ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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My Boy Jack

My Boy Jack

サンライズプロモーション東京

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2023/10/07 (土) ~ 2023/10/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『ジャングル・ブック』の作者、ラドヤード・キップリング。彼は愛国者で祖国イギリスの為に戦争に行く使命感を国民に鼓舞した。勿論息子のジョンにもそれを求めるも重度の近視の為、兵役不適格。だがノーベル文学賞を受賞した国民的作家の名声を活用し、入隊させることに成功。時は第一次世界大戦、ドイツ軍との戦闘の為フランスに派遣された息子は行方不明になってしまう。

第一次世界大戦の英国軍の記録としては、ピーター・ジャクソンが記録映像をカラー化し音を付けた『彼らは生きていた』というドキュメンタリー映画がある。ひたすら劣悪な環境で塹壕戦を戦う我慢比べのような戦場。何年もの膨大な日々を爆撃や毒ガスの恐怖に怯えながら泥の中で過ごさなくてはならない地獄。(擬似的)ワンカット映画『1917 命をかけた伝令』も同時代の話。そして終戦後、やっと故郷に帰っても仕事はなく誰も相手にしてくれない虚しさ。

主演のラドヤード・キプリング役眞島秀和氏、この役は終盤になるにつれ味わい深く熟成していく。国民の規範たる父親像を示さねばならない義務感と、果たしてそれが本当に正しかったのか脳裏で呻き続ける苦悩。
少尉として第2大隊で中隊を率い塹壕戦を戦ったジョン・キプリング役は前田旺志郎氏。お笑い芸人には見えない妙に雰囲気のある俳優。印象に残る清冽な存在感。
妻であり母親でもあるキャリー・キプリング役倉科カナさん。女優としてレヴェルが更に上がった。前半の母親振りはシェイクスピア劇のよう。後半が少々大仰過ぎたか。
娘のエルシー・キプリング役は夏子さん。いいスパイスとなって作品に効いている。スタイル抜群。
佐川和正氏は物語の核心部、クライマックスを担う見せ場が待っている。

後半にある回想シーンが美しい。父親の創ったお話しを楽しみに聴く幼い兄と妹。インド風の色鮮やかな衣装。無限の想像力だけで何処までも行けた。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

第一幕ラスト、黒幕がアイリスアウトして少尉一人になる演出効果が素晴らしい。死と向き合う、実存と向き合う感覚。

第一幕の流れは退屈。演出もホンも跳ねない。何かが足りない印象。状況説明ばかり。休憩時、結構帰る人がいた。第一次世界大戦のイメージが日本人には馴染みない。
第二幕は段々と面白くなる。

自分の息子の死をどうにか理性と叡智を駆使して正しい形に治めようとする父親の葛藤。その一見冷徹な姿に失望する母親。
砲弾で顎を吹っ飛ばされ、余りの激痛で立ったまま泣いていた少尉。その光景を克明に思い浮かべ、気が狂わんばかりになりながらも理性で浄化する方法を必死に模索する。何とか意味のある、価値のある、美しい物語に息子の死を昇華しないことにはとても耐え切れない。

「My Boy Jack」
ああ、私にどんな慰めがあるのでしょう?
この潮流では何もない
どこの潮流にも有りはしないんだ
けれど彼は仲間達に恥をかかせなかった
あの風の中でも、あの潮の中でも

実際はユトランド沖海戦の英雄、ジャック・コーンウェル少年に対しての詩とされている。

日本的美学だと、息子の死の報に顔色一つ変えない三船敏郎が、泣き叫ぶ香川京子に酷くなじられる。その夜更け、一人外でさめざめと泣いている三船を目撃してしまう妻。貰い泣きしながらもぐっとこらえ、見て見ぬ振りをする。
猟師グラフス【京都公演中止】

猟師グラフス【京都公演中止】

糸あやつり人形「一糸座」

シアタートラム(東京都)

2023/10/05 (木) ~ 2023/10/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

芥正彦演出、結城敬太(現・四代目結城一糸)氏主演の『カスパー』を観た時以来の一線越えて来たアングラ。江戸伝内氏は十代の頃から唐十郎に傾倒していたという。二十歳の頃には「残酷劇」アントナン・アルトーにガチガチに嵌まる。実験演劇ではなく、演劇とはそもそも実験だと考えているのだろう。

演出はノルウェーのラーシュ・オイノ氏。彼の率いるグルソムヘテン劇団から3人の役者が参加。(一人、直前で降板。京都公演も中止など不穏)。俳優からサイコロジー(心情、感情、内面、意味、説明)を削ぎ落とし、フィジカル(身体、肉体、動き、記号化)だけを要求するスタイル。
オイノ氏は「貧しい演劇」イェジー・グロトフスキの孫弟子にあたる。アルトーとグロトフスキが江戸伝内氏とオイノ氏の共通言語。
内面を失い人形化された人間が、人間に操られる人形と共演する。生きている存在を人が演り、生きていない存在を人形が演る。
夢幻能なのか?

上手で見たこともない珍しい和楽器を独り演奏し続ける稲葉明徳(あきのり)氏。何処吹く風。
サイコロを振る子供の人形の動きがリアル。サイコロも糸で操っている。
ひびきみかさんはデフォルメした狂女の動き?
水を汲む女、食卓を用意する男、卓に着く男二人。無限に繰り返される日常。
多数の子供達(?)の人形、ゲームで遊んでいるような。
クリノリンを着けた役者がスローモーションで動く。
赤と黒のワイヤーで作られたカモシカの針金人形。
鳩の人形がリアルで凄い出来。
等身大のグラフスの人形が厳か。
ノルウェー語に字幕が投影される。
驚く程詰め掛けた観衆。一体何が目当てなのか?

カフカはオーストリア=ハンガリー帝国(現チェコ)に生誕、今作はドイツの猟師グラフスの物語。未完成のまま、未発表に終わった原稿。
簡単に言うとオチのない落語。
リーヴァの町の市長に深夜、鳩からお告げが下る。
「明日、猟師グラフスが港に到着するから出迎えろ」と。
小舟から下ろされた棺が館に運ばれる。訪れた市長が棺の男と謁見。動く死体は語り出す。「1500年前、森でカモシカを追い掛けていて、崖から落ちて死んだ。三途の川を渡る時、船頭が舵を取り間違え渡り損ねた。それ以来、あの世にも行けず死んだままずっとこの海を彷徨い続けている。」
ただそれだけの話を90分ガチガチに見せつける。
此岸(しがん)から彼岸へ。そして彼岸から此岸へ。

ネタバレBOX

例えるなら坊主がお経を唱えているのをぼんやり眺めている感じ。何かを読み取ろうと思えば可能だが、深い眠りに就く客が多々。こんなものをぼんやり観ている自分に笑えてきて、妙な面白さに包まれる。全く興味のない人間を騙して観せてやりたくなった。子供の頃に観たかった。

吉本隆明が書いた親鸞の本で「正定(しょうじょう)」について記されている。親鸞は「正定」という生と死の境目の地点を仮想した。その地点に立つことで、生者側から死の世界を眺めることしか出来なかった人間に、逆に死者側から生の世界を眺める新しい視点が備わった。

「あの世とはどんな所でしたか?」
「巨大な階段の上にいるようで落ち着かない。」
悼むば尊し

悼むば尊し

かわいいコンビニ店員 飯田さん

駅前劇場(東京都)

2023/10/04 (水) ~ 2023/10/10 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

成程。徹底して鬱を共有する為の空間に徹してある。

放課後の溜まり場になっている主人公(國崎史人氏)の自宅の二階。残忍なリーダー格の小比類巻諒介氏はグループを率いて先輩(阿岐之将一〈あきのまさかず〉氏)を肉体的金銭的に虐めている。そんな日々も過ぎ、上京し帰郷した主人公はその部屋で自殺。三回忌も終わり、母親(加古みなみさん)はかつての仲間達に彼の遺品整理をお願いする。

成瀬志帆さんがえらく可愛かった。『グレーな十人の娘』の時も同じ事を思った。
國崎史人氏は松村雄基っぽく、小比類巻諒介氏ははんにゃの金田っぽい。二人共目がパキっていて何かやってんじゃねえのか、と勘繰る程。異様な空間。
鹿野宗健氏はガチガチに鍛え抜かれた肉体美、ジムに通っている筋肉。(水泳で全国大会優勝!)

