実演鑑賞
満足度★★★★
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こまつ座『太鼓をたたいて笛ふいて』を観劇。
売れっ子作家・林芙美子に原稿の催促に来ている編集者。
沢山の依頼を抱え、遅々として進まないと知りながらも、新たにラジオ界への進出を提案するのだ。
そんな最中、戦争が始まり編集者は内閣情報部員として彼女を戦地に赴かせ、戦争を高揚させる文章を書かせるが、戦地での酷い出来事を目撃する度に、日本という国に疑問を呈するのであった…。
林芙美子の人生を眺めながら、日本が行った戦争について疑問を投げかけている内容だ。
井上ひさし作品はどれもそうだが、市井の人たちからの目線で描かれて、登場人物たちと一緒に疑問を感じ、同じ様な考えに至るという流れになっている。
知られざる林芙美子の内面と生き様に共感し、力がみなぎり、涙腺が緩み、「満足した」と思えども、観劇後には一瞬立ち止まり、描かれているテーマを改めて反芻してしまうのが井上ひさしの底力なのだ。
野田秀樹や平田オリザの描き方とは異なり、演劇的興奮や刺激はないが、テーマを直接的に客席に投げかけられると、逃げられなくなってしまうのだ。
林芙美子を演じた『大竹しのぶ』は勿論だが、林キク(母親)を演じた劇団☆新感線の『高田聖子』の芸の幅の広さには驚きしかない。
『近藤公園」も抜群だ。
『井上ひさし』の戯曲のみ公演する『こまつ座』だが、一度ぐらいは観ることを勧める。
実演鑑賞
満足度★★★
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マーティン・マクドナー『ピローマン』を観劇。
『ピローマン』といば長塚圭史の作品と言われていたほど、翻訳劇で有名になった戯曲。
当時は長塚圭史のオリジナルだと思っていたが違っていたようだ。
再演する機会もなく、今回にやっと観劇。ただ演出は小川絵梨子。
作家・カトゥリアンは自分が書いた物語の影響で、殺害が行われてしまい勾留されている。実行したのは障害者の兄・ミハエルである。
刑事たちはカトゥリアンが書いた物語を読みときながら事件の真相に迫っていくが、物語を読み込めば読み込むほど現実と虚構が入り混じってしまい、何が本当なのか分からなくなってしまう。
あっさりと兄が物語の筋書き通りに罪を犯したことを認める。
カトゥリアンは死刑を宣告されるも、自分の書いた物語だけは社会から消さないでほしい懇願するのだが…。
独裁政権下で、自由が奪われた時にこそ、物語が社会に与える影響下を謳っている。現実の世界情勢を鑑みると、いかに物語が我々に力を与え、行動力の種になるかを感じる事が出来る。特に共産圏は自由な物語への怖さに怖気づいているのだろう、国民への締め付けは大きい。
独裁政権下の設定なので、昔の作家かと思いきや現代の劇作家だ。住む場所が違うとテーマの描き方がこんなにも変わってくると実感するのが翻訳劇の面白さでもある。
翻訳劇は興味がないので、有名なマーティン・マクドナーすら見たいと思わなかったが、どうやら外してはいけない作家になったようだ。
実演鑑賞
満足度★★★★
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THE ROB CARLTON 18F『ザ・スタボーンズ』を観劇。
三鷹市立芸術文化センターの期待の若手劇団シリーズ。
絶対に面白くないと確信を持ったので、情報を一切得ずに観たのだったが…。
第一部:とある外国の伝統的な建物で、バッソ、ドルベルト、ファロニアが大事な会議を行おうとしている。彼らは将来有望な企業家であり、政治家で、野心満々だ。彼らの共通言語は日本語で、辿々しいながらも言葉を操る事が出来るようだ。
いざ話し合いが始まるが、言葉の意味の取り違えで、会話は混乱に混乱を極め、大事な会議どころではなく、「我々は一体全体何を話しているのだ?」というカオス状態になってしまう。
第二部:その30年後、彼らは社会的地位を得て立派になり、改めて同じ会議室で懐かしみながら当時の思い出話しをするが、各々の曖昧な記憶違いでまたもや混乱に混乱を極め、「我々は一体全体何を話しているのだ?」と同じようなカオス状態が起きてしまう。
第三部:その各々の記憶違いを基に、当時と同じ物語を再現してみると、「一体全体何が起きていたのかが分からない」というカオスにすらならない状態になってしまうのであった。
