沼委員長を刺すという結果を招いたのであろう。彼のストイシズムには、人を殺しておいて、自分が楽しむとか、旨い物を食うとか、幸せになるとかいうことを自分に許すべきでないとの高い倫理観が見て取れる。それ故にこそ、彼は自死を選んだのだ。
     他方、二矢の悲劇は、国体などという好い加減なでっち上げ理論に基き、裕仁を神聖化したこと。論理のオーダーを間違ったことにある。結果、その純粋性故に、日本の下司共、即ち裕仁以下、責任逃れ体系の中で安穏とし続ける為に、民を裏切り、アメリカの犬と成り下がって、この「国」を統治する御用聞きの犠牲者となった点にある。
    2.26事件
     1936年2月26日から29日迄、北 一輝の日本改造法案大綱などの著書に影響を受けた青年将校15名が1483名の兵を率い、首相、陸相官邸、内大臣私邸、警視庁、朝日新聞社などを襲撃、陸軍省、参謀本部、警視庁などを占拠したクーデター未遂事件。青年将校らは、困民を尚収奪し、自らの腐敗を糺すことすらせず、私利私欲に走り、政を疎かにする為政者らの退廃を嘆き決起したが、無論、裕仁は、将校たちが望んだような義軍としての判断はせず、激昂して賊軍とし直ちに鎮圧を命じた。結果、7月12日将校15名は銃殺、8月19日には北 一輝、西田 税、村中 孝次、磯部 浅一ら4名が銃殺されて事件は幕を下ろされた。
     作品は、2.26事件裁判記録及び磯部 浅一の獄中日記をベースに、獄中で死刑判決を待つ磯部を取り調べに来た、陸軍士官学校時代の仲の良い後輩、法務官となった人物との問答形式で演じられる。因みに天保銭と呼ばれるこの後輩は陸大出、徽章が天保銭に似ていたことからこう呼ばれた。中でも最も優秀な上位6名には、天皇から日本刀が与えられたという。
     2.26で将校達が決起した背景には、庶民の貧しさがある。飢饉ともなれば、自らの姉や妹が女郎として売られるというのは、将校になった者の実体験である場合も少なくなかったのである。貧乏人の息子が将校に迄なれたのは、彼らが優秀で奨学金受給の対象となり、奨学金で高い教育を受けることができた結果に過ぎなかったのである。従って、彼らの民衆に対する共感は真である場合が多かったと言えよう。今作で登場する磯部は、もう少し豊かな家に育ったようだが、初年兵の教育に当たっていた時に貧しい家で育った兵に遭い、彼を通じて貧しさの意味する所を悟っていた。また、この初年兵を弟のように可愛がり、自分の当番兵に抜擢していたのでもあった。その兵も、磯部の傍らで死んだ。かつて、彼がそのように死ぬ、と言っていた通りに。
    以上、日本の事件に関しては、一つの特徴がある。被告とされた者総てが、一度は、体制側に対して、合法的に訴えかけをしていることである。その結果も総て共通している。体制側は、一切、彼らの訴えを顧慮していないのである。結果、彼らは、体制の自己浄化システムに絶望し、己で決着をつけるしかなくなる。その結果が犯罪という形を取っているだけなのだ。日本型責任無化システムに対する絶望が、尖鋭的な形を取った時、犯罪という形を取るのであれば、それこそ、この「国」の特性と時代を映す鏡、止むに止まれぬ呻きのようなものではないのか?
    ジャンヌ・ダルク異端審問裁判
     奇跡と言われるジャンヌの事績については、余りにも有名だから触れない。「ジャンヌ・ダルク処刑裁判」に書かれた裁判記録をベースに、“神の啓示を受けていたのは嘘であった”と書かれた書面にサインをしたジャンヌの祈りに現れた、神の使いとの対話という構成で、1431年5月27日夜の模様が描かれる。西洋の基本的な考え方が、神との契約に基づく実存と論理の問題として取り上げられている。


    0

    2013/08/29 12:34

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大