物語は歪な人間関係を築いていた学生時代と卒業後のそれぞれの関係性、主人公の自殺の理由についての考察、今になって思う過去の自分達の所業へと流れていく。加害者と被害者は自分の過去とどう向き合うべきか?深澤嵐氏演ずる作家の分身のような男が曖昧な“それ”を徹底的に責め、その核心に触れようともがく。一体、何が知りたいのか?一体、どんな答なら満足するのか?登場人物も作家も観客も”それ“を考え続ける。

溜まり場には関係していない、委員長役の笹野美由紀さんがかなり重荷を背負わされた感。(観客は彼女によってかなり救われている)。

阿岐之将一氏は凄かった。MVP。彼のクライマックス、怒涛の喋りを観るだけで元は取れる。
作家の叫びが耳をつんざく。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

駄目な点は独りが延々喋って皆が突っ立って聞いている構図が多すぎる。金田一耕助じゃないんだから。死者がうろうろそこらをうろついている意味がほぼない。順番にエピソードを語るだけの構成がイマイチ。

阿岐之将一氏の独白。虐めている奴等一人ひとりの痛みを感じていたこと。同じ痛みを抱えた人間として向き合えたこと。痛みの共有があるから一つの人間と人間の関係性として成立していたこと。この歪な人間関係が自分の生きる命綱だったこと。

エピローグ、コロナ禍を経験して世界の不確定さ、何も決定されていないことの実感が語られる。世界は自分が思っていたものとは全く違っていたのかも知れない。自分はまだ世界を知らない。散々読み尽くして飽き飽きした筈の本、その本にはまだ続きがあったのだ。まだ見ぬページが無数に。

すいすいと泳ぐ金魚。
柔らかく搖れる

柔らかく搖れる

ぱぷりか

こまばアゴラ劇場(東京都)

2023/09/20 (水) ~ 2023/10/04 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

岸田國士戯曲賞なんて日本アカデミー賞程度の業界内政治の権威付けで、紅白出場を肩書きに地方巡業を回る演歌歌手程度の認識だったが。(偏見)。
傑作。これは役者もやり甲斐があるだろう。この脚本にこの演出、役者冥利に尽きる。替えがきかない配役。(実は初演と全員配役を変えているのだが・・・)。演じ手としてこんな作品と巡り会える幸運。川沿いの砂利の上をジャリジャリ歩きながら、ゴボゴボ水中で溺れる音にまみれながら。

シャッフルされた時系列、広島の田舎町にある古い一軒家。従姉妹の家が火事になり従姉妹とその娘が同居することに。絶対的な君主として家に君臨していた父親。父親は川の浅瀬で溺死体で見付かる。葬儀、その一周忌。パラパラと配られたカードの一枚が唐突にめくられて語られるのは断片。

井内ミワクさんはずっと腰を曲げていて、このキツさは相当なもの。心配になる。
大浦千佳さんは田舎のヤンキーからシンママ、水商売と王道を歩む貫禄。登場シーンの両目から順番に流れる一筋の涙が美しい。こんなスナックに通える男は強い。
佐久間麻由さんはさとう珠緒系の美人で巧い。
産婦人科の医師、江藤みなみさんは白のNew Balanceで足を組み、残酷な診断結果をラフに夫婦に告げる。この演出が心憎い。
富岡晃一郎氏はお宮の松っぽいなと思っていたが、ふとした拍子に國村隼の得体の知れぬ表情に変貌。

日常会話の中に雑然と投げ込まれた様々な物語の欠片。皆それぞれ、解決策のない痛みと苦しみに苛まれている。そもそもハナから解決させる気すらないようだ。「この家のもんは皆キチガイやけんね。」どうしようもない現実、どうしようもない自分から目を背けてどうにか今日一日をやり過ごすだけ。何とか今日一日を乗り切る為だけに。

何でも治すという薬などないけどよ あるとして
飲まないさ 無茶のネタも切れた 逃げようがねえや
The ピーズ『手おくれか』

ネタバレBOX

「あの子が一番お父さんに似とうけん。」
「あんた、お母さんによう似てきたね。」

①火事で住む所を無くしたスナック経営の従姉妹(大浦千佳さん)。シンママの彼女と娘の女子高生(山本真莉さん)を住まわせることに。
②パチンコ依存症の次女(岡本唯さん)は家を出た長女(篠原初美さん)からの借金が膨れる。
③離婚して仕事を辞め、アルコール依存症となった長男(荻野祐輔氏)。不妊と仕事の激務で悪化していった夫婦仲を思い返す。去っていった妻(佐久間麻由さん)。
④長女は同性愛者でパートナー(池戸夏海さん)と同棲中。パートナーは川べりの草むらで捨てられた仔猫を保護する。その猫の飼い主となる昔からの友人(江藤みなみさん)。
⑤昔から付き合いのある農協の御用聞き的な男(富岡晃一郎氏)。彼が父親を殺したのではないかと母(井内ミワクさん)はずっと疑っている。

今作の評価の分かれ目になるのは、何を語り何を語らないかのバランス。何も語らない作品なんだろうと思わせて、後半語らなくていいドラマをせっせと説明し始めるアンバランスさ。③の夫婦の物語が圧倒的で、荻野祐輔氏の立ち位置にのめり込んで観ていた為、④は肩透かし。小説だったら話のまとめに入るのに必要な章なのだが、折角の濃密な家の密度が霧散してしまいガックリ。

富岡晃一郎氏から漂う犯罪者の匂い。井内ミワクさんはこの家を信仰していたようにすら見える。

遠くまで起きていよう 終いまで見届けよう
行き着いた面で逢おう 待ち合わせなんて要らねえんだ
急ぐことないさ 独りだろ?
The ピーズ『ノロマが走っていく』

※じゃがいもと玉ねぎの味噌汁が食べたくなった。
うずうず / ぐるぐる

うずうず / ぐるぐる

team UZU.UZU

シアター711(東京都)

2023/09/27 (水) ~ 2023/10/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「ぐるぐる」
そうか、アントニオ猪木の一周忌か。別に猪木ファンのつもりではなかったが、IGFまで観に行っていた位なので好きだったんだろう。自分は猪木のことを散々に言ったが、よく知らない奴等が馬鹿にしているのを聞くとイラッとした。プロレスは格闘演劇として秀逸。パンツ一丁の大男二人の取っ組み合いで文学まで感じさせた。井上義啓氏の名言、「プロレスは底が丸見えの底なし沼」。全部分かったつもりで高を括っていたら実は全く分かっていなかったことに気付いて愕然とするジャンル。