『日本語の意味の取り違え』『曖昧な記憶』だけをテーマに、人間の混乱の様子を描いている。
たったこれだけのテーマだけで、こんなに面白い会話劇を成立させてしまう戯曲力と演出力に圧倒される。
もう面白いのなんのって、興奮しまくりであった。
追っかけ劇団決定である。
今年のNo.1の予感がする。
お勧めである。
実演鑑賞
満足度★★★★
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『ドリル魂2024』
朝日新聞の劇評が良かったので観劇を決意。
無名な劇団をいつも取り上げているのが信用出来る証だ。
育成中の俳優など、若手の俳優陣を多数集めての公演だ。
不良少年、外国人の出稼ぎ労働、在日問題、恋愛模様、借金取り、耐震偽造など、建築現場内で起きる問題を社会の縮図として描いているので、展開には事欠かない。現場に使う道具で、がなり立てる音と激しい音楽が混ざり、興奮するミュージカルになっている。
タップダンス、大道芸、美しい歌声、バレエダンス、歌舞伎の技法などが満載で、一瞬たりとも飽きることがない。翌日になっても未だに興奮冷めやらないが、それ以上に若手俳優の熱気だ。『つかこうへいの所に行け!』と言いたくなるくらい熱く、最大の見所だ。彼らの姿を見てるだけで涙腺が緩む。
作・演出は横内謙介だ。彼はつかこうへい信奉者で、つかの戯曲を度々公演しており、『つかこうへい』を感じたいなら、今や横内謙介だけだろう。
なにはともあれ、興奮のるツボとはまさしく今作の建築現場だ。
お勧め。
実演鑑賞
満足度★★★★
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かるがも団地『三ノ輪の三姉妹』を観劇。
三鷹市芸術文化センターの期待の若手劇団シリーズ。
あらすじ:
母と二人暮らしの三人姉妹の次女・箕輪葉月。
長女(苑子)は行方不明で、三女(茜)は独り暮らしをしている。
そんな最中、母の余命がいくばくもないのをきっかけに、ばらばらになった三人姉妹の仲を元に戻そうと葉月は奮闘するのだが…。
感想:
粗筋から何となく想像出来るが、期待を裏切らない物語を見ることが出来る。
三人姉妹の人生の歩みから、どのように苦しみながら、生きてきたか?
と各エピソード毎に描き、最後は三人姉妹が母の死に目に遭うという分かりやすい流れだ。
演劇には常に劇的な展開を期待しつつ、物足りないと今作を感じてしまいがちだが、人間の死、肉親、姉妹との確執など「己の身に降りかかってきたら、とんでもない事だ!」と身に沁みてしまうのだ。
でも..、今作は大きな感動もないのに何故良作に感じてしまうのだろう?
俳優の力量?
演出力?
チェーホフ似の物語?
それは構成力の上手さだ。
場面毎のつなぎの短い箇所は、厄介な人間関係を小芝居で笑わせながらサラッと描き、一気に本筋に落とし込んでいくのだ。そのせいか毎場面ごとがクライマックスを見ているような錯覚を覚え、しっかりと染み込んでくるのだ。構成力は俳優の演技力あっての賜物だ。
この演出家、綿密に作り込んでいながら、俳優の力量を一番に信じているのは確かだ。
今後の追っかけ劇団になるかは分からないが、目が離せないのは間違いない。
実演鑑賞
満足度★★★★
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劇団チャリT企画『Re:プレイバックpart3』を観劇。
以前に5本ほど観ていて、『ネズミ狩り』『死の町』が傑作であった。
あらすじ:
音信不通の叔父さんが自宅アパートで亡くなっていた為、後片付けにきた姪っ子。
部屋はある程度片付いていたが、一本のカセットテープが見つかる。
聞いてみると叔父さんの遺書のようで、独白を聞いているうちに、日航機墜落事件の新たなる真実を語っているようなのだが…。
感想:
カセットテープの内容は、自衛隊が墜落現場で人命を救助せずに、墜落原因の証拠集めをしていたという事実から、それを世に訴えようとした自衛隊員が何人も暗殺された、という仮説の物語が進んでいく。
初めにテープから聞こえた一瞬のノイズが、何の音か分かった観客は瞬時に物語に没入出来るのだ。
ノイズを聞き分けた瞬間が物語の入り口だが、聞いたことのない人には全く分からない仕掛けでもある。
「何故、人命を優先せずに、証拠集めに奔走したのか?」
墜落の原因は自衛隊が絡んでいたのだ!ととんでもない仮説を立てて物語が進んでいくが、遺族への思い、残された家族、事件の真相と作家の視線は優しいが、ハリウッド並みに逃げたり、追われたりのドタバタの展開と事件を笑い飛ばしてしまおう!という作劇は面白く、面白さは存分にある。90分ながらも、ゾッとする結末が待っているが、中身の充実度からか、事件について改めて考えてみようと思った観客は多数いただろう。
リサーチ力、執筆力が確かな劇団で、作風は違えども、社会への眼差しは『野田秀樹』『平田オリザ』に引けを取らないほどだ。
今作も面白いのである。
実演鑑賞
満足度★★★
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西瓜糖『かえる』を観劇。
初見の劇団。
あらすじ:
太平洋戦争末期、中野の自宅が焼けてしまい、初老の父と妹、次男の嫁の三人が葉山に越してくる。そこに不在だった次男(作家)が愛人とその娘を連れてきて、一緒に住むことになる。
貸家の大家さん、傷痍軍人、看護師、女性編集者などが出入りし、貧しいながらも、賑やかな生活を送っている。だが敗戦が濃厚になってくると、互いの感情が爆発し、手に負えない状況になってしまうのであった…。
感想;
戦火の中で、人がどのように変わってしまうのか?が描かれている。戦争体験がなくとも、未だに他国では戦争が行われているという観点で見ていくと劇作家のテーマが見えてくる。
軍国主義の父親、それに反する次男、狂気に走ってしまう傷痍軍人、新たなる生きる道を模索する若者たちなど、被害を被るの市井の人たちの苦しみは辛い。
ただ時間と共に不満を感じるのが、経験のない未知の時代を直接的に描くのは正しい方法論かもしれないが、誰もがやっているからか、凡庸に見えてしまい、何も迫ってこないのだ。狙いは明らかなだけに、知らない時代を見れる興奮と演劇的興奮が交差してこないのだ。野田秀樹、平田オリザ、古川健らの刺激を求めないにせよ、戦時中を描くには独自の視点で攻めていかないと、重いテーマが劇場を後にした瞬間に消えてしまうのだ。だからか二重の含みを持つタイトルの『かえる』が萎んでしまうのだ。カエルのエピソードにぐっときただけに、残念にならない。
群像劇には必ず面白い俳優がいるようで、一番出番の少ない青年が語るセリフが、現代の我々に対する生き方への道標と思えたのが救いだった。
実演鑑賞
満足度★★★★
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イキウメ『奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話』を観劇。
このシリーズは日本の怪談話しを伝説ではなく、実話のように語る面白さがあり、決して見逃してはいけない作品である。
あらすじ
人里離れた山奥に、地図にも載っていない廃寺を改装した旅館にふたりの男が都会から訪れてくる。長期滞在の作家・黒澤が怪談話しを始めると、伝播するように各々の怖い話しで盛り上がっていくと、男たちは殺人事件の調査でこの地に訪れたと語り始めるのだった…。
感想
劇場に入った瞬間、雰囲気が伝わってくる舞台セットに緊張がよぎる。すり足で静かに俳優が登場し、作家の黒澤、旅館の女将、刑事たちが語り始める怪談話に「嘘か実か?」という疑念の下、没入感はたまらない。
怪談話しを俳優が演じながら語るのは白石加代子『百物語』と遜色はないが、殺人事件と落語・牡丹灯籠の怪談話しを絡めながら「これは真実の話では?」と少しでも感じてしまったら最後、登場人物と一体化してしまい、逃れられなくなってしまうのである。
『嘘の話し』『過程の話し』を実のように語るのが語り口の上手さで「今回の話は実話なのでは?」と思い始め、観劇後直ぐにインターネットで検索してヒットしないと分かると「あ〜嘘だったんだぁ!」と現実に戻され、イキウメの世界観からやっと逃れられるのである。
ただ怪談話しの怖さもだが、恋愛感情から起きる激しい男女の感情のもつれが恐ろしさの発端なので、観客も同じように息苦しくなり、いつも以上に感情を揺さぶられてしまった『奇ッ怪シリーズ』だった。
傑作である。
実演鑑賞
満足度★★★★
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NODA・MAPの『正三角関係』を観劇。