こんな気持ちになったのもガチのチンドン屋であるチンドン好井(好井子ユミ)さんが首に闘魂タオルを垂らし、ひたすら猪木RESPECTトークを繰り広げたから。

寺山修司のメルヘン短編集『赤糸で縫いとじられた物語』を底本に舞台化。
田中りかさん演じる少女、急に手足が言うことを聞かなくなり、勝手に動き出す。全く思ったように行かず、その行動に脳が付き合わされていく。
病院でロバおじさん(のぐち和美さん)に相談する。
彼が病院のメンバーと寸劇で語るお話しは『数字のレミ』。
これがメチャクチャ面白い。判断の分岐点に立つごとに分裂していくレミの物語は秀逸。今更ながら、寺山修司は才能あるなあ。

長谷部洋子さんは国生さゆり系の顔立ち。
ヴァイオリンの多治見智高ジーザス氏とフルートの鈴木和美さんは大活躍。

『詩人とは職業でも肩書でもなく、思想なのである。』とは岩倉文也氏の名言。
男女漫才コンビ『ゆにばーす』、川瀬名人の高校時代の仇名が『「思想犯」だった』、というネタを思い出した。「思想犯」とはなんて素晴らしい響きなのだろうか。

小学校低学年と幼稚園の姉妹を連れて観に来たお母さん。凄まじい情操教育。MVP。

MARIONNETTE(東京公演)

MARIONNETTE(東京公演)

劇団The Timeless Letter

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2023/09/28 (木) ~ 2023/10/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『team TRUTH』

「OK、それじゃあ、えー、お前等が日本で一番にしてくれた、最高のRock ’n’ Rollを贈ります!Marionette!」
今作のタイトルの綴りにNが一つ多いのはフランス語の為。
教会のステンドグラスをイメージした舞台美術。上手はスコットランドヤードの殺人捜査課、下手は製薬会社の社長室。雰囲気があるセット。西本卓也氏は良い仕事をした。

女性の絞殺死体、傍らに数本の薔薇。連続殺人事件の捜査に当たる三浦求氏と船橋輝人氏。三浦求氏はシャーロック・ホームズに憧れているようで観察眼に味がある。第一の現場となった教会の、怪しい雰囲気を持つ牧師は吉田恭平氏。(ステンドグラスなどの装飾はカトリック教会なので、神父と呼ばれることが多い。牧師はプロテスタント)。後ろ暗い過去を持つ製薬会社社長の野田裕(ひろし)氏。その息子の大学生(高畑昇汰氏)は新任講師の林里栄さんに夢中。

特筆すべきは池内得裕氏の照明と羽田兎桃(はたともも)さんの振付。PERFORMERの5人が抜群に良い。(高尾静奈さんは体調不良で降板)。もっと彼女達を警部達が戦う“見えない敵”の象徴として作品内に活用した方が良かった。第二次UWFを彷彿とさせるスモークのレーザーショー。あやつり人形の視覚化。古き良き80年代。

凄く丁寧に作られているので好感。

ネタバレBOX

女カメラマン(奥田明日香さん)の立ち位置が判り辛い。双子の妹のエピソードも唐突。

何か急にわらわらと湧いた人々が口々に絶賛を書き連ねる作品は、逆に警戒してつまらなそうに感じ観たくなくなるもの。すぐサクラのステマだと感じてしまう昨今。Amazonのレビューなんかも、クーポンと交換に星5を付けさせる中国企業が横行。レビューを見抜く力量が必須なこの時代。心のないゴマスリにはうんざり。
だが今作には何か妙な魅力を感じた。°RUM(=ドラムと読む)さんのキラキラネームも気になるところ。(確かに可愛かった)。

演出も脚本もそれなり。作家には山田風太郎の『明治バベルの塔』、「万朝報暗号戦」をお薦めしたい。
うずうず / ぐるぐる

うずうず / ぐるぐる

team UZU.UZU

シアター711(東京都)

2023/09/27 (水) ~ 2023/10/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「うずうず」
キャプテン森ようこさんの脳内を彷徨い歩くような体験。少女漫画の散文詩のようなものから、フェリーニの見る異形の夢まで。ガイドラインとして、副キャプテン佐藤梟(ふくろう)さんがコロナ後遺症で屁の臭いが分からなくなり、ぎたろー氏の医師にかかるストーリーが綴られる。『ドグラ・マグラ』と共に胎児の夢を見て、J・A・シーザーの楽曲で踊るアングラ新興宗教。手動の吊りワイヤーで上手から下手に流れていく小道具。謎の行進。それは幻燈に映し出された影絵のよう。

田中りかさんのヤギ?が美しい。小林桂太氏は地面と平行に壁に立つ。山高帽とステッキの発起人・本多一夫氏(89歳!)は小演劇界のゴッドファーザーのように佇む。まるで『時空のおっさん』みたいな存在。ちなみにシアター711は氏の誕生日から名前を取っている。
何と言っても大図愛さんが最高。彼女のファンは必見。アングラでおなじみの面々が妙なことをやっていても既視感がありもう見慣れちゃっているのだが、そういうイメージのない人が演ると異化効果が凄い。四角錐と立方体が組み合った謎のバイタルセンサーを抱えて「すーっ」と呼吸する登場から良かった。

舞台上はまるで前田日明のようなインテリトンパチ振り。無駄に学がある気違いの演説のよう。クリシュナムルティの講話を延々聴かされてラリっていく感じ。
右脳と左脳の話は面白かった。
直感的思考の右脳は「うずうず」と「りんりん」、論理的思考の左脳は「ぱきぱき」と「もやもや」。同じものを違う回路で味わうシステム。
森ようこさんはいい女。

ネタバレBOX

アングラには笑いが必須。気違いじみた行為を見せ付けられて呆然とする観客に対し、自嘲的な笑いを見せることで皆ほっとする。「ああ、この人達、分かっててやってるんだ」と。
佐藤梟さんは凄かった。万有引力がシアターアルファで演った『Ø迷路と死海』で壇上に上げられる観客役だった記憶があるが違うかも知れない。未だにあのインパクトは強烈。
佐藤梟さんが大図愛さんに絡んだシーンは名場面。
天召し -テンメシ-

天召し -テンメシ-

ラビット番長

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2023/09/21 (木) ~ 2023/09/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「新宿の殺し屋」小池重明(本名はシゲアキだが皆ジュウメイと呼ぶ)。SM小説の大家であり、アマチュア将棋連盟の機関誌の編集長まで務めた団鬼六が晩年の面倒を見た。賭け将棋(真剣師)の世界では伝説、プロを相手にしても連戦連勝。特例でプロへの編入寸前まで行ったが、借金問題と女性問題が噴出して御破算。社会不適合者で生来の破滅主義者。どうしようもないクズ中のクズだが、将棋盤を前に座れば化物のように強い。まさに漫画のキャラクターのような男。最後は重度の肝硬変、病室で自らの身体に刺さったチューブを引き千切って自殺。