劇場に入ると人工的な匂いを撒き散らした熟れた花たちが咲き乱れていた。どうやら池袋芸術劇場が宝塚劇場に成り下がってしまったようだ。
その要因は勿論、松本潤が主演だからだ。
いきなり殺気だった唐松族の三兄弟の長男・富太郎の登場に度肝を抜かされてしまった。松本潤の野田秀樹への作品の意気込みか?役柄への憑依か?この勢いがクライマックスまで続く事が伏線とは思えないが、野田秀樹の芝居では得る事のない熱量の芝居が続いていく。
舞台は花火師・富太郎の法廷劇で始まる。父親を殺めようとした罪だ。
そこに次男で物理学者の威蕃、聖職者で三男・在良が絡んでくる。
法廷劇から事件の当日を二重構造にしながら、第二次世界大戦時期の日本とロシアの関係、アメリカとの戦争など踏まえ、終戦まで描いている。
この時期を題材にしているのは過去作にもあったが、敗戦と分かっていながら戦争を続けた日本を声高に非難しているのは間違いない。ただ描かれるのは市井の人たちである唐松族・三兄弟の話だ。
花火師・富太郎の火薬が戦争に使われてしまい、花火を打てなく落ち込んでいる最中、恋人・グルーシェニカが父親に寝取られてしまい、憎しみのあまり父親を殺めようとしたというのが物語の発端だ。
親子で奪い合うグルーシェニカとはそんなに魅惑的なのか?
本当に富太郎の恋人なのか?否か?
はたまた実在するのか?
父親にとっても、富太郎にとっても、日本にとっても貴重な存在であるグルーシェニカだが、サスペンスにするかと思いきや、謎はあっさり分かってしまう辺りから妄想な世界へ誘っていくのだ。入った瞬間から始まる父親と唐松族・三兄弟の確執、アメリカを倒す為に原発を開発する威蕃、神の存在を信じる在良、と未だに続いている戦争への非難がはっきりと読み取れていく。
長男・富太郎を描いている時は、国家に洗脳され、無理やり戦争に加担させれてしまう市井の人たちの側に立って見ることが出来る。
次男・威蕃を描いている時は、戦争に勝つ為に危険な兵器を開発し、相手を如何に倒すか?という日本国家側から見る事が出来る。
三男・在良を描いている時は、神から見た世界、人間同士の無駄な争いなど宗教を通して世界を見る事が出来る。
そこに気がつけはタイトルの『正三角関係』の意味が読み取れ、作家が毎作ごとに叫んでいるテーマに没入出来るのだ。残念ながらこのタイトルの意味を読み取れないと物語の半分も理解していない事になってしまう。
今作はいつものように物語を撒き散らす事もなく、何度も観ているファンは、置いてきぼりを食う事もなく、スピィーディーさはさほど感じない。現代の時事ネタを織り交ぜ、言葉遊び、小道具の使い方などは健在だ。
ガムテープを使いながら、牢屋にしたり、電話のフックやハンガーにしたりと見立ての上手さは他の演劇人には真似出来ないだろう。当時開発されたばかりの録音テープの表現方法の美しさにはうっとりしてしまい、物理の計算式の羅列が背景に映し出されると、手前では理解し難い量子力学を人体を使って表現している上手さにはあんぐりと口が開いてしまったほどだ。人間の創造性と演劇の無限の表現力が交わる最高の瞬間でもある。
そして今作の最大の注目は松本潤だと思われるが、実は長澤まさみだ。
既に過去作『The Bee』で演技力は認証済みだが、今作では遂に野田秀樹の分身になってしまったのだ。演劇人は自分の身代わりを登場させるのが常で、初期の頃は自分でその役を演じるが、とある時期から他者に委ねる傾向がある。それは宮沢りえであり、松たか子の存在であった。
長澤まさみの三男・在良の台詞回しは『夢の遊眠社』頃の野田秀樹とそっくりではないか!今作の最大の見せ場はそこだと言っても過言ではない。
宮沢りえや松たか子にはまだまだ追随出来ないが、完全なる演劇俳優になった記念的作品だ。
チケット入手は困難だが、野田秀樹の初めて観る方にはお勧めである。
実演鑑賞
満足度★★★★
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劇団普通『水彩画』を観劇。
茨城弁を駆使した口語演劇。
あらすじ:娘・あみは父と母を連れて夫と一緒に美術館に行った帰りに、茨城県の田舎町には似つかわしい喫茶店でたわいもない話しをする。隣では結婚間近のカップルが来ている。互いの会話は筒抜けだが、のんびりした風景の中で、淡々と時間が過ぎているように見えるのだが…。