「怪童丸」村山聖(さとし)。腎臓の難病、ネフローゼ症候群を5歳で発症。ずっと死と隣り合わせで病院内の教室で学ぶ。狂ったように将棋にのめり込み、月3回の外出日にひたすら将棋教室に通い詰める。入退院を繰り返しながらプロになるも、A級在籍のまま29で逝去。大崎善生の書いた『聖の青春』はドラマ、舞台、映画にもなった。(映画では松山ケンイチが演ずる)。山本おさむの漫画『聖 ー天才・羽生が恐れた男ー』は傑作なのでお薦め。『月下の棋士』や『3月のライオン』にも村山をモデルとしたキャラが登場する。

小池重明に西川智宏氏、文句なしのMVP。生まれながらのカルマに塗れたどうしようもなさと天性の人たらし。
村山聖に渡辺あつし氏。妙な愛らしさ。
団鬼六に野崎保氏。盤石。
大崎善生に宇田川佳寿記氏。いろんなキャラが合わさっている。
ラーメン屋の店員に岡本美歌さん。泣かせる。

一番自分が将棋に熱狂していた時代のスター、記憶が甦る。
将棋界の『座頭市と用心棒』。どちらも絶対に負けられない戦い。テーマは『約束』。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

何か脚本がまとまっていない。構成もイマイチ。団鬼六目線で大崎善生から二人の棋士の伝聞を、その都度聞くテイにした方が時間の経過も感じられた筈。この二人を使ったにしてはちょっと勿体無い。だが泣いた。村山聖のことをいろいろと思い出した。村山は恋愛に憧れ、少女漫画のマニアでもあった。病気のせいで体中がむくみ寝たきりになりながらも妄想で女性を夢見た。膀胱癌になっても「子供を作れなくなる」と手術を拒否。結局、手術で膀胱と片方の腎臓を摘出したが亡くなった。そんな村山聖に今作は最高のラストを用意してくれている。多分、村山はニヤニヤして観ている筈。

実際1982年、西日暮里将棋センターにて中学生将棋名人戦の為、上京した中1の村山聖が当時全盛期34歳の小池重明と一局指している。大熱戦の末、村山が制す。小池はニコッと「僕、強いなあ」。

天召し=天馬の蹄の如し。

※コメント有難うございます。
いつぞやは【8月27日公演中止】

いつぞやは【8月27日公演中止】

シス・カンパニー

シアタートラム(東京都)

2023/08/26 (土) ~ 2023/10/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

8/21、一番集客があるであろう窪田正孝氏が第一頚椎の剥離骨折による降板を発表。開幕まで一週間を切った状態で平原テツ氏が代役をすることに。加藤拓也氏にとって最も頼れる俳優。流石に文句なしの演技。ただ窪田正孝氏バージョンも観てみたかった。本来はどんな作品を構想していたのか。

主人公の劇作家(橋本淳氏)が5歳年上の役者の友人(平原テツ氏)と久し振りに会う。大腸癌のステージ4で、青森の実家に帰るとのこと。帰る前に何か演劇的なものをやりたくなる役者仲間達。平原テツ氏は帰省後、地元でヤンキー仲間の鈴木杏さんと再会する。劇作家は思う。「そう言えば彼は『自分の人生を舞台にしてくれ』とよく言っていたっけ」。

多分実際の友達の話なのだろう。何年か前、加藤拓也氏が三軒茶屋の居酒屋で演った芝居を観た。入場料は500円。ふざけた仲間内の下らない与太話だったが面白かった。
死んだ友達について作品を書くという行為。『ドードーが落下する』も話としては同じ系統だった。酷く突き放して冷たい目線でないと良い作品にはならない。非人間的な作業。ドキュメンタリー映画の監督が対象にもっと残酷な展開をねだるように。所詮はこんなもの、他人に供する娯楽でしかない。それを書く自分自身の醜さも冷徹に見つめて。

ネタバレBOX

まああんまり面白くない。大麻でラリってクラブでノリノリ、なんてギャグとも思えず。宙に浮く風船人形が良かった位。平原テツ氏がテーブルに反吐を吐き、それを綺麗に掃除する鈴木杏さん。たっぷり時間を掛けてステージ上の小道具を一つ一つ収納していく。この時間が自分的には一番面白いシーンだった。反吐と天井からの落下物が『た組。』のお約束。
橋本淳氏の書き込みが無さすぎてバランスが悪い。

ペドロ・アルモドバルの『ペイン・アンド・グローリー』という傑作自伝映画がある。かつて世界的名声を誇った映画監督、今では病による全身の痛みを癒す為、ヘロイン中毒となっている。想い出す幼き日々、同性愛に目覚めることとなった出逢い。失った恋人との偶然の再会が、もう一度生き直す切っ掛けを生む。久し振りに撮り始める新作は勿論この作品自身。
過去と現在と撮影中の映画が混合して魔法をかける不思議な時間。他人の話なのに観客の魂が再生される。
演るんならそんな作品を期待してしまう。

窪田正孝氏目当ての女性客が多かったと思う。感想を聞いてみたい。忖度なしで。
無理して自分の経験から物語を捻り出す必要はない。じっとその時まで溜めておけばいい。長谷川和彦の『太陽を盗んだ男』なんか舞台化すれば合うのではないか。

平原テツ氏は役作りの為にわざとハゲを作っているのか?
たまの「さよなら人類」が耳に残る。
越後拓哉氏。
ホテル・イミグレーション

ホテル・イミグレーション

名取事務所

新宿シアタートップス(東京都)

2023/09/15 (金) ~ 2023/09/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

タイトルで随分損をしている。米内山陽子さん脚本の傑作『インディヴィジュアル・ライセンス』と同系列の作品だと思う。何処にでもいる普通の女性が真の“女性の自立”についてかすかに気付き始めうっすらと目覚め始める黎明の予感、その息吹。女性にしか感じ取れない肌感覚を巧みに表現。
全く情報を入れず、井上薫さんだけを頼りに観に行った。

主人公の田野聖子さんは入国者収容所から仮放免となったカンボジア人(椎名一浩氏)の身元保証人となり自宅に住まわせている。隣に住む町内会会長(山口眞司氏)は「犯罪者の外国人がうろつくことに皆が不安がっている」と退去を勧告する。そこに突然現れるのは離婚した旦那に引き取られていった息子(吉田晴登氏)、十年ぶりの再会。

主人公の中学からの親友、井上薫さんと息子の吉田晴登氏の存在が素晴らしい。観客の気持ちをズバリ代弁してくれる。全くその通りで嘘がない。こんな面倒なことに首を突っ込んだってつまらないじゃん。この二人の感覚に嘘がない為、観客も安心して観ていられる。社会運動に入れ込んでも嫌な思いをするだけ。何故そんなことを?

反権力弁護士は田代隆秀氏。三代目結城一糸・江戸伝内氏かと思った。やはりこの系の役は遠藤誠を踏襲せざるを得ない。
クルド人の夫を収容所から解放する運動をしている川田希さん。元バックパッカーという背景がよく伝わる。リアル。

山口眞司氏は知っているそういう立場の人間にそっくり。『福田村事件』の森達也と同じく、キャラの造形、台詞のチョイスが素晴らしい。作家の人間観察に感心した。

アイスや水羊羹が美味そう。

皆が探しているものはきっかけ。自分が無心に情熱を注ぎ込めるものとの出会い。無欲に損得抜きに出来得る限りの全力で捧げたいと思わせるもの。人間は自分の為だと思うと大して力を出せないが、他の誰かの為だと信じられれば底知れぬエネルギーが噴出するもの。皆持て余した自分の生命を注ぐ場所を探しているのだろう。きっかけさえあれば!