感想:平田オリザ超えと言わんばかりの口語演劇で展開されていく。
両親の物忘れが進み始めているからか、「やれ薬は飲んだが?」「トイレの鍵が壊れているとか?」と不毛な会話ばかりが続くが、綿密に書かれている戯曲、演技、演出が三位一体になり、生々しい瞬間を徐々に感じ始めていく。笑いが苦笑に変わり始めると、父と母の将来の不安に怯えている娘・あみが感じる悲劇に否が応でも追随してしまい、鳥肌すら立ってくる。
『平田オリザは人間が生きている事こそがドラマだ』と言っているが、赤の他人の不毛な会話に己の実生活を感じてしまう。
何も起こらない、ただの会話の中に大きなドラマが展開されているのだ。
『映画監督・小津安二郎』っぽいと言われそうだが、遥かに凌駕しているのは間違いない。
誰が何と言おうと断言出来る、それほどの演劇なのである。
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モダンスイマーズ『雨とベンツと国道と私』を観劇。
あらすじ:コロナで体調が芳しくない五味栞に、夫を失った友人から自主映画を撮るので手伝いに来て欲しいと依頼される。栞は映画の撮影現場で働いていたのだ。
現場に行くと六甲トオル監督を紹介されるが、どうやら以前に一緒に仕事をした事があるのだ。彼は現場での暴力、暴言などで、SNSで女優に訴えられ消えてしまっていたが、名前を変えて再活動をし始めたようだ。
だが栞も彼から受けていた傷が未だに癒えず、事件の実態を暴き始めるのであった…。
感想:『ハラスメントによって世間から抹殺され、仕事を失い、赦しを得られない人たちの罪と罰はいつ終わるのか?』
『ハラスメントを受けて未だに心に傷を持っている人たちはどうすれば寛解するのか?』
今の時代には避けては通れない議題を両方の視点から作っている。
六甲監督のハラスメントの場面は、俳優の演技力もあってか見るに耐えかねてしまうが、良い映画を作る為には仕方ないと訴える六甲監督の叫びに頷いてしまう己がいる事を忘れてしまいがちだ。だが作家は決してそれを許さず、必要に迫ってくるからか、心の隙間を見られている気分になってしまう。加害者と被害者の言い分を映画作りの現場を通して考えさせる展開の上手さと夫を支配して死なせてしまった妻の懺悔を二つの軸に重ね合わせる構成はピカイチだ。更に六甲監督と栞の演じた俳優のキャラクター作りの上手さが更に輪をかけてくる。
心が揺さぶられ、見応えのある瞬間が経つにつれて、厄介な問題の落とし所が気になり始めると、『どのような答えを作家が導き出すのか?』
『それとも観客が答えを見つけるのか?』
だが重い内容に反して、気持ちの良い演劇っぽい終わり方に違和感を感じ、初めて蓬莱竜太に不満を抱いたのだった。
「これでは観客は劇場を後に出来ません…」
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満足度★★★★
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劇団チョコレートケーキ『白き山』を観劇。
あらすじ:戦後を故郷の山形で迎える斎藤茂吉だが、新しい短歌を書けずに苦悩している所に息子たちと弟子が東京から駆けつけてくる。どうやら戦時中に戦争賛美歌を作り続けたのが原因のようで、彼の戦争は未だに終わっていないようであったのだ…。
感想:斎藤茂吉の生き様と戦後に生き残った日本人がどのようにして新しい価値観の下で生きていくか?というのが根底に流れている内容だ。
癇癪持ちで鰻好きな斎藤茂吉のキャラクターに憎しみと愛すら感じてしまうが、彼の人生を表面にして、裏面では日本人の在り方が問われている。戦後と現代では全く環境は違うが、語り継がれるテーマとメッセージに時代錯誤すら感じないのは、己のアイディンティーをどのようにして見出していくかが生きる上での鍵になると明確に言っている点だ。それこそが戦後の混乱期から復興を遂げた理由であり、時代を超えてでも掴み取らなければいけないのだろう。そしてそれは「とても美しいものなのだ!」と斎藤茂吉の心の短歌が叫んでいるのである。
斎藤茂吉役の村井國夫の降板は残念であったが、代役に緒方晋が来たのには感慨深いものがあった。彼の芝居をたっぷり堪能したい小劇場ファンはどれだけいただろうか?