社会運動モノではない。もっと普遍的なもの。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

井上薫さんは好き。「ワイドショーのコメンテーターの意見の受け売りだけのくせに!」なんて罵倒されつつ。
アラフィフの女が恋バナで盛り上がりガチのSEXネタで興奮するのは流石の名シーン。
田野聖子さんが息子の吉田晴登氏を力一杯抱き締めるシーンが良かった。存在と存在がぶつかり合う。

宗教とだぶる場面が多々ある。勧誘(折伏)による人間関係の破綻。

出入国管理及び難民認定法(入管法)の問題についてはスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさん死亡事件で広く知られることとなった。(司法審査なしで長期収容〈無期限監禁〉が可能など)。今年2月に上演されたTRASHMASTERSの『入管収容所』は大絶賛を博す。だが個人的には違和感があった。その理由に助成金目当てのNPO法人への不信感、プロ市民(市民活動で利権を得る者達、人権を隠れ蓑にした左翼活動家)への疑心暗鬼がある。「全ての社会運動には裏がある」と穿った見方しか出来なくなった己の捻くれた心。
純粋まっすぐ君(©小林よしのり)を扇動して社会問題化させることにより、体制から利益を享受する人権総会屋。体制の子会社としての職業活動家、マッチポンプの仕組みとして機能する部署。
自分は共産主義も宗教の一つとして捉えている為、有力新興宗教のシステムと全く同じに見える。(民主主義社会では集票力こそ力だと看破した先見の明は慧眼。本質は大乗仏教の『方便』の拡大解釈による政治運動団体)。

日本の入管法が歪な理由に在日朝鮮人問題があることを知った。日本の植民地から来た者として日本人扱いだった在日朝鮮人。敗戦後、大日本帝国が解体されると、突如外国人扱いに。「憲法上その人権が保障される日本国民とそうでない者をわけようとする意図が明らか」(立木茂雄研究室より引用)。タブー化された問題には必ず利権が存在する。

カンボジアと言えば『キリング・フィールド』、ラフィン・ノーズの『Tokio Cambodia』。ポル・ポト政権崩壊後、首相となったフン・センは40年近く独裁を続けた。そして今年8月、次期首相に長男を任命。民主主義なんて所詮は綺麗事絵空事。未来から今の時代を振り返った時、混乱に充ちた過渡期でしかないのだろう。(未来があったとして)。やはり手塚治虫が予言したようにAIに委ねるようになるしかないのか。
塔をたてる

塔をたてる

劇団肋骨蜜柑同好会

新宿眼科画廊(東京都)

2023/09/16 (土) ~ 2023/09/19 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〔第一の塔〕『あるいは現代のフランケンシュタイン』

大槻ケンヂの詩の世界に登場するのはアンテナ売りのセールスマン。特殊なアンテナを全国津々浦々に立てそこからキチガイ電波を流し込み、国中の人々を発狂させようと企む。この世の全ての人間の気が違ったら、生まれつき狂っている優しいあの娘のことをもう誰も虐めたりはしないだろう。きっと彼女にも安らかな微笑みが戻る筈。

そんな世界観が漂う田瓶(たがめ)市の物語。謎のアンテナ塔に冒険に行った少年はそこで出逢ったお姉さんに恋をする。彼女の夢はアイドル。大人になり博士と呼ばれるようになった主人公(依乃〈よりの〉王里氏)はアンテナ塔で自ら発明した“機械”の製作に没頭する。傍らに居るのは家政婦(嶋谷佳恵さん)のみ。そこを訪れる電気屋の店長(吉成豊氏)、バイト(志賀耕太郎氏)、その友人(小島望さん)。若い二人はバーチャルアイドル・セロリモネに夢中だった。

志賀耕太郎氏は劇団ひとり似。
吉成豊氏は身体のパーツ一つ一つがごつく、拳には拳ダコ。チョコプラの長田庄平をスキンにしたような兇悪な面構え。本職のボディーガードによくいる顔。今の時期、職質攻めに遭いそう。

ネタバレBOX

いろいろと突っ込みどころがある話。バーチャルアイドルが既に一般的になっている現実を知って発明を破棄しようとする博士。いや違うだろう。ただのバーチャルアイドルではなく、AIでなくては。自らの意思を持った死体(フランケンシュタインの怪物)が歌い始めなくてはならない。
塔をたてる

塔をたてる

劇団肋骨蜜柑同好会

新宿眼科画廊(東京都)

2023/09/16 (土) ~ 2023/09/19 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〔第二の塔〕『象牙の塔(がんばったがダメ)』

筋肉少女帯の『猿の左手 象牙の塔』と大槻ケンヂのソロ・プロジェクト、UNDERGROUND SEARCHLIEの『がんばったがダメ』を想起させるタイトル。

舞台は劇団の作った架空都市、田瓶(たがめ)市。群馬県と山梨県の県境にあるという。その地を代表する文士、清田洞爺(とうや)の昭和22年、35歳の日々を描く。無論架空の人物である不遇の作家の物語。妄想の町で妄想の人物達が悩み苦しみ足掻き、声を上げて泣く。何をしても駄目で、何もしなくても駄目。鋭角に削り通した鉛筆を握っては何かを書き続けねばならない。文学なんて大それたものでは決してない。未来の会う事もない誰かに送る妄想の手紙。

BUCK-TICK「六月の沖縄」
 手紙を君に送るよ それは届く事はないけど
 もしいいなら僕に返事を それは多分読めないけど おお

両切り煙草に燐寸。狭い借家。作家を演ずるは水口昂之氏。そこに訪ねて来る旧友の出版部の男に藤本悠希氏。突然押し掛ける来訪者に杉田のぞみさん、背が高い(182cm!)。内縁の妻に寺園七海さん。飼い犬のアヲに横室彩紀(あき)さん。この女優が実に良かった。

味わい深い不遇の文士もの。ラストが好き。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

横室彩紀さんの役は犬であり、寺園七海さんが養女にした薫子でもある。何故か作家は少女を無視し、一切会話を交わそうとはしなかった。最後に彼女は作家をなじり罵倒し問い詰める。それは火の鳥が猿田に天命を告げるよう。小説という呪いをかけられた者は一生小説で苦しみ足掻き続けなければならない。苦しんで苦しんで苦しんだその先に何があるのか?きっと何もない。全ての表現者の傍らに横室彩紀さんが居てくれれば。

寺園七海さんの役は竹中直人の『119』の鈴木京香をイメージした。最後の別れのシーン。

物足りないのはシチュエーションやキャラクターに立ち込める既視感。『風立ちぬ』みたいに登場人物の設定に凝って欲しい。語りたいテーマ以外の書き込みが足らない。実は要らない情報こそがその世界の手触りとなる。
濫吹

濫吹

やみ・あがりシアター

新宿シアタートップス(東京都)

2023/09/07 (木) ~ 2023/09/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

素晴らしい作品。この作家は“作品”の構造そのものの面白さに手を掛け始めている。筒井康隆の『文学部唯野教授』前夜なんかに近い味わい。文芸評論家(?)の福田和也が昔書いた評論で大衆文学と純文学の違いを説いた。「部屋の間取りや家具の配置、流行のインテリアを弄るのが大衆文学」、「建物の構造そのものに手を掛けるのが純文学」。言うなれば「このフォーマットで脚本を書いて演出して上演して下さい。」という縛りの中で競い合うコンテスト世界からの逸脱。そもそもの疑問、自分達は何を演って客は何に金を払って集まっているのか?突き詰めると新興宗教の勃興になりそうな難問。ひどく面白い。この笠浦静花さんという主催のもとにおっさんが群がる理由が判った気がする。しかも実験で終わっていない。普通に作品として成立している。何かこんな感じの味わいの映画を昔観た気がするのだが到頭思い出せなかった。阪本順治の『トカレフ』のような、マッテオ・ガローネ監督のイタリア映画『ドッグマン』のような。作家の意図がはっきりしないまま、だが間違いなく確かな強い意志を見せられ続けている不安。ずっと不穏。
「らーらーらーらんすい」

席は前の方が良い。角度的に後ろからだと見えない地下の蹴込み。今作は役者の待機する蹴込みをステージ下のスペースに置き、常時公開した。待機から役のオン・オフから着替えから丸見え。メイキングと同時進行する舞台。太鼓を叩く小山優梨さん(楽曲制作も)。下から声を合わせる「いっしょしゃべり」。タイミングも完璧。

南郭濫吹(なんかくらんすい)=「南郭、濫(みだり)に吹く」。紀元前3世紀の思想家、韓非(かんぴ)の著した『韓非子』に記されているエピソード。斉(せい)の王、宣王は300人の竽(う)という管楽器の名手を集めて合奏させるのを好んだ。その中にいた南郭は楽器など出来ないが、吹く真似だけで巧く紛れ込んでいた。代が替わり、湣王(びんおう)は独奏を好んだ為慌てて逃げ出す。

小学校の登下校の旗振り当番。サボりが多い。シルバー人材センターへの外部委託にしたい副会長。いろんな意見が飛び交う。コロナ禍を経て喋ることをやめてしまったハナちゃん。誰かの言葉に合わせる「いっしょしゃべり」しかしなくなった。

役者が豪華。誰も彼もが魅力的。小劇場オールスターズ。
熱心な旗振りの加藤睦望さんは作家の分身。この人はコメディエンヌ的な役回りが多いのだが、本質は純文学。ある見えない人達の存在を代表していく依り代。田中裕子みたいになっていくだろう。
PTA会長は青木絵璃さん。気が優しく物事を自分では決められない。柔和で和やか。
気の強い副会長は柴田和美さん。ズケズケ物を言う。
副会長の旦那、区議会議員の加瀬澤拓未氏。名助演。
副会長の娘、チカナガチサトさんは自分の売りを掴んだよう。悪意のない毒舌家。
校外委員の松本裕子さんはおかずクラブのゆいPっぽいアクの強さ。強烈。
彼女の子分的な立ち位置のさんなぎさん。目を細めて喋るが時々かっと見開く。この人のファンは多いだろうな。細かい仕草を沢山仕込んでいて唸る。ペットボトルを無理矢理一本飲み干した。
引っ越してきて旗振りに加わった田久保柚香さん。表情が巧い。複雑な内面の感情を観客に伝えるのが上手。
旗振りをサボってばかりいる波世側まるさん。生活感がかなりリアル。実際に町で見るのはこんな人ばかり。
肉屋の笹井雄吾氏は柴田勝頼に見えた。

これを観れたのは運がいい。
面白かった。

ネタバレBOX

ラストのハナちゃんを自殺の道連れにしようとする加藤睦望さん。縄で首を絞める刹那、ハナちゃんはお尻を揉んでくる。母親が父によくする習癖。「私、それ弱いのよ」と苦笑した加藤さんは我に返る。密かに撒かれ続けていた種がここで芽を出し花となる名シーン。黒澤明の『どですかでん』っぽい。

「いっしょしゃべり」は筋肉少女帯の『ハッピーアイスクリーム』を思い出した。


偽物なのがバレて逃げ出した南郭。現代の加藤睦望さんには逃げ出す先が見付からない。ネットの網の目が至る所に張り巡らされていて過去からも現実からも他人の目からも逃れられない。何処の共同体からも拒絶されたら自殺するしかないのか。
だがラストのモノローグではその孤独感さえも「いっしょしゃべり」でしかない絶望を語る。(これは加藤睦望さんではなく笠浦静花さんの叫びだろう)。自分が何を言おうとも何を感じようとも何を思おうともSNSで既に何処かの誰かが呟いている。この先、自分自身が唯一無二のオリジナルであることすら感じることの出来ない世界への絶望感。

SNSをやめて情報を遮断するしかない。
ばいびー、23区の恋人

ばいびー、23区の恋人

マチルダアパルトマン

王子スタジオ1(東京都)

2023/09/09 (土) ~ 2023/09/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

2021年12月の再演版が観れなくてずっと気になっていたがやっと観れた。まあ話は長編コント風。55分位。
東京23区に一人ずつ彼氏を作っていただらしない女(早舩聖〈はやふねひじり〉さん)。彼女の中学時代からの友達(松本みゆきさん)の助言から、全員ときちんと別れる旅に出ることに。彼氏は全員、葛生(くずう)大雅氏が請け負う。ちなみにひばりヶ丘に彼の叔父さんの経営する焼肉屋「和牛」がある。かの蜷川幸雄が常連だったそうだ。(前説で話してた)。

だらしない女と正論女の女性バディもの。段々と正論女の中身も観客に明かされていき、何とも言えない珍道中に。
早舩聖さんの佇まいがリアル。

ネタバレBOX

やり方次第でもっと面白くなりそう。彼氏は前半は一応別人風に服装や髪型、話し方を一々変え、中盤くらいから面倒臭くなって放り出した方が笑えそう。何か重要な要素が足りない感じ。
夏の夜の夢

夏の夜の夢

イエローヘルメッツ(Produced by GMBH)

かなっくホール(神奈川県)

2023/09/08 (金) ~ 2023/09/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

“子供のためのシェイクスピア”の後継劇団。イエローヘルメッツとは、元々は開演前に一曲歌う黄色いヘルメットに黒コート集団の呼び名。今回は若松力氏が松田聖子の「SWEET MEMORIES」を歌った。ハンドクラップ、オノマトペ、腹話術人形のシェイクスピア、「ほーほーほぉぉぉ」。山崎清介氏の味のある声。小さな机や椅子をレゴブロックのように自在に配置して組み合わせる舞台美術。とは言えガチガチに原典に準拠するファンダメンタリズム(原理主義)は健在でシェイクスピアの品格を貶めない。

『夏の夜の夢』は高橋留美子調のラブコメ。妖精王が惚れ薬を使ってこの世の諍いを整理しようと試みるも、手下のパックがいい加減な仕事をすることで更に事態はこんがらがっていくというもの。惚れた腫れたの大騒ぎを笑うドタバタコメディ。