そう、この日を待っていたのである。
実演鑑賞
満足度★★★★
何はともあれ『上海バンスキング』と『コクーン歌舞伎』の名手がシェイクスピアを題材にするとこんな風になるのだ、という演劇であった。
最後に生き残ったアングラ演劇人なのだ!
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満足度★★★★
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『ライカムで待っとく』を観劇。
昨年の話題作で、岸田戯曲賞候補にもなり、今回は再演。
あらすじ:
神奈川で雑誌記者をやっている浅野は、妻の家族の不幸で沖縄に帰省するのだが、社長から「ついでに1964年に起きた米兵殺傷事件を取材をしてきて!」と持ちかけられる。
調査をしていくと世間では知られていない事実を知り、知らず知らず1964年・沖縄に入り込んでしまい、真の姿が見え始めてくるのだった…。
感想:
基地問題、米兵による暴行事件など、沖縄が抱えている問題を市井を通して描く事が多いが、今作は『内地から沖縄がどのように見えているのか?』という視点で、沖縄出身者ではない観客自身が雑誌記者と一緒に真実を知り得るという流れだ。
世間では知られていない事実が見え始め、「それは間違っている」と思えども、我々にはどうにも出来ないジレンマ、既に諦めかけている登場人物たちに不満と怒りすら感じてしまうが、それを感じる事が沖縄問題を身近にするきっかけになって行くのだろう。そこが作家の狙いともいえる。
雑誌記者が真実を知り始める流れで1964年に入り込んでいくのだが、タイムスリップものではなく、『気が付いたらその時代にいた』という演劇特有の表現は抜群だ。
内地の人が訴える正しい沖縄の在り方とアメリカから被害を被っている人々の沖縄で生きていく在り方、この考えの違いが衝突するクライマックスがテーマであり、内地の我々が考えなければいけない問題定義に圧倒され、震えてしまうのだ。
まるで清水邦夫と蜷川幸雄が作った革命劇を観たような錯覚すら覚えたのは間違いない。
傑作である!
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満足度★★★★
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『カタブイ、1995』を観劇。
沖縄三部作で、前作は1972年で、今作は1995年。
以前から気になっていた作・演出:内藤裕子の新作だ。
あらすじ:
日本復帰を果たした沖縄だが、いまだに米軍基地があり、米兵による犯罪、用地買収問題などが山積みしている。元教師の石嶺和子は反戦地主であった父から受け継いだ土地の売却を拒否しているが、那覇防衛施設局員や土地連会員から迫られている。
そんな矢先、孫の智子が米兵に襲われてしまうのだが…。
感想:
沖縄の基地問題を地元住民の視点で描いている。
物語を追っていくうちに感じる日米間の不都合な法律、日米地位協定など、理不尽すぎる法に苦しむ地元民の姿が描かれ、苦悩する彼らの姿に寄り添いたくなり、南の島の出来事ではなく、我々の問題だと改めて感じてくる。決して住民の叫び声を受け取るだけではなく、「なぜこのような問題が生じてしまったのか?」という疑問に答えるように、要所に入ってくる日本国憲法、日米間の安全保障条約、日米地位協定の説明があり、根本を見つめ直す事が出来る作りになっている。
社会問題を描く時の難しさに、観客をどのようにして己の問題として捉え、対峙させるかに掛かってくる。当事者側からだけ描くと観劇中は寄り添えるが、問題そのものを時間と共に忘れ去ってしまう事が多々ある。だが抱えている問題を観客の中に深く染み込ませるというのがテーマのようで、地元民の苦悩、政治家からの視点、土地を買収する側からの視点など、異なったキャラクターたちが問題を俯瞰して見せることの重要性を訴えかけ、重くのしかかってくる。
前作(未見)は『傑作!』と評判を呼んだようだが、今作もそのようだ
自分が好む小劇場的な作風ではないが、内藤裕子が今後の追っかけ作家になったのは間違いない。
実演鑑賞
満足度★★★★