この世に要らぬ揉め事をもたらす美女ハーミアは大井川皐月さん。
誰にも相手にされない悲しいヘレナに川澄透子さん。彼女が実に良かった。
妖精の女王は劇団代表でもある鷹野梨恵子さん、凄い貫禄。若いのに大御所のオーラ。
若松力氏は月船さららさんのmétro(活動停止中)で大好きになった俳優。
8人の芝居とは思えない入れ代わり立ち代わりの妙。

このシリーズを味わわないのは実に勿体無い。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

オウィディウスの『ピラマスとシスビー』をアテネの職人達が上演しようと森で稽古する。素人達が浅知恵で弄り倒してどうしようもないドタバタ芝居となるのだが、実はこの話は『ロミオとジュリエット』の元ネタ。『夏の夜の夢』と『ロミオとジュリエット』はほぼ同時期に書かれたそうで、一方はシリアスな悲劇に、もう一方はシニカルなパロディに。

あんまり子供が楽しめそうな感じではなかった。もっとてんやわんや感で賑やかしくやった方が。アテネの職人の劇中劇のくだりは同一人物が演っている為、よく判らないで終わりそう。”マニアのためのシェイクスピア“みたいな通好みの風味。でもやはりこの空間は中毒性がある。初めて観た時の、あの感覚を思い出す。また觀たい。
SHINE SHOW!

SHINE SHOW!

東宝

シアタークリエ(東京都)

2023/08/18 (金) ~ 2023/09/04 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

三谷幸喜の『ラヂオの時間』を映画館で初めて観た時、劇場中が大爆笑、拍手喝采。理想のコメディだと大満足。(その後、何度か観たがそこまで面白く感じられなかった。あの時の劇場は神がかっていた)。
今作もその系統の作品で、観客が心から拍手を贈っている。前の席の老夫婦が「面白いねえ」と言い合っているのが味わい深い。冨坂友氏がまた新たなステージに立った瞬間。彼を知らない人達が一斉に注目。TVや映画へと活躍の場は広がるだろう。小劇場の傑作をブラッシュアップして商業演劇の場に掛けるのはプロデューサーの正しい判断。今後増えていくのでは。
冨坂作品の魅力は言葉と理屈を使った、相手への説得。絶対に曲がる筈のない意志を曲げてみせる驚きのディベート術。ロゴス(論理)、パトス(共感)、エトス(信頼)。(ただ使い過ぎると観客への効果は薄れていく)。

去年、恵比寿の小劇場で5日間だけやった作品。大絶賛でCoRich舞台芸術アワード!第1位を獲得。観ておくべきだった。

元宝塚女優、長身スラリの朝夏まなとさん。早口の長台詞も聴き取り易く完璧。
その部下となる小越(おごえ)勇輝氏は小柄で二人のシルエットのバランスが抜群。
司会役の西村直人氏は「たいめいけん」3代目シェフ・茂出木浩司を思わせる。
もう一人の司会者役、鹿島ゆきこさん。掛け合いが見事。
花乃(かの)まりあさんはマジで元乃木坂だと思って観ていた。自虐ギャグが凄えなあ、と。
栗原沙也加さんの『ロマンスの神様』は見事。とても楽しそうに歌うので、会場中が盛り上がる。
木内(きのうち)健人氏の『粉雪』は凄かった。カラオケのレベルではない。
中川晃教氏は名前をよく聞くのだが、流石プロの歌手。『楓』で唸らせる。
斉藤コータ氏は固定ファンがいるのか、やたら受けていた。
ゲスト歌手役の山下雷舞氏は甲津拓平と草野大悟を足した感じ。
制作アシスタント役の前田友里子さんは里村明衣子
の貫禄。何か売れそう。

場所柄もあり、この系の作品が観客に一番支持されるのでは。豪華なショーでお正月なんかに合いそう。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

ラストの展開が好きじゃない。音痴の朝夏まなとさんが必死に『とんぼ』を歌うのは違うと思う。途中に小越勇輝氏のモノローグを入れて「僕には必死な先輩の歌声がこんなふうに聴こえていた」、からのガチ美声熱唱で良かった。
元彼と彼女と今彼の『楓』を巡る三角関係も泣かせて欲しかった。
TOTEM 真空と高み

TOTEM 真空と高み

山海塾

世田谷パブリックシアター(東京都)

2023/08/30 (水) ~ 2023/09/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

開演時刻になると、現時点で空席のままである指定席の無効が宣言される。劇場スタッフが最前列より順に、空席に座りたい者を募り誘導していく。ちょっとしたカルチャーショック。今後こうなっていくのか。

開演前はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」第二楽章「家路」が延々と掛かる。小学校の下校の時間を知らせる、例のアレだ。軽い鬱な気分。舞台美術は粉の撒かれたステージが四分割、中心には謎の立方体の塔、モノリスのような謎めいたクリスタル。(中西夏之氏の作品「カルテット 着陸と着水X」)。バックに二つの巨大な金属の円の枠。左右端からゆっくりと中央に動いていき、交差しては互いを入れ替わるように元の位置へ。
テーマは陰陽だろうか。対称的な二つの事物が世界を構築している様。
音楽が凄く良かった。冨田勲っぽいシンセサイザーによるミニマル・ミュージック。加古隆氏と吉川洋一郎氏。伊藤詳による『ブッダ』のイメージアルバムを思い出した。

現れる四人の修行僧、左耳にだけ大きな耳飾り。次に現れるニ人には右耳にだけ耳飾り。白い繭のような耳飾りを下げた者も登場。ソロで踊る蝉丸氏の場面の曲が良い。舞台下から(?)青いライトが灯ると、発光した四面のステージは水面に見えてくる。舞踏による禅、瞑想。

これだけ実験的な空間に関わらず、居眠り客は見当たらなかった。見巧者の集結。

カーテン・コールは『アメイジング・グレイス』。熱狂的な外人客が喝采を叫び、劇団四季並みに繰り返された。これは外人の方がダイレクトに興奮する分野。

ネタバレBOX

自分は死んだ筈が、気が付くと月の裏側のような荒涼とした場所に立っている。死後の世界か、はたまた地獄か?ゴータマ・シッダッタの見付けた四諦八正道を駆使して、“自分”という執着からの解放を望む。修行に次ぐ修行の日々。遥か彼方に見える懐かしき地球。「十牛図」のように全てから解放されたのちには、その全てが新鮮で愛おしく思える。
そんなふうに妄想して観ていた。観劇という瞑想体験。

The ピーズ『月面の主』

懐かしそうに立って地球を見ている
こんな筈ではないとガラクタ集めさ
消えた色に消える匂い
付いて行けばよかった
あん時本当にいい匂いがした
旅のマシーン

旅のマシーン

実弾生活

駅前劇場(東京都)

2023/08/31 (木) ~ 2023/09/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

2023年1月5日、インコさんがパーキンソン病を公表。それすら笑いにする姿勢に、「何かこの人凄いな」と感じ入った。
新作オムニバス・コント、インコさんの独特のセンス。右手は小刻みに震えている。信者が集った初日、求めるのは他に替えが効かない唯一無二の世界観。もう笑いよりも心地好さを求めている気がした。この座組に観客席から参加して、また次回も行きたいな、と。確かに次も気になる。彼の笑いのアンテナに何が引っ掛かるのか?