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ほろびて『センの夢見る』を観劇。
初見の劇団。
あらすじ:
1945年・オーストリア。
ドイツが侵攻寸前のオーストリアの村に暮らすルイズ、アンナ、アビゲイル。
貧しいながらも充実した日々を暮らしている。そんな三人に舞踏会への案内状が届くが、乗り気ではないルイズをよそに、他のふたりは大騒ぎだ。そこに出征予定の友人・ヴィクターが訪ねてきて盛り上がっていくのだが…。
2024年・日本。
小さな家に住む兄妹。生活は困窮しているが、いつか旅行へ行く夢を持っている。
YouTuberのサルタが兄妹の生活模様をネットに上げているが、彼らは気にもせずに喜んでいる。
そんなある日、妹が振り返ると見知らぬ外国人が部屋の中に立っていたのだ。
どうやらふたつの家族の居間が、同じ空間に重なってしまったようだ…。
感想:
チェーホフの『三人姉妹』をモチーフにしているようだ。
オーストリアの三姉妹も日本の兄妹も貧しさは同じで、時代と場所、国籍は違えども、未来を夢想することがふたつの家族の生きる糧になっているようだ。
異なる家族の風景を交互に見ながら「この物語をどのように読み解いて行けば良いのだろうか?」と考えあぐねていると、突然に時代を超えて空間が重なってしまうのだ。
互いに家族は奇妙な共同生活をしながら、兄妹には三姉妹のそばで起きているドイツとの戦争が見え始めてくるのだ。そこにYouTuberのサルタが三姉妹を撮り始めると「これは外国で起きている戦争を我々が自宅のテレビで見ている感覚と同じなのでは?」と思えてしまうのである。
兄妹に見えている戦争は、現在に起きている戦争を我々が見ているのと全く同じだと分かり始めると、物語の終わりが見え始め、恐ろしく座席を立つことすら出来なくなってしまうのだ。
事実を知っている現代人はこれから起こる出来事に目を背けたいのである。
ゆっくりと舞踏会という名目の『レヒニッツの虐殺』が始まっていくのである。
そう三姉妹はユダヤ人だったのだ。
ロープで作った家のセットが一瞬にして牢屋に早変わりしてしまう視覚効果が更なる追い討ちをかけてくるのであったのだ…。
実演鑑賞
満足度★★★★
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serial number『アンネの日』を観劇。
以前は風琴工房という劇団名だったが、改名したようだ。
今作は再演で、代表作である。
チラシとタイトルから『アンネの日記』の『記』を外しているので、何か企みがあるのではないか?と勘繰っていたが、どうやら全くの勘違いのようだった。
月経の話だ。男性の理解力の無さ、都度感じる痛みと心の悩み、社会での女性の立ち位置、世界での男女差別まで話を広げていき、『アンネの日』という言葉の由来と意味の説明もしていく。
8人の登場人物の初潮体験談から始まり、キャラクターを均等に掘り下げ、厚みを持たせてくる。この始まり方に女性観客は頷き、未知な世界への男性観客の誘導は見事で、出だしは上々だ。そこから自然素材を利用した生理用ナプキン・プロジェクトが物語の中心になり、肌に直接触れる故の繊細さ、素材へのこだわり、科学的根拠、商品作りを通して経験者の痛みをひしひしと伝えてくる。成功に導く奮闘記でもあるが、背景だけに留めておき、描かれるのは登場人物たちの初潮から閉経までの生き様だ。そこに性同一性障害を問題提起してくるので、誰もがその問題に背を向けずにはいられない。
作家の志もそうだが、男女年齢問わず、展開の面白さが最大の魅力だろう。人気作品というのは頷けるのである。
初演(2017年)の頃と時代が変わってきているので、その都度、背景を踏まえて改訂され、数年おきに再演出来る貴重な作品であるのは間違いない。
実演鑑賞
満足度★★★★
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二兎社『パートタイマー・秋子』を観劇。
スーパー「フレッシュかねだ」でアルバイトを始めた成城に住むセレブ主婦・秋子。
夫の会社が倒産し、生活費、子供たちの学費の捻出など、家計は火の車だ。
仕事を始めてみると人手は充分足りているようだが、店舗内では何かがおかしい。
バイトたちの商品の横流し、お釣りのちょろまかし、いじめなど様々だ。見かねた秋子は本社から来た店長に直訴しようとするが、周りに止められる。生肉担当のバイトが理由もなく辞めてしまい、秋子にお鉢が回ってくるが、店長から日付の改ざんを求められる。一旦断った秋子だったが…。
控え室で物語は展開する群像劇だ。
不正に加担しながらも誰もが会社の為だと思い込み、悪いことではなく、習慣だと割り切っているアルバイトたち。それは日本の企業が起こした様々な不正の過程の様子を丸写しているようだ。それが小さなお店でも起こっている。誰もが秋子の様に「それは間違っている!」と声を上げようとするが、仕方なく周りに順応してしまう怖さすら感じてしまう。自分の身に置き換えて、秋子の取った行動は「しょうがないよね」と思えてしまう瞬間すらある。
芸達者な役者の演技、笑いと展開の面白さに釘付けにされ、描かれるの深刻な問題と相反していながらも、ゆっくりと問題提起へ誘導していく上手さは今作も抜群だ。更にハンナ・アーレント「悪の陳腐さ」を思い出せば、もう完璧である。
深刻な社会問題をエンターテイメントの話術に乗せる上手さは、野田秀樹とは全く異なるが、永井愛が一番かも知れない。
傑作である!
実演鑑賞
満足度★★★
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JACROW『闇の将軍・四部作』を観劇。
初見の劇団。
田中角栄の政治家時代の物語で、今作は三話目の『常闇、世を照らす』。
金脈問題、ロッキード事件などの問題で首相を辞任し、自民党を離党するが、闇将軍として裏の政界に君臨するのであった……。
田中角栄と田中派の面々が登場し、内幕が群像劇として展開されていく。
闇将軍が裏で政治を差配していくのが丁寧に描かれ、フィクションとノンフィクションの狭間を行ったり来たりしながら、時代の当事者になったような錯覚を覚えてしまい、のめり込んでしまう。俳優の演技合戦は手に汗を握り、目が離せない瞬間ばかりだ。ただ観客が期待しているのは魑魅魍魎が跋扈する政治の内幕なのだ。汚く、どす黒く、恐怖すら感じる何かを物語に期待しているのだが、清々しさすらを感じるビジネス、サクセス、ヒーロー物に見えてくる。更に各々が政治家の特徴を捕らえ、雰囲気作りをしているからか「再現ドラマかい?」とも思えてしまう。
その時代の出来事を見たいのではなく、作家がどのように田中角栄の実像を捉えたかを、嘘でも出鱈目でも妄想でも良いので創作して欲しかったのである。
観劇中に転位・21『子供の領分』を思い出したのは、自然の流れであろう…。
実演鑑賞
満足度★★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
城山羊の会『萎れた花の弁明』を観劇。
劇場の階段を上がり、舞台のセットが見えた瞬間、どのように始まるかが分かってしまい、笑ってしまうのである(三鷹で城山羊の会を観た人しか分からない仕掛け)。
今までと同様にエッチな演劇ではあるが、『性とは?』を話しの筋としつつ、男性の身勝手な論理で進んでいきながら、言葉の行き違い、本音の建前、日本人論など可笑しなキャラクターたちが進めていく物語に、喜びと楽しみを覚え、期待は決して裏切らない。
性について論理的?に語っているからか、男性観客のみが妄想で生じる下半身ムズムズは感ずる事もなく、リアルな物まで見せられてしまうと、『妄想はリアルに敗北!』とまで思えてしまう。気が付くと我々の性はコントロールされ、作家に中毒症状にされてしまうのである。
第七病棟『ふたりの女』のラストシーンは演劇史上最高の舞台仕掛けと謳ったが、それに劣らず今作も、驚愕、鳥肌、失笑…の終わり方であった。
それはさておき、この劇団は12本目の観劇だが、明らかに社会背景が如実に表に出てきているのは確かだ。コロナ、原発汚染、少子化、宗教、性の大衆化と世の中の問題を物語の主軸としている点は見逃せない。イギリスから帰国して物語の方向性が一気に変わった野田秀樹の様にはならないと思うが、俄然面白くなってきているのは間違いない。
次作も大いに期待するのである!