物販の綺麗な娘(小山まりあさん)が最高だった。おっさん達は財布の紐が緩みっ放し。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

伊藤美穂さんの会場人気の高さ。拷問のようなハイヒール、白目を剝いた壮絶な死に顔。
中尾ちひろさんの不細工な泣き顔。訳の判らない独特な空気感。中毒性がある。
原紗友里さんの声優とは思えない暴れっぷり。
こば小林氏はヘイポーに見えた。

②『シネコンの衝突』の中尾ちひろさんの名言。「私、売られるの?」
③『AJITAMA』のラーメン屋開店ネタが面白かった。心の声が大量に炸裂。
④『ヴァチカンより来たる』の虫歯菌ネタも最高。
博士の愛した数式

博士の愛した数式

まつもと市民芸術館

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2023/02/19 (日) ~ 2023/02/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

「た組。」の第七回公演(2015年)の再演。ずっと観たかったので嬉しい。
原作も映画も知らなかったのだが、それが良かった。ある意味、自分の理想の作品。観るチャンスがあったなら、是非観て頂きたい。『博士と彼女のセオリー』なんかを思い出す。

事故で記憶が80分間経つとリセットされてしまう元数学の大学教授、通称“博士”の家政婦に派遣された女性。皆記憶がすぐに初期化されることに付き合い切れず逃げ出してしまうらしい。博士と家政婦の数学だらけの日々。家政婦はシンママで、家で留守番中の10歳の息子を心配した博士は「ここに連れて来なさい。」と告げる。

時間の砂に塗れた砂丘のようなステージが幻想的。上手に腰掛けたギターを爪弾き続けるUNCHAINの谷川正憲氏!この感覚、懐かしい。語り手の近藤隼(じゅん)氏は開演前から舞台をうろついていて和やか。背後には巨大な窓ガラスが斜めに突き刺さっている。そこに何やら数式を書き込んだり。

家政婦役、ひたすらハンバーグを捏ねる安藤聖さんが美しい。随分綺麗な女優をキャスティングしたな、と感心した。こまつ座の『貧乏物語』が素晴らしかったが、同一人物とは気付かなかった。何処の誰の役でもこなせるであろうキャパの大きさ。

博士役の串田和美(かずよし)氏、80歳!名優が演じている感じが一切しない。本当にそんな感じの人なんだろうな、と思わせた。(数式をよく聴くと結構適当だったりするが、その感じこそ正解だと納得させる役作り)。

息子、ルート役の元乃木坂46、井上小百合さん。絶妙なキャスティング。泣かせてくれる。

博士の義理の姉役の増子倭文江さんはヤバイ。数シーンの出番ながら、強烈なインパクト。市川崑の金田一耕助シリーズ、真犯人役の大女優を思わせる貫禄。事故で足を引き摺る後遺症。登場で空気が変わる。

いろいろな役を受け持つ草光純太氏も軽妙なフットワーク。

数学の世界、崇高で底知れぬ数字の魅力に人生を捧げた博士。彼との生活の中、家政婦と息子も数字の面白さに取り憑かれていく。数字は人類の誕生前から存在していた宇宙の法則。モノリスのように人類はそこに秘められた謎を、手探りで何千年も掛けて解いてきた。宇宙からの巨大ななぞなぞ。
優しさと正しさに全力な人達。出来る限りシンプルに人生を解いていく。

ネタバレBOX

1975年に交通事故に遭い、脳を損傷した博士。同乗していた義理の姉も片脚に障害を負う。博士の兄であり、義姉の夫はとうに亡くなっている。
現在は1992年であるが、新しい記憶を上書き出来ない博士にとっては1975年のままである。

余りにも素晴らしいシーンが二つ。
一つは風邪を引き熱を出した博士を独り置いて行けず、家政婦とルートは泊まって看病をする。朝になって甲斐甲斐しく世話を焼きリンゴジュースを勧める家政婦に、博士はさめざめと泣く。涙の理由も説明もなくそれは誰にも分からない。けれど凄く伝わるものがある。(勝手に家に泊まり込んだことで家政婦は解雇されてしまう)。

二つ目は、家政婦が解雇された数ヶ月後、ルートが博士に読ませたい本を持って遊びに行く。解雇された家に息子を送り込む行為に不審を抱いた義姉は「目的は金か?財産目当てか?」と家政婦とルートを呼び出して問い詰める。ショックで泣きじゃくるルート。その状況が耐え切れなくて、博士はメモに何かを書いて机の上に置く。
「e^πi+1=0」
それを目にした義姉ははっと全てを理解したように話を終える。そしてまた家政婦を雇い直す。
書かれた公式は『オイラーの等式』と呼ばれるもので、「数学史上最も美しい等式」とまで言われるもの。全く無関係に存在している筈だった複雑な数字に一つ足すだけで完璧な調和が生まれることの発見。矛盾なく美しいものの存在に全てが抱き留められること、そう造られたこの世界の不思議さ。

「義弟は、あなたを覚えることは一生できません。けれど私のことは、一生忘れません。」
博士と義姉の、物語では語られない関係性。『オイラーの等式』を一瞥しただけで全てを読み取る知性。

ラストの語り手の現在はルートが中学の数学教師に採用された11年後、多分2004年。原作の小説が発表されたのは2003年である。
終演後、原作を買い求める人が多数いた。

ちなみに自分の「た組。」BESTは花奈澪さん主演の『惡の華』。小説でも映画でもない演劇の面白さに満ち溢れていた。
ヨーコさん

ヨーコさん

演劇集団円

吉祥寺シアター(東京都)

2023/08/26 (土) ~ 2023/09/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『100万回生きたねこ』も作者の佐野洋子さんも全く知らずに観劇。役者も全く分からない。お父さん役が『ペリクリーズ』の主演・石原由宇氏だったのは判った。
主演の「ヨーコさん」役の谷川清美さんは圧倒的。桃井かおりみたいな感じで好き放題ステージに君臨する。ガチガチに構築された空間を縦横無尽に泳ぎ回る魚。参った。
もう一人の「ヨーコさん」、6歳の自分であり同じ名前の猫役の大橋繭子さん。いや凄え女優がいるなあと驚いたが、『ペリクリーズ』で一番気になったヴァンプだった。うわマジか?同一人物か?この劇団に恐れをなす。
「ヨーコさん」が憎んで憎んでどうしようもなく憎んだ母親役は清水透湖(とうこ)さん。堪らなく胸が痛む。例えそれが母親ではなかったとしても、観客一人ひとりがそれぞれの痛みの記憶を喚び起こす。
早逝した天才の兄役は岩崎正寛(まさのり)氏。「蛙を窓から飛ばせ!」「時間の尻尾を捕まえろ!」、名言多数。
中野風音(ふうね)さん演ずる岸田今日子がドッカンドッカン受けた。
音楽の西井夕紀子さん作曲の名曲揃い。歌と踊りは最高。ジョリー!

作品の完成度が物凄い。西原理恵子✕80年代小劇場。作家や『100万回生きたねこ』を知っていればもっと楽しめた筈。やはり帰りに絵本を買ってしまった。
母親との関係にトラウマ(のようなもの)を抱えている女性は絶対観た方が良い。この圧倒的な演劇空間は体験して全く損はない。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

80年代の演劇っぽい感じ。もう既に古典芸能の感すらある。演劇定型文のような展開。「ここテストに出るぞ」みたいな。
『100万回生きたねこ』の内容を作品内でだぶらせて、カタルシスに持って行くべきか。猫の存在が母親と同等ぐらいに重要。